西暦二〇四八年一一月一三日、午前七時一〇分。
日の出と共に艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」「ユニコーン」「ケルヌンノス」、そして「ズムウォルト」から艦娘達が続々と一一月の肌寒い地中海の海原へと出撃していった。艤装の機能によって最低限の保温はされているとは言え、完全ではない防寒機能故に、インナーや上着を着込んだ艦娘は少なくなかった。
再編成を終え、最後の深海地中海艦隊戦力との正面からの艦隊決戦を挑む水上打撃部隊は戦艦艦娘一二名、重巡艦娘一一名、軽巡艦娘五名、駆逐艦娘二一名の総計四九名。これに更に第三三戦隊の愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月の六名が加わる。水上打撃部隊のコールサインはアンヴィルのコールサインが再び付与され、第三三戦隊のコールサインはホワイトハウンドと名付けられた。またこの二隊とは別に、後方から航空支援を実施する空母機動部隊戦力をコールサイン・ライノで呼称する事となった。
支援に当たる空母機動部隊戦力は、ス級の艦載機に対抗出来れば充分と言う観点から空母艦娘ホーネット、レキシントン、Z57、Z62、Z68、Z72、フレッチャー、ジョンストンのみでの編成となった。
作戦内容としては、アンヴィル隊の戦艦艦娘がス級に対して砲撃戦を挑むと同時にス級の注意を引く陽動となり、戦艦艦娘の砲撃戦にス級が気を取られている内に三群の水雷戦隊が突入し、雷撃戦を敢行、これを撃沈すると言うものであった。
第三三戦隊はこのス級と真正面から殴り合う戦艦艦娘戦力のバックアップ、並びに余裕があればアンツィオ沖棲姫への攻撃と言う事になっていた。
東の空から顔を出す太陽の明るみに照らし出されながら、作戦参加艦娘達は一路アンツィオ沖へと進んだ。
艦娘にも犠牲者を出しながら掃蕩した地中海に、今や艦隊の行く手を阻む深海棲艦は一群しか残っていない。その進撃路を阻む深海棲艦は無く、道中戦での弾薬や体力の消耗の憂慮はこの際全く考える必要が無かった。ただひたすらにアンツィオを目指し、艤装に備わる主砲を、魚雷をス級とアンツィオ沖棲姫に叩き込み、そして全員で生きて帰る。ただそれだけの、少なくとも言うだけは簡単な目標を掲げ、艦娘達は進んだ。
アンヴィル隊は大規模な第四警戒航行序列にて前進し、第三三戦隊はその側面を単縦陣で進む。連戦の疲れ、長期戦による疲れは僅かに各々の表情に滲んでいたが、膝をつくものはいなかった。決着を付けるこの日、この瞬間の場で皆へたばる様なやわな体力の持ち主ではない。
アンヴィル、ホワイトハウンド両隊の上空をF6F-5の編隊が航過していく。ざっと二〇機以上の編隊が艦隊に先んじて制空戦闘に出る為、先行して進出していく。ス級が弾着観測機を上げていたら、数と質を生かして一機残らず殲滅する腹積もりだった。超射程の主砲を持つス級も弾着観測機を喪えば、そのロングランスのリーチも短くならざるを得ない。
≪こちら哨戒機シーガル1。参照点より方位092に敵艦隊探知。艦影四、ス級三隻、アンツィオ沖棲姫一隻と確定。的針275、的速二〇ノット≫
≪早期警戒管制機トレボーよりアンヴィル、ホワイトハウンドへ。レーダーコンタクト、敵勢航空機、数四、いや八機、迎え角一五度で上昇中。方位092より接近。弾着観測機と思われる≫
≪シーガル1からアンヴィル、ホワイトハウンド各隊へ。敵弾着観測機によるス級の着弾加害範囲をシミュレートし、そちらへ随時着弾予想位置を共有する。敵戦艦発砲前に、戦闘機隊が航空優勢を確立するが、それ以前にス級が発砲してきた場合は当方からの共有情報に基づいて回避行動されたし、オーバー≫
≪トレボーより戦闘機隊各隊へ。ターゲットマージし次第、各機攻撃開始。全機撃墜し、航空優勢を確保せよ≫
≪アンヴィル1、大和、全て了解≫
≪ホワイトハウンド0-0。愛鷹、Copy≫
最初の発砲は海の上では無く、空で放たれた。
ス級が上げて来た弾着観測機八機に対し、F6F-5二四機が一二機ずつの二個集団に分かれて、左右から挟み込む様に弾着観測機へと攻撃を開始する。
≪ターゲットマージ、攻撃開始≫
空母艦娘ホーネットを母艦とするF6F-5の航空妖精がヘッドセットのマイクに向かって吹き込むと、スロットルレバーを押し込み、加速を開始しながら照準器のスイッチを入れ、レティクルを表示させる。他のF6F-5の航空妖精も照準器の電源を入れ、レティクルを睨みながらスロットルレバーと操縦桿、フットレバーを操作して弾着観測機へと襲い掛かる。
母艦であるス級へ彼方の前方から進撃して来る艦娘艦隊の位置情報を送るべく小規模な編隊を組んで飛んでいた弾着観測機は、四機が編隊から離れてF6F-5の群れに立ち向かい、四機は進路を維持して、機体からレーダー波を発振しながら海上の艦娘艦隊走査にかかる。
迎撃に入った四機の弾着観測機に、F6F-5は全く苦戦する事は無かった。胴体下に吊り下げる増槽を投下するまでも無く、数の差を生かして囲い込んだF6F-5のM2機関銃の斉射を浴びた弾着観測機四機が全滅するまで、三〇秒足らずと言う瞬きする間に迎撃役の弾着観測機は全滅した。恐らくは最初から迎撃機仕様としてあらゆる弾着観測用装備を外した身軽な軽戦闘機仕様になっていたのだろうが、F6F-5と言う本物の戦闘機の相手では無かった。
迎撃用の弾着観測機を瞬殺した「地獄の猫」達は、続いて弾着観測装備を備えている関係上、挙動が重い四機の弾着観測機を攻撃した。容赦の無い銃弾が機体に食い込み、破孔を穿ち、黒煙を後ろへと吹き流しながら、制御不能に陥った弾着観測機が地中海の大空で溺れて行く。懸命の回避運動も、重い装備が祟って鈍重と言わざるを得ず、F6F-5は文字通り「七面鳥撃ち」するかの様に残る弾着観測機を掃蕩した。
最後の銃声が止んだ後、艦娘艦隊を目にする事が出来た弾着観測機は一機も居なかった。既に航空優勢を確保する基幹戦力である深海空母を全て喪失していた深海地中海艦隊に、海域での航空優勢を確保する術は最初から残っていなかった。
弾着観測機、全機撃墜。その知らせは最初のラウンドを制した知らせとなって艦娘艦隊に伝えられた。
手持ちの弾着観測機が全滅した以上、ス級に出来るのは、その持ち前の機動力を生かした機動戦か、重装甲を盾に通常砲戦に移行するか。恐らくは後者を、リスクを覚悟の上で挑んで来るだろうと愛鷹は踏んでいた。ス級とてその搭載弾薬は無限ではない。機動力を生かしたヒット&ウェイは、自艦への被害を抑えられるかもしれないが、艦娘達の最大戦速を凌駕する速度で高速移動しながらの砲撃は、少なくとも軌道が一直線でもない限り命中精度は低下する。
ス級の事だから、自身の防御力には絶対の自信がある筈だ。後者の火力と装甲のごり押しが濃厚だろう。射程は弾着観測機無しでも艦娘艦隊よりも勝っている。砲撃戦の先手を握れるイニシアティブを生かして、大火力の雨を叩きつけに来るだろう。
「旗艦より信号!」
水平線上に明滅する大和からの発光信号を見て、見張り員妖精が愛鷹の肩の上で叫ぶ。
「我未だ、敵艦隊を探知出来ず。全艦戦闘配備、全艦通信管制維持」
「了解、旗艦に応答信号。各艦にも伝達」
赤く変色した海の上で、愛鷹の艤装から大和へ向けて発光信号が送られる。艦娘の艦隊間の通信を行うヘッドセットを介せば、手間も無く済む通信も、ス級に逆探知されて精測、砲撃開始とならない様、会敵まではレーダーや電波を用いた通信は限定されていた。電波を用いた通信制限がかかっていても、指向性かつ有効範囲の短い艦隊内無線だけは使用が許されている。これが封じられると第三三戦隊の様な六人規模の艦隊でも発光信号や素の大声でやり取りする羽目になる。
「不便だ……」
ぽつりと漏れる本音を口にしながら、愛鷹は右足で海面を軽く後ろへと蹴る。艦娘の航行はよくに言うフィギュアスケートと要領が似ているので、偶に足で海面を蹴ると速度が安定する。無論、その余裕がない戦闘時などは艤装の方からオートで補助してくれるが、非戦闘時は意識的に艦娘の方で足を動かす必要があった。艦娘の脚に纏う主機は可能な限りの軽量化が行われているとは言っても、やはり重い。大和や愛鷹、蒼月の様な内蔵型は特に重い方なので、陸地ではデッドウェイトであるラダーヒールを外して、陸地用のヒールに付け替える仕様になっているくらいだ。
体力がある内は兎も角、足先が重いのは徐々にだが疲労を足先から全身に伝播させて来るので、艦娘の主機の軽量化は、艦娘の艤装技術の中でも優先事項の一つでもあり、同時に難航している要素でもあった。
「弾着観測機を喪ったス級はどう出て来るでしょうかね。夜偵を代わりに上げて来るんでしょうか」
無い訳でない可能性に言及する青葉に、愛鷹は流石に無いだろうと首を横に振る。
「またターキシュートされるだけですよ。ス級だってそれが分からぬ愚かな思考の持ち主ではないでしょう」
「となるとやはり直接砲戦に?」
「でしょうね。それでも艦娘艦隊の中でも最大射程を誇る大和型より先に撃って来る事は間違いありませんが」
現状、ス級の装甲を射抜ける艦娘の砲戦火力は存在しないし、またス級の砲撃の直撃を完全に防げる装甲、防護機能を持つ艦娘も居ない。唯一のウィークポイントである喫水線下への攻撃、即ち雷撃だけがカウンターとして有効な戦艦と言う艦娘達からすれば、これまでのあらゆる深海棲艦から味わって来た理不尽さを一挙に過去のものにした理不尽さを誇る。そんな理不尽なス級が三隻もいる。ただし一隻は先日の戦闘で兵装を破壊し尽くされているから、恐らくは盾艦役くらいにしか使えないだろう。それでも二隻のス級elite級がアンツィオ沖棲姫と共に迎え撃って来る。
ス級の火力に隠れがちだがアンツィオ沖棲姫も非凡な戦闘能力を有している事が朧気ながらに分かっている。高い対空戦闘能力、阿賀野型改二軽巡をほぼ一撃で撃破する砲戦火力。未使用なので精確な脅威度は不明だが、強力な雷装も備えていると見て間違いない外観でもある。何よりその装甲と耐久性、堪航性がス級以上に分かっていない。本来であればそれらを調べ上げるのが第三三特別混成機動艦隊の仕事だったのだが、直掩についているであろうス級の存在故に司令部から威力偵察の命令も下らず、初見の予備知識なしのまま艦娘艦隊はアンツィオ沖棲姫撃破に挑む羽目になっていた。
愛鷹も何処かこの事前情報なしでのアンツィオ沖棲姫との交戦に、不安を覚えない訳ではない。今思えば第三三特別混成機動艦隊解隊前に、アンツィオ沖棲姫の戦闘能力の評価判定と言うやるべき事があったのは否めない。しかし、愛鷹も戦術的判断を下せるとは言え、所詮は命令を受けて動く艦娘の身分であり、艦隊司令官の様に戦術的、戦略的な判断を下せる立場にない。彼女が指揮を下せるのは、下った命令の中で第三三戦隊や第三三特別混成機動艦隊へ戦術的な指示に限られていた。
この現場判断の裁量の狭さが愛鷹にとっては不満であった。艦娘自身の階級が高くても、基本的に所詮は前線を支える末端の兵士と扱いが変わらない。秘書艦と言う、所属する方面艦隊の首席参謀、作戦参謀を担える役柄に任命されたらまたある程度は裁量の幅も変わって来るが、秘書艦に命じられる艦娘は、極めて限られた世界であった。大佐の階級を持つ大和や、中佐の階級を持つ愛鷹が、戦闘時は一兵卒の様に司令部からの指示に従うだけの存在と言う時点で、艦娘と言う特殊兵科の歪さを現していると言える。
(別に提督の様に戦争そのものを左右する指揮を執りたいわけではないけれど、もう少し艦娘の側への指揮権の自由度が上がってくれればなぁ……)
胸中でぼやきながら愛鷹は口元をへの字に結ぶ。青葉がこの時愛鷹の顔を見ていたら、むくれるその表情は大和とそっくりと言い切っていただろう。性格がどこか子供っぽい所がある大和と、大人然した落ち着きがある愛鷹、遺伝子が同じなだけに素の反応が全く持って同じと言う所は本人の自覚していない所で度々出ていた。
「先行する各水雷戦隊は、全艦単縦陣を維持。尚戦闘速度へ増速中」
「ヘレナより発光信号。先行するシェフィールド隊及びパース隊より、前方の水平線上に砲口炎見ゆ、との報告」
重々しい艦首波で海上を切り裂き、長く太い航跡を長く後ろへと流す大和達アンヴィル本隊に、前衛を務める第四戦隊高雄から報告が上げられて来る。ヘッドセットを介して、高雄のクイーンズイングリッシュがアンヴィル全艦娘に知らせが共有されて間もなく、シェフィールド隊とパース隊が確認した砲口炎の砲声が海上に遠雷の様な音を立てて伝わって来た。
「遠いわね」
大和は呟く。
地図や地球儀で見れば、指先で一跨ぎ、或いは目の前と言っても、等身大の人間サイズである艦娘からしてみれば、アンツィオの沖合に展開する深海地中海艦隊の位置は相応に遠い。先日の様な道中で何度か交戦して、弾薬、燃料、体力を消耗すると言う事は無いが、手段はどうあれス級二隻が先行を取った以上、艦娘艦隊の方は着弾に備えるしかない。
刹那、対空レーダーでス級の砲弾が補足出来たらしいタスカルーサが、彼女のCIC妖精からの知らせを聞くや、警戒の言葉を叫んだ。
「Incoming, Incoming, Incoming !」
接近する物体が対艦ミサイルではなく砲弾だから「Vampire」ではなく、「Incoming」と叫ぶタスカルーサの叫び声が、程なく空一杯に響き渡る巨弾の飛翔音によってかき消された。艦娘達の目の前を、時速二〇〇キロ以上で走り抜ける高速列車の轟音の様な音が迫るや、着弾の波紋、海面の盛り上がりと窪み、そして上へと解き放たれた爆発エネルギーが、北米の自然公園にある巨木を思わせる水柱を噴出させた。
試射も無しの初っ端からの全力斉射だった事が分かる、壁の様に林立する二四本の水柱がアンヴィル本隊の前面を遮る様に、高々と水の柱を天へと伸ばす。遅れて衝撃波が艦娘達を押し戻す様に見えない壁となって吹き付ける。
髪の長い艦娘達は漏れなく吹き付けた衝撃波によって、元から合成風でなびいている長髪を乱暴に後ろへと吹き流される。二四発の巨弾の着弾によって生まれた小さな津波が、第四警戒航行序列の前衛を切る重巡艦娘達とその後続の戦艦艦娘を上下へ大きく揺り動かし、ジェットコースターの軌道のアップダウンの様な内蔵の浮き上がりを体感させに来る。艦首波で足首程度が濡れる程度だった一同は、防護機能で防水されたとは言え、下半身丸ごと海水に浸る程の波を浴びた。
「始めて出会った時の奴よりも、砲弾の威力が増していないか……?」
波を踏み越えた武蔵が大和に自身の考えていた事を口にする。沖ノ鳥島海域で初めて大和型揃ってス級と会敵した時より、その砲撃の着弾時の威力は至近弾でなくても強烈なものになった印象が飛んで来る。
「……曲がりなりにもelite級だもの」
今更思い出した様に大和は言い、軽く咳を吐く。沖ノ鳥島海域で初めて会敵した時は、初手の段階で酷い目に遭わされたが、今は比較的地球の環境と言う等しく降り注ぐ砲撃の阻害要因によって、ス級もある程度は着弾位置を狂わされている。ましてや弾着観測機を全て失って、自分達のレーダーや素の射撃技量に大きく依存している以上は、砲撃精度も落ちるには落ちる。
「あちゃー、本隊が先に狙われてるわ」
見たくないものを見てしまった様に衣笠が呻き声を上げる。
「艦隊旗艦、本隊支援に入りますか?」
敢えて普段の「愛鷹さん」と言わず、「艦隊旗艦」と言う呼び方で尋ねて来る青葉の言葉は、彼女の妹の反応とは逆にまだ落ち着きがあった。幾ら深海棲艦が理不尽と言う概念を味方に付けていようと、地球環境と言う概念までは味方に出来ない、と言う事実が青葉に落ち着きを与えていた。
同様に冷静な眼差しで本隊とス級の射撃の痕を交互に見ながら、愛鷹が静かな口調で青葉達に説き始める。
「深海棲艦との戦闘は基本有視界で発生します。それなら、先に見つけた側が圧倒的に有利になる。
しかし、それは最初の一撃だけ。攻撃するには自らの位置を発火点として露呈せざるを得ません。初弾が躱されてしまえば、有利だった立場は失ってしまう」
「全艦、最大戦速。方位092度、ヨウソロ」
凛と張った声で大和が命じる。それまでの艦首波よりも更に大きな波が艦娘達の足元で湧き上がり、白濁した海水の濁流を一対の脚が切り裂く。
四九名、いや五五名のアンヴィル隊とホワイトハウンド隊の艦娘の艤装機関部の唸り声が大きくなり、燃料を目一杯投入された機関部が轟然と発揮する最大戦速の速力が、海上で艦娘達を驀進させる。海上の波によって上下に揺さぶられながら、ス級とアンツィオ沖棲姫の居る方へと大艦隊が進撃する。
ス級はその巨砲故に再装填には相応の時間が必要であった。それ故に一度艦娘に射撃を避けられたら、次弾を命中させるのは運が大きく絡み始める。愛鷹の言う通りに、圧倒的有利なのは最初だけであり、発火点を露呈したら最後、接近戦に持ち込んで来る艦娘と砲戦距離が対等になり、雷撃による警戒も必要になって来る。
真っ先にス級とアンツィオ沖棲姫の四隻を確認したのは先陣を切るシェフィールド隊のシェフィールドだった。遅れてパース隊のパース、ユリシーズ隊のユリシーズ、グロワール、ヘレナと軽巡艦娘達がビジュアルコンタクトを宣告する。
「ポーンが一つ、ルークが二つ、そしてキングが一つと言う所ね」
武装を無力化されているス級をチェスのポーンに、武装が健在なス級二隻をチェスのルークに、そしてアンツィオ沖棲姫をチェスのキングに準えてシェフィールドは呟く。アンツィオ沖棲姫はその呼び名的にはキング(王)と言うよりはクイーン(女王)が近しいかも知れないが、今この戦場海域においてクイーンに該当する深海棲艦は存在しえない。
シェフィールドはそれ程チェスを嗜む訳では無いが、最低限のルールくらいは心得ている。キングであるアンツィオ沖棲姫を取られれば、深海地中海艦隊にとってはチェックメイトだ。それを守る様にルークとして機能するス級二隻と、今のところはポーンの役割かそれ以下でしかない武装を無力化されているス級一隻。深海棲艦にもチェックメイトと言う旗艦の喪失による作戦行動能力の喪失と言う概念はあるが、この四隻の内、どれが旗艦なのかは艦娘達には知る由も無い。
少なくともシェフィールドとしてはアンツィオ沖棲姫がキングだろうと思っていた。そして彼女自身のチェスの知識が正しいなら、キングは自ら打って出る駒ではない。
その筈だった。
「何だ、こいつら……」
P-8ポセイドン哨戒機、コールサイン・シーガル1の機内に並ぶコンソールの一角で、ディスプレイを凝視しながらキーボードを操作していた戦術士官の訝しむ声が上がった。
彼の見つめるディスプレイ上には、二種にカラーリング分けされたシンボルが多数表示されている。青いシンボルマークは艦娘艦隊のシンボルマークで、最終攻勢に参加した艦娘一人一人にトラックナンバーこと識別ID番号が割り振られている。整然とした隊列を組んでいる今ならまだしも、混戦になれば拡大表示しないと個々のIDは読み取れなくなる程度に長いが、艦種毎にIDコードは一定の規則性を持って付与されるので、見方を覚え、慣れてしまえば混戦下でもある程度は誰が誰で、何処に向かって進み、どの敵に照準を合わせているか等の状況を察する事は出来る。
一方赤のシンプルなIDコードが割り振られているのは深海棲艦だ。いずれのIDコードも「FAS」から始まるが、これは深海棲艦の英語名である「The Fleet of the Abyss」の「Fleet」と「Abyss」の頭文字と船を意味する「Ship」を組み合わせた深海棲艦版の接頭辞語と言うべきものであった。アメリカ海軍の「USS」、英国海軍の「HMS」に類するものと言っていい。
ス級の場合は「FAS-BB-X」である。一方アンツィオ沖棲姫は「FAS-DDQ-A」であり、「DD」が付く事から分かる様に国連軍では既にアンツィオ沖棲姫は駆逐艦級と言う識別が成されている。これら識別IDの後ろに、深海棲艦艦隊の中で何番艦として数えられているか、と言う番号が割り振られる。例えばアンツィオ沖棲姫なら「FAS-DDQ-A 01」であり、アンツィオ沖に陣取る深海棲艦の中で一番艦を務める、チェスの駒で言う「キング」として識別されていた。
キングと言う駒は取られてしまえば、そこで試合終了となるだけに、動かす際は慎重さが求められる駒である。基本チェックメイトされない様に守られる駒だが、アンツィオ沖棲姫と言う「キング」はこの場合、逆だった。
武装を無力化されて戦力外のス級を前面に押し立てた四隻の深海棲艦艦隊の最後尾から、アンツィオ沖棲姫は前へと進み出始めた。つまりキング自ら前に出たと言う事だった。チェックメイトのリスクを侵し、旗艦自ら打って出て来たのだ。
予想外の動きに戦術士官は困惑しつつも、ヘッドセットのマイクを掴み、電子の目で俯瞰した深海棲艦艦隊の動きを艦娘達に伝達する。
各分艦隊指揮官の艦娘から了解の返答が相次いで返されると、それまで第四警戒航行序列で進行していた艦隊が規則性を持ってばらけだした。後衛に主砲射程のリーチに優れ、砲戦打撃力に優れた戦艦艦娘と重巡艦娘を主体とする本隊を置き、前衛に中小口径主砲で牽制しつつ、本命の魚雷による雷撃戦を目論む軽巡を旗艦に駆逐艦を侍らせた水雷戦隊。セオリーから一切逸脱していない、これまでの一〇年余りの対深海棲艦戦争で確立して来た戦術だ。
その布陣の中で唯一、独自の動きをしているのが第三三戦隊だった。彼女達は前衛の水雷戦隊とも、後衛の本隊とも異なる動きを、より具体的に言えば最大速度でス級二番艦へと突撃を敢行していた。
「アンヴィル1の目標、ス級二番艦、及び三番艦。アンヴィル1-1及び2-3は二番艦に、1-2及び2-4は三番艦に主砲照準合わせ。アンヴィル2-1、2-2はアンヴィル2-1旗艦指示の元、アンツィオ沖棲姫へ照準合わせ。各艦、照尺完了し次第、撃ち方始め」
アンヴィルのコールサインを割り当てられた艦娘艦隊の旗艦としての指示を大和は下していく。アンヴィル1-1は大和、武蔵、アイオワ、ワシントンの四名、1-2はリシュリュー、ガングート、イタリア、ローマ、アンヴィル2は2-1がサウスダコタ、マサチューセッツ、ビスマルク、アドミラル・グラーフ・シュペーからなり、2-2が高雄型四人の第四戦隊、2-3がタスカルーサ、ヒューストン、ミネアポリス、2-4がザラ、ポーラ、キーロフとなっている。概ね三群の戦艦艦娘を三群の巡洋艦娘が支援すると言う布陣だった。
大和の背中に背負われる巨大な艤装の中、バイタルパートの奥深くにあるCICで、大和のヘッドギア型測距儀から得られたデータと、シーガル1からのデータを突き合わせた射撃諸元をCIC妖精が入力していく。大和の二基の三連装巨砲が鎌首を空へと向け、その根底で徹甲弾、装薬が砲身内部へと装填されていく。
程なくして、ス級へ砲撃を浴びせ、直撃させるのに必要とされる大まかな諸元が算出され、各主砲に入力された。
「諸元入力良し」
「主機スタビライザー、及び砲塔スタビライザー、異常なし」
「各砲、装填完了。射撃指示を待つ」
「旗艦の諸元にて砲戦開始。位置情報はシーガル1の物を使用。一斉撃ち方」
「武蔵、攻撃準備完了」
「アイオワ、攻撃準備完了」
「ワシントン、攻撃準備完了」
五一センチ一二門、一六インチこと四〇・六センチ一八門がス級二番艦へと同一諸元にて狙いを定める。戦艦艦娘の中でも上澄みの口径と言える砲門がス級二番艦へ差し向けられる。
アンヴィル1-1全艦の射撃準備完了の知らせを聞き、大和は眼を閉じ、深く息を吸って胸一杯に空気を吸い込むと、目を見開き、胸一杯に吸い込んだ息を吐き出した後、凛と張った声を張り上げた。
「撃ちー方始めぇ!」
「発砲!」
砲術妖精が射撃号令を叫んだ直後、射撃トリガーを引き絞り、全主砲の砲門全てへ撃発信号を送る。
信号を受け取った全砲門が尺玉の炸裂を思わせる轟音となって、砲門から紅蓮の炎を吐き出し、駐退機に支えられた砲身が後ろへ勢いよく後退する。反動で後ろへと吹き飛ぶように後退する砲身とは逆に、紅蓮の炎を振りほどき、衝撃波と砲声を後ろに置き去りにして真っ赤に焼けた徹甲弾の弾頭が宙空へと飛び出していく。発砲遅延装置によってコンマ数秒ごとにずらされた発砲で砲弾同士の弾道の干渉を防ぎ、放たれた三〇発の二種類の徹甲弾がス級の元へ向け、ヒマラヤ山脈の最高峰を思わせる鋭利な弾道を描いてス級へと飛翔していく。
アンヴィル1-1の射撃開始が、アンヴィル本隊全体の攻撃開始の合図となった。1-2のリシュリューのフランス語、正確には生粋のパリ娘らしい方言訛りの無い教科書的なフランス語で「Feu!」を叫ぶ。これにガングートの「アゴーン!」と、イタリア、ローマの「Fuoco!」が続き、三八センチと三〇・五センチの二種類の砲声が四人の艤装上で砲声を叫ぶ。
これに遅れてアンヴィル2-1のサウスダコタ、マサチューセッツ、ビスマルク、アドミラル。グラーフ・シュペーの米国英語とドイツ語の二種類の「撃て!」の号令が走るや、一六インチ、三八センチ、そして二八センチの三種類の主砲が、焼けた鉄塊を砲口から叩き出す。
一二名の戦艦艦娘の主砲斉射に続き、そのバックアップに当たる重巡艦娘達も射撃を開始した。
「撃ちー方始め!」「Fire!」「Fuoco!」「アゴーン!」の四か国語で号令が下るや、戦艦艦娘には劣るが、駆逐艦娘や軽巡艦娘よりは打撃力に優れた一撃が放たれていく。
アンヴィル本隊の主砲斉射がひとしきり終わった後、束の間の静寂が訪れた。主砲の砲口から冷却液が放水され、ガスが放出される中、各艦娘の主砲塔内で再装填が行われる。装填機器に重労働を強いる戦艦艦娘達よりは、早く再装填が出来る重巡艦娘達が先に再装填を終え、初弾の着弾を待たずに次弾の発射に移行した時、轟音と言う例え以外の例えと言う概念を持たぬような、ス級の主砲発砲の砲声が海上に轟いた。
この世の音界の全てを支配してしまいそうなその砲声は、小柄な海防艦娘程もありそうなサイズの砲弾を空へ向かって打ち上げた。その弾頭には充填された大量の炸薬と、戦艦艦娘の防護機能すら容易く射抜く鉄片をしこたま内包していた。
「砲口炎見ゆ! 正面一時方向」
「全艦、ス級の砲撃の着弾時の衝撃に備え」
ス級の第二射がどこに落ちるかは分からない。だがシーガル1が今必死にその弾道の計測に当たっているから、着弾前にデータが届けば回避は出来る筈だ。広大な加害範囲を持つと言えど、予めその着弾予想範囲を想定して、回避してしまえば如何程の巨砲の砲弾であろうと、脅威ではない。要は当たらなければどうと言う事は無いのだ。
無論、それは艦娘の射撃にも通じる。その艦娘の射撃を当たればどうとでもなる様にするために、シーガル1の戦術士官たちは初弾の着弾位置を正確に評定し、修正データを共有させる。艦娘の主砲の砲弾は誘導砲弾ではない以上、哨戒機の出来る事は大まかな修正値を、射撃を行う都度絞り込んで、伝達する事だ。そして後は一人でも犠牲者が出ない事をディスプレイ越しにモニターし、祈るだけである。
ス級の第二射は彼我の距離が縮まった事もあり、被害を出さなかったとは言え、副次的効果である衝撃波と津波の様な大波で艦娘達をかき回した。
「隊列を維持! 各艦、適宜回避運動を行いつつ、目標への砲撃を継続。水雷戦隊の血路を切り開きます! 水雷戦隊各旗艦へ、魚雷発射点到達迄の予想時間は?」
大和のその問いに五群の水雷戦隊を率いる五人の軽巡艦娘から「約五分!」の返事が返る。
「あと五分……」
体感時間で言えば長い長い短期戦になるかも知れない。
「始まったな」
水平線上で稲光の様に瞬くアンヴィル本隊の発砲と、ス級の第二射の砲撃の砲口炎を見つめ、深雪が呟いた。
電子双眼鏡で本隊と深海棲艦艦隊の交戦を眺める夕張が、ズームしてス級の艦影を凝視する。その姿を隠す様に、艦娘艦隊からの砲撃の着弾痕の水柱が視界を遮る。主砲の照準はアンヴィル本隊の方へと向けられており、副砲たる対空砲は回り込みを行う水雷戦隊を追尾していた。
「本隊の砲撃で対空砲等の補助兵装は破壊出来るけど、重装甲に守られた砲塔を始めバイタルパートは現状如何なる艦娘の艦砲でも射抜けない。
ただ唯一、魚雷攻撃による喫水線下への攻撃には弱い。本隊の砲撃で取り回しの効く兵装を破壊し、その後水雷戦隊が肉薄し雷撃。本隊はその間、ス級の射撃のターゲティングを引き受け、水雷戦隊の雷撃成功まで、何としてでも耐え抜く……、ね」
現状唯一の有効打として期待出来る雷撃戦の要たる水雷戦隊の為に、各国方面艦隊共に数が多いとは言い難い主力艦である戦艦、重巡の艦娘を囮とする。万が一、轟沈犠牲者が出れば、今後の対深海棲艦戦争において大きな負担と課題になる事は明瞭だ。だが現状、この方法でしかス級を葬れないと言うのもまた事実なだけに、夕張は諦観の吐息を漏らした。
第三三戦隊の唯一の軽巡艦娘が諦観の吐息を漏らす中、旗艦艦娘の愛鷹はアンヴィル本隊へ突入する旨を通達していた。
「アンヴィル各隊へ、こちらホワイトハウンド0-0。参照点より方位1-7-8より方位3-5-6へ向けて進入します。現在位置、突入地点より距離七〇〇。目標の平均海水面はゼロフィート。我が隊の目標ス級二番艦、敵艦座標5800、1344、1803。目標へは主砲による牽制射及び、近接武器による敵艦兵装の破壊を実施。
突入開始、南から北、繰り返します、南から北」
≪アンヴィル1-1、了解≫
≪シーガル1よりアンヴィル全隊へ、南側への射撃に注意せよ。第三三戦隊が突入する≫
「聞きそびれていないと良いけど……」
ス級だけでなくアンツィオ沖棲姫も前進して来て、砲戦に挑む気を見せているだけに、その事で頭の中が一杯で自分の通達を聞き逃している艦娘が居たりしないだろうか、と言う一抹の不安を覚えながらも、愛鷹は軽く頭を振って雑念を振り払うと、大和譲りの張りのある声で隷下の第三三戦隊に発動を命じた。
「第三三戦隊、最大戦速、新進路3-5-6、ようそろ。右砲戦用意。発動」
「機関出力全開。突入開始」
第三三戦隊六人の機関部の回転数が加速度的に上昇し、六人の足元で沸き立つ艦首波が大きくなり、顔面に吹き付ける合成風が強くなる。ヘッドセットのノイズキャンセリング機能のお陰で静かだが、外していれば風を切る音で耳が轟々と聾されていただろう。
最大戦速で交戦海域へ突入する第三三戦隊の視界前方で、砲戦を繰り広げるアンヴィル本隊と、期を伺う水雷戦隊の姿が見えて来た。その向こうには小山の様な、いや小島の様な大きさのス級の姿が見え、昼間の太陽を思わせる発砲炎を艤装上に目くるませて、巨弾をアンヴィル本隊の傍に叩き込んでいた。
その様を見てから愛鷹は左腰の刀を少し引き抜き、その刀身の切っ先を眺め、再び鞘に納めた。最悪、刀の一本、破断で失っても構わない、刀一本の犠牲と引き換えに、活路を切り開ければ結果的にすべて良しだ。
着弾音と共にス級二番艦の艦上に閃光が走り、アンヴィル本隊の砲撃が命中して、その個所にあった対空砲や各種艤装が爆砕され、爆発炎と共に宙へ噴き上げられているのが見えた。
「主砲回頭、敵艦に固定」
そう号令を下しながら愛鷹は右手で左腰の白刃を引き抜き、両手で構えた。彼女の右舷艤装上で四一センチ三連装と連装主砲の二基がス級二番艦へと砲口を指向し、青葉以下第三三戦隊がそれに倣う。
何かと低速と弄られる夕張ですらこの時増設したタービンで速度を増し、容易には追随し切れない速度で第三三戦隊が戦場海域に突入すると、アンヴィル本隊で戦艦艦娘の支援射撃を行っていた重巡艦娘の射撃が一時的に散発的になり始めた。味方の射線方向に進入した様だ。
一秒でも遅れれば、その分ス級とアンツィオ沖棲姫による致命的な応射の機会を許す事になる。故に、第三三戦隊がその場にいられる時間は極めて短かった。
「右砲戦、各艦主砲撃ちー方始め! 射撃しつつ全速で北へ離脱」
「了解!」
相次ぐ五人からの返答の直後、二〇・三センチ、一四センチ、一二・七センチ、一〇センチの四種の主砲の砲声が一斉に轟き、ス級へ大小の砲弾を叩き付けた。
「発砲、てぇッ!」
遅れて愛鷹の主砲も斉射を放つ。愛鷹の艤装の右舷側に火焔が噴出し、一瞬の発砲炎が愛鷹の姿を海上にくっきりと浮かび上がらせる。最もス級に近い所を航過するだけに、初弾から第三三戦隊の射撃は命中していった。何れも、最大の口径を誇る愛鷹の主砲ですら、ス級には致命長になり得なかった。だが直撃した砲弾は第三三戦隊へ応射を試みようとした対空砲を打ち砕き、射撃管制装置を破壊して、対応の機会を奪った。
主砲の一斉射を行った愛鷹は、主砲を正立状態に戻すと、刀を構え、艤装の先端から錨を掴み、錨鎖を伸ばし、ス級へと接近した。
青葉達が主砲の射撃を終了し、一足先に離脱するのを確認すると、愛鷹は錨鎖をス級へ投げつけ、艤装に絡みつけた。海上に響き渡る砲声が殷々と海上の音界を痺れさせているので、ス級が愛鷹からの錨鎖が絡みついた事に気が付いた様子は無かった。だが、まだ生きている対空砲を向けようと回頭し、更に主砲のゼロ距離射撃を試みようと動き出していた。
「今だ!」
口には出さずに愛鷹は取り舵一杯、左後進全速、右前進全速をかけて、射界に収めようとして来ていた対空砲の死角へと素早く回り込む。錨鎖で互いを固定しているので、急激な動きは老化の進む愛鷹の身体に拷問に等しい衝撃を与えに来たが、持ち前のタフネスさで愛鷹はこれを堪え切った。
ス級を基点に錨鎖で固定している分、ス級がその場回頭で向きを変えれば、強制的に振り回される事になるが、ス級の視界外に絡みつけた錨鎖のお陰で気づかれた様子は見られなかった。瞬間的と言う程では無いにせよ、通常の艦娘の動きよりも遥かに機敏な動きで対空砲の死角へ異動した愛鷹に、ス級が動揺を見せる。
複雑な舵取りと左右の脚の主機の前後入れ替えで、対空砲の死角へ素早い位置の入れ替えを行った愛鷹は、ス級がその場回頭で主砲のゼロ距離射撃を試みたのを好機として、一気に白刃をその振り向けられて来た巨砲の砲身に斬りつけた。
金属の破断音が鳴り、電柱ほどもあろう砲身が切断され、海上に落水する。もういい、と判断した愛鷹の判断で錨鎖が解除され、解除音と共に彼女の艤装から錨鎖が切り離される。
ス級があたふたしている間に、愛鷹は残りの主砲砲身を斬りつけた。全一二本の砲身を斬るのはかなりの力技であり、同時に刀にも相当の負荷をかけた。
「これで、残り一本!」
そう叫びながら最後の一本に白刃を叩き付けた時、砲身の破断音と共に、刀身も砕ける鈍い金属音が響いた。細かい刀身の欠片が散り、折れた切っ先がス級の主砲砲身と共に海中に落水し、水底へと消えて行く。
「あとはお願いしますよ……!」
ひとまず自分の出来る事はやり切った愛鷹は、柄だけになった刀を持ったまま、その場から全力で離脱し、アンヴィル本隊の射線から離脱した。
「第三三戦隊愛鷹、ス級二番艦の主砲無力化成功!」
艤装上で叫ぶ見張り員妖精の声に、大和は乾いた口調で水雷戦隊の突入を命じた。
「ヘレナ隊、攻撃開始」
「Roger!」
陽気なお嬢様と言った感じのヘレナの返答は、陽気さが溢れていたが、その答え方から微かに根っからの武闘派気質の節が見え隠れするものがあった。
ヘレナを旗艦に、キッド、キーリング、ヘイウッド・L・エドワーズ、アレン・M・サムナーの五人が五連装の魚雷発射管をス級へと向ける。五人で二五発に上るHBX爆薬を充填したMk.15魚雷が、SGレーダーによって正確に射角を算出され、馳走速度、発射散布帯角度などを正確に調整した。
魚雷発射点に接近するヘレナ隊に、ス級二番艦の艦上でまだ動く対空砲が、魚雷発射管を構えて魚雷発射態勢に入る駆逐艦娘五人に砲口を向ける。
「やらせはしないわよ。Fire!」
ヘレナの六インチ三連装主砲が後続の駆逐艦を狙う対空砲へ射撃を浴びせる。日本艦隊の軽巡艦娘よりも優れた火力投射量を誇るセントルイス級軽巡艦娘の彼女の射撃が、ス級の艤装上に着弾炎を次々に瞬かせ、キッド以下の駆逐艦娘を狙う対空砲を次々に破壊していく。
「Standby…standby…standby……」
先陣を切るキッドが右手を上げ、三度同じ言葉を呟く。「Standby」の次に出る言葉を待ってキーリング、ヘイウッド・L・エドワーズ、アレン・M・サムナーの四人が依然破壊し切れていないス級の対空砲の水平射撃が至近距離に突き立てる砲撃の痕の飛沫を浴び、それを振り払いながらその時を待った。
遠くからでもその巨大な艦影が明瞭に分かるス級の艦影が、目の前にあるかのように思える程ヘレナ隊が接近した時、キッドの右手が振り下ろされ、同時に彼女の叫び声が海上に走った。
「On the way!」
圧搾空気の乾ききった射出音が五回連続で五人のアメリカ駆逐艦娘の背中で鳴り、小型の空対空ミサイル程もありそうな艦娘艤装サイズにモデルサイズされたMk.15魚雷が海面へと身を投じ、飛沫と飛沫を海上に残して海上から消えると海中で機関部を作動させ、猛然と回転するスクリューと制御板に航路を制御されてス級の下腹を食い千切らんと赤い海の中を疾駆していく。
本来なら魚雷を発射し終えた駆逐艦は直ちに接近した敵艦から距離を取るべく回避運動に移行するべきだが、この時の米駆逐艦娘五人は違った。
キッド以下、五人は果敢にもMk.30及びMk.38 五インチ砲で射撃をス級に浴びせながら尚肉薄を強行した。自身達の周囲に、手を伸ばせば触れられそうな程に近くに着弾する対空砲の射撃に臆する事無く、逆に小さな身体に秘めた大きな闘志に駆られて五人は単装、連装主砲を撃ち散らし、ス級に魚雷発射を悟られない様に敢えて進路を変えずに吶喊を続けた。
ヘレナの六インチ三連装速射砲Mk.16 mod.2のやや重みのある砲声と比べれば、鋭利さを感じさせ、ス級の巨砲と比べれば豆鉄砲そのものの口径の五インチ砲の速射がス級の艤装を引っ掻く。一撃一撃は弾頭の小ささもあり、重くは無い。しかし注意を引く程度の事は出来ていた。SGレーダーによって正確に精測された諸元で撃ち出される五インチ弾がショートジャブとなってス級を捉える中、面倒な物を引き剝がそうとする様な動きでス級がヘレナ隊に振り向いた。
「Hard left rudder. All ahead full! (取り舵一杯、最大戦速!)」
全速離脱を命じるヘレナの叫びに、キッド、キーリング、ヘイウッド・L・エドワーズ、アレン・M・サムナーの五人が一斉に左に回頭し、ス級に背を向ける。全員の反転離脱を確認したヘレナが大和らアンヴィル1-1に向かって叫ぶ。
「Anvil 4-1 Clear!」
直後、大和の日本語の射撃号令が下るや、五一センチと一六インチの二種の砲弾の射撃が再度飛来し始めた。ス級の注意を再度アンヴィル1-1に向かせる為の牽制射だから、多少その精度は粗かったが、この際射撃精度は関係ない。ヘレナ隊が離脱出来ればそれで目的は完遂する。
ヘレナが後ろ向きに航行しながら、本隊の援護射撃の水柱の向こうに遠ざかりつつあるス級を凝視した時、その舷側に瞬間的な爆炎が走り、それを覆い隠す様に白い水柱が天高く突き上がった。遅れて内臓を震わせるかの様な爆音が空気を介して伝播し、Mk.15魚雷が命中した証拠となって伝わって来た。
一発目の直撃から少し遅れて二発目が命中し、三発目、そして四発目が命中する轟音が海上に木霊していく。四発目の直撃音が終わり、命中本数は四本かと思われた時に五本目がス級の艦底部に激突し、信管を作動させ、充填された爆薬が破壊のエネルギーと言う銛となってス級の艦底を突き刺し、突き抜いた。
五本の魚雷の命中を受けたス級二番艦は左舷側から炎と黒煙を上げて、徐々に速度を落とし始めた。喫水線下付近での火災が、海水とせめぎ合って水蒸気の白い煙を噴き上げる中、艤装と艦体が軋む音を立てて、急激にス級が傾き始める。浸水対応が遅れたのだろうか、それとも艦娘の様なダメージコントロール能力が無いのか、左舷に傾斜を強めていくス級elite級は傾きを復旧させる事が出来ぬまま、左へと傾いて行く。切断された巨大な砲身を備えた主砲搭が海面を打ち、大きな飛沫を上げてス級が転覆した。
「Open Fire!」
ス級二番艦の沈黙と前後してアンヴィル2-1ことサウスダコタ率いる四人の戦艦艦娘と、高雄型重巡艦娘四人の第四戦隊からなるアンヴィル2-2の砲撃が、アンツィオ沖棲姫へと放たれていた。
一六インチ一八門、三八センチ八門、二八センチ六門に加え、二〇・三センチ連装主砲の砲門多数が同じ目標に向けて射撃を行う。僅かな感覚をずらして発砲する八人の砲口から紅蓮の炎が迸り、発砲炎と衝撃波、それらによって形成された砲声がアンツィオ沖棲姫へと大小さまざまな砲弾を浴びせて行く。
「チッ……、ナマイキッ……!」
降り注がれる砲弾の雨に、アンツィオ沖棲姫が悪態を吐く。丸い胴体に備わった主砲が反撃の砲火を放ち、大口径弾故に初速が遅いサウスダコタ級戦艦艦娘とビスマルク、そしてアドミラル・グラ―フ・シュペーよりも高初速の射撃が、アンヴィル2の前面に壁の様な水柱を立ち昇らせた。
「食らったら防護機能を貫通して、一撃で吹き飛びそうね」
爆発音、砲声と言った数百デシベルに及ぶ暴力的な音が響く海上で、アドミラル・グラーフ・シュペーは独語する様に呟いていた。
重装甲の防護機能に守られているサウスダコタとマサチューセッツ、そしてビスマルクと違い、アドミラル・グラーフ・シュペーの防護機能は重巡艦娘より少し頑丈なくらいだから、下手な下位の戦艦級より超巡ネ級改Ⅱや棲姫級の駆逐艦の高初速砲弾にすら撃ち抜かれる場合があった。ある意味、戦艦未満、重巡以上と言う火力と装甲、そして船足の速さで言えば日本艦隊の愛鷹の初期の艤装形態と共通していると言える。戦艦と言うよりは大型巡洋艦とも言えるシュペーは、巡洋戦艦の様な超甲巡であった愛鷹と似て非なる者同士だったと言えよう。
それが今では愛鷹は主砲も装甲も強化され、航空艤装を備えて単純な性能向上が図られただけでなく汎用性も向上すると言う恩恵を授かる中、シュペーは戦艦未満重巡以上と言う歪な、悪く言えば中途半端さを抱えたままの戦いを強いられていた。一応、分類上は「ポケット戦艦」と言う名の「装甲艦」なので一応戦艦扱いであり、多くの艦娘がそうであるように彼女も一度は大規模改装を受けているとは言え、根本的な火力と装甲の改善にはなっていない。
中途半端さが否めない装甲艦のシュペーだが、彼女は決して自分の艦種を嫌っている訳ではない。寧ろユニークな艦種の艦娘として着任出来た事に嬉しさを覚えていた物だった。だが着任からこっち、深海棲艦との長きにわたる戦争の中で、己の限界と言うものを現実と言う形で突きつけられてからは、その愉悦にもほろ苦い後悔の味を僅かに味わっている。
ふと脳裏に浮かぶ愛鷹の姿と、彼女が大幅強化された話を思い浮かべながらその姿と己を対比させて、シュペーは薄らと寒い笑みを浮かべた。
戦艦の皮を被った戦艦になれない艦娘。さりとて巡洋艦なのか、と疑いを持たざるを得ないオーバースペックな巡洋艦。無論「オーバースペック」と言ってもインフレーションしていく深海棲艦の前では寧ろ有効に働く時もあったが、戦艦にしても巡洋艦にしても最適化されているとも言い難い。そう言う歪さを孕む彼女に、母国ドイツの言葉と異なる言語で数々の陰口とも文句とも言える言葉の数々が、心無い人の口から発せられて来た。戦艦モドキ、巡洋艦モドキ、エトセトラ、エトセトラ……。
あくまでも私は戦艦でもなければ重巡でもない、そう私のプライドにかけて言うなれば「装甲艦」なのだな、とシュペーは冷笑を浮かべる。左右の主砲艤装で彼女の二八センチ三連装砲が衝撃と一瞬の火照りを全身に感じさせる砲口炎を吐き出し、徹甲弾をアンツィオ沖棲姫へと叩き出していく中、自嘲の笑みを吹き消したシュペーが修正射の着弾を待った。
「ヤレバデキルンダネェ、ヤレバァ! ヤッテ、ミナヨォ!」
先程から喚き散らされるアンツィオ沖棲姫の何とでもない筈のその一言が、その時妙にシュペーの神経を逆撫で、静かなる逆鱗に触れていた。
挑発とも言えるその台詞に、装甲艦娘アドミラル・グラーフ・シュペーとしてのプライド、矜持が許せないと叫び声を上げ、無言なる殺意を込めた目がアンツィオ沖棲姫をひんやりと冴えた目つきで見つめた。
「煽って良いのは、その末路で殺される覚悟がある奴だけよ」
事前の作戦内容にそぐわない、シュペーの独断行動。その侮辱された気持ちが殺意へと変換され、二基の主砲搭の後部にある四連装魚雷発射管二基を無言で展開させ、発射管内に装填されている魚雷の矛先をアンツィオ沖棲姫へと向けた。
中途半端、戦艦モドキ、数え切れない程母国語以外の国の言葉で言われて来た、彼女にとっての中傷。長い年月にわたって、我慢と言う蓋の下に仕舞い込まれて来たそれらが怒りへと急激に醸成され、ただ「挑発してくる相手を殺したい」と言う衝動のままにアドミラル・グラーフ・シュペーもといエデガルト・ファーレンハイトは、諸元入力を終えた魚雷発射管の魚雷たちを解き放った。
「四番艦、アドミラル・グラーフ・シュペー、魚雷全弾発射!」
「What!?」
驚きの言葉がアンヴィル2-1旗艦サウスダコタの口から飛び出る。射線方向、発射号令、全てを言わずにシュペーが発射した魚雷は、幸いにも味方艦娘へ誤射すると言う、今の戦闘状況下で言えば馬鹿馬鹿しい限りの結果を起こす事無く、八発全てがアンツィオ沖棲姫へと向かっていた。
「シュペー、魚雷を撃つなら撃つと最初に言えっての!」
ヘッドセットに魚雷を撃ったシュペーに向かって譴責の言葉を怒鳴りながら、サウスダコタは八本のG7a魚雷の航跡を見つめ、そして思いがけない結末に自分自身で驚いた。
まさかと思うが、全弾当たるんじゃないか、あれは?
「活動報告」の方でも掲載しますが、一応ここに来てまた一つの章の終わりが見えて来たので、予告を入れておきます。
現在本編一〇一話+設定集等々などで大長編となっている「代償」ですが、予定ではあと三部の章で構成する予定です。
想定では次章「日本本土戦役編(仮称)」、その次に愛鷹の出生と彼女の命をつけ狙ってきた勢力との決着編(章タイトル未定)、そして本作の人類と深海棲艦との戦争の終焉とその後を描く終章(仮称)の三部章でお送りする予定です。
大和の遺伝子を基に、デザインベイビーとして生まれながらに艦娘として作り出された人造人間艦娘の愛鷹の物語の終わりの果てまで、お付き合い頂けたら幸いです。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。