しかし、その彼らが正史より50年後に生まれ、原作開始時にもしいたとすれば?
果たして帝国は彼らを止めることはできるのだろうか?
この物語はそんなもしの物語の一部分である。
「ヤン提督、確かに作戦案は読ませてもらった。いささか消極的に過ぎると思う。」
第二艦隊参謀長ヤン・ウェンリー准将は、自分の上官である第二艦隊司令官パエッタ中将が自分の提出した作戦案の感想を聞きながらも、どことなく上の空だった。
現在ヤンの乗る戦艦「パトロクロス」を旗艦とする第二艦隊は、アスターテ星域で銀河帝国軍の侵攻艦隊を迎撃すべく布陣していた。侵攻してくる敵艦隊の戦力や約2万隻。一方でそれを迎撃するべく布陣している自由惑星同盟軍は3個艦隊約4万隻という、倍近い大軍であった。
そう、あと1日ほどで同盟軍と帝国軍との戦闘は開始されるところであったのだ。
にもかかわらず、ヤンは目の前に座るパエッタに今更ながらに作戦案を提示していた。それはなぜかというと、パエッタのほうから作戦案の提出を求められたからだ。
最も、同盟軍として取りうる作戦案はすでに決定してあるし、同盟軍3個艦隊はそれに従って行動していた。既に同盟軍は帝国軍を半包囲しようとしていたし、何よりも作戦宙域に近づくにつれ帝国軍による電子戦で通信は途切れ途切れとなっており、ヤンが新たに作戦案を提示したとしても同盟軍がそれに従って行動できる状況ではなかった。
「・・・だが、この状況で取りうる作戦案としては最善のものだと思える。」
パエッタ中将の言葉にヤンも軽くうなずいた。パエッタは決して無能ではないが、決められた作戦案と経験に従って行動する愚直さがあった。それは長所ではあったが、時に短所ともなりえた。しかし、今回に限ってはさすがのパエッタもなりふり構ってはいられなかったようだった。
「なにせ、今回の総司令官は”あの”フレデリック・ジャスパー大将ですからね…。」
そう、何の因果か正史では50年前の人物であった730年マフィアは、生まれる年を50年ほど間違えてしまった結果この世界においては780年マフィアとして存在していたのだ。そして、彼らは当然のごとく武勲を挙げ、当然のごとく軍上層部に君臨していた。
そして、今回のアスターテ会戦においては第4艦隊司令官のフレデリック・ジャスパー大将が総司令官として参戦していた。
ここまでならば、別段不思議でもなんでもない話ではあるが、ジャスパーがもつあるジンクスが問題であったのだ。
ジャスパーは間違いなく有能に分類される軍人であったが、常に勝利してきたわけではなかった。勝利する回数は多かったが敗北した数の2倍であり、その上必ず2回勝利した後に1回敗北するというジンクスを持っていた。
そして、今回のアスターテ会戦はその敗北する番だったのだ。
「普通に考えて、敵の2倍の戦力で敗北するはずはない。だが、ジャスパー大将のジンクスでは今回は敗北の回だ。だからこそ、君が考えたような慎重で、用心深い作戦案が必要になるのだ。」
パエッタは、暗に普段ならヤンの作戦案は不要だと言っているのだが、ヤンは苦笑いしつつそれに同意した。ヤンから見てもジャスパーは非常に有能な用兵家であったので、今回が”負け”の番でさえなかったらこんな苦労はしなくてよかったはずなのである。とは言え、ヤンとしてもこの若さで死にたくはなかったので、珍しく勤勉に作戦案を仕上げたのだ。
基本的な作戦はそれほど難しいものではない。第4艦隊と合流し共同で敵艦隊を叩くというものである。第4艦隊は同盟軍3艦隊の中で一番戦力が少なく1万2千隻、ついで第6艦隊が1万3千隻、第2艦隊が1万5千隻となっていた。
「敵がわが軍の各個撃破を狙っているというのは分かった。第2艦隊は最も数が少ない第4艦隊と合流すべきだというのもだ。第6艦隊との合流ではだめなのか?」
つまるところ、パエッタはジャスパーを見殺しにして第6艦隊と合流したほうが有利に立てるのでは?と考えているのだ。第4艦隊が敗北したら、運が良ければジャスパーが戦死しているだろうし、ジンクスに縛られる必要も無くなる。もっとも、それを直接口にしないだけの良識がパエッタにはあったのでぼかした言葉になったのであるが。
対して、ヤンは簡潔に答えた。
「第6艦隊との合流ではとても間に合いません。合流しようとする間に各個撃破されるだけです。それに味方を見殺しにするのはちょっと。」
現在第2艦隊と第6艦隊は第4艦隊を中心にして左右に布陣していた。つまり、第2艦隊はどうあがいてもジャスパーと共にジンクスに縛られながら戦う道しかないのだ。
「あ、ああ。分かっているとも。」
そう言って乾いた笑い声をあげたパエッタ中将を、何か可哀そうなものを見たかのような顔で、ヤン准将は見つめていた。
時を同じくして第4艦隊でも同様の会話がなされていた。しかし、ジャスパー大将は作戦参謀であるジャン・ロベール・ラップ少佐の言葉には耳を貸さずに頑なに作戦案の通りに事を進めるつもりだった。参謀長のムーア中将はジャスパー大将の腰巾着であり、ラップ少佐に言葉を否定するばかりであった。
ジャスパー大将は優秀な用兵家であったがゆえに、自らのジンクスである2回の勝利の後の1回の敗北を自らの手で破らんと努力してきていた。今回にしても、渋る国防委員会と軍上層部の面々を説得して帝国軍を迎撃すべく2倍の兵力をそろえた上に総司令官となれるようにしたのだ。 だが、将兵の中には今回は負けの番だからと逃亡を企てるものが出たりと、ジャスパーにとって不愉快な事は少なくなかった。今も自分の目の届かない範囲では誰かがこそこそと自分のジンクスを話しのネタにしているだろう。
だからこそ、ジャスパーは我慢ならなかった。
「今度こそは必ず…!」
かくして、波乱に満ちたアスターテ会戦は始まろうとしていた。
アスターテ会戦の開始の合図は既に鳴っていた。激しい電子戦と哨戒艇や哨戒艦による度重なる偵察と遭遇戦の頻度が多くなるにつれ、艦隊決戦の時が近いことを両軍の将兵は間違いなく理解していた。
その中にあって、銀河帝国軍の司令官を務めるラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将は余裕の笑みを浮かべていた。
「我々は圧倒的に有利な状況にある。」
2倍の敵に対して各個撃破を仕掛けるというラインハルトの言葉に、旗艦「ブリュンヒルト」に集められた諸将はどよめいた。確かに敵は十分な連携をとれてない面も見える。各艦隊の間隔が大きいのだ。だが、敵の司令官は”あの”ブルース・アッシュビー一党の1人なのだ。奴が無能ではないことは誰よりも帝国軍の将官たちが知っていることだった。ゆえに、これは我々を誘い出すための敵の罠ではないか、という推測をシュターデン中将は披露した。
「その懸念はもっともである。しかし、奴に足りないものが3つある。1つ目は知っての通り運である。今回の戦いは奴の持つジンクスでは敗北の番である。2つ目は、それに怯える叛乱軍の将兵たちを説得し士気を上げるための言を奴が持っていないことである。
何よりも奴が通常の状態ならばこのような分散する愚を犯すはずがない。奴ならば4万隻すべてを自らの指揮下に置き数でもって正面から我々を叩き潰しに来るであろう。
すなわち、奴には運がなく、将兵の信頼もなく、通常の精神すら持っていない。これを圧倒的有利として何というであろうか。」
そういうと話は終わったとばかりに、ラインハルトは諸将たちに解散を告げた。そのあまりの一方的な態度に怒りを覚える者もいたが、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将などはラインハルトの言葉に理解を示した。それほどまでにジャスパーのジンクスは凄まじいものであったのだ。
そして、帝国軍は同盟軍第6艦隊に対して進路を変えた。
「なんだこれは?いったい何があった?!」
第4艦隊がいるはずの宙域に第4艦隊はいなかった。そう報告を受けたパエッタはひどく狼狽した。ヤンにしてもまさかこんな事態になるとは思わず、ベレー帽を脱いで寝ぐせのある頭を少しばかり掻きながら深刻そうな顔をしていた。
「まさか既に第4艦隊は敗北した後だというのか!」
パエッタはそう声を上げたが、すぐにヤンは違うと断言した。何しろこの宙域は非常にきれいなのだ。艦艇の残骸も中性子ビームを撃ち合ったことによるエネルギーの残留も何もないのだ。となるとどこかに移動したことになる。しかし一体どこに行ったというのだろうか?
そこまで考えて、ヤンはある可能性に気付いた。第4艦隊は一番数が少ないゆえに一番最初に敵の標的になると思っていたが、もし第6艦隊を最初に攻撃していたとしたら。第4艦隊は第6艦隊の救援に駆け付けようと移動した可能性がないとは言い切れないのだ。
ヤンはその懸念をすぐさまパエッタに伝え、パエッタもその可能性があることを認めた。
「すいません。この可能性をよく考えるべきでした。」
「いや、作戦案にはそのことも書かれていた。その上で決断したのは私だ。責任は私にある。」
パエッタはヤンの謝罪を流したうえで、どうするかを話し合った。第6艦隊が襲撃を受けたとして、その救援に向かうかどうかが主な内容だった。この場合は2つの可能性が考えられた。
1つ目は第6艦隊の救援に第4艦隊が間に合った場合である。この場合は敵艦隊を挟み撃ちにできた可能性が高いので第2艦隊も救援に向かうべきである。
2つ目は救援が間に合わなかった場合である。その場合は戦力の逐次投入となってしまい、各個撃破されている可能性があった。だからと言って、このまま何もしないまま撤退するわけにもいかなかった。
「つまり、我々の取れる選択肢は実質無いわけか。」
「もはや登山者を助けるために二次遭難する感覚ですね。」
「そのような不穏な言葉は2度と口にしないように。」
撤退するにしても敗残兵の収容や敵の撤退の有無などを確認しなくてはならない。何よりも、友軍を見捨てては国民が怒り狂うだろうし、議会も軍上層部も、そして軍部を牛耳る780年マフィアのボスが恐ろしかった。
そこで生きてくるのがヤンの提出した作戦案の別紙として提出したものであった。それは帝国軍が第2艦隊を最初の標的に定めた時に、友軍が到着するまでの時間を稼ぐために作られた作戦案だった。しかし、こうなった以上第2艦隊だけでも負けない戦いをする必要が出てきたのである。
そして、第6艦隊のいるであろう宙域へ向かう途中に帝国軍と遭遇したのだった。
「敵艦隊の数約2万隻。わが第2艦隊に接近中!」
艦橋オペレーターの報告にパエッタはやるせなさを感じていた。もし総司令官がジャスパーでなかったら、もし包囲殲滅などという作戦でなければ、もし、もし、という言葉ばかりが脳裏に浮かんでは消えていった。しかし、生き残るためにはそんな事を考えている暇はなかった。強く頭を左右に振った後、ずれたベレー帽を直すと全艦に戦闘準備を命令した。
そして、ここから先はパエッタを始めとする指揮官たちの戦いであった。参謀長のヤンができる仕事はほとんど残っていなかった。だから、ヤンは戦闘に入る前に、最後の仕事としてパエッタに自分の見解を伝えることにした。
「敵艦隊の数が減っていないのはあまりにもおかしいです。第6艦隊に対しては奇襲になったとしても、第4艦隊は警戒しながら航行していたはずです。なのに敵艦隊の戦力はさほど減少していない。」
「ヤン准将、君はつまり敵艦隊は第4艦隊と戦闘をしていないといいたいのか?」
それはあまりにもおかしな状況であった。第4艦隊は第6艦隊の救援に向かったはずで、第2艦隊よりも早く戦闘宙域に到達したはずである。となると、果たして第4艦隊はどこへ行ったのであろうか?
「もしかすると、第6艦隊の救援が間に合わないと悟って戦闘を回避したのかもしれません。」
「となると、無傷の第4艦隊がこの近くにいるのかもしれないわけだな。」
「その可能性はあります。」
パエッタはヤンの見解を聞くと幾分か表情を和らげた。何せ自軍よりも多数の敵軍と孤軍奮闘しなければならないところで、まだ味方が生き残っている可能性があるのである。しかし、すぐさまパエッタは顔を渋くした。
そう、たとえ第4艦隊を生き残っていたとしても、その司令官はあの”マーチ”・ジャスパーなのである。勝利する時は派手に、敗北する時も派手に、勝利2回の後に敗北をする。そして、今回は敗北する番なのである。
第4艦隊と無事合流しても、何とか主導権を握れないものかとなどと考えると自然とため息がこぼれてしまった。
何はともあれ、目の前の敵に対処しなければならない。両手で顔を叩いて気合を入れると、矢次早に命令を出すのであった。
一方で、帝国軍は混乱していた。
敵第6艦隊を撃破し、次は第4艦隊を攻撃すべく移動した先にいたのはなんと第2艦隊だったのである。第4艦隊はどこに行ったのだ!と司令部は一時的にではあるが混乱してしまったのだ。
「この状況は…まずいか?」
敵第4艦隊の行方が分からず、さすがのラインハルトも掌で顔を覆った。とりあえず正面の敵に集中しつつ、周囲の哨戒を厳にせよと命令するくらいしかできなかった。
敵の将であるジャスパーが有能な用兵家であることはラインハルトも認めている。しかし、今回は奴のジンクスでは敗北の番であるはずだった。そして、今のところ自分の各個撃破戦法はうまくいっている。だというのに、この焦燥感は何なのだ!
「キルヒアイス。第2艦隊はできるだけ早く撃破したい。」
「第4艦隊に対処するためですね。ここで攻勢に出れば損害も被る可能性がありますが。」
「それでも挟撃されるよりはましだ。」
ラインハルトは副官兼幼馴染兼親友との相談をそこで打ち切ると全艦に紡錘陣形に艦隊を再編するよう命令した。中央突破を行い同盟軍を分断し撃破するためである。
そして、同盟軍はナイフでチーズを切るかのように簡単に分断された。そして、奇麗に左右に分かれ同盟軍は帝国軍の両側を逆進していった。それはまさに芸術的と形容するにふさわしい出来であった。
ラインハルトはそこで敵の狙いがどういうものであるかを知った。性急に事を運びすぎた結果、敵艦隊に後背をとられる危機に陥ってしまったのだ。
「敵艦隊我が艦隊後方で終結しつつあります!」
こうなれば、前進しつつ敵艦隊の後背に回り込むしかなかった。しかし、その命令を下す前に入ってきた報告にラインハルトは臍をかんだ。
「正体不明の艦隊を発見!数約1万3千!」
「なんだと!?一体どこにいる?」
「第2艦隊のさらに後方です。」
ラインハルトからしてみれば最悪の事態であった。第2艦隊を撃破しようと突撃したら敵の策により後背につかれ、その後方に敵艦隊が接近してきているのである。
こうなれば、もはや撤退しかなかった。しかし、敵艦隊に後方に食いつかれてしまった現状で撤退するのは至難の業である。
そして、宇宙規模の熾烈なデッドヒートが始まった。
「どうにか生き残れたか…。」
ヤンはそういうとベレー帽をぎゅっと握りしめて大きく深呼吸をした。アスターテ会戦は誤算に始まり誤算が重なり、幸運でもって終結した。
敵が第6艦隊を最初に攻撃したのも誤算だったが、第4艦隊が宇宙の迷子となって彷徨っているのも誤算だった。その間、第2艦隊は帝国軍と戦闘に入り、形勢が逆転したところで第4艦隊が戦場に到着した。第2艦隊は撤退する敵艦隊の追撃をしていたものの振り切られ、第4艦隊は1発も発砲することもなくアスターテ会戦は終結したのだった。
パエッタも大きなため息をはいて生き残れたことに感謝しているようだった。先ほどまでスクリーン越しにジャスパーと話していたようだが、不機嫌そうな様子のジャスパーに対応しているパエッタの姿は見ているだけで胃が痛かった。
何はともあれ、これでジャスパーのジンクスの敗北の番は終わったのだ。しかし、その代償はあまりにも大きく、第6艦隊が全滅(損害率30%)や壊滅(損害率約50%)を上回る殲滅状態(損害率約100%)となり、第2艦隊も2割程度の損害を受けていた。
対して敵艦隊はというと第2艦隊と交戦するまではほぼ無傷であり、形勢が逆転した後の追撃戦でおよそ2割程度、約4000隻程の損害を与えたと思われていた。
つまり、今回の戦いは間違いなく同盟軍の敗北であり、ジャスパーのジンクスは破られることはなく、1個艦隊の消滅という派手な敗北を喫したということであった。次は勝利する番であるが、そんな事は生き残った者たちにも死んでいった者たちにも何の慰めにもならなかった。
かくして、フレデリック・ジャスパーのジンクスは終わらず、英雄たちの伝説はまだ続いていくのである。
おわり
ふと、ジャスパーのジンクスに振り回されて、狼狽する主人公たちを描きたくて今回の作品を書きました。
書いてみて思ったけど、ジャスパーのジンクスって、本当に迷惑極まる代物だわ。
なお、この世界にも730年マフィアに相当する人たちがいて、その780年マフィアはその再来と思われているという感じでお願いします。だからイゼローン要塞があったりします。
次を思いついたらほかのマフィアの話を書いてみたいです。
誤字のご指摘ありがとうございました。