艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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水曜日まさかの風邪をひきダウン……。
シリアスもいいですがコミカルと笑いも書きたいですね。



第九話 対面の時

父島が大規模空爆で基地機能を喪失し、死者二八名、重軽者一〇三名と言う知らせが「しれとこ」経由で送られてきた。

独断で引き返した「しれとこ」は負傷者を収容して本土へと航行中だ。

残念なことに、この空爆で基地司令官の鮎島大佐が戦死した。

父島の基地機能喪失は痛手だが、鮎島の戦死はもっと大きい。

司令部への爆撃で建物は全壊、中にいた鮎島を含め九名が死亡、さらに三名が重傷を負ってその後死亡した。

艦娘は全員無事ではあったが、熟練の海軍軍人がまた一人逝ったのは武本にとって非常に残念なことだった。

「しれとこ」は既に父島を発って、第三三戦隊の護衛の下で北上中だ。

一方緊急編成の護衛艦隊は「しれとこ」との合流を目指して急行中で、明日の午後には合流できる予定だ。

武本が送り出したのは戦艦大和、金剛、矢矧、時雨、夕立、涼月、さらに新人の空母伊吹の七人で特別混成護衛艦隊として出撃した。

足の速い水上部隊で編成しており、艦隊の上空には伊吹に搭載されている最新鋭戦闘爆撃機橘花改が担当する。

伊吹は最新鋭のジェット艦上戦闘機運用を最初から考慮した空母娘だ。

背丈より長い飛行甲板を背負っており、アングルドデッキ、量産型カタパルトなどを備えている。

橘花改を三二機、対潜哨戒機として天山艦攻を六機搭載している。

シニカルで毒舌な面はある物の、周りと壁を作ってしまう程ではない。

上手くやってくれるはずだ。

 

 

「タイタン3-1、もっとケツを上げ! 

私の胸の中に飛び込んでくる気? 

そんな速度じゃ抱いて迎えられないからね」

着艦してくる橘花改の着艦誘導を行う伊吹の厳しい声が飛ぶ。

「当て舵、当て舵。

訓練したのもう忘れた? 

それじゃあ、全然だめじゃない」

 

容赦のない言葉が浴びせられる中、彼女の左側にアームで展開される飛行甲板のアングルドデッキに橘花改が着艦した。

機首を上げ、機尾の着艦フックを第三ワイヤーに引っ掛けてタッチダウンすると、再びエンジンをフルスロットルに入れる。

ワイヤーが切れた場合に備えてだが、ワイヤーはしっかりと橘花改を捉えていた。

 

「凄い音ですネ」

金剛が伊吹に着艦する橘花のエンジン音の感想を言うと、「ジェットエンジンですからね。レシプロ機とは比較になりませんよ。燃料の消費は半端な物じゃないですけどね」と薄く笑って答えた。

「これからは、大艦巨砲より私的には航空戦力がモノを言う、と確信しているんですけどねえ。

砲弾より飛行機は遠くまで飛びますから」

「Oh、それはもっともデス……」

「少なくとも、懐に潜り込まれても応戦できるところでは、水上艦の私たちが必要では?」

事務的に言う矢矧の言葉に伊吹はにやっと笑って、「勿論です。空母は所詮洋上の航空戦略投射拠点にしかすぎませんので」と返した。

 

態度は別に大きいわけではないが、物言いはシニカルで毒舌、時々慇懃無礼とも取れる発言、そして自嘲もある伊吹の言葉に、特別混成護衛艦隊の面々は別に怒りは無かったが、馴れ合いはしないと言う態度の伊吹には、やや困惑気味ではあった。

別に伊吹は悪い人間ではない。

壁を作るようなことを言う人物ではない。

橘花改について興味を持った時雨と夕立、涼月には丁寧に解説してくれるし、対潜哨戒はかなり念入りに行ってくれる。

自分が護衛される側であることも充分わきまえているから、航空戦力主義発言はよくする一方で、戦艦の火力や重要さも、よく分かっていた。

中々独特の世界観を持っており、「手柄、大戦果などを上げる事より、全員で生きて帰る事こそが大勝利」「たとえ死ぬことになっても、護るべきもの為に死ぬのなら、艦娘の私として本望」「深海棲艦は、果たして滅するべき存在なのか? 共感しあえるところから、共存の道だって探れるのでは?」「自分たちは、人類が生きて行く上で欠かせない戦争が生んだ人類の突然変異体」と語たる事もあり、彼女の知識量から来る語り方に面白がって寄って来る艦娘は多い。

 

一方で過激な発言もすることがあり、時雨が「艦娘って、伊吹さんにはどんなものですか」と聞くと「艦娘は、深海棲艦が深海棲艦のために作った存在ですよ」と言って時雨のみならず全員を驚かせた(特に夕立のショックが大きかった)。

 

まあ、艦娘と深海棲艦は表裏一体の関係を持ってはいますけどね……特別混成護衛艦隊旗艦の大和は伊吹の発言を聞いた時、胸中でそう思った。

改二になってから大和は日本艦隊のみならず、世界最大級の火力の戦艦艦娘となった。

妹の武蔵の方が早くに改二になったものの、大和も改二へと昇進し、四六センチ主砲三基から五一センチ連装主砲三基となり、一五・五センチ三連装副砲は長一〇センチ連装高角砲となった。

妹の信濃は三連装主砲だが、経験では大和と武蔵が上だ。

戦艦としての強さには誇らしさを持っている。

これまで多くの深海棲艦の主力戦艦部隊を屠って来た「戦艦キラー」だ。

対空戦闘能力も高く、何より撃たれ強い。

日本艦隊の誇りと呼ばれている。

もっとも、今は誇りと呼ばれるのが好きではないのだが。

先輩の長門を超え、積極的運用がなされるようになってからは「ホテル」の揶揄も気にしなくなり、その結果自分に溺れた感のある時があった。

それだけに「未来永劫背負わなければならない罪」、と自ら定める失敗まで犯している。

ただこの大和が語る「罪」について知る艦娘はいない。

武蔵ですら「自信家になって来ていい事だと思っていたら、私が暫く欧州に行っている間に、急に昔の謙虚さが戻ってしまった」と首をひねるばかりだ。

 

因みに武蔵が欧州へ行っていたのは、欧州総軍からの日本艦隊派遣要請に伴い送られた欧州派遣艦隊旗艦を務めたからだ。

その間に大和は改二改修・昇進の為暫く艦隊を留守にしていたから、武蔵が他の艦娘に大和の動向を聞いても、自分が欧州に行っている間大和が改二のために暫く留守にしていたので分からない、としか判明していない。

大和も武蔵から聞かれても、はぐらかしてしまうので結局分からず終いだ。

「改二の為に艦隊を留守にした間に、何かやらかしてしまったのではないか?」と言うのが専らの噂だ(この事に関して、青葉が調査したことがある)。

 

艤装の燃料消費の激しさからの兵站圧迫、四六センチ主砲の機構的複雑さから来る整備性の悪さが祟って、出撃回数が極端に少なかったのが非常にコンプレックスだったものの、MI攻略戦投入後は改となったため燃費がやや向上し、主砲の整備性もよくなった結果FS諸島艦隊決戦、北太平洋深海棲艦空母機動部隊追撃戦、鉄底海峡海戦と主力艦として場数を踏むようになれた。

吹雪と言う親友も出来たし、出撃制限をかけていた一人だったので好きにはなれない存在だった長門とも和解できた。

自信家として、艦隊を率いるリーダーにもなれた。

改二になってからは昔の謙虚な性格に戻ってしまったが、リーダーシップは健在だ。

武蔵とは姉妹であり良きライバル、信濃には良き姉である。

改二になってからは、その大火力を如何なく発揮して多くの敵艦を屠っていく一方で、他の艦娘との交流機会も増えていった。

金剛、矢矧、夕立とはずいぶん付き合いが長い。

時雨と涼月とも、それなりの頻度で艦隊を組んでいるから顔見知りだ。

 

英国帰国子女をよく口にし、片言喋り、英語にも堪能(クイーンズイングリッシュ)、紅茶もたしなむ金剛だが、個性の強い三姉妹の中でも強いリーダーシップを発揮する面倒見の良さも定評だ。

また大和と仲がいい吹雪の先輩として、何かと世話を焼いてくれた存在でもある。

比叡の料理の質向上の立役者でもある。

提督好きの面は提督が交代しても変わらない(ただし過去に人望が無かった提督には全く懐かなかった)。

 

矢矧は新設の第七水雷戦隊に配属された神通の後任として、第二水雷戦隊旗艦を拝命した新鋭の阿賀野型軽巡の三女だ。

オンオフのはっきりとした裏表のない性格で、先輩の川内や神通らからの旗艦の心得や、戦術を生かしつつ彼女なりの考えもひねり出す。

怒らせるとこの上なく恐ろしいが、ノリも結構よく、謙虚さもある優等生タイプだが書類仕事には苦手意識がある。

大和とは、最近仕事付き合いを含めて親交が深くなっている。

 

夕立は吹雪を通じて知り合っている。

語尾にやたら「ぽい」がつくのが特徴だ。

普段はずぼらだが、鉄底海峡海戦では一人で撃沈五隻、共同撃沈七隻、撃破六隻、と言うエース級の活躍をしている。

 

時雨は最近第二水雷戦隊に配属された駆逐艦娘で、夕立と同じ白露型。

非常に物静かで、どこか憂いた様な表情だが責任感は強く、艦隊随伴艦としての経歴も長い。

被弾経験が殆どないまま改二へとなった猛者でもある。

謙虚さがこの艦隊では一番強いが、意外と腹黒さでは群を抜いていると言う噂があり、普段の姿勢とは裏腹に戦闘時は深海棲艦への攻撃に容赦がない。

 

涼月は古風な物言いやお淑やかさ、物静かさが特徴で、同僚の冬月とはとても仲が良い。

趣味が野菜作りであり、カボチャに思い入れがあるようで特に力を入れて育てている。

秋月型にもれず対空戦闘に長けており、また蒼月の姉に当たる涼月は自信が持てない蒼月のフォローもよくしてくれる面倒見の良さもある。

大和とは空母機動部隊護衛艦として一緒に仕事をする間柄だ。

 

戦艦であり、人当たりもよく旗艦として艦隊を率いる事が多いだけに、人脈の広いのが大和の特徴だ。

だから武本も艦隊旗艦を安心して任せられる存在として、この特別混成護衛艦隊旗艦に任命してくれたのかもしれない。

ただ大和としては、今回の任務に少し気後れするものを感じるところもあった。

なにしろ……。

 

「司令部から入電、『しれとこ』は現在最大速度で我々との会合地点を目指している、との事です。

ただし敵偵察機の捕捉は時間の問題である為、一刻も早い合流を急がれたし、です」

基地からの通信を受信した矢矧が告げる。

「それにしても、この速度を維持した場合、帰りの艤装の燃料の余裕が心配です」

そう涼月が言うと、夕立がその通りだとやや不安顔で頷いた。

「補給とか大丈夫っぽい?」

「『しれとこ』で補給は受けられるよ。

大丈夫さ二人とも」

時雨の言葉に、夕立はほっとしたように溜息を吐いた。

「ところで……合流する艦隊に愛鷹なるものがいますけど、誰か知ってますか?」

帰還して来た橘花改四機の収容を終えた伊吹が全員に尋ねる。

 

「私は知りマセンネ」

「ぼくも」

「夕立も」

「私も存じません」

「申し訳ないですが、私も聞いてないですね」

「……」

 

唯一大和だけ、考え事をしているのか答えなかった。

よく人の話を聞いていて聞き逃しをしないのに珍しい、と矢矧が大和に声をかける。

「大和さん、聞いてます?」

「え? ああ、何の話でしたっけ?」

「愛鷹と言う艦娘は聞いたことありますか?」

「あー、うーん……いえ、聞き覚えが無いですね。

どんな人か、ちょっと私も気になりますね」

「そうですか」

「初顔合わせとは楽しみですねえ。

新人ながら、艦隊旗艦を最初から任された艦娘……。

興味がわきます」

そう伊吹は含み笑いをしながら言った。

 

 

骨がかなりの速度で修復され、神経が元通りになっていくにつれて動かせなかった指先がぎこちなくだが動くようになった。

自室のベッドに座って左腕に点滴で投与される修復剤を見ながら、愛鷹は敗北感を噛み締めていた。

「しれとこ」の護衛に就く第三三戦隊で唯一、愛鷹は負傷の影響で艦内での待機を命じられていたが、いつ深海棲艦に発見されるか分からないし父島を更地にした戦力が追撃してきていると言う可能性がある以上、修復剤を投与すれば二時間で治療が終わらせられる愛鷹へ使わない手は無かった。

しかし、修復剤への嫌悪感のある愛鷹は投与を拒んだ。

青葉に任せれば問題は無い、と一度は退ける事は出来たが、結局室井の決定で半ば強制的に投与を受けた。

着任前に投与を受けた経験があるが、投与を受けている時の感覚は不快そのものだ。

まるできちんと治療を受け、時間をかければ何の問題もなく完治できる傷を、早送りの様に高速回復させているかのようだ。

傷を負い、それを癒すのも人生で重要な事の筈だ。

それを人工的に早めるのは、人の生き方への否定(冒涜)と言うのが愛鷹の持論だ。

それだけに投与を受けるのは、持論を引込めて他者の押し付け論を正解と呑み込むと言う愛鷹の敗北だった。

 

父島を出港して、二四時間が過ぎていた。

次席旗艦の青葉の指揮の元、第三三戦隊はアメリカ艦娘と、父島の負傷兵を満載して航行する「しれとこ」の護衛に当たっていた。

室井や甲板士官に食って掛かった他、「しれとこ」を引き返させた一人の深雪には流石に武本も甘くは見てくれず、日本に帰り次第始末書と謹慎三日の処分が待つことになった。

それでも人命を救えるのなら、営倉入りでも始末書一〇枚でも一〇〇枚でも書くと深雪は開き直っており、むしろ負傷兵を満載している「しれとこ」の防衛の事しか考えていなかった。

深雪のとった行動は確かに問題だが、愛鷹には全く間違った行いには見えなかった。

むしろ賞賛すべき行為だと思った。

彼女の人命を重んじるひたすらにまっすぐで一途な気持ち。

濁りの無いその強い意志は、とても素晴らしいものだった。

帰還した後に深雪の査問会が開かれる事にでもなったら、周りがどう言おうと自分は深雪の弁護役を行う気だ。

それが旗艦である自分の務めだと思っていた。

左腕をまた見て指を動かしてみると、さっきとは打って変わって指が自在に動くようになっていた。

傍らのタイマーを見ると、あと数分で投与が終わるのが分かった。

投与が終わったら、ギプスを外しても問題は無い。

時間をかけて治療したかった……そう思いながらも、もう言っても始まらないかと気持ちを切り替えるしかない事を噛み締めた。

 

程なくタイマーが鳴り、投与が終わった。

電子音を上げるタイマーを止めて、ギプスを外すと左腕の骨は元通りになっていた。

制服の袖を戻し、コートを着て医務室へ点滴に使った器具を返却しに部屋を出た。

赤い電灯に照らされた静かな艦内通路を歩く。

時間帯は夜。

点滴の器具を返却したら、部屋で少し寝ようかなと思いながらラッタルを降りる。

医務室に近づくと、ツンと鼻を突く血の匂いがしてきた。

収容した負傷者を治療した時の臭いが、まだ残っているようだ。

血の臭いは、いつ嗅いでも気分が悪い。

耐え難い吐き気を堪えながら、医務室のドアを開けて点滴器具を返却すると、逃げるように自室に戻った。

ベッドに座ってタブレットと共に水を飲むとコートを脱ぎ、制服の上着、靴、制帽を脱ぎ、ネクタイを外すと、ベッドに横になり毛布を被った。

そう簡単には寝付けなかったが、目を閉じて横になるだけでも違うものだ。

迎えの護衛艦隊のメンバー、そう言えば聞いていないな、そう思ったが今は寝ようと愛鷹は気にしない事にして頭の中を空っぽにした。

葉巻が吸いたい……そう思った後、彼女は眠りに落ちた。

 

 

夜間となると航空機が使えない為、瑞鳳は「しれとこ」に上がり、第三三戦隊は青葉、夕張、深雪、蒼月が護衛についていた。

警戒の為、全員対水上電探を使って目視では確認できない暗闇の中の護衛を続けた。

今のところ全員の電探にも、ソナーにも、反応は一切ない。

静かなもんだなあ、と深雪は思いながら担当している「しれとこ」の右艦尾側の周囲を見る。

父島を離れると雲の量が増えて来たので月灯りがやや悪い。

「夜目での監視警戒には、確かにヤバいな」

そう呟きながら別の方を見る。

「しれとこ」の左艦尾側には蒼月、左艦首側には青葉、右艦首側には夕張が展開している。

何かを発見したら、すぐに発見の報を入れることになっていた。

「しれとこ」自体も対水上レーダーを起動させて監視している。

夜間で夜目を聞かせにくい暗さ。

それに護衛に当たる自分たちは四人。

一瞬の気も抜けない。

 

その時、一瞬深雪の目に何かが映った。

「ん、なんだ?」

見えた方を注視するが暗くてよく見えない。

月灯りが悪くなっている。

電探の表示機を見たが、何の反応もない。

時々少しだけ月灯りで光る海面を何かと誤認したのだろうか。

そうは思えない気がしたが、何も起きない。

 

「やっぱり気のせいかな」

溜息を吐いて警戒を解く。

日本に帰ったらめちゃくちゃ怒られるのかあ、ふと帰った時に待っている自分の未来を思って苦笑が漏れた。

まあ、しょうがないよな。

室井艦長に噛みついちまったんだし……。

啖呵切っちゃったけど、反省文何枚書かされるんだか。

書類仕事はあまり好きではないが、さぼる訳にはいかない。

武本は温厚な人柄だが、甘やかし屋という訳でない。

 

反省文はこれで何回目だっけ……。

 

ふと、そう思った時、後方から砲声が聞こえた。

「はッ⁉ 深雪から全艦に通知、砲声が聞こえた。

背後からだ」

(こちらでも確認しました。

しかし、電探には映っていませんねえ……)

(雷の音じゃないの?)

「私も聞こえました。

でも電探には映っていない……」

「電探に映ってもないのに砲声って、どういうこっちゃ。

いや……」

 

はっ、と深雪は気が付いた。

さっきの「なにか」は、もしかしたらあの砲声と関係がある物じゃ……。

しかしどんな関係があるだろうか。

その時蒼月が空を指して叫んだ。

「赤い、何かがこっちに……」

「へ?」

深雪もその方を見た。

一二個の真っ赤な、巨大な何かがこちらに向かって来る。

大きい、とても大きい。

まるで大気との摩擦で赤くなる隕石の様に光りながら、こちらへと飛んでくる。

しかし隕石があれだけ綺麗に、それも一二個もまとまって落ちてくるだろうか。

ありえない。

あれは敵弾だ、敵襲だ。

 

「敵襲、敵襲、砲弾一二発が降って来るぞ!」

深雪が叫び声を上げた時、新幹線の電車が頭上を走っていくかの様な轟音が頭上から大きく迫って来た。

 

「着弾する、衝撃に備えろ!」

 

ヘッドセットに向かって喚いた時、「しれとこ」の周囲に摩天楼の様な水柱が一二本つきあがった。

津波を思わせる大波が、第三三戦隊と「しれとこ」を揺らした。

(敵襲、総員戦闘配置、総員戦闘配置。

各員戦闘部署につけ!)

警報音が「しれとこ」から鳴り響き、スピーカーから戦闘配置を命じるアナウンスが流された。

戦闘配置と言っても、「しれとこ」の武装は近接防御火器(CIWS)二基と三〇ミリ機関砲が二基、一二七ミリ単装砲が一基しかない。

それに水上艦艇の武装では、的が小さく、動きが速い上に自動照準も合わせられない深海棲艦に対抗するのが困難だ。

護衛についている第三三戦隊だけが頼りだった。

 

「敵の姿が確認できません。

なのに、どうやってこれほど精密な砲撃を⁉」

驚愕する蒼月が言った時、深雪は「スポッターだ」、と返し持ち場を離れるとさっき「なにか」が見えた所へと走った。

「青葉、近くに潜水艦がいる。

奴があたしらのいる場所を背後の仲間に告げ口しているんだ」

(座標を送ってアウトレンジ射撃という訳ですか。

しかし、あてはあるのですか?)

「なかったら持ち場を離れねえよ。

すぐ戻る」

 

通信を切ってから、青葉まで愛鷹みたいになってないか? と思った。

ソナーをアクティブモードにして、爆雷を構えた。

「敵はどこだ?」

ピンガーを打つと一隻いた。

海面付近の潜望鏡深度。

いやさらに五つ。

これは潜水艦ではない。

「駆逐艦だと⁉」

深海棲艦の駆逐艦は航行中の動きが魚そのものなので、電探よりソナーでのほうが探しやすい場合があった。

これほど近くに潜水艦がいたとは。

「ちっくしょう、めんどくせえなあ」

悪態をつきながら深雪はピンガーの反応から敵潜水艦の位置を予測し、爆雷を放り込んだ。

何個か放り込んだ時、駆逐艦五隻が浮上して深雪に向かってきた。

「ええい、この忙し時に」

連装砲を構えて、駆逐艦に牽制射撃を行う。

その間にも爆雷を投射すると、手応えがあった。

暗がりにつきあがる水柱の中に艤装らしきものがちらりと見えた。

長居は無用、と最大戦速で離脱を図るが、駆逐艦五隻が追撃してくる。

舌打ちして駆逐艦の方を見た時、発砲炎が五つ暗い海に瞬いたかと思うと、深雪の周囲に水柱が次々につきあがる。

「おいおい一対五だぞ、卑怯じゃんか」

そう言いつつ主砲を速射して応戦する。

何回か砲撃を繰り返し、一隻に直撃弾を与える。

しかしこちらが一回砲撃を行えば、向こうからは五倍の砲撃が来る。

(深雪さん、交戦をやめて離れてください)

「ダメだ完全に捕捉されちまっている。

深雪さまが撃たれる一手たあなあ」

そう青葉に返しながら深雪は主砲を撃つ一方で、二基の魚雷発射管の射撃準備に入った。

 

(方位一-三-四、距離九〇〇、敵針三-一-四、敵速三〇ノット、射角六〇度、発射管一番二番、発射雷数六、全弾発射だ)

 

「雷撃戦、魚雷攻撃はじめ。

一番二番、てぇーっ!」

圧搾空気で、六発の魚雷が深雪の両腿に装着されている三連装魚雷発射管から発射される。

六発の魚雷は着水し、海中内に入ると問題なく起動し航走し始める。

「魚雷六発、馳走音確認異常なし。

あったれい!」

そう言った時、敵の砲撃がかなり近くに落ちたので、深雪は慌てて進路を変えて離脱した。

が、一〇メートルも行かない内に二発の直撃を受けてしまった。

一発は魚雷を打ち尽くしていた左の魚雷発射管を吹き飛ばし、一発は背負っている艤装の右側を直撃した。

魚雷発射管が吹き飛び、背中の艤装への被弾の衝撃で転びそうになった。

 

「やられた! 

失敗したぜチクショウ!」

破壊された発射管が魚雷を打ち尽くしていたのは幸いだった。

火災が起きていたが、自動消火装置が生きており、火はすぐに消えた。

しかし艤装は当たり所が悪かったのか速度が落ちてきている。

こちらも火災が起きているが、火が消えない。

「やべ! 

右側ってことは、右の機関部の何かがイカれちまったのかよ!? 

早く火を消してくれよ、かちかち山だ」

機関部自体が破壊されたわけではないが、速度が出ない。

艤装からは警報音が響いている。

さらに一発が煙突に直撃し上半分が鉄屑になる。

防護機能のお陰で、深雪に致命傷は無かった。

「ヤバいヤバいヤバいヤバい! 

こちら深雪、機関部損傷、速度が出ない!」

その時、背後で爆発音が三回轟いた。

振り返ると、駆逐艦三隻が爆発炎上して沈んでいくのが見えた。

魚雷が命中したようだ。

残る二隻は追撃せず離脱していく。

「よっしゃーッ! 

三隻やったぜ」

ガッツポーズをとる深雪だが、ふとある事に気が付いた。

無線が静かすぎる。

そう言えばと背中を見た深雪は、煙突が上半分無くなるだけでなく、通信アンテナまで無くなっているのを見てぎょっとした。

ヘッドセットでの通信範囲は広くないから、艦娘には長距離通信に使うアンテナがある。

それが跡形も無くなっている。

そして誰も通信に出ないと言う事は、深雪は第三三戦隊と「しれとこ」とはぐれてしまったのだ。

 

広大な夜の太平洋に独りぼっちだ。

通信アンテナが破壊されているから、救難信号も出せない。

取り敢えずまずは火を消すことから対応を始める。

幸い、敵の姿は見えないから消火活動に専念できそうだ。

艤装を外し、小型消火器で火災を消火する。

深雪程度の駆逐艦の艤装なら、まだ持ち上げたりすることは出来るから、外してもまた自力で装着可能だ。

 

消火器の消火剤を丸々使って火を鎮火させると、応急修理キットと予備部品で通信アンテナの代わりに、最大半径五〇キロまではカバーできる応急アンテナを組み立てる作業に取り掛かる。

艦娘の艤装の応急修理の実技内容でも、通信手段の復旧作業は非常に重要だ。

通信不能では救助も増援も呼ぶことが出来ない。

教本と睨めっこした昔を時々思い出しながら、口元に加えるペンライトで手元を明るくして応急アンテナをこしらえた。

「頼むぞ」

バイパスした回路を繋いで、無線のスイッチを入れた。

 

「こちら深雪、こちら深雪。

第三三戦隊、『しれとこ』応答願う。

聞こえるかい?」

 

静かなノイズしか聞こえない。

酷いノイズが出ないのが妙だ。

もう一回試した時深雪は溜息を吐いた。

艤装の発電機が損傷していて、充分な電力が出ていない。

予備バッテリーに接続して、先ほどの通信文をもう一度吹き込んだ。

応答がない。

周波帯を切り替えて試す。

 

「頼むよ、独りぼっちは勘弁してくれって……」

じわりじわりと湧いて来る孤独感と恐怖から逃れたい気分で、深雪は無線機と格闘する。

腕時計を見て、自分が「しれとこ」から離れて早くも三〇分が過ぎた事に気が付く。

思い出せば砲声があれっきり聞こえない。

何回だったかは全く覚えていないが、五回も行われていない気がする。

だが今は自分の身を何とかしないといけない。

太平洋で今、深雪は独りぼっちだ。

何度か試した後、ようやく愛鷹の声が雑音交じりに聞こえてきた。

 

(こ……す。

みゆ……ちをお……い、オクレ)

「こちら深雪、愛鷹か? 

あたしだ。

機関部と通信アンテナがイカれた。

どこに行って合流する?」

(……く、き……いです……もうい……そう……ん……ます、オク……)

「もしもし? 

くそ、ボロ無線機め、もしもーし、聞こえますかー?」

(げんざ……で……じゃみ……? 

なら……ゆきさ……しんごう……あか……くりかえ……れっど……)

「くそ。

なんていってんのか聞き取れない。

待てよ……」

 

確か通信では、「しんごう」、「あか」と言っていた。

応急キットの中には、救援要請用の赤い信号弾と拳銃型発射機がある。

これを撃って、位置を教えろと言うのか?

はっきり聞き取れたわけではないから、「信号弾を撃て」と言われたわけではないし、これを撃てば敵に見つかるかもしれない。

まともに動けない状態の深雪は、格好のカモの状態だった。

しかし藁にも縋る思いで、深雪は赤い信号弾を装填すると発射機を頭上に向け、引き金を引いた。

 

上空で輝く赤い信号弾を見つめていると、左手に白い光が複数回瞬き、それと共に汽笛が聞こえた。

深雪も艤装についている探照灯で応答する。

捜索に来たのは愛鷹だった。

単身捜索に来てくれたようだ。

 

「大丈夫ですか、深雪さん⁉」

「おっせーよ、待ちくたびれたぜ」

よっこらしょと立ち上がり、損傷している艤装をまた装備した。

艤装の装備ベルトを締めると、礼を言おうと思ったが、愛鷹が自分に抱き着いてきたので深雪はそのタイミングを逃した。

しっかりと自分を抱きしめて来る愛鷹は、「よかった、生きていてくれて……」と声を震わせて何回も言っていた。

戸惑いながら大きな体に抱かれている深雪は、ふと愛鷹が泣いている様な気がした。

 

あたしの為にこう泣いてくれた奴、誤射したのを謝ってくれた電以来いなかったなあ……。

 

自分の独断専行と愛鷹への申し訳なさが沸いてきた深雪は、そっと抱き返して、自分の非を詫びた。

「ごめん、愛鷹。

あたしが勝手に動いて……」

「……いえ……」

「泣くなよ。

この深雪様は大丈夫だから」

そう言って深雪は、長いポニーテイルで見えない愛鷹の顔に向けて静かに言った。

「帰ろうぜ、『しれとこ』に。

みんなのところにさ」

 

 

行方不明になった深雪が愛鷹に回収されて、「しれとこ」に戻ったと言う報告が特別混成護衛艦隊にも入れられた。

 

「もう、深雪も無茶スルネー」

溜息を吐きながら、金剛が胸をなでおろす。

時雨は安堵の息を吐いて、深雪の行動を讃えていた。

「深雪は本当に勇敢だな。

凄いよ」

「凄いですけど、独断専行のきらいがありますよ。

仲間を救えても、自分が死んでしまうのでは意味がありません。

でも……よくやりましたよ」

やれやれと言う風に、矢矧は危険だと指摘しつつも素直に褒めていた。

 

特型と言う旧式艦となりつつあり、改止まりの深雪だが、行動力と経験はやはり驚嘆するところがあった。

「深雪も凄いけど、敵さんも凄いですねえ」

伊吹の言葉に、確かにと大和は頷いた。

ここまで執念深く追撃してくることは、恐らく過去に例はなかったはずだ。

一体なぜ、そこまでにして追いかけてくるのか。

第九二・五任務部隊だろうか、それとも「彼女」だろうか?

どちらとも取れなくはない。

だが今はそれよりも合流を急ぐべきだろう。

報告からして、おそらく「しれとこ」を追っているのは敵の巨大艦。

異常なまでに速度が速い超弩級戦艦だ。

第三三戦隊の火力では、到底太刀打ちできるとは思えない。

自分の火力でも対抗しきれるか不安が残るが、おそらく効果があるかもしれない攻撃が出来るのは自分だろう。

弱気になってはだめだ。

 

「計算しましたが、やはり『しれとこ』との会合は明日の〇七:三〇ごろになると思います。

これ以上急ぐと、私たちの艤装の燃料が持ちません」

海図を広げる夕立と航路計算をしていた涼月が告げた。

「了解しました」

大和は頷いて腕時計を見た。

あと八時間後。

これ以上は速くすることは出来ない。

それまでに何も起きなければいいけど……。

 

 

「こぉんの馬鹿ぁ! 

どーしてくれんのよ、これ⁉」

ウェルドックで夕張の怒声が深雪に叩きつけられる。

怒り狂う夕張の理由は、壊れた深雪の艤装だ。

「ご、ごめん……」

「ゴメンどころじゃないわよ! 

この忙しいときに艤装壊して、もう」

悪態を吐きながらも、夕張は工具を手に艤装の修理に取り掛かる。

当然ながら深雪も一緒に修理作業を行う。

オレンジのつなぎ姿に着替えた夕張は、ウェルドックの仮設工場で深雪の艤装の修理に取り掛かった。

 

「危うく右の機関部が丸ごと駄目になる所だったわよ、タービンの歯車が全部だめになっちゃっている。

見てよ真っ黒こげじゃないこれ。

壊れた部品の総とっかえだけでも、二時間もかかるわよ。

発電機もご臨終、通信システムに至っちゃ話にもならない。

あんた、これいったい幾らする装備品か、分かってんの!?」

「うぐぐ……。始末書ものだなあ」

「あんた自分が艦娘であることに感謝しなさいよ、普通の軍人なら査問会モノなんだからね。

結果的になんとなったとは言え、独断専行で危うく迷子になって死ぬとこだったのよ。

愛鷹さんに感謝しなさい。

彼女、あんたが行方不明と聞くなり大慌てで飛び出していったんだからね」

「あいつらしい」

「ホントね。

ほら、そのマイナスドライバー」

突き出された夕張の手にドライバーを渡す。

 

「それにしても、はやいよな。敵」

「なにが?」

「追撃してくる速さだよ。

潜水艦に見つかったのはまだしも、父島を出て大分経つわけじゃん。

アウトレンジ射撃をするにしろ、もうここまで追いつくのは速すぎる気がするんだよ」

「なーんか、聞くとこによると私たちが追っかけてた巨大艦。

物凄く速度が出るんだって。

足自慢のユリシーズが最大速力で追っても、余裕で振り切ったくらいだから」

「島風並みの速度が出るんだっけ、あいつ。

それを振り切るたあ、恐ろしいやつだなあ。

ん、てことは……」

「愛鷹さんがそう言ってたのを言っただけ」

「なんだ」

 

だがもし追手が巨大艦なら、一度こちらを取り逃がしても見つければまた襲ってくるだろう。

なぜここまでしつこく付け狙うのかは分からないが、大きな脅威が自分たちを追っている事は確かだ。

深雪さまが逃げの一手たあなあ……。

悔しい気持ちを噛み締めながら修理作業を手伝う。

今第三三戦隊は夕張が深雪の艤装の修理に駆り出されているから、「しれとこ」の護衛についているのは愛鷹、青葉、蒼月の三人のみ。

少しでも早く修理を終えて、夕張と深雪も戦列に戻る必要があった。

 

その後、夕張に散々愚痴やら悪態を吐かれた深雪だったが、共同で修理作業を行った結果、発射管一基は完全にお釈迦になったものの「しれとこ」の工作室で部品をプリントして急造ながら発射管を組み立て、同じく作成した部品で破損したタービンや発電機、通信機器を復元し修理は終わった。

さっそく、動作確認を行う。

「プリンターで直接プリントした部品で組み上げた急造品で慣れないだろうから、重量配分には少し気を払うべきね。

気になったら、自分でスタビライザーを調整して」

「おう、サンキューな夕張」

「二度と壊すんじゃないわよ?」

「そりゃあ、敵さんに言ってくれ」

にやっと笑って懲りていないような発言をした深雪に、夕張はヘッドロックを決めた。

 

 

殿を務めている蒼月にとって、夜の海を周りに誰もいない状態で航行するのは恐ろしかった。

昼間の戦闘では勇気を出して戦えたが、周りが良く見えない夜の海を事実上一人で航行しているような今、暗闇への恐怖と同時に、もし後ろから撃たれたら自分は援護を充分に受けることが出来ないまま撃沈されるのではないか、と言う恐怖が蒼月の心に強いプレッシャーを与えていた。

肩の力を抜こうと心がけるが、やはり極度の緊張と恐怖心が心を揺さぶり続ける。

独りぼっちは怖い、そう思った時に愛鷹が陣形転換を命じて来た。

前衛を青葉と蒼月に任せて、愛鷹が後衛にまわると言う物だった。

お言葉に甘える形で蒼月は青葉と共に前衛を務め、愛鷹が後衛についた。

艦首側では左舷側に青葉がすでに展開していた。

「蒼月さんは右側をお願いしますね。

青葉は左舷を担当します」

「了解です」

二人が「しれとこ」の前衛配置についた時に、後衛にまわった愛鷹からも配置よし、の報が入る。

「一人で寂しかったですか?」

青葉の問いに、蒼月は少し恥ずかしさで「はい」と小さく答えた。

それを見て青葉はクスクスと笑っていた。

「大丈夫ですよ、お化けなんて出ませんから。

まあ慣れない夜の海は、青葉も怖かったですけどね」

「青葉さんも、やっぱり怖いんですか?」

「誰でも初めは怖い物って何かしらありますよ。

『ソロモンの狼』などと呼ばれても慣れない南方の海とか、北の海とか初めての場所は怖かったです」

「……青葉さん」

「なんですか?」

一瞬、蒼月は聞いていい事か迷ったが先輩である青葉はついこの間経験している事であり、自分が恐れる事の中でも一番恐怖を感じている事の一つを訪ねてみた。

 

「撃たれるって、やっぱり痛いですか?」

「……まあ、痛いですね」

少し間をおいて、顔に少し翳りを見せながら返してきた青葉に、蒼月はやはり聞くべきではなかったかな、とやってしまった感を感じた。

 

この間に限らず青葉は様々な戦場で戦い、時に被弾して負傷している。

特に青葉にとってトラウマレベルなのは「重傷を負った青葉を庇った古鷹が、左眼を失った戦い」なのは、艦娘同士でも触れてはいけない事である。

今では想像が付けにくいが、あの後青葉は半年近く立ち直れなかった。

重度のPTSDに苦しみ、介抱してくれた衣笠の事すら拒絶し、自殺を試みたこともある。

蒼月も乗っていた船を沈められて両親を目の前で失い、祖父母に引き取られて一年半程は抜け殻化していた。

祖父母や友人たちのお陰で回復した後、自分のような境遇の人を出さないと意を決し、救助してくれた護衛艦の元乗員だった将官の紹介で艦娘になった。

 

「でも痛いのは辛いですけど……やっぱり、生きているという実感を与えてくれるので、あながち悪いことだらけ、でもないですよ」

「生きていると言う実感……」

「ええ。

死んでしまったら、痛いかどうかなんて分からないと思いますよ。

少なくとも、青葉と六戦隊のみんなではそう思ってます」

青葉が六戦隊と口にしたことで、同僚の古鷹を連想しそうな気がした蒼月は「そうですか」と区切った。

確かに乗っている船を沈められたとき、自分もどこから怪我をして、痛いと泣いた覚えがある。

自分を生んだ母は、産声を上げる自分を生んだ時の痛みと戦いながら聞いたのだろう。

痛みが生きている実感なら、母はその痛みの中、自分の産声が聞けたことが元気な娘を産み、自分も生きていることを無上の喜びと共に感じたのだろう。

 

「でも撃たれることでなくても、転んだり、指を切った時の痛みも、被弾した時の怪我の痛みに比べれば小さくても、生きている実感の証には変わりないはずです」

「そうですね」

(でも、心の痛みが生きていると言う実感には、私には不要にしか思えませんけどね)

不意に愛鷹の声がヘッドセットから聞こえてきた。

二人の会話をヘッドセットの回線越しに聞いていたらしい。

聞いていたの? と蒼月が少し恥ずかしさを感じていると、青葉が苦笑交じりに愛鷹に応えた。

「なんだあ、盗み聞きしていたんですか愛鷹さん? 

上官と言っても……」

(無駄口を叩いている暇があったら、仕事をしていて下さい)

冷たくぴしゃりと叩く様に愛鷹は言って、通話を切った。

お仕事していましょう、とおどけた形で青葉は肩をすくめた。

 

 

それから一時間ほどして「しれとこ」はいったん停船すると、ウェルドックハッチを開けて深雪と夕張を出撃させ、明け方には瑞鳳も出撃し、第三三戦隊全員が久しぶりに揃って出撃した。

夜明けとともに瑞鳳はAEW機を放ち、「しれとこ」上空で警戒飛行に当たらせた。

対潜哨戒機も発艦した頃には辺りは明るくなっていたが、それでもまだ午前六時半を過ぎた頃だった。

「しれとこ」の前を瑞鳳、その左右を深雪と蒼月、前方を青葉、夕張、後衛を愛鷹が引き続き受け持つ陣形で、「しれとこ」の護衛についた。

これと言って何事もなく七時が過ぎようとしていた頃になって、急に愛鷹は胸騒ぎがし始めた。

とてもいい兆候とは思えない。

嫌な予感がする。

しかし青葉や夕張達は気が付いていないのか、何も言わずに警戒中だ。

自分が神経をとがらせすぎているだけだろうかと思った時だった。

 

「スカイキーパーから緊急入電、方位〇-九-〇から所属不明の艦隊が急速に近づく。

数は一二、いや、待って……対潜哨戒機ブルーハウンド2-1が、その前方に敵駆逐艦六隻を探知!」

予感が的中した、東から一二隻の艦隊と言っても護衛艦隊は六隻だ。

数が合わないし、そもそも方位が違う。

数の差があるが、ここは自分たちの練度で護衛艦隊との合流まで凌ぐしかない。

「旗艦愛鷹より第三三戦隊各員へ。

所属不明艦隊は敵と認識して下さい。

駆逐艦を含め戦力差は三対一。

こちらが不利ですが、皆さんの力ならこの差をモノとせず、護衛艦隊との合流まで凌ぐことは出来ると信じます。

訓練の成果を思い出して、冷静沈着に、全員で生きて帰る事を目標に行きます。

 

対水上戦闘用意、合戦準備配置。

砲戦、雷撃戦に備え! 

艦隊増速、黒一杯、最大戦速!」

「了解」

 

第三三戦隊は瑞鳳を「しれとこ」防衛に残して東に転身すると、敵艦隊迎撃に出た。

愛鷹を先頭に青葉、夕張、深雪、蒼月の順の単従陣へと陣形を組み替える。

「スカイキーパー、こちら愛鷹。敵艦隊構成艦は?」

(駆逐艦イ級後期型六、重巡ネ級改四、軽巡ツ級三、戦艦ル級及びタ級各二、巨大不明艦一を認む。

なお識別可能艦はいずれもflagshipクラス)

「なんですって⁉」

巨大不明艦、自分達が追っていた深海棲艦の事に間違いない。

さらに護衛及び随伴艦艇はすべてflagshipクラス。

脅威の度合いは只者ではない。

「第三三戦隊各員へ、イ級後期型六、ネ級改四、軽巡ツ級三、戦艦ル級及びタ級各二、全艦flagshipです。

さらに例の巨大不明艦一隻も来ています」

「うっそだろぉ!? 

すげえのが来ちゃったな」

「全艦がflagshipなんですか⁉」

「三対一の数の差……数の暴力よ」

「対抗しきれんの、みんなで!?」

「やるしかないですよ、皆さん! 

全員で帰るんですよ!」

狼狽える一同に、青葉が活を入れた。

そこのところはやはり頼もしいです、と愛鷹は思いながら「スカイキーパー、高度を取りツ級からの対空射撃に注意しつつ、敵位置をこちらへ通知してください」と告げる。

(了解、グッドラック)

 

スカイキーパーとの通信を閉じると、愛鷹は主砲に一式徹甲弾改二を装填した。

装薬は高初速を生み出す爆圧の大きい強装薬。

五〇口径三一センチ砲から撃ち出されるこの砲弾ならル級、タ級は簡単ではないが出来なくはない。

ただしそれはflagshipではなく、eliteクラスにまでは有効と言う、あくまでも「試算」によるものでしかない。

実際にどこまで通用するのか、愛鷹自身も知らなかった。

青葉は第一、第二主砲を載せた艤装を肩に担ぎグリップを展開してスタンバイ、夕張は連装、単装主砲を装備した艤装のグリップの安全装置を解除、深雪は連装主砲のコッキングレバーを引き、蒼月は長一〇センチ主砲のチャージハンドルを引いた。

 

(敵艦隊、間もなく視認距離に入る。

複縦陣にて急速接近中。

そちらとは現針路を維持した場合、反航戦になる)

「了解……射程内に入り次第、左に転舵して丁字戦にもつれ込めれば……」

と水平戦場に何かが光った。

小型双眼鏡で見ると、前方展開のネ級改四隻が見えた。

すぐに後続艦も見える。

「来ました。

各員合図したら取り舵九〇度、新針路三-六-〇に変針します。

砲戦用意、私と青葉さんで戦艦と重巡、夕張さん、深雪さん、蒼月さんは軽巡と駆逐艦をお願いします」

「了解」

 

発砲は深海棲艦艦隊が早かった。

イニシアティブを握るつもりか命中率の低い距離だったが、飛来する砲弾の数はかなりの量だ。

まだ距離を詰める。

砲声が大きくなり、飛来する砲弾の弾着範囲が狭まる。

タイミングを誤ると転舵した瞬間に直撃を受けかねない。

敵はこちらが近接反航戦を挑むと踏んでいるのだろうか、速度を落とさずに向かって来る。

撃って来ないのは、必中を期していると思っているのか。

そうは行かせない、と愛鷹はタイミングを待った。

敵艦隊の砲撃の精度がさらに増し、水柱が五人を隠しそうなほど落ちた時愛鷹は転舵を命じた。

 

「取り舵一杯! 

新針路三-六-〇、ヨーソロー!」

愛鷹を先頭に五人は左へと転舵、一糸乱れない単縦陣が深海棲艦の前に立ちはだかった。

素早く五人は各個に狙いを定めた目標に砲門を指向した。

敵から一瞬動揺の色が感じられた。

「全艦主砲砲撃はじめ。

撃ちー方始め、てぇーっ!」

 

愛鷹の号令一下、全員の主砲が一斉に火を噴いた。

一瞬にしてタ級、ネ級、ツ級、イ級二隻の計五隻が被弾する。

比較的戦艦では防御力が弱めのタ級に、愛鷹から放たれた八発の一式徹甲弾改二が撃ち込まれた。

重要装甲区画(バイタルパート)への直撃は致命打にはならなかったが無傷ではなく、衝撃で姿勢が大きく崩れた。

青葉の放った六発の二〇・三センチ砲弾はネ級改を捉え、主砲塔一基を破壊し本体にも直撃を与え大破させた。

正確な射撃で戦闘能力を大きく削がれたネ級改が隊列から落伍する。

夕張の射撃はツ級の本体に集中して浴びせられた。

集中的に艤装ではなく本体を撃たれたツ級は、一瞬で撃破されて戦闘、航行不能となった。

深雪の射撃でイ級が大爆発を起こし、炎上して速度を落とし始め後続の駆逐艦の隊列を崩す。

長一〇センチ砲の速射でイ級一隻を蒼月は瞬時に撃破、轟沈させた。

いきなり四隻が撃破、一隻も小破無いし中破した深海棲艦艦隊だったが、即座に物量にかませての反撃に出た。

各艦が随時目標を定めて砲撃する。

距離が近いから当てやすい。

当然第三三戦隊の五人は当たるまいと回避行動を取り、敵弾をかわした。

次弾装填した五人は再び砲撃を行う。

隊列を組んでいられるうちに、一隻でも削る必要があった。

再度八発の三一センチ砲弾を撃たれたタ級が悲鳴を上げて黒煙を上げる。

だがやはり致命的なダメージは与えられない。

第二射を放った青葉の攻撃で、ネ級改の二番艦の右側の主砲が爆炎と共に破壊され、砲身三本が吹き飛び何かのパーツが飛び散る。

夕張の主砲砲撃はもう一隻のツ級の左側の武装を完全破壊し、右側の武装のいくつかも無力化する。

自分に主砲の速射を行う駆逐艦を、深雪は速射で応射して二斉射で駆逐艦を沈黙させた。

大破炎上する駆逐艦が海上を漂流する。

蒼月の苛烈な砲撃の雨は、イ級をなすすべもなく一方的に破壊して海の藻屑に変えた。

 

そこまでが第三三戦隊の優勢となった。

深海棲艦艦隊の砲撃で更なる回避機動を余儀なくされた五人の砲撃は、愛鷹が再びタ級に八発を当てて戦闘能力をなくす以外は至近弾にとどまった。

逆に先手を打たれた深海棲艦艦隊の猛砲撃が第三三戦隊の五人に浴びせられる。

必死の回避機動で、四人は被弾をギリギリで免れる。

だが一人は回避しきれず被弾した。

 

愛鷹だった。

重巡、戦艦からの猛砲撃が彼女を包み込む。

ネ級からの砲撃のいくつかが防護機能や主砲の装甲に当たって弾かれる。

さらに第三主砲を艤装のアームで構える事で左手をフリーにし、その手に握らせた刀が残りの砲弾を次々に切り裂き、はじき返す。

援護しようと青葉がネ級改に主砲を向けるが、タ級がそれを阻むように砲撃を行い、ネ級改一隻もそれに加勢した。

タ級には自身の主砲では喧嘩にならないのでネ級改を撃つが、直撃させてもネ級改が持ちこたえた。

「火力が……火力がやっぱり足りないのかな……」

自分はやや古い重巡、相手は深海棲艦の最新鋭重巡。性能差はやはりあるのか。

仲間の被弾に怯むことなく、残りのツ級が夕張に主砲による猛砲撃を加え、深雪と蒼月もすばしっこく動いたり潜航したりするイ級とネ級改の三隻と撃ち合いになった。

ル級二隻と、中破しているタ級の三隻と愛鷹は砲撃戦となった。

戦艦にはない機動性で砲撃をかわし続ける。

直撃と見た敵主砲弾を刀で切り飛ばしていくが、次第に砲撃の密度が高まると愛鷹に焦りも出る。

こちらの全力射撃でタ級は損傷こそしてはいるが、決定的ダメージを受けていない為、立て直して撃ち返してくる。

ル級はタ級より防御力が高めだから、射撃するだけほぼ無駄だ。

 

「くそ、やっぱ戦力差がデカいかな。

それとも本気で向こうが怒ってんのか?」

「相手に聞いてね!」

深雪の言葉に夕張が怒鳴るように返した。

流石にここまでくると、深海棲艦艦隊も持ちこたえはじめ、直撃弾が出てもどうにか持ちこたえて撃ち返し始めた。

回避力も上げて被弾を逃れようと動き回る。

敵巨大艦は撃って来ない。

敵味方が入り乱れ駆ける砲戦だから、同士討ちを避けるためなのだろう。

つまり敵と距離を詰めた状態を維持すれば、敵は撃って来ないかもしれない。

 

「しつこいんだよ! 

こちら深雪、イ級一隻は始末したけど、もう一隻とネ級改がしぶとい。

魚雷攻撃で黙らせる!」

そう通知した深雪は即座にイ級とネ級改への諸元を計算し狙いを定めると、「魚雷攻撃はじめ、てぇーっ!」と喚いて魚雷三発を発射した。

イ級が魚雷の直撃で爆沈するが、ネ級改は砲撃をやめて回避した。

砲撃を中断し回避機動をとるネ級改に対し、蒼月が砲撃を浴びせるがネ級改の防御力には致命打に至らない。

その時、ツ級と撃ち合っていた夕張に、完全に無力化していなかった別のツ級が放った砲弾が直撃した。

左の主砲塔の一基が爆砕され、砲戦能力が落ちる。

夕張自体は防護機能で致命的なダメージは免れた。

「夕張さん⁉」

「私は大丈夫よ青葉、それより愛鷹……」

の援護をと夕張が言いかけた時、回避、防御しきれなかった砲弾が愛鷹を捉えた。

第三主砲が鈍い金属音を立てたかと思うと、爆発し偽装砲身を含めたすべての砲身が引きちぎられ砲塔が全壊する。

さらに一発が第一主砲前の高角砲を爆炎と共に粉砕した。

衝撃で三一センチ主砲での砲撃が出来なくなる愛鷹に、更なる砲撃が浴びせられる。

懸命に刀で砲弾を切り裂き、はじき返す。

このままでは、いつ愛鷹がさらに被弾してもおかしくはない。

何とか援護に入りたい青葉だったが、タ級とネ級改の砲撃が激しく、自分の事だけで手いっぱいだ。

経験の差がうまく生かせない事に焦りを感じながら青葉は主砲を撃ち放ち、逸れると修正して砲撃を続行する。

砲戦能力が落ちている夕張は、手負いのツ級に再度砲撃を加えて完全に無力化するが、無傷のツ級を残すこととなり、撃破後は無傷のツ級との撃ち合いでこちらも精一杯になる。

深雪と蒼月は手練れのネ級改と数の差を生かしきれず苦戦する。

直撃させても、ネ級改は被害を最小限にできるように動くので無傷ではないが戦闘、航行不能にさせられない。

動きが素早いので、深雪は魚雷の照準を合わせられず撃てない。

 

「このままでは消耗戦でこちらが不利に……」

離脱の機会を見つけなければ愛鷹が一瞬気をそらした時、ル級の砲弾が第二主砲の砲塔に命中した。

さっきより大きめの爆発が愛鷹の左腰で炸裂し、防護機能で防ぎきれないダメージが愛鷹の体を傷つけた。

左脇腹が焼け火箸を押しあてたかのように熱く、激しい痛みを頭につきあげてきて呻き声を上げて膝をつく。

意地で気力を振り絞った時、ル級が砲口を向けてくるがそこへ深雪の援護の魚雷が放たれ、一隻が一発の直撃で大破した。

「愛鷹、無事⁉」

援護に入った深雪は、左わき腹から激しく出血している愛鷹を見て目を剥いた。

それでも愛鷹はぎこちなくも笑って右手を上げた。

「……だ、大丈夫です……まだ戦え……」

 

その時かつてない程の大きな砲弾の飛翔音が愛鷹に迫て来た。

その砲弾の飛翔音に気が付いた青葉が着弾先にいる愛鷹を見た時、一二個もの巨大な砲弾が愛鷹に降り注ぐのが見えた。

咄嗟に刀で直撃弾を切り飛ばし防護機能を最大出力で展開するが、完全には防ぎきれなかった。

水柱の中で爆発が複数回発生し、愛鷹の悲鳴が爆発音に交じって響く。

これでもかと言う爆発音の後、愛鷹からの通信が途切れた。

 

「愛鷹さぁぁぁぁーん!」

蒼月が絶叫した時、彼女の艤装の機関部にネ級改の砲弾が直撃した。

機関部が爆発し、蒼月の華奢な体が突き飛ばされたように前に倒された。

「蒼月っ!」

深雪が蒼月の元に向かおうとするが、砲撃の至近弾が彼女の行く手を阻んだ。

「こんのぉぉぉぉーっ!」

夕張が残る砲門で蒼月を撃ったネ級改に砲撃を浴びせる。

青葉も加勢して、二人でネ級改を十字砲火で沈めにかかる。

ターンを繰り返してネ級改は回避を繰り返すが、夕張の執念の射撃が右足を捉え、動きが鈍ったところに青葉の左足にマウントしている第三主砲から発射された必中の主砲弾が命中すると、動きがさらに鈍った。

とどめの砲撃を青葉と夕張が何発も撃ち込み、ネ級改は撃沈された。

共同撃破の余韻に浸かる間もなく、夕張はしぶとく残るツ級に砲門を指向するが、更なる砲撃が夕張を捉え、損傷していた左の艤装の砲門全てが破壊された。

このままでは全滅してしまう……青葉の背中に冷たいものが走った。

愛鷹は黒煙に隠れたまま全く反応が無く、蒼月は力なく海面に倒れ伏している。

被弾した艤装からの出火への消火はまだ済んでいない。

気を失っているだけなのか、動けないのかさっぱり分からない。

確認する暇が無いのだ。

(こちらスカイキーパー、愛鷹応答せよ、愛鷹応答せよ、何があった⁉ 

更なる敵増援を探知。

敵はネ級改二隻、ル級後期型二隻、ツ級一隻、駆逐艦一隻を確認。

全てflagshipクラス! 

参照点より方位二-五-七。

さらにタ級二、駆逐艦四隻の別働隊が方位〇-九-〇より高速で接近!)

「この忙しい時にさらに増援だって⁉ 

あたしら殲滅されるぞ!」

「しかも……挟撃……され……てる……」

被弾して酷く痛むらしい体を引きずるように、夕張が途切れ途切れに言う。

退路を断たれた……その絶望的な状況が第三三戦隊を襲っていた。

 

「くっ……」

どうすればいいだろう、何か考えなくてはグリップを握りなおしながら青葉が乾ききった唇を舐めた時、深雪がツ級の砲撃の直撃を受けた。

持っていた連装主砲が直撃で爆砕され、深雪の対水上兵装が失われた。

「ち、チクショウ、主砲を失った! 

ヤバいぞこいつら、流石にケツに火が付いたぞ!」

 

その時、また巨大な砲声と飛翔音がしたかと思うと深雪と青葉、夕張に巨大艦の放った砲弾が降り注いだ。

今度は比較的散布界が広かったが、直撃しなくても着弾時の凄まじい爆発と爆風が三人を薙ぎ払った。

 

悲鳴を上げる間もなく青葉も吹き飛ばされ、海面を派手に転がった。

艤装からは非常警報が鳴り響いている。

第一第二主砲の砲身が折れてしまっており、第三主砲も桁外れの敵主砲弾の爆発の衝撃の影響で故障だ。

夕張は動けず唸っており、深雪は目を回して大の字に倒れている。

今航行可能なのは、青葉一人だけだった。

青葉は身を起こし、立ち上がろうとして動けなくなった。

残るツ級一隻、ル級二隻、タ級一隻、巨大艦一隻の艦隊がたった一人動ける状態になったままの自分に向かって接近してくるのだ。

唐突に青葉は恐怖に襲われた。

死への恐怖、強大な戦力への恐怖、そして桁違い過ぎる巨大艦の火力への恐怖。

「こ、ここまでなのですか青葉も……」

震える声で青葉は呟いた。

いやだ、死にたくない……死にたくない……青葉は……私はまだ死にたくない……!

無駄だと分かっていながらも、尻餅をついたまま後ろへと下がる。

主砲を置き去りにしても、ローファーが片方脱げても構わず後退する。

「いやだ……嫌だよ……私は死にたくないよ……」

泣きながら後退していた時、(……くない……)とかすれそうな声が聞こえて来た。

はっと青葉はヘッドセットに手を当てた。

(死に、たく……ない……死に……たくない……死にた……く……ない……)

 

途切れ途切れの声、消え入りそうな声で愛鷹が繰り返している。

生きてはいるが、尋常ではない傷を負っているのは確かだ。

(こんな……ところでまだ……私は……死にたく……ない……まだ……)

悔しそうにつぶやき続ける愛鷹だが、恐怖で動けない青葉にはどうする事も出来ない。

(……こんな……ところ……で……)

再び愛鷹が呟いた時、ガシャンと深海棲艦の主砲が動けなくなっている青葉たちに向けられた。

巨大艦は全砲門を愛鷹に向けていた。

今の愛鷹には避ける術は全くない。

完全に動けない愛鷹の赤い視界に巨大艦の顔が見えた。

くわっと嗤って主砲の砲口を定めていた。

 

その時いきなりツ級とタ級が爆発して一瞬で艤装をすべて破壊されて無力化された。

二隻が激しく炎上しながら傾き始める。

青葉と深海棲艦艦隊がはっと空を見上げた時、ジェットエンジンの甲高い音を立てて橘花改が四機飛び去った。

 

(味方が来たぞぉぉぉぉーっ! 

特別混成護衛艦隊七隻が到着しました!)

 

スカイキーパーから歓喜の声が上がった時、動けない第三三戦隊五人の頭上を爆装した橘花改が何機も通過して行き、目の前の敵艦隊に爆弾を投下し、別の飛行隊が後方の敵増援艦隊へと飛んでいく。

 

(こちら特別混成艦隊旗艦大和、第三三戦隊の皆さん、応答を願います!)

「大和、さん……」

助かった……? 

全く実感が沸かない現実が訪れたのを青葉が感じた時、聞き覚えのある砲声が飛来した。

大和の五一センチ主砲の砲声だ。

「Fire! Fire all!」と喚く金剛の声と共に、四一センチ主砲の砲声も聞こえてくる。

たちまち目の前の深海棲艦艦隊が、特別混成護衛艦隊から放たれた砲撃の嵐に呑み込まれた。

 

(こちらライトニング3-1、IP確認。

爆弾投下、五秒後に着弾!)

(ジェスター2-5、目標を捕捉! 

対地速度三〇〇、ル級改に爆弾投下!)

(第三三戦隊へこちらオーディン6、爆弾投下! 

デンジャークロース、デンジャークロース)

(オーディン6-2、爆弾投下!)

 

橘花改のパイロットたちの無線音声が聞こえたかと思うと、爆弾が投下され敵が次々に爆発して炎上し、いくつかは早くも海へと沈んでいく。

大和の艦砲射撃が巨大艦に当たるが、致命傷を与えるには至らない。

しかし周囲のル級は金剛の攻撃で甚大な損傷を受け、よろよろと後退していく。

 

(大和……やま……と……)

「大和さんが来てくれましたよ、愛鷹さん。

助かったんですね、青葉たち、信じられない気分です」

(……めない……)

「はい?」

青葉が愛鷹に聞き返した時、愛鷹ははっきりと言った。

 

(……あんな奴……私は……認めない……わた……し……認め……)

 

それっきり愛鷹は青葉からの呼びかけに出なくなった。

「敵が撤退していきます!」

矢矧の声が響き、「蒼月さん、蒼月さん、しっかりして下さい!」「夕張さんが重傷、これは拙いっぽい。早く手当てを!」「深雪は軽傷だ、伸びているだけだよ」「見慣れない艦娘は意識が無い。動脈から出血している! でもまだ脈はある!」「『しれとこ』、カモンカモンカモン! ハリー、ハリー!」と駆け付けた涼月、夕立、時雨、伊吹、金剛の声が続いた。

第三三戦隊の状態を確認した大和はこちらに向かって来る「しれとこ」に「重傷者三名、軽傷者二名。敵は撤退しました。重傷者一名は動脈が切れて出血多量、緊急手術の必要があります、用意を」と一報を入れると、自分達の到着まで奮戦した第三三戦隊を連れて「しれとこ」に帰投した。

 

 

初出撃と揚陸艦「しれとこ」の防衛でボロボロになった第三三戦隊が「しれとこ」で日本に帰りついたのは、それから二日後の事だった。




遅まきながらようやくオリジナルキャラの一人、伊吹の登場回となりました。
彼女の「艦娘は深海棲艦が深海棲艦の為に作った存在」はゲーム「バトルフィールド3」でアメリカ海兵隊のデビット・モンテス軍曹の「アメリカはテロリストがテロリストの為に建国したんだ」を引用しています。
個人的にはエセックス級空母のUSS「アンティータム」や艦これにも実装されているUSS「イントレピッド」の史実の姿を逆輸入し、さらに自分なりのアレンジを加味したキャラと空母です。
今回アニメなど様々な作品に登場している大和や公開が予定されているアニメ二期のメインキャラの時雨、矢矧、登場する立場は不明ですが涼月も登場を果たしました。

今回第三三戦隊が対決した巨大艦はモチーフが「巨大艦、圧倒的火力、圧倒的防御力、それから来る絶望、禍々しさ」です(宇宙戦艦ヤマト2202のアンドロメダのコンセプトに若干似たところも)。
愛鷹達がこの強敵とどう対抗するかが書き手としても楽しみであります。

残念ながらモブの鮎島さんには今回で退場となります。

そろそろ流血、ドンパチから多少離れて少しは明るい内容の話も書きたいところなんですが……。
では、また次回に。
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