久しぶりに腕を振るった。
全力で、美味しくなぁれ、って、私の家にオールマイトとイズクンを招いて。
父が生きていた頃は、たとえ帰りが遅くても、疲れて食べられなくても、作って待っていたほどだ。
そんな妻と娘が自慢だったのか、よく誰かを捕まえては自慢していたっけ。
あれは恥ずかしかった。恥ずかしかったけど……無くなってしまえばこんなにも尊く思う。
と、そんなことを思い出していた時、仕事へ行っていたお母さんが帰ってきたようだった。
「あらいい香り……ただいま若那、今日は若那が───」
「私が───ご相伴を預かりに来た!!」
「オホォオルマイトホォオオオオオッ!?」
母さん絶叫超絶叫。
お母さんも私と同じく、父を悼んでくれた人として彼に感謝している人の一人だ。
そりゃ、帰ったらマッスルヒーローが居れば驚く。
「お帰りなさい、お母さん」
「わ、わかっ、わか、なっ……!? なにっ……!? なんなのこれっ……! 新手のドッキリ……!?」
「HAHAHAHAHA! いやぁすみませんね奥さん! 今日、困っていた案件で娘さんに助けられまして! お礼になんでもすると言ったらご飯を食べて欲しいと!」
「若那……。ん……そうね。あの人の自慢の料理だものね」
「うん」
「……身代祇さん。供御くんのことは、本当に───」
「あまり、気に病まないでください。あの人はあの人の信じる道を進んで、その末に力尽きた。自分の正義を貫き示した結果がこれなら、あの人は満足しているはずです」
「しかし、あなたと娘さんの気持ちはまた別でしょう……!」
「それも、もう……いいのです。あなたが悼んでくれました。そして、私たちは救われました。……もう、整理はついたんですよ。本当に───ありがとうございました」
「あっ、い、いやっ……! ……、……~……力が足りず、申し訳ないっ……!」
「もう……あくまで謝るのをやめないのでしたら、こちらにも考えがあります」
「はっ───か、考え、ですか?」
「若那、母さんも手伝うわ。一緒にNo.1ヒーローの舌を負かしてあげましょう」
「ん、頑張る」
「え、いや、私はっ───!」
「笑顔で救ってくれたあなたが、そんなに悲しい顔をしないでください。いいですね? 絶対に食べてもらいますから」
「OH……」
言うや、くすくす笑いながら腕まくりをするお母さん。
二人でキッチンに立つのは久しぶりだ。
久しぶりで……楽しくて。
心が勝手に嬉しくなって、顔が自然に笑顔になって。
見れば、隣のお母さんも笑っていて。
私は───……ああ、私は……。
ずっとずっと、こんな笑顔をしたくて、こんな笑顔を見たくって。
(───……僕、すごい空気だ───!!)
カチコチでテーブルの椅子に座ってたイズクンに、オールマイトと会話で時間を繋いでてと頼んで、料理を続けた。
なんでか「全力で頑張らせていただきます!」って返事されたけど、どうしたんでしょうか。
……。
身代祇家の食卓がオールマイトに大絶賛され、ソワソワしながら脇を締めて、おかわりをソッと要望してきたオールマイト(所作が乙女だ)におかわりをよそって、限界まで食べてもらって。
久しぶりのしっかりとした食事に元気いっぱいのオールマイトは、「暴飲暴食なんて久しぶりだよ!」と気持ちのいい食べっぷりをこれ見よがしにしてみせてくれた。
イズクンも個性譲渡とその100%使用の反動か、ひどくお腹が空いていたみたいで食べること食べること。
やっぱり男の人ってすごい。そういえばお父さんも凄かったっけ。
それが懐かしくて、またお母さんと笑った。
───そんな日から、約9ヶ月間は、鍛錬の日々だった。
「イズクン、タイヤ、持ってください」
「え? タイヤ? ……この落ちてる、車の?」
「そう、こうやって持って……こう、殴る!」
「うわぁあっ!?」
「……目、瞑っちゃだめです」
「そんなこと言ったって怖いよ!?」
「その怖さに慣れるため。バットを振るから、タイヤの間からバットに書かれてる文字を読む練習。目を閉じなければちゃんと見えるから」
「オ、オールマイト!? これ、やる意味っ……!」
「大事なことだね!」
「そうなんですか!?」
「ちなみに私もお父さんにやらされた。……傷を代わる者が、迫る痛みに目を閉じちゃいけないって」
「若那ちゃん……う、うん! わかった、やるよ!」
「では次は私が振ろう! さあ緑谷少年! PlusUltra!!」
「───エ? オ、オールマイト!? 待ヒィイイイーッ!?」
上半身を重点的に鍛えれば、超回復を待つ間に下半身を苛め抜く。
攻撃を前に目を閉じない練習もして、ワン・フォー・オールの個性鍛錬もして。
「せめてもうちょっと出力を抑えて……! 卵、卵が割れないイメージ……! ……オールマイト! 画面越しのオールマイトがいっつも豪快だから、つい力が入っちゃいます!」
「ごめんね! なんかごめんね緑谷少年!」
「オールマイト、今日のお昼はひつまぶし弁当」
「YES!! やったぜ緑谷少年! いつもすまないね若那くん! おじさんすっかり食の楽しみ思い出しちゃったよ!」
「んんっ……ぐぅうっ……! オ、オールマイト、は……っ……! おじさんじゃ、ないです……! ていうか人が引っ張ってる冷蔵庫に乗りながら談話とかしないでくださいぃいっ……!!」
「ヘイヘイヘイ、もっと力強く引っ張るんだぜ緑谷少年。今のままじゃ0%か100%のままだ。もっと強く、心からイメージするんだ」
「心から……!」
「で、湧きだした熱を自分の中で冷やしていく。熱くなりすぎちゃ駄目だぞ? 常に冷静な自分を横に置いておく感じだ」
「……よしっ。頭の中で叫ぶ……でも、叫ぶのも小さなイメージで……!」
「それから少年。かつて私が屋上で、君に言った言葉を覚えているかい?」
「え……屋上? ……あの。相応の現実の……?」
「HAHAHAHAHA! 違う違う! ほら、プールの話さ!」
「プール? ……あぁっ!?」
「そう。君はワン・フォー・オールを特技や超必殺技みたいに考えすぎだ。基本はアレさ! プールで腹筋を力ませ続けてるアレを、全身でずっと続けるようなものさ! イメージなんてきっかけ一つであっさり変わる。何か一つが上手くいったなら、次はそれを簡単なものへ置き換えてみるといい。出来ることが当然になれば、あとは強くなるだけなんだからね!」
「オールマイト……。~……はいっ!!」
もちろん海浜公園の掃除も続けて。
失敗して骨も筋も破壊されれば私が身代わりになって、直して。
身代わりにならずに“戻すこと”だけ出来ないかと言われたけど、生憎と出来ないのです。
個性って万能じゃない。
なにせ、“戻す”のに必要な鍵が、“苦痛”だったりする。
人が味わった苦悩などの過程を少しでも私自身が味わわないと、戻すことは出来ないんだ。だからいつも、まずは身代わりになることから始めなきゃいけない。面倒な個性だって私だって思ってますよ。
ワン・フォー・オール譲渡前に戻すのは、髪の毛を引き抜く程度の苦痛で済んだからよかった。
ただ、ほんと、お腹と胃袋と呼吸器官は……ほんと、本当に、ほんっとーに、辛かった。あんなのもう二度とやりたくない。……出来れば。
そういう状況が来ちゃえば、やってしまいそうで辛いです。
……あ、それとは関係ないんですけど、たまにオールマイトとお母さんが内緒の話をしているようです。
オールマイトがなにかを頼んで、お母さんが戸惑って。
オールマイトが帰ってから、お母さんになんの話だったの? って訊いたら、推薦がどうとか。なんのこっちゃ。
「は、はー、はー……! すー、はぁ……! だ、だいじょうぶ、大丈夫です、いたくない、いたく、なひ……っ!」
「っ……ご、ごめん、若那ちゃん……! 怖いよね、ごめん……!」
「べ、べつに怖くないです。これも人助けですし。救助活動とかになったら、こんな恐怖と毎度戦わなきゃなんですから。怖くないです、ていうか覚悟を決めようとしている人にそういうこと言うの、よくないと思います」
「……うん。じゃあ、ありがとう」
「どういたしまして……。これに懲りたらもっと個性を制御できるようになってください。なんなんですか、両腕両足同時骨折って……! ……、すー……うん。じゃあ、いきます───……ん、ん……んぐぅっ!! ぐっ……あ、ぃぁあっ……!!」
「ごめんっ! 大丈夫!? 若那ちゃんっ!」
「は、はぁ、はぁ……! だい、じょうぶ……! もう、直ったから……! すぅー……はぁー……! うん、平気」
「……強いな、若那くんは。そういうの、嫌いじゃないけど……もっと怒ってくれてもいいんだよ? ───緑谷少年に!」
「ごめんなさいっ!? もっと頑張ります死にもの狂いで!」
「や、やめて……! それ、私の方が先に死んじゃう……!」
「そうだったごめんなさいぃいっ!!」
順調とは……言えるのかわからないけど、それでも少しずつ少しずつ、コツは掴めていけてそう。
私も自分の個性をいい具合に調整したり強化したり出来ているから、ある意味で需要と供給。
「……イズクン。足は使わないの?」
「足?」
「そう、足。SMASHってパンチばっかり突きだしてるけど、足の方が強いのは当たり前ですよ?」
「足……あ、オールマイトがいっつも拳だったから、ワン・フォー・オールってそういうものだって思いこんでた……」
「今日はオールマイトが来ない日だから、その分気も引き締めないとです」
「普通に考えたら、こういう場所で個性使っちゃいけないんだけど……そこはオールマイトが知り合いの刑事さんに特別に許可を取ってきてくれたらしいから」
「ありがたいです。感謝」
「うん、感謝。───よしっ! 今日も頑張ろう! プールで腹筋を力ませ続けるイメージは慣れてきたから、次はそれが自然と出来てるイメージ……!」
二人してオールマイトに感謝しつつ合掌。
そうして月日はどんどん流れて───
……。
時が流れるのは速いもので、その間にあった様々も、振り返ればなんとやらです。
そんな、雄英高校ヒーロー科入試が始まる少し前。
「よし! 頑張ったな緑谷少年! 9ヶ月でワン・フォー・オール30%まで扱えるようになるなんて、無個性に慣れていた体とは思えない成長だ!」
「体を壊せば、その分若那ちゃんに痛みを刻むことになるから、それが嫌で、必死で……!」
「結果オーライ! いや、結果オールマイトさ! 100%になるにはまだまだもっと努力と調整が必要だが、それこそこれから学校でもたくさん学べばいい! 輝けよ少年! PlusUltraだ!」
「は、はい!」
「そして若那くん」
「はい」
「今日までよく付き合ってくれた。緑谷少年が腕を砕くたび足を砕くたび、身代わりになって、とても、痛い思いをさせたね、とても」
「繰り返さないでくださいオールマイト! 胸が! 罪悪感で苦しいです!」
「緑谷少年。君はまだまだ感情の揺さぶりで起こる幅がデカすぎる。冷静に対処できない時には、君の行動で誰かが傷つくかもしれないと常に注意するんだ。これはその忠告ってやつさ」
「忠告……は、はい!」
「普段は30%も必要ないかもしれないから、ここぞという時以外は注意しような! オールマイトとの約束だ!」
「はい!」
イズクンには何度も個性について研究援助を頼まれて、煮詰めていった。
こういう場合はどうすればいいのか、個性っていうのは息を吸って吐くくらい当然のものなのか、こういう感覚の時はどうするのか、などなど。
なので綺麗に1から感覚を説明して、そのどれかしらが役に立つことを願った。
のちに普段から使えるようにしておけば……なんてブツブツ言い出して、フルカウル、なんてものを会得していた。
「では確認だ! 敵の攻撃は!?」
「しっかり見て対処する!」
「目の前に拳が迫った時は!?」
「目を閉じないで対処する!」
「ヒーローは判断第一! 自己判断も重要だが、上が居る時には無駄な行動は慎もう! では、上から合図があった場合は!?」
「即行動!」
「───要救助状況ですべきことは!?」
「不安にさせないこと!」
「もっと言うなら!?」
「余裕の笑顔で助けに向かう!」
「よしOKだ緑谷少年! 君の輝きに未来を! ……合格してこい!」
「はいっ!!」
「はい」
「あ、若那くんは試験会場で人見知り出さないようにね?」
「───!!」
「あ、ちょっ……オールマイト! なんで言っちゃうんですか! 意識させないでこのまま通そうと思ってたのに!」
「えぇっ!? やっ、ゴメン!! だだだ大丈夫だ若那くん! なんとかなる!」
「アワワワワワワ……!!」
「若那くん!? 若那くーん!!」
いろいろあったけど、入試当日が、来たのでした。