艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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第一一二話 北辺の戦場

 日本本土の戦いは、三浦半島の一角の市街地だけに留まっていた訳では無い。寧ろ、より深刻な侵攻を被っていた地域があった。それが北の大地、北海道であった。

 深海棲艦の着上陸と、第二師団の敗北の後、雪が降り始めた日本にとっての北辺の土地では、雪と泥が混じって泥濘と化した大地で、深海棲艦地上部隊も、そして後退した第二師団に変わって陣地構築して防衛線を構築する第七師団等の国連陸軍日本方面軍北部方面隊各部隊は、互いの前線を挟んで睨み合いの膠着状態となっていた。

 初戦は第二師団の機甲部隊を圧倒的機動力で翻弄し、撃破した深海棲艦陸戦型重巡達も、その後方から戦線を押し上げて来ていた戦車小鬼や砲台小鬼も、鈍色の空から舞い降りて来る真っ白な、冷たく白い雪によってじっとりと滲み、水分をたらふくと吸い込んでぐちゃぐちゃになる平原に足を取られてスタックする事が相次いでいた。海上を行動する重巡リ級やネ級と違い、陸戦型のリ級、ネ級の脚の形状は合理的にもヒールを排した平底かつ陸戦型仕様だったとは言え、接地面にかかる圧力は戦車の無限軌道等と比べやはり高く、その上同じ二本の平底の足で歩く陸軍兵士よりも艤装と言う重量物を備えているだけあって一度スタックしてしまうと中々抜け出せないと言う苦闘を繰り返していた。

 無論、市街地と言う硬く舗装されたアスファルトに足を突けていられる深海棲艦はまだ事情が良い方であったが、市街地以外の場所に陣地を構築して防衛線を構える北部方面隊の将兵からすれば、ある種泥濘でスタックする深海棲艦の陸戦型重巡は嘲笑の的になっていた。最も嘲笑して嘲りながら進軍しようものなら、一〇式改と同じ無限軌道を備えている分、沼地耐性が強い戦車小鬼が存在を誇示しに来るので、反攻作戦は中々出来そうにない。

 北部方面隊の抱えるジレンマは他にもある。まず侵攻開始から最初の三日間で部隊の殆どが弾薬を消耗してしまい、攻勢をかけられるだけの備蓄が無いと言うのがあった。目下、共同戦線を張る事を快諾した戦略防衛隊の本州にある弾薬庫からありったけの弾薬を貨物列車で輸送しているとは言え、補給線と言うのは書類上で、電話一本で物資を送る事を約束し、確認するだけでは解決しないのである。然るべき輸送手段に物資を載せ、輸送し、送り主に対して必要量を適切に、かつ滞りなく、また破損による消耗無く、配送期限までにと言う簡単に思えて難しい手順を踏まなければ、小銃弾一発は愚か、ボールペン一本すら届かないのだ。

 そして北部方面隊が必要としているものは、弾薬に留まらなかったのである。負傷兵への医薬品、兵士達や札幌以南の各市へ保護、避難させた道民避難民への食料支援、燃料、トイレットペーパーを含む生活物資、ありとあらゆるものが北海道では不足していた。多くの避難民が一夜にして押し寄せた札幌を始めとする道南、道西の各市町村では、各学校施設、公民館等を臨時の避難所として開放し、多くの避難民を受け入れていた。少子高齢化の波が進んでいるとは言え、それでも尚北海道には何百万もの道民が生活を営んでいたのだ。

 北海道の市民を苦しめたのは、生活物資の不足や、深海棲艦の侵攻による故郷の簒奪と言う精神的なものに留まらない。彼らにもまた冬の凍て付く寒さが牙を剥いていた。温暖化が進んでいる二〇四八年とは言えど、一二月の北海道では今でも必ず雪が降る。そして悪い事に、この年は例年外れの寒波が北海道と東北地方を北西から覆い始めていた。

 避難所となった各地の施設で、避難民は身を寄せ合い、稼働数の少ない暖房を囲んで、不安な視線を落としていた。そんな食料やエネルギーが不足する中、少なくない数の老人達が、若者へ食料や暖を譲り、自分達は酷く不十分な環境の中でひっそりと凍死するケースが徐々に増え始めていた。それだけでなく、慣れない避難所生活でのストレスで命を落とす老人や、人知れず、家族に何も言わず、「探さないでください」とだけ書き残して山林へ姿を消す老人すらも増え始めている。

 そう言った落命を厭わない老人達を止める余裕を若い世代には残念ながら無かった。厳冬の北の大地で、深海棲艦と言う海から来た怪異だけでなく、氷点下の気温と寒さ、不十分な食事と暖からより若い世代の命を、自分よりも一歳でも若い世代を凍死させまいとするだけで精一杯だった。勿論、行政、警察、消防、医療従事者、軍、戦略防衛隊はあの手のこの手を尽くしたけれど、民間人の犠牲者は日々不気味な一定数を刻みだしていた。

 

 

 陸地での道民の苦境は、海へと出撃して、深海棲艦上陸部隊への強行偵察と、哨戒艦隊との小規模な交戦を繰り返す第五艦隊隷下の艦娘達から見れば、実に見るに堪えがたい光景であり、第五艦隊に配属された艦娘全員が、何としてでも終わらせなければならない戦いであると言う共通認識の元、作戦に当たっていた。

 第五艦隊の隷下には、一個の方面艦隊としての戦力単位で言えば艦娘達が一応揃ってはいる。戦艦艦娘枠には、改二航空戦艦の伊勢と日向があり、重巡艦娘として那智と足柄が、軽巡艦娘枠には阿武隈、木曾、多摩、駆逐艦艦娘枠に曙、潮、不知火、薄雲、初春、初霜、若葉、子日、皐月、水無月、卯月、海防艦艦娘八丈、国後、そして第五艦隊の心の支えたる第六航空戦隊の雲龍、天城、葛城がいた。

 決して非力な戦力では無いが、同時に第五艦隊を構成する艦娘は、お世辞にも雑多な寄せ集め感は決して拭えない。殆どの艦娘が改二化されているとは言っても、駆逐艦娘は各駆逐隊から派出されて来た雑多感は否めない。巡洋艦級も重巡艦娘の那智と足柄は兎も角、軽巡艦娘だと三人共火力面では少々不安がある。その代わり、阿武隈と木曾が甲標的を用いた遠距離精密雷撃が可能なのは数少ないアドバンテージであった。

 そして砲撃戦火力と言う艦娘の中でも航空戦力と並んで物を言う要素を売りとする戦艦艦娘は、航空戦艦である伊勢型の二人。二人とも決して非力な戦艦では無いのだが、航空戦艦と言う都合上、被弾して航空艤装を破壊されたら、その瞬間その存在価値が一挙に半減してしまうと言う残念な所があった。

 最も、期待された割にはもっと残念な目に遭っているのが第六航空戦隊の三人でもある。彼女達の航空艤装に載せられる第六〇一航空隊各機は、凍て付く北海道近海の海を前に、雲龍型姉妹の航空艤装が凍り付いてしまい、空へと繰り出す事すら出来ていない。目下、寒冷地専用装備を用意する事で対応を計っているが、雲龍、天城、葛城の三人が航空支援を行えなかったばかりの初動の遅れは否めない。それが戦隊旗艦艦娘たる雲龍の苦悩の原因にもなっており、ほぼ同じ悔やみと悩みを天城と葛城も共有していた。

 雲龍型姉妹の直面した問題は、同じように飛行甲板を用いて艦載機の運用を行える伊勢型の二人にも共通している。凍り付くカタパルトや飛行甲板、エレベーターを目にする伊勢と日向の虚し気な視線と溜息は、急遽本州から補給物資に混じって送られて来た寒冷地用の飛行甲板妖精がその凍て付いた甲板を温めて運用可能にするまで続いた。

 

 

「今日も冷えるわね」

 艦娘母艦のウェルドックから、海面を凝視して伊勢が言う。吐く息は蒸気機関車から排出される蒸気の如く、はっきりと目に見える形で白く現れ、一方手の指先は赤く悴んでいる。

 爪先の感覚が消えかける中、伊勢は艤装の制御を行うタブレット端末を操作する。

「寒冷地モード・ON、機関部主力最大、除氷装置・ON」

 伊勢の背中に装備する艤装内で機関部の回転数が余分に上げられ、艦娘母艦の艦尾艦内に甲高い機械音を鳴り響かせる。伊勢と共に出撃する日向、阿武隈、初春、初霜、若葉の艤装も同じ寒冷地モードのセットアップを行っていく。

 寒冷地モードのお陰で、防護機能内の気温が上がり、身体中に温もりが伝わって行く。艤装のこの機能のお陰で、艦娘は極寒の北太平洋だけでなく、酷寒の、生身で海に飛び込めば数秒で海に心臓を鷲掴みにされて死へ引きずり込まれる北海や北極海と言った欧州の北の海でも、問題無く活動出来る。つまり逆を言えば、艤装が深海棲艦との交戦で大破して防護機能消失等起きれば、艦娘は冷たい海に呑まれて、凍死する羽目になる。

 無論、艤装の加護に頼りっきりな彼女達では無い。広報や人事の画像の時に取った制服姿を基本に、その上から寒冷地用の厚着を着込んで、寒冷地モードに頼り切らない寒さの対策を整える。

「冷たい海だと言うのに、深海棲艦は何も感じないのか?」

 ストッキングに着いた氷を払いのけながら若葉が言う。

「海から来た者達じゃぞ? わらわ達よりも海の過酷さを知る者達が対策もせずに来る筈があるまいとて」

「フグが自分の毒で死ぬか理論ですか」

 そう若葉に返す初春の言葉に、初霜がもう一節、言葉を添える。

「まあ、それはそれとして今年は何時もより更に寒いのだけれどねぇ」

 前髪につく氷の雫を払いのけながら、阿武隈が言う。

 伊勢と同じ機関部の機械音を響かせる艤装を装備しながら、日向が五分隊の科員から差し出された戦闘配食のおにぎりを手に取り、複雑な視線を落として、それを半分に割り、片方を姉の伊勢に差し出す。

「日向?」

「……艤装を展開すれば暖を取れ、多くの場合、食事にも困まらない艦娘と言う職……これ程恵まれた職場があるかと安堵してしまった私が今少しばかり憎いのだ。伊勢、少しばかり付き合ってくれ」

「半分こされたおにぎりを片方食べて欲しいって言われただけだけどね」

「今、北海道の人々は、この一個のおにぎりもろくに食えないかも知れないのだ。そう思うとおにぎりを一個を食べる気力が私には湧かない……」

「そう言うおセンチになりがちな所含めて、考え過ぎじゃないかしらね?」

 伊勢は日向と違って、自粛せずに食べられる時にしっかり食べる方である。自分がしっかり食べてコンディションを整えた状態で戦う事で、結果として深海棲艦との戦いを早くに終わらせ、避難所で苦しい生活をする避難民が楽を出来るのなら、伊勢はその判断を取る姿勢だ。だから伊勢は日向から渡された半分のおにぎりを何のためらいもなく口に入れ、咀嚼し、呑み込む。

 とは言え、伊勢とて日向を責める事は無い。妹相手に少し普段から甘やかしている自覚は無いでもないが、それとは別に日向の母親とその祖父母は北海道の出身だ。母方の祖父母の安否も分からない艦娘と言う立場上、少しばかり妹の表情が暗くなるのも無理は無いのだろう。元から普段から快活な伊勢とは正反対の、抑揚ある低い声の台詞ばかりの日向ではあったけれど。

「日向さんの気持ちも少しは分かる気がします……あたしの両親が函館に住んでるから」

「阿武隈、名前に反して北海道生まれだったのか?」

 日向に同情する阿武隈の言葉に、彼女のプライベートは知らない若葉が何気ない問いを向ける。自分より背丈の低い若葉に振り返りながら阿武隈は軽く頷く。

「まあ、昔は、と言うか出生届けが出されたのは阿武隈川がある福島だけど、育ったのは函館なの。函館はもう一つの故郷よ」

 初めて知る阿武隈の生い立ちに初春がほお、と相槌を打つ。

「そなたとは艦娘として艦隊を何度も組んで来た仲じゃが、初めて聞いた話じゃの。お互い、生まれ生い立ちは隠し事じゃが、このようなふとした時、零れ出るものよの」

「一〇年も、皆さん戦って来て、共に汗を流し、共に血を流し、共に涙を流した戦友ですもの。艦娘として、お互いの出生は語らない決まりも、絆を深めた友同士になって来れば、話してもいいと言う信頼も生まれますよ」

 脇から言う初霜の言葉通り、既に落命していない艦娘はどうにもならないとは言え、一〇年の軍歴の中、北を南へ、西へ東へと奔走し、その都度昨日とは違う艦娘と艦隊を組んで戦って来た者達同士である。その大小ある胸の内には互いへの深い戦友としての信頼も生まれて来る。

 セットアップが終わった伊勢隊に対し、五分隊の発艦士官が詰める発艦指揮所から「発艦用意」の号令が下った。

 

 

 艦娘母艦「つがる」から伊勢隊を構成する六人の艦娘が海原へと繰り出し、伊勢と日向から二式艦上偵察機が発艦する。軽空母並みの航空戦力を艦載出来る伊勢型改二の格納庫には、深海棲艦艦隊の動向を偵察する二式艦偵と、艦隊防空を担う零戦七二型の二種類が搭載されていた。

 海上を冬の晴天が覆うが、その空は晴天でありながら、何処か暗い。陽光を遮るものが無い筈なのに、何故か陽光が暗く感じられる。そんな晴れ晴れさとは少し違う青空を、液冷エンジンの音を響かせて二式艦偵は征く。「つがる」の展開位置は知床岬の北西、そこから伊勢隊は更に二〇キロ北へと進出し、深海棲艦着上陸侵攻艦隊と、その上陸支援艦隊への偵察活動を担っている。

 深海棲艦は稚内市、浜頓別町、そして天塩町に橋頭保を構築して地上部隊を内陸部へと送り込んでいる。伺頓辺の防衛線が崩壊し、音威子府の防衛線が脅かされる中、道東方面への迂回戦術となる着上陸にも警戒が必要だった。実際、前路掃蕩と見られる深海棲艦の哨戒艦隊が幾つも紋別市沖に確認されていた。

 無論、陽動の可能性は無くは無い。数が少なく、火力でも劣勢とはいえ第五艦隊の存在は深海棲艦に多少なりとも圧力をかけられていると見られている。もし深海棲艦が第五艦隊は些事と捉えているなら、既に道東方面への上陸作戦を行っていてもおかしくない。

 ただ北海道の地形は深海棲艦にも等しく進撃の上での障害となっている。道東方面へ上陸をしたとしても、天塩岳を始めとする道東方面の峰々が深海棲艦地上部隊の進撃の問題になる。それに既に三か所からの上陸作戦を実施している中で、更に上陸個所を増やす事は、結果として支援艦隊や上陸部隊戦力の分散になるリスクもある。予備兵力の問題もある以上、少なくとも北部方面隊と第五艦隊の司令部からなる北部方面統合作戦司令部では、これ以上の上陸作戦の可能性は低いと見ていた。

 仮に音威子府の防衛線が突破されたら、名寄市に構築中の防衛線まで後退する事になるが、名寄市の防衛線構築は資材不足、人材不足で進んでいない。その為、戦線が一挙に旭川まで後退する事となり、更に天塩町から国道二三二号線沿いに南下してくる深海棲艦地上部隊が比較的手薄な留萌を奪えば、道北の大半が落ちる事になる。

 いずれにせよ、北海道戦線の戦況は良いとは言えない。陸戦型重巡の活動は鈍っても、戦車小鬼の群れが、白い地上を覆う黒い波となって押し寄せて来る。幾ら陸軍の主力戦車の一二〇ミリ砲の火力の前では紙装甲でも、数で押されば防ぎ切れない。

 

 

≪インディア1-1より報告。紋別市沖五〇キロを深海棲艦艦隊が南下中。的針方位1-5-6、的速約一二ノット。大型艦多数を有すると見られる。これより接近して敵艦種を識別する≫

≪セクター1了解。千歳基地より偵察機を発進させ、そちらの支援に当たらせる≫

 紋別市沖を偵察する二式艦偵からの報告に、遥か後方の高空に展開するAWACSが応答し、北海道防衛の要、千歳基地にRQ-44の発進を要請する。

「敵大型艦多数かぁ……数と中身によっては後退も視野に入れるわよ」

「裏を返せば、相手によってはこちらから仕掛けると?」

 伊勢の言葉に日向が尋ねると、伊勢は勿論と頷く。

「ここ最近、逃げてばっかりだもの。少しは戦わなくちゃ」

「まあ、そうなるな」

 口癖を口にする日向の口角が上がる。彼女のやる気の上昇に応じてか、その艤装に備わる主砲の砲身が稼働音を立てて上下に動いた。

「回頭、方位3-3-0、両舷前進強速」

 伊勢を先頭に、艦隊が北上するルートを少し変更する。

 

 二式艦偵からの続報が伊勢達に届く。

≪敵艦隊艦種識別。巨大戦艦ス級flagship級八隻、航空戦艦レ級flagship級四隻、直掩の軽空母ヌ級改elite級二隻、ネ級、リ級、ト級等の軽重巡洋艦、ラ級、ナ級などの駆逐艦多数。艦隊総数は五〇程と見られる≫

「……やり合うには無理な相手ね」

 六対五〇余りと言う数的問題、それ以前の圧倒的火力の差に、伊勢はあっさりと敵艦隊への襲撃行動の意思を取り下げた。あの陣容に突っ込むのは、鉄壁に激突する塵灰も同然だ。伊勢にとって、塵となって砕け散るつもりはない。

「国後水道を抜けていく気か?」

 戦術タブレットを取り出して、敵艦隊の予想進路を計算した日向が言う。

「インディア1-1、こちら日向。ワ級の艦影は確認出来るか? オクレ」

≪インディア1-1より日向。補給艦と思われるワ級四隻の姿を確認≫

「四隻か。四隻のワ級では侵攻艦隊にはなり得ないな。地上部隊支援を戦艦水鬼に任せ、主力艦隊を南下させて東京を攻撃する主力艦隊と合流させるつもりかもしれないな」

「国後水道に機雷が敷設出来れば、敵艦隊に一定の損害を与える事も出来たのですが」

 最大深度は四八四メートルにも達する国後水道の地形を思い浮かべているらしい阿武隈が、悔しそうな表情を浮かべる。

「大和や長門達の前面にもス級が沢山居るって言うのに、人生ベリーハードモードねこれじゃ」

 現在進行形で首都圏を巡る攻防戦に従事する仲間達に、更にのしかかるであろう苦難を想像し、伊勢は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。せめて伊勢型改二の艤装に、大和型改まで位の巨砲が備わっていたら、少しは日向と共に強気の戦いも出来たかもしれないが。いや、あの五〇隻の深海棲艦艦隊を前に、仮に伊勢型に大和型改並みの火力があり、第五艦隊の全力を投入して艦隊決戦を挑んでも、恐らく弾き返されて粉砕されてしまうだろう。

 だが、相手の主力戦艦が戦艦水鬼四隻に減るなら、六航戦と共同で攻撃すればワンチャンスはあるかも知れない。つまり難敵が北海道を去る事でぎりぎり劣勢レベルにまで海域の優勢が回復する事になる。当の難敵を首都圏防衛に当たる大和以下に押し付ける形になるのは気が引けないもないが、反撃に出るならこれしか策は無いだろう。

「提督に掛け合って、近々大規模な艦隊決戦をやる事になるかもね」

「ス級とレ級が抜けた敵上陸艦隊を第五艦隊の全力で叩き潰すと? ス級やレ級が居なくなったとは言え、それでもかなり危険な戦いになるが……」

「そうしなければ北海道は守れないわ。多少の流血を払ってでも、この北の大地を護らないと」

 押し被せる様に伊勢は妹の言葉を抑えた。硬い意志を見せる姉を前に日向はそれ以上言う言葉を持たなかった。

 

 

 昼夜を問わずに行われた復旧作業の結果、統合基地は一応の基地機能の回復を見せ始めていた。破壊された艤装整備場は兎も角、無事だった居住区画への道が開通した事で、基地要員や艦娘は屋外での野宿状態からようやく身体を伸ばして休める宿舎で仮眠をとる事が可能になった。

 

 実に三〇時間以上ぶりの自室の前へと帰り着いた愛鷹が、疲れで凝り固まった肩を叩きながら、足を引きずる様に自室へと入ると、甲高い鳥の嬉しそうな鳴き声が鳴り、羽を羽搏かせる音共に、愛鷹の右肩に飛び移って来た。突然の事に愛鷹が困惑と混乱を起こす中、右肩に止まった鳥が頭を擦り付けて来る。

 見覚えのあるその姿に、ようやく愛鷹は正体に気が付き、鳥と同様に嬉しさを交えた声を上げる。

「ハッピー、無事だったのね!」

 どう言う訳か愛鷹に懐いてしまったハイタカのハッピーの無垢な瞳が愛鷹の瞳を見つめ返す。少し初めて出会った時よりも大きくなった様に見えるハイタカの姿と右肩に乗る重さに、率直な嬉しさを感じながら愛鷹はハッピーのその頭を撫でた。

「随分、久しぶりな気がするわね」

 ヨーロッパ派遣期間、それに入院と日本に帰ってからハッピーと過ごした時間は少ない。無条件に愛鷹に好意を示してくれるハッピーの存在は愛鷹にとっては今となっては癒しの元であり、それだけに神鷹の元へ預けて日本を離れなければならない時は随分内心寂しさもあったものだった。

 本当なら遊んであげたいが、正直な所愛鷹もこの時ばかりはマトモな睡眠がとれていない事や、それによる疲労回復不足も相まり疲れ切っていただけに、ハッピーへの詫びの一言を入れると、上着と制帽、靴をほぼ無造作に脱ぎ捨てると、そのままベッドに倒れ込む様に横になり、眠りに落ちてしまった。

 気絶する様に眠りに落ちて、AI生成の様な奇抜な展開の夢を幾つも見て、その全てを忘れながらベッドの上で無意識に寝返りを何度も打つ。ハッピーは時折愛鷹へ伺う視線を送りながらも、部屋に設けられた止まり木の上で、鳴き声を発さずに止まっていた。日が沈み、長い冬の夜が訪れても愛鷹が目を覚まさず眠り続けているのを見たハッピーも、何も鳴かずに眠りについた。

 時計の針が無音で回転し、夜が過ぎていく。宿舎の遠くではなお続く復旧作業の作業音が響いていたが、ぐっすり眠る愛鷹が気付いた素振りは一切なかった。そのまま丑三つ時が過ぎ、暗い冬の朝が始まり、七時ごろになってようやく朝日が顔を出し始める。

 その朝日の日差しと共に深海の底に沈んでいた身体が、自然と水面へと浮かび上がる様に、愛鷹の意識は覚醒の段階へと浮かび上がり、誰かに起こされる迄もなく、愛鷹は眠りから目を覚ました。

 ハッと枕元の時計を見やり、寝癖でぼさぼさになった髪を抑えて愛鷹は呻いた。何て事、一二時間以上も眠ってしまった。

 時計の表示の下を見てまだ少し寝ぼけている頭で日付を確認する。一二月六日の朝七時一七分。本来なら起床時間はとうに過ぎている。誰もお越しに来ないのは何故だろうかと考えながら、寝床に着いた時の格好のまま、部屋を歩いてドアを開けて廊下を見る。

 微かに線香の匂いがした。線香? 何故? と思って、この巡洋艦寮の住人の一人であり、自分の部隊の仲間であった衣笠が戦死した事を思い出す。きっと青葉が、青葉型二人で生活していた二人部屋に線香を立てているのだろう。

 ドアを閉め、デスクの椅子の背もたれに無造作にかけられている上着を着て、床に脱ぎ捨てられていた靴を履く。鏡の前に立って、ブラシを片手にぼさぼさの髪をとかして、身だしなみを整える。最後に靴のジッパーを引き上げているとその音でハッピーが目を覚ました。

「おはよう、ハッピー。また、出かけて来るわね」

 無垢な瞳が愛鷹を見つめ返す。ちゃんと帰って来てくれるのか? と言いたげな瞳に、愛鷹は精一杯の笑みを浮かべる。

「ちゃんと帰って来るから。ここをお願いね」

 またその頭をそっと撫でてやりながら、ご飯だけでも、と鳥用のペットフードをハッピー用の皿に開けておく。あとはハッピー自身が何とかするだろう。もう少し一緒に居られる時間が設けられたらな、と悔やみながら愛鷹は制帽の鍔を掴んで頭に被り、部屋を出た。

 

 

 艦娘母艦「つがる」は津軽海峡を抜け、オホーツク海を北上していた。満載排水量は一万トンにも満たない、比較的中型な艦娘母艦は護衛艦艇も無く、単艦で北辺の海を北上していた。無論、護衛艦艇は無くても、哨戒ヘリは常時飛び回り、後方の空域にはAWACSが電子の目を大きく見開いて、天空を見渡している。

 先日の偵察の結果、深海棲艦艦隊のス級とレ級を中核とした艦隊が南下した事で、劣勢気味の第五艦隊にも、一筋の光明が見えていた。無論、五〇隻程が抜けても尚五〇隻程の戦闘艦艇が深海棲艦にはあり、二〇人にも満たない第五艦隊との艦隊戦力差は如何ともしがたいが、北部方面統合作戦司令部司令官を兼ねる第五艦隊司令官の末森忠邦(すえもり・ただくに)中将は北部方面に展開する陸海空の全戦力を持って、深海棲艦艦隊への反攻作戦を企図していた。

「つがる」には第五艦隊の管区内に配属されている全艦娘が乗り込んでいた。海防艦艦娘も作戦行動中の艦娘母艦の護衛として動員され、総力戦の体制が整えられ始めていた。

 艦内のブリーフィングルームでは、末森提督からの作戦内容を令達された同艦の副長と伊勢が、集まった第五艦隊の艦娘を前にブリーフィングを実施していた。

「第一段階。音威子府の防衛線より陸空全戦力を持って打って出て、敵地上部隊を海岸線付近まで撃退。敵艦隊の火力支援圏内ギリギリまで我が方の地上部隊は前進し、そこで停止。前線部隊は可能な限り、深海棲艦主力艦隊の内陸へ誘引行動を行う。本段階の地上作戦は第二師団及び第五旅団の部隊戦力によって行うものとする。

 第二段階。第二段階移行と共に第二師団、及び第五旅団は速やかに後退。後詰の第七師団、第一一旅団に任を引き継ぐ。

 第七師団、第一一旅団による攻撃で敵地上部隊が敵艦隊の火力支援圏内後退に合わせて第五艦隊全艦が突入。対地支援中の敵主力艦隊を攻撃。同時に第七師団及び第一一旅団隷下の特科部隊の全力射撃を内陸部より敢行。海と陸からの攻撃で敵艦隊に混乱を誘った後、国道二三二号線を北上した第七師団と第一一旅団の機甲部隊が沿岸部より艦娘艦隊への支援砲撃を実施する。

 第三段階。敵艦隊の無力化を確認次第、戦闘可能な艦娘及び各地上部隊は敵橋頭保へ逆侵攻を行い、これを撃滅する。

 尚今次作戦の間、千歳基地から常時航空部隊が上空援護を実施する。適宜航空支援要請を行い、敵艦隊に必要な火力の投下を要請されたし」

 作戦内容を伝達する副長を第五艦隊に組み込まれている艦娘達の目が見つめる。

「今作戦の要は、地上部隊の奮闘如何、と言う事で間違いないか?」

 那智の疑問に副長は頷く。

「艦娘の戦いだけでこの戦争は回らない、と言う事でもある。地上部隊が深海棲艦地上部隊に対する第一段階の作戦目標を達成出来なければ、作戦は失敗になる。第二段階の実行までにこちらの特科部隊が深海棲艦の空爆で壊滅したら、そこでも今作戦は失敗だ。しかし、対深海棲艦戦力である諸君らは地上戦には全く活用出来ない。言ってしまえば陸に登った魚だ。

 だからこそ、陸戦においては陸軍の活躍が肝となる。勿論空軍の航空部隊の航空支援は二四時間体制で継続される。妖精航空戦力、通常航空戦力、どちらもだ」

「対地支援中の敵艦隊を攻撃と言う事は、つまり敵艦の主砲内が対地支援用の榴弾になり、対艦娘火力が低下している間に突入と言う認識で宜しいかしら?」

「その認識で間違いないわ足柄。最も徹甲弾、榴弾の関係なく、深海棲艦の砲弾はどれも食らったら痛いけどね」

 足柄の問いに伊勢が返す。

 作戦内容を表示したディスプレイを見て、木曾が呟いた。

「第三段階、『戦闘可能な艦娘』か……司令部としては俺達が何人かやられる事も織り込み済みで作戦を立てたって事か」

 釈然としない様ではあったが、古今対深海棲艦戦争において、艦娘が全くの無傷で済んだ大規模作戦など一度もない。ましてや敵艦隊は半数が戦線を離れているとは言え、なお残る艦隊戦力は強力そのものだ。最も艤装の装甲規定耐久の高い伊勢型の二人でも、第三段階までに戦闘可能な状態で残っている保証はない。

「第三段階までに地上部隊が作戦目標を達成できなければ、作戦失敗。第三段階までにある程度の艦隊戦力を残せなかったあたしたちだった場合も、作戦失敗……。まあ、統合作戦と言うのはそう言うモノよね。歯車一つ噛み合いが外れれば、全ての歯車の回転が狂う」

 責任重大だと阿武隈が言う。

 阿武隈の隣に座る初春が伊勢に質問を向ける。

「可能性の話じゃが。万が一、伊勢と日向が戦闘不能に陥った場合は、那智と足柄に指揮を継承、那智と足柄すらも戦闘不能の場合は阿武隈と木曾に指揮を継承と言う形で間違いは無いか?」

「その認識で大丈夫よ」

「なんにゃ、多摩は指揮継承権無しにゃ?」

 軽く傷ついた様な声で多摩が不満を漏らすと、伊勢は苦笑交じりに答える。

「勿論、阿武隈と木曾も駄目だったら多摩が再先任旗艦よ」

「それなら大丈夫にゃ」

 自分だけハブられた? と一瞬思っていたらしい多摩がその言葉で安堵した様に溜息を吐く。

「最も、軽巡以上の艦娘の全滅もあり得ますから、最悪は駆逐艦だけでの敵橋頭保逆侵攻もあり得ますよね」

「そうなって欲しくは無いけど、起こって欲しくない時に限ってそう言う事が最悪のタイミングで起こるものね。有り得る」

 そう語る潮に隣の曙が緊張を顔に張り付かせる。何度も何度も煮え湯を飲まされて来たからこそ、事前に想定出来てしまう面倒で厄介な状況程、作戦前の艦娘の不安を狩り立てる現象はそうある物では無い。

「やられない様にしっかりやるさ。しょうもないミスで初っ端やられたら、艦娘なんて引退した方がマシだ」

 そう語る木曾の言葉は重い。

 実際、木曾の言葉は艦娘なら誰しも一回は経験、或いは感じた己への失望だからだった。この「つがる」に乗り込んでいる艦娘皆が長い年月の従軍経験者であり、その経過した年月の分だけ、木曾の言う「しょうもないミス」をしでかした経験がある。責められる要素ではない。艦娘に限らず、誰しもが経験する通過儀礼に通じる概念だ。そこからどう学び、どう改められたかで艦娘は強くなっていく。

 軽巡仲間に一瞥しながら、多摩は「つがる」副長に質問を向ける。

「発艦と作戦開始時刻は?」

「発艦は明朝、〇八〇〇。海面状況によっては、クレーンで一人一人海面に投下する事になるから、明日の天候次第では〇七三〇には発艦作業を開始する可能性はある。気象班の予想では明日は荒れる予想は無いとされているが、一応頭に留めておいてくれ。

 作戦開始は〇九〇〇。陸軍と空軍も時間厳守で来る、我々海軍からの遅刻参加は無しだからな?」

 釘を刺す様に第五艦隊の艦娘を見渡して言う副長に、一同からの無言の了解の視線が返された。

 

 

 東京と統合基地、それに三浦市街地での最初の戦闘が始まって二日が経過した一二月六日。

 三浦市街地での陸戦は戦略防衛隊による物資提供を受けた国連陸軍が巻き返し、深海棲艦地上部隊は橋頭保へと押し返されていたが、残存部隊が市街地でゲリラ戦を敢行している為、その掃蕩に時間がかかり尚完全な駆逐には至っていなかった。

 海上では浦賀水道で行動不能に陥っている護衛艦の残骸の回収作業が進められる他、再編した艦娘艦隊戦力の回転整合等の運用面での調整が行われていた。多数の負傷者、離脱者を出して戦力の低下に見舞われていた第二艦隊だったが、艤装整備員の不眠不休の努力により、予備部品をかき集めて行われた修理で武蔵と長門の再戦力化に成功していた。ただ艤装は再整備出来ても、武蔵と長門自身の身体の傷はまだ少しばかり最低限の回復ラインには達していなかった為、野戦病院の病床に二人は繋ぎ留められる事になっていた。

 初日で三人の艦娘を失うと言い最大級の損害を被った第三三戦隊は、補充要員として熊野、竹、秋月、夕月を迎え入れてから、艦隊運動演習に余念が無かった。衣笠、深雪、蒼月の戦死以後、愛鷹と青葉はより連携と医療措置の再確認に重点を置いて再錬成に取り組んだ。

 幸いにも新規補充された四人は、愛鷹の懸念を悉く杞憂に終わらせる程に練達した艦娘であった為、第三三戦隊の再建は比較的早くにそのスケジュールを終えた。

 

 その日の夕方。演習から戻った愛鷹は武本らが詰める野戦司令部への出頭を命じられた。三浦市の方では銃声と砲声が時折轟き、横須賀の統合基地にまでその戦場の音が届く統合基地では、瓦礫の撤去が概ね終わり、崩壊した建物に変わって、緑の軍用テントが幾つも建てられて基地施設の代理機能を担っていた。

 平時よりも人の往来が激しい野戦基地状態の統合基地を歩き、大き目のテントの入り口を潜って愛鷹は司令部へ出頭を果たした。

「第三三戦隊旗艦愛鷹、入ります」

 警備のMPからの答礼を受けながら、テント中央の作戦指揮台に陣取る武本、湯原他、司令部要員の前へと進み出る。

 出頭を名乗る愛鷹に武本は頷きながら、鉄パイプ椅子を勧めた。

「何用でしょうか?」

 鉄パイプ椅子に座りながら尋ねる愛鷹に、武本は仕事だ、と答える。

「北海道方面に展開する第五艦隊から、ス級を含む大規模な艦隊が関東方面へ南下した事を確認したと連絡があった。北部方面統合作戦司令部隷下の千歳基地からRQ-44を飛ばして確認もとったところ、敵は『巨大戦艦ス級flagship級八隻、航空戦艦レ級flagship級四隻、直掩の軽空母ヌ級改elite級二隻、ネ級、リ級、ト級等の軽重巡洋艦、ラ級、ナ級などの駆逐艦多数。艦隊総数は五〇程』との事だ。

 この大艦隊の行方を現在八戸基地、松島基地などから上がった偵察機が触接して監視を行っている。

 だが、現在の我が艦娘艦隊はまだこの大艦隊を相手にするには万全の状態ではない。そこで、昨日呉基地から回航されて来たもがみ型FFM『くろべ』を用いて、敵艦隊の予測進路上に機雷原を敷設し、遅滞戦闘を試みる事となった。

 愛鷹。君には再編した第三三戦隊を持って、『くろべ』の護衛及び敵前衛艦隊戦力に対する脅威評価を命じる」

 もがみ型多機能護衛艦は最初の艦が就役して二〇年以上も経つ古い艦であったが、現状自前の戦闘能力を持ちつつ、機雷を敷設する敷設艦となれば「くろべ」しか居ない状況であった。勿論専用の敷設艦も何隻か残っているが、それらは自己を護る火器に乏しい。

「『くろべ』の乗員は決死隊……ですか」

「そうならない様に、第三三戦隊による護衛を頼むと言っている。無論、万が一の場合は機雷敷設作業を直ちに中断し、離脱する様に令達してはある」

 そう言ってから武本は見てくれと野戦PCを回して、愛鷹にディスプレイを見せた。

「敵艦隊は、先陣をス級やレ級が切っている訳では無い。前衛部隊として重巡リ級flagship級改、ネ級elite級各一隻、軽巡へ級改flagship級一隻、駆逐艦ラ級四隻、駆逐艦ナ級二隻を並べている。『くろべ』の機雷敷設作業中に会敵する可能性があるとすれば、この艦隊だろう。

 第三三戦隊なら、対抗不可能な相手ではあるまい。また此方としてラ級に関する情報が不足している。第三三戦隊には主にラ級の脅威評価をメインに情報収集を頼みたい」

「機雷原敷設位置は……?」

「ここだ、常陸海底油田リグを基点に南東へ二〇キロの地点だ。水深も二〇〇メートル未満だから比較的機雷を敷設しておきやすい。『くろべ』はここに対深海沈底機雷を二〇基敷設する予定だ。他に館山基地から航空機で機雷敷設も行うが、この件に関しては第三三戦隊の対応外なので考えなくていい。

 敵は最短コースで関東南部の沖合に集結して補給作業中の友軍と合流を図るだろう。予測進路上に機雷を敷設出来れば、こちらの艦隊の再編までの時間稼ぎになる」

 そう説明する武本を前に、愛鷹は何故北海道からス級を含む有力な艦隊が南下して来たのだろうか、と思案する。一応、北部方面統合作戦司令部の中間レポートは眼を通していたので、それも思い出しながら考え込む。地上部隊上陸に先だった艦砲射撃を行っていた事を踏まえると、弾切れを起こした砲弾補充か。いや、北海道方面に侵攻した敵艦隊の補給艦隊にス級専用の補給艦が含まれていないのはおかしい。

 思いの他、東京方面の攻略に手間取ったが為に、強力な戦力の集中投入による日本艦隊主力の完全撃滅を図っていると見た方が恐らく正解だろう。北海道方面へ戦力を過剰に割り当て過ぎた、と言うのもあるのかも知れない。

 合流されると拙い相手と言う訳だ、と確認した愛鷹は了解ですと頷く。

「第三三戦隊、護衛艦『くろべ』の護衛と敵艦隊の威力評価を実施します。所で、一つ質問なのですが」

「なんだい?」

「随行する艦娘母艦は?」

「無い。『くろべ』に便乗して、帰りも『くろべ』に乗って戻って来てくれ。本格的な艦娘母艦では無いから、不便はあるが」

「了解です。皆に伝達します」

 

 

 北部方面統合作戦司令部が名付けた北海道反攻作戦は「ウィンターストーム」と呼ばれた。

「冬の嵐」と呼ばれる作戦に参加する陸海空三軍の国連軍兵力と、そのバックアップの戦略防衛隊の部隊は作戦開始時刻に合わせて、動きを始めた。千歳基地から戦闘機が飛び立ち、塹壕では兵士が銃を手に取り、戦車や自走砲がエンジンに火を入れた。

 

「つがる」から出撃した第五艦隊の展開は、二群に分かれる事となった。

 航空支援を行う第六航空戦隊の雲龍、天城、葛城の護衛には皐月、水無月、卯月、八条、国後を当てこれを第二群、通称雲龍隊とし、主力部隊として戦艦伊勢、日向、重巡足柄、那智、軽巡木曾、阿武隈、多摩、駆逐艦曙、潮、不知火、初春、若葉、初霜、子日の第一群、通称伊勢隊が深海棲艦艦隊へ向けて前進する。

「対空、対潜、対水上警戒を厳に」

 主力部隊の先頭を征く伊勢から、続航する各員に指示が飛ぶ。日向の航空艤装を発ったS-51J改対潜哨戒ヘリが、ローター音を響かせながら艦隊の周囲を哨戒飛行して回り、更に高空を第六三四航空隊の瑞雲改二が飛び、艦隊上空援護に当たっていた。その遥か後方ではP-1哨戒機、E-10B早期警戒管制機と言った海上と空の早期警戒に当たる支援機が展開していた。

 主力部隊の後方に展開する第六航空戦隊の旗艦雲龍から発艦始めの号令が下ったのは、作戦開始から五分後の事だった。

「第六〇一航空隊、第一次攻撃隊、発艦始め」

 抑揚のある雲龍の号令が下るや、巻物型艤装から空へと放たれた式神が、烈風、彗星、流星に転化し、続々と空へ昇って艦隊上空で旋回しながら僚機の発艦完了を待つ。雲龍、天城、葛城の三人から発艦した第一次攻撃隊は烈風一二機、彗星一八機、流星二四機、誘導、爆撃効果確認担当の彩雲二機から成った。

「頼みましたよ」

「痛いのを食らわして来なさい」

 編隊を組み終え、深海棲艦艦隊へ向けて飛び去る攻撃隊の機影の後ろ姿を天城と葛城が声援と共に見送る。

 第六航空戦隊の攻撃目標は、敵艦隊の随伴艦、即ち駆逐艦や軽巡洋艦に限定されていた。どの道、戦艦水鬼等相手には、航空機の火力では決定的ダメージが入らない。ならば本丸を取り囲む城壁となる随伴艦を徹底的に狙い、少しでも本丸に伊勢達や陸軍部隊、空軍部隊の砲爆撃の狙いが向けやすくなる様にするのが最善だと判断されていた。

 勿論、決して与しやすい随伴艦と言う訳でもない。駆逐艦級でもナ級、ラ級であり、まだ実力に関しては未知数分野の多いラ級は兎も角、ナ級の対空戦闘能力は非常に脅威だし、他に軽巡ト級flagship級と言うハリネズミの如く鉄壁の防空能力を誇る防空巡、一応軽巡訳だが、事実上の防空巡のツ級と言った艦艇も居る。更には深海棲艦の方にも、空母もある。深海棲艦にも酷寒の環境は等しくマイナスの効果を与えているのか、空母艦載機の活動は不活発の様だったが、それでも可能な場合は迎撃機が上がって来る事は充分に想定された。

 

 オホーツク海を北上する伊勢隊の頭上にターボファンエンジンの轟音が、背後から追い上げて来て、頭上をそのエンジンの大音声で埋め尽くした。

 見上げれば、寸胴なシルエットが四機、艦隊上空を飛び抜ける。空対艦ミサイルを発射したF-35の様だ。ステルス性を意図的に無視した機外装備であるビーストモード形態で一機当たり四発の空対艦ミサイルを装備している。そのF-35の胴体下と左右の翼下から四本の白煙が伸び、四機合計一六発のミサイルが天空から駆け下りて来て、海上へと舞い降り、海面を這いずる様な高度を維持して深海棲艦艦隊へ向けて巡航に移行する。ミサイルを放ったF-35は反転して元来た道を帰って行った。

 ほぼ同時に右手の陸地から砲声が轟き始める。重砲の重々しい発射音と着弾音が風と空気を伝播して、海上の艦娘の元にまで届けられる。

「始まったか」

 腕時計を見ながら日向が言う。陸軍部隊も攻撃を開始した砲声を聞きながら、二師団と五旅団は何処迄押し込めるだろうか、と言う微かな懸念を思い浮かべ、大丈夫だと自分自身に言い聞かせる。確かに二師団の機甲戦力は大きな損害を受けているとは言え、特科部隊は深海棲艦地上部隊の襲撃を受けていないから、その戦力は温存出来ているし、不足していた砲弾も、戦略防衛隊の在庫を当てる事で解決したから投射出来る火力に問題は無い。

 二師団と五旅団の第一段階終了後を引き継ぐ七師団と一一旅団を寧ろ心配するべきだろう。幾ら雪と泥濘で初戦の二師団機甲部隊を圧倒した陸戦型重巡の機動力が削がれているとは言え、固定砲台くらいにはなれるから、陣取りようによっては強固な防衛線となって、陸軍部隊に立ちふさがる事になる。空軍が航空支援を行うから、懸念点を破壊してくれるだろうが完全に爆撃で吹き飛ばせるとは限らない。

「……今は私たちの相手の事だけ考えよう」

 幾重にも分岐して行きかける思考を強制的に断ち切り、日向は前を見据える。伊勢の背中とその艤装を眼中に入れながら、今日相手にする事になるであろう、相手の姿を脳裏に浮かべる。忘れようのない顔、姿、記憶に定着していない姿、顔を脳裏に呼び起こしながら天空を仰ぎ見た。

「戦る(やる)にはいい天気だ」

 

 

 地面を重砲の砲弾が打ち据えていた。

 一五五ミリ榴弾砲、一二〇ミリ重迫撃砲の砲撃が北海道の凍て付いた大気を焼きながら引き裂き、雪で覆われた大地の寸前で焼けた砲弾が空中で炸裂し、地上へ鉄塊の豪雨を降らせる。

 無数の鉄の塊を浴びた砲台小鬼や戦車小鬼が一瞬にしてひしゃげ、動きの鈍っている陸戦型重巡がその四肢をずたずたに引き裂かれる。前線拠点として鎮座していた集積地棲姫に集積されていた深海棲艦地上部隊への補給物資に火が付き、紅蓮の炎がめらりと立ち上がり、業火の炎が凍った大地を焼いて行く。

 砲撃は尚続く。砲兵隊である特科部隊の本領は、大量の砲弾を大量に撃ち込む事による面制圧にある。

 試射の後に続く効力射が、即応弾、予備弾を撃ち切って終了すると、二師団と五師団の戦闘部隊が前進を開始する。陸戦型重巡の攻撃で目減りした戦車部隊や機械化歩兵部隊が前進し、残骸と屍の山となった深海棲艦の防衛線に迫る。散発的な銃火、砲火が深海棲艦地上部隊から放たれ、それに二師団、五旅団の対戦車榴弾と徹甲弾の銃砲撃が返された。

「初戦のお返しだ。たっぷり食らえ!」

 重機関銃のトリガーを押し込みながら、前進する一〇式戦車改の戦車長が叫んだ。

 

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