『ヘイガイズアァユゥレディ!?』
そうして阿鼻叫喚のレクリエーションが過ぎた頃。
セメントス先生が作ったセメントリングが用意されたこの場所にて。
『色々やってきましたが!! 結局これだぜガチンコ勝負!!』
様々、ポイントがどうとかやってきました。
けれどやっぱり大体はこれで決まるらしいトーナメント式ガチンコ勝負。
『頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ! わかるよな!! 心・技・体に知恵知識! 総動員して駆け上がれ!』
はいわかります。わかりますから変な煽りとか勘弁してくださいね。普通でいいんですから普通で。
『つーわけで第一回戦!! お前の個性ってそういう使い方でいいのか!? ヒーロー科、身代祇若那ぁあっ!!』
「あ゙?」
お? おまんお父さんの個性馬鹿にするっちゃ? 降りてこ? お? 降りてこぉ?
『おい、おい……かつてない形相で睨んでるぞ、どうするんだアレ』
『こういうの気にしちゃ司会もDJも出来ねぇってなぁ! ───対!! ごめんまだ目立つ活躍なし! 普通科、心操人使!!』
解説いいから降りて来いコラそこの! わたしの前でお父さん馬鹿にするとか良い度胸ですぶちくらわしますよこんちくしょう!!
『おい……なんか叫んでるぞ、お前見てめちゃくちゃ叫んでるぞ』
『ルールは簡単! 相手を場外に落とすか行動不能にする、あとは“まいった”とか言わせても勝ちのガチンコだ! 怪我上等! こちとらリカバリーガールが待機してっから!』
『おい、怪我上等って時点で身代祇の周囲の景色が歪み始めたんだが』
『へ? あ、あー……アッ。あ、いやっ……』
……決定です。いつかブチクラわします。誰の父が怪我上等の特攻で死んだのか思い知らせてやりましょう。
けど、場の盛り上がりを優先させずに、すぐに謝ってくれました。会場におこしのみなさんにクスクス笑われながらも生徒の気持ちを察してくれる……いい先生です。それはそれとしていつか殴りますが。
『こほん。というわけで! 道徳倫理は一旦捨て置け! だがまぁもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ! アウトだ! ヒーローは敵を捕まえるために拳を振るう! アァユゥOK!?』
「「「「YEAH!!」」」」
『オッケェご来場のリスナーもノリが良くて最高だ! そんじゃ早速始めようか!!』
さて、では気を改めまして。相手である心操くんを見て。
「知ってるよ。お前の父親、ガッツメディカルヒーローのリフレッシャーだろ?」
「? はい」
「救助───へ?」
はい、と答えた途端、体の自由が効かなくなりました。
『レディイイイイイイイッ!! スタァアアアアトォオッ!!』
……。えーと。
「………」
「………」
「………」
「………」
『あれ? どしたー? もう始まってんぞー?』
「………」
「………」
あれ? え? これもしかして個性ですか? 相手の言葉に返事をしたら、相手を固定する……とか?
なんて思っていたら、心操くんがコリコリと頭を掻いたあと、「俺の勝ちだ」と言ったのです。
……なんと、勝利宣言です。
「身代わりの個性か……恵まれてる、なんて言っちゃいけないよな。けどさあ……こんな個性でも夢見ちゃうんだよ。あんただってそうだろ?」
「………」
「振り向いてそのまま場外まで歩いていけ」
「───」
え? え? 言われたってそんなことするわけ───と、そう思うや、何故か体が勝手に歩き出して、場外目掛けてのっそのっそと歩き出して───あ! これあれですか!? 相手を操るとかそういう能力ですか!?
すごいですこんな能力! 相手に反応させるだけで操れるとかすごいです! メガホンとか持って相手の悪口とか言えば凄まじい能力じゃ───能力?
「………」
問い掛けに応えると相手を洗脳する、みたいな能力だっていうのはなんとなくわかりました。
人質取られた時とか最高かもしれません。
でも、じゃあ、彼はいったい最初、わたしの父について何を言いたかったのか。わたしの父がリフレッシャーであることを確認したあと、その次になにを言うつもりだったのか。
相手に反応させる方法は、思いつく限りでは単純だ。相手のプライドを傷つける、または相手がどうしても気にしていることを言えばいい。
話し合いである必要はない、つついてつついて、反応させればいいんだから。
……たとえ、それが本意でなかったとしても。
「………」
既に振り向いてしまっているから、心操くんに対して個性は使えません。だったら?
(ルールに観客に個性を使ってはいけない、なんてないんですよね)
なので、涎を垂らしてこちらを見ているグレープが視界に入っている内に───身代わり。
「っ───うくっ……!」
状態の身代わりを完成させた。するとグレープが虚ろな目をして、観客席から降りて場外までをとぼとぼと歩こうとして、瀬呂くんに止められていた。それで正気に戻ったようで、あたりをキョロキョロ。……なるほど。
「は? ……おい、場外まで歩いて───」
「あ、無駄ですよ。もう攻略方法見つけちゃいましたから」
「はぁ!?」
また洗脳されるけど、瞬時に身代わりを行使して元に戻る。
あ、元に戻る個性でもいけるかもですね、これ。
ともあれ、まずは振り向いて、相手をちゃんと見て、と。
「洗脳の個性……でいいんですよね? 相手に問いかけて、それに応えたら操る。すごい個性です」
「……なんで」
「観客に個性を使ってはいけないとは聞いてませんから、人を騙した罰として状態交換をしました───っ……こんな風に」
「───!!」
また操られました。けど数秒前の自分に戻してにこりと笑う。言ってることとやってることは違いますけど、身代わり以外は隠しているので仕方ありません。
「そんなのアリかよ……くそ」
「ありですよ。っ……はぁ。こんな風に。ていうか返す度に洗脳するのやめてください」
「回数制限を期待しても無駄、ってことか……」
「ええ。その個性はわたしとは相性が悪いです。それでも……身代わり、なんて個性でもヒーロー科に行けたわたしです」
「……、努力不足だって言いたいのか? そんな個性ならわかるだろ。ヒーローに向いてないとか、敵みたいな個性とか言われることも」
「ええ。父があんな死に方をしたんです。どうせわたしも、なんて言われたことも、“お前俺のサイドキックになってくれよ”なんて、同級生に言われたこともありますよ」
次の瞬間、その男子はかっちゃんとイズクンに本気で殴られてましたけどね。
「でも、あなたは雄英に立っています。ええ、わかりますよ。わからないわけがないじゃないですか」
「じゃあ、あんたも」
「ええ、わたしも」
「「“こんな個性でも夢見ちゃうんだ”」」
身代わりなんて個性、普通はヒーロー向けじゃない。だって、実戦向けじゃないのだ。致命的なほどに。
誰かを助けることは出来ても、強力な敵が相手じゃあ様子を見ることしか出来ない。誰かの傷を肩代わりして癒すくらいしか出来ないなんて、そんなもの、どうすればいいんだ。
それでも……夢見ちゃうんだ。仕方ないじゃないか。
「……じゃあ」
「ええ。ここからは純粋な身体能力勝負です。あなたが個性頼りじゃなく、体もきちんと鍛えていたのなら、その先にだっていける筈です」
「PlusUltraか。あまり好きじゃないんだ、その言葉」
「じゃあ、好きになるところから始めましょう。それだけで、既にそれ以前の自分からは一歩進んでます」
「後退だったらどうするんだ。俺達にゃあ無駄な道を歩いてる余裕なんてないだろ。良個性のやつはどんどん進んでく。なんで俺達ばっかり、回り道なんてしなけりゃ───」
「相澤先生の前では皆、全ての人が平等ですよ。足りないのは努力です。人の個性を羨んでいる時間があるなら、純粋な身体能力で勝ちましょう」
「っ……眩しいなァくそ……! そうやっていい子ちゃんで居ればいつかは報われるって!?」
「報われることを第一に置いているヒーローなんて、人気が欲しいだけの欠陥品です。そういうのは土壇場ですぐ逃げます。わたしが憧れるのは。個性なんてものがない時代に、火が燃え盛る家に飛び込んで子供を救出してみせる……そんな、心技体が揃った人間を指します」
「………」
「良個性じゃないからヒーローになれない? 敵向きの個性だから敵をやる? ふざけないでください。本当に“それ”を目指したなら、周囲からの評価なんて関係ありません。個性がなきゃ人を救えないなんて、そんなことを基準に考えることこそが馬鹿の考えることです」
「……あんた。この会場に来てるやつ、どんだけ敵に回して……」
「? ……あの、なにか問題が? 今わたしが話しているのはあなたですよ?」
「───!」
わたしの言葉に、心操くんがハッとして……ようやくわたしの目を見ました。
はい、人と話す時は人の目を見て、です。戦う時も是非そうしましょう。
「それに……周りがどう言っても、期待されなくても……無個性であっても、ヒーローを目指した人を知っています」
「……、……へぇ。で? そいつは?」
「幼馴染の良個性を、ただ汗が爆発するだけって割り切って、今でも目指していますよ。だって、汗が爆発したって、それが使えなければ無個性と変わらないんですから」
「………」
「個性、洗脳。立派な個性じゃないですか。向いていないなんてことはありません。沢山の人を救える、とても素敵な個性です」
「───、……ぁ……」
わたしの目を見ていた彼が、口を軽く震わせてから歯を食い縛り、ギュッと拳を握ります。
そして、真っ直ぐに構える。わたしも真っ直ぐに向かい合って───
「迷いは晴れましたか?」
「とりあえず、あんたに勝ちたい。今までの自分を殴ってやりたい。くそっ……くそっ……! もっと、もっと努力すればよかった……! こんな個性でも、入試通って……ヒーロー科行って、胸張って……! どうだ、って……!」
「体育祭のリザルトによっては、ヒーロー科への編入もあるって聞いています。もちろん、ヒーロー科の生徒も無様を見せればいろいろあるらしいです」
「………」
「はい。わたしも負けるわけにはいきません。だって───」
「……ヒーロー、目指してんだもんな」
「はい。こんな個性でも、目指しちゃうんですよ」
「……あんたが普通科だったらよかったのに」
「いい友達になれた気がします。言葉もつっかえずに話せるって、なんか楽でいいですね」
「は? ……喋るの、苦手なのか?」
「実は」
ペロリと舌を出してから笑うわたしに、心操くんが「……ははっ」と笑い、強く強く拳を握る。
対して、わたしは柔らかく。
いい加減プレゼントマイクが『盛り上げてくれよぉおお!』とかうるさいので、いきましょう。
……。
と。いうわけで、観客席です。
「いやぁ~……地味!」
「個性無しだとほんと地味!」
「まあ身代わりじゃああなるだろうけどさ~……地味!」
「………」
他の試合を見るために訪れたそこで待っていたのは、クラスメイトからの地味コールでした。
あ? おまんらオリンピックやらで無個性で戦ってきた先人達に喧嘩売るっちゃ?
「若那ちゃん。随分睨み合ってた時間が長かったけど、なにか話してたの?」
「個性についての色々です。洗脳や身代わりってヒーロー向きじゃないよなーって感じです」
「あ、あー……悪い、身代祇。俺らそんなつもりで言ったんじゃ……」
「構いません、事実ですから。それでも父はヒーローをしていましたし、わたしはそんな父を今では誇りに思ってます。向いてないからヒーローを目指さない。そんな常識なんて知りません。だから、謝られることがあるとしたら、チアガールのことで騙そうとしたことくらいですよ、上鳴くん」
「すんませんっしたぁあああっ!!」
「はい、謝罪を受け取ります。ですがわたしが受け取っても、相澤先生がどうするかはわたしは知りませんので」
「ひぃ!?」
武舞台の上では、夜嵐くんと塩崎さんとやらが向かい合っている。
どんな戦いになるやら、と思ったら、開始の合図とともに夜嵐くんが風を纏って突撃。
冷静に茨の壁で対処しようとした塩崎さんだったけれど、悪手です。
突風が茨の壁に直撃すると、防御は成功したと緊張を解いてしまったようで、既に風を使って上から回り込んでいた夜嵐くんに、押し潰されて───え? あの、なんで普通に着地して……え? なんで掴んで……え、えー……?
「場外!! 勝者、夜嵐イナサ!」
「やったあ勝ったぞお!!」
何故か合気投げで勝つ夜嵐くんが居た。
相変わらず体を斜めに、両腕を挙げたり下げたりの連続ガッツポーズです。
「すっげぇな……防御したって安心させといて、上からとか」
「風圧の所為であんま目ぇ開けてられないところに、アレか……」
「てか投げる必要あったか? 普通に上から風で押し潰す~とか、風で吹き飛ばす~でよかった気もすんだけど」
「ウヘヘヘヘそりゃおめぇ女触れんだから触るだろォおい」
「わかったからヨダレ拭けヨダレ」
「あと夜嵐ってそういう方向にはめっちゃくちゃ興味無さそうだから、ある確率って言やぁ……」
「?」
「「「「あ~ぁ」」」」
あの、なんでそこでわたしのこと見ますか皆さん。
わたし? わたしは何もしてませんけど?
「身代祇が投げで勝ったから、自分もやってみよう、ってそれだけか」
「夜嵐くんだもんねー」
恩人・リフレッシャーの娘ってこともあって、なにかと絡んでくる夜嵐くんですが。まあ、確かにそれならとも思います。
まあそれはそれとしてです。次は轟くんと瀬呂くんの戦いですね。
「よっしゃ、んじゃあいっちょかましてくっかぁ!」
「頑張れよ!」
「出れなかった私らの分までヨロシクねー!」
「おォよ!」
ニッと歯を見せ、握り拳を作った手を軽く持ち上げて、その腕にパンッと逆の手を置き決意を新たに、今、瀬呂くんの戦いが───!!
……。
コキーン。
「勝者! 轟くん!!」
開始5秒くらいで凍らされて終わりました。
……。
で。
「よわっ!」
「よっわ!!」
「開始5秒とかないわー……」
「出られなかった私たちの分、ないわー……」
「うるせぇよ! じゃあお前らも凍らされてみろよ! どうしろってんだよあんなの!」
ですよね、弱い弱くないの話じゃありませんでした。
「さってとー。そろそろ私の番だし、体ほぐしてから行くかなー」
「頑張ってください、三奈ちゃん!」
「おっけーおっけー!」
「ふふっ……☆ 悪いけど───勝つのは僕だよ!」
「お前が負けるイメージしかないな」
「ないな」
「うんない」
「───」
次の試合───三奈ちゃんvs青山くん。
酸vsビームの決着はいったい───!?