サリー級重巡艦娘モントローズにとって、欧州での戦いとは即ち自分の故郷とその隣国での戦いと言う意味であった。
西部進撃隊の北部戦線を構築する英国艦隊は負傷復帰を果たしたばかりの戦艦艦娘ウォースパイトを旗艦に、ウォースパイトの姉妹艦ヴァリアント、空母艦娘としてアークロイヤル、ヴィクトリアス、サリー級重巡艦娘のモントローズ、チェスター、それにサリー級重巡艦娘の後期型のデヴォンシャー、ベッドフォードの四人からなる重巡戦隊、軽巡艦娘シェフィールド及びユリシーズ、駆逐艦娘ジャヴェリン、ジャーヴィスを始め二〇人ほどで構成されていた。
北部戦線は他にも北米艦隊より派遣されて来た空母艦娘レキシントン、フェニックス等を中核とした空母打撃群が一群、ドイツ艦娘艦隊のビスマルク、ティルピッツ、アドミラル・ヒッパー、プリンツ・オイゲン、ブリュッヒャー、ザイドリッツの六人からなる一群等で構成されていた。
モントローズはその中の一人であり、英国重巡戦隊の旗艦であった。
北部戦線を構築する艦娘艦隊群は現在、空母棲姫を中核とした深海地中海艦隊空母機動部隊と交戦中であった。今のところ、艦隊に爆撃による被害は無く、先手を取れた分、アークロイヤル、ヴィクトリアス、レキシントン、サラトガから発艦した攻撃隊が空母棲姫を撃破し、海域優勢と航空優勢を確立しつつあった。
航空戦力が当てにならない状況で、深海棲艦が取れる策は一つしか無いだろうとモントローズは考えていた。無論、水上部隊による突入だ。
空母機動部隊を攻撃している都合上、艦娘艦隊の空母艦娘は他の水上打撃部隊に対する航空攻撃が実施出来ていない。また深海空母機動部隊へ度重なる航空攻撃を行っていく内に、被撃墜や損傷等で再出撃可能な機体は右肩下がりで減っていく。
深海棲艦の空母艦載戦闘機も相応の性能を誇るから空戦で一定数の損害が発生するし、深海棲艦の防空隊を突破しても、随伴のナ級、ツ級、ト級らの対空砲火が待ち受けている。花火の中に飛び込む航空隊は怯む事無く爆撃を敢行し続けたが、理不尽を味方につけた深海棲艦の対空砲火は確実に艦娘艦隊の空母艦娘の航空戦力を削り落としていく。
早朝から第三三戦隊からの情報共有を基に深海空母機動部隊へ開始されている航空攻撃は、既に五波に渡って行われ、稼動機は五回の攻撃で六〇パーセントにまで低下していた。
哀愁を漂わせた顔を浮かべて、帰還した航空隊をアークロイヤルとヴィクトリアスが受け入れていく。第五次攻撃隊を送り出した時は六〇機程だったが、攻撃隊が帰還した時、総数は四〇機程にまで落ち込んでいた。艦戦として採用されているコルセアMkⅡは兎も角、ソードフィッシュ艦上攻撃機、バラクーダ艦上攻撃機とスクア艦上爆撃機の数が減る一方だ。帰還したはしたでまた良いとして、そこから損傷の具合のチェックが入り、再飛行不可能と判断された機体は戦列から外され、稼働可能な機体の部品取りと化す。
程なくアークロイヤルとヴィクトリアスから稼働可能な機体の集計が集まった。アークロイヤルの艦載機で稼働可能なのはソードフィッシュ艦上攻撃機が一九機、スクア艦上爆撃機が一一機、コルセアMkⅡが一八機、ヴィクトリアスはバラクーダ艦上攻撃機が一〇機、スクア艦上爆撃機が八機、コルセアMkⅡが九機。攻撃隊の誘導機を務めているフルマー偵察機は全機が健在。
かなり減ったなとモントローズは思った。作戦開始前、アークロイヤルにはソードフィッシュが三二機、スクアが二四機、コルセアが二四機、ヴィクトリアスにはバラクーダが一九機、スクアが一八機、コルセアが一八機あった。現在の稼働機数に落ち込んだのは撃墜だけでなく、損傷で再飛行不能と判断された機体も含むので、撃墜されて失われた機体の数の集計は空母艦娘当人たちがしてくれないと随伴護衛艦であるモントローズには知る由も無い所だが、それでも相当数を喪った事は間違いないだろう。
勿論、犠牲に見合った戦果は挙げていると推測されていた。触接を維持しているヴィクトリアスのフルマー偵察機の報告では、空母棲姫四隻撃沈、軽空母ヌ級flagship級及びelite級七隻を撃沈破、その他随伴艦多数に撃沈、大破等の損害を与えていると言う事だった。
相打ちに近い有様となったが、深海空母機動部隊はほぼ壊滅したと見るべきだった。少なくとも北部戦線を受け持つ艦娘艦隊の前面に展開する深海空母機動部隊は壊滅と見て良いだろう。
「残るは水上打撃部隊か……」
そう呟くモントローズは艦隊旗艦ウォースパイトの方を伺った。艤装に腰かける姿は玉座に座る女帝を思わせる佇まいだが、そうなった理由は単に欧州戦役初頭に負った負傷でまだ足に障害が残るが故に取られた応急措置からであり、本来ならウォースパイトはその後ろに続くヴァリアントを始め多くの艦娘と同様立った状態で艤装を纏う艦娘の一人である。地中海を巡る戦いの途中で大破、後送されたネルソン級姉妹や本国艦隊配備で手が離せないクイーン・エリザベスや、キング・ジョージV世級戦艦艦娘らに代わって前線に赴くウォースパイトは負傷の身をおして戦場に立つ艦娘だった。
ウォースパイトと言う艦娘の生い立ちを知る艦娘の一人であるモントローズからすれば、今のウォースパイトの立ち振る舞いは奇妙に見えて、同時に納得がいく姿であった。戦艦艦娘ウォースパイトは、「サー」の称号を持つ海軍高官の娘として生まれた。周囲からは英国海軍女性士官として出世する事を望まれ、事実彼女は海軍に入隊する事になるが、ウォースパイト自身は戦争を、殺し合いを始めとする争いを心底嫌悪する女性であり、彼女自身の本当の願いは教師になる事だった。
両親によって決められた道を歩む羽目になったウォースパイトは、今の高貴な佇まいとは裏腹に、海軍入隊当初は英国海軍切っての問題児であった。モントローズはその頃からウォースパイトとなる女性軍人を知っており、艦娘として新たに任官されたウォースパイトを見た時は何とも奇遇な縁とも、当然の結果とも思えた。ウォースパイト、即ち「戦争を軽蔑する」と言う名前はいかにも反戦主義な彼女らしい名前とモントローズは思ったものだった。
変化を強要されたウォースパイトは、やがて諦めがついたのか、それとも自身の掲げる非武装平和主義が最前線に送り込まれていく内に突き付けられた戦場のリアリズムによって空虚な幻想だと思ったのか、戦艦艦娘としての立場を受け入れ始め、現在の立場にいる。
モントローズは元平和主義の戦艦艦娘とは違った。彼女は生粋の軍人気質であり、同時に人としての優しさを併せ持つ女性であった。艦娘任官後も概ねそれは変わらず、味方には優しく、敵には容赦の無いサリー級重巡艦娘三番艦として己の責務と職務に当たり続けていた。現在の彼女はサリー級重巡艦娘の前期型であり自身とチェスター、後期型に類するデヴォンシャーとベッドフォードからなる重巡戦隊を率いる戦隊旗艦であり、太平洋戦線から本国艦隊へ引き戻された後、北海での戦線で深海棲艦と戦った後、今の地中海戦線へと送り込まれていた。
同じ艦隊を組むユリシーズとは太平洋艦隊編入時以来の付き合いであり、戦友であった。
モントローズは勇敢な重巡艦娘であり、不屈の精神を持ち、数々の理不尽な状況を耐えて来て、尚且つ深海棲艦への慈悲と容赦の無さという意味でも、ユリシーズとは波長が合った。違いがあるとすれば、ユリシーズが軽巡なのに対し、モントローズは重巡故に火力に差があると言う所だろう。
風を切って進む英国艦隊の艦娘達のヘッドセットに着信音が鳴り響く。
≪シーガル1より英国艦隊各艦へ。深海棲艦水上打撃群二群がそちらへ向け転進。方位290、的速二一ノット。敵艦隊は戦艦棲姫一隻、超巡ネ級改Ⅱ一隻、重巡棲姫一隻、防空巡ツ級elite級一隻、大型駆逐艦ナ級二隻。速やかなる迎撃を開始せよ≫
「旗艦ウォースパイト了解。艦隊各艦へ通達。これより敵水上艦隊を撃滅します。ヴァリアント、モントローズ、チェスター、デヴォンシャー、ベッドフォード、シェフィールド、ユリシーズ、ジャヴェリン、ジャーヴィス、ジェームスは我に続け。アークロイヤルとヴィクトリアスは残る艦を連れて、現海域にて遊弋待機」
「了解」
相次いだ返答が返され、ウォースパイトが選んだ艦娘達が彼女を起点に集結し始める。戦艦二、重巡四、軽巡二、駆逐艦三とそこそこの規模だ。
戦艦棲姫と超巡ネ級改Ⅱ、それに重巡棲姫と強力な主力艦三隻を相手にするには、果たして英国艦隊の戦力は充分なのか。ふとインフレーションとブレークスルーを起こしている日本艦娘艦隊の強力さを肌身で感じて来た事があるモントローズはその様な不安に駆られる。が、雑念は直ぐに振り払い、軽くため息を吐いた。日本艦娘艦隊の強化が異常いや過剰なだけで、英国艦隊の戦力は決して貧相なモノでは無い。クイーン・エリザベス級戦艦艦娘二人の三八・一センチMk.1連装主砲の威力にふざけた所は一切ないし、その脇を固めるサリー級重巡艦娘の五〇口径二〇・三センチ連装主砲の威力は同格の深海棲艦と充分渡り合える威力を持つ。
「とは言え、何隻かはやられる事も覚悟はしておかないと駄目ね」
胸中に広がる一抹の懸念を口にしながら、モントローズはチェスター、デヴォンシャー、ベッドフォードを率いて単縦陣を組んでウォースパイトの後ろに並ぶヴァリアントの右手に布陣した。ヴァリアントの後ろにはジャヴェリン、ジャーヴィス、ジェームスの三人が並び、英国艦隊は複縦陣を組んで前進を開始した。
偵察に出ていた天山全てを収容した瑞鳳が飛行甲板の構えを解くと、第三三戦隊は当初の予定通り西進して戦場海域からの離脱に移った。
瑞鳳と青葉から送り出した索敵機は洗いざらい深海地中海艦隊の戦力を確認し、後方の本艦隊の空母艦娘や戦艦艦娘の放つ偵察機にその位置情報を伝達していた。役目を果たした第三三戦隊に代わって、本艦隊から送り込まれた艦上偵察機や水上偵察機が現在では確認された深海棲艦艦隊の上空で対空砲の射程外から触接を行い、逐次その位置情報を母艦へと転送していた。
やる事はやった、と愛鷹は判断し一旦補給の為に変色海域との境界面ぎりぎりまで進出している「ズムウォルト」との合流地点へと隊を率いて向かった。交戦らしい交戦をあまりせずに所定の任務を果たすのは、愛鷹からすれば比較的珍しい出来事と言えた。
無論、偵察部隊としての任務だけで終わらされるとは彼女も思っていない。「ズムウォルト」での補給完了後はまた前線の何処かに余剰兵力として再投入されるだろう。主力艦娘だけでも巡洋戦艦一、重巡二、軽巡一の艦隊戦力は小さいとは言い難い艦隊戦力だ。
ただ、ス級一隻の所在を掴めていないのが愛鷹の心残りであった。深海棲艦艦隊の展開状況からして、ス級が単艦行動を行っていると見ていたが、その足取りがつかめなかった。本艦隊の方へ向かっているとは考えていたが、西部戦線か北部戦線かで愛鷹は悩んだ。
戦力差から言えば北部戦線の方がス級も蹂躙しやすいだろうし、西部戦線なら高火力の大和型改二を始め、戦艦艦娘の数は最も多い。ス級の装甲を持ってすれば、集中砲火を浴びながらもそれらを全て弾き返しながら逆に艦娘艦隊を蹂躙する事も可能だろう。
恐ろしい相手だ、と戦慄を覚えながら愛鷹は唇を噛む。たった一隻で艦娘艦隊を蹂躙できるポテンシャルを秘めるとは。
「ズムウォルト」へ収容された第三三戦隊は燃料補給を受ける間、栄養ゼリーで腹ごしらえを行った。
「ス級が行動しているとしたら、西部戦線か北部戦線か。どちらへ向かうか、これが問題ですね」
次席旗艦であり自然と第三三戦隊における首席幕僚も兼ねている青葉がゼリーに口を付けて休みを挟みながら語る。
「ス級の単艦の性能で見ても、西部戦線の艦娘艦隊を一隻で蹂躙し尽くし事は可能ですが、空母の支援も無しに動いているのだとすれば、流石にス級も分が悪いです。対空戦闘能力を強化したelite級ならまだしも、今所在がつかめていない無印は対水上戦闘特化型。空母艦娘が束になって艦載機による航空攻撃を行えば、理論上撃破は不可能では有りません。そして西部戦線を構築する艦娘艦隊にはそれが可能とするだけの空母艦娘が揃っている」
「アメリカ様様ね」
同じようにゼリーを吸いながら青葉の隣から衣笠が言う。
「とは言え、空母艦娘の人たちも早朝から繰り返されている対艦航空攻撃で稼動機が減っている事でしょう。現に北部戦線を構築する英国艦隊の艦載機損耗率は甚大です。第七航空戦隊と北米艦隊の空母艦娘の艦載機はまだ不明ですが、無尽蔵に艦載機がある訳でもない」
そう口にする愛鷹は空母艦娘の悪い所がここだ、と内心残念にも思っていた。戦艦艦娘や巡洋艦娘と違って空母艦娘は一定の火力を艦砲では代替の効かない長射程で運用できる反面、被撃墜や損傷機などで稼動機が減ると急激に、短時間で戦闘能力を失ってしまう。戦艦、重巡艦娘もその点、弾薬の残量と言う制限が似通ってはいるが、戦艦、巡洋艦娘らは弾を消費しても補充すれば良いだけだが、空母艦娘は艦載機を消耗してしまうと、練度のある航空妖精の最錬成と言う所からやり直さなければならない。
「弾が補充される限り戦闘能力を維持出来る水上艦娘の強み此処にあり、ですね」
栄養ゼリーを平らげた夕張が、空になった容器をゴミ箱へ放りながら言う。傍らでそれを聞いた瑞鳳が渋面を浮かべながらもその通りだと頷く。
青葉も栄養ゼリーの容器がべこりと凹む音を立てる程吸い込み、ゴミ箱へと投げ込みながら愛鷹に視線を向けた。
「愛鷹さんは、ス級はどちらへ向かうと思いますか? 北部戦線か、西部戦線か。与しやすいさでは前者、戦略的な打撃なら後者ですが」
二者択一を提示する青葉に愛鷹はゼリーを吸い込みながら考え込む。シトラス風味のゼリーが口の中に広がる。
「圧倒的火力と防御力を持つス級、ただ一隻でその戦力は艦娘艦隊の連合艦隊に匹敵する巨大艦。ひとつ注意点してス級は、対水雷防御自体は並と言う点にあります。その場合、圧倒的な火力で西部戦線の艦隊を蹂躙出来ても、水雷戦隊が束になって襲い掛かれば魚雷に喫水線下を食い破られ、水底に沈むことになる。
反面北部戦線の艦娘艦隊は、西部戦線の艦娘艦隊の戦力を『甲』とするなら『乙』と言えます。火力で蹂躙出来るし、物量差もカバーできる。ただし西部戦線の艦娘艦隊と合流を果たされたら、脅威となる戦力ではある。
ス級は……北部戦線に向かうでしょう」
そう言い切ってから愛鷹は一人の軍人を思い浮かべていた。ナポレオン・ボナパルト。物量において自軍が劣勢にあっても戦力を巧みに活用して、自軍の部隊より少ない敵部隊を各個撃破して全体的な勝利を掴んだ男。ス級のやろうとしている事はそれに似ている。北部戦線の艦娘を、自身よりも戦力的に劣勢だが西部戦線の艦娘艦隊と合流されたら厄介な戦力である艦娘艦隊をまず片し、然る後西部戦線の艦娘艦隊へ攻撃を開始するかもしれない。
深海棲艦艦隊は燃料事情が逼迫している、と言う背景はあるにしても、今ここで持てる資源を使って艦娘艦隊に致命的な損害を与えれば、戦況の長期化を招き、深海棲艦艦隊は戦力の再建の為の時間を稼げる。
「補給が完了し次第、北部戦線へ向かいます」
そう告げた愛鷹はゼリーを全て吸い込むと、空の容器をゴミ箱へ放った。
ス級の脅威と言うものを噂や軍内で共有されるレポートを基に聞いていた戦艦艦娘リシュリューとジャン・バールの二人は、第三三戦隊から送られて来た偵察情報により、ス級の存在が不明と言う事実を知るや、独自に行動を開始していた。即ち彼女達も北部戦線へと転進していたのである。
「本当にス級は北部戦線に向かっているのかしらね」
艦隊旗艦を務めるリシュリューの決断に疑念を呈するモガドールに、リシュリューは断固たる意志を持って進路を維持と言う形で答えた。
リシュリュー達も消耗は少なからずあった。超巡ネ級改Ⅱでは無いが重巡ネ級elite級二隻と重巡棲姫一隻を基幹とする深海棲艦の重巡戦隊と交戦して、大破艦こそ出さなかったものの全艦が小破程度の損害を負っている。致命傷では無いから戦闘続航に支障はないとはいえ、万全の状態とは言い難い。無論、万全の状態をもってス級と対峙した所で、通常火力でどうにかなる存在でもないのはリシュリューも知っているが、だからと言って何もしないで味方が蹂躙されるのを眺めている程、彼女も愚かでは無く、臆病でもない。それは高潔さで知られたフランス海軍の軍人家系に生まれた彼女のプライドが許さなかった。
北部戦線へと前進する戦艦戦隊は途中深海棲艦の偵察機に発見されたものの、コマンダン・テストから発艦したラーテ水上爆撃機による迎撃で偵察機は撃墜され、触接を防いでいた。偵察機による触接を喪った為か、深海棲艦の水上艦隊が追撃して来る事は無く、また対潜警戒に当たるグロワール、モガドール、カール・ガルスターからもソーナー探知の報が上がる事は無かった。
北部戦線まであと少しと言う所でリシュリューは艦隊に複縦陣への陣形変換を命じた。
「ジャン・バール、ス級と会敵した際には私達の特殊砲撃を見舞ってやりましょう。三八センチがどこまで通用するかは分からないけど、物は試しよ」
「了解よ、姉さん」
リシュリューとて全くの無策では無い。北部戦線にいるビスマルク、ティルピッツの二人が率いるドイツ艦娘艦隊と挟撃が出来れば、ス級とて対応が困難になると踏んでいたのだ。
「もっとも、一五インチ級の艦娘の艦砲を幾ら撃ち込んだ所で参る様な相手では無いでしょうけど」
そうは言いながらもリシュリューにはちゃんと考えはある。自分とジャン・バール、それにタイミングを合わせられたらドイツ艦娘艦隊とス級を挟撃出来たら、自分達を囮に引き付けている間にグロワール達やドイツ艦娘艦隊のアドミラル・ヒッパー級姉妹が魚雷戦を仕掛けてス級の脇を魚雷で突き刺して損害を与えられる可能性はあった。
フランス艦娘の五五〇ミリの魚雷とドイツ艦娘艦隊のアドミラル・ヒッパー級姉妹が備える五三三ミリの魚雷は、日本やアメリカの艦娘の魚雷より多少性能的に見劣りする所がない訳でも無いが、それでも下手な中口径主砲等より遥かに高い火力を持つし、それがス級でも防御の弱い喫水線下に命中するのだから必要充分な火力を有していると言えよう。問題は命中精度だが、グロワール、モガドール、カール・ガルスターを始め、皆徹底的な訓練を重ねているから練度に関しては憂慮するような要素にもならないだろう。
「シーガル1、ビスマルクとの回線の接続をお願い」
≪了解、スタンバイ≫
一分もしない内に自分と比べても負けず劣らずの高飛車さが滲むビスマルクの声が返される。ドイツ語訛りの英語でリシュリューからの呼びかけに答えて来た。
≪何用かしらリシュリュー?≫
「ス級の艦影はそちらでも捕捉出来た?」
≪いえ、英国艦隊が深海棲艦の水上艦隊と交戦を開始してはいるけど、私達は予備兵力として待機中の所よ。偵察機は盛んに飛ばしているけど、今のところはあの巨大艦の姿を捕捉出来ていないわ≫
「そう……でも、私の読みが当たっていればス級はそちらに向かっている筈よ。私達は北部戦線の南側から進撃中だからス級がそちらの前面に洗われ次第、南北から挟撃しましょう」
≪ちょっと待って、前提条件としてス級がこちらに向かっていると言う体で話が進んでいるけど、そうと判断できる根拠はあるの? 確かに第三三戦隊の偵察結果から無印のス級が所在不明なのは知っているわ。でもその行方知れずのス級が北部戦線へ向かうと言う根拠は?≫
「ビスマルク、貴女は自分の艦隊より多くの敵が分散した状態で相対した時、一個の集団が多い敵から叩く? それとも少ない敵から叩く?」
≪戦術と戦略の常道から言ってみれば私が選ぶのは後者となるわね≫
「それと同じよ。ス級は総火力が西部戦線の艦娘艦隊よりも劣る北部戦線の艦娘を先に攻撃しに行くだろう、そう考えれば自然な話よ」
≪状況証拠に過ぎないわね。もしス級が北部戦線の艦娘に対する攻撃では無く、西部戦線の艦娘艦隊を先に狙うか、遊弋を選択していた場合は?≫
「西部戦線の艦娘艦隊の火力ならス級を集中砲火で撃破出来るわ。同じ水上艦同士の砲撃戦と言うリングに立つまでも無くね」
暗に空母艦娘の航空攻撃で屠れると言う意味を込めた発言をするリシュリューの意図を汲み取ったビスマルクは、相変わらずのドイツ語訛りの英語で「了解」と答えた。
≪索敵機を英国艦隊の戦闘エリアから東方面に向けて前進させて索敵警戒を行わせましょう。奴が私達を蹂躙しようと迫るのなら、味方がまだ少数残るイタリア沿岸部寄りの航路を取るでしょう≫
「私達フランス艦隊も索敵機を同じ方向へ出すわ。誤射にだけは注意して頂戴。リシュリュー、アウト」
通信を切ったリシュリューはコマンダンテストに合図してラーテ水上爆撃機を指定したエリアへ向けて発進させるよう指示を出す。
「D’accord.」
了解と答えたコマンダンテストの航空艤装からLate298B水上爆撃機が射出され、イタリア半島沿岸部の北武戦線とリシュリュー達との中間部一帯へ向けて展開していった。
リシュリューとビスマルクが共同してス級対策に乗り出ていた頃、英国艦隊は深海棲艦の水上艦隊との砲撃戦を繰り広げていた。
ウォースパイトとヴァリアントの統制砲撃が戦艦棲姫の艦体に徹甲弾を突き立て、大気を激震させる爆発を起こす。
「やはり戦艦棲姫も大分型落ちして来たのは否めんな」
中性的とも言える涼しさのある声でヴァリアントが炎と黒煙を纏いながら立て直しを図る戦艦棲姫を見て言う。登場当初は国連軍からHVT(高脅威目標)として指定された戦艦棲姫だったが、ここ一〇年内の艦娘側の艤装の強化や艦娘自身の実戦を経験した練度向上も相まって、その戦術的脅威度は大分下がった感は否めない。無論その巨砲が放つ一撃は戦艦艦娘と言えど一撃で大破しかねない大火力であるものの、防御に関しては向上などの措置が取られていないのか、クイーン・エリザベス級戦艦艦娘のウォースパイト、ヴァリアントの三八・一センチMk.Ⅰ連装主砲が放つ徹甲弾でさえそのバイタルパートは射抜けた。二人の主砲に装填された徹甲弾の弾芯を始めとする徹甲弾そのものの強化のお陰と言えるし、強装薬の爆圧に耐えられる新型の砲身と砲塔機構のお陰とも言えた。
「Shoot, Shoot, Shoot!」
三連呼されたウォースパイトの号令一下、クイーン・エリザベス級戦艦艦娘姉妹の一五インチ級主砲が砲声を轟かせ、艤装の形状は異なれど、備える艦砲の口径は同じ主砲から衝撃波と轟音を伴って徹甲弾が飛び出していく。
被弾による傾斜で主砲弾が主砲搭に上げられなくなったのか、数分前から沈黙している戦艦棲姫の主砲搭にウォースパイトとヴァリアントの砲撃が直撃する。轟音と金属の絶叫音と共に二人の砲撃は主砲搭の天蓋で火花を盛大に散らして弾き返されたが、その他の砲弾は戦艦棲姫の艤装、本体を貫いて行く。
「モントローズ、そちらの状況は?」
ヘッドセットに手をやりながら問うウォースパイトに、重巡戦隊を率いるモントローズから涼しい声が返される。
「問題無し。ネ級改Ⅱはデヴォンシャーの雷撃で沈黙しているし、重巡棲姫は砲撃が壊滅的に下手くそで大した脅威では無いわ」
そう言った直後、重巡棲姫が何事かを喚き散らしながら放った砲撃がモントローズの右手前に着弾して制服と靴と艤装、そして彼女の顔面に海水を勢いよく叩き付けて潮気の強い香りを強制的に浴びせて来ると、モントローズは前言に修正を加えた。
「ま、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言うべきかしらね」
幾ら砲撃の精度が悪かろうと、運と言う可視不可能な要素が重巡棲姫に味方した時、自分の命ごと吹き飛ばしてしまうだろう。そのくらいの緊張感はモントローズを始め、英国重巡艦娘四人の中にもあった。ただ最大の脅威であるネ級改Ⅱがデヴォンシャーの放った五三三ミリQR Mk.Ⅳ魚雷三発を食らって早々に戦線から脱落したお陰で、苦戦が予想された超巡ネ級改Ⅱと重巡棲姫との戦いは、比較的英国重巡艦娘有利に進んでいた。
「Shoot, Shoot, Shoot!」
モントローズの号令が下るや、サリー級重巡艦娘の四人が備える五〇口径二〇三ミリ連装主砲四基から八発の徹甲弾が放たれ、重巡棲姫とネ級改Ⅱへと注がれる。当てずっぽうな砲撃を繰り返す重巡棲姫に英国重巡艦娘からの正確無比な射撃が命中し、魚雷三本命中で身動きが取れないネ級改Ⅱに更に八インチ級の砲弾が殴りつけていく。装甲と耐久だけは一丁前に強いこの二隻を瞬殺出来る火力だけは生憎四人の手元には無い。
「モントローズ、もう一回ネ級改Ⅱに魚雷を見舞っても良いかしら?」
雷撃戦馬鹿な所があるデヴォンシャーがモントローズに進言する。自身に見合った技量を持つ彼女だ、任せても良いだろう。
「許可するわ。ネ級改Ⅱにもう一回英国淑女の魚雷戦と言うものを教育してやりなさい」
「了解」
単縦陣を組む四人の戦線からデヴォンシャーが離れ、海上でもがいているネ級改Ⅱに砲と魚雷発射管を構えて近づいて行く。
「モントローズ、ベッドフォード、援護をお願い。私もあの煩い奴に魚雷を撃ち込んで黙らせてやるわ」
チェスターも魚雷発射管を構えてモントローズとベッドフォードに言う。ぎゃあぎゃあ喚き散らす重巡棲姫にちまちまと砲撃を行うより魚雷を撃ち込んで一気にケリをつける方が早いと考えたらしい。
GOサインを出す戦隊旗艦艦娘にウィンクして返礼をしたチェスターの背を見送りながら、モントローズとベッドフォードは主砲を構え直した。
「では、私達は昔ながらの砲撃で奴を仕留めるとしましょうか」
「Roger, Shoot!」
二人分の砲声が海上に轟き、鋭い飛翔音を鳴らしながら二〇三ミリ弾が重巡棲姫にその弾道を伸ばして、結びつけにかかる。
砲弾を浴びた重巡棲姫から喚き声と共に砲弾が喚き声に乗って返され、モントローズ、ベッドフォードの周囲に水柱を立ち昇らせる。
「お上手ね」
日本語で言うなれば京都弁と同じ意味合いを込めた皮肉をたっぷりと含ませた台詞をベッドフォードが吐く。意訳すれば「下手くそですね」と言う意味なのだが、曲がりなりにも彼女も英国人である。直球な物言いよりも皮肉を多用した遠回しな物言いを好む事もある。ただ、多くの英国艦娘が嗜む紅茶の事を「あんなものを飲んでいるから大英帝国は衰退した」とチェスター、デヴォンシャーと共に痛烈に批判するコーヒー党と言う一面もある。
重巡棲姫の砲撃がモントローズとベッドフォードの方へと飛来する間に、距離を詰めたチェスターから圧搾空気が物体を押し出す音を立て、海中へと三発の魚雷を射出する。チェスターは直ちに艤装をくるりと反転させると、反対側の発射管からもう三発を発射し、離脱に入る。
海上に浮かび上がる六本の雷跡を見て重巡棲姫の喚き声が叫び声に代わる。緊急回避を試みる重巡棲姫に高速で迫った魚雷六発が吸い込まれる様にその艤装の舷側に白い航跡を交え、弾頭の炸薬を起爆させ、下側から重巡棲姫の艤装を抉り飛ばし、上へと逃げた爆発の力が重巡棲姫の姿勢を大きく揺るがす。
「叩き合いの無い」
軽蔑した様に鳴らすチェスターの鼻に重巡棲姫の大破炎上する黒煙の匂いが入り込んで来る。
その更に奥でデヴォンシャーがネ級改Ⅱに止めの一撃を放つ轟音が海上に響き渡った。爆発音と共に一瞬ネ級改Ⅱが海上に浮かび上がり、直後真下から炸裂した爆発がネ級改Ⅱを真っ二つに割いた。
海上に黒煙が二つ上がり、重巡棲姫とネ級改Ⅱの残骸が気泡と水泡を残して沈んでいく。
「イニシアティブを握ればこっちのものね」
愉悦感に浸りながらモントローズは沈みゆく二隻の重巡級の残滓を見つめた。機能していない主砲搭や魚雷発射管が海中へと没し、本体が力なく海中でだらんと四肢を伸ばす。
さて、とモントローズは尚戦闘継続中のウォースパイト、ヴァリアントの方へと視線を転じる。
「お困りのお嬢様二人をお手伝いしに参りましょうか」
こくん、とベッドフォードが頷き、即座に戦隊の隊列に戻って来たデヴォンシャーとベッドフォードが重巡戦隊の単縦陣を組み直す。
その時だった。モントローズのCIC妖精がレーダーのスコープを覗き込んで叫ぶ。
「警告、飛翔体が高速で接近中!」
「飛翔体……?」
一体どう言う飛翔体? と問いかけた時、轟音が空から高速で襲い掛かり、モントローズの視界を炎が包み込んだ。
身体を千の針に貫かれた様な感覚が襲い、生暖かいものが全身から零れ出て行く感触が肌を伝う。声にならない悲鳴を上げたモントローズの視界から炎が消えた後、世界が横倒しになり、視界の縁を黒いものが覆い始めた。全ての感覚が麻痺し、四肢から力が抜けていくのが分かった。胸部で鼓動を打つ臓器がゆっくりとその動きを鈍らせていく。
遠のいていく意識の中で、モントローズが思った事はチェスター、デヴォンシャー、ベッドフォード達は無事だろうか、と言う姉妹を案ずる想いだった。
≪クソ! レーダーに感あり。この反応は巨大艦ス級だ! 参照点より方位176、距離一万。的針279、的速二八ノットで北上中≫
≪こちらチェスター、モントローズ大破、重傷です! 意識がありません、メディバックを至急要請します!≫
≪こちらデヴォンシャー、我、損傷大なれど、尚も戦闘航行に支障なし!≫
「ス級……」
ス級接近、その報を聞いて、トラウマが蘇ったジャーヴィスの膝が笑い出す。両足で立つ事が出来なくなりそうになる彼女をジャヴェリンが支えに入る。
「しっかりなさい、ジャーヴィス! ウォースパイトとヴァリアントが何とかしてくれるわ! 私達はモントローズを曳航して後退するのよ!」
「It’s over……(終わりよ……)」
うなされた様に恐怖を顔面に張り付けてジャーヴィスは言う。その両頬にビンタをかまして活を入れ直そうとするジャヴェリンだが、ジャーヴィスがこうなるのも無理はないと理解はしていた。少なくとも彼女が見た限りではモントローズを襲ったス級の砲撃は直撃では無い。距離一万メートルから初弾命中はそう簡単にできる話では無い。にも拘らず、モントローズは海上に倒れ伏して動く気配がなく、デヴォンシャーは相応の傷を負っている。直撃では無い、至近弾なのかも怪しい砲撃の面制圧能力だけで重巡艦娘二人に手傷を負わせ、一人は重傷と言うのだからス級の桁外れで、破壊と艦娘に死を強制する理不尽さが伺い知れる。ジャーヴィスが戦意を喪うのも無理はない。
そう考えるとジャヴェリンも膝が笑いかけるのが分かった。足が震えだし、手元が震えで狂う。四・七インチ連装主砲を構える手が震えで狙いを定めるどころではない。ジェームスはまだ辛うじて恐怖の縁に立たずに済んでいたが、半分絶望している表情は浮かべていた。
戦わずして戦意を失いかける駆逐艦娘三人の周囲にまだ残っていたナ級が砲撃を放つ。
「危ない!」
咄嗟に、ジャヴェリンを庇う様に身を投げ出したジェームスの身体にナ級の砲撃が直撃する。駆逐艦娘の防護機能を容易く貫通するナ級の軽巡級の火力を発揮する砲弾が、防護機能のシールドを貫き、ジェームスの身体に突き刺さる。華奢な身体に弾痕を穿ったナ級の砲撃は奇跡的にもジェームスの身体の中で信管を作動させる事なく、不発に終わった。だが、彼女の腹部から鮮血が溢れ出て、英国海軍風のセーラー服が真っ赤に染まり始める。
「ジェームス!」
戦意を失いかけていたジャヴェリンとジャーヴィスが、我に返って仰向けに倒れるジェームスに駆け寄り、鮮血が溢れ出る腹部の患部を両手で押さえつける。圧迫する様に押さえつける二人の両手の白い手袋がみるみる真っ赤に染まっていく。
「Shoot!」
三人のすぐそこから鋭い射撃号令が飛び、ジェームスを射抜いたナ級にシェフィールドの砲撃が突き刺さる。周囲に外れた砲弾が突き立てた水柱の衝撃で揺れるナ級に六インチ徹甲弾二発が命中し、一発がナ級の魚雷発射管に当たって誘爆を引き起こす。
「ユリシーズ、ジェームスの手当てを! 私はウォースパイトとヴァリアントの支援に回るわ」
「了解だ」
ここで食い止めなければ、そう焦りを感じるシェフィールドの耳に聞き覚えのある砲声が聞こえて来た。
「Feuer!」
ビスマルクの凛と張った声がドイツ艦娘六人の主砲の撃発装置を作動させ、三八センチ、二〇・三センチの二種類の主砲が彼方のス級へと焼けた鉄塊を飛ばしていった。
ビスマルクとティルピッツのSK/C34 三八センチ連装主砲とアドミラル・ヒッパー級姉妹の四人のSK/C34 二〇・三センチ連装主砲の砲口が発砲の火焔を迸らせ、真っ赤に焼けた鉄塊を吐き出す。ヒュフナー・&・ケスティング社が製造した二種類の口径の主砲が発砲の度に大きく砲身を後退させ、反対に火焔が砲口から長く伸びていく。
「リシュリューと攻撃のタイミングを合わせられなかったのは悔しい所ね」
唇を噛みながらビスマルクは呟く。ス級の進撃速度が予想以上に速かったのが、ビスマルクとリシュリューの想定を覆した。
「だがやる事は変わりません」
再装填を終えた主砲の矛先を水平線の彼方に浮かぶ巨大艦に向けてティルピッツが言う。
「鉛玉を食らえ!」
ブリュッヒャーが叫び、アドミラル・ヒッパー級姉妹の統制砲撃がス級へと斉射した砲撃を浴びせる。ス級相手に重巡艦娘の砲撃などとても効果のある砲撃とは言い難いが、牽制目的として見れば充分な効果がある。二周り遅れた砲撃をビスマルクとティルピッツが放ち、一五インチ級の砲弾がス級の前後左右に至近弾となって水柱を高々と立ち昇らせる。
ドイツ艦娘が交戦を開始する直前にはウォースパイトとヴァリアントもス級との交戦を開始していた。三八・一センチMk.1主砲が統制砲撃を開始し、バーナード・アンド・エリクソン・システムズ社製の英国戦艦艦娘の艦砲が強装薬にて主砲弾を撃ち出す。
二〇発近い三八・一センチ主砲弾がス級を取り囲み、何発かが至近弾となって濁り水の海水をス級の艤装に打ち付ける。
「我が同胞を傷つけたその行いの報いを受けるがいい」
ぎらぎらと怒りを浮かべた視線をス級へ向けるヴァリアントの低い声が砲声に交じって呟かれる。
ス級の艤装上に発砲炎が瞬き、猛煙が一瞬その巨体を包み隠す。
「敵艦発砲! 狙いは何だ……? 姉貴、いつでも逃げられる様にスタンバっておけよ」
「言われずとも」
行動不能のモントローズに止めを刺すか、それとも応射して来る自分達へ向けて放ったか。
答えは数十秒後に出た。
矢継ぎ早に砲撃をス級へと放つドイツ艦娘艦隊の左右を挟み込む様にセコイアの大木を思わせる巨大な水柱が現出し、衝撃波と散弾の破片がドイツ艦娘艦隊を左右から殴りつける。幸い、散布界は比較的広かったものの、それでも子犬程はある鉄の塊がブリュッヒャーに直撃し、彼女から戦闘と航行能力を奪った。
短い悲鳴を上げてブリュッヒャーが戦列から脱落する。
「ブリュッヒャーがやられた……!」
「構うな、突撃続行! ザイドリッツ、ブリュッヒャーが抜けた穴を埋めなさい!」
アドミラル・ヒッパーが振り返って大破した妹の救援に向かおうとするのを、ビスマルクが制止し、吶喊し続けるよう命を下す。
突撃隊形を維持するティルピッツ、遅れてビスマルクが主砲の砲口から閃光を瞬かせ、大気を鳴動させて砲弾を放つと、それは幾度も重ねた修正射の末に導き出された諸元に基づいて飛翔し、飛翔中の環境の影響、砲弾と装薬のコンディション、コリオリの力等の要素で最適解を引き出してス級の艤装上へと弾着すると言う回答を出した。
四発の直撃弾がス級の艤装上で爆発炎を走らせ、軽くではあったがス級の船体が揺れた。ス級の艤装上での爆発は二発が副砲を粉砕しての爆発炎であったが、残る二発はス級の堅牢すぎる装甲を前に、射抜くよりも先にス級の装甲版上で爆発してしまった徹甲弾の爆発であった。当然ながら後者の二発が与えた損害は皆無と言っていい。
「流石に硬いわよね」
歯嚙みしながらティルピッツが言う。本音を言えば三八センチ弾が通用する相手では無いと言いたいところだったが、彼女の戦艦艦娘としての矜持とプライドがそれを言うのを阻んでいた。ティルピッツの台詞から想いまでビスマルクも同じ事を考えていたが、だからと言って戦線を放棄して離脱すると言う事は尚の事二人からすれば考えられない話であった。
「時期にリシュリューとジャン・バール率いる戦艦戦隊も到着するわ! 戦艦六隻が揃えば勝利は疑いないわよ!」
艦隊だけでなく自らを鼓舞する様にビスマルクは健在な艦娘に呼びかける。ヤー、と返すドイツ艦娘艦隊一同と共に再装填の遅いス級へ間断なく砲撃を浴びせる。
少なくとも圧倒的な火力投射量と決して低くない単発火力を誇る副砲群の射程内に入らなければ、一方的な戦闘も可能だ。問題はその距離を維持して撃ち込んだ徹甲弾はス級のバイタルパートを射抜けないと言う所にあるのだが。接近するには副砲群を破壊するしか無いが、着弾点に不確定要素の多い艦砲射撃で精確に副砲だけを狙い打つのは至難の業だ。
だがやるしかない。そう思いビスマルクはス級の副砲を破壊する事を企図して砲撃を続行した。艦娘の接近を阻む副砲を全て、或いは死角を生めれば、そこから三人に減った独重巡艦娘の魚雷攻撃で仕留められる可能性はあった。確かに圧倒的な火力と装甲はあるだろう。だが決して難攻不落と言う訳でもない。
「火力を敵戦艦の副砲群に集中。副砲を破壊し、接近戦の為の活路を形成する!」
同じ考えに至ったウォースパイトがヴァリアントとまだ戦闘可能なチェスター、ベッドフォードに指示を出す。英国とドイツの戦艦艦娘と重巡艦娘、火力に秀でた二つの艦種が集中砲火を深海棲艦の巨大戦艦に投射する。
再度ス級が発砲し、巨大な赤く光る砲弾が英独艦娘艦隊へ向けて飛び出していく。その砲撃はヴァリアントを掠めて、彼女の背後で大爆発を起こして周囲の海面を吹き飛ばした。
「うわ! ……今のは危なかったぞ」
短めな髪がなびく程の至近距離を突き抜けたス級の砲弾に、だらだらと溢れ出る冷や汗を拭いながらヴァリアントはその胸の内で戦慄と恐怖を覚えていた。もし当たっていたら、戦艦艦娘の防護機能も容易くぶち破って自分は文字通り血煙を残して四散していただろう。だが、ここで恐怖に屈しては自身の名に恥じる戦いをする事になる。その「勇気」や「気高い雄々しさ」と言う意味を持つ戦艦艦娘ヴァリアント自身が持つ「勇気」が彼女を狂乱から正気へ押しとどめた。
「Shoot!」
「Feuer!」
二つの異なる国の言葉で発せられた射撃号令がこの日通算何度目になるか分からぬ斉射を放つ。
そこへ二種類の砲声が水平線の彼方から轟き、英独艦隊の砲撃と合わせてス級へと鉄塊を叩き付けた。艦の前後から浴びせられる砲撃に、ス級の船体がぐらりと傾き、何発かの直撃弾がその艤装上で爆発の炎と吹き飛ばした艤装の欠片を跳ね上げる。
「識別確認、フランス戦艦戦隊及び第三三戦隊の来援を確認!」
弾んだ声を上げるCIC妖精の報告にウォースパイトは安堵の溜息を吐いて、続航する妹に振り返り微笑みを浮かべた。
同じ知らせをCIC妖精から聞いたビスマルクが右手の拳を左手の掌に打ち合わせて、よし、と頷く。
「演者は揃ったわ。舞踏会はこれからが本番よ」
「武闘会の間違いじゃなくて?」
ちょっとしたジョークを交えるティルピッツにビスマルクはそうかも知れないと頷いた。
「Feu!」
「てぇッ!」
フランス語と日本語が同時に大口径主砲の発砲を下命し、三八センチ四連装主砲Deuxと四一センチ主砲の砲声が海上に轟く。
水平線の向こうでは撃破されたザイドリッツ、モントローズ、デヴォンシャーの艤装から上がる黒煙が標のように空へと昇って行くのが見えた。
「第三三戦隊各艦へ達す。やる事は分かっていますね?」
言葉通りに聞く愛鷹に青葉以下六人から「了解」の唱和した返事が返される。
よろしいと頷いた愛鷹以下第三三戦隊は二手に分かれた。医療キットを背負っている瑞鳳を先頭に夕張、蒼月が護衛に付く形で前方の海上で重傷を負って倒れている三人の艦娘の元へ向かい、愛鷹以下、青葉、衣笠、深雪の四人は単縦陣を組んで、リシュリューら戦艦戦隊と併進しながら主砲の砲口に発砲の火焔を迸らせる。
「攻撃開始! 返り討ちにさせてやりなさい」
「よし、袋叩きにしますよ!」
「りょおっかい!」
「任されて!」
愛鷹の四一センチ、青葉型の二〇・三センチ、異なる二種の主砲が火焔を放ち、砲口から広がる衝撃波と共に徹甲弾を空へ撃ち出していく。併進するフランス戦艦戦隊ではリシュリュー、ジャン・バール、そしてグロワールの主砲が砲撃を継続している。三八センチ四連装主砲と一五・五センチ三連装主砲の砲声が響き、宙を砲弾が駆けていく。
前後から三八センチと四一センチ、更に三種類の中口径主砲の砲弾に叩かれてはス級も無傷とはいかなかった。艤装上で間断なく着弾の火焔が吹き荒れ、爆砕された副砲や艤装類の破片が爆炎と共に噴き上げられる。どんなに重装甲と言えど、物量の差と一つに絞れないターゲティングの方角がス級を惑わし、ス級が迷い続けている間にも艦娘からの集中砲火は降り注ぎ、命中精度を確立した砲撃が次々に着弾していく。
愛鷹が放った第四斉射がス級に着弾し、その黒煙が晴れたのが見えた時、愛鷹は時期来たり、と確信を得た。
「今です! 魚雷発射管を持つ艦娘は全艦ス級の左舷側へ展開、魚雷攻撃を持って止めを!」
「なんで貴女が指揮を取ってるのよ?」
愛鷹の指示に、指揮権は貴女には無いだろうと若干不満そうな反論をビスマルクが返すが、彼女の右手はアドミラル・ヒッパー、プリンツ・オイゲン、ザイドリッツに愛鷹の指示する通りに展開する様ハンドシグナルを出していた。同じように愛鷹が指揮を執る発言にリシュリューやウォースパイトも不満そうな顔を浮かべるが、表情とは別に事前に打ち合わせていたかのように直ちに彼女達に続航していた魚雷発射管を持つ艦娘達がス級の左舷へと回り込んでいく。
「撃て! 撃て! 撃ちまくりなさい!」
猛然と主砲から火焔を吐き出させながらジャン・バールが叫び、リシュリューも自身のリシュリュー級戦艦の独特な四連装主砲に発砲の火焔を瞬かせる。ビスマルクとティルピッツ、ウォースパイトとヴァリアントの四人も一五インチ級の連装主砲を撃ち放ち、愛鷹からはより大口径の四一センチが発砲の轟音と空気を突き破る騒音をがなり立てる。
大型艦娘七人の集中砲火で徐々に身動きが取れなくなるス級だったが、それでも主砲を何度か発射し、その内の一発が今度こそヴァリアントを捉えた。
直撃したのは一発、耳を聾する轟音と大型トラック一台が激突したかのような衝撃が彼女の左舷の艤装をもぎ取り、爆砕された左舷の主砲搭の誘爆が彼女の左半身を襲った。短い、呻き声とも悲鳴ともつかない女性らしくない濁った濁音の声がヴァリアントの口から零れ、鮮血が激痛を堪える彼女の白い歯の隙間から溢れ出た。
吹き飛ばされた妹にウォースパイトが血相を変える。
「ヴァリアント!」
「姉貴……僕に……構うな……」
言葉を絞り出すようにヴァリアントは自分の元へ駆け寄ろうとするウォースパイトを制し、戦いを続けるよう目配せをする。でも、と狂乱状態一歩手前の顔を浮かべるウォースパイトに、ヴァリアントは無理に血まみれの白い歯を浮かべ笑顔を作る。
「They ain’t going to sink battle ship, no way」
有名な映画の一節を口にしたヴァリアントは姉に先へ行くようもう一度頷く。
「必ず戻るわ、それまで何とか頑張って!」
それだけ残してウォースパイトは戦列に戻った。
ごぼっと血痰を吐き出しながら、ヴァリアントは動く右手で出来る範囲の応急処置を施そうとする。装備妖精達も艤装の中から出て来て、ファーストエイドキットの包帯を患部に巻き付け始める。
「姉貴……ロックウッド卿……すまない……」
何とか意識を保とうとするヴァリアントだったが、導線が切れた操り人形のように彼女の意識は暗闇の底へ沈んで行った。
≪戦艦ヴァリアント、重巡モントローズ、デヴォンシャー、ブリュッヒャー、駆逐艦ジェームス沈黙≫
≪艦隊損耗率、上昇。これ以上の損害は艦隊の戦闘能力に支障が≫
焦りを滲ませるシーガル1の戦術士官の言葉に、深雪は焦るなよと管制を担当する男女に落ち着きを求めながら両足の太腿に備え付けられた三連装酸素魚雷発射管をス級の左舷舷側に指向した。
「散布帯角度調整、射角良し、調停深度一・二メートル、雷速最大。的針277、的速二八ノット」
唯一得意だった雷撃戦の諸元計算をすらすらと頭の中で暗算していき、最適解の魚雷発射諸元を算出していく。
「発射用意良し!」
水雷科妖精が深雪のマストにある見張り台から魚雷発射管の中にいる水雷科妖精からのGOサインを深雪に伝える。
「痛いのをぶっ食らわせてやる、攻撃始め! てぇッ!」
圧搾空気が物体を押し出し、海中へと放り込む音が六回響き渡った。雷撃戦のエキスパートである深雪の導き出した計算とそれが結びだした射点へ向けて六本の九三式酸素魚雷が海中を疾駆し、ス級の舷側を食い破らんと迫る。
「取り舵一杯! 主砲右砲戦、随意射撃!」
自ら主砲を右舷へ指向して砲撃を続行しながら深雪は退避行動へ移行する。あとは放った魚雷が正確に動作して、狙った通りに命中してくれるのを祈るだけだ。
離脱に移行する深雪と入れ違う様に馴染みのあるプリンツ・オイゲンを戦列に加えたアドミラル・ヒッパー級姉妹が単縦陣を組んでス級左舷へ接近し、三連装魚雷発射管からG7a魚雷を発射していく。更にジャーヴィスとジャヴェリンがマークXI魚雷を二人合わせて六発発射し、ジェームスの仇とばかりに、ス級に辛酸と恐怖を味合わされ続けて来たジャーヴィスからすれば報復と亡き戦友重巡艦娘のエクセターの仇として、一矢を放った。
たった一隻の巨大戦艦を沈める為と言うには過大にも思える程の量の魚雷が海中を疾駆し、それを認めたス級が回避行動に移行する。だが海上に白い航跡を残すG7a魚雷やマークXI魚雷と違って、航跡を残しにくい深雪の九三式酸素魚雷が先にその弾頭の信管をス級の喫水線下に激突させて触発信管を作動させた。
G7aやマークXIよりも大口径な分、充填できる炸薬の量も多い酸素魚雷が次々にス級の舷側に突き刺さり、艦底部を食いちぎって行く。巨大な顎を備えたピラニアにその身を食い千切られるかのようにス級の艦底部は食い破られ、同時に爆発した魚雷が海上に逃した爆発のエネルギーが海上に紅蓮の炎と漆黒の黒煙、そして硝煙を交えて濁った水柱を突き上げていく。命中の度にス級の巨大な船体が激しく振動し、砲塔部がぐらりぐらりと振り子の作用で大きく揺れる。
深雪の放った魚雷は実に五発が直撃し、ス級の艤装内に多大な浸水をもたらしてその機動力を大きく削ぎ落していた。動きが鈍るス級の左舷に更にG7aとマークXIが殺到し、海上にまで響き渡る魚雷起爆の轟音と、白い水柱、爆発の爆炎が混ざり合って空へと浮かび上がっていく。
最後の魚雷が命中した後にはス級の船体は大きく左に傾斜していた。ビスマルク、ウォースパイト、リシュリュー、そして愛鷹から撃ち方止めが下され、海上が急に静かになった。少なくとも戦闘の騒音は止み、海上を駆ける艦娘の機関音だけが響いていた。
「やったの……?」
ス級の姿を凝視する愛鷹の隣に青葉と衣笠が並ぶ。あれ程の魚雷が命中してはどれ程理不尽を味方にしている深海棲艦の巨大艦と言えど、傾斜復旧が出来る者では無いだろう、とは思っていたが、念の為に一同の主砲や高角砲、機銃はス級を向いていた。
最後まで気を抜かずに最期を見届けようとする艦娘達の目の前で、小型船ほどもある大きさのス級は左舷側へと転覆し、やがて海面下へと上下逆さまになって沈んだ主砲からくぐもった轟音と共に船体を突き破る黒煙が飛び出し、真っ二つになったス級の残骸が海中へと吸い込まれる様に没して行った。
後にはス級から漏れ出た燃料が燃える黒煙と、一時の静けさが残された。