艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 予告、九月中は投稿は出来ないかも知れません。


第一〇五話 交替

「艦隊全艦、左九〇度一斉回頭。用意、発動!」

 第三三戦隊臨時旗艦青葉の発動号令が下るや、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳の単縦陣が一斉に左へと舵を切る。海面を航跡が切り裂き、波紋と波飛沫がざわざわと沸き立つ中、六人の艦娘の一糸乱れない、一挙手一投足が揃った左一斉回頭が終わる。

 六人の内、水上射撃兵装を備える青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月の五人の前に、それぞれ狙う事となる目標が現れる。ブザーと共に起立した標的を見据えた青葉は、視界の端で演習エリアに進入して来た雷撃戦用の標的を確認すると、全員に指示を出す。

「教練対水上戦闘用意。三番艦、四番艦、五番艦、魚雷戦、攻撃始め。一番艦、二番艦、主砲、攻撃始め」

 自らも主砲艤装を右肩に担ぎ上げ、照星を覗き込み、両足で乗り切って超える波間で上下する標的を凝視しながら、青葉は第三三戦隊各員に攻撃始めを下令した。

「撃ちー方始めッ!」

 後続の衣笠が叫び、直後青葉と衣笠の構える二〇・サンチ連装主砲が発射炎を瞬かせた。

 十数秒後、前方の海面の波間を漂う標的の左右に二人の射撃が着弾する。静止目標を相手の射撃な分、初弾から挟叉だった。込み上げて来る欠伸を噛み殺して、青葉は次弾装填を終わらせると、再び発砲の号令と共に主砲の撃発ボタンを押し込んだ。

 射撃の衝撃と轟音が鳴り響き、四発の演習弾が標的に命中する。発砲遅延装置で微妙にタイミングをずらした発砲で発射された演習弾は、弾道の干渉を可能な限り抑えて標的へと飛翔し、標的のクロスヘアのど真ん中に弾頭の染料をぶちまけた。バレルが一つの銃器と構造が違うので命中時はどうしてもワンホールにするのは出来ないが、集弾性は大変に良い。

 左隣の衣笠も概ね青葉と同じ良好な命中点数を出している。青葉型の艤装は魚雷発射管と言う雷装を備えていない分、砲戦特化の練達を重ねて来たから、射撃の腕に関しては他の重巡艦娘の誰にも後れを取らない。最も青葉型に限らず重巡艦娘の多くは砲戦特化型の艤装なので、雷装を備える重巡艦娘自体が珍しい。古鷹型の二人を始め、魚雷発射管を備えた重巡艦娘が居ないと言う訳で無いが、艦娘における重巡洋艦はその多くが主砲による殴り合いを想定した艤装構成だった。

 海面に着弾の爆音が鳴り響き、既定発射数を発射した青葉と衣笠に対し、演習監督官を務める香取から、「撃ち方止め」の指示が入る。

 海上に停船した状態で青葉は妹の向こう、別の標的に対して魚雷発射管を指向させ、偏差、散布帯角度などを算出して魚雷を発射する夕張、深雪、蒼月たちの演習風景を見やった。雷撃戦演習の標的は、砲撃演習の標的と違い、ラジコン機能で自走するので、難易度は相対的に高い。

 そんな動体目標に向けて、夕張、深雪の脚に、蒼月の艤装の背中に装備されている魚雷発射管から、圧搾空気に押し出され、演習弾仕様の魚雷が海面へ身を投げて行く。演習弾仕様の魚雷は、実弾と違い航跡が明瞭に分かるようになっており、標的到達迄の射線確保が適切かどうか、一目に分かる様になっていた。無論その航跡の見える範囲は限られるので、第三三戦隊の演習を監督する香取は無人ドローンも駆使して、確認と採点を行っていた。

 海上に水柱が一本、二本とばらばらな方角でそそり立ち、空へと噴き上げられた海水が霧雨となり、風に乗って夕張達の元へ帰って来る。

「三番艦夕張さん、発射本数四本、命中三を確認。四番艦深雪さん、発射本数六本、命中五を確認。五番艦蒼月さん、発射本数四発、命中二を確認」

 事務的なオペレートを行う香取の評価に、夕張はうなじの辺りを右手で搔きながら鼻の奥を鳴らした。魚雷攻撃と言う物は中々、全弾命中を出すと言うのは難しい。雷撃戦は十八番の深雪でさえ、一発は外している。無誘導の魚雷を正確に動く標的に当てるには、偏差に加えて自身と標的との相対速度の計算も含まれるから、ゼロインを調整すれば後は余程の音痴ではない限りは大体一発は当たる砲撃演習よりも難しい。

ただ発射本数から言うとまだ夕張は命中率が高い方ではあった。彼女の両足の足首にマウントされた一対の連装魚雷発射管から発射可能な魚雷の本数は当然四発。発射可能数から言えば三発も当たれば上出来ではある。同じ発射本数でも、半分しか当たっていない蒼月よりは夕張はまだ自力で当てられている方である。

「演習フェーズを2へ移行します」

 香取から演習の第二段階への移行が知らされる。その知らせと同時に少し離れた上空を旋回していた航空機が旋回を止め、攻撃態勢に移行し始める。

「第三三戦隊各艦、六番艦を中心に輪形陣に移行。教練対空戦闘用意!」

 六番艦瑞鳳を中心に、直ちに輪形陣を組む青葉達の頭上で、演習用のオレンジのカラーリングに塗装されている流星改と彗星一二型甲の二機種が、それぞれ攻撃態勢を整え、IP(攻撃始点)へと進入していく。低空へと舞い降りて来る流星改一二機と、高度を上げて急降下爆撃の為の高度を稼いでいく彗星一二機のエンジン音が高空と低空の両方を覆いつくす。

 青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、そして瑞鳳の艤装で演習用対空弾が装填される冷たい機械音が鳴る。装填良しのブザーが鳴り、更に六人の艤装の機銃座に妖精達がつく。

「対空戦闘、旗艦指示の目標。攻撃始め」

 先手を切るのは主砲のリーチが最も長い青葉型の二人と夕張の主砲だった。無数の散弾を装填した普段の対空弾と違い、多量の着色塗料を充填した対空演習弾が瞬く砲炎と共に撃ち上げられる。頭上の空を駆けあがっていく二〇・三センチと一四センチの二種の砲弾が、予測された位置へ向けて放り上げられ、弾頭の近接信管が作動出来る範囲に彗星が居れば信管が作動、そうでなければ無為に砲弾は大きく急な弾道を描いて、その後は物理の法則に従って海へと落ちる。

 最悪当たらなくても蒼月がいるけど、と青葉が思っていた矢先、香取から予め決定されていた想定状況が突如入って来る。

「五番艦蒼月さん、主砲膅発により射撃不能」

「ええ……」

 それは無いでしょう、と訴える様な声で蒼月が呻き声を上げた。膅発によって砲身損傷、よって蒼月は出番無し、と宣告されたも同然の想定状況に、流石に蒼月以外の第三三戦隊全員が同情の眼差しと共に、厳しくなったぞと高空と低空の両方を交互に見ながら思う。防空艦である蒼月が撃つ前に、いや膅発想定だから一発を撃った判定なのだろう、射撃不能判定を貰った以上、防空能力はお世辞にも秋月型以下と言わざるを得ない青葉、衣笠、夕張、深雪、瑞鳳の五人だけで、二四機にも上る流星改と彗星を捌き切らねばならない。

「流星改は兎も角として、問題は彗星か」

 口から出かける舌打ちを抑えて青葉は高空から爆撃開始に移行しようとする彗星を見上げて呟く。急降下爆撃に対する対空戦闘と言うのは、偏差は勿論、高度の因子も絡む分、対空射撃の中では難しい方だ。一応、全員に高射装置が艤装に備わっているとは言え、秋月型程の正確な射撃精測は出来ない。

「射撃目標変更、トラック2101から2112へ標的変更」

 低空から来る流星改の方がまだ与しやすいと判断し、青葉は流星改へ艦隊の対空射撃目標を変更させる。彗星は最悪、鍛え上げて来た操艦で躱すしかない。

 五人の主砲、高角砲の砲身が水平に戻され、低空の海面を這う様に吶喊して来る流星改に砲口が向けられる。

「右対空戦闘、旗艦指示の目標、撃ちー方始めぇ!」

「トラックナンバー2101、主砲、撃ちー方始めぇ!」

「撃ちー方始めぇ!」

 青葉の号令が下り、衣笠が復唱し、続いて夕張、深雪の唱和した号令が下るや、流星改に向けて大小さまざまな火器が発砲した。

 高度の因子を余り考慮しなくて済む高度を飛ぶ流星改に向けて、対空演習弾が低い山なりの弾道描きつつ、その鼻先に弾幕を作り上げる。瞬く間に二機の流星改が演習弾の着色塗料に塗れて撃墜判定を貰って上昇離脱していく。撃墜判定を貰った流星改とは逆に残る一〇機は高度をさらに押し下げ、胴体下に抱く魚雷の弾頭が今にも海面に接触しそうな程の低空を這った。

 流星改の余りの低空飛行に、青葉は今度こそ舌打ちを漏らした。あれほど低いと魚雷投下も困難だが、同時に対空弾も海面の反射波で誤爆してしまうので、対空砲弾を発射しての迎撃が意味を成さなくなる。

「機銃、噴進砲で対応」

 射程に入り次第、機銃座が一斉に曳光弾の弾幕を張る。煌びやかに輝く曳光弾が奔流となって流星改を包み込もうとするが、流星改も機体を横滑りさせて、機銃の対空射撃の軸線と、自機の軸線をずらして巧みにかわす。それでも一機は機体表面に多数の塗料弾が着弾して離脱していく。

 低空を飛ぶ流星改に対応している青葉達の頭上から、彗星のエンジン音とダイブブレーキの音が響き渡り、青葉は駄目だな、と内心諦めが出始めた。それでも、第三三戦隊に「面舵」とだけ告げて、舵角一五度変針を行って悪足搔きをさせる。誤差の範囲かもしれないが、全艦被弾し全滅判定を貰うよりはマシな結果になるだろう。

「頭がお留守よ!」

 瑞鳳がそう叫ぶや、彼女の機銃と噴進砲が彗星に対し、迎撃を始める。二五ミリ機銃と対空噴進砲のロケット弾が砲口から高空へと飛び出していき、第三三戦隊の頭上に傘を開く様に対空砲火を広げていく。自慢の高角砲が破損判定を貰った蒼月も機銃は破損判定を受けた訳ではないので、機銃と噴進砲で弾幕を形成する。

 しかし、二人の撃ち上げた対空射撃は、流星改と同じくラダーを使って巧みに躱した彗星の機動を前に、多数が虚しく虚空を引っ掻く。二機の彗星に着弾痕を与え、撃墜判定を出したはいいものの、残る機体が次々に演習弾を投下し、機首を引き上げ離脱していく。行き掛けの駄賃とばかりに後部の銃座を撃ち散らして行く彗星に、航空機愛好家の瑞鳳ですら珍しく恨めし気な目つきになって睨み上げた。

 

 結局、流星改の雷撃こそ躱しきったものの、彗星一〇機の投弾を許し、瑞鳳に三発、衣笠に三発、夕張に二発、深雪に至近弾二発の判定が出て、瑞鳳は飛行甲板全損の大破、衣笠は大破轟沈、航行不能、夕張は中破、戦闘不能、深雪は小破、航行に問題発生、の判定を貰い、第三三戦隊は敗れた。膅発で既に小破判定を受けている蒼月を除けば無傷は青葉一人だけという惨敗だった。

 教練対空戦闘終了。用具収め、が香取から発令され、着色弾でべちゃべちゃに塗りつぶされた第三三戦隊は、少しばかり消沈して艤装整備場へと引き上げた。

「艦隊全員の対空射撃技量の向上か、目標指示の割り当てをミスったかのどっちかか、あるいはどっちもかな」

「どっちも、じゃないかしら。あと個々の回避技量の不十分とか」

 先に夕張、深雪、蒼月に収容を譲って海面に留まる青葉が両腕を組んで反省点を呟いていると、傍らに進み出て来た衣笠が色とりどりの染料である意味ではカラフルになった自身の制服を見ろしながら言う。衣笠と同じく大破判定を貰い、飛行甲板全損となった瑞鳳違い、衣笠は轟沈判定を貰っているので普段の青葉に負けず劣らずの元気娘な彼女も流石に萎れ気味であり、同時に彼女なりに反省点と改善点を見つめている。

「それと、もうちょっと艦隊の間隔を開けるべきかもね。密集し過ぎてて、回避行動の余裕の白を無くしているとも言える。ガサ何か、面舵一杯に切れていたら、轟沈判定を貰わずに済んだかもだし」

「それはあるわね」

 肩に主砲を握った手を乗せ、片足の力を抜いたラフな姿勢で返す衣笠に、青葉は表には出さなかったが、相変わらず空襲系の攻撃に弱い妹だ、と内心、中々改善出来ない悪癖とも言うべき衣笠の空襲系の攻撃の脆さに諦観に似たものも覚えていた。水上戦闘となれば大変に心強い火力要員なのだが、対空戦闘はからきしとは行かずとも得意とは言えず、避けるのもお世辞には上手いとは言い難い。最も青葉自身もそうだが重巡艦娘の多くは基本防空能力の高い駆逐艦娘や軽巡艦娘にエアカバーを行ってもらうのが前提になっている様な艦種の艦娘なので、一概に対空周りが不得意な衣笠を責める事も出来ない。青葉自身、今回は運が良かっただけで、別の演習の時はもっと酷い被弾判定を貰うかもしれない。最悪、四肢が吹き飛び、五臓六腑を海面にぶちまける文字通り木っ端微塵になってしまう様な轟沈判定も、決して青葉と無関係な訳ではない。

「戦闘機のカバーが無い艦隊の脆さってのはこんなものよ。屋根の無い家で傘も無しに雨風を凌ぎ切れって言う様なものよ」

 ぼそりと青葉と衣笠の隣に立っていた瑞鳳が言う。それは確かにそうだ、と青葉は相槌を返す。

「今回の想定は、航空団の戦闘機全機が敵攻撃隊の別動隊の対応で引き剥がされ、艦隊単独での防空戦闘、って言うシチュエーションだから。本来なら一個小隊くらいは別動隊云々関係なく残すもの。屋根は無くても傘はさせるのが本来の艦隊防空戦における戦闘機隊の運用だから。屋根も無く、傘も無い状態で豪雨が降ればそりゃ皆ずぶ濡れよ」

「ま、そうは言っても何事もイレギュラーは起こり得るのが実戦だからねえ」

 そこまで言って青葉はふと空を見上げた。先程までは晴れていた空が鈍色の雲に覆われている。

「降りそうね」

「早いとこ上がろうか」

 

 

 帝都医科大学付属病院では、政財界の大物の入院と言う大き目なニュースの裏で、愛鷹の脳髄液の入れ替えオペの用意が進んでいた。

 和雄の立案したオペプランに則って、培養、用意された多量の脳髄液が既に予定された手術室に用意され、オペの時を待っている。スタッフとの打ち合わせも完了し、後は愛鷹の脳髄液を入れ替える長い作業を実行に移すだけとなっていた。

 艦娘と言う身分なだけに、手術の実施にまで至る手続きや用意は迅速に進められた。深海棲艦の日本本土への大規模な侵攻の可能性が高まる昨今、病院に繋ぎ置いておく余裕は日本艦隊には無いし、欧州総軍や北米艦隊の艦娘艦隊は先の欧州戦役や、北米大陸から中南米大陸の西海岸の奪還作戦に投入される関係上、日本本土の防衛には投入できない。艦娘の一人たりとも、欠かせない日本艦隊には愛鷹と言う艦娘の速やかなる戦線復帰が望まれている。

 宛がわれた部屋で、パソコンのディスプレイと睨めっこしながら、最後までオペの計画に問題がないか確認する和雄の耳に、病院に押し掛けたマスコミの騒ぐ声が聞こえて来た。政財界の大物としか和雄も聞いていなかったが、蓋を開けてみれば贈収賄疑惑で国会答弁が行われている与党の重鎮代議士が入院しているとの事だった。潔白を売りにしていた現日本政府にも影響力の大きい人物のスキャンダルとなれば、ネタとしてマスコミが飛びつかない訳がない。

 ま、今の自分には関係ない事だ、と和雄はペットボトルのお茶を飲みながら、バッサリと意識の埒外へと押し出していた。

 

 

 一一月にしては珍しい大雨が降っていた。

 第三三戦隊揃っての昼食を終えた青葉は巡洋艦寮にの自室に戻り、久しぶりにカメラを手に艦娘達の日常風景をレンズに収めようと出かけた。

 冬の雨は、地球の気温が数度上昇する温暖化に見舞われようと、尚季節相応の冷たさはある。地面に当たって跳ね返る雨の雫と打ち付ける雨粒の音で、建物の外はざあざあと言う雨音で騒がしかった。

 そんな雨の基地の中で、艤装整備場をふらりと訪れた青葉はそこで秋雲と出会った。パイプ椅子に座り、整備場の様々な機械や整備に回される艤装と言った、気の遠くなるようなディテールで埋め尽くされた整備場を凝視しながら、秋雲はシャーペンを手にスケッチブックに模写を行っていた。

「どうも~」

「ん、青葉か。ちーっす」

「精が出ますね」

「そりゃあねえ、やっぱ細かい精密画ってのは人物画と違った趣や、テクニックを要するから絵描きとして飽きないんだよね」

 軽く青葉の方を振り返りながら、秋雲はさらさらと慣れた手つきでスケッチブックに艤装整備場の風景を書き上げて行く。横から覗き込んだ青葉はその驚く程に精巧な絵に、思わずため息を漏らした。定規を一切使っている様子もないのに、正確に円や直線を引き、色の抜けた写真と言っても過言ではない程の正確な再現度のある絵を秋雲は描いていた。

「ねえ、青葉。芸術家と艦娘の共通点は何だと思う?」

 ペンを動かす手を留めずに急に話題を振って来る秋雲に、青葉は何枚か模写する秋雲に切っていたカメラのシャッターボタンを押すのを止め、その問いに対しての答えを考える。トリビアゲームが得意と言う訳では無いが、無関係なものを繋ぎ合わせる様な問いかけとは思えない。何か共通点はあるだろうか、と頭を捻って考える青葉に、秋雲は腕時計を見て「時間切れー」と無情な宣告をする。

「何でしょうね。青葉にはさっぱり思いつきませんよ」

「答えは『ディテール』だよ」

「『ディテール』……ですか?」

「そう、例えばちょっとした色遣いの差にも気が付く。数ある深海棲艦の個体をオーラと僅かな装備差で瞬時にこれはこれ、あれはあれと見抜き、そこからこいつはどれ程強いか、どれ程速いか、どれ程硬いかを見抜く。芸術家もそう。そこにあるべき影やあるべきではない色遣いに気が付く。微かな線画からの違和感を感じ取る。感度一〇〇パーセントだよ」

「何だか物凄く細かい差に気が付く目を持つ、という事は何となくわかりましたよ」

 毎年の夏、冬に出られている訳では無いが、何度かの中断を挟みながら今でも続く日本のコミケに、艦娘であると言う素性を伏せて出展して、なんやかんや確たる売り上げを毎度出して、コアからライトまで幅広いファン層も居ると言う、芸術家志望の秋雲らしい一言とも言える。偶に艦娘の紳士向けの絵を本人達の許諾無しに描いて、当の本人たちから怒られる事はあるにせよ、なんやかんやで秋雲なりに弁えている節はある様だった。事実、青葉が以前調べたところではコミケで出された秋雲の本は全て不健全なものは見受けられなかったほどだ。

 他にも秋雲の人なりを語るエピソードとして、前任の統合基地の先任伍長が除隊する際の事だった。絵描きが好きという共通した趣味がある先任伍長が、一身上の都合により除隊するとなった時に、秋雲は夕暮の埠頭で絵を描く先任伍長と並んで座って夕暮を見つめる秋雲という構図の水彩画を彼にプレゼントしたのだ。青葉も何度か世話になったり、怒られたりした文字通りの親分、親父的な先任伍長が初めて秋雲からのプレゼントに男泣きしていたのは青葉もよく覚えている。

 ノリこそ軽く、時に軽率だったりはするが、時に義理堅い一面を見せるのが秋雲良い所であった。

「今度さ、青葉の部隊の皆の絵、描いてあげようか?」

「いいですね、その時はよろしくお願いしますよ」

 愛鷹は青葉と同様、自身を撮られる、描かれる事に苦手意識を持っている気がしたが、まあその時はその時になんとかすればいい。

 

 

「新型の駆逐艦級……だと?」

 タブレット端末のディスプレイに表示されるやや不鮮明寄りの二種の画像を交互に見て、武本は会議室を囲う一同に対して低い声を返した。

「UAVによる航空偵察が可能な日本近海にまで進出して来た一群の航空偵察の解析結果から、深海棲艦が新規の駆逐艦級を配備した事が確認されています。詳細や鮮明な画像に関しては、深海棲艦の引き起こす電子妨害の影響もあり、不確かなところが多いですが」

 副司令官たる谷田川が説明を行う。武本の留守中の代理艦隊司令官だった事もあり、新型種の駆逐艦級についての情報に触れる機会が多かった彼からの状況共有に武本は耳を傾けた。

「国連海軍では駆逐艦ラ級と新規に識別される事が決定しています」

「初邂逅以来、イロハ数えで識別されて来た深海棲艦がいつしか、固有の棲姫名で呼ばれる事が多くなって久しい中、ス級を除けば随分久方ぶりのイロハ数え回帰の艦種になります」

 首席参謀(参謀長)としての一面も持つ秘書艦の三笠の言葉に、武本は確かになと頷く。深海棲艦は初期に確認された個体にイロハ数えで艦種を識別して来ていたが、いつからか、出現する海域の地理や歴史的経緯に準えた固有名に姫級となる棲姫の名を組み合わせた固有名で識別されて来るのが増えるようになっていた。それが今年に入ってス級、そしてラ級の存在が明確に確認され、実に一〇年ぶりと言えるイロハ数え識別の深海棲艦新型艦が出現したと言う事になる。

「ラ級に関する詳しい情報は不明ですが、偵察を試みたUAVが未帰還となった事、消息を絶つ直前、強力な対空レーダー照射を逆探知している事などから、極めて高い対空戦闘能力を有すると推測されています」

 三笠と同様、航空参謀としての職務を兼任するもう一人の秘書艦、鳳翔のやや強い憂慮を含ませた説明に、武本は深く頷きながら、一つ質問を向ける。

「そのラ級の対空戦闘能力だが、既存のレーダー測距による対空射撃か? それも考えたくはない事だが、深海棲艦の艦対空誘導弾にやられたとかでは無いな?」

「状況証拠ではありますが、ミサイルを使用した形跡は確認出来ません。画像こそ不鮮明ですが、艤装に誘導弾を備えられている様なシルエットは確認出来ませんし、既存の火砲を主兵装とした深海棲艦と見て間違いないと思われます」

 万が一、深海棲艦が誘導弾を実用化していたら、とつい不安に駆られた武本の脳裏を過る懸念は、確たる証拠ではないものの状況証拠と言う形で払拭された。国連海軍も艦娘の兵装として丸太兵器計画で艦対艦、艦対空ミサイルの実用化に向けて開発を続け、目下難航中という結果しか出せられていない。航空妖精の乗る航空機から発射できる空対艦ミサイルや誘導爆弾としてであれば、実用化に成功しているものはあれど、艦娘にミサイルを装備させる事自体は現状実施試験にすら到達出来ていない。一方、深海棲艦はどう言う後ろ盾か、それとも独自の技術形態か、現行の艦娘艦隊の技術レベルに常に追従してくる高度な技術力を有している。それが何時か追従から、凌駕に変わる日が来る時が無い訳ではないと武本は考えているだけに、鳳翔の答えには少しばかり安心が芽生えた。

「仮にラ級が艦対空ミサイルを備えていたとして、費用対効果が悪すぎますよ」

 現在の統合基地の基地司令を務める湯原真一大佐の言葉に、会議室にいる全員が同意する様に頷く。偵察UAVは時速一〇〇キロが限界の低速、小型機で、ミサイルを使ってまで撃墜する目標としては、人類視点で言えば費用対効果の面で最悪と言わざるを得ない。重装甲の重戦車を破壊可能な対戦車ミサイルで自転車を破壊するのに等しい程の無駄遣いになる。最もそれは人類視点で言った場合であり、深海棲艦の尺に当てはめた場合、どうなるかはこの場にいる誰もが知らない。

「それでこのラ級ですが、初めて確認されて以来、日本本土近海を哨戒する哨戒艦隊からの目撃情報が相次いでいます。交戦にこそ発展していませんが、互いにレーダー照射によるチキンレース祭りと言う状況です。ラ級がまだ新型種故に深海棲艦側での運用のノウハウ蓄積が未発達か、慣熟を行っている最中、とも取れますが」

 仮に慣熟を実施中の未発達な深海棲艦だったのであれば、こちらから打って出て始末して回ると言う策もあるのだが、詳細が不明な深海棲艦に纏まった規模の艦隊をぶつけて、それで壊滅して艦隊戦力を大きく削がれるような事態にでもなれば、日本本土防衛策に重大な問題が発生する可能性は充分に高い。航空隊による威力偵察も、恐らくラ級の高度な防空能力からして屍を重ねるだけで終わる可能性の方が高い。

「一度、第三三戦隊によるラ級に対する威力偵察を実施するべきだと、小官は考えます。危険な任務ですが、彼女達がラ級と言う駆逐艦級が如何程の存在なのかについての情報を持ち帰ってくれれば、我が方も打てる対応策は見えて来る筈です」

 力説する様に言う谷田川に、三笠が首を振った。

「現在、第三三戦隊の旗艦たる愛鷹が、重度の身体的問題から帝都医科大付属病院に入院治療中である以上、第三三戦隊を動かすのは余り得策とは言い難いと思われます。かの戦隊は、旗艦愛鷹の大火力あってこそ成り立っている様な戦力です。現状火力を始めとする性能面全般でインフレーション著しい深海棲艦を相手に、艤装、攻撃力何れにおいて限界を見せつつある青葉型重巡艦娘と、改二化したとはいえ所詮は軽巡止まりの火力でしかない夕張が事実上の最大火力となる現在の編成では、逆に第三三戦隊に大きな損害を出す結果になりかねません」

「では当面、我が方は艦隊温存策しか打てる術はないと?」

 そう尋ねる武本に、三笠がやや沈んだ表情で頷いた。

「残念ながら、そうと言わざるを得ません」

 沈黙が暫し会議室を包む。トントンと机叩く武本の指の立てる音と空調の音以外に誰も声を発さず、何か策は無いかと考え込む中、湯原が暫しの沈黙を破る。

「第三三戦隊に代わる代打者相当の戦隊を新設するのはどうでしょう? 目安としては、『重巡リ級改flagship級及び大型駆逐艦ナ級に勝てる程度』に妥協し、火力よりも速力を重視した編成と言う事で。被る前に離脱出来る高速戦隊を編成するのです」

「貴官として、推薦艦娘のあてはあるのかね?」

 そう尋ねて来る谷田川に、湯原は勿論と頷き、手持ちのタブレット端末を操作して、素早く選抜した人員を会議室の大画面ディスプレイに投影させる。

「航空巡洋艦最上、重巡加古、軽巡酒匂、駆逐艦時雨、長波、浦月の六名で編成させます。最上は艦隊防空並びに航空偵察担当、加古と酒匂は火力補助、時雨は対水上戦闘と対潜戦、長波は対水上戦闘、浦月は対空、対潜戦の担当とします。各戦隊、各駆逐隊から臨時の抽出は可能なメンバーかと」

 その湯原の提案に、鳳翔が待ったをかけた。

「秋月型駆逐艦娘の浦月さんは、明日から艤装の中規模メンテナンスの為に艤装がドック入りする事が決定されています。参加させるのはスケジュール調整の面から言いまして、無茶があるかと」

 その反対意見に湯原は何と、と失念していた事に気が付き、改めて確認を取って浦月のドック入りの件を確認する。

「浦月は駄目か。となると改二化改装が完了して、駆逐隊への再配備待ちの夕月とするしかありませんね」

「夕月さんなら問題は無いですね。対空戦闘能力も秋月型以上と評価されるモノに水準を上げられていますし、対空戦闘だけでなく、有力な対潜戦、対水上戦闘も可能なので戦隊の護衛艦として効果的に働いてくれるでしょう」

 夕月は睦月型駆逐艦娘の一人である。睦月型の全員と同様に改化改装は済ませていたが、数か月前の船団護衛中に軽空母ヌ級elite級の艦載機と思われる艦上攻撃機の襲撃で大きな損傷を被って以来、対空兵装の大幅な強化、一口に言えば睦月型に秋月型並の防空能力を持たせられるのか、という実験的な要素を多分に含ませた改二化改装を実施し、それが実を結んでいた。彼女の強みは睦月型艤装と秋月型艤装のハイブリット的な構造の艤装に六〇口径一二・七センチ連装両用砲を備え、新型の対空電探を二種も備えさせると言う、既存の改二化改装が行われている睦月、如月、皐月、文月の防空能力を軽く凌駕するものとなっている。六〇口径の一二・七センチ両用砲は秋月型の長一〇センチ連装高角砲よりも砲身命数や射程に勝る上位互換と言える主砲だ。この両用砲の砲口から放たれる対空砲弾を標的も元へ導く為に、対空電探は四三号対空射撃電探と七一号両用捜索電探の二種の大型電探を備えている。長一〇センチ高角砲より口径が大きく、二種類の大型電探を備えると言う贅沢な装備も相まり、睦月型の試験的な改二艤装でありながら、秋月型駆逐艦娘すら凌駕する、軽巡並みの規模の艤装へと大型化していた。ただしこの大型化した艤装のバランス上の問題から魚雷発射管と言う雷装は全廃すると言う思い切った取捨選択も実施されている。

「では第三三戦隊の再戦列化までの間、同戦隊を『第二六戦隊』と呼称し、同戦隊を以て深海棲艦艦隊に対して強行偵察を敢行。優先目標は敵新型駆逐艦ラ級に関する情報の収集。必要に応じて威力偵察を主とする攻撃を現場裁断にて許可するものとする」

「了解です」

 谷田川と三笠の唱和した返事が返された。

 

 

 手術衣に着替えた和雄は、手術室に運び込まれた愛鷹と、それを囲う様に居る脳外科手術のメンバーを前に、マスクの下から全員に向かって宣告する様に言った。

「ではこれより、患者の人工脳髄液交換手術を実施する」

 前例のない、というよりも恐らく今後、この手術を参照される可能性も無いであろう手術なので、即興で思いついたこれと言って捻りの無い術式を口にすると、和雄は愛鷹の頭部側へと歩み出た。

 眠りにつく愛鷹の顔を見れば見る程、愛娘に酷似した容姿に、先日再会を果たした愛娘のビジュアルをつい重ねそうになり、いかんなと軽く頭を振って、手術に取り掛かった。

 愛鷹の脳髄液の交換は、単に劣化した脳髄液を抽出して、新しい脳髄液を注入する、という簡単な作業ではない。脳髄液を完全に抽出してしまったら、最低限の生命維持を可能にしていた脳が完全に機能を停止し、脳死状態に陥る可能性が予想された。劣化に伴い老廃物塗れの人工脳髄液を抽出しつつ、抽出したのと同量の新しい脳髄液を注入し、脳機能の低下発生を抑えながら、劣化した人工脳髄液を完全に新しい、綺麗な人工脳髄液に交換する。抽出と注入の量の加減に細心の注意が必要な手術となる。培養された新しい人工脳髄液の量はそういう事もあって一五〇ミリリットル以上の量が用意されていた。

 複雑な開頭手術よりはマシだが、難易度が高い事に変わりはない。そもそも前例のない手術なのだから、気を緩める事は出来ない。

 

 一時間かけて、最初の人工脳髄液の容器が空になった時、和雄と旧知の仲の医師の一人がモニタリングした愛鷹の脳を見て、軽く驚きの声を上げた。

「驚きましたね。この方、脳内にバイオデバイスを埋め込んでいますよ。モデルは第五世代型、これ一つで自動車一台買えるレベルの高級品です」

 バイオデバイスとは、本来は脳機能が低下した脳障害患者の脳機能を再活性化させる為に開発された、デバイスの事だ。金属の集積回路で構成されたものではなく、現代のバイオテクノロジーの粋を集めて作った、いわば小型の補助脳、コンピューターで言えば高処理のグラフィックボードの様なものだ。患者の遺伝子を基にクローニング技術で生成され、脳機能の低下した患者の脳内に移植する事で、元の脳の処理能力に戻す能力を持つ。

 愛鷹にはこのバイオデバイスを誕生時の物心ついていない早い段階で組み込む事で、高度な学習能力から五輪選手並の高い身体能力を発揮出来る反射神経をブーストさせていた。当然ながら愛鷹自身の物心つく前の段階なので、その実愛鷹本人すら知らない彼女の脳内に秘められた秘密だった。仮にこのバイオデバイスを「切除」してしまえば、愛鷹のこれまでの高い学習能力や運動神経と言った、艦娘としてだけでなく人間の女性として優れた知能は失われるだけでなく、最悪脳が退行しかねない。

「第五世代型バイオデバイス……まだ一般的に出回っているのは第四・五世代型の筈だが……試験的にか、それとも私達の知らない所では既に出回っているのかも知れんな」

「先生、この患者さん、何かおかしくありませんか?」

「ん、何がかね?」

 看護師の一人の発言に、受け流す様な返しをしつつ和雄は耳を傾ける。

「見た目は二〇代後半の女性ですが、血液検査の結果ではこの方、実年齢は八〇歳の高齢者と同じ可能性がありますよ。かと言って整形手術した様でも無いし……」

「……細かい事は気にしてはいけないよ」

 その一言に看護師は分かりましたと素直に受け入れた。

 

 

「第二六戦隊?」

 巡洋艦寮で最上からその部隊名を聞いた青葉は、オウム返しに聞き返していた。

「そ。第三三戦隊が愛鷹の戦線離脱で本来の運用に耐えられないと判断した武本提督以下、日本艦隊の独自判断で編成した独立作戦部隊。暫定的に青葉達の第三三戦隊が復帰可能と判断されるまでの間、ボクを旗艦にした第二六戦隊で偵察任務を担当する事になったんだ」

 血縁関係は勿論無いが、どうにも青葉自身と声音の似ている最上の語りを聞いていると、青葉はまるで自分自身と会話している様な気分になり自分自身を維持出来無くなりそうな気がして、実のところ最上と会話するのは内心避けたい気持ちがあった。だが今、第三三戦隊の臨時旗艦を務める青葉と、その第三三戦隊の代打者として編成される第二六戦隊の旗艦を務める最上と言う旗艦同士の直接会っての調整はやらねばならない。

「編成はボクと加古、酒匂、時雨、長波、夕月の六人。このメンバーで新型の駆逐艦級に対する情報収集が下令されたって訳さ」

「酒匂以外、全員が改二か、改三になった精鋭艦隊、って訳ですか。殴り合いには最高じゃないですかね」

「そうでもないよ。少なくとも第二六戦隊の仮想敵は重巡級までだから、深海棲艦戦艦が相手になるような事態があれば、持ち前の船足で振り切る『速度』重視の部隊さ。情報を集めて、必要以上の交戦は避け、脱出するだけ」

「……曲がりなりにも偵察艦隊に属していた重巡艦娘と言う先輩としてのアドバイスをするなら、最近の深海棲艦は妙に狡猾な時があります。相手の策に嵌って、持ち前の『速度』も行かせないドツボに陥る事だけは避けられるように、一手二手先の事を考えながら立ち回ってくださいよ」

「その忠告、胸に刻んでおくよ」

 そう返す最上に青葉は、一応釘を刺したとはいえ、最上の改装形態を考えれば大体は杞憂に終わるかも知れないと言う希望的観測も見出している。最上は日本の重巡級艦娘の中でも最強格と言える改二特改装が施されているから、下手な深海棲艦戦艦など逆に返り討ちに出来る程度には高火力艦になっていた。特に先制雷撃が出来ると言う時点でかなりのアドバンテージを持っていると言える。

 下手すると第三三戦隊よりもバランスが良いかも知れないな。青葉は缶コーヒーに口を付けながら新編第二六戦隊の編成を思い浮かべて、ため息を吐いた。

 

 

 バン、という突発音と共に人型のバルーンが一瞬で展張された。自分自身とそっくりのデザインが施されたデコイバルーンを見て、夕張は口笛を吹いた。

「アクティブデコイ。耐久性に優れたバルーンで構成された艦娘の身代わりになる偽装標的。これに自走ユニットと張りぼての艤装を装備すれば、深海棲艦の艦載機群が基地に爆撃を仕掛けてきた際に、意図的にこのアクティブデコイを浮かべてプログラミングした航走パターンで走らせていれば、深海棲艦側はこのデコイを狙うだろうし、仮に破壊されたら深海棲艦は『艦娘をやった』と誤認させられる。こっちの戦力は安全な場所に避泊していればいいから偽装工作アイテムとして効果は期待出来るはずだ」

 解説する雲野の語りに夕張はつんつんと自身そっくりのデコイバルーンを突く。意外と質量があり、ふらふらと左右前後に振れる事は無い。

「ダミーを使って敵にこちらの戦力把握を難しくさせる。大昔の大戦で知将ロンメル元帥がやった事に似ていますね」

「偽装工作は軍事作戦において常套手段の一つさ。これをするかしないかで、深海棲艦の先制攻撃で重要な艦娘戦力を初動で戦闘不能にさせられると言う事が防げる。勿論、水上戦闘には使えないし、対空射撃も出来ないから単なる逃げ回るデコイ以上の活躍は見込めないが」

 なるほどと頷きながら夕張は自身のデコイバルーンを眺める。特徴的なラダーヒールを備えた足回りのディテールは大味だが、それ以外は概ね遠目からは識別がつかない程に精巧に出来ている。

「それで何体分は製造出来ているんですか?」

「この基地に残っている艦娘全員分のバルーンは制作出来ている。一度展張させるとしまうのが大変だから、夕張のバルーンだけデモ目的に特別に展張させたが、完成度は悪くないだろう?」

「ええ、充分に」

 このアクティブデコイを用いた作戦も場合によっては活用できるかも知れない、と夕張は脳内でスケッチを広げる。自走ユニットの稼働時間や耐波性にもよるが、偽装艦隊として本命の艦娘艦隊の動きを偽装させるのにも使えるかもしれない。例えば全く見当違いの場所からアクティブデコイで作った偽の艦隊を出して深海棲艦の注意を引いている間に、本命の本物の艦娘艦隊が別方向から強襲を仕掛けると言った戦術も可能だろう。

 考えうる戦術を想定する夕張の口元に、にやりと笑みがこぼれた。

 

 

 止む気配の無い雨の中、帰投して来た哨戒艦隊が入場して来る整備場のキャットウォークから青葉と衣笠は雨の雫でびしょ濡れの古鷹、加古、舞風、萩風、野分、嵐の六人を見下ろしていた。

「正規の六戦隊も今じゃ古鷹達だけか……仕方がない所はあるけど、また四人で組みたいなあ」

「今年に入ってから重巡戦隊の定数の割り込み多いわよね」

 何気なく呟かれる衣笠の言葉に、青葉は要領を少々得ない声で相槌を打った。

「六戦隊は青葉達が第三三戦隊へ引き抜かれて二隻編成に定数減少。七戦隊は鈴谷の戦死で三隻編成へ現象。五戦隊は那智と足柄が北方方面に転出で不在。定数を維持しているのは利根達の八戦隊と高雄型の四戦隊くらいか」

「七戦隊は今後どうするのかしらね。三隻編成じゃ戦隊編成の定数としてみると中途半端と言うか……」

「そう言えば欧州戦役中に第三三任務部隊の編成構想を愛鷹さんから聞いたけど、熊野が第三三戦隊の再編、発展型タスクフォースの第三三任務部隊第五群に編入予定と聞いたから、重巡戦隊定数が五戦隊以外は二人編成に落ち着くとか聞いた覚えが」

「四戦隊は?」

「鳥海と摩耶が同じく五群に編入予定だって。だから四戦隊も高雄と愛宕の二人編成になるってさ」

「ふーん……」

「ま、肝心な総旗艦の愛鷹さんが居ないんじゃ、話が始まらないよ」

「それはそうよね」

 重巡艦娘は、戦艦艦娘を用いる迄も無い艦隊の主力艦娘となり得る、と喧伝されてい入るが、その実どうにも器用貧乏にもなれない貧乏貧乏な扱いを受ける事も多い。巡洋艦枠なら軽巡艦娘に任せてしまえばいいと言う主張も聞く。重巡艦娘である青葉と衣笠としてはそう言う言説は耳が痛い話であり、自分達のアイデンティティの否定にも繋がる。必要とされて欲しいと願う所ではあるが、現場の艦娘と艦娘を運用する上層部とで認識が違うのではどうにもならない所はある。それに昨今では軽巡艦娘の大幅な強化も進んでいるので、重巡艦娘の出番を食っている感は否めない。

 重巡級でも活躍の場が定期的に与えられている艦娘が航空巡洋艦艦娘と言えた。空母が投入できない海域で水上機による対空戦闘から航空偵察、対潜哨戒までそつなくこなせ、主砲による水上戦闘も出来る。最上型の四人と利根型の二人が大体の艦隊編成で重宝される理由も、汎用性の高い航巡だからという一言で片付いてしまう。青葉も航巡だから実感する程に航巡の汎用性の高さは感じているし、同時に本来の重巡艦娘の哀愁もまた感じて来るものだった。

 深海棲艦の重巡洋艦はその点、ちょっとした小型戦艦と言っていい程に暴力の塊の様な存在、艦娘を殺す事にその能力を特化させてきたような存在だから、重巡艦娘達からすれば、強すぎると言っていい深海重巡は寧ろ悔しいが羨ましいとも感じる面はある。

 その深海重巡とまた戦う日が来るのは明日なのか、それも来週なのか、それとも来月なのか。せめて願う所と言えば、青葉型や古鷹型でも対抗出来る深海重巡が主力であって欲しいと言う事だった。

 

 

 無理を言って愛鷹が手術を受ける病院に大和が赴いたのは、翌日の昼頃だった。いつもの艦娘としての制服から一般人にしか見えない私服に着替え、一人で貸与された軽自動車を運転して、帝都医科大学付属病院に向かった大和は、広い駐車場に車を止めて脳外科病棟へ駆け足に向かった。昨日から始まっている手術は、ハプニングや問題が起きていない限りはもうじき終わる頃の筈だった。

 大和が着いた時点では手術室から愛鷹も和雄も出て来ていなかった。丸一日近い手術がどう進んでいるか、ドアを隔てた待合室で待つしかない大和には知る由も無い。医学を多少は学んだとは言え、医師免許を持つ事は無かったし、脳外科医の分野は完全に専門外だ。愛鷹の出生に関わっているとは言っても、医学的な詳しい所全てを知っている訳でもない。

 待合室で待つ事、三〇分程だろうか。手術室の「手術中」の明かりが消え、中から疲れた表情の和雄が出て来た。待合室で待っていた大和、もとい和美の気が付くと手術衣のまま、マスクだけ外して和美に静かに言った。

「終わったよ。無事、彼女の脳髄液は新しいものに全て入れ替わった。頭の体温も一般的な温度にまで下がっている」

 それを聞いて大和はその胸の内側にある、一対の肺に溜まる全ての息を吐き出すかのような深いため息を吐いて、安堵の表情を浮かべた。

「脳への影響とかは?」

「無いだろう。大々的な開頭手術をした訳では無いから、脳への直接的な影響は殆どない。ただ、暫くの間はリハビリが必要だろうし、新しい脳髄液に脳が慣れるまで短期的な副作用が発生する事は考えられる。その場合はその都度対応する」

 そこまで和雄が言った時、手術室から愛鷹を載せたストレッチャーが、看護師たちの手で運び出されて来た。和美こと大和の半分ほどのポニーテールは解かれ、眠り姫の如く眠りについている愛鷹は、彼女の為に用意された個室へと運ばれていった。

「全回復までどれくらいになりそうですか?」

「最低でも二週間はかかるだろう。最も、彼女の身体の特徴的に、もっと早くに新しい脳髄液に脳が適応して、一週間程度で終わる可能性も無い訳ではない。私が人造の艦娘を作るなら、そう言う傷病からの早期の戦線復帰も想定して、身体の回復速度を向上させるような遺伝子改良は加えるな」

 そう言い切る和雄に、和美は顔面には務めて出さないように心がけながらも、和雄の想定は実は真逆の運用法を想定していた事を後に知った事を思い出していた。傷病で長期間の戦線離脱が想定されたクローンの艦娘は、その時点で廃棄処分となり、スペアのクローンで代替する事が想定されていたのだ。結果として愛鷹の寿命問題や諸々の問題が解決出来ず、また量産計画も予算面やクローンの大量生産の結果起こりうる染色体異常を解決出来る見込みがない事、既存の艦娘の運用基準、主に生命に関わる枠の大幅な改定などで、全体的に艦娘の戦死者が急激に減った事、その他大和型の改二化改装と言った様々な要因でプロジェクトの打ち切りが決定した今では、実現しなくて良かったと言える構想ではあった。

 私は暫く休んで来る、と言って和美を置いて去って行った和雄の背に向けていた視線を背けて、大和は呟いた。

「命を大事と言いながら弄び、殺させ合わせた……か」

 




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 また次回のお話でお会いしましょう。
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