人間、テンパると結構無茶も出来るようです。
『今日は俺のライヴにようこそー!! エヴィバディセイヘイ!!』
「
『たった一人でセンキュー!! 受験番号7202番の女子リスナー!!』
テンパりすぎて、復唱を求められたら叫んでました。
シンと静かなこの場において、それはもう響く響くは私の声。
ほら、今も前に座ってるいかにも真面目ですって感じの男子が私のことを睨んできてアワワワワ……!!
あ、今度は“アーユーレディ!?”なんて促してくるから───!!
「YEAH!!」
『オッケーゴキゲンだぜ女子リスナー!』
そしてまた振り向かれてまで睨まれる私。やめてください。
そんな真面目くんが先生……プレゼント・マイクに手を挙げて質問して、そのついでに私に先ほどから叫んだりして失礼ではないか、なんて……!
「そ、それは違う……! しかめっ面をして奉仕活動をするヒーローなんて居ない、から……! むしろ、先生になる人が“EVERYBODY SAY HEY!”って言ってるのに、黙るほうがおかしいと思います……! 」
「はっ───!! た、確かに! そうだ……ぼ、俺はここに、ヒーローになるために来ているのに、真面目に受けることに意識を向けすぎて、笑顔を忘れていた……! すまない、君! 深く謝罪をさせてほしい!」
「だ、大丈夫、です。緊張するの、わわわわかります、し……!」
「ありがとう! ……失礼しました! 続きをお願いします!」
『オッケー! ナイスなお便りサンキューな!』
真面目くんは一度私を見た後にコクリと頷いて、座った。
それからはざわざわと会話が伝搬して、プレゼント・マイクが雄英高校の校訓を語る時になると、
『かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った! “真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者”と! ヨッシャアそんじゃあいくぜぇ!? 更に向こうへ! エヴィバディセェーイ!!』
「「「「
試験会場に来た全員が、今こそ叫んだ。
俺は、私は、僕は、あたしは、ここで今の自分を越えていくと夢の量を熱に変えるように。
……。
模擬市街地演習。
仮想
敵さえ倒してポイントがもらえれば、たとえ無個性だろうと合格となる、と思う。
ただ、各々なりの個性で相手を行動不能にして、と言っていたため、行動は制限されそうです。
「し、質問です!」
『オッケーもう始まるからサクッとな!』
「攻撃側の個性がない場合、持ち込んだもの、落ちていたもので仮想敵を倒してもポイントになるんでしょうか!」
『おっとこいつは重要なお便りだ! 答えは当然YES! 個性っつっても能力のことだけじゃねぇんだぜー!? 自分の持ち味活かすってのも立派な個性だ! んじゃあ質問はここまで! 良い受難を! はいスタートォ!!』
「「!!」」
言われた直後、体が動いていた。
置いていった他の生徒はきょとんとしていて、ハッとした真面目くんだけが咄嗟に走り出した。
『どうしたあ!? 実戦じゃカウントなんてねぇんだぞ!? 走れ走れ!』
次いで声が聞こえれば、慌てて走る他の生徒。
それに追いつかれる前に、曲がり角から飛び出してきた仮想敵……っていうかロボを、
「SMASH!!」
出会いがしらにイズクンがスマッシュ。
一撃で粉砕だった。
なるほど、見た目よりもろい……! これなら私も……!
「───!」
まず、遠くに居た仮想敵と場所を“身代わり”。
すぐ後ろに居た仮想敵を拾った鉄棒で殴って破壊。大丈夫だ、頭部分のカメラ付近はかなりもろい。
1P仮想敵は本当に倒しやすい。
……でも鉄パイプ……じゃないけど、これを武器にってヒーロー然としてませんよね。
「仕方ありません、ちょっと乱暴ですけど……!」
石を拾って仮想敵の頭上へ投げて、そこへ自分を身代わりに場所を交換。
直後に眼下の仮想敵と場所を交換して、すぐ隣に居た仮想敵の頭上に落とす。
回りくどいけど、きっとこれは教師になる人が見ている。
こうして“身代わり”を個性として使った以上、それだけが使えるってことで通すしかない。
攻撃側の個性もあるにはある。でも今は使える状況じゃなかった。
ていうかイズクン強い! ほんと強い! なにあれずっこい!
そのくせ、誰かのピンチには即座に対応してるし……ヒーローしてる! 仮免許もまだなのに、すっごいヒーローしてる!
「私も、が、がんばんなきゃ、です……!」
1P仮想敵Aは普通に素手でも破壊できるくらいに脆い。
その代わり素早くて、ちょっと難しい。
2P仮想敵Bはサソリみたいなやつ。平均。でも少し戦いづらい。
3P仮想敵Cは……ちょっとゴツい。速度よりゴツさ。
0P仮想敵Dは、わからない。
普通に狙うなら1か2ってことになる。
とにかく数をこなそう。様子を見てたら、見つけた先から他の受験者に奪われる。
こういうの、なんていうんでしたっけ。
け、けー……見敵必殺?
「んんっ───槍投げっ!!」
助走をつけて、手に持っている鉄棒をやり投げのように投げる。
次いでそれと状況交換をして、鉄棒は私が居た位置にゴシャンと落ちて、私は鉄棒と同じ速度で空を飛んだ。
その先に居るのは仮想敵。
それを───勢いのついた踵落としで破壊。
剥がれた装甲を武器にして、振るわれた仮想敵の手を振り向きざまに破壊。
すぐに駆けて、次の仮想敵と自分の重量を身代わり交換。持ち上げてデスパレーボムで頭部を破壊。
相手の重量を利用しての攻撃は、随分と通用する。
これでいこう。
そうやって仮想敵を倒しては他の受験者を助けたりもして……試験的にはほうっておけばいいんでしょうけど、仕方ないんです、人を助けてきたヒーローの家系ですから、血が無視させてくれないんです。
誰に言い訳をしているのか少し笑みをこぼした時、どごぉん、なんて音が断続的に聞こえて……はて、と空を見上げたら、複数あるカメラ入りの目と私の目が合った。気がしました。
「っ……うひゃあ」
へんな声出た。
デカ……でかっ!! でっかぁああああっ!?
な、ななななにこれ! なにこれなにこれなんですかー!?
ビッ……ビルよりおっきい! 仮想敵……これ、例の0Pの仮想敵!?
でかすぎですよなんですかこれ反則ですよ! あぁあほら! 他のみなさん、当然のように逃げちゃってるじゃないですか!
逃げ…………、逃げ───
「………」
私も逃げる、なんて言葉が頭に浮かばなかった。
ただ少し震えた足と心を叩いて、しっかりと地面を踏みしめて見上げた。
そうして見上げていると、奥から走ってきた真面目くんと擦れ違う。
一瞬、こちらを見たけど……擦れ違ったあとはわからな───
「君! 早く逃げたまえ! あれと戦うなど無謀だ!」
わ。立ち止まって、忠告してくれました。───いい人です! この人とてもいい人です!
いい人、ですけど。
「だめです」
「何故!!」
「……災害が起きている場所で、我先にと逃げていいのは市民だけです。ヒーローは、一番最後です。……ヒーローは、いつだって命懸けなんですから」
「───!!」
とはいえ、私に何が出来るんでしょうか。
0Pを相手にするより、逃げながら他の仮想敵を───なんて、一応自分の心に質問してみるのに、この心はちっとも喜んでくれない。
だから───うん、仕方がありません。
視線の先に、倒れた別の受験者を守ろうとするイズクンを見つけちゃったら、もっと仕方ありません。
「イズクン! いくよ! 今できるマックスパワー!」
「え───若那ちゃん!? でも、共闘させないためにいろいろ分けたんじゃって、さっきかっちゃんが!」
「0P相手になに言ってるんですか! だからこその強大な敵じゃないんですか!?」
「あ……そっか! わかったよ若那ちゃん!」
「き、君達! いったいなにを───」
「「ヒーローの大前提!!」」
「えっ……じ、自己犠牲の……精神……?」
「もしこの街にまだ市民が居たら、逃げ出した僕は一生後悔する!」
「もしこの街にまだ逃げ遅れた人が居たら、私は自分を一生許さない!」
「……!! 脅威を試し、経験する場ですら逃げるようでは……ヒーローの資格など……! そうか……! ───君達! 僕にも手伝わせてくれ!」
「えっ!?」
「私立聡明中学出身、飯田天哉! 及ばずながら助力する!」
真面目くんの名前は、そうらしい。
自己紹介をされたなら返さなきゃです。
「わひゃぅ……わひゃひゃ、わたったたたししし……!」
「ぼ、僕は緑谷出久……ってのんびり自己紹介してる場合じゃないって! 若菜ちゃん!」
「ひゃ、ひゃい!」
「しっかりして! ……僕に考えがあるんだ!」
「聞こう! にしても時間がないから手短に! ていうか敵が既に僕らをロックオンしている!」
「うひぃっ!? そ、そうだね! えっと飯田くん! 石ころを蹴り飛ばして、ヴィランよりも高い空まで飛ばせる!?」
「お安い御用だ! しかし緑谷くん! 石ころくらいではあの敵は壊せないぞ!?」
「狙いは壊すことじゃなくて、……若那ちゃん」
「……、……うん」
交換転移で空に飛ばすってことでいいかな。自分より大きな相手に使うのは、相当辛いんだけど……でもだ。試す場所とはいえ、想定した場で壊してはい終わりでいいわけがない。
「じゃあ飯田くん、お願いします!」
「任せてくれ! ではいくぞ! せいぃいいっ!!」
飯田くんが手に持った手ごろな石をぽいと宙に投げ、落ちてきたところを足から出るエンジン噴射で勢いのついた蹴りで高く高く飛ばす。
それをしっかりと睨みつけて、位置を交換。勢いが弱まり、本格的に落下を始めるや、頭を下にした状態で───0P敵と位置を交換。
そうすると仮想敵が逆さまの状態で空中に出現して、私はそれを見上げることになる。
あとは私が離れればいい……んだけど、すぐ傍で物音。
なに───と咄嗟に目を向けると、今の今まで気づかなかった“何かが、そこに居た”。
まるで、中になにかを詰めたように膨らんだ手袋と、靴だけが動いているようなそれ。
誰か……居る!? 背負って逃げ───だめだ、これ、逃げられない───!!
あとは自分が離れればいいだけだったのに、私の身代わり交換じゃ、私しか移動できない……!
「イズクン!」
「やって! 若那ちゃん!」
正直、仮想敵が大きすぎた所為で、これ以上個性を使うのも辛いくらい。
だけどせめてあと二回。
それだけ使えば、倒れたって構わないから───!
「っ……、……」
全身に赤い輝きの筋のようなものを漲らせるイズクンと、まず位置交換。
次いで、立ち止まったイズクンの傍に倒れている透明な誰かと位置交換をすることで、私とイズクンだけを落下してくる仮想敵の下に居るようにして───あ。
「ぁ、ぶ、あがぁっ!!」
限界だ。
全身がメキメキと嫌な音を鳴らし始め、まったく動かなくなる。
痛みで涙は出るし、苦しさで呼吸困難にもなるし……呼吸器官半壊や胃袋全摘を交換したのは、本当にまずかった。
……身代わりは、傷だけじゃなく場所も、病気だって移したり交換したりできる反面、限界を超えて使用すると、それまで交換した傷や痛みが一気に襲い掛かってくる。
普段ならまだまだ耐えられたけど、仮想敵の巨大さが限界点をあっさり招いてしまった。
逃げ、ないと……いけないのに……! このままじゃ、イズクンが私を気にして、思い切り拳を振るえない……!
「トルクオーバー! レシプロ───バースト!」
その時だ。
離れた位置から震えた声が聞こえた、と思った次の瞬間には、私は誰かに抱きかかえられて、その場から遠ざけられていた。
「け、ほっ……! いい、だ……くん……!?」
「っ……すまない、僕は……! 人助けの途中だというのに、一瞬足がすくんでしまった……! だが───!」
「……、」
だが、そうだ。もうこれで、なんの心配もない。
相当高い位置で身代わり位置交換をした仮想敵が落ちてくる。
それだけでも仮想敵は壊れるかもしれないけど、それじゃあ周囲への損害が凄いことになる。
だから分散させるためにも───
「出力100%!! っ───
「あ」
───ためにも、全身に赤い光の筋を漲らせて地面を蹴ったイズクンが、落ちてきたそれをワン・フォー・オールでブン殴った時、笑顔でゴプシャアと吐血した。
100%って! 100%って、ばかー!! 今出来るマックスパワーって、30%のことだったのにー!!
直後に轟音が鳴って、仮想敵は全壊。
部品がゴシャガシャパラパラとあちらこちらに分散して落ちる中で、殴った張本人はといえば……ところどころを壊した状態で落下してきて、そこを……イズクン自身が庇おうとしていた女子に助けられ、地面に無事着地していた。
「なんということだ……! あの破壊力……! 凄まじい個性持ちだな、彼は……!」
「………」
「そして、君の勇気にもこの飯田天哉、感銘を受けた! あのまま立ち止まらなければ、僕は兄の在り方にも足を向けた自分になっていたかもしれない……! 感謝する!」
「………」
返事をしたいけど、こっちも痛みに耐えるので必死だ。
はやくイズクンを直してあげたいのに、これは、ちょっと、かなり、辛い……!
いくつかの個性は別の個性で補って落ち着かせることは出来るのに、この身代わりだけはなんの呪いなのか補う個性を持っていません。
あ、まあボケのほうもどうにもできませんけど。
と、せめて痛みから逃避するためにあれこれ考えていると、プレゼント・マイクの声で終了のお報せがこの場に響いた。
なら、よかった。
頑張って意識を保ってたけど……もう、いいですよね? 気絶しちゃって、構いませんよね?
……あ、もうだめ。目の前が真っ暗に───
「チユ~ッ!!」
「ふわわわわわぁあっ!?」
───なりそうな時、ムチュリと頬になにかが当たった。
途端に、痛みに苦しんでいた全身がみるみる回復して、視界に広がった黒さがぱあっと晴れていった。
「おつかれさまねぇ、さ、ハリポーお食べ、ハリポー」
「え、あ……リカバリーガール!?」
気づけば近くにリカバリーガールが居た。
どうやら痛みを治療してくれたようで、対価として体力を消耗したみたいだ。
けれど言おう。言いましょうとも。あんな痛みと体力を引き換えにするなら、当然体力なんてくれてやります、だ。
「ん、くっ……よしっ! いひっ……飯田きゅんっ、下りょしてもりゃっていいですか?」
「うん? 飯田、きゅん?」
(噛んだぁあああーっ!!)
もうやだ死にたい! いっそ殺せ! ……いややっぱり殺すのは勘弁です!
私にはやさしいヒーローになるって夢が!
ともかく顔がちりちりと熱くなるのを実感しながら下ろしてもらって、イズクンのもとへ。
もうリカバリーガールが向かってるけど、彼女が個性で自然治癒能力を促進させるより早く、砕けた拳や足の状態を“身代わり”する。
当然、足も折れて腕も砕ける。激痛にも襲われる。
飯田くんの前で、治療してもらったばかりになのに、悲鳴を抑えて崩れ落ちる存在をおかしく思わないはずもなく、飯田くんは慌てるけど……ごめんなさいリカバリーガール、治癒力促進で癒されて、骨がおかしな形でくっついたら困るんだ。
イズクンの母親……インコさんには、余計な心配なんてかけたくない。
いつだって無事な姿で帰って、安心していってらっしゃいとおかえりなさいを言える人であってほしい。
……ああでも、やっぱり100%を使ったのはお説教です。
もう直りましたけど、痛いじゃないですか……!