-_-/緑谷出久
僕の幼馴染の一人である身代祇若那ちゃんは、結構変わった子だと思う。
無個性の僕にも普通に接してくれるし、楽しい話も普通に好き。
髪は黒で、さらりと風に揺らされる長い髪は、見ていると綺麗だなって思う。いっつも軽く結っていて、右肩側から前に垂らしている。右にこだわりでもあるのか、そういえば右の髪も左に比べると長い。揉み上げ部分の髪が。
性格も大人し目だけど、相手に慣れてくると結構言いたいことを言ってくれる、人見知りの幅が大きい子だ。
ヒーローに憧れているわりには戦隊ものの話には明るくなくて、けれど僕が始めるヒーロー談義も嫌な顔ひとつせず聞いてくれる。
最初に出会った時は着物を着ていて、なんて場違いな子なんだろう、なんて思ったものだけど……あのかっちゃんを投げ飛ばしてみせるし、説教まで始めるしで、とんでもなく驚いたのを覚えてる。
個性は“身代わりと癒し”ってものらしくて、あの時僕が負っていた傷も肩代わりしてあっさりと消してしまった。
目の前ですごい個性を見せられて、「羨ましいな」ってつい呟いてしまったら、頬を軽く叩かれた。
……彼女の父は、ヒーローが負った傷を肩代わりし続けたことが原因で、亡くなったらしい。
それも、彼女のお父さんがサイドキックを務めた前線ヒーローが、どうせ身代祇が肩代わりするんだからと無茶な特攻をしたのが原因の傷で。
若那ちゃんにはお母さん側の自己再生の個性があるからこそ、こうして頻繁に使える個性になったけど、傷を受け取るだけの父はそんなことが出来なかった。だから、こんな個性を羨まないでくださいと言われた。……言わせてしまった。
「…………チッ」
それを、倒れながら聞いていたかっちゃんも、それからは僕のことを無個性野郎とか無能野郎とか言わなくなった。
ただ、無個性なのにヒーロー目指すってんなら体のひとつでも鍛えろや、って言ってくれた。
僕はそれから……今でも、鍛錬を欠かしたことがない。
そんな努力が実ってなのかどうなのか、かっちゃんは少しだけ他人の見方を変えたみたいで……デク呼ばわりはそのままだし、口も悪いままだけど、普通に接してくれるようにはなったんだと思う。
「クソがぁっ! デクのくせに俺に並ぶんじゃねぇ!」
「かっちゃんだって! “汗が爆発するだけ”のくせに!」
「んだとコラァ!!」
個性はやっぱり羨ましいと思う。これは仕方ない。どうしたって憧れる。
でも、僕も考えを変えることが出来た。
かっちゃんの個性は確かにすごい。爆発なんて、カッコイイって思うこともあった。
けど、それだけなんだ。体は鍛えなきゃいけないし、足だって最初から速いわけじゃない。
それに気づけたから、僕も無個性ながらも、希望を胸にヒーローを目指していられている。
「ん……ライバル、って……いいです、よ、ね?」
「誰がライバルだゴラァ! てめぇがそれを俺に言うんかい! あぁ!?」
「ひぅっ……! だ、だから、叫ぶのっ……やめて、ください……! そういうの、よくない、です……!」
若那ちゃんはかっちゃんと同じで、僕に鍛錬を奨めてくれた人の一人だ。
家の言いつけで、うんと小さな頃から習い事をしているとかで、投げ技がとにかくすごい。
それは日に何度も投げられているかっちゃんを見ればわかることで───え? ぼ、僕? 僕はその、手が触れ合うだけで固まっちゃうし、そのまま投げられてひどい目にもあって……直後にかっちゃんに指差されて笑われたけど。
なんだよ、自分だって投げられてるくせに。って言ったら顔を真っ赤にしてキレた。
……これでも前より穏やかなんだ。これでも。うん、これでも。
「はぁ……」
鍛錬が終われば学校に行って、進路票を配られて、溜め息。
中学三年。
進路を決めて、夢を胸に、真っ直ぐに。
かっちゃんも若那ちゃんも同じく雄英志望だと聞いて、僕は喜んで───クラスのみんなには無個性が雄英とか、って笑われて。
それでも憧れは憧れだ。誰に
「───個性……かぁ……」
そうやって今日も騒がしく授業が終わって、のんびりと下校をって頃。
僕は、運命の出会いを果たすことになる。
-_-/身代祇若那
───目の前で、とってもドンパチ。
それが、今の私の視界の中に納まる世界の在り方でした。
明日のおべんとのためにスーパーに寄って、じゃあ帰りましょうって時、つい先ほどまで買い物をしていた商店街から爆発と炎と煙が上がりました。
何事かと急いで戻ってみれば……なんということでしょう、かっちゃんを襲うヘドロのようなものと、それに抗って爆破を何度も行使するかっちゃんの姿が。
どうしよう、がまず頭の中に浮かんで、けれどそういう時こそ一旦冷静になること、ってイズクンノートに書いてあったのを思い出して、深呼吸。
……冷静になったら余計に慌てました。だって、冷静になるって、つまり考えられることが増えるってことじゃないですか。焦るに決まってます。
頭の中がぐるぐるで、目だってひょっとしたら回っていたのかもしれません。
そんな状態がしばらく続いたあと───ふと、苦し気に開かれたかっちゃんの目と、私の目が───合ったような、気がした。
「「───!!」」
同時に飛び出していました。
いつから居たのか、横を走るのはイズクン。
「若那ちゃん!? どうして!」
「し、知らないっ……! 体が勝手に飛び出し、ました……!」
走る。走る走る。走って、口は悪くても頭は回って、地味に気遣いは出来るには出来る幼馴染のもとへ。
すぐにヒーローから「止まれぇええ!!」とか「無駄死にだ!」とか叫ばれるけど、そんなことは知らない。自分の持ち味、個性が輝けない状態なら、自分の五体で助けよう、相手の懐に潜り込もうとは思えなかったんだろうか。
目の前で苦しんでいる人が居る。なのに個性の相性が悪いからと投げるのは、それこそ無個性に価値はないと言っているようで腹が立ちました。
はい。だから───結局個性を使わなければ打開できない自分にも、嫌気がさします。
「イズクン! 流動的個性の弱点!」
「───! 目とか口! どうしても隠せない場所なら通用するよ!」
「うん……! じゃあ、あと───任せるね……!!」
「うん! ───え?」
かっちゃんを見る。
見て、意識を集中させて、個性を発動させる。
私の個性は身代わりだ。
移せるのは傷に限ったことじゃない。
それはたとえ人だろうとものだろうと、位置だろうと肩代わりすることが出来る。
「ブッハァアッ!! ~……っは! がっは……!! はぁ……!」
「うわぁっ!? か、かっちゃん!? えっ───あ、若那ちゃん!!」
私が、かっちゃんの“位置”の身代わりになる。
途端にヘドロに飲み込まれ、とても不快な気分を味わうけれど、そんなものは問題ではありません。
ヘドロと身代わりになればよかった? 違う、それだとイズクンが襲われる。重要なのは、大事なのは、犠牲が少ないことだ。そこに、助けたいと願う自分は入らない。
なぜって、ヒーローはいつだって命懸けだから。危険も顧みず、危機を前に駆け出せる馬鹿であれ。
私は───個性の相性が悪いからって、苦しむ中学生を前に駆け出せないヒーローになんかなりたくない。
けど、同時に仕方がないとも思えた。ヒーロー飽和のこの時代に、学校にヒーロー科、なんてものがあるこの時代に、己の命を捨ててでも他者を守れ、なんて教える学校はない。
プロのヒーローなら、当然そういった授業も受けた先でここに立っているんだろう。
だからこそ私は。
個性なんてものが全くなかったいつかの時代に、己が身一つで火事場へ突入し、燃え盛る家屋から子供を救出したレスキュー隊員らを、心から尊敬する。
「若っ───てめぇなにしてくれやがる! 俺はてめぇとデクに救けられんのが一番腹立つんだよ!!」
「かっちゃん! 目と口だ! たぶん、そのために若那ちゃんは───」
「わかってンだよンなこたぁよぉ!! ~……クソ……! クッソ……くそがぁ! 俺は一人でもやれたんだ! なんだっててめぇは! てめぇらは!」
走りながらそんなことを叫んでる。私は身代わりになると決めたからには心の準備は出来ていましたから、そこまでの動揺もなくその光景を見守って、いつかピンチの時に笑ってくれたあの人のように笑うのだ。
「「君が、救けを求める顔してた」」
と。
直後に口にヘドロが入ってきて、やってしまったと後悔するけど後の祭りです。
それよりもかっちゃんが泣きそうな怒り顔で、物凄い速さで突進してきてます。怖いです。なんだか私ごと爆破されそうな……あ、あの、かっちゃん? なんでそんなに怒って……!?
「俺が! お前に! 救けなんざ求めるかァアアア!!」
ばばぁぁぁばばばば爆発してます! 手が物凄く爆発してます!
ままま待ってください違うんです! 違いませんけど! だって本当に助けてって言ってるような顔で───あ、ぁあああーっ!!
……。
その後。
煙を撒き散らしながら現れたオールマイトの拳ひとつで、事件は解決しました。
私たちはお説教を受けたのちに解放されて、あんなことがあったから顔を合わせ辛いのか、かっちゃんはすぐに別行動を取って去ってしまって。
私も帰りの途中で買ったものをあの場に置き忘れたことを思い出して、イズクンには一人で帰ってもらった。
今日は本当にびっくりした。
あんなことが身近で起こるだなんて、本当にびっくりです。
でもよかった、死傷者が出る、なんてことにならなくて、本当によかった。
「ん、しょっ……」
盗まれたりしていなかった買い物袋を回収して、帰路を歩む。
向かう場所はイズクンやかっちゃんと同じ。
ご近所さんなのだ。父の死をきっかけに、母が身代祇の家を出てからは。
そうしてからを長く生きる中で、私の口調も丁寧なものに砕けたものが混ざるようになって、安定しませんが……それでいいのだと思います。お母さんもそれでいいって言ってくれていますし。
そうして道を歩く中、しばらくして馴染み深い景色が広がってくると、その曲がり角から大きな声。
「君なら私の“力”……受け継ぐに値する!!」
───わお。
聞こえた声がオールマイトのもので、まさかと思ったけど……ちらりと覗いた先に居るのはガイコツさん。喋るのに熱が入っていて、蹲って泣いているイズクンともども私には気づかない。
それから、ガイコツさんは語った。
どうやらガイコツさんがオールマイトで、オールマイトの個性は聖火の如く引き継がれてきたもので、ガイコツさんはそれをイズクンに受け継いでもらおうとしている、って。
「……あの」
「ゴヴォォッハ!?」
声をかけたら吐血されました。オールマイトに。ショックです。
「オヴァアアアホホホハ!? き、君! いつからそこに!?」
「……、……」
「……、君?」
「アワワワワワワワワワ……!!」
「オオウ!? どうした少女よ!」
「ぁあああ若那ちゃん!? 久しぶりに人見知りが! ていうか自分から話しかけてきたのになにやってんのもう!」
だって仕方ない。黙って聞いているなんて出来なかったのです。
けれどなんとか説明……イズクンの背に隠れつつ説明すると、OH……と目を片手で覆って息を吐くNo.1ヒーロー。
「わかった、これは周囲を確認しなかった私の失態だ。それに仲も良いみたいだしね。あ、けれどくれぐれも内緒で頼むよ? えー……」
「あ……」
「うん」
「………」
「…………」
「アワワワワワワワワ……!!」
「NOー!? 自己紹介! 自己紹介だ少女よ! それだけでそこまで震えることはないんだ!」
「あ、あのオ、オールマイト! この娘は身代祇若那ちゃんって言いまして!」
「君が紹介するのか!? ───うん? みしろ……身代祇? ……まさか。君はあの、身代祇
「……、───……娘、です」
「…………なんてことだ」
ガイコツさんがもう一度、目を片手で覆って天を仰ぐ。
「彼の死後、行先も告げずに君のお母さんが引っ越ししてしまい、ずっと悔やんでいた。まさか調査依頼をして探すわけにもいかない。……君のお父上のことは……本当に、すまなかった」
「……。そういうことを、言われたくなかったから……離れた、って聞いてます。父は、他人の傷を勲章、って言っていた……から。無傷で帰ってきてくれることが一番の喜びなんだって、ちっともわかってくれなかった。……私が嫌うのは、無茶な特攻をしたヒーローだけ……です。どうせ父が身代わりになるから、なんて……私はそんなの、認めたく……ありません」
「身代祇くん……いや、若那くん。私は───」
「でも、志を以って、やりたいって心から思うことで怪我をする人を……止めることなんて、できません。そういうの、よくないと思いますから。だから……」
「……すまない。この道で、怪我なんて絶対にさせないなんてことは言えない。この少年が進む道は、願う未来は、そういった場所なのだから」
「はい……わかって、ます。それは、イズクンの将来のことで……イズクンの夢、ですから」
「若那ちゃん……」
「任せて、ください。怪我なんて、すぐ……直しちゃいますから。そうして、自分が傷つけば誰かが傷つくってことを……きちんと知ってもらうんです」
「えぇっ!?」
そう。前線に立つ人は、確かに勇敢で正義の心を忘れない。
それはとても素晴らしいことで、ヒーローの絶対条件に近いのだと思います。
が。なにより、自身も怪我をしないほうが一番なのは当たり前。
勲章になんてしないでほしい。
元気でいてくれることほど、待つ人が喜ぶことなんてないんだから。
「……若那くん」
そう、詰まりながら説明すると、オールマイトはゴフシャと血を吐きながらサムズアップをしてくれた。
そういえば、どうして吐血をするんでしょうか。
もしかして病気……?
「うん? ああ、そういえば。少年、いいかね? 君の彼女を巻き込むことになってしまうかもしれんが」
「彼女!? いえいえいえいえいえ! わわわ若那ちゃんはただ単に幼馴染ってだけで!」
「HAHAHAHA! 若いって───イイネ!」
額に手を当てて笑うと、オールマイトは私を見て、改めてニカッと笑って……誰にも秘密で、頼むよ? と言った。言って、シャツをめくって……そこにある、痛々しい傷跡を見せてくれた。
それは、まるで壁を砕いたかのような、ひび割れた身体。
縫合のあとと、消えてくれないくすんだ色、痣もたっぷり。
まるで、傷を負った父を見ているみたいで、悲しくなった。
「呼吸器官半壊、胃袋全摘、度重なる手術と後遺症で憔悴してしまってね」
「……!? 大丈夫、なんですか……!?」
「まあ、普通に生活する分には支障はないよ。これも鍛えていたお陰だね」
「そっちじゃなくて、胃袋全摘って……ごはんが食べられないじゃないですか!」
「そっちか!」
また血を吐いた。吐きながら笑ってる。すごい。
「心配ないさ! 食事って聞けば、まず大抵の人は胃を思い出すだろうが、本来栄養の吸収なんかは腸の仕事なんだぜ? さすがにいっぺんに食べることや、早食いなんてことは出来なくなってしまったが、知人とのんびり茶を楽しむことだって余裕さ!」
「でも……血、吐いてます」
「ははは、これは貧弱になってしまった体の問題だから、仕方のないことだよ。さ、私のことより少年のことだ。おっと、結局自己紹介がまだだったね。私はオールマイト。ヒーローネームだが、本名はそのー……地味なので勘弁して?」
「No.1ヒーローに合掌ウィンクされてしまった!!」
「落ち着いて、イズクン」
「あ、えっと! ぼぼぼ僕はそのっ! みみみ緑谷出久っていいます!」
「緑谷少年か!」
「私は、身代祇若那、です。身代わり土地神、なんて言われていました。名前は、若く、おおらかでありなさいってつけられた、みたいです」
「うん! 身代祇───供御くんのこともあるから、君のことは名前で呼ばせてもらうが……いいかな?」
「はい」
「ありがとう。これからヨロシクネ!」
言って、急にムキムキになって、血を吐いて戻った。
そんなことがあって……その日から。私の幼馴染のヒーローへの道は、色濃く始まりを……あ、違います、よね。イズクンは最初から始まってた。
諦めることをせず、きちんと体も鍛えてたし勉強もしてた。
今日から、背中を押してくれる人が居るだけなんだ。
「しかし君、地味に鍛えているね。いいね、これなら早い段階で譲渡できそうだ!」
「え……あ、はい。無個性なら余計にって、若那ちゃんにアドバイスされて、その通りに体を動かしてたら……」
「幼馴染っていいなぁ……! そしてグッジョブだ若那くん! では早速今日から始めよう!」
「始める……?」
「私の個性を受け取るための、さらなる筋力作りさ! 大丈夫、この調子なら効率のいい筋肉の使い方を覚えれば、すぐにでも譲渡出来るまでになる! 幼馴染くんに感謝しろよ緑谷少年。こうまで全身を鍛えてなきゃ、何ヶ月も吐きながら筋トレしているところだ。なにせ体が仕上がっていないと、譲渡した途端に四肢が千切れ飛ぶからね」
「ありがとう若那ちゃん!」
「あの……やめて。真っ青で涙飛ばしながら感謝とか、よくわかんない……」
オールマイトが言ったからには、本当に早速だった。
一日たりとも無駄にはしたくなかったのか、訓練は始まった。