艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 いよいよ、次回で本編第一〇〇話に突入という事に、自分でも驚いてます。


第九九話 戦術的後退

 軽巡矢矧以下、一一駆と一九駆の二個駆逐隊六名からなる七人の混成水戦が前進して来たアンツィオ沖棲姫との砲戦に突入したのは午後七時二二分の事だった。

「全艦、撃ちー方始めぇッ!」

「全艦、撃ちー方始めぇッ!」

 矢矧の射撃号令が下るや、吹雪が一字一句同じ号令を復唱する。二人の発令と復唱の後、一五・二センチ連装主砲改二と一二・七センチA型改二主砲が斉射を一斉に放ち、突出して来るアンツィオ沖棲姫に向けて中小口径砲弾の雨を叩き付けた。

 アンツィオ沖棲姫もその球体状の艤装から生える様に突出している主砲を混成水戦に差し向け、射撃を開始した。生える様に突き出す主砲以外にも、左右両舷には魚雷発射管と思われる物体が取り付けられており、一見するとナ級の上位互換か、ナ級の棲姫級版と言うべき姿をしている。

 小ぶりな主砲、敢えて言えば、深海棲艦の棲姫級の発砲音にしては控え目さすら感じさせる射撃音が鳴り響き、混成水戦の先陣を切る矢矧の周囲に着弾の水柱を突き立てる。

 混成水戦の艦娘は、矢矧だけが新型駆逐艦娘で構成される二水戦を率いる最新鋭軽巡の改二であり、それ以外の吹雪達は二水戦主力を務める陽炎型や夕雲型よりも艤装の世代的に見れば古い艦娘になるが、吹雪以下全員が改二化の改装を受けており、その戦力は非改二陽炎型や夕雲型を凌駕する性能の持ち主揃いであった。

 戦場で過ごした経験は後発組の陽炎型や夕雲型、ひいては松型駆逐艦娘よりも多く、経験の多さと立ち回りの心得と言う意味で特型駆逐艦娘は優位があった。ベテランの戦術的アドバンテージが吹雪、白雪、初雪、叢雲、磯波、浦波を的確に動かし、アンツィオ沖棲姫に正確な射撃を送り込む。

「ウフフ……効カナイヨ!!」

 被弾しても台詞通り全くダメージを追った様子を見せないアンツィオ沖棲姫が奇声の様なトーンで混成水戦の射撃を嘲笑う。

「あいつ、人間の言葉を喋るのね」

 意外だ、と言う顔で叢雲が呟く。人語を介する深海棲艦は決していない訳では無いが、概ね人の言葉は話せても、コミュニケーションが成り立たないと言う例が多い。だが今対峙しているアンツィオ沖棲姫に関しては、上手く話題を投げかければ会話が成立しそうな雰囲気すらあった。最もそんな悠長な会話している猶予など、矢矧達には無かったが。

 こちらの斉射が悉く弾かれている事を即座に見抜いた矢矧は、対応策を直ちに切り替えた。主砲の射撃で牽制射を加えつつ、混成水戦の備える魚雷全弾を叩き込み、短期決戦を図るのだ。

「矢矧より混成水戦全艦、統制水雷戦に備え。魚雷全弾発射用意!」

「全弾発射ですか」

 一隻相手に魚雷全弾を? と言う顔で聞き返す白雪に、矢矧は一切の妥協を許さない顔で頷く。

「棲姫級ともなれば、こちらが全弾発射しても足りないくらいだわ」

 これまで戦って来た数々の棲姫級深海棲艦との戦闘経験を脳裏に浮かべながら、矢矧は正確な射撃を発射して来るアンツィオ沖棲姫を見つめて答える。アンツィオ沖棲姫がどの程度の堪航性を持っているのかは不明だが、相手の防御力を過小評価するよりは、過剰評価するぐらいが今は丁度いいし、過小な火力をぶつけるよりは過剰な火力を撃ち込んで確実な撃破を狙う方が得策だ。

 全速で突撃する矢矧達の後方では、大和達がス級を相手に砲撃戦を挑む砲声が聞こえて来る。ス級の呆れ返る程の巨大な砲声は聞こえて来ないが、かと言って巨大艦が被弾に寄りのたうち、断末魔の叫びを上げて水底に呑み込まれていく気配も無い。艦娘の既存の火力では撃破困難と言う噂は聞いていたが、これ程のものだと言うのだろうか。

 矢矧は一人の艦娘の先輩として、また戦友として、大和と言う艦娘を信頼しているし同時に友人として、大和の、そしてその妹の武蔵の持つ五一センチ主砲の火力に不安を覚えた事はこれまで一回も無かったし、それ以前の四六センチ砲の時でさえ、この大火力を前に解決できない事象が存在するとは考えた事も無かった。だがしかし、現実はその大和型の改二の火力を以てしても、撃破出来ない堅牢な防御を持つ巨大艦の存在を暗に物語っている。

 まさか、大和型改二の大火力で解決出来ない事がこの世には存在すると言うの? と今まで考えた事も無かった疑念が脳内で渦巻く中、矢矧は軽く頭を振って、魚雷を見舞うべく吶喊しているアンツィオ沖棲姫に意識を向けなおした。恐らくは目の前で奇声を上げながら砲撃を放って来るアンツィオ沖棲姫、奴が深海地中海艦隊の旗艦としてこのアンツィオ一帯の深海化現象を引き起こしているのは間違いないだろう。

「混戦水戦旗艦矢矧より、混成水戦各艦に伝達。敵棲姫級に対して、統制雷撃を行う!」

「了解! 一一駆吹雪より、各艦に伝達。嚮導艦矢矧の諸元にて統制雷撃を行う!」

 矢矧の凛と張った声と、吹雪の黄色い声が織り交ざって海上に響き、それに白雪、初雪、叢雲、磯波、浦波の復命する声が連鎖して返される。

 統制水雷戦の射撃諸元を正確に算出する矢矧のCICで、水雷科妖精が矢矧の水上電探から得られた正確な方位と方位盤等を駆使して、正確な射角、散布帯角度と言った諸元を導き出していく。艦娘の長魚雷は誘導魚雷では無いから、無誘導の魚雷を如何に一本でも多く敵艦に命中させられるかで、艦娘の水雷戦技量はその価値を示す。

 アンツィオ沖棲姫との距離が縮まるにつれて、その大きさが徐々に分かり始め、矢矧は生唾を飲み下した。阿賀野型姉妹に漏れず、素の身長では一七〇センチに僅かに届かない程度の、日本人女性としては比較的平均よりやや高い程度の身長の矢矧の目線は、靴のヒールのお陰で八センチ嵩上げされているからその分多少は見た目が高くなっているとは言え、アンツィオ沖棲姫の大きさはゆうに二メートルは超えていそうな雰囲気があった。球体状の艤装から突き出す様に砲身を伸ばす主砲や、左右に備え付けられた魚雷発射管とのサイズ感に頭が混乱しそうになりつつ、ふと彼女の脳内で「あれくらいの大きさなら、人間一人中に入れそうだ」と言う他愛も無い事が思い浮かぶ。

 今はそれより雷撃戦に集中しろ、と自分自身の頭を右手で軽く叩いて暗闇の向こうと言うよりは、はっきりと目視出来る距離まで近づいたアンツィオ沖棲姫に視線を向けなおす。アンツィオ沖棲姫からの砲撃が更に精度を上げ、七人の混成水戦の先頭を切る矢矧の周囲に立つ水柱の位置をより彼女の傍へと近づけたが、それで矢矧が怯む事は無い。彼女の後に続く吹雪達も、左右に付き立つ水柱に息を呑む事はあっても、足を怯ませる事は無い。

「発射用意!」

 射点に近づき、矢矧が魚雷攻撃用意を下令したその瞬間、アンツィオ沖棲姫の砲撃が遂に矢矧を捉えた。何かが破壊される金属音と、爆発音が瞬間的に鳴り響き、左舷艤装が見えない巨人の手で押し倒されたかのように後ろへと仰け反る。両足に力を入れ、左舷艤装のジョイスティックを握る左手に力を込めて被弾の衝撃で仰け反りかける身体を抑えながら、矢矧はちらりと左舷艤装に目を向ける。

 第三主砲が損壊して、主砲の砲身が飴細工のようにひん曲がっていた。他に機銃座数基が跡形も無く吹き飛び、破孔から黒煙が薄らとたなびいていた。

「数発の被弾程度で私が参る訳がないじゃない」

 その程度の火力か、と挑発する様に矢矧が不敵な笑みを浮かべる。

 アンツィオ沖棲姫は左舷艤装の第三主砲の残骸から被弾の黒煙を引く矢矧に、更なる射撃を浴びせる。左舷艤装の先端部が再度の直撃弾でもぎ取られ、甲標的発艦用スロープのレールがひん曲がる。右足首に取り付けられている副砲が吹き飛ばされ、破片が矢矧の右足を切り裂く。

 艤装への複数の直撃弾によって被弾した砲弾の破片や、艤装の欠片が飛び散り、矢矧の制服を切り裂き、その下の生身の身体を傷つけて行くが、アドレナリンが体内で大量に出ている今の矢矧には一切の痛覚が麻痺しており、痛みよりも魚雷発射管は無事で済むだろうかと言う心配が脳内に浮かんでいた。

 吹雪達と違い、矢矧には魚雷の予備弾が四発収められたマガジンが左右に一基ずつあるので、即応弾を撃ち切ったら戦線離脱を優先しないといけない吹雪たち違い、即応弾四発に加えて予備弾八発と、反復攻撃二回分の魚雷がこの軽巡艦娘にはあった。無論、その予備弾マガジンが被弾で破壊されなければ、と言う大前提はあるけれど。

「射点、到達!」

 CICから水雷科妖精が叫ぶ。矢矧がそれを聞くや即座に魚雷発射を命じる。

「魚雷発射始め! こーげき始めー!」

「てぇッ!」

 続航する吹雪が叫んだ直後、一同の魚雷発射管から九三式酸素魚雷が圧搾空気によって発射管から押し出され、白い水飛沫を上げて海中へと飛び込んで行った。

 即応弾の魚雷四発全弾を発射した矢矧は、自分より即応弾の数が二発多い吹雪達の発射完了までの間、残る主砲で応射を続けた。

「全艦発射完了確認!」

 吹雪が最後尾の浦波からの発射完了のサイン受け取るや、先導する矢矧に叫ぶ。右舷艤装のジョイスティックを握っていた矢矧の腕が回頭を指示するハンドサインを吹雪達に送り、矢矧の口も回頭、離脱を発令する。

「面舵一杯、全速離脱!」

「ネェ……沈ンジャエバァ……!?」

 刹那殺気を、明らかに自らを殺しに来る殺気を矢矧は感じ取った。アンツィオ沖棲姫のその台詞に反射的に振り返った矢矧の視界に、橙色に光る飛翔体が複数発、大きく広がって来た。

 ストレートパンチを腹部と胸部に叩き込まれた様な衝撃が走り、焼け火箸を胸に突っ込まれた様な熱痛を矢矧は感じた。食道を逆流する形で血が矢矧の口から吐き出される。艤装は依然全速で機関部を回しているが、身体に深刻なダメージを受けた事は明らかだった。

「矢矧さん!」

 吹雪だろうか、浦波だろうか、なまじ一一駆と一九駆、ここには今居ない深雪も含めて声色が大体同じなので、馬鹿になりかけている頭では咄嗟の判別がつかない。ただ一つ、本能的に矢矧が取った行動は、全速力で逃げる事だった。幸いにも被弾箇所が上半身に集中した事もあり、足回りの靴に付属する主機や、背中の機関部は無傷だ。浸水も無い。

「艦体に大激動!」

「上半身脾臓付近及び、右胸部肋骨付近に直撃!」

「止血急げ!」

 受けた傷に頭が馬鹿になりかける矢矧の艤装内で、応急修理妖精と衛生班妖精が艤装内の通路を駆け抜け、ハッチを開けるや、患部から著しく血を流して制服に赤い染みを広げていく矢矧の傷に止血剤を打ち込んだ。矢矧自身が半分感覚を一時的に失っている事もあり、操艦を艦娘操艦からCICを介して応急操舵に切り替えられる。艤装内の一角にある応急操舵室に機関科妖精が駆け込み、応急操舵の舵を握った。

 熱痛が一気に脳を焼いて、判断力が消し飛びかける中でも、本能的に矢矧は足を止めない事、立つ事に専念した。自力で立っていれば妖精が代わりに操舵と応急処置をしてくれる。負傷している時だけは自分の手で救急キットを使って応急処置や操艦を行う必要は無い。

 患部を通して血がひたひたと下半身に向かって垂れて行くが、衛生班妖精の打った止血剤のお陰で既に体外へ溢れた血以外は流出を防ぐ事が出来ていた。鎮痛剤のアンプルも打たれ、痛みが引き始め、焼き付ける様な痛みに馬鹿になりかけていた脳が判断力を取り戻し始める。鎮痛剤の効果で若干とろんとした思考にはなるが、全く回っていなかった先程よりはマシだ。

「矢矧さん! 大丈夫ですか!?」

 ようやく耳の聞こえも元通りになる中で、浦波の呼びかけがヘッドセット越しにゴンゴンと矢矧の脳を殴りつけて来た。

「死んだふりしてる場合じゃないですよ!」

「……大丈夫、直ぐに死にはしないわ」

 そろそろと止血剤を打たれた脾臓当たりの傷を探る。血は確かに止まっている。深海棲艦が使う弾薬にもいくつか種類があるが、艦娘の防護機能を貫通する事を重視した高貫通弾と、体内に砲弾の破片を飛び散らせて内臓を破壊し、更にその破片摘出を困難にさせるなどの重傷を負わせる目的の肉体ダメージ弾に分けられる事がある。この概念は人間が使う銃器の弾薬にも通じる要素がある。一応艦名を名乗って入るが、結局のところ艦娘は防護機能と言う不可視のボディーアーマーを纏った海上の歩兵であるから、基本的には深海棲艦は一定の貫通力と肉体ダメージ力を両立した砲弾を使用して来る。戦艦級が使う徹甲弾は貫通にステータスを全て割り振った砲弾である一方、重巡級。軽巡級、駆逐艦級の順に砲弾は基本的に貫通重視から肉体ダメージ重視にシフトしていく。

 矢矧が食らったのは貫通と肉体ダメージの両方がバランスよく両立された砲弾であった。大和型を始め、戦艦級であれば防護機能のシールド耐久で完全に防ぎ切ったかもしれないが、矢矧は所詮少し打たれ強いだけの軽巡でしか無く、当然ながら重巡級、戦艦級の防御は無い。

 アンツィオ沖棲姫の射撃は矢矧の防護機能を貫通し、その身体に二か所の弾痕を穿ち、体内で破片を散らして内臓を傷つけていた。外見では二か所の弾痕から出血している様にしか見えないが、体内ではもっと酷い傷が出来ていた。

 控え目に言って大破に近い中破の傷を負った矢矧は左腕の腕時計を見やった。浦浪が接舷して妖精に代わってさらに応急処置をしてくれる中、自分達が危険を冒して吶喊し、発射した魚雷の命中音が聞こえてくるのを待った。

 短針と長針が時を刻み、秒針が一秒ごとのカウントを進める中、矢矧、それに吹雪、白雪、初雪、叢雲、磯波が待ち望む魚雷命中音が聞こえて来た。一回、二回、そして三回目。

 三度の突発的な爆発音と、海上に浮かび上がる魚雷命中によって引き起こされた爆炎、ソーナー越しに聞こえて来る魚雷馳走音三つの消失、それに着弾予想時間から言って、三発の魚雷命中が確認出来た。だが、それでアンツィオ沖棲姫が沈んだのかはまでは分からなかった。暗闇の向こうで消えて行く爆炎が三度、アンツィオ沖棲姫の姿を海上に照らしたとはいえ、致命傷を負ったかまでは判別が出来ない。

 夜戦と言う戦いの悩みどころは個々にある。攻撃効果を確認しづらい。

「やったのかな……」

「分からない……」

 磯波が暗闇の向こうを凝視して、アンツィオ沖棲姫の姿を求めながら呟き、それに初雪が同じように暗闇の向こうを見通そうと目を細める。

「いえ、もう経験が言っていますよ。やれていないって」

 静かだが、どこか確信を持った口調で白雪が言う。白雪としては魚雷三発程度で棲姫級が沈む訳がないと言う、彼女の成りの経験則からその結論が出ていた。実際、駆逐艦級の深海棲艦棲姫級である駆逐棲姫は酸素魚雷複数初の直撃で持っても撃沈出来ていない事はざらである。何かしらの損傷は入ったかもしれないが、撃沈には至っていない、それが混成水戦の評価であった。

 確認しに向かうか、と言い出す者は一人もいなかった。夜戦は見通しの悪さと言う意味で危険度が高い。アンツィオ沖棲姫がほぼ無傷で、逆に身に戻った艦娘に魚雷を発射していたりでもすれば、暗闇に乗じて忍び寄って来た魚雷に足どころか命まで吹き飛ばされかねない。何より今の混成水戦は矢矧と言う負傷者を抱えているし、魚雷も矢矧以外は即応弾を撃ち切っているので雷撃の再攻撃は叶わない。

「旗艦矢矧損傷に伴い、混成水戦の指揮は一一駆吹雪が引き継ぎます。全艦、本隊との合流及び、一時後退を目指します。一九駆磯波と浦波は矢矧を護衛、他は対水上、対潜警戒を厳に」

 負傷で指揮らしい指揮を執り辛くなっている矢矧に代わり、吹雪が代理の旗艦を名乗り出る。それで良いですね? と眼で問う吹雪に、矢矧が無言で頷いた。

 応急処置を進める傍ら、矢矧は血痰を海面に向かって吐き出し、苦い表情を浮かべながら、ある事を吹雪達に指示した。

 

 

 

 砲声が鳴りやみ、漆黒の闇が再び海上に戻り始めた。

 大和以下、本隊の砲撃中止は簡単な理由であった。主砲弾の残弾の払底である。戦艦艦娘の主砲弾の装弾数は艦娘の中でも最も多いとは言え、ス級の装甲を撃ち抜けない、効果の無い砲撃を何度も繰り返していては、その弾薬庫内の弾薬、装薬も幾らあっても足りるものではない。

 戦艦水鬼以下の深海棲艦艦隊との交戦を行うワシントン達との通信、それに海域の早期警戒を担当する哨戒機シーガル1との交信は羅針盤障害の二次被害である通信障害で、まともな交信が出来ていない。最も救援を呼んだ所でどうにかなる相手でもないのだが。

「撃ち方止め」

 午後七時三七分。砲撃止めを大和が命じて、艦娘側の攻勢が止んだ直後、ス級は行動を開始した。

 島風、モガドール、タシュケント、ユリシーズと言った足の速さで知られる快速艦娘ですら、追い付くのは容易ではない速度で夜の闇の中へ引きさがって移動を開始したス級は、一五分と経たずに艦娘艦隊を三方向から包囲出来る様に陣地転換を図っていた。艦娘艦隊はと言うと、弾薬の払底に加えて、ここに来て燃料の枯渇が見えてきており、戦術的後退はやむを得ないと言う判断が下されている所だった。

「ス級が後退している内に、本隊も一時後方の艦娘母艦へ後退し、負傷者の手当て、艤装の再整備、補充、補給を受けます。艦隊反転、用意」

 砲声が止み、ス級三隻が暗闇の向こうへ消え去った隙を逃さず、大和が艦隊の反転を命じる。

 昼間からの戦闘の疲労を顔に滲ませる本隊の艦娘達が一斉回頭を始め、進路を後方の艦娘母艦群へ取る。艦娘達を第三戦速で走らせていた機関部は、燃料の払底で第三戦速の発揮すら困難にしており、良くて第一戦速が限界と言う状況であった。

 疲れた本隊が離脱を開始し、暗闇が広がる海上に互いの航行灯の灯りを頼りに元来た航路を引き返していると、上空に聞き慣れたエンジン音が聞こえて来た。羅針盤障害のもう一つの二次被害である電波妨害で電探がマトモに機能しない中、夜間でも飛ぶ事が出来る装備を備え、上空から深海棲艦艦隊に関する情報を送ってくれる夜間瑞雲。それは本隊の支援の為に戦場海域へ出張って来た第三三戦隊が差し向けた機体であった。

「上空に味方機。第三三戦隊の青葉艦載機の瑞雲です」

 CIC妖精の報告を聞いて大和はエンジン音がする方へと頭を向ける。上空で旋回に入った瑞雲は、発光信号をチカチカと明滅させて、夜間瑞雲の機上から見えた、周辺海域の状況を大和に伝達した。夜間瑞雲と名打つだけあって、暗闇の中に潜む深海棲艦を梟の様な暗視能力で目ざとく見つけ出してくれる。哨戒機シーガル1との交信が出来ない今、艦隊の空からの目となってくれる数少ない航空機であった。

「拙いわね……」

 大和は気づかぬ内に、深海棲艦が包囲網を敷いている事をこの時初めて知った。

 ワシントン達が攻撃した戦艦水鬼以下の艦隊は最終的に壊滅したものの、ワシントン達も大和達と同様に残弾が無くなり、混乱を避けるために先に撤収したとの事だったが、それを知ってか知らずか、ス級はその快足を生かして三方向から包囲しているとの事だった。それぞれ一二〇度の角度を設けて、対角線上に並ばない様に布陣しているとの事だった。

「やられた……」

 いつ砲撃が来るか分からない状況下で、大和は夜の闇を利用したス級の素早さと、布陣に舌を巻いた。対角線上に並んでいないと言う事は、つまり同士討ちの危険性を考えずに、一方的に長距離砲撃で自分達を嬲り殺しにする事が可能と言う事になる。三隻と言う数はその点、戦隊編成として見れば中途半端な数だが、包囲の陣を敷く際に対角線上に味方艦が並ばずに済むと言う利点がある。無論、三隻の包囲など隙だらけだが、ス級はその隙を縫って脱出される前に、艦娘視点から見れば理不尽なまでにリーチの長く、そして現状誰も防げない火力を投射出来る。

 夜間瑞雲が翼端の飛行灯を振って離脱していって間もなく、三方向の水平線の向こうから、砲声が轟いた。

「全艦散開! 距離を取れるだけ取って!」

 ス級の使用弾は制圧力に長けたHE弾。一般的な深海棲艦ならHE弾を使えば艦娘の戦艦級や重巡級の一部は撃破が難しくなるが、ス級のHE弾は違う。散弾一発一発が、高貫通の鉄の塊となって、着弾地点から一定の距離内にあるあらゆる艦娘の装甲を射抜く。文字通り鉄の雨だ。

 纏まっていればひとまとめにやられてしまう。散開を命じるのは至極当然な判断であったが、同時に混乱ではぐれ艦娘を出しかねないデメリットもあった。

 砲弾が飛来するより前に、夜間瑞雲が戻って来て、フルスロットルのエンジン音を響かせながら空中を鋭い旋回を繰り返し始めた。気づかぬ内に、再び触接を始めていたス級の夜偵に対して、その限定的ながら持つ空対空能力を生かし、夜偵に対して対空戦闘を挑んでいる様だった。ス級に艦娘艦隊の座標、風向、風速と言った諸データを送って正確な弾着観測を行う夜偵に対し、その重要な任務を果たせなくさせる為に、夜間瑞雲が空中戦を仕掛けた。

 

 夜間瑞雲の操縦席に座る航空妖精が、暗視ゴーグル越しに夜偵の姿をレティクルに捉える。空中機動力は、母艦の様に素早く、そしてすばしっこい。夜間瑞雲が背後を取ったのを第六感で察知したかのように夜偵は急旋回で振り切りにかかる。

 限定的な対空戦闘能力を持つ夜間瑞雲がアメリカのGA社製の金星七一型エンジンのエンジン音を鳴り響かせて、夜偵の後を追う。水上機としては破格の一九五〇馬力と言う、ある種バランスブレイカーなエンジンに引っ張られた夜間瑞雲が時速四七九キロ、WEP(戦時緊急出力)時なら最大速度四九五キロを発揮すると言う水上機にあるまじき性能を発揮する夜間瑞雲の追撃を受け、夜偵が右に左に、上に下へ逃げ回る。重いフロートを吊り下げている為、どうしても艦上戦闘機よりは性能が落ちるので格闘戦能力、最大速度はやはり限界があるが、夜偵に継続的な触接を許さないと言う意味では夜間瑞雲の空戦は無駄になっていなかった。

 最も初弾は既に放たれていたから、防ぐ術は無かったが。

 

 

「敵弾、来る!」

 タスカルーサの叫び声と入れ違えるように、ス級の試射が着弾した。

 鉄橋の下で聞く高速列車の通過音の様な飛翔音を宙に響かせ、艦娘艦隊の周囲に着弾した巨大な砲弾によって、弾着点周囲の海面が隆起し、次いでグラウンドゼロを中心に巨大な大木の様な水柱が突き上がる。

 三方向から飛来した砲弾は、各四発の計一二発。理不尽なまでの超射程と、理不尽な大威力を誇るス級の砲撃だが、流石に初弾命中を叩き出す程の理不尽要素までは持ち合わせていなかった。射程と威力の理不尽はあっても、精度に関しては人類の長距離砲と同じく環境条件に左右されると言う土俵に深海棲艦も立っていた。

 それでも、着弾時の衝撃波は凄い。

 多くの艦娘が顔面に不可視の濡れた雑布で殴られた様な感覚が襲い、更に身体中をじんと痺れさせに来る圧が加わる。砲撃時と同じように、口を開け、ヘッドセットをしっかり耳にはめ込んで衝撃を口から逃がす姿勢を取っても、長時間繰り返されれば身体が耐えかねる衝撃波が艦娘達をもみくちゃにする。直撃弾、或いは加害範囲内に収めた至近弾による致命的なダメージよりは随分マシとは言っても、既に連戦で疲れている艦娘達の身体は試射の衝撃波だけでかなりの体力をごっそりと奪われた。

「足を止めないで!」

 負傷した駆逐艦娘達を担ぐ同じ駆逐艦娘に、走り続ける様にパースが叫ぶ中、着弾した砲撃の水柱がナイアガラの滝の瀑布を思わせる音を立てて崩れ去っていく。

「直撃したら、木っ端微塵ね。肉片も残らないわ」

 轟々と音を立てて崩れていく水柱を見て、ビスマルクが真剣な、否、深刻な表情で言う。

 夜偵が夜間瑞雲によって触接を妨害された事もあり、次弾が飛来するのは時間がかかった。初弾と同じ数が着弾し、艦娘艦隊の近くに絶壁の如く高い水柱がそそり立つ。命中弾は出ていないとは言え、弾着点から離れていても身体をびりびりに痺れさせる衝撃波が、艦娘達の、特に負傷者の身体に容赦の無い鞭を振るう。

「着弾、右三〇度、距離一二〇!」

 現在の包囲下からの脱出案を講じる大和に見張り員妖精が叫ぶ。

 第一射、そして第二射と同じ間隔を置いて第三射が飛来する。第二射とは概ね反対側に着弾する巨弾が、海上を掻き乱し、衝撃波が作り上げた波紋が艦娘達の足元をグラグラと揺らす。

夜偵からの弾着観測データが得られない為、推定距離と推定射角でおおよその着弾点を推測し、後は加害範囲の広さで弾着点の誤差をカバーすると言う策に切り替えた様だった。

「全力射撃は当分来ないだろうとして……このままではじわじわと削られるわね」

「どうする大和よ。健在な戦艦艦娘だけで突撃し、負傷者や重巡以下の艦娘を切り離して彼女達だけでも逃がすか?」

「最悪、私達が盾になるのもありね。せめて味方だけでも逃がさないと」

 覚悟を決めた顔でイタリアが言う。するとそれに対してアイオワが反対論を唱える。

「ここで死んでは次回のComebackが出来ないわヨ。死ねるのならいつでも出来る。重要なのは、タイミングよ」

「確かに、名誉ある戦いは幾らでも出来るが、名誉ある戦死を遂げられるのは一回きりだ」

 ガングートもアイオワに同調する。

 他の戦艦艦娘達が打開策や反論を述べ合う中、第四射、第五射とス級の砲撃は飛来し続ける。身体中にジャブを連打した様な衝撃が相次ぎ、瞬間的に息を詰まらせに来る。電流が流された様に身体中がじんと痺れ渡り、耳が間隔を置いていても鼓膜を引き裂かんばかりの爆発音に聴力が削がれかける。

 第六射が飛来し、本隊の前方と後方を塞ぐ様に着弾した後、不意に砲撃の気配が止んだ。

 それと同時に、大和以下、本隊の艦娘全員に通信不能のシーガル1ではなく、戦場海域に介入して来た一個戦隊の旗艦艦娘からの通信が入った。

 

≪こちら第三三戦隊、旗艦愛鷹。これより友軍撤退を援護します。第三三戦隊、エンゲージ!≫

 

 

 疲労と疲弊、消耗が激しい本隊と違い、軽いリラックスに補給も万全な第三三戦隊はコンディションとしては万全であったが、ス級相手に挑むには圧倒的な火力不足は否めない。無論、愛鷹とて正面切っての砲撃戦でス級に勝てると思う程思い上がってもいない。

 撤退援護を買って出る愛鷹にも策はあった。火砲は無理でも、両腰から下げる刀でス級の主砲砲身を破断すれば、撤退の為の退路をこじ開けられるはずだと考えていた。幸い、副砲に当たる対空砲はその大半を本隊との交戦で破壊されているから、内懐に飛び込んでしまえば、後は青葉達の援護射撃を利用して接近できる。

 既に第三三戦隊は二手に分かれていた。愛鷹以下、青葉、衣笠からなる第三三戦隊本隊と、夕張、瑞鳳、深雪、蒼月からなる分遣隊だった。瑞鳳以下の分遣隊の目的はただ一つ、衛生兵としての資格を持つ瑞鳳が本隊の負傷者の中で重傷者の手当てを行い、夕張が航行に支障が発生している負傷者の艤装の応急修理を実施し、第三三戦隊本隊の切り開いた撤退路から本隊を速やかに脱出させるための支援行動だ。

 

 

「前方、左一〇度にス級の艦影を確認!」

 いよいよだ、と愛鷹は双眼鏡をしまうと、左腰の刀の柄を掴んだ。白い白刃が静かに、鞘とこすれる音を立てて引き抜かれ、愛鷹の右手に持ち構えられる。

「青葉さん、牽制射、お願いします!」

「了解です! 主砲、撃ちー方始めぇッ!」

「てぇッ!」

 青葉と衣笠がス級の巨大な赤いオーラを目印に、二人の二〇・三センチ三号砲と二号砲による牽制射を開始される。

 二人の牽制射を横目に攻撃を開始しようと、刀を構えた時、艦隊間データリンク通信で大和から愛鷹に連絡が入った。

≪愛鷹、聞こえる? もし貴女が相手にするス級が本隊の集中砲火を浴びた一番艦なら、正面側の対空砲がほぼ破壊されて、接近が容易な筈よ。それでも主砲は健在だからゼロ距離からの接射に留意して≫

「了解。忠告どうも」

 運が続かない節がある本隊と違い、今の第三三戦隊は運に恵まれていた。愛鷹が挑もうとしているス級はその大和が言う、本隊の集中砲火を浴びて損傷している一番艦だったからだ。

 ス級の右側背から接近していく愛鷹達にス級も反応する。巨大艦からのレーダー波を逆探が探知し、対空砲が青葉と衣笠に向けて一斉に俯角を取る。

 チャンスだと愛鷹は最大戦速へと加速をかけた。ス級の狙いは青葉と衣笠に向けられており、自分は狙われていない。

「最大戦速! 敵艦正面に回り込む!」

 鬱陶しい牽制射を放つ青葉と衣笠に、小山の様な巨大艦は対空砲で応射を図るが、二人からの正確な射撃が次々に的の大きいス級の艦体に着弾し、バイタルパートを射抜けずとも、バイタルパートと同じ装甲を施されている訳では無い対空砲を一基ずつ確実に破壊していく。直撃を得る前に青葉型二人からの砲撃が先制を取り、対空砲を、接近戦に弱いス級の副砲を破壊していく。主砲による接近戦が難しいス級の近接戦を担当する副砲系の防御力が低いのは、ある意味でス級と言う巨大艦を攻略する際の同艦のウィークポイントと言えた。

 ス級も重巡二人と分離して接近して来る愛鷹に気が付いた様だった。動員可能な対空砲が愛鷹に向けられ、散発的な射撃を開始する。

 愛鷹の右に左に前後に、彼女の背丈ほどもある水柱が突き上がり、行く手を阻もうと薄い弾幕を張って、接近を阻害しようと試みる。

(対空砲がある程本隊の攻撃で破壊されていたのが幸いだったわね)

「主砲、左砲戦。CIC指示の目標、撃ちー方始めぇッ!」

 射撃操作をCIC妖精に一任した愛鷹が射撃号令を発するや、四一センチ三連装一基、連装一基の五門の四一センチ主砲が火を噴いた。

 轟音と共に砲身から蹴り出された三式弾改二が、応射して来る対空砲へ向けて飛び出し、弾頭の小型レーダーがス級の艦体から跳ね返るドップラー波を検知し、直撃直前に無数の散弾に弾頭を岐れさせた。鉄の雨が横殴りにス級の艦体を殴りつけ、大量の破片を浴びた対空砲が次々に稼働不能になって沈黙していく。

 今だ、と愛鷹はス級の右側面から回り込んで正面で急ターンを入れると、巨大な主砲搭を四基頂くス級の真正面に躍り出た。

 相対する愛鷹にス級は驚いた事に主砲に俯角をかけて、直に吹き飛ばそうと試みる。だが、脳の処理が脳髄の劣化で低下しているとは言え、愛鷹の立ち回りはまだ辛うじて許容出来るレベルを維持出来ていた。

 突発的加速をかけてス級の目の前に飛び込んだ愛鷹の靴の踵でラダーヒールがそれぞれ左右外側に横水平に曲がり、ブレーキの作用を果たし急減速する一方、後ろへと推進力を出していた主機が垂直に推力を噴射する。その力を利用して海面を蹴り、常人ではかなわない大ジャンプをかける。何重にも重ねられた跳び箱を、助走をつけて踏み台を踏んで飛び越えるアスリートの繰り出す跳躍力を、足裏から噴射される推力と、愛鷹自身の生まれながらに強化されている膝関節他脚部や腰と言った身体が、海面に大きな波紋と水飛沫を残して宙を飛ぶ。

 ス級の主砲の内、下段にある二基の主砲砲身へ白刃を切りつけた。鈍い破断音と共にス級の主砲砲身が切り落とされ、重量物が落下する音を立てて海面に落下する。

 六本の砲身を切り落とした愛鷹が、綺麗な着水を決め、艤装と自らの重みを体で感じる。その背中で電柱ほどもありそうな太さの砲身が海面に激突し、大き目な水飛沫を遺して海底へと消えて行く。

 使える火器が無いなら、とス級から繰り出された巨大な拳の右パンチに対し、咄嗟に上半身を仰け反らせて躱した愛鷹は、刀の柄から平地へと手を移し替えると、投げナイフを投げる要領で、上段の主砲の砲身に向けて投げつけた。愛鷹の肩手から離れ、宙を回転する白刀が上段の主砲二基の六門中、五門の砲身を金属の破断音と共に切り落とし、残る一門の砲身の表面にざっくりと切れ目を入れて海上に落ちる。

 主砲の砲身全てを無力化されたス級は、明らかな怯えと動揺を浮かべ、海面に落ちた刀を拾う愛鷹を見る。

 

 切っ先から海水の雫が滴り落ちる白刃を振って海水を払い落とした長身の艦娘が振り返った時、深海棲艦へと返されたのは彼女の冷たい眼差しだけだった。

 

「こっち向け!」

 青葉の喚き声と共に二〇・三センチ砲弾が飛び出て、ス級を撃ち据える。主砲の再装填が終わった愛鷹からも四一センチ主砲弾が叩き付けられ、ス級の艦体を殴りつける。

「長居は不要、撤退します!」

「了解!」

 射撃を切り上げた青葉と衣笠が、刀を鞘に納めて離脱に映る愛鷹の後に続く。ス級はその背中を撃とうとしたが、出来なかった。既に、丸腰も同然な程に、その矛と言う矛が破壊されてしまっていたからだった。

 

「役目は果たしたわよ、大和」

 背後に遠くなっていくス級の姿を一瞥してから愛鷹はもう一人の自分、いや複製の存在である愛鷹にとって、オリジナルである大和のいる方を見やって呟いた。

 

「他の事は考えなくて良いです。手負いのス級一番艦に、全ての戦力を叩き付けよ!」

 残弾も燃料も残り僅か。だがそれを全て使いきる事を承知で、多数の負傷者を抱え、満身創痍の大和以下本隊の艦娘達は、兵装と言う兵装を破壊され、ただ海上に浮かぶだけの物体と化したス級に向けて、全火器を発射した。

 艦娘と言う存在が持てる中で、最大級の口径の主砲を持つ戦艦艦娘の主砲が突発的に強烈な衝撃波と耳を馬鹿にする雄たけびを響かせて主砲を撃ち放ち、それより一回り以上小さいが、その分速射が効き、尚且つ戦艦艦娘よりも小回りの利く重巡艦娘の主砲が対物ライフルの発砲音を二倍か三倍にしたような砲声を轟かせ、軽巡艦娘と駆逐艦娘達が更に小ぶりな中小口径主砲を撃ち散らす。

 ありとあらゆる口径の砲弾が無数の鉄の濁流となってス級の艦体を叩き付け、その装甲の表面上で無数の直撃閃光を走らせる。

 そしてその猛砲撃の下を潜り抜けて行くように、吹雪、白雪の二人がたった二人だけの単縦陣を組んでス級へと吶喊した。魚雷の予備弾を持たない彼女達のその機動は明らかに雷撃戦を行う動きだったが、奇妙な事に二人の魚雷発射管には二人合わせて八発分の魚雷が装填されていた。

 その両足の太腿に備えられた魚雷発射管を発射態勢に移行させながら、吹雪は負傷して雷撃戦が不能になった矢矧から託された彼女の予備魚雷四発の射撃諸元を素早く算出していった。

 突撃する二人の行く手に突如、昼間の太陽を思わせる光芒が背後から伸びて、ス級を焼かんばかりに照射した。夜間雷撃と言う視認性の悪い環境下での必中の精度を高めるために、大和と武蔵の96式150センチ大型探照灯が吹雪と白雪にス級へ狙いを導いていた。

「狙い良し……発射、用意良し!」

 血のつながりは無いが、特型として自らが属する吹雪型の長女の吹雪の背中越しにス級の姿を捉えた白雪が、確実な諸元を矢矧から分け与えられた四発の魚雷に入力する。吹雪が白雪に向かって振り返り、軽く頷くと白雪も頷き返した。

「こーげき始めぇッ! てぇーッ!」

 吹雪の射撃号令が下るや、吹雪、そして白雪の左右の太腿にマウントされた魚雷発射管から、それぞれ一発分ずつ定数が欠けた魚雷が海中へと圧搾空気で押し出されて身を投じ、海中に沈み込むや機関部を作動させ、ス級の船底を抉り取らんと疾駆していく。

 行きがけの駄賃と主砲弾を撃ちこんでやりたい気持ちを抑え、二人は即座に本隊の方へと引き返す。残弾が乏しいのもあるが、二人がこれ以上接近すると味方の砲撃の流れ弾を背中から食らいかねない。既に二人の頭上を掠めん勢いで大中小、果ては機関砲の曳光弾までが色とりどりの光弾となって海上を飛び抜けていた。

 ス級に背を向けて本隊の元へと急ぐ吹雪と白雪の後ろで、無数の炸裂音と爆発音に交じり、海中の中で大太鼓を打ったような重みのある衝撃音と海上に炸裂する爆発の火焔の噴出音が六回聞こえて来た。

 多くは語らず、吹雪と白雪は無言でフィストバンプを合わせると、大部分の艦娘がス級の横を通り過ぎて離脱した戦場海域から離脱していった。

 退路を切り開いてくれた第三三戦隊の愛鷹が青葉と衣笠を連れて、殿軍を担って脱出する本隊の艦娘達を一人ひとり数え、確認していた。吹雪と白雪の姿を認めた愛鷹は、軽く頷くと青葉達に反転を命じた。

「後ろにはもう誰も居ませんよね?」

 吹雪は、以前トラック諸島で偶然にもその衝撃的な出自を知る間柄となった愛鷹の制帽の鍔の下から見える、大和譲りの端正な容姿を見つめながら聞いた。

「ええ、勝利への未練以外、私達の後ろには残っていません」

「了解」

 ちょっとした言葉遊びを交える愛鷹の答えに吹雪は頷くと、艦隊行動を共にした事も無い愛鷹と共に、戦場海域から離脱した。

 

 

 アンツィオ沖で勃発した夜戦は、アンツィオ沖最深部に展開する深海棲艦の圧倒的大火力と強靭な装甲によって、既に体力、兵装共に疲弊していた艦娘艦隊の進行を退け、損害を増大させたまま推移した。

 だが愛鷹率いる第三三戦隊の働きで、ス級による包囲陣の形成は阻まれ、艦娘艦隊本隊は辛うじて戦場海域からの離脱に成功した。

 

 

 燃料の乏しく、そして少なくない数の負傷者を抱えた艦娘艦隊の行く手に、煌々とした航行灯の灯りを灯しながら姿を現す艦影があった。

 艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」「ユニコーン」「ケルヌンノス」、そして「ズムウォルト」と護衛のミサイル駆逐艦「ジョセフ・オマー」からなる艦隊だった。疲れ傷ついた艦娘達を収容すべく、洋上前線基地となる艦娘母艦群が迎えに来てくれたのだった。

 既に、深海棲艦の主力たる機動艦隊は壊滅し、潜水艦隊の脅威も無い今、艦娘母艦群は無事帰投を果たした艦娘達の無事を祝い様に航行灯を始めとする照明を付けて彼女達の帰還を迎え入れた。

 負傷艦娘達はウェルドックに張られた緊急収容ネットに倒れ込む様な形で収容されると、直ぐに艤装を解除させられ待機していた医療班のストレッチャーに移し替えられて医務室へと搬送されていった。

 

 第三三戦隊の七人も「ズムウォルト」へと収容された。本隊と違って一時急用を挟んでいた分、疲労の色は濃くない七人が無事収容し終えると、「ズムウォルト」はウェルドックハッチの閉鎖音と警報音を鳴らして、ハッチを閉鎖し、ドック内の排水を開始した。

 三隻の大型艦娘母艦と一隻の中型艦娘母艦への全艦娘の収容完了を持って、旗艦「ドリス・ミラー」から一時作戦中止と艦隊の即時再編成が命じられた。時に一一月一一日午後八時三九分の事だった。

 

 

 負傷者の集計は後々共有されてくるだろう、とウェルドックを上がった先のデッキに用意されたパイプ椅子に腰かけて、栄養ドリンクに口を付けながら愛鷹は深いため息を吐いた。同時に強烈な眠気に襲われて来る。このまま椅子に腰かけたまま寝落ちしそうになりかける愛鷹だったが、仮眠を前にやらなければならない事はまだ沢山あった。だが、それをこなそうとする以前に抗い様の無い睡魔が愛鷹の全ての動きを胡乱なものへ変えていた。

 

(寒い……眠い……このまま五分だけでも、ここで……)

 

 クローンとしての寿命の問題か、脳の脳髄の劣化によるものか、はたまた単なる疲労か。猛烈な睡魔が珍しく愛鷹の行動力を鈍らせていた。

 とろんとした重たい瞼を必死に空けようとして、徐々に睡魔に負かされかけている愛鷹の姿を見て、青葉はそっとその右耳に口元を寄せると、静かな口調で言った。

「少しだけ仮眠して下さい。後で起こしに来ますよ。必要な諸々の爾後作業はガサ達と一緒に片付けておきます。愛鷹さんは休んでください」

「ありがとう……」

 青葉にしか聞こえない小さな声で愛鷹は礼を述べた直後、ことんと首が軽く前に垂れ、一瞬にして睡魔に呑み下された愛鷹の寝息が、艦内の作業音に交じって微かに聞こえて来た。

 青葉も青葉で疲れは身体にあったが、愛鷹のそれと比べればまだ艦内ランニング一周は余裕で出来るくらいの活力が残っている。日常的に働き過ぎな嫌いのある愛鷹に代わって、戦闘詳報の記入などの作業は青葉でも出来る。今は難敵ス級を無力化し、味方艦隊の後退を支援すると言う大手柄をやり遂げた功労者を休ませてあげたいと言う思いが青葉の活力になっていた。

 次席旗艦として青葉は各々パイプ椅子や手すりなどに腰かけて一休みしている第三三戦隊のメンバーに、爾後の対応について語った。

「本隊の艦隊の再編成が終わって再度の攻勢に出るとすれば、明朝以後、となるのは間違いないでしょう。となればこちらも明朝を目途に休息と、艤装の再装備、整備点検を行い、明日の作戦行動に備えるべきでしょう。

 各自、準戦闘配置のまま食事と睡眠をとって待機を。自室での仮眠はいつでも出られる様に服は着たままで」

「了解」

 愛鷹程では無いにせよ、多少は青葉と同じ程度に疲労を浮かべた衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳が答える。

 第三三戦隊のメンバーは疲れているから、鳥海と愛宕を部屋から引っ張り出して、手伝わせるのもありだな、と考えながら青葉はふわあと口から溢れる欠伸を浮かべ、欠伸と共に両目の目元に浮かぶ涙を右手で拭った。

 




 公式から新型のイロハ級深海棲艦、駆逐ラ級の予告が出たので戦々恐々しながら次回のイベントに備えています。

 次章(次回ではありません)の日本本土防衛編(仮称)で艦娘達を苦しめる難敵として描くかは分かりませんが、あの公式絵で与しやすい相手な訳がない……。なんで十中八九、愛鷹を始めとする艦娘達を苦しめ、その砲火の前に斃れる難敵として描く事になりそうです。

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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