入試終了。
みんなが思い思いに帰る中、ふと私だけがプレゼント・マイクに呼び止められて、なにやら重要な話があることを告げられた。
え? なに? も、もしかして個性がバレた? それはマズい───
「さっきはサンキューな女子リスナー! いやァ、身代祇若那か。お前さんにはこれからCOOLでHOTな試験会場に行ってもらわなきゃならなくなってっから、帰らずにこの通路を真っ直ぐ歩いて、あっちの試験会場に行ってくれな!」
「え? あ、の……試験は、その、終わった、んじゃ……」
「YESだぜ身代祇。けどお前を推薦したいって言うどこぞのヒーローが居てなぁ、その実力を計るためにも、一般と推薦と受けてもらうことになったってわけだ。あ、一般枠は推薦で落ちた時用な?」
「推薦、です、か……? あの、いったい誰が……」
そういうのって学校側で好成績を取れた人が、相談の上で至れるものじゃ?
誰ですか、勝手に人を推薦なんか───
「オールマイトだぜ? ほれ、お前のおふくろさんの許可と署名もある」
「───」
なにを勝手なことしてるんですかあのNo.1さんと母親はー!!
「普通だったら学校側と話し合いの上でってもんだが、雄英の、しかもNo.1ヒーローが推薦するとあっちゃあ、まずは実力見なきゃだろYEAH!!」
「YEAH!! ってノリで誤魔化さないで、くだ、さい……!」
勢い任せに叫んでみたけれど、やっぱり恥ずかしくて言葉が掠れていく。
オールマイトとはもうだいぶ慣れたのに……!
「どっちにしろ今年は少し合格枠を増やすつもりでやってんだから、ノリとソウルで頷いときゃOKだ! 前の時はちっとクラス丸々除籍処分とかあっちゃったからなぁ」
「クラス全員……」
ゾッとしました。
そして、確かに合格率を上げるなら、推薦も受けておいて損はないと思います。
ならば? ならば───
「わ、わかり、ました……! やり、ます……!」
「オッケーだ女子リスナー! んじゃああっちの会場に行っときな! 時間が来れば説明が始まるからな!」
「あり、がとう……ございまし、た……!」
つっかえながら言い切って、手を振って別れた。
さて……推薦か。
どんな極悪な試練が待っているのか……ダメダメだったらオールマイトに申し訳ないかもしれません。
けれどやらねばなりますまい……!
……。
……なんか、普通に個性使用の3km障害物競争みたいなものだった。
え? 模擬戦闘とかじゃないの? とツッコミたくなりましたが、個性を駆使しなきゃ認められないときたので、私も全力で身代わりを発動。
結果は2位に落ち着いて、1位は夜嵐イナサくん、3位は轟焦凍くん。
「やったあ勝ったぞ!! でも次はわかんないな! あんたら凄いな!」
で。今目の前で腕をぶんぶん振りながら喜んでいるのが夜嵐くん。
私と轟くんとを交互に見て、素直な感想を言ってくる。
嘘がつけないタイプ……嫌いじゃないです!
「は、はい……! 頑張ってますから……!」
「熱いな! 俺、夜嵐イナサ! よろしくな!」
「はいっ……わ、わた、私は、身代祇若那っていいます……!」
「みし───身代祇! まさかあのガッツメディカルヒーロー・リフレッシャーの娘かなんかか!?」
「は、はい、リフレッシャーは、私の父、です」
「おおおおおお!! 感激だ! 俺感激! リフレッシャーはどんな怪我でも治すすっごいヒーローで、俺も怪我した時に治してもらったッス! 自分の方がすごい怪我してんのに、ガキだった俺の怪我を自分に移して、“泣くな。俺がお前の涙の素を、勲章にしてやっから”って笑ってくれて!」
「───!」
「リフレッシャーは俺の恩人であり憧れッス! あの日感激で満足に返せなかった言葉を今こそ! 俺の方こそありがとう!! あの日あなたに出会えたことこそ、俺の勲章ッス!!」
夜嵐くんが、私の手を取ってぶんぶんと上下に振るう。
私はそんな彼に振るわれるまま、一人呆然としていた。
……勲章。
その意味なんて、私は考えもしなかった。
ただヒーローが受けた傷を肩代わりして、それを見せて笑ってるだけだと思っていた。
でも……違ったんだ。
お父さんは、助けた人達の傷さえ受け取り、無事に救えたからこそあんな笑顔で笑えていたんだって。
「あ、ヒーローといえば! あんたってエンデヴァーの息子かなんか!? 凄いな!」
興奮冷めやらぬ顔で、夜嵐くんが轟くんに話かける。私の手を握ったまま。
まあその、向こうを向いてくれるのは助かる。
今、ちょっと顔が涙であれだから。
今のうちに拭っておこう。
「黙れ」
───え?
「試験なんだから合格すればそれでいい。別にお前と勝負してるつもりはねぇ」
「───……」
「………」
一気に、嫌な空気が流れた。
固まっている夜嵐くんに気づいて、これ、だめなやつだって気づいて、声をかけようとして───
「邪魔だ」
その一言で、いろんなものが崩れ去───らなかった。
うえ、気持ち悪い。これはひどいです、あんまりです。
「轟くん。そういうの、よくないと思います」
「……あ?」
「身代祇サン?」
夜嵐くんが受けるであろう不快感を身代わりで受け止めた。ああ、気持ち悪い。これは、本当に嫌な感情だ。
でもエンデヴァーの話が出た途端に轟くんの顔が怖くなった。夜嵐くんの言う通り、彼はエンデヴァーのお子さんなんだろう。
「な、なんとなく、今ので、その……あなたがエンデヴァーさんのお子さんで……エンデヴァーさんのことをよく思ってないの、わかりました」
「───、だからなんだってんだ。あんたにゃ関係な───」
つっかえるな、きちんと届けるんだ。
噛むな、噛むな、噛んじゃだめですからね……! 訊き返されるのもアウトです……! きちんとハッキリした声で、一言一言をしっかりと届けて……!
「関係、あり、ます。子供の頃、お父さんに連れていってもらったヒーロー事務所で、たまたまエンデヴァーさんに会ったことが、ありました。No.2ヒーローで、初めて見て、感激したのを……覚えて、ます」
「俺も最初見た時感激した! 凄かった! けどそれ以上にひどかった!」
「サインをねだったら……払いのけられました。その時、なんて言われたか、わかりますか? ……さっきの轟くんと同じで、邪魔だって、言ったんです。こっちも見ないで」
「───!!」
「おお! 俺の時も! その時に思ったよ俺! No.1になるのに固執してても、あれじゃあ無理だって! 敵を倒せるだけじゃNo.1なんて言えないんだって! 敵を倒すだけなら、最悪ヒーローじゃなくても出来るんだからさ!」
「………」
「あの。轟くん。そのままじゃ、だめだと、思い……ます。轟くんがそのままでヒーローになって、例えばエンデヴァーさんを見返してやるつもりであっても、気づいた時にはたぶん、そこにはエンデヴァーさんが……二人居る、だけだと……思います」
無個性でも頑張ろうって努力した人を知っている。
周囲に馬鹿にされても、泣いても、折れなかった人を知っている。
だからこそ、それはダメだって思う。勝手な思い込みで、人の事情に踏み込みすぎだっていうのもわかっていても……まいりました。イズクンの妙なお節介、伝染っちゃったかもです。
あ、それ元々でしょうか。じゃなきゃ、かっちゃんがヘドロに呑まれた時、咄嗟に走り出したりなんかしませんもんね。人の所為にするのはよくないです。反省。
「っ……お前らになにが! ~……なにが、わかる……!」
「わか───」
「わかんないから友達になろう! 俺、正直さっきまでのお前好きじゃなかった! 好かん! でも話聞いてたらなるほどって思った! あのエンデヴァーの息子だもんな! あんな教育者だったら、そりゃうんざりするよな!」
「……お前、一応俺がそいつの子供だってわかってて言ってるのか……?」
夜嵐くん、遠慮がなさすぎです。ほら、轟くん、ちょっと切ない顔してる。
私も言おうとしていたことを言われちゃって、発する言葉の行き先に困っているところです。
ともあれです。
私は轟くんの顔をそっと両手で挟んで、ぐいっとこちらへ向かせた。
それで、目と目を向き合わせて、「人と話をするときは、相手の目を見ながらです」とキッパリ言ってみせる。
「……ヘンなやつらだな」
「私のよく知るヒーローが、“ヘンなヤツはお得です、なにせ普通よりもヘンである分だけたくさんの経験が出来るから”と教えてくれました」
「リフレッシャーの言葉だな! 俺あれ大好きだ! 特殊であればあるほどカッコイイって思ってた! ゴキブリなんてアレほんと凄いよな! 初速から最速なんだぞ!? ギアとかないんだ! カッコイイ!!」
「カッ……こ、よくはない、と思いますけど……」
わやわや話していると、轟くんはどこか戸惑ったように溜め息を吐いて、真っ直ぐに私たちを見て、言った。
「俺は───……母親にさえ、気持ち悪いって言われて煮え湯を浴びせられた。お前の半身が醜いって。以降、俺は個性婚で母さんを狂わせたあいつをずっと憎んでる。……醜いだろ、こんな、爛れた顔」
「……、……轟くんは、治したいって、思います、か?」
「俺は……半分あればいい。
「半分ってことは、もう半分はエンデヴァーと同じ炎とか熱か! 熱くて凄いな!」
「お前、さっきからすごいなくらいしか言ってなくないか……?」
言ってる内に先生に集合かけられたから、歩く。歩きながら、話した。
「もし……困っている人が居て、熱じゃなきゃ助けられない時でも……そう、する……?」
「俺の意地と救助はまた別だ。その時は使う」
「複合個性かあ! 俺は風だけだから、羨ましいな!」
「親に半身が醜いって言われた個性でもか?」
「……? 親の感情と、轟くんの事情は、別だと……思うよ?」
「……、……」
「個性婚でも、片親が憎くても───あの、こんな言葉が、あります。“本当に大事なのは個性の繋がりじゃなく、自分の血肉、自分である”……って。親のことなんか関係なく、なりたい自分になればいいと、思います」
「……! それ、は……オールマイトの……」
「轟さんがなりたいのは、エンデヴァーさんですか?」
「違う!! っ……違う、それだけは、絶対にない……有り得ない……!」
「───! じゃあ完全否定じゃなくて、いっそエンデヴァーさえ利用するつもりで、エンデヴァーより立派なヒーローになればいいんじゃないかな! 俺、それがいいなあ! それなら応援出来るし! 俺も負けてらんないってなる!」
「お前……どんだけ
「正直とことん好かん! 事故解決数がどれだけ多くても、泣いてる子供を前にフンって言ってそっぽ向くヤツを、子供はヒーローだなんて呼ばんと思う!」
「あ、ど、同感、です……!」
「おお! わかってくれるッスか身代祇サン!」
「あ、あの、なんで“ッス”って言うんですか……?」
「リフレッシャーの娘さんだから! 嫌ならやめる!」
「ややややめてくださいぃ……!」
「わかった! これからヨロシク身代祇サン!」
元気な人だ。とにかく元気な人だ。
轟くんも……どこか苦笑みたいなのをこぼしている割に、大きく息を吐くと、やれやれって薄く笑った。
「……なあ。リフレッシャーって、確か傷を自分に移すんだったか」
「え……は、はい。そう、ですけど」
「お前も、似たような個性なのか」
「……。私のは、身代わりと、癒しです。父が傷の請け負いで、母が癒しでした」
「身代わりって……個性が変異したのか? 傷を受け取るだけじゃなくて」
「“そう”なのか、それとも父が自分の個性を正しく理解していなかったのか。それはもう、わかりません。ただ、私には……それを知る機会があって、それが使えるだけ……です。こんな、ふうに」
私を見る轟くんの、その左目の傍に触れた。
そして、その火傷のあとを身代わりで受け取る。
……途端、左目に焼き鏝でも押し付けられたのかって思うほどの熱が、襲い掛かる。
「っ!? おい! なにを!!」
「~……私。父に……仕事に出るたびに、自分が負った傷じゃない傷をつけてくる父さんに、気持ち悪いって……言ったことがあります」
「───」
顔の左側がメヂメヂと熱に侵され音を立てる。
気持ち悪い。痛い。熱い。それでも。
「父は……移した傷を勲章だ、なんて言って笑っていました。私にはそれが、気持ち悪かったんです。自分が負ったわけでもないのに、なにが勲章なんだ、って。……夜嵐くんの話を聞くまでは」
「身代祇サン……」
「理解できて……───勲章って意味がわかって、身代わり、なんて個性も大事に思えるようになりそうで、でも───ですけど、もう……どれだけ後悔しても、お父さんにごめんなさいを届けることも出来ません」
「身代祇……」
「……轟くん。エンデヴァーさんなんて、関係ありません。あなたの個性です。父のことが嫌いなら……完全否定をしたいなら、両親の個性を存分に行使した上で、性格面でエンデヴァーさんを完全否定してみてください。俺になにが足りなかったんだって戸惑うエンデヴァーさんに、やさしさだろ、なんて鼻で笑ってみせてください」
「───、…………ぶふっ!」
「!?」
ぽかんと沈黙……してたと思ったら、いきなり噴き出して、笑い声は出さないで俯いたまま、肩を震わせまくる轟くん。
そして、急に笑う轟くんに驚く夜嵐くん。
「く、っはは……! いいな、それ……! あ、いや、悪い……女子に傷をつけておいて、笑うのは───」
「……もう、直りましたから」
「───……癒し、って。そんなに強力なのか。すげぇな」
「そんな、いいものじゃ……ない、です。思い入れまで、消しちゃい、ますから」
「……そう、かもな。出会ったばっかだってのに、どんなお節介ならこんなことするんだよ」
「お節介はヒーローに付き物だ! だから俺もなんかしたい! なにされたい!?」
「お前は少し静かにしててくれ」
「!?」
両手を天に突きだしたり下ろしたり、元気さアピールみたいなことをしつつ騒がしい夜嵐くんが、また轟くんの一言に驚いていました。
それでもめげません。元気です。
「けど……そっか。これで組で分かれなけりゃ、お互い雄英生か。……火傷の分は、いつか絶対に返したい。これから、よろしく頼む」
「ヨロシク!!」
「いや、お前じゃなくて───……はぁ。……ああ、よろしく」
「ひゃ、はい、ここ、こちらこそ、よろしく、です……」
「……さっきから思ってたけどお前、対人恐怖症かなんかか?」
「も、もともと、話すのが少し苦手で……。加えて、子供の頃にちょっとありまして。あとは……幼馴染になんでもかんでも頭ごなしに怒鳴りつける人が居て、それで、その……怯え癖、というか……」
「……熱くないし凄くないな。俺、そういうの嫌いだ」
「お前、そんなことされてて黙ってるようなタマに見えないんだが」
「は、はい。だから投げ飛ばしてます。個性を使ってこようと、素手だろうと」
「「………」」
「?」
「勝率は?」
「100%……ですけど」
「………」
そのあと、突然“嫌いなタイプのヒーローは?”と聞かれたので、人に関心を持たない、ヒーローの本質を忘れたヒーローですと答えました。
だって、じゃあ、なんのためにヒーローになったのかわからないじゃないですか、それ。
……? あの。なんなんですか、その目。
あの? お、怒らせないようにしようって、なんですか? あの……む、無視しないでくださいっ!