さて。
HRも終わり、授業も一通り過ぎてのお昼。
学食へ───と普通なら行くところを、個性:医療マスターの実践も兼ねてのおべんとを持ったわたしは、イズクンを探していたオールマイトと一緒に、仮眠室へとやってきていた。
「いやぁすまないね若那くん! 今日もご馳走になっちゃって!」
「これも個性の成長のためと、やりたいこととの両立のためですから」
「けど材料費も馬鹿にならないだろう?」
「いえ、個性のためって申請出したら受理されて、材料支給されてますから大丈夫です」
「マジで!?」
素で“マジで!?”と驚かれました。ええマジです。
しかもそれがオールマイトの健康に繋がっているとくれば、むしろ是非って感じで推されてます。
ちなみに許可を出してくれたのはナイトアイって人で、未来予知の個性があるんだとか。個性:身代わりなのに、料理とどう関係が? という話で丁度そこに居たナイトアイさんがわたしを見て……どんな未来を見たかは知りませんけど、「末永く……」とか言われました。そんな理由で……いえどんな理由なのか、わたしもわかってないんですけど、ナイトアイさんがメガネをクィイと直しながら「私が保証しよう。彼女の個性と料理はオールマイトに必要だ」と許可をくれたわけです。
それにしても……末永く? ……と考えて、イズクンが「餌付け……」とか言っていたのを思い出しました。
え? もしかしてわたし、そういった未来を歩いてしまうんですか? いえ、喜んで食べてもらえるのは本当に嬉しいんですけどね? オールマイト、ほんとにおいしそうに食べてくれますから、作り甲斐ありますし。
「今日2人を呼んだのは他でもない」
「オールマイト……やっぱりもう離れられないくらいに餌付けされて───」
「違うからね!? 緑谷少年、違うからね!?」
「でもオールマイト、さっきからチラチラお弁当ばっかりに目が行って……」
「エッ!? ……………………OH」
「無自覚だったんですか!?」
しゅるりとハンケチーフを解いた先には、腕によりをかけたおべんとさん。
その蓋を開ける瞬間、マッスルフォームを解いているオールマイトの顔は、確かに緩み切っていた。
「痩せたオールマイトを見た時も驚きましたけど、普通の姿のオールマイトも驚きですね……」
「何度も言うが、これが普通の姿だからね? マッスルフォームの時はほら、あれだよ。筋肉を大きく見せているようなものなんだ」
「最初はそれもワン・フォー・オールの力の中の一つなのかと思ってました」
「あ、それわたしもです」
「うん? どうしてだい?」
「ワン・フォー・オールって何人もの極まりし者から受け継いできた個性なんですよね? 当然、無個性ばかりじゃなかった筈です。だから、一緒に継承してきた人の個性も混ざってるんじゃないかって」
「……なるほど、興味深い。だがわたしが受け継いだものはそういった類のものではないと思うよ。他の個性が混ざっていたような感覚はなかったのだから。どちらかというと、複数の個性って意味では───うん。元の方が近いだろうか」
元? と、イズクンと一緒に首を傾げた。
そこでわたしとイズクンは知ることになる。ワン・フォー・オールのルーツと、巨悪であるオール・フォー・ワンの因縁を。
「個性を奪い、譲渡する個性……?」
「そうだ。初代は……ワン・フォー・オールを伝えてきた人は彼の弟で、オール・フォー・ワンに力をストックする個性を植えつけられた。それが始まりさ」
「力をストック……」
「そう。当然、それ単体では持っていたって意味が無い。ストック出来たとして、精々でデコピンの強さにこう……拳に込めた力を移して使う、みたいなことしか出来ないはずだった。だが、だ」
「あったんですね? 彼には。無いと思っていたけれど、それを伝えるための個性を」
「ああ。当初、彼は自分を無個性だと思っていたが、とんでもない。彼は持っていたんだ。“個性を与えるだけの個性”を」
「個性を与えるだけの個性……あ。それとストック───だから、極まりし者の力を……」
「そう。時間はかかったが、だからこそ芽吹いた。様々な人が研鑽を積み、学び、極め、継いできた。奪っては植えつける、適当に行使するだけのオール・フォー・ワンとは違う、様々な代で磨かれた強力な個性……それがワン・フォー・オールさ」
「………」
「あっ……」
なるほどー……と俯いて納得していると、どうしてかオールマイトがわたしを見てハッとしました。
え、え? なんですか? なにかありました? なに───あ。
あー……そういえばわたしのも、奪ったわけではありませんけど“極めて継承された~”とかそういう類のものではありませんし……あ、そ、そういうことですか? いえ気にしていませんよ? 他人からはそう見えるかもしれませんけど、“個性:土地神”がいろいろ教えてくれますし。だからあのー……オールマイト? わたしべつに、身代祇家に関する個性を無知のまま用いてきたわけではありませんから。
……実行して痛い目を見てきたのはいっつもわたしだけでしたけどね……。あ、あははははは……。
(ぁああああ……! 若那くんがなんだか陰りのある顔で落ち込み出してしまった!! い、今の言い方はBADだったぞ私!)
けどこれがわたしの個性ですし、先祖の誰がどういった風に、なんて知りませんし。
案外極めなかっただけで、そういった経験値……というんでしょうか。それを継承しているかもしれませんし。
「あの。オールマイト」
「なほっ!? …………なんだい?」
(なほって言った……)
(なほって言った……)
なんでしょう、なほって。いえ、今はいいです忘れます。
「たとえばですけど、親から子へと個性が継がれる場合、必ず似かよったものが発現するものなのでしょうか」
「うん? たとえば?」
「たとえば、わたしの場合は身代わりですけど、実はそう思っているだけで、わたしの個性が“継承”であったりする、とか」
「───!! ……親から子へ、という意味では、遺伝子や血といった方向で考えれば、個性が発覚してから現代までの先祖の血や遺伝子も少なからず混ざっている。そういった意味では、確かに可能性はゼロじゃないね。ただそれが“個性:継承”として出るかといったら解らない。奪う、与えられるといった方向以外で、二つ以上の個性などなかなか聞かないようにね」
「そう、ですか」
「ただし」
「?」
「オールマイト?」
自分の個性についてをもう一度深く考えようとした時、オールマイトが口……というよりは鼻の前に指を一本立てて、真面目な顔で語る。
「個性は一人一つと思っている人が多いが、まず考えてみてほしい。我々が使用している個性とは、そもそもが先祖から受け継ぎ、混ざったためにそうなったものだと。爆豪少年の個性は爆発だが、表に出せば全てが爆発するわけではない。両親の能力が合わさって、初めて爆破に到る。このように、片親の個性だってその両親の個性が合わさって、ニトロだなんだという個性に到ったものだと推測できる。……最初から強力な個性などなかなかないものさ。そういった意味で見れば、我々の個性は一つではないのだ。それこそ、代を重ねた数だけ存在する」
ただ、それ一つ一つを分けて使用出来る者が、極端に少ないだけの話なのだ。そう言って、オールマイトはにこりとわたしに笑いかけてくれた。
……そうか。考え方の問題なんだ。
わたしはたまたま代々の両親と、その両親同士、さらにその両親同士の個性を把握、使用出来るだけで、そこに恐ろしい陰謀めいたものがあるわけじゃあない。
そう思えれば……わたしの中に昔からあった嫌ななにかが、軽くだけど溶けてくれた気がした。
「そうか……母さんがものを引き寄せる個性なら、お爺ちゃんとお婆ちゃんはそれの元になる個性だった筈なんだ。そしてその両親同士はさらにその個性の元に近い個性であるわけでブツブツブツブツブツ……」
「ようするに、一つどころか10以上のものが合わさって出来た個性かもしれないって話ですね?」
「ウン! そのとーりだネ!」
イズクンがまたブツブツ言い出したところで、バッサリと切るためにオールマイトが大げさに頷く。
そして早速食事にとりかかると、オールマイトはそれはもう嬉しそうに顔を綻ばせた。のですけど、顎に手を当てて少し考えると、ブツブツ中のイズクンをちらりと見たあとにわたしにヒソリと話しかけてきた。
「しかし……若那くん? ナイトアイに視られたということは……」
「はい。秘密、ちょっとバレちゃってます」
「そうか……まあ、彼はそういったことを言い触らすような男じゃない。彼に認められたってことは、結構すごいことだよ?」
「そうなんですか? なんだか“私を笑わせてみせてくれ”とか言い出したので、“お腹を抱えて笑う状態”を身代わりで味わってもらったら、それはもう喜んでもらえました」
「……キミがお腹を抱えて笑う状況というのが想像できないんだが」
「いえ、クスリとくる状況を頭の中に並べまして、それを積み重ねたものをハイと渡す感じです。オールマイトが脇を絞めながらソッとおかわりを要求したあの時とか、余った時間にイズクンとレースゲームをして負けて、Noooooo!! って叫んだところとか、慌ててタンスの角に小指をぶつけたこととか、そういった小さな積み重ねを───」
「とりあえず彼と次に会うのが怖くなったとだけ言っておくよ……」
「本人は喜んでましたよ? 怒る理由も喧嘩する理由も無くなった、って」
「なんだって? じゃあ…………そうか。未来、変わったんだね」
「? オールマイト?」
「いいや、なんでもないさ! さ、それよりキミたちも食べなさい! 本題を話す前に、きっちりと腹ごしらえさ!」
本題? なんでしょうね。
イズクンと首を傾げながら、とりあえずは食事をすることにした。
「ところで若那ちゃん、オールマイト。若那ちゃんの秘密って───」
「ぬっく!? い、いや、緑谷少年。あれは───」
いえ、そりゃブツブツ言ってたからって、目の前で話されれば聞こえますって。
でも……どうしましょう。
イズクンもワン・フォー・オールを知る者、というか当事者なんですし、秘密を抱え込む者同士、言ってしまっても……?
「……若那くん?」
「えー……と。今まで言い出せなかったのは、ちょっと理由がありまして。でも、今のイズクンなら、って」
「若那ちゃん?」
「ほら、イズクン。わたしの個性、身代わりじゃないですか。だからなのか、相手の身代わりをしている内に、ちょっとおかしな状況になってまして」
「おかしな……状況? あ、ごめんっ! それってえっと、僕が聞いてもいいことなのかなっ! って僕が突っ込んだ話、したからだよね! ごめん!」
「いえ、気になるのは仕方ないことだと思いますし。それで、えーと……身代わり、ですよね?」
「う、うん。何度もお世話になっちゃって、ごめんなさいってくらいに……」
「はい。だから、えっと。そうして身代わりを重ねていく内に、相手の個性も……ちょっとずつ、受け取っちゃったみたいでして……」
(───! なるほど! 上手い! それなら元が一つの個性でも頷けるぞ若那くん!!)
「え……えぇえっ!? じゃあ若那ちゃっ……個性がいくつも!?」
「無個性が長かったイズクンだから、なかなか言い出せなかった……なんて言い訳ですよね。ごめんなさい」
「いやいやいやいやいやしょうがないよだって! 誰かを助けたくて使ってくれた個性だもの! 若那ちゃんは立派だよ! そんなキミをすごいと思いさえすれ、ヘンに思うことなんて絶対にないよ!」
「イズクン……」
「立派だなぁ緑谷少年……! 先生、キミのそういうところ、嫌いじゃないよ!」
不覚にもじぃんと来ました。同時にぐさりとも来ました。
ごめんなさい……! ウソ混ぜちゃって、ごめんなさい……!!
「秘密っていうのはそういうことで、えと、もちろん他にもあるんですけど、今教えられるのはそういうことで……ええっと、その……」
「? …………? …………───!?」
どうしよう、言ってしまおうか、と悩んでいるところに、イズクンとオールマイトがハッとしてわたしを改めて見た。
「そういえば今までツッコまなかったけど……あの、若那くん? それってもしかするとそのー……それが原因じゃなかったとしても……あの」
「そ、そうだよ若那ちゃん。それってつまり、ここ最近で一番身代わりしてもらってる僕とか……あの、つまり……」
「……………」
あー……ですよね、辿り着いちゃいますよね、仕方ないですよね。
でも実際使えちゃいますし、そうじゃなきゃおかしいって思われちゃいますし。
ちらりとオールマイトを見て、そのままじぃっと見つめると……(え? マジで?)(はい、マジです)というアイコンタクトが完了した。
久しぶりにブシャアと吐血した彼だったけど、最後にはHAHAHAHAHAと笑ってくれた。
「よしわかった! つまりは緑谷少年が原因ってことだね!」
「ごごぉおごごごごごめんなさぁあああぃいいいっ!! って、そういえばUSJの時に若那ちゃん、SMASHって!」
「えーと、はい。あの時にはもう使えてました」
「うわぁあああ……! 全然気づかなかった……!」
「OH……それじゃあつまり、鍛え方によっては敵を撃退した上に、救助した相手の傷さえ癒せるスーパーヒーローに……?」
「すごいや若那ちゃん! すごい!! すごいなぁああ!!」
「やめてくださいオールマイト……! イズクンがテレビの中のオールマイトを見る目でわたしを見てます……やめてください……!」
「ご、ごめん……落ち着いて、緑谷少年……」
「で、あからさまに話題変えますけど……あの、オールマイト? 本題、というのは?」
「本当にあからさまに変えてきたね! けど、そうだな、もう話そうか」
いつか見たガイコツ顔ではなく、笑顔が似合う好青年って感じで笑う。
それから、オールマイトは語ってくれた。
わたしのお陰で傷は治ったけれど、No.1ヒーローの地位だっていつまでも磐石じゃない。
だから、小さな種が芽吹いていることを、今回の雄英体育祭で知らしめてやってほしいのだと。
今は自分達が居るからいい。けど、遠い先の未来を守るのは君たちなのだから、って。
「なるほど、継承したなら、次はキミだってことですね」
「そ、そんな、僕が……」
「あ、ちなみにイズクン? わたしはワン・フォー・オール用の鍛錬なんてしていないので、“持ってるって意味では若那ちゃんも同じじゃないかー”、とかは聞きませんから」
「持っ……なんで解ったの!?」
「オールマイトはイズクンを選んだんです。わたしはそこには治まりません。それに、わたしがなりたいのは平和の象徴じゃあありませんから」
「あ、うん。綺麗なお嫁さんになるんだもんね」
「……それだけじゃ、ありませんけどね」
「? 若那ちゃん?」
平和であればいいのか。
平和の象徴が居ればいいのか。
正直に言うと、子供の頃にあんな目に遭って、親が死んで、ただ漠然とそう思って成長出来るほど、人っていうのは単純ではありません。
わたしはお嫁さんになりたい。お父さんが死ぬ前までのあんな暖かい家庭を、笑顔のままで生きていたい。
そのためにはなにをするべきか。
そのためにはなにが必要なのか。
人というのは懲りません。
一度失敗しようとも、同じ力があれば、それを使って“今度はもっと上手くやる”ための努力をします。
じゃあ、その力が無くなれば?
「………」
このことは誰にも言うつもりはありません。
ありませんけど……わたしは。
平和の象徴ではなく、罪と罰を教える者、そのものになりたいと……そう思うのです。
悪事を働く者を気絶させて、その個性を剥がす。
さっき聞いたばかりのオール・フォー・ワン、という人と同じことをしているのかもしれない。
けれど譲渡なんてするつもりもない。
ただ存分に、悪事に使えば個性を失うのだと知ってもらえればいい。そんな未来に到る自分になろうと……そう思うんだ。
「と、つまりは体育祭への激励とかさ! 私が来た、ではなく、これから先の未来、時代にキミが来た! ってことを世に知らしめてほしい。ヒーローはオールマイトだけではないのだと。新しい芽も芽吹いているのだと。常にトップを狙う者とそうでない者……そのわずかな気持ちの差は、社会に出て、などと言うより早く、今この時にも出てくるぞ」
「今、この時にも……?」
「相澤くんがガイダンスとかぶっちぎって個性把握テストとかしたよね? 順位を決められて、最下位は退学処分、なんて言われて、ヒヤッとしただろう? ああいう気持ちを忘れちゃいけない。かといって、順位のために大前提を忘れちゃあ、それはもうヒーローじゃない。だからこそ、見てくれている人へ“自分が居る”ことを見せてやるのさ!」
「……! はいっ!」
「まあもし緑谷少年が活躍して、誰かの目に留まることになっても……呼ばれるとしたらあのお方の…………、……!! ……!!」
「オ、オールマイト? 膝が震えるどころか弾んでますけど!? え!? それ震えてるんですか!?」
「生徒に助けられっぱなしなんて知られたらどうしよう……! 怖ぇえ……! 怖ぇえよォォ……!!」
「オールマイトォオオッ!?」
なんかもう膝を震わせて頭を抱える人になったNo.1ヒーローを、イズクンが必死に揺すり動かし始めるけど、まるで効果がない。
あのお方……確か以前にも言ってましたね、誰なんでしょう。師匠のことはお師匠って言うみたいですし。
「それとね、一応USJでの救助訓練も再開することになったから、体育祭までの期間、体育祭ばかりじゃなく、しっかり学ぶように。いいね?」
「「はいっ!」」
言わないってことは気にしても仕方ないんでしょう。
今はご飯を片付けることを優先して、救助訓練と二週間後の雄英体育祭に備えましょう。