艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 今年もよろしくお願いいたします。


第九六話 空からの死

 刹那、空中に大太鼓を一回叩いた様な砲声が不気味に鳴り響き、不穏と言う前触れを置いた後、天空から一発の砲弾がPT小鬼群の群れのど真ん中に着弾した。

 艦娘の大口径砲の砲撃が至近距離で爆発しても、PT小鬼群は小型艇にしては異様に高い復元性で立て直してしまうが、AC-130の一〇五ミリ砲は勝手が大きく違い過ぎた。海面を叩き、抉り取る力はちょっとした津波を引き起こし、PT小鬼群の上から被さる様に襲う波が高速で進むPT小鬼群を、お椀を返す様にひっくり返した。PT小鬼群の復元性と言う概念は上から下に向けて働くものであったので、その上下が逆さまになってしまうと、艦娘の砲撃の至近弾による波を受けても頑なに海面にその艦影を海面に押し付けていた力も全てが無力と化す。

 二隻が一〇五ミリ砲の至近弾によって転覆し、立て直す暇もなく海の怪物クラーケンによって海底に引きずり込まれる様に海面から消え去る。

 空を鳴動させる一〇五ミリ砲の砲声に続いて、規則正しい連続性を持つ発射音が物体を伴って海面に撃ち降ろされる。三〇ミリ徹甲榴弾がPT小鬼群の脳天をかち割り、艤装を直上から一撃し、抉り、吹き飛ばしていく。三〇ミリ機関砲となると艦娘の戦艦艦娘の主砲とほぼ同規模な口径だが、艦娘の主砲と違って装薬の量や貫徹能力ではAC-130の三〇ミリが劣る所はある。だがAC-130の持つ最大級の戦術的アドバンテージは、深海棲艦を直上、トップアタックできるという点にあった。

 深海棲艦の装甲はその殆どの場合において、艦娘、またそれ以前の通常兵器の軍艦との戦いで水平防御を考慮しての物であり、真上からの攻撃には決して強い訳では無い。無論、ある程度の水平の防御装甲は有しているけれど、常時戦艦艦娘と同規模の口径の砲弾が、毎分六〇発以上の発射レートで降り注ぐ事に耐える事は想定の埒外にあった。

 ましてや今AC-130が相手取るのは装甲と言う概念は、深海の底に置いて来た深海棲艦である。艦娘の中でも最も装甲や防護機能の耐久が低い駆逐艦娘でさえ食らっても耐えるという発想の元に形成されているのに対して、小鬼群にはその発想が根底から無く、食らう前に躱す事が全てにおいての前提条件であった。

 連続して地面に向かって降り注がれる稲光の如く、一〇発の三〇ミリ弾の曳光弾がややくねりながらPT小鬼群の真上から撃ち降ろされ、的確にその小鬼群の頂部を粉砕していく。一〇発毎なのは三〇ミリ弾の装弾クリップが一〇発でワンセットだからだった。AC-130の機内では装填手が一〇発の三〇ミリ弾が撃ちきられるや、即座に新しい装弾クリップを手動で装填していく。左舷へ傾いている機内で安全ベルトに支えられながら装填手は定期的に三〇ミリ機関砲に一〇発の装弾クリップを取り落とす事ない様に慌てず、正確に、そして急いでセットしていく。

 最早、一〇発の三〇ミリ弾が一定の間隔を置いて発射され、暫しの間をおいて装填される沈黙の間の緩急を含めて一種のメロディとなり、そこへ一〇五ミリ砲の伴奏が加わる。三〇ミリ弾が休みなくメロディを奏でる弦楽器なら、一〇五ミリ砲の伴奏はそれに一味加える打楽器の一打に等しい。

 そこへもう一つの演奏が参入した。誘導用レーザーがPT小鬼群へと導く形で照射されると、AC-130の主翼下のハードポイントから空対地ミサイルヘルファイヤⅢがレールからするっと滑り出し、眼下の敵へ向かうよう導くレーザーの教えに従って一直線に急降下していく。

 人類の通常兵器の主兵装であり、戦術的、そして戦略的なアドバンテージを担保していた誘導兵器と言う存在を、悉くその不可視の、そして今のところ人類の科学技術では説明が不可能なある種深海棲艦が存在するだけで発揮される力と言える誘導兵器の無効化と言う要素によって、人類の通常兵器に対しその圧倒的な優位を手にしていた深海棲艦だったが、人類が指をくわえて引き下がって見ていた訳では無かった。

 深海棲艦がそこにいるだけで発揮され、人類から奪われた戦術的優位である誘導兵器、即ちミサイルの打撃力は、長い深海棲艦との戦争の間に対深海誘導性能強化と言う特殊な技術発展によって、不完全ながらある程度の水準まではミサイルとしての機能を維持出来る様に回復していた。

「ウォーハンマー0-1、ライフル」

 火器管制官がヘルファイアⅢの発射を宣告する。口が宣告を告げ、彼の指がトリガーを引き絞ると、ロケットモーターの身震いするような振動が機内に伝わり、一筋の軌跡となってミサイルの噴煙が小鬼群へとレーザーに導かれて着弾する。有視界でレーザー誘導と言う形でなら、ミサイルは機能する程度には今の人類の通常兵器たちは優位を取り戻していた。無論、有視界と言う事は深海棲艦の反撃にあう危険を孕んでいるが、今の彼我の状況ではその危険も考慮する必要がない。

 海面をその区画ごとごっそり数トンの海水諸共吹き飛ばす一〇五ミリ砲の砲撃と、規則正しい連打の音を奏でる三〇ミリ弾が海上を埋め尽くしていたPT小鬼群を海ごと抉り飛ばし、細かな破片と断片に切り分け、破砕した。一〇五ミリ砲と三〇ミリ機関砲、そしてヘルファイアⅢによる三重奏に、粉砕され、爆砕し、轟沈していくPT小鬼群の断末魔の爆発音が加わって四重奏となって海上に死のメロディを奏でる。そこに挟まれるPT小鬼群の上げる悲鳴に似た何かの声は演奏には関係がない、単なるヤジに過ぎなかった。

 AC-130ゴーストライダーによるPT小鬼群の群れに対するレクイエムの奏では、文字通り演奏会における演者と観客の構図に似ていなくも無かった。AC-130と言う演者の演奏と言う砲撃に対して、PT小鬼群と言う観客は黙ってその演奏で奏でられた砲撃を浴びる事に徹している。唯一コンサートと違うのはAC-130ゴーストライダーが奏でる重奏から、観客であるPT小鬼群が必死にちりぢりになって逃げようとしている事であろう。

「奴等、バラバラになって逃げだし始めたぞ」

 TVオペレーターは手元のキーボードを操作して、四方八方へ逃げ出し始めるPT小鬼群にターゲティングを行い、その情報がハイライトされた火器管制官のディスプレイに多数のIDが表示される。

「全クルーへ、全目標を殲滅せよ。一隻も逃すな」

 機長からの殲滅宣告に、ウォーハンマー0-1に乗り込む全クルーがラジャーと答える。

「仰角スキャンを調整、火器管制、見えるか」

「ああ、見えた。攻撃する」

 レーザーが逃げるPT小鬼群に照射される。死に神の眼差しに等しいレーザーがPT小鬼群の艤装を点となって照らし、それを認識したヘルファイアミサイルがハードポイントから滑り出し、ロケットモーターの勢いのまま急降下していく。仮に外れたとしても、ヘルファイアⅢの弾頭は触接信管、つまりは海面に激突した瞬間作動するから至近弾による大波を被ったPT小鬼群は一〇五ミリ砲の至近弾によって上下を覆されて沈んだ僚艦と同じ末路を辿る事になる。

 果たしてミサイルは正確に三隻の集団を組んで逃げるPT小鬼群の先頭の一隻を捉えた。搭載する魚雷が誘爆した小鬼の爆発は、距離が近かった他の二隻を巻き込み、一隻分の紅蓮の爆発炎は三倍に膨れ上がった。

「派手な花火だ」

 口笛を吹くTVオペレーターは、四散して海上を漂うPT小鬼群の残骸を一瞥してから次にターゲットをハイライトする。タグを付けられたPT小鬼群の元へヘルファイアが文字通り地獄の炎となって降り注ぎ、ミサイルを受けた小鬼が爆発四散していく。

 PT小鬼群に対する一方的な空爆が行われる中、ウォーハンマー0-1は水平線に見える黒い影の群れを確認していた。赤い海の向こうに見えるイタリア半島の地平線の中に、棲姫級やハイグレード個体で構成された深海棲艦の深海アンツィオ侵攻部隊旗艦艦隊が控えているのが見えた。

 防空を担う陸上部の砲台小鬼や海上のト級flagship級、ナ級、ツ級と言った艦艇の対空砲の射程外から、全てを見下ろす神の視点の如く見渡していたウォーハンマー0-1は、後方に展開するAWACSトレボーに通信を入れた。

「トレボー、アンツィオ沖への爆撃可能だ。西から南へ、繰り返す西から南」

≪了解、西から南。ジャガー6、爆撃を許可する。座標を先導機に転送……認証確認≫

「総員、注意せよ。味方機が西から進入する」

 

 

 PT小鬼群に対して一方的な攻撃を行うAC-130ゴーストライダーのコックピットから一六機に上るA-10サンダーボルトの機影が、アンツィオ沖へ向けて飛び去るのが見えた。そのコックピットにはA-10と多くの時間を空で過ごす事を共にした歴戦のパイロットでは無く、工場で生産され、歴戦のA-10パイロット達の戦闘データをインストールし、様々なルーチンを自己学習によって育んだ自立型戦闘AI管制ポッドが鎮座していた。

 飛行時間数一〇〇〇時間のパイロットを載せて深海棲艦の文字通り鉄壁と言える対空砲火の中に突っ込ませる片道攻撃に等しいやり方よりも、無人機として改造し、飛行時間数一〇〇〇時間のパイロットと概ね同じ経験値を振り込んだAIによって操縦させたA-10もといQA-10の方が、機体は例え撃墜されて失われても、所詮は再び金と資材を積めばまた用意できる。だが飛行時間数一〇〇〇時間のパイロットは、かつてのローマの様に一日にして成る存在ではない。

 人命重視の結果生まれたのがこのQA-10サンダーボルトⅢだった。人によってはグラディエーターと呼ぶ者もいるが、その呼称は概ねA-10で空を過ごし、操縦桿を握って来たA-10本職パイロット達からは侮蔑の念を持って見られていた。彼らは無人機化された自分達の愛機に対して決して好意的ではなかったのだ。

 パイロットからは侮蔑の目で見られるQA-10だが、彼らに人間から向けられる侮蔑の念を理解する機能は無い。ただ人のパイロットのやり方を取り込み、学習し、そこから更に独自のロジックを編み出し、仲間と共有して新しい戦術を考案していくだけであり、そこに感情と言う因子は微塵も加わっていなかった。

 一六機のQA-10は翼下に大量の爆装を抱えて、アンツィオの深海棲艦へと挑んで行った。

 

 

 AC-130ゴーストライダーの爆撃は、佳境へと差し掛かっていた。PT小鬼群の群れは、今では散り散りになり、残滓となった数隻がAC-130の射角外から必死に遁走する程に撃ち減らされていた。群れとなり束となれば艦娘には脅威でも、残りかすの様な数にまで減らされては、最早脅威と呼べるかすら怪しい。

 しかしウォーハンマー0-1は残滓となったPT小鬼群への攻撃を緩める事は無かった。どれ程高速で海上をかけようと、空を最高時速四八〇キロで飛行可能なAC-130の足の速さの前では無意味だ。四方八方に逃げるPT小鬼群を脅威度の高い個体から虱潰しに空爆していくウォーハンマー0-1の砲撃にPT小鬼群は逃げる術も、成す術も無かった。

 射撃を継続する内に徐々に消費した弾薬の分、軽くなっていく機体を操るパイロット二人が海面に目を向けると、海上のあちこちで撃沈されたPT小鬼群の上げる黒煙が数条のくねる柱となって聳え立っていた。五〇隻余りを数えたPT小鬼群の雄姿は今や何処にも存在しなかった。敗残兵と化した片手で数えられる程度の小鬼が逃げ落ちる先の宛ても無いままに海上を無為に走っているだけだった。

「最後のミサイルだ。ライフル」

 ハードポイントから最後のヘルファイアミサイルが発射される。レーザーが先導する先を認知した小型の空対地ミサイルは、誘導フィンを動かして軌道を調整し、ブースターに押されるがままに空中から海上へと駆けおりて行き、逃げるPT小鬼群の頭上背後から追いすがる。

 海上に閃光が走り、パッと灰褐色の着弾煙が吹き上がる。着弾煙に交じって多数の黒い破片が飛び上がり、残滓となっていたPT小鬼群の残骸を噴き上げ、付近の海上にばら撒いて行く。

「ウォーハンマー0-1各員に告ぐ、撃ち方止め、繰り返す撃ち方止め。TV、クソッタレ共の状況は?」

 射撃中止の命令を下した機長がTVオペレーターにまだ残りがいるかを問う。TVオペレーターはジョイスティックをぐるぐると回して、カメラが見渡せる範囲内の海上を捜索し、動きもの一つない、残骸だけが波間に漂う海上を確認して「クリア」と答える。

「敵勢艦隊の全てを撃沈。海上はクリア。繰り返すクリアだ」

「了解だ。トレボー、こちらウォーハンマー0-1。PT小鬼群凡そ五〇を掃蕩。敵残存艦の反応は無し。燃料が持たない為、これにて本機は帰投する。アウト」

≪トレボーよりウォーハンマー0-1。了解した、ミッションコンプリート、RTB≫

「基地に伝えてくれ、上手いビールを冷やしておいてくれとな」

 

 

 一方、QA-10の編隊はAWACSに攻撃開始の信号を送ると、アンツィオに控える深海棲艦に対して空爆を開始した。

 陸上部に展開する砲台小鬼、それに海上に展開するト級flagship級、ツ級flagship級、ナ級の対空砲が猛然と弾丸のカーテンと化した弾幕を引き、空を対空砲弾で埋め尽くした。

 その壁に躊躇や恐怖と言うものを一切抱かないQA-10のAIはただ機械的に爆撃進入コースを算出し、弾道予測線を計算してそれに自機を乗せると言う行程にリソースを費やした。何機かはそこのプロセスに少しだけ回避運動と言う要素を加えながら、同じように爆撃行程に移行する。

 相手が時速六〇〇キロを優に超えるジェット機であろうと、地上と海上の深海棲艦は追随し、正確に対空砲火をその鼻先に向けて発射していた。

 QA-10はそれでも素の機体の耐弾性も相まって、中々に持ち堪えた。実際、過去の戦争では地対空ミサイルを食らいながら帰還した機体があるだけに打たれ強さは深海棲艦相手にも変わらず発揮されていた。

 しかし何事にも限界はある。一機がエンジン部から炎と黒煙を機体後方へ向けて流し始め、姿勢が崩れ始める。コックピット内のAIは頑固に姿勢を正そうと、爆撃コースから外さない様に機体を制御したけれども、瞬く間に大破させられた機体が言う事を聞く状態では無かった。AIはそれでも頑なに爆撃コースの維持と機体姿勢の立て直しコマンドをオーバーライドし続けたが、もし有人機だったら既にパイロットは射出座席のハンドルを引いてベイルアウトしている程に機体は損壊していた。

 低空を進入していたQA-10の一機が海面に突っ込んで、横にもんどりうって転がり、激突の衝撃でエンジンポッドが、主翼が、胴体が引き千切れて海中に沈んでいく。ひとしきり飛沫を立てた後に、ジェット燃料の油膜が浮かび上がった。

 僚機の撃墜に、他のQA-10が動じる様子は一切ない。機械は仲間の死に無頓着だった。仲間の死などAIからすれば学習する価値などない。

 それから更に六機のQA-10が爆撃前に撃墜された。九〇〇万ドルに及ぶ機体価格の無人攻撃機が、爆装を抱えたまま、その任を果たす前に撃墜され、空の舞台から引きずり落とされる。

 残る九機は射撃開始のポイントに到達すると、翼下、胴体下に抱えていた大量の爆弾、ロケット弾を発射し始めた。

 制動板によって急減速する爆弾が連なって、縦一列に深海棲艦の頭上を過っていく。落下して来る爆弾に対して、洋上の深海棲艦は回避行動を行うが、その切られた舵の向きに対して、QA-10の機首下部の三〇ミリガトリング機関砲が猛牛の唸り越えの様な射撃音を響かせ、発射煙で機首を覆い隠した。

 三〇ミリ弾が無数に海上を貫き、その弾幕に巻き込まれた深海棲艦が鉄板を目にも止まらぬ速さで連打したかのような着弾音と共に弾痕を無数に空けられ、砕け散っていく。もがれた本体の四肢や艤装の欠片が無数の水柱に交じって宙を舞い、遅れて発生した誘爆の爆音が鳴り響く。

 そして制動板で制動をかけた爆弾の雨が、戦艦水鬼や戦艦棲姫、巨大艦ス級に命中し始めた。それらは一切動じることなく、逆に動き回れば味方との衝突で被害を大きくしかねないと言わんばかりに余計に逃げ回る事無く、爆弾をその身に受けて行った。多数の着弾の爆炎と轟音が響き渡る中、流石に着弾の衝撃で無数に体へジャブを叩き込まれたボクサーの様に戦艦級の深海棲艦がその巨体を揺らす。

 凄まじい黒煙が海上を覆いつくし、三種の戦艦級の深海棲艦をその黒煙の中に沈みこませる中、別のQA-10が発射した対艦ロケット弾がその他の深海棲艦の元へ到達する。爆弾程の炸薬量は無いが、貫徹能力は段違いに高いロケット弾が突き刺さった深海棲艦が次々に着弾の爆炎と閃光に呑み下される。ロケット弾の引く噴射煙が何条も空から降り注ぎ、海上、陸上の深海棲艦を弾頭の爆発炎で埋め尽くす。

 QA-10が全ての爆装を投下し、AIが攻撃フェーズからBDAの評価フェーズへと移行し、旋回しながら九機のQA-10は自らの爆撃評価に当たる。この後無事だった深海棲艦が対空砲火で殴り返して来て、何機かが落とされたとしても、機体が爆散する前にデータ送信さえ出来れば、残った機体同士のコンピューターにデータが残る仕様になっていた。

 QA-10のAIは恐ろしく合理的で、非情だった。仲間の死すら、戦訓として貪欲にデータとして収集していくのだから。

 程なく、海上を埋め尽くしていた煙が晴れ、その下に居た深海棲艦が姿を現した。

 超巡ネ級改Ⅱが二隻、戦列から姿を消し、ネ級改Ⅱだった何かとなって海面を漂っている。他に数隻のナ級の丸い船体がかち割られた卵の殻の様になって浮かんでいる。最も激しい対空砲火を打ち上げていたト級flagship級に至っては一隻も残っていない。ツ級flagship級は依然健在だったが、一隻は対艦ロケット弾を被弾して損傷している。

 肝心な大型艦はと言うと、空母棲姫と戦艦棲姫が三隻ずつ、炎上しながら大傾斜を始めていた。他に戦艦棲姫二隻が艤装から黒煙を上げ、船足を大きく減じさせていた。

 戦艦棲姫は大損害を出していたが、戦艦水鬼とス級は全くの無傷と言っていい様子を見せていた。五〇〇ポンド爆弾では投下量が多かろうと、戦艦水鬼とス級にとって些事にもならない様だった。

 その様を記録したQA-10の一番機はBDAを「中」と評価し、その評価データをAWACSに転送した。血も涙も通わない機械の上げた戦果をAWACSは事務的に受け取り、九機に帰投命令を下した。

 

 最終的に一六機のQA-10は基地帰還後の検査で廃棄処分となった機体を含め、一一機を喪う損害を負った。九機は状況から言って三機が有人機であればベイルアウトでパイロットが助かっただろうと判定された。

 血も涙もない機械だから、流されるのは作動液と潤滑油だけだ、と後にとあるQA-10の整備士はそう語って、ボロボロのQA-10を振り返ったと言う。

 

 

 アンツィオの深海棲艦とPT小鬼群への空爆が完了し、航空部隊は引き揚げた頃、PT小鬼群自爆型と激戦を繰り広げた第三三特別混成機動艦隊はようやく旗艦の愛鷹から撃ち方止めの命令を受け取っていた。

 押し寄せる荒波の如く味方の轟沈に怯む事無く波状攻撃を仕掛けて来たPT小鬼群自爆型の襲撃は、結果として綾波大破と引き換えに、全ての自爆艦を自爆攻撃成功前に喪っていた。後方に控える本隊に自爆艦の攻撃が及ぶ心配がなくなった事は喜ぶべき事ではあったが、第三三特別混成機動艦隊が対価として支払ったものには目を瞑れないものがあった。

「各艦、残弾報告」

 ほんの少し疲労をその顔に浮かべた愛鷹が波状攻撃を凌ぎ切った九人に、その艤装の弾薬庫の中の残りを確認させる。

「空っぽだ」

「こっちも」

「ほんの少ししか残ってません」

 愛鷹よりも克明に疲労を浮かべた声で第三三特別混成機動艦隊の艦娘達が答える。残弾数パーセントなのはまだ良くて、全弾撃ちきった者が半数以上を占めた。火を見るよりも明らかだが、この状況で戦闘継続は不可能である。弾が無くては勝てる戦いも勝つ事は不可能と言う結論に代わる。

「シーガル1、こちら愛鷹。我が艦隊残弾僅少。『ズムウォルト』への補給の為の後退許可を願う」

≪こちらシーガル1、了解。第三三特別混成機動艦隊は支援艦『ズムウォルト』へ後退し、補給を実施。同艦にて再出撃に備えよ≫

「休みなしか」

「生きている内はね」

 哨戒機から再出撃に備えよとの伝達を聞いた深雪が溜息を交えて呟き、それに夕張が肩をほぐしながらぼそりと返した。

 息を抜く暇もない、何段にも構えた自爆艦の襲撃に対応した第三三特別混成機動艦隊が次にするべき行動は、後退して補給と休息をとる事だった。愛鷹は兎も角、戦線を離脱した綾波と付き添いの敷波を除く八人の手足、腰、目、耳、脳、そして五感が疲労の二文字を強く訴え、休息を無しにはその訴えを取り下げる事も出来ないと各々の身体が頭へ語っていた。

「いったん帰りましょう。全艦、対潜、対空警戒を張りつつ、後方の『ズムウォルト』へ一時後退」

 行きはよいよい帰りは恐い、とは誰が言いだした事か、と思いつつも、今疲労で集中力が落ちている第三三特別混成機動艦隊は、潜水艦や深海棲艦の偵察爆撃隊には格好の的と変わりない事に、愛鷹は危惧を覚えていた。無論、潜水艦に対しては一〇〇パーセントに近い確信を持って、展開している艦は居ないと言えるし、航空攻撃も無人攻撃機のBDAを聞くからに本隊への決戦に温存すると仮定すれば、今の自分達に振り向けて来る可能性は低いだろう。

 それでも念の為に警戒陣形を構成させながら愛鷹は八人を連れて、「ズムウォルト」へと引き上げた。

 

 

 先んじて「ズムウォルト」へと帰投していたイントレピッド隊のメンバーが出迎える中、疲れ切った第三三特別混成機動艦隊の愛鷹隊は乗員が用意した折り畳み椅子に沈み込む様に座り、栄養ドリンクとゼリーを貪るように摂取した。

「大変だったようですね。お疲れ様です」

 折り畳み椅子に腰かけて、一息入れる愛鷹に、栄養ドリンクと栄養ゼリーを両手に持って瑞鳳がその労を労った。どうぞと差し出されるドリンクとゼリーを受け取り、キャップを外してゼリーを吸い込み、ゼラチン状の味気ない栄養価だけを重視したゼリーを飲み下すと、愛鷹は深いため息を吐きだした。

「綾波さんがやられたのは痛いです」

 ゼリーを吸いつくして吐き出したため息の後に、一拍置いてから愛鷹は沈んだ声を出した。

「右腕と右足の切断、でしたっけ……」

「少なくとも、敷波さんがその場で応急処置をしてくれたお陰で、一命はとりとめた筈です。綾波さんは?」

「『ズムウォルト』の医療設備では対処し切れないと言う事で、『マティアス・ジャクソン』に後送されました。敷波は綾波と暫く行動を共にするとの事です。私は診ていませんが、SMCで聞いた話では意識はあるとの事です」

「そう……」

 そう短く返す愛鷹は床に視線を落とし、自分の右足の先と、ドリンクのボトルを握っている右手を見やった。

 突然、自分の手足が引き千切られて、自分の物でなくなる感覚とはどういうものなのだろうか、と言う単純で恐ろしいが、気になるところではある疑問が浮かんで来る。愛鷹とてそう容易に手足を失いたくは無いが、もし失った時、その時自分は冷静さを保てるのか、恐怖に頭が一杯にならないのか、と言った詮の無い疑問がぞろぞろと頭の中から零れ出る様に出て来る。

「自分の手足が、突然無くなってしまうって、どういう感じなんでしょうね」

「さあ……」

 そんな経験は無い瑞鳳も答えかねると言いたげな顔を浮かべる。空母艦娘は総じて、水上艦娘の中でも四肢切断の重傷を負う事は少ない。無論、空母艦娘とて爆撃や雷撃の脅威に晒される事に変わりはないし、時に水上艦系の深海棲艦の強襲で水上砲戦に巻き込まれる事も無い訳では無い。だが基本、空母艦娘が被害を受ける前に、その外周を固める護衛の艦娘が被害を受ける事の方が圧倒的に多いのだ。外周を固める護衛艦娘が被害を受けるのは結果として護衛対象の空母を守ったと言う意味になるし、良い方としては悪いが弾避けとして有効にその外周を守る護衛艦娘はその任を果たしたと言える。深海棲艦の艦載機が、弾幕を突破して空母艦娘しか狙わないと言う時も勿論ある。だが艦娘の対空迎撃能力が向上するのに反比例する形で輪形陣の中央に布陣する空母艦娘が被弾する事は減少する傾向にある。

 瑞鳳も決して被った経験がない訳では無い。だが、肉が抉られ骨が見える程の重傷は負った経験があっても、巫女服の様な制服の殆どが燃え尽きる火傷を負った事があっても、瑞鳳は常に五体満足で帰還して来たある意味幸運な空母艦娘だった。

 要らない質問をしたなと愛鷹はドリンクのストローに口を付けて軽い後悔をしつつ、仲間達の方を見やって様子を伺う。疲労が激しい者は再出撃要請がかかった際には置いて行く事になるが、と見つめる愛鷹の先では青葉達が帰投した時よりは少し疲れの抜けた顔で談笑していた。

 皆ドリンクを飲んだり、栄養ゼリーを啜ったり、靴を脱いだり、汗拭きタオルで汗を拭ったり、腰をほぐしていたりと、今出来るリラクゼーションを個々に行っていた。流石自分とは戦場に身を置いてきた時間の違いがあると愛鷹は感心する。所詮は自分なぞ一年弱程度の実戦経験しか無いが、青葉や瑞鳳達は凡そ一〇年近くも艦娘として戦い、それで給与を得て生活して来ている。場数が違い過ぎた。

 傍らに置かれている艤装に愛鷹は手を伸ばし、航空艤装の脇のソケットに差し込まれている戦術タブレットを掴む。AWACSトレボーと哨戒機シーガル1が管制する戦場海域のデータをリアルタイムで中継した情報をタブレット端末で確認し、第四警戒航行序列でアンツィオへと進撃する本隊のマーカーを見て、精々頑張って貰いたいところだと願いながら、青いマーカーを見つめた。

 控え目に言ってこの数で敗退するとは思えない、と言いたくなる陣容である。確かに艦娘艦隊も相当に戦力を消耗させている。特に欧州総軍に属する欧州各国の艦娘は、これまでの欧州戦役で行われた各地の戦いで傷つき、戦線を離れた者が多数を占める。海を渡った先の北米大陸のアメリカが母国となる北米艦隊の艦娘も、欧州戦役の消耗戦により正規空母戦力で稼働可能なのは四隻にまで減じている。

 九月初頭に始まり今の一一月迄の間に日本艦隊を除く国連海軍の艦娘戦力は、欧州戦役の結果、稼動率は試算の結果約六割まで低迷と言う数値が出されている。無論ここに戦死した駆逐艦娘ヴィクトール、重巡艦娘モントローズと駆逐艦娘のジェームスは含まれている。

 負傷して後送された艦娘はグロワールやモガドールの様な怪我の軽い者は戦線に復帰した者もいるが、圧倒的に数の上では復帰出来ていない者が多い。かと言ってDEFCONレベルの上昇が続く太平洋側の日本艦隊から更なる艦娘戦力の抽出は致命的な戦略的失敗を招きかねない。

「我に余剰兵力無し、そこで戦死せよ、か」

 とあるSF小説の一節をやや曲解した抜粋をしながら愛鷹は溜息と共に吐き出した。

 

 

「遂に来たわね」

 眼前の水平線上に見えるアンツィオの深海棲艦を見据えて、大和は呟いた。

 国連海軍の艦娘艦隊は前衛に戦艦艦娘を中核とした艦隊を、後衛に残存する空母艦娘を全て結集した艦隊を置いて、前進を続けていた。

 道中の深海棲艦の妨害は第三三特別混成機動艦隊が排除した事もあり、本隊は道中深海棲艦との交戦で弾薬や艦娘自身の体力、艤装の燃料の消耗を起こす事無く、アンツィオの深海棲艦本隊の元へ辿り着いていた。

「ここを抜けるのね……」

 続航するイタリアの発した言葉は、目の前に立ちふさがる深海棲艦が容易ならざる相手であることを暗に語っていた。

 だが大和を先頭に進む戦艦艦娘達は自分達が火力の面において負けるとは微塵も思っていない。何故ならその陣容は大和型改二の大和と武蔵を始め、アイオワ、ワシントン、サウスダコタ、マサチューセッツ、アラバマ、リシュリュー、ジャン・バール、イタリア、ローマ、ビスマルク、ティルピッツ、ウォースパイト、ガングートと言う一大戦艦艦娘戦力だったからだ。

 その周囲をフランス駆逐艦娘のモガドールを嚮導艦とした欧州総軍各国の駆逐艦娘、軽巡、重巡艦娘が囲い、海上に堂々たる陣容を見せていた。陣容だけではなく、その頭数も大きい。前衛艦隊として奮戦した第三三特別混成機動艦隊とはまた別に、前衛と後衛に分かれている本隊の艦娘の総数は実に七〇人を軽く超えていた。艦娘艦隊史上最大規模と言う訳では無いが、七〇人を超える艦娘が艦隊を組むのは早々ある事でも無かった。

≪シーガル1より艦隊へ通達。空母棲姫三隻より艦載機多数が発艦。並びに戦艦水鬼四隻、戦艦棲姫一隻、超巡ネ級改Ⅱ四隻、防空巡ツ級flagship級一隻、大型駆逐艦ナ級八隻、駆逐艦ニ級三隻の水上艦隊の接近を検知。なお空母棲姫には直掩艦としてツ級三隻、ナ級六隻が随行している模様≫

「大和よりシーガル1、ス級及び不明の深海棲艦は?」

「アンツィオに鎮座して動かない。長射程のス級の砲撃に留意されたし」

 ス級の水平線越しの長射程の砲撃は大和も経験済みの攻撃であるが、それが可能なのは条件として味方深海棲艦が標的の艦娘の周囲に居ない事が前提と見て間違いはない。現在、艦娘艦隊と、深海地中海艦隊は互いに接近して砲撃戦に移行しようとしている。同士討ちの可能性が高まっている場所へ、広範囲に被害を及ぼすス級の馬鹿力な火力を投射する事は無いと見ていい筈だ。

 仮に味方艦への被害を厭わずに撃って来たとしたら、そのス級の火力は物量差で艦娘艦隊に劣勢の深海棲艦を更に物量差で劣勢に追い込む事になる。無論同士討ちを必ず引き起こせるとも限らないが、艦娘と深海棲艦が入り乱れる混戦下となれば、ス級から砲撃開始の通信が入って、直ちに艦娘艦隊から離脱すると言う事はほぼ不可能になる。

 奴らは衛兵だ、と大和は水平線の向こうにいるス級と不明の深海棲艦の存在を脳内で凝視して口に出さずに呟く。アンツィオと言う関門の前に巨大な艦砲と言う長槍を携え、分厚い装甲と言う頑強な鎧を着込んだ重装甲の衛兵。その内側に控える不明な深海棲艦、いやもうここまで来たらこう呼ぶべきだろう、アンツィオ沖棲姫とでも呼称すべきだろう相手をガードする重装甲兵。

 そしてその前には、雑兵と呼ぶには烏滸がましい、精鋭の守備隊となる深海棲艦が前進し、艦載機を放って来ている。

「後続の空母に発令。CAP機を発艦させろ」

 武蔵が片手でヘッドセットの通話ボタンを抑えて凛と張った声で命ずる。CAP機、即ち直掩機の発艦が命じられるや、後衛部隊の主力を成すレンジャー、ホーネット、レキシントン、サラトガ、ヴィクトリアスから艦上戦闘機が次々に翼を翻し、空母棲姫から発艦した艦載機群へ立ち向かっていく。

 一方、大鳳率いる第七航空戦隊は別の作戦行動に移行した。

「第七航空戦隊空母航空団、攻撃始め!」

 ヘッドセットに向かって攻撃開始を発令する大鳳の命令一下、七航戦を構成する大鳳型四人から発艦した烈風一一型に護衛された彗星一二型甲、流星改と言った航空攻撃隊が空母棲姫を目指して進撃を開始する。同様にレンジャー、ホーネット、レキシントンとサラトからもTBM-3DとSB2C-5を基幹とした攻撃隊がF6F-5の群れに護衛されて、七航戦の攻撃隊と共に深海地中海艦隊へと前進を開始した。

 

 

 数分後、攻撃隊はアンツィオの陸上型深海棲艦の上に進出していた。

 QA-10の空爆は艦艇に集中した為、概ね陸上型深海棲艦は無傷で残っており、飛行場姫からは迎撃機離陸し、砲台小鬼と集積地棲姫が対空砲火を打ち上げ始める。深海対空砲弾が空中で爆音を響かせると、時限信管で作動した対空弾が無数の破片を虚空に吐き散らし、鈍色の空一杯に鉄片で埋め尽くす。

 空気では無く、焼けた鉄片によって支配された空の中へ、攻撃隊は高空、低空、そして中空から進入を開始する。

 空を埋め尽くす対空砲火の炸裂に、機体を揺さぶられながら彗星、流星改、TBM-3D、SB2C-5、それに爆装した艦上戦闘機であるAU-1やF4U-7といった機体が臆することなく吶喊していく。

 砲台小鬼が、集積地棲姫が、更にはアンツィオ沖棲姫が撃ち上げる対空砲弾が、空気に代わって散弾の欠片で空を埋め尽くし、その中に激突した艦載機が砕け、或いは翼をへし折られ、または兵装が誘爆して、四散していく。制御不能になった幾多の機体の内、何機かからは航空妖精が機体から何とか対気速度と抗いつつ身を宙へと投げ出し、背中に背負っているパラシュートで降下していくが、大半の航空妖精は愛機と共に海上へ激突するまでの最後の時間を共にしていた。脱出する意思があっても、時速数百キロで飛ぶ航空機からキャノピーを開けて、身を投じて脱出するのは至極難しい話なのだ。

 中には辛うじて最低限の制御が可能な機体を海上に不時着水させてのける航空妖精もいたが、全体から見ればそれは奇跡と言う言葉と共に海上に舞い降りただけに過ぎない。

 撃墜される僚機を尻目に、艦爆、艦攻は熾烈な対空砲火を切り抜けようと悪戦苦闘する。一機、また一機と被撃墜を出し、一方の攻撃隊は爆弾一発と陸上型深海棲艦に当てられないまま被害だけを重ねていた時、一機のAU-1が翼から炎を引きながら砲台小鬼へまっしぐらに突っ込んで行った。既にそのAU-1の翼は上昇する為の揚力を発生させる事は出来なかった。それどころか、今にも翼面を覆い、翼内を炎でじわじわと破壊されて今にも破断寸前の状態だった。AU-1を操る航空妖精は自機の損害と脱出しても救助が来るかと言う現場の状況を天秤にかけ、自分が取れる最良の選択を導き出していた。

 なお健在な僚機から制止の声が上がる中、躊躇いも無く砲台小鬼へ突っ込んで行ったAU-1の機体が、対空砲火を放つ砲台小鬼に爆装を抱いたまま激突し、爆散した。大破していたとは言え時速数百キロで滑空していた機体が激突し、機体内の残燃料と未使用の兵装が一挙に誘爆したその力は無視出来るものでは無かった。砲台小鬼は体当たりを敢行したAU-1の押し倒す勢いのままに転倒し、弾薬庫内の対空弾が誘爆を起こした事で爆発四散した。

 対空砲火を打ち上げていた砲台小鬼が一基撃破された事で、対空防御に穴が開いた。

 どれ程重厚な防御を敷こうが、どれ程分厚い鉄のカーテンを作り上げようが、些細な、あるいは小さなほころびが突破口となりえる。体当たりして果てたAU-1の作り出したそれは小さなほころびであったけれど、攻めあぐねていた攻撃隊の突破口として必要充分な決壊場所であった。

 切り込む様に次々に攻撃機がたった一機のAU-1の作り出したほころびを通って爆装を切り離す。投じられた無数の爆弾とロケット弾が他の砲台小鬼を打ち砕き、集積地棲姫の兵装を破壊し、その集積地とは今や名ばかりの物資集積所跡に火を放つ。地を耕し、掘り返し、抉り返し、ひっくり返す猛烈な爆撃が、猛烈な対空砲火への返礼とばかりに浴びせられる。飛行場姫の滑走路で発進待機中だった深海解放陸爆が地上で爆砕され、泊地水鬼の砲台が降り注ぐ徹甲爆弾が引き起こした炎に包まれる。

 

 天と地の殴り合いと化した戦いは、始まりが唐突だったのと同じように、終わりも唐突だった。

 砲台小鬼は全て沈黙し、集積地棲姫、泊地水鬼、飛行場姫は燃え盛る松明と化しながら、消火作業を試みて尚機能を維持していた。

 航空攻撃が止み、攻撃隊が引き上げた後、三つの陸上型深海棲艦はその機能を回復させようと懸命な努力を重ねたが、その努力を粉砕する様に、第二次攻撃隊が間髪入れずに押し寄せた。

 それは金属音を響かせながらMe462が飛来し、更にその後ろから第二・五次攻撃隊とでも言うべきずれたタイミングでJu87C改シュトゥーカと護衛のBf-109Tが飛来し、炎を衣装とする泊地水鬼、集積地棲姫、飛行場姫に対して、更に爆弾を投げ込んで行った。

 ドイツ空母艦娘二人の航空攻撃は、規模こそ第一次攻撃隊よりも小さかったが、止めの一撃としては極めて充分な効果を発揮しえた。

 

「攻撃完了。陸上型深海棲艦の機能停止を確認」

 抑揚のある低い声でヘッドセットを介して航空妖精のBDAを確認したグラーフ・ツェッペリンが、その顔に満足気な笑みを浮かべる。

 振り返ってドイツ空母艦娘の二番艦を担うフォン・リヒトホーフェンに向かって頷くと、後輩の空母艦娘も同じ表情で頷いて返した。

 搭載機数の限られるグラーフ・ツェッペリンの放った攻撃隊は一隊だけだったが、フォン・リヒトホーフェンはMe462一二機からなる攻撃隊を、空母棲姫三隻を基幹とする深海地中海艦隊空母機動部隊残余に差し向けていた。彼女のMe462達は既に七航戦の艦載機や、アメリカ空母艦娘達、そしてヴィクトリアスから発艦した艦載機群が無数に群がる空母棲姫にダメ押しをかけた。

「カエサル1-1、目標ビジュアルコンタクト。カエサル1編隊各機、続け」

 海上に幾重にも立ち昇る黒煙の下には、撃墜された攻撃機と撃破されたツ級とナ級の残骸が沈んでいた。細い黒煙は攻撃機、太くぐにゃりぐにゃりと捻じれている黒煙はツ級かナ級のものだ。目視出来る限りでは細い黒煙が太い黒煙の倍以上は立ち上っているのが確認出来る。黒煙に遮られているが、未だ健在なツ級とナ級の発射した対空砲火が散発的に宙空に砲弾炸裂の黒点を現出させ、曳光弾の火箭が下から上へと昇って行く。

「攻撃開始」

 乾ききった声で無数の骸が海上に浮かぶのを横目にカエサル1は未だ健在な空母棲姫を見据えて告げた。

 三隻の内、二隻は黒煙を上げて傾斜を始めているが、一隻が大破した二隻の艦載機を収容して、再発艦させるべく動き回っていた。

「敵空母三番艦に火力を集中」

≪ヤー≫

 一二機のMe462は低空でフィンガーフォー編隊を組み、ツ級とナ級の残存艦のレーダー覆域の下を飛び抜けながら、空母棲姫の方へと迫る。

 二基のユモ004Dジェットエンジンの奏でる甲高い飛行音に気が付いたツ級とナ級の残存艦、それに空母棲姫自身が対空火器を振り向け、射撃を開始する。オレンジに光る曳光弾が鈍色の空をオレンジに染め上げ、そこに対空砲弾の茶褐色な爆炎を混ぜ込むが、Me462を捉える事はない。その頭上を抑え込む事は出来ても、深海棲艦の対空砲火はMe462の後ろで爆発するか、飛び抜けるだけで高速ですり抜けるMe462の機体そのものを捕捉するには至らない。

「頭上げるなよ、対空弾に殴り飛ばされるぞ」

 照準器越しに空母棲姫を凝視したカエサル1はバックミラーをちらっと見やって、手を伸ばせば届きそうな海面に臆しかける僚機の頭を抑え込む様に言う。高度を僅かに上げかけた僚機が操縦桿を軽く押し倒して低空を這いつくばる中、カエサル2と3の編隊が対空砲火を浴びせて来るツ級とナ級に魚雷を投下した。

 深海レーダーによってMe462を追尾し、弾幕を張っていたツ級とナ級の足元から、LTF5d魚雷が海中に馳走音を喚き散らしながら迫り、ツ級とナ級の舷側を捉えたと反応した魚雷の弾頭が信管を作動させる。

 誤爆も含めて八機のMe462が投じた一六発の魚雷の内、一一発が起爆し、ツ級二隻とナ級二隻にそれぞれ二発が命中し、弾頭の爆薬で下から突き上げる様に四隻を吹き飛ばした。一瞬、宙を舞ったように見えた四隻の防空巡と大型駆逐艦は、船体下部から黒煙を吐きだし、盛んに対空砲火を打ち上げていた各種兵装が唐突に沈黙する。ツ級は辛うじて浮かんでいたが、ナ級は被弾した側の舷側を下に、瞬く間に横転し始める。艤装上の深海レーダーが、対空弾を速射していた両用砲が、弾幕を絶やさなかった機関砲が横転する艤装と共に海中に没し、加熱していた砲身、銃身が焼けた鉄を水につけた時の音を立てる。

 抵抗を排したカエサル隊のカエサル2と3編隊が離脱する中、空母棲姫自身の対空砲火の下を掻い潜っていたカエサル1編隊が魚雷を投下し、そのまま低空を飛び抜けて、空母棲姫の艤装すれすれを航過して、反対側へと飛び抜ける。

「魚雷投下」

「発射」

 と言った射撃のコールが四人分発せられ、八発の魚雷が空母棲姫の腹の下を食い千切らんとモーターを回転させ、白い雷跡を引きながらその舷側へと迫る。回避行動を試みる空母棲姫に微力ながら誘導機能があるLTF5dが進路を変えて追随し、程なくして舷側に四本の水柱がそそり立つ。

 水柱が火柱へ変わり、真っ黒な黒煙の柱となって空へとゆらゆらと昇って行く。くぐもった衝突音と海上に殷々と響き渡る爆音が四回響いた後、空母棲姫は左舷に傾斜して機能停止していた。

 

 

 最後のLTF5dが爆発し、その弾頭の炸薬が空母棲姫の艦底部に致命的な破孔を穿つ爆音を響かせたのを合図に、長い、長い欧州での深海棲艦との戦いと言う劇の最終章の第一幕の幕を下ろす合図となった。

 そしてほんの僅かな間隙の休憩を置いて、最終章の第二幕の幕開けを告げる、艦娘艦隊本隊前衛の戦艦艦娘達の主砲斉射の砲声が鳴り響いた。

 多種多様な口径の戦艦級の主砲の砲声に、深海棲艦の戦艦水鬼を始めとする戦艦級の砲声が入り混じり、新たな演奏会の幕開けを大音量で奏で始める事となった。

 

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