艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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第一〇二話 欧州戦役の終幕 Ⅱ

 一際大きな砲声が海上に轟き、周囲の大気をぶるりと震わせ、五感を詰まらせる衝撃波と音界を支配する轟々たる発砲音が、巨大な鉄の塊を撃ち出す。なお健在なス級三番艦の砲撃は、リシュリュー、ガングート、イタリア、ローマとザラ、ポーラ、キーロフへと向けてほぼ水平射で放たれた。

 海上を衝撃波で切り裂いた波紋を一文字に引きながら、斉射された主砲弾が七人の元へ迫る。

「まるでエトナ山の火口から飛び出すマグマの塊ね」

 亜音速で迫って来るス級の主砲弾を見たイタリアが呟きながら、リシュリュー、ガングート、そして妹のローマと共に回避運動で躱す。数十秒前まで自分達が居た場所を、シチリア島の活火山エトナ山の噴火口から飛び出すマグマ塊の様に熱く赤く焼けた塊が突き抜け、衝撃波と共に熱波が四人に吹き付ける。

「エトナ山か……最後に登ったのはいつだったかしら……」

 姉の呟く山の名前に、ローマが溜息を交えながら返す。イタリアもローマも、艦娘となってからの姉妹関係とは言え、偶然にも二人とも登山の趣味があると言う姉妹共通の趣味があった。エトナ山は二人とも艦娘になる以前に登頂経験があった火山であり、噴火口から赤く、熱く滾るマグマの姿とその炎に、大自然の力と刺激的な魅力を感じたものだった。自然の炎が厳しくも、優しさと情熱的な魅力を持つのなら、今二人が纏う艤装や深海棲艦の艤装に備わる火器の放つ火は、ただただ暴力と礼儀の無い無礼さの塊だと言えるかもしれない。

 その深海棲艦のス級が纏う艤装が放った破壊の炎がイタリア人の戦艦艦娘の背後で、エトナ山の如く高い水柱を突き上げる。背中から突き倒す様な着弾の衝撃波に両足に力を入れて堪えながら、二人は再装填の終わった主砲を構える。イタリア戦艦艦娘の五〇口径三八一ミリ三連装主砲は、砲弾重量が重く、初速も速く、至近距離の砲撃戦なら大和型を凌ぐ貫徹能力を発揮する程だ。ただ高性能な分、砲身寿命が短い欠点を抱えている為、常に交戦後は艦娘母艦や基地で砲身交換の整備が必要だった。

 イタリアの射撃管制はドイツ製のFuMOレーダーを用いるが、ローマはイタリア製のEC3レーダーを用いて測距を行っている。統制砲撃の際に使用するレーダーの違いから同調させづらい問題があった為、将来的にはイタリア艦娘のレーダーは同じもので統一される予定だ。

 そんな秘めた強ポテンシャルの主砲を放つイタリアとローマの一撃は、ス級に対して、一定の効果を与えている様に見えた。バイタルパートの貫通には至っていないにせよ、非装甲区画を始め、累積するダメージが確実にス級の耐久を削っていた。

 至近距離での砲撃の威力においては一五インチ級の中で最強格の二人の射撃は、分艦隊旗艦を務めるリシュリューや同じガングートからすれば、その打撃力は垂涎ものであったし、彼女らの様な打撃力が自分達にも与えられないものかと羨望を覚えるまであった。

「まあ、どうにもならないわね」

 羨望の念に自嘲を交えてリシュリューは寂しく笑った。強さは戦艦艦娘なだけに求め続けて来た概念だが、限度が存在する以上は自分にはそこへ手を出せない。寧ろ、続航するガングートよりは恵まれた火力を持つだけ、自分は戦艦艦娘としての出自に恵まれていると思うべきだろう。

 そのリシュリューが一種の憐れみを抱く先のガングートの艤装に配置された三〇・五センチ三連装主砲は、憐憫さえも吹き飛ばさんばかりに盛んに砲火を放っていた。ス級の重装甲を前に、ガングートの主砲弾は打ち砕かれ、虚しくその重装甲の表面で爆散していたけれど、非装甲区画であれば彼女の砲撃は無論通用する。

「どれほど分厚い装甲を持とうが、覆えぬ所は潰せる」

 独語する様に言う彼女の背後から、イタリア戦艦艦娘二人の射撃音が響き、遅れて先行するリシュリューからも概ね同口径の主砲弾が叩き出されていった。

 砲撃は四人の戦艦艦娘だけでは留まらない。ザラ、ポーラの二人のイタリア重巡艦娘とキーロフと言う巡洋艦娘の二種類の主砲の砲撃音が、四人の戦艦艦娘の砲声を後押しするかの様に響き、ス級へ中口径主砲の弾頭を叩き込んでいく。

「我らの役目は囮か……同志ザラよ、この扱いのままで良いのか?」

 多少の不満を交えながらキーロフはザラに問う。彼女としても艤装に備わる魚雷発射管の魚雷でス級に一撃を見舞ってやりたいと言う渇望はある。ちまちまと主砲で突くだけの任務はキーロフにしてみれば単調な作業であり、心の底で騒ぎ立てる先祖から受け継ぐコサックの血がもっと激しい戦いを求めていた。

 そんなキーロフの要望に対しザラの返答は極めて事務的なものだった。

「ザラ達の役目はあくまでも水雷戦隊の雷撃成功率を上げるための支援です、作戦計画から逸脱しては、私達の戦いそのものに何らかの」

「ザラ姉さま、作戦計画を順守するのはごもっともですけど、時に状況に応じて細部はアレンジするべきですよぉ~?」

 普段の酔っ払っている時の口調が癖になっているとは言え、流石に今はシラフのポーラの言葉に、ザラは口を閉じ、そうねと何か事前の作戦計画を壊さない程度に出来る事は無いかと、ス級を凝視して考える。

 その時、その見据える先のス級左舷測を通過して行く魚雷の航跡が見えた。魚雷の行く先にはアンツィオ沖棲姫が嘲笑と嘲りの言葉を艦娘に砲弾と共に浴びせている。誰が撃った!? とリシュリュー達、ザラ達が驚きの視線を向ける中、不意にその射線に割り込む姿があった。先日の戦いで兵装を破壊し尽くされ、ダルマにされたス級一番艦だった。

 戦力外でしかないス級一番艦は、当然ながら艦娘達の攻撃目標にすらならず、交戦開始後も暫く戦闘の埒外にあったが、ここに来て唐突に戦域に身を投げむや、僚艦であるアンツィオ沖棲姫へと向かう魚雷の前に身を曝け出した。意図は明らかだった。

「盾だなんて、馬鹿げてるわ」

 口ではそう言いつつもリシュリューは頭の中でス級一番艦の行動にも一応の筋はあるかも知れないと思っていた。替えが一切効かないが故に命大事に動かされる艦娘と違い、深海棲艦は自分達の命に執着が無い。沈んでも替わりは幾らでもいる考えなのか死を恐れない精神が自殺攻撃すら時に躊躇なく実行出来る。アンツィオ沖棲姫の盾となる動きもそう言った行動の中で導き出された回答なのかもしれない。

 シュペーの放ったものである八本のG7a魚雷は、全弾がス級一番艦の右舷側喫水線下を吹き飛ばした。千切れた艦底部の一部が離れた所で浮かび狩り、暫しの後海面下に消え去った。

 武装が使えないなら、味方艦の盾になる、と言う選択したス級一番艦の最期は瞬く間に、そして呆気なく訪れた。大量の海水が流れ込む破孔が八つ片舷に空いては、深海棲艦だろうと、艦娘だろうと轟沈は必然の損害だった。お椀をひっくり返す様に転覆したス級一番艦の艦体が、黒煙を纏って海上に障害物となって漂う。

「Scheiße! (クソッタレ)」

 お世辞にも女性が口にしていいとは言い難い罵声を魚雷の発射主であるシュペーが上げる。アンツィオ沖棲姫を一撃で吹き飛ばし、この海域での戦いに決着を付けられたかもしれない雷撃の全てを阻まれた事に、シュペーは怒り狂った。あらん限りのドイツ語のFワードが彼女の口から機関砲の弾丸の如く飛び出し、流石に醜態そのものでしかない彼女の発言に眉間に皺を作ったビスマルクが制止に入った。

「ドイツ語は余り良く分からないけど、シュペーが怒り狂うのは当然よね」

 魚雷全弾命中の機会を阻まれた事に同情の念を感じながら、ザラは彼女のプライドは傷つけたくないがと思いながらも、今持てる自分達の火力で最大の物をス級にぶつけるべきだと言う結論を導き出していた。

「アンヴィル2-4から各部隊へ。アンヴィル2-4はス級に対して雷撃戦を敢行します。射線方向に注意して下さい」

 そう言った矢先、まるでそのザラの通信を傍受していたかの様な反応をス級が見せた。主砲が鳴動し、巨大な砲弾が三人の傍に着弾し、猛烈な衝撃波と大量の海水が津波となって三人を襲う。

 ザラが短い悲鳴を上げ、ポーラが飛散して来た破片に左肩を切り裂かれ、キーロフが転覆しかける程に諸に波を受けて傾ぐ。

「痛い痛い痛い痛い、痛い~やぁ~だぁ~」

 切り裂かれ鮮血に染まり始める左肩を右手で抑えながら、ポーラが遅れてやって来た激痛に呻き声に似た悲鳴を上げる。浴びる程ワインを飲もうが、彼女の身体の中を流れる血からはヘモグロビンと鉄分が強く主張した鼻を衝くにおいが立ち込める。

 思った以上に深い切り傷にポーラは思う。こんな時、お酒があれば痛覚が鈍るのにな。痛み止めなら何が良いかなぁ……。

 立て直したキーロフがザラに代わってポーラに寄り添い、傷を伺う。赤黒い鮮血の下から微かに白い物体が見え、流石のキーロフも一瞬絶句した。鎖骨が見えそうな程の深さの傷だ。下手に主砲を発砲しようものなら、傷口が広がりかねない。至近弾の破片だけでこれ程の傷を艦娘に与えて来るとは、と戦慄が鉄火肌の軍人気質な彼女の背筋をざわりと粟立たせる。

「ザラ、すまぬが貴公の妹の傷は深い。一旦下がらせた方が良さそうだ」

「了解、ポーラ、足は大丈夫ね?」

「ザラ姉さま、大丈夫。ポーラの足は両方ともくっついてます」

 痛みで本当は渋面を浮かべたいはずのポーラが、いつもの様なへらっとした笑顔で答える。その隣でキーロフが憎めん奴だと苦笑を微かに浮かべた。

 

 

 ポーラが負傷する中、ス級は主砲再装填を進める。小癪な艦娘の砲撃はバイタルパートを貫けず、重めな深刻なダメージこそ入れて来ないが、決して無視出来ないレベルの損傷を非装甲区画に与えて来る。耐えられない事は無いが、早急に始末するに越した事はない。

 そう考えるス級三番艦に迫る七人の影があった。

「なるはやで決着を付けるわよ」

 何処となく日本艦隊の白露型姉妹と声の波長が似ているグロワールが、背後を振り返らずに侍らせる六人の駆逐艦娘に言う。続航するモガドール、タシュケント、マエストラーレ、リベッチオ、シロッコ、グレカーレの六人の艤装上で魚雷発射管が回転し、右舷側へと発射管の発射口を向ける。

 リシュリュー達とザラ達がス級のタゲを引き付けている間に吶喊したグロワール達は、既に魚雷発射カウントに移行していた。

「呆れる程に大きいわね」

 目の前で大きくなりつつあるス級を見て、グロワールは込み上げて来る言い知れない恐怖を噛み締めた。今のところはス級の主砲は全てリシュリュー達へと向けられているが、主砲を発砲する度に大量の砲煙が周囲に一時的に立ち込めて、巨大艦の姿を継続的に捉える事が難しい。

「気づかないでくれよ」

 祈る様にタシュケントが言う。

 グロワールは左腕の手首にはめる腕時計を見て、発射時機を見計らう。もう少し、と彼女が硝煙と砲煙立ち込める海上を進んだ時、勿体ぶった作動音が一基、煙の向こうから聞こえて来た。

 砲煙が薄まった時、グロワールの視界の向こうでス級の主砲搭一基がグロワール達にゼロ距離射撃を目論んで指向しているのが見えた。

「ま、拙い!」

 散開を命じようとグロワールが口を開きかけた時、ス級の艤装に何かが金属音を立てて絡みつき、少し離れた所から錨鎖を巻き取る機械音が響いた。何事? と七人が音のする方を振り返った時、紺のコートを着て海軍制帽を被った長身の艦娘が歯を食いしばって、艦娘の出せる側では無い勢いでス級に突っ込んで行った。その手に握る白刃が陽光を反射して白く輝く。

 

「沈め、ス級!」

 愛鷹の静かなる殺意が、その端正な顔の口から出る。

 残る一本の錨鎖をス級に引っ掛け、錨鎖の巻き取り機能で一気にス級へと迫った愛鷹は、右腰に刺していたもう一本の刀を両手で構え、グロワール達に狙いを定めている主砲搭に白羽の切っ先を向けた。脳の処理能力が全盛期より落ちているとは言っても、愛鷹の刀を用いた武装破壊の近接戦は彼女にしか出来ない、今までさんざんやって来た彼女の得意技と言える戦術だった。

 制帽の下のポニーテールをなびかせる頭は高熱にうなされる病人の様に熱くなっていたが、愛鷹は持てる最後の集中力を全て投入して、白刃を主砲搭の三つの砲身に切りつけた。破断音が三回響き、主砲砲身を切断された主砲が戦闘能力を無力化される。返す刀でもう一基の主砲の砲身を斬り落としたところで愛鷹は錨鎖を切り離し、全速で離脱して行きながらグロワールに向かって一文の通信を入れた。

「Bonne chance. (幸運を)」

「Merci」

 

 見慣れない一人の艦娘の近接戦に、グロワールは感嘆しながらも己のやるべき事を実行に移した。

「Fire torpedo」

 敢えて母国フランス語では無く、国連海軍の艦娘達の共通言語である英語で魚雷発射を命じたグロワール以下、七人の魚雷発射管から魚雷が次々に海中へと躍り出る。グロワール、モガドール、タシュケント、マエストラーレ、リベッチオ、シロッコ、グレカーレの発射した魚雷群がス級の下腹を食い破らんと海中を疾駆し、白い航跡を海上に浮かび上がらせる。

 魚雷発射に要する諸元算出等の準備は概ね共通しているとして、仏、露、伊の三か国の異なる性能の魚雷が海中を駆けるとなると、命中を判定する為の航走時間も異なって来る為、統合作戦において艦娘を悩ませる要因でもあった。今回はグロワールが事前に艦娘母艦でモガドール、タシュケント、マエストラーレ級姉妹の魚雷の馳走性能を予め同じになる様に調整をさせておいたお陰で、三種類の三か国の魚雷は同じ動きでス級へと迫って行った。

「魚雷発射完了!」

「行け、行け、行けぇッ!」

 マエストラーレとグレカーレが黄色い声で海中を疾駆していく魚雷に声援を送る中、モガドール、タシュケント、リベッチオ、シロッコは主砲を構えて、一斉射を放つ。

「Feu!」

「撃て!」

 ス級の主砲と比べれば、針の先に思える程に細い駆逐艦の主砲が発砲する。一二〇ミリ、一三〇ミリ、一三八ミリの三種の主砲が瞬間的な轟音を放ち、砲口から迸る砲煙の中から小口径徹甲弾が宙へと飛び出していく。マエストラーレ級姉妹の主砲は兎も角、タシュケントとモガドールの主砲は駆逐艦と言うよりはちょっとした軽巡艦娘と同規模の口径であり、当然ながら一撃は重くなる。無論、ス級の重装甲を前には意味を成さない打撃力だが、魚雷発射を悟らせない為と言う牽制目的では十分以上な効果は出した。

 本来であれば、魚雷発射後は速やかに対象とは距離を取る離脱行動に入るのが、雷撃におけるセオリーだったが、グロワールはあからさまな離脱行動を避け、非力と自覚しつつ主砲斉射を浴びせ続ける様にモガドール以下の駆逐艦娘達に命じていた。ス級を仕留められる唯一の火力である魚雷をそうやすやすと躱されては、勝負にならない。ス級に魚雷発射を悟らせないために、多少の危険を冒す。勿論、グロワールも無策ではない。味方艦娘の砲撃で、接近する艦娘を阻むス級の副砲系の破壊を確認して、の行動である。

 主砲を構える両腕の左腕手首にはめた腕時計を横目に、グロワールは斉射を放つ主砲の反動を、グリップを力強く握りしめて抑え込む。反動吸収の為の駐退機が備わっているとは言え、相応の反動は手首を介して腕に伝わって来る。一斉射を放つ度に、五〇口径拳銃どころか、五〇口径機関銃を片手打ちしたかと思う程の反動が手首で荒れる。巡洋艦級の主砲を手で構えて撃つのは、照準の素早いサイティングと言う意味では強みがあるが、使い手の艦娘の手首や骨を痛めかねないデメリットもあるので、一長一短な設計であった。

 七人の水雷戦隊から放たれる中小口径砲弾のつるべ打ちに、ス級が流石に煩いハエを払いのけるかの様に回頭するが、その時には広い艦底部に魚雷の尖塔部が突入していた。

 まだ破壊出来ていない対空砲がグロワールへと指向された時、その射線を覆う様に爆炎が海面下から噴き出し、火柱となって立ち昇る。くぐもった爆発音が複数回轟き、海上に波紋を広げ、爆炎と水柱を海上に噴き上げた。

「Uno……Due……Tre……Quattro……Cinque……当たったのは五本かな……?」

 始めは母語で命中本数を数えていたシロッコが、後半は英語に切り替えて言う。どんな時でも眠たげな半目の顔を崩さないシロッコだが、裸眼視力はかなり高く、マエストラーレ姉妹では魚雷攻撃効果を確認する役割には一番適している程に見分ける能力が高かった。その彼女が命中本数五発を数え終わった時、ス級は砲身が損傷して沈黙している主砲は勿論、グロワールに砲身を向けていた対空砲すら沈黙して、海上を走っていた。

「リベッチオさん、ス級の機関音は?」

「ちょっと待ってね……」

 魚雷五発を食らって、喫水線下に大破孔が空いている状態で、惰性で走っているとは思えない速度で、航行しているのは自殺行為に等しい。停船する様子を見せないス級の機関音を、聴力に優れるリベッチオに確認させたグロワールに、リベッチオから返答が返る。

「機関音、徐々に小さくなる……今、停止。んー、でもあれじゃあ無理だね」

 目を閉じ、ヘッドセットに両手を当てて聴音していたリベッチオが目を開けて直ぐ右側に巨体を沈黙させるス級を見やる。

 命中箇所が艦前方に集中し、尚且つ機関停止が遅れたのもあって、急激に前のめりになって沈降し始めている。本来であれば海上にあるべき艤装が、海面に浮かび上がり膨れる気泡の中に沈み、砲身を喪って機能を停止した主砲搭が徐々に海面へと落ちて行く。

「取り舵一杯、全速でス級の沈没の渦から退避」

 乾いた声でグロワールが命じ、七人が距離を取って離れて程なく、ス級三番艦の巨体は、滑り込む様に海面下に没し、後には剥がれ落ちた艤装の欠片、ス級の機関部から漏れ出た深海棲艦機関部のオイルの痕が残された。

 

 

 周囲に付き立つ艦娘艦隊の集中砲火を前に、アンツィオ沖棲姫は臆する事無く、立ち向かって来た。僚艦は全滅し、今やこの地中海に残る深海棲艦はマルタ島に残置している極僅かな守備戦力を除けば、アンツィオ沖棲姫一隻きりとなっていた。

 シェフィールド、ユリシーズ、パース率いる水雷戦隊が包囲する中、ス級を片したアンヴィル本隊もアンツィオ沖棲姫に全砲門を差し向けて、砲撃を開始していた。

「てぇーっ!」

 砲撃開始を命じる大和以下、長い単縦陣を組んだ戦艦艦娘達がアンツィオ沖棲姫の前面を横切る丁字を描く形で航過しつつ、右舷に向けた全主砲を放った。

 耳を聾し海上を震わす轟音、大気そのものをぶるりと震わせに来る衝撃波、目くるめく砲口炎が迸り、無数の大口径の徹甲弾が、雨あられとアンツィオ沖棲姫に降り注ぐ。一発、二発、三発、と戦艦の徹甲弾が直撃し、アンツィオ沖棲姫のちょっとした大きな岩程もあるサイズの艤装の表面に爆炎が咲き乱れる。

 着弾する大口径の徹甲弾の破壊の嵐を前に、アンツィオ沖棲姫の哄笑が響き渡る。

「ウフフッ、キカナイヨッ!」

 被弾しても動じない、絶対的な防護によって守られている愉悦に浸っているかのようなその一言の通り、複数着弾した戦艦艦娘の砲撃に、原形を留めているどころか、大きなダメージを被った様子すらないアンツィオ沖棲姫の姿が爆炎の中から現れる。アンツィオ沖棲姫の堅牢な装甲は大和型の砲撃すら弾き返す程に頑強だった。

「コイツは何で出来てるんだ?」

 晴れて行く砲煙の向こうから姿を見せるアンツィオ沖棲姫を見てサウスダコタが叫ぶ。

 自身の何十倍もの数がいる艦娘を前に、アンツィオ沖棲姫は再び哄笑を上げるや、その巨大なナ級の様な艤装上にあるオブジェクトを稼働させた。

「沈ンジャエッ、皆死ンジャエッ!」

 稼働音を鳴らしながら展張された「ソレ」は殺意の頭を艦娘艦隊へと向けると、海中へ向けて解き放った。海上に多数の水飛沫が上がり、そこを基点に多数の航跡が艦娘艦隊へ向けて伸び始めた。

「何!?」

 ユリシーズが呻き声をあげ、「ソレ」の正体を察したパースが叫ぶ。

「Torpedo incoming at 1 O’clock ! All girls stay sharp. Look out! (一時方向より雷跡、全艦気を付けて! ヤバい!)」

 青白い鮫の群れを思わせる魚雷の群れが、主砲と魚雷の射程に収めようと前進して来ていた水雷戦隊に襲い掛かる。海面に浮かび上がる蒼白い航跡の少し前の海中を疾駆する高速深海魚雷八発が、回避行動を試みる水雷戦隊の回避パターンがまるで分っているかの様に軌道を変え、迫って来た。

 そのまるで艦娘の動きが分かっているとしか思えない軌道を描く雷撃は、パースが率いる英豪混成水雷戦隊に牙を剥いた。

「Jesus……!」

 呻き声を上げたパース隊のグリフィンが目を瞑った直後、彼女の足元で爆発が起き、爆炎が彼女の半身を包み、突き上げるような水柱がかの状を海上に転がす。G級駆逐艦娘の艤装の一部が爆発によって引き千切られて宙を舞い、爆炎がグリフィンの身体と制服を舐め、お世辞にも耐火性が万全とは言い難い制服を焼き千切る。

「グリフィンがやられた!」

 そう叫ぶスチュアートが何かに気が付いたように振り向いた直後、彼女の足元で閃光が走り、オレンジの炎が海面から水飛沫と共に上へ向かって噴き出し、小柄なオーストラリア駆逐艦娘が食らった側と反対側へとなぎ倒される。

 アイレクスはギリギリのところで直撃こそ免れたものの、近接信管で作動、爆発した魚雷の爆発の衝撃で主機にダメージを負い、速力が低下し始めた。I級駆逐艦娘が、最大速力で吶喊していた水雷戦隊の艦娘達から取り残され、孤立していく。

「ちょっとこれは拙いんじゃない?」

 二隻大破、一隻小破と言う結果の雷撃にシェフィールドの指揮下に入る一一駆の一人である初雪が、焦りを滲ませた表情で言う。

 大破漂流するグリフィンとスチュアート、それに行動能力が低下したアイレクスの三人の元へ、雷撃が完了して支援射撃を行っていたヘレナ隊が救援に入り、その救援支援の為にグロワール以下七人が援護射撃を行いながら防衛線を張る。

「魚雷は一回撃ってしまえば、もう一回撃てるにしろ、時間を要するわ。隙をついて突っ込むわよ」

 流暢な日本語で続行する吹雪、白雪、初雪、叢雲に言ったシェフィールドは、未だ健在なユリシーズに合図して、アンツィオ沖棲姫の左右へと出る陣を敷く。

 シェフィールド以下吹雪、白雪、初雪、叢雲がアンツィオ沖棲姫の左翼を、ユリシーズ以下ジャヴェリン、ジャーヴィス、磯波、浦波が同右翼に躍り出て行く。それぞれアンツィオ沖棲姫を挟み込む形で魚雷発射管を指向させる。シェフィールド隊は右雷撃戦、ユリシーズ隊は左雷撃戦の構えだ。

「吶喊する! 全艦、Shoot(撃て)」

 アンツィオ沖棲姫へ向けて振り出されたシェフィールドの右腕が、彼女が率いる隊の攻撃開始の合図となった。

「魚雷、発射始め! こーげき始めーっ!」

 吹雪の叫び声が発射号令となり、依然健在で済む吹雪以下一一駆の四人から、六発の魚雷が射出された。圧搾空気の溢れ出る音と、発射管から金属の擦れる音を立て、九三式酸素魚雷が海中へと身を投じていく。シェフィールドの三連装魚雷発射管からも英国製魚雷であるMk.IXが海中へと身を躍らせ、飛沫を複数海面に叩かせた後、海中に二九発にも上る魚雷群の航走音が、ベートーヴェンの交響曲第九番の大合唱会の様な喧騒を海中で奏で始めた。

 アンツィオ沖棲姫への魚雷発射完了を確認したシェフィールドは六インチ三連装主砲を構えると、吹雪達に振り返って離脱を命じた。

「一一駆は先行して離脱開始。私に何かあった場合は吹雪、貴女が指揮を取って頂戴」

「シェフィールドさんはどうするのです?」

 初めて会った時より心成しか、艦娘として入隊した時の自分に似た垢ぬけた感じを漂わせる特型駆逐艦娘の長女の返しに、シェフィールドは手袋をはめた両手拳を合わせて骨を鳴らし、その身長一七〇センチの身体の中心にある心臓が鳴らす高揚する戦意の鼓動を感じながら答えた。

「戦(や)りあうまでよ。言う事聞いてくれたら、この戦いの後アールグレイ奢るわ」

「それって大分死亡フラグだけど?」

 特型駆逐艦娘の中でも際立って強気な性格で知られる叢雲が、流石に危ないぞと言う視線を英国軽巡艦娘に向ける。

 シェフィールドは叢雲からの懸念に、微笑を浮かべただけだった。一一駆の四人に背を向け、一人アンツィオ沖棲姫へ挑みかかっていく。

「どうします?」

 若干の困惑を交えて言う白雪に、吹雪はシェフィールドの背を見送りつつ、自分達の役目に考えを巡らせた。

「一一駆はシェフィールドさんの援護が可能な距離、及びアンツィオ沖棲姫への攻撃可能範囲を維持しつつ、遊弋を開始。緊急時は速やかな展開を可能にしつつ、追って指示があるまで待機します」

「了解」

 即座に答えた初雪に続き、白雪、叢雲が承諾の旨を答えた。

 

 

 単縦陣を組む大和以下、一一名の戦艦艦娘、装甲艦娘に加えて、一一名の重巡艦娘からの集中砲撃が絶える事無くアンツィオ沖棲姫に注がれていく。間断なく降り、周囲に大小無数の水柱を突き上げ、斉射弾の何発かを受けてぐらりと姿勢を崩しつつも、アンツィオ沖棲姫は主砲を発射し、魚雷斉射で壊滅したパース隊と救援に入ったヘレナ隊、グロワール隊に追撃を仕掛ける。

 六インチ連装速射砲Mk.XXIの応射を行いつつ、負傷したグリフィン、スチュアート、速力低下したアイレクスを守らんとシェフィールドと比べれば、やや小ぶりな印象を受ける西オーストラリア州の州都生まれのオーストラリア人の艦娘が眉間に焦りの冷や汗を流す。故郷オーストラリアの夏に流す汗とはまた違う種の汗を拭う間もなく、鼻筋を伝って、口元へと滴り落ちるしょっぱい汗を唾液と共に吐き捨てながら、パースはちらりと背後を振り返る。

 ヘレナとその隷下の米駆逐艦娘達が曳航ワイヤーを繋いで、戦域からの離脱を試みるのが見えた。ヘレナから任せろ、と言う視線がパースに送られ、了解と頷いた彼女は再び六インチ連装砲を放った。駆逐艦娘の豆鉄砲の様な主砲より大きく、一撃に重みがある六インチの砲撃がアンツィオ沖棲姫を捉える。二発とも金属音を立ててあらぬ方向へと弾き飛ばされる中、パースは無言で次弾を装填し、斉射を再度放った。

 少し離れた所ではグロワール以下の隊が射撃を行って、牽制を仕掛けている。グロワールとモガドールのフランス語、マエストラーレ級姉妹のイタリア語、タシュケントのロシア語が「射撃」を叫び、中小口径砲弾の砲声がそれに続く。アンツィオ沖棲姫のターゲティングを引き付けようとする彼女達の奮闘は、パースへ再び発射されたアンツィオ沖棲姫の砲撃と言う形で無視された。

「戦艦の砲撃は通用せず、となれば相打ち覚悟も最悪やむを得ないわね」

 そう呟いたパースの視界の先でアンツィオ沖棲姫の舷側に水柱がそそり立った、砲撃の落水とは異なるアンツィオ沖棲姫の接地面と言うべき辺りから噴き出した爆炎と水柱が三度、アンツィオ沖棲姫の姿勢をぐらりぐらりと揺らした。

 命中した三発の魚雷、確かシェフィールドと日本の駆逐艦娘が発射した物だったか、と考えるパースの傍に、そのシェフィールドが一人で合流しに来た。

「パース、問題はない?」

「私は大丈夫。それよりアンツィオ沖棲姫に魚雷を命中させたの、貴女?」

「そうかもしれないけど、何故そうと?」

 少し不思議目な表情で聞くシェフィールドに、パースは、今は崩れ落ちて行く水柱が噴出した瞬間の光景を思い出しながら答えた。

「日本の酸素魚雷の直撃にしては、水柱の大きさや爆発の規模が違う気がするのよね。となれば私と同じMk.IXを持つ貴女の魚雷となる」

「I see」

 よく見ているとシェフィールドが感心した時、アンツィオ沖棲姫の方から破損音が聞こえて来た。二人が注視すると、魚雷命中の損傷によるものか、右舷の魚雷発射管が脱落して、破損個所から薄っすらとした黒煙が上がっていた。

 初めてダメージが入った、と二人が認知したその時、瞬く間に体勢を立て直したアンツィオ沖棲姫が健在な主砲で射撃を放ち、それは光りながら弧を描いて宙空を飛び抜け、まっしぐらにシェフィールドへと迫った。

「危ない!」

 反射的にパースはシェフィールドにタックルをかけて弾き飛ばし、直撃コースから外した。パースの艤装にぶつけられたシェフィールドの艤装が一部ひしゃげ、彼女の身体は足元が狂って転倒したが、アンツィオ沖棲姫が放った一撃で吹き飛ばされるのは避けられた。だが、その代わりにパースの身体にアンツィオ沖棲姫の一撃が命中した。

 ハイスクールの女子学生を思わせるパースの制服が着弾した砲弾によって貫かれ、その下の生身の身体にめり込み、体内で複数の弾片を撒き散らしながらアンツィオ沖棲姫の砲弾はパースの背中の表面を突き破り、その背に負う艤装に突っ込んで勢いを止めた。

 艤装に直撃では無く、艦娘の身体への直の深海棲艦の砲撃命中程、悲惨なものは無い。アンツィオ沖棲姫の射撃はパースの体内に飛び込んだ時点で内臓に鉄の欠片を突き立て、即死こそ免れたものの軽傷とはとても言い難い傷をパースに与えた。

 母語で苦悶の言葉を上げたパースの口から鮮血が口元から零れ出る。本来被弾する筈だった自分の身代わりになったパースに、シェフィールドは背に負う艤装をかなぐり捨てんばかりの勢いで起き上がると、無我夢中で同僚のその肩を担ぎ上げた。制服の被弾痕から徐々に鮮血が広がっていき、人間の体温より少し低い程度の熱さを持った赤い血が小柄目なパースの身体から失われていく。

「軽巡シェフィールドより全艦へ、パース被弾。損傷甚大の為、磯波、浦波に曳航させてホットゾーンより離脱させます」

「了解です」

「はい!」

 喋るのが難しい程のダメージを負ったらしいパースを担いだ磯波と浦波を援護するシェフィールドからの通信を聞いて、グロワール隊が位置を変えて二人とアンツィオ沖棲姫の間に立ちはだかった。

「ここから先は抜かせません!」

 主砲を構え直し、グロワールが叫び、斉射を放った。

 

 

 シェフィールドのまぐれ魚雷三発全弾命中によって一時的な戦闘能力低下を招く損傷を受けたアンツィオ沖棲姫は、しばしその艤装が沈黙した。

「ヤメナッテェッ!」

 初めてダメージを被った台詞を、苦悶の言葉の様に上げるアンツィオ沖棲姫に、一隊の艦娘隊が急速に接近して来た。

「止めると言われて止める奴があるもんか」

 続航する深雪のその言葉に内心頷きながら、愛鷹は右腰の刀を左手で引き抜き、右手に持ち替えて上段突構えの姿勢で白刃の柄を握る。

「我、青葉。第三三戦隊、突入します。アンヴィル各隊、射撃を一時中断されたし」

 その青葉の通信に砲撃が一時的に止む。その間に第三三戦隊の六人は一気にアンツィオ沖棲姫へと迫った。パースに命中弾を与えたとはいえ、まぐれの射撃だったのか、接近する第三三戦隊に主砲が向けられる事は無く、アンツィオ沖棲姫はほぼ無抵抗の状態で第三三戦隊の攻撃を受けた。

 愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月の六人の五種類の主砲斉射が叩き付けられ、その全てが被弾経始の良いアンツィオ沖棲姫の表面で滑って跳弾と化していくが、ハナから第三三戦隊のメンバーは撃沈しようなどとは思っていなかった。そう、愛鷹の白刃がアンツィオ沖棲姫を切り裂くまでの時間稼ぎが出来ればいいのだから。

「今です!」

 合図を出した青葉の叫び声に背中を押されて愛鷹はアンツィオ沖棲姫に向かって吶喊し、構えていた白刃をその丸っこい本体へ斬り付けた。人型にあらずの形状であり、尚且つ愛鷹としては艤装の塊だろうと見ているアンツィオ沖棲姫は白刃で切り裂いても何の罪悪感も湧いてこなかった。下から上へと跳ね上げる様に斬り上げた愛鷹は、返す刀で斬りつけた所へもう一度白刃を振り下ろし、最初の斬撃で出来た亀裂に更なる一撃を加えた。

 数々の戦艦級の砲撃を弾き返しただけはあり、愛鷹の刀もアンツィオ沖棲姫を一刀両断、とはいかなかった。その丸っこい艤装に亀裂を入れて、彼女の刀は刃こぼれによって、その刀としての本領を喪った。

「駄目か……」

 遂に二本とも刀を喪うか、使い物にならなくなったのを見て、愛鷹は溜息を吐きながら一撃離脱に徹する第三三戦隊の後を追って、戦域から離脱した。

 

 

 愛鷹の刀で二回薙ぎ払われたアンツィオ沖棲姫を突如炎が包み込んだ。

「何!?」

 離脱中に背後を振り返った愛鷹が目を剥く。弾薬や燃料に引火するような斬撃は加えていないし、損傷孔に更に砲撃が着弾したわけでもない。いや、あの炎は引火、誘爆の炎とはまた違う?

 周囲に火の手を広げると言う訳でもなく、掌に包み込むような炎がアンツィオ沖棲姫を覆いつくし、球体状と言える艤装が巨大な火の玉と化していく。炎が燃え上がる轟と言う音を上げ、アンツィオ沖棲姫の全身に炎が行き渡り、その火球の中でアンツィオ沖棲姫は哄笑の様な叫び声を散らす。

「ヒャハハッ、ヤラレチャッタァ……デモ、マダ、シズマナイヨォ! マッテテェ! ヒャハッ、ヒャハハハッ!」

 その台詞の直後、ぎぎぎと艤装が軋み、崩壊し、砕ける音が響き渡り、海上にアンツィオ沖棲姫を形成していた艤装が剥がれ落ち、盛大な水飛沫を上げる。

「やったの……?」

 訝しみながら呟く大和以下、健在な艦娘達が視線を同じ方向へ向け、注視する中、アンツィオ沖棲姫を包み込んでいた炎が治まり始め、剥がれ落ちた艤装の欠片の中から、黒いメリージェーンと黒いストッキングを履いた右足が海上に優雅な足取りで降り立ち、着水した靴の周りに波紋を広げていく。

 同じ黒のメリージェーンにストッキングを履いた左足が、御淑やかさすら感じさせる足取りで艤装の中から海上へと足を付け、炎の中からは少女の姿をした人型の深海棲艦が姿を現した。不敵に笑う、いや嗤うアンツィオ沖棲姫のその姿は、先程までのクリーチャーそのもの外観から、まさにドレスを纏った可憐な少女の姿であり、顔立ちには少しやんちゃでお転婆な少女っぽさを醸し出していた。

「What the hell !?」

「Jesus Christ……」

 シェフィールドとジャーヴィスの二人が、アンツィオ沖棲姫の姿を見て驚愕を顔面に浮かび上がらせる。同様にユリシーズ、ジェーナスも信じられない物を見る目で、アンツィオ沖棲姫の姿を愕然と見つめていた。

「ジェーナス……」

 その一言を呟くのが精一杯だったユリシーズの見つめる先で、アンツィオ沖棲姫、いや欧州戦役の開戦劈頭、深海棲艦の猛攻で大破、重傷を負い、撤退を急ぐ英国艦隊艦娘に脱出を促し、公的には戦死、実態は消息不明となった後、深海棲艦の手で虜囚の身となり、深海地中海艦隊旗艦アンツィオ沖棲姫へと改造されたJ級駆逐艦娘ジェーナスの慣れの果ての目の視線が、ユリシーズの碧眼の向ける先と合う。

 

「私ヲ……見捨テタ……自分ノ判断を呪イナ……!!」

 

 合わさった視線が、篭り籠った怨嗟と恨みを前に出し、ユリシーズへ言い放つ。

 軽巡艦娘ユリシーズことエリザベス・アドリアーナ・ドレイク海軍少佐はこの時、欧州戦役の序盤に、重傷を負って動けず、助けられなかったジェーナスを見捨てた自身の判断の過ちの大きさと、そのジェーナスが、かつての仲間が深海棲艦と成り果てた事実を知り、強い衝撃を受けた。今まで倒す相手、殺す相手、先に散った仲間達の仇の集団、そうとしか考えて来なかった深海棲艦と言う存在に対し、ユリシーズはこの時初めて引き金を引く指を動かす事が出来なかった。

 アンツィオ沖棲姫と化したジェーナスの先の一言は、見捨てられた彼女が心の底で一抹に抱いた本心を増幅させた言葉なのか、それとも彼女を深海棲艦として蘇生させたか、再生させた深海棲艦が洗脳して植え付けた艦娘への憎しみを膨張させたものか、それは分からない。

「ジェーナス……」

「ユリシーズ、行くわよ」

 知らぬ間に傍らに居たシェフィールドが友を誘う。どうするのか、と眼で問うユリシーズに、シェフィールドはその口と眼の下に、ありありとあの日ジェーナスを見捨てた事への悔恨の念を浮かべながら、だからこそ深海棲艦となった彼女を討てるのは自分たちなのだと言う風に言った。

「あの日の贖いは今、ここで、私達(英国艦娘)の手で行うべきよ」

 波を掻き分ける音を立てて、ジャーヴィス、ジャヴェリンがユリシーズとシェフィールドの傍に集まる。セーラーハットの下から見せる二人のJ級駆逐艦娘の目が二人の英国軽巡艦娘と交じり合う。

「Finish this fight. (ケリを付けましょう)」

 久しぶりに見る、決意を固めたジャーヴィスの強い意志を湛えた台詞が、今戦闘の可能な英国艦娘に向けられる。

 その言葉に、ユリシーズ、シェフィールド、ジャヴェリンが頷いた。

 

 

 戦闘が再度開始されたのはそれから間もなくの事だった。破壊された艤装を捨て去り、人型へと変形したアンツィオ沖棲姫の主砲が火を噴き、小口径高初速弾の飛翔音が鳴り響くや、最も近い位置にいた第三三戦隊の愛鷹の傍に、初弾から至近弾を送り込んだ。

 冷えて行く季節とは真反対に真夏の酷暑の元にいるかの如く熱くなる頭、そしてその頭皮から滲み出て顎、首へと滝の様に滴り落ちる汗を拭いながら。愛鷹はもう「長くはない」と自身の脳が正常な判断、思考を下せる余力を失いつつある事を自覚していた。だから、最後に、行儀の悪い事は承知で盗み聞きしていた英国艦隊のやり取りと決意、そして戦艦の火力を凌ぐ一撃を見舞える魚雷を残す有力な戦力、様々な観点から下した作戦案を総旗艦大和に伝えた。

「第三三戦隊旗艦愛鷹より総旗艦大和」

「こちら大和、どうぞ」

「英国艦娘達の魚雷攻撃で、この戦いを終わらせましょう。魚雷を撃ち尽くした全艦、並びに支援に周れる全艦で、アンツィオ沖棲姫に対して囮を敢行。英国艦娘達の雷撃戦成功まで、全艦が戦闘不能なってでも時間を稼ぎましょう」

「……そのためには主力の犠牲を厭わない……と?」

「兎に角奴が魚雷を遺している英国艦娘の雷撃を阻止させなければいい。大破艦が出たら即座に後退し、集中砲火を絶やさない事よ。

 ここでしくじれば、ここまで来るまでに命を落とした艦娘達の犠牲も、イタリア半島で命を散らしながら戦い続けて来た地上軍の戦いも無駄になる。例え深海棲艦となったジェーナスと言う同胞を撃つ事になったとしても、どんな犠牲を払ってでも」

「分かったわ。総員傾注!」

 総旗艦大和の口から流暢な英語で、作戦艦娘全員に指示が下される。

「英国艦娘を除く全艦でアンツィオ沖棲姫に全力射撃。英国艦娘の雷撃成功まで、全艦で囮になります。被弾、大破が出た場合は即座に後退。必要に応じて随伴退避も許可します。

 この海での戦いをこの一戦で終わらせます」

 了解、と返す英語、日本語、イタリア語、フランス語、ロシア語と入り混じった答えが総旗艦に返された。

 

 

 アンツィオ沖棲姫の砲撃は、駆逐艦級な分、速射が効いた為、愛鷹の周囲に至近弾、挟叉を幾つも送り出した。しかし、例え脳の処理が明らかに劣化しようと、着任当時のシミュレーター漬けでしか学んだ事の無かった戦闘技量が、今や数々の実戦を経て急激に一線級の艦娘と遜色のないレベルの戦闘技量へと昇華した愛鷹の身のこなしは、ごく自然に、本能的にアンツィオ沖棲姫の砲撃を躱し、逆に彼女の主砲斉射がアンツィオ沖棲姫の前面を覆い隠し、一見轟沈せしめたかのような水柱を作り上げる。

 四一センチ弾五発の至近弾の水柱を掻き分け、姿を現したアンツィオ沖棲姫の周囲に、艦娘統合任務部隊全艦からの集中砲火が豪雨の雫の如く降り注いだ。豪雨の水滴ではない、秒速数百メートルで撃ち出された、装甲を射抜く科学的見地から形成された形状の徹甲弾の弾頭が赤く光り、火傷どころでは済まない熱く熱された鉄の欠片となって、間断なく降り注ぐ。

 自身を取り囲む様に聳え立つ大小さまざまな水柱を払いのけ、アンツィオ沖棲姫が主砲を構え、叫ぶ。

「大海(うみ)ニ散レェッ!」

 その叫びと共に撃ち出された砲撃が、大和の艤装のバイタルパートに命中する。例え駆逐艦級であろうと深海棲艦の棲姫級の一撃は、並の戦艦級深海棲艦の一撃を凌ぐ。轟音と共に大和のバイタルパートが貫かれ、第二主砲の駆動力系をガラクタの山へと変える。

「第二主砲、沈黙!」

 CIC妖精が絶叫を上げ、大和が舌打ちと共に唇を噛み締める。中破した大和はそれでも健在な第一主砲を構えて、砲撃を継続しようとする。

 その大和の前に、割って入る見慣れた長身があった。

「こっちを向きな親玉」

 不敵な笑みを浮かべ、アンツィオ沖棲姫を見据えて武蔵が言う。その言葉の語尾は、武蔵の五一センチ連装主砲の斉射の砲声で擦れたが、挑発とも取れる武蔵の言葉に、アンツィオ沖棲姫は向き直り、けらけらと笑いながら武蔵にも一撃を放つ。

 飛来したアンツィオ沖棲姫の一撃を、艤装の傾斜を生かして弾き返す武蔵の近くで、アイオワが叫ぶ。

「Fire at will !」

 その言葉の直後、アイオワのMk.7、サウスダコタとマサチューセッツ、ワシントンのMK.6の二種類の一六インチ、イタリア、ローマ、リシュリュー、ビスマルクの三八センチ、ガングートの三〇・五センチ、アドミラル・グラーフ・シュペーの二八センチ、高雄、愛宕、鳥海、摩耶、タスカルーサ、ヒューストン、プリンツ・オイゲン、ザラ、キーロフ、そして魚雷を撃ち尽くしたグロワール、モガドール、タシュケント、マエストラーレ、リベッチオ、グレカーレ、シロッコ、そして第三三戦隊の愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月の大小さまざまな艦砲が同じ目標に向けて射撃の鉄火の雨を降らせる。

 その鉄火の雨の中で、自身に当たったものを受け止めながら、アンツィオ沖棲姫は嗤う。

「ソウダネ。ウエカラノオオキイノ……キヲツケルヨォ!」

 そう嗤うアンツィオ沖棲姫に誰かの砲撃が命中する。表面をめらりと舐め尽くす炎は、まるで吸収されるが如く直ぐに消え去り、直撃の痕こそ出来たものの、致命的貫通やダメージを負った様子の無いアンツィオ沖棲姫が再度けらけらと嗤う。

「コンナノ……イタクナァイッ!」

 そしてクリーチャー型艤装の内側にあった、或いは元から内側にあった深海ジェーナスに接続されていたのが外部に露出していたと思われる魚雷発射管が展張するや、十条の白い航跡が放たれ、集中砲火を浴びせる艦娘統合任務部隊の足元へと高速で迫った。

「雷跡、接近! 回避!」

 方位、的針、的速、の三要素をすっ飛ばして叫ぶタスカルーサが反射的に自身の足元を見下ろした時、白いホオジロ鮫の様な長い物体が潜り込んだ。

「Shit !」

 彼女の呻き声は炸裂音と足元を掬い上げる爆発、魚雷の爆発と言う破壊という暴力の手で強引に脱がされた主機の下の脚に焼けた鉄の板を押し当てたような激痛によって飲み下された。

 同じような光景はプリンツ・オイゲン、ザラ、そしてマサチューセッツを襲った。三人の足裏で瞬間的な爆発と上へと放り上げられそうな感覚、真っ赤に熱した鉄の板を脛から下全体に押し当てた様な痛みが走り、片足、或いは両足の自由を奪われ、負傷の痛みと、艦娘としての航行能力を一挙に失った艦娘四人が海上に倒れ込む。航行不能になった四人を四戦隊の高雄達が速やかに砲撃を中止して負傷した四人を担ぎ上げ、離脱を図る。

 負傷者を引いて離脱を試みる四戦隊の背後に止めを刺さんとばかりにアンツィオ沖棲姫からの追撃が来るが、その間にガングート、キーロフ、アドミラル・グラーフ・シュペーが割り込む。

「我々が奴の砲撃を引き付ける!」

「ダー!」

 アンツィオ沖棲姫の射撃と比べれば、些か打撃力不足に見えるガングート、キーロフ、アドミラル・グラーフ・シュペーの三人の斉射が、他に砲撃を浴びせる艦娘達の砲撃の渦中を掻き分け、数発の命中を数える。激しい爆炎と黒煙がしばしアンツィオ沖棲姫の姿を隠すが、煙の中からアンツィオ沖棲姫は再び姿を現す。

「コンナノ……イタクナァイッ!」

 周囲の視界を完全に遮る集中砲火の中にあって、アンツィオ沖棲姫は嘲笑とも哄笑とも付かない笑い声を上げ続けた。

 




 次回大詰めです。

 また次回のお話でお会いしましょう。
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