艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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第一一一話 別れと再起と

 日が傾き始める頃、三浦市での市街戦は膠着状態に陥りつつあった。陸軍の弾薬の在庫に、限界が見えて来たのもあるし、兵士達は疲れ切り、幾度の陣地転換によって放棄された分の新たな陣地構築が必要であった。同時に深海棲艦上陸部隊もまた、陸戦のプロフェッショナルである陸軍部隊の粘り強い戦いを前に消耗が激しく、制圧した地域の拡大には至っていない感があった。

 真冬のこの季節、日が傾くのは早く、そして寒さが天空から夜の帳と共に舞い降りて来る。昼間は火災の炎と、アドレナリンで滾る身体の火照りで汗が流れた艦娘達も、夜が近づくに連れて冷える気温に震えていた。

 統合基地に帰投した水上打撃群、空母機動部隊共に、その日の再出撃は不可能だった。艦娘達は補給を受ければ再出撃が可能な状態でも、その補給を実施する基地施設が、昼間の艦砲射撃によって甚大な被害を受け、ダース単位で求められる補給作業を行えるキャパシティを失っていた。

「基地が……」

 帰投した艦娘達は、焼け野原と化した統合基地の有様を目にして、言葉を失った。見慣れた基地施設の殆どが瓦解し、火災の煙が随所で立ち昇り、可燃物が燃え、焦げる匂いが鼻を突いた。

 警察と共に、可能な限り横須賀市内に留まっていた横須賀市消防局の消防車や救急車が走るサイレンの音が聞こえ、負傷者を内陸部の病院へ搬送する作業が始まっていた。基地内で応急手当をすれば、戦列に復帰可能な者は残され、重傷者の中でも特に傷の大きい者が救急車に乗る事を許された。

 瓦礫の山と化す統合基地の一角に、仮設設備となるテント群が張られ、負傷者の救護と、仮設指揮所が設けられていた。赤十字マークが描かれたテントからは、負傷者の呻く声、喘ぐ声、悲鳴が幕を挟んでくぐもって響き、時折開かれる入口から、内部に漂う鼻腔を突き破らんばかりの血と消毒液の匂いが流出して来る。

 その医療テントの一つに、大破、重傷を負った艦娘達も運ばれていく。艤装から発せられる防護機能のバリアがあるとは言え、そのバリアの「装甲耐久」を上回る衝撃等が加われば、当然バリアも破られ、艦娘の身体も傷つく。

 担架に乗せられて医療テントに運ばれる艦娘達を見送った大和は、仮設指揮所へと向かった。艤装を外して、随分身軽になった筈の身体だったが、その心は鉛が被さっているかのように重く感じられる。引きずるような足取りで指揮所に入った大和は、指揮を執っているのが谷田川史郎少将では無く、湯原真一大佐である事に気が付いた。

「ていと……いえ、司令官」

「無事だったか、大和」

 癖で「提督」と言いかけた大和が、慣れているとは言えない「司令官」の呼び名で呼んだ湯原が、大和に煤けた顔を向ける。

 武本に代わって艦隊指揮を執っている筈の谷田川では無く、湯原が指揮を執っているのに若干の違和感を覚えつつも、大和は自身の率いていた艦隊の被害報告を上げる。

「状況報告します。水上打撃群は重巡二、駆逐艦六、大破、戦艦二、重巡二、軽巡一、駆逐艦三、中破。小破は小官含め戦艦三です」

 本来ならこの手の情報を報告する幕僚が居るのだが、見つけられなかった大和は直に湯原に報告を上げる。

 軽傷とは言え、傷口が制服の下から顔を見せる大和の身体を見下ろして、湯原は溜息交じりに言った。

「本来なら、今すぐに応急処置の上で東京を艦砲射撃した深海棲艦の追撃に向かって貰いたい所だが、ここは御覧の有様だ。弾薬庫が吹き飛ばなかっただけ不幸中の幸いではあるが……」

「あの、谷田川提督は……?」

 指揮系統の無事を確認する大和に、湯原は表情に陰りを見せ、暫しの間を置いてから大きな溜息と共に答えた。

「戦死された。艦砲射撃で地下の指令室が崩壊して、瓦礫の下敷きになって……秘書艦榛名も重傷だ……」

「左様でありますか……」

 代理司令官と同様、大和も肺の空気を全て吐き出さんばかりの深い溜息を洩らした。

「……疲れ切っている所をすまないが、谷田川司令官以下、戦死した基地要員や日本本土に手を出した奴等への仇は打ってもらう。今、部下が基地で生きている施設と、死んでいる施設の把握に努めている。艤装整備場はあの様だが、艤装整備員や整備妖精はバンカーに退避していて無事だ。手作業でなら艤装の再整備、補給は可能かもしれない。

 君は再出撃に備え、残存艦娘と協議して、艦隊の再編成を。まだ試合は終わっていない」

 ポンと優しく大和の右肩に手を載せて、軽く叩くと、さあ、取り掛かれと湯原は命じて、自身の仕事に戻った。

 敬礼して指揮所を出た大和は、視界の端で、来る時に気が付かなかった黒い物の影を見て、唇を噛み締めた。遺体を収容したボディバックだった。その数はざっと見ただけでも二〇は下らない。そのボディバックが横たわっている一角の端で、愛鷹、青葉、夕張、瑞鳳の姿を認めて大和は悼まれない気持ちになった。

 だが、今自分がするべき事は、傷心の第三三戦隊の労いでは無く、指揮下の艦娘艦隊の再編成だった。ごめんなさい、と心で詫びながら大和は仲間達の元へと足を向けた。

 

 

 深雪の身体をボディバックの上に横たわらせる時、愛鷹の胸の中で凄まじい抵抗感と、拒絶感が巻き起こっていた。身体には痛々しい致命傷の跡が残っているとは言え、深雪の顔事態は大変綺麗だった。まるで眠っているだけの様な程に、その顔は綺麗だった。今にも目を覚まして、いつもの黄色い声で愛鷹を呼んでくれるのでは無いかと言う期待すら掻き立ててくれる。だが、深雪は、愛鷹が手を伸ばしても届かない、遠い所へ行ってしまった。深雪の手を掴む事は出来るが、魂の手を掴む事はもう出来ない。

 胸に大きな穴が開いた様な気分で、愛鷹は深雪を入れたボディバックのファスナーをゆっくりと閉めた。胸元まで閉めてから、最後に右手を深雪の胸に当てて瞑想した後、別れの言葉を告げた。

「安らかに眠って下さい、深雪さん」

 震える手でファスナーを閉め、立ち上がる愛鷹の隣では、青葉が衣笠をボディバックに入れていた。被弾時の衝撃で脱げたサンダルを傷ついた足に履かせ、酷く損傷した制服を整える青葉は黙して何も言わなかった。ただ、時折嗚咽らしい息遣いだけが伏せられた顔の下から聞こえて来た。

 青葉の隣では夕張と瑞鳳が蒼月をボディバックに収めていた。瑞鳳は何度も乱暴に目元を擦りながら、蒼月の太腿を持ち……足は切断されて無かった……そっとバックの中へ降ろす。蒼月の遺体の上半身を持つ夕張も何も言わない。瑞鳳に変わって、事務的とも感情を押し殺してとも取れる挙動で、バッグのファスナーを閉め、最後蒼月の額に別れのキスをして、小声で別れを告げた。

 最後四人で整列して衣笠、深雪、蒼月に敬礼を送って、第三三戦隊の戦死者の簡易的な弔いは終わった。

「これから……どうすればいいんです……」

 真っ赤な目で青葉は愛鷹を見た。普段クールでドライな愛鷹の顔も、この時は歪んで、青葉の問いに直ぐには答えを返せなかった。愛鷹自身の胸の内で感情の整理がつかないのだ。

「三人の無念は晴らします……」

 長い沈黙の後、愛鷹は言った。

「でも今は、苦汁を呑み、再起の時を待ちましょう」

 何か良い言い回しでも出来れば良いのだが、愛鷹自身も同様とショックで気持ちの整理がついていない。ただ、今言える事だけを口にするしか出来なかった。

「……寂しいわね」

 ぽつりと夕張が溢した。相槌を打つ気力も声も出ない四人は、しばし三つのボディバックを見つめていたが、やがて自然と背を向けて、歩き出していた。

 

 日が暮れ、あちこちで仮設の照明が基地を照らし出す中、第三三戦隊の四人も戦闘糧食のおにぎりを片手に、重い歯を動かして、惚けた様な視線のまま機械的におにぎりを頬張った。一人当たりたった二個のおにぎりで腹が膨れるとは言えないのだが、食欲の無い四人には寧ろ充分な量ではあった。

 黙々と食する四人の間で、会話が咲く事は中々ない。近くのドラム缶にくべられた焚火を朧げな視線で見つめながら、機械的な動作でおにぎりを食し、水ボトルの水で流し込む。

 四人が完食してからも、暫く言葉が出る事は無かった。ぱちぱちと言う音を立てて燃えるドラム缶の中の火を死んだ目で見つめる四人の周りで、尚も救助作業を行う重機の音や作業員の声が飛び交っている。

 愛鷹が重い首を回して三浦市街地の方へ視線を転じる。銃声も砲火も止み。闇がここと等しく市街地の方へも降りて行く。

 谷田川が死んだと言う話も既に四人の耳には入っていた。愛鷹は、谷田川の顔を思い浮かべて、夜空を見上げた。余り直接会話する事も無かった人物だったが、それでも名前と顔の知っている人物の死は、落ち込むには充分な情報だった。谷田川の戦死による指揮系統の混乱云々は頭には浮かばなかった。

「部隊を再編しないと……」

 長い長い沈黙の末、愛鷹はやっとその言葉を口にした。

「でも、何処から艦娘を引っ張って来るんですか……?」

 夕張のその問いに、愛鷹は答えられない。宛てがないと言うのはある。円滑に人員を呼び出せる部署も機能も、ここには無くなってしまったから、第三三戦隊の補充要員となる艦娘の招集も、彼女達が自力で行わなければならない。

「一人、宛がいます」

 青葉の言葉に、愛鷹は無言でその名を促した。

「熊野です。先日自ら志願して来ていました。第三三戦隊の第二群編入予定リストにも名前がありましたし、今すぐに呼び出す事は出来るでしょう」

 青葉の言う熊野を含む七戦隊は、既に居ない鈴谷以外は全員健在だった。負傷者搬送に割かれたのもあって、戦闘にはほぼ不参加だったのが、この際幸いした。

「あとは……駆逐艦が二人ほど必要ね」

 ずっと声をあげる事はあっても、何か喋る事が殆ど無かった瑞鳳が言う。

「誰を呼ぶべきかしらね」

 ペットボトルでブーツの爪先を叩きながら呟く夕張の言葉で、再び四人の会話は止まる。今日を始め、第三三戦隊の結成時からずっと尖兵として、主力の前に立ち、時に殿を請け、時に強行偵察を行い、と縦横無尽に戦って来た第三三戦隊の挑んで来た作戦難易度は決して容易くは無い。求められる働きの水準は高い方だった。

「……立ち止まっている時間は、余りありません」

 顔を上げる愛鷹の言葉に、三人は視線を向ける。

「生き残った私達が、先に逝った三人の分も生きて、その生き様を後世に伝えて、忘れられない為にも、立ち止まっていられる時間は長くは出来ません。前へ歩き出さないと」

 そう言って、愛鷹はすっと立ち上がった。

「愛鷹さん?」

「艦隊旗艦には、艦隊旗艦がやらなければならない事があります。皆さんは、死者を悼み、心を休ませ、次なる戦いに備えて心の整理を。まだ、私達が彼女達の元へ行く時ではありません」

 人間として生きた時間が短い愛鷹なりの精一杯の励ましだったのだろう。元気良くとはとても行かないが、青葉、夕張、瑞鳳は「了解」とだけは答えられた。

 靴音を鳴らしていずこかへと歩き出していく愛鷹の背を見送り、青葉は夜空を見上げた。市街地は暗く、基地も、一部では煌々とした灯りがともっているは言え、多くは暗闇に沈むせいか、いつも以上に星空が見て取れた。星空、とまでは行かないが、普段この基地から見上げる夜空よりは星が良く見えた。あの天空の向こうで輝く星に、衣笠はなったのだろうか。亡き妹の笑顔を脳裏に浮かべて、もうあの顔を見る事が出来ないのかと言う悲しみがまた頭に広がっていく。だが、もう涙は出なかった。泣いても救えるのは自分だけだ、と自身に言い聞かせ、亡き妹の分も生きなければならないと言う青葉型重巡の長女としての責任感を奮い立たせる。

 

 

 ああは言ったものの、歩く愛鷹の足取りは重い。施設時代に多くの分身を失った時以来の衝撃と悲しみはそう簡単にきっぱりと切れる感情では無い。

 重い足取りで歩く愛鷹に、反対側から歩いて来る影があった。艦娘では無いと分かるや、反射で敬礼する愛鷹に、相手はすっと熟練の手つきで答礼する。

「敬礼するのはこちらの方ですよ。貴女は艦隊旗艦の艦娘なのですから」

 声と影の主は、統合基地付きの先任伍長だった。もし愛鷹が大和と同じ容姿相応の年齢だった場合、彼女の父親ほどもある年の離れた男性先任伍長は疲れた顔に微笑を浮かべて愛鷹を見つめる。

「今の内に中佐も休息を」

「そうも言っていられません、先任伍長。私は隊を再建しなければ……」

「……愛鷹中佐。隊を再編すれば全員が貴女に注目する。感情と向き合う時間はもうその時は持てませんよ」

 微笑を吹き消し、愛鷹よりも遥かに長い時間を軍務に捧げ、兵士達の親分として、もう一人の基地司令官も同然の存在として君臨して来た古参兵は語る。彼の語りに愛鷹は無言でそれを聞く。三人を失った愚かな艦隊旗艦艦娘か、それとも仲間の死を乗り越え再度部隊を率いる不屈の艦隊旗艦艦娘か。注目する視線はそれぞれに異なるだろう。だが、その時までに自身の感情と向き合い、整理がついていないままでは……。

 先任伍長は続ける。

「時に背負いきれない重責を背負わされるのが人生です。そんな時は膝を着いたって良い。でも上に立つ者たる指揮官は駄目です。特に、部下に背中を見られている時は特に」

 俯く愛鷹に先任伍長は略帽に手をやりながら、締めくくった。

「私も、もう少し一息を入れられる時間が出来たら今日犠牲になった部下の事を思います」

「失礼しました、気が付かなくて……」

「いえ、脱線しましたね。無理をなさらず、適度に休息を。……容易に向き合える感情では無いでしょうが」

 最後の言葉は己へ向けたものか、愛鷹の今後の事か。どちらとも取れる言葉を残して、先任伍長は歩み去って行った。

 

 

 夜になり、それでも尚、辛うじて残った基地施設を生かして統合基地の復旧作業等が続く中、一台の乗用車が慌ただしく基地のゲートに滑り込んで来た。憲兵が車に乗る人物を誰何し、確認を取り次第、敬礼して基地へと通す。

 首都の至る所で道路が破壊されていた事もあって、横須賀基地へ戻るのが遅れに遅れた武本の帰還だった。市ヶ谷の司令部には、秘書艦の戦艦艦娘三笠を残し、自身は本来の日本艦隊司令官としての職務に戻された形であった。司令部では湯原を戦時昇進で少将に引き上げる案も出るには出ていたが、最終的には武本が指揮を執るべく戻る事となった。

 仮設指揮所に入る武本に、湯原以下、基地司令部要員が敬礼して出迎える。

「ご苦労。基地の状況は?」

「最悪に限りなく近いですが、最悪の中でも最悪になる事だけは免れました。艤装整備場は破壊されましたが、整備員は各々の仕事道具も一緒に避難させていたので、作業効率は落ちますが艦娘の艤装の整備と補給を行えるだけの機能自体はこの基地にはあります。ただし、専用クレーンの類いが軒並み全滅したので、ジャッキやクレーン車などをかき集めている最中です」

「死傷者は?」

「谷田川司令官含め、戦死四七、重軽傷者五二名、救出活動中の者は確認出来るだけで三名です。艦娘は第三三戦隊重巡衣笠、駆逐艦深雪、蒼月が戦死です。他、水上打撃群を中心に負傷者多数です。現在、旗艦大和が艦隊を再編中です」

「三浦市街地での戦況は?」

 陸軍からの派遣将校の陸軍参謀中佐に武本は尋ねる。

「前線を担当する第三二普通科連隊麾下の各中隊で、弾薬不足が発生しています。特科も同じで、射撃量を制限して砲弾の節約に努めています。第一偵察戦闘大隊、第一戦車大隊は補給を完了し、市街地内で陣地構築中です。ですが、あと一回全力射撃を行えば、機甲部隊も弾切れです」

「弾薬については、手配が付いている。戦略防衛隊の首都管区隊の弾薬を融通して貰う様、板垣司令が戦略防衛隊の津田司令に取り付けた。指揮系統の違いや、UNPACCOMが難色を示したりもしたが、戦略防衛隊も郷土防衛の名目で我が軍の支援に回る。必要なら予備戦力として、戦略防衛隊第一師団が三二普連のバックアップに回れるとの事だ」

 市ヶ谷で武本を含む板垣らが多少の揉めと協議の末に戦略防衛隊との共同戦線に乗り切り、弾薬などの消耗品から、地上兵力に至るまでの援護を取り付けた話を武本は語る。三浦市街地で戦闘を行う国連軍日本方面軍陸軍と、戦略防衛隊首都管区隊第一師団。指揮系統は違えど、どちらも元は自衛隊をルーツに持つ隊員たちなので、武器装備の融通から隊員の意思疎通迄効きやすい利点があった。少なくとも、日本方面軍を指揮下に収めるUNPACCOMが地上軍増派として提案して来た韓国方面軍や中国方面軍よりは円滑な部隊運用が出来るだろう。

 武本自身、韓国や中国からの増派を別段拒む理由は無いのだが、どう考えても今から兵力と資材、物資の集積と移動では、今の日本の窮地に間に合う話とも思えなかった。故にUNPACCOM経由で韓国と中国には、自国の沿岸部防衛に注力する旨が既に伝達されている。

「敵艦隊の動向は?」

 そう尋ねる湯原に、武本は自前のノートPDAを指揮所の野戦PCに繋ぎ、館山基地の哨戒機やUAV等で追跡出来た深海棲艦の動向を共有した。

「東京へ艦砲射撃を行った敵主力は出現地点の方へ、つまり来た道を戻って行った。全力射撃を行ったとなれば、その弾薬庫を再び砲弾で満たすには相応の時間がかかるだろう。奴らも燃料の概念はあるようだから、給油作業にも時間をかけると司令部は見ている」

推定される敵主力はここだろう、と武本はキーボードを叩く。

「新島と三宅島の近海、半径一〇キロから一五キロ圏内だ。変色海域の変色濃度もその地点を中心に最も濃い」

「実質、新島も三宅島も奴らに占拠されている可能性はありますね。UAVで偵察は?」

「駄目だ。変色海域異常のせいか、電波妨害が激しく二機のUAVをお釈迦にする羽目になっている。UAVが駄目と言う事は、有人機は言わずもがなだ。艦娘を投入して、敵主力を始めとする敵艦隊の状況を把握する必要がある」

「偵察ですか……となれば第三三戦隊に、今日とは桁違いに危険な偵察任務に送り込む事になりますが……」

 最早首席幕僚と言わんばかりに存在感を出す湯原の問いに、武本は口元を引き締め、即答は控える。

「だが……やらねばならないだろう。北海道では火力に劣る第五艦隊とその支援に当たる第六航空戦隊が、小競り合いと地上部隊支援に徹しざるを得ない状況だ。問題は……まだ可能性の段階ではあるが、深海棲艦が北海道方面に張り付けていた北方海域の主力部隊を南下させて、東京湾の目の前に居る本隊と合流させた時だ。その時にはこちらは第五艦隊が味わうジレンマ以上の火力難に喘ぐ事になる」

 北海道方面の守りを担う第五艦隊は艦娘の数こそ揃っているが、戦艦戦力は伊勢型航空戦艦改二の伊勢と日向のみで、航空戦力は第六航空戦隊を構成する雲龍、天城、葛城らが主力である。決して非力な艦娘艦隊戦力では無いが、相手が余りにも過剰な程に火力が強い編成なだけに強気な姿勢を取れない様だった。

「しかし、第三三戦隊は三人を失って、戦力は半減しております。再度戦線投入を行うのであれば、早急な再編成が必要です」

 湯原の隣から、湯原の副官が口を挟む。

「補充には七戦隊から熊野、六一駆から秋月、四三駆から竹を抽出して、これを補填としよう。更に戦術の幅を広げる為に五駆から旗風を引き抜く」

 その武本の発言に、湯原は眉を顰めた。熊野、秋月、竹の補充要員抽出には異論は無いが、旗風は艤装が古く、戦闘能力に限定的過ぎる嫌いがある。

「旗風は止めておいたほうが良いのでは? 海上護衛戦力が低下しますし、何より神風型では些かあらゆる面で不足が目立ちます。北海道から戻したばかりですが、第二六戦隊の夕月を編入した方が良いのでは?」

「対潜戦において、非凡な成績を残している彼女だが……ふむ、夕月に切り替えるか」

 対空艦は居ても、明確に対潜艦を担う艦娘を配備していなかった第三三戦隊への配属を考えるくらい、旗風の成績に期待していたのだが、と武本は内心付け加えながらも、実際艤装の改二化に伴って対空、対潜において旗風よりも遥かに高水準にまとまっている夕月が確かに向いていると考え直す。

 折角新設した第二六戦隊を即座に解体するような真似は少々気が引けるが、この際はやむを得ない。

 更に正面戦力である艦隊も再編が決まった。所属する艦娘の入れ替えは勿論、艦隊名も水上打撃群と空母機動部隊から元の第二艦隊、第三艦隊へと戻す事となり、第二艦隊は大和、扶桑、山城、比叡、霧島を基幹に、重巡愛宕、鳥海、羽黒、最上、三隈等で再編成、第三艦隊は空母の編成は変わらず、直掩の戦艦を金剛のみに留める事となった。また重巡も熊野が第三三戦隊へ、最上と三隈を第二艦隊へ入れ替えた都合上、利根と筑摩の二人に減じる事となった。

「信濃はどうしたんです?」

 湯原の問いに武本は少し難しい表情を浮かべた。

「舞鶴基地で新型艤装の再整備の為の慣熟中だったところを急遽呼び戻したが、ヘリを当てる事が出来なくて陸路で向かっているからな。

 状況が状況なだけに、今すぐには戻って来られないかも知れない。だが明日までに間に合ったら第二艦隊に編入だ。武蔵の欠けた穴を埋める」

「武蔵の離脱は痛いですよね……」

 言っても始まらないか、と湯原は頭を振る。大和型三人、今年に入ってから一緒になって戦列を組んだ試しがない。一個戦隊の定数を満たせないが故に、過去の戦隊行動では色々と悩みが出たが、大和型改二艤装の実現と、それに管制された特殊射撃のシステムの管理権限の上限である三人を鑑みれば、大和、武蔵、信濃の三人が揃った時の特殊砲撃による最大発揮火力は大変に大きなものになる。

 まだ巻き返せる、その希望はまだ誰も失っていなかった。

 

 

 愛鷹が成果も無く戻った時、青葉、夕張、瑞鳳は仮設テントの下にランプを中心にダンボールと銀マットを敷き、毛布を被って寝ようとしていた。

 休もうとする三人の姿を見て、軽く吐息を漏らした愛鷹の口と鼻から白い煙のようなものが吐き出される。真冬の夜だ。気温は二桁に届く事などまずない。意識をすると突然に身体が寒くて仕方なくなって来た。まだコートを着ているからマシな方とは言え、それでも寒さは全身に覆い被さって来る。

 そんな寒さの中でダンボールと銀マット、毛布だけで雑魚寝は凍死の可能性がある程に危なかった。とは言え、艦娘宿舎は残骸やらで道が塞がれてアクセスが難しく、贅沢を言う事が出来ない。

「こんなふきっ晒しで寝たら凍死しますよ」

「そう言われましても、宿舎へは戻れませんし」

 口元をへの字に結ぶ青葉に、愛鷹もどうしたものかと顎を摘まむ。

「ダンボールは何処から?」

「整備場からです。今は整備場の跡ですけど」

「……まだ寝るのは待って下さいね」

 そう言って愛鷹は艤装整備場だった残骸の元へと小走りに駆けて行った。

 毛布一枚の下に包まろうとしていた瑞鳳が震える手で毛布を払い、身を起こす。

「この寒さに毛布一枚で野宿は流石に寒いわね……明日には凍り付けになってるわよ」

「そうはいっても備蓄物資にこれ以上の物は望めないものね。せめて寝袋でもあればだけど」

 夕張も腹部を摩りながら、銀マットの上で身を起こす。当然枕など無いから、各々靴を枕代わりにしている。

 程なくして寝付けない三人の元へ愛鷹がダンボールとガムテープを抱えて戻って来た。

「壁を作りましょう」

 そう言って愛鷹はダンボールとガムテープで即席の壁をこさえた。調達出来た分量が多くないので、指を舐めて風向きを読み、風が吹く方へ遮蔽物として簡易的なモノを作る。地面に横になる分、高さは要らないから風で倒れないだけの構造を作り、横風を凌げるだけのものを作り上げる。

 一〇分程で完成した遮蔽物、いや遮風版は、満足とは言えなかったが、足りない所を少しでも補うには程よい程度の風凌ぎにはなった。

「多少は寝やすくなったかもしれません。少なくとも、横風の寒さは無いですね」

 再び横になった瑞鳳が、少し気の緩んだ顔で言う。

「最も、熟睡出来るかは分からないけどね……」

 ぼそりと呟く夕張の言葉が重い。それはそうだ。今日、第三三戦隊は三人の仲間を失ったのだから。今日、出撃する前や、作戦中、いつもと変わらない挨拶を交わし、軽口を交え、日常会話をしていた衣笠、深雪、蒼月はもう居ない。その非情な現実が愛鷹、青葉、夕張、瑞鳳の胸の何処かで失意となって気を沈めていた。

 青葉は衣笠の遺体から外したグローブを握りしめて、ランプの灯を見つめてやや焦点の合わない視線を泳がせていた。

「深雪の両親に何て言えば良いのかしらね……」

「蒼月のご家族、聞いたら悲しむよね……」

 夕張と瑞鳳も相次いで溢す。

 失意に沈む三人を見て、こんな時、ウィットに富む言い回しが出来れば、と愛鷹は自身の語彙力の無さにも軽い絶望を覚えた。部隊を率いる旗艦として、失意の底に沈む仲間を鼓舞してやれない時点で、大分自分は艦隊旗艦に向いてない気がして来る。今更な話だけど、と不意に湧き上がる自嘲の念を噛み砕き、愛鷹は靴を脱いで、毛布とコートを手に、三人の隣に敷かれた銀マットと段ボールの上に横になる。

 自身が作った遮蔽物の陰には入れないが、毛布とコートがあるだけ、まだ自分は耐えられる。そう判断して愛鷹は何も言わずに靴と制帽を枕にして横になった。青葉達も特に愛鷹に言及せず、四人はやがて眠りについた。。

 

 

 翌日、日が昇る前に第三三戦隊は目を覚ました。眠りに落ちたとは言っても、レム睡眠にまで至った訳でもなく、何処か、起きている様な、眠っている様な、海面付近を漂う藻屑の気分とでも言うべき、中途半端な感覚が脳裏から剥がれない状態での睡眠だった。寝床が悪いと言うのもあるが、身近な艦娘三人が戦死したその日にぐっすり眠れる訳もない。

 それに基地内では不眠不休で基地機能の回復の為の作業が続いていた。負傷者は既に、軽傷の者を除いて、全員が内陸部の病院へ搬送され、戦死者のボディバックも眠っている間にしかるべき安置所へと搬送されたのか、無くなっていた。

 まだ夜としか思えない暗い基地では、重機の作業音が依然と響いている。それがいい目覚ましにもなったと言えた。

「おはようございます」

 眼を擦りながら夕張が、もぞもぞと身を起こして来る愛鷹、青葉、瑞鳳に、低い声で言う。

 中途半端な質の睡眠だったが故か、ややとろんとした目つきで青葉も同じ事を言う。

 瑞鳳だけが、やや崩れた寝相でまだ眠っていた。

「瑞鳳さん、起きてください」

 自身も良く眠れなかっただけに、やや不機嫌気味な声で愛鷹が瑞鳳の身体を揺さぶる。体表は冷えた瑞鳳の身体だったが、生者の温もりはちゃんとある小柄な彼女の身体がのろのろと起き上がり、まどろみの中の寝ぼけた顔が虚空を見て、再び寝床へ戻りかける。

「引っ叩けば起きるわね」

 不機嫌気味だったのも相まって、パシン、と乾いた愛鷹の平手打ちの炸裂音が瑞鳳の顔で鳴ると、流石に瑞鳳も目を覚ました。

「おはようございます、食べ物下さい」

 一瞬、その場の空気が固まり、真顔になった青葉が呟く。

「開口一番飯要求」

「すっごい、速攻要求して来るじゃない。まず有難うでしょ。どうせ、起こして貰ってなかったら、朝の気温で凍死してたわよ」

 夕張だけ、眠りの悪さからの不機嫌さに任せた捲し立てが瑞鳳に向かって吹き荒れた。

 

 

 ようやく日が昇って来た時間帯に、支援物資を満載して基地へ入って来るトラックの車列に混じって、「舞鶴」ナンバーの軍用トラックが一〇台ほど、列をなして入場して来た。

 その車列の先頭に立つトラックの助手席の人物と、警備の係員が身分の確認を行い、許可を出して通されたトラック達は艤装整備場の跡を前に停車した。先頭のトラックの助手席から背の高い眼鏡をかけた女性が降りて、コツ、と言う硬いヒールの音を響かせた。

「こっ酷くやられたわねえ……」

 艦娘信濃は眼鏡の位置を正しながら、惨憺たる有様の古巣の光景を見て、苦り切った表情を浮かべた。

 大和と武蔵の着る制服の深緑と黄緑の迷彩柄仕様と言うべき制服を着こなしているその姿から、信濃が戦艦艦娘仕様の制服に身を包んでいる事が分かる。足にはやはり大和と武蔵と同じ仕様の、緑色のラダーヒールブーツを履いている。容姿や佇まいが少し現代っ子風な大和と武蔵と比べて、何処となく古風な日本人女性っぽいのは、黒髪を纏めたポニーテールと丸眼鏡のせいだろうか。

 カツカツと足音を鳴らしながら仮設指揮所へと向かう信濃を、すれ違う基地要員が少し物珍しい表情、視線を送って来る。仕方ないか、と信濃は少しばかり自嘲の笑みを胸中で浮かべた。今年の殆どをこの基地以外で過ごしていたのだから、自分の居ない間に赴任、着任した基地要員は自分の容姿すら知らないだろう。それに、空母形態と戦艦形態のコンバート改装で制服ががらりと変わるので、一番目に付く制服からの印象で覚えている者からすれば、パッと見分からないと言う事もあろう。

 相変わらずここでの存在感が薄い、と再び込み上げて来る自嘲の笑みを噛み殺して、信濃は指揮所の入り口を潜った。

 武本、湯原共に、指揮所内のパイプ椅子に座って眠っていた。その二人に、信濃の姿を認めた指揮所要員が二人に声をかけると、二人の中年男性将校は直ぐに目を覚ました。

「おはよう、信濃。思っていたより早く戻れて何よりだ」

 副官から貰った眠気覚ましのエナジードリンクを一息に飲み干し、重たそうな瞼を強引にこじ開けさせた武本は、挨拶と共にその帰還に喜んだ。

「ご無沙汰しております、提督。谷田川司令官は?」

「……昨日、戦死した」

「……お悔やみを申し上げます。そちらは湯原基地司令でありますね?」

「おう、知っていてくれて何よりだ。紹介が省けて助かるよ。今は基地司令兼、副艦隊司令官みたいなものだな」

 何分、人手不足でな、と捕捉しながら湯原は微笑を浮かべた。

 湯原の他に仮設指揮所テント内の新しい司令部要員各位と挨拶を交わし終えた信濃に、武本は改まって向き直る。

「信濃、君には再編成した第二艦隊の第一戦隊二番艦を務めて貰いたい。武蔵が負傷して離脱している現状、艦隊の火力の維持に君の存在は不可欠だ」

「第二艦隊第一戦隊二番艦、了解です。大和姉さんはご無事なのですね」

「軽傷を負った程度で、任務の継続は可能だ。その分、武蔵が割を食っちゃったのかも知れないが」

「武蔵姉さんの代わりにはなれませんが、やれる事をやり遂げて見せます」

 自信ありげな笑みを浮かべて信濃は武本と湯原に胸を張る。見た目は古風な女性でも、敢闘精神の強さではどんな艦娘にも負けてはいない。

「話を変えるが、舞鶴基地でテストしていた例の装備は?」

 話の話題を変える武本に、湯原が隣から「例の装備?」と怪訝な表情を見せる。武本は信濃に目配せをして、解説を求めた。武本が解説しても良いのだが、面識の浅い湯原と信濃とで会話を増やした方が良いと判断しての事だった。

「四八式超電磁砲艤装です。……まあ、正式採用は今月中の予定で、まだ先行試作量産型、ロット0とでも言うべき代物ですが。

 戦艦水鬼の強靭な装甲の時点で、苦戦を強いられる我々艦娘艦隊は、目下、深海棲艦の最新鋭巨大戦艦ス級を前に、劣勢、或いは火力優勢喪失、とでも言うべき状況です。そんな状況下、新たに戦艦艦娘を、大和型を凌駕する戦艦艦娘を揃えようにも、艦娘を構成する根幹のシステムがそれを難しくしています。解決出来なくはありませんが、それを行うよりも低コストかつ、今ある人類の技術の多くを転用して実現出来る堅実な装備、それが四八式超電磁砲艤装と言う訳です。

 先日にここで駆逐艦清霜さんを用いての運用試験で得たデータを基に、運用方法についてのガイドラインが定まり、何とか我が日本艦隊は深海棲艦の巨大戦艦群に太刀打ち出来る装備と火力を用意出来たと言う事です。

 ……ただ、せめて一週間早く用意出来ていれば、ここまで酷く殴り倒される事も無かったでしょうが」

 途中までは自信ありげに、最後は実戦までに用意が間に合わなかった事への悔恨を露に、信濃は語った。

「それで、超電磁砲艤装はどうやって運用する事に? 清霜でのテスト結果は見たが、重量オーバーで携帯もかなり厳しいと聞くが」

 質問を重ねる湯原に、信濃は指揮所のPCを一つ、借り受けると、国連軍日本艦隊のメインデータサーバーへアクセスし、パスコードを入力して湯原ら指揮所の幕僚、それに武本に運用法を見せた。

「超電磁砲艤装に関しては、射撃艤装を持つ艦娘とは別に、バッテリーと強制冷却装置をそれぞれ分担して持つ駆逐艦娘二人を付けて重量の分散軽減と、駆逐艦娘二人による曳航での陣地転換と言う運用法を策定しています。但し、射撃を担当する艦娘自体は巡洋艦級以上に限る事になります」

「成程、大昔の対戦車砲の運用方法を参考にした訳か。射撃艤装を巡洋艦級以上に限定する理由は?」

「反動制御機構が最低でも軽巡級なのを要求する事が一番の要因です。あとは砲身から発射機構含めた超電磁砲を保持するパワーアシストの能力のマージン的な意味で、軽巡以上が望ましいと判断されました」

 PCのディスプレイを見る大勢の目の下にある口から、感嘆が含まれた唸り声が指揮所に響く。

 一時の沈黙を破る様に武本が命じた。

「敵艦隊への反攻作戦に備え、超電磁砲艤装を装備した艦隊編成を早急に立案する。各位、調整と準備を頼む」

「信頼性はどうなんですか? 土壇場で故障するような代物に、艦娘の命は預けられませんよ?」

 そう進言して来るのは先任伍長だった。

「一〇〇パーセントの動作保証は出来ません。正式採用前の先行試作量産型なので」

 自身に伺う視線が集中する前に、信濃自ら、包み隠す事無く、先行試作量産型故の初期不良の可能性について言及する。信濃自身、ジャム(弾詰まり)や充電不良、命中精度、と初期量産品に付きまとう初期不良の可能性を無視している訳では無い。

 再び眼鏡の位置を右手の人差し指で正しながら、信濃は視線を上げる。

「その為にも、オオマツ重工の技術者が可能な限りここで整備と調整を行うと、同行を志願して来ています。彼らが可能な限り、最終調整と整備を行って、初期不良の発生を無くしてくれるでしょう。

 確かに、信頼性はまだ何とも言えません。暴発の可能性だって無い訳では無い。ですが、既存の艦娘の火力でどうにかなる相手でも無いのもまた事実です。無為に、そして無謀な従来の戦術に固執しての出撃を繰り返せば、その内に出撃する艦娘がこの世から一人も居なくなっているかも知れない。そう言ったハイリスクを犯すよりも、解決策があるのならそれに一途の希望を見出してみるのも戦術ではありませんか?」

「新戦術は常に新発見の冒険にあり、か。なるほど」

 先任伍長はそう言ってやや硬い表情で頷いた。全幅の信頼を超電磁砲艤装に置いた訳では無いが、信濃の言う通り、既存の艦娘兵装の火力で太刀打ちする間に、何人もやられてしまうのが実情なら、ブレークスルーを起こせるかもしれない新装備に賭けてみるしか今は無いだろう。

 

 

 廃材などで簡易的な壁と、テーブル、椅子をこさえた臨時の第三三戦隊の指揮所として構築された仮説テントの下に、四人の艦娘が新たに加わって来た。

「第三三戦隊配属を命ぜられた、航空巡洋艦熊野でございますわ」

「同じく第三三戦隊配属を命じられた松型駆逐艦竹です」

「同じく第三三戦隊配属を命ぜられた秋月型駆逐艦秋月です」

「同じく第三三戦隊配属を命ぜられた睦月型駆逐艦の夕月です」

 挙手の礼をする四人に、愛鷹と青葉は答礼を返した。旗艦と次席旗艦の答礼の後、四人は敬礼を解く。

「我が第三三戦隊は、主として敵深海棲艦艦隊への威力偵察、強行偵察、艦隊前衛部隊、その他作戦内容は多岐に渡ります。皆さん一人一人の技術と技量によって、良き成果が果たされない事を切に願います。

 そして最も重要な事として、必ず生還する事。これを作戦目標以上の目標とする事。私から訓示する事はこれ以外にありません」

 長い訓示を述べず、必要簡潔な事だけを述べる愛鷹らしい、悪く言えば飾り気のない挨拶に四人は了解、と唱和して返す。

「第三三戦隊、やる事は大変ですが、お互いの関係は何時もの様に、気安くやって行きましょう」

 どうしても堅苦しくなりがちな訓示の場を柔らかくしようとする青葉の助言は、平時であれば即その場の空気を柔らかくしたかもしれないが、その言葉の底では未だに消えない衣笠の戦死への動揺が残っていた。心成しか、青葉のその気楽な発言は場違いな様にも聞こえてしまい、精一杯の笑顔で言った青葉の顔はそのまま凍り付く事になった。

「……青葉、率直に申しますと、わたくしは貴女の妹、衣笠の代わりにはなれません。衣笠は衣笠、わたくし熊野は熊野。世界に一つしか咲かない花同士。違う花と同じ色彩を放つ事も香りを漂わせる事も出来ません。

 でも、衣笠と言う花が成せなかったその務めを、この重巡熊野と言う命の徒花が咲かせて御覧に入れましょう」

 そう言い放つ熊野を前に、愛鷹と青葉の顔面に一筋の冷や汗が滴り落ちる。言い回しに知的さを見せる所は流石、名家のご令嬢出身な熊野ならではであると言えた。

 その熊野の隣から竹も、意外さを見せる慎重な言葉づかいで口を開く。

「俺も、深雪先輩の代わりにはなれません。でも、深雪先輩が出来なかった事を、俺が出来るうる限り引き継ぎます。先輩の無念を晴らすとか言う、憎しみに固執した戦いはしません。ただ、軍人として、艦娘として、やるべき事をやり遂げますよ」

 秋月と夕月は、熊野と竹に続いて何か申す事は特に無い様だった。多くを語る必要は無い。艦娘としての職務を全うするまでです、と二人の顔に使命感が溢れていた。

「宜しくお願い致します」

 愛鷹と青葉、二人が揃って頭を下げ、テントの中で無言にままに話を聞いていた夕張と瑞鳳も揃って首を垂れる。

「……一つ、伺いたい事が愛鷹さんにあるのですが、宜しいでしょうか?」

 夕月の言葉に愛鷹は、何となくだがその質問の内容を悟りながら頷いて許可した。

「顎のライン、長さは違えど概ね同じ髪型なポニーテール、背丈。大和さんによく似た容姿の愛鷹さんですが、実の血縁者であられるんですか?」

 やはり、そう来るか。ふうと溜息を吐いた愛鷹は、新規メンバーの熊野、竹、秋月、夕月を前に四人の顔を見てから、おもむろに制帽を脱いだ。

「少し、昔話をしましょう。私が何者であるか、その秘密を我が戦隊の艦娘となる貴女達にだけ、お話します」

 

 

 日が昇り切った午前八時。陣地構築した深海棲艦と、同様に防御陣地内に立て籠もる中、戦略防衛隊の補給物資が届いて、何とか弾切れによる戦線崩壊を防いだ第三二普通科連隊と増援の第一偵察戦闘大隊、第一戦車大隊、第一特科隊、それに戦略防衛隊第一旅団の各普通科中隊の将兵の耳に、ターボファンエンジンの轟音が聞こえて来た。

「来たぞ、航空支援だ!」

 百里基地と小松基地を飛び立ったF-35とF-15EXⅡの戦爆連合だった。深海棲艦艦載機の上空援護も無い深海棲艦上陸部隊に対し、人類軍が圧倒的優位に立てた瞬間だった。

 空軍から派遣されて来たJTAC(統合末端攻撃統制官)が、9-Line、航空攻撃に際して必要な情報を九行に纏めて伝達するに基づいて爆撃を指示する。9-Lineでは、進入開始の地点(IP)、IPからの方位、IPからの距離、目標の海抜高度、目標の種類、目標の座標、マーキングの種類(スモークかレーザーか等)、友軍の位置、そして爆撃を行う航空機の離脱方法の九つを伝達するものである。

 地上部隊では、専用のJTACが担う分野だが、海軍では艦娘一人一人が、疑似的なJTACとしての裁量を任せられているのが組織上の違いと言えた。何せよ、空軍のJTACを担う軍人は艦娘と同じように艤装を備えて海上を駆ける事が出来ないのだから。

 JTACが各攻撃機に個別に出す9-Lineに従い、F-35とF-15がそれぞれの爆撃進入地点へと遷移していく。頭上を覆うジェットエンジンの轟音に、深海棲艦上陸部隊も気が付いていたが、対空砲火は特に撃ち上がらない。

「なんで敵さん、迎撃しないんだ?」

「弾切れか、対空射撃用の砲弾持って来て無いんじゃないですか?」

 陸軍、戦略防衛隊の兵士達が陣地を挟んで向こう側にいる深海棲艦上陸部隊を見て、囁き合う。

 そんな内に最初の爆撃が開始される。

「Cleared hot. Danger close. (攻撃開始、至近弾に注意)」が宣告されるや、遠雷の様なジェットエンジンの音が急激に近づいて来る。耳を閉ざしても、低高度の大気そのものを震わせ、五臓六腑に直に振動を与えて来る暴力的なジェットエンジンが市街地上空を飛び抜ける中、無線越しにパイロットの「Bombs away. (爆弾投下)」の短い声が返され、カウントダウンが始まる。地上部隊が見守る中、誘導レーザーに光に導かれた誘導爆弾が、フィンを小刻みに動かして正確な落下軌道を描いて深海棲艦上陸部隊の頭上に覆い被さる。市街地への被害はこの際、度外視され、深海棲艦上陸部隊を完全に粉砕出来ると目された大質量の爆弾が、何かに気が付いたように頭上を見上げた陸戦型ネ級の顔面に突き刺さった。

 地面を揺るがす振動が走り、市街地の道路を吹き荒れる衝撃波が砂埃を噴き上げる。巨大なハンマーで地面を何度も打ち据えて居るかのような強烈な振動が走り、市街地の建物を遥かに凌ぐ大きな爆炎が随所で立ち昇って行く。

「Danger close」の宣告通り、地上部隊から六〇〇メートル以上の猶予を持って行われているとは言え、爆撃による爆弾の炸裂の振動と衝撃波は、陣地に籠る国連軍、戦略防衛隊の将兵の身体や装備すらも揺さぶる。

「ここに、A-10でも居ればな」

 陣地内に籠り爆撃を見上げる誰かがそう呟く。

 絶対的な航空優勢の確保と、確実な敵対空火器の排除が無ければ、戦場の空を飛ぶ事は有り得ない、注文の多い対地攻撃機の名を口にする地上部隊の兵士の呟きは、A-10を装備していない日本方面軍空軍航空部隊にとっては無理な望みである。しかし今の三浦市街地の空はA-10対地攻撃機が爆撃を行うには最高の条件が揃っているだけに、理解出来ない望みでも無い訳では無かった。

 爆装を全て投下したF-35とF-15は規定方向へと離脱して、基地へと帰還して行った。

 JATCから各地上部隊へ、無線でBDAが共有される。

≪全コールサインへ。爆撃終了、目標へのBDAは最大。航空隊はウィンチェスター(弾切れ)の為、戦域を離脱する。各部隊は所定の指示に従い、再攻撃に備えよ。アウト≫

 ぶるんと言うエンジンの音が鳴り響き、一〇式戦車改や二四式装輪装甲戦闘車改らが目を覚ました。エンジンの胎動が響き渡り出す中、各中隊、歩兵小隊の中隊長、小隊長の一つの同じ叫び声が発せられた。

「着剣!」

 銃剣を抜く音が兵士達の装具で鳴り、小銃の先に鈍色に光る短剣が刺される。

 静寂を破ったのは、突撃ラッパでは無かった。空気を引き裂きながら飛んできたそれは、既に戦闘機隊が居ない空を飛び抜け、市街地の深海棲艦上陸部隊の橋頭保内で炸裂し、白い白リンの煙を噴き上げた。

 修正射の着弾をドローンで確認した第一特科隊の効力射が始まり、再び一度の振動が大きい激震が三浦市街地に響き渡る。効力射に移行してからは多数の砲弾が落下し、着弾の直前に空中で炸裂した砲弾の鉄の雨を浴びた陸上型深海棲艦がずたずたに引き裂かれる。

「今日の内に、深海棲艦の奴らを海上に叩き返せればいいんだがな」

「そう出来る様に、頑張りましょうや」

 砲撃終了を待ちながら国連陸軍の兵士が呟くと、その隣で旧自衛隊の装具を着た戦略防衛隊の兵士が励ます様に声をかけた。

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