艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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第一〇九話 喪失 Ⅰ

「直撃! 長門に直撃弾! 長門、炎上中!」

「武蔵に被害! 燃えています!」

「二水戦、一〇戦隊、四水戦、複数の艦娘のシグナル微弱! 各員、緊急点呼、誰か生きている艦娘は返事を!」

「四戦隊高雄から四戦隊各員に一方通信、応答出来る子はいる!? 誰か返事なさい!」

 レ級flagship級とス級flagship級の長射程の砲撃を受けた水上打撃群は混乱の極みに達していた。海上を黒煙が覆い、随所で艤装から鳴り響く非常警報がけたたましい悲鳴を上げている。

 壊乱寸前の艦隊に更に砲撃が飛来し、混乱の渦を更に早く搔きまわす。着弾の衝撃波だけでも、息が詰まりそうな、いや酸欠で即死しそうな空気の変動が起きる上に、周囲へ飛散する砲弾の破片が、高貫通の鉄の矢となって艦娘の防護機能のシールドを貫き、肉体を、艤装を引き裂く。変色海域の赤い海に、変色とは異なる赤い液体が赤い海を深紅に染め、鳴き声と悲鳴、怒号が飛び交う。

 たった三回のレ級とス級の主砲全力斉射は、今国連海軍日本艦隊が東京湾方面に展開出来る有力な水上艦隊を一〇分にも満たない内に、無力化していた。混乱極める艦娘艦隊の抵抗能力を奪った事を確認した深海棲艦は、最早興味すら失った様子で止めの一撃を与える迄も無く、進路を東京湾は浦賀水道へと転じていた。

 

 一方的な敗北を喫した水上打撃群を前に、空母機動部隊を構成する艦娘達は深海棲艦の侵攻艦隊に対する徹底抗戦よりも、眼前で傷つき斃れる仲間達の救援に移行し、その為に、艦隊を一時、久里浜へと避退する事を決定した。

「HQ、こちら赤城。空母機動部隊は爾後、部隊名を救援艦隊へ変更。水上打撃群及び第三三戦隊救援の任に当たります。但し前方敵艦隊の脅威を一時躱す為、艦隊は久里浜に一時避退し、然るタイミングを持って救援に移行します」

 第一次攻撃隊壊滅の報を聞いた時は、一時我と冷静さを忘れかけ、第二次攻撃隊を送り出して闇雲な消耗戦を始めかけたが、愛鷹と言う余り馴染みがない艦娘の制止で寸前のところで踏み止まった赤城は、改めて戦場を俯瞰し、今自身が旗艦を任される艦隊が取るべき最善の行動を即座に考え、実行に移していた。

 良いですね、加賀さん、と相棒に顔を向ける赤城に、一航戦の相棒、加賀は無言で頷く。長年一航戦を組んで来た仲から生まれる無言で通じる暗黙の了解。それは着任してやや歴の浅い七航戦の大鳳型四人を除く他の航空戦隊の空母艦娘もまた同様であった。

 一方その空母機動部隊の中で第三三戦隊の愛鷹と顔見知りの比叡は、ヘッドセットのスイッチを押して、何度も第三三戦隊へ呼び掛けていた。

「空母機動部隊第三戦隊比叡より第三三戦隊愛鷹へ。応答して下さい。比叡より愛鷹、応答して下さい」

 応答がない。回線を切っているのか、応答出来ない状況なのか。

 なお呼び掛ける比叡の肩を、彼女が敬愛して止まぬ金剛がそっと掴む。

「今はワタシらの安全を確保するネ。ミイラ取りがミイラになっては、デスよ比叡」

「りょ、了解です、お姉さま」

 姉に頷き返しながら、比叡は愛鷹と彼女率いる第三三戦隊の艦娘達の無事を祈った。

 

 

「先制雷撃、第二波接近! 接触まで一〇秒!」

「俯角一杯、全火器、海面を撃て!」

 海中を疾駆する鋼鉄のホオジロザメの群れを双眼鏡で目視確認した夕張の叫びに対し、知らぬ間に切り裂かれた頬から浸る鮮血を乱暴に拭いながら愛鷹が怒鳴る。聴音による先制雷撃の魚雷探知は、海面を掘り返す数多の中小口径砲弾の雨によって引き起こされる擾乱を前に、とっくに諦めていた。ただひたすらに海面を撃ち、水中弾となって海中を遮二無二掻き乱す弾丸が、運よく海中を疾駆する魚雷を打ち砕くか、その軌道を捻じ曲げてくれる事を願って、ひたすらに撃ちまくるしかない。

 先制雷撃の直撃を貰った衣笠が沈黙し、その救護も出来ぬ内に、第三三戦隊は先制雷撃の第二波攻撃を前に、海上で輪舞よりもタップダンスをする様な激しさのある機動で海面を走り、手持ちの火器を海面へ撃ち散らしていた。青葉の八センチ高角砲、夕張の一四センチ砲、深雪の一二・七ミリ、蒼月の一〇センチ、更には各自の二五ミリ三連装、連装機銃すらも海面へと乾いた銃声を響かせる。

 海面に無数の水柱が突き上がり、カーテンの様に不均一な高さの白い壁が引かれ、その下を高速で魚雷群が駆け抜ける。何発かが水中弾の至近弾で弾道を歪められて海上に飛び出たり、或いは反対に海底へと突き進んで行ったりしたが、大半がぐいぐいと第三三戦隊の各位の足元へと食いついて行く。

「くっそ……」

 主砲を交互撃ちする度に、顔面を連打する発砲の衝撃波を堪える歯の隙間から絞り出す様に呻く深雪の視界で、二発の魚雷が火球と化し、海上に水柱を突き立てる。それで気を抜く程、深雪はアマチュアではない。その水柱の陰から、無航跡の魚雷が忍び寄って来る。深海棲艦はそうやって何時も、起きて欲しくないタイミングで最悪の状況を引き起こして来た。タイミングの悪さでは天才的と言える集団だ。

「右から来るか……いや左だ!」

 反射で、左足で海面を蹴り、右方向へと飛び退ける様に身を引く深雪の左手を、二本の航跡が過ぎ去る。背中に背負う艤装のマストの見張り台煮詰める熟練水雷戦隊見張り員妖精が、人間なら三半規管がおかしくなって酔いそうな程の揺れに見舞われる見張り台の上から、海面に双眼鏡を向け、その人間離れした視力で海面を凝視する。深雪よりも裸眼視力の良い見張り員妖精が、水柱を隠れ蓑に近づく新たな魚雷を見つける。

「新たな魚雷、正艦首右舷!」

 最早大量の魚雷群を前に、的針、的速など逐一報告している暇はない。簡略化された報告を基に、深雪は全身にかかる慣性とも戦いながら、今度は左に舵を切ろうとする。右に左に、ジグザグに、反復横飛びをする形で躱し続ける深雪の機動は、セオリーに忠実であると同時にワンパターンな嫌いもあった。

 その良くも悪くもセオリー通りの動きをしていた深雪に、刹那動物的第六感がその思考を遮る。口に出すまでも無く、右舷前方から突っ込んで来る魚雷に向かって逆に全速で突撃する。

 深雪が取り舵に切っていれば、その細い足を引きちぎっていたであろうナ級の魚雷が、虚しく海面を航過する一方、ネ級改Ⅱの魚雷が深雪の右足に迫る。前進全速で魚雷に突っ込む深雪と急激に相対距離を縮めたネ級改Ⅱの魚雷が、深雪の右足の下に潜り込み、着弾タイミングのずれた接触に信管が対応出来ず、深雪の靴底の舵を擦って軌道を逸らしながら過ぎ去っていく。

「次!」

 海面を凝視した深雪に、第三波の魚雷群が迫っていた。全部で六発。第二波で粗方即応弾を撃ち散らしてしまったのか、第三波は雷数自体こそ少なかった。その代わり、深海棲艦艦隊と第三三戦隊との距離が詰まった分、射程を犠牲に雷速を上げた高速魚雷群がミサイルの如く突っ込んで来る。

 その魚雷群の進路を予測した深雪は、拙いと舌打ちした。丁度面舵一杯に切って無航跡魚雷を躱したばかりの慣性が重くかかっている状態の愛鷹に向かっている。あの状態で回避運動は物理的に不可能だ。

「ッん、これ以上はやらせねーよ……」

 深雪の脳が即座に数式を書き、解を導き出し、それを脳波で汲み取った艤装CCSが魚雷発射管に諸元を入力する。六発全弾に異なった諸元をインプットし、視線を左右、そして前に振って射線方向を確認した深雪が「行け!」の一言と共に、両足の太腿にベルト装着と言う形でマウントされている三連装魚雷発射管から左右合計六発全弾を発射管の管から解き放つ。

 発射管から海中へと身を投げ込んだ六発の魚雷がそれぞれ異なる軌道を描いて海中を疾駆する。ある魚雷は右に少しカーブを、ある魚雷はやや調停深度を一旦深く取った。一見乱雑に見えて、六発の魚雷全ての終着点は確実に計算され、導き出されていた。

深雪の放った魚雷の前方に深海棲艦の姿は一隻も居ない。だが深海棲艦から放たれた六本のホオジロザメは海中にあった。それら六本のサメ達へ、六本の魚雷が横から相手選手にボールを奪うラグビー選手の如くタックルをかける。

 弾頭と弾頭が激突しあい、高性能爆薬がたっぷり充填された一二本の魚雷が、僅かな時間差を置いて次々に爆発していく。無誘導の魚雷で、同じ無誘導の魚雷を絡め捕り、撃破すると言う、深雪の卓越した雷撃戦技能が魚雷炸裂の閃光と共に光った瞬間だった。宙を飛ぶ弾丸を、弾丸で撃ち落とすにも等しい神業だ。

 海面に一際大きな水柱が噴出し、小雨を周囲に降り注ぐ中、その雨粒を浴びながら深雪は溜息を洩らした。

「これで魚雷はオケラだな……」

 

 

 大量に発射した魚雷による攻撃で、第三三戦隊に重巡艦娘一人を撃破し、隊列を崩壊させたものの、深海棲艦からすれば極めて不十分な雷撃戦結果となった。即応弾全弾発射して、艦娘の撃破は一人だけだ。割に合わないと言う言葉を深海棲艦が知っているのであれば、呟いていてもおかしくない結果である。

 しかし、深海棲艦には魚雷以外に高威力、高貫通、高ダメージと言う至れり尽くせりな弾丸を何百発も装填した主砲と言う火器があった。それにナ級とラ級には次発装填分の魚雷が数発ある。魚雷の再装填を行いつつ、ナ級を前衛にラ級を真ん中に、後衛にネ級を置いた陣形で深海棲艦が第三三戦隊に向けて吶喊する。深海レーダーと深海棲艦の目視で精測した諸元に基づいてナ級の両用砲が仰角を取り、射程に入り次第砲撃を開始した。

 この時、最も前衛のナ級六隻に近い位置にいたのが蒼月だった。ワルツと言うよりフラメンコと言える程激しく足を動かした後に押し寄せて来る足の疲労感に歯をぐっと食い縛って堪える中、艤装のCIC妖精から敵艦六隻接近の報告を聞く。

「敵は六隻……ちょっと多いわね」

 でも、と長一〇センチ砲の砲身を素早く取り替えながら、蒼月は何処か長女秋月っぽい口調で言った。

「やらせません!」

 連装二基四門の長一〇センチ砲がナ級へ向けて応射の火蓋を斬る。

 火焔が四つの砲口で迸り、褐色の煙が一時的に蒼月の上半身を覆い隠す。合成風が蒼月を覆った煙を引き剥がした頃、再び鋭利な砲声が轟き、零式徹甲弾四発が砲口から火焔と共に叩き出され、鈍色の空に、微かに白い弾道の軌跡を引いて飛翔していく。

 蒼月の艤装に備わる二二号改四後期型調整水上電探がナ級との距離と方位を正確に測り、射撃指揮所の射撃コンピューターが射撃諸元を算出、即座に主砲搭二基へ伝達し、長一〇センチ砲四門が射撃を行う。リアルタイムで変動する彼我の位置、方位、速度を反映し、修正射を繰り返す蒼月の周囲に早くもナ級の砲撃の至近弾が降り注ぐ。おふざけ無しの蒼月を殺しにかかっているナ級の砲撃を前に、第三三戦隊配属初日の頃の、臆病な蒼月はもうここには居なかった。今の彼女は降り注ぐナ級の砲撃に弱音を呟く事も、臆して硬直する事も、一人逃げ出す無く、果敢に立ち向かっていた。六対一、圧倒的に不利にも拘らず蒼月は一歩も引かず、寧ろ一歩、一歩と前へ前進していた。

「味方は、味方はどうなったの……!?」

 それだけが気がかりで言う蒼月に、返事は来ない。みんなやられてしまったのか、それとも深海棲艦の電波妨害で隊内無線すら通じないのか。 あれこれ考えている暇はない。とにかく多対一の局面から脱して、愛鷹達と合流せねばならない。

 通算四射目を放った時、蒼月は確かな手応えを感じ取っていた。あの砲撃は当たる。砲撃を行う時の直感がそう告げていた。

 果たしてその直感と言うモノの通り第四射目の四発は、ナ級の直上から落下し、ゴルフボールがホールに飛び込む様な綺麗さをもって全弾がナ級の艤装に命中した。挟叉無しの直撃に、ナ級が驚いたように見えたが、実際は四発連続弾着の衝撃で艦体が激震に見舞われただけだった。

 蒼月と交戦するナ級は、数多くある駆逐艦ナ級の中でも最強種のナ級後期型Ⅱflagship級と言う、駆逐艦なのか軽巡洋艦なのか曖昧に思えて来る程の強さを誇る大型駆逐艦だった。過去の艦娘と深海棲艦との交戦の中で、海域最奥部に控える主力艦隊の随伴艦というある種の特別扱い的な配備が主だったナ級後期型Ⅱflagship級も、今ではかつてのイ級やロ級と同程度の扱いにまで成り下がっているが、その強さ迄ナーフを受けた訳ではない。寧ろ、装甲、火力と言った艦種詐欺染みたかつての最強大型駆逐艦としての性能を誇る艦が大量に出て来ると言う悪夢の様な事態と言える。

 そんな敵に回すには余りに厄介なナ級の一隻が、零式徹甲弾四発の直撃によって砕かれる。丸っこい艦体の一部が艦内に飛び込んだ徹甲弾の爆発によって吹き飛び、艦娘だけでなく深海棲艦にも等しく力を振るう破壊エネルギーによってレーダーを損壊させ、主砲搭の砲身を根元からへし折った。一瞬にして砲撃不能になったナ級に、第五射が飛来し、なお健在だった機関砲が薙ぎ払われ、再装填作業中の魚雷発射管が脱落する。

 武装を軒並み破壊され、ダルマにされたナ級に仕上げの第六射が突き刺さる。手負いの丸い艦体が抉られ、その艦上に致命的な火炎が走り、喫水線下にまで達した破孔からの進水でナ級の速力が急激に落ちて行く。

 六斉射でナ級一隻を撃破した蒼月は休む間もなく第二目標のナ級へと射撃目標を切り替える。

「着弾、右20度、続いて右5度」

「左舷にも着弾左10度に二発」

 見張り員妖精が相次いで蒼月を挟む様にそそり立つ水柱を見て報告する。一隻を排してもまだ五隻。一人で捌き切るにはやはり多い。

 いつか被弾するかも……恐らく避けようのない未来に、蒼月は腹に力を込めて覚悟を決める。一発か二発は食らう覚悟をしないといけないだろう。防護機能があると言っても、聞き伝手によればナ級後期型Ⅱflagship級の火力に耐えられた駆逐艦娘は居ない。それどころか重巡艦娘すらやられる程の一撃を誇る駆逐艦だ。蒼月の防護機能の領域展開など、薄紙にも等しい事だろう。

 それまで静かだったヘッドセットが着信の音を響かせ、聞き慣れた上官の声を寄こす。

≪蒼月さん、今何処です!?≫

「砲声がする方向に私はいます」

 参照点が分からない以上は音を頼りにして貰うしかない。曖昧な返事を返す蒼月に愛鷹は「了解」とだけ答えた。そして何かしら愛鷹が言う声が聞こえたが、ヘッドセットの減音機能を上回る至近弾の炸裂音に、蒼月はらしくない怒鳴るような声で聞き返した。

「何です!? 聞こえません! 再送を!」

 直後彼女の艤装上で第七射目の発砲の砲声が轟いた。蒼月の声を余裕でかき消しそうなデシベルの音だが、咽喉マイクを艦娘は標準装備しているので、喉の振動を拾って増幅した蒼月の声は、愛鷹の元に届いていた。

 第八射の装填作業中に愛鷹から再送された言葉が返された。

「持ち堪えて!」

「了解」

 右手から聞き馴染んだ軽巡クラスの砲声が聞こえて来る。夕張が愛鷹に先だって援護に入りに来てくれたようだった。

「右舷110度に夕張。上がってきます」

「夕張、撃ち方始めました」

 蒼月の長一〇センチ砲よりも重みのある砲声が四回鳴り響き、砲炎の後に遅れて海上の空気を振るわせる中、もう少し後方からより重々しい砲声が轟いた。愛鷹の四一センチ砲の砲声だった。先制雷撃で四散していた艦隊の隊列が元通りになりつつあるようだった。

 巻き返せる、第三三戦隊の戦力を結集すれば、皆で相手をやっつけられる……! 蒼月が希望を見出した時、彼女の見る先でナ級が火柱を上げて、火球と化す。

 長一〇センチ砲の零式徹甲弾が突き立てられたナ級の艤装が爆散し、海上にどす黒い黒煙を広げる。一種の煙幕となって双方の視界を遮る。蒼月は電探での測距に切り替え、電子の目で黒煙の向こうに目を凝らした。

 

 ネ級改Ⅱの砲声が黒煙の向こうで轟いた時、蒼月は瞬間的に自身に迫る破局のメロディを聞いた気がした。胸の内側でざわつく感触は何だと反射的に右手で胸部を抑えた時、黒煙を突き破ったネ級改Ⅱの徹甲弾が蒼月に迫った。瞬きを一回する間に、空気との摩擦で赤く光りながら飛来した数発の砲弾の内、二発が蒼月を捉えた。一発は蒼月の左足の膝下の脛骨粗面を粉砕、筋肉や皮膚を引きちぎった。もう一発も右足に直撃し、鼠径部から下二〇センチを貫通し動脈を切断して反対側へと肉片を吹き飛ばしながら抜ける。二発の、偶発的以上の確立で命中した徹甲弾によって物理的に蒼月の直立歩行の自由を奪った。

 蒼月の主機を兼ねた秋月型駆逐艦娘の共通被服と言うべきブーツと白ソックスを履いた足が、爆発音と微かな鈍い切断音を伴って明後日の方向へ投げ飛ばされ、支えを失った蒼月の身体が一瞬宙を浮いた後、すとんと海面に墜ちた。

 何かに足を切り裂かれた感触と、瞬間的な痛みが蒼月を襲い、彼女が痛みに気が付いた時には視線が大きく落ちていた。

「え……?」

 唖然とする蒼月の視界の端で、千切れた自身の右足が、海面に横たわっていた。

 何が起きているのか、蒼月には分からなかった。オーバーフローする思考が懸命に答えを導き出そうとして失敗する中、蒼月は何かが急激に自身の身体から抜け落ちて行くのが分かった。消えて行くのではない、抜けていくのだ。手を握る力でもなく、立ち上がる力でもない。蒼月と言う艦名を名乗る築地蒼と言う名の女性の命そのものが、破断された足の患部から、鮮血と共にだらだらと抜け落ちて行く。

 そうしてようやく蒼月は理解した。とっ散らかる思考の欠片がスッと集まり、解を蒼月に与えた。

 

(そうか。私、死ぬんだ)

 

 恐怖、パニック、混乱は一切無かった。不可思議な程に蒼月は落ち着いており、ありのままに自身の目の前に訪れる終わりを受け入れていた。

 

(来月、誕生日だったのに……二十歳になる事も出来ないまま……愛鷹さん、青葉さん、衣笠さん、夕張さん、深雪さん、瑞鳳さん、秋月姉さん……お父さん……お母さん……私、一九年しか生きられなかった……でも……)

 

 破断した動脈から急激に失血する血の海の中に沈む蒼月は、ゆっくりと瞼を閉じた。もう痛みはない、悔いは残るが、もう此処から助かる術は無いのは彼女にも分かった。

 

「……私、頑張ったよね……」

 

 築地“蒼月”蒼はその一言を遺し、緩やかに眠りについた。

 

 

 蒼月の両足を薙ぎ払うと同時にその命までを、掠め取って行った死神の鎌は、犠牲を求めてもう一人の胸部にその切っ先を突き立てた。

 駆逐艦ラ級の放った深海徹甲弾が、ガラスの砕ける音と共に防護機能を貫通し、深雪のセーラー服のど真ん中を射抜いた。防護機能のシールドを、制服の生地を、皮膚を貫いた砲弾が、盛んに砲撃を繰り返す深雪の身体の全身にアドレナリンと共に血液を送り出していた心臓の右隣の右肺の上葉を破砕、心臓にも無視し難いダメージを入れつつ気管支を切断、あばら骨をへし折って、背中の皮膚を突き破り、背中に背負う艤装、メインファンネルを貫通してようやく信管を作動させた。

 前から大きな力で突き飛ばされた様に身を仰け反らせた深雪の身体が、背部で爆発した深海徹甲弾の爆風で今度は前へと突き返される。後ろへ、前へと振れた深雪の上半身の内部で、破壊された内臓とあばら骨がぐちゃぐちゃに振るわれる。

 深雪の胸の真ん中で、激しく鼓動を打っていた心臓の動きが急激に緩慢になり始め、大きいとは言い難い深雪の全身に力が入らなくなる。震える足で辛うじてバランスを保とうとする深雪は、込み上げて来た真っ赤で生暖かい液体を思いきり吐き出し、その吐き出されたものの量に驚いた。

 

「小さい深雪様の身体の中に、こんなに沢山の血が入ってたなんて……」

 

 同時に足の震えは激しくなり、膝が笑い出す。両手の握力が抜け、掌から零れ落ちた一二・七センチ砲が海面に墜ちて飛沫を上げた。

 がくりと膝を着いた深雪は、それでも尚、前方の深海棲艦を見据え続けた。そっと右手で胸を撫で、鮮血で真っ赤になる掌を見下ろして深雪はフッと口元に苦い笑みを浮かべた。

 

「ざまあ……無いね……深雪様が、こんなところで……」

 

 フフッと苦いものを噛み締めて薄らと笑う深雪の掌に、ぽつり、ぽつりと波飛沫と異なる目元から滴る熱い雫が落ちる。親指でそれをすっと撫でながら深雪は呟いた。

 

「わりい、愛鷹……電……父さん、母さん……先に逝くよ……」

 

 もう聞こえる物はない。全てが遥か遠くの出来事の様に聞こえて来て、自身の身体の中心で懸命に動こうとする心臓の鼓動だけが響いて来るのが聞こえた。

 どくん、どくん、と脈打つ鼓動の波長が次第に長くなり、視界が暗くなっていく。

 

「……すまん……」

 

 誰に宛てた詫びの言葉だったのか。それを深雪に正す事はもう叶わなかった。

  卜部“深雪”深雪の時はそこで停止した。

 

 

 二つの命が余りにも短い人生に幕を引いている頃、もう一人の命も終焉を迎えようとしていた。

 止血剤を打っても、既に流れ出て、失われた血を補填する分の生理食塩水の用意が無い青葉のファーストエイドキットでは、愛する妹の命をほんの少しばかり、この世に繋いでおくのが精一杯だった。

 魚雷の直撃を食らい、その爆発に呑まれた右半身は、艦娘の持参出来るファーストエイドでどうにか出来る範疇を越えていた。必死になって自身と、衣笠のファーストエイドもありったけ使って止血をする青葉だったが、とても足りない。宛がったガーゼは茶色に染まり、その下から止血した筈の血がじわりと滲んで来る。

 止血以外にもチェストシールが無いのも問題だった。右胸の傷から胸部を損傷したらしい衣笠が苦しそうな息を吐く。ごぼごぼと血痰を何度も吐き、血反吐を吐く度にひゅうと息を吸ってまた咽る。見るに堪えない苦しそうな傷を負う妹に、青葉はモルヒネを打ってその痛みを軽くしてやる以外に出来る事がもう無い。メディックの瑞鳳が随行していたら今頃苦しんでいなかったであろう衣笠の姿を見て、青葉は傷ついていない左手を握りしめて意識を保たせる。

「愛鷹さん、救援を呼んでください! ガサが持ちません!」

 危険領域内に救難ヘリを寄こす等、到底出来る話ではない。その事も思いつかない程に取り乱しかける青葉に、愛鷹は、しかし自身の身を護るので精一杯で返事を返せない。

 青葉は妹の方へ視線を戻し、じわりと爪先から頬までの広範囲に渡って、じわりじわりと鮮血が制服とスカート、オーバーニーを染めていくのを成す術もなく見つめるしか無かった。胸部損傷に加えて、右足の動脈も損傷している。動脈からの失血に気が付いて即座に止血帯を巻いたお陰で、致命的な失血死こそ免れているとは言え、それとは別に右足が魚雷爆発の炎に焼かれてしまっており、非常に痛々しい火傷の跡が出来ている。

 またごぼっと衣笠は大きな吐血を吐く。同時に少しずつだが青葉の手を握り返す左手の掌の力が弱まっていた。

「ガサ、しっかりして! 諦めたら駄目だよ、まだ鈴谷の所に行く時じゃないよ」

「あ、おば……」

 血に汚れていない綺麗なライムグリーンの瞳が苦し気に歪みながらも、スカイブルーの瞳の姉を見つめ返す。口を動かして何かを言おうとするが、溢れ出る血痰に遮られる。

 美麗なスタイルの身体を滅茶苦茶にされ、朱に染まる衣笠の傍らで、青葉は妹が流す血に自らの制服を朱に染めながらも、出来る限りの手当てをする。なけなしの止血剤を打ち、傷口を消毒し、裂傷にガーゼを宛がう。

 最早制服よりもガーゼやドレッシングの方が面積は大きいまでもある有様になった時、衣笠は虫の様なか細い声で、青葉に頼んだ。

「あお、ば……もう……もう、いい……よ……」

「駄目です! どんなに今この瞬間が苦しくても、諦める事はこの青葉が許しません!」

 滅多な事で妹に対して声を荒げる事の無かった青葉が、鬼も凄むであろう形相で衣笠を叱咤する。絶対に、死なせない、死んでほしくない……いつだって、青葉型は生きて帰って来たじゃないか。

 その言葉は果たして届いているのか。苦悶に満ちる顔の中でも美しさは失われていない衣笠は、ぎこちなく笑った。

 

「青葉……いもう、と……であれて……うれし……かった、よ」

 

 そう言った所で衣笠の目元に雫が浮かび上がる。なお血の滲む患部を青葉はこれでもかと両手で圧迫する。諦めないで、と叫ぶ青葉も徐々に衣笠の顔を直視出来なくなる。死相が既に浮かび始めていた。

 衣笠と同時に自分自身が諦めてはいけない、そう言い聞かせていた青葉だったが、余りに苦しく、最期の時を迎えようとする妹を見れば、先の言葉を一字一句守り通すのも無理がある事を悟る。せめて、苦痛に満ちた世界から解放して、痛みのない身体の中で、その思いで青葉は傷ついた衣笠の身体に医薬品のアンプルを刺す。

 モルヒネにも投与の上限と言うものがある。過剰に投与したら死に繋がるのは睡眠薬の過剰摂取と同じである。それを分からぬ青葉ではない。分かった上で、青葉はモルヒネのアンプルを刺していた。

 苦痛に満ちていた衣笠の表情がとろんとまどろみに変わり始め、徐々にだがすらりとした四肢から活力が消えて行く。アンプルを仕舞いながら青葉は妹の身体を抱き締めた。姉妹の関係を結んだ、血のつながりのない女性の身体の温もりを全身で受け止める。

 

「青葉……皆……ごめん、ね……」

 

 まどろみの中でも、青葉の事を認識している衣笠が言う。

 

「良いんだよ……ガサ……良いんだ……」

 嗚咽が青葉の口から洩れる。知らずの内に溢れ返り始めた涙が視界をぐしゃぐしゃにした。乱暴に左腕のアームバンドでそれを拭っても、尚涙が溢れた。

 先程とは変わって穏やかな表情になる衣笠の瞼が徐々に落ちて行く。抱き寄せる身体は、お互い同じくらいの体重の筈なのに、青葉の方が遥かに重く感じられる。

 心臓の鼓動が伝わって来るのを、その鼓動がゆっくりと、緩慢になっていくのを青葉は感じ取っていた。

 

「みんな……さよ、うな、ら……」

 

 そこで衣笠の命の炎は燃え尽きた。瞼が閉じられ、吐血の跡で汚れながらも、青葉にとって自慢の妹はそれでも尚、美しさを失っていなかった。

「さようなら……」

 最期を看取った衣笠の顔を見ていった青葉はもう一度、その身体を抱き締めた。

 

 

「三人……K.I.A……」

 震える声が愛鷹の口から零れる。見開かれた眼球は深海棲艦を見据えておらず、虚無を追っていた。

 

 世界に一つだけしか咲かない、蒼月、深雪、衣笠と言う命の花が、枯れ落ちた。

 

 何故、どうして、何処で誤った、どうして助けてやれなかった? 

 

 何故彼女達が死に、何故自分が生きている。

 

 処理し切れない感情が溢れ返り、息が浅く、早くなる。

 

 刹那、いずこかから飛来した砲弾が、呆然とする愛鷹を捉えた。一発が右頬を掠めて、その端正な顔の頬を引き裂き、一発が飛行甲板を爆砕する。飛び散る破片と炎が左腕を傷つけ、血を流したが、愛鷹がそれを知覚する様子はない。早く、荒くなる呼吸が口から繰り返し吐き出され、蒼月、深雪、衣笠の命を殺めた深海棲艦の方へと茶色の瞳が揺れる。

 

(コロシテヤル……コロシテヤル……コロシテヤル……)

 

 誰かの囁く声が脳内に響く。動物的な殺戮本能が愛鷹を乗っ取り、右腕で左腰の白刃の柄を掴み、引き抜く。怒りを越えて狂気に駆られた愛鷹が、距離を縮めて来るラ級、ナ級、ネ級の群れに血走った目を向ける。

 

「うわぁぁぁッ!」

 

 猛獣の雄叫びの様な声を上げ、白刃を振りかざして吶喊する愛鷹に、深海棲艦も危険を察知して前進から全速後進に入れて、逃げに入る。しかし、それは熊に背中を向けて逃げる人間の誤った対応にも等しかった。

 

 

 文字通り愛鷹の記憶が飛んだ。怒りが脳を支配した瞬間、愛鷹の記憶が一時的に飛び、自身が何をしていたのかすら全く覚えていなかった。

 気が付いた時、愛鷹の周囲には、袈裟懸けに斬られたり、首を撥ねられたり、腕を切り落とされたり、とかつての、施設時代の頃のトラウマが故に数える程しか深海棲艦の人型種相手にすら振るった事が無かった白刃によって斬殺された深海棲艦の死骸が横たわっていた。返り血の様な青い体液が付着した制服と制帽、オーバーニー、靴で薄ら蒼く染まる愛鷹は、深海棲艦から見れば赤い返り血で血まみれの「切り裂きジャック」に見えた。

「あぁ……」

 すん、と記憶と言うよりも我が戻った時、愛鷹は実に腑抜けた声を漏らしていた。手豆が出来、それが潰れて血が滲む程握りしめていた刀の柄を持つ手を緩め、ゆっくりと白刃を鞘に戻した。不思議と、人型種の深海棲艦の死屍累々の周りを見回してもトラウマが蘇る事は無かった。

 左腕で頬に付着する深海棲艦の体液を拭った時、その青い体液に負傷している自身の傷口から出た鮮血が触れる。愛鷹の血と振れた深海棲艦の体液は、とても有機物の体液とは思えない紺碧から、鮮血と同じ鮮やかな赤へと変色した。どう言う理屈でそうなるのか、惚けた頭に考える余地は無かった。

 自分を囲う様に横たわる深海棲艦の死骸の山を避けて、外へ出ようとするが、コンと何かが愛鷹の靴の爪先に当たる。

 絶対に見ない方が良いと分かっていても、反射で見下ろした愛鷹の目に、恐らく振り下ろされる白刃から庇った時に斬り落としたのであろう、ラ級の腕が愛鷹の右足の爪先に転がっていた。沈まず、謎に浮かび続けるそれらを見て、初めて自分のした所業の恐ろしさに生唾を飲み干す。だが、恐ろしさを実感しても、後悔は生れなかった。ただ、深海棲艦をこの手で直に殺めた。その感覚だけを受け止めて、愛鷹は夕張と青葉の元へ向かった。

 

 

 狂戦士化した愛鷹の手で、深海棲艦が全て斬殺と言う形で撃破された後、深海棲艦の侵攻艦隊の主力は、浦賀水道へと進入した。

「深海棲艦主力艦隊、浦賀水道絶対防衛線に到達!」

「無人艦隊、展開パターン・イプシロンへ。攻撃開始!」

「陸軍阻止部隊、攻撃開始します」

 横須賀の統合基地の作戦司令指揮所で飛び交うオペレーターの声に、上ずりかけるものが加速度的に増える。開戦以来、一度も侵入を許して来なかった東京への玄関口を深海棲艦は蹴破り、土足で上がり込もうとしている。頼みの阻止に当たる艦娘艦隊は想定外にも呆気なくも敗れ去り、浦賀水道の前で血を流して助けを求めていた。

 指揮所のデスクに座る谷田川は手の中で鉛筆が真っ二つに折れる音を聞いた。無意識に鉛筆をへし折った彼は、呻く様に言葉を絞り出した。

「ここもやられるぞ。非戦闘員は総員退避!」

「非戦闘員は緊急退避! 繰り返す、非戦闘員は緊急退避! 急げ!」

 湯原がヘッドセットのインカムを掴んで叫ぶ。基地全体に訓練以外で鳴った試しが無かった非常警報が鳴り響き、非戦闘員が転がる様に走ってシェルターへと逃れて行く。

「敵主力艦隊一部、金田湾に襲来! 三浦海岸に強襲上陸を開始!」

「基地警備隊、及び全基地内戦闘要員、並びに艦娘は乙武装。総員白兵戦に備えよ!」

 下命する湯原の声が震えていた。

 ずん、と基地が震える。艦砲射撃の修正射が近隣に着弾したのだ。市街地の一角に赤く塗りつぶされたマーカーが出現し、被害報告が上げられる。既に避難が済んで無人と化した都市区画とは言え、そこにあった市民の生活の営みを成すものが、一発の砲弾と共に消し飛ばされた。

「第一戦車大隊、第一偵察戦闘大隊、第一特科隊、交戦開始しました」

「第三二普通科連隊、三浦海岸付近にて、敵深海棲艦上陸部隊と交戦を開始!」

 

 

 三浦市の市街地では銃声と砲声が飛び交っていた。第一師団第三二普通科連隊の普通科隊員の二〇式小銃Ⅱ型や分隊支援火器M250A1の射撃音が鳴り響き、二四式機動一二〇ミリ迫撃砲の効力射が間断なく着弾する音が響く。市街の随所に組まれたバリケードや、二四式装輪装甲戦闘車改を盾に、普通科隊員たちが陸上を闊歩する陸戦型リ級やネ級に銃弾を浴びせ、カールグスタフM4無反動砲を発射して対戦車榴弾を叩き付ける。

 猛烈な銃火を前にリ級、ネ級が一時後退し、その後ろから戦車小鬼が現れ、小鬼の戦車砲が火を噴く。隊員たちが遮蔽物にしていたバリケードが吹き飛び、隊員たちが悲鳴と共に吹き飛ぶ。二四式の機関砲が発砲し、三〇ミリ機関砲弾で戦車小鬼を何度も何度も殴りつけるが、戦車小鬼は正面装甲で辛うじて耐え、返しの一撃を二四式に撃ち込む。装甲戦闘車が沈黙し、喚き散らしていた機関砲を頂く砲塔が停止する中、その擱座した装甲車を遮蔽物に隊員がカールグスタフを戦車小鬼に見舞う。

「怯むな! ここで食い止めるんだ!」

 陸地で始めて見る異形の集団相手に、動揺を見せる若い隊員に檄を飛ばす小隊長が自ら小銃を撃ち散らし、リ級、ネ級を怯ませ、その間に軍歴の長いベテラン軍曹が、戦死した射手から受け継いだカールグスタフを発射する。

 北海道の大地ではその高機動を発揮して、機甲部隊を打ち破った陸戦型リ級、ネ級も市街戦になればその機動力も制限される。稚拙な動きをするリ級とネ級に対し、市街戦の心得がある三二普連の隊員には戦いに対する一日の長がある。

 三二普通科連隊は犠牲を払いながらも、懸命に防衛線を維持しようとした。このような事態を想定して、後方の集積所には弾薬や燃料を集めてあるから、自衛隊時代の様な慢性的な弾薬不足に悩む事は無い。撃って、撃って撃ちまくる普通科隊員が、手持ちの弾薬を使い切って一時後退した先には、集積所から弾薬を満載した軍用トラックが待っていた。

「深海の淵まで押し返してやる!」

 そう力む普通科隊員達に、ひゅるひゅると頭上から音を響かせて迫る物体があった。地上、或いは建物に落下したそれは地面を、建物の一角を抉ってから炸裂し、土砂とコンクリート、鉄筋を周囲に撒き散らした。三浦市沖に展開する戦艦水鬼一個戦隊が、地上戦を行う深海棲艦上陸部隊への支援砲撃を開始したのだ。

 同時に三浦海岸の橋頭保に布陣した砲台小鬼も支援砲撃を開始し、建物ごと吹き飛ばす猛烈な火力が三二普通科連隊を襲う。市内各所に展開する中隊戦闘団、及びその麾下の小隊、分隊の隊員たちに砲撃の雨が降り注ぎ、多くの隊員や車輛諸共に着弾した砲撃で吹き飛ばされ、四肢を散らして命を落とす。

 砲撃に留まらず、空母棲姫Ⅱを始めとする空母群から発艦した艦載機が、点を狙う針となって市街各所に展開する三二普連の各部隊に空爆を始めた。小銃や軽機関銃を空に向けて応射する隊員の頭上から、深海棲艦艦載機群は爆弾を投げ込んで悠々と離脱していく。前線部隊に耐える事のない効力射を行っていた二四式機動一二〇ミリ迫撃砲が爆弾の直撃を受けるや、まだ発射していなかった車内の迫撃砲弾が一斉に誘爆し、軽微な地響きと共に一際大きな火球と黒煙を上げる。

 神奈川県立南高校の体育館の館内に設けられた連隊本部指揮所で、戦況を確認するオペレーターが悲痛な声を上げた。

「第二、第五中隊、損耗率八〇、いえ、九〇パーセント以上!」

 データリンクで高度にネットワーク化されているとは言え、短時間で発生する大きすぎる損害は、各中隊本部に後退の指示を出す暇も許さなかった。結果、三二普通科連隊の第二、第五中隊は全滅に等しい大損害を被る。連隊本部から中隊本部に後退命令が下され、大損害を受けた二個中隊残余が陣地を放棄し、予備陣地へと後退する。

「第二中隊、時田中隊長戦死、村井中尉が臨時指揮を執ります」

「敵上陸部隊、横須賀一丁目を制圧。別動隊は長沢中学校方面へ向け前進中」

「野比小学校のCPに敵空爆が襲来、損害不明」

 苦戦を強いられ始める三二普連各部隊の戦況に、連隊長が険しい表情を浮かべていると、連隊本部へ通信が入った。

「久里浜に避退している艦娘艦隊空母機動部隊旗艦赤城より入電。『ワレ、貴部隊への近接航空支援を実施する。可能な範囲で戦線を維持されたし』」

「元よりその気だ。赤城に返信、いや返礼。『貴艦隊の支援に謝意を表する、三二普連連隊長大塚大佐』だ」

 

 

 久里浜に避退した空母機動部隊の中で赤城は大塚大佐の言葉を受け取った。

「空母機動部隊旗艦赤城、三二普連からの返礼、頂きました。空母機動部隊各員、第二次攻撃隊艦載機、対地装備。準備出来次第、発艦始め!」

 凛とした赤城の発令が飛ぶや、直ちに空母機動部隊の空母艦娘達の艤装格納庫内で待機中の攻撃機に対地爆装が装着されていく。対地用集束爆弾、空対地ロケット弾などが翼下、胴体下に装填、装備され、準備出来次第作業完了のブザーを鳴らす。

赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴の六人の弓から、統一された方向へと弓に掛けられた矢が鋭い音を発して解き放たれ、宙空で炸裂の火焔と共に流星、天山、彗星、零戦を出現させる。同時に大鳳、黒鳳、蒼鳳、赤鳳のボウガン式航空艤装から同じように矢が打ち出され、艦載機を出現させる。

横須賀市街地上空の制空権を確保する為に、上げられる数の戦闘機も上げられる。震電改、烈風改二、零戦七一型、紫電改四が次々に増槽を抱いて発艦し、横須賀の空へ向けて飛び上がる。

「終わりが近づいているのでしょうか……」

 一通りの発艦作業を終えた加賀が弓を脇に挟みながら、彼女らしくもない俯きがちな声で言った。

 らしくもないと相棒の赤城は意外そうな表情を加賀に向ける中、憂う表情で加賀は横須賀市街地へ視線を転じる。そう言えば加賀の故郷はこの横須賀の街だったかと赤城は思い出す。滅多な事で感情を大きく見せない冷静で冷徹な加賀がここまで動揺するのだ。燃える故郷の風景を見て加賀の胸の内は、とても落ち着いていられるものでは無いだろう。

「横須賀の街が灰燼に帰す事態は、覚悟するべきかも知れません」

 赤城はそう言って相棒の顔を見た。

「でも、一〇〇年前、この国は灰と化した街の中から立ち上がって、再建して来たのです。また灰にされても、再び家を建てる人がいる限り、何度でもこの街も国も復活します」

「灰の中から不死鳥は蘇る……響やフェニックス辺りが聞いたら反応しそうですね」

 そう言って加賀は落ち込む表情を吹き消して、いつもの表情へと戻した。

 

 

 抱える身体の軽さに、ふと何処かで聞いた話を愛鷹は思い出す。人は死した時、二一グラム軽くなると。軽くなる理由は死して生者の魂が無くなった証だからと。眉唾物の話と思って、記憶の隅に履き捨てていた話がふと思い起こされ、余計に気分が落ち込んだ。

 不思議と、以前鈴谷の死に立ち会った時と違って、自分が涙を流していない事に愛鷹は気が付く。何故だかは分からない。自分は人の生死にそこまで淡泊でも、冷淡でも無かった筈なのに、目頭が熱くなる様子もない。

「涙は既に枯れた……と言う事なのかしら……」

 例えとしてそう言う言葉を聞くが、本当にそうなのだろうか……自分はそんな、身近な者達への死にすら、涙一つ流さない人間に変わってしまったのか。

 両腕の中に抱えられる深雪の遺体を見下ろして、愛鷹はぐっと口元を歪める。自分の事を何物にも代えがたい人間だと拳を持って教えてくれた深雪はもう居ない。あるのは傷ついた體(からだ)だけだった。愛鷹の後に続く夕張、そして青葉の腕の中に、蒼月、衣笠の骸があった。その場で水葬にするのも考えたが、基地はすぐそこだ。一緒に帰ろう、と話し合って遺体を運んだ。

 深雪の遺体から顔を上げた愛鷹の左右の頬を、彼女が自覚すらしていなかった二条の熱い雫が伝っていた。




 
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