艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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第一〇八話 第二次東京大空襲

 百里基地の滑走路から飛び立ったRQ-44インビジブルホーク無人偵察機は、眼下に愛宕山を眺めつつ、千葉県野島﨑を通過して太平洋へと出た。眼下の紺碧の海は、鮮やかな血を思わせる赤へと変わり、僅かに残る紺碧の海と赤い海との狭間では紫に変色した境界線が出来ていた。何れはその紫の境界線も陸地へと押しやられていくのだろう。

 野島崎付近を通る国道410号線の道路上には、日本方面軍陸軍第一師団所属の、長射程の榴弾砲と近距離戦を行う為の四〇ミリ機関砲二門を装備したUNAT一個大隊と指揮車などの支援車輛が展開し、砲門をずらりと赤い海へ向けている。

 RQ-44は赤い海の上へ出ると、電子的な作動音を鳴らしてエンジンをステルスモードに切り替えると、更に空中に溶けて消えて行くかのようにその姿を鈍色の空と同化させた。まだこの時代でも導入例が少ない光学迷彩を備えたUAVである「見えない鷹」の名を持つRQ-44は、殆ど無音で、かつ鈍色の空と同化し第三者から見えない状態で、浦賀水道を目前にした海域に布陣する深海棲艦に対する触接を目指した。

 

 三宅島近海に進出したRQ-44のカメラは、人類にとって恐ろしいものを撮影した。

 最前衛の艦隊は戦艦水鬼、空母棲姫Ⅱを中核に、重巡ネ級flagship級、防空軽巡ツ級elite級、駆逐艦ナ級で固められた一二隻の艦隊であり、これだけでも既に充分脅威度は高い。その後続に戦艦水鬼、戦艦棲姫からなる戦艦戦隊が複数個群続き、やはり周囲は重巡にはネ級、軽巡はツ級、駆逐艦はナ級が固めている。そのまた後方には空母棲姫Ⅱと欧州戦役で新型種と認定された軽空母ヌ級改elite級や空母ヲ級改flagship級らで編成された空母機動部隊が六群以上展開し、独立部隊らしき駆逐艦ラ級と見慣れない人型軽巡級らしき艦からなる水雷戦隊が多数確認された。

 だが何よりRQ-44の凝視する深海棲艦の陣容を見るものを震え上がらせたのは、最奥部に控える深海棲艦の本隊と思しき艦隊だった。

 現状、艦娘の火砲で対抗しえる存在ではない戦艦ス級flagship級が六隻、elite級が四隻、ノーマルが二隻の計一二隻に加え、欧州戦役で始めて確認された戦艦レ級flagship級が同じく一二隻、更に艦隊防空と対艦攻撃を担うであろう空母棲姫Ⅱ、ヲ級改flagship級、ヌ級改ら空母機動部隊が幾重にも控え、その周りを超巡ネ級改Ⅱ、重巡ネ級改、リ級改flagship級、軽巡ト級flagship級、ツ級elite級、新型らしき人型、駆逐艦ラ級、ナ級が要塞の防壁の如く固めていた。絶対に艦娘や人類軍の攻撃をこの陣容で粉砕してくれると言う意気込みすら感じさせる。

 上空には何百機と言う深海猫艦戦改が戦闘空中哨戒に当たっており、鼠一匹ならぬ鳥の一羽の進入も許さない構えを取っていた。もし光学迷彩を備えたRQ-44でなかったら、瞬く間に無数の深海猫艦戦改に叩き落とされていただろう。

「見えない鷹」は後方のドローンオペレーターが燃料切れを確認するまで、徹底的に深海棲艦太平洋艦隊機動艦隊の陣容をつぶさに見て取り、百里基地と言う巣へ舞い戻った。

 リアルタイムで収集された映像は、深海棲艦の引き起こす「羅針盤障害」の影響の一つの電波障害によるラグやノイズをキャンセリングしてまず百里基地へ送られ、そしてそのまま市ヶ谷の日本本土防衛軍指揮所へと送られた。一〇年も前なら羅針盤障害の影響によって不可能だった事も、深海棲艦と言う存在と向き合い続けて来た一〇年の間に対策を講じられた通常兵器技術によって、改善されていた。

 

 

 一二月三日午前一一時三五分

 

「敵艦隊移動開始しました。前衛は浦賀水道へ向けて前進を開始。後続の水上艦隊も浦賀水道へ進路をとっています」

「第四四警戒隊より報告。敵艦載機群、房総半島上空を通過」

「AWACSトップ・ドックより入電。北方海域、ポイント・アルファ・リマより発進したと思われる深海超征服重爆の大編隊の機影を確認。約二時間後に首都圏到達との見込み」

「千歳、三沢、百里基地からF-15、F-16、F-35がスクランブル。迎撃管制はトップ・ドックへ」

「入間の中部高射群に発令。直ちに迎撃態勢に入れ!」

「首都圏沿岸部に展開中の各部隊へ。直ちに戦闘配置。地対艦迎撃戦、用意!」

 

 オペレーターや指揮所の指揮官達が指令を飛ばす中、日本方面軍総司令官板垣大将と本土防衛総隊司令官の大将は、それぞれ専用のPCのディスプレイ越しにそれぞれ別に相手に対してテレビ電話を行っていた。

「深海棲艦による首都圏侵攻が開始されました。宮内庁は直ちに、陛下を那須野御用邸へ。一刻も早く脱出を」

「総理、知事。国連軍日本方面軍は全力で深海棲艦を迎撃しますが、万が一の事があります。直ちに官邸を離れ、立川の予備指揮所へ退避をお願いします」

 総司令官である板垣は侍従長経由で、東京都内の御所に残っていた天皇陛下に脱出を要請していた。既に皇族の殆どは栃木県の那須の御用邸へ脱出していたが、天皇陛下と最低限の宮内庁関係者などの側近がまだ東京都内の御所に留まっていた。

 一方土方は、東京都内にある首相官邸に官房長官ら少数の閣僚や側近、それに石黒東京都知事と共に残っていた野上日本国総理大臣以下に、東京都内から立川広域防災基地への退避を指示していた。

 陛下も野上総理も都内にはまだ多くの、疎開先の宛てや疎開関連の手続き等の問題で疎開出来ていない都民を見捨てて、先に脱出は出来ないと、東京に留まっていた。

 板垣からの要請に、侍従長は二つ返事で脱出を了解したが、野上総理と石黒都知事が首を縦に振らなかった。二人は言う。まだ都内には多くの民間人が残っている、と。

≪まだ敗れた訳ではないのだろう。かつての自衛隊から国連軍となったとは言え、私には軍が深海棲艦を防ぎ、東京を護るまで見守る義務がある。それに国を指導する者が国民を置いて、真っ先に逃げる事など出来るものか≫

 頑として首を縦に振らない野上総理の隣では石黒都知事が険しい表情で顔を見せている。

 そのやり取りを土方の傍らで聞きながら武本は思った。野上総理の実の息女が重巡艦娘として最前線に立っているのだ。艦娘を娘に持つ総理大臣として、今脱出するのは都民や国民と言う感情以外にも、愛娘を置いて、と言う私情もいくらかは混じっているのかも知れない。

「しかし、総理。貴方には東京を捨てでも、総理大臣として守らなければならない日本国民と日本と言う国そのものがあります。ここは退避して下さい」

≪総理、私が最後まで軍の防衛を見届け、一人でも多くの都民の脱出まで残ります。暫しの間、指揮はお任せを≫

 横から石黒が言うと、野上は眼を閉じ、数秒瞑想した後、ゆっくりと瞼を開いて重い首を縦に振った。

≪分かった≫

「至急、木更津からヘリを用意します」

 

 

「深海棲艦前衛打撃群、浦賀水道到達まであと一時間」

 横須賀の日本艦隊統合基地の指揮所でも、既に戦闘配置が発令され、指揮所にはオペレーターと谷田川、鳳翔、それに臨時の秘書艦として呼び出された榛名に、第三三戦隊から招集した瑞鳳等、日本艦隊の司令部要員が防衛線の指揮に当たっていた。

「各艦隊、所定の位置に進出。迎撃態勢に入ります」

「無人艦隊、展開パターン・オメガ。発動待機中」

「最前衛第三三戦隊、深海棲艦前衛艦隊と会敵まで、約一五分」

 指揮所の大画面のディスプレイには、複数群の艦娘艦隊の青のマーカーと、深海棲艦艦隊の赤いマーカーの二つが相対する形で向かい合っている。

 マーカーで表示される艦娘艦隊は文字通り、統合基地にいる全ての艦娘を動員した戦力だった。前衛を第三三戦隊と水上打撃群が務めており、水上打撃群は大和、武蔵、長門、陸奥からなる第一戦隊、扶桑、山城からなる第二戦隊を艦隊主力に、第四戦隊の高雄型姉妹、足柄と那智を除く妙高と羽黒からなる第五戦隊、古鷹と加古からなる第六戦隊がその脇を固め、その下に能代が率いる第二水雷戦隊の夕雲型姉妹と、矢矧を欠いている為、阿賀野を旗艦とした第一〇戦隊の陽炎型姉妹、酒匂が率いる第四水雷戦隊に集約された朝潮型と初春型姉妹が続く。

 後方には第一航空戦隊の赤城、加賀、第二航空戦隊の蒼龍、飛龍、第三航空戦隊の祥鳳、龍驤、第五航空戦隊の翔鶴、瑞鶴、第七航空戦隊の大鳳、黒鳳、蒼鳳、赤鳳、第三戦隊の金剛、比叡、霧島、第七戦隊の最上、三隈、熊野、第八戦隊の利根、筑摩、そして五十鈴率いる第四一、四三、六一駆逐隊の松型と秋月型、更には対潜警戒要員として鬼怒率いる第一水雷戦隊の特型姉妹、由良率いる第三水雷戦隊の白露型姉妹、第五水雷戦隊の神風型姉妹の五人が随伴していた。

 一大艦隊を成す艦娘艦隊のマーカーの脇を空母艦娘が放った航空隊のマーカーが追い越して行った。三〇〇機を超える戦爆連合の大編隊だ。これに暫し遅れて別の航空基地から離陸した一式陸攻などの陸攻隊の対艦攻撃も加わる。速度で言えば海上に足を付けて進む艦娘よりも、空を飛ぶ航空隊の方が先に深海棲艦艦隊と会敵する事になる。最前衛の第三三戦隊の後には、大和と武蔵、長門、陸奥を基幹とする水上打撃部隊が続航していた。

 ディスプレイにマーカーに変化が起きた。

「航空隊、敵艦隊より発進した戦闘機隊と会敵。交戦開始」

 

 

≪ターゲット・マージ。これより攻撃を開始する≫

 震電改、烈風改二、零戦七一型、紫電改四と言った戦闘機隊が次々に増槽を投棄し、機を身軽にして、鈍色の空の向こうに黒い粒となって現れる深海猫艦戦改の群れに備える。増槽を捨てて戦闘態勢に移行する様はさながら抜刀した武士が鞘を後ろへ捨てる様な光景だった。

 深海猫艦戦改の黒く丸い機体が、黒い粒から、黒い機体となってみるみる戦闘機隊と距離を詰めて来る。フルスロットルで突撃する戦闘機隊同士が距離を縮め、程なく互いの機銃が火を噴き、戦闘の火蓋を切った。

 艦娘艦隊の空母艦載機の戦闘機隊の二〇ミリと三〇ミリが重みを伴った発射音を鳴り響かせる中、深海艦載機の戦闘機隊が鋭さと連射力を強調する射撃音を響かせる。忽ち数機の戦闘機が黒煙を吐き、或いは炎上して空の格闘場のリングから転がり落ちる。

 駒の様に良く回る震電改がバレルロールで深海猫艦戦改の射撃を華麗に躱していく一方、エンジン馬力に優れる烈風改二と零戦七一型がパワフルなエンジン音を響かせ、二〇ミリの銃口を瞬かせ、銃火を放つ。紫電改四は機動力を駆使して旋回半径の大きい深海猫艦戦改を翻弄し、自動空戦フラップで素早い旋回をして深海猫艦戦改の内懐に飛び込むや二〇ミリを撃ち込む。

≪ヒート3、4、右上方から回り込め。1と2で挟み込む≫

≪クラッカー2、ケツにつかれてるぞ! 振り切れ!≫

≪スパイク1からクラッカー2、援護する!≫

 二〇ミリと三〇ミリの銃撃音が響く度に、深海猫艦戦改が砕けるか、攻撃をキャンセルして一時離脱に移る。その間に狙われていた機体は立て直し、狙いが外れた機体は編隊を組み直して別のターゲットを探す。

 震電改、烈風改二、零戦七一型、紫電改四、何れも負けてはいなかったが、かと言って優勢と言う訳でもなかった。何せ数が違う。四機種合計一〇〇機程に対して深海猫艦戦改はその三倍はいた。深海猫艦戦改一〇機を落とす間に、四種の艦上戦闘機は八機を失っていた。空戦の技量では決して後れを取らない深海猫艦戦改が物量をシナジーに加えて数で劣る艦娘側の戦闘機隊を追い立てる。

 震電改がエンジンに被弾して、力を失って海面にケツから落ちて行く一方、翼を叩き折られた烈風改二、零戦七一型、紫電改四が錐もみ状態になって落ちて行く。中にはコックピットに被弾して、外見は全くの無傷のまま明後日の方向へ飛んで行く機体もある。

 四種の戦闘機隊は懸命にGと敵の銃火に抗いながら戦ったが、三倍の敵の数は如何ともしがたかった。

 しかし戦闘機隊に深海猫艦戦改が引き付けられている間に、天山、流星、彗星と言った艦攻、艦爆が敵艦隊への接触に成功した。誘導する二式艦上偵察機が翼を振り、無線で会敵を知らせた時、海上の深海棲艦も接近して来ている攻撃隊に気が付いていた。

「すげえ艦隊だ」

 彗星に乗る航空妖精が思わず呟く。戦艦水鬼に空母棲姫Ⅱ、ネ級やツ級、ナ級と言った一筋縄ではいかない強敵だけで構成された大艦隊が眼下にいた。

 攻撃隊が攻撃態勢に入ったその瞬間、海が鳴動した。

 火山の噴火を彷彿させるその一斉撃ち方の発砲炎と砲声の後、オレンジに光る多数の砲弾が天空への階段を駆け上がり、攻撃隊との偏差を深海レーダーで精確に精測して発射された対空砲弾が、攻撃隊の予測進路上まで上昇し、弾頭から発せられる電波の反射を検知して信管が作動するや、辺り一面に鉄の欠片がぶちまけられる。近接信管が作動した対空砲弾は、艦隊の発射した対空砲弾の全体の約半分に登り、空が鉄片によって埋め尽くされた。

 窒素と酸素、そして二酸化炭素で構成される大気に、雲を出現させる程度の水分を含んだ曇天の空が瞬間的に鉄の欠片で覆われた時、攻撃隊はその空を飛ぶ存在である事を否定された。打ち砕かれ、引き裂かれ、或いは炎の塊となって四散する天山、流星、彗星が相次ぎ、多くの機が投弾前に粉砕されていく。被弾を免れた機体も、破片を浴び、或いは衝撃波で機体を大きく揺さぶられて陣形を維持する事すらままならない。

 熾烈な対空砲火を前に、攻撃隊は約半数を瞬く間に失うか、離脱を余儀なくされる。それでも、攻撃の手を止める理由とはならない。残る天山、流星、彗星が異なる編隊同士で新たな編隊を組み直し、眼下の深海棲艦へと吶喊する。

 対空砲弾の噴火は尚止まず、それどころか対空機関砲の銃火が、攻撃隊を絡め捕らんとばかりに伸ばされて来る。鈍色の空は近接信管対空弾の黒と褐色の砲煙によって薄汚れ、更に赤く光る対空機関砲の曳光弾の火箭が左右前後に振り回され、捕まった攻撃隊の機体が海面へと叩き落とされる。

 二〇〇機程度の攻撃隊はこの時点で見る影もない程にその数を減らしていた。何れも栄えある一航戦と、期待の新鋭五航戦、連携の達人二航戦から発艦した熟達した航空妖精が駆る機体であり、魚雷、爆弾を投じればほぼ確実に命中を期待出来る射撃能力と、ちょっとやそっとの対空砲火程度は爆撃コースを維持しつつ、最低限の回避行動で最大限の躱しを行える者達ばかりだった。それが、次から次へと撃墜され、その卓越した技量を発揮する事も出来ぬ内に空の欠片へと成り果てていく。

 猛烈な対空砲火を前に多くの仲間が短時間で消えて行く中、その無念を晴らさんと僅かに残った天山、流星、彗星が兵装を投下し、後部の銃座の銃火を行き掛けの駄賃にして離脱していく。

 空気を震わせる爆発音と、空高く昇る水柱、紅蓮の炎が艦隊の外縁を固める数隻のナ級の舷側や艦上に走り、周囲へ引きちぎられたナ級の艤装の破片が黒煙の弧を引いて撒き散らされる。

 攻撃隊の誘導及び攻撃効果の確認の任務を担う二式艦上偵察機の航空妖精は、黒煙を上げて停止するナ級の数を数えて呻き声を上げた。二〇〇機程で攻撃して、たった三隻しか撃破出来ていない。主力艦たる戦艦水鬼や空母棲姫Ⅱ、ネ級、ツ級は全くの無傷だ。たった一二隻相手にこの有様では、後方に控えるもっと規模の大きな艦隊相手ではどうなるか、予想するまでも無い。

≪ウルトラ1より空母各員へ。目標へのBDAは最低。我が方の被害甚大。再攻撃の要有りと認むも、これ以上の航空攻撃は無為と判断する。オクレ≫

 空母部隊の旗艦赤城から長い沈黙が返される。時間にして数分の間ではあったが、永遠にも感じられる無言の返しの中に、自身の一部の様に思っていた航空妖精が瞬きする間に一〇〇人単位で落命した事への悲しみを滲ませていた。

≪了解。全機帰投して下さい≫

 

 

「第一次攻撃隊、震電改一二機、烈風改二及び零戦七一型三二機、紫電改四が二四機、天山六〇機、流星六〇機、彗星八〇機が出撃。帰還機は震電改九機、烈風改二が二三機、零戦七一型が二一機、紫電改四が一六機、天山八機、流星七機、彗星七機……」

 壊滅。それ以外の言葉があるだろうか。第一次攻撃隊を収容した空母部隊からの報告を受信するヘッドセットに当てた手に、じわりと滲む汗がすっと冷えるのを感じながら愛鷹は生唾を飲み干した。

 これだけの犠牲を払って、得た戦果は駆逐艦三隻の大破のみ。

≪第二次攻撃隊、発艦準備。兵装、対艦≫

 赤城の震える声で令されるその言葉に、愛鷹はチャンネルを合わせて空母機動部隊の無線に割り込んだ。

「第三三戦隊愛鷹より一航戦赤城へ意見具申。第二次攻撃隊出撃は、いたずらに戦力の消耗を招き、重要局面において艦隊航空戦力の発揮の機会を逃すものと考える。再考されたし。オクレ」

 返事は返って来ない。赤城なりに判断しなければならない所はある。戦力の温存か、消耗戦か。一航戦、ひいては空母艦娘のプライドも関わっているだろうが、現実に目を向けた決断を望む愛鷹は、制帽を頭に固定する顎紐がかかっている顎に右手をやりながら待った。

 軽く顎紐の位置を正した愛鷹が、波を踏み越え、後に続く第三三戦隊が同じように波を越えた時、尚触接を続ける二式艦偵から入電が来る。

≪ウルトラ1より通達。敵前衛艦隊、遊弋に移行≫

≪アトラス5-1から全艦隊へ。後方の敵艦隊が前進を開始。敵艦隊は戦艦レ級flagship級及び戦艦ス級flagship級各四隻及び空母棲姫Ⅱ二隻を含む三〇隻程の大艦隊と見られる。以後、前衛艦隊を『丙』部隊、新たに前進を開始した深海棲艦艦隊を『甲』部隊と呼称≫

 アトラス5-1は館山基地から上がって来たP-1哨戒機だ。航空妖精の駆る偵察機よりも広大な範囲の海上を、合成開口レーダーと言う電子の目で見通し、つぶさに見て取った深海棲艦の動向を海上の艦隊へ知らせてくれる。本土上空からはAWACSトップ・ドックのオペレーターがやはり空の警戒管制を担当してくれている。

 その哨戒機の報じる「甲」部隊の陣容に、愛鷹を含めた艦娘達の背筋がざわりと粟立つ。

「昨今の艦娘の艤装性能の強化に合わせて、深海棲艦もやけくそな強化をして来ましたね……さて、どうやって戦えば良いのか」

 半ば諦観にも似た声で青葉が言う。一〇年も艦娘として前線に立ち、深海棲艦と矛を交え、時に血を流し、海を奪い合って来た経験の中でも、これ程に交戦する前からやる気を失わせる陣容は初めてである。

「向こうは三〇隻、こっちはそれ以上居るのに、火力と言う概念で完全に圧倒されているって、何か不公平じゃない?」

 溜息を交える青葉の後ろで、少し子供っぽい口調で不平を呟く衣笠の言葉は、その通りであったが、裏を返せば深海棲艦も長く抱えていた不満とも言えなくはない。無論、殆どの艦娘にとって深海棲艦の言い分など知った事では無いが。

「真正面から挑んで勝てる相手ではありませんね。少し頭を使うべきでしょう」

 そう述べる愛鷹は、後方の水上打撃部隊へと通信を繋いだ。

 

 

 東京都内にJアラートのおどろおどろしい警報音が各所で鳴り響いていた。まだ残っている民間人が居ないか確認して回る警視庁のパトカーや国連軍、戦略防衛隊の軽装甲気動車(LAV)ががらんとした都内の道路を走る中、その都心の上空へ向けて北方海域、千島列島方面から南下して来た深海超征服重爆の大編隊が迫っていた。

 北海道上空を通過する際に第一梯団が千歳基地のF-15EXⅡ二四機の迎撃を受け、更に第二梯団が三沢基地のF-16VとF-35A合わせて三二機の迎撃を受けて多数が撃墜されていたが、第三梯団と第四梯団は依然健在だった。依然南下してくる二個梯団に対し、第三梯団に対しては百里基地と横田基地から上がったF-35AとF-16V三二機が迎撃し、第四梯団には入間に本部を置く中部高射群麾下の第三高射隊が霞ヶ浦の陣地から、ペトリオットMIM-104地対空ミサイルのPAC-4形態が発射され、迎撃に当たった。

 日本本土上空で艦娘艦隊の艦上戦闘機やそれと同規模の陸上戦闘機の火力では到底撃破出来そうにない巨人機に対し、通常兵器の戦闘機がAIM-120アムラーム空対空ミサイルを発射して迎え撃つ。空一杯にミサイルが飛び交い、ミサイルと交わった深海超征服重爆が火球となって四散していく。F-15、F-16、F-35、そして高射隊のミサイルはほぼその全てが命中し、撃破を確認した。

 しかしミサイルの数と、重爆の数が釣り合っていなかった。全ての視認射程外空対空ミサイルを撃ち尽くし、更に二発だけ備えている視認射程内空対空ミサイルのAIM-9サイドワインダーで削っても、なお多数の爆撃機が残った。

「突破される……!」

 AWACSトップ・ドックの管制官が呻く。小松基地からF-35の増援がスクランブルしたが、間に合いそうにない。

 多数の爆撃機を撃墜されながらも、尚多数が残った深海超征服重爆は、コンバットボックス編隊を再編すると、東京都心上空へ進入した。

 

 

 人口数百万のメガロポリスへと発展した西暦二〇四八年の東京は、実に一〇三年ぶりに戦争の災禍に見舞われた。

 深海棲艦の戦争が始まって以来、太平洋沿岸部の人口密集地としては最大級の大都市の東京は、何故か深海棲艦の魔の手が及ぶ事が無かったのだが、この日、遂にその記録は書き換えられる事となった。

 都心上空へ到達した深海超征服重爆は爆弾槽の扉を開くと、一見無造作にも見える方法で抱えて来た大量の爆弾を投下した。口笛を吹く様な落下音が無数に都心上空を覆い、死の塊が狙った目標目掛けて空から降り注いでいく。爆弾を全て投下した深海超征服重爆は、身軽になった機体を一気に一〇メートル程は上昇させていた。

 投下された爆弾の雨は、程なくして着弾を開始した。東京駅、東京都庁、国会議事堂、総理官邸、霞が関ビル、六本木ヒルズ、その他多数のビルが爆弾の直撃を受けた。

 地面を揺るがす着弾の衝撃、ガラスの砕け散るけたたましい音、可燃物に引火して炎が立ち上る音、それらが東京都心の至る所で発生し、少なくない箇所で火災が発生し、早くも延焼を始めた。艦載機の爆弾とは比べ物にならない大質量、大威力の大型爆弾が複数着弾したビルが砕かれ、吹き飛んだガラス片や鉄骨を階下の路上に投げ落としていく。いくつかのビルは直撃を受ける度に不気味に揺れ始め、その振動だけでガラスが窓砕けた。予想される南海トラフ巨大地震に備えて作られたビル群とは言え、地震の揺れと、瞬間的な爆弾の爆発の破壊は別物だった。倒壊の危機に瀕したビルが多数、作り出された。

 下町などの民間地は爆弾の直撃で粉砕された家屋が多数存在していた。既に古い木造家屋は姿を消しているとは言え、多くの家屋が倒壊し、爆弾の中の爆発で引き起こされた火災で、住宅地に火の手が広がっていった。

 

 

 最後の一発が東京都内で着弾し、爆発の破壊を地上部で広げた後には、東京都内の至る個所から黒煙が立ち上っていた。

 東京都庁では石黒都知事が防災ヘルメットを被って、爆撃が止むのを待っていた。都庁にも数発が命中し、非常ベルが鳴り響いている。

「終わったか。だが、沖合の空母から艦載機の空爆が行われる可能性はあるな。おーい、全員無事か!? 各員点呼を取れ。奴等、きっと爆撃機だけでは終わらせてはくれんぞ」

 その通りだった。

 

 

 空母棲姫Ⅱやヲ級改flagship級、ヲ級改Ⅱflagship級、ヌ級改elite級、flagship級などの空母群から発艦した深海空母艦載機群約一二〇〇機の戦爆連合は、九十九里浜の沖合から房総半島を横断し、千葉県千葉市上空で空軍の中部高射群第一高射隊の陣地からの迎撃や、陸軍の高射特科の自走高射機関砲の対空砲火を受けながらも、強引に防衛線を突破し、深海超征服重爆の爆撃を受けて混乱する東京都心上空に進出した。

 館山基地や統合基地の航空妖精専用航空基地から緊急発進して来た二〇〇機を超える零戦七二型、四式戦疾風、試製震電と言った迎撃機に対し、深海猫艦戦改の群れが対応する中、東京都心上空に出た深海地獄艦爆改、夜復讐深海艦攻、深海攻撃哨戒鷹が整然とした編隊を維持して爆弾を眼下の市街地へと投下した。

 市街各所で上がる火災の黒煙がダース単位で増え始める。深海超征服重爆の爆撃にも耐えたビル群の幾つかが、爆弾の破壊の力を前に遂に屈する。轟音と地響きを立てて損傷していたビルが倒壊し、山手線のレールは吹き飛ばされ、都内各所の通信設備や橋が次々に破壊された。勝鬨橋や日本橋と言った橋から、レインボーブリッジまでもが黒煙を上げ、破壊された橋梁部を水面に落とす中、深海地獄艦爆改の一個編隊が東京都庁を襲った。

 次々に放り込まれる爆弾によって、石黒都知事らが詰める指揮所は大地震に見舞われたかのように揺れ、女性職員の悲鳴が飛ぶ。天井のパネルが剥がれ落ち、照明灯が割れ、暗闇が指揮所を覆い隠す中、石黒都知事は「総員退避! 皆逃げろ!」と叫ぶので必死だった。

 防災ヘルメットの上から手近なフォルダで頭を護っていた石黒都知事は、動ける部下が指揮所から脱出するのを見て、誰か残っている者は居ないかと崩壊寸前の指揮所を見回した。

 彼が全員の脱出を確認する前に、天井を突き破った鉄骨やコンクリートが指揮所に雪崩れ込み、石黒都知事はその下敷きになって死んだ。鉄骨に頭部を粉砕される直前に彼が考えていたのは、国連軍艦娘艦隊の工作艦艦娘として働く彼の自慢の娘の明美と、実家を護る自分に負けず劣らず強い女性であった妻の顔だった。

 

 炎が東京都内を至る所で焼いた。深海棲艦の航空機は投下した対地爆弾の中に、ナパーム弾も交えていた。現代の鉄筋コンクリート作りの建物が主流な建築物が立ち並ぶ都市でも、何かしら可燃物で火を付けば火災の手は上がる。一〇三年前の太平洋戦争の時の東京大空襲で投下された焼夷弾を凌ぐ可燃物の塊であるナパーム弾は町区画単位で建物を焼き払った。

 無数の深海艦載機群の爆撃で、東京都内の各所が破壊され、火災が徐々にその面積を広げていく中、奇跡的に被害を免れた東京消防庁は直ぐに対応に走った。国連軍や戦略防衛隊のUAVの情報共有で凡その被害状況を把握するや、「火災第四出場」と言う消防の世界において総力戦を意味する最高ランクの出場命令が下り、更に「増強特命出場」までもが下命された。

 燃える上がる東京都内を多数の消防車や消防ヘリが駆け巡り、人気が消えて静かになっていた東京都内を緊急車両のサイレンが埋め尽くす。警視庁も、本部に爆撃を受けながらも動員可能な警察官を宛がい、東京都内を火の手が覆いつくす前に消火活動に当たらせた。

 だが消防と警察の努力もむなしく、火災の範囲はゆっくりと、そして確実に拡大を続けて行った。

 

 

 野島﨑沖へと進路を変えた艦娘艦隊に、深海棲艦はそれに合わせる様に進路を変えて向かって来た。眼前の抵抗勢力を排しておきたいと言う目論見は、深海棲艦の方にもあったようだった。

「愛鷹さんの読みが当たりましたね」

 主砲艤装を構えて射撃体勢に入りながら青葉は先頭を征く愛鷹に言う。当の愛鷹の大きな艤装とそれを背負う背中の反対側からは、相槌も、鼻を鳴らすと言った反応すら無い。普段から寡黙な方とは言え、この時の愛鷹は何時もに増して口数が減っていた。

 まだ脳に微かな障害でも残っているのだろうか、と一瞬青葉は疑うが、そうでは無いだろうと軽く頭を振る。新型種、新鋭の深海棲艦だらけで構成された大艦隊を前に、緊張が止まないのだろう。

 青葉も主砲艤装の左側に展張されるグリップを握る手を一旦離して、その掌を見つめる。何時以来だろうか、愛鷹よりも遥かに多くの場数と修羅場を潜って来たその手が微かに震えている。ぐっと握りしめてから、再びグリップへと手を戻して、乾きかけている唇を舐める。

 背後の沿岸部にはUNAT一個大隊の長距離砲が控えていた。愛鷹の策は至って簡単だった。艦娘の火砲で撃破が難しいのなら、艦娘の火砲以上の威力を発揮する人類軍の火砲に叩かせればいい。

 水上打撃群の旗艦を担う大和は、その作戦に二つ返事で了承した。大和とその補佐を担う武蔵も、自身の五一センチの艦砲ですらス級のelite級は愚か、通常個体すら撃破出来ないと言う事実を承知している。真正面から挑んで殴っても、殴り返されて蹂躙される以外に予想出来る未来が無い相手なら、一工夫入れて戦うのが艦娘の戦い方だ。

 国道410号線に控えるUNATの大隊の指揮車に陣取る陸軍の大隊長には、既に谷田川少将経由で要請が入っている。親元は国連軍と言えど、日本本土防衛の為に展開する日本方面軍の兵士は皆、日本出身の日本人だ。軍部の垣根の違いと言うのは、故郷の危機と言う事態を前に、ほぼ無いも同然になっていた。

 野島崎を背に、艦娘艦隊は各戦隊、水雷戦隊毎に複縦陣を敷いて、迎撃態勢をとっていた。第三三戦隊は最も太平洋側に単縦陣で布陣して、深海棲艦が射程に入るまで遊弋に移っていた。

「バリ、UNATの長距離砲の射程ってどれくらいなの?」

 衣笠が夕張に聞く。何となく知っていそう、と言うふわりとした感覚で質問の矛先を向けられた夕張は、若干の困惑を見せつつも、彼女なりに答えを考える。

「今時、長距離の野戦砲と言ったら一五五ミリの榴弾砲だし、もし一五五ミリなら通常弾でも三〇キロは余裕で飛ぶはず。ロケットアシスト弾ならもっと飛ぶけど、あんまりリーチが長い砲弾って、今の対深海棲艦戦では逆に役に立たないから、凡そ二〇キロから三〇キロは飛ぶんじゃないかしら」

「艦娘の艦砲の最大射程の約三倍程度ってところですか」

 夕張の後ろ、深雪を挟んだ最後尾から蒼月が言う。水平線の丸みによる視認距離の都合上、艦娘の目視での交戦距離は六キロ前後だが、単に砲弾を遠くに、着弾位置も考慮せずにひたすら遠くへ投げ飛ばすだけの事を考えた場合なら、戦艦艦娘くらいになれば強装薬で一〇キロの最大射程がある。

 この時国道410号線に控える第一自立機動歩行兵器大隊のUNATに備えられていた長距離砲は夕張の予想通り、一五五ミリ榴弾砲だった。通常装薬で弾種は対地砲撃に使う榴弾ではなく、水際防衛戦での対深海棲艦戦を想定した一五五ミリ徹甲弾だった。UNAT一機に二五発の一五五ミリ徹甲弾がその機内の弾薬庫に収められている。

 UNATの控える沿岸部からは、深海棲艦の侵攻艦隊の艦影は見えない。人の目とは違う、センサーとモニターで構成された電子の目でも、艦娘と同じように水平線の丸みを透視して迄深海棲艦を見る事は出来ない。だが、上空を艦娘にすら察知されずに滞空しているRQ-44が彼方の異形の艦隊をカメラで捉え、指揮車とUNATへダイレクトに位置情報や艦影の情報を共有していた。

 指揮車の戦術端末のディスプレイには、艦娘のマーカーと深海棲艦のマーカーが表示され、艦娘のマーカーには艦娘の艦名と識別番号、深海棲艦には艦種略号とトラックナンバーが割り振られていた。

「敵艦隊、阻止砲撃線到達まで残り三〇秒」

「射線確保。艦娘各位は着弾予想位置から退避」

「UNAT全機、データリンク。各敵大型艦に照準合わせ」

「射撃用意良し」

 指揮車内で各UNAT操作オペレーターが報告を上げる。白浜海洋美術館近くに設けられた大隊指揮所からも、赤く変色していく海と、鈍色の雲に覆われていく空が見える。警備の隊員が小銃を担ぎ直しながら空を見上げた時、指揮所から「てぇーッ!」の号令が叫ばれた。

 国道上に展開していたUNATの一五五ミリ榴弾砲が一斉に砲火を放った。一五五ミリ徹甲弾が砲口から撃ち出されるや、砲身が大きく後退し、太い四脚で支えられるUNATの図体も内陸部側へと傾ぐ。国道上の埃や砂が砲口から迸った衝撃波によって舞い上げられ、近くの建物の窓ガラスをびりびりと震わせる。

 山なりの弧、それも富士山の様なやや緩めの弾道ではなく、カンチェンジュンガの様な切り立った絶壁を麓から飛び越えるかのような大仰角で発射された一五五ミリは、RQ-44の触接で得られた情報を基に、第一射の弾丸を最大戦速で艦娘艦隊へと突進してくる深海棲艦の目の前に送り届けた。

 眼前の自分達とは異なる生命体へと追いすがる執着にも似た追尾と、艦娘を含む人間の命を求めて進む殺戮者達の目の前に、巨大な水壁が噴出する。艦娘の砲撃とは異なるが、自分達のものでも無い異なる力の介入に、嬉々として海原を蹴って進んでいた深海棲艦が一瞬動揺を見せる。

「初弾、挟叉。同一諸元、効力射!」

 RQ-44から送られてくる映像を基に、UNATオペレーターが「撃って撃って撃ちまくれ」のコマンドをUNATに許可する。初弾で挟叉を得られたなら諸元に修正の必要は無い。

 再びUNATの長距離砲が大地を震わせながら発砲する。四八機四八門の一五五ミリ砲が徹甲弾を放ち、沖合の艦娘達の遥か頭上を飛び越え、深海棲艦の元へ砲弾を落とす。砲撃を察知した深海棲艦は速やかに散開に移行したが、それでも躱せなかった艦が直撃を受ける。

 四八発の砲弾の内、八発が超巡ネ級改Ⅱと駆逐艦ラ級それぞれ四隻に命中した。ネ級改Ⅱのやや大柄な体躯と重巡にしては大きい艤装が、天空から降り注いだ徹甲弾によって打ち砕かれ、四隻とも文字通り粉砕される。弾薬庫に貰って瞬時に爆散する艦もあれば、ネ級の本体に食らって一瞬で青い体液の煙と肉片に似た何か、引き千切られた艤装の破片へと四散する艦もある。

 ラ級も例外ではなく、悲鳴を残す間もなく艤装の弾薬が誘爆して衣服ではなく炎を身体に纏い、焼かれる体表からの痛みに火柱となりながら踊る様に悶え打つ艦、着弾時のゼロの数を数えるのを止めたくなるジュールの力で、一瞬で消し飛び、体液と四肢を周囲に散らす艦、或いは水柱の中で閃光と共に大爆発の音を残して、水柱の消滅と共に海面から姿を消す艦も居る。

 艦娘にこれ程の火力のある艦は無い事、陸地に近い事から深海棲艦が導き出した答えは、沿岸砲、或いは陸上の砲兵隊に滅多打ちにされている、と言う事だった。

 直撃を受けずとも、至近距離で海面を抉り飛ばして、セコイアの大木を思わせる巨大な水柱を作り出す一五五ミリ徹甲弾の衝撃で、ト級flagship級やナ級が二隻、転覆したし、少なくない艦が至近弾の破片で小規模な損傷を負った。宿敵である艦娘と戦う前に、複数の味方を無力化された深海棲艦だったが、実によく統率を維持していた。破壊された艦をあっさりと捨て、健在な艦を更に散り散りに分散させて長距離砲の大威力の砲撃からの被害を軽減する陣を敷く。

 深海棲艦艦隊が四散した瞬間を狙って、艦娘艦隊が突入していれば、この時点でケリがついた可能性があったが、UNATの砲撃が続いていた為に、愛鷹や大和を含む艦娘達は遊弋を続けた。機を逃しているのでは無いかと言う事を薄々と感じながら。

  

 効力射に晒される深海棲艦の中に明らかに戦闘向きでは無い輸送補給艦ワ級が一隻居た。青いオーラを纏うそのワ級は、電子戦アレイを内部から突き出すと、電波を巧みに操って、そのワ級にしか出来ない戦いを始めた。砲弾を放つよりも地味であったが、効果は艦隊を揃えて戦うよりも大きな効果を発揮した。

 

「UNATの制御システムにジャックが! 何者かがバックドアを作成し、UNATのIFFをオーバーライドしています!」

「何だと!?」

 沖合の深海棲艦へ効力射を浴びせていたUNAT大隊の指揮所で、オペレーターが叫ぶ。彼の軍用ノートPCのディスプレイにはUNATのAIの情報が表示されていた。そのAIが何者かの介入によって、眼前の艦娘のIFFと深海棲艦の識別番号を滅茶苦茶にしていた。無作為に艦娘のマーカーが深海棲艦のマーカーに書き換えられ、UNATのAIがそれはおかしいとトラブルシューティングして再度艦娘の表示に戻すが、再び画面を過るノイズと共に艦娘の味方表示を深海棲艦のモノに書き換える。

 UNATのAIは指揮所からの対応コマンドの補助を受けながら、必死に何者かのジャックに抗ったが、数分の電子の攻防戦の末、UNATは電脳的な洗脳を施され、深海棲艦を艦娘と、艦娘を深海棲艦と識別して攻撃を開始した。

 自分達を狙っていた砲撃が、前方の艦娘達に向けられ始めるのを、UNATをジャックした張本人たる電子戦ワ級は、嬉々とした様子も見せずに、見た目通りの重く構えるクリーチャーらしい悠然とした佇まいで、操り人形劇を行った。

 

 

「な、なに⁉」

 出撃する際の発艦申告以外、まともに口を開いて来なかった愛鷹が初めて呻き声とも、悲鳴に似たものとも付かない声を上げた。

 背後から飛来する一五五ミリ徹甲弾は、今深海棲艦ではなく、艦娘に向けられていた。何故そうなっているのか、理解が及ばない内に周囲に統率を欠いたUNATの砲撃が着弾し、水柱と衝撃波で着弾範囲付近の艦娘をもみくちゃにする。

「撃ち方止め、撃ち方止め! Blue on Blue! Blue on Blue! クソッ、味方だ! IFFで分からないのか!?」

 激昂した長門の怒鳴り声が着弾音を凌ぐ声量で響く中、大隊指揮所から緊迫した声で大隊長が答えた。

≪UNATの制御を何者かにジャックされた。復旧を試みているが、直ぐには無理だ。艦娘淑女諸君、逃げてくれ。最悪、UNATはこちらの手で破壊してでも止める≫

 ヘッドセットから返される大隊長の言葉に、愛鷹は冷や汗が眉間を伝うのを感じ取った。同時にUNATのジャックを行う存在の正体が脳裏を過る。

「全艦、最大戦速で現海域より脱出! 一五五ミリ徹甲弾を食らったら、ひとたまりもありません!」

 大和の叫び声がヘッドセットを介さずに聞こえてくる中、再び飛来した巨弾がより水上打撃群の近い所に着弾し、四散した破片や衝撃波が艦娘を襲う。

「酒匂に至近弾、損害不明!」

「早波、巻波、浜波、小破!」

「古鷹の姿が見えない、何処行った!?」

「比叡に至近弾! 機銃員が波に攫われた!」

 艦娘達にとって幸いだったのは、UNATがRQ-44からの弾着観測支援を基に射撃せず、光学照準で撃っている事だった。正確なRQ-44からの着弾修正データ無しに、UNATがてんでんばらばらに艦娘に向かって撃ちまくっている状態だったので、その照準の精度は悪かった。とは言え、背中から、味方部隊から撃たれると言う心理的恐怖と圧迫感は何物にも代えがたいストレスとなった。

 陣形も何もなしに慌てて離脱に移行する水上打撃群の後方を、第三三戦隊が殿軍となって支えに入る。

「味方艦隊の脱出まで、我が隊が殿軍となって戦線を維持します」

「了解!」

 青葉達から返される返答を聞き届けてから、愛鷹は左腰の鞘に納めていた白刃を引き抜いた。復帰後の習熟も無しの刀剣使用だが、柄を掴むだけで、掌から腕へと、刀を使って戦っていた数か月前の感覚が戻って来るかのようだった。

「身体が覚えているとはこの事ね」

 そう呟いた時、アトラス5-1から通達が入る。

≪警報、第三三戦隊に通達。敵主力より超巡ネ級改Ⅱ三隻、駆逐艦ナ級及びラ級各六隻の分艦隊が貴隊へ急速接近中。会敵に備えよ≫

「第三三戦隊旗艦愛鷹、了解。合戦準備、合戦準備! 全艦、対水上戦闘用意! 砲雷同時戦、用意!」

「戦闘よーい!」

 号令を令達する愛鷹に続いて、青葉が喉を張り上げる。

 

「ネ級改Ⅱにナ級、そしてラ級、全部で一五隻。やるしかないわね……でも、この数と質はちょっとキツイかしら……」

 両手の二〇・三センチ二号砲主砲のグリップを握る手袋が、込められる握力と共にぎゅっと音を立てる中、衣笠は呟く。生唾を飲み干す彼女のライムグリーンの瞳が見据える先には、青葉型を平手打ちで倒せる程に強いネ級改Ⅱと、長射程の先制雷撃を行えるナ級、そしてその性能において未知数な所が多いラ級と言う強敵揃いの分艦隊が居た。

 腰のあたりを背後からポンと叩かれ、衣笠は叩いた本人の方へ振り返る。深雪がいつもの少し白い歯を見せた自信ありげな表情で居た。

「怖がってたら、青葉に笑われちまうぜ?」

「ウチの姉上は、そんな事で妹を笑ったりはしません」

 半分強がっていう衣笠は、視界の端で、旗艦愛鷹に続いて戦闘態勢を整える青葉を入れながら、どうして私の姉はあんなに恐怖で足が竦む思いを表に出さないのだろう、と不思議に思った。青葉と姉妹艦関係を結んで一〇年経つが、時に青葉の心境について分からなくなる事は今でもある。この戦闘が一段落したら、姉妹水入らずの語り合いで聞いてみるのもありだろう。

「ま、怖がっていいんだよ」

 少しからかっておきながらも深雪は微笑を吹き消して言った。意外そうな表情を向ける衣笠に、深雪は彼女なりの経験談に基づいて、語った。

「こう言うヤバい時は、臆病すぎる方が丁度いいのさ。蒼月はそう言う意味で正解だったのかも知れないな」

「それは確かにそうかも」

「呼びました?」

 自分の名前が聞こえたのだろう、蒼月が顔を振り向けて来る。深雪と衣笠は蒼月の方を向きながら、この秋月型末娘程、第三三戦隊で一番精神的に成長した者はいないなと目配せして同意し合った。

「なんて話でもないさ、蒼月は良いよなあって話」

「その言い方、余計気になりますね、それ。帰ったら教えてくださいよ」

 少し不思議そうな顔を浮かべた後、蒼月は顔を引き締めて、長一〇センチ砲を構え、対水上射撃に備えた。深雪、衣笠もそれに倣い、射撃準備を整える。

 UNATの砲撃はまだ続いており、射界に収められている艦娘達の悲鳴と、怒号がまだ続いていた。

 

 

 陣形が乱れ切った艦娘艦隊に対し、「甲」部隊と呼称された深海太平洋艦隊主隊の戦艦ス級flagship級とレ級flagship級の各一個戦隊相当四隻は、揃ってその艤装に備わる巨砲に指示を送った。深海の深淵を覗けそうな程に真っ暗な砲口が鈍色の空へと向けられ、艦娘の命を殺めるに必要な射撃諸元に基づいて、最適仰角を取っていく。

 風に交じって微かに「打チ方始メ」と言う声が聞こえたかのような、幻聴を思わせる程度の声量でス級が言った直後、鼓膜を破らんばかりの砲声が轟き、周囲の海上を衝撃波が走り抜けた。人間一人を殺めるには余りにも過剰に思えるサイズの巨弾が四八発も撃ち上げられ、周囲の大気を吹き飛ばしながら、虚空を過っていく。

 レ級の主砲も統制射撃を開始し、elite級よりも長砲身化された主砲の砲口から紅蓮の砲炎を迸らせる。薄気味の悪い笑顔を浮かべるレ級の頭部を覆うフードが砲撃の衝撃波ではためき、長いとは言い難い脚の下の海面で水飛沫が波打つ。

 深海徹甲弾と呼ぶべき砲弾は、電子戦ワ級のハッキングによって起こされたUNATの同士討ちで、乱れ切った艦娘艦隊の頭上へと恐ろしい飛翔音を響かせながら、迫って行った。

 

 

≪レーダーに飛翔体多数を確認! 敵艦隊の発砲を認む。全艦、着弾予想位置をデータリンクする。適宜回避運動を実施せよ≫

 アトラス5-1の警報に、統制されたとは言い難い有様になっている水上打撃群がバラバラな回避運動で更に隊列を崩し、烏合の衆と成り果てる一歩手前になりかける。大和も長門も、懸命に統率を取り戻そうとしているが、背後の味方から撃たれ、前方の深海棲艦の巨艦からも撃たれた事で、パニックの片鱗が既に顔を見せていた。

 そんな中でUNATの同士討ちを免れた結果、殿軍を担当しつつ、深海棲艦の分艦隊への対応に移行した第三三戦隊が交戦に移行した。

 初弾は、深海棲艦の先制雷撃から始まった。ネ級改Ⅱ、ナ級、ラ級の魚雷発射管から深海魚雷が海面へと身を躍らせ、海中でモーターを始動させて素早い水中速力を持って、第三三戦隊の足元へ疾駆していく。ネ級改Ⅱとナ級は赤い海でも明瞭に分かる白い航跡をはっきりと海面に浮かび上がらせながら進んでいたが、ラ級の魚雷は違った。海面下の魚雷本体こそ姿が薄らと見えていたが、その後端から引かれる航跡は、目視が困難な程に微かなモノだった。

 

 視覚的には見え辛くとも、海中をけたたましい駆動音を鳴らして突進してくる魚雷の航走音までは消す事は出来ない。そこに絶対音感を体得している艦娘が、ソーナーで聴音して、魚雷がどの方向へ、どのくらいの速力で、疾走しているかを察知出来れば、先制雷撃は躱せなくはない。

 この時の第三三戦隊には、愛鷹と言うその優れた音感の持ち主がおり、彼女の耳が爪先のトウソナーで聴知した深海魚雷群の接近を察知していた。

「魚雷警報、魚雷警報。敵先制魚雷群、方位200、的針076、的速四〇ノットから四五ノットで急速接近中。雷数……三〇」

「たった六人を相手に、高価な魚雷を三〇発も発射するなんて、深海棲艦は随分贅沢な戦いをしますね」

「深海棲艦に物価なんて概念あるとでも言うんですか?」

 何気ない青葉の返しに、愛鷹は怪訝な表情を浮かべて聞き返す。その言葉に、艦娘視点では、と言い返すよりも前に青葉自身も、確かにそうとも言う、と半分はその通りだと頷いていた。勿論、愛鷹の返しが今は無関係な要素をはらんでいた事は間違いないのだが。

「あるんじゃないですか? 海産物を金銭替わりのレートにした深海棲艦ならではの物価が。或いは、海から来る連中ですから、海底のレアアースで取引してるいのかも知れない」

 そう即興の推論を語りながら、青葉は前方から来る先制雷撃の航跡を確認しようと、双眼鏡で前方の海面を凝視する。確かに白い航跡が見えたが、三〇本もある様には見えなかった。

「愛鷹さん、雷数三〇は本当に『三〇個』の馳走音が聞こえたで正解ですか?」

 後方に衣笠を従えつつ、青葉は左右どちらにでも転舵出来る様に身構えながら、愛鷹に聞く。

 再度、ヘッドセットのモードをソーナーに切り替えた愛鷹は、数秒目を閉じて聴音に注力した後、青葉に向かって頷く。

「三〇個の馳走音と、流体雑音が聞こえます。視認出来た航跡は何本です?」

「ええっと……多分二〇本くらいです」

 そうこうやり取りしている間にも、先制雷撃の魚雷群は高速で愛鷹達の足元を吹き飛ばさんと迫って来る。

 愛鷹は確認を諦め、回避を優先した。

「最大戦速、全艦一斉回頭、面舵一杯、進路270、発動!」

「最大戦速、全艦一斉回頭、面舵一杯、進路270、宜候」

 右に舵を目一杯切る愛鷹に続いて、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月の単縦陣が面舵に舵を切って、先制魚雷群の予測進路と、自分達の進路を外しにかかる。

一斉回頭する戦隊の中で、回頭に伴う強い慣性で左舷側へと大きく傾ぎながら、夕張が双眼鏡と目視を交互に切り替えて、魚雷群の接近を確認する。

「後方、左60度、二発抜けます。続いて61度に四発、59度に六発。63度に二発……」

 航跡を海面に浮かび上がらせながら接近してくる先制雷撃の魚雷群を目視確認しながら、躱してのけた魚雷本数を夕張は数えて行く。

「右45度に二発」

「夕張さん、確認出来た雷数は!?」

 と愛鷹。

「計一八本です。敵艦が二発ずつ発射したのだとしたら、あと一二本は来る筈です」

 両手の指を折って数えた本数だし、記憶力に自信はある夕張が、一八発だと断言する。それを聞いた愛鷹は呻き声を漏らして海面を凝視した。

「深海棲艦まで、無航跡魚雷を実現するとは……」

 その時、遠くで発砲音とは異なる爆発音が鳴り響いた。いや、轟いた。離脱中の水上打撃群の方向からだったが、今の愛鷹達には構っている余裕は無かった。

「あと一二本、何処から……!?」

 焦る夕張のその一言を無視し、愛鷹は再度、ソーナーによる聴音補足を試みる。

 遠くで炸裂した砲撃の着弾音で海中は鳴動していた。ナイアガラの滝の瀑布の音を聞いているかのようで、聞き続けると鼓膜を痛めそうだった。諦めた愛鷹は、敵艦隊の位置から凡その射線を想定した。計算をしている間も無い、大体あの位置から撃ったら、この位置に魚雷が来るかもしれない、と言う程度の予想だった。

「艦隊、単縦陣を維持。取り舵、進路224度。赤黒無し……」

 そこまで言って、発動、と言いかけた時、背後から鈍い炸裂音が海中から轟き、海面が丘状に盛り上がり、水柱がその頂部を突き破って海面高くそそり立った。

 その水柱の直ぐ傍に、呑まれた艦娘が居た。

「衣笠‼」

「え?」

 悲鳴の様な夕張の叫び声と、青葉の唐突な事態に一瞬我を失った様な惚けた声が出た。

 

 振り返った青葉の瞳に、つい数時間前まで会話をしていた妹が、魚雷の爆発した水柱に呑まれる姿が見えた。白い水柱の向こうで衣笠の身体の複数個所から鮮血が走り、真っ白な水柱の一部をピンク色に変えた。両手に持つ主砲艤装が宙を舞い、海面に落水する。

「が、ガサ……ガサぁ!」

 割れんばかりの青葉の絶叫が海上に響き渡った。

 

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