アニメと劇場版を下地にしたところがありますが、パラレルワールドなので、直接的なストーリ上のつながりはありません。
本作では艦娘は「生れつきの適性」がある女性、「人間」であることを前提としております。
また本作ではアメリカ、英国、ドイツ、フランス、イタリア、ロシアさらにスウェーデンなど艦娘が実装された国、未実装の国もあります。
艦娘についても未実装艦娘が大勢登場します。
ハードかつシリアスな展開故の酷な描写があるので、注意してください。
本作は初投稿作品かつ、小説家を夢見る駆け出しの作者の作品なので、読みにくい文章かもしれませんが、そこのところはご勘弁を。
第一話 着任
ディーゼル機関車が牽引する短い編成の列車が真っ暗なトンネルを走っていた。
一人だけしか乗っていないやや古びた客車一両とコンテナを満載した貨車三両と言う短い貨客列車を引く機関車は、ディーゼルエンジンの音をトンネル内に響かせている。
退役を取りやめた旧式の凸型のディーゼル機関車だが、きちんと整備されているので、やや騒音が大きいのを除けばまだ充分に走る事ができる
客車の中に一人だけ乗っているのは女性だ。
錨マークをあしらった黄色の徽章付き白制帽とハイネックタイプのロングコートを着ている。前が見えているのか分かりづらいほど目深に制帽を被った女性のコートの襟には、海軍の中佐の階級章が付いている。コートは上二つだけボタンを締めているだけなので、左の腰に下げている長刀の柄がコートの隙間から出ている。長刀の形状は日本刀その物だ。
腕を組み細い足を延ばしてリラックスした姿勢で静かな寝息を立てている。容姿は中々の者で制帽とコートの襟の間で長い髪をポニーテイルにまとめている。
機関車のトンネル内に反響するエンジン音にまったく気にした様子もなく寝ていた。
この路線には元々は電車が走っていたが、今ではケーブルが取り除かれており、もう電気動力の車輛は走ることが出来ない。今では支柱だけが虚しくたっているだけだ。
トンネルを抜けると、進行方向左手に青い海が広がり、そして「船」又は「艦」が係留されている港が見えた。
艦のほとんどは一目で海軍艦艇と分かるが、もう長い事動かしていないのでマストにあるレーダー類は止まっており、艦砲の砲口には蓋がされている。
時々この艦の元乗員たちの有志が、「甲板掃除」と言う意味でモップや塗装直しをしている。
マストには信号旗がない代わりに日の丸、日本の国旗と旭日旗が掲げられている。何隻かの艦にはアメリカ合衆国海軍の海軍旗が掲げられているが、それらももう稼働を止めて久しい。
かつて海で戦っていた戦船たちが眠る桟橋が車窓から、一瞬だけ大きな建物があり、桟橋で眠る艦たちに代わって今海で戦う者たちがそこで生活している。
客車一両と貨車三両を引く機関車からなる列車は駅には止まらず通り過ぎると、その先にあるポイントを渡って大きな建物のある方へ続く線路に入った。
列車が走っていた線路は複線だったが、ポイントを車輪の軋む大きな音を立てて進んだ先のレールは単線である。
途中で列車何度か小銃で武装した兵士が空けたゲートを通っていく。
「国連海軍日本艦隊統合基地」と言う文字が彫られた表札の様なものがゲート脇のポールに貼られている。
海軍中佐の階級章が着いているコートと制帽を被った女性は、基地へ列車が入ると目を覚まし、軽く伸びをすると、座席の脇に置いていた古めかしい茶色のスーツケース一個を持って客車の両端にある乗降口に向かった。
機関車がブレーキをかけると客車は少し揺れるが、変わった形状のハイヒールを履いている女性の姿勢は揺るがない。
飾り気が全くない上に、駅名表示板すらないホームで列車がブレーキをかける音を立てながら、ゆっくりと止まった。
ホームには肩章が中将であることを除けば女性と同じコートと、同じ制帽を被った四〇代に見える男性と、海軍少佐の肩章付き制服を着ている女性が乗降口の前に立っていた。
自動ドアではない手動ドアを開けてホームに降りた女性は持っていたスーツケースをホームに置くと、二人の前で踵を揃えて白い制服の男性、武本生男(たけもと・いくお)海軍中将と大淀型軽巡の二番艦の名を持つ艦娘の仁淀の二人に敬礼した。
武本と仁淀はほぼ同時に答礼した。
「日本艦隊基地司令官の武本生男少将です」
「に、日本艦隊基地所属、大淀型軽巡二番艦の仁淀であります。だ、第一通信戦隊所属です」
武本に遅れて少しどもりながら仁淀が名乗る。
コートを着た女性も敬礼した状態で名乗った。
「愛鷹型超甲型巡洋艦愛鷹であります。武本司令、日本艦隊統合基地への着任許可願います」
「許可します。ようこそ我が基地へ」
そう言って敬礼を解いた武本は笑みを浮かべていたが、愛鷹が笑う気配はない。
仁淀は、新任の「愛鷹型超甲型巡洋艦愛鷹」と名乗る艦娘が制帽を目深にかぶり、自身を隠すように来ているロングコートを着ているのを見て妙な気分になった。帯刀していると言うのもまた珍しい。愛鷹から滲むように出る違和感と、初めて会うのに何故か前から会ったことがあるような雰囲気の愛鷹。
どう例えればいいのか、兎に角得体の知れない者を見た気分になってはいたが、努めて冷静さを保っていた仁淀は武本と愛鷹と共に、艦娘と呼ばれる女性達の「家」であり、「統合基地」と言う名前をほぼ無視したように、自分たちが「鎮守府」と呼ぶ日本の艦娘達の拠点へと歩いて行った。
いつ、だれが最初に出会ったのか、なぜ現れたのかの記録がないため不明であるが、「深海棲艦」と呼ばれる事になる謎の集団の出現によって地球の海はすべてが戦場となった。
各国海軍艦艇は火器システムの照準が何故か合わない深海棲艦によってなすすべもなく撃破され、一〇年以上もの間に世界各国の海軍艦艇の大半が海に沈んだ。各国の海軍艦艇で生き残った艦艇は、修復不能と判断された艦艇はスクラップ、無傷の艦艇は予備役に編入され保管されている。
海軍艦艇に限らず、民間船も襲撃を受けてシーレーンは破壊され、輸出入の術まで人類は失われた。
空路でも鳥サイズの飛行物体の攻撃で、大陸上空などを除く制空権は無いも同然と化した。
戦闘機では狙おうにも小さすぎ、ミサイルロック機能もうまく作動できない。小さいだけに機動性が段違いで、また目視しづらい。
海戦、空戦、それに陸上部への深海棲艦による空爆や艦砲射撃、更には互いの不仲を深海の登場で拗らせた事などで多くの損害を出した各国は、多くの犠牲を出してからようやく各国家によるバラバラの防戦では対抗するのが困難と判断するようになった。
そして紆余曲折を経て、国境を超えた国連加盟国が有志を募って編成する「多国籍軍」ではなく、国連直轄の常設軍事力として機能する「国連軍」が設立された。
そして何故か女性で生れつきの能力適正者たちは艦娘と言う「人でありながら、裏では人間と言うより、兵器扱いされる身」として、本名を捨て、第二次世界大戦時の各国の海軍艦艇と同じ名前を名乗り、深海棲艦と戦っている。
今この瞬間にも「艤装」を装備して今でも続く、終わりが見えない戦いに身を投じている。
「国連軍」は国連加盟国すべての国が艦娘保有国ではないため基本的に、海軍力ではなかなかの戦力を備えていた海洋国家が主に参加している。
内陸国、さらにかつての仮想敵国や不和関係の国家同士では、散発的に小規模の軍事衝突が起きることがあるが、そのほとんどは地上戦で、流石に深海棲艦の航空戦力ではカバーしきれない空域だ。
「国連軍」の中でも艦娘は常設軍事力として編成された際に、新たに制定された戦時条約によって世界各地の地上戦へ介入することは厳禁となっている。
また、かつて「国連軍」と言えばアメリカやロシアなどの大国主導が多かったが、今の「国連軍」はいかなる国の影響も受けない国際機関として機能していた。
日本は深海棲艦との戦いが始まった当時は自衛隊が国防組織として存在したが、国連軍参加時に自衛隊固有の名称を廃して、階級、用語類の多くを国際海軍用語規格に統一している。
「国連軍」の保有戦力は艦娘中心の海軍と、奪還した海域の島々などに上陸しての警戒配備、または艦娘らの所属基地防衛に当たる海兵隊のみと言うやや両極端な軍の構成へと変わっていた。
日本は最初に艦娘を実戦投入した国である。資源の多くを海路で入手する国家なだけに、制海権奪還は急務であった。
海上交通路、つまりシーレーン遮断によって資源の入手が困難になった日本は、艦娘によるシーレーンの安全性が確立されるまで備蓄物資のみでどうにかこうにか食いつないでいた。
日本の生命線となる長大なシーレーンは、制空権も航空戦力では艦娘らが保有する空母艦上機部隊、または陸上基地の航空隊によって確保されていないと、安全とは言い難い。
それに対抗すべく、艦娘中心の海軍が出来たのだが、実戦投入記録は日本ではある物の初の投入戦力になった艦娘は誰なのか、いつから養成を始め、対抗する武器を開発したのかについての記録は一般には明らかにされていない。無論海軍内にはその記録は明記されており、必要なら軍内の関係者への公開は許されている。
今ではアメリカ、ロシア、イタリア、英国、ドイツ、フランス、スウェーデンなど艦娘達の艦隊が深海棲艦と戦う海と、完全には取り除ききれない人間同士の不和を抱え、同胞同士の陸上での戦闘をしながらも、人類はそれぞれの日々を過ごしている。
指揮系統は「国連軍国際統合作戦本部」が統括しており、一国の独断専行を大きく規制している。その為、日本でも、アメリカでも、英国でも中国でも最高指揮官は国連軍、そして各国を隷下に収めた各方面軍が担っている。
長期化、泥沼化する海上での戦争は次第に人類にとって日常茶飯事の出来事と化しており、精々資源を輸送する船団が襲われて物資の供給が一時的に制限されるため、節約を求めるニュースが流れる、と言う事にだけしか興味を示さない。
人類は突然現れた深海棲艦、それに対抗する艦娘との戦争状態が勃発した原因を知らない内に忘れ、マスメディアもいつしか関心を示さなくなっていた。今ではどの新聞もまともに艦娘と深海棲艦との戦いを取り上げることは無くなっていた。精々「今海で戦っているのは艦娘」と言う程度であり、たまに深海棲艦が沿岸部に出現した時、軍からの情報共有で警報が出される程度だ。
仁淀より頭一つ以上は背の高い愛鷹は武本に案内される形で、基地内を案内された。
本来なら武本の秘書艦の長門型戦艦の艦娘長門か陸奥の担当だが、今二人は別件で手が外せず、武本自身が案内役をしている。
武本の案内を聞く愛鷹の表情は硬い。無表情ではないが、顔に浮かぶ感情の起伏が非常に乏しい。そこが逆にどことなく凛としている様にも見えなくはないが、むしろ冷徹で氷の心の持ち主の様にも見える。口数もあまり多いとは言えない。
愛鷹自身は武本の案内を、すでに知っているが一応確認のために聞いている様な形だ。
基地は非常に広い。
演習場、宿舎、司令部施設、工廠、運動場などがあり、この基地の設備や規模だけで一つの街のような状態だ。
「基地」であるのに艦娘から「鎮守府」から呼ばれる理由は、昔はここの基地だけでなく、日本の各所に「鎮守府」と呼ばれる艦娘達の拠点があったためその名残ともいえる。
今はここに拠点機能を集約しているものの、艦娘達が武本やその前の司令官らが、偵察情報などで得た深海棲艦への攻撃、又は反撃の際の判断で艦隊を組んで出撃した時の休息と補給を兼ねた前線基地として今も残っている。
日本艦隊は日本艦隊統合基地以外に呉や佐世保、舞鶴などに規模が大きい基地が存在する。
さらに太平洋西部方面担当の北米太平洋艦隊、所帯がやや狭い太平洋南西方面担当のオーストラリア・ニュージーランド連合艦隊であるオセアニア連合方面隊の艦娘が集まる太平洋の牙城、トラック諸島基地日本艦隊支部、ラバウル前線基地などがある。
各基地の司令官は大佐から少将が担当しており、重要拠点となると中将クラスが司令官にもなる。
案内が終わると武本は仁淀に礼を言い、仁淀も敬礼して自分の仕事場へ戻った。
「見ての通り、新人さんだけど大淀との息の合いはすごくいい」
「大淀型……やはり聞いていた通り、軽巡より通信士官みたいですね」
「見てくれはそんな感じだが、大淀も仁淀も決して非戦闘民と言う訳では無いよ。多少の不得意の差はあるがな」
苦笑を浮かべる武本だが、愛鷹は笑わない。笑いたいが、どうすれば笑えるのか分からない、と言う様にも見える。
「相も変わらず、君は表情を現すのが得意ではないようだな。私の部屋を案内するよ。付いて来てくれ」
「はい」
基地司令官室が武本の部屋兼仕事場だが、ここでも鎮守府時代の名残からか艦娘に「提督執務室」と呼ばれる。
司令官室は基地司令部の最上階である五階にあり、一番海が見えやすいところにある。
その基地司令本部内は少々味気なく、がらんとしている。
普段は賑やかな場所なのだろうと思っていた愛鷹には珍しく見えた。
「皆、外洋作戦中か演習ですか?」
「いや、非番もいるし、座学の試験に備えて勉強している子もいる」
「……試験、ですか」
ぽつりとつぶやく様な愛鷹の言葉はなぜか重みを感じさせる。
それを悟った、又は知っていた様な武本は「まあ、テストだな。新型のレーダーやソーナー類の運用が始まるからね」と「試験」を「テスト」に言い換えた。
司令官室の階へと階段を上っている途中で、愛鷹は窓の外から「装備妖精」と言う正式名称より「妖精さん」と呼ばれる小人がのる戦闘機烈風の編隊が編隊飛行をしているところを見た。
補充パイロットの妖精の訓練中らしい。
妖精たちは人間の言葉を喋れるが、体が小さすぎるため肩に乗って耳打ちするような形でないと話す言葉が聞き取りにくい。その為、口より表現や仕草の方がモノを言う。
烈風の飛行する音が聞こえた武本は、階段をのぼりながら愛鷹に訓練中の戦闘機隊の話をした。
「この間な瑞鳳、祥鳳の二人が組んだ哨戒艦隊が、空母ヲ級一隻を中核にした小規模の機動部隊と交戦して、戦闘機を少なからずやられた」
「戦闘機を?」
「ああ。護衛無しに攻撃隊は送れないからな。哨戒艦隊は一撃返した後にすぐに帰し、代わりに水雷戦隊で奇襲をかけてヲ級の空母機動部隊を殲滅してもらったが……。
急を要する事とは言え、直掩機を載せた空母無しで水上部隊を送ったのは短絡的判断だとよく思うよ。
幸い基地航空隊の航空支援要請がすぐに機能しくれたお陰で航空優勢を確保して、作戦通りに会敵したが、引き換えに夕雲と巻雲が中破した……」
「あなたには初めての事ではないでしょう……」
「……確かにな……」
司令官室の階にまで昇ると武本は制帽を脱いだ。
「髪が汗で濡れているな。それか……そろそろ散髪でもするか。愛鷹はそのコートで暑くないのか?」
「汗は今のところ許容範囲内です。私なら臭う前に洗濯に出しますが」
「そうかい。ああそう、君はここに来るのは初めてだから一応言っておくと、艦娘同士での良くない喧嘩も時には起きる。その際、ある程度は勘弁しておいてやってくれ。私としては無論上官としてしかるべき介入もするが……」
提督の中には高官であることを盾に破廉恥行為、大規模作戦中でもないにもかかわらず過度な出撃を繰り返し(パワハラ、セクハラ)、不品行除隊にされた者が過去に存在する。
不品行除隊は男性、女性、階級、経歴から出生、問わず海軍でも厳罰中の厳罰だ。
この処分決定は「死刑にはならないが、『追放処分』になったら自身の全てが『無』に帰する」と言われている。
またこの処分を受けたら「昔海軍にいた」と元海軍軍人であることを語る所まで出来なくなる。
幹部候補生学校、海軍高級士官学校を首席で卒業しているエリートコースを歩いてきた武本だが、横柄な態度はまずとらない。
過去に艦娘の風呂場覗きや盗撮、変態行為をして厳重注意処分、減俸処分、更迭処分、降格処分(更迭や降格は重い処分だが、それでも「不品行除隊」と比べればはるかに「軽度」な処分である)を受けた海軍将兵は少なくないが、武本は人命を重んじながら作戦を遂行させる術を探り、稀に深海棲艦にも理解を示すことがある(この「敵への理解を示す」と言う点では、一部の艦娘から「前線を知らないお花畑のエリート」と陰口をたたかれ、嫌われた事がある)。
司令官室のドアの前まで二人が来た時、愛鷹はふと建物内のどこかから外国語が聞こえて来たのに気が付いた。
「……ドイツの派遣部隊ですか」
「ああ、初来日のシュペー、ブリュッヒャー、レーダー、ガルスターがオイゲンから日本語指導を受けている。あー、オイゲンの事はユージンと呼んでも構わない」
「その名は嫌っていた、と聞きますが?」
「ユージンが日本語に似た発音である『ゆうじん』つまり『友人』って言う意味になる、そういう事でユージンと言うのを『友人』と言う意味で解釈して受け入れているよ。
うっかり言ってしまった空母サラトガも謝罪して関係を修復できた。だから今ではオイゲンもサラトガのことサラと呼んでいる。
まあ、酒匂の仲介のおかげでもあるよ」
「サラトガは?」
「北米太平洋艦隊のスタークス提督の命令で第六一任務部隊の面々と一緒に昨日トラック基地に帰るため抜錨した。
帰る時、まだレキシントンとは再会できていない事を少し引き摺っていることを言っていたが、な」
ドイツ艦隊の装甲艦アドミラル・グラーフ・シュペーと閉所恐怖症じみたところのある重巡ブリュッヒャー、駆逐艦Z17ディーター・フォン・レーダー、Z20カールガ・ルスターの四人は日本文化のところでは、よくわきまえていたものの、肝心な日本語に疎いまま日本に来たので、在日経験が長い重巡プリンツ・オイゲンからやや訛りはあるものの日本語の指導を受けていた。
アメリカではプリンツ・オイゲンの英語表記でプリンツ・ユージンと誤解釈している艦娘がいる為、オイゲンは内心不満を募らせていた。
その為、ビスマルクがいない時は姉妹艦のブリュッヒャーら同僚が時々ドイツビールの飲み会で慰めていた。
日本艦隊基地には北米西太平洋艦隊のほか、欧州総軍艦隊所属のドイツや英国、フランス、イタリア、オランダと言った国々の艦娘が大規模作戦時に支援として派遣される事があり、今この基地にはドイツの他に英国海軍の軽巡ユリシーズ、駆逐艦ジャーヴィス、ケリー、更に択捉島沖海戦で援軍として来日した戦艦ガングートと「同志」と呼んでいる重巡洋艦ラーザリ・カガノーヴィチ、キーロフ、駆逐艦ラストロープヌイ、リヤーヌイ、レースキイがいる。
ロシアの艦娘はとても血気盛んで戦う時は「ロージナ(祖国)に栄光を!」「ウラー!」と叫びながら吶喊する戦闘狂の様な勢いで行くので、深海棲艦にはその勢いに腰が引けてしまうのが確認されていた。最近はその勢いも大人しくはなっているが、ロシア艦娘艦隊は総じて武闘派揃いとして有名だ。
欧州総軍艦隊の艦娘は地球の反対側ほどの距離がある日本へは、海路ではなくロシアのシベリア鉄道を経由してウラジオストックから日本へ行く事になる。
ロシアは戦艦などを含め強力な艦娘が少ないため艦隊戦力には決して余裕がある訳でないが、祖国がヨーロッパからアジアまで届くほど長い鉄路で結ばれている為、欧州総軍艦隊の艦娘を日本に送るのに重宝されている。
またロシア国内の豊富な天然資源のお陰で、欧州総軍艦隊は補給線が行き届いてはいる。なにより欧州総軍所属の艦娘達がシベリア鉄道を使うのは、東インド洋からスエズ運河周辺までの制海権が一進一退の攻防状態が続いており、海路より鉄路の方が艦娘にとっては安全な移動ルートであるからだ。
今のロシア太平洋艦隊旗艦ガングートも、欧州総軍艦隊設立後はバルト海艦隊が解隊となったため、ウラジオストックに異動する時は鉄路で向かっている。
英国艦隊のシンガポールを拠点とする東インド洋艦隊はシベリア鉄道でウラジオストク港、日本の舞鶴、香港を経由してシンガポールへ向かう。
過去に空母ハーミーズ、巡洋戦艦レパルスの二人が撃沈され、ハーミーズが戦死(レパルスは遺体が回収できていない為、撃沈と言うよりは戦闘中行方不明と言う意味のM.I.A扱い)したあと、補充戦力としてキング・ジョージ・V世級戦艦アンソン、空母カレイジャスがこのルートでシンガポールへと向かっていた。
訛りが少し強めの声で日本語を話す艦娘にオイゲンがゆっくり発音して慣らそう、と指導しているのが聞こえた。聞こえてくる話からしてガルスターの発音練習の様だ。
「ここが私の仕事場だ」
武本は、仕事場所兼寝床へのドアノブに手をかけながら自分の仕事場兼寝床への扉を紹介した。
「場所は覚えといてくれよ。まあ、君なら大丈夫だと思っている」
君なら大丈夫、と信頼している言葉と共に微笑を浮かべた武本だが、愛鷹は武本の姿が映っていないような眼で見ただけだった。
司令官室は特に安全ロックなどはしておらずドアノブを捻るとすぐに入れる。
室内には長門、陸奥、それと艦娘が戦闘で負傷した時の治療や補給など支援部門のトップである艦娘ではない、女性海軍士官の江良雀(えら・すずめ)の三人が、報告書数枚をめくりながら、武本のデスク前の打ち合わせなどで使うソファに座っていた。
「ただいま。二人とも仕事が速いな、それとも取り込み中か?」
「提督」
三人は報告書を置いて敬礼をした。
武本が答礼した時、三人はドアを閉める愛鷹に気が付いた。
「提督、彼女が?」
「ああ。愛鷹型超甲巡の愛鷹君だ」
長門の問いに武本が答えたが、三人の視線は上官より、愛鷹の方に向いていた。
「江良君がいると言う事は、信濃の事か?」
「はい、本日付で退院です。本人は喜んでいましたよ、栄えある大和型の三番目として復帰できたと」
「いいニュースだな。ああ、君らが、今気にしているのは愛鷹君のことだとは言わなくてもわかる」
制帽を脱ぎ、帽子掛けに武本が制帽をかけていると、長門が愛鷹の格好に少し心配気味に尋ねた。
「まだ、三〇度にはいかないが蒸し暑い日々がしばらく続く、と気象予報で聞いているが、愛鷹はその格好で大丈夫なのか?」
「帽子のサイズはあっているの?」
陸奥が続く形で問うと、愛鷹はコートを脱いだ。二つボタンで留めていただけだったのですぐに脱げた。
コートの下に来ていた愛鷹の制服は大淀型や明石型工作艦の艦娘三人の物とほぼ同一仕様だ。相違点はネクタイが青いのと、スカートの左右の腰部切り抜きがない事、スカート自体の長さが膝まで長いセミロングスカート、そして肩章が大淀型、明石型のとは違い中佐である。ただ靴は大和型のものとよく似ている。
左腰には長刀を差している。刀に関しては出撃時に駆逐艦皐月、軽巡天龍、重雷装巡洋艦木曽、伊勢型航空戦艦の伊勢、日向が持っていくことはあるが、いつも持っている艦娘はいない。
「制帽のサイズは問題なしです。コートは只の好みで着ていただけです」
「でも、出来るだけ無帽がいいと思うけど? まあ、第六駆逐隊の子たちや、高雄型の人たちはまた別だけど、前ちゃんと見えるの?」
「ちゃんと前は見えます」
江良の問いは長門と陸奥も思っていたことだったが、愛鷹は制帽を脱ぐ気はないようだ。
「個人のルックスについては、まあ、あれこれ言わんでもいいだろう。あと、江良君。愛鷹君は君より階級高いよ?」
そうニヤリと笑って自分を見る武本に言われた江良は、初めて愛鷹は自分より一個上の海軍中佐であることに気が付いた。
慌てて謝ろうと江良が口を開きかけた時、愛鷹が「階級はお飾りです」と言ったので思わず安堵のため息が出た。
あまり知られていない、と言うより艦娘の間では本当に階級は「お飾り」だ。
長門、陸奥は一応海軍大佐、大淀型、香取型練習巡洋艦の六人は海軍少佐の階級持ちで、階級章も身に着けているが、そのほかの艦娘達には制服などに普段から階級章を付けている者はいない。
だから年上、艦種関係なくタメ口をたたく艦娘は多い。
艦娘の中には明らかに未成年の外見ながら飲酒、喫煙をしている者は少なくないが、艦娘としての能力適正者は外観の成長がある日を境に止まるという不思議な現象が起きる。
原因は全く不明で、成長が止まるタイミングもバラバラだ。
何度かDNA検査から普段の暮らし方、戦闘時の記録まであさっての精密な検証実験が試されたものの結果は不明のままだ。
愛鷹は制帽のため顔がはっきりしないが、コードを脱いだ制服を着た体躯からして大体一〇代後半以上、二〇代前半と言ったところである。背丈で言うと長門型並みかやや低い程度だろう。胸部は控えめな方だ。
「そう言えば愛鷹は超甲巡、っといったな」
腕を組んで長門は愛鷹に尋ねた。
愛鷹が頷くと長門は艦娘にとって重大なことを聞いた。
「艤装や配属部隊が不明なままなのだが、教えてもらえないか? 秘書艦の立場だが提督と私のパスワードだけでは不明なものでな」
提督とは違い、長門と陸奥は新規配属の艦娘は基本的に提督と秘書艦二隻(二人)のパスワードで閲覧可能だが、愛鷹の物だけ本人のパスワード無しにはデータが開けない。
愛鷹は武本のデスクの上に置いてあるラップトップを見て「お借りしてよろしいでしょうか?」と武本に聞いた。
勿論だ、と言う顔で武本が頷くと、愛鷹はデスクノイズに座ってラップトップを立ち上げると、物凄い速さでキーボードを叩き、あっという間に自身へのアクセス欄を出した。
「提督」
「うむ。長門、陸奥。ああ、江良くんも見ておきたいかな?」
「はい」
武本が自分のパスワードを打ち込み、長門と陸奥が秘書艦としてパスワードを打つと、愛鷹は「CY65BBXF」と短いパスワードを打ち込むと彼女のデータ欄が初めて出た。
「三一センチ砲装備三連装三基、長一〇センチ高角砲四基、二五ミリ三連装対空機銃四基、水偵三機、速力三四ノット。射撃・捜索・航海の電探(レーダー)、高性能水中探信儀(ソナー)、通信レベルはSクラス……」
三一センチと少々頼りない気がする主砲だが、代わりに索敵値はかなり高い。通信能力も高いので艦隊旗艦としてのレベルに問題はない。また対空戦闘能力は秋月型駆逐艦や北米艦隊のアトランタ級の艦娘並みで、対水上戦闘能力にも申し分なしだ。
配属部隊は第三三戦隊と書かれており、配属艦までリストアップされていた。
「新編第三三戦隊……旗艦愛鷹、重巡青葉、編入予定に衣笠、軽巡夕張、駆逐艦深雪、蒼月、軽空母瑞鳳……」
編成図を見た陸奥が呟くように言う。
愛鷹以外は基地防衛艦隊所属艦だ。
その中に「派遣」される形で組み込まれているのが重巡の青葉だ。
青葉型、古鷹型のそれぞれ二隻の重巡からなる第六戦隊所属で実戦経験豊富だ。その中で青葉型重巡は艤装の燃費がよく、火力や機動性にはあまり問題ない。
ただ、青葉は青葉型の二番艦衣笠、戦隊を構成する古鷹型の古鷹、加古と違い改二と呼ばれる艤装の性能向上が行われていない為、艦隊運動に支障が現れることもあり、一応第六戦隊所属だが基本的に基地防衛艦隊の一隻に組み込まれている。
ソロモン諸島での戦いでは数々の武功を立てて「ソロモンの狼」の二つ名を持つ青葉だが、二つ名からは考えられない程の陽気な性格をしていた。
色々な取材やら写真撮影が好きで、自称「ジャーナリスト艦娘」。
何回か陽炎型の秋雲とつるんでパパラッチ行為や、同僚の古鷹にちょっかいを出しては痛い目に遭っている。
長門の可愛い物好きを「スクープ」として自作の「艦隊新聞」でバラしたときは、伸びるほどのゲンコツを食らった。
さらに青葉の姉妹艦の衣笠も最近はアシスタント役をやるようになっており、時には二人そろって長門や基地司令の提督に怒られている。
武本が二年前に着任した時も、青葉がペンとメモ帳、衣笠がハンドカメラで押しかけてきたことがある。武本は着任前に部下になる艦娘の事については一人一人の個性まで知っていたし、これと言ってバラされては困る事がなく、むしろ寛容に接していた。
その性格上、二人の行為には基本的にノータッチで「好きなようにやりなさい」と気にしていない。ただしやり過ぎると「流石に、これはダメだ」と減俸や謹慎処分などの処罰は出す。
そんな少しお調子者、ムードメーカーである青葉だが、同僚の古鷹とは実は苦い過去が存在している。
新人時代に自らの不手際で艦隊が深海棲艦に包囲され、探照灯照射で敵艦隊の位置を発見したものの、自身の位置も深海棲艦にはっきりと特定されたため、重巡ネ級の集中砲火を受け、あっという間に多数の砲弾を浴びて、全砲門沈黙、艤装機関部にも深刻なダメージを受けた。
重傷(大破)を負った青葉にとどめの砲撃が行われた際に、僚艦(仲間)の古鷹が身を挺して守ってくれ、さらに援護に入った第七駆逐隊が煙幕を展開して艦隊はすぐに撤退した。
しかし、青葉は全治一か月、古鷹は全治半年と言う損害を出してしまった。
特に古鷹は青葉の盾になった時に左目を失った。
古鷹は青葉の完治に喜んでくれたが、左目のところに包帯を巻かれていた彼女を見て青葉は自身の不甲斐無さで涙が止まらなかった。
青葉の明るい性格は生れつきだが、この時のことをできれば人前で思い出さない様にそう振舞っているとされている。
軽巡夕張は同型艦が存在しない、いわゆる「ぼっち艦」で兵装実験艦としての役割が多い。
戦闘力には別に大きな問題もなく、自作の缶と主機のお陰で速力向上(ただし軽巡としてみると燃費がかなり悪くなっている)を果たしている他、次発装填装置付き五連装魚雷発射管まで持っている(兵装実験艦であるためテストベッドとしての一時的な装備で、量産化が認められて以降は取り外す予定だったが本人はかなり気に入っており、そのまま固定装備化)。
夕張は同型艦がいない「ぼっち艦」なので艦隊運動、特に自作の機関による燃費の悪化から基地防衛艦隊に組み込まれている。
普段は工廠で明石型工作艦三姉妹の明石、三原、桃取と共に損傷した艦娘の艤装の修理や定期点検、全面解体整備をする技術者として過ごしていることが多い。
戦闘実績は豊富だが、過去に旗艦を務めていた艦隊に所属する駆逐艦の艦娘一人を失った彼女なりの苦い経験を持っている。
またやたらと新兵器開発にのめり込んだ結果、コスト度外視、資材の私的流用行為紛いをして絞られることもあり、一度は酷い懲罰を命じられた事まである。
駆逐艦深雪は駆逐艦の中でも結構血気盛んな艦娘だ。
深海棲艦との近接水上戦闘になった際は「深雪スペシャル!」と言いながら回し蹴りや、戦艦ル級を一時的にダウンさせるほどのパンチを繰り出すこともある。
本人曰く「格闘技じゃ、黒帯もの」と語ってはいるが、何の格闘技の事かは明かしていない。
そんな彼女だが過去に荒天時の演習で第六駆逐隊の電が放った魚雷の誤射を受けて意識不明の重体(艦娘では「大破」と扱われる)になり、何度も心臓停止が起きてもおかしくはない危篤状態が長く続いた。
欠員が出たままでの運用は艦隊行動上良い事ではない為、第一一駆逐隊から除籍され、叢雲を交代要員として編入してしまったため退院後は原隊に復帰できず、船団護衛の第一護衛艦隊や、必要に応じて編成される第一四駆逐隊のメンバーとして編入される、新入りの松型の姉貴として訓練支援など、悪く言えば部署が「たらい回し」になっている駆逐艦だ。
その為深雪も存在が「ぼっち艦」化してしまっている。
加害者の電とは「単なる事故さ、あたしがよく周りを見てなかったし、あの荒天じゃあ、魚雷の進路が変わっちまうのも仕方がない」と本人は全く電に罪は無いと言っており、「謝ることはないさ、引き摺り過ぎんなよ?」と全く気にしていない。
それでも自身の実弾魚雷を誤射してしまい、生死の境目を行き来する程の重傷を負わせ、さらに所属部隊から外されて、今ではいろいろな部署を「便利屋」状態で異動させられているので、深雪は「結構面白いぜ」と底抜けの明るさを見せているが、電にはまだ大きなトラウマとして残ってしまっている。
蒼月は秋月型駆逐艦の駆逐艦娘で実戦経験は殆どない。
座学テスト、体力などには問題ないが、イマイチ芯がない。常にオドオドしており「なんで艦娘になれたのか?」と誰もが首を傾げるほどで、本人も「時に自分でも不思議になる」とこの事だ。
ただ、対空射撃の腕で言うと右に出るものはまずいない。電探補正無しで高機動する標的機を一撃で撃墜できる。雷撃戦でも命中率は秋月型でも飛びぬけて高い。対潜水艦戦でも問題ない。
彼女の対空戦闘の技量は、二か月前の基地への強行空爆作戦の戦果によって証明されている。
哨戒線を潜り抜けた空母ヲ級一隻、軽空母ヌ級一隻を核とした高速空母機動部隊による基地への空爆の際、敵の棲鬼クラスの艦上機(タコヤキと呼ばれている)の戦爆連合約九〇機の半分弱を蒼月が撃墜したことが確認されている。
新型の三式弾改二型(この呼び方は日本での呼び方で、本来はM3A2対空弾)はともかく、鷹の目のような素早い動体視力と、正確な射撃照準。一発必中でタコヤキは次から次へと撃墜された。
残りは基地航空隊の紫電改二が迎撃し、攻撃隊第一波は全機撃墜。第二波は震電の防空戦闘機隊が相手を務め、残りは航空戦艦山城の三式弾と第三一駆逐隊の防空射撃で撃墜された。
そして報復に雲龍、葛城、天城から発艦した烈風、流星の攻撃隊がヲ級とヌ級の空母二隻、軽巡一隻、駆逐艦一隻を撃沈、戦艦ル級改一隻が中破、駆逐艦一隻大破し、撤退に追い込んだ。
防空戦闘の功績に、海軍対空殊勲賞の受賞者に武本が推薦したが、戦闘後、殊勲賞推薦を聞くや蒼月は極度の緊張で白目を剥いて失神した。
この対空戦闘能力の高さを買われて、機動部隊からは蒼月の戦線配備の嘆願が来たことがあったが、臆病な蒼月はどうしても出撃できず、新月が替わりに出撃していた。
秋月型は基本的に他人や姉妹同士での関係がフランクで、蒼月に自信を持たせようと励ましている。
ある時朝潮型の霞が蒼月の弱腰を激しく糾弾すると、蒼月は自分が戦うことが出来ないダメな艦娘だと落ち込んでしまい、怒った新月の報復で霞が酷い目に遭っている。この一件もあり、一時期秋月型と朝潮型の関係がぎくしゃくしてしまったため、武本が直接解決に動く事になった。
軽空母瑞鳳は固定脚航空機ファンで、ドイツの空母「グラーフ・ツェッペリン」「ぺーダー・シュトラッサー」が使用するJu87シュトゥーカに興味津々な面を示すし、非番の時デパートに行けば必ず航空機模型を買っている。
瑞鳳の見た目は一〇代だがやはり身体的成長の停止により、実際はすでに成人を超えている。その事もあってか飲酒も可能だ。
卵料理が得意で時々、給糧艦の艦娘で艦娘の腹を満たす食事作り担当の間宮と伊良湖、過去の作戦の負傷が原因で一線を退いてはいるものの、空母艦娘の訓練指導する空母鳳翔らが切り盛りする食堂で「瑞鳳特製卵焼き」が出される。
彼女の卵焼きは味が非常によく人気が高い。
蒼月より体格が小さい軽空母だが、口数が少なく、クールな性格で不愛想なイメージが強い空母加賀とはすんなり打ち解けられた初めての艦娘、として知られている。
加賀は同僚の赤城にしか心を開いていないような事が多かったが、翔鶴型空母の艦娘、瑞鶴との衝突を繰り返した末での和解以降は、他の艦娘にもフランクな一面を見せることがある。
中でも同じ今空母艦娘の瑞鳳は、着任してから色々と世話を焼いてくれた関係上、「加賀先輩」と呼ばれている。
その瑞鳳は配備されていた艦隊が手酷くやられ、瑞鳳も艦上機部隊に多くの損害が出たため、再編中の航空戦隊から外されて暫定的に戦闘機のみを搭載し、防衛艦隊に組み込まれていた。
第三三戦隊の個性豊かな、悪く言えば足並みの揃い具合は分からない艦娘ばかりだ。
そもそも艦隊編成を組みにくい、あるいは配備先が未定の艦娘たちばかりである。
「第三三戦隊の役割は主に強襲偵察だ。敵棲地や泊地の位置を特定し、時には威力偵察も行う」
武本が第三三戦隊の任務を口にした。
敵の欺瞞情報で攻撃が空振りに終わる、逆に隙を突かれて酷い目に遭う、輸送船団が安全海域であるはずの海域に深海棲艦の水上打撃部隊に襲撃される、と最近は深海棲艦がゲリラ戦や情報戦を盛んに駆使し始めているだけに、敵泊地や警戒艦隊として情報を収集の為の強行偵察部隊は、日本艦隊として編成が急務な存在なのだ。
特に日本艦隊では航空偵察などから深海棲艦が最近新型の戦艦を投入した可能性を捉えていた。欧州方面の各艦隊でも目撃情報があり、その為多数の二式大艇からなる長距離偵察機が偵察に出た。
だが航空偵察は未帰還・失敗が多く、発見したとしても持ち帰れる情報が少なかった為、棲鬼クラスの戦艦を超える、と予想されていたがどれほどの戦闘力があるのか、量産されているのか、外洋艦隊に配備されているのかなどの肝心なところが分かっていない。
その新型と初めて交戦したのが大和型戦艦の三女信濃だ。
この時に相手の主砲が五一センチ以上ある可能性を信濃は報告している。
大和型は四六センチ主砲から五一センチ主砲へ装備換装することで、深海棲艦の戦艦ル級改型や後期型などと互角に戦えていたが、新型戦艦は五一センチ主砲を装備した信濃の砲撃でも決定的なダメージを与えられきれず、急遽トラック諸島に展開する航空隊の戦爆連合による航空支援で大損害を出しつつも何とか撃退した。
だが代償として信濃は大破、下半身に深手を負ったため車椅子生活が続いていた。
また夕雲型駆逐艦の玉波が直撃弾三発で艤装が全壊、一発は彼女の心臓を射抜き、戦闘終了後に一緒に戦っていた妙高型重巡艦娘の足柄の応急処置虚しく、彼女の腕の中で息を引き取り、「轟沈・戦死」艦娘者リストに刻まれた(この事もあり足柄は一時期酷いPTSD「心的外傷後ストレス障害」に苦しんだ)。
トラック諸島の近くにはエニウェトク環礁があり、深海棲艦の泊地となっている為、そこに配備されていると考えられ、玉波の弔い合戦として空海の攻略作戦を行ったものの、新型戦艦は確認できず、駆逐艦イ級後期型八隻と泊地施設を破壊するにとどまった。
第三三戦隊は火力、防御力より速度にウェイトを置いた日本艦隊初の強行偵察艦隊だ。もっとも既に北米艦隊ではSAU(索敵攻撃部隊)としていくつかの艦隊が編成されている。
心配顔の陸奥が画面から顔を上げて武本に尋ねた。
「基地防衛艦隊から引き抜いた艦隊で大丈夫ですか? それに艦隊の編成は速力以外に性能のばらつきが大きいですよ」
「そのことは私も気になっていた。日本艦隊本部に聞いても、『問題はない』の一点張り、最高司令部からも同じ返事だ。用兵側の不安要素を考慮しない上の扱いが頭に痛い」
「ま、補給などでは、夕張以外は比較的燃費がいいわね」
やれやれと武本が頭に手を当てる一方、陸奥は艦娘の艤装が消費する燃料の消費量に苦笑を浮かべた。
自身も改二になってから元々悪い資源消費もさらに悪化気味だ。
愛鷹は大型艦の艦娘としては燃費がいい一方で、自作の主機、缶を使っている夕張の燃費の悪さは酷い。
しかし、青葉を含め、夕張、深雪、瑞鳳は実戦経験豊富だ。四人とも面識はあるし、大規模作戦時に艦隊を組んで戦った仲でもある。中でも瑞鳳は既に艤装の大改良が行われて、姉妹艦の祥鳳と共に戦っている。
愛鷹と蒼月は完全に新人(後者の方が武本らとして不安はある)だが、愛鷹はすでに訓練の成績が全てSクラスで少なくとも苦手なものは無いと言える。
この場にいる者の中で武本以外が気にする事として、愛鷹自身のプロフィールは殆どが閲覧不能な事だった。帽子を脱いだ時の写真は全くない。
背丈は一八九センチとかなり背丈が高いのが分かるし、体重、スリーサイズは表記されているが、「機密」扱いの場所がかなり多く、海軍に何時入隊したのかさえ表示されない。
さらに妙なのは血液型が「不明」と書かれているところだ。
家族構成や出自まで「不明」で謎だらけだ。これだけ機密扱いの艦娘は長門らにとっては初めてである。
困惑している長門、陸奥、江良とは違い、武本と愛鷹の方は驚く様子はない。むしろ時々互いに何か含むところのある視線を送るだけだ。
どう思う? と長門と陸奥が顔を見合わせた時、愛鷹が急に激しく咽込み出した。
体を屈めるが相当な苦しみをかみ殺す声を絞り出しながら愛鷹の体がガタガタと震える。
ぎょっとした江良が「大丈夫?」と駆け寄るが、江良に背を向けた愛鷹はスカートのポケットからタブレットケースを出し、数錠だして水なしに呑み込んだ。
急なことで長門らが驚いた視線を愛鷹に向けるが、本人は深呼吸すると体調が元に戻ったようだ。
「愛鷹……?」
控えめに長門が愛鷹を呼ぶ。
「大丈夫です。喘息みたいなものを患っているだけです」
「そ、そうか……」
あれは喘息の症状と言えるのか? と三人が顔を合わせるが武本は気にした様子もなく、「ちゃんと処方された薬がある。君たちが気にする必要は今のところない」と言ったので、提督がそう言うのであれば、と言う事で取り敢えず追及はしなかった。
「では、私は寮に戻ります。失礼します」
敬礼をした愛鷹は武本らの答礼の後、執務室から出ていった。
一応巡洋艦なので愛鷹は巡洋艦の艦娘が寝起きする寮に向かった。
艦娘達の寮は学校で言うと日直に値する寮長が置かれていて、三日ごとに変わる。また艦娘は基本二人か三人部屋が多いが愛鷹の部屋は個室だ。彼女の着任に合わせて特別に増設された部屋ではなく、夕張も個室暮らしである。
同型艦がない艦娘は基本的には、陸奥が部屋の配置調整をしている。
駆逐艦の島風は同型艦がいない為一人部屋だが三体の「連装砲ちゃん」と言う「自我」があるロボットが居るので寂しくはないらしい。
愛鷹が巡洋艦寮の入り口を前にした時、丁度ドアが開き中から少しふらふらした歩き方で川内型の長女川内が出てきた。夜戦好みなので夜行性タイプ気味であり、非番の時は眠そうな顔でフラフラしている。
だが戦闘時はやる気に満ち溢れており、出血がひどい傷を負っても「舐めときゃ治るモノ」と痛みを無視する、痛いと言う感覚を考えない、もしくはマヒしている程だ。
面倒見がよく駆逐艦の姉貴分でもある。
しかし、寝ながら歩いている様な川内は愛鷹に全く気が付かず、これと言って気にはしない愛鷹は川内が閉め忘れたドアから寮へと入った。
掲示板が入り口から入ってすぐのところにある。
奇遇にも第三三戦隊メンバーになる艦娘「夕張」が寮長を担当しているらしい。新任艦娘は寮の部屋に入るには寮長が管理している鍵をもらう必要がある。
夕張の部屋に行くと、何やら妙な臭いがした。
ハンダ付けの匂い……、オイル……。
メカフェチと呼ばれることもある夕張の部屋のドアをノックすると、「はーい」と言う返事が変えてきた。
ドアを開けて出てきた夕張はタンクトップにハーフパンツと言うラフな格好だ。
「初めまして。新着任した超甲型巡洋艦愛鷹です。寮の部屋鍵を頂きたいのですが」
「ああ、あなたが愛鷹さんですね。第三三戦隊の仲間になる夕張です。鍵取ってくるのでちょっと待ってて」
夕張が部屋に戻ってガサゴソ探る音がした。
鍵くらいはきちんと管理しなければ困る、と愛鷹は少し眉間に皺を寄せたが、仕方がないと割り切った。
仲間になるのだから些細なことでぎこちない関係を築くのは拙かった。
部屋の中から鍵の入った箱を抱えて戻って来た夕張は、愛鷹の部屋の鍵を取り出し愛鷹に渡した。
「これが愛鷹さんの部屋鍵です。無くさぬよう、それからこれからよろしくね」
「はい。失礼します」
鍵を受け取った愛鷹は一礼すると荷物を持って、二階の寮への階段を昇って行った。
夕張は自室の部屋のドアを閉めたあと、自作品が転がる一人だけの状態の部屋の中で、「初対面な筈なのに……愛鷹さんから初対面って感じがしないわね……。何か妙ね」と違和感を覚えて、脳裏に浮かぶ愛鷹を思い出して呟いた。
そう言えば、と夕張は愛鷹が制帽を目深にかぶっていて、目つきが解り難かった気がした。パッとした見た目で言うとコートを着ており、中佐の階級章を付けていた。
コートの間から見えた制服は大淀型や明石型のそれとほぼ同じ。ただスカートを長くしたようなロングタイプで、靴は大和型に似ていた。
そしてコート脇からは提督ですら普段身に着けていない長刀。
特徴的な要素を多く持っていながら、愛鷹自身にはどこか人情味が薄く感じられた。
艦娘の性格は同性愛じみたものを見せる姉妹艦がいるし、戦闘時のカシカリ、ギンバエ行為、深海棲艦への何らかの共感、と個性豊かな仲間たちだが、愛鷹は「一匹狼」風でそれを強く望むような感じもしなくはない。
正直なところ、「謎」の一文字だけしか印象がない。
体格はコート越しではあったものの多分、スレンダータイプだと思った。
胸囲は恐らく向こうが上そうだが、もうそんなこと考えたところでどうにもならない。靴のヒールのせいだが結構身長が高そうなのは確かだろう。
「そう言えばどんな艤装を使うんだろ……。工廠にあるかな……」
艤装について興味を持ったのは「エンジニア」(周りからはメカフェチ)としての自分の生れつきのクセだろう。
学生時代は理工系一筋だった程、機械を見ると興味がわいた。
ただ、その前にやっておかないといけない作業があった、と思い直し夕張は修理中の機器の元へと向かった。
既に用意されていた部屋に着替え、目覚まし時計などトランクに入れていた私物を出した愛鷹は、ポケットに入れているあの「タブレットケース」を出してみた。
軽く振ってみる。まだ一杯ある。だが、事前に渡されているのは三ケース。つまり予備は二つだけ。
生きたいと思っても、このタブレットの服用が途絶えたら自分の人生は終わるかもしれなかった。
ランダムに起きるあの発作、耐え難い苦しみ。
それを思うと「この世に生を授かってよかったのか」と時々考えることがあった。
もっとも愛鷹には家族がいない。
ただ家族かと問われると微妙な関係の人間が一人いるが、あんなのを家族と呼ぶのは自分としてとても度し難い。
その「家族と呼び難い」のたどってきた道は、向こうが王道であるならば、こちらは修羅の道だ。
周りから浴びせられる「出来損ない」と呼ばれる回数。
理解者はいても少数派だ。
ただ、まさか武本が司令官を勤めているのは正直に言うと、何かの贖罪か? と首を傾げたくなった。
がらんとした、生活感がゼロに近い愛鷹は、制帽を脱いで、初めて頭に風を通した。
窓から入って来た風が髪の毛の後ろにまとめたポニーテイルをサラッとなびかせた。
いかがでしたでしょうか?
「なかなか面白い」「なるほど」と言う感想は勿論、「文章が読みにくい」「誤字脱字がある」「なにこれ?」と言う評価も遠慮なくお寄せください。今後の執筆の参考・注意点として取り入れていきます。
*文章の一部を訂正しました。失礼しました。
追記:青葉の名誉棄損に相当しかねない設定を削除しました。
※2024年12月に更に加筆修正実施。