「撃ちー方始めぇ!」
戦艦水鬼、戦艦棲姫、超巡ネ級改Ⅱからなる単縦陣を見つめて大和は凛と張った声を張り上げた。
直後、彼女の艤装上に衝撃波と轟音が駆け抜け、紅蓮の砲炎が六つの砲身から激流の如く迸った。炎の激流は速やかにどす黒い砲煙へ、そして灰褐色の硝煙となり、風に流されて大和の後方へと吹き流されていく。
同じ日本語の号令が武蔵から下され、その武蔵の艤装からも大和と同じ口径の主砲の発砲音が突発的に鳴り響き、濛々たる砲煙で一時的に武蔵の長身を隠す。
大和の砲撃開始を合図に、各戦艦艦娘も砲撃を開始していた。大和の右舷側で単縦陣を組んでいるアイオワ、ワシントン、サウスダコタ、マサチューセッツ、アラバマの五人の一六インチMk.7とMk.6の二種類の三連装砲がSHSを発射する。反対側の大和の左舷側ではイタリア、ローマ、リシュリュー、ジャン・バールの四人の単縦陣が三八センチ四連装と三連装主砲を撃ち放ち、徹甲弾を前方の深海棲艦へ向けて投げ飛ばしている。
大和の後方には更にビスマルク、ティルピッツ、ガングートの三人が控え、三八センチ連装主砲、三〇・五センチ三連装主砲を発射し、真っ赤に焼けた鉄塊を空へと撃ち放っている。
総計一四人にも上る戦艦艦娘が主砲斉射を放つや、周囲の大気が大きく振動し、海上には衝撃波によってさざ波が立ち広がり、航跡と混じって白い波紋を周囲に広げていく。耳を聾する斉射の砲声が殷々と海上に響き渡り、一四人の大柄な戦艦艦娘達を砲縁が一時的に包み隠す。
一四人の戦艦艦娘の主砲斉射に続いて、その周囲を固める艦娘達も突撃を開始している。重巡艦娘高雄、セントポール、ロサンゼルス、クインシー、軽巡艦娘ユリシーズ、グロワール、パース、駆逐艦娘モガドール、ジェーナス、ジャヴェリン、吹雪、白雪、初雪、叢雲がそれぞれ単縦陣を組み、その手に、その艤装に備えられた主砲を発射している。
セントポール、ロサンゼルス、クインシーの三人はボルチモア級重巡艦娘であり、元より西部進撃隊のメンバーであったが、専ら空母機動部隊の直掩艦の任務に就いていた重巡艦娘達であった。だが彼女達が護衛していた米空母艦娘達は先の海戦で次々に戦闘不能に追い込まれて、事実上空母機動部隊の護衛部隊はその必要定数を大きく削減していた。
故に余った三人が急遽同じように不要となったアラバマと共に本隊の前衛艦隊の水上打撃戦力として編入されていたのだ。
高雄以下の重巡艦娘、軽巡艦娘、駆逐艦娘と相対するのは防空巡ツ級flagship級一隻、大型駆逐艦ナ級八隻、駆逐艦ニ級三隻の計一二隻。数の上では拮抗しているが、ナ級の火力はほぼほぼ軽巡洋艦と同等と言っても全く過言ではないので、火力差でも拮抗と言えなくはない。高精度かつ長射程の雷撃も放って来る為、ナ級の厄介さは只の尺では測れるものではない。
案の定と言うべきか、ナ級からの先制雷撃が赤い海面に航跡を浮かび上がらせて、高雄達に向かっていく。
「雷跡多数視認! 方位089。的針不明!」
反射的に日本語で叫ぶ吹雪の声が全員のヘッドセットに響き渡る。それに高雄が英語で改めて伝達した上で回避高度を発令する。
「回避行動、取り舵一杯。三戦速」
第三戦速で取り舵に舵を切ってナ級の雷撃を躱しにかかる一同の右左を、前後を雷跡がすり抜けていく。一度に大量の魚雷を発射し、それが遠距離から正確に艦娘の足元、いや足を引きちぎらんと迫るのだ。数が少なければ躱し様もあるが、八隻のナ級が一斉に四〇発に上る魚雷を発射していたのだから回避にも猶予が無い。
取り舵に舵を切った一同の傍で、艦娘の主機に反応した魚雷群が次々に爆発する。大半は相対距離が離れすぎており、損害を与えず仕舞いで終わるが、数発が艦娘達に小規模なダメージを入れていく。
そんな中パースの背後で一発が爆発する。彼女の身体が前に突き飛ばされた様に姿勢を崩すが、即座に立て直し、ローファーを履いた二本の脚を再度赤い海面に押し付ける。
ナ級の先制雷撃は脅威そのものではあったが、これまで深海棲艦の雷撃を何本、何十本と躱し、時には被弾し命をあの世に送りかけながら積み重ねた経験と言う戦術的なアドバンテージによって艦娘達はその殆どを躱し切って行った。ナ級の魚雷が爆発した時、そこには艦娘はおらず、至近弾の爆発でよろけさせる程度で終わっていた。
だが、一発だけ幸運を、艦娘側からすれば不運を、掴み、もたらした。
「Shit!」
その悪態と共に重巡艦娘ロサンゼルスの方から一回だったが海中でくぐもった爆発音が発生し、水柱によって彼女の右舷主砲艤装が下から跳ね上げられ、接続部が金属的悲鳴を上げた。主機は爆砕されてロサンゼルスの右足から脱落し、更に発生した火災の炎が彼女の右足を舐め、タイツ越しに焼かれた肌からの痛みにロサンゼルスが苦悶の声を上げる。ボルチモア級重巡艦娘のロサンゼルスはそれで瞬時に航行不能になる事は無かったが、右足の主機を破壊された事で艦隊に追随出来なくなっていた。
「こいつはちょっと拙いな。すまない皆、置いて行ってくれ」
「ロス!」
「クインシー、行ってくれ。僕は自分の身は自分で見るから」
略称で妹を呼ぶクインシーにロサンゼルスは消火作業を行いつつ、行けと手を深海棲艦の方へと振る。クインシーが今やるべき事は、妹を撃ったナ級に相応の報復を見舞う事、そして姉の様な被害を受けない様、自らの身を守る為に攻撃する事だった。セントポールはクインシーと違い、姉妹の戦列からの脱落に振り返る事なく、無言で射撃を再開していた。妹に一撃を入れた深海棲艦に対してはっきりと呪詛の言葉を吐き散らして報復の怒りを浮かべるクインシーと比べて、セントポールの顔面は多くを言わない静かな怒りを浮かべていた。
「Open fire!」
怒りのクインシーの号令が下るや、彼女の八インチ三連装主砲が轟然と火を噴き、Mk.37GFCSによって射撃を管制された三基の主砲が徹甲弾をナ級に向けて発射する。魚雷攻撃を躱した艦娘達はセントポール、クインシーに続いて各自砲門を開いた。
高雄の二〇・三センチ三号砲連装主砲が斉射の火焔を迸らせ、深海レーダーによって正確な射撃を送り込んで来るツ級にカウンターの射撃を浴びせる。絶えずツ級が送り込む中口径弾の着弾の衝撃で右に左に揺れる高雄の艤装上で、スタビライザーによって砲口の向きを維持された主砲が斉射を放つ。速射を行う高雄の主砲砲身がツ級の突き上げた至近弾の水柱を被って、加熱した鉄に液体を付けた時の蒸発音が鋭く響く。
吹雪以下、第一一駆逐隊が単縦陣を組んで面舵に転舵すると、深海棲艦のツ級、ナ級、ニ級からなる水雷戦隊の正面を抑えながら反航戦を行う高雄、セントポール、クインシー、ユリシーズ、グロワール、パースの右側面に進出し、深海棲艦を右翼から一撃した。
複数種類の中口径主砲の砲声が響き渡る中、深海棲艦の左翼へ展開した吹雪たちは主砲で牽制射を入れつつ、魚雷発射管に射撃諸元の入力を開始していた。無論主砲の射撃トリガーを握る吹雪たちが同時並行でこなせるマルチタスクでも無く、その作業は発射管内の水雷科妖精が行っていた。
「てぇーっ!」
吹雪の黄色い声が射撃を命じるや、白雪、初雪、叢雲の構える艤装上で一二・七センチ連装主砲が小規模な火炎を発射し、徹甲弾を撃ち放っていく。黄色い声とは言え、吹雪自身長い艦娘歴と言う名の軍歴で多少は声変りして入隊時よりも大人よりな女性の声ではある。特型の長女である吹雪に続いて射撃を発令する白雪、初雪、そして叢雲も同様であった。全員が改二化を境に微妙にだが変声したと言っても良い。
「撃ちー方、始め!」
「……撃て!」
「てぇッ!」
先陣を切る吹雪と言う長女に続き白雪、初雪、叢雲の射撃号令が相次ぐ。小太鼓を二回、間を置かずに連打した様な砲声が轟き白雪、初雪の吹雪と同じ両手で構える連装主砲が火を噴く一方、特型駆逐艦娘の中で東雲と同様に実験的に異なる設計の艤装を持つ叢雲が腰脇にマウントされた主砲から射撃を行う。
特型でも特Ⅲ型以外は概ね共通の規格で設計された艤装の吹雪、白雪、初雪と違い、叢雲の艤装が特徴的な外観をしているのは、彼女の艤装が天龍型軽巡艦娘の改二艤装のテストベッドとなっていたからであるが、外見に比して内部の部品は共通化が図られており、天龍型軽巡改二艤装風の特型艤装と言うキメラさを見せていた。
四人が使用する主砲は叢雲だけ外観は大きく異なれど、同じA型改二砲なので使用する主砲砲身も、内部機構も、使用弾薬も同じだから発せられる砲声も同じだった。精々砲声が轟く位置が異なると言うくらいの違いしか存在しない。
そんな四人の主砲が間断なくニ級へ向けて射撃を浴びせる中、吹雪、白雪、初雪の両太腿、叢雲の臀部付近にジョイントアームで仕舞われていた魚雷発射管がニ級の方へと発射口を差し向け、水雷科妖精が算出した諸元が魚雷へ入力される。
「射撃諸元解析完了。発射データ入力完了」
「射撃よーい良しよ!」
白雪と叢雲が水雷科妖精の攻撃用意良しの報告を吹雪に向かって叫ぶ。一方初雪だけ微妙に射角を変えて、ニ級だけでなくナ級の最後尾の艦を狙いに収めていた。
吹雪の目が初雪の視線を汲み取り、ナ級とニ級合わせて四隻を一対の目の視界内に収める。
「魚雷攻撃始め! てぇッ!」
圧搾空気による射出音が四人の艤装上で鳴り響き、一発ずつ射出された魚雷が海中へと飛び込んでいく。吹雪、白雪、初雪からは六発、叢雲からは三発が発射され、海中に沈みこんだ二一本の魚雷が機関部を作動させ、海中に馳走音を喚き散らしながら雷跡を引き海中を疾駆していく。
「面舵一杯、全速離脱!」
自分達の魚雷発射を確認したのか、応射がにわかに激しくなるナ級とニ級からの砲撃を見て、吹雪は内心遅いとほくそ笑みながらも深追いはせず、大事をとって距離を取る選択を下した。一一駆の四人が直ちに吹雪を先頭に白雪、初雪、叢雲の順に右へとターンし、ナ級とニ級との相対距離を離していく。
四人が放った二一本の魚雷は、無航跡のままナ級とニ級に迫る。一一駆の魚雷に狙われているナ級とニ級の四隻が魚雷の馳走音に気が付き、射撃を中断して即座に回避行動に移る。ナ級のずんぐりとした丸い胴体が引く航跡と、細身なニ級の胴幅相応の太さの航跡が左右に分かれ、魚雷に背を向けるか、相対するかのどちらかを選択していく。
散布帯角度は申し分無かったが、吹雪達からすれば理不尽にも、ナ級とニ級には幸運にも二一本の魚雷は海中の空を掻っ切り、そのまま機関部の動力部が停止するまで海中を虚しく進むだけとなった。深海棲艦の深海魚雷とは異なり、艦娘の魚雷には近接信管が実用化されていないので、深海棲艦の直ぐ傍を通っても魚雷が反応する事は無い。
「駄目か……」
余り言葉を発さない初雪が腕時計を見て、命中時間を過ぎても爆発が起きない事で魚雷全弾が外れたのを確信し気落ちした声を上げる。
「良い感じに狙ったはずなんですけどね」
「外れたものは仕方ないわ。後はデカいてっぽうで殴り合うだけよ。ねえ吹雪?」
溜息をもらす白雪に叢雲が早くも気持ちを切り替えた声で返しつつ、吹雪を見る。
「その通りね。砲戦続行! 射撃地点に戻り次第、砲撃を再開。深海棲艦が沈むまで撃ち続けます!」
一一駆の行動方針を即座に決定した吹雪は再度回頭を指示した。主砲射程に深海棲艦を捉えなければ。
何故だ、その思いがアイオワを苛立たせていた。
彼女の苛立ちの元凶、戦艦水鬼はアメリカ戦艦艦娘五人の集中砲火を食らっても尚、応射を、それも斉射を放ち、アイオワ達の傍に巨大な水柱を出現させている。何十発と撃ち込まれたSHSに一切怯んだ様子も見せず、戦艦水鬼は全力射撃を持ってアイオワ達米戦艦艦娘と互角に渡り合っていた。
新型戦艦の火力をもってしても何故、とコロラドやネヴァダ辺りがその場に居たら憤ったかもしれない台詞を言いかけてアイオワは悪態を吐くよりも、次なるSHSを砲口から吐き出す事に注力した。
一方、続航するワシントンは内心、次も弾かれて終わるだろうと言う諦観染みた感想を抱き始めていた。同時に疑念も湧きおこる。無敵の装甲でも纏っているのか、と首をかしげたくなる程に戦艦水鬼は五人のアメリカ戦艦艦娘の集中砲火を受けても沈黙する様子はない。大量に被弾した一六インチ弾で確かに損害は発生しているのが見て取れるが、ノックアウトする様子は全く見せない。
一体奴は何で出来ているのだ? と焦りと疑念に襲われながらも米戦艦艦娘達は主砲の斉射を放つ。左翼のリシュリュー、ジャン・バール、イタリア、ローマの四人の主砲斉射は着実に前へ出ようとするネ級改Ⅱに直撃し、戦艦の巨砲の鉄塊と激突したネ級改Ⅱにたたらを踏ませる程の一撃を加えている。撃沈には至らないが、確実なダメージは入れていた。
戦艦水鬼の艤装上で着弾の爆炎が走り、再度複数発のSHSの直撃が確認される。しばし爆炎に包まれていた戦艦水鬼が不気味な沈黙を置き、一見撃破、沈黙したかのように見せるが、程なくその爆煙を振り払うように姿を現し、艤装上の大口径主砲を放った。
「弾体、上空より来る!」
アラバマのCIC妖精がレーダー画面を見て叫ぶ。咄嗟に上を見たアラバマの碧眼に、山なりの弧を描いて落下して来る戦艦水鬼の砲撃の軌跡が確かに見えた。
「回避、面舵! 前進一杯!」
サウスダコタ級戦艦艦娘の四女が回避を叫び、右へと舳先の向きを変え、足元から最大速度の白波を蹴立てて走る。
戦艦水鬼の砲撃は散布界が狭かったのもあり、大き目な回避運動を行ったアラバマは幸いにもその巨弾に打ちのめされる事は避けられた。が、彼女が右へと逸れた事で米戦艦艦娘の隊列と攻撃に良くない隙が生じた。最後尾のアラバマが右へと外れただけとは言え、その一時的にアラバマが米戦艦艦娘の統制砲撃の隊列から外れた事で、先頭を進むアイオワの統制砲撃システムが自動的にリセットモードに入ったのだ。
「Damn it……」
不可抗力とは言え、アラバマが戦列から外れた事で統制砲撃システムがリセットされた事にアイオワが罵声を漏らす。各個打方に切り替えるべきか? と彼女の中で迷いが生まれるが、統制の乱れた砲撃ではただでさえ対抗が困難な戦艦水鬼に逆に各個撃破されかねない。アラバマが戦列に戻り次第、統制砲撃戦を続行するべきだろう。
アラバマが戦列に戻るまでに、一時的な沈黙が米戦艦艦娘達の間で広まる。その間に戦艦水鬼は主砲の斉射を放っていた。
「弾体、再度本艦に接近!」
「何!?」
アラバマは再び空を凝視し、隊列に戻ったばかりの自分の元へと再び降り注ぐ砲撃に愕然とする。咄嗟に回避行動に移ろうとして、自制の心がそれに待ったをかけた。今また隊列を乱せば、米戦艦艦娘の統制砲撃システムがまたリセットされて、射撃不能になってしまう。今アラバマが動けば、彼女の命は安泰だが、米戦艦艦娘部隊は、アラバマが回避を行い、隊列から外れる度に統制砲撃システムがリセットされて効果的な攻撃が出来なくなる。そしてその間にも彼我の距離は縮まり、戦艦水鬼の砲撃精度は上がっていく。
(受け止めるしかない……!)
「Steady as she goes! (進路このまま)」
被弾上等に統制砲撃を優先したアラバマが舵を切る事なく前進する。彼女が隊列を維持した事で、アイオワ、ワシントン、サウスダコタ、マサチューセッツ、そしてアラバマの五人は揃って同一諸元にて砲撃を放つ事が出来た。五人の三基九門の一六インチ主砲が轟然と火を噴き、四五発に上るSHSを長い砲身から叩き出し、空中へと投げ出していく。
入れ替わる様に戦艦水鬼の射撃がアラバマを頭上から襲った。
「All hands brace for impact! (総員衝撃に備え)」
艤装内の妖精全員に被弾に備えるよう叫んだアラバマは急いで舌を歯の内側に仕舞って、耐ショック姿勢を取る。
直後アラバマの艤装上に戦艦水鬼の砲撃が直撃する。金属板をハンマーで一撃した様な轟音が鳴り響き、何かが砕け、破壊される金属音がそれに入り混じりながら彼女の身体を砲弾の破片が複数個所で切り裂く。破断音と共に吹き飛んだ五インチ連装両用砲の砲身がアラバマの左腕に突き刺さる。
「……!」
苦悶の声を上げたアラバマにマサチューセッツが振り返り、直ちに救護に向かおうとするが、感情を押し殺したアイオワがそれを制止した。
「マサチューセッツ、隊列を維持して」
「しかし……」
Butと言ったもののそれ以上の言葉が見つからないマサチューセッツが焦りを滲ませた顔で、妹の怪我を見つめる。左腕に突き刺さった両用砲の砲身を右手で引き抜いたアラバマは患部から噴出する血に止血剤を打ち込んで強引に傷を塞ぐ。血を吸った止血剤が彼女の左腕の中で膨れ上がって患部を塞ぐ一方、身体中に深く刻まれた傷からも鮮血が流れ出て、彼女の体力を少しずつだが削っていく。
それでも何とか健在な三基九門の主砲を再装填し、射撃体勢を立て直すアラバマだったが、それを見たマサチューセッツが血相を変えて止めにかかる。
「その状態で撃ったら発砲の衝撃で傷が大きくなる! 駄目だ、今すぐに離脱するんだアラバマ!」
「でも……」
中破状態の自身を気遣ってくれる姉の好意には甘えたいが、戦艦水鬼相手に火力低下した米戦艦艦娘部隊で相手になるのかとアラバマはマサチューセッツに無言で問う。
その姉妹の押し問答に決着を付けたのはサウスダコタ級の長女、サウスダコタだった。
「今すぐ離脱しろアラバマ。お前が死んだら元も子もない。奴は私とマサチューセッツ、それにワシントンとアイオワが何とかする」
有無を言わさないサウスダコタの一言にアラバマは引き下がる事を決意した。一人回頭して離脱に移るアラバマが艤装から黒煙と偶に海上に点々と垂らす血潮を残して戦場海域から離脱していく。
次に狙われるのはマサチューセッツかも知れない、と離脱していくアラバマを見送ったサウスダコタはちらっと一三人に数を減らした艦娘戦艦部隊の中央に布陣する日独露の戦艦艦娘を見やる。主砲口径による火力のばらつきは最も大きい筈だが、と伺うサウスダコタの見る先で、大和改二重と武蔵改二の放つ五一センチが戦艦水鬼に直撃し、明らかなダメージを撃ち込み、粉砕された破片を爆炎と共に宙に舞い上げていた。撃沈には至ってないが、自分達と違い着実なダメージを入れていた。
「大和と私達、何が差を生んだんだ……」
「単純な話よ。大和の主砲は大きく、私達はそれより一回り小さい」
悔しさを交えるサウスダコタにワシントンが酷く乾いて聞こえる声で答えた。要は単純な打撃力不足と言う簡潔な回頭に、サウスダコタははっきりとその端正な顔に渋面を浮かべる。
「この世のあらゆる事は大火力が解決すると言う事か」
「そりゃ、大抵の事は火力で何とか出来るとよく言うからねえ」
口から苦みをたっぷりと含ませた言葉を漏らすサウスダコタに、マサチューセッツが溜息を交えながら返す。
「でも、解決できないならもう一撃見舞うまでとも言うわよ」
先頭に立つアイオワが諦観の内に無駄口を叩き合い始める僚艦娘達に対し、不屈と不退転の精神を持って戦艦水鬼を見据える。リセットが完了したアイオワの統制砲撃システムが鳴らすブザーを聞くや、バチンと右手の指を鳴らして、その右手を前に突き出す。
「Open Fire!」
刹那三六門に減じた一六インチが一斉に轟音を叫び、真っ赤な火炎と衝撃波を前面に叩き出す。SHS三六発が大気を鳴動させて宙を飛翔し、戦艦水鬼に数百度の灼熱に焼かれた鉄塊を送り込んでいく。
数一〇秒後、四人の米戦艦艦娘の砲撃効果は明瞭なものとなって現れた。
複数発の着弾の閃光、爆炎が戦艦水鬼の艤装上で走るや、明らかに戦艦水鬼が深刻なダメージを負った悲鳴を上げる。爆発音に交じって何かが叩き割られる音が混じる。吹き飛んだ艤装の破片が海上に落ち、被弾痕と破壊された艤装から黒煙と火炎を噴き上げ、戦艦水鬼本体の視界を奪っていく。
「アラバマをやった仕返しだ!」
ようやく効果が出たとサウスダコタが妹を手負いにさせられた恨みを込めた目で戦艦水鬼を睨む。
五番艦を務めるアラバマの戦列離脱はあったモノの、直後の主砲斉射でようやく効果的ダメージを入れた米戦艦艦娘四人は再装填が終わるや、再び三六発の一六インチを戦艦水鬼に見舞った。
再び今度は主砲を発射する直前の戦艦水鬼を一撃し、数の差を生かした暴力を見舞う米戦艦艦娘の一六インチに戦艦水鬼は悲鳴を、先程よりも悲痛さと痛みを伴ったものを上げた。だがアラバマを脱落させられたアイオワ、ワシントン、サウスダコタ、マサチューセッツがそれを聞き、同情の心を浮かべる事は無い。寧ろ好機とみて畳みかけに入る。
一方、大和と武蔵、ビスマルクとティルピッツ、ガングートが統制砲撃を見待っていた戦艦水鬼は米戦艦艦娘の苦戦と引き換えに、主に大和型改二の強烈な一撃の前に一艦が大破、戦闘不能となって力なく漂流していた。
戦闘能力を復帰させて来る前に、二番艦へ射撃目標を変更する大和の視界内で、戦艦水鬼二番艦、そして三番艦が斉射の砲煙を前面に噴き出させた。
二隻の戦艦水鬼の一斉射撃は、それまで一番艦との砲撃戦に気を取られていた為に、二番艦、三番艦からの修正射の存在を認知出来ていなかった大和達にとって、危機が間近に迫っていた事をその時はじめて認知させた。
そして惨劇は大和達の隊列の四番艦を務めるティルピッツを襲った。
ダークグレーや黒を基調とする姉ビスマルクとは対照的に「女王」と言う渾名を彷彿させる白を基調とするドレスの様な制服、そして同じ白を基調とした塗装がされた艤装の上で爆発の炎、衝撃波、破片が炸裂し、ティルピッツの白い制服は鮮血に染め上げられ、白を基調とする艤装は硝煙と火災の煤で瞬く間に汚れて行った。
高飛車なお嬢様然としているビスマルクと比べて明らかに姫様風な見た目ながら外観に反して口数の少ない、良く言えば物静かなかつ寡黙なティルピッツが声にならない悲鳴を上げる。悲鳴と呼べるか怪しい悲鳴はまるで喉から絞り出された嗚咽の様であった。そしてその悲鳴を漏らした口から多量の鮮血が唇の端を起点に彼女の顎へと滴り落ちて行く。
堪航性においてはビスマルク級姉妹なだけにティルピッツも艤装においては漏れなく頑強であったが、それでも彼女の肉体そのものへと受けた一撃はティルピッツに無視し難い損害を与えていた。
「ティルピッツがやられた?」
眉間とこめかみに冷や汗を浮かべたビスマルクが妹の方を振り返り、その血まみれの制服と激しく破壊された艤装を見て息を呑み込む。
五臓六腑に深刻なダメージを受けているのか、ティルピッツは口から血を吐きながらゆっくりと海面に膝をつき、操り糸の途切れた操り人形のように海面に倒れ伏した。
「Edelfräulein!」
「Блядь……(ちくしょう)」
ビスマルクが妹の方へと駆け寄ろうとしかけ、一方目の前でティルピッツがやられた事にガングートがロシア語で恨みの言葉を吐き出す。
「隊列を維持して下さい!」
有無を言わさない口調で、ビスマルクの行動を制止した大和が統制砲撃のシステムを再接続させながら言う。
「でも……」
「Noです」
反論を許さない大和の非情とも言える台詞にビスマルクは一瞬顔を赤くして、怒りを滲ませるが、直ぐにその怒りは妹を打ち倒した戦艦水鬼に向けるべきだと考え直す。唇を血が滲みかける程噛み締めながらビスマルクは隊列に戻り、その艤装に備えられている四基の三八センチ連装主砲の砲口を敵戦艦に向けなおす。
「諸元修正、ティルピッツさん脱落による隊列の誤差修正」
大破したティルピッツが後方の海上を力なく漂う中、ガングートが増速して彼女が抜けたところへと遷移していく。
「修正よし、全艦撃ち方始め!」
「Fueur!」
大和の射撃号令に即座に答えたのが復讐に燃えるビスマルクだったのは、ある意味で当然と言えなくは無かった。後方で漂流しているティルピッツは落命こそまだしていないが、重傷を負っている彼女には速やかな医療措置が必要なのは明らかである。先に被弾して自力で離脱したアラバマよりも傷は重い。そこまで叩きのめされた妹の報復をビスマルクが望まない訳がなかった。
五一センチ、三八センチ、そして三〇・五センチの三種類の主砲弾がティルピッツを撃破した戦艦水鬼に吸い込まれる様に着弾していく。艦娘の艦砲で最大口径の五一センチを複数発食らったところへ傷口を強引に空けるが如く三八センチと三〇・五センチが追撃をかける。三種類の大口径艦砲徹甲弾が多数直撃した戦艦水鬼が、がくりと姿勢を崩して被弾痕から激しい炎を噴きあげる。特に大和型の主砲弾の直撃を受けた戦艦水鬼の主砲搭から吹き上がる火焔は明らかに弾薬と装薬の誘爆の炎であった。
よし、と大和が頷く。二番艦の脅威度は無くなったと見るべきだろう。あの主砲搭の火災を見るに、何れ誘爆で轟沈するだけだ。
問題は左翼のイタリア以下の伊仏戦艦艦娘部隊の攻撃するネ級改Ⅱがまだ三隻もおり、現状イタリア達はその三隻に押し返されかけている所だった。戦艦棲姫もネ級改Ⅱ支援の砲撃を加えており、イタリア、ローマ、リシュリュー、ジャン・バールの四人は火力で押し切られかけている状況だ。四人の三八センチ四連装、三連装主砲は休みなく射撃を行い、イタリアとローマはドイツ製のFuMOレーダー、リシュリュー、ジャン・バールの両名はアメリカ製SGレーダーによって管制された主砲で精確にネ級改Ⅱへと砲撃を撃ち込んでいるが、ネ級改Ⅱの俊敏な機動性を前に、惜しい所で砲撃を回避されてばかりだった。もどかしさを四人が抱く中、ネ級改Ⅱの後ろに布陣する戦艦棲姫が援護射撃を行い、イタリア以下四人は回避と攻撃の両方に忙殺されている。
高雄以下巡洋艦娘と駆逐艦娘はツ級以下の水雷戦隊との交戦に忙しく、戦艦艦娘部隊の援護に周れる状況ではない。いや寧ろ魚雷を打ち尽くした一一駆がアラバマとティルピッツの救援に自発的に向かっているので、実質この四人が戦闘から外れている。
まさかとは思うけど、と大和は現実のものとなりかけている戦況の行く末の予想に強い焦りを浮かべる。このままでは押し返されるのではないか? と言う恐れが大和の脳内で不穏な染みとなって浮かび上がっていた。そしてその染みは消える事なく、寧ろ脳内で徐々に広がり始めている。(戦艦水鬼がここまで頑強だったなんて……以前のデータと異なっている?)
改二以前の自分の火力なら戦艦水鬼は互角程度の耐久だった筈だが、明らかに今相対している戦艦水鬼は過去に相対した個体よりも撃たれ強くなっていると見えた。長い戦争の中で艦娘が改二によって堪航性を強化しているのと同じように、深海棲艦も強化しているのだろうかと思わせる頑強さである。
艦娘艦隊との交戦で戦艦水鬼一、二番艦が撃破され、四番艦が中破、ネ級改Ⅱの一番艦も大破と言う損害を負った深海棲艦だったが、キルタイムや数的不利から言えばかなり善戦していると言え、艦娘艦隊の状況からすれば苦戦を強いられていた。
戦艦アラバマとティルピッツ、それに重巡のロサンゼルスが戦列から脱落し、アラバマとティルピッツの救援に一一駆が回った事で相対的に艦娘艦隊の戦闘力は徐々にだが低下していた。無論深海棲艦が受けた損害と比べたら軽い方だが、明瞭な物量差をもってしても手こずり過ぎている感は否めない。
なお健在な戦艦水鬼三番艦、そして戦艦棲姫の二隻の戦艦級と三隻のネ級改Ⅱから尚も砲撃は止まず、戦艦艦娘達は定期的に回避、測距と精測、攻撃のルーチンを繰り返している。ツ級とナ級、ニ級はしぶとい抵抗を見せ、被弾に臆す事無く高雄以下の艦娘戦力と砲撃戦を継続していた。
「埒が明かないわね……大和より大鳳さんへ、聞こえますか?」
≪こちら七航戦大鳳、どうぞ大和さん≫
「七航戦の稼動機から攻撃隊を編成して、本隊前衛への航空支援を要請します」
アンツィオへの空爆で消耗している筈の七航戦へダメもとで近接航空支援を要請する大和に、大鳳は寧ろ待っていましたと言わんばかりの声を返して来た。
≪了解です。爆装の装備が完了し次第、直ちに稼働機を攻撃隊として向かわせます。それまで持ちこたえて≫
「何分くらいかかりそうですか?」
≪爆装に五分、到着まで五分と思って下さい≫
約一〇分か……大和は腕時計を見て、航空支援到着までの予定時間を確認して、軽い戦慄を覚える。一〇分もあれば一体何が出来るか、何が発生するか。対地攻撃に駆り出されていた七航戦に対艦攻撃を要請するのは、一応出来ない事ではない。七航戦の任務には対地と対艦の両方が課せられており、必要に応じて装備を切り替えて対応出来る。
問題は爆装の転換命令が二転三転したら、大昔の艦娘達の今の艦名の由来となったかつての日本海軍がミッドウェー海戦で犯した時間ロスと言う失態を繰り返す事に繋がりかねない事だった。違いがあるとすれば大鳳以下七航戦は装甲空母であり、爆装転換作業中に米軍機の爆弾が飛行甲板を貫通して格納庫で爆発して大破、放棄に至った日本海軍空母「赤城」「加賀」「蒼龍」の轍は構造上踏む事は無い所だろうか。
もう一つ違うとすれば七航戦が対艦攻撃準備に移行した後に、大和より上の指揮系統から後衛の空母機動部隊に対地攻撃の為の第二次攻撃隊発艦要請が出たとしても他にホーネットなどの空母艦娘が居るから、七航戦が対地攻撃に駆り出せなくなっても、その穴埋めが出来る空母が複数いる事か。勿論総火力は任務の分散で低下してしまうけれど。
ネ級改Ⅱの斉射は暴力の化身と言っても過言ではない。主砲の口径こそ八インチ相当、つまり今この場にいる高雄やボルチモア級重巡艦娘と同サイズと言えど、推定で戦艦級と同等の装薬を用いているからなのか発射速度は異常に速く、砲弾の貫徹能力も極めて高い。型落ちしぎるが余り、絶滅危惧種となっている無印の戦艦ル級やタ級の存在がかすむほどの高性能ぶりを見せる超巡ネ級改Ⅱの射撃は、文字通り戦艦級と同レベルの脅威度である。
そんな戦艦級と言える超巡と相対していたイタリア、ローマ、リシュリュー、ジャン・バールの四人は統制砲撃でネ級改Ⅱの一番艦を早々に撃破していたが、後続の二番艦、三番艦、四番艦の撃破には手間取っていた。四人共ネ級改Ⅱの脅威度を知らない訳では無いし、一刻も早く撃破しないと自分達がやられる事も分かっていた。
だが回避と射撃の照準合わせ、射撃の三つのルーチンをこなさないといけない四人に対して、ネ級改Ⅱの三隻は後方から支援砲撃を行う戦艦棲姫の加護により安定して射撃、諸元修正、再装填と攻撃一辺倒なルーチンに専念出来ていた。側面から四人の支援に回る筈の重巡以下の艦娘は目下ツ級とナ級、ニ級に抑え込まれて展開出来ず危うい一進一退の攻防が続いていた。
イタリアとローマの二人はそんな進展が生まれない戦況に激しい苛立ちを覚えていた。元から神経質気味なローマは元より、温厚なイタリアですら噛み締めた白い歯からぎりぎりと苛立ちの歯噛みを鳴らしており、二人の目は苛立ちが怒りに代わりかけて獰猛なものになりつつある。一方続行するリシュリューとジャン・バールの二人の内、高飛車で自信家なリシュリューの苛立ちは前を征く二人と同じかそれ以上のものに昇華しつつある一方、ジャン・バールは口元こそきっと結ばれていたが彼女だけは至って冷静さを保っていた。
「いい加減、沈みなさい!」
苛立ちがそのまま射撃の一撃となって飛び出したかの様にローマの三八センチ三連装砲が徹甲弾を叩き出す。FuMOレーダーによって補正された主砲がネ級改Ⅱの予測進路上に主砲を振り向け、高重量、高初速の一五インチ砲弾を打ち出す。口径こそ欧州戦艦には普遍的と言える一五インチクラスだが、使用砲弾の性質上、一六インチ相当の威力を発揮しえる主砲弾だ。この砲弾によるダメージバフの代償に、初期は砲弾命数の少なさと散布界の広さと言う史実のヴィットリオ・ヴェネト級戦艦と同じ問題を抱えていたが、今ではイタリア、ローマを含む全ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦艦娘の主砲周りにイタリアの軍需企業の手で改善が加えられている。
そのローマが放った一撃は、恐らく戦艦棲姫の砲撃の加護で慢心を生んでいたのであろう超巡ネ級改Ⅱに激突し、信管を作動させた。斉射数九発、内命中数は三発。三分の一の命中率だったが、直撃すれば一六インチ相当の威力を発揮する重量砲弾が三発、ネ級改Ⅱの艤装上で起爆した。
三発の命中弾によってネ級改Ⅱの本体が宙を舞い、艤装の一部がもぎ取られて宙の彼方へと消え去る。被弾箇所に真っ黒な深淵を覗く黒い点の様な破孔が開けられ、火災の炎が滴り落ちる体液のように顔を出す。
それまでマスクの様なパーツの下で愉悦に浸っていたような表情だったネ級改Ⅱの顔が怒りと恨みを込めた表情へと取って代わられる。だが積もり積もった苛立ちと怒りは負の感情をエネルギーとしているとされる深海棲艦よりもイタリアら艦娘の方がこの時は上回っていた。
「撃て!」
鋭い射撃号令がイタリアの口から飛び出し、三連装主砲から砲炎と共に九発の徹甲弾が勢いよく飛び出す。
斉射された砲弾九発の内、四発が被弾して膝をつきかけるネ級改Ⅱの後ろを進んでいた三番艦に直撃し、本体、艤装にそれぞれ二発ずつ命中していく。一発は砲塔部の天蓋を撃ち抜き、内部で爆発し装填作業が行われていた装薬と砲弾を誘爆させた。戦艦級の威力と高初速を実現する強装薬がびっしりと敷き並べられた弾薬庫にまで一挙に誘爆の火が及び、地獄の業火が瞬く間にネ級改Ⅱの艤装上に噴出した。
轟音と共に自身の主砲塔内の装薬と砲弾に一斉に裏切られ、内側から吹き飛ばされたネ級改Ⅱ三番艦が四散し、轟沈の黒煙を上げる中、大破しつつも尚戦闘能力を維持する二番艦と無傷の四番艦が何度目か分からぬ応射を放つ。
その一撃はふとした突然の偶然が導き出した弾道を辿り、イタリア、ローマは愚か、リシュリューの頭上すら飛び越えて四番艦のポジションに付くジャン・バールを直撃した。
金属が引き千切られ、爆砕される轟音と共にジャン・バールの左舷主砲艤装がもぎ取られて脱落し、海上へと落下した。直撃して四散したネ級改Ⅱの砲弾の破片、爆砕された左舷艤装の欠片がジャン・バールの綺麗な身体を切り裂き、鮮血に染め上げて行く。
悲鳴を上げて思わず身体を縮こませるジャン・バールの姿を見て、姉のリシュリューが本気で怒り狂った表情をネ級改Ⅱへ向ける。
「粉砕してやりなさい、Feu!」
四連装主砲の発砲が彼女の怒りに応える。撃ち放たれた八発の三八センチ主砲弾が、ジャン・バールに手痛い一撃を撃ち込んだネ級改Ⅱの四番艦を捉える。第一、第二主砲から各二発ずつがネ級改Ⅱを捉え、戦艦級の砲弾の激突と弾頭にしこたま詰め込まれた爆薬の爆発によって、見えない壁に激突した様にぐしゃりとネ級改Ⅱの艤装がひしゃげ、本体にもダメージが入る。二基の主砲の砲身は悉く飴細工の如く捻じ曲げられ、一本とて正しい方向を向いているものは無い。
マスクの様な艤装越しに口元からごぼごぼと体液を吐き出しているネ級改Ⅱは、人間で言えば五臓六腑にダメージが入って激しく吐血している様にも見え、一見すると痛々しさすらある。だが相手をするリシュリューには傷つくネ級改Ⅱの訴える傷は眼中に入っていない。ただ殺す相手としかその青みがかった金眼には映っていない。
「Feu!」
かの恐怖政治家ロベスピエールも恐怖しそうな形相の怒りを込めた一撃を放つリシュリューの砲撃は、人間で言うなれば大怪我を負ってよろよろと歩く重傷者に容赦なく弾丸を撃ち込むのに等しかった。見るに堪えない深手を負うネ級改Ⅱにリシュリューの一撃が命中し、爆発の閃光と火炎がネ級改Ⅱを炎の松明へと変え、焼却した。燃えきれない艤装だけが炎を表面に浮かべて海上を暫し漂った後、浮力を喪って海中に没する。
四番艦が爆沈し、大破している二番艦はその傷から防御が弱まったのか、イタリアとローマの一斉射撃を浴びて止めを刺された。
超巡ネ級改Ⅱ四隻全艦が撃沈した後には、間に合わなかった戦艦棲姫の支援砲撃が海域に降り注いでいた。
モデル業や女優業に転職しても充分食べていけそうな美スタイルで知られるリシュリュー級戦艦艦娘の一人であるジャン・バールは、この時その美しく整った身体を鮮血に染めてうずくまりかけながら這う様に前へと進んでいた。戦艦艦娘として、そして軍人としての矜持が彼女を戦場に踏み留め、なお戦う意思を見せていたが、程なくその身体に肩を貸す者が寄って来た。
グロワールだった。身長差はそれ程大きくない軽巡艦娘のグロワールが深手を負っているジャン・バールに肩を貸していた。
「リシュリューから後退する様に指示が出たわ。一緒に下がりましょう」
「……姉さんの言う事となれば、仕方ないわね……」
ジャン・バール自身、確かに身体は悲鳴を上げているがまだまだやれる自信はあった。が、彼女が認知していないだけで実のところ切り裂かれた患部からの出血は無視出来るものでは無かった。軽くせき込み、血痰を海上に吐き捨てながら、ジャン・バールは過去に日本に派遣されてその際に阿武隈から教えて貰ったある日本海軍の指揮官の名言を思い出していた。
「帰ろう、帰ればまた来られるから」
≪ウォッチャー3-1よりブラスター2-1、目標ビジュアルコンタクト。攻撃開始≫
≪ラジャー、ブラスター2及び3編隊、かかれ!≫
≪サイクロン4-1から4及び5編隊、突入する!≫
先導の二式艦上偵察機を駆る航空妖精が眼下を征く深海棲艦と、その前方で撃沈された深海棲艦の上げる黒煙と入り混じる様に航跡を伸ばす艦娘艦隊を確認し、後続の彗星、流星改からなる編隊へ翼を振りながら無線で狩りの始まりを告げた。
七航戦の大鳳以下、大鳳型空母艦娘四人が放つ事が出来た攻撃隊は全部で三三機。先導の二式艦上偵察機を覗くと、彗星二二型六三四空所属機と流星改がそれぞれ一六機と言う陣容であった。
即応戦力として送り出せたのが、三六〇機に上る航空部隊の内三二機だけと言うのも何とも寂しさが溢れる陣容だったが、戦場海域上空の航空優勢は確保されているという判断から護衛の戦闘機隊は外され、更に思っていた以上に対地攻撃によって損傷した機体が多かった事から、対艦攻撃隊が縮小される事となったのだ。
それでも、とブラスター2-1の航空妖精は眼下に太い航跡を引く戦艦棲姫を見て、にやりとほくそ笑む。この機数でも四散して対空防御どころではない深海棲艦相手なら戦艦棲姫一隻くらいは余裕で食う事が出来る筈だ。
ブラスター2-1の航空妖精はゴーグルを目元にかけると、操縦桿を倒して戦艦棲姫目掛けて急降下爆撃に移行した。僚機が次々に自身の後を追って、翼を翻し、急降下爆撃の軌道に入る。
低空へと舞い降りているサイクロン編隊に対して、早くも戦艦棲姫は気が付いたのか、対空砲火を発射していた。密度は笑ってしまうレベルで薄い。戦艦棲姫は水上砲戦特化型の為、防空火器が余り充実していないのだ。防空能力の貧弱さを如実に表すものとして、上空から襲い掛かる彗星に全く気が付いた様子がないのも上げられた。水上砲戦において、型落ち気味とはいえその巨大な艦砲の威力は強力そのものであるが、対空戦闘能力は致命的に低く、今のところ量産(?) されている戦艦棲姫は改善の兆しすら見られていない辺り、防空は僚艦頼みと言う思い切った運用思想が伺えた。その意味で巨大艦ス級の無印はある意味、戦艦棲姫の系譜から生まれた存在なのかもしれない。
ダイブブレーキを展張して、急降下爆撃時の降下速度を調整したブラスター編隊は、サイクロン編隊に差し向けられたまま、一向に上へと指向される様子の無い対空砲火を前に、標的への爆撃演習も同然に急降下爆撃を行った。寧ろ一週回って急降下爆撃は耐えられる自信があるとすら思えて来る程、対空砲火を撃ち上げて来る事がない始末であった。
拍子抜けする気持ちで照準器を除く航空妖精の耳に、掠める様に飛来する対空弾の飛翔音が聞こえて来た。最も近い位置にいるツ級flagship級が僚艦援護の射撃を発射しているのだ。だが遠すぎる。エアカバーを提供するには戦艦棲姫とツ級の距離が遠すぎた。それでもツ級は両用砲から対空弾を撃ち上げながら、回頭してブラスター編隊へと距離を詰めにかかる。
だがもう遅い。
「よーい、てぇっ!」
引き倒された爆弾投下レバーによって作動音が機体底部で鳴り、開かれた爆弾槽の内部から誘導悍によって引き出された五〇〇キロ爆弾が切り離され、戦艦棲姫の頭上から殴りかかる。爆弾投下レバーに掛けていた左手を操縦桿に持って行き、両手で操縦桿を手繰り寄せるブラスター2-1の背後で、僚機が遮られるものの無い標的へと爆弾を投じて行く。
圧し掛かるGに歯を食いしばって耐えて、水平飛行へと移るブラスター2-1の背後で、連続して戦艦棲姫の艤装上で徹甲爆弾が炸裂する轟音とが鳴り響き、押し広がる衝撃波が背中をトンと突いたように彗星の機体を揺らした。
「命中! 命中!」
後席員が弾んだ声を上げる中、水平飛行から緩右旋回上昇する彗星の背後で魚雷の命中音が二回、遅れて一回鳴り響き、炸裂する水柱の弾ける飛沫音が航空帽のヘッドセット越しに聞こえて来た。
「サイクロン編隊の雷撃、三発命中を確認! 他は逸れた模様です」
艦娘が使う魚雷と違い、航空妖精の乗る艦攻の魚雷は航跡を明瞭に海面に引きながら進む為、視認されて航跡の未来位置を予測されて回避されるデメリットはあったが、上空からでも外れた魚雷の本数を把握しやすいというメリットもあった。
「ブラスター2-1よりブラスター各機、BDAはどうだ?」
旋回しながら戦艦棲姫の上空を飛ぶブラスター2-1の視界は、海上から立ち上る太い黒煙に遮られて何も見えない。
≪ウォッチャーよりブラスター、サイクロン各機。目標への攻撃終了を確認。BDAは大と認定。敵戦艦への最低爆弾一〇発、最低魚雷三発の直撃を認む。なお当機からのそれ以上の直撃弾の確認を出来ず、送れ≫
「了解、ブラスター2-1はこれより離脱、母艦へ帰投する」
≪サイクロン4、RTB≫
≪5≫
兵装を使い切った彗星、流星改が各自編隊を組んで撤収に移る。同高度まで上昇して来た流星改の機体を見やると、多少対空砲火によって傷つけられた跡は見られたものの、飛行不能になる程の損傷を受けた機体は確認出来なかった。
「……一四、一五、一六……何度数えても一六機全機います。未帰還機ゼロです」
後席から味方機の数を数えていた後席員妖精が安堵した様に編隊長を務める航空妖精に伝える。
「そりゃあ、良かった。大漁に加えて全機生還。大戦果中の大戦果じゃないか。帰路に事故って落ちてこのだ大成功にケチを付けない様、気を付けて帰ろうじゃないか」
「そうですね」
一〇分後、一機の未帰還機を出す事も無く全機が、多少の損傷機こそ出したが七航戦の各空母艦娘の元へと帰りついた。
また次回のお話でお会いしましょう。