翌日。
……………………怠惰です。
「うボぁー…………」
「若那……女の子がしちゃいけない顔、してるわよ」
今日、明日と連休になりました。
休む以外にすることがありません。
個性を使いすぎたってこともありますけどね、とにかく休みたいです。
「けど、若那が優勝ねー……未だに信じられないわ」
「わたしもだよー……」
我が家は気安くてとってもいいです。なにに遠慮することなくぐったりできます。
いえ、もちろん身形に気を使ってます。疲れが顔に出ることはあっても、そこは曲げるべきではありません。
なぜって? それがお父さんの言葉だからです。
女性よ、女の子らしくあれ!
え? 服装? 着物ですけど?
……。
翌日。ぴんぽーんとチャイムが鳴ります。
今日のお母さんは仕事なので、部屋で勉強をしていたわたし以外は誰も居ない状況。こんな時に誰が? なんて。
「……オラ、
かっちゃんだったりします。
今日はお友達記念として、イズクンとかっちゃんの幼馴染ーズで遊びに行こうって話になっていたのです。
まあ、当のかっちゃん、ビキビキと血管浮かせてますけど。
「どどどどどどうしたのかっちゃん! 僕を誘いに来るなんて! 頭がどうかしちゃったの!? はぁあっ!? まままさか若那ちゃんにボコられたショックで!?」
「ちっがうわ死ねボケモジャ公!!」
「ひどい!?」
ツッコミたい気持ちはわかりますけど、イズクンもほんと言うこと言いますよね。
「で?」
「え、え? で、って、なに? かっちゃん」
「これからどうすんだオラァ……!!」
「えぇえええええええっ!? いきなり行ッゾオラァとか言われてついてきたら遊びの誘いで、なのにノープラン!?」
「うっせ死ねボケ! 俺ァてめぇらとの遊び方なんざ知らねんだよ!!」
「いちいちひどいよかっちゃん!! 息するみたいに死ね言うのをまずやめよう!?」
一言。すごい休日でした。
……。
休み明け。
教室はかつてない興奮に───
「………」
盛り上がった途端に静まり返りました。
コードネーム……ヒーロー名を決めるというこのヒーロー情報学の時間において、わたしたちの夢と希望は最大限にまで膨らんだのです。
でも相澤先生の髪と捕縛布がざわりとうごめいた時点で、その興奮はシーンと静まり返りました。
名前は発表形式。決まった者から教壇に立って、クラスメイトの前で晒さないといけない。
ちなみにセンスの査定はミッドナイト先生にしてもらうことになったらしい。
……大丈夫でしょうか。この人結構ノリと勢いで動いてそうなイメージが。
とか思っている内に第一発表者として青山優雅くんが立ち上がった。
「行くよ。───輝きヒーロー、“
「短文!!」
そして早々にツッコまれます。
え? 呼ぶ時毎回そう言うんですか!? 危機が迫っている時に、“危ない! I can not stop twinkling!!”って!? ……死にますよ! 言ってる間に死にますよ!!
「じゃあ次アタシねー。エイリアン・クイーン!!」
次弾! 三奈ちゃん! ……続いて怖いの来ました!
よ、呼ばれて嬉しいんですかそれ!?
まずいです、まずいですよ……!? なんだか一気に大喜利みたいな空気になっちゃいました……どうしましょう……!
……ハッ! だったらどんな名前を出しても、さっきのよりマシ、と思わせる何かがあれば───!!
「あっ……あの、ミッドナイト先生」
「うん? なにかしら、身代祇さん」
「他薦とか、アリですか?」
「他薦? ……あのね。先生そういうの───すっごく好み!!」
この人、好みしかないんじゃなかろうか。
たぶん、きっと、今教室中のみなさんの心がひとつになった。
「いいわよー? 他人が決めた名前を気に入るってこともあるだろうし、とりあえず言ってみるのもアリよ。それで? 誰のヒーロー名を挙げるのかしら」
「は、はい。それでは───尾白くんで」
「え?」
席を立って、歩き、教壇へ。そして、文字を書いたカードをンバッと前へと向かせる。
「おじろのマシラオー」
「馬!!」
「いやいや猿だから! マシラって猿だからね!?」
尾白くんがツッコむ中、クラスの中の空気が確かに変わった。そしてティーちゃん爆笑中。
「おっしゃあじゃあ次俺いくぜ!」
「はいはいどんどん行くわよー!? じゃあ切島くん、なにかしら!?」
「闘! 神! マシラオー!!」
「俺から離れていいから! なんで続いてるんだよ!!」
「まったくですわ。こういう場合、流れを読んで綺麗に決めるべきです」
「おっ、じゃあ次は八百万ちゃんね? はいどうぞー!」
「そう……可憐に咲く花にちなみ、イブキマシラオ」
「花!!」
「それイブキトラノオだよね!? だから俺から離れてくれったら! あっち虎の尾だから離れてるって言えば離れてるけど!!」
「論点!!」
ティーちゃんがヤバい。噴き出しまくって笑いまくりです。
それからもやいのやいのと誰かに似合ったヒーロー名が挙げられて、時にそれを気に入る人も居て、けれど自分で決めていたヒーロー名を選ぶ人も居て。
やがて静かに歩き、教壇に立った彼───物静かながら、真面目な轟くんがコトリとカードを立てると、不思議と皆さんもごくりと喉を鳴らしました。
「さあ轟くん、あなたは───」
「……ジャングルの王者、マーさん」
「───」
「───」
「───」
「……、───」
一瞬の静寂。
直後、クラス中が震え、ワアッと沸いた。
今、確かにわたしたちは───一つの目的のために、一丸となれたのだ───!
……のちに、一丸となったわたしたちは相澤先生に怒られました。
……。
さて。
「緑谷くん! 様々なヒーローに詳しいきみに、訊きたいことがあるんだ!」
「え、えっ!? ど、どうしたの飯田くん!」
ヒーロー名を決めたのちの昼休み。
ランチラッシュのもとで食事を摂っているわたしたちの中で、飯田くんがイズクンへと質問を飛ばしていた。
本当ならオールマイトとランチを、な筈だったんですけど、飯田くんが話があるからと声をかけてきたので。
わたしもインゲニウムさんのその後が気になりますし、喜んでとばかりに話に乗りました。なので今日は食堂です。
つまりおべんとを渡したオールマイトが、ちょっぴり寂しそうに離れていくのを、わたしたちは見送ったのでした。
「その……他人の傷を癒せて、女性なのにオールマイトのような顔をしているヒーローのことを知らないだろうか」
「「ンブゥウッフェェッ!?」」
そして質問に対して、口にしていたものを吐き出してしまうわたしとイズクン。
「げっほごほっ! え、えっと、それは、そのー……~……!!」
う、うわー……! イズクンがすっごい困り顔でこっち見てます……! どうするのこれ、どうするの若那ちゃんって顔でこっち見てます……!!
「ああそうだ、身代祇くんにも言っておかなくては! ありがとう、とても心配をしてくれていたが、兄は通りすがりのオールマイト顔の女性に救われたそうだ! 手術があと2分遅ければ危なかったとされる重症さえ一瞬で治してしまうなんて、素晴らしいヒーローも居たものだ……!!」
「……、……! ……!!」
内心汗だらだらです。そういえばわたし、インゲニウムさんにわたしのことは秘密にしておいてくださいとか言うの忘れてました!!
なにやってるんですかわたし! うっかりとかそういうレベルの話じゃあありませんよ!?
「い、飯田くんはどうしてその人をヒーローだって? あ、えと、僕も初めて聞く外見だと思うから」
「ああ。その人は兄さんにヒーローとしての在り方を説いていったらしいんだ。治す条件として、ヒーローとしての在り方を損なわないでくれ、と。救う者が私怨に囚われないでくれと。僕は……まるで善悪の境を見せ付けられたような気分だった。だから、かもしれない。僕はその人にお礼が言いたいんだ。危うく僕は、ヒーローではない、正義を盾にした悪に落ちてしまうところだったから」
「飯田くん……」
すごいや、を声調で響かせつつ、目では“なにしたの若那ちゃん! いったいなにを!? ていうかこれ若那ちゃんだよね!? 違うの!?”と驚きと呆れを混ぜたような瞳でわたしを見るイズクン。器用ですね。
えっと……どうしましょう、この空気。なにも言えません。こんなことなら飯田くんのことはイズクンに任せて、わたしはオールマイトと食事を摂れば……! あぁああでも久しぶりにランチラッシュのご飯が食べたかったし……!
いえいえ現実逃避はだめです、それはいけません。そもそもわたしは飯田くんに、わたしが治す、ということを言ってしまったんですし、あああけれどその飯田くんを追い越して治して戻したなんて知れたら、いったいどうやってという質問からいろいろとバレてしまう危険性が……!
───はい、やっぱり別人ということにしましょう。
「でも、よかったです。未熟なわたしが身代わりをするより先に、きちんと志を持った人が傷を癒してくれて」
(ちょっ……若那ちゃん!?)
「ああ、と返事をしていいのかどうか……すまない、身代祇くん。君の救おうとする善意には本当に感謝している。絶望の只中にいたあの時の僕を救ってくれて、本当にありがとう」
「飯田くん……───自称が僕になってますよ?」
「すっ……素直な自分で感謝したかったんだ! そこはツッコまないでほしい!!」
なんとか流れました。イズクンがチラチラ見てきますけど、知りません。
大体イズクンにだって説明のしようがないんです。飯田くんがもし、“それは丁度、表彰式の時間あたりに起きたことだ”なんて言い出したら、すべてがパアなんですから。
知りません、知らないんです。わたしはただ、オールマイトフェイスが出来るだけの一介の女子高生なんですから!
それにわたしに出来るなら他の人だって出来ると思いませんか? むしろイズクンあたりなら出来そうじゃないですか!
なので知りません。オールマイトフェイスの、傷を癒せる女性が居ただけですよきっと。オールマイトレディとかそんなヒーロー名です。
そんな方向で話を進めることにしました。そしてなんだかどんどんと自分の逃げ道を自分でふさいでいるような気がしてならないわたしです。こんなんでやさしいヒーローになんてなれるんでしょうかね。
「と、感謝を届けたところで! 緑谷くん、身代祇くん。きみたちはもう職場体験先を決めたかい?」
「僕は指名がひとつも来てなかったから……」
「指名はかっちゃんと轟くんに集中してましたから……ちなみにわたしもありませんでした」
「優勝者に指名がない、というのも珍しい話だが───」
「たぶん、扱い難いんですよ。リフレッシャーの娘で、父がああいう死に方をして、同じ個性だからという理由で」
「若那ちゃん! それはっ!」
「事実だと思います。背けちゃいけない事実です。だからちょっとオールマイトに相談するつもりです」
「若那ちゃん……」
「すまない、話しづらい話題を振ってしまった。ぼ───俺は兄さんの事務所に行くつもりだ。復帰したばかりだが、前にも増して、人を救える事務所を仕切っている。俺の誇りだ」
前のような鼻高々なあからさま感はありません。ただ静かに、穏やかに、誇りと憧れを抱いているのが見てとれた。
本当にお兄さんのことが好きなんですね。
「しかし二人とも指名がないとは、本当に不思議だ。相応の活躍は見せたと思うんだが。───もしやどこからか圧力がかかり、既に決定しているという可能性も……!?」
「あはは、まさか。飯田くん、雄英相手にさすがにそれは」
「わわわ私が独特の姿勢で来たァーアアアア!!」
「オールマイト!?」
こういう場合は放課後に仮眠室で、がいつもの落ち合いなのに、まさか食事中に来るなんて。
ていうかその姿勢なんなんですか? まるで大砲の中で発射されるのを怯えて待つ人間のような。
「み、緑谷少年、若那くん。君たちに指名が来ている」
「えぇっ!?」
「本当ですかオールマイト先生!」
わたしやイズクンよりも、何故か飯田くんの方が嬉しそうだった。
そして「やはり雄英……! 他の指名と被らぬよう、分けていたのだろう……!」なんてうんうん頷いてます。
それはちょっと違うと思います飯田くん。
「とにかくここじゃなんだから、仮眠室においで。すまない飯田少年、二人を借りていくよ?」
「はい! 自分も食事を終えたところなので、もう戻ろうと思います!」
「うん。では!」
先を歩くオールマイトに、慌てて残りを食べて食器を返却口へと返すと、その姿を追いました。
考えてみれば仮眠室に集合って決まっているなら、慌てて追う必要もなかったかもですが。
けれどもオールマイトは食堂の出入り口で待っていてくれて、わたしとイズクンに指名先のことを教えてくれました。
いつかオールマイトが言っていた、あのお方のこと───グラントリノという人のことを。
……え? その人もわたしがワン・フォー・オール使えること、知ってるんですか?
ていうか話しちゃったんですか!? いえオールマイトごめんじゃなくってですね!? なんで震えてるんですかどうして怯えてるんですかオールマイト!? オールマイトー!?
おじろのマシラオー ⇒ みどりのマキバオー
闘神マシラオー ⇒ 闘神スサノオー
イブキマシラオ ⇒ 伊吹虎の尾
ジャングルの王者マーさん ⇒ ジャングルの王者ターちゃん
なんというかこのヒーロー情報学の回で、マシラオーやりたくて書いてた感。
使いたいネタ思いつくと、そこまではと書いちゃう症候群。
なんか頭の中での尾白くんの顔のイメージって、オールバックにするとターちゃんっぽい感じなんですよね。
そこから来たのがマーさん。
というわけで連続投稿終了です。
また気が向いたら書きますね。