広大な敷地を誇る横須賀の日本方面軍海軍日本艦隊統合基地の上空を、無数の深海艦載機群の戦爆連合が覆い被さった。
基地の随所にトレーラーに載せられて配置されたC-RAMが、基地要員が急場で設置した重機関銃が、小銃が空へ向けて銃火を咲かせる。敷地内を銃声が覆い始める中、明石、三原、桃取の三人は陸用靴に履き替えると同時に、ヘルメットと防弾ベストを装着していた。艤装と違って、アシスト補正が入らないこの二つの重さに、若干の煩わしさを感じながらも、明石はヘルメットに手をやりながら、もう片方の手をM2重機関銃のトリガーにかける。
傍らでは予備のマガジンを抱えた三原と桃取が控え、気休め程度の防弾板を遮蔽物に三人は対空陣地を構えていた。少し離れた所では山汐丸、熊野丸、しまね丸の三人が同じ装備、同じ構成の銃座を構え、その奥には秋津洲、日進、平安丸がやはり同じ銃座を構えていた。銃座内の弾が切れたら、近くの集積場所から速吸、神威、宗谷が弾薬箱を持って走って来ると言う組み合わせだった。
「補助艦艇艦娘まで戦線に動員するとか、戦も末ね……」
自身の射撃適正を思い返した明石は自嘲気味に笑った。
「姉さん、来ました!」
桃取が空の一角を指さして叫ぶ。銃座を確認した深海艦載機群がわらわらと群がって来ていた。
「て、てぇーッ!」
慣れない用語を叫びながら明石はM2のトリガーを押し込んだ。耳を聾する五〇口径の射撃音が叫び始め、マズルフラッシュが銃口から迸る。隣の山汐丸達と秋津洲たちの銃座も射撃を始める中、深海地獄艦爆改がロケット弾を一斉に発射した。
「ヤバいヤバいヤバい!」
焦り散らかした三原が呻き、ヘルメットを抱えてうずくまる。明石も、足が竦む思いをしたが傍らの三原と桃取の事を思い出し、逃げ出したくなる寸前の所で足を踏ん張り、M2のトリガーを押し続けた。当たらないで、外れて、と願う明石の祈りは果たして、通じたのか地上からの対空砲火に艦爆が少し怯んだのか、弾道が逸れたロケット弾の群れが、銃座の背後の地面を吹き飛ばして終わる。
「柄じゃないけど、やるしか、ない!」
そう言いながら明石は、ふと都知事を務める自身の父親の顔を思い出した。配置につく前、東京は酷い大空襲を受けたと言うざっくりとした話を聞いた程度で、政府官僚や東京都知事がどうなったのか知る由もない。
あの話の続きを聞きたければ今を切り抜けるしかない。同じ工作艦艦娘の妹たちを守りながら、と言う明石と言う補助艦娘にとって余りに難易度の高いタスクを無理強いされながら明石は桃取が新たに指示した目標に銃口を向けて引き金を押した。
M2を撃っている間の中途半端なタイミングで、ベルトリンクの一二・七ミリ弾の弾が消え、薬室内からも弾丸が無くなる。
「再装填!」
その言葉に蹲っていた三原が即座に弾薬ケースを持って立ち上がり、空の弾薬ケースを外して、銃弾を一杯に詰めた新しい弾薬ケースをセットする。慣れない手つきでもどかしさを感じさせながらも、教えられたとおりに三原は銃弾を再装填した。カバーを閉じ、明石は何回かチャージングハンドルを引いた。
「てぇーッ!」
マズルフラッシュが再び眼前で瞬き、がくがくとした振動が機関部を介してトリガーを握る手に伝わって来る。
近くでは海軍兵士が何人か、小銃を空へと打ち上げて応戦する中、深海猫艦戦改の編隊がひらりと舞い降りて来て、照星を合わせる間もなく機銃を掃射し、小銃で応戦していた兵士達を血煙に変えた。肉片と骨が砕けるぐちゃッという音に、生理的な嫌悪が背筋を走る中、明石はわき目も振らずにただ空だけを見つめてトリガーを引き続けた。
地面を揺るがす爆発の振動が何度も走り、怒号と悲鳴が飛び交う。埠頭に係留されていた旧アメリカ海軍第七艦隊旗艦の揚陸指揮艦「ブルーリッジⅡ」が多数の直撃弾を受けて、大炎上を始め、施設の建物に爆弾が命中してコンクリートの破片が地面に転がる音と、ガラスの割れるけたたましい音が鳴る。
明石たちの銃座の傍にも爆弾が落ちて来て、三人が悲鳴を上げて防弾板の陰に隠れる。只の鉄板ではなく、れっきとした防弾性能がある板で守られた銃座は爆撃の破片から明石型の三人を護った。が、彼女達の元へ予備弾を運んでいた兵士二人が、粉々に吹き飛んだ。
爆撃の破片と爆風で肉片と骨、そして血糊の塊と果てた兵士の残骸を見た桃取が悲鳴を上げる。尻餅をつく様にへたり込んだ彼女が前へと投げ出す両足の爪先に、粉砕された兵士の血糊が付着していたのが桃取の正常な精神を破壊するのに十分な威力を発揮した。
真っ青な表情を浮かべて失神する桃取に、三原が慌てて起こしにかかるが、白目を剥いて下腹部から生暖かい液体を漏らす桃取が目を覚ます事は無い。
「姉さん、桃取が」
「やられたの!?」
「失神したっす!」
「……寝かせておきなさい」
この地獄の様な光景を見ずに済むのなら、自分だって失神していたい、と明石は思った。
その時、爆音で全く聴覚と言うモノが宛てにならない環境下で、深海猫艦戦改が突然飛び降りて来て、機銃掃射を明石と三原に見舞った。
左肩を殴られた様な衝撃が走り、明石はたららを踏んだ。反射で左肩を見ると、左肩を覆うプレートが吹き飛んで、その下の明石の左肩に威力を大きく減じられた深海猫艦戦改の銃弾がめり込んで、真っ赤な、深紅と言っていい血が彼女の肌の上でどくどくと溢れ出していた。
「やられた……」
「姉さん、下がって。ここは私がやるっす!」
押しのけるように三原が負傷した明石から機銃のトリガーを奪い、姉を自身の背後に回す。
明石は右手で左肩を庇いながら物陰へと逃れようとして、引き返し、気絶している桃取の後ろ襟を右手でつかんで引き摺りながら物陰へと引き込む。
辛うじて全壊を免れている建物の陰に桃取を引き込んだ明石は、改めて左肩を診る。止血しないとと思う明石だが、止血に使える医療キットが無い。せめてガムテープでもあればと思った時、あきつ丸と神州丸、それに瑞鳳の三人が医療バッグを肩に近くを通りがかった。
「あきつ丸、神州丸、瑞鳳! 手当をお願い、左肩をやられたわ!」
明石のその呼び止めに、あきつ丸と神州丸と瑞鳳は目配せして、あきつ丸と神州丸は恐らくメディックの要請があった場所へと駆け出し、瑞鳳が明石の元へ駆け寄る。
「診せて下さい」
左肩の患部を伺う瑞鳳に手当を任せ、明石は物陰越しに三原の方を伺う。
銃身が白熱し、白煙を上げる機関銃から、曳光弾の銃火が止まり、三原は弾倉を伺う。弾切れの様で、予備弾を持って来る者も見当たらない為、銃座を放棄して明石達が隠れる所へと飛び込んで来る。
「二、三機は落としたはずっスけど、こんな乱戦下じゃあ、誰が誰の戦果になるのやら……」
「『ブルーリッジⅡ』はどうなりましたか?」
「あの黒煙の下が『ブルーリッジⅡ』っすよ!」
「C-RAMは何をしているのよ」
「そっちは弾切れっす!」
失神した桃取、負傷した明石と違って、三原は健在かつ桃取の様に取り乱す事の無い落ち着きがあった事もあり、状況把握をしようとする瑞鳳の問いに答えていた。
四人が隠れる物陰を、機銃掃射が叩く。
「くそ、今のは近かったっすよ!」
「せめて、瑞鳳にも銃があれば……」
「貴女も、あそこで斃れた人達みたいになるわよ!」
歪んだ表情で人だったモノの山を見て明石は言う。瑞鳳もその方を見て、軽く肩をすくめた。
「空母艦娘が陸戦で死ぬのは恥ね」
「第二次攻撃隊、発艦始め!」
赤城の号令一下、弓が矢を解き放つ音が一斉に鳴り響き、古の戦場で剣による乱戦の前に、弓兵の一斉攻撃が行われる時の射出音の合唱の様な音が鳴った後、対地装備の艦爆、艦攻、艦戦が空へと飛び出す。
久里浜に避退した空母機動部隊は、三浦市の市街地で市街戦を繰り広げる三二普通科連隊への航空支援を発艦させていた。一〇〇機を軽く超える編隊が空へと昇り、三浦市街地へと進路を転じる。山がちな三浦半島の中にある市街地へと、機首を転じる。
対地爆装した戦爆連合が三浦市街地へ達した時、三二普連の戦況は劣勢にあった。上陸した深海棲艦地上部隊は徐々にその数を増やし、連隊と言うよりは大隊規模程度の人員しか所属していない三二普連をじりじりと横須賀方面へ追い立てていた。
三浦市街地上空へ達した戦爆連合の中で、赤城から発艦した彗星の編隊長機妖精は、眼下の戦場を見下ろして絶句した。
「地獄だ……」
それ以外の言葉が出ない航空妖精は、頭を振って職務を思い出すと、眼下の市街地を進行する深海棲艦に狙いを定め、降下を始めた。
上空に攻撃隊を認めた深海棲艦地上部隊に随伴する砲台小鬼から対空砲火が撃ち上がって来る。上下左右から機体を殴りつける様な爆風が襲い掛かるが、海上の艦隊に突っ込むよりはマシな密度だ、と操縦桿とスロットルを握りしめて航空妖精は巧みに回避機動を行いつつ、火力支援を行っているであろう砲台小鬼へと狙いを定める。隣で僚機が対空弾を食らって吹き飛ぶ中、脇目も振らずに突入していく彗星から、対地爆弾が投下されて、砲台小鬼の足元へ爆弾を投げ込む。
爆炎と共にアスファルトと土砂が飛び散り、足元の支えを失った砲台小鬼が横転する。横倒しになった瞬間、その胴体から誘爆の炎が噴き出て、爆散した砲台小鬼の残骸を周囲に撒き散らす。
一基破壊の喝采を喜ぶ間もなく、編隊長機の航空妖精は自機が率いる編隊の集合地点となるべく上空へと上昇する。艦戦、艦爆、艦攻が爆装ををありったけ投げ込んで、眼下の深海棲艦を地面ごと耕しているが、対空砲火で投弾前にやられた機体の数を考慮すると、お世辞にもBDA(爆撃効果評価)は高い点数は付けられそうにない。地上にJTAC(統合末端攻撃統制管)が居れば、正確な爆撃進入コースや、優先破壊目標の指示も出せただろうが、今の状況ではそれは余りに贅沢な注文だ。
どの程度の味方機が爆撃を成功させたのか、正直見極めづらい戦場だった。地上では地上戦で引き起こされた火災の炎による黒煙で、視界は良いとは言えず、リアルタイムで進行する三二普連との戦闘の爆炎も混じるから、正確な戦果の確認が難しい。編隊長機航空妖精も辛うじて目視確認出来たから自信を持って自分の戦果を報告出来るが、中には不確実戦果報告が多数混じりそうな気配があった。
≪レッド1-1、こちら赤城。BDAはどの様な感じですか?≫
母艦娘からの問いかけに、航空妖精は歯切れの悪い答えを返す。
「よく分かりません。地上からの黒煙が多く、正確な攻撃効果を見極めるのが難しい状態です。ですが、我が隊の爆撃で、敵地上軍全軍が無力化された訳ではないのは確かです」
≪了解。第三次攻撃隊を発艦させるので、暫し上空待機を≫
久里浜から三浦市までの距離は普段の戦場海域で敵艦隊の元へ飛ぶ行程と比べれば、遥かに短い。その分、空母艦娘が断続的な攻撃隊の発艦を行うと収容と発艦の作業で混乱が生じかねなかった。
攻撃完了した味方機が集まって来る。波の動揺で対空射撃の狙いが不安定になる海上と違い、動かぬ地面に足を付けている深海棲艦の対空砲火は、海上の艦隊より密度が低くても、精度が高かった分、相応の損害は発生していた。対地攻撃の嫌な所である。
帰投する第二次攻撃隊と入れ替わる様に、第三次攻撃隊の機影がすれ違った。
「レッド1-1からレッド2-1へ。用心しろ、地上からの対空砲火は精度が高い。気を抜くと一瞬で翼を千切られるぞ」
≪2-1了解。用心する、アウト≫
すれ違った攻撃隊を見送りながら、編隊長機航空妖精は思った。この戦線、支え切れるのか、と。
命を張っているのは艦娘に限った話では無かった。最も、ここで言う命を張る存在に、魂は無かったが。
展開パターン・イプシロンを発令された東京湾防衛無人艦隊を構成するミサイル護衛艦「ざおう」「うんぜん」護衛艦「くろなみ」「あおなみ」「まゆづき」「あまつき」「うらづき」「かざつき」から一斉に艦対艦ミサイルが発射された。深海棲艦固有の熱源パターンを感知して、ミサイルを誘導させる対深海棲艦戦術に則って、最適化されて生産された新型対艦ミサイルが開口されたVLSのセルハッチから飛び出し、矢継ぎ早に撃ち上げられていく。「ざおう」「うんぜん」のミサイル護衛艦の九六セルのVLSと、「くろなみ」以下の護衛艦の三二セルのVLSから対艦ミサイルがブラストの噴煙で艦を覆い隠しながら空へと昇り、幾重にも伸びる白線の先を征くミサイルをアトラス5-1が誘導する。
艦娘艦隊を一蹴して東京湾を北上する深海棲艦本艦隊は、この対艦ミサイルの雨を浴びる事となった。ミサイルの誘導装置のライブラリーに登録が無いス級flagship級やレ級flagship級にすら、画像識別誘導で次々にミサイルが突き刺さる。艦娘の戦艦級の砲弾よりも高性能な爆薬が充填されたミサイルと、そのブースターの燃料が添加材となって爆発し、複数の深海棲艦がその爆炎の中に消える。
一〇〇を超えるミサイルの雨が降り注ぎ、豪雨が止んだ後も立ち込める煙が止んだ後、幾らか数を減らしながらも尚健在なス級、レ級以下の艦隊が姿を現す。
「敵艦隊、なお健在! SSM攻撃、効果僅少!」
「まだだ!」
谷田川は反射的に席から立ち上がって、ディスプレイに表示される「KILL ZONE」の文字を見つめた。
悠然と進みながら、無人艦隊を射程に収めようとする深海棲艦艦隊の最前衛を務めるネ級改の足元で、海面が丘状に盛り上がり、頂上が空へ向かって弾けた。海原を揺るがす爆音と振動と共にネ級改が足元から爆発し、四散した四肢と艤装の破片を僚艦に投げつける。更に数隻の深海棲艦が不運なネ級改に続いて、ようやく深海棲艦も足元の存在に気が付いた。
「機雷原、第三から第七まで爆発確認!」
「敵前衛、約一群の反応消滅。本艦隊来ます!」
電子音と共に「KILL ZONE」と表示されていた赤い表示が消えて行く。機雷敷設艦が事前に敷設していた機雷は、一群、約六隻から七隻の深海棲艦を撃沈してのけたが、それ以上の効果は望めなかったようだった。
かなりの機雷原を敷設した筈だが、艦隊を殲滅出来る程の効果は望めないか、と谷田川は肩を落とす。
「偵察戦闘大隊、第一特科隊第五特科大隊、攻撃開始します」
オペレーターの報告と共に、陸軍の機動戦闘車とMLRS(多連装ロケット砲)からなる部隊の攻撃が開始される。
海岸線沿いの国道にずらりと並び、砲塔を側面に向けた一六式機動戦闘車改の一〇五ミリ砲の砲声が鳴り響き、五〇両近い機動戦闘車の砲撃が、浦賀水道に進入する深海棲艦の頭上から浴びせられる。
左手から一六式改の一〇五ミリ砲、前方からは無人艦隊の一二七ミリ単装砲の艦砲射撃、そしてM290多連装ロケット砲システムと呼ばれるMLRSから発射された徹甲クラスター弾弾頭のロケット弾が深海棲艦の頭上に降り注ぐ。これ程の火力を投じられれば、人類軍の地上部隊なら旅団単位で部隊が消滅してもおかしくない。
深海棲艦に気づかれる事なく、触接を維持するRQ-44のカメラは、流石の人類の通常兵器による猛烈な抵抗を前に、傷つき始める深海棲艦をはっきりと捉えていた。少なくとも空母棲姫の飛行甲板は穴だらけとなり、艦載機の発着艦が不可能になったと思える程に傷ついていた。その他にあの頑強さを誇るス級各形態にも損傷の跡が見られたし、レ級flagshipの二隻には砲塔の砲身が明らかに曲がって使えないのが分かった。
深海棲艦にダメージを認む。その一報は地上部隊の士気を上げたが、同時に深海棲艦側の怒りもまた高まった。火点を特定した戦艦棲姫二隻と、戦艦水鬼一隻が砲口を偵察戦闘大隊に向け、高性能爆薬を大量に内包した砲弾を発射した。
間断なき効力射を行う偵察戦闘大隊の一六式改の列に突如、火柱が上がった。跳ね飛ばされた機動戦闘車が横転し、折れた砲身や千切れたタイヤが路上を転がる。飴細工の如く車上の機関銃が潰れ、横転した機動戦闘車からハッチを開けて乗員が這い出て来る。
「全車後退、全速退避!」
大隊長や各中隊長が慌ててヘッドセットに向かって喚き、慌てた様子で一六式改達が大破した味方車両をよけつつ、装輪装甲車の強みである機動性の高さを生かして、一目散に退却を開始する。
沿岸防衛戦闘に当たっていた第一偵察戦闘大隊は一度に九両の機動戦闘車を失ったものの、迅速な退却指示によって、それ以上の被害拡大は免れた。とは言え、水際防衛戦には実質破れたと言えた。
陸地からの妨害を排除した深海棲艦は、眼前の無人艦隊に砲撃の目標を変更した。現代の軍艦にとって、深海棲艦の砲撃は戦艦級のは勿論、駆逐艦級でも致命傷になり得る。
尚一二七ミリ単装砲が三秒に一回、砲弾を撃ち出し、CIWS、RWSが機銃弾を深海棲艦に叩き込んでいたが、ス級、レ級、戦艦棲姫、戦艦水鬼、ネ級改、新型軽巡、駆逐艦ラ級、ナ級あらゆる艦種の深海棲艦からの砲撃が瞬く間に無人の艦隊を打ち砕いて行く。
艦体に着弾する砲弾が、無人艦の機能を次々に奪う。獅子奮迅の活躍を見せる単装砲が消し飛び、弾幕を張っていたCIWS、RWSが粉々になり、艦上に設けられたレーダーアレイが倒壊し、マストがへし折られた。艦首で破砕音が鳴り響くや、破壊された艦首から錨が大きな着水音と共に零れ落ちる。
傍目には嬲り殺しにしか見えない無人艦隊への砲撃だったが、そこには一定の手加減があった。最悪、着底して東京湾を閉塞する事を考えて配置されていた無人艦隊は、深海棲艦が脳筋に撃沈すれば、それが海底に沈んでも尚海上を往来する時の障害物になり、最悪船底を引き裂く暗礁になり得るからだった。それ故に、反撃能力を奪いつつ、撃沈に至る致命傷は与えない、絶妙な力加減で無人艦隊は無力化されていく。
「『ざおう』『うんぜん』、全砲門沈黙!」
「『くろなみ』以下各艦、大破、航行不能!」
上手い戦い方だ、と谷田川は舌を巻いた。最悪の場合は閉塞船となる様に配置した無人艦隊を、ある意味で生かさず殺さずな手加減を加えて、抵抗拠点としての脅威を排除しつつ、航行の妨げにならない様に沈めない。
「第一偵察戦闘大隊、九両が全損。大隊残弾は僅少との事。補給地点まで後退します」
「第一特科隊第五特科大隊、残弾無し」
「百里、横田からの航空支援は!?」
その時、飛び交うオペレートの声と、問い質す声を遮る様に、警報が自動的に鳴り響いた。統合基地への深海棲艦艦隊の接近を検知したのだ。
「統合基地、絶対防衛区域に深海棲艦侵入!」
「遂に来たか……」
そう呟く谷田川の隣で、彼の秘書艦の榛名が震えているのが分かった。その顔を見て谷田川は改めて自身の多くの面での判断の失敗を痛感した。
「……すまない榛名……私の我儘に付き合わせてしまったばかりに……」
胸一杯に広がる榛名への申し訳無さを、谷田川は口にした。榛名が震えているのは、眼前に迫り来る深海棲艦に対する恐怖ではない。戦わずにこの指令室の中で死ぬかもしれないと言う無抵抗状態からの死への恐怖だった。
榛名だけではない。今日戦っている多くの艦娘達の命を、替えの効かない一個の命を無駄に危険に晒し、三人がその自身の至らぬ指揮の犠牲となった。
もっと上手くやれた筈だ、もっと上手くやれる筈だった。これ程にも上手く行かないのは、全て俺が至らないばかりに……。
しかし谷田川が愛した榛名は恐怖を口に出さず、いつもの御淑やかさを湛えた顔を谷田川に振り向ける。
「提督は……変わらずお優しいのですね……榛名にこんなに気を使っていただけるなんて」
状況の割には少し嬉しそうな表情で榛名は谷田川に答える。思いをはっきりと述べる金剛型姉妹の中では比較的控え目な榛名の御淑やかさが、谷田川は好きだった。戦場の海を駆ける榛名が美しく、気高く見えて、それに対する強い愛を感じていた。
そんな私情を裏に感じていた谷田川は、軍人としてはあるまじき行いである事を自覚しながらも、榛名を自身の補佐と言う名目で傍において、安全を図ったつもりだった。だが深海棲艦の魔の手はこの基地に及ぼうとしている。
しかし榛名はここから出て、艤装を纏い、海で戦う事を選ばなかった。そうしていれば、榛名は艦娘として戦えると言う今抱える恐怖から逃れられる。それでも彼女とて、初めて谷田川と会ったその日から彼から向けられて来る視線から感じていた谷田川からの好感に全く気が付いていなかった訳ではない。自身の立場を考えているのか、或いは何か躊躇っているのか、想いを打ち明けて来ない谷田川に榛名は焦れていたし、谷田川もまたそんな自分に苛立っていた。
そんなもどかしい二人の関係だったからこそ、榛名は谷田川からの願いを聞き受けて今日の秘書艦を請け負った。付き合った時間など、無いと言うべき二人だが、それでも惹かれ合う関係であった事はこの時、第三者の目からも明らかだった。
せめて、万が一に備えて今ここの指揮所より強固な退避バンカーへ、と鳳翔に頼もうとした時、榛名がそっと谷田川の手を握った。
「最後まで一緒に居させてください」
「榛名、君は……」
谷田川の言葉は絶叫するオペレーターの声に遮られた。
「着弾します!」
日本艦隊統合基地は、国連海軍太平洋総軍日本艦隊設立以来、一度も被った事の無かったその基地施設に、深海棲艦の砲弾を撃ち込まれ始めた。
港内に複数の試射弾が着水し、高々と海水を柱状に噴き上げる。何発かが陸上部に着弾し、空爆で既に荒れ地となっていた基地施設の残骸を宙に放り上げた。
大破着底していた揚陸指揮艦「ブルーリッジⅡ」の海面に残る艦体上にも着弾の閃光が走り、既に傷つき力尽いていた艦の身体を、容赦ない砲撃が殴り飛ばした。
「総員退避!」
乙武装を施して、基地防衛に当たっていた隊員、艦娘が一目散に駆け出す。明石も、三原と意識を取り戻した桃取と共に、砲撃が降り注ぐ基地から退避すべく全力で地面を蹴って走った。額を火災の炎の熱さに反応した汗が身体中に噴き出て、下腹部を意識せず生暖かいものが流れ出るが、構っている場合ではない。この状況下で笑う人間などいる訳がない。
負傷者の救護、救出に当たる隊員もまた、詫びの言葉と共に戦友を置いて走り出す。
彼らが退避した後、深海戦艦の砲撃が次々に着弾した。
地面を揺るがす着弾と、爆砕されたコンクリートが火焔と共に跳ね飛ばされ、まだ残っていた基地施設の建物が、重さ数百キロ級の砲弾の直撃を受けて、ひとたまりもなく瓦解する。コンクリートが吹き飛び、鉄筋が叩き折られ、アスファルトが抉り飛ばされる。退避していなかった軍用車両が木っ端微塵に砕け散り、弾切れで放棄された銃座やC-RAMが消失する。
巨大なハンマーで何度も殴られているかのような激震が指揮所を襲う。天井のパネルが剥がれ落ち、下敷きになるオペレーターの悲鳴が上がる。
「敵の砲撃だ!」
「衝撃に備えろ!」
「各区、被害報告!」
「負傷者はいるか!?」
指揮所の上の強化装甲を狙われているのは、偶然か、それとも必然か。少なくとも落下して来たパネルをどかし、尚も愚直に職務を遂行しようとする指揮所要員達は指揮系統の維持に努め、被害確認を行おうとした。
破局は直ぐに訪れた。天井が爆発し、無数の破片、天井の一部、蛍光灯が指揮所要員達の頭上に襲い掛かって来た。男女の悲鳴が飛び交い、照明が消えて暗闇が崩落する天井と共に覆い被さって来る。
「……ッ!」
「榛名!」
息を呑む榛名に谷田川が覆い被さる。悲鳴を上げながらも鳳翔が指揮所から何人かを連れて脱出し、バンカーへ飛び込んだ。
大和は頬に出来た裂傷に乱暴に張った絆創膏に、やや神経質に時折触りながら、再編した艦隊を率いて深海棲艦を追撃していた。
皆、傷ついていた。まさに幸いと言うべきか、戦死は出なかったものの負傷者は多い。武蔵も、戦闘可能なレベルに復旧したとは言え、外れたらしい左腕はだらんと垂れ下がり、左脇腹の制服は赤黒く染まっている。戦闘も航行も出来ない艦娘は赤城達に任せて、小破以下の艦娘を引き連れて大和は深海棲艦を追った。
左手には炎上する三浦市から立ち上る黒煙が見える。銃撃音と爆発音が時折響いて来て、尚激しい市街戦が繰り広げられている事が伺えた。
「ここまでやられたのは初めてね……」
静かな怒りを滲ませて大和は言う。深海棲艦への怒りをここまで感じたのも、久しぶりだった。艦娘と言う防人としての使命感からもあったが、もう一つ。それは大和個人の私情ではあったが、戦死した第三三戦隊の艦娘の遺体を背負って合流して来た愛鷹の、今までに無い程に悲しみの中に沈み切った顔を見て、彼女の中で怒りが弾けた。
あの子と、あの子の友達の命を殺める奴らが私は許せない。
怒りを表す時、大和は表情にも態度にも表れやすい女性だったが、この時は違った。遺伝子を分けた相手である愛鷹の様に、その怒りは喉の奥に仕舞い込みつつ、両手は爪が食い込む程固く握られ、眼光は眼を合わせただけで相手を殺められそうな程に鋭い。
やがて統合基地へと艦砲射撃を行う深海棲艦が大和の目に入って来た。黒々とした艦影が明瞭にその細部が分かる程に目視で見えて来る。
破壊した店の前で、押し合いながら略奪を行う暴徒の様に、眼前の破壊に夢中らしい深海棲艦は、大和以下の艦隊にとっては格好の的だった。射撃演習の標的にも等しい。
大和は主砲を向け乍ら、前方の深海棲艦の中にス級やレ級flagship級等が居ない事に気が付き、特殊砲撃を行うの止めた。それはもっと脅威の高いス級やレ級flagship級を相手にする時の為に温存しよう。
「全艦、主砲全力射撃。各個に任意の目標を狙え! 攻撃始め!」
そう令達した大和は猟犬を解き放つハンドラーの様に右腕を前に突き出す。
「撃ちー方始めぇ、てぇーっ!」
最後の「てぇっ」を言う時の大和の声は、その余りの声量に割れていた。
五一センチ三連装砲二基が目を眩ませる閃光と共に砲火を放った。斜め後ろの武蔵も同様に砲火を解き放ち、それを合図に第四、第五戦隊の高雄と妙高達、阿賀野と能代が率いる戦闘可能な陽炎型、夕雲型駆逐艦娘達が一斉に主砲の火蓋を切った。
背中から撃たれる形となった深海棲艦が回頭する前に、砲撃は深海棲艦が陸上部へ容赦ない砲撃を行ったのと同じように、無慈悲なまでに降り注いだ。一切の躊躇いも無い、冷酷さすらある集中砲火が浴びせられていく。
大和達はただ怒りに任せた戦いをしていた訳では無かった。高雄達四戦隊と阿賀野以下一〇戦隊を左翼に、妙高達五戦隊と能代率いる二水戦を右翼に展開させて三方向から攻撃させたのだ。大和の展開する位置には武蔵、長門、陸奥、扶桑、山城、それに空母機動部隊から合流を志願して来た金剛が控えている。
「一隻残らず沈めてやれ」
ちくりと来る痛みに顔を歪ませつつ武蔵が言い、無言で頷いた長門と山城が、四一センチ主砲を放つ。普段は温和な陸奥や扶桑と金剛も、この日は顔が全く笑っていなかった。その笑っていない顔を彼女達の主砲発砲の衝撃波が叩き、瞬間的な発砲の閃光で眼球を一瞬眩ませる。
駆ける猟犬の如く素早く左右に展開する高雄達と妙高達以下の艦隊も砲撃の手を緩めない。魚雷以外の兵装を駆使して、苛烈な砲撃を浴びせる。誰もが傷を負っている身体に、主砲発砲の衝撃と言う鞭を振るいながら、止血跡から再出血の赤黒い痕を滲ませつつ、主砲の引き金を引き絞った。
その弾丸の雨に晒される深海棲艦は、猶予無き状況に見えて、嫌らしくも反撃に転じて来た。健在な戦艦棲姫や戦艦水鬼が大破する僚艦の黒煙の陰から応射を放ち、同様に体勢を立て直したネ級改、リ級、新型軽巡、ト級、へ級、ラ級、ナ級がその艤装に備わる火砲を艦娘達に向ける。
足柄、摩耶の艤装に着弾の火柱が上がり、浜風、巻雲の主砲や艤装が直撃を受け、身体にも被弾する。被弾した艦娘達から悲鳴が上がるが、バイタルに至る致命傷ではないのを確認するや、素早く後退する。
凄絶な撃ち合いと化す海上を引き裂く様に、大和と武蔵の主砲の砲声が轟く。戦艦棲姫に一式徹甲弾改が突き刺さり、ぐしゃりと爆砕された巨大な戦艦級の姫の艤装が砕ける。戦艦水鬼はまだ耐えた方だったが、長門と陸奥の砲撃が仕上げを行った。四一センチの一式徹甲弾改が、ざっくりと刻まれた戦艦水鬼の傷跡をサンドペーパーで擦る様な一撃を与え、文字通りの致命傷を負った戦艦水鬼が浮力を失って沈降する。
距離を詰めて来る重巡、軽巡、駆逐艦に二方向から挟み込んで来た高雄達と妙高達がそれを遮り、一撃を見舞う。彼我の砲弾が空を何重にも引き裂き、焼けた鉄の塊で空を焦がす。一瞬、何もない空間で走った火花は、深海棲艦の砲撃と、艦娘の誰かの砲撃が空中で衝突した痕か。
砲弾が飛び交う空の下、蒼い海の下を白く長い物体が疾駆し、挟撃を行う艦娘達の足元を掬わんと迫る。砲撃と回避に無我夢中な彼女達に、無慈悲な魚が食らい付き、灼熱の炎と四肢と五臓六腑を破断しかねない衝撃を持って突き上げた。
「がぁッ!」
妙高の悲鳴が上がり、彼女のショートブーツを引き裂き、その下にある白いソックスと彼女の肌を容赦なく炎が焼く。炎で焼かれた肌に魚雷炸裂の破片が食い込み、多量の鮮血が妙高の右足から流れ出る。たたらを踏む妙高の防御が崩れた一瞬を突いて、ラ級の砲撃が数発彼女を捉え、右舷主砲艤装の第一主砲の砲塔前面部を貫通して、砲塔内で装填作業中だった零式徹甲弾を巻き込んで炸裂する。
歯を食いしばって直立だけでも耐えようとする妙高の右手側で一際大きな火球が生じ、普段から落ち着き払っている妙高に瞬間的に恐怖に怯える一人の女性としての表情が浮かぶ。その表情は、瞬間的に巨大化した火球の中に消え、妙高は声をあげる事も出来ずに深海棲艦を破壊する為に作られた零式徹甲弾と装薬の誘爆で自身を松明の如く焼かれた。
「妙高姉さん!」
敬愛する重巡艦娘が炎に包まれるのを見た初風が叫び声を上げる。低いトーンの声が特徴的な彼女にこれ程高い叫びが出るのかと思わせる叫びに、駆逐隊仲間の時津風が妙高の方を振り返り、息を呑む。
「羽黒から一六駆へ。妙高姉さんを護衛し退避をお願い致します」
「りょ、了解!」
取り乱しかける初風に変わって時津風が返答すると、相棒の頬を軽く叩いて。妙高の救援と言う現実に引き戻す。
「ぼやッとしてる場合じゃないよ。妙高さん連れて、逃げるんだよ」
妙高が初風と時津風の二人の護衛の下、消火と救護が行われる中、ナ級がカウンターに放った魚雷群が妙高だけでなく、さらに多くの艦娘の命を求めて信管を作動させた。
主砲を速射してナ級を一隻ぼろ屑に変えた谷風の小柄な身体が、足元で閃光と共に現れた水柱の中に消える。
直前にネ級改の砲撃が直撃した高雄の足元で二本の魚雷が炸裂し、魚雷二本分の巨大な火炎と共に高雄がその中に呑み下される。
阿賀野が寸での所で躱した魚雷に気を取られた隙に、複数発の砲撃が彼女の艤装を掴み、多量の部品、火器をもぎ取り、爆炎と共に噴き上げ、蛸の脚の様に赤々とした炎が四方へと延びる。
命を賭けるのは艦娘だけでは無い。その艤装一つ一つに乗り込む妖精達もまた、傷つき斃れて行く。直撃を受けた艤装の区画内に居合わせた妖精達が突然爆発した隔壁と共に弾け飛び、隔壁から狂気へと変貌して襲い掛かる鉄片に切り裂かれて傷ついて行く。
魚雷二発を食らって航行不能になった高雄の艤装でもまた、装備妖精達が高雄の機能、特に生命維持に全力を挙げる。耐火服に身を包んだ応急修理妖精が消火ホースを手に艤装内で燃え上がる火焔に立ち向かい、消火困難な火災に関してはひとまず隔壁を閉鎖して延焼を防ぐ。
「第三甲板、第四隔壁、自動閉鎖作動しません!」
応急員妖精の言葉に、応急長妖精は焦りを見せた。そこを閉めないと火災は第二主砲弾薬庫に到達してしまう。
すると、ヘッドセットから副長妖精の声が割り込んで来た。
「私が手動で閉める」
「副長、待って下さい、閉鎖ロックシステムを手動操作すると、退避する間もなく取り残されます!」
「副長……止め……なさい、副長……!」
海上に膝を着き、焼け爛れた両足を振り返っていた高雄が脂汗を浮かべて痛みを懸命に堪えながら声を絞り出す。しかし、高雄の副長妖精が制止を聞く事は無かった。自身を犠牲にする形で隔壁閉鎖のパネルを操作し、手動で耐火隔壁を閉鎖する。
「これで五分は持つ! 高雄、艤装のパージと総員退艦を早く!」
耐火隔壁を閉鎖したとて、数千度の炎を一時的に押し留めるくらいしか出来る事は無い。応急隊が耐火隔壁を冷却しないと到底持たないが、生憎高雄の応急隊は浸水と別個所の火災対応で手一杯だった。副長は灼熱地獄と化していく艤装内妖精用通路の中で座り込み、押し寄せて来る炎を待った。
副長妖精の犠牲を無駄にしない為に、高雄はその意志を最大限に尊重した。
「総員退艦……艤装を……パージします。各部妖精は……部署を放棄」
艤装を切り離してしまえば高雄は、戦闘は愚か、浮かぶ事もままならなくなるが、少なくとも艤装諸共粉微塵に砕け散るよりは、破壊された艤装を捨てて、海を漂う女性に変わる方が犠牲となった副長妖精の覚悟相応の判断と言えた。無事な両手でベルトを外す間に、退艦命令を受けた妖精が次々に内部から飛び出て来る。
「高雄にて、退艦命令出ました!」
「一八駆、高雄の救援に向かう! 不知火ついてらっしゃい!」
息の合った砲撃を行っていた陽炎と不知火が即座に射撃を止め、重たい落水音を立てて艤装を切り離した高雄の元へ全速力で向かう。重巡艦娘から、只の女性になった高雄が、緊急展張されたライフベストで辛うじて浮かび上がる中、陽炎と不知火が見る先でパージされた高雄の艤装が
海中で誘爆する。
海上につき上がった水柱が小雨の雫を降らす中、陽炎は前髪に付着する水滴を振り払って呟いた。
「温い雫ね」
砕けた天井の千切れた配線からバチッというスパークの光が走り、火花が零れ落ちる。鳴りやむ気配の無い非常ベルが地下施設内に響き渡り、負傷者の救護と、救助活動が始まっていた。
瓦礫の下に沈む指揮所の中で、榛名は遠くで聞こえる怒号ではっと識を取り戻した。自身に覆い被さる谷田川の身体のお陰で、指揮所の天井だったモノに頭などを潰されずに済んだ榛名は、谷田川の身体の下から這い出て、埃と土煙が立ち込める元指揮所を見渡した。非常電源で薄暗く照らされる指揮所は、悲惨な風景へと変わり果てていた。何人か生きている男女オペレーターの声が聞こえるが、その上にのしかかる破片を取り除く体力は無いらしい。
榛名は立ち上がって、自身の身体の無事を確認するより先に、谷田川の安否を伺う。
「提督……」
「無事だったか……榛名」
腹の底から痛みに耐えている様な谷田川の擦れる様な声が返される。非常灯が付いているとは言え、暗闇が優勢な指揮所跡で、榛名は谷田川の身体に寄り添い、そっと上半身を起こさせて傷を伺う。太い鉄筋が腹部と胸部の真ん中くらいに突き刺さっていた。
猛獣の様な呻き声を上げて、谷田川が苦悶を露にする。彼の身体をそっと掴む榛名の手に、生暖かくべとべととした液体が付くが彼女は構わずに谷田川を介抱する。救急キットも無い今は、どうすればいいかと自問自答し、救助が来るまで一先ず谷田川の傷口を両手で抑える。どくどくと谷田川の心臓が鼓動を撃つ度に鮮血が溢れ、榛名の細い指を赤く染める。
「提督、しっかりして下さい!」
「……まさかな……こんな形で榛名と……」
ぐっと口から零れる苦悶に谷田川の言葉は消される。患部を抑える榛名の手の下で、どくんどくんと言う鼓動が弱まっていく。
「戦傷章でも貰えるかな……榛名も喜ぶぞ……」
目の前にいるのが愛する榛名なのか、知覚が鈍った谷田川の言葉に、榛名は微笑を浮かべて頷く。
「素晴らしいですわ、提督」
そう返す榛名に、知覚が戻ったのか、混濁しているのか、谷田川が右手を上げて彼女の片腕を掴む。
「ま、まだ……戦える……」
「ええ、直ぐにまた指揮に戻って下さい……誰か、誰か、衛生兵を呼んで下さい! 谷田川提督が……!」
鳳翔らしき返事が返された気がした時、榛名の腕を掴んでいた谷田川の腕が床に落ち、懸命に患部を圧迫していた彼女の両手の下で、どくん、という鼓動が静まって行く。
「榛……名……」
暗い指揮所の中で、谷田川史郎少将の心臓が、ゆっくりと停止していく。愛する艦娘の瞳を見つめていた谷田川の目が濁り、力なく左へと顔が傾いた。
すうっと何かが自身の両手の中から消えて行く様な感覚を感じ取り、榛名は悲しみと敗北感を胸に、そっと両手を引いた。
「お安らかにお眠り下さい、史郎」
きっと生前、自分からそう呼ばれる事を夢見て、踏み出せなかった男の骸に言葉をそっと添え、榛名はそっと谷田川の瞼を閉じた。
尚地響きと共に揺れる暗い指揮所の中、谷田川の遺体の隣で、崩壊した天井を仰いで右腕で目元を覆いながら、榛名は慟哭と共に嗚咽を漏らす。その榛名の口から、鮮血の筋が数本伝った。
悲しきかな。谷田川の胴体を貫通して来た鉄筋が、榛名の身体をも貫いていたのだった。アドレナリンが体内に溢れ返って、傷、それも大怪我を負っていた事を榛名自身が認知するのは、救助が着た後の事だった。
横須賀市街地と、統合基地へ艦砲射撃を行う深海棲艦水上打撃群の第二群と呼ぶべき一群と、大和以下の艦娘水上打撃群が熾烈な砲雷同時戦を繰り広げる中、無人艦隊を突破し、地上部隊の砲撃も躱したス級flagship級、ス級elite級、ス級、レ級flagship級からなる深海棲艦艦隊は、お台場の沖合に到達した。
それぞれの巨大な艦砲が鎌首を上げ、東京と言う名のメガロポリスへと砲口を合わせて行く。機械音、作動音と共に対地砲弾が巨砲の底部に装填され、艦娘と同じようにブザーが鳴り響く。艦砲射撃の準備を行うス級、レ級の周囲を、数を減らしたネ級改、新型軽巡、ト級flagship級、ラ級、ナ級が囲い、防空網を形成する。
ブザーが鳴り止んだ後、深海棲艦艦隊から紅蓮の炎が走り、周囲の海上に白い衝撃波の波紋が走った。
旗艦らしきレ級flagship級は満悦を浮かべていた。きっとその表情を見るに、「狙いをつける必要も無い」とでも言っているかの様だった。
数十秒後、川崎にあるコンビナート地帯から火の手が上がった。只の消火剤では消火のしようがない化学品に火が付き、タンクが弾けた。パイプを伝って火の手が瞬く間にブロック単位で広がって行き、誘爆が誘爆を呼び寄せる。
砲撃を受けたのは川崎のコンビナート地帯だけではない。東京湾を横断するレインボーブリッジにも、砲撃は着弾する。高速道路とゆりかもめ線が一体となって収まる橋が、突っ込んで来た深海榴弾によって爆砕される。轟音と破断音と共に支柱のワイヤーが道路をのたうち、破断された橋の一部が海面へと真っ逆さまに落ちて行く。
偶然、沿岸部を見渡せる場所を通りかかっていた東京消防庁の消防隊員が、黒煙を上げて崩壊するレインボーブリッジを見て、無線に向かって叫ぶ。
「レインボーブリッジが落とされたぞ!」
≪艦砲射撃か! 本部より文京マルハチ、そこから直ちに離脱しろ! 空から砲弾が降って来るぞ!≫
黒煙が幾つも上がる東京都心のビル群にス級の砲撃が直撃する。無数のガラスが割れ飛ぶ絶叫音が鳴り、炸裂した砲弾が南海トラフ巨大地震を見据えて強化耐震構造のビルを呆気なく倒壊させていく。破壊されたビルの破片が、更なる破壊を招き、ビル群がたった数発の砲撃で崩壊していく。深海超征服重爆の爆撃すら辛うじて耐えたビルが、深海巨大戦艦ス級の艦砲射撃によって、粉砕されていく。
首相官邸にほぼ真上から降り注いだ砲弾が直撃し、内側から膨れ上がる様にガラスと言うガラスが弾け飛び、建物もビルと同様に瓦解していく。
そこからは最早見境なしの破壊が続いた。世界中の趣味界隈の聖地と言えた秋葉原の市街地も、羽田空港も、証券取引所も、東京ビッグサイトも降り注ぐ砲弾と飛散するコンクリート、火災、倒壊した建物の残骸に砕かれ、焼かれ、押しつぶされていった。第二次世界大戦の空襲をも生き延びた中央区銀座の時計台も吹き飛ばされ、かつては操車場として知られた田端信号所駅の構内で、直撃を受けた線路や鉄道車両が折れ曲がり、ひん曲がり、焼け焦げた鉄屑となって果てる。
降り注ぐ砲弾の雨の中、消火作業を中断して、退避に移った消防車が土地勘を生かして市街地を走り回り、破壊の魔の手から逃げ回る。砲撃から逃げ回る消防車たちだったが、決して東京と言う土地そのものから脱出しようとはしなかった。彼らもまた、消防にしか出来ない戦いから逃げなかった。
激しい砲爆撃を受ける東京の中で、不思議と千代田区の市ヶ谷にある日本方面軍司令部は無傷のままだった。深海棲艦の爆撃も、艦砲射撃も、軍事目標を狙っている様に見えて、人類の生活の営みの拠点を狙っている様にも見える一貫性の無い攻撃を行っていた。
市ヶ谷の司令部で武本は何度も統合基地の谷田川と連絡を取ろうとしていた。統合基地とは最後の連絡以降、一切の通信が行えなくなっていた。連絡網が電波妨害で遮断されたか、物理的に回線が破壊されたか、または物理的に基地そのものが破壊されたか……。
電子音だけを返す受話器を置いて、武本はデスクを見つめた。傍らで各方面に確認を取る三笠が苛立たし気に受話器を置いた時、武本は言った。
「基地は壊滅したよ、多分。だが、戦力はある……戦力はまだ、あるさ……」
「でもどうやって、基地が壊滅したなら……」
「今勝負から降りちゃ駄目だ。奴らを食い止める事は出来なかったが、我々の勝負は終わっちゃいない……これで終われる訳にはいかない」
被せる様に言う武本に、三笠はそれ以上言う事は無かった。
谷田川、無事でいてくれよ……そう願う武本は、別の部署との連絡を取るべく、受話器を取った。
再び近傍の市街地に砲弾が落着し、地震に似た地響きが司令部を揺さぶった。
黒煙を引き摺り、体液とも付かぬ液体を血糊の様に垂らし、足を引きずるような挙動ながら、戦艦水鬼とネ級改、新型軽巡、ラ級、ナ級と言った艦隊が統合基地に踵を返し、大和達の前面を横切りながら、北上して来た浦賀水道を南下する進路を取った。激しい砲雷同時戦で、多数の深海棲艦が撃沈され、少なくとも戦艦棲姫は全滅と言う損害を被った深海棲艦艦隊も、砲弾が尽果てたのか撤退行動に移行し始めていた。
同様に、大和や高雄、妙高らも弾切れを起こしていた。魚雷は誰もの発射管から姿を消して久しく、主砲の弾薬庫に装填されていた零式、一式徹甲弾や三式弾すらも、払底しようとしていた。
最終ラウンドまで全力を尽くして殴り合ったボクサー同士の様な想定を見せる艦娘、深海棲艦は、自然に収束する戦闘に疲れ果てた表情を浮かべながら、すれ違った。猛烈な攻撃を浴びせて来る艦娘艦隊を前に、深海棲艦も陸地への艦砲射撃を中断して、応戦にリソースを回した感じはあったが、そもそもに艦娘達よりも装甲や耐久、体力的な優位があるらしい深海棲艦は、何発も被弾しても非常に粘り強く応射して来て、艦娘側にも多大な損害を発生させていた。沈めた深海棲艦の分だけ、艦娘達も傷つけられたと言って良かった。
撤退していく深海棲艦に恨めし気な視線を送り、同時に弾切れで機能停止した自身の砲塔に視線を落としてため息を吐いた大和は、短く「損害報告」とだけヘッドセットに吹き込んだ。
各分艦隊を率いる艦娘達から、続々と被害報告が上がって来て、大和は軽度の眩暈を感じた。
損害は、
大破
重巡高雄、妙高、古鷹。駆逐艦谷風、萩風、舞風、高波、早波、長波。
中破
戦艦長門、武蔵。重巡加古、摩耶。軽巡酒匂。駆逐艦磯風、浜風、巻雲。
小破
戦艦大和、扶桑、山城。
大火災が発生した妙高は、初風と時津風の救護で九死に一生を得たが、早期の戦列復帰は難しそうに見えた。高雄は艤装を喪失した為、戦闘は愚か、航行以前の問題となっていた。
それでも、幸いにも沈没・戦死が出なかったのは僥倖と言えた。三名が戦死した第三三戦隊よりは幸運に恵まれた感じはある。
一方で、課題は瓦礫と共に山積みだった。統合基地は艦砲射撃で破壊の跡が酷く、どの程度、基地機能を失ったのかも分からない。基地としての機能を無力化され、荒れ地と化しているのか、まだ辛うじて生きている設備で最低限の基地機能を発揮出来るのか。今の段階では何も分からない。
兎に角、大和は全艦を率いて統合基地に入港した。東京湾を北上し、東京を襲う深海棲艦艦隊への対応の為にも、再武装し、戦闘可能な艦娘で艦隊戦力を再編し、即出撃の態勢を整えなければならない。
「再出撃をするとして、ス級を相手に私達に勝算はあるのかしら?」
只の問いかけと言うより、何処か教師が生徒に回答を求める様な口調で扶桑が大和に尋ねる。
勿論と大和は頷く。
「東京を攻撃した後なら、敵艦隊の弾薬庫は空っぽの筈です。空で無くても、対艦戦を行うに十分な徹甲弾の在庫があるとは思い難い。抵抗を受けずに、一方的な攻撃だって可能かもしれません」
「成程ね。で、前提条件として補給は愚か、休息すら基地が出来ない程に破壊されて、今日寝る所も無い状態かもしれない、と言う可能性についてはどう思っているの?」
扶桑の脇から、山城がややつっけどん気味な口調で聞いて来る。元来そう言う性格とは言え、急所を突く山城の問いかけに大和は即答出来なかった。何度か基地への通信は試みているが、応答が全く無いのだ。
「一先ず、基地に戻りましょう。全てはその後です」
後ろを振り返り、傷ついた多くの艦娘を見やりながら、大和は歯の奥を噛み締め唸った。
雪辱は必ず晴らす。