艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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 活動報告にも書きましたが……まあ、詳しい事はそちらを御一読下さい。


第一一四話 北辺の決着

 祈りは祈禱する者自身への対する自己満足でしかない。それでも、時に人間は何かありもしない偶像に縋り、祈りを捧げたくなる時がある。

 多くの場合、祈りと言う行為が実りを結ぶ事は無い。祈った時間と努力を、この世の理を掌る存在は総じて無視し、理の気まぐれのままに運命を回す。俗に言う幸運の女神とは、そう言った祈っても届かぬ思い、数多く捧げた祈祷のほぼ全てを裏切る現実の中から、一度だけ引き当てた偶然の異名である。

 だが、もしこの時、本当に「幸運の女神」と言うのが存在するのだとしたら、まさにその存在が微笑みを、一瞬だけ見せてくれたのかも知れない。その微笑みの代償は勿論大きい事が後に判明するが、今この瞬間、苦難の戦いに挑み、血を流し戦う第五艦隊の艦娘達と、彼女らに一途の希望と幸運を祈り、それぞれの戦場で戦う陸空の将兵達には明らかに幸運の女神が微笑んだと形容するに相応しい偶然が起きた。

 F-35戦闘機二四機が発射したJSM空対艦ミサイル九六発の内、弾頭の誘導装置が深海棲艦の存在そのもので誤作動を起こし、目標から逸れたのは僅かに六発に留まった。事実上の開戦から約一〇年、艦娘に依存し切らない対深海棲艦戦術の一環として行われた通常兵器の改良。その多くは予算と資材、研究人員の努力を悉く無駄に終わらせ、多くのリソースをどぶに捨てた。それでも諦めずに新規プロジェクトを立ち上げ、失敗した研究からの反省を取り込み、資金と資材を湯水の様に消耗しながらも、不確定要素を可能な限り埋め尽くし、確実性を高める研究が続けられた。そして現在導き出せる最適解をプログラミングしたのがJSMブロック10A+と言う結果として生み出された。

 果たしてその結果は発射弾数九六発、直撃九〇発、内、深海棲艦撃沈数は実に五〇隻を数えた。

 JSMの直撃を受け、炎と飛び散る破片、どす黒い黒煙を噴き上げて沈んだ深海棲艦は何れもが重巡以下の艦艇であった。前衛艦隊との戦いで苦戦し、傷つく第五艦隊の視線の向こうで、主力となる戦艦水鬼やネ級改らと共に主力艦隊を組んで待ち構えていた深海棲艦の大艦隊は、音もなく飛来した多数の飛翔体によって四肢を、艤装を消し飛ばされ、事態を理解する前に飛翔体の起こした爆発や、吹き飛ばされた兵装の誘爆の炎に次々に呑み下されていった。

 瞬きする間に艦隊の大半が一瞬にしてがらくたへと成り果てた光景を見て、流石の戦艦水鬼も動揺を浮かべた。泳ぐ四隻の視線が絡み合い、次いで轟沈していく味方艦に向けられる。歯向かって来た弱小な艦娘艦隊を全滅させるには余りにも過剰なまでに充実していた大艦隊が、今となっては見る影もない。最新鋭のラ級すらもが四散し、引き千切られた艤装や四肢から青い体液を流して紺碧の海原の底へ引きずり込まれる様に海面から消えていく。

 遅れて、大気を震わせて鳴り響く轟音にようやく何かを察した旗艦を務める戦艦水鬼は、ただ無味乾燥な口調で呟いた。

「中々、ヤルじゃないカ」

 

 

「ブルーリーダーから全機、突撃する!」

 翼を翻した彗星の単縦陣の矛先が、海上でもがくル級改とヲ級改へと突き立てられる。一方、低空を走る天山の編隊が、ル級改の足元へ狙いを定めて突き進む。

 随伴艦と言う随伴艦がJSMによって消し飛ばされ、被弾しても尚、辛うじて洋上に浮かび続ける戦艦ル級改や空母ヲ級改、重巡リ級改flagship級と言った主力級の艦を囲う輪形陣の網が消滅した今、数を減らした第六航空戦隊から放たれた第二次攻撃隊にとって、それは静止した標的を狙い撃つのと何ら大差無い程であった。

 JSMの直撃で対空火器が全滅し、機関部にも損傷が及んで動きの鈍るル級改、ヲ級改、リ級改、その他残存艦艇が挙動を見ている側にももどかしさを覚えさせる動きで回避を図る中、彗星、天山の操縦席で操縦桿とフットレバー、スロットルレバーを操作する航空妖精は、照準器越しに目標を目一杯に収めると、兵装投下レバーを倒した。

 作動音が各機の腹部から鳴り、切り離された爆弾や魚雷が深海棲艦に迫る。

 大破していたル級改の艤装上に爆弾命中の閃光が走り、そこから立て続けに複数発が命中する閃光が瞬く。破損していた主砲搭の天蓋が貫かれ、砲塔内にあった徹甲弾や徹甲榴弾、装薬のど真ん中で彗星の投じた爆弾は信管を作動させた。

 そこかしこで対艦ミサイルの雨に打たれながらも、辛うじて生き残っていた深海棲艦が爆沈する。兵装と言う兵装を叩き込み、母艦艦娘へ帰投する第二次攻撃隊の編隊から抜けた穴は一つも無かった。

 

 

「全艦、突入!」

 血痰をもう一度吐き捨ててから叫んだ伊勢の言葉に、戦闘可能な第五艦隊の全員が続いた。

 主力艦隊が一瞬にして壊滅し、残すは前衛艦隊と戦艦水鬼と僅かな残存艦だけという、ほぼ戦力差が拮抗にまで落ち着いた今、勝機が彼女達にははっきりとその視界に見えていた。

 既に伊勢型との交戦で多数被弾していた戦艦タ級二隻と那智と足柄の二人と交戦していたリ級改は、その伊勢の吶喊の叫びとほぼ同時刻に、力尽きて海面にその姿を大きく沈みこませていた。完全にその姿が海上から消え去るのも時間の問題だろう。

 軽巡へ級改と駆逐艦ラ級は尚木曾以下と砲戦を行っていたが、徐々に形勢は悪化していた。気温上昇による凍結が溶けると言う味方こそあれど、数的劣勢を覆し切れる程ではない。

 軽巡へ級改が木曾の砲撃によって、魚雷発射管に直撃を受け、木曾のすらりとしたブーツを履いた足を引きちぎらんと発射しかけられていた魚雷の突然の造反によって内側から爆砕されて、文字通り轟沈したのを合図に、残存ラ級も息の根を止められ始めた。

 既に被弾し、何らかの被害を被っていた一、三、四番艦に続き、残るラ級にも直撃弾の爆炎と褐色の煙が纏わりつき始める。苦悶の声の様な呻く声がラ級から発せられる中、初春が冷徹な眼差して言い放つ。

「痛いか? 力を行使して来た身に、その力が巡り巡り返される痛みはどんな味じゃ?」

 問いかける様に言い放つ初春だが、答えを求め等はしていない。

「沈んじまいな……」

 長女の言葉とは真逆に、抑揚のある静かな若葉の、若葉なりの冷徹さを込めた言葉が彼女の主砲発砲と共にラ級へ送られる。

 ラ級はそれでも、尚しぶとく抵抗を続けた。七番艦、八番艦の魚雷発射管がようやく射界に一水戦を収め、魚雷が発射管から打ち出された。

 それら魚雷群は畳みかける様に攻撃の手を緩めない一水戦の意識外から迫る事に成功し、最初の被害者の足元でその靴底の磁気を探知して信管を起動させた。

 多摩の短い、いや爆音に搔き消されて途絶えた悲鳴が一瞬響き、彼女の姿が水柱の中に消える。次いで初霜のすぐ右隣で魚雷が近接信管を作動させて水柱を奔騰させ、衝撃波と破片、爆炎を小柄な初春型の四女に容赦なく浴びせた。そして三発目が潮の直下で炸裂し、彼女の身体を宙へ放り上げた。

 魚雷の直撃、或いは至近弾の爆発で一瞬にして大破、行動不能となって海上に倒れ伏す多摩、初霜、そして潮に、一水戦が即座に取れる手は無い。まず先に敵を仕留める、それが味方の命を救う最短の方法だった。

「沈めっ!」

 不知火の一言が合図となって放たれた一二・七センチ主砲弾が、ラ級七番艦、八番艦の雷撃成功に合わせて魚雷を撃とうとした六番艦を捉えた。その瞬間、あらゆる事象の偶然が重なった結果が起きた。ラ級の魚雷発射管から射出された直後の魚雷に、不知火の主砲弾が命中したのである。本来であれば不知火の砲撃はラ級のすぐ手前の足元の海面を抉り、水柱を奔騰させるにとどめる筈だった。それが、その弾道上に偶然魚雷と言う存在が割り込み、天文学的確率で引き起こされた結果が発生した。

 発射したての魚雷が突如、艦娘では無くラ級自身に矛先を変え、その刃をラ級自身に突き立てた。軽巡艦娘すら一撃で大破させる威力の魚雷が、優れた堪航性を誇るラ級を引き裂き、まだ発射されていない発射管内の魚雷たちにも矛先の向きを変えさせる。一際大きな誘爆の炎が炸裂した直後、ラ級六番艦の姿は閃光と火花と共に消し飛んだ。

 その本来であれば外れ弾によって引き起こされた偶発的戦果を不知火自身が正確に認知する事は無かった。彼女には魚雷発射管に直撃、誘爆によりラ級一隻撃沈と映った。

「子日、ショートカットするよ! 魚雷、てぇッ!」

 自身を合わせ初春型の主砲の砲撃では、埒が明かないと判断したのだろう、子日がそう発言するや、彼女の艤装で魚雷発射管が回転し、魚雷が発射された。姉妹の初霜が吹き飛ばされた前後から既に独自に諸元を計算済みだった子日の魚雷が、抵抗を続けるラ級へと残らぬ航跡を残して進んでいく。

 それから一〇秒後、子日にラ級五番艦の砲撃が直撃し、子日の主砲を全て破壊し、彼女に負傷の傷と共に戦線離脱を促す事になったが、子日の魚雷は手負いのラ級三番艦に引導を渡し、彼女の戦線離脱相応の被害を深海棲艦に与えた。

「櫛の歯が欠けたように減っちまったな……」

 自虐にもならない独語を呟きながら木曾は引き攣った笑みを口元に浮かべる。戦闘可能な艦娘は一水戦では残すは木曾、曙、不知火、初春、若葉のみ。大破して漂流する多摩、初霜、潮の救援に、自身も手負いの子日を当てさせつつ、木曾は一水戦の戦列を再編する。

 ラ級の方も残すは魚雷を撃ち尽くした七、八番艦を含め、残す脅威は二、五番艦の四隻。一番艦は既に力なくあらぬ方向で黒煙を上げて漂流していた。

「接近戦にもつれ込むぞ! 全艦、近接砲戦! 各艦、各個に攻撃始め!」

 主砲威力を増す為にも距離を詰めてリスクと引き換えに短期決戦を図る木曾に、曙、不知火、初春、若葉の「了解!」の応答が唱和された。

 

 

「五戦隊、四航戦支援に入る! 精測完了次第、各位任意に撃ち方始め」

「各位って言ったって、二人しか居ないわよ」

 那智の号令に、足柄の苦笑の声が続く。陸上部隊の効力射を受けて、攻城砲の集中砲火を浴びて落城寸前の城塞の様な有様の戦艦水鬼に吶喊していく伊勢と日向の後を二人は追った。

 副砲や機関砲、レーダーなどはあらかた一五五ミリ砲弾の直撃で爆砕されているとは言え、戦艦水鬼の主砲は驚く事にそれでも尚数基が機能を維持していた。

 一五五ミリ砲弾の直撃で強度を失い、己の自重で崩壊しそうな戦艦水鬼が突撃して来る四人の艦娘に、動く主砲を向けて砲火を放つ。

 伊勢のポニーテールを束ねていた髪留めが引き千切れ、至近弾で発生した火災が彼女の上着をほぼ焼損させる。伊勢が燃える上着を脱ぎ棄て、黒インナーだけになりながら、解けた髪に乱暴に手を通しつつ彼女は鼻を軽く鳴らした。

「涼しくなったわね」

 軽口を叩きながら伊勢は四一センチを放った。彼女のがっしりとした身体の真正面に火焔が奔騰し、手負いの伊勢の身体を発砲炎と褐色の砲煙が彼女を一時的に覆いつくす。

 同じように手負いの戦艦水鬼の艤装上に、伊勢の砲撃が着弾し、主砲搭を粉砕し、砲身を叩き折る。そこへ那智の砲撃が追撃をかけ、戦艦水鬼の比較的装甲の薄い個所を破壊し、鈍る挙動を更に鈍重なものにしていく。

「行ける、勝てる……!」

 勝てるよ、日向! と伊勢がはにかんだ笑みを後ろの妹に向けようとした時、全く意識外の方角から、大口径の砲弾が落下していくる音が急激に迫り、伊勢の言葉がかき消された。

 圧倒的劣勢に立たされつつある海上の戦艦水鬼に、集積地棲姫の戦艦級の口径を誇る沿岸砲がなけなしの支援砲撃を行った音だった。天候の回復と言う好条件を経て尚、波に揺られるが故にその射撃には常に不確定要素の概念が付きまとう海上の艦隊と違い、動かぬ大地に固定されている大口径砲は諸元さえ分かれば、概ね正確に狙った位置に砲撃を送り込む事が出来た。

 第五特科隊や第七特科連隊の猛砲撃と、前進する機甲部隊、歩兵部隊の攻撃の最中に、僅かに限られた発射弾数の中で撃ち放った集積地棲姫の砲撃は、伊勢の身体と第一主砲の天蓋を貫き、砲塔内部の一式徹甲弾改を均並みにその内部で炸裂させた。

「ひゅう……」

 戦艦艦娘伊勢として一〇年以上の長いキャリアを持ち、改二改装を施された航空戦艦艦娘として洋上を駆け抜けた伊勢川智花の最期は、その花々しいキャリアと、重ねて来た勲功に見合わない程に呆気なく、一瞬にして訪れ、そして過ぎ去った。

 伊勢には、妹の名前を最期の間際に言い切る事すら、出来なかった。

 

 

 洋上に一際大きな爆炎が上がり、戦艦級の存在が轟沈した事を周囲に音と衝撃波で知らせていたが、一水戦の面々がそれを正確な意味を持って理解するにはもう少しの時間が必要だった。

 木曾も余裕がなかった。氷結が解けたラ級のレーダー射撃が彼女の眼帯で覆われた眼球部を直撃し、先天性の色覚異常を起こしていた木曾の片目の存在を抹消した。視界の片方が永久に失われ、右顔面の半分が赤黒い血に覆われる中、木曾は意に介した様子もなく叫ぶ。

「それがどうした! 俺にはまだ左目が残ってるぞ!」

 その叫びと共に木曾の主砲も砲声を叫ぶ。一四センチ零式通常弾が右目を奪った相手の顔面に直撃し、今までにないダメージを与えていく。

「目には目を、って言葉知ってるか?」

 頭部の右半分一杯に広がる痛みを堪えながら、木曾は笑った。その笑い声は次第に空虚な笑い声に代わり、乾ききった喉がひゅうひゅうと言う声だけを発した。

「どうやら、俺も……駄目か……」

 それまで走り続けていた足を止め、海面に片膝を付いた木曾の口元から、血反吐が溢れ出る。尚健在な左目で、胴体を見下ろしてみれば、いつの間に食らったのか、胸部と腹部の間辺りに弾痕が穿たれ、制服が赤黒く染まっていた。

「ざまあ……ないな……ごめん、球磨姉さん……」

 力尽き、海面に倒れ伏す木曾の左目が、自分の右目とバイタルに致命的一撃を加えたラ級が沈んでいくのを凝視した。只じゃあ死なないぜ、と木曾が最後にフッと笑みを浮かべた直後、彼女の意識は永久の暗闇の中へと落ちて行った。

 球磨型軽巡艦娘木曾として、先に散った伊勢と同様、黎明期から日本艦娘艦隊の主力艦として、海を駆け抜けて来た大曾根里香の生涯は、最後長女と慕う血の繋がりの無い軽巡艦娘球磨への謝罪の言葉と共に停止した。

 

「殺してやるーっ!」

 落命した木曾は最後まで知る事は無かったが、彼女に先立ち、伊勢が戦死した事を聞き、その冷静な表情にありありと動揺と衝撃を浮かべた不知火が、硬直していた身体の全身から発した様な殺意の塊の様な叫びを発した。

 近接砲戦の発令で、ラ級との距離は、不知火が猛然と被弾云々を無視して突撃すれば、瞬く間にラ級の首筋を両手で締め上げられる程に狭まっていた。だが、不知火はただ己の握力のままにラ級の命を殺めるだけでは足りなかった。

 嚙み切らんばかりに噛み締められた唇から血を流し、爪が食い込んだ右手が握る不知火の主砲と魚雷発射管から同時に砲雷撃が放たれた。

 その攻撃はラ級七番艦を捉え、水柱と閃光の中に沈めた。白い水柱の中で何かが弾けるような破裂音とも炸裂音とも取れる音が鳴り響き、先には知った閃光を上回る光量の爆炎が走った。

 七番艦を轟沈させた直後の不知火の記憶はそこで途絶えた。怒りの余り記憶が飛んでしまい、自分でも何をしたのか全く思い出せなくなっていた。ただ、その全容を見届けていた曙は、後に震える口で語った。絶命した木曾からサーベルを引き抜き、それで残るラ級全てを刺殺、いや斬殺していったと。

 

 

 日向、那智、足柄の砲撃、雷撃は戦艦水鬼の最後の一隻に止めを刺した。

戦艦水鬼全てを仕留めた三人に、息をつく暇は無かった。集積地棲姫の砲撃が三人の周囲にも着弾し始めていたのだ。

 海域から離脱の間際、日向は海面に漂う、かつての姉の髪留めを見つけた。痛む身体の抗議を無視してそれを拾い上げ、拾う骨も、残さずに逝った姉に語り掛ける様に日向は言った。

「今までこの日向の姉として共に戦ってくれた事、深く感謝する……だけど、君が居なくなるのは寂しい……」

 普段滅多に口調を荒げる事も、その感情が大きく表面に出る事も無い日向の目元に、伊勢の死を悲しむ涙の雫が浮かんでいたのを、那智と足柄は目撃していたが、それを口外する事は無かった。

 

 

「敵は完全に優勢を失っています!」

「この期を逃すな、徹底的に狩り詰めろ、陣地を踏み荒らせ、奴らの首を銃剣で刈り取れ!」

 着剣! の号令が中隊、小隊、分隊指揮官から発せられ、銃剣を小銃の先に付ける金属音がそこかしこで響く。

「突撃!」

「奴らを深海に生かして帰すな!」

「殺せ!」

 歓声と言うよりも雄叫びの様な声を上げて、第七師団の普通科部隊の隊員が北海道の大地を蹴ってかけた。その脇を戦車、装甲車が走り、主砲、機関砲を撃ち放ちながら、深海棲艦上陸地点陣地に突入を果たした。故郷を犯された北海道生まれの兵士達は飛来する銃火を無視する様に突撃し、僅かな区域に立てこもる深海棲艦地上軍に文字通り銃剣を突き立てた。

 なお抵抗を続ける深海棲艦地上軍上陸地点守備隊の最後の一個体が玉砕するまで、凄絶な白兵戦が繰り広げられ、北海道の北辺の大地は鮮血と青い体液に染め上げられた。

 

 

 浜辺にはまだ多数のワ級が残されていた。航空隊の対艦ミサイル攻撃を含め、その航空攻撃は随伴護衛艦と言った艦隊に向けられていた為、五〇は軽く行きそうな数のワ級が浜辺付近に取り残されていた。

 伊勢と木曾の二人を失い、他多数の重軽傷者を出し、誰もが傷ついている第五艦隊と、深海棲艦地上軍に銃剣を突き立て、鉛玉を撃ち込みながら蹂躙して来た北部方面隊は、このワ級の群れへの攻撃に移った。

 日向、那智、足柄、曙、不知火、初春、若葉の七人にまで撃ち減らされた第五艦隊も、稼動する兵装をワ級に指向し、砲撃を開始した。

「撃ちー方、始めッ!」

 伊勢の戦没により第五艦隊の指揮を継承した日向が低い声を張らして号令を発すると、四一センチ、二〇・三センチ、一二・七センチの三種類の砲声が、海上とワ級の向こうにある陸上部へ殷々と砲声を広げていった。

 主砲を発射する日向は、消化試合を行う気分でワ級の掃討に当たっていたが、驚く事にワ級は果敢にも第五艦隊に応射して来た。巡洋艦級の中口径砲の射撃音と小口径の高角砲の射撃音が、日向達の前面で鳴り響き、第五艦隊の数倍はあるであろう数の砲弾が空を鳴らして艦隊の前後左右に水柱を突き刺した。

「回避! 面舵、面舵だ!」

 自身も含め手負いの者も少なくない第五艦隊に、これ以上の死傷者を含む犠牲者を出す訳には行かない。日向は主砲の再装填を行いつつ、那智以下の六名を率いて一時的にワ級との距離を取る。ワ級と言えどflagship級クラスとなれば重巡洋艦並みの火力と防空巡洋艦並みの対空火力を発揮する個体もある。輸送補給艦だと思って油断し、返り討ちに遭った艦娘は数知れない。

「第五艦隊臨時旗艦日向からバーテンダーへ、第六航空戦隊旗艦雲龍へ中継求む。オクレ」

≪こちらバーテンダー、了解。回線良し。通信良し≫

「日向より第六航空戦隊へ、艦上偵察機による弾着観測射撃支援を要請する。可能か、オクレ」

≪雲龍より日向。了解、彩雲四機をそちらの支援に送ります。そちらの艦隊の被害状況は?≫

「……伊勢、及び木曾、K.I.A……多摩、潮、初霜は現在状況不明。オクレ」

≪……了解。我が隊もそちらへ向かい、要救助者並びに戦没艦娘の遺体回収支援に当たります。以上返答不要、終わり≫

 雲龍からの日向の心情を察した返答を聞き終え、日向はちらりと自身の航空艤装を見やる。艤装への多数の被弾によって、平坦な飛行甲板は今では火星の表面の如く荒れ地と化している。固定翼機がここから飛び立ち、降り立つのは航空妖精に如何程の技量をもってしても不可能だし、回転翼機すらも恐らくは不可能だろう。ささくれ立ち、剥がれ捲れ上がった飛行甲板の鋼材を見てもう一度日向は深い溜息を洩らした。

 海面を軽く蹴って那智が日向に寄って来る。手にはファーストエイドキットが握られていた。

「ワ級狩りをする前に、最低限の止血や消毒はしておこう」

 当の日向本人は全く気が付いていなかったが、彼女の身体は艤装よりはマシとは言え、無傷ではない。体内をアドレナリンが満たしているせいか、日向は自身の身体に決して軽傷とは言い難い傷を負っている事すら自覚していなかった。那智が消毒液で濡らした脱脂綿を患部に押し当てた時、ようやく忘れていた傷口の痛みが日向の全身に行き渡り、彼女の口から低い苦悶の声がこぼれた。

「火傷、弾痕、切り傷、出血……まあ、負傷の範疇で考えられる事のオンパレードと言う所だな。よく貴様は助かったよ」

 妙高型姉妹特有の手袋を脱ぎ、使い捨ての医療用ビニール手袋をはめて火傷の傷口に軟膏を塗り込み、包帯を巻き付ける。切り傷は消毒の上、医療用ホチキスで仮止めし、弾痕は一時的にメスで患部周りを切り開いて体内に残る弾頭を鉗子でつまみ出し、再度ホチキスで止め直す。

 最低限の医療措置は施し、那智は日向の体に巻き付けた包帯をそっと撫でた。

「本来なら、今すぐに後退して貰いたいところだが、判定的には中破の艦娘を下げられている程、我々も余裕がない」

 腕一本失った阿武隈と比べたら、まだまだ戦えなくはない身体の日向を見て、少しだけ申し訳無さそうな表情になり那智に、日向は礼を述べた。

「少し、君が艦隊の指揮を預かっててくれないかな」

「……何用か?」

「六航戦からの支援機が来るまで、伊勢と木曾の家族に返すものを探さないと」

 ああ、と那智は低く、気の沈んだ声を返した。日向の心情を悟った那智は患部に衝撃が加わらない程度に日向の身体を叩いて行けと促した。

 

 日向が波間に漂う伊勢の遺品やドッグタグの欠片を拾い集め、漂流する木曾の遺体からドッグタグの一枚を外して艤装の中に仕舞い終えた頃、彩雲四機が艦隊上空に到達し、それからやや遅れて皐月を先頭に六航戦の姿が水平線上に見えて来た。

「第五艦隊各員、対水上戦闘用意。上空の彩雲との通信を確保」

≪こちらチェーンソー1-1、敵輸送船団上空にて触接に移行。弾着観測を実施する≫

 彩雲四機が沿岸部に固まるワ級の上空で旋回を始める。偵察機から送られて来た情報を基に、日向以下の艦娘の主砲に諸元が入力され、修正値を算出する。導き出された数値に基づき、各位の主砲の砲身が適切な仰角と射角を取る。

「撃ち方始め」

 乾いた口を開いた日向の号令は、風の音でかき消されそうな程、低いものだった。実際、那智以下が一瞬聞き返そうと思った程だったが、日向の主砲発砲を見て、一瞬抱いた疑問は砲声と砲炎によって吹き飛んだ。

 傷ついた七人の艦娘から発射された砲弾が、ワ級の頭上へ降り注いでいく。重装備の巡洋艦級の火力があるワ級にしろ、戦艦としての射程がある日向にまで届く砲撃を行うには、日向そのものへ接近しないと出来ない。だが輸送艦としては重装甲のワ級flagship級と言えど戦闘艦の様な戦闘機動を行える程、その機動力は高くはない。接近を試みれば忽ち那智以下の艦娘の砲撃、雷撃に晒される。

 それでもワ級が全て花火大会の花火の様に一斉に吹き飛ばなかったのは、内蔵している物資を全て橋頭保に揚陸し、集積地棲姫に渡した後だったからだった。燃料搭載のタンカー仕様ですら、この時完全に空荷の状態でタンク内には代わりのバラストである海水で満たされていた。

 結果として空船撃ちとなった第五艦隊だったが、砲弾の浪費に終わった訳では無かった。ワ級を全て沈める事で、橋頭保一帯に展開する残り僅かな深海地上軍の残余の撤退の手段を完全に絶っていた。今では意味の無くなった橋頭保を守る集積地棲姫と僅かなトーチカ小鬼や砲台小鬼が、防御陣地との白兵戦を制した北部方面隊によって切り刻まれるか、自爆するかのいずれかを突きつけられていた。

 第五艦隊がその残弾を全て使い果たすまで砲撃を行い、ワ級全てを沈めた頃には、冬の北辺の地の早い夕暮が迫りつつあった。

 

 

 深海棲艦の上陸地点の掃蕩を終え、海域優勢を確立した第五艦隊の元へ、艦娘母艦「つがる」が迎え上がる様に来航した。

「天塩の橋頭保撃滅には成功したが、代償は大きすぎたな」

 負傷を理由に先んじて「つがる」へ収容された日向に代わって第五艦隊の指揮を継承した那智は、苦い表情を浮かべて傍らの同じ妙高型姉妹の戦友に言った。

「伊勢、木曾は戦死。多摩、潮、初霜は一命をとりとめるも、当面は艦娘として役に立たない……。せめて伊勢と日向に代わって私達が残っただけでも良しとしましょう」

 六航戦の三人もいると足柄は努めてポジティブな方向へ考えようとしていたが、その彼女の表情にも二名戦死した事への陰りが見えていた。

 辺りに再び夜の気配が訪れ始め、再び気温が下がり始める。那智と足柄の吐く息が白く、蒸気機関の吐き出す蒸気の様に吹きあがる中、足柄がぽつりと呟いた。

「また……今度は二人も逝ってしまったわね」

「ああ……この着ている制服が死に装束となる事も覚悟の上で、今の艦娘と言う仕事を続けているが……やはり仲間が居なくなるのは寂しいよな」

 悲しい、と言うよりも寂しいと言う気持ちが強く胸に浮かぶのを感じながら那智は戦友に返す。もうあの朗らかな伊勢の笑顔も、気配りの上手い木曾のやさしさに振れる事も出来ない。

「それが戦争なのよね」

「それが戦争なんだな」

 

 

≪艦娘艦隊は航空戦艦伊勢、雷巡木曾の二名が戦死。軽巡阿武隈、多摩、駆逐艦初霜、潮が大破、重傷。日向、子日、中破の負傷。他第五艦隊水上艦隊部隊組はいずれも小破程度の負傷を全員が負っています。他、北部方面隊からも地上部隊で現在までに三〇名余りの犠牲者と五〇名以上の重軽傷者を数えている、との事です≫

 北部方面統合作戦司令部から末森提督の報告を、武本は黙して聞いていた。ディスプレイ越しに見る武本より年上であろう同格の中将の報告に耳を傾ける武本の表情から、今何を考えているのかを察するのは難しかった。

「稚内と浜頓別の橋頭保の状況は?」

 あくまでも戦術、戦略的な事に質問を向けて来た武本に、末森は若干の通信ラグを挟みながら答えた。

≪千歳基地からUAVを飛ばして確認したところ、ワ級がそれぞれの橋頭保に一〇隻程度、哨戒の駆逐艦が六隻ずつ残っている以外に海上における残存戦力は確認出来ません。

 深海棲艦地上軍戦力に関しては、最大級の深海棲艦の補給拠点でもあったと思われる天塩の橋頭保の崩壊と共に敵防衛戦力が弱体化。別働隊の戦略防衛隊の地上部隊の攻勢によって、伺頓辺市の奪還に成功しました。

 問題は北部方面隊が天塩の橋頭保の撃滅でほぼ砲弾の在庫を使い切ってしまった事です。戦略防衛隊の備蓄を合わせても、特科の支援砲撃はあと一か所の橋頭保を砲撃するのが関の山と言う所の模様です≫

「稚内と浜頓別の橋頭保に集積地棲姫が居ないのなら、最悪特科の支援無しでも攻略は不可能ではない。普通科の迫撃砲でも事足りる」

≪確かに。稚内と浜頓別の橋頭保に集積地棲姫が居ない事がせめてもの幸いではあります。今後の作戦対応に関しては第五艦隊の残存可動戦力を持って残る橋頭保の殲滅に当たる所です。

 ただし、イレギュラーに対応出来るよう、提督の方からロシア艦隊へ助力を要請出来れば幸いない次第です≫

「ロシア艦隊の状況を常に把握している訳では無いが、太平洋艦隊に今回せられるのは戦艦ガングートと巡洋艦キーロフ、駆逐艦タシュケントの三人程度の筈だ。余り宛にはしづらいと思うが」

≪三人でも構いません。少しでもこの北海道の防衛に力を貸せる艦娘艦隊戦力が必要なのです≫

「了解した。太平洋艦隊のアンドレーエフ提督に連絡して向かわせられる戦力の確認と増援要請を送る」

≪ありがとうございます。しかし、こう言う時、動かした話をほぼ聞かない国連直轄艦隊でも動員出来たら良いのですがね≫

 最後に少しばかりの愚痴を交えながら末森提督は一礼して、武本の面前のディスプレイから消えた。

「戦艦艦娘で初めての犠牲者ですね。特に航空戦艦と言う余計に替えが効きづらい伊勢が戦死したのはかなり痛いです」

 傍らの湯原が言う。伊勢と言う女性を戦術的な単位で測らなければならないのは胸が痛むが、事実として航空戦艦艦娘の戦死は、駆逐艦娘の戦死よりも及ぼす影響が大きいのは事実だ。艦娘艦隊の運用黎明期、あらゆる運用方法が試され、模索される中で失われた艦娘犠牲者は多い。だが日本艦隊で戦艦の艦娘の枠の中から犠牲者が出た事は今まで一度も無かった。日本艦隊は戦艦艦娘の数が多くないだけに、伊勢の戦死の影響は後々に尾を引き摺る事になるだろう。

 第五艦隊の出した犠牲者には木曾の名もある。雷巡と言う甲標的を用いた遠距離からの雷撃戦を行える特殊なオペレーターとも言うべき艦娘の戦死もまた少なくない影響を及ぼすであろう事に疑念の余地はない。

 結果として寡兵で良く戦ったと言える第五艦隊だが、航空巡洋艦として、空母としての二刀流の戦いがこなせる鈴谷の戦死以来の大きな痛手を一度に名も出してしまった事になる。ただ武本はそれを理由に末森や第五艦隊を始めとする北辺の地での戦いに身を投ずる艦娘、将兵の事を責める気はない。日本本土防衛の指揮を執る板垣達の感情がどうなのかは兎も角、第五艦隊の艦娘達に増援を送ってやれなかったのは武本自身の采配ミスだと思っていた。或いは第五艦隊だけでも戦えなくはないのかも知れない、と楽観視してしまい深海棲艦の実力とこの季節の北海道の天候を見誤ったのが悪かったか。

 あれこれ考えそうになって武本は止めた。今は反省会をしている時ではない。今彼が居る統合基地がある日本の首都圏もまた、深海棲艦の現実としての脅威に晒されたままなのだ。

 三浦半島での市街戦は、最終的に深海棲艦側が撤退した事で勝利をおさめたが、下総基地の哨戒機や偵察ドローンの偵察の結果、深海棲艦は尚後詰の戦力を備えている事が判明している。北海道から転進して来るス級を含む艦隊に、機雷敷設を持って阻止或いは漸減を目論む作戦行動に第三三戦隊が向かっているが、武本は機雷で北海道から転進して来る深海棲艦艦隊が全滅してくれるとは思っていない。良くて二、三隻沈められれば良い、程度にしか思っていなかった。

 

 再度の深海棲艦着上陸の可能性があると言う分析結果を出した日本方面軍司令部では、対応に乗り出している。

 西部方面隊から戦力と弾薬を首都圏に移送する作業が既に始まっていた。第一陣の普通科部隊は既に鉄路で大阪を通過していると言う。

 消耗している東部方面隊の再編を行いつつ、日本方面軍司令部が予測している深海棲艦の再度の上陸作戦敢行地点は千葉県、ないし茨城県であると想定されていた。その二か所の候補の中でも特に茨城県の鹿嶋市への上陸作戦の可能性が高いと見積もられていた。先に上陸作戦が行われた三浦半島は山がちの地形だった為に深海棲艦も展開に時間がかかった体を見せていたのに対し、鹿嶋市一帯は比較的平野部が広がっており、侵攻軍の機動力を落とさずに済む。

 問題は深海棲艦の出方が今の所候補地を出す程度に留まる事だった。つまり仮に防御陣地構築を行っても、全く別の方向から上陸作戦を仕掛けられ、陣地構築が無駄になる可能性があると言う事だ。同じ人間同士の戦争なら、出方を大まかにながら予想する事も出来るし、同じ人間同士の移動の制約や戦術的な問題も考えられる。

 しかし深海棲艦はそうはいかない。パターン化出来る時もあるが、同じ人間ではない分、その考えを予測するのが非常に難しい。害獣駆除ですら、ある程度は駆除対象の動物の挙動を予測出来るのに対し、深海棲艦は動物よりも高度な戦術行動をとって来るから厄介だった。人間の戦術行動を疑似的に模倣しているとも言えたが、完全な模倣とも言い切れない知略を尽くした戦い方をして来る事もある。

 そもそもが先日のヨーロッパ戦役は、極東方面での大規模攻勢の為の陽動であった可能性すら指摘されている。地中海の島々を制圧し、地中海自体の制海権を一時的に掌握した程の深海棲艦のあの攻勢すらもが、極東での大規模な攻勢を仕掛ける為に、ヨーロッパ方面の艦娘戦力を摩耗させる為に行った陽動だったのではないか。そう言う意見が実しやかに囁かれているし、事実としてそれを否定出来る証拠が一切ないのが現実味を持たせていた。

 

「第三三戦隊と『くろべ』の現在位置は?」

 首都圏防衛の事に議題を切り替えた武本は湯原に問うた。湯原は軍用野戦コンピューターを操作して、ディスプレイに表示される予測進路と、予測される現在位置のマーカーを凝視し、答えた。

「深海棲艦に位置を逆探されるのを防ぐ為に無線封止を実施しているので、凡そですが問題無く進行していれば、今頃は千葉県勝浦市の沖合だと思われます。機雷敷設作業が終了次第、第三三戦隊は大洗に上陸し、そこから陸路でこちらへ戻り、『くろべ』は大洗港に避泊し、事態鎮静化まで現地待機の予定です」

「よろしい。艦隊の例の装備を用いた編成の方はどうだ?」

「軽巡以上の艦娘への装備と、その他支援の艦娘の調整などはオオマツ重工の技師の協力もあり、何とか進んでいます。深海棲艦の出方にもよりますが、敵侵攻艦隊の再侵攻発生までには終わらせると」

 その再侵攻がいつ行われるのか、検討の付け様がないが、武本は北海道からの増援艦隊の合流後と踏んでいた。猶予はあと二日か三日程度だろう。それまでに艦隊の再編と新装備への適応化の調整と準備を終えなければならない。

「テストは……そんな暇はないか。ぶっつけ本番でやるしかないな」

「充分な慣熟も無しに、艦娘の側の経験と腕任せとは、我々も追い込まれましたな」

「大丈夫、とは言い切れないが、今は彼女達を信じるしかない。我々は彼女達が生きて帰られる様に最大限のお膳立てを施すまでだ。伊勢と木曾も、これ以上の犠牲者は望むまい……」

 最も、何事も絶対は存在しない。どれ程手を尽くしても、その掌の指先から零れ落ちる様に部下の命は無くなる時は無くなってしまう。理想とは相反する非情な現実を無視する程、武本もロマンティストではない。

 

 

 横須賀の仮説司令部で湯原が予測した通り、もがみ型多目的護衛艦「くろべ」は、千葉県勝浦市の沖合を通過し、銚子岬へと進んでいた。

 浦賀水道の前面、三宅島付近に多数の深海棲艦艦隊が出張り、事実上の海上封鎖が実施されている中での敵中突破だったが、幸いにも哨戒艦隊などに発見される事なく、「くろべ」は茨城県方面への進出に成功しつつあった。

 艦娘の展開による深海棲艦の察知を防ぐ為に、第三三戦隊の展開すらも封じていた「くろべ」の艦内では新編第三三戦隊の愛鷹以下のメンバーが居住区で作戦前の仮眠等の休息をとっていた。統合基地が大損害を被り、屋外に敷いた仮説の寝床で雑魚寝して休んでいた時とは違い、少なくとも空調の効いたしっかりとしたベッドで眠れる様になっただけで、新編第三三戦隊のメンバーは大分休める様になっていた。

 最も、その中でも青葉や夕張、瑞鳳、そして旗艦の愛鷹と言った第三三戦隊の初期メンバーは、尚先日に戦死した衣笠、深雪、蒼月の事を引き摺り、傷心に沈んでいた。その傷心の四人に竹と秋月はかける言葉も見つからずと言う所であった。

 唯一、今年に入って鈴谷と言う相棒を失った経験を持つ熊野が相談に乗っていたが、彼女も精神科の専門医と言う訳では無い分、そのメンタルケアも万全という訳では無かった。

 

 青葉との相部屋を出て、「くろべ」の飛行甲板へ出た熊野はそこで先に飛行甲板で黄昏ていた愛鷹と出会った。

「皆様、大分落ち込まれておりますのね」

「一人死ぬだけでも大分辛いのに、一度に三人も死んだら辛みも三倍ですよ……」

 何時もの葉巻では無く、何処かで入手した市販の煙草を咥えて煙を吐きながら愛鷹は言った。

「悲しんでも逝ってしまった人たちは戻って来ない。その理屈は分かっています。でも、やはりあの三人が突然、日常から消えてしまった寂しさは大きいものです」

「……この先、ス級を含む大艦隊と戦うにあたって、わたくし達はもっと多くの犠牲を払う事になるでしょう。命は失わずとも、人間としての生活に不自由するくらいの傷を負う者もきっと……」

 包み隠さずに言う熊野に愛鷹は無言で頷く。

「それでも、わたくし達には立ち向かう事しか出来ませんわ。逃げ隠れ出来る所なんて、何処にもないのですもの。

 理不尽、不条理を前に逃げて良い時もありますけれど、毅然と立ち向かわなければならない時もありますわ。そんな時、絶対に譲れないものの為に命を賭してでも戦わねばならない時がある。わたくし達艦娘と言うのはその様な定めを背負っているのです」

「精々、正規の艦娘としてのキャリアが一年にも満たない私と、一〇年来の経験がある熊野さんとではやはり格が違いますね」

 苦笑を交える愛鷹に、熊野も励ます様に微笑んだ。育ちの良い、女性が浮かべる可憐な笑みだった。

 

 

「第二艦娘水上戦群」

 それが金剛型戦艦艦娘霧島に与えられた艦隊旗艦として率いる部隊の名前であった。

 艦隊旗艦の経験を全く持たない訳では無いが、霧島にとっては自身を旗艦とする艦隊としては最大規模になる事もあり、緊張感はそれまでに感じた事の無いレベルにまで高まっていた。

 彼女の指揮下に入る事になる艦娘は、一〇戦隊の能代、七戦隊の最上、三隈、八戦隊の利根、筑摩、更には練習巡洋艦の香取までもが組み込まれていた。更にその下に駆逐艦娘として第二艦娘水上戦群特別混成水雷戦隊として、各駆逐隊から編入された照月、涼月、冬月、島風、雪風、天津風、初風、時津風、嵐、萩風、野分、舞風、暁、響、雷、電、秋雲、風雲が配されていた。

 第二艦娘水上戦群は、霧島が率いる上記の艦娘以外に「第二艦娘水上戦群支援隊」として更に一八戦隊から天龍を旗艦に、駆逐艦娘の敷波、浦波、磯波、朧、曙、漣、潮、朝雲、山雲、夕立、春雨、涼風、山風、天霧、夕雲、巻雲が配備されていた。

 この第二艦娘水上戦群とは別に、赤城を旗艦とする第一航空艦隊(一航艦)と、大和を旗艦とする第二艦隊が別けて編成されており、再編された艦娘艦隊は三個艦隊編成で、深海棲艦の再侵攻に備える構えを取っていた。

 霧島は自分以外に戦艦艦娘の居ない、第二艦娘水上戦群の面々を引き連れて、浦賀水道や東京湾付近で最低限の艦隊運動の演習と装備の慣熟を行いながら、取り回しに聞きにくい新装備を見下ろして溜息を洩らした。

「私の想像以上の火力だけれど、艦娘の肝心な機動力を削ぐのは頂けないわね……」

 艦娘は海上機動歩兵とよく形容されるが、その名詞を引用すれば、機動兵力たる艦娘が機動しなくてどうするのか、というぼやきが霧島の口から零れそうにもなる。とは言え、現状、艦娘に求められる最大火力を発揮出来るのが第二艦娘水上戦群になると言う事もまた彼女は理解してはいた。

 大和型改二の五一センチ砲の徹甲弾ですら射抜けないス級や、その大和型の火力をもってしても中々に苦戦を強いられる戦艦水鬼等の高耐久目標の装甲を理論上は容易く射抜ける新装備。火力で劣る艦娘艦隊の起死回生の新装備。それを使いこなす為にも、と霧島たちは限られた時間の中で新装備の慣熟と、新規編成の艦隊の運用の為の演習に励んだ。

 天龍率いる支援隊を見れば、その編成には刃こぼれした様にいない顔があった。欧州戦役に派兵された際に、綾波と狭霧が重傷を負って駆逐隊の戦列から脱落している。日本の軽巡艦娘最強と言われる矢矧も同様で、欧州への派遣時に重傷を負い、日本へ帰国時にそのまま内陸部の病院のICUに搬送されてこっち、退院の朗報はまだ来ない。

 視線を変えれば第五艦隊でも伊勢と木曾の二名が戦死し、その他多数の重軽傷者を出していると言う知らせもあった。中でも艦娘として同期生の伊勢の死は、霧島にとって今年に入って最大の衝撃的知らせであった。日本の戦艦艦娘として、初の犠牲者にもなる伊勢の事はまだ首都圏防衛に展開している艦娘の多くには知らされていない。

(伊勢と木曾の分も、ここは守って見せないと)

 先に逝った同期生の朗らかな顔を脳裏に浮かべ、もう会えない寂しさを胸に、霧島は寒々とした空を見上げた。

 

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