やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 一階の廊下は帰宅する生徒で、いつもより人が多い。廊下が広いのもあってごちゃごちゃとしている訳ではないが、至る所からテストや受験というワードが聞こえてくるし、入り口の掲示板には主に三年生と受験意識の高い二年生辺りに向けた予備校や模試の告示がしてあって頭がぐちゃぐちゃしてくる様な気がする。

 こんな時間に帰るのは久しぶりだ。部活が休みだというのに、テスト期間に入るからと勉強をしなくてはならないのは、全くもって納得いかない。成績悪いと松本先生に怒られちゃうとか、本当北宇治の吹奏楽部ってスパルタ過ぎないだろうか。

 心の中で不満をたらたらと並べて、自転車置き場から自分のチャリを取る。優子先輩は吹部の何人かで、学年屈指のヤバい先生であると評判らしい数学の藤先生のテスト勉強をするのだと言って学校に残っている。この先生の変態については一年の耳にも入ってきていて、関西の名門大学の問題を期末試験で出したりするのだとか。そういうのってもはや、何を準備していけば良いのかわからない。俺なら赤点取る準備していく。数学苦手だし。

 そんな訳で一人歩く帰り道というのも、また久しぶりな訳で。ふと吹いた風が冷たくて、もう冬が近いてきているのだと気が付かされながら俺は校門をくぐろうとした。

 

 「あ」

 

 少し離れた校庭を、見慣れた先輩が走っている。身体が上下するのに合わせてスクールバックと紙袋をばたばたと振りながら、けれどもそんなことは気にするようなことではないと必死な表情が物語っている。

 そうか。今日だった。

 正直、やれることは全部やれた、なんてことはない。人事を尽くさずに天命を待つだけの状態に、どうなるのかと途端に不安になる。

 気が付けば、華奢な背中を追っていた。

 

 「あすかーー!!」

 

 校門を出て坂をしばらく下るとすぐに、手を大きく振っている香織先輩と、足を止めて振り返った二人の姿を捉えた。

 香織先輩の息はすっかり上がっていた。規則正しくふくらんではしぼんでを繰り返して、呼吸を整えている。その背中を道路の向かい側から見つめていると、何となく道路の幅がいつもより広がっていて、自分はずっと遠くにいる気がした。

 だからか、追いかける香織先輩の背中と立ち止まる田中先輩の姿に、子どもの頃の俺と陽乃ちゃんを重ね合わさって。いやいや、あの超絶美人と、まだ辛うじて可愛かったけど、同じ親から産まれたはずの小町と比べると天使とカミキリムシ位の差がある幼少期の俺は、どうやったって同一視できねえだろ。

 ただ少なくとも、どうか、香織先輩はその手を掴めることを祈る。

 

 「香織。どしたの?」

 

 「後ろ姿が……見えたから……。黄前さん。一緒に帰ってもいいかな?」

 

 「も、勿論です」

 

 「ありがとう」

 

 歩き始めた三人は、下り坂の途中の階段を下る。田中先輩と香織先輩の間には、階段の終わりまで続いている真っ白な手すり。世間話をして歩いている二人に挟まれている黄前は、いつもより縮こまっている様に見えた。

 こうなると俺は坂を漕いで、階段を下りきったところまで回っていくしかない。階段を自転車を押して下るのは、いかにも三人に付いて行っているのがあからさまだし、何よりそれで俺に気付かれて香織先輩があの人と一緒にいる時間を邪魔するのは嫌だ。

 自転車を少しだけ飛ばす。車輪の回る音が好きだったのに、今はその音がどこか虚しい。カーブミラーに映った自分を見て、自分はなぜこんなにもペダルに力を入れているのだろう。付いて行く必要なんてないはずなのに。そんな当たり前な疑問がぱっと出たが、それを風でどこかに吹き飛ばすように、もっとスピードを上げる。

 

 「じゃあ私、寄っていくところあるから」

 

 同じ制服を着る人たちを追い抜かして、俺が三人に追いついたときには、香織先輩が二人と別れるところだった。

 

 「黄前さん。はい、これ」

 

 「あっ」

 

 「勉強会には、お茶菓子がいるでしょ?」

 

 黄前の手に渡された紙袋には、達筆なデザインで『幸福堂栗饅頭』と書かれている。中川先輩と放課後話した手前、それを渡された真意を読み解くことは容易いはずだ。

 

 「もらっていいの?」

 

 「うん!じゃあ、あすかのことよろしくね!」

 

 「やー、面倒見るのは私だけどねー?」

 

 田中先輩なら、香織先輩が何によろしくと言ったのかわかっていそうな気がする。それを曖昧に誤魔化して、結論には近付かない。いつもと変わらないはずの三年生の二人の間には、絶対に以前とは違う何かがある。

 香織先輩と小笠原先輩が言ってた避けられてるってのは、こういう感じなんですかねー。

 そんなことを考えていると、不意に、香織先輩が膝を折って田中先輩の靴紐に手を伸ばした。

 

 「あ、あすか靴紐解けてる」

 

 田中先輩の一番近くで見ている黄前には、香織先輩はどのように写るのだろう。依存していると捉えるのか、献身的だと捉えるのか、惨めだと捉えるのか。

 俺には、祈っているように見えた。神の前で跪くように、重心を前に傾けて。

 

 「……まだ馴染んでないんだね。ほら。こうやって結ぶと解けにくいんだよ?」

 

 香織先輩を覆う田中先輩の影は、ぴくりとも動かなかった。肩から胸元まで流れる艶やかな黒いベールも、何かを塗りつぶすように揺れることはない。

 先に動いたのは髪の方。彼女の隠した表情をさらけ出す為だけに、吹いた冷たい秋の風は俺の横を吹き抜けて。

 

 「……っ!」

 

 それを俺は、見たくなかった。

 すぐに隠れた田中先輩の顔。その前でまだ、靴紐を結ぶ香織先輩を見ていると、無性に涙が出てきそうになった。

 

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