「しょしょしょしょしょ勝者身代祇若那ぁあああっ!!」
「ふぅっ……!!」
ハッと気づくとボロ雑巾もといかっちゃんが場外で倒れてました。
少々……少々? やさしいヒーローとは掛け離れた……それもうやさしくないですね。そんなファイトをしてしまいましたが、勝ちは勝ちです。
……まあその。身体能力強化で向上させた体でボコりつつ、反撃は冷静に投げ、個性は発動する前に潰して、防御体勢に入れば突かれれば反応せざるを得ない部分を徹底的に狙って、反撃に出れば投げて、バランスを取ろうとすれば身体能力でボコって、と笑顔のまま冷静に、ええ冷静にブチノメしました。
今まではかっちゃんが個性を使わなかったから投げられた───嘘じゃありません。でも使おうがどうしようが投げる時は投げます。相手が個性で阻むなら、こちらも個性で成功させるだけですし。
「て、てンめ……おぼ、お、おぼえ、て……ろ……」
「勝者権限です。忘れて友達になってください」
「クソがぁああああっ!! うげっほごほげほっ!」
「元気ねぇまったく……はい、じゃあ治療室まで運んでちょーだい」
『
キュラキュラと動くロボ二体が抱える担架に、かっちゃんが乗せられて運ばれていく。
わたしはそれを見送ると、もう一度長いながーいため息を吐いて…………この場を支配する歓声にハッと気づいて、そういえばそもそも自分は目立たないように活躍するつもりだったことを……思い出したのでした。
ハッ……ハワァアアワワワワワ!? ななななにやってんですかわたしバカですか馬鹿なんですか馬鹿ですね馬鹿じゃなきゃそもそもあんな戦い方とかしませんよああもう馬鹿あぁああっ!!
「ミミミミミミッドナイト先生!」
「ん? どうかした?」
「あ、あのっ! 目立ちたくないんでここで棄権しますとか言ったら優勝がかっちゃんになったりとかは───!」
「………」
「………」
「優勝! 身代祇若那ー!!」
『ウオオオオオオオーッ!!』
「ミッドナイト先生ェエエエーッ!?」
(教師の)自由がウリのこの雄英で、“目立ちたくない”が許されるわけがありませんでした。
マイクを通して存分にわたしの戦いっぷりをアピールするこの18禁先生に、わたしはただ愚かな相談をしたと後悔するしかなかったのです。
「あの、ミッドナイト先生」
「あら、案外冷静? ここ最近結構度胸ついてきたみたいじゃない。十中八九、敵襲撃事件の影響でしょうけど、きっかけ有りの信念は、それこそなにかをきっかけに壊れたりするから気をつけて。で、なにかしら」
「……あの。ちょっと試合前に(飯田くんに)電話がありまして。急ぎの用事があるので、早退してもいいでしょうか」
「このタイミングで!? え、えー……優勝者が用事で居ないとか、前代未聞じゃないの? しかもこの雄英で。授賞式終わるまで待てたりしない?」
「始まるのはいつ頃ですか?」
「セメントスに表彰台を作ってもらったり、選手の疲れとか軽く引くまでは待たなきゃだから、30分はかかるかもだけど」
「では、少し事情を説明してきます。それで大丈夫そうなら」
「ええ、それで構わないわ。ていうかごめんなさいね、こっちの都合ばっかで。開催しておいてなんだけど、結構有名な人や特別な人も来てたりするのよ」
「大きければ大きいだけ、ですよね」
わかりますよ。オールマイトがそんな感じですし。
「あ、それとなんですけど。個性の“私用許可”を───」
「あなたの? ああ、身代わりの。まあリカバリーガールだけじゃ補え切れないかもだし、うーん……ほんとはダメって言いたいところだけど、そうね。あなたの負担にならない程度なら、いいわよ、認めてあげる」
「ありがとうございます」
許可を得られました。まあ───使う相手、高校生じゃありませんけどね!!
たぶんかっちゃん相手だと思ってるんでしょうけど、ノーです、違います。
そしてわたしは“使うのが身代わりだけ”とは言ってません。
さあ行きましょう、保須総合病院です。飯田くんには悪いですけど一人で行きます直行です。ワン・フォー・オール100%フルカウル&超回復で、30分で用事を済ませます。
-_-/飯田天哉
走った。表彰式が始まるより先に早退手続きを済ませて、身代祇くんには悪いが一人で。
ありがたいとは思った。感謝しかない。けれども、いくら身代わりになっても治るからといって、そんなことは願えない。
友達だからこそ。素直に“誰かのためになるなら”を行動出来る人だからこそ、願えやしない。
だから……だから兄さん。お願いだ。こんな僕が、心の弱い僕が、あなたの容態を見た瞬間に無様にも“彼女に助けてもらおう”なんて思わないよう、どうか無事でいてください。
「兄さん!!」
「こら天哉、静かに……!」
母さんに肩を掴まれながら、マスクをするよう促されても、そのまま兄さんが寝かされている病室へと入る。
家族以外では面会謝絶のそこに、兄さんならきっと、という願いと、もしかしたらという不安を胸に秘めたまま。
「ああ、天哉───来ちゃったのか」
「───…………へ?」
そこで、なんか物凄くぴんぴんしている兄を見た。
……。
母さんとともに驚愕という表現しか出来ない表情を顔に貼り付けていると、兄さんに「まあ座って」と促されて、椅子に座った。
なにが起きたのかを訊いてみれば───少なくとも病院に運ばれて手術するほど重症だった筈だと確認してみれば、
「いや、それが……オールマイトの顔をした女の子が急にやってきて」
「オールマイトの顔をした…………女の子!?」
想像してみる。
彫りが深くて目元がまるで真っ黒に見えるような、笑顔を絶やさぬ女の子。
…………な、何者だ……!? まるで理解が追いつかない……!!
「“自分ならその傷を治せる。ただし、その場合はひとつ約束をしてほしい”って」
「約束……兄さんはそれを飲んだのかい?」
「ああ。飲まなきゃ嘘だって思ったし、納得も出来たから」
「それで
母さんが心配そうに訊ねる。僕も、それはとても気になる。
他ならぬ、怪我をした兄さんが納得したんなら、って思うのとは別に、心配にもなる。
「うん。……怪我をさせた相手を恨まないこと。恨んでも、決して私怨で動くことや、ヒーローらしからぬ気持ちで動かないこと。……それだけだった」
「なっ……兄さんに怪我をさせた相手を恨むな、って……!?」
「いいんだ、天哉。それでいいんだよ。俺はさ、確かにその敵に負けちゃったし、聞いた話じゃヒーロー活動も引退しなきゃいけないほどの怪我を負ったって状態だったけど……怪我をしたのは俺だけで、他のみんなは逃がせたんだ。俺以外に誰も傷つかなかった。俺の中のヒーローの大前提は守れたんだ。敵に対する思いは無くなるわけじゃない。でも、俺はきちんとヒーローとしてあれた。それはこれからもだ。だから、恨みはしないし……次は、俺も含めて守ってみせる」
「兄さん……!」
「まあ、はは……お前が憧れてくれてるのに敵に負けちまったんじゃ、どれだけ言っても格好なんてつかないかもだけどさ」
「そんなこと……そんなことない! 兄さんは立派だ! それに比べて僕は……!」
この病室に入って、兄さんが無事で居ることを確認したあとも、敵への恨みばかりだった。
どうして兄さんを、誰が兄さんを、許さない、許さないと。
でも……
「……兄さん。それで、そのオールマイト顔の女の子は?」
「ああ、それが外せない用事があるとかで、そこの窓から飛び出していった」
「天晴!? ここ六階よ!?」
「いや、本当なんだ。HAHAHAHAHAとか笑いながら飛び出していって、綺麗に着地してから風のように……」
「………」
何者なんだろうか。オールマイト顔の女の子、とは。
身代祇くん……なわけがない。今頃表彰式に出ているだろうし、僕は途中で抜け出したんだ。どうやっても僕より先にここに辿り着いている筈が無い。
正義の在り方を唱えられるということは、きっと立派な志を持ったヒーローなのだろう。女の子、と言った兄さんの言葉も気になるけれど、いつか出会えたら必ず感謝を送ろう。
……ああ! ヒーローのことならば緑谷くんに訊けばわかるかもしれない!
でも、今はだめだ。安心したら力が抜けてしまった。
抜けてしまったら、我慢していた涙がぼろぼろとこぼれてしまい、僕は情けなくも兄さんと母さんの前で子供のように泣いてしまった。
けど、今はいい。泣いていよう。
そして、この涙が止まった時は……私怨ではなく、ヒーローとして……まったく恨むことなく、というのは無理だろうけど、そういった感情で動くことのないよう───……
-_-/身代祇若那
悲報。目立ちたくないのでかっちゃんに一位の台に乗ってくださいと言ったら激怒されました。顔すげぇです。
「わーたーしーがー───メダルを持って───来たァーッ!!」
そうして表彰台(一位)に立たされるわたしは、空より飛来するオールマイトを見て少しほっこり。
インゲニウムさんのところへ全速力で駆けて戻ってきた疲れた体に、今はそのスマイルが心の癒し。
なにせいつかイズクンやオールマイトにも見せた、オールマイトフェイスを役立てることが出来たのですから! どーですか! 一芸は身を助けましたよ! やっちゃいけない顔なんかじゃなかったんです! どーですか褒めてください!
(え、え? なに? 若那くんが私を見てすっごいドヤ顔してる。なんかそわそわして、まるで褒めて褒めてと父親に自分を自慢するような……え? ほんとなに? 若那くん、こういう場面で優勝とか、目立ちたがらないと思ってたのに)
オールマイトがわたしを見てすっごい戸惑いスマイルしてます。何事でしょう。
ともあれです。メダル授与はつつがなく終了して、いえまあかっちゃんが“一位以外のメダルは欲しくねぇ”とか言い出して大変でしたけど、オールマイトが無理矢理首にかけたことで終了。頑張ったみんなの手前、さすがに首から外して投げ捨てる、なんてことは出来なかったようで、顔すげぇです。
「さァ! 今回は彼らだった! しかし皆さん! この場の誰にもここに立つ可能性はあった!! ご覧いただいた通りだ! 競い! 高め合い! さらに先へと登っていくその姿! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!! ───てな感じで最後に一言!!」
オールマイトがマイクを手にせず、その声量だけでこの会場に居る全ての人へと届く声を発する。
さらに向こうへ登る姿。その言葉だけでも、最後の言葉の意味が受け取れた。
見上げれば、プレゼントマイクが実況席のガラスに顔をべったりつけて、羨ましそうにしていた。まるで『そういうの俺の役目じゃね!?』あぁはい、普通にマイクで叫んでます。
「皆さんご唱和ください!! せーの!!」
瞬間、オールマイトがわたしを見ました。
その時、なんとなーくオールマイトならこういう時、かわいいポカをやらかしそう、なんて意識が働いて、口を小さく動かします。
そしてさすがオールマイト、そんな意味深な動きにとっても敏感。
すぐにハッとすると、焦りなど感じさせない流れるような動作で拳を突き上げ、
「更に向こうへ!!」
『『『PlusUltraぁあああっ!!』』』
叫べば、会場が割れんほどの絶叫。
途端、オールマイトはその流れるような返礼に、“やばかったぁあああ!!”という心境を貼り付けたような冷や汗だらだらな微妙スマイルで胸を抑え、わたしを見つめてはキラーンと歯を輝かせた。
「はい! ありがとうございましたオールマイト! ではこれにて雄英体育祭を終了いたします! ご来場の皆様はお忘れ物のないよう、お気をつけてお帰りください!」
「OK! ではさらにご唱和ください! おつかれさまでした!!」
『『『おつかれさまでした!!』』』
そして次いでご唱和を願い、叫ぶと、今度はわたしにドヤ顔サムズアップ。
…………ああ! なるほど! ほんとはそれ言いたかったんですね!?
あ、あー……それなら最初の時、やばかったーとか思うわけです。恥ずかしいですもんね。
観客の皆さんも、1年11クラスの皆さんも、流れからして確実にプルスウルトラで構えてましたし。
「………」
なんにせよ、終わりましたー……。
さすがに疲れました……もう今日は個性使いたくありません、死にます。