身代わりの土地神様   作:凍傷(ぜろくろ)

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身代祇 若那(みしろぎ わかな):オリジン

 隔世遺伝というものがあります。

 親の代では見られなかったものが、子の代で急に見られる、といったものに、言葉にして発するのならば近いものかと思います。

 私、身代祇若那にはそれが起こり───いえ、言ってしまうのであれば、様々な代の両親、またはその家系の血に混ざったなにかしらが目覚める、といった現象が起きました。

 もちろん、日本人の両親の間に産まれたというのに、さらに上が外国人であったために金髪として産まれた、などというものではなく、普通に着物が好きな日本人です。

 私の隔世遺伝は容姿などに現れたのではなく───個性。

 今のこの超人社会では極々普通に存在する“能力”に繋がります。

 

 父の個性が他者の傷を自分に移す能力。

 母の個性が自己再生というものでありまして、私は他人の傷を自分に移し、癒してしまうという……言わば“身代わり”の個性を持って産まれました。

 ……表向きには。

 

 ここで隔世遺伝の話になりますが、私には他にも幾つかの個性があります。

 気づいたのは小さな頃で、母が包丁で指を切った際、初めて個性が発現した時でした。

 傷を移すのはわかります。

 急に痛くなって、蹲ってしまうほどでした。

 痛がる母を見て、代わりになれたらいいのにと思った瞬間でしたから、それはもうびっくりでした。

 けど、それだけじゃなかったんです。

 自己再生ならわかります。治っているんだなってきっと納得できるくらい、傷は静かに癒されていったのでしょう。

 けれど、蹲って痛む傷を見た私の目に映ったものは、瞬間的と言ってもいいほどに“元に戻る指”でした。

 母の自己再生は時間がかかります。

 痛いのは当然で、だからこそ代わってあげられたらって思ったんです。

 再生しようが痛いものは痛いのですから。

 けど、それが“癒えた”というよりは“元に戻った”んです。傷が付く前の状態に……治るではなく直ったように。

 

 最初は母と血が繋がっていないのか、と、その歳で精一杯に悩んだりもしましたが、そういえば母の親の個性が“前の状態に戻す”個性だということを聞いた覚えがありまして、それを思いだしました。

 小さい頃の私は、個性っていうのはそういうものなんだろうって思うことにして、母にも誰にもそれを訊かなかったのです。

 けれどしばらく成長すれば、いい加減思うことも気づくこともあるというもので。

 隔世遺伝の意味を習った時など、ああ、そういうことなのかと妙に納得してしまいました。

 隔世遺伝といっても、ええ、例えとして挙げただけであり、両親の個性もきちんと引き継ぎましたが。

 もちろん、それをひけらかすことはしませんでした。

 何故って無個性の人が居る中で自慢など……いえ、むしろ人に自慢するなど怖いし、そんな勇気もありません。

 なので、私の個性の数を知る者は自分以外におりません。

 

 きっとこのまま、出来ることなら人に知られることなく、身代わりの子として生きていくのでしょう。

 でもです。私には夢があります。

 私は人を助けられるやさしいヒーローになりたいのです。

 利益一番、自分優先で、巨悪を見れば我先に逃げる最近のヒーローじゃなく、巨悪に立ち向かい、人を助けられ、笑顔を向けられるような、やさしいヒーローに。

 持って産まれた個性云々によっては、女なんてお呼びじゃないとばかりにヒーローからはじき出されるかもです。

 けれど。

 私は、ヒーローになりたい。

 やさしい、ヒーローに。

 必ずしも強くなければいけないわけじゃない。

 いえ、まあその、一番の夢は綺麗なお嫁さんだったりしますけど、今はそれは横に置いておきます。

 強ければいけないわけじゃない、と言っても、立ち向かうからには勝てなきゃ意味がないじゃないか、なんて誰もが考えます。

 けど、私はそれでも……実力が伴わずとも、立ち向かえる勇気を、自殺志願だと言われようとも、眩しく思います。

 ……だから理不尽な暴力は嫌いです。

 お互いがふざけて小突き合うくらいなら構いません。

 が、一方が一方を見下して振るう暴力ほど、おぞましいものはないと思います。

 

  ───だから。

 

 ある公園で、泣いて蹲る子を庇って拳を構える男の子を見た時、心が震えました。

 逆に、個性を見せびらかして、震えながらも一人で立ち向かう男の子を三人で囲う姿に気持ち悪さを感じました。

 

  私たちの出会いはその日。

 

 緑谷出久と爆豪勝己との出会いは、そんな形で始まったのです。

 ……最悪だったと言えます。

 なにせ個性持ち三人が、無個性をよってたかってボコボコにしているんですから。

 なのにヒーローに憧れていると言います。

 なので、割って入って、個性を使わずにブン投げました。

 親に通わされている合気道道場の技が活きました。師範には、のちに大変怒られましたが後悔はありません。

 

「───ぁ?」

「恵まれた個性を見せびらかして、そのくせ一人を三人でなんて。そういうの……よくないと思います」

 

 投げたのは一人だけ。

 リーダーのようだった、ツンツン頭の男の子。

 地面に叩きつけられて、目をぱちくりしていましたね。

 そんな彼を無視して、一人で立ち向かった男の子のもとへ。

 そうして面と向かって───停止しました。

 どう話せばいいのかが浮かんでこなかったのです。

 親の言いつけは守ります。師範の言いつけも、これが正しいと思ったこと以外は破るつもりはありません。

 けれど、私には親しく話せる人も居なければ、好奇心を強く強く煽ってくれる身近ななにかもなかったのです。

 あるとするなら、13号さんに助けられた記憶と、その傍らで人の不安を取り除く笑顔を見せてくれたオールマイトの姿だけ。

 つまり、その。今の言葉で言うのなら、私はコミュ障というものでした。

 和服が好きで、花を愛でるのが好きで、合気道は普通に好きです。

 が、ヒーローには憧れていても、ヒーローものが好き、というわけではないのです。

 何故って、ヒーローが必要ということは、それだけ危機があるということだからです。

 悪が居なければいいなんて、きっと誰もが思う事でしょうが、ヒーローだって居ないにこしたことはありません。

 居なければ、それだけ平和だということなのですから。

 

 話を戻しましょう。

 つまり話題がありません。

 翼の生えた男の子と、指が伸びる男の子は、「かっちゃんを倒した!?」とか「女が!?」とか言っていますが、道場ではそう珍しい光景ではありません。

 私なんていっつも投げられてますし。合気の道は受け身からです。まずは自分だけでする受け身から入って、慣れてくれば投げられてからの受け身です。

 きちんと体に覚えさせなければ、いざという時に役に立ちませんから。

 ……もっとも、一番大事なのは掴ませないこと、ですけど。

 

「ちょっとコケただけだ! 倒されてねぇ! おいお前! いきなり来てなんなんだよ!」

「……、ぇ、と」

 

 言葉を振られれば声が詰まる。

 こういう時は自己紹介からでしょうか。

 いけません、頭がぐるぐる回ります。

 けれど、立ち向かいましょう。

 一度でも守ろうとした存在が背に居る限り、ヒーローが我先にと逃げることなどあってはなりません。

 

「……、……」

「なに見てんだよ……たまたま人のこと投げたからって調子に乗んなよ!」

 

 ツンツン頭の人が、掌を爆発させながら言う。

 それを合図にするかのように、様子を見ていた男の子二人も翼を広げ、指を伸ばして、歩いてくる。

 

「───」

 

 それを見ると、やっぱり心が冷たくなりました。

 また先ほどのように、指の長い子が動きを封じて、ツンツン頭が殴るのでしょうか。

 そんな状況を想像したのか、後ろに庇った緑がかった髪の、デク、と呼ばれていた子が「ひっ」と声を漏らします。

 こういう時にこそ思います。個性持ちは心が醜いなと。

 だから私も、個性は身代わりであるとしか公表したくなかったのです。知人にも友人にも、もちろん家族にも。

 強い個性を持てば自慢したくなる。家族なら余計。

 我が家は実力のあるヒーローのサイドキックとして、受けた傷を肩代わりする、といった方法で活躍してきたそうです。

 身代祇、なんて苗字が示す通りなんて笑い話にもなりません。

 だって、“身代わりの土地神様”って言われているようなものですよ?

 この傷は勲章だ、なんて父が言おうと、私はその傷が恐ろしかったのです。

 他人が受けた傷を自分に移して、勲章だという父も、気持ち悪いと感じたことがあります。

 

  私はやさしいヒーローに憧れる。

 

 13号さんは救助するヒーローとしての目標ですし、笑顔の目標はオールマイト。

 でも、いつかきっと“そういう日が来る”のを私は知っていた。

 幼いながらに、気づいていた。それが現実になるまで、私は少なくとも暴力をそこまで嫌悪していなかったと思うのです。

 そう。父が……(ヴィラン)ではなく、傷を受けたヒーローにこそ、結果的に殺される日まで。

 

……。

 

 ……随分と懐かしい夢を見た。

 子供の頃の、イズクンとかっちゃんと出会った日のこと。

 結局あれからかっちゃんが泣くまでブン投げまくって、逆に投げてやろうと掴んでくるかっちゃんを受け流して、合気の奥義を教えてみせたいつか。

 私たちの関係は中学においても続いていて───

 

「おうこら若那ァ! 今日こそテメェをブン投げて───」

「……そういうの、いけないと思います」

 

 ───今日もまた、投げていた。

 あれからかっちゃんは自己流で自分を鍛えて、対私戦法を積んでは挑んで、を繰り返しました。

 名前も知らない相手を走り回って探し回って、見つければ勝負だコラァと息もゼェゼェで襲い掛かってきて、投げられて、を繰り返して。

 お互いの名前を知るまでどれくらいかかりましたっけ。

 あ、いえ、イズクンとは出会ったその日に名乗り合ったんですけど。

 

「クソがぁっ! なんで勝てねぇ!!」

「………」

「つぅかてめぇもいい加減まともに喋られるようになれや! デクとは普通に話してんだろが!!」

「ど、怒鳴らないで……くだ、さい……! そういうの、だめ……です」

 

 中学の現在、友達───緑谷出久のみ。

 周囲から日本人形みたいだの綺麗だの言われてはいるが、きっと影ではとんでもないことを言われているのです。だから友達も出来ませんし、話しかけてくる人自体も居ないのでしょう。

 

「あぁ、クソ……オラ、さっさと済ませんかいコラ」

「は、はい……」

(((毎度毎度、なんで負けた方が偉そうなんだろう……)))

 

 中学校の教室。

 投げられたかっちゃんはそのままその場で胡坐をかいてそっぽを向いて、私に説教を促す。

 説教っていうか、アドバイスっていうか。

 何度目かの頃に、かっちゃんが“俺が勝ったら泣いて謝らせてやる”、とか言い出したのがきっかけだった。

 結果、私は勝って、自分が勝ったら泣かせて謝らせるつもりだったのに、ずるいって言ったら……“誰がずるいんだ! じゃあ命令でもなんでもしろや! 今までの分もだ早くしろコラァ!”って感じで……名前を知って、こういうところがダメだった、って話をするようになって。

 

「かっちゃんはまず、短気なのがダメだと思います……」

「それ前も言ったことだろが! あ゙ァ!?」

「ひぅっ……! だ、だったら直してくださいぃ……っ!」

「俺に勝ったヤツがビクビクおどおどしてんじゃねぇ! シャキっとしろや!!」

「……こっちが頼んでも聞かないクセに、人には命令とか……そういうの、よくないと思います」

「上等だぁ……! 今すぐ第二ラウンドいッかコラァ!!」

「───……」

 

 投げました。右の大振りだったので。


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