身代わりの土地神様   作:凍傷(ぜろくろ)

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避難誘導の先に

 それでも、出来ることがあるのなら。

 

『私が電話に出た!』

「オールマイト!? って若那ちゃんもう電話したの!?」

 

 しました、と頷きで伝えます。あとは必要なことを伝えるだけです。

 

「オールマイト、時間がありませんので手短に! あのっ、グラントリノと新宿に向かう新幹線に乗っている途中、丁度保須あたりで脳無に襲われました!」

『脳無……なんだって!? それで平気なのかい!?』

「は、はい、グラントリノが脳無を自分ごと外に飛ばしてくれたので……。わたしとイズクンは座っているように、と言われましたが、あの強さを知っていると落ち着けなくて……。ここで降りて少しでもグラントリノの情報を届けるか、言われた通り座っているべきか、その判断と……」

『うん。私が行くべきか否かを訊こうとしたんだね? ありがとう、若那くん。……緑谷少年、そこに居るね?』

「は、はい! オールマイト!」

『いいかい、ヒーローに男も女も関係ないもんだが、女の子ってのは男の子が守ってやるもんだ。まだまだ産まれてない有精卵の君たちだ、芽吹くのはまだ先なんだとしても、男の矜持は忘れちゃいけないぜ?』

「いつも守ってもらってばっかりでごめんなさい!」

『HAHAHAHAHA!! そこは“はい”でいいんだって緑谷少年!! ……いいかい? その脳無がUSJの時と同じものならば、真正面から戦うのはあの方でも難しい。私の100%で4度。それほど殴らねば無力化出来なかった。それも、気絶はしても五体満足でいたんだぜ? 天候さえ変える拳をだ。それがどれだけすごいことかは緑谷少年。傍で見た君ならわかるだろう?』

「っ……は、はい……!」

『本来ならばヒーローが頼むようなことじゃない。けれど、知っている脅威に仲間達をむざむざさらしてしまうのもヒーロー然とはしていない。だから……二人に頼もう。あの方の命令に割って入る形になるから後が怖いけど、それでもだ。USJの時ほど強くないのだとしても、深追いは危険だ。ヤケクソ気味に突撃を仕掛けるような者が居るのなら、止めてあげてほしい』

「───……じゃあ」

『いいかい、これは戦えという指示では断じてない。君たちだって生徒で、免許もない点で言えば一般人なんだ。だから、今だけ。今だけ、“避難と防衛のために、個性の私用を認めよう”。……新幹線の見える保須のあたりだね? すぐに行くから、避難誘導を手伝ってやってくれ!』

「「───はい!!」」

『くれぐれも! くれぐれも無茶をしないようにね!? 会敵したら退避や防衛を優先に! いいね!? 自分の個性を過信して、捕まったり連れ攫われたりなんてことがないように! ……頼むぜ、若那くん』

「オールマイト……」

 

 わたしが攫われた事件の時、オールマイトも13号先生も居た。

 お父さんも居て、その事件で死んだ。

 オールマイトだって本当はそこで待っていなさいと言いたいんだ。

 でも、贔屓は出来ない。それをしたら、いつか別の場面でそれが弱点になるから。

 大丈夫です、わかってます、平気ですから、オールマイト。そんな、泣きそうな声を出さないでください。

 

「隠し事はしても嘘はつかない、ですよね」

『こういう時は嘘をついてもいいから生き延びなさい。自分の命に、もっとワガママになっていいんだ。じゃなきゃ供御くんにどやされてしまうよ』

「はい。じゃあ、意地でも生き延びますね」

『ああ、頼んだぜ!』

 

 電話を切って、イズクンと二人、頷き合う。

 さあ、ヒーローをしよう。ひよっこにもなっていないわたしたちが、誰か一人の怪我でも救えるように。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 本当の混乱に巻き込まれた時、人はとりあえずそこから逃げることを考えます。

 わたしだって考えました。攫われて、怒鳴られて、逃げたくて、逃げられなくて。

 だから本能的に、人が逃げる原因がある場所に向かう時、わたしの足は震える。みっともなく震えて、泣きそうになってくる。

 急に走れなくなったわたしを、戸惑いの表情で振り返るイズクンは、けれどわたしの顔を見るとハッとして……

 

「若那ちゃんはここに───」

「それは、だめ、です」

「でもっ!」

「一度でもそれを頷いたら、わたしはもう、ヒーローにはなれません。既にこんなにみっともなく震えていますけど、もう二度目なんです。急に巻き込まれた分、USJはまだ動けました。でも……」

 

 冷静に考える時間があればあるほど、体が震える。

 心の中で震える子供の頃のわたしが、そっちに行っちゃダメ、行ったらまたお父さんみたいに誰かが死んじゃう、と叫んでくる。

 自分の所為で。わたしが弱かった所為で。

 でも、わかってください、幼いわたし。

 先に進まなきゃ、死んじゃう人がもっと居るんです。

 自分の誘導で助かる人が、一人でも居るかもしれないんです。

 それが勲章になるんなら。

 転んで泣いていた子供が、いつか笑顔で駆け回れる日が来るのなら。

 わたしはそれを、誰に気持ち悪いと言われても、お父さんのように勲章だと笑って話せるようになるから───!

 

  若那。怖くなった時はな? 怖いって思っていいんだ。

 

  でも、少しずつその怖さに慣れて、いつかは笑って越えていけ。

 

  女の子の若那にはちょっと恥ずかしいかもだが、怖くなった時は───

 

  ケツの穴グッと引き締めて、心の中でこう叫べ!

 

  父さんのムキムキな友人が教えてくれたんだ! これは効くぞ!?

 

 

「……更に向こうへ(PlusUltra)

 

 心の中で叫んで、子供の自分の頬を叩いた。

 お前はそれでもお父さんの子供かと。

 見えなかったものを見ないままにして、ずっと勘違いして閉じこもって、お父さんの勲章を気持ち悪いままにしていいのかと。

 そして一歩。

 もう一歩。

 三歩目に、もう迷いはなかった。

 滲んだままの目でイズクンを見れば、彼は頷いて、振り返って走り出した。

 怖いものは怖い。当然です。

 トラウマなんて言葉は、そう簡単に拭えないから名前として存在しています。

 それでも手を伸ばすからこそ、誰かが救われて、救われた誰かがなにかに憧れる。

 

「………」

 

 人の数だけ、産まれた時におめでとうがあればいいなって言葉を、わたしはとある絵本で知りました。

 どうしてか涙がこぼれて、わたしはそんな言葉が好きになって。

 だから、おめでとうを言われて産まれた人が、おめでとうを言われて産まれた人を殺めてしまう現実が悲しかった。

 競い合って潰し合って、競い合いのための理由に最も適した人だけが喜ぶ世界に涙したことがあります。

 その競い合いで心を砕いてしまった人。

 他のことでなら一番になれたかもしれないのに、そんな個性が生かされることはとうとう無く、消えてしまう“おめでとう”。

 全員が全員、自分が最も笑顔になれる行き先を知れたらよかったのにって思ったことがあって、それでもそんなことは絶対に叶うことはないって、お父さんが死んだ時に知って。

 自分を助けるために誰かが死ぬなんて、ただ悲しくて辛いだけです。

 生きていてくれるからこそ勲章に出来るのであって、死んでしまわれたらなにも返せない。

 だから頑張るしかなかった。立派になって、誰にも出来ないことを成し遂げて、父が残してくれた命は、こんなにもすごいことが出来るんだって誰かに認めてもらえなきゃ、お父さんが積み重ねた勲章なんて誰もが忘れてしまうって、それが怖くて。

 わたしはきっと、産まれた時にお父さんにおめでとうって言ってもらえたから。

 ありがとうって、言ってもらえたから。

 誕生日のたびに、おめでとうって言ってもらった数だけ、わたしは、勲章の中の一つとして、輝かなきゃ……、わたしは───!

 

「───! 若那ちゃん!」

「はい!」

 

 頭の中を埋め尽くしていた様々な“逃げ出す理由”を噛み砕く。

 そして、“傍に居れば勝手に巻き込まれる世界”に足を踏み入れた瞬間、自分を完全に塗り替えました。

 ヒーローとは、いつだって命懸けで、常にピンチをぶち壊していくもの。

 その言葉を教えてくれたらしい、いつか父が語っていたムキムキマッチョのヒーロー……きっとオールマイトのことなんでしょうね。グラントリノが話してくれた話で確信が持てました。

 ともかく、その、わたしの好きな言葉を胸に、常に笑顔を絶やさず、っていうのは無理でも……悪に立ち向かえる自分を作り出す。

 オールマイトも言ってました。自分だって常に怖いって。No.1ヒーローだってそうなんです、ひよっこにもなってないわたしたちじゃ、怯えて当然なんだ、って。

 だから今は、欲しいのは無謀じゃなく勇気だ。

 更に向こうへ。少しずつ、そうして、経験を積んでいきましょう。

 わたしは、わたしたちはそのために、職場体験に来ているのですから。

 

  ……でも。事態はわたしたちが考えるよりもよっぽど、ひどい混乱の中にありました。

 

「脳無……が、二人……!?」

「それもさっき新幹線を襲ったヤツじゃない! 少なくとも三人は居るって考えたほうがいい!」

「そんな……!」

 

 最悪だ。

 けど、それに飲まれるよりも避難誘導を優先! ……させる、のですが……。

 

「……イズクン、違和感です」

「若那ちゃん?」

「“ここ”じゃありません……。わたしの体が怯えた感覚……“これ”ではありません」

「え? 脳無じゃない、って……他になにがあるの? だって今目の前で……あ、いや……保須? 保須……敵騒動………………ヒーロー殺し!?」

「イズクン?」

「そうだ、おかしいよ若那ちゃん! これだけの騒動で、これだけの時間が経ってるのに、今ここにインゲニウムが居ない! 飯田くんも来てる筈なのに!」

「! ……じゃあ」

 

 そうだ。今脳無と戦ってるのは、ノーマルヒーローのマニュアルさんと、その事務所のヒーローたちだ。

 別の脳無と相対している? 三人どころじゃなかったとしたなら考えられます。けれど三人だとしたなら、もう一人はグラントリノが対処している筈です。

 となると、やっぱり浮かんでくるのはヒーロー殺しです。

 再起不能にしたヒーローが無事だった場合、たとえば殺すべき相手が次の日にはピンピンしてパトロールなんかしていたら、殺人鬼はどうするでしょうか。

 ……そんなもの、決まっています。

 一人になる瞬間を狙うか、騒動に紛れて───

 

「イズクン! 避難誘導はわたしが! イズクンは人目につかない路地裏等の確認をお願いします!」

「───! ……大丈夫、なんだね? 任せても、いいんだよね?」

「USJほどの強さでは絶望的ですけど……見てください」

 

 促して、二人の脳無と、それと戦うヒーロー達を見る。

 USJに現れた脳無が相手なら、言ってはなんですけどあんなに戦えない(・・・・・・・・)

 それこそオールマイト級のヒーローじゃないと、殴っても吹き飛ばしても決定打には届きません。どころか、攻撃した瞬間に腕や足が握り潰されます。

 それが、ヒーローの皆さんは攻撃を受けたり弾き飛ばされたりしていますが、すぐに起き上がって行動することが出来ています。

 あれならば、倒せはしないまでも───時間稼ぎくらいは出来ると思いますから。

 

「行ってください。出来ればプロの方も一緒に……って贅沢を言いたいんですけど」

「……うん。無理だろうね。目の前で事件が起きてるのに、不確定なもののために動いてはくれないと思う」

「だから、行ってください。早ければ早いだけいいです。本当にヒーロー殺しが居るのなら、そこにインゲニウムさんも居る筈ですから」

「うんっ!」

 

 あとは、飯田くんが居ないことを願おう。

 よくも悪くも兄弟だ。身内は庇ってしまう。それが原因で本気が出せず、インゲニウムさんが目の前でやられてしまえば、飯田くんはきっと冷静じゃいられません。

 走っていくイズクンを見送って、わたしは近くに居たプロヒーローさんに声をかけて、職場体験に来た雄英生であることを伝え、避難誘導に助力することを伝える。

 USJのことも話してはみたけれど、だからといって我先にと逃げ出すわけにはいかないと言われました。それはもっともですが、自分から攻撃しようだなんて出来るだけしないでくださいとは……言ってみました。受け取ってもらえたかはわかりません。

 そして思ったとおり、わたしを戦いに参加させる気は微塵もないプロの方は、「助かるわ」と返して、仲間と一緒に脳無へと駆けていきました。

 ……これ以上は伝えても届かないと判断するべきでしょう。だったら───わたしにはわたしの出来ることを頑張りましょう。

 表面は真顔で、痛みは殺して。重症を負ったプロヒーローの痛みを肩代わりして、少しでも一般人が避難するための時間を稼ぐんだ。

 直接戦闘なんて許可されてない。わたしやイズクンが許可されているのは、防御と避難のための私用においてです。

 だから……ごめんなさい、一方的に頼ることを許してください、プロヒーローの方々。

 

「な、なんだ? 傷が急に……いや、それよか目の前のことか!」

「デケェのは動きがノロい方だ! 空飛ぶヤツには気をつけろ!」

「てかどうなってんのよこれ! 個性……ひとつじゃないじゃない!」

 

 混乱の渦は広がっていく。

 けど、だからって我先にと逃げ出すヒーローは居なかった。

 ……それだけで。そんな単純なことだけで、わたしももうちょっと踏ん張れそうな気がしました。

 

「……よしっ、避難誘導はこれで済みました……! 警察の方、ありがとうございました!」

「ああっ、本官もこれより避難に移る! キミも学生だろう! 早く!」

「いいえ、逃げるよう指示は出されていません! 逃げ遅れが居るかもしれない以上、我先にと走るわけにはいかないんです!」

「~……! 女生徒を置いて走らねばならない警察の気持ちも考えてほしい! どんな良個性を持っていたとしても、キミは子供で私は大人なのだよ! “個性に恵まれずに警察官になるしか英雄像を果たせなかった”私に、これ以上惨めな思いをさせないでくれ……!!」

「───それでもです。ヒーローはいつだって命懸けで、常にピンチをぶち壊していくものなんです。プロが大勢居て、体験出来る今の内から逃げ出してしまっては、逃げることが癖になりそうで怖いんです」

「…………勇敢だな。私も、そんななにかになりたかったよ。感覚倍増、なんて個性でもなければ、私だって痛みにも恐怖にも勝って、駆けていたのだろうね。……体験、なんてもので死んでくれるな。職場体験で心を折られる者が居ないわけじゃないんだ。事故は何処にだって存在することを、忘れないでくれ。……キミ、リフレッシャーの娘さんだろう? 体育祭、見てたよ。ずっとキミのお父さんにお礼が言いたかった。私……俺も、あなたに救ってもらったあの瞬間が、勲章だ。ヒーローにはなれなかったが、あの笑顔が、今の俺の最高の英雄像だ。……ありがとう。死なないでくれ」

 

 そう言って、ぽかんとする私に敬礼をしてから、警察の方は駆けていきました。

 本当は引きずってでもいきたかったんでしょう。何度も何度も手を握っては開いて、彷徨わせていました。

 ありがとうございます、ごめんなさい。

 そうしてまた、傷ついたヒーローの傷を身代わりで受け取った時でした。

 スマートフォンに、イズクンからの一斉送信メール。

 位置だけが記されたそのメールに、その意味を想像する。

 わたしはどうするべきか? そう考えた時、またやられたヒーローに違和感。

 突っ込み方に無謀さを感じた。他のヒーローも、慎重さをじわじわと欠いていっている。

 そして思い出す。幼い頃に見た、父を見るあの事務所のヒーローの目を。

 

 


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