身代わりの土地神様   作:凍傷(ぜろくろ)

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オリジンは違っても、憧れた先は一緒だった筈なのに

 ───どろりと、黒い感情が沸きあがる。

 きっと彼ら彼女らは不思議な無敵感を抱いているのでしょう。

 倒れても勝手に回復する体。どれだけ動いても元通りになる呼吸。

 こんな騒ぎを起こした敵を鎮めることが出来たら、どれだけ───と。

 

「ハァ……!」

 

 息が荒れる。

 あんな行動の先に、父が死んだ。

 元に戻ることを自分の実力だと誤解して潰れた、名声だけを求めた偽者のヒーロー。

 言ってしまえば、そんな心が無ければ父は死ななかった。

 けれど。そもそもわたしが連れ攫われなければ───……

 

「……、───」

 

 荒れる息を整える。飲まれるのは愚考です。

 破壊衝動に身を任せれば、それはとてもとても気持ちが楽になるのでしょう。

 でも、そんなものは敵と代わりません。わたしはそんなものになりたくて、ヒーローを目指したのではないのですから。

 あ、でもいっぺん罰は与えます。おまん、人が悲鳴上げて逃げるような事件の中で、なんばなまっちょろい戦い方しとーと? お?

 

「ギャアアアアー!! 腕がー! 治らない! なんでなんで!? ぎゃあああ!!」

 

 倒れたヒーローが叫ぶ中、一人のヒーローがわたしを呆然とした顔で見てきます。たぶん、治った理由がわたしだって気づいてる人で、リフレッシャーの娘だってことも知ってると思います。

 そんな彼を、わたしは“それでもヒーローですか”という気持ちを込めて睨みました。……目を逸らされました。ああ、もうヒーローですらないんですか。

 

「ひ、ひぃ! ひぃいやぁああああっ!!」

 

 そんな中で、倒れていたヒーローを、翼の生えた脳無が伸びた足の鉤爪で掴み、連れ攫おうとする。

 ……その個性にはあまりいい思い出がありません。

 過去、かっちゃんと三人でイズクンをボコっていた男の子の中に、同じような個性持ちが居ました。

 今頃何処でなにをしているのかもわかりませんが───

 

『あ゙……』

 

 飛び立とうとした瞬間に、イレイザーヘッドの個性を消す個性を使って翼を消す。元からあったものではなく、個性を発動させれば出る翼でよかったです。

 途端、バランスを崩して、どぅと倒れる脳無に、他のヒーロー達が攻撃を加えていった。

 それでもすぐに反撃されて、大勢のヒーローが吹き飛ばされて……ソレがわたしを睨んだ瞬間、ソレは『グェゲッキャキェエエエ!!』と絶叫して、翼を広げて襲い掛かってきました。

 どうしてわたしにだけこれほど強い反応を示すのか、わかりません。

 けれど、飛んだ瞬間にソレを覆い尽くした炎がソレを焼いた時、ソレは勢いのままにアスファルトを転がり、叩きつけられ、動かなくなりました。

 いったいなにが、と炎が飛ばされた方向を見れば、そこにはヒゲを燃やした黒い巨漢。プロヒーローNo.2、轟くんのお父さんのエンデヴァーが居ました。

 焼いた脳無を見て頷いて、続いてもう一体の鈍足脳無を燃やします。

 

「………」

 

 わたしは……叩きつけられ、転がり、動かなくなった脳無を見下ろしました。

 個性も発動していないので、翼もないままの、ガスマスクのようなものをつけた脳無。

 その姿を間近で見て、生えていた個性の翼を思い出して……ああ、なんてこぼしてしまった。

 なんてことだ。つまり、脳無っていうのは元からこんな体の存在なのではなくて。

 

「…………あなたのこと、わたし、嫌いでした。転校する最後の最後の日まで、イズクンをいじめようとして。個性:翼鳥なんて個性を持って、けれど上手く扱えなくて、いつだって無個性を見下すことで、自分の優位性を証明したがってましたね」

 

 かつて、あだ名が“裸の大将”だった、クラスメイトが居ました。

 個性は言った通り。

 空を飛べるなんて個性だったにもかかわらず、上手く扱えず、そのくせ物を食べるのが好きで太っていたため、余計に個性を生かせないことばかりがついて回った。

 自分は底辺じゃないと証明したかったのか、かっちゃんが明確ないじめをやめても彼だけはやめず、親の事情で転校するまでずぅっと、それは続いた。

 そのあとのことなんか知りません。

 ただ、彼が転校していった地域の方で、行方不明事件が多発したという話くらいは知っていて。

 だから……………………だから。

 

「いっそ、無個性の気持ちを味わってみればいい、なんて……思ったこともありました。でも」

 

 そんな過去の感情は置いておいても、あなたの意思はどうあれ事件は起きて、あなたはもう敵扱いなのだから。

 

「無個性になって反省してください。……もし、まだ自分の意思が残っているのなら」

 

 だからわたしは彼を抱きしめて───……個性を、剥がしました。

 

 

───……。

 

……。

 

 その日、ヒーロー殺しステインが捕まった。

 その様子は一部の雄英生しか知らず、脳無の騒動に対処していたプロヒーローは駆けつけられず。

 けれどステイン自体は韋駄天ヒーローインゲニウムと、その事務所に職場体験に来ていた飯田天哉、そしてその場に居合わせたイズクンと轟くんの手によって対処、逮捕されたんだそうです。

 

「すごかったんだよインゲニウム! あ、いやっ、僕らも相当危なかったんだけど、攻撃を喰らわないようにって凄い速さで対処してさ!」

「逆に俺は必要以上に攻撃を受けてしまった。検査を受けたんだが、後遺症が残るそうだ」

「えぇっ!? そうなの飯田くん!!」

「俺の方はなんとか捌けたが、そこそこやれてるつもりだった自信が粉々だ。あいつ、元から俺らを殺す気なんてなかった。明らかに加減されてた」

 

 現在は保須総合病院の、とある病室。

 雄英生である怪我人な三人、イズクンと飯田くんと轟くんだけが居る病室であり、わたしはそのお見舞いに来ています。

 

「最後の方だって、オールマイトが到着した途端に明らかに動揺が走ってた。そこを同時に攻撃して、ようやく止まったってほどだしな」

「あ、オールマイトそっちに行ってたんですね?」

「うん。来てくれなかったら、ほんとヤバかったかもしれない」

 

 赤黒血染。それがヒーロー殺しステインの名前らしいです。

 個性は、相手の血を舐めることで動きを止める、“凝固”。

 そうしてからヒーローを殺すのが彼の殺人術。

 “俺を殺していいのはオールマイトだけだ”と言っていたらしく、そんな彼の登場に動揺した瞬間、同時攻撃を喰らって気絶。

 そんな隙があってようやくです。インゲニウムさんも参加していたというのに、それでも気絶させるだけで手一杯だったそうで。

 ここに来る前にインゲニウムさんにも会いましたが……ええ、バレました、“オールマイト女子”と呼ばれてしまい、誤魔化せませんでした。

 けれど飯田くんには内緒にしてくれるそうで、助かります。

 ともあれ、現場指示としてオールマイトからもその場のヒーローからも個性の私用が許可されていたこともあり、厳罰もなにも無し。

 むしろヒーロー殺しを捕まえた功績を称えられて、三人ともまんざらではない顔をしていました。

 許可、大事。下手すると雄英退学、なんてことも有り得たらしいです。

 

  ただ───ここでインゲニウムさんとの会話に戻るわけですが。

 

 イズクンたちとは別の病室で、ベッドに寝転がる二人のヒーロー。

 そんな二人のお見舞いに来たわたしは、会話を始めるや、少しイジケたように話し始めるネイティヴさんに苦笑を漏らしていました。

 

「はぁ……まったく、あんなやつが居ちゃ、俺達もヒーロー活動なんてやってられないっての。捕まってせいせいする───あでぇえっ!?」

 

 ステインに襲われていたらしいヒーロー、ネイティヴさんは、インゲニウムさんにターボ拳骨をくらっていました。

 まあ、ヒーロー然とした発言ではありませんよね。

 あ、ちなみにインゲニウムさんは入院ではあるものの、連続しての負傷なので念の為って程度で、自由に動き回れます。ネイティヴさん? ベッドでもごもご言ってます。

 

「ヒーローなら、何気ない発言にも責任を持つんだ。誰も聞いていないから、なんて理由で、必要のないことまで口にする必要なんてないだろ」

「~~……ってぇえ~……!! あ、う、うっす、すんませんインゲニウムさん……ってそれ、ヒーロー殺しにも言われました」

「え? ヒーロー殺しに?」

「こう……殺されそうになってる時、あ、やべぇ、とか思ったらつい……クソやろうが、とか、死ね、とか言っちゃいまして」

「………」

「………」

 

 それはヒーローとしてどうなんだろう。

 学生で仮免許も取ってないかっちゃん並に子供なのでは……?

 

「そしたらあいつ、ヒーローを名乗るなら、死に際のセリフは選べ、って」

 

 ……いえ、わたしたちも相当あなたに呆れを抱いておりますが。

 ここに居るのがインゲニウムさんとわたしだけでよかったですね。

 というわけで二発目のターボ拳骨が決まりました。

 

「いぃっで! な、なんで……!?」

「いいや。ただ、いろいろ考えさせられるなって思っただけだよ。……ええと、改めてありがとう身代祇さん。足の件だけじゃない。今回のことも、もしもを思うと怖くなることばっかりだった」

「……今回のこと、とは?」

「天哉がさ、ステインを前にした時、我を忘れたんだ。あの、いっそロボみたいに正確で生真面目で真っ直ぐなあいつが、俺のために。……もし、俺があのまま下半身不随だったらって思うと、怖かったよ。あいつはきっと無茶をして、職場体験しに来たここで、どっかの事務所に迷惑をかけたまま殺されてたかもしれない」

「……インゲニウムさん」

「あいつは俺に憧れてくれるけど、だからこそ俺がしっかりしないとって、やっぱりいろいろ考えさせられたよ。ヒーローはヒーローでなくちゃならない。目先の利益や我欲、誰かが見てないからって口汚く誰かを罵るような英雄は、きっと歪んだ憧れを呼ぶことになる。憧れってのは人をある意味で歪ませるもんだろうしね」

「はい……よく、わかります」

 

 イズクンとかイズクンとか、すごいですからイズクンとか。

 そして、そんな言葉を聞いて、居心地悪そうにしょんぼりしているネイティヴさんも。

 

「現状、人を救いたくてヒーローをやっているヒーロー、っていうのは少ないと思う。中には居るだろうけど、職業にしようって時点で周囲からは誤解される。かといって、免許もないんじゃ個性は振るえない。そして、職業じゃないヒーローは食っていけない。どうしようもないって言ってしまったら、きっとダメなんだろうな。けど───」

 

 けど。ヒーロー殺しはそんな世界が許せなかった。

 オールマイトだって仕事としてヒーローをやっていた部分はありました。TVに出る、グッズになるなど、それこそその最たるものです。

 けれど彼の場合はそれが抑止力になっていたんです。

 敵にとって、あれほど恐ろしい平和の象徴なんて居ないから。

 だからといって、じゃあ誰でもオールマイトのようになれるかといったら、それは違います。

 様々な人が違う思想を持って動けるからこそ、小さな犯罪にも目が届く。全員が同じだったら、たぶん同じことしか出来ません。

 それがわかっていても、彼は“ヒーローよ、こうであれ”がそうあって欲しかったのでしょう。

 誰にだってヒーローの理想像があって、それを貫けるのがオールマイトだった。だから、誰かがなれるのなら他の誰かだってそうなれなきゃおかしいって、どうしても思ってしまう。

 憧れた夢があって、入学した先に現実があって、理想は否定されて、叫んでも聞いてもらえなくて……その先に、世界に刃を抜いたヒーロー殺しが居た。

 

「………」

 

 自分の心臓に触れるように、拳で胸を軽く叩く。

 たぶん、わたしがやろうとしていることも、彼の理想に近いことです。

 ヒーローが変わってくれないのなら世界を変えようとした彼のように、わたしは───……

 

「ところで、怪我とかは大丈夫だったのかい? 避難誘導を手伝ってもらってなんだけど、職場体験で経験するにはひどい状況だっただろう」

「ぁふぁっ!? あ、あの、確かに学ぶどころか、あんまりにもあんまりな職場体験で……!」

「はは……まあ、そうだよね。こんな規模の事件なんて、普段じゃそうないっていうのに、どうして職場体験の時にこんなことが起きたのか」

「……誰かが、狙ってやった……んですか?」

「わからないけどね。タイミングがよすぎる気がする。俺達も職場体験に来た生徒の面倒を見ながら戦わなきゃいけなくなる。そんな状況を、もしかしたら狙っていたのかもしれない。まあ、本当にただの偶然ってこともあるから、これからも気を引き締めてって意味での忠告だよ。憧れと現実はなかなか上手く繋がってくれないって、そんな忠告」

「……はい」

 

 それはそうだと受け取りました。

 

 ……と、まあ。

 飯田くんのお兄さんとはそんなやりとりがあったわけでして。

 それからイズクンや飯田くんや轟くんが居る病室に行ったわけですが……あ、はい、個性の使用についてはオールマイトが手配してくれたから大丈夫だったんですが、そのオールマイトがグラントリノに怒られてました。

 若返ったグラントリノを見つけた瞬間、「ひぃ」と声を漏らしたのを聞いて、しみじみと(ああ……この人が本当に“あの方”なんだなぁ……)と。

 このあと様子を見るかたちで時は過ぎて、職場体験は終了。

 結局はグラントリノにボコボコにされて、職場体験で敵や脳無と遭遇する、なんてはちゃめちゃ事件やヒーロー殺し捕獲やら、他の人とは明らかに違いのある体験をするハメになってしまいました。

 

 もはやグラントリノに「誰だキミは!?」と言われるでもなく、「名前覚えたからな」とニヤリと笑われ、わたしもイズクンも「「ヒィイ!?」」と声を漏らすしかなく。

 ……その日から、オールマイトがものすっごいフレンドリィになった気がしました。

 前からだった気もしますが、弟弟子、妹弟子が出来た気分なのかもしれませんね。

 ほら、個性も同じですし。


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