艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 艦これ成分よりリアルミリタリー? 成分強めの内容となっております。


第一〇七話 地上戦

 例年外れの寒さに包まれる北の地、北海道の大地を灼熱の鉄塊が引き裂いた。

 遠方、水平線から響き渡る大太鼓を複数回連打したかの様な砲声が幾度となく遠雷の如く轟き、鈍色の空を焼けた砲弾が引き裂き、着弾点へと結ばれた弾道に乗って落着した砲弾が大地を抉り返した。

 鈍色の空と紺碧の海上が交わる水平線上に発砲の閃光が走り、褐色と黒の砲煙が複数種類の灰色の雲で覆われた空を薄汚く汚していく。一方、放たれた砲弾は最初、浜辺の土砂を抉り飛ばし、土柱を上げるに留まっていたが、やがて着弾位置を修正し始めた砲撃が草木で覆われている内陸部にまで届き、噴き上げられた緑の欠片が土砂に交じって宙を舞う。

 大太鼓の連打は止むところを知らない。大太鼓を打つ音が響いて数十秒後、鉄の欠片が空から降り注ぎ、大地を穿ち、辺り一面を掘り返して、自然が生み出した秩序ある北の大地の風景を暴力のままに破壊していく。

 それと同時に紺碧の海は徐々に、やや薄暗い曇天の空にあった色彩であったが、赤く、血を思わせる紅へと「変色」を始める。海を蝕み、犯していく様なその変色は瞬きする内に広がり、艦砲射撃によって耕される浜辺にまで手を伸ばし、紺碧の海から打ち寄せて来ていた波までもが程なく赤く染まった。飛沫を除く海が赤く染まり、鈍色の空と赤い海と言うグロテスクな風景が見渡す限りに広がっていく。

 間断の無い艦砲射撃を受ける浜辺の奥、内陸部では頑丈な陣地に籠る国連軍日本方面軍北部方面隊の地上軍、正確には海軍以外の陸空の戦力全てを海兵隊に纏められていた組織の中で、国連軍再編計画に則って国連陸軍へと再再編されて海兵隊から本来の「陸軍」に戻った旧陸上自衛隊北部方面隊の第二師団と第五旅団の兵士達が陣地に籠っていた。水際防衛陣地を構成する各連隊戦闘団の籠城する所まで深海棲艦は砲撃を投げ飛ばす事は出来ない。だから艦砲射撃終了後に押し寄せて来るであろう深海棲艦上陸部隊は、ほぼ一方的に一〇式戦車改や一六式機動戦闘車、一九式装輪自走一五五ミリ榴弾砲改、二四式機動一二〇ミリ迫撃砲と言った火砲、重戦闘車両が施設科の構築した陣地からの猛砲撃で壊滅する筈、と陸軍の誰もが疑いを持つ事なくそう思い描いていた。

深海棲艦上陸部隊にたらふく砲弾を食らわせた後は、その残骸の痕片付けで終わるだろう、と浜辺を吹き飛ばし、沿岸部を赤く染める深海棲艦を眺めながら陸軍部隊の誰もがそう考えていた時、偵察戦闘大隊に属する二五式偵察警戒車の乗員が、自車から発進させて操作する偵察UAVの映像に沖合に新たな深海棲艦の艦影を捉えた。

「何だコイツは?」

 隊員がその深海棲艦にUAVのカメラをズームアップさせ、艦影を確認した時、隊員の口が震え声で「くそ……」とだけ漏らした。

「ホークアイ0-1から全部隊に通達、全部隊に通達。沖合に巨大艦ス級二個戦隊相当、及び戦艦水鬼、戦艦レ級の各一個戦隊相当を確認。全部隊、陣地から出るな、超射程の艦砲射撃が来る!」

 その通達が飛んだ直後、世界が割れた様な轟音と、沖合を明るく照らし上げる程の強烈な閃光が走った。紺碧から深紅色に海の色が変っても尚鈍色のままの空を、赤く光る流星群が目で終える程の速さで過り、結びつけられた着弾点に落着した瞬間、地震計が震える程の振動と、強烈な衝撃波を伴って既に耕し尽くされていた大地を更に吹き飛ばし、鋼鉄の欠片をぶちまけていく。

「ホークアイ0-1から全部隊、至急、至急! 先程の命令取り消し! 全部隊、直ちに陣地から後退せよ。敵艦砲射撃は重砲級の威力ありと認む」

 施設科が丁寧に、そして頑強に作り上げた陣地も、重榴弾砲級の砲撃には耐えられない。今直ぐ後退しなければ、深海棲艦の艦砲射撃で陣地事戦う前に粉砕されてしまう。戦力を無意味に失う前に、即刻離脱する必要があった。

 とは言え、全ての部隊が直ぐに離脱に移行できた訳ではない。陣地に籠っていた戦車はエンジンをかけて目の前に落着する砲撃から逃れるために後退するが、アウトリガーを展開して陣地内に固定されていた榴弾砲や迫撃砲は直ぐには移動出来ない。

 水際防衛部隊の後退を支援すべく、更に後方の内陸部に展開する特科部隊の地対艦ミサイル連隊から、一二式地対艦誘導弾改Ⅱが次々に発射された。本来は浜辺に押し寄せる輸送艦ワ級を焼き払うはずの地対艦ミサイルだったが、高脅威目標の出現となってはこれを叩かない事には前線部隊が危ない。

 幸いにも深海棲艦との長い戦争の間に、ある程度、深海棲艦が存在するだけで起こる誘導弾のシーカーの作動不良問題も改善が図られている。往時の高い命中精度こそ取り戻せていないが、それでもまだ狙ったところへ飛んでくれる様になった地対艦ミサイルの群れが、ス級、戦艦水鬼、レ級に襲い掛かる。ミサイルの燃料自体もある程度残っていた状態でス級、戦艦水鬼、レ級に直撃した地対艦ミサイルが爆発するや、沖合の海上は褐色の猛煙に包まれ、たもすれば全艦轟沈せしめたかのように見える。

「おお、これは!?」

「やったか!?」

 沖合に立ち昇る爆煙を見て、後退を急ぐ地上部隊兵士が勝利を疑った時、その猛煙の中から再度巨弾の群れが突き破って来た。

「ホークアイ0-1からランチャー1、2へ。目標へのBDAは最低……いや皆無。敵艦隊、依然として健在!」

 UAVから送られてくる映像を見て、化け物め、と乗員は奥歯を噛み締める。サーマルで映し出される深海戦艦群をふと通常モニターに切り替えた彼の目に、サーマルでは白と灰色でハイライトされていたス級、戦艦水鬼、レ級の纏うオーラの色が明らかになった。戦艦水鬼は兎も角、ス級とレ級の艦体を、溢れ出る様に金色のオーラが包み込んでいた。

「ば、馬鹿な! そんな事があるのか!」

 信じられない事態に偵察戦闘大隊の隊員が叫んだ時、彼らの頭上に密かに忍び寄っていた戦艦レ級flagship級から発艦した艦載機からの位置データを基に、巨大艦ス級flagship級の効力射が鉄槌を振り下ろした。

 

 

「こちらオスプレイ2-9。三宅島沖東一〇〇キロにて、海域の変色化を確認。毎時五〇〇メートルの速さで急速に千葉県並びに茨城県、静岡県方面に向けて拡大を観測。深海棲艦の出現が予想される」

≪館山コントロール了解。深海棲艦の空母機動部隊艦載機の出現に留意しつつ、可能な範囲での海域の索敵を実施されたし≫

 前方に広がる曇天を見つめながらコールサイン「オスプレイ2-9」で呼ばれる日本方面軍館山基地第二一航空隊所属のP-1哨戒機の機長は、とうとう始まるのか、と生唾を呑み込みながら眼下に広がる変色海域を見下ろしていた。深紅と言う程では無いが、血を思い起こさせる赤く染まった海は、実際に海が赤くなる赤潮と言う海洋現象の比では無い勢いで急激に拡大していた。

 海が赤く染まる一方で、空もまた、雲が多くなり気流にも乱れが生じ始めている。機長とコパイの握る操縦桿だけでなく、機体自体が小刻みに震え始め、良好とはとても言い難い天候になりつつあるのが分かる。これが深海棲艦由来なのか、突然の気象変化なのかは分からないが、余り深いりしない方が機と乗員の安全になる。

 だが、赤く変色する海を実際に航行して調べる艦娘が今この場に居ない以上、深海棲艦が出現し、その規模がどれほどのものかのかを調査できるのは自分達しかいないと言う、軍人としての責任感もまた存在していた。それに万一深海棲艦の艦上戦闘機に追われる羽目になっても、P-1のフルスロットルの速度には追い付けまい、と言う自信もある。

「戦術士官、変色海域の広がり具合から逆算される中心点(グラウンド・ゼロ)を出してくれ」

「ラジャー、スタンバイ」

 コックピットの後ろの戦術士官席から返答が返される。

「この変色海域の広がり具合、鉄底海峡の戦いでの峡一号作戦の時の急拡大を想起させる勢いですね」

「その時と違う事が一つある」

 コパイも眼下へ視線を落として言うのに、機長は一つ断言出来る事を少しだけ震わせた声で呟く。

「鉄底海峡の戦いの時は、ある意味人口密集地ではないソロモン諸島で発生したから人的被害は抑えられた。だが、ここは拡大する範囲にもよるが、最悪日本国首都東京までもを呑み込みかねない。人間様の本拠地の真ん前に奴らは湧いて出やがった」

「その前に千葉県が赤い世界に呑まれますね。俺達のホームベースが、とは考えたくないです」

「なるたけ粘って情報収集を行おう。今、この場で深海のクソ共の情報を探れるのは俺達だけだ」

「了解です」

 程なく戦術士官が逆算された中心点を報告する。

「転針する。ヘディング150」

 緩やかに左旋回したP-1の引くコントレイルが灰色の空に引かれる中、そのP-1に搭載されている合成開口レーダーが海上を捜索して回る。海上の艦娘より目視確認の難易度は上がる仕事だが、逆に高度と艦娘の艤装より優れた索敵装備で艦娘の偵察艦隊よりも広い範囲を迅速に捜索出来るのが、哨戒機の強みだった。艦娘と言う既存の兵器で対抗困難な深海棲艦に対抗出来ると言う軍事的ブレークスルーを起こした存在が現れても、出来る事と出来ない事は存在する。哨戒機の様な既存兵器は艦娘には出来ない事をやってのけられるから、今でも存続する海軍の部署の一つであった。

 気流の乱れは、乱れそのものがランダムになり始め、揺れる事もあればぴたりと治まる事もあった。海域だけでなく、空域も不安定化しつつあるのか、と機長が操縦桿を握り直した時、戦術士官から「コンタクト」の知らせが入る。

「深海棲艦と思われる反応多数、いや無数を検知。敵反応、推定一〇〇を超え、尚増大中」

「姫級、鬼級の深海棲艦の反応は?」

「ネガティブコンタクト。いえ、反応が多すぎて識別困難です」

「キャプテン、こちら戦術。MADコンタクト、潜水艦隊も多数海中に展開を開始している模様」

 機長は考えを巡らせた。この気流の荒れ具合からして、鳥サイズの深海艦載機も、天候と言う要素を前に等しく飛び辛い状況の筈だ。寧ろフルサイズのP-1だからこそ、荒れ気味な空を飛べているのかも知れない。そう考えると恐らく迎撃機は上がって来ない。留意すべきは敵艦隊からの対空砲火だが、射程外から触接を行えば欲しい情報は手に入る筈だ。

「深海棲艦らしき反応に近接する。戦術、可能な限りのデータを収集しろ。航過は一回きりだ。敵の対空砲火を避ける為、なるべく高度を上げて目標上空をフライパスする」

「了解」

 操縦桿を引き寄せつつ、右手でスロットルレバーを押し出す。P-1は高度を二〇〇〇メートルまで上げて一度雲出て、そこで水平飛行に移行する。

 眼下に広がるのが赤い海から薄灰色の雲海になったのを見て、コパイは軽い溜息交じりに言った。

「ハリケーンに飛び込むアメリカ海洋大気庁のイカれた連中の真似をしている気分になりそうですね」

「おいおい、あのイカれた連中の仕事と今の環境は比にならんぜ。あっちは文字通りハリケーンの中に飛び込む決死隊だが、頭がイカレているせいで墜落しかねない状況でも絶えず笑いが飛ぶ職場だ。此処はそうじゃない。気流は乱れがちだが、ハリケーンの中って程でもない。寧ろ弾が飛んで来るかも知れない、っていう意味で俺達は危ない所に突っ込もうとしている」

「結局、ヤバい事をやっている者同士じゃないですか」

「ま、海では艦娘の嬢ちゃん達が命張ってんだ。良い歳したベテラン軍人の俺達が火の中に飛び込まんでどうするって話ではあるがな」

 

 P-1が深海棲艦らしき反応の直上に降下した時、戦術士官は息を呑む様に解析された反応を報じた。

「敵艦、姫級、鬼級含む三〇〇隻以上の大艦隊を構成している模様。海面下の潜水艦隊と合わせて更に数は膨れ上がる可能性大です」

「高脅威目標の識別と頭数は数えられたか!?」

「はい、基地に帰ってデータを精査しない事には、タイプ違いも特定出来ませんが、概ねのデータは集まりました」

「よーし、撤収するぞ! 館山コントロール、こちらオスプレイ2-9。RTB」

「羅針盤障害と思われる通信障害で、交信不能です」

「んー、駄目か。なら尚の事、生きて帰らんとな」

 

 頭上を飛び抜け、そして旋回して去っていくP-1に深海棲艦艦隊は一発も撃たず、艦載機による迎撃もせずにただ見上げて見送った。

彼らが何を考えていたのかは、誰にも分からない。

 

 

 本格的な深海棲艦の日本本土侵攻作戦が始まった。が、その最初の一手は日本方面軍司令部や国連軍司令部の予想とは別の方面からの侵攻となった。

「陸軍北部方面隊司令部より入った情報では、北海道浜頓別、及び稚内に敵深海棲艦の上陸を確認。第二師団、及び第五旅団は水際防衛戦を断念。内陸部へ後退し、新たな防衛線構築と警察と戦略防衛隊と共同で住民避難の支援を実施中です。深海棲艦は各上陸地点に橋頭保を確立中との事」

「敵深海棲艦艦隊にはス級のflagship級と思われる新型種の存在を認むと言う情報があります。また敵艦隊には欧州戦役で始めてその個体が確認されたレ級flagship級も一個戦隊相当が確認されたとの事」

 秘書艦三笠と鳳翔の報告に、武本は唸り声を漏らしながら戦況を映した日本地図を見つめた。北海道方面に深海棲艦侵攻の兆し有りと言う急報があって以来、北部方面隊が沿岸防衛線を構築していた筈だが、深海棲艦の着上陸前の事前攻撃に退却を選んだとの事だった。内陸部での陸戦となれば人類側に分があるので、沿岸部の防衛を捨てる肉を切らせて骨を切るやり方とも言える。

 深海棲艦の北方海域方面出現には既に国連海軍日本艦隊も対応済みだった。日本艦隊第五艦隊を大湊基地に配備し、艦娘母艦一隻をその支援に当てて待機を命じている。重巡那智、足柄、軽巡阿武隈、多摩、雷巡木曾等、歴戦の艦娘達が揃ってはいるし、それに加えて第四航空戦隊の伊勢型、扶桑型航空戦艦艦娘も配備しているので、並の深海棲艦となら火力負けはしていない。

 だが深海棲艦は巨大艦ス級flagship級らしき新型種にレ級flagship級、それに強靭な装甲を誇る戦艦水鬼と言う深海棲艦の三種の神器の様な強力な戦艦戦力が揃っている。その上、第五艦隊が航空戦艦四人、重巡二人、軽巡二人、雷巡一人、駆逐艦七人程度しかいないのに対し、深海棲艦艦隊は戦闘部隊だけで一〇〇隻近い艦隊戦力を揃えて来ている。数的にも火力的にも艦娘側が劣勢だった。

 

 武本は思案を巡らせる。北海道防衛に空母打撃群である第三艦隊を回すべきか。いやこの季節だ、寒冷な北の海では空母艦娘の艦載機の発着艦に必要な安定性が望みにくいし、何より日に日に下がる気温で航空艤装が凍結してしまう可能性もある。寒冷地下でも空母艦娘の作戦行動を可能にする専門の甲板員妖精があるとは言え、艤装内への妖精の増員はそれ即ち航空機運用の妖精の減少につながる。

 あれこれを考慮しなくて済む戦力を送るとしたら、第一艦隊か第二艦隊しかない。第一艦隊は金剛型の比叡と霧島、重巡戦力では古鷹と加古、軽巡戦力は第五艦隊へ引き抜かれた阿武隈に代わり、能代が配備されている他、雷巡北上、大井も配備されている。全体的に快速艦隊だが、反面艤装の世代がやや古い艦娘が多い。駆逐艦娘も全て特型だ。所属する艦娘の多くが改二等の改装を受けているとは言え、若干火力難気味なのは否めない。

 

 第二艦隊は日本艦隊の火力自慢の第一戦隊を有する艦隊で、重巡級も妙高型、高雄型が揃った重火力型の艦隊だった。軽巡も阿賀野、矢矧(ただし矢矧は欧州戦役での負傷療養中で離脱中)、駆逐艦娘も甲型と呼ばれる陽炎型や夕雲型を始め、白露型等を配した有力な艦隊だった。ただ中核かつ火力要員たる第一戦隊が低速艦である為に、第一艦隊程の敏捷な機動性は望めない。

 

 第三艦隊は先述の通り空母打撃群であり、日本艦隊に配備される正規空母艦娘の全てが集約されている。これを第三戦隊第一小隊の金剛と榛名、最上型三姉妹、軽巡酒匂、朝潮型駆逐艦娘に秋月型駆逐艦娘、他に陽炎型や夕雲型と言った艦娘達で防護している。

 

 ナンバーフリートとして他に第四、第六艦隊があるが、第四艦隊は海上護衛を担う艦隊なので、艦隊戦を行う部隊としてはノーカウント、第六艦隊は日本潜水艦娘で構成される潜水艦隊であり、所属潜水艦娘は各方面で深海棲艦に対する遊撃行動から偵察行動まで幅広く担当している。

 北海道防衛として増派するなら、火力に優れる第二艦隊だろうか、と武本が決定案を考えていた時、通常兵器であるP-1哨戒機を運用する館山基地から緊急入電が会議室を囲う日本艦隊首脳陣の内、鳳翔の見る会議用のノートPCに送られて来た。

「館山基地の第二一航空隊所属のP-1の情報です。三宅島沖東一〇〇キロを中心に変色海域が茨城県、静岡県方向へ拡大中。グラウンドゼロには敵深海棲艦機動艦隊群無数を確認。敵は戦艦水鬼、空母棲姫、巨大艦ス級等の主力艦多数を要するとの事です。敵艦隊総数は約三〇〇」

「さ、三〇〇だと!?」

 湯原が呻き声を上げる。その傍らで三笠が険しい表情で主力艦の顔ぶれを呟く。

「ス級に戦艦水鬼に空母棲姫……」

「皆さんに共有します」

 エンターキーをトンと押す鳳翔の指の立てた乾いた音の後、武本、谷田川、湯原、三笠の会議用PCに情報が回される。

 偵察画像付きで送られて来た情報を読む一同は、その強力と言って過言ではない陣容に唸り声を漏らした。北方海域でも確認されたレ級flagship級とス級の新型種、ス級flagship級も当然のように含まれていた。重巡はその殆どが超巡ネ級改Ⅱとネ級改、軽巡もツ級とへ級、ト級のflagship級やelite級が含まれ、駆逐艦もほぼ全てがナ級で固められている。イロハ種の深海棲艦だけでなく、戦艦水鬼、空母棲姫、重巡棲姫と言った姫級、鬼級の深海棲艦も多数いる。また偵察映像には海面付近を潜航していると思われる潜水新棲姫やソ級の朧げな艦影の写真も含まれていた。

「敵艦隊の進路は何処にあるのでしょうか」

 谷田川の呟きに、鳳翔が軽い溜息の後に答える。

「日本国首都東京……でしょうね。一八年前の『バレンタインの虐殺』の再現をするか、或いは国連海軍でも有数の艦娘艦隊規模を誇る日本艦隊に徹底的な打撃を入れる為に、日本艦隊総司令部のある横須賀を襲撃するか」

 

 二〇三〇年のバレンタイン・デーである二月一四日。オーストラリア沿岸部諸都市に対する深海棲艦の大規模な無差別攻撃が行われ、多くの人命が失われた「バレンタインの虐殺」は、現在の海軍艦娘艦隊にとって、繰り返してはならない惨劇として必ずその詳細について教育される出来事だった。現在でもその正確な犠牲者数が判明していない虐殺と言える惨劇を記録した映像を、艦娘達は教育段階でぼかし無しに見せつけられ、ほぼ無意識の内に深海棲艦に対する報復心を刷り込まれる様に教育を受けて来る。

 鳳翔もまたその教育を受けた一人であるから、普段の穏やかな性格とは裏腹に、深海棲艦に対する報復心は彼女の胸の中で密かに燃え続けている。また彼女の一線級の空母艦娘としての命を絶ったのもまた、直接的には深海棲艦であるから鳳翔にも相応に深海棲艦憎しの感情はある。谷田川の呟きに答える彼女の口調に、薄らと恨みと言った負の感情が籠っている様に聞こえるのも、過去の禍根が響いているのかも知れない。

 

 その時、武本の傍らにある専用の卓上電話が鳴った。即座に受話器を取る武本が二言三言、受話器の向こうにいる相手と話し、最後「了解した」と返して受話器を置いた。

「市ヶ谷からだ。私は本土防衛の指揮の為に市ヶ谷に設立される日本本土防衛司令部に招集される。谷田川、君は日本艦隊副司令官として此処で湯原と共に現場指揮を執ってくれ。三笠、君は私の副官として一緒に来てもらいたい」

「了解です。所で事実上の本土決戦になりかけている訳ですが、戦略防衛隊はどう動いているのです?」

「それは向こう行ってみない事には分からないが、戦防は日本固有の防衛軍事力だ。十中八九、彼らとの共同作戦は行われるだろう。

 それと此処も攻撃を受ける可能性がある。湯原、君は非戦闘員の避難や基地防護の手順の再確認と各部署への通達を再確認しておくように」

「了解」

 我が家とも言える日本統合基地が焼き払われる事態など、考えたくも無いが、起こり得る自体を想定し、対応するのは危機管理の常套だ。

 

 事実上の日本艦隊の前線司令官とでも言うべきポジションにつく事に、八田川は表には出さずとも、胸の内側で武者震いに似たものを感じていた。欧州戦役中も武本不在中に艦隊司令官として指揮を執って来たが、将来的に中将へ昇進と武本に代わる艦隊司令官もあり得なくは無いかも知れない。将官としては随分早い出世を遂げて来たものだったが、いよいよ艦隊司令官の職も現実味を帯びて来たかと思うと、緊急事態下でありながらワクワクする感情も無くはない。

 最も、武本不在の間の自分の働き次第だと、逸りかける谷田川は自身を戒める。武功に焦って失態を演じて多くの犠牲者を出しては、自分自身を許せなくなるし、犠牲者の遺族に顔向けも出来なくなる。

 谷田川はふと自身の袖に巻かれた少将の袖章を見て、生唾を呑んだ。これが何時かは中将の袖章に……。

 

 

 明日で一二月か。窓の外の天空を覆う鈍色の空を見上げて、愛鷹は溜息を洩らした。そろそろ第三三戦隊の仲間達が恋しくなって来る。愛鷹がリハビリと脳髄液の入れ替え手術からの回復を急速に遂げる中、一昨日には介護についていた大和も統合基地に帰る事となり、今では限られた医療関係者とリハビリ生活時に付き合ってもらう以外に人付き合いが無い。第三三戦隊の仲間達が見舞いに来ないのは、人目を避ける為か、それとも自分の不在の間も青葉を臨時旗艦に活動を続けているからか。

 いずれにせよ、今の愛鷹は随分と孤独と隣り合わせの寂しい病院生活を送る事になっていた。退院と戦列復帰が待ち遠しいが、大和の父親の八島和雄からのGOサインはまだ出ていない。焦る愛鷹の気持ちとは逆に和雄の診断は慎重だった。何度か診察の時に会って話をしているから、愛鷹にとっても遺伝的にも無縁の人間ではない和雄と言う男性には彼女なりに感謝と、反抗出来ない心がある。

 ただ空を覆う、鈍色の空は単なる曇空とは言い難い、禍々しさを伴った薄暗さを孕んでいる。北海道に深海棲艦が上陸し、北部方面隊と戦略防衛隊による防衛戦が行われていると言う報道は聞いているが、同時に首都圏の目の前にも深海棲艦の大艦隊は現れたと言う。艦隊の出現と同時に侵攻を開始している訳ではないので、首都圏を始め、日本列島太平洋側では奇妙な静けさが訪れている。

 それでも三〇〇隻余りの深海棲艦の出現は、まだ首都圏、東京都心に残る民間人の尻に火をつけるには充分なインパクトがあったらしい。連日、東京駅を始め、都心やお台場の公共機関には内陸部へ避難を求める民間人が殺到し、人気が減っていた東京都内からは更に人気が無くなっていた。

 少なくともお台場などの沿岸部と呼ばれる地域からは、行政、警察を除いてほぼ全ての民間人が消えている。

政府機関においても日本国総理大臣の野上敦総理以下、政府首脳の大半は都内に留まっているし、東京都庁の都知事らも多くが残置している。皇室も、皇族の大半は長野県の那須野御用邸に避難しているが、天皇陛下と僅かな宮内庁関係者だけがまだ皇居に残っていた。

 そんな疎開ムードの中、帝都医科大学附属病院だけは患者を段階的に別の病院へ医師、看護師と共に疎開させつつもまだ一時閉鎖されずに営業を続けていた。これに関しては愛鷹が原因と言う訳では無かった。愛鷹の入院のカバーストーリーに利用された政府要人の入院が続いているのは事実だし、万が一沿岸部防衛戦闘が始まれば、負傷した兵士達の受け入れ先としてこの病院は機能する事になる。その為、覚悟を決めた医師や看護師らが残置を決定していた。無論この病院の関係者も東京陥落などと言う最悪の事態が迫る様な事があれば、第一空挺団の輸送機で脱出する事になる。

 そう言った一国の首都陥落と言う事態だけは避けなければ、と言う艦娘としての使命感が、胸の内側から湧き上がり、口元から独り言になって漏れ出そうになる。愛鷹は最初から艦娘として生まれた存在だし、同時に腐っても市民、銃後を護る軍人としての使命感も人並みに持ち合わせている。何もせずにじっとしている事が苦痛になる、色々な意味で、友人であり戦隊副官である青葉と同じ性格故に、今の病床に繋がれた身の上はもどかしい事この上ない。

 いつも痒い所に手が届かない、そんな気持ちを抱えながら愛鷹はこの日何度目か分からない溜息を吐き出した。

「私の居場所は海なのか……戦場なのか……」

 自身に問いかけるその呟きに、答えは直ぐには出て来なかった。

 

 

 地面を揺るがし、草木を、土砂を埋設された地雷事鈍色の空の彼方へ放り飛ばす砲撃がようやく終わった後、殷々とした着弾音が静かに虚空へ遠のいて行き、寒冷な北辺の大地に静けさが舞い戻りかけていた。

 その鈍色の空を、恐ろしく静かな羽音を響かせて、陸軍の偵察ドローンが滞空していた。白と黒のサーマルで眼下の大地を映し出すドローンのカメラを、着弾煙が微かな白い靄となって覆い隠すが、吹き付けて来た風が靄を瞬く間に消し飛ばし、後には黒く表示される北海道の大地が映し出された。

 ドローンオペレーターは操縦スティックを操りながら、沿岸部、長距離砲撃が飛来した方向へとドローンを向かわせる。陸戦のセオリーとも言うべき攻撃準備射撃が終わったからには、次に来るのは戦車小鬼の群れだろうか。それとも海だけでなく大地迄も赤く浸食しながら深海棲艦の陸上部のテリトリーを広げて来るのか。

 沿岸部防衛を諦めた第二師団と第五旅団は、沿岸部防衛を諦めて後退する時に退避が遅れた部隊が艦砲射撃に吹き飛ばされて若干の死傷者を出したとはいえ、戦力的には問題ない範疇の損害で済んでいる。第二戦車連隊の一〇式戦車改や第三即応機動連隊の各種装甲車輛は沿岸部の防衛線を放棄し、新たに伺頓辺(しとぅんべ)市の郊外に防衛線を構築して守りを固めていた。

 ここを抜かれたら、音威子府に築かれた絶対防衛線しかもう防衛線は無い。予備兵力も無い。北部方面隊には第二、第七の二個師団と第五、第一一の二個旅団、第一特科団に第一高射特科団、北部方面混成団と日本方面軍陸軍部隊の中でも有数の戦力を保有しているが、逆を言えばすぐに展開可能な地上兵力は北海道内に展開する部隊のみであり、何処かの師団、旅団が壊滅すると、瞬く間に背水の陣状態になると言う危うさを孕んでいる。本州は本州で首都圏防衛に第一師団と富士教導団が動員されているし、他の陸上自衛隊から続く各師団、旅団等も少子高齢化の影響などで入隊者が減った事もあり、規模の縮小や閉鎖による統廃合で日本列島を防衛する地上部隊戦力は穴だらけの有様だ。それを補うべく戦略防衛隊の陸防隊があるが、それらもやはり定員や隊員の年齢層の問題から実働部隊として動員出来るのは一個師団が限界だ。

 北海道への増援部隊を送り込む方法にも問題がある。北海道と本州最北の青森県を結ぶのは鉄道網とフェリーだが、鉄道網では陸防隊の一〇式戦車や一六式機動戦闘車は輸送出来ない。鉄道輸送では出来て装甲車などの車両が数種であり、兵力輸送にはお世辞にも向いていない。

 一方船舶はフェリーでピストン輸送する事になるが、当然艦娘の護衛を要する(これに関しては戦略防衛隊の自前の艦娘戦力があるが)。だがそれ以前に徴用できる船の数が足りていない問題があった。日本本土防衛に特化するがあまり、自前の輸送艦や揚陸艦を持たない大胆な軍備はここで悪い面を晒していた。一応国連海軍に要請して輸送艦や揚陸艦を借りるにしても、最前線大湊基地には配備されていないし、それら補助艦艇の母港呉は遠かった。事前に兵力を配置すると言う策を取るべきではあったが、北海道への深海棲艦の展開はごく最近の事であったから、師団規模の地上部隊を北海道へ送るには、組織違いと言う関門を幾つも迂回して行かねばならず結果として初動対応に送れてしまった。戦略防衛隊と国連軍の横の繋がりの不十分さと、組織的格差等、創設間もない組織であるが為に連携が不十分な嫌いがあった。

 

 結果として北部方面隊は現有戦力での対応が求めらる事になっていた。

 とは言え、一〇式戦車改や一六式機動戦闘車改の車内に籠ってディスプレイやペリスコープを覗き込む乗員達に悲壮感はない。寧ろようやく殴り返してやれると意気込みすらしている。恐らく前進して来るであろう戦車小鬼は数こそ多いが、最新鋭のデータリンクによる射撃統制装置や通信システムを備えた一〇式改の前には射的も同然だと誰もが思っていた。開けた場所に陣取る陸軍部隊からすれば深海棲艦の地上部隊の予測進路は全て導線が通っており、キルゾーンに入り込めば深海棲艦地上部隊は忽ちAPFSDS弾といった徹甲弾の雨を浴びる事になる。仮に例えば戦車小鬼が一〇式改を射程に捉えても、戦車小鬼は行進間射撃が可能な戦車系ではない。正確に目標へ砲弾を当てるなら一時停止しないといけないディスアドバンテージを抱えている。一方の一〇式改と一六式改は、中隊指揮車の砲手がUAVからのデータを頼りにマッピングしたマップ上に表示される深海棲艦と、中隊をタッチペンで結ぶだけで一四両の戦車、機動戦闘車の砲塔が同じ、または個別の方向、射角、仰角を取りオートで射撃を行う事が可能だった。当然、行進間射撃は常識と言っていい程に可能だから、陣地転換しつつ砲撃続行も可能だ。

 

≪ロメオ3-1から各車へ、敵出現、敵出現。方位010、距離九〇〇〇。……あー、各員待機せよ、目標、アンノーン。現在識別中、オクレ≫

 UAVで偵察を行う偵察隊の報告に機甲部隊の誰もが微かに反応を見せた。アンノーンと言う言葉ほど、不意に不安を脳裏に過らせるものは無い。

≪全隊、こちらロメオ3-1。目標、ヒトガタ。繰り返す目標ヒトガタ≫

「タイガー1からロメオ3-1へ。ヒトガタとはどういう事か? オクレ」

 聞き慣れぬ報告に戦車隊の中隊長の一人が、偵察隊に疑問を投げる。ヒトガタ……人型と言う事か? と中隊長は考えるが、しかし人型で歩き回る陸上型深海棲艦は居ない筈だ。集積地棲姫は人型の陸上深海棲艦だが、まず自拠点から出て来る事は無いから集積地棲姫が出張って来たとは考えにくい。

 偵察隊も困惑と新型種であろう「それ」に対し、「あー」とか「えー」と言う要領の得ない言葉を挟み挟みにUAVからの情報を報告する。

≪目標……陸上部を歩く深海リ級及び……ネ級と推定……数、凡そ一個小隊規模……敵は歩行しつつ前進中……敵の機動力については未知≫

「タイガー1、その件了解。オーバー」

 タイガー1ことタイガー1中隊の中隊長はそう返すと、自身のコンソールをUAVフィードに接続して偵察隊と同じものを見る。

 サーマルで表示される空撮映像に、人間と同じ歩行速度で道路を歩くリ級とネ級、三〇体程が確かに見えた。一応。陸戦部隊とは言え深海棲艦の艦影識別図は見た事があるので、確かに映っているのはリ級とネ級だった。ただ足回りに何やらオブジェクトを増設しており、足のサイズに全くあっていない巨人の靴を履いているかの様にも見える。

「ありゃ何だ?」

 中隊長が見ているものと同じものを見る砲手が疑問符を口にする。タイガー1中隊長は無言でUAVの操作パネルを操作し、通常映像に切り替える。足回りが変わっている以外は全く通常のリ級とネ級であった。オーラも纏っていないから、経験を積んだ艦娘達から今では雑魚扱いされる無印のリ級とネ級だろう。

「なんでもいいか。全車、砲撃開始だ」

 タイガー各中隊の戦車の砲塔が即座に動き出す。同時にパンサーのコールサインの機動戦闘車の砲塔も同様に対応を開始する。

 各中隊の中隊長はデータリンクで情報共有を行いつつ、中隊毎に射撃目標を選定し、設定、ロックオンする。識別した人型の陸上型深海棲艦を測距儀が自動追尾し、砲身をぴたりとその予測進路上へ偏差して向ける。

「距離よし、撃て!」

 陣地に籠る一〇式改、一六式改の一二〇ミリ滑降砲と一〇五ミリライフル砲が一斉に火を噴いた。戦艦艦娘の主砲並の砲声が鳴り響き、地面の砂埃を砲口から吐き出した衝撃波と共に噴き上げる。滑降砲のマズルフラッシュの中からAPFSDS弾の弾芯が、装弾筒をかなぐり捨て、安定翼で弾道を曲げる事無く飛翔していく。ライフル砲からは似た構造のAPDS弾が発射される。

 機甲部隊の発砲と同時に、深海棲艦地上部隊も新たなアクションを起こした。一度全隊が停止したかと思った次の瞬間、陸地を踏みしめて歩いていたリ級とネ級は海上にいる時と同じようにフィギュアスケート選手の様なスケート機動を始めたのだ。大きな足の踵から土煙が噴き上がり、ロボットアニメに出て来る陸戦型人型機動兵器のホバー移動宜しく機敏に陸上で滑らかに動き回り始める。

≪な、なんだ!?≫

 思わず上ずった声を無線にばら撒いてしまう偵察隊員の反応は無理も無かった。それまでのっしのっしと歩いていたリ級とネ級がいきなり会場と同じ動きを陸上で始めたのだから。

 空を鳴らしながら飛翔した機甲部隊の一斉射撃は、当然逸れた。直撃や掠りを望む事自体が烏滸がましい程に見当違いな所へ砲弾は落ち、虚しく地面を抉り、吹き飛ばし、土煙を上げる。

≪タイガー3より各隊、敵出る! 一〇時方向に一〇、訂正一五、一時方向に一五、敵種別不明≫

≪パンター中隊下がれ。タイガー1、3は砲撃続行。タイガー2、陣地転換。右翼に展開せよ!≫

≪了解! 全車前へ、一気に突っ走れ!≫

 タイガー2戦車中隊の一〇式改一四両が陣地転換し、右翼側へと展開を開始する中、リ級とネ級の内、ネ級一五体がタイガー2中隊に向けて、三連装砲を発射する。地上に深海艦砲の砲声が鳴り響き、衝撃波で周囲の海面の海水ではなく、地面の砂埃を吹き飛ばす。

 ネ級が放った砲弾は全てが一〇式改を狙い、全ては当たらなかったが、当たった数発がその弾頭の威力を発揮した。曲がりなりにも戦車よりも大口径の艦砲を運用する重巡級の深海棲艦なだけあってなのか、或いは艦娘ではない通常兵器相手には実物大の艦砲と等倍の威力を発揮するのか。兎も角その砲撃の威力は一〇式改の正面装甲を砕き、文字通り砲塔を吹き飛ばして一瞬で大破させるのに十分な威力を誇っていた。

 タイガー2中隊長は唖然とした。なんだこれは、馬鹿げているぞ。

 

 瞬く間にタイガー2中隊の四分の一の一〇式改が鉄屑になったと聞いて、後方に控えていた普通科部隊も前へと出た。

 二四式装輪装甲戦闘車が前進し、主兵装の三〇ミリ機関砲の照準をネ級に向ける。左手ではタイガー1、3中隊とパンサー中隊がリ級と砲撃戦を開始する砲声が鳴り響く。

「敵、尚も接近中。敵種別……重歩兵、降車班用意……あー、待て、速過ぎる! 待て、命令戻れ、降車中止!」

「大尉、ありゃ一体何でありますか?」

「何だろうと構わん。戦闘照準、三点バースト。目標……知った事かい、てぇっ!」

 二四式改の三〇ミリ機関砲が三連射のバースト射撃をネ級に浴びせる。三〇ミリ徹甲弾が重い連射音と共に撃ち出され、ネ級を絡め捕らんと三点の火弾を伸ばすが、ネ級は機敏にその場でスピンして回避し、更にトリッキーにも地面を空撃ちして土煙と硝煙で疑似的な煙幕を作り出した。

「拙い、全車、後退、後退せよ! 距離を取れ!」

 遅かった。ネ級は瞬く間にのたのたと後退を始めたばかりの二四式に取りつくと、何とその上によじ登った。

「う、上です!」

「アタマ回せ、振り落とせ!」

 動揺が車内に広がる中、取りつかれた二四式の各車は砲塔を左右に振って振り落としにかかるが、ネ級は主砲を二四式の真上から撃ち込んで即飛び降りて離脱した。爆発四散する装甲車輛の轟音が響く中、先行部隊がやられていく様を見た普通科部隊の中隊長は歯ぎしりしながら指示を飛ばす。

「くそぉ、近すぎる……各車同士討ちに注意! IFVはバーストを五点に切り替えて、HE弾の弾幕防御! 降車戦闘は原則不可とする!」

 リ級とネ級そして機甲部隊は乱戦に陥った。二四式が五点バーストで射撃を行う中、瞬く間に側面の斜面を駆けあがって二四式の右側面から回り込み、左側へと出たリ級の砲撃で二四式が横転、爆発炎上する。二四式に取りつこうとするリ級を確認していた一〇式改が砲搭を回すが、撃破された僚車の残骸の陰から飛び出して来たネ級の砲撃で砲塔後部を撃ち抜かれ、弾薬庫と砲塔内を隔てる隔壁すら貫通して車内で爆発し、戦車を撃破する。

 一〇式改が回り込むリ級とネ級に砲塔を必死に回して狙いを定めようとするが、高い地上走破機動力でリ級とネ級はその足掻きを嘲笑いながら戦車、装甲車を再び血祭りにあげる。次々に一〇式改、一六式改、二四式改が被弾炎上し、乗員達は脱出する機会も無く乗車と運命を共にする。

 一〇式改は砲搭だけでなく、超信地旋回する事で何とかリ級とネ級に追いすがろうとし、まぐれに近い数発の一二〇ミリ戦車砲弾が、リ級とネ級一体ずつの胴体を両断し、誘爆した艤装の爆炎の中に焼き払う。

 だが装輪装甲車であるが故に戦車のようにその場で向きを変えられない一六式改や二四式改は悲惨だった。振り向く間もなく横腹や後部に射撃を食らい、爆散していく。

「駄目です! 砲塔追随し切れません!」

「クソ! パンター1よりパンター中隊残存各車へ。主砲暫定制限、後退機動に移れ!」

 最早何両が残っているのか。部下の残りの数も把握できない混線下でパンター中隊が後退を開始し、それに合わせて他の中隊も後退を開始した。タイガー1もまた後退を開始する。左手でタイガー2中隊の戦車が爆散し、その犯人のネ級がタイガー1の前に飛び出る。

 全部隊で二体を返り討ちにしたとは言え、キルレシオでは圧倒的な敗北を喫している状況をタイガー1の操縦手も理解していた。だから、目の前に飛び出して主砲を構えようとするネ級を見るや、「後退」と言う「逃げ」よりも、「殺す」と言う「攻め」に咄嗟に出てしまった。

「野郎! 轢き殺してやる!」

 後退から全速前進にシフトチェンジするや、グリップを目一杯捻り、アクセルを踏み倒す。それまで「逃げ」に徹していた戦車がいきなり猛然と突っ込んで来たのにはネ級も想定外だったのか、慌てて両腕で車体前面を押さえつけ、両足で踏ん張る。一〇式改の履帯がアスファルト上で火花を散らしながら空転する程加速する中、車長を兼ねるタイガー1中隊長も殺意のままに叫ぶ。

「押せ! 押せ! 潰せ!」

 傍らで砲手が車外に身を乗り出し、車載機銃を掴むと目の前のネ級に銃弾の雨を撃ち込んだ。流石に至近距離からの五〇口径機関銃の射撃は有効なのか、ネ級が無数の被弾に怯んだ様子を見せた時、別のネ級がタイガー1の右側面と斜め左後ろから射撃を浴びせた。

 タイガー1の一〇式改の車体右側面と砲塔左後ろに破孔が空き、一瞬の沈黙の後タイガー1の車体は千切れた部品単位に還元された。

 

 

 

「正直驚いた。ここまで回復するとは」

 カルテと目の前の愛鷹を交互に見ながら和雄は感嘆の吐息を交えながら言った。只の人間ではない事は娘から聞いてはいたが、回復力は常人のそれを遥かに凌駕している。普通なら脳外科手術後となれば週単位、月単位の入院とリハビリ生活が必要な筈だが愛鷹は驚異的な回復力で、術後の四肢の痺れや感覚の麻痺から回復していた。端的に言えば、新しい人工脳髄液に瞬く間に順応していると言うべきか。

 愛鷹も和雄の顔を見返しながら、その容姿に自身との類似性を感じ取っていた。和雄の娘の大和もとい八島和美の遺伝子を基に生まれたのが愛鷹になるから、遺伝的な繋がりはある。和美こと大和は容姿こそ母親似だが、目の色が父親である和雄と同じだし、長身の所もまた同じである。

「医師として、もう一日くらいは様子を見ておきたいと思う所だが、明日にはそれを撤回する事になりそうなくらい、君は回復しているな。

 明日には退院して、基地に戻ってもいいだろう。ただ、四肢の感覚が麻痺したり、軽い記憶障害を起こす可能性はあるから、無理はしない様に心がけてくれ」

「はい」

「……こう言う急速な回復も、君と言う存在を作り上げる時に盛り込まれた事なのかな?」

 カルテを閉じた和雄の問いに、愛鷹は軽く肩をすくめた。生憎自分の出生の全てを知っている訳ではない。知り得ている事も多いが、知り得ない事もまた沢山ある。

「さあ……私も自分の知る事しか知りませんから」

「そうかい。所で話は変わるが、君は今の戦争が生きている内に終わったらどうするか、考えた事はあるかな?」

「考えてもみなかったですね」

「そうか……なら、いつか、この戦争が終わったら私達の家に来なさい」

 その言葉に愛鷹は軽く驚いた表情を浮かべて和雄を見つめた。

「良いんですか?」

「君は私の娘の遺伝子を基に生まれた人間だ。端折って言えば、我が家の一員と言っても全く問題はない。戦争が終わったら軍隊が軍縮を行うのは、世の常だ。仮の話ではあるが軍から除隊を迫られて、行くところが無い時は、和美と共に家に来なさい。妻には私から話を通しておくよ」

「なら、尚の事、この戦争を終わらせて、生きて帰らないといけませんね」

 フフッと微笑を浮かべた愛鷹に和雄もまた笑顔を浮かべて返す。

「生きてこそ、勝利、とよく言うじゃないか」

 

 

 翌日、愛鷹は帝都医科大附属病院を退院した。世話になった和雄や看護師、脳外科医らに挨拶して、迎えに来た軍の車で愛鷹は統合基地へ帰還した。

 二〇四八年一二月一日。航空巡洋戦艦艦娘愛鷹は再び、戦争の歯車として回り始めた。

 




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