艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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第一一三話 第五艦隊の戦い

 深海棲艦の支援艦隊は地上部隊からの急報を受けて直ちに地上支援の態勢に移行した。戦艦水鬼やネ級改の主砲に対地攻撃用の榴弾が装填され、射程内に入り次第、国連軍の特科部隊の重砲に負けない大火力を叩き込まんと、一斉に頭を陸地へと向ける。

 空母は相変わらず甲板が凍り付いて艦載機を上げられないし、一部の軽巡、駆逐艦の艤装も凍り付いていて充分な戦闘能力を発揮出来ない状態だった。

 そこへ、音もなく一六基の飛翔体が突如飛来し、艦隊の周囲を固める大型駆逐艦ナ級、防空軽巡ト級flagship級らに次々に着弾した。海上に響き渡る着弾音と炸裂音の後に、飛翔音が轟いて来た。空軍のF-35飛行隊が発射した改良型空対艦ミサイルの襲来であった。深海棲艦がそこに存在するだけで生じる誘導兵器の電子機器異常へある程度の対応策が施されたJSM空対艦ミサイルのブロック10A+と呼ばれる超音速のミサイルが、ナ級、ト級が発する対空レーダーのレーダー波を検知し、発信源の元へと軌道を変えて突入した。

 支援艦隊の外周を固めるナ級、ト級の内、ナ級八隻とト級一隻がJSMの直撃で轟沈、ナ級一隻が戦闘不能の大破、ナ級四隻とト級二隻が被弾し、戦闘航行は可能ながら、万全とは言い難い損傷の被害を受ける。外周護衛艦に発生した被害に、支援艦隊の一部で動揺が起きるが、艦隊の主力を担う戦艦水鬼、超巡ネ級改は一瞥を送るにとどめ、味方地上部隊への支援砲撃に移行した。

 戦艦水鬼、ネ級改の各砲門から一発ずつの試射が発射される。深海棲艦地上部隊を追い立てる人類側の地上部隊へ、着弾位置確認の為の対地砲弾が飛翔し、一分程して第一射が前進する第二師団、第五旅団の戦線前面に着弾した。

 

 

「CP、こちら2-0、我が隊周辺に砲弾落下。敵効力射の兆候有り、既定ポイントまで全隊後退させる。オクレ」

≪CP了解、全隊、後退優先。繰り返す後退優先、各個に下がれ≫

 深海棲艦地上部隊を海岸部へ向けて追い込んでいた二師団、五旅団の各兵士達は、それまで引き続けていた引き金から指を話し、スコープから目を離し、戦艦水鬼、ネ級改からの砲撃で震える地面を蹴った。装甲車や戦車の上に乗り、蜘蛛の子を散らす様に予定通りの行動に移行する。

「全員乗ったか? 点呼!」

「1-3、装甲車は間に合わないから乗ってけ。後退優先だ」

「悪いな。皆タンクデサントだ、戦車にしがみ付け」

 初戦で散々深海棲艦地上部隊に蹴散らされた復讐合戦に燃える隊員は少なくなかったが、だからと命令を無視し、深追いして深海棲艦支援艦隊の効力射の餌食になる程、彼らも愚かでは無い。整然と、陸軍二師団、五旅団各人員は撤収を開始し、深海棲艦支援艦隊の効力射への移行の頃には、最前線はもぬけの殻となっていた。

 

 

≪敵支援艦隊、効力射に移行≫

「了解! 全艦、最大戦速! 対水上戦闘、用意!」

 第五艦隊主力部隊を成す四航戦の戦艦伊勢、日向、第五戦隊の重巡那智、足柄、一水戦の軽巡阿武隈、木曾、多摩、駆逐艦曙、潮、不知火、初春、若葉、初霜、子日の単縦陣が、敵支援艦隊へ向けて突入を開始する。

 水平線上には事前攻撃によって撃破された深海棲艦が上げる黒煙が幾つもゆらりと立ち昇り、そこに目指す敵がいる事をありありと指し示していた。離れていても伝わって来る戦艦水鬼、ネ級改の主砲発砲の衝撃波と砲声が海面を駆けて、伊勢達の元へ届く。

「派手にやってるな」

 そう呟く那智の言葉をかき消さんばかりの砲声が再度轟く。水平線上に閃光が瞬き、褐色の砲煙が青空の遥か上へ向けて四散していく。

 効力射に移行する支援艦隊から何隻かの深海棲艦が隊列を組んで、第五艦隊の方へ向き直るのをAWACSが捉える。

≪AWACSバーテンダーから第五艦隊主力部隊へ。敵前衛艦隊と思われる分艦隊、迎撃行動の為の展開を開始。敵艦隊編成、重巡リ級改flagship級二隻、戦艦タ級flagship級二隻、軽巡へ級改flagship級二隻、駆逐艦ラ級八隻を認む。

 対処されたし≫

「了解」

 返答を返しながら伊勢は鼻の奥を鳴らした。戦艦二、重巡二、軽巡三、新型駆逐艦八、もうこの時点で大分お腹一杯な艦隊編成である。戦艦や巡洋艦は兎も角、駆逐艦は深海棲艦による日本侵攻作戦に当たって新規に配備された新型艦だし、軽巡級にも一隻、伊勢達の知らない艦が居る。前座の時点で楽な勝負にはならないだろうなと言う諦めに似た感情を覚えながら、伊勢は自身の艤装に備わる主砲に仰角をかける。

 一方、艦隊に続航する阿武隈と木曾からは早くも甲標的が発進している。甲標的妖精が乗り込む魚雷二発を備えた小型潜水艇が一艇ずつ発進し、艦隊とは別地点への遷移に移る。ラ級の様な長射程の精密雷撃も可能だが、展開タイミングと甲標的の俊足とは程遠い船足から言って既に先制雷撃のアドバンテージは無い。その為、阿武隈と木曾は伏兵としての展開を指示していた。

「戦闘用意!」

 日向の低い声が発せられ、続航する那智以下の艦娘が主砲を構える。

「主砲、右砲戦。各艦取り舵一斉回頭用意。新進路295」

 伊勢は合図と共に深海棲艦艦隊の前面で取り舵に切って、頭を抑えるか、或いは深海棲艦も同調して面舵に切って同航戦を挑んで来る事を見越し、回頭用意を発令する。

 伊勢が右手を掲げ、回頭用意のハンドサインを掲げる間、第五艦隊の各員の砲門は右舷側へと指向される。

「回頭、発動!」

 伊勢が右手を振り下ろした直後、第五艦隊の一斉回頭が始まる。進路を左に切りつつ、その場回頭姿勢で右側へと身体の正面と艤装を向けた状態で回頭した第五艦隊に、深海棲艦も合わせて面舵に切り、同航戦の構えを見せた。反航戦より狙い易い分、狙われやすい交戦形態でもあった。

「四航戦、目標、敵三、四番艦、五戦隊、目標、敵一、二番艦、他は五番艦移行を各個に攻撃」

 戦艦には戦艦を、重巡には重巡を。その目標割り当てをした伊勢に、CIC妖精から報告が届く。先行して伊勢型の二人から発艦した瑞雲改二が敵艦隊上空で触接に移行。弾着観測支援の用意良し、との事だった。

 高空に視線を向け、青空に濃緑色の下駄履き水上機が数機飛んでいるのを伊勢も確認する。凍て付いた海では深海棲艦も空母の運用に問題が起きているのか、直掩機が遥か高空からダイブして来る事も、出力を上げて低空から噛みついて行く事も無い。心行くまでどうぞ、と言わんばかりに伊勢達の砲撃開始を待っている。

 すっと、伊勢は息を吸い込み、胸に溜まった息を吐き出す様に発した。

「撃ちぃ方、始めぇッ!」

 反射で伸ばされた右手に合わせて、伊勢の四一センチ三連装砲二基の六門の砲口に火焔が迸る。褐色の砲煙が湧き立つ中、六発の一式徹甲弾改が弾道を伸ばしていく。

 後続の日向も砲撃を開始している。伊勢とは主砲口径こそ同じだが三連装一基、連装一基と、今関東の方面での戦いに従事している伊勢型に近しい艦種の艦娘である愛鷹と同じ装備構成だ。伊勢型改二の主砲は改二以前よりも艤装の強度や重量のマイナス効果が改善された結果、四一センチ砲にデフォルトで対応しており、砲撃戦火力は相応にある。但し、砲門数は航空戦艦な分、少な目であると言う問題はあった。

 改二以前の頃の主砲搭の数を思い返しながら、伊勢はふふっと苦笑いを浮かべた。伊勢型の改の時点から航空戦艦艦娘としてのキャリアは始めているが、初期の戦艦艦娘だった頃の主砲の全力射撃時の全身をプロボクサーにフルスイングで殴打されているかの様な衝撃と比べれば、今の艤装の主砲の衝撃など、ラグビー選手のタックルを食らったのと大差無い程度だ。

 続航する那智、足柄も射撃を開始する砲声が聞こえて来る。沈着冷静な姿勢を終始崩さない那智と、トリガーハッピー気質とも生粋の武闘派気質とも言える足柄と正反対の性格の二人だが、統制射撃の息は全く乱れていない。

 果たして、伊勢、日向、那智、足柄の砲撃の初弾はそれぞれの狙った深海棲艦の手前か、遠方に着弾し、海水を奔騰させ、白い水柱を突き上げるにとどめる。

「だーんちゃく、近距離!」

「伊勢一番機より修正値、入ります!」

「主砲、諸元修正値入力急げ」

 六本の主砲砲身が仰角俯角を調整する中、深海棲艦の艦隊の隊列の前面に砲煙が瞬く。褐色の煙と紅蓮の炎が一閃を放ち、砲撃を開始した事を視覚的に見せつけて来る。

 第二射を伊勢達が放つ前に、那智と足柄が第二射を放ち、その直後入れ替わる様に深海棲艦からの第一射が降り注ぐ。

 足元から突き上げる衝撃と、たたらを踏ませにかかる爆圧が周囲で炸裂し、艤装と体重の二つの自重が重い伊勢と日向ですら、その身体を揺らがせられる。直撃弾は無いが、奔騰する水柱の飛沫が霧雨となって、二人に一二月の乾燥し切った空気にじっとりとした湿気の不快感を与えて来る。

 伊勢が第二射を放ち、日向も一拍遅れて第二射を放つ。

 四射くらいで直撃が出たら御の字、五射移行から当たり始めるかな、と伊勢は自身の足元で何度も打ちつけ合って砕ける波濤を一瞬見下ろしてから思う。艦娘は通常の軍艦以上に、海上の波の影響を受けるし、今伊勢達が居るのは流氷すらかつては流れて来ていた北洋の海。天気は快晴だったが、波はそこそこに高かった。

「天気晴朗なれど波高し、とはよく言ったものね」

 第二射の着弾を待ちつつ、第三射の装填を行っていると、深海棲艦からの第二射が飛来して来る。

 伊勢と日向、那智と足柄の周囲を囲う様に水柱が噴出し、霧雨と、大粒の雫の二種類が四人に降り注ぐ。波による照準のずれは深海棲艦にも等しく課されている。どれ程優秀なレーダーを持とうが、不規則に上下する波高までを予測するのは深海棲艦とて解決出来る不確定要素ではない。

 深海棲艦側の第二射は全弾が遠弾となる。遠弾とは言っても、飛翔音が肌で感じ取れるほどには近い位置に砲弾が落着しており、伊勢と日向、那智、足柄の掻く冷や汗が一条増える。

「足柄より一応共有。逆探より強力な深海水上レーダー波の波長を検知。向こうはがっちりとこちらを捉えているわね」

 今更ながらと言う、少し足柄らしくない、少し控え目気味な口調で逆探にて捕捉した深海棲艦側のレーダー照射を報告する。

 自然現象と言うどうしようもない共通の敵で精確な測距を乱されているだけで、深海棲艦側の照準は観測機無しでも本来なら高い精度を発揮し、既に直撃弾か至近弾くらいは送り込めていてもおかしくは無い状況だと思われた。波の不利益は等しく艦娘にもかかるが、この時ばかりは伊勢は荒れる波間に少しばかりの感謝の念を覚えた。

 第三射が伊勢と日向の砲口を轟音と火焔を残して後にする。

 

 

「ラ級め、凍て付いた海で自慢の魚雷発射管も凍結か」

 裸眼視力で言えば、重巡艦娘でも一際高い視力を誇る那智が、リ級改との交戦中に一瞥したラ級の艤装で凍り付いて正位置で動かない魚雷発射管を見て、ほくそ笑んだ。ラ級の先制雷撃が来ない事に疑念を抱いていた彼女は、リ級改との交戦を継続する中、ラ級各艦の艤装を目視確認していたのだった。

 ラ級の艤装は氷が覆っており、最低限維持を図ったであろう主砲とレーダー以外の艤装は氷に覆われていて動く様子が無い。折角の先制雷撃を行える魚雷発射管とその中にある魚雷は冷たい白い結晶に覆われ、発射管の先端を含む至る所からつららを垂らして沈黙している。

「凍て付いた海では全ての物が凍り付く……深海棲艦とて、その例外にあらずか」

 同情は湧かない。寧ろこれでやっとイーブンだと那智は主砲艤装のトリガーにかける指に少しばかりの弛緩が来る。その握力が微かに弱まりかける指先でトリガーを引き絞ると、那智の艤装に備わる五基の主砲搭の内、前方へ指向可能な四基が発砲する。那智の前面で火焔が迸り、白波が一瞬彼女の前面に広がる。

 駆逐艦ラ級に向けていた視線は既に重巡リ級改へ戻されている。リ級改flagship級、既知の深海重巡であり、艦娘で言う所の重巡級改か、ギリギリのところで改二相当かの微妙な立ち位置であるが、その放って来る火力には変わらぬ威力がある。重巡リ級と言う艦種そのものが何年、十何年経っても大きく変わらないまま深海重巡の主力艦を担っている。艦娘の改二、改三改装でのインフレーションを前に、陳腐化の一面が無い訳では無いが、全くの時代遅れと言う訳でもない、万年を通して活躍出来るオールラウンダー。それが重巡リ級シリーズであった。

 那智の今の姿、那智改二からすればリ級改flagship級とは、良く知った顔同士の存在であり、それつまりどう相手をすればいいのか、那智には心得のある敵、と言う意味でもあった。その点においては相棒の足柄も同じであろう。

 長いサイドテールをなびかせながら、リ級改flagship級を凝視する那智の視界の内で、着弾の閃光と弾け飛ぶ艤装の破片が映る。

「次弾より斉射に移行」

 

 艦娘の砲撃は、初手から全力斉射で戦う者が少なくない中で、那智は交互撃ち方を初手の基本として試射を繰り返し、直撃乃至挟叉を持って斉射に移行すると言う旧来のセオリーを堅持する至って保守的な思想の持主であった。保守的な発想にはもちろん由来がある。初手からの全力斉射では、砲弾の消費が激しく、長時間の戦闘には不向きである。経戦能力を少しでも伸ばす、それが那智の戦い方の根幹であり、ポリシーであった。

 古来の戦艦や巡洋艦の交戦距離として想定されていた距離とは、比べ物にならない近距離での砲撃戦が基本となる艦娘の砲撃戦では初手全力斉射は決して間違いではない。交戦距離から言って、砲撃が外れるにしてもその誤差範囲となる散布界は一〇キロから二〇キロ前後での砲撃戦を想定していたかつての戦艦、巡洋艦のそれよりも遥かに小さいのだ。また深海棲艦に対する心理的効果を意図するのもあり、初手全力斉射を誤回答と決めつけるのは早計である。とは言え、初手からの全力斉射は当然、交互撃ち方の数倍の速さで砲弾を消費する為、短期決戦重視になりがちになり、艦娘の立ち回りも大胆さが目立つ様になる。

 

 那智はそれを嫌った。堅実に、長引くであろう戦いに備えて可能な限り弾を温存し、必要あらば何時間でも戦う。昔ながらの砲戦のセオリーを守り、大胆さを控える。彼女にとって、戦場での異質な眺めは、艦娘と深海棲艦と言う存在そのものと、己の纏うスカート交じりの制服と戦場に似つかわしくないハイヒール型のブーツ以上の物を抑えたい魂胆があった。

 那智の凛々しい顔立ちの左右で斉射に移行した主砲が火焔を吐く。褐色の砲煙が湧き上がり、吹き荒れる衝撃波に那智の長いサイドテールが激しく揺れる。戦艦程の衝撃と砲声では無いが、それでも充分強い圧を伴って、二〇・三センチ砲弾が放たれる。

 リ級改flagship級の艤装上で、数回の着弾閃光が走る。火焔と黒煙が上がり、破片らしき黒い影が宙を舞う。

「半分と言う所か……」

 左目で新たな波を確認して、身構えて乗り越えながら那智は呟く。斉射の間際、先に踏み越えた波の動揺の影響で半数が外れた事に眉間に微かに皺を寄せたものの、それも誤差の内だと自身に言い聞かせる。

 被弾したリ級改flagship級は黒煙を上げつつも、尚その両手の主砲艤装に発砲炎を瞬かせる。眼球を目晦ませる閃光と火焔が瞬間的に迸り、褐色の砲煙がゆらりと立ち昇る中、リ級改flagship級の射撃が那智の周囲に着弾する。

 那智の左右両側を挟み込む様に着弾したリ級改flagship級の砲撃だったが、その散布界は非常に大きい。波の動揺を考慮に入れても、大きすぎる着弾範囲に、那智は成程なと頷く。自身の最初の斉射の被害で、リ級改flagship級の射撃管制がやられていると見るのが自然だろう。

「徹底的に畳みかけるぞ」

 刹那、彼女の艤装上でブザーが三回鳴り響き、斉射用意良しの合図が上げられた。

「てぇッ!」

 鋭い声の号令が走り、那智の正面に火焔が目くるめく。二〇・三センチ零式通常弾が砲口から叩き出され、リ級改flagship級の予測位置へと飛翔音を轟かせて弾道を伸ばす。

「左舷、大波来ます! 大きい!」

 見張り員妖精が叫び、那智が咄嗟に視線を左に転じて波濤への対応に当たる中、遠方で着弾の爆破閃光が光る。

 波に気を取られて着弾の瞬間を見ていなかった那智が改めて視線をリ級改flagship級へ向けると、深海重巡は先程より太く、密度の濃い黒煙を上げて、速度を落としつつある。撃破確実と言っていいだろう。

 視線を転じ、相棒の足柄の戦況を見やる。問題は無さげだが、那智ほど手早くリ級改flagship級を沈黙させられてはいない様だ。

「那智から足柄、援護の要有りや?」

「こちら足柄、ネガティブ」

 実に簡潔に、そしてやや力の籠った声で那智の相棒は答える。足柄は勝利を、何より自らの手で上げる戦果に強く拘る重巡艦娘だ。彼女の戦果を横取りするつもりはないが、何度も砲火を交えた相手に助けを請う様では足柄自身のプライドが許さないのだろう。

 那智は視線を後続の阿武隈達に向けた。黒煙が何か所下で上がっているが、高い波のお陰でどちらがどちらなのか、いま一つ分かり辛い。

「那智より阿武隈、そちらの状況はどうか。オクレ」

 返答がない。波で通信が上手く受信出来ていないのか。

「那智より阿武隈、状況知らせ。オクレ」

 その時、海上に見えない何かが海上を駆け抜け、那智を含む艦娘達の顔面や身体を不可視のバットで殴打した様な衝撃が走った。遅れて耳を聾する轟音と、熱波が伝わり、第五艦隊の艦娘達の眼球の端で巨大な火炎が奔騰するのが見えた。

「大当たり! 戦艦水鬼一隻の轟沈を確認!」

「だが、私らの砲撃では無いな」

 弾む声を上げる伊勢と、少しばかり戦果を先取りされた悔しさを滲ませる日向の声が入れ替わりに入る。どうやら阿武隈と木曾が放った甲標的の雷撃が戦艦水鬼に命中し、当たり所が悪かったのか轟沈させたらしい。

 はしゃぎやすい、悪く言えばノリが軽い伊勢がガッツポーズをとっていた中、彼女の直上から大きな物体が迫る飛翔音が覆い被さって来た。

「……!」

 瞬時に表情を変えた伊勢が空を見上げた時、彼女の艤装に着弾の閃光と火焔が吹き荒れた。くぐもった伊勢の苦悶の声が爆音にかき消され、一時的に彼女の長身が火焔と黒煙の中に消える。

「伊勢! くそ……生きてるか、伊勢!?」

 日向の低い声に焦りが混じる中、激しくむせ込む声がほどけて行く黒煙の向こうから聞こえて来る。

「何とか防護機能が耐えきってくれたわ」

 挫傷を起こしているのか、少し足元がおぼつかない様子だったものの伊勢が右唇の端から一条の血の筋を流しながらも、弱弱しくVサインを上げる。日向が安堵した時、彼女のCICの副長妖精が手放しで喜べない伊勢の状況を知らせて来た。

「タ級砲撃の直撃で、防護機能臨界点、防壁喪失だと? リチャージにどのくらいかかる?」

「タ級の次弾発射から着弾迄には終わると思われますが……」

 歯切れの悪い答えをする副長妖精に日向はボブカットの髪を右手で荒々しく掻いた。

 いや、直撃したのがタ級クラスの艦砲だったからこそ、まともな範囲の被害で済んだと喜ぶべきだろう、と日向は思い直す。本命の戦艦水鬼の徹甲弾の直撃を貰えば、伊勢型どころか大和型とて一溜まりもないのだから。

「敵戦艦水鬼、本艦隊に向けて発砲」

「本艦斉射、着弾まで五秒」

 立て続けに入る報告に日向が視線を上げた時、一瞬その目が捉えた砲弾の色に、日向は顔面の血の気が引くのを感じた。

「徹甲弾への切り替えが終わったか……」

 歯ぎしりしながら直上方面への防護機能を集中展開する。考えてみれば当然ではあった。確かに最初の射撃の内は対地砲撃の為に弾薬庫から砲身へ至るまでの機構内部に榴弾が装填されている。しかし、第五艦隊の襲来を受けて、揚弾機に載せる砲弾を徹甲弾に切り替え、既に装填機構内にある榴弾を撃ち尽くせば、徹甲弾の砲撃に切り替えての応戦が可能になる。

 当初の予定では、もっと早くに前衛の艦隊を無力化するか、優位に立っていた筈なのだが、艦娘、深海棲艦共に等しくのしかかる大波の影響で、伊勢型の砲撃は戦艦タ級への有効打を未だに得られていない。至近弾は何度が出ているが、決定的な着弾位置である挟叉も、直撃弾も未だ得られていないのだ。

 神に祈る趣味は無いが、と徹底的な現行宗教に関して言えば無神論者に分類される日向は独語しつつも、この時ばかりは海神へ力を貸してほしいと祈るばかりであった。

 

 

「防護機能再展張」

 その知らせが入った直後、タ級だけでなく戦艦水鬼の砲撃が伊勢に降り注いだ。

 大波に揺られたお陰か、伊勢が手を伸ばせば触れられる位置に徹甲弾は降り注いだものの、直撃弾は無い。至近弾による機銃座の損傷は起きたが、破滅的な損害はない。

「敵艦砲射撃。熾烈化!」

「言われなくても……」

 タ級の砲撃直撃の衝撃で、決して万全とは言えない身体に何発ものボディブロウを食らう様な気分だと思いながら、伊勢は艤装上に鳴り響く三度のブザーを耳にする。

「てぇッ!」

 五門の四一センチの砲口に火焔が迸り、伊勢の不撓の精神を表すが如く一式徹甲弾改五発が撃ち出される。褐色の砲煙が微かに伊勢の視界を奪う中、相手取る敵艦隊三番艦タ級に艤装と本体に着弾炎が奔騰した。

「まだまだ序の口ね。いや、やっとの序の口か……」

 タ級と戦艦水鬼との多対一の状況だ。タ級に対して有効弾が出たとは言え、数的な劣勢は如何ともしがたい。このまま前衛艦隊で時間を磨り潰すのは、却って戦況を悪化させかねない。伊勢の判断は早かった。

「こちら伊勢隊旗艦伊勢より一方送信。我が方戦況劣勢、速やかにあらゆる友軍の支援を要請します、オクレ」

≪こちらバーテンダー。了解、千歳基地第二〇四飛行隊が支援に向かう。到着は五分後だ≫

 五分……何て長い五分になるのだろうか。天を仰いでから伊勢は腕時計に視線を落とす。普段は瞬きする間に進む秒針が、何故かこの時は妙にゆっくりと動いているように感じられた。

 

 

「ラ級三番艦被弾!」

「ラ級四番艦、航行不能の模様」

 見張り員妖精の報告を聞きながら、阿武隈は溜息を軽く漏らす。ようやく敵艦隊の二隻に直撃弾が出た。

 伊勢型の二人や那智と足柄の二人と違い、阿武隈達一水戦の自重は軽く、その分波の影響を強く受ける傾向があった。ある程度は艤装の本体重量で波の動揺を抑えられる伊勢達と違い、阿武隈、木曾、多摩は駆逐艦より少し重い位なので、波が高ければ高い程、その影響を大きく受けやすい。

 幸いなのはこちらには被弾が無いと言う事だろうか。向こうも凍結で先制雷撃が出来ないし、レーダーも凍っているのか砲撃精度は余り良くない。第五艦隊の艦娘達もまた高波の波状攻撃に晒される中、必死の応射を続けている。

「とは言っても、ここで弾薬を消耗すると、後が無いわね……」

 今相手しているのが前衛艦隊であると言う事実に、背筋がざわりと粟立つのを感じる。主砲の残弾数と、発射弾数を頭で数え、阿武隈は生唾を呑み込むと、一二・七センチ連装高角砲のトリガーを引き絞った。太鼓を鉢で一撃した様な砲声が轟き、阿武隈の前面にやや小さめの火球が奔騰する。

 改二化で雷撃戦火力は強化されているとは言え、阿武隈の砲撃戦火力自体は大して強化が入っていない。寧ろ対空戦闘能力を強化する為に改までの一四センチ単装砲から改二に当たって実装された一二・七センチ連装高角砲へと主砲口径がサイズダウンしているので、主砲の威力そのものは駆逐艦並みに低下している。救いと言えば高角砲なだけに高初速で射撃が出来、一四センチ単装砲時代より砲門数自体は増えていると言う所だが。

 当たって頂戴、と祈る阿武隈の両目の向こうで、ラ級一番艦の手前に四つの水柱が奔騰する。ラ級の姿勢が反対側へ仰け反る中、その連装両用砲らしき主砲に発砲炎が瞬く。

 連射速度では負けないわよ、と阿武隈が再度発砲しようと再装填が終わった主砲のトリガーに指を駆けた時、見張り員妖精が叫んだ。

「前方、大波来ます!」

 左目の端で迫りくる大波を見て、阿武隈は声にならない声を上げる。自分の背丈よりも高い大波だ。躱す間もなく大波に阿武隈の身体が煽られる。派手に波飛沫を頭から被る事は無かったものの、先に定めていた主砲の照準は外され、ラ級へ次弾を送り込むのが遅れた。

 そして恐らくラ級も意図していない事が起きた。大波に煽られ、姿勢が崩れた阿武隈に、本来なら外れる弾道だったラ級の砲弾が彼女の頭部を直撃したのだ。

 接近する砲弾を自動検知した防護機能が最大主力で展張されたお陰で、阿武隈の頭部が消し飛ぶような惨事は免れたとは言え、凄まじい直撃の衝撃と砕けた防護機能の隙を縫って襲い掛かる破片が、彼女の自慢の髪と、端麗な容姿を鮮血で染め上げる。挫傷で視界が朧気になる中、阿武隈に更なる悲劇が襲う。

 左足の魚雷発射管にラ級の二発目が直撃したのである。発射管管制室で被弾の衝撃を感じた水雷長妖精が咄嗟に発射管と魚雷の投棄を命じ、それが実行された直後、阿武隈の左足の直ぐ脇で発射管諸共に投棄された四発の魚雷が一斉に誘爆した。

 右手で頭を抑える阿武隈の左足下で形容しがたい衝撃が走り、左目の視界一杯に紅蓮の炎が奔騰した。海上で炸裂した炎は阿武隈の左半身を焼き、爆砕された発射管の破片が阿武隈の左腕の上腕二頭筋付近を切り裂き、肉が破断される鈍く気持ちの悪い音を立てて、彼女の左腕を引きちぎった。

 刹那左腕が消失した事で生じる身体の重量バランスの崩壊の中、阿武隈は挫傷も相まって惚け気味の視線を左腕のあった場所へ向ける。不思議な事に、パニックは起きなかった。ぐらりぐらりと頭部へのダメージで揺れる視界内で阿武隈がまず考えたのは、「止血をしないと」と言う極めて冷静な判断だった。

 

 

「一水戦、阿武隈被弾! 被害大きい!」

「左腕切断! 頭部挫傷、裂傷共に深刻!」

 阿武隈の艤装に乗り込む応急装備妖精の通信を聞いた木曾は即座に判断を下した。

「阿武隈、下がれ。爾後、木曾が一水戦指揮を引き継ぐ。バーテンダー、こちら木曾。阿武隈被弾、重傷の為、単独退避を実施。『つがる』に救助ヘリの派遣を要請する。

 なお阿武隈の状態にあっては、左腕切断、頭部に重度の裂傷の模様。オクレ」

≪バーテンダー、了解。『つがる』に連絡中継する≫

「不知火より意見具申。我、戦列を離れ、阿武隈さんの護衛退避に周ります」

 左腕の残っている箇所から鮮血を垂らしながらもなんとか二本の脚で立っている阿武隈の姿を認めながら、木曾が想定通りに指揮を引き継ぐ中、第五艦隊で唯一の甲型駆逐艦であった不知火が、阿武隈の護衛退避役を志願する。第五艦隊唯一の甲型駆逐艦娘なだけに、駆逐隊行動が出来ない悩みを抱えていた不知火だが、単独での阿武隈の護衛は理にかなっている。

 だが一人でも多くの艦娘が戦列に残る事が今は好ましいと判断した木曾は、不知火の具申を却下した。

「ネガティブ、不知火は一水戦隊列を維持。敵深海棲艦との交戦を継続せよ。阿武隈は単独で後退されたし。以上、返答不要」

 語尾に返答不要を付ける事で、反論を封じる木曾に、根は非常に生真面目な性格の不知火が唇を噛み締め、主砲艤装を構えるグリップの拳を握り締めて、反論を飲み干すと改めてラ級との戦闘を再開した。

 一方、ぎこちない手つきで阿武隈はターニケット止血帯を左腕に巻き付けながら、反転し、一水戦の単縦陣から離脱していく。右砲戦を行う一水戦の左舷側を反転して後退する阿武隈に、視線を向ける艦娘は居ない。

「木曾、後をお願いね」

 特徴的な黄色い声に、弱弱しさを大きく滲ませながら阿武隈が木曾に後を託す。木曾も、本心では誰か付き添いとなる艦娘を当てたい所ではある。だが、第五艦隊は敵対する深海棲艦とは数的劣勢にある。今の戦況の中では一人たりとも割く事は出来ない。

「必ず、帰ろよ」

 互いに背中で一時の別れを告げた後、木曾は右肩後部にある一四センチ単装砲を放つ。

「一水戦での最大火力艦娘は、俺か……」

 今更ながらの事を呟きながら、木曾は発砲炎の後の褐色の砲煙に混じる硝煙の匂いに鼻を突かれつつ、阿武隈が居た場所へと前進する。

 後続の多摩以下の一水戦から、揃って一二・七センチ砲の砲声が響く。一水戦の軽巡の中で、木曾だけが一四センチ砲を残した軽巡だった。阿武隈と多摩は同じ軽巡かつ、艤装も同世代の軽巡同士だが、二人は改二化に当たって防空能力強化のために一四センチ砲を下ろして一二・七センチ高角砲へ換装している。木曾も木曾で、雷巡としての改二化に当たって主砲搭よりも魚雷発射管の増設がメインになっているので、砲戦火力は決して高くない。

 はあ、と木曾が白い吐息を漏らした時、それまで彼女に吹き付けていた風が和らぎ始め、うねりを伴っていた海上の波が徐々に穏やかになって来た。

「天候が和らいだ……?」

 風の向きが変わった、と言う話でも無く、ごく自然にそれまで海上に吹き荒れていた強風と高波が和らぎ始めている。

 木曾は反射的に腕時計を見た。戦闘開始から一時間、艦娘母艦「つがる」から出帆して二時間弱が過ぎている。頬と耳を刺す冷たい風も微かだが、その刺す様な寒さに和らぎを感じた。日と時刻が徐々に昼間に近づき、気温が上がって来ていた。勿論、海上は凍える様な凍て付いた気温なのは変わらないが、艤装の凍結等が少し溶解するくらいには気温が上がりつつある。

 頭上に視線を向ければ、冬の太陽が出撃時より高い位置へと昇って来ていた。

 拙いな、と木曾は危機感を覚えた。

「一水戦代理旗艦木曾より一水戦各員へ。警告、気温が上がりつつある。ラ級を凍らせていた氷結による状態異常が解ける可能性がある。各員の見張り員妖精並びに各艦娘は、海上、水中の見張りを厳となせ。以上」

 冷気によって凍り付いていたラ級の魚雷発射管やレーダーが、無理にでも回そうとすれば回せるようになる位に気温が上がると、それまでの手動照準同士の砲撃戦と言う土俵も崩される事になる。

 早期に決着をつけないとな、と木曾は独語しながら主砲を放つ。一発ずつしか撃てないのがもどかしい自身の主砲が数秒おきに再装填の為に沈黙する。その間、目標としているラ級を見ていた木曾の左目に、ラ級の艤装上で奔騰する火柱を捉えた。

「ラ級一番艦に直撃弾! 両用砲一基の損壊を確認!」

 見張り員妖精が叫ぶ。よし、と木曾が頷いた時、被弾したラ級からのカウンターの射撃が木曾に迫った。

 先天性の色覚異常を起こしている右目を覆う様にしている眼帯越しにも、迫りくる砲弾が見えた気がした。ほぼ本能のまま、腰のサーベルを引き抜き、抜刀しながらその白刃を後ろへ振り回す様に宙を薙ぐ。その優雅な白刃の曲線と交わる弾道を描いていたラ級の砲弾が金属音と共に切断され、一発の砲弾から二つの断片へと変わり果てた物体が海面に落下し、水飛沫を上げて果てる。

 眼帯をしていない左目が、砲撃を切り捨てた木曾に対し、驚きと畏怖に似た視線と表情を浮かべるラ級の顔を捉える。

「天龍や愛鷹だけが出来る技じゃ、無いって事さ」

 一人称が女性にしては強い個性を放つ「俺」である木曾が、優雅な女性的な動作でサーベルを鞘に仕舞いながら、フフッと口元に不敵な笑みを浮かべる。木曾が上げた天龍もまた、彼女と同じく眼帯を付けていると言う不完全な視界ながら、弾道を本能的に読み切って刀剣で直撃弾を切り裂き無力化する技量の持ち主だ。

 遮二無二に残る両用砲による速射に移行するラ級に、発射速度で劣る木曾の一四センチ砲弾が再び捉える。気温上昇で氷結が解けて、ぎこちなく動き出そうとしていた魚雷発射管を一四センチが捉え、これをラ級の艤装から引きちぎり海面へと投げ込む。自身の物ではなくなった魚雷発射管をラ級は一瞥しながら、だからどうした、まだ主砲が残っている、と言いたげに木曾を睨み、見据え、両用砲を放つ。

「水雷長より木曾、気温上昇により艤装の発射管の凍結が溶けます。発射管、使用可能です!」

 水雷長妖精のその報告に木曾は、ラ級の砲撃を、身を傾けて躱すと暫しの逡巡の後、下命した。

「一番、発射管。魚雷戦用意。目標、敵駆逐艦ラ級一番艦。発射時機は水雷長に一任する」

「了解!」

 木曾の艤装に備わる魚雷発射管一基が旋回し、ラ級へと発射口を指向する。全発射管を指向しての全弾発射は、今は控えた方がいいだろうと判断し、一基のみの使用となった。

 一四センチ砲が二発の砲弾を発射する間に、水雷科が散布帯角度、調停深度、雷速の諸元を算出し、精測を終える。

「発射時機完成。魚雷発射用意良し」

「魚雷、攻撃始め! てぇッ!」

 水雷長妖精の報告を聞くや、直ちに木曾は発射を命じた。圧搾空気の溢れ出る音が鳴り、四発の魚雷が一発ずつ、発射管の管から海中へと押し出される。

 飛沫を海面に上げて四発の魚雷が海中に沈み、機関部を作動させて海中を駆ける。その間にも木曾の主砲はラ級への射撃を続けた。一発がラ級を捉えるが、ナ級を凌ぐ大型駆逐艦の重要装甲に当たったのか、爆炎とは裏腹に弱った気配の無いラ級の姿が黒煙の中から再び姿を現す。

「兵装を破壊出来ても、ヴァイタルの貫通は無理か」

 腐っても軽巡の主砲なんだが、と歯痒い思いを胸に、木曾は次弾装填に移る。最重要装甲部分で木曾の砲撃を弾き返したラ級は、再稼働したレーダーで精確な方位、射角、仰角を算出し、それを稼働する両用砲へ入力し、撃発信号を各砲搭へ送った。

 両用砲の砲口に褐色の砲煙と紅蓮の炎が迸るほんの僅か直前で、ラ級の足元で巨大な水柱が現出した。獲物を狩り立てる快楽殺人鬼の様な、命を奪う事に愉悦を覚えているかの様な笑みを浮かべるラ級の表情が一転して、足元で走った強烈な衝撃と、自身を呑み込む紅蓮の火焔、全身を切り裂く破片の数々に驚愕するものへと書き換わる。そして、魚雷の直撃を受けた事をラ級が理解する前に、誘爆した機関部の爆炎がラ級の全身を呑み込んだ。

 火焔とどす黒い黒煙、黒く濁った水柱の三種が奔騰し、その中へラ級一番艦は消えていった。

「敵一番艦、轟沈を確認!」

「次だ! 新たな目標に精測始め」

 息をつく間もなく木曾は、新たなラ級へと射撃目標を変更した。

 

 

「右舷第一甲板に直撃!」

「飛行甲板大破!」

「42号改二対空電探、損傷! 電波発信不能!」

 次々に飛来するタ級と戦艦水鬼の砲撃を前に、伊勢と日向は成す術が無かった。一発を避け、耐える間に更に二発、三発と戦艦級の砲撃が二人に襲い掛かる。

「日向!」

「伊勢!」

 姉妹で名を呼びかけ合う間に、立て続けに飛来する砲撃が二人の間を遮り、直撃弾と至近弾の傷が、二人の艤装と身体を、更に鮮血と破壊による機能不全で鈍らせていく。

 傷だらけになる二人だったが、奇跡的にも彼女達の主砲と機関部は全力発揮が可能だった。

 伊勢が均きりむせ込んで血痰を海面に吐き出した後、日向も額から左目にかけて流れ込みかける血糊を乱暴に拭い、四一センチ砲を撃ち放つ。天候の回復は結果として二人への被弾の増加を促す事になったが、同時に中々捉える事の出来なかったタ級に対しても伊勢型の砲撃が命中し始めていた。

 伊勢と日向の二人が相手取るタ級二隻とも、褐色と黒の煙を艤装の随所から上げ、徐々にだが伊勢と日向よりも速いペースでその動きを鈍らせつつある。主砲と機関部が健在の二人と違い、タ級の主砲搭と機関部には、被弾痕と破壊の跡が刻まれ、その戦闘能力を失い始めていた。

 だが深海棲艦にとって、戦艦タ級二隻が失われる事になっても、それは些事でしかない。より強力な戦艦水鬼一個戦隊四隻に、超巡ネ級改一個戦隊四隻が控えているのだ。決して軽い犠牲では無いにしろ、リカバリーが効かない訳では無い。

 最も自身と存在価値の近い艦娘へと集中砲火を浴びせる戦艦水鬼が、その鋭い眼光を朱に染まっていく白い巫女服の様な衣装の戦艦艦娘へ向けて、凍て付く空気と同じような冷徹な眼差しを向ける中、全く違う方向から飛来した砲弾が戦艦水鬼の直ぐ傍に落着した。

 何事? と首を巡らせ、状況を把握しようとする戦艦水鬼の直上に、RQ-44無人偵察機が滞空している事に四隻の戦艦水鬼は気が付かなかった。

 

 

「だんちゃーく、今!」

「次弾、命中! 同一諸元、効力射!」

 第七師団第七特科連隊の陣地で、一九式装輪自走榴弾砲の再装填が行われる。各陣地に展開を終えた五〇門を超える一九式を統括する連隊本部で、第七特科連隊連隊長は満足そうな笑みを浮かべて言った。

「これで我々の来年度の予算はゼロだな。来年度があればな」

 今回の反攻作戦で集積された砲弾は、二〇四九年度予算を前倒しして迄製造された砲弾ばかりだった。この全力射撃で使い果たせば、文字通り来年度の第七特科連隊の予算どころか来年度に備蓄予定だった新規生産の砲弾すら無い。深海棲艦との戦いが海戦主体で、軍備予算も海軍と空軍重視、陸軍冷遇傾向にある現環境で使えるだけの予算と資材をつぎ込んだ第七師団の砲兵分野を掌る特科連隊にとっては、なりふり構わない全力射撃だった。

 海上で苦しい戦いを続ける艦娘達の苦境を聞いて、予算配分で対立する中とは言え、座して眺めている程、陸軍は冷酷では無い。寧ろ特科連隊の連隊長等古参兵からすれば自身の娘程の年端の行かぬ艦娘達が傷つきながらも戦っていると聞けば、俄然と「大人」としての責任感と使命感が彼らを狩り立てた。

 伊勢型改二の艤装に備わる四一センチ砲を凌駕する実物の口径の一五五ミリ榴弾砲が、地面を震わせ、大気を鳴動させ、衝撃波で地面の土煙を吹き飛ばしながら一斉射撃の砲声を北の大地に轟かせる。百雷が落ちたかのような特科連隊の一斉射撃は、数一〇秒後、戦艦水鬼やネ級改が居座る海面へと届いた。

 先に試射を運悪く被弾していた戦艦水鬼の一隻に、再び数度の着弾の閃光が走り、戦艦水鬼の巨大な艤装の喫水線が深く沈む込む。ネ級改が片腕を空にかざした瞬間、その片腕を消失させながら一五五ミリ弾がネ級改の身体を粉砕し、艤装の破片とネ級改の本体の四肢を周囲に弾き飛ばす。

 第七特科連隊の全力射撃は戦艦水鬼を何度も打ち据え、金属の悲鳴を何度も上げる。しかし、何発も一五五ミリが命中し、艤装が破壊されようと、戦艦水鬼に轟沈の火柱が上がる事は無い。随伴のネ級改こそ三隻が直撃弾によって粉微塵に消し飛び、破片と肉片を海上に残すだけとなる中、戦艦水鬼は耐えた。尋常ではない堪航性を持って、降り注ぐ一五五ミリに耐えた。

 本来、戦艦水鬼の支援砲撃を受ける布陣の陸上型深海棲艦も砲弾の飛来する方向と入射角から逆算した対砲兵射撃に移行していたが、陸上型深海棲艦に対しては第五旅団の第五特科隊の砲撃が降り注ぎ、第七特科連隊へのカウンターどころでは無くなり始めた。

 集積地棲姫の集積物資に一五五ミリが着弾し、誘爆の火焔が物資コンテナを放り上げ、集積地棲姫が絶叫する。砲台小鬼や直掩の戦車小鬼が至近弾で横転し、構築していた陣地ごと土砂と共に宙を舞う。

 更に、艦娘艦隊への支援攻撃はそれに留まらなかった。主力を成す戦艦水鬼とネ級改の行動を封じられる中、第六航空戦隊の第二次攻撃隊と、千歳基地から飛び立った第二〇四飛行隊のF-35E一二機が深海棲艦艦隊へと迫っていた。

 対空砲火で少なくない機体を失っているとは言え、雲龍、天城、葛城はそれで心折られる事も、目を瞑る事も無かった。可動可能な機体をかき集め、予備機を急ぎで組み上げ、第二攻撃隊を仕立て上げた三人の航空艤装から、第二次攻撃隊六〇機弱が飛び立つ。

 その後方から自衛用の空対空ミサイルは愚か、機関砲弾すら載せず、全てのペイロードをウェポンベイと翼下に吊るした空対艦ミサイルに割り当てたF-35E一二機が、翼下に吊るす増槽から燃料をふんだんに飲み干して最大加速の炎をエンジンノズルから吐いて、ミサイル発射点へと迫る。

≪バーテンダーからアイビス・リーダー。目標群を攻撃せよ、参照点より方位343度六五マイル≫

「アイビス1-1、攻撃する。エンゲージ。参照点より343度、六五マイル。対艦ミサイル発射、ブレイザー」

 まず両翼に吊るすJSM空対艦ミサイルが一発ずつ解き放たれる。重量物であるJSMを切り離す度、F-35の機体が左右に細かく振動し、バランスが微かに崩れる。

 翼下に吊るされていた空対艦ミサイルを全弾発射すると、ウェポンベイのハッチが開き、左右内部に合計二発装填されていたJSMが投下される。

 一二機全機がJSMを全て発射する迄一分もかからない。発射完了すると、離脱方位を宣告して次々にブレイクして離脱に移る。

≪アンバー1-1からバーテンダー、ウィンチェスター。離脱方位、190≫

 別方向からJSMによる攻撃を行っていた別動隊の一二機のF-35Eの隊長機からも、兵装を全て使い果たした旨と離脱方位が宣告される。

 二四機のF-35から発射されたJSMは総勢九〇基以上にも上った。何発かは当たらないかも知れないとしても、対深海棲艦誘導性改良型のJSMならせめて半分は当たる筈だ、とアイビス隊の隊長は自身に言い聞かせるように呟いていた。

 




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