「前方、敵艦隊発見!」
本艦隊の一翼を担う日本艦隊の前衛を務める天霧が、そのやや度数の入った眼鏡越しに水平線上に並ぶ深海棲艦を凝視して、後続の日本艦隊へ通知する。
天霧と狭霧を前衛に立てた日本艦隊は、その後ろに矢矧率いる第一一駆の吹雪、白雪、初雪、叢雲、その後から今次作戦に当たって前線へと戻された第四戦隊の高雄、そして第一戦隊の大和、武蔵が続き、更にその後方に一八駆の黒潮、親潮、一九駆の磯波、浦波、に護衛された大鳳、黒鳳、蒼鳳、赤鳳の四人の空母艦娘からなる第七航空戦隊が続いていた。
西部進撃隊のアンツィオ沖侵攻部隊の西部からの進撃部隊の一翼を担う日本艦隊は、作戦開始と共に第七航空戦隊から二式艦上偵察機を多数放ち、先行して突入している第三三戦隊の天山隊と連絡を取り合いながら、深海棲艦の姿を求めた。
そうしている内に、日本艦隊の存在を察知したのであろう、深海棲艦の水上打撃群の一群が、日本艦隊へと向かって来た。
「先頭艦、超巡ネ級改Ⅱ、随伴艦、軽巡へ級改flagship級一隻、大型駆逐艦ナ級四隻!」
肉眼では無く、手持ちの双眼鏡を手に水平線上に浮かび上がる艦影を正確に特定する天霧の言葉に、呼応する形で大和から合戦準備の号令が下る。
「合戦準備! 対水上戦闘用意!」
「対水上、戦闘用意!」
武蔵が復唱し、高雄も再度復唱すると、艦隊は第四警戒航行序列へと移行し、砲撃戦の構えを取る。
左手の水平線の向こう側からは、空気を伝播して同じ西部戦線を構築する北米艦隊の一つ、戦艦艦娘アラバマ、マサチューセッツを基幹とした水上打撃部隊がもう一群の深海棲艦艦隊と交戦する音が聞こえて来る。戦艦棲姫一隻を基幹にする艦隊との事だが、その他の随伴艦はさほど強くないとの事だった。
ネ級改Ⅱか、と大和は唇をかむ噛む。この超巡に無理やり飲まされた苦渋、煮え湯は数知れない。堪り切った憎悪とヘイトを目に湛え、大和は主砲をネ級改Ⅱに差し向けた。
「左主砲戦。砲撃用意!」
日本艦隊の左舷を航過する形で反航戦を描く深海棲艦艦隊に、日本艦隊も左砲戦を発令し、同時に矢矧以下一一駆は砲雷同時戦を発令する。
先手を取ったのは大和型二人からなる第一戦隊第一小隊の五一センチだった。
「主砲、撃ちー方始めー! 発砲、てぇーッ!」
轟音、衝撃波、火焔。この三つが大和と武蔵の艤装に備えられた主砲搭の砲口から迸る。耳を聾する砲声が海上に轟き、衝撃波が海面を凹ませ、発砲炎の火焔が砲口から噴出する。
その発砲炎を背にする高雄の上で、見張り員妖精が砲声に負けじと怒鳴り声に似た声で高雄に叫ぶ。
「第一戦隊、撃ち方始めました!」
「了解、こちらも行きましょう。主砲、左砲戦……照尺良し、撃ちー方始めー!」
大和と武蔵に遅れて高雄の二〇・三センチ連装主砲も砲撃を開始する。二〇・三センチ三号砲三基が身を軽くひねった高雄の身体に発砲の衝撃を与えながら砲声を放ち、八インチ相当の砲弾を六つ、ネ級改Ⅱへ放つ。
海中に砲弾が突入する鈍い音と、その海中に突入した砲弾が起爆して海面を突き破って放出するエネルギーによって作り出された水柱の鋭い音が鳴り響く中、ネ級改Ⅱの砲撃開始の音が重なって轟き、水柱を突き破って六発の砲弾が大和を目指して飛び出していく。宙を衝撃波の刃で切り裂き、殺意を鳴らしながら飛ぶ砲弾がアルプスさえも飛び越えそうな弾道を描いて大和の手前に着弾する。
自身の手前に着弾し、中口径高初速主砲弾の水柱を突き立てるネ級改Ⅱの砲撃を見て、大和は即座に超巡の狙いを察知する。だが、やる事は変わらない。そう思いながら大和は武蔵と共に第二射を放つ。二基六門の大和の主砲と、三基六門の武蔵の五一センチ砲が咆え、空中に轟音をまき散らしながら一二発の大口径砲弾を飛ばしていく。超巡ネ級改Ⅱを仕留める為、二人の主砲は強装薬で徹甲弾を撃ち出していた。故に砲弾の初速速く、砲声も砲煙もおびただしい。
二人のヘッドギア形式で設けられている射撃指揮所から正確に算出された射撃諸元に基づいて発射された砲弾だが、序盤から命中は流石に起こりえない。頭に設けられていると言う事は、当然ながら大和と武蔵の頭の揺れ具合でその狙いはずれるし、二人が足を付けている海面の波の高さによって、その頭部の揺れはより大きくなる。射撃の照準補正に用いている電探によってある程度電子的に補正をかけたとしても、最初は試射を数回は繰り返して、正確に砲弾を送り込む為のデータを取る必要があった。
それは大和と武蔵の二人からなる第一戦隊の前衛を務める高雄もそのプロセスの多くは同じであり、突撃を開始する矢矧以下、一一駆の四人の砲撃も似たようなものであった。
砲雷同時戦を発令したものの、矢矧は魚雷を温存する方針を取っており、一五・二センチ連装砲による砲撃をへ級改flagship級に浴びせていた。戦闘と言う分野において、軽巡の中で彼女の右に出る最新鋭艦娘は日本艦隊の中では早晩いない。彼女が艦娘として着任する以前の二水戦旗艦であった神通も認めるその技量が繰り出す砲撃は四射へ級改を挟叉し、五射目で直撃弾を得ていた。
へ級シリーズの中でも最上位種であるへ級改flagship級だが、装甲が硬めで耐久面がやや強化されている以外はそれ程強力な深海棲艦とは言い難い。寧ろその後ろに続くナ級の方が脅威度は高いまでもあると言う、見掛け倒しにはならないが駆逐艦にその座を食われている、やや残念な軽巡洋艦と言える。だがその六インチ級の主砲が放つ砲弾に込められた殺意にふざけたところは一切ない。
へ級改flagship級に続いてナ級も砲撃を開始している、射角的にその高精度の魚雷は発射出来ないから、今は深海レーダー管制の砲撃に留意するだけで済む。勿論深海レーダーに管制された正確な照準の砲撃も脅威だが、回避行動によってまだ色々と躱し様の余地があるだけ、魚雷よりはマシだ。
高初速の五インチ級砲弾がナ級から降り注ぐ中、その突き立てられる水柱を掻い潜って、一一駆の吹雪、白雪、初雪、叢雲がナ級へと最大戦速で吶喊する。四人の艤装に備えられた一二・七センチ連装砲A型改二砲が発砲炎を瞬かせると、小さいながら同格の駆逐艦クラスなら一定のダメージを与えられる小口径弾が飛び出していき、ナ級の左右前後の海面に至近弾を突き刺す。
一方ピケット艦の役割を担う天霧と狭霧の両名は戦闘には加わらず、警戒感艦として、更なる深海棲艦の増援部隊が来ないか、双眼鏡を手に水平線上に目を凝らしていた。
大阪府大阪市生まれ、育ちと都会育ちで極度の本の虫だったせいかいつしか矯正視力頼りになって眼鏡をかけていた天霧と違い、北海道の大地、自然に囲まれて育った酪農家の娘である狭霧の故郷の自然が鍛えた裸眼視力が、新たな深海棲艦の姿を捉える。
「新たな敵艦隊を発見! 方位028度、戦艦棲姫一隻、空母棲姫二隻、防空巡ツ級flagship級一隻、駆逐艦ニ級二隻の空母機動部隊です!」
≪その艦隊は任せて下さい!≫
シーガル1を経由して届く艦娘間通信で大鳳の声が入り込む。第七航空戦隊の四人がすぐさまボウガン型航空艤装に航空機をセットしたマガジンを装填し、風上に向かって最大戦速で進みながら、ボウガン型航空艤装の引き金を引き絞る。射出音が四つ響き、烈風第六〇一航空隊がまず空中に現出した。
それから五分以内に七航戦の大鳳型四人から烈風三二機、流星改六四機の九六機の攻撃隊が飛び立ち、空母棲姫二隻を含む空母機動部隊に挑みかかって行った。
空と海で戦闘が始まる中、海上に大口径の砲弾が目標に直撃するけたたましい金属音とは破砕の爆発音が轟いた。
「武蔵の砲撃、命中を確認」
「了解」
見張り員妖精の報告に短く答えながら、大和は内心妹に先を越された事を悔しがりつつ、五一センチを被弾したネ級改Ⅱを見つめ直す。
大口径砲弾が命中して、その巨大な鉄の塊とそれをもたらす絶大な運動エネルギーの激突にたたらを踏む姿が見えるが、大破には至っていない。ネ級シリーズの重巡級の深海棲艦の中でも、超巡に分類されるだけに、その装甲、耐久は文字通り怪物クラスだ。艦娘で言う所の現在の改装を受ける前の超甲巡だった愛鷹と同クラスの艦種と言える。簡単に言えばネ級改Ⅱは巡洋戦艦と言っても過言ではない。
ル級やタ級の下級クラスよりも頑丈で暴力的なネ級改Ⅱが、武蔵の砲撃を受けた個所から黒煙を上げつつ主砲を発射する。大和型より遥かに初速の速い砲声が響き渡り、飛翔音よりも速く飛んだネ級改Ⅱの砲弾が、大和の足元近くに着弾し、海中に突っ込んだ砲弾が大和の脚下で炸裂する。
下から突き上がる水柱でスカートを捲り上げられそうになる大和の姿を、海水の柱が前後左右から壁の様に覆い隠す。
「くっそ、挟叉されたか……」
舌打ち交じりに武蔵が拙そうに呟く中、未だ崩れない水柱を吹き飛ばす様に大和の主砲が発砲し、文字通り水柱が吹き飛んだ。その時、水柱を吹き飛ばした大和の頬が少し赤らんでいたのを見たものは誰もいなかった。
怒りを込めた一撃が宙を駆け抜け、既に武蔵からの砲撃を浴びて損傷しているネ級改Ⅱの艤装を捉える。パッと爆破閃光が走り、千切れた艤装の破片や部品が宙を舞い、一周遅れた爆発音とおびただしい茶褐色の煙が舞う。手ごたえを大和が感じた時、本来あるべき場所から外れたネ級改Ⅱの主砲搭からオレンジ色の炎が立ち上がり、艤装上で暴れ始める。砲撃の手と構えを止めて、ネ級改Ⅱが消火を試みるが、艦娘を殺める兵器を持ってはいても、その本来艦娘を殺害する為の弾薬や装薬が燃え上がった弾薬庫の火災を止める術までは持ち合わせておらず、もがくネ級改Ⅱの前身に延焼した炎が超巡を覆いつくし、人型の松明となる。
意外と呆気なく仕留められたな、と大和が撃ち方止めを発令し、武蔵もそれに倣った後、ネ級改Ⅱの火災は別の弾薬庫にも及び、砲声を凌ぐ轟音と共にその人型を模した本体は艤装と共に吹き飛んだ。海上に燃える破片を幾つか残して轟沈するネ級改Ⅱの残骸が、海水とせめぎ合って黒煙から水蒸気の白い煙を上げる中、へ級改flagship級に高雄の砲撃が直撃する金属音が鳴る。
「敵艦隊一番艦撃沈を確認」
「二番艦から六番艦、尚も高雄及び矢矧以下と戦闘継続中」
見張り員妖精が爆沈したネ級改Ⅱの残骸を認めて告げる一方、高雄と矢矧、一一駆と依然交戦中の深海棲艦の姿を確認した別の見張り員妖精が双眼鏡を構えたまま報告する。
既に被弾損傷しているへ級改flagship級に高雄からの射撃が追撃をかける中、へ級改flagship級も稼働する砲塔を高雄に向けて、射撃を続行する。ナ級四隻は矢矧と一一駆と砲戦を継続しているが、すでに全艦被弾して動きが鈍りつつある。
「大和より大鳳さん、航空攻撃はどうなりましたか? オクレ」
≪こちら大鳳、第一次攻撃隊、攻撃を完了。現在BDAを評定中≫
七航戦の航空攻撃は既に完了していた。戦闘機隊と艦攻隊のみの攻撃隊だったから、艦爆隊による急降下爆撃の一撃は加えられていないが、命中すれば大ダメージ必須の魚雷による攻撃を行う艦攻隊で攻撃を行ったのだ。当たり所次第ではまだ何とかなる爆弾よりも直撃すればひとたまりもない。最も命中していれば、の話ではあるが。
着信のビープ音が鳴り、シーガル1から新たな敵艦隊接近の知らせが入る。
≪新たな敵艦隊、戦艦ル級改flagship級二隻、重巡ネ級flagship級二隻、駆逐艦ナ級二隻。目標群チャーリーと認定。更にその後方、軽空母ヌ級elite級三隻、防空巡ツ級flagship級一隻、駆逐艦ニ級二隻を確認、目標群デルタと認定。目標群デルタより艦載機多数発艦を確認≫
息をつかせる暇もなく深海棲艦艦隊が押し寄せて来る。棲姫級が居ないだけまだマシな相手だが、だからと言って気が抜ける相手でもない。
どんどん押し寄せて来る、と大和は一条の冷や汗をこめかみから垂らす。まだまだこれは前菜、オードブルの段階だ。コース料理で言えばスープの段階ですらないだろう。メインディッシュはアンツィオ沖に展開する深海棲艦地中海艦隊の本艦隊か、それともまだ防衛線を敷いているか。
「フルコース料理も良い所ね」
「フルコースと言うよりはビュッフェスタイルのパーティな気もするがな」
独語する様に呟いた大和に武蔵が軽い口を叩く。
少し離れたところから高雄の「てぇッ!」と言う鋭い一声が発せられ、これと同じく鋭さを持った砲声が鳴り、黒い点となった砲弾がへ級改flagship級へと弾道を伸ばしていった。既に被弾しているへ級改flagship級に更に複数初の直撃弾が出て、動きが鈍る。接近して高角砲や機銃を使っての接近戦を挑んでも良さそうに見えるが、高雄的には北海で痛い目を見た経験からなのか、主砲の必中距離を保ったままで距離を詰める事は無かった。
≪トレボーより日本艦隊大和へ。敵艦載機接近。方位097、高度三〇〇、機数八〇≫
「大和、了解。全艦、対空戦闘用意! 対空警戒を厳となせ」
≪赤鳳より大和さんへ。CAP機を何機かそちらに向かわせます、持ち堪えて≫
「ありがとう赤鳳さん」
大和と赤鳳が直掩機についてのやり取りを行っている間に、へ級改flagship級に高雄からの砲撃が突き刺さり、止めの一撃となって完全に深海棲艦の軽巡が沈黙する。
各主砲搭に撃ち方止めを命じながら、高雄はヘッドセットに手を当てて、少し離れたところでナ級を撃ち合う矢矧と一一駆の様子を伺った。視線を向けると水平線の向こう側で四つの黒煙が上がっているのが見えるが、海面に隠れて矢矧と一一駆の誰かが被弾したものか、ナ級全艦が被弾したものかまでの判別がつかなかった。
「こちら高雄、矢矧さん、援護は要りますか?」
「大丈夫です、間もなく掃蕩完了します。敵が雷撃して来なかった分、比較的与しやすいかったので」
涼しい声で返す矢矧の返答に、高雄は軽く安堵の溜息を吐く。ナ級はナ級でも長距離精密雷撃をして来る個体ではなかった様だ。ナ級もバリエーションが豊かなので外観からの識別が時に困難な事もある。オーラを纏っていない個体は特に外観からのバリアントタイプの識別が難しい。
水平線の向こうに矢矧達が隠れていると言う事は、互いの距離が六キロ以上は離れている事か、と高雄は素早く脳内で自身の身長から算出出来る水平線の見通し距離から互いの距離感を大まかに把握する。高雄の身長はハイヒールのヒールの高さ込みで一七八センチだから、彼女の身長的に海上の六キロ以上先は地球の丸みの影響で見通せない計算になる。勿論六キロ以上でも六キロと一〇メートルなら矢矧は勿論、吹雪たちでも完全にその姿が見通せなくなる訳では無いが、完全に高雄の視界外に居ると言う事は七キロくらいは離れている可能性があった。
「深追いし過ぎよ、矢矧さん、吹雪ちゃん」
あまり良い流れとは言えない、と不安を胸に感じながら高雄はひとまず現在の位置に布陣して、後続の大和と武蔵との合流を待ち、三人で矢矧達との合流を目指す事にする。敵機群も接近している中、あまり各員がバラバラに動くと各個撃破されかねない。CAP機を送り込んで来る赤鳳の戦闘機隊も、広範囲にわたって散らばってしまっている艦隊を全てカバーするのは難しい。
海面の向こうから爆発音が数十秒の間をおいて四回響き渡り、それを境に静かになった。一時の静けさを取り戻した水平線に矢矧と吹雪、白雪、初雪、叢雲の五人が姿を現した。単縦陣を組んで一直線に大和、武蔵、高雄の方へと引き返して来るのが見える。
高雄の背後からカタパルトの射出音が複数回響き、軽快なエンジン音が空へと飛び出す。大和に艦載される強風改二が赤鳳の直掩機来援までのつなぎと補助として発艦した音だ。
全速力で戻って来た矢矧達の姿に高雄、大和。武蔵はホッと溜息をもらす。硝煙に煤けてはいるが、直撃弾を受けた様子は無く、全員無傷だ。特に矢矧は制服と艤装に汚れも乱れも見せない健在さである。やられる時は時はとにかくやられまくる不幸体質と、被弾しない時は文字通り全く被弾しない幸運気質の両方を持つ矢矧だが、今は後者の方を引いている様だ。
「艦隊、輪形陣に移行。対空迎撃用意」
大和に変わって、次席旗艦たる武蔵が陣形の変換を指示し、合流を果たした艦隊は即座に大和と武蔵を中心とした輪形陣を固める。
素早いターンと加減速で所定の位置に付く一一駆の四人と矢矧、そして高雄が大和と武蔵の周りを囲む様に布陣した時、その頭上に赤鳳が送って来た烈風六〇一航空隊機が到着する。来援したのはたったの八機だが、全くいないよりはマシだろう。烈風の編隊に大和から発艦した強風改二八機が加わり、艦隊防空の構えを取る。
「空から来る敵は好きじゃないわね」
高角砲群に迎撃配置を発令しながら大和は率直な心境を口にする。大和の艤装は戦艦と言う事もあって当然ながら高い砲撃戦火力を有しているが、同時に秋月型駆逐艦娘の艤装の防空能力に匹敵する対空迎撃能力を有してる。半自動交戦に艤装のシステムを設定すれば対空電探と連動した各高角砲、機銃が妖精の補助もあって半自動で対空迎撃を行うから、大和自身は主砲の射撃管制と回避行動に専念出来る。
実質自分の手で対処出来ない空の敵が大和には鬱陶しかった。対空迎撃を完全に大和自身が全て行う様に設定する事は出来なくは無いが、OSの仕様上、高角砲と機銃などの全対空火器が一目標に集中する事になるので、効率が極めて悪い。それよりは妖精と射撃管制装置に任せる半自動交戦モードが最も効率的に敵機群への対処をしてくれる。それが大和として気に食わなかった。自分を襲う敵は自分自身の手で始末したい、と言う欲望が大和と言う艦娘の、人としての性格を表していた。
八人の頭上で烈風と強風に乗る航空妖精が、遠くの空に点となって現れる深海棲艦の艦載機群をビジュアルコンタクトするや「エンゲージ」を宣告し、フルスロットルで吶喊しながら艦攻、艦爆を優先的に狙って射撃を開始した。
艦上戦闘機と水上戦闘機の二〇ミリ機銃の射撃音と、深海棲艦の深海猫艦戦改の機銃の射撃音が交差し、両者が空に急旋回のコントレイルを引き、複雑に絡めあっていく。
「たった一六機じゃあねえ……」
初雪が不安げな視線を空へ上げる。奮戦する烈風と強風だが、如何せん数の差が大きい。同数以上の深海猫艦戦改の阻止行動を突破して、夜復讐深海艦攻や深海地獄艦爆改に食いつくのは容易ではない。深海猫艦戦改は撃墜せずとも牽制射で烈風と強風うに回避行動を強要出来る一方、烈風と強風は確実に艦攻、艦爆を撃墜しないといけない。
重量のある重いフロートをぶら下げているが故に、決して機動性は良好とは言い難い強風隊の突破口を開こうと烈風が深海猫艦戦改の防御網に突撃し、強引に防衛線に穴をあけると、そこから強風八機が次々に攻撃編隊へと突入して行った。代償に烈風三機が撃墜され、一機から航空妖精がベイルアウトする。
密集隊形を組む夜復讐深海艦攻と深海地獄艦爆改に上方から被りかかる様に突入した強風隊が機銃の銃口に発射炎を瞬かせ、オレンジの火箭を攻撃隊に降り注げる。航空妖精が照準器を覗き込み、正確な狙いを付けて引き絞った射撃トリガーと連動した二〇ミリ機銃が機銃弾を吐き、曳光弾交じりの弾丸を浴びせて一撃を加えると、そのまま下方へすり抜ける。八機の強風が射撃を止めて、攻撃隊の下方へ出た時、艦攻と艦爆八機が黒煙を噴き上げ、夜復讐深海艦攻一機と深海地獄艦爆改二機が錐もみ状態となって回転しながら高度を落としていく。残る五機も回転はしないが、再び機首を上げる事なく、一直線に降下していく。
下方へ出た強風隊はインメルマンターンを決めて反転すると、再び攻撃隊の上方から迫る。二〇ミリの銃口がチカチカと明滅して発砲し、太めのオレンジの光弾を放つと、それに捉われた艦攻と艦爆が再び八機、真っ黒な黒煙を吹いて、体勢を崩し、眼下の赤い海へと落ちていく。
≪トレボーより各機に通達。大和型が三式弾の対空射撃を行う、全機射線上より退避。高度五〇〇メートルまで上昇せよ≫
早期警戒空中管制機からの通告に、即座に烈風と強風が上方へ機首を上げ、スロットルを全開にして上昇する。五機の烈風と八機の強風の動きをモニタリングしていた管制官が防空隊の情報退避を確認すると、大和と武蔵に「クリア」と告げる。
「射線方向クリア、主砲三式弾、斉射始め!」
「主砲、撃ちー方始めぇッ!」
大和の透き通った声と武蔵の凛と張った声が相次ぎ、遅れて五一センチの絶叫が数百デシベルの大音量を奏でながら三式弾会に改二を空へと撃ち上げた。
大和と武蔵、二人合わせて一二発の三式弾が編隊を徐々に崩されて、乱れつつあった深海艦載機群へと飛び、近接信管を作動させて鼻先から、頭上から、下方から、左右から鉄の雨を叩き付ける。空に一角に花火が炸裂した様な閃光が走り、白い煙を引きながら降りつけた散弾の雨に呑まれた艦載機群がダース単位で砕けるか、黒煙を引きながら高度を失っていく。
「矢矧より一一駆各艦、主砲、撃ち方ー始めぇッ!」
大和型の艦砲射撃に続き、矢矧と吹雪以下一一駆の四人が主砲による対空射撃を開始する。一五・二センチ連装主砲と一二・七センチ連装主砲系統が火を噴き、対空弾を撃ち出していく。やや遅れて高雄も二〇・三センチ二号砲に込めた三式弾改二を発射し、空に対空砲弾を投げ飛ばした。
対空砲火を撃ち上げる六人の砲撃は、特に白雪の持つA型改三砲が効果を発揮した。対空戦闘能力を重視する彼女らしく、A型主砲系列の中でも特に対空戦闘能力の高い砲を選択して、装備していたのだ。彼女の背中の艤装に備えられた電探装備マスト(13号改+22号電探改四)によって正確に射高、射角、仰角を算出、評定して諸元入力された高射装置付きのA型改三砲が、正確に深海艦載機群へ対空砲弾を送り込む・
白雪の放つ威力調整破片弾が一機、また一機と艦攻、艦爆を捉え、火達磨に変えて空から引きずり落とす。改二化改装が実装されている吹雪と叢雲の主砲、前者は一〇センチ連装高角砲、後者は白雪と同じA型改三砲であり、二人の砲撃も白雪にはやや遅れを取るが、撃破や撃退を複数回上げている。一方の初雪の主砲は対空戦闘にはあまり向いていないA型改二砲故に、構える腕で高い仰角を取らないと砲身が高空を飛ぶ深海艦載機群を追尾できず、また仰角を取って構えると装填装置が機能しなくなる為、射撃後は一旦水平に戻す必要があるなど、制約が大きかった。
砲撃を何度か続けて初雪は諦めた。砲塔を何度も高々と持ち上げるのは腕力に負担を強いる。発砲の都度、衝撃とリコイルが腕をじんと痛めるので、これ以上は続けられそうにない。それよりは低空へと舞い降りて来るであろう艦攻への対応に備えるべきだと考え直し、初雪は上空を飛ぶ艦攻の挙動に意識を集中した。
同じく仰角がそれ程取れない矢矧も艦攻への対応に備える構えを取っていた。ただし彼女の艤装は一一駆の四人と違って八センチ連装高角砲が備わっているので、こちらは引き続き仰角を目一杯とって対空射撃を続けていた。
「うん?」
深海艦載機群の動きに変化が見られない事に、矢矧は違和感を覚えた。艦攻隊が低空へと舞い降りる動きを見せず、高高度を維持したまま進撃して来るのだ。
「あの動き……水平爆撃かしら」
そうとしか考えられない夜復讐深海艦攻の挙動に、矢矧は警戒を強める。水平爆撃は命中率こそ低めだが、投下される爆弾の重量は極めて重く、またその弾頭重量から徹甲爆弾である事が殆どだ。命中すれば、矢矧は無論、一一駆の四人であれば一撃で大破しかねない程の大容量の炸薬と貫徹能力を有する。そしてその貫き具合は時に戦艦艦娘ですら一撃で吹き飛ぶほどだ。
「警告、敵夜復讐深海艦攻は水平爆撃を行う可能性大! 各艦、随時回避運動!」
警告を放つ矢矧の言葉に、全艦が左右に舵を切って之の字運動を行い、夜復讐深海艦攻の水平爆撃の軸線から逃れようと舵を切る。
大和と武蔵はその中でも最も重量感のある運動で大型動物の様なのっしのっしとした緩慢さがある動きで、之の字運動を行う。艤装の大きさ、戦艦艦娘と言う艦種の都合上、その機動性は矢矧や一一駆の四人ほど敏捷では無い。大型艦娘として見れば極めて小さい旋回半径をもtを持ち合わせてはいるのだが、如何せんその小回りが利くまでのラグが大きいのだ。
夜復讐深海艦攻の水平爆撃の手から逃れようと左右に蛇行する日本艦隊に、深海地獄艦爆改が横一列に並んで急降下爆撃を開始する。日本艦隊の空母艦娘の急降下爆撃隊が行う縦一列の急降下爆撃よりも面の攻撃能力に優れるこの陣形は、文字通り狙われた艦娘を囲い込む様に投弾可能なので、回避が難しいと言ういやらしさがある。
ダイブブレーキによる減速音を響かせながら、急降下爆撃に転じる深海地獄艦爆改の降下音が殷々と空一杯に響き渡る中、夜復讐深海艦攻の爆弾投下の小さな金属音と、爆弾の落下音が同時にシンフォニーを奏でる。
「とーりかーじ!」
取り舵を叫びながらゆっくりと艤装を右舷に傾けて、慣性が大きく付いた重たい挙動で大和が取り舵に舵を切り、左へと航跡を曲げていく。
その二本の脚が引いた白い航跡を抉り取る様に深海地獄艦爆改が投下した爆弾が、夜復讐深海艦攻の切り離した徹甲爆弾が着水し、炸裂した水柱を高々と立ち上げ、塩辛い水飛沫を大和の頭上から降らせる。赤く変色した海でも、海水の塩辛さは変わらない。
着弾の度に重い衝撃を下から突き上げて来る爆弾の数々に、浴びた海水交じりの冷や汗をだらだらと垂らしながら、大和は取り舵に切った舵を切り続ける。彼女の艤装内の舵機室では航海科妖精が舵輪を目一杯左に回して、押さえつけていた。靴のラダーヒールも取り舵に舵を回して旋回を補助する。
「右一五度、敵弾近い!」
刹那、絶叫の様な見張り員妖精の叫び声が大和の耳朶を打った時、大和の右足を掠める様に夜復讐深海艦攻の投下した徹甲爆弾が海中に突入し、海の中で爆発して赤く太い水柱を轟音と共に突き上げた。鈍い音共に立ち昇る水柱に大和の艤装は左舷側へと大きく傾斜し、機銃座にいた妖精達が銃座にしがみ付いて堪える。大和自身も歯を食いしばってひっくり返しに来る傾斜を立て直そうと、左足に力を込め、上半身を捻る。
大きな大和型改二艤装が軋む音を立てて、至近弾を受けた大和の艤装の姿勢が水平に戻る。応急指揮所から被害確認の指示が飛び、各部署の妖精から「異常なし」の返事が返される。
傾斜を元に戻した大和の艤装上から再度高角砲の砲撃再開の音が鳴り響く中、大太鼓を一撃した様な爆発音と破損音が同時に響き、続航する武蔵が喘ぐ声を上げる。
「武蔵、被弾! 左舷中央上部構造物損壊の模様!」
振り返る事の出来ない大和に変わって、見張り員妖精が被弾した武蔵の被害を報告する。続く損害報告や大きな爆発音が無い辺り、直撃したのは深海地獄艦爆改が投じた爆弾のようだ。夜復讐深海艦攻の投じた徹甲爆弾が命中したのなら、今頃誘爆の大爆発音が響いていただろう。
「武蔵、大丈夫?」
「問題ない、上部構造物が少し吹き飛んだだけだ」
喘いだ割には掠り傷程度だと言わんばかりに涼しい声で答える武蔵に、大和は安堵を交えて鼻を軽く鳴らすと、再度空を凝視する。
周囲を囲む高雄、矢矧、吹雪、白雪、初雪、叢雲の主砲が発砲炎を放ち、更に機銃も火箭を発射してオレンジの糸がうねりながら深海艦載機群へと空を駆けあがっていく。接近を阻む対空射撃を前に深海艦載機群の多くは精度の欠いた爆撃を散発的に行うに留められる。
それでも果敢に、または無謀に爆撃を強行した深海地獄艦爆改が複数機急降下爆撃に転じ、何機かは投弾前に、後に、対空砲火の砲弾、銃弾を被弾して姿勢を引き起こす事無く海面へと突っ込み、衝撃でバラバラに砕けた機体の破片を海中に沈める。
最後の爆撃が轟音と水柱を突き立てて大和の前方で巨大な山となって砕けた後、残存する深海艦載機群は反転して母艦へと帰投の途についていた。
「各艦、被害報告」
悲鳴などは聞こえなかったが、念の為に各々へ被害確認を求める大和に、矢矧、吹雪、白雪の三人から至近弾による艤装に対する軽微な損傷報告が上げられて来る。小破と言う所だろうか、と大和が被害報告を確認しながら三人の方を見やる。微かに三人の艤装から黒煙は上がっているが、消火は済んでいる様で間もなくその燻るりの様な黒煙も消えるだろう。
艦隊の損害は武蔵に直撃弾一発、矢矧、吹雪、白雪に至近弾による小破。全体的に見ても艦隊の損害は軽微だ。
「次、目標群チャーリーとデルタが待っているわ」
パンパンと主砲の発砲炎で煤塗れの上着の汚れを叩いて落としながら矢矧が言う。
「戦艦二隻と重巡二隻、大型駆逐艦二隻がチャーリー、軽空母三隻と随伴護衛艦三隻がデルタ、だったわよね?」
「そうだよ」
深呼吸をしながら聞く叢雲の言葉に吹雪が答える。艦隊はまだ水上戦闘部隊の一群と交戦し、空襲を一回潜り抜けただけ、の段階なのに多くのメンバーが既に何度も何度も連戦続きの後の様な感覚を覚えていた。
「本能的な何かでしかないけれど、デルタの後ろからエコー、フォックストロット、ゴルフと言った具合に艦隊群が現れそうな雰囲気ね」
頬に付着した煤を左手の甲で拭いながら呟く高雄に、矢矧が相槌を打つ。
「まだまだ序の口です。奴らの玄関の前に立って予約の手続きを受けたばかりですよ。これからがテーブルに着く為の段階です」
「大和よ、その調子だと、メインディッシュに辿り着くまでにあと五、六群くらいは相手にする羽目になりそうなんだが?」
苦笑交じりに武蔵が眼鏡をかけ直しながら大和に言う。この二人の感覚だけが今の状況がまだ戦いの序の口と言う風に捉えられていた。
艦隊を目標群チャーリーとの交戦に備えて第四警戒航行序列に移行する中、砲撃戦と空襲の両方を免れて艦隊のポイントマンとして前衛警戒に当たり続ける天霧と狭霧から、目標群チャーリーをビジュアルコンタクト(目視確認)したとの報告が入る。
「対水上戦闘、用意!」
主砲の砲身に一式徹甲弾改を装填しながら、大和が号令を下した時、先んじて水平線の彼方から砲声が轟いた。
ル級改flagship級の斉射はあくまでも艦娘に対する心理的なイニシアティブをとる為のものであり、砲弾の着弾範囲内に艦娘が居る事は恐らくはル級改flagship級も想定外だった事だろう。奇しくも同艦の砲撃が風に乗って流されて、着弾予想範囲がずれたのもル級改flagship級からすれば予想外であり、よくある砲撃の初弾の散布界の外れ値であったはずだった。
その外れ値の中に狭霧が居たのは文字通り、戦場で敵味方の放った銃の弾丸が空中で正面衝突するのと同じくらいの確率であり、簡単に言えば運悪く、としか言いようがなかった。
「水平線上に敵艦隊を捕捉しました! っ!? 発砲炎視認! 撃って来ました!」
「落ち着け、あの距離からなら当たりはしない」
直前に発砲炎を視認した狭霧が警告を放ち、天霧が当たりはしないと断言したのは至極当然の判断ではあったのだが、時に運と言うものは悪い方向へと働く。
頭上から宙を割き、亜音速で飛ぶ飛翔体の落下音に狭霧が気が付いて空の一点を凝視した時、その華奢な身体をル級改flagship級の一六インチ級相当の砲弾が貫いた。
直撃時の運動エネルギーで後ろに吹き飛ばされる狭霧の身体を文字通り貫通し、更に背中に背負う艤装をベルトごと引き千切ったル級改flagship級の砲弾は幸いにも信管を作動させる前に狭霧の身体を貫通して海中に没した。だが、爆発はしなくても身体、凡そ腸が収まる腹部を射抜かれた狭霧は無事では済まなかった。
セーラー服がみるみる鮮血に染まり、どす黒く染まった患部から鮮血が溢れ出る。艤装を衝撃で引きちぎられた狭霧の身体が海中に沈みかけるが、彼女の身体が海中に沈む前に相棒の天霧が駆け付けた。
抱き起す狭霧の身体を掴んで、天霧が叫ぶ。
「しっかりしろ、相棒!」
「あ……ま……」
必死に息を吸おうとする狭霧の口から鮮血が溢れ出る。大穴が空いてしまっている彼女の患部を抑えながら天霧は怒鳴った。
「血を吐くな! 息を吸ってそれを吐き出せ! 呼吸を止めるな!」
必死に呼びかけながら霧散しそうになる狭霧の意識を保たせながら、天霧は狭霧の血で真っ赤な手でヘッドセットの通知ボタンを押して叫ぶ。
「こちら天霧。狭霧がやられた、重傷だ。艦隊からの離脱と救難ヘリの派遣を求める」
≪シーガル1より天霧、駄目だ、君たちのいる場所はホットゾーン(危険領域)だ、救難ヘリを派遣する事は出来ない。何とか狭霧を曳航してホットゾーンから離脱するんだ≫
≪こちら大和、天霧さん、狭霧さんの容体は?≫
「腹にデカい穴が開いて血が馬鹿みたいに溢れ出ている! 腸が見えそうな傷だ、直ぐに救急処置しないと」
焦る天霧に武蔵から呼びかけが入る。
≪天霧、まずは落ち着け。お前の艤装にも救急キットはあるだろう? 傷を塞ぐのは無理だが、狭霧が失血死する前に出来る事をやるんだ。私達も今そちらへ向かっている。ホットゾーンからの離脱前に可能な限りの手当てを狭霧に行うんだ。訓練を思い出せ≫
新兵に優しく言い聞かせる様なトーンの武蔵の言葉に、天霧は取り乱していた自分を抑えて、狭霧の顔を見る。細い手を真っ赤に染めながら患部を抑え、血を吐きながら必死に息を吸おうと頑張る相棒に天霧は、即座に艤装に備え付けられているファーストエイドキットを取り出して、止血剤の注射器を狭霧の太腿に打つ。
「頑張れ狭霧、頑張るんだ!」
凝固止血剤のアンプルを腹部に刺して、キトサンで出来た止血剤を狭霧の腹部へと流し込む。背骨は大丈夫だろうか、と心配になりつつ天霧はその場で出来る応急処置を施すと、次いで簡易浮き輪を展張させて狭霧の身体を浮揚させると、離れたところに横転した状態でまだ残っている狭霧の艤装を取りに向かう。
幸い、浮力発生装置はまだ生きていた。予備のベルトを繋いでやれば狭霧は自力で浮揚できる。天霧の体重の半分にも満たない狭霧の艤装を引っ張って来て、予備ベルトを繋いで狭霧の身体と再接続、固定する。
「狭霧、逃げるぞ」
フックを通して半ば自分の右半身に密着させる様に繋いだ相棒の耳に言いながら、天霧は狭霧の腰に右手を回し、左手で自分の主砲を持って、ホットゾーンからの離脱に移行する。
「こちら天霧、一方送信。これより狭霧を曳航し、ホットゾーンからの離脱を試みる」
≪こちら大和、了解。援護も兼ねて目標群チャーリーと交戦開始します≫
少し離れたところから聞き慣れた五一センチの発砲音が炸裂し、一〇ノットも出ない天霧の右手の空を一二発の砲弾が駆け抜けていった。
「狭霧をこんな目に遭わしてくれたんだ、徹底的にぶちのめしてぐちゃぐちゃにしてやってくれ」
そう言いながらとにかく急ごうと焦る天霧の右半身に、血をたっぷり含んだ狭霧の制服から鮮血が移って来る。天霧の灰色の制服が赤黒く染まり、狭霧の温もりを血を伝って天霧に押し付けて来る。
「暖かいもんだな、血って」
相棒の身体をもう一度抱き寄せ直しながら、天霧は自分の身体にも流れる赤い血液の暖かさに、軽い驚きを覚えていた。
五一センチの怒鳴り声に遅れて、二〇・三センチと一五・二センチの絶叫が混じり、赤い海上に殷々と響き渡る音を上げながら鉄の塊が異形の集団へ向けて飛翔して行く。
幸い狭霧は一撃での轟沈は免れたものの、天霧が知らせて来た傷の具合からして、早急に集中治療室辺りに搬送しないと持ちそうにない傷だ。
ホットゾーンから二人が離脱する猶予を作る為にも、その思いから大和と武蔵は前方の水平線上に並ぶル級改flagship級の姿を凝視していた。ただのル級系の戦艦と比べたら別個体クラスに強化されたル級シリーズの最終進化系等とも言えるル級改flagship級の主砲が発砲し、大和と武蔵の周囲に近弾を送り込んで来る。
対する大和と武蔵もその艤装上で、一瞬明るく照らし出す発砲炎を目くるませ、全身を痺れさせる衝撃音と長身の二人と身にまとう巨大な艤装を覆い隠す砲煙を噴出させる。全身を突き抜ける発砲時の衝撃を噛み締めながら、大和はル級改flagship級を見つめ、この巨砲の発砲の衝撃に耐えられる強靭な肉体を持つ艦娘は恐らくは自分と武蔵と、今この場にはいないもう一人の自分だけだろう、と強者の座から感じる感想を抱いていた。
ル級改flagship級の背丈を軽く超える水柱がそそり立つ中、随伴のネ級とナ級の周囲に高雄と矢矧、一一駆の砲撃が降り注ぐ。近、遠の着弾を繰り返し、散布界を徐々に縮めていく日本艦娘艦隊の砲撃に応じて、深海棲艦側も徐々に散布界を縮めていく。特にレーダーによる射撃補正を行っているル級改flagship級の射撃は、一射一射毎にどんどん大和と武蔵の傍へと試射した砲撃の跡を近づけていく。
「所詮はどこかの深海棲艦の工廠で大量生産された急増品。こっちは百戦錬磨、食った飯の量と食らった弾の数が違うのだよ」
水飛沫を払いのけ、目の前に現出した水柱を踏み潰しながら進む武蔵が、この道一〇年余りの経験を盾にル級を睨みつける。その眼鏡と顔にかかる白い髪を、急斉射で撃ち出される五一センチ主砲の発砲の衝撃波が払いのける。
大和と武蔵共に、先に打った砲撃がまだ空中にあり弾着していない段階で次弾を撃ち出す急斉射を行って、ル級改flagship級との短期決戦を図っていた。間断なく撃ち出される五一センチが、ル級の傍に着弾し、水柱でその視界を、射界を覆い隠す。赤い海水で形作られた水柱で目視確認は出来なくなっても、電子の眼で射撃諸元を合わせるル級改flagship級が、主砲の射撃諸元を最適化し、あとは最装填完了を待つだけ、とほくそ笑んだ時、急激に頭上から迫る飛翔音がその目論見を殴り倒した。
鈍い金属音と炸裂音を立ててル級改flagship級の艤装に巨大な火炎が吹き荒れ、直撃を受けたル級改flagship級の一番艦が大きく姿勢を崩す。左舷艤装に備わる主砲搭一基が音を立てて基部から外れて海中へと落下し、ターレットからは黒煙が濛々と上がる。
脱落した主砲搭を見てから改めて直撃弾を出して来た大和と武蔵の方をル級が見た時、再び空の一角から巨砲の一撃が降臨した。急斉射、と呼ばれる撃ち方をしているだけに、次弾が飛来するのも速かった。
ル級にとっては本当に運の無い事が、そして急斉射を放っていた大和からすれば豪運な事に、彼女が放った五一センチの砲弾は砲塔が脱落していたル級改flagship級のバーベットを直撃し、そこにあった全てを貫通して、艤装の奥まった所で信管を作動させ、充填されていた大量の高性能炸薬を爆破させた。
起爆した五一センチ弾の周囲には、ル級改flagship級の主砲弾と装薬がぎっしり詰まった弾薬庫があり、これら主砲弾と装薬は主を裏切って敵対者である艦娘の破壊に力を貸した。
一瞬、水平線上に小型の太陽が現れたかの様な明るさの閃光が走り、遅れて三キロ前後の相対距離を駆け抜けて来た轟音が艦娘達の鼓膜を聾した。一瞬だがル級改flagship級の悲鳴が爆発の轟音に交じって聞こえたような気がした大和の見る先で、自らの砲弾と装薬に内側から引き裂かれ、焼き払われたル級改flagship級の左舷艤装がル級改flagship級の本体から破断、断裂し、醜い塊と化した艤装の残骸が急激に海中へとその姿を沈めて行った。左舷艤装を喪ったル級改flagship級の姿勢は左舷へと急激に傾き、姿勢を立て直せないままル級は左側へと横倒しになった。
ル級も人型系の深海棲艦なので、れっきとした二本の脚はあるのだが、左足だけでは支えきれないバランスだったらしい。或いはその足が履いているブーツには艦娘と違い浮力発生装置が無いのか、左舷艤装が破断して沈没し左側へと姿勢を崩したル級はそのまま横倒しになった。本体だけが足掻く様にもがいていたが、やがて右舷艤装の主砲弾薬庫が誘爆を起こして止めを刺された。
一番艦へ向けていた照準をキャンセルし、大和はル級改flagship級二番艦に照尺を開始する。既に武蔵と撃ち合っている同艦だが、お互い至近弾を出してはいるものの命中弾や挟叉は出していない。
「敵二番艦に対し照尺を開始」
射撃指揮所やCICの妖精にそう指示を出しながら、大和は他の艦娘のいる方にちらりと視線を向けた。
ネ級elite級二隻と高雄と矢矧が砲撃戦を行っており、ナ級二隻に対して吹雪たちも二人一組のエレメントを組んで二対一の関係を構築して交戦していた。ネ級と対峙する高雄と矢矧は兎も角、一一駆の四人とナ級、数的優位は一一駆の四人にあるがナ級は吹雪型の艤装を凌駕する高性能レーダーと、それに管制された軽巡クラスの主砲がある。吹雪たちが全速回避を続けながら攻撃を行わないと、レーダーによって正確に送り込まれる高威力の砲弾に艤装も身体もズタズタにされかねない。二対一の数的優位を形成してナ級のターゲティングを惑わす戦法がこの場合効果的だった。
「てぇッ!」
高雄と矢矧が同時に叫ぶ。二人の中口径主砲が同時に咆える。サイズの異なる砲弾が濁り水のような色の空を駆け、ネ級の元へと弾道を伸ばしていき、同時にその弾道予測線をネ級へと結びつけた。
ネ級elite級二隻の艤装上に直撃の火焔が走り、飛び散る艤装の破片が燃え上がる火焔と共に空へと飛び上がる。ネ級一番艦には高雄の砲撃が二発、二番艦には矢矧の砲撃が一発命中していた。超巡に分類されるネ級改Ⅱよりは装甲が薄く、耐久も低いが、重巡級の深海棲艦なだけはあり、高雄と矢矧の砲撃の一発、二発で即参る様子は見せない。健在な主砲艤装を構え、まだくっついている右手で高雄と矢矧を指さして、艤装に射撃目標を指示するかのようなモーションを取ると、それに応える様にネ級elite級の三連装主砲が火を噴く。
「敵弾、直上、近い!」
矢矧の肩の上で見張り員妖精が空を凝視し、人間離れした視力で精確に追跡していた砲弾の弾道を見極め、叫ぶ。
「拙い!」
呻く様な声を上げて矢矧が海面を蹴った時、左舷艤装にネ級elite級二番艦の砲撃が命中した。ハンマーで艤装を思いっきり殴られた様な衝撃が走り、見えない大きな手で抑え込まれた可能ように矢矧の身体が左側へと傾ぐ。思いっきり海中に没する左足の靴底が元の海面に戻るまでに、しこたま外れ弾の上げた水柱の海水を被り、口に入り込んだそれに矢矧が咽る。
頭を振って水飛沫を払いながら被弾箇所を確認し、矢矧は唇を噛む。第三主砲搭の天蓋に穴が開いて、右砲が根元からあり無い角度に折れ曲がっている。阿賀野型軽巡艦娘の改二艤装ならではの最新の安全装置のお陰で、砲搭弾薬庫への到達は防いだようだが、代わりに第三主砲の砲塔内部の機構が全損した様だった。
「応急指揮所より矢矧、第三主砲搭全壊! 第三主砲使用不能、砲員全滅!」
「了解……第一、第二主砲、砲員各員へ。第三主砲砲員の敵討ちよ。存分に叩き込みなさい」
ぎらぎらとした眼光をネ級elite級に向けながら、低い声で矢矧は装備妖精達に言う。左目の端で全壊した第三主砲を見やりながら、矢矧は胸の中で深いため息を吐いていた。第三主砲搭の砲員の妖精は射撃の精度は凡庸だったが、皆朗らかで、良い性格のもの揃いだった矢矧も何度か勇気づけられたり、励まして貰えた事があっただけに全員戦死したのは極めて残念だった。
帰国したら墓でも建てよう、と胸の中で呟きつつ、頭の中では第三主砲搭砲員の敵討ちに必要な砲撃の諸元の計算を行う。
「撃ち方、始め!」
一言一言を歯で噛み締めながら言う様に発した射撃号令が、奥歯を震わせて四門の一五・二センチの砲口から飛び出していく。
十数秒後、ネ級二番艦に再度着弾の爆炎が走り、今度はネ級も身体を仰け反らせ、明らかに無視出来ない損害を受けた様子を見せる。その証拠に黒煙が噴出して、止む気配を見せない。ネ級elite級が後方へと垂れ流す黒煙は、後方で一一駆の四人と機動戦を展開するナ級の射界さえも遮りかけている。
「煙幕……? いや違うわね」
一瞬偽装を疑うも、煙の色からそれは無いと結論付ける矢矧は畳みかける形で急斉射をネ級elite級二番艦に差し向けた。空中に初弾がある段階で次弾を休みなく撃ち出す斉射を繰り返す矢矧の見つめる先で、林立する水柱の衝撃波に揉まれたネ級elite級の本体と艤装上に、一五・二センチの直撃の証が咲き乱れる。貫徹能力は弾芯の改良で強化されている一五・二センチの威力は、傍でネ級elite級一番艦と交戦する高雄の二〇・三センチ二号砲にも匹敵するから、ネ級elite級くらいの装甲なら当たり所次第では容易く貫通できる。
複数個所でヴァイタルパートを貫通されたネ級elite級が苦しみもがく様に身体をよじらせ、被弾痕が空いた本体から血潮の様な青い体液を流す。妙に人間風味のあるダメージ具合に、たまに見る光景ではあるとは言え、いつも矢矧は意外に思う。体液が赤くないと言う事は、自分と違って酸素を必要としない血液の様なものなのだろうが、撃たれて、撃たれた跡から人間の様に体液を垂らし、苦しみもがく様はまるっきり人間とそっくりだ。流す血の色が違うだけとも言える。
だが、手加減はしない。そう胸に反芻しながら矢矧は引き金を引く。かつて足柄と共に部隊を率いていた時、隷下の二水戦所属の夕雲型駆逐艦娘の玉波を殺された怨念は、今でも矢矧の心の中で復讐の炎の燃料となって燃え続けている。玉波を喪った時、足柄は精神を病んで、自分は半月ほど酒に逃げた。あの屈辱と仲間を喪った無念は改二になった今でも忘れてはいない。
立て続けに突き刺さった一五・二センチの弾丸が、手負いのネ級elite級二番艦に引導を引き渡した。大爆発を起こす訳でもなく、ただ左舷へと傾く傾斜を立て直す事が出来ないまま、背負う様に接続している艤装から炎を上げつつ、ネ級elite級二番艦の姿は海中へと没し始めた。
「悪く思わない事よ」
呟く様に言いながらネ級elite級二番艦の最期を見届けると、矢矧は一一駆の四人の方を振り返った。
高雄なら同格のネ級elite級一番艦を独力で対処出来るだろう。だが一一駆の四人はナ級と比べると火力で劣る。軽巡艦娘であり、日本艦娘艦隊最強軽巡と自他ともに認められている自身の火力を持ってサポートに周るべきだろう。
「……これでまだ前菜、ね。ハンバーガーにありつけるのはいつになるのかしら」
そう呟きながら、矢矧は主砲をナ級一番艦へ、吹雪と白雪が共同で対処しているナ級へと四門の一五・二センチの細長い砲身を向けた。
珍しく主人公の愛鷹が出てこない回になりましたが、その分比較的オリジナル艦娘要素を抑え、既存の本家実装済艦娘で話を描けました。
次回投稿は未定ですが、9月はランカーやる予定なので、10月まで出ないかもしれないし、出るかもしれないです。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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