艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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第一一五話 防号作戦

「回頭発動、おもーかーじ! 0度ヨウソロ―」

 日本の北辺の海より遥か南の関東地方北部の沖合で、愛鷹の号令が下される。

 愛鷹を先頭に単縦陣を組んでいた新編第三三戦隊の各位の回頭が始まる。二番艦を務める青葉、新たな三番艦となった熊野、夕張、瑞鳳、竹、秋月、夕月の八人の単縦陣が一斉に頭を右に向け、白く曳かれる航跡を右へと湾曲させていく。面舵に切って一時的に単横陣になる並びから即座に元の単縦陣へと七人の並びは変換されていく。

「熊野以下、続航します」

 報告する青葉の言葉に愛鷹はよろしいと満足気に頷く。

 北海道で第五艦隊が深海棲艦との死闘を繰り広げ、犠牲を払いつつも敵主力艦隊を撃破して約半日。第三三戦隊も第五艦隊とはまた別の形で与えられた職務に邁進していた。

 現在の第三三戦隊の任務は、茨城県大洗町の沖合に、北海道から転進して来る深海棲艦の機動艦隊の予測進路上への機雷敷設作業の支援と護衛任務であった。多目的護衛艦「くろべ」に同乗して海域へ展開した第三三戦隊は、機雷敷設作業の合間に、再編成を遂げた現在のメンバーでの艦隊運動演習を行っていた。

 新規に編入されたメンバーは第七戦隊から熊野、第四三駆逐隊から竹、第六一駆逐隊から秋月、第二六戦隊から引き抜いた夕月と皆所属がバラバラであり、一個の作戦単位として機能する第三三戦隊での活動においても、艦隊運動の調整は必須だった。艦娘艦隊は日本艦隊だけでも大変に数が多いので、過去に同じ艦隊を組んだ仲もあれば、今まで組んだ経験が無い仲の者も少なくない。

「くろべ」による機雷敷設作業の合間に行う艦隊運動演習は、比較的順調に進んでいた。確かに互いに組んだ経験があったりなかったりとバラバラとは言え、素の艦娘としての個々の練度は全員高い水準に纏まっている。新艤装になって日が間もない夕月ですら、艦隊は勿論、自身の新たな装備にすら既に手に馴染む様に練達しているかの様な動作で、愛鷹の指示に従えている。

 現在の第三三戦隊は、いくつかのバージョンアップを施されていた。まず戦隊の次席旗艦たる青葉は試験的に戦没した衣笠の装備を用いて、航空巡洋艦仕様の改二航から、純粋な重巡洋艦艦娘の改二としての形態へと装備の改変が行われていた。実際には左足のマウントに装備されていた飛行甲板を取り外し、衣笠の第三主砲を移植すると言う程度ではあったが、これによって火力が主砲搭一基分低下していた青葉の火力が元通りに戻る事となった。

 青葉を航空巡洋艦仕様の改二航から重巡仕様へと改変した事によって生じる水上機運用は、航空巡洋艦艦娘である熊野がその後任を務める事で落ち着いていた。

 艦隊の防空と対潜は初期メンバーの時よりも強化が入り、防空では秋月と夕月、対潜では松型の竹、そしてこちらでも夕月と、蒼月と深雪の時よりもバランスが良くなっていた。また現在だけではあるが、夕張は彼女の改二艤装の形態の一つである改二丁の状態で戦隊に従属していた。深海棲艦の徹底的な砲爆撃で破壊しつくされた統合基地の瓦礫の中から見つけ出した、夕張改二艤装の各種コンバート形態の部品を集めて構築した改二丁仕様のデータ取りをしたいと言う夕張の願いもあって、艦隊運動演習と並行して行われていた。

 ユニット単位で組み換えが出来るスタンダードフレックスの仕様を取り入れているだけに、夕張の改二丁の艤装はモジュール交換でいとも簡単に別仕様へと組み替える事が出来ていた。同じ仕様でも調整に時間がかかった熊野の航巡仕様の改二と軽空母仕様の改二航での手間を考えれば雲泥の差はある。

 同様に装備の換装による疑似的な純粋な重巡改二の姿としての形態になった青葉も、始めこそバランスの調整で身体の姿勢を傾ける事はあったが、一時間以上に及ぶ艦隊運動演習の合間に左足にかかる砲塔の重量に慣れて来ていた。元はと言えば青葉にも改までの時点で左足に砲塔を装備していたので、現在の姿は原点回帰ではあったが、砲塔そのものが新しいものに換装されていた。慣れ親しんだ二〇・三センチ二号砲から、新装備の四号砲へと換装されているのだ。

 新しいメンバーを再度振り返りながら愛鷹は微笑を浮かべた。衣笠、深雪、蒼月の三人失ったのは未来永劫、自分の背中に課せられた十字架だが、ここで膝を着き、目を瞑むり、終わりを迎えてしまっては先に逝った三人は浮かばれないだろう。新しいメンバーを迎え入れて第三三戦隊を再建して尚健在である事を示していく事こそ、同じ部隊を組んだ戦友への手向けになる。

 愛鷹は冷たい青空を見上げて、目を細めた。あの空のもっと高い所から私達を見守っていてください、と先に逝った仲間へ呼び掛ける。

「『くろべ』より入電。機雷原形成完了まであと一五分程度です」

 通信の中継担当を行う瑞鳳からの報告に我に返った愛鷹は、制帽の鍔を掴んで視線を海面へと戻す。

 少し離れた所で「くろべ」の鈍色の艦体が浮かんでいる。その艦尾で時折白い飛沫が上がり、艦尾のレールから投下された機雷が海へと投じられる。当然ながら機雷敷設予定地点は共有済みだから、第三三戦隊はその外側で艦隊運動演習に励んでいた。

「今何処に居るのか分かりませんけど、時間的に言えば北海道から転進した深海棲艦の機動艦隊がこの近海にまで南下してくる頃合いでしょうね」

 双眼鏡で波間に漂う機雷を確認しながら青葉が言う。

「青葉達の過去の経験に基づくなら、もう暫くしたら深海棲艦の機動艦隊と会敵し、一戦交える事になりますが……」

「今回は実弾を一応持参しているとは言え、会敵はなるべく避けた行動をとります」

 被りを振って愛鷹は答えた。ほう、と少し意外そうに青葉は首を傾げる。

「火力の差、艦隊総数の差、何から何まで私達の今の戦力では南下してくる敵艦隊に対抗出来る要素はありません。第三三戦隊の主任務は本来なら敵の情報を集め、それを味方に共有する事です。共に戦列を組んで戦うのはあくまでも副次的な事に過ぎない。

 今まで散々、前衛艦隊としての任務を遂行して来た中でついぞと忘れてしまいそうになる事ですがね」

「第三三戦隊って、本来は索敵攻撃部隊でしたよね、そう言えば」

 思い出した様に青葉は頷く。無論、偵察部隊だから、偵察任務以外の戦闘行動を行わないと言う訳では無いが、第三三戦隊の本来の役目は、主力艦隊の行動に先立っての深海棲艦前衛艦隊排除では無く、敵艦隊そのものに対する情報収集だ。敵の編成、進路、規模、様々な敵情報を収集し、味方艦隊の攻略に役立てる。それが設立時の理由だった。

 初心に帰ると言う訳では無いが、と愛鷹は注釈しつつも、悪戯な冒険は控える事を心掛けていた。

 

 

 あと五分程度で機雷原の形勢が完了すると言う頃、愛鷹の四二号対空電探改二、青葉と熊野の二一号対空電断改二、そして上空で空中警戒機任務に当たる彩雲から敵味方不明機の機影が探知され、警報が艦隊と「くろべ」に飛んだ。

「ボギーの詳細を」

 鋭い声で解析を命じる愛鷹に、CIC妖精や瑞鳳らが直ちに解析に入る。十中八九、飛来した方向から言って深海棲艦の艦上偵察機だとは思われたが、それでも既定の手順は実行する。

 程なくして識別が完了した。解析、識別した機体名を瑞鳳が読み上げる。

「深海攻撃哨戒鷹です。敵索敵機ですね」

「機数は二機……こちらの存在を把握して送り込んだ攻撃隊では無く、あくまでも前路哨戒の哨戒機か。『くろべ』に打電、速やかに現海域より離脱されたし。愛鷹より秋月さん、夕月さん、高角砲で迎撃は可能ですか」

「射程外です」

 夕月の短い返答に愛鷹は驚いた様子も見せずに了解とだけ返す。

「『くろべ』より返信。積み荷がまだ残っている為、全部投下し終わり次第、全速で離脱する、との事です」

 通信を中継して報じた青葉の言葉に、愛鷹は水平線上に見えるもがみ型多機能護衛艦の艦影に視線を向け、溜息を吐いた。戦場で命を張るのは艦娘だけではない、という大人の戦意の表れと取るべきか、それとも愚直に任務を遂行し遂げる揺ぎ無い職務への執着か。いずれにせよ、万一「くろべ」が撃沈される様な事態になった時、乗員を救助する能力を第三三戦隊は持たない。

 しかし、「くろべ」が中途半端に、いや腹八分で切り上げた機雷が首都圏での戦いの趨勢に寄与するかもしれない事を考えると、無理にでも離脱を要請する事も出来ない。四八式超電磁砲艤装を備えた艦娘水上戦群の編成がされ、ス級や戦艦水鬼等の深海棲艦主力艦を一撃で屠る決戦兵器の配備が進められているとは言え、どうしてもトータルでの火力の差は覆しきれない。

 遠くで機雷が海面を割る音を聞きながら、愛鷹はふと以前聞いた「プロジェクト・ハリマ」で作られていると言う超戦艦艤装の事を思い返した。初めて聞いた時は、また自分を実験台に、と拒否反応を示したものだが、ス級flagship級に加えて、レ級flagship級の量産化とインフレーション著しい深海棲艦戦艦戦力を前に、今の艦娘の戦艦戦力では限界が見えて来る。

 新艤装の実験台になるのではない、自分があの大和を超越する戦艦になり、切り札となる。そう考えなおせば、強ち悪い話でもない。

 いずれにせよ、今のままでは苦しい戦いが、もっと辛いものになり、更に多くの仲間の血を流す事になるだろう。それでいて、こちらはろくな抵抗を見せる事も出来ず、ただただ蹂躙されてしまうがままになる。

 愛鷹の心は揺れかけていた。「プロジェクト・ハリマ」で予定されている艤装のスペックは勿論知っている。それだけに強さへの誘惑が彼女を揺さぶった。人生経験の浅い彼女とて決して強さだけが全てとは限らないと思ってはいる。だが一方で、今の自分達が「敵の力」を前に非力気味なのも否定は出来ない。

「いよいよ、贅沢な人選と言う事ね……」

 誰と無く呟いた愛鷹に、青葉と熊野の怪訝な視線が向けられる中、着信音が第三三戦隊のヘッドセットに鳴り響く。

≪こちら『くろべ』、機雷敷設作業終了。これより本艦は最大戦速で大洗港へ避退する。第三三戦隊各位、護衛の程、深い感謝の念を述べる。

 ではお先に失礼≫

「第三三戦隊旗艦愛鷹、了解。『くろべ』へ、無事なる避退を」

 機関音を鳴らし、艦尾の海面を白波で滾らせた「くろべ」の灰色の艦体が、瞬く間に遠くなっていった。

 それに合わせて、愛鷹も第三三戦隊に後に続く様に指示を下す。

「第三三戦隊、現時刻を持って艦隊運動演習を終了とする。用具収め終わり次第、全艦、警戒陣を形成、本艦隊も大洗へ向かう」

 

 

 警戒陣を組んで西へと進路を切る第三三戦隊の皆が無言で海面に双眼鏡のレンズを向ける中、遠くの海中で炸裂音が轟くのを愛鷹のバウソーナーや対潜護衛艦である秋月、竹、夕月のソーナーからも捉えらえた。

「水中で爆発音聴知。機雷原の方と思われる」

「漁業組合など民間への機雷原敷設の通達は出ている……機雷原があるとも知らずに突っ込んだ深海棲艦が早くも引っ掛けたと見るのが妥当ね」

 にやりと口元を緩める愛鷹だったが、一方で果たして何隻仕留められるか、という疑念もまたある。「くろべ」の敷設した機雷は、単なる機雷によるキルゾーンを形成した訳では無い。掃海でいっぺんに誘爆して機雷原が全て破壊されない様、その敷設位置には工夫が凝らされている。つまり前衛艦隊がいずれかに引っかかったとしても、ブービートラップはまだ尚海中に多数あると言う事だ。

 機雷も機雷で、駆逐艦や軽巡には反応する物や反応しない物、逆に戦艦や空母などの大型艦には反応する物、しない物を織り交ぜている。係維機雷、沈底機雷と機雷の種類も多様だ。

 だがそれでも敵艦隊が機雷で全滅する事は無いだろう。何隻かは仕留められるかもしれないが、全滅する前に迂回ルートを取ったり、海中にある機雷を吹き飛ばさんと砲撃して機雷掃討に当たる事も考えられる。あくまでも一時的な足止めにしかならない事は容易に想像出来た。

 それでいいと愛鷹は思っていた。横須賀では、再編した艦娘艦隊が四八式試製超電磁砲艤装への慣熟や、新編成の艦隊の運動演習など、来るべき再戦に備えている。その調整が済むまでの時間を稼ぐ事が出来れば、今回の任務の目標は達成される。あとは生きて帰られれば文句なしの初陣になる。

「各艦、警戒陣から輪形陣に陣形変換。対潜、対空警戒を厳となせ」

 海面を一対の脚が切る波切音を複数奏でて、第三三戦隊の艦娘が位置を入れ替え、警戒陣から輪形陣へとフォーメーションを切り替える。

 艦隊運動演習の成果か、切り替わる陣形に危うい所は無い。頭数が八人に膨れ上がった分、若干前の第三三戦隊の時よりは時間がかかるが、それは流石に致し方ない。少なくとも、もっと戦術規模の大きかった第三三特別混成機動艦隊の時よりはマシだ。

 輪形陣に切り替えた第三三戦隊の後背で、機雷原が爆発する音が、海水を触媒にそれから何度か響いて伝わって来た。

 戦果は後で、RQ-44が確認してくれる。愛鷹は頭上を見上げ、人間の目でも確認しづらいUAVの姿を空に求めながら、自分に言い聞かせた。

 

 

 ぽつり、と言う雨粒が滴り落ち、地面で雫が弾ける音が響き始め、やがて無数の雫が天空から降り注いできた。

 冬の雨が統合基地を含む関東一帯を覆う中、瓦礫の撤去はあらかたが終わり、綺麗に片された敷地には仮設のテントが幾つも建てられていた。焼き払われた一時崩壊した基地施設の機能を復旧させるべく、仮設指揮所として整備が進むテント内には仮設の野戦無線装置を載せたテーブルが並べられ、武本が戻った日よりも更に仮説の野戦司令部としてのグレードを上げていた。

 一時は呉への司令部機能の移転を考えていた武本にとっては、横須賀の統合基地の基地機能の回復は素直に喜ばしい事であった。他にも谷田川と共に地下指揮所崩壊時に死亡した基地司令部要員の補充要員が、大湊や舞鶴、呉と言った基地から派遣され、日本艦隊の司令部機能も再編が進みつつあった。

 そんな中で武本は、市ヶ谷の板垣らと協議の上で決定した作戦計画を、仮設指揮所に集まった新しい司令部要員と、艦娘水上戦群の旗艦霧島、一航艦の旗艦赤城、第二艦隊の大和、それに大洗から戻ったばかりの第三三戦隊の愛鷹を加えた人員を前に語り出した。

「作戦名は防号作戦だ。本作戦は深海棲艦首都圏侵攻艦隊と名付けられた敵艦隊の侵攻に対応する防衛作戦計画となる。本作戦は陸、海、空の統合任務作戦となるが、敵侵攻先の予想に伴って、防号作戦は防一号と防三号作戦に別けられる。なお防号作戦そのものは防二号、防四号も存在するが、奇数番号作戦が主作戦計画、偶数番号が支援のための作戦計画と認識してくれ」

 そこまで述べてからより詳細な作戦計画の説明を武本は呉基地からの補充要員の一人であり、作戦参謀の北敦大佐に求めた。

「防一号作戦は、浦賀水道を通過して、東京湾への侵攻を想定した防衛作戦計画となります。防二号作戦は防一号作戦の支援計画となり、下総基地などの海軍航空隊と百里基地、小松基地、横田基地の空軍航空戦力を以てしての航空攻撃作戦計画となります。

 まず防一号作戦ですが、現在三宅島近海に橋頭保を構築している深海棲艦首都圏侵攻艦隊に対し、再度の侵攻があった場合、我が軍は浦賀水道の入り口、剱埼から洲崎に艦娘艦隊を展開させ、防衛戦を展開します。艦隊戦に先立ち、一航艦の全力航空攻撃を実施、次いで第二艦隊、艦娘水上戦群支援隊が側面攻撃と陽動を実施し、敵艦隊の随伴艦に攻撃を集中、敵本丸の主力艦を覆う艦を引き剥がします。

 そして艦娘水上戦群の超電磁砲艤装の攻撃で敵巨大艦ス級、レ級、戦艦水鬼等を撃沈し、敵艦隊を撃滅する、と言うのが骨子となります。

 防三号作戦は深海棲艦が浦賀水道北上では無く、鉾田等の鹿島灘方面からの着上陸作戦を試みた場合の作戦計画です。この場合、艦娘艦隊は敵上陸部隊と支援艦隊の後背から攻撃する作戦となり、作戦の主軸は陸軍の防衛戦支援になります。防三号作戦では、陸軍の遅滞戦闘の間に敵上陸部隊及び護衛艦隊の後背に遷移し、一航艦の航空攻撃、第二艦隊と艦娘水上戦群の突入を持って敵艦隊を撃滅します」

 北の解説を聞いて、愛鷹はその目深に被る制帽の下で微かに口角を上げた。成程、作戦名は太平洋戦争の捷号作戦が由来か。捷号作戦も一号から四号作戦までの計画が立案されている。ここを突破されたら後が無い、と言う意味でも捷号作戦を準えた作戦名はおあつらえと言えたし、同時に史実では敗北した作戦名を参考にした作戦名はゲンを担ぐ癖がある海軍的に言えば余り良いネーミングとも思えない。

 そんな愛鷹の感情は兎も角、作戦計画の解説が進む。

 防一号作戦発動の場合、統合基地とは目と鼻の先の戦域となるので、艦娘母艦の支援は無い。ただし戦略防衛隊の巡洋艦「あいづ」「あこう」が火力支援を実施するなど艦艇の支援はある。また佐世保から陸路で運び込まれているRCB-90高速戦闘艇も多数投入され、負傷した艦娘が出た場合の回収に当たる予定だった。

 防三号作戦の場合、統合基地に停泊している艦娘母艦「しだか」等を拠点に出撃し、茨城県沖の海上にFOB(前線基地)を構築する事となる。また同作戦では戦力を損耗している陸軍日本方面軍東部方面隊に戦略防衛隊第一師団も参加し、防衛作戦を実施する事となる。

 防二号作戦、四号作戦共に関東一帯と小松の航空基地に展開する全ての航空戦力による航空支援を実施し、各防衛作戦の支援爆撃を実施する。

「……総力戦だな」

 北の解説を聞いた橘が呟く。一時退官していた時期を挟んでも旧海上自衛隊時代から続く経験の長さを感じさせる深い声は、武本以上に海軍の提督としての貫禄を感じさせた。

 確かにと愛鷹は配置される戦力を見て鼻の奥を鳴らす。地上戦力である東部方面隊には、損耗した戦力補填の為に北部方面隊を除く方面隊から増派された部隊もある。動員戦力は防号作戦全体で三万人近くに上る。その内七割ほどを陸軍と戦略防衛隊の陸上防衛隊が締めていた。

「『あいづ』及び『あこう』、それに同隊の艦娘からなる戦略防衛隊海防隊の哨戒艦隊は、橘少将が指揮を執ります」

「戦略防衛隊との共同作戦だが、彼らとの共同演習の経験が我々には無い。そこで橘少将、貴方の部隊は防一号作戦の際は東京湾に展開し、後詰としての配置をお願いしたいです」

 階級は上でも年齢は橘が上なだけに、敬語で依頼する武本に、橘は承知と頷く。

「我が隊の艦娘、所謂JK艦娘と言われている彼女達の練度を鑑みても、下手に前へ出せば却って前線で混乱を来しかねません。我が隊は東京湾のここ、第一海堡と第二海堡の近海に布陣し、国連海軍艦隊に支援に当たろうと思います。万が一の場合は、国連海軍艦娘艦隊の救援にも当たれます。ここからなら、〈あいづ〉〈あこう〉のSSMに加えて主砲の砲撃も射程内だ」

 太い人差し指で地図に書かれている地名を叩き、橘は言う。

「防三号作戦の場合、戦略防衛隊の艦隊は艦娘母艦部隊の護衛戦力として、共に進出して貰います」

「了解だ」

 北の言葉に橘は頷く。

「だが、肝心な事が一つ抜けています。深海棲艦がどちらから来るのか。それをはっきりさせねば、防衛作戦は根底から変わる。

 日本海海戦の東郷平八郎、と形容するのは飛躍し過ぎかも知れませんが、我々は限られる戦力を最大限に奴らにぶつける為にも、敵侵攻予測ルートを正確に、可能な限り読み間違のリスクを下げて判断せねばなりません」

 この場にいる将校でも最も高齢な海防隊の少将の語り口は、何処か教師の説教の様な口調だった。武本と同じ元海上自衛隊の将校だった、と言う以上の事は余りこの場の人間には明かされていないが、海上自衛隊の教官職をかつて担っていた、と言われても違和感のない話し方であった。

「我々にはその為に用意した部隊があります」

 武本のその言葉に、愛鷹は背筋を少し伸ばした。次の言葉で自身の率いる戦隊の指名が来るのは分かっていた。

「再編した第三三戦隊を持って、敵艦隊の侵攻ルートを調査します。三宅島近海まで第三三戦隊を進出させ、敵艦隊のより詳細な陣容、戦力、そして予測される侵攻ルートの調査を実施します」

「愛鷹中佐達の実力を疑うと言うつもりではありませんが、八人だけの艦隊を、姫級や強力なイロハ個体が多数展開するあの海域に投入するのはリスクが大きすぎませんか?」

「否定はしません」

 橘の疑問に愛鷹自ら答えた。

「我が戦隊の初陣となった沖ノ鳥島海域への偵察作戦、あの時とは現在の深海棲艦の脅威度は比べ物にならない、と言ってよいでしょう。敵の警戒網はそう容易く突破出来るものではないかと思われます。敵も最も有力な艦娘艦隊戦力がこの地に結集している事は承知の筈ですから、当然自拠点の守りを固めているかと」

「そうだとして、どうやって偵察作戦を実施するかね?」

 元佐世保基地の基地司令だった日本艦隊参謀長の成田少将の問いに、愛鷹は視線を新参謀長に向き直って答える。

「地図を見ても、今は分かりません。実際に現地に赴き、五感も動員して調べてみない事には」

「再編した一航艦、二艦隊、水上戦群、何れも本格的な戦闘を前に損耗する訳には行かない。つまり、君達の支援、陽動に当たれる艦隊戦力は無いと言う事になるが……」

「いや、直接砲戦を行う訳では無い、一航艦なら出せる」

 成田の言葉を武本が遮る。

「しかし、敵の防空能力は苛烈です。最も肝心な戦闘を前に、航空戦力を消耗しては、敵の再度の本格侵攻時に一航艦が完全な遊兵となりかねません」

「航空戦力に関しては、少なくともその問題はありません。万が一の事を想定し、予備の航空妖精と機体の補充と錬成が完了しており、一航艦可動機全機が損耗しても、完全充足状態での補充が二度は可能な程度の余剰兵力があります」

 航空参謀を兼ねる赤城の言葉にほうと成田は声を上げる。

「無論、損耗しないに越した事はありませんが、最適なタイミングで最大の兵力を投入する事は戦術的に見ても有効かと」

「となれば、一航艦の陽動航空攻撃で敵の注意を引き、その間に第三三戦隊が敵拠点へ突入し、情報を収集すると言う事になるか」

「ですが、それでは吊り上げられた敵機動部隊の詳細を我が戦隊が把握出来ません」

 愛鷹は冷静に注意事項を唱える。第三三戦隊の索敵機は愛鷹と瑞鳳に新規配備された彩雲に限られるので、一航艦が敵艦隊を釣り出せば、その分だけ少ない戦力が分散する事になり却って効率が悪い。

「それに関しましては、我が一航艦の索敵機が責任をもって敵機動部隊を徹底的に調べ尽くします」

 自信たっぷりに赤城は愛鷹に答えた。

 赤城の回答に、愛鷹は現在の一航艦の戦力と編成を頭の中で思い起こす。現在の一航艦の空母艦娘戦力は、一航戦赤城、加賀、二航戦蒼龍、飛龍、三航戦千歳、千代田、伊吹、五航戦翔鶴、瑞鶴、七航戦大鳳、黒鳳、蒼鳳、赤鳳の正規空母艦娘一〇人、軽空母艦娘三人の一三名。なお三航戦は龍驤と祥鳳を第二艦隊の直掩空母として編入している。六航戦の笠置、阿蘇、生駒の三人の正規空母艦娘の動向は把握していないが、赤城の言う一航艦の航空戦力の錬成の話に絡むのなら、舞鶴基地辺りで補充要員の航空妖精の練度上げの為に展開しているのかもしれない。

 いずれにせよ、搭載機数にはばらつきがあれど、正規空母艦娘が一〇人、軽空母艦娘が三人も揃うなら、第三三戦隊の繰り出せる偵察機の数倍の機数を送り出せるだろう。主に艦隊の防空と対潜を担当する三航戦やジェット機運用が中心の伊吹を除いても、一航艦全体で繰り出せる彩雲や二式艦偵の数は二〇機以上に上る。

「では赤城さん率いる一航艦で陽動攻撃と、敵機動部隊の状況把握をお願いします」

 暫しの思案の末、愛鷹は赤城に頼みを入れた。

「お任せを」

 微笑を浮かべて自信を持って答える赤城の表情から垣間見える古強者の貫禄を前に、愛鷹は少し背筋が伸びた。

「よし、では一航艦及び第三三戦隊を持って、敵拠点への陽動攻撃と敵情把握の強行偵察を実施。第二艦隊と艦娘水上戦群各隊は、当基地にて準出撃待機だ。緊急時には艦娘水上戦群を一航艦と第三三戦隊の救援、回収に回す。

 一刻も早い情報が望まれる、強行偵察作戦実施は明日実施しようと思うが、天気予報はどうだ」

「問題ありません。気象庁の発表では雨は今日一杯です。明日は快晴の予報です」

 気象参謀の勝山中佐が答えた。

 低速の艦娘が含まれる第二艦隊では無く、足の速い艦娘で編成される艦娘水上戦群を後詰として指定する武本の発言に、大和が少し物言いたげな表情を浮かべるが、口には出さず、開きかけた口元を締めた。

「一航艦の航空戦力を最大限活用するとなれば、作戦開始は日の出と同時でしょうか」

 成田から挟まれる意見に武本は腕時計を見て頷く。

「午前七時頃だな。この季節だとまだ少し薄暗いが、発艦程度なら可能か?」

「一航艦の空母艦娘の練度でなら、問題ありません。可能です」

 赤城の返答に武本は宜しいと頷く。

「各隊は直ちに出撃準備にかかれ。明日は早起きだぞ」

 

 

 解散後、武本が一人だけになったのを見計らって、愛鷹は声をかけた。

「提督、少し宜しいですか」

「何かな?」

 上官の声で返す武本に、愛鷹もあくまで部下の声と態度を崩さずに議題を持ちかけた。

「小官も小耳に挟んだ話ですが、提督はプロジェクト・ハリマの話はご存じで?」

「七号計画艤装か……あるよ。君しか適合出来る艦娘が居ない艤装だが。まあ、少し弄れば大和型でも纏える様に調整をしていると言うが。それがどうかしたか?」

「昨今の深海棲艦の火力を含む、性能のインフレーションを前に、今の私達は劣勢を強いられているのが現状です。大和型の改二を実施しても、現状こちらの戦艦艦娘の火力では何れ、右肩上がりの深海棲艦戦艦の大火力と強靭な装甲に太刀打ちできなくなる可能性が大です。

 小官としても、僭越ながらこれ以上パワーバランスが悪化する事は無いと断言出来ない以上、私達の方もまた強化するべきでは無いかと愚考する所です。もしプロジェクト・ハリマと言うのが本当にある新型艤装計画であり、尚且つ、適合者が私くらいなのであるならば、私はその艤装を纏おうと思う所です」

「……君の口から、自身を強化してほしい、と言う言葉を聞く事になるとは思わなかったよ」

 上官の姿勢から一転して、愛鷹をこの世に連れて来た大人の一人としての態度になった武本は、椅子から立ち上がると、愛鷹を外へと誘った。

 

 埠頭の端、かつては護衛艦が係留されていたさびれた埠頭の端に立ち、武本は議題を再開した。

「プロジェクト・ハリマに関して、君は何処迄聞いている?」

「私に適合させる事を想定して開発している、と言う程度で」

「そうか。エスペラント艦隊の話は聞いているかな」

「多少は。余り軍内でも喧伝されていないので、実体のない部隊、プロパガンダの存在だと思ってましたが」

「そのエスペラント艦隊で実証実験を行っている。ただ、あくまでも外洋航行が可能か、否か程度の試験しか行えていない。艤装のコアとの同調の問題で、エスペラント艦隊の艦娘では実弾試験を実行出来ないそうだ。何でも火器管制が起動してくれないとか。

 一応、誤解の無い様に言っておくが、君の命を突け狙っていた一派との関係性は無い。あくまでも向こうと言うか、艦娘艤装の開発局部門が大和型を越える艤装を目指して開発した艤装計画だ。艦娘の側の意思確認無しで進めたと言うのには少々問題はあるが……こちらから要請を出せば、向こうは艤装を送ってくれると思うが、やるか?」

「今のままでは、どの道、深海棲艦に蹂躙され、返り討ちに遭い続けるだけですからね。ス級への対抗手段が限られる中、今の戦力では既存の戦艦水鬼ですら苦戦する相手です。四八式艤装は艦娘の攻防スペックの劣勢にブレークスルーを起こせるかもしれませんが、複数人で運用しなければならないという欠点がある。

 ただ単純に戦艦艦娘としての強化を図ったプロジェクト・ハリマの艤装を纏えるようになるのなら、犠牲者の更なる発生は抑えられるのではないか、と思いますが」

「君自身はどうなのだ? ……人間を人為的に作り出す禁忌に手を出した狂人達のエゴイズムに翻弄され、本来の大和を越える戦艦艦娘として、無茶苦茶な幼少期を送らされたトラウマを払拭出来た訳じゃないだろ」

「それは否めません。ですが、もし私がプロジェクト・ハリマの艤装を使いこなせていれば、衣笠さんや、深雪さん、蒼月さんが落命する事は無かったかもしれない。いえ、それ以前にスプリングフィールドさん、エクセターさんと言ったス級に殺められた艦娘達だって死なずに済んだのでは」

「戦争と言うのは、君一人どうこうで流れが決まる話ではない」

 静かだが、はっきりと言い聞かせるように武本は言った。

「戦争は、集団の争いだ。君がス級に太刀打ち出来ないから云々は、君自身の自惚れでしかない。私も含めて軍隊の中での軍人と言う歯車は歯車に見合った回転をするだけだ……それだけは忘れるな。

 それを聞いて愛鷹も流石に反省した。過ぎた発言をしたと謝ろうとした時、武本が真顔から微笑を浮かべて言った。

「だが、まあ、今の歯車の回転効率では、深海棲艦と言う相手に手が回らないのも事実だな……やるか?」

「やります」

 他に言葉は要らない。ただ一言の返事に己の決意を込め、愛鷹は答えた。

 一言の決意を聞いた武本は、両手を腰に当てて溜息を吐くと、顔を上げて一点を忠告する様に言った。

「直ぐには用意出来ないからな。今の日本の状況では、通販の様に明日届けます、と言う事は出来ない。それと超戦艦艤装を装備した際に、君の身体に何が起きるのか、そこは未知数だ。

 それと、この決断をした事は大和にはちゃんと話すんだぞ。君の口から」

 

 

 作戦発動が下命され、準備に入る第三三戦隊の中で、夕張は少し後をお願い、と言って艤装の準備作業にかかるメンバーを置いて何処かへと行っていた青葉が手下げ袋を下げて戻って来るのを見て、その手に持つ袋の中身が気になった。

「何を持って来たの?」

 尋ねる夕張に、青葉は手提げ袋から手袋を取り出した。見覚えのある茶色い手袋に、夕張は察した様に頷いた。

「それは?」

 一方、夕張の脇から夕月が視線を向けて、質問して来る。新人と言うのもあるし、同じ艦娘同士とは言え、日本艦隊だけでも規模大きな学校程も艦娘が居るだけに、夕月も全艦娘の特徴を把握し切れている訳では無いだけに、素朴な質問として青葉に問いかける。

「ガサの……衣笠の手袋です」

 静かな声で青葉は言った。名前を聞いて、夕月はああ、と申し訳無さそうな声を上げる。謝ろうとする夕月に青葉は良いんですよと言いながら、かつては妹のものだった手袋をその手にはめる。概ね、体格が同じだったのもあって、手袋のサイズは青葉の手にも違和感なくはまった。

「処分する訳にもいきませんしね。こうしていれば、いざって言う時、迷わなくなりそうで」

「迷わない為の、お守り、と……」

 なるほどねと傍で聞いていた熊野がしたり顔で頷く。鈴谷と言う腐れ縁な相棒と長い事やって来ていた熊野には、青葉の考える事にはシンパシーを強く感じていた。自分も、鈴谷の何かを身に纏っていたら、とついぞ考えてしまうが、生憎熊野と鈴谷は体格差がある方で、流用出来る私物が無かった。スリーサイズも違えば、背丈も少し鈴谷が上だし、足のサイズも熊野が少しだけ大きい。

 羨ましい事、と熊野はほんのり羨望の視線を青葉に向けていた。同性愛と言う程では無いが、熊野として、鈴谷は何時だって一緒にいた相棒だったし、それこそ青葉と衣笠と言う常にセットなペアの様に共に過ごして来た時間は長い。しかし、それでいて、鈴谷の形見を引き継いで今も尚戦場に立つと言う事が出来ない自分の少し残念な所に、自虐的な笑みが浮かびかける。

 思えば体格も違えば、艤装の使用感も大分違ったなと熊野は回想した。航巡仕様の時に持つ主砲艤装の持ち方も違うし、軽空母運用時の航空艤装の扱い方も、熊野と鈴谷とでは個人差がはっきりと表れていた。

 片や今熊野が羨望の視線を向ける青葉と、鈴谷と同じ亡き衣笠は、まるで実の姉妹の様に息の合う所や、身のこなし等が似ている所があった。体格差も殆ど無く、性格も概ね同じ。それでいて実の姉妹では無いと言うのが信じられないくらいだった。

 羨ましい、ただ単純で、明確な感情を思い抱きながらも、熊野は軽く頭を振って、意識を切り替える。自分は自分、青葉は青葉だ。

 

 手袋をはめた青葉がそのこげ茶の布地に包まれた自身の五指を動かして、手袋に馴染ませていると、手袋を介して亡き衣笠との記憶が脳内で蘇り始めて来た。

 初めて艦娘養成校の門戸を叩いた時、当時の若狭青葉にとって他に行く所も、身寄りも、そして見送ってくれる者すらいない中、その近くで両親と弟に別れを告げ、自分と違って華々しさを引き連れて養成校の門戸を潜ったのが衣笠こと笠月絹代と言う少女だった。

 養成校で始めて言葉を交わした時の事は一〇年余りが過ぎても尚、青葉の脳裏には昨日の様に思い出される。養成校入学後も、一匹狼気質が抜けていなかった青葉に、気さくに声を掛け、戦友として、共に頑張ろうと言ってくれた衣笠が青葉には眩しかった。ある意味で、今の青葉の一時期封じられていた陽気でアクティブな性格を再び解き放ってくれた恩人の一人でもあった。

 思い返せば溢れかえる懐かしい記憶に、ふと目頭が熱くなって来る。もう衣笠は居ないのだなと言う悲しみと喪失感が、ぽっかりと開いた穴の様に青葉の胸に穿たれていた。

 物理的に重めな足音が近づいて来て、青葉の視界の端に、青いスカートとニーソックスの生地の一部を映し込んだ。

「……故人の形見を手元に、今日、明日を生きていく……そんな所存ですか」

 静かな口調で愛鷹は言う。青葉は少し寂しさを纏った微笑を浮かべて顔を上げた。

「『君に負けたくない』、それが強さになりここまで、辿り着いた……それは胸を張って言える妹でした」

「……そうですか」

 傍で見て来たからこそ分かる青葉型姉妹の友情に、自分が口を挟む余地は無い。そう思い愛鷹はそれ以上言う事なく自分の艤装の元へ向かった。

 夕張と異なり、航空艤装に格納される艦上機のスペシャリストとしての地位を確立している瑞鳳が、愛鷹の航空艤装とタブレット端末を交互に見て、確認作業に当たっていた。自分よりも五〇センチ程は背の低そうな瑞鳳を見下ろしながら、最近は一対一になって話して来た事がなかったなと愛鷹はふと思い出す。かと言って、仕事の話では何時もの任務中と変わらない。

 そんな時、愛鷹は瑞鳳が制作した航空機模型を基地の一室を借りて保管、展示している事を思い出した。

「瑞鳳さん、そう言えば貴女の作る飛行機模型達はご無事でしたか?」

「あー……まあ、半分は助かりましたよ。別の場所で保管していただけに」

 少し言葉を濁して瑞鳳は答えた。視線も愛鷹には合わせず、やや上の空を向いて返す瑞鳳に、愛鷹は残りの半分がどうなったかは黙っておく事にした。

「ま、所詮は物です。命と比べたら大した事じゃないんですから。それに、プレ値が付く模型はそう言う事を想定して大丈夫そうな所に保管していたから、大丈夫です。燃えたのはリカバリーが効きますから」

「……もう少し、こちらも考えて言うべきでした」

「いや、良いんですよ。この基地が攻撃を受ける事くらい、想定出来ない話じゃ無いんですから。本当に無くしたら取り返しの付かないものがある事くらい承知ですよ。ご心配、ありがとうございます」

 瑞鳳らしい、可愛らしさのある笑みで答える軽空母艦娘に、愛鷹は軽く溜息を洩らしながらも、その前向きな姿勢に感心していた。

「何か不満とか、無いですか?」

「そうですねえ……ここ最近の食事が、素っ気ない戦闘糧食ばかりなのがちょっと不満ですかね。あと、エナジーバー。あれを食べてたら、身体の七割を占める水分が無くなりそうな気がしますよ」

「それは……梅雨の季節に部屋においておけば除湿は出来そうですよね」

「間違いないですね」

 微笑を苦笑に切り替えて瑞鳳は笑った。

 

 

 日本本土防衛軍指揮所では、大洗沖に敷設された機雷原を監視するRQ-44の映像がリアルタイムでディスプレイの一つに映し出されていた。

 紺碧の海を映し出していたカメラの映像が、ふと左手から赤く変色し始める。広がる波紋の様に同心円上の淵を前面に赤い海は広がり、やがては機雷原をも呑み込んだ。

「機雷原近傍に、敵深海棲艦主力艦隊の出現を検知」

 オペレーターの報告に、板垣達が顔を上げる。指揮所に詰める人間の視線を吸収したディスプレイの一角に、黒々とした深海棲艦艦隊の艦影が姿を現す。先行する前衛艦隊は既に通過した後であり、機雷の報告を受けている可能性があるが、機雷の存在を気にした様子もなく堂々と進行して来る。

「まるで、大名行列だ」

 迫水中将が呟く。

 異形の集団の行進は、赤く変色した海と共に進んでいく。まるでそこに存在するだけで、海が紺碧から、血を思わせる赤い海へと変わってしまうかの様な、そんな心象を抱かせに来る。気味が悪くなる程に赤く染まる海に、生命が存在出来るとは想像出来なかった。あらゆるものがあの赤く覆われる水面の下では死に絶え、死の世界が広がっているのではないかと思うに十分なインパクトを放っている。

 そんな赤い海の真ん中で、抵抗する反応が起こった。深海棲艦艦隊の前方を進む戦艦水鬼二隻の艦首で、海面が弾け、薄ら紅い水柱が弾けた。それを合図に次々に複数の深海棲艦の艦首で敷設された機雷の爆破閃光が確認された。

「第一区、敷設機雷、爆発確認」

「目標、進行速度低下。しかれど尚南下中」

「これで足を止める奴等ではあるまい」

 桐谷中将の言葉に、板垣も同感だと頷く。

「一時的には奴らの進行速度を抑えるだけでなく、損傷を与える事は出来る。だが、これで撃沈出来る程、奴らもやわではあるまい」

 主力艦複数隻の触雷に、深海棲艦艦隊が停止し、駆逐艦が掃海に移行する。ナ級、ラ級と言った大型駆逐艦が爆雷を海中へ投じ、海中にある機雷を誘爆させにかかる。海上でナイアガラの滝壺を思わせる水柱の群れが奔騰し、海面が沸騰した。

「半日かけて敷設した機雷を随分強引に破壊しますね」

 瀬良准将の言葉に、少し悔しさを滲ませて三笠が答えた。

「掃海具を持たぬ深海棲艦には、最も手っ取り早い掃海方法でしょう」

 唇を噛み締めて三笠はディスプレイを凝視する。見える限り、戦艦水鬼二隻、レ級flagship三隻、ス級flagship級一隻、重巡リ級改一隻に触雷による損害を与えたが、それ以上の被害を確認出来ない。カメラの視界を覆う様に黒煙が海上に立ち込め、疑似的な煙幕となって深海棲艦艦隊を包み込み始めている。

 ただ、損傷艦が離脱する事になった場合、只でさえ開く一方の戦力差がある程度乖離を防げるのではないか。そんな淡い期待を抱く三笠を他所に、損傷艦を引き連れて深海棲艦艦隊は機雷原を突破し、南下を再開した。

 少しばかり、その進軍速度は落ちていたのが、人類軍の上げたささやかな戦果であった。

 

 

「日の出は六時五三分……」

 暗い海上を進む第三三戦隊の八名の航行灯だけが微かな灯りとなって光る海で、愛鷹は夜光塗料が反射する腕時計を見る。

 辺り一面、波濤が砕ける音と、艤装の機関部の低い唸り声だけが響いていた。愛鷹以下、第三三戦隊とは別の位置では、第三三戦隊の数倍の規模を誇る一航艦こと第一航空艦隊が進行中の筈だ。

「夜光虫が綺麗ですこと」

 足元を鮮やかに彩る夜光虫の光に、熊野が微かに顔をほころばせて言う。靴周りに集まる夜光虫の光を見て微笑んだ後、再び双眼鏡を手に取って海上の監視に戻る。夜目は効く方では無いが、もうじき熊野の目でも水平線上をはっきり凝視出来る冬の海の朝を迎える。鼻を軽く突く、前を征く青葉の機関部からの排煙の匂いに、微かに顔をしかめながら、彼女は水平線上に自分たち以外のシルエットが無いか、ひたすら目を凝らす。

 やがて、東の空に明るみが顔をのぞかせ始めた。黒い空が水灰色に代わり、水平線上には金色の光があふれ始める。

「東の空に明るみが、朝が来る……」

 夕月の言葉に、竹が後を継いだ。

「長くて短い一日がまた始まりますね」

 

 日の出から一〇分後、瑞鳳の航空艤装から彩雲四機が三宅島へ向けて飛び立った。同様に愛鷹からも四機の彩雲が発艦し、同じく三宅島方面を目指した。

 南の空へと上昇しながら小さくなっていく彩雲を見送った後、愛鷹は第三三戦隊に警戒陣への移行を命じた。

 警戒艦として竹が先陣を切り、右手に同じく警戒艦の秋月、左手に同、夕月が展開し、傘を開いた様な陣を敷く。その内側に愛鷹、瑞鳳、青葉、熊野、夕張の単縦陣が進んだ。

 再編成された第三三戦隊の新しい顔ぶれの初陣が始まろうとしていた。

 

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