艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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第九四話 激闘・前衛艦隊 Ⅰ

 一一月一一日。一が四つ並ぶこの日、赤く染まっていた海は緩やかにその範囲を縮小させ、アンツィオ沖一二海里圏内の海域のみが事実上の変色海域となっていた。

 イタリア半島の陸上部では、深海棲艦の地上軍が国連陸上軍の大規模反攻によって完全に防衛線は瓦解。各地で深海棲艦の地上軍の残党狩りが行われつつ、国連軍は半島南部に取り残されていた陸上軍の残余との合流を果たし、北と南と東から陸上部隊がアンツィオへと逆侵攻を開始していた。

 一方、海上の艦娘艦隊もアンツィオ沖に展開していた深海地中海艦隊の主力機動艦隊を排除した事で、アンツィオ沖へ至る海域の制海権を奪還、艦隊はアンツィオ沖へと迫り、アンツィオとマルタを結ぶ深海棲艦の海上交通を封鎖する事に成功していた。

 九日の大規模な艦隊決戦で勝利を掴んだ艦娘艦隊であったが、決して被った被害は軽いものとは言えず、英国艦娘艦隊から重巡艦娘モントローズ、駆逐艦娘ジェームスが命を落とし、西部戦線で主攻を担っていた北米艦隊の空母機動部隊にも多数の負傷者を出し、北米艦隊の戦力は大幅に低下していた。

 国連軍欧州総軍司令部は残存する艦娘戦力を再編し、アンツィオ沖へ展開する深海地中海艦隊の残存艦隊との決戦を控えていたが、その最深部に展開するは未だその全容や情報が不明瞭な未確認の深海棲艦一隻と、艦娘の既存の砲撃の火力では撃破不能な巨大戦艦ス級elite級三隻、戦艦棲姫と水鬼がそれぞれ六隻、空母棲姫六隻、超巡ネ級改Ⅱ六隻、軽巡へ級改flagship級六隻、同ト級flagship級二隻、防空巡ツ級flagship級四隻、大型駆逐艦ナ級二〇隻、ニ級改flagship級後期型四隻、そして数不明の大量のPT小鬼、更には先の艦隊決戦で敗北した機動艦隊の残存戦力と言う布陣であった。

 未だに未解明のアンツィオ沖の深海棲艦に対して、国連海軍は情報不十分なのを承知で本格的なアンツィオ逆侵攻に乗り出す事となる。

 

 

 その一日前の一一月一〇日、昨日の艦隊戦の疲れと硝煙の匂いが抜けきらない第三三特別混成機動艦隊のメンバーは「ズムウォルト」のブリーフィングルームに集まって、大画面ディスプレイに投影される武本提督と対面していた。

『深海棲艦が残存する艦隊戦力を旧アンツィオに集結させている。先の海戦で敗走した残存艦艇で作戦行動可能な艦艇も集めている状態らしい。

 アンツィオでの最終決戦を見据えてなりふり構わず残存艦隊戦力をかき集めていると見るべきだろう。

 目下、我々の現有戦力では航空攻撃はほぼほぼ無効化される可能性が高い。よって、空母艦娘戦力は陽動部隊として別行動を取り、深海棲艦に対する戦力誘引の任に当たる。空母機動部隊が深海棲艦の注意を引く間、持てる全ての水上艦娘戦力を持って、アンツィオへ突入。接近戦を仕掛けて深海地中海艦隊を撃滅する。

 第三三特別混成機動艦隊は本隊の攻撃開始に先立って、アンツィオを強襲。この戦域に展開する敵前衛艦隊を排除すれば、同時に我が主力部隊への損害を阻止できる』

 ブリーフィングルームに集まった第三三特別混成機動艦隊を構成する愛鷹達一八人の艦娘を前に、欧州総軍司令部からビデオ通信で武本がブリーフィングを実施していた。地中海を巡る戦いの決戦を前に日本艦隊司令官である武本自らがブリーフィングを実施すると言う所からに、作戦へ対する武本の想いが見て取れそうだった。

「我が艦隊の攻撃する、敵前衛艦隊とは?」

 一番重要な所を尋ねる青葉に、武本は自身のワイプの隣に立体海図を展開させ、そこにUAVで偵察したアンツィオに居座る敵艦隊の陣容を投影させた。

『無数のPT小鬼、大型駆逐艦ナ級六隻、それに先の艦隊戦の残党部隊の空母棲姫級一隻、戦艦ル級改flagship級一隻、重巡リ級改flagship級二隻、ネ級elite級三隻だ。ナ級はアンツィオに展開する個体はいずれも最強個体のナ級後期型Ⅱflagship級だ。長射程の精密雷撃を放って来る上に装甲は硬く、砲戦火力、対空戦闘能力も極めて高い、実質防空に強い軽巡洋艦だと思ってもいい』

 事前のUAV捜索で得た情報を基に、青葉を始め第三三特別混成機動艦隊のメンバーに敵情を語る武本を映し出すディスプレイを見つめながら、愛鷹は前衛偵察艦隊の私達が出る幕無いわね、と半分残念に思い、半分肩の荷が軽くなる複雑な感情を抱いていた。

 武本のブリーフィングを要約すればアンツィオに突入する本隊の前路掃蕩と先の艦隊戦の残党狩り、これを果たせばいいだけと言う事になる。

 しかし、何事もそれだけで済むとは限らないのが艦娘の作戦任務内容だ。勿論、必要以上な働きをすると、他の艦隊の作戦行動に支障が出かねない事もあるとは言え、どう出るか、が読み取りにくい深海棲艦相手には予備戦力として待機に入れるように、余裕を持った行動を心掛けるべきだろう。

「空母が一隻いるとなれば、イントレピッドさんが同空母棲姫級へ対艦攻撃を集中。伊吹さんは防空任務、と言う所でしょうね。

 アンツィオの敵前衛艦隊へ突入するのは第三三戦隊を中心に、愛宕さん、鳥海さん、綾波さん、敷波さんを追加で編入。残るメンバー全員と瑞鳳さんはイントレピッドさんと伊吹さんと共に支援隊として突入部隊をバックアップとしましょう」

 即座に人選を決める愛鷹の言葉に、摩耶が不満そうな顔を振り向けるが、自身の防空重巡と言う艦種を思い出したのか、何も言わずに正面に向き直った。逆に前衛部隊メンバーとして指定された綾波と敷波が揃って緊張で肩を強張らせる。

 深海地中海艦隊の前衛艦隊を排除する艦娘艦隊の前衛艦隊、と言う前衛艦隊同士の対決は、深海棲艦が戦艦一、重巡五、空母一、駆逐艦六、PT小鬼無数に対して、艦娘側が航空巡戦一、重巡級四、軽巡一、駆逐艦四。これに大容量の艦載機数を誇るエセックス級空母艦娘一人が支援に当たる。

 PT小鬼に対抗する為に、最もPTへの対抗能力の高い駆逐艦娘を増やすべきではあったが、支援隊であるイントレピッド達の護衛にも一定数の艦娘を割かないといけないし、戦艦と重巡、それに軽巡総統と言えるスペックを誇るナ級も相手にするとなれば、重火力と軽火力を両立しなければならなかった。よく言えばバランスが良く、悪く言えばどっちつかずに見える編成ではあった。相手が戦艦級と重巡級だけ、ならこちらも戦艦と重巡の艦娘で艦隊を編成するなり、空母を複数出して航空攻撃で殴るなりの脳筋な選択も可能だが、しかるに現実はそう脳筋な編成が常とは限らない。

「ナ級はさることながら、PT小鬼が厄介ですね。数は無数、つまり正確な数は把握できていない。

 アンツィオが幸いにも周辺海域に小島が無い分、PT小鬼の隠れる場所がないだけ条件はイーブンと言えますが、数で押されてしまったらこちらも損害は覚悟せねばなりません」

 顎に右手の親指を突き立てる手つきで愛鷹は言う。ナ級は何とかなる。厄介な相手だが、回避運動能力は大型駆逐艦なだけにそれ相応の運動性になる。だがPT小鬼は艦娘達から忌み嫌われるレベルに害悪さが際立つ。まず大型艦娘の砲撃は当たらないと思うのが常識と言っていい程に回避が上手く、それでいて雷撃戦に用いる魚雷は深海棲艦が運用する魚雷の中でも高威力のモノだ。戦闘能力と回避能力においてズバ抜けた性能を誇るだけでなく、まるで艦娘を挑発し、嘲笑するかのような耳障りな笑い声を上げながら攻撃して来るので、アンガーマネジメントが得意な艦娘でも時に、余りの苛立ちから手元が狂う、と言う事もしばしばだ。

 愛鷹は第三三戦隊と大和以外の艦娘は基本的に人事ファイルを読んで知ったくらいの性格の情報しか知らない。聞きかじった程度の事しか知らない物だから、青葉や深雪の様に長い事付き合って初めてその真理を理解出来たと言う側面もある。それを差し置いてもアンガーマネジメントや挑発への耐性が高いとは言い難そうな摩耶を前衛艦隊のメンバーから外したとも言えた。無論、愛宕、鳥海。綾波と敷波が挑発への耐性が低い可能性もあるし、本当の所は摩耶にも耐性が付いて来ているかも知れない。

 だがすでに決めてしまったものを変更する気は愛鷹には無い。

『前衛艦隊の戦いはその多くの過程がPT小鬼群との対決になるだろう。そこで事前に本隊から天霧を編入したいと思うのだが、どうかな?』

「いい案ですね。天霧さんを臨時に編入しましょう」

 ディスプレイに表示されるワイプに向かって軽く頷きを返しながら、愛鷹は心強い戦力強化に勝ち筋を見出していた。PT小鬼対策は艦娘艦隊の中でもある程度確立されつつあるが、その中でも天霧改二はPT小鬼対応へ特化したPT小鬼群キラーとしての一面が強い。天霧、その改二形態は前衛艦隊としてPT小鬼との交戦が予想され、これの排除を前提とする第三三特別混成機動艦隊には必要な人員と言えるだろう。

 以前の、超甲巡だった時の自分に似ている、と愛鷹は天霧の改二艤装の特性を思い出しながらその類似点を胸中で見つめていた。深海PT小鬼群キラーとしての天霧と深海重巡キラーとして配備された超甲巡の自分、特定艦種へ特化した「キラー」と言う性質において特性が似ている。愛鷹は今でも小型艦対応よりも巡洋艦級以上との交戦が得意な方だから、ある種現在の航空巡洋戦艦となった今でも深海巡洋艦キラーとしての特性は残っていると言えた。

 まあ、ここは経験と慣れによるものが大きいだろう、と愛鷹は過去の経験を振り返りながら視点を変える。小型艦への対応は深雪と蒼月、それに夕張に任せてばかりだったし、彼女達の主砲の火力では相手するのが難しい重艦艇を常に相手取って来たから、必然的に「慣れ」と言うものが生じている。砲術に分野において、愛鷹は確かな自信を持っていたが、それは重艦艇への対処で得た自信であり、機動力に優れる軽艦艇への対処を重ねて積んだ自信では無い。

 そう言えば自分は魚雷の直撃を受けた経験が無いな、と愛鷹はこれまでの被害経験を思い返して気が付く。重艦艇との砲撃戦ばかりして来たから、足元を掬う魚雷を食らった経験が彼女には無かった。一応、魚雷攻撃に晒された事はあるものの、その全てを躱し切って来たから、被雷による負傷経験は愛鷹の経験上無い。

 被雷した経験がある艦娘にどんな被害なのか一応聞いておくか、と傍らにいるポニーテールに纏めたグレイッシュピンクの重巡艦娘を見やりながら、愛鷹はブリーフィングに意識を向けなおす。

『敵前衛艦隊の排除の確認が取れ次第、マリョルカ島からQA-10の攻撃隊がアンツィオの深海棲艦に対して、空爆を試みる。ト級flagship級や、ナ級、ツ級の防空網を前に、どの程度のBDAが期待出来るかと言う検証も兼ねたいとの事だ』

「私達の給料の何百年分相当の税金と資材で作った無人機を投げ出す、事実上の特攻作戦ですか……」

「人命は失われないだけ良い事よ。それに破壊から生み出される需要ってものもあるのよ衣笠」

 何だか勿体ないと言う顔を浮かべる衣笠に、夕張が戦争状態によって儲かっている軍需産業を脳裏に浮かべながら返す。夕張の台詞を聞いた陽炎が苦笑を交えながら呟いた。

「『この世には弾を消費しないと困る人間がいる』、と言うものね」

『世の中で『死の商人』と呼ばれる者はそれで飯食って、生活しているものだからな。私達の戦いが間接的にとある一定界隈を食わせていくに必要な行動だと思うと、単に人類の為、と言う少々ふわっとした抽象的な大義名分よりも余程意義あると思えて来る事もある』

 ディスプレイの向こうで武本が陽炎の言葉に便乗して言う。

「それを一国の方面艦隊司令官である貴方が言うのも何かと思いますが……」

 武本の身分でその発言は大丈夫なのかと不知火が進言するが、武本は気にした様子もなく笑って見せた。

『事実だからな、反論の余地もあるまい。最も金と資材と共に、命をも消費する戦争経済と言うものは淘汰されねばならん経済の回し方であるのも、また事実だがな』

 艦娘達の多くがそうですねと頷く一方、第三三戦隊の、愛鷹を含む七人は「貴方がそれを言ってもね」と冷めた目線を武本に返していた。

 

 

 明ける一一日。前日の一〇日の内に、残存する稼働艦娘の艦隊戦力を再編した国連海軍艦娘艦隊が続々と母艦を発った。

 第三三特別混成機動艦隊の艦娘も二手に分かれて抜錨し、アンツィオ一帯を覆いつくす、赤い海の中へと足を踏み入れて行った。一方支援隊として指定されたイントレピッド、伊吹、瑞鳳、摩耶、陽炎、不知火、フレッチャー、ジョンストン達は艦隊の行動パターンを遊弋に移行し、イントレピッドからは深海棲艦前衛艦隊の航空戦力の中核をなす空母棲姫級に対する航空攻撃隊が発艦した。

 空の一角を埋めるF6F-5とTBF-3M、SB2C-5の戦爆連合が赤い海の空へと飛び去って行くのを見送りながら、イントレピッドは大きな胸の前で左手を握りしめて「Good Luck」とだけ呟いていた。今日も今日とて航空攻撃の一角を担う空母艦娘として役割を与えられた彼女の今の関心は、空母棲姫級を仕留められるか、と、どれ程の航空妖精が帰って来られるか、の二点に向けられていた。

 航空妖精を含む装備妖精の命は、物理的にも、戦術的にも艦娘よりも軽く扱われる。艦娘と比べてはるかに替えが幾らでもきく、と言うのはあるが、苦楽を共にした妖精達の存在を軽んじる艦娘は居ない。空母艦娘なら尚の事、程度の差は個人差として生じるが航空妖精の安否を気にする。

 一人の空母艦娘として、一人でも多くの航空妖精の無事なる帰還を願うイントレピッドの想いは、空母艦娘としてある種当然の心理であり、その想いの強さで言えば決して彼女は他の空母艦娘とは比べ物にならないレベルで強い。エセックス級空母艦娘は搭載可能な航空機が多い、イコール擁する航空妖精の数も多いだけに、大所帯を取り仕切る女将、女主人気質があった。

 そう言う意味では、ある程度の割り切りも出来ている、達観した所があるヨークタウン級空母艦娘三姉妹やワスプは自分とは味わった悲しみや、嗅いだ硝煙の匂いの量、潜って来た死線の数が違うな、ともイントレピッドは思っていたし、ヨークタウン級姉妹とワスプと同じくらい空母艦娘としてのキャリア歴があるレンジャーが夜に酒浸りになる事があるのも、出撃する度に一定数の機体が帰って来ない、航空妖精を失った悲しみを紛らわす所があるのだろうと思ってもいた。

 イントレピッドは基本的に饒舌な性格をしているが、転じて戦闘中は余計な事を喋らないタイプなので、胸の内を必要以上に今口にする事は無い。ただその眼差しは、はっきりと彼女の感情を露にしていた。

 

 

 深海棲艦前衛艦隊を排除する艦娘艦隊の前衛艦隊と言う前衛同士の戦闘に向かうべく、単縦陣で前進する愛鷹達の頭上を、青葉から発艦した瑞雲が飛び回り、対潜警戒と、対水上警戒の任に当たっていた。必要時には敵前衛艦隊の上空で触接を行い、弾着観測支援を行う手はずだった。

 艦隊は旗艦艦娘である愛鷹を先頭に、青葉、衣笠、愛宕、鳥海、夕張、深雪、蒼月、綾波、敷波、天霧と言う順で一列の縦隊を組み、つい先日までは赤い海だった地中海を進んでいた。今一一人がいる位置から進路を北東に切って進めば、半日もかからずにイタリア半島沿岸部の街に辿り着ける海域だった。

 一一人の艤装上ではレーダーが最大出力で海上を走査し、艤装の上に、艦娘の肩の上に見張り員妖精が立ち、その人間離れしている視力で海上の彼方を凝視していた。今のところは波音、風音、そして一一人の艦娘の機関音以外、環境音と人工音は無く、至って静かだった。空の向こうでは、瑞雲の奏でるエンジン音が規則正しい回転音を空に響かせ、空を滑るように飛んでいる。

(いつも、本格的な戦闘の前は嵐の前の静けさ、と言うべき静けさに包まれているわね)

 粒の様な瑞雲の影を見つめながら愛鷹は、この静けさの後には響く轟音と、天を焦がす火柱の音が待っているのだろうと、ある種の自分達にとっての当たり前な日常と言える光景が待っている事を予期していた。

 海面が光る度に、深海棲艦の潜水艦の潜望鏡のレンズの反射を疑う程に、警戒心が研ぎ澄まされている一一人の思いとは反対に、深海棲艦の潜水艦が出て来る事は無かった。愛鷹達も何となくだが感じてはいたが、実はこの時点で地中海に展開する深海地中海艦隊の潜水艦は稼働可能な艦は一隻もおらず、僅かに哨戒用のカ級が数隻、修理と補修の為にマルタ島に留め置かれている程度だった。

 これまで何度も対潜掃蕩戦や艦隊戦に割り込んで来た潜水艦に対する対潜攻撃で、国連海軍艦娘艦隊は五〇隻を下らない数の深海潜水艦の撃沈、或いは不確定寄りの潜水艦撃沈をこの四方八方を大陸に囲まれた内海で挙げていた。数え切れない量の対潜兵装が海に投げ込まれ、海中を科学の力で引っ掻き回し、弾頭に充填される炸薬を構成する化学物質で汚染し、炸裂した弾頭の破片と撃破した潜水艦の亡骸を海底に沈めていた。ソロモン諸島の一角の鉄底海峡程では無いにせよ、多くの撃沈された深海棲艦の残骸が、この海の底に眠っている。国連海軍も二人の艦娘がこの地中海で命を落とし、一人が行方不明と言う状況下だったが、少なくとも状況的にどうする事も出来なかったジェーナスの時を除き、艦娘達の間で徹底されている「No man left behind」の精神のもと、遺体は可能な限り回収されているので水底に沈んでいる艦娘の遺体は近年では右肩下がりである。

(ドクトリンとして『誰も置いて行かない』と掲げても時に、どうしても遺体を置いて行くしかない時もあるわよね……)

 双眼鏡で周囲を監視しながら、一人脳内で会話をする愛鷹の目に、水平線上に小さな影が複数列になってこちらへと向かって来るのが見えた。

 それと同時にCICからCIC妖精がレーダーディスプレイを見つめて、愛鷹に通達した。

「レーダー探知。正面一時方向から一一時方向にかけて二個単縦陣にて展開する艦影あり。なおIFF反応なし」

「了解。全艦、アンノウンコンタクト。正面一時方向から一一時方向、全艦、対水上警戒を厳となせ。オーバー」

「青葉、了解。あー、PT小鬼だった場合に備え、夕張さん以下、水雷戦隊要員を前面または複縦陣として側面に出す事を進言します、オクレ」

「了解。夕張さん、深雪さん、蒼月さん、綾波さん、敷波さん、天霧さんは単縦陣を組んで艦隊右側面に展開。艦隊複縦陣へ移行」

 了解、と夕張達から返事が返る中、レーダー波が海上を前進して第三三特別混成機動艦隊へと接近する大型のオブジェクトを捕捉していた。

「CICより愛鷹。レーダーコンタクト、戦艦級及び重巡級深海棲艦と同等のオブジェクトを探知。数は大型艦反応一、中型艦反応四、大型駆逐艦と思われる反応二。なお小型艦と思われる反応、尚増大中」

≪アオバンド2-1より愛鷹。目標ビジュアルコンタクト。戦艦ル級改flagship級一隻、重巡リ級及びネ級それぞれ二隻、更にPT小鬼多数がそちらへ接近中。間もなく射程圏内に入る≫

 来たわね、と愛鷹は乾きかけた唇を舐めると、対水上戦闘警戒部署から、対水上戦闘部署へと切り替えて発令した。

 後ろで青葉達が主砲艤装を構える金属音が響き、右手からは夕張達が戦闘態勢に入るのが右目の端で辛うじて見えた。

「夕張隊、前へ出ます。全艦、最大戦速! 砲雷同時戦用意!」

 増速をかけて、五人の駆逐艦娘を引き連れて艦隊の前へと出る夕張達の背中を見送りながら、愛鷹は水平線上に姿を現すル級改の長身を凝視していた。向こうもひょろりと背が高い愛鷹の姿を確認したのだろう。愛鷹の方へと主砲艤装を向け、深海レーダーを照射して来る。

 レーダー照射して来るのはル級改とナ級の三隻だけだった。重巡リ級とネ級はいずれもレーダーを持たない個体なので、デフォルトの射撃精度でモノを言わせて来る。

 距離から言って、既にナ級は超射程の高精度魚雷を放っている可能性は高い。これまでの戦いで数多の艦娘がナ級、特に今前にしているナ級後期型Ⅱflagship級の放った魚雷によって足元を吹き飛ばされたり、行動不能にさせられて来た。害悪さで言えば深海棲艦の中でも上位に食い込む深海駆逐艦だ。

 案の定と言うべきか、愛鷹のソーナーに海中を高速で駆けるナ級の魚雷音が海水を媒体にして、ハイドロフォンに馳走音を響かせに来た。聴音探知と言う叫びと共に水測員妖精がハイドロフォンの拾った馳走音を愛鷹のヘッドセットに共有し、彼女の鼓膜を一定周波数で震わせる魚雷の航走音が響いて来た。同時にHUDにソーナーの情報がハイライトされ、視覚的に情報を得た愛鷹が、素早くヘッドセットを通信系に切り替えて、後続の四人の重巡艦娘に警報を発する。

「ソーナー探知。095度、深さ〇・五、的針210、的速五〇ノット、雷数一〇。急速に近づく!」

「見えた!」

 裸眼視力は引くけれど、矯正視力は高い鳥海が海面を見て叫ぶ。ナ級後期型Ⅱflagship級の魚雷は兎に角速く、そして威力が高い。当たれば重巡以上の大型艦娘でも大損害は免れない。

「全艦、面舵一杯。右回避運動!」

 どれ程深海棲艦の魚雷の性能が良かれど、その射角などの諸元が正確でなければ意味はない。そして早期に探知されてしまえば、回避の可能性もある。

 一斉に面舵に切り、左右の足に力を込めて旋回の遠心力と慣性に備える五人の航跡がぐにゃりと右に折れて行く。愛鷹は左右の足の主機の前進と後進を入れ替えた急ターンを入れて強引に進路を右に振っていく。

右に舵を切ってナ級の魚雷群と正対した五人の左右を一〇本の魚雷が通り過ぎる。艦首波が重巡艦娘の中で大きい、衣笠と、デフォルトで艦首波が高い愛鷹の立てる艦首波の圧力を検知した魚雷二本が、圧力信管で作動し、二人の傍に大きな、充填されている炸薬相当の爆発と水柱を突き上げ、愛鷹の姿勢がゆっくりと揺らぎ、衣笠はよろめきながら何とか耐える。至近弾となって爆発した二発の魚雷の水柱の頂点から崩れた海水が、青葉、愛宕、鳥海の頭上から降り注いでいく。

「被害報告」

 短く尋ねる愛鷹に、衣笠からは即座に「異常なし」と返答が返る。愛鷹の艤装内からも、同じ返答が返される中、今度は水平線上に閃光と砲煙が現れて、赤く焼けた鉄塊が宙を飛翔する轟音が鳴り響く。

「敵艦発砲! ル級改、ネ級、リ級、ナ級全艦一斉撃ち方を開始」

「全艦、ウェポンズフリー。各個に目標を定め、撃ち方始め」

 見張り員妖精の叫び声とは逆に落ち着いた声で愛鷹が自由交戦を発令すると、青葉達が了解、と叫び、砲撃を開始した。

「青葉撃ち方始めました」

「衣笠撃ち方始めました」

「愛宕撃ち方始めました」

「鳥海撃ち方始めました」

 愛鷹も四一センチ三連装と連装の主砲をル級改flagship級に向け、精測、照尺を開始する。照準を合わせる中、砲塔内部では一式徹甲弾改が砲身内へと装填され、その後ろから装薬の樽状の袋が押し込まれていく。機械の作動音を立てて五本の主砲の砲身が仰角を取り、斉発に備えた準備が行われていく。

「主砲発射用意良し」

「照尺良し、精測良し、射撃用意良し」

「射線方向クリア」

 相次ぐ砲術科妖精の報告を聞いて、射撃グリップのトリガーに右手の人差し指をかけた愛鷹は、すっと軽く気を吸って、ル級改flagship級の大柄な艤装を見据えると、吸った息を吐き出し、静かな、だが力のこもった声で命じた。

「主砲、撃ちー方始めぇーっ!」

 大太鼓を五回連打したかと思わせる轟音が右手で轟き、右耳を聾する砲声と右目の視界を目くらませる閃光が膨れ上がる。駐退機で反動は吸収しているとは言え、見えないものに右側の艤装を抑え込まれているかのような錯覚を愛鷹に押し付ける。

 赤黒く光る飛翔体が宙を飛び、狙いすました射撃をル級改flagship級の元へ、薄らと軌跡を引きながらその弾道を伸ばしていく。

波による動揺が少ない海上で、愛鷹が放った射撃はル級改flagship級の大柄な艤装を掠め、海面を掘り返して突き上げた海水が水柱となってそそり立つ。衝撃波と水柱の飛沫がル級に打ち付け、飛び散る海水の飛沫がル級の艤装を幾重の水滴となって滴り落ちて行く。

 外したか、と愛鷹は軽く舌打ちを挟む。戦闘航行中の艦娘は、当然ながら波の動揺、主砲弾と装薬のコンディション、コリオリの力、風向、その他の諸々の障害を受けて砲撃を行うから、静止目標であっても時に環境条件によっては初弾命中とはいかない事もある。どれ程艤装の力でサポートが入ろうと、外れる時は艦娘の側がいかに射撃の達人であろうと外れるのだ。

「第一射、全弾遠」

「苗頭下げ二、左寄せ三」

「修正中」

 修正値を入力されて細かく動く第一、第二主砲の砲身と砲塔を右目の端で見やりながら、愛鷹は腕を組んでル級を見つめる。

 交戦相手であるル級改もその艦砲に発砲炎を瞬かせ、噴き出す砲煙の中にその姿をくらます。長身のル級改と大型の艤装を覆いつくす砲煙は即座に風によって吹き流され、発砲時に噴出した黒煙を振り払ったル級改が再びその威容を現す。

 大口径の艦砲射撃が降り注ぐ音が空から響くが、愛鷹は進路を維持する。自分が初弾を外したのと同様、ル級改の砲撃も、ほぼほぼ直感と勘で当たらないと感じ取っていた。続航する青葉達と比べればその勘と直感は極めて短い期間に醸成されたものであったが、期間の差こそあれど愛鷹の見当は間違っていなかった。

 自身の左右を挟む様に着水し、水柱のゲートを構築するル級改の砲撃に、愛鷹は口笛を吹いた。こちらの初弾は全弾が遠弾になったのに、向こうは初弾から挟叉だ。修正値をそのままに撃ち続ければ、愛鷹を次弾から捉える事は可能だ。ル級改にはレーダーを備えているとは言え、運も絡む砲撃の要素の中では幸運を引き当てたと言っても過言ではない。

「でも残念ね。次当てるのは私よ」

 カラン、と言う主砲弾再装填完了の鐘が鳴り、主砲発射を知らせるブザーが三回響く。

「打方始め」

 殷々と海上に響き渡る砲声と、主砲の砲口からパッと瞬く閃光、吹き上がる砲煙が愛鷹の第二射の合図となる。秒速数百メートルで撃ち出される一式徹甲弾改が白の弾体を赤黒く輝かせながら昼間の空を搔っ切り、主砲発射点と言う起点から、弾着点と言う終点を目指して飛ぶ。

 愛鷹の言葉通りの結果となった。ル級改の艤装上に着弾の閃光、爆炎が吹き上がり、爆発で舞い上げられた艤装の破片が宙を高々と舞う。被弾の衝撃でル級改は大きく姿勢を崩しながらも、左足で崩れかける姿勢を支え、艤装を持ち直す。黒煙が上がる艤装を注視すると、左舷の主砲艤装の上部にある砲塔が一基潰れているのが見えた。火力は主砲搭一基分減じたと言って間違いはない。

「次弾装填、急げ」

 第三射の用意を命じる愛鷹の右側で、五門の主砲の砲身が水平位置へと戻され、砲口から白い水蒸気を上げながら冷却水が放出される。初弾装填時と同じ要領で砲塔内部の砲術科妖精が揚弾機とラマー、そして尾栓の操作、確認を行う中、砲塔一基分の火力が失われているル級改から第二射が飛来する。

 組んでいた両腕を解き、愛鷹は右手を左腰に差す刀の柄に伸ばす。さっきは挟叉だったから、次は当たるかも知れない。ちらりと刀の柄を見やり、明らかに艦娘として着任したての頃よりも動体視力から刀を振る運動神経まで低下している自分に、砲弾を切り落とす曲劇が出来るのか、と言う不安が一瞬脳裏をよぎる。

 不安に思うのは一瞬の事であり、同時に砲弾が飛来した時に愛鷹がとった反応も一瞬だった。鞘から刀が抜かれる音が一瞬、瞬きする間もない間に響き、引き抜かれた日本刀状の刀が、直撃コースに乗っていたル級改の砲弾三発を斜め右上へと払いのけられた白刃によって切り伏せられ、真っ二つに割れた砲弾が大幅に運動エネルギーを喪って海面へと着水していく。

 払いのけた刀を握る右手をじんじんと痺れさせる衝撃を受け流し、刀身が空気を斬る音を立てて、愛鷹は刀を構え直す。視界の向こう側でル級改が直撃コースに乗っていた砲撃を切り伏せた愛鷹の匠技に驚きを浮かべているのが見えた。

 砲弾を切り伏せている間に再装填が終わった主砲艤装から再度、発射を知らせるブザーが鳴る。右手に構えていた刀を前へと突き出し、ル級改をその白刃の切っ先で指し示して愛鷹は短く、命を下した。

「撃ちー方始めーッ!」

 三度目の大太鼓を五回連打する音が海上に響き渡り、轟く五回の砲声が五発の徹甲弾を撃ち出した証となる。主砲発射によって放たれた衝撃波で凹む海面を一対の脚で切り裂く様に進みながら愛鷹は内向けに時計盤を向けた腕時計を見て、着弾までのカウントダウンを脳内で図る。

(着弾まで、五、四、三……弾着、今)

 乾いた視線を向ける愛鷹の茶色の瞳が、ル級改の艤装上に走る着弾煙を捉える。全部で四つの着弾煙を確認し、ル級改の傍に残す一発分の水柱がそそり立つ。

 先程よりもより効果的な射撃となったのだろう、ル級改が転倒寸前までに姿勢を崩し、火災の炎が艤装上でめらりと立ち上がる。

 愛鷹の目には炎に包まれるル級改の艤装上で、砲身があらぬ方向を向く砲塔がさらに増えているのが確認出来ていた。火力は半減、いやそれ以上の損害を負っていると見て問題は無いだろう。

 主砲弾の再装填が粛々と進められる中、ル級改が発砲する。艤装を覆いつくす程の発砲炎も無く、軽くル級改の顔面を覆い隠す程度の小規模な砲煙が一瞬の火焔と共に咲き、威勢を喪った砲声が反対側から聞こえて来る。稼働する砲塔は一基だけになっているのが伺えた。他は破壊されたか、故障して使用できないか。いずれにせよ、アドバンテージは愛鷹が既に握っていた。

「フォー・オブ・ア・カインド」

 四射目で仕留める、と言う意味合いで呟いた愛鷹のその言葉は傍目からすれば何を言っているのか分からない物言いだったが、今この場で愛鷹の呟きを聞いている艦娘は居なかった。

「撃ち方始め」

短いその一言と共に、彼女の右手で砲声が五連打する音が轟き、衝撃が愛鷹を軽く後ろへと押しやる。

ル級改へと弾道を伸ばしていく五発の砲弾は全弾がル級改を捉え、爆発の閃光と火炎がひとしきりル級改を弄んだ後、がくりと膝をつく様にル級改は今度こそ姿勢を崩した。天蓋を破られた砲塔の破孔からオレンジの炎が猛然と吹き上がり、誘爆、爆散は時間の問題でしか無かった。

「撃ちー方、止め。

さて、次に仕留めるはどの艦としようかしらね?」

 ル級改に背を向けた愛鷹の背後で、装薬と砲弾が誘爆したル級改が木っ端微塵に爆散して、周囲に艤装の残骸を投げ散らかす残響が響き渡った。

 

 

 

 青葉以下重巡艦娘四人はリ級とネ級と交戦を続けていた。

 青葉と衣笠にとって気が楽だったのは、相手がリ級、ネ級の改ではなく、単なる無印の個体だった事だった。Elite級やflagship級ですらない。防御力は大したことは無く、青葉型の二〇・三センチ二号砲の初速でも充分に撃破出来る相手だった。これがリ級改flagship級やネ級改、ネ級改Ⅱだったら青葉型で太刀打ちは難しかっただろう。

 目の前で砲撃を繰り返す深海重巡の姿を見て、青葉は何とも見慣れた敵だろうか、と一週回って珍しさを感じていた。近年の深海重巡と言えばリ級は最弱個体でもelite級やflagship級が主で、徐々にだがリ級改flagship級の姿も増えつつある。ネ級もelite級やネ級改が主流になりつつあり、無印のネ級は今時同じ無印のリ級と並んで稀少個体であった。

 戦力不足が発生しているのか、欠乏気味な物資の中で、無印のリ級とネ級はもしかしたら低燃費故に捨て駒として使い倒すには持ってこいなのか。どちらにせよ、豊富な経験と浴びて来た硝煙と海水の数の量が違う青葉、衣笠、愛宕、鳥海の敵ではない。

 おっとり、ふんわりとした緩いキャラと周りから言われる愛宕が真っ先にネ級に命中弾を出す。初見の相手からすれば意外に思えるだろうが、愛宕は高雄型の中でも射撃適正の高さで名を知られている。改二が実装されている鳥海ですら時に負けを認める腕前だ。その実力が命中弾となって実を結ぶのは彼女からすれば至極当然の事であった。

 愛宕が命中弾を得るのと間を置かずに青葉、衣笠、鳥海もそれぞれが狙う深海重巡に直撃を与えて行った。無印のリ級とネ級は、露骨と言うか、あからさまに回避も射撃の命中率も低かった。強個体であるelite級や改級等の手強さに逆に慣れた青葉達からすれば、欠伸が出そうな程弱い。

 片手間で片付けられそうだと思う一方、深海棲艦との戦争開始時はこの無印のリ級とネ級相手ですら、人類は大苦戦したと言う歴史的な事実に青葉は今更ながら驚きを覚えていた。いや着任したての、艦娘としての経験がまだ浅い頃の自分にとってはこの最弱個体のリ級とネ級が当時としては非常に脅威の高い存在だった事は間違いない。

 感覚が徐々に麻痺させられていったから気が付かなかっただけで、今目の前で対決し、砲撃の応酬を交わしている深海棲艦重巡は一〇年前なら片手間で人類の通常兵器の軍艦一隻は仕留められていた存在だった。艦娘の艤装の性能と実力、経験の向上が驚異的なのか、それに対抗する形で上級個体が徐々に配備されてくる深海棲艦の戦力のインフレーションの方が驚くべき事実なのか。

 きっとその両方なのだろうな、とリ級へ斉射を放ち、再度直撃弾を与えながら乾いた感想を青葉は脳裏に浮かべていた。

 青葉達は、徐々に怪物と同じ世界に上り詰めているのではないか。いつの日か怪物と対峙する自分達が怪物になるのではないか、そんな考えたくも無かった事が脳裏をよぎり、ざわりとした戦慄が肌を粟立たせる中、自動的とも言える青葉の砲撃のプロセスが放った砲撃がリ級を再度捉え、止めを刺した。

 悲鳴に似た叫び声を上げなら海面下へと沈んでいくリ級を見つめながら、青葉は同じ末路を辿った他のリ級とネ級の姿を見て、衣笠たちに「打ち方止め」を命じた。酷く乾いて聞こえる青葉の声に、三人が主砲へ撃発信号を送るのを止め、その場の海上に静けさが一時的に戻る。

「はたき合いのない……」

 どこか不満気な台詞を漏らす鳥海の言葉に、青葉も衣笠も愛宕も同感と感じていた。手応えが無さ過ぎると言うべきか、それとも自分達がそれ程にまで強くなったのか。

 同じ様にル級改を片した愛鷹が合流を図るのを見ながら、青葉は少し離れたところで激しい交戦をしているらしい夕張達の援護に向かうべく、隊列の再編を命じた。

「愛鷹さんの合流後、夕張さん達への火力支援に回ります」

「なんか激しくやり合っている様ね……」

 砲声よりも機関砲の射撃音が轟く夕張達の方を見て呟く衣笠に、愛宕が怪訝な顔を浮かべて同じ方を見る。

「でも、殆どの射撃音が二五ミリよ。撃っているのは夕張ちゃん達だけじゃないかしら?」

「確かに、PT小鬼の備砲が射撃している様子は無いわね……」

 眼鏡の位置を正しながら鳥海が不思議そうに愛宕と同じ方を見る。激しい銃撃音と共に時たま曳光弾が海面で跳ね、跳弾となって空へと飛び上がっていくのが見えた。

 重々しい艦首波の音を響かせて愛鷹が合流すると、青葉に「状況は?」と問う。

「重巡は文字通り全滅させました。今は夕張さん達がPT小鬼とナ級と交戦している筈ですが、砲声が聞こえてきませんね。二五ミリの射撃音だけが盛大に鳴り響いています」

「支援に向かいましょう。夕張さん達との通信は?」

「出ないですね、忙しいのかなと」

 

 

 青葉の予想通りだった。夕張達は押し寄せるPT小鬼の群れに、機銃掃射を加えて雷撃前に沈めるか、追い払うので一杯一杯だった。

「九時方向より三隻接近!」

「新たな目標、270度」

 主砲を振り向けても、幾ら撃ったところで当たりはしない相手なのはもはや常識と化している相手なだけに、最も対応能力の高い対空機関砲で接近を阻むのが唯一取れる手段だった。ただ一人、天霧を除いて。

「沈め!」

 PT小鬼の様な小型艦対応能力が高めらてている艤装のFCSが正確にサポートした照準補正によって、天霧の主砲は正確にPT小鬼を追尾し、放たれる砲撃は確実にPT小鬼を討ち取っていく。ただ、一撃一撃の正確な照準補正に時間がかかるので、PT小鬼を千切って投げ、と言う様な無双が出来ている訳では無かった。あくまでも対PT小鬼群への対応能力が最適化されているだけで、火力自体は駆逐艦娘と何ら大差は無い。

「夕張さん、三時方向のカバー頼みます!」

「了解!」

 夕張に援護を求めながら天霧は接近する三隻のPT小鬼を見据える。小脇に抱える様に魚雷二本を持ったPT小鬼の不規則な蛇行に彼女が右手に持つ主砲が追随し、未来位置を予測し、修正射を放つ。不規則な蛇行をしているとは言っても、過去の戦訓と戦闘詳報(報告書)を解析した結果、PT小鬼の行動パターンのデータが揃っているので、それを参照すれば高確率で未来位置を算出する事が出来る。天霧の改二の艤装はそのPT小鬼の行動パターンが射撃補正プログラムとしてインストールされているからこその高い対応能力を持っていた。

 不規則に蛇行するが為に、夕張、深雪、蒼月、綾波、敷波の機関砲の射撃は空を切り、海面を裂くが、天霧の砲撃と銃撃は確実にPT小鬼を撃破していた。問題は天霧の対応能力を遥かに凌駕する大量のPT小鬼が群がって来ており、夕張達は魚雷攻撃を受けない為に全速力で回避を続けてPT小鬼群に狙いを定めさせない「隙」を作らないようにするだけで精一杯だった。

「敵はどれだけいるんだ? 六人対一〇〇隻ってところか?」

 威嚇も兼ねて主砲を一発撃ちながら深雪は苛立ちを交えて言う。PT小鬼の上げる嘲笑の様な笑い声が深雪を始め、夕張達の耳朶を打つ中、敷波が同じように主砲の一撃を放って答える。

「その一〇倍じゃない?」

「相手にとって不足はねえ!」

 そう叫ぶや深雪の両太腿の魚雷発射管がぐるりと回転し、水平方向に向くや、深雪の「攻撃始め!」の一声と共に連続して六発の魚雷が海中へと飛び込んで行った。

「綾波、敷波、二時と一一時の方向に牽制射を撃ち込んでくれ、それでPT小鬼の動きを封じる」

「了解です」

「了解!」

 同じ特型と言っても、中期型、その改二に属するだけに機動力から火力に至るまで自分の改二よりもカタログスペック上では勝る所がある綾波と敷波が深雪の指示通りに射撃を行う。PT小鬼の船体を捉える事は無かったが、水柱を突き立てる艦娘の射撃が及ぶキルゾーンへ喜んで飛び込む程の馬鹿さはPT小鬼にもない。射撃の及ばない安全なゾーンを走り回る。

 そこへ、散布帯角度を広く取った深雪の六発の魚雷が、文字通り食らいつく様にPT小鬼を捉えた。分厚い鋼鉄の鎧に覆われた戦艦級や棲姫級の深海棲艦とは異なり、装甲など無き等しいPT小鬼に魚雷が命中する事は即座の死を意味した。

 その深雪が暗算で導き出した魚雷の射撃諸元と言う、死の方程式の答えを結び付けられたPT小鬼は実に六隻にも及んだ。一発一隻と言う達人技と諸元の計算が、必要な答えとなって深雪の見る中で六つの爆破の火焔と閃光、黒煙となって現出した。

「凄い、全弾命中!」

 口と目を丸くして綾波が感嘆の声を漏らす。少しばかり自尊の念に浸る深雪に、また一隻仕留めた天霧も賞賛を送る。

「やるねえ深雪、あたしも負けてらんないね」

「天霧はそれで何杯目だい?」

「一〇杯はやったとは思うよ。ぶっちゃけもう数えてられないよ」

 肩をすくめながら新たな目標へと狙いを定めて天霧は答える。PT小鬼の紙装甲は驚くに値しないが、その脆弱な装甲はこちらとて同じだ。夕張が少し駆逐艦娘より頑丈なだけで、PT小鬼の魚雷が一発でも当たればアウトな六人だった。

 機関砲の射撃でPT小鬼の接近を阻んだ夕張のヘッドセットに愛鷹から通信が入る。

「こちら夕張です。愛鷹さん、どうぞ」

≪支援砲撃を行います、頭を下げておいてください≫

 マジで? と夕張は愛鷹の支援砲撃の知らせに、PT小鬼群と言う存在がどれほど面倒な相手なのか忘れたのか、と一時疑った。

 彼女のその疑念は、数秒後に飛来し、空中で散弾となって岐れた大量の散弾の雨で晴らされた。一定の高度から無数の破片弾となって大量のPT小鬼を巻き込むその砲撃を見て夕張は成程と納得する。三式弾改二の制圧射撃なら確かに、PT小鬼がどんなに細かく動こうが、三式弾改二の広大なキルゾーンの前には無駄だ。本来は空中を移動する対空目標を捕捉する為に設計された面制圧の対空砲弾は、水上射撃においては貫通力の無さが目立つが、PT小鬼相手ならその貫通力の無さも問題にならない。

 愛鷹だけでなく、青葉達四人の重巡艦娘も揃って三式弾改二を発射したのだろう。大量の面制圧砲弾が降り注ぎ、海上を埋め尽くしていたPT小鬼群が、文字通り一掃された。頭上から降り注いだ散弾によって砕かれ、引き裂かれ、或いは搭載魚雷の誘爆で四散していくPT小鬼群の上げる残滓の黒煙が海上を覆いつくしていく中、上空の瑞雲から新たなPT小鬼群の接近が報じられる。

 

≪敵魚雷艇群、方位093より的針255へ向けて最大戦速で第三三特別混成機動艦隊へ向けて接近中≫

「近づけるな、撃ちー方始めー!」

 距離が相応にある事もあり、夕張隊に愛鷹達が合流した第三三特別混成機動艦隊の主砲斉射がPT小鬼群の頭上から降り注ぐ。

 三式弾改二による面制圧射撃も、今度は間隔を取られてあまり効果を発揮できない。速射を行う夕張と深雪達、それに愛鷹や青葉達の高角砲が弾幕とはいかないが、次々に砲弾を打ち出して、再装填に時間がかかる主砲の間を補う。

(動きが直線的ね……)

 PT小鬼群の挙動をつぶさに見つめる愛鷹は、そのPT小鬼群の動きに違和感を覚えていた。先程のPT小鬼群と違って動きが直線的になっている節があった。あまり積極的に砲撃を躱そうとする意志を感じられない。ただ速度だけを重視して吶喊して来る。

 距離が距離なだけに、命中弾を受けるPT小鬼はまだいない。艦娘艦隊が突き立てる水柱の森を掻い潜り、直線的とは言えどある程度の転舵を行いながら一心不乱に第三三特別混成機動艦隊へ向けて吶喊して来る。

 何かがおかしい、と愛鷹の本能が訴えかけていた。

「全艦に通達。接近するPT小鬼群の動きに奇妙な兆候を認む。各艦、警戒、応射しつつ反転し、後退。距離を取ります」

「奇妙な兆候?」

「もう少し様子を見れば分かりそうです」

 どう言う意味ですか、と顔を振り向けて来る青葉に少しだけ様子を伺う愛鷹の脳裏で嫌な予感が囁きだしていた。

 反転し、一時後退を始める第三三特別混成機動艦隊をPT小鬼群の群れはぴたりと追尾して来た。高速艇に分類されるだけあって、その足並みは艦娘の高速駆逐艦娘すら凌駕する。短時間のブーストなら足自慢の島風やタシュケント、モガドールすら振り切れない程の速さだ。

 愛鷹の目にはその本来なら短時間だけ可能なブーストダッシュと言える速さで、第三三特別混成機動艦隊を追尾している様に見えた。

 あくまでも視覚からの主観的な思い込みかも知れないと思い、CIC妖精に速度を計測する様指示を出す。

「CIC、目標の的速を計測」

「今やっています、お待ちを」

 このままだと数分後には追い付かれる。いやその前に魚雷発射可能な射撃圏内に入る。だが愛鷹の本能がPT小鬼群は撃って来ないのではないか、と言う別の発想が浮かんでいた。

 魚雷は深海棲艦でもまだ誘導魚雷を実戦配備化出来ていない。故に一度発射したら、後は艦娘がうっかり魚雷を足に引っ掛けてくれるのをお祈りするしかない面がある。これに関しては現在の所艦娘の側でも同じ事が言える。艦娘の魚雷も一部では誘導魚雷が試作、実用化されているが、実戦配備された誘導魚雷は現状対潜兵装としてであり、対艦兵装としては実戦配備には至っていない。

 深海棲艦も少なくとも現時点で確認されている最新の情報では、誘導魚雷は配備出来てないと見られていた。深海棲艦のテクノロジーには艦娘を含む人類のそれを凌駕するか、その知見と常識の上と範疇を越えたものがあるが、概ね艦娘の側が実戦配備した物を模倣して、自分達のモノとしてくる事が多々ある。対艦誘導魚雷はその点模倣のしようがないと言うべきだが、愛鷹は一つの仮説を考えていた。

 魚雷が自らを敵艦の元へ導いてくれないなら、母艦が自ら魚雷を持って突入させてしまえば良いのでは?

 自分で考えて、愛鷹は狂ってる、とこの自らの仮説を狂気の沙汰と切り捨てかけたが、明らかに速い速度で向かって来るPT小鬼群を凝視した時、自分の考えは正解なのではないかと言う思いと、同時に絶対に止めなければならない敵としての認識が浮かんで来た。

「的速の計測完了。的速毎時四五ノットに迫ります!」

「四五ノット……魚雷と同じ速さね」

「あの速さじゃ、ろくに舵も効きませんね……まさか……」

 双眼鏡を手にPT小鬼群を見ていた青葉が戦慄を浮かべて、両手に持つ双眼鏡を下ろす。

高速で追尾して来るPT小鬼群を見る愛鷹は、その小鬼群の挙動を改めて確認して確信を得た。魚雷発射コースに乗っているのに撃って来ない。いやよく見れば発射管の蓋がそもそも開く様な形状ではない?

「敵は自爆攻撃を目論んでいます! 全艦、散開して下さい! 全火器で敵小型艦を迎撃! 足を止めるな、向こうは簡単に進路を変更出来ない、機動力のアドバンテージはこちらにある!」

 途中から軍人口調で叫ぶ愛鷹が主砲をPT小鬼群へ向ける。狙いを澄ました四一センチの発砲の轟音が海上に殷々と響き、海面とほぼ水平に飛んだ五発の砲弾がPT小鬼群二体を直撃する。

 四一センチを食らった二隻のPT小鬼群が自身の姿を軽く飲み下す大火球の中に消え、千切れた艤装の破片が宙へ、四方へ投げ飛ばされる。

 PT小鬼群の魚雷誘爆とは明らかに異なる大爆発に青葉は目玉が飛び出さんばかりに眼球を剝く。

「自爆艦攻撃!? 2-1、PT小鬼群もとい自爆艦の数は!?」

≪推定で……五〇は下りません。一〇〇は行く可能性が≫

 幾ら本来の高機動力を代償にしているとは言え、艦娘に体当たりすれば魚雷命中よりも遥かに強力な破壊エネルギーが艦娘の脚だけでなく、命ごと吹き飛ばしに来る。疑念が危機感へ一気に昇華した第三三特別混成機動艦隊は、直ちに散開し、迫り来るPT小鬼群、いや自爆艦小鬼群とでも呼ぶべきか、自爆用に転用した魚雷を抱える小型艦群に向き直った。

「小型艦接近!」

「沈めろォォォッ!」

 絶対に阻止する、と言う意思が込められた第三三特別混成機動艦隊の一一人の砲撃の砲声が、第二次アンツィオ沖海戦での第二ラウンドの始まりを告げていた。

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