艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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前回の続きが始まります。
非常に悲しい話になります……。


第一四話 沖ノ鳥島海域艦隊戦 後編

「通信、やっぱりだめです。『しだか』が応答しません」

ヘッドセットに当てていた手を放して青葉が曇った表情を向けて来る。

強力な羅針盤障害による長距離通信ダウンが起きてから水上突入部隊は一旦停止して通信回復を試みていたが、結局徒労に終わってしまい事後の策を協議していた。

協議とはいっても実質意思確認の様なものだ。

ほとんどのメンバーはこのまま進軍する事に賛成していたが、第三三戦隊とスプリングフィールドは慎重論を唱えていた。

ス級が一隻いるだけで自分たちは壊滅する寸前にまで追いやられたのだから、どこにいるのか分からない状態のス級がいる中、情報も入らない状態でこのまま進撃するのがどれほど危険か六人はよく分かっていた。

しかし、それ以外のメンバーは「あの時は五人、今は大和型を含めた二四人。負ける事は無い」と主張して意見が対立した。

旗艦の大和とガングートは意見のまとまりを待っており、協議には加わろうとしない。

自身は介入しない姿勢の大和に愛鷹は「お飾りめ……」と愚痴を吐きたいのを堪えて、進撃を主張するメンバーに一旦考えてから、と説くがこうして話しているうちにも敵が防衛体制を強化するから今すぐ進撃を再開するべき、という声が大きく、対抗しきれない。

敵の最終航空攻撃が完全に防衛出来ていた事、二四人と言う数、大和、武蔵と言う大火力戦艦が二隻(二人)いる、それが進撃続行主張派の言い分だった。

そしてユリシーズが「臆病風にでも吹かれたか?」といら立ちを見せて言うと遂に六人は折れた。

ただ折れる条件としては「警戒監視を厳戒状態にし続ける事」だった。その条件に対し勿論だと速攻で返されるのが愛鷹には不愉快そのものだった。

意見がまとまるや大和は、まとまりましたね、と言ってようやく自分から動いた。

「私は続行派でしたがやはり六人の意見も重要ですから。私たちには未知の敵なので六人の言う通り警戒は限界状態を抜かない事とします」

「当然だな。動くなら急ごう、敵航空基地は完全無力化されたわけでもない。明るくなったら敵からの空爆にも備えなければならんからな」

便乗するように武蔵も頷く。

仲間たちの決定に溜息を吐きながら、自分のキャラではない事は分かりながらも愛鷹は吐き捨てるように言った。

「ただス級を甘く見たら確実に皆さんを殺しますけどね」

「なっ……」

それは言い過ぎでしょう、と衣笠は詰め寄ろうとして青葉に肩を掴まれた。

強い力で肩を掴み自分を制止する青葉の顔を見て衣笠は驚いた。普段見られないあの「本気の顔」なのだ。

この顔をしていると言う事は相当危ない敵なのかもしれない。

その後、愛鷹、ガングート、ユリシーズ、夕張、深雪、蒼月が前衛、主力を他のメンバーという編成に組み替えて水上突入部隊は進撃を再開した。

やれやれ、と溜息を吐きたいのを押し込めて、前衛部隊の先頭を進む愛鷹は暗い海上に目を凝らす。

雲量が多い為晴れている状態の夜より見通しは悪い。夜目は効くがこの暗さだと見える範囲もおのずと限界がある。

ガングートはもう少し夜目が効く様で双眼鏡を手に監視をしている。

眼だけではなく愛鷹とユリシーズは水上レーダーを回して警戒に当たるが、羅針盤障害の影響で探知範囲が落ちているだけでなくクラッターもひどい。

誰も喋らなかった。愛鷹の捨て台詞が心に引っ掛かったからだ。

見た感じはあまり感情を大きく出さない物静かなイメージの愛鷹が見せた意外な顔に驚かされたのだ。

しかし、そうはなりますよ、と殿を務める蒼月は愛鷹の気持ちがよく分かっていた。

あの時の光景は忘れもしない、いや忘れようがない。

大口径砲弾の至近弾が突きあげた水柱が愛鷹を隠し、初めて聞く悲鳴を上げたあの光景。全砲門が沈黙し、瀕死の重傷で血まみれになって海上に倒れている旗艦の姿。

自分はあの後大破し意識を失ったからその後の事は覚えていないが、夕張まで大破・重傷を負わされ、深雪は戦闘不能、青葉は恐怖で戦意喪失と戦闘不能になった第三三戦隊は大和や伊吹からの航空支援が無かったら確実に全員死んでいたはずだ。

駆逐艦勢では比較的背が高い方とは言え、二階建ての建物程はありそうな高さのあの巨艦と比べたら、自分はちっぽけな駆逐艦だ。長一〇センチ砲で正面から喧嘩を挑んで勝てる相手でもない。

それだけに先ほど愛鷹が見せた行動はよく分かった。

決してあの言動から仲間の生死を軽んじていると言う訳ではないのも蒼月に分かる。むしろ心配しているのだと言うのが正しかった。

共に過ごしていれば分かる。愛鷹はあまり感情を露わさないとは言っても、何を言いたいかは自然と伝わってくる不思議な人物だと言う事も。

その事をどの程度他の仲間が理解してくれているかが気になる。だが気にするのは後だ、今は警戒に専念しなければならない。

海上の波の高さはさほど高くはないが、時々主機のヒールより高い波が立つことがあった。

風も少し強い方だから射撃するときは風向きによる弾道修正も頭に入れておかなければならない。

「この暗闇と風の中で夜間水上戦闘とはな。まああの時と比べたら大したことではないが」

風に吹かれる茶髪を時々なでながらユリシーズが昔を思う様に言った。あの時とは「FR77船団の悲劇」であるがその事をこの場で知っているのは愛鷹とガングートだけだ。

風は季節通り南風八ノット、風向は〇-五-七、波の高さは一メートル以内、と目と耳で気象条件を確認した愛鷹はこの分だと後でもっと荒れるかもしれない、と気象状況の予測を立てた。

もうじき低気圧が南から上がって来る頃だ。すでに台風が南太平洋では確認されているし、梅雨前線の北上も日本艦隊気象班が報告している。

雲量も少しずつだが増えているようだからこの分だと雨を降らす可能性がある。

今持っているデータだけでは詳しく予測するのは難しいが、降水確率は今のところ大体六〇パーセント。

気象は戦闘時大きく左右してくるから悪天候程戦いにくい環境は無い。

霧や雨はレーダーの機器を悪くするし、湿度が高いと主砲の装薬や炸薬、各種装備にも何かしら影響を与えてくるし、砲撃した時にもやはり気象は大きく左右してくる。

弾道は大抵艤装の方で計算して補助してくれるからあまり考慮しなくてもいかもしれないが、万が一被弾や故障で補助が出来ない場合は艦娘自身の経験と腕でカバーしなければ当てられる砲撃も当てられない。

進撃再開から一時間ほどが経過したがまだ敵との会敵は無い。海の方も荒れ模様は今のところ落ち着いている。

ただし月灯りが雲のせいで不安定だから視界の悪さは相変わらずだ。

と、愛鷹の羅針盤がバイブレーションを立てた。振動のパターンからレーダーに反応が出たらしい。

手に取りスイッチを押して表示を切り替えると、前方左、一一時の方向に艦影らしきエコーが映っていた。

数は六つだが、羅針盤障害が酷くなってきているせいかゴーストなのか深海棲艦の艦隊なのかの判別が難しい。

六つものエコーがすべてゴーストと言うのもまたおかしい話であるが。

しかしレーダーの走査が数回行われるうちにこちらを横切るように動いているのが分かった。

また単縦陣を組んで航行しているのも分かって来る。

警告を出しておこうとヘッドセットの通知スイッチを押した。

「前衛部隊旗艦愛鷹より水上突入部隊各員へ。敵艦隊と思しき艦影をレーダーが捕捉。こちらの前方を横切る形で航行中、警戒されたし」

(旗艦大和了解)

「敵さんか?」

「そうでなきゃ誰よ」

半袖のセーラー服の右袖をたくし上げる深雪に夕張がツッコミを入れた。

双眼鏡をいったん降ろしたガングートは愛鷹に顔を向けた。

「戦闘用意と行くか」

「ええ。前衛部隊各員合戦準備。夜間対水上戦闘用意、砲戦及び雷戦に備え」

「了解。しかし相手はレーダーを使っていないのか? ESM(逆探)に反応が出ないぞ」

「電波管制を敷いているんだろう。だがそれだと哨戒・斥候の意味があまりない気もするがな」

ESM表示を見て首を傾げるユリシーズに不可解な気もするがと言う顔でガングートは返した

一方愛鷹の艤装では戦闘配置の鐘がなり妖精さん達が配置につく。

肩章の上では見張り員の妖精さんが双眼鏡を手に警戒に当たっている。

左右に二人ずつ妖精さんが乗っているがその内左肩の一人が何かに気が付いたように体を前に乗り出した。

「どした」

もう一人が相方の動きに気が付き問いかけると、相方は自分の見る方を指さし、二人で確認を取る。

見張り員の妖精さんはかなり夜目が効くのでレーダーや艦娘の肉眼に頼りよりも役立つことがあった。

二人がほぼ同時に敵影を確認した。重巡四隻、駆逐艦二隻だ。一人が愛鷹に告げる。

「敵だ、愛鷹。敵艦影、右二七度。ネ級二隻、リ級二隻、イ級二隻を確認」

「了解、見張り員は一時艤装内に退避。愛鷹より各員、我敵艦隊を捕捉。重巡四及び駆逐艦二、恐らく斥候部隊と思われます。交戦許可を願う」

(旗艦大和より愛鷹さん。交戦を許可します)

「了解……。全員、交戦許可が出ました。攻撃を開始します、我に続け」

「了解」

前方の敵艦隊は丁字を書く形で動いている。進路は右から左へと動いているから同航戦に持ち込むなら取り舵に切るのがベストだが、このまま行かせて後方に回り込んで後方からこちらが丁字を書くのがここではいい案だろう。

「私も見えた。ネ級とリ級がそれぞれ二隻とイ級が二隻だな。少なくともこの前衛部隊であれば苦も無く叩ける相手だと思うぞ」

そう言って双眼鏡を見ながらガングートが口元をニヤリと緩めた。

「前衛部隊増速、黒。第五戦速へ。進路そのまま左砲戦用意」

グリップを握ると親指のスライドスティックを左に倒す。

第二、第三主砲が左側を指向する。揚弾機が徹甲弾を主砲内に装填し装填よしのブザーを鳴らした。

「敵艦隊との距離一〇五〇。左へと出る……合図で全艦、砲撃はじめ。深雪さん、蒼月さんは駆逐艦、夕張さん、ユリシーズさんはリ級、ガングートさんと私はネ級を攻撃します」

「了解」

「よーし、いっくぞお」

舌なめずりした深雪が一二・七センチ連装主砲を構えた。

一方両用砲を構えたユリシーズはペンダントの様に下げている十字架にキスをして祈りを唱える。

「主よ、どうか我が目に闇より悪魔を見射る力を与えたまへ。汝に死をもたらす悪にその死がもたらされんことを。あなたが生命に与えし大海を汚すものを滅する力をお貸し下さい……」

それを聞いていた愛鷹は何故か今考える事ではないながらユリシーズの祈りの元は聖書の、誰が書いた一節だったかなと考えてしまった。

もっとも宗教はおろか神と言う物への信仰心はおろか興味すら持ったことが無いから、愛鷹の持つものなど所詮知識程度しかないのだが。

敵艦隊との距離が七五〇メートルになり、後方に回り込んで丁字を描く形になった時、愛鷹は攻撃開始を命じた。

「全艦、夜間対水上戦闘、旗艦指示の目標、主砲砲撃はじめ。撃ちー方始め、てぇーっ!」

六人の主砲が一斉に砲口から火を噴いた。

徹甲弾がそれぞれの主砲の砲口から爆炎と共に叩き出され、空気との摩擦でオレンジ色に光りながら暗い夜の海を飛び越え、深海棲艦の艦隊に着弾した。

愛鷹の射撃がネ級に直撃弾を四発も当てて一瞬で撃破し、撃破されたネ級の艤装が暗い海上に煌々と明るい炎を上げた

ガングートの射撃でネ級が主砲一基を爆砕され、周りに落ちる主砲弾の水柱で揉まれるように姿勢を崩す。

リ級二隻は流石に軽巡である夕張とユリシーズの射撃ですぐには沈黙しなかったが、無傷とは行かない。

連装、単装主砲を交互に撃つ夕張と、両用砲によるユリシーズの速射がリ級を襲い続ける。

深雪と蒼月も主砲の速射でイ級を撃ち、魚雷攻撃態勢に入らせない。

先手を打たれた深海棲艦艦隊だったが、すぐに立て直しを図って来た。

愛鷹に攻撃で撃破されたネ級は早くも沈み始めるが、ガングートの攻撃にはどうにか耐えたネ級が右の主砲で射撃を開始する。

重巡ならではの速射はガングートの主砲より速いが、ガングートは余裕顔で回避していく。

リ級も致命打ではないので主砲を夕張とユリシーズに向けて撃つが、一発撃つと倍以上の砲弾が撃ち返されてくる。

被弾による影響からか精度にかける砲撃を行うリ級に対し、夕張とユリシーズは優位な流れで砲撃戦を行う。

一方蒼月は長一〇センチ砲の高初速砲弾を次々にイ級撃ち込み、反撃の術を与えないまま撃沈する。

深雪もイ級の周囲に水柱を突き立てて反撃の隙を与えさせず、撃てないイ級に間断の無い砲撃を浴びせる。

二人の砲撃は装甲が無きに等しいイ級を殆ど一方的に打ちのめしていく。

着弾のたびに爆炎がイ級の艦体に噴き出す。

イ級も悲鳴を上げながら撃ち返すが、酷くやられている上に風が砲撃の弾道をずらしてしまう。攻撃をかわした深雪と蒼月からはさらに砲撃が浴びせられる。

程なくイ級が轟音と共に巨大な火炎を上げて撃沈された。

二隻の駆逐艦の無力化とほぼ同じころにガングートも四回目の主砲斉射で手負いだったネ級に止めを刺す。

「面白い奴だったな……」

その言葉と共に放たれた主砲弾はネ級を捉え、数発の直撃弾のみでネ級を轟沈させる。

リ級二隻と交戦する夕張とユリシーズはリ級の装甲と耐久力に手間取りながらも優位に戦闘を運び、形勢不利を悟り撤退を図る二隻に仕上げの砲撃で行った。

手負いのリ級が逃げるその背中から二人は射撃を浴びせるが、一隻がもう一隻を逃がすつもりか撤退をやめて残る主砲を構えて反転し立ち塞がった。

その姿を見ると夕張に躊躇の感情が出た。同情、共感するところを感じてしまうと攻撃の手が緩むことがある。

しかしユリシーズにはそれが一切なく、立ち塞がるリ級に対し情け容赦なく砲撃を浴びせる。

精度を欠く砲撃を涼しい顔で躱し切り、向かって来るリ級を両用砲の速射による集中砲撃で嬲り殺しのような形で沈めると、もう一隻にもレーダー射撃を浴びせて撃沈した。

「全艦、撃ち方止め。愛鷹より各艦へ、敵艦隊は全滅。脅威を排除」

(旗艦大和、了解)

後方の部隊に一報を入れると愛鷹は前衛部隊のメンバーを呼び戻した。

「全員、集合してください。隊列を再編し進撃を再開します」

「あいよ」

元気よく深雪が返してくる。

集合をかけられた夕張は戻り際に沈んでいくリ級の残骸を見やった。

撤退する仲間を逃がそうと手負いながら反転して立ち塞がったリ級は既に本体は沈んでおり、艤装の一部が炎上しながら海上を漂っていた。

深海棲艦にもやはり人間に似たところを、共感できる何かを感じるな、そう思っているとユリシーズが肩を掴んできた。

「感傷に浸っていないで、集結するぞ」

「ええ……」

「……敵への同情か?」

そう聞かれた夕張は「そうかな……」と濁し気味ながらも頷くとユリシーズは軽蔑したように鼻を鳴らした。

「馬鹿馬鹿しい。そんなものを敵に抱いていたら次死ぬのは、貴様だ。敵に情けはかけるな、相手は人間ではない」

そう残して先に戻るユリシーズに複雑な感情を夕張は抱いた。

敵に情けをかけたら次に死ぬのが自分かもしれないというのが戦争なのは勿論夕張も承知している。

しかし相手が人間でなければ、例え戦う意思が無くてもユリシーズは構わず沈めると言うのか? 彼女の言う事は確かに一理あるが。

以前、艦隊を組んだことがある電が「敵も出来れば助けたい」と言っていた事を思い出すと、ユリシーズとは全くあいそうに無い気がした。

 

 

集合した前衛部隊は後方水上突入部隊主力と共に進撃を再開した。

進撃を再開して程なく風が強くなり始めた。

手袋を外し、右手の人差し指を指を軽く舐めて風に晒したガングートが渋面を浮かべた。

「拙いな、強風になる一歩手前と言った強さだ。砲撃の弾道が逸れやすくなるぞ」

「この分だとコリオリ力偏差修正に加えて風の強さも、射撃補正装置で補助してもらわないと拙いですね」

制帽の顎ひもをかけ、トリガーグリップで愛鷹は射撃補正装置に風向と風力の数値を入力した。

自分の艤装にはまだ射撃補正データが充分に入っているとは言い難い。艤装による射撃アシストを受けるには補正データが必要だがそれを全て自分で入力・収集しなければならなかった。

「貴様もなかなか大変だな」

「新型兵装を使う場合は大抵こんなものでしょう?」

「まあ、そうだがな」

頷くガングートに後ろから蒼月が「あのー、ガングートさん」と声をかけて来た。

「なんだ?」

「故郷の海って結構風強かったのですか?」

そう聞かれるとガングートはニヤリと笑った。

「これから吹きそうな風なら、故郷では寧ろそよ風だぞ? 

私の古巣バルトの海も北太平洋も波も高く、風は、そうだな台風と同じくらいだ。気温も海水の温度も低いぞ。防護機能が切れたら数分で凍死出来るレベルだ。北の海は人間の限界を試す世界だ」

「北大西洋も北極海も同じだがな。まあ、海も山も空も、この星の全てが生命の限界を、己の限界を遠慮なく、そして慈悲もなく教えてくれる。

この星の自然は残極だが美しい」

何かの知識人のような口調になるユリシーズに蒼月だけでなく夕張、深雪、ガングートも笑った。笑われた本人は何か変な事でも言ったか? とけげんな表情を浮かべた。

すると大きなため息を吐いて愛鷹が棘のある声を上げた。

「敵の警戒を行うのに無駄口をたたく必要は無いはずです」

「がちがちに緊張しすぎても気が持たんぞ」

そう返しながらもガングートは手袋をはめなおして自分も制帽の顎ひもをかけた。

そう言われてみると自分が過度に緊張し過ぎているだけなのだろうか? と思ってしまうが、愛鷹にはどうしても拭えない不安、予感がして仕方がない。

こう言う悪い予感と言う物は人によってはよく当たってしまう。自分は運が生れつき全くないのか特に当たりやすい。

もっとも運など生まれる以前から持っていないし、見放されたも同然だけど、と自嘲めいた笑みが出そうになった。

やがて風は強くなりガングートに言った通り強風へと変わり、波の高さも高くなる。

今のところは雨が降っていないだけまだマシではあったが、この分だとかなり強い雨が降るかしれない。雨が降ったらただでさえ落ちている視界がさらに落ちてしまう。レーダーも性能が削がれるから荒天下の戦闘は生身の部分が多い自分たちには過酷だ。

戦闘を行うには最悪の天候に発展する可能性がある。

一旦、天候不順の回復を待つべきかもしれないと思った愛鷹は大和に「天候の回復を待つ要ありと見ますが」と進言した。

帰ってきた返事は「協議してみます」だった。

ガラにもなく「くそっ!」と吐き捨てたくなった。

そりゃあ、あなたは大型超弩級戦艦。主砲砲撃時の安定性は多少の荒天下でもいいでしょうけど他の皆さん、特に駆逐艦は違うんですよ?

協議する? 自分で決めなさい。何のために貴方はいったいこれまで何回も旗艦を務めて来て来たんですか? 

時間をかければ天候の悪化は続くし、敵と会敵する可能性も上がる。

五分ほどして「進撃を継続」と言う返事が返って来た時は「了解」と返事をする気にもならなかった。

これからの悪天候下で通常艦隊と戦うのは苦労する話になるのは勿論だが、相手にはス級という強敵がいる。

悪天候の中、あの巨大艦と戦うと思うだけで背筋がぞっとした。

それと同時にス級に対しこれほど脅威、恐怖の様なものを感じるのはトラウマと言う物から来ているのかと思うと、当然そうなりますよ、と頷いた。

自分の火力では全く太刀打ちできない相手に、至近弾数発で瀕死の重傷を負わされたのだ。意識したわけではないから本能的にトラウマになってしまったのだろう。

トラウマか……。

自分にとっては黒歴史そのものだ。胸のむかつきを感じたのでタブレットを数錠口に入れて考えない事にした。

敵前線展開泊地棲姫のいる所まではまだまだ距離があった。何事も無ければ二時間以内に到着するはずだが、果たして。

 

 

天候の悪化は「しだか」のいる海域でも同じだった。

悪化が進むとウェルドックを開けていることが出来なくなることもあり、護衛警戒の艦娘は既に全員収容され居住区かデッキで「しだか」の乗員と共に警戒に当たっていた。

松葉杖を突きながら瑞鳳は舷側のデッキから水上突入部隊が向かった海域を見つめていた。

魚雷の直撃は受けなかったが、至近距離での爆発で右足を含む体中に傷を負い全治三週間ほどの怪我となった。

手術の後右足から摘出されたと言う破片を見た時はホラー映画を見た時よりぞっとした。

自分は水上戦闘兵装が無いし、装甲も薄いから水上戦闘には全く向いていない。今の自分には仲間が皆全員帰って来ることを待つだけだ。

四万トンもある巨大艦なだけに「しだか」の動揺は少ない。だが舷側に打ち付けて来る波は高く、風も強い。

嵐の来る前兆だ。

不安顔で海を見る瑞鳳の後ろで水密扉が開き、中から瑞鶴が出て来た。

「あら、ここにいたの」

「はい、出来る事は無いと言っても部屋にいるのも出来なくて」

「ふーん。まあ分かるね。怪我は大丈夫?」

「はい、三週間ほどはベッドにいなければいけませんが」

「生きているだけでもまだいいじゃない。プラモデルも作れるしね」

自分より恐らく二つか三つは上かもしれない(実年齢は艦娘同士で打ち明ける事はあまりないので互いに実は年下の先輩、年上の後輩の関係は結構いる)瑞鶴は自分と同様多くの戦場で経験を積んだ空母仲間だ。

同じ「瑞」の文字が入る名前同士でもあり、馬が合う関係でもある。

「みんなが心配なの?」

「はい。対面した事とか見た事は無いですけどス級って言う凄い戦艦もいますし」

「一隻取り逃がしちゃったのよねえ。悔しいなあ。相手の航空戦力が今までになく強いのがこっちの誤算だったわ……」

言葉通り悔しそうな表情を瑞鶴は浮かべる。彼女の航空団の損耗率は過去トップクラスだった。補充・再編成に当面時間がかかるだろう。

航空戦力で叩ききれないとなったら水上部隊で叩くのは昔からのセオリー通り。それ以外に今のところ策は無いが。

溜息を吐いて瑞鶴が手すりにもたれた時、瑞鳳の額の鉢巻きに冷たい物が付着した。

何だろう、と思った時、顔や手に水滴がかかって来た。

「雨だ、とうとう降って来ちゃったか」

また溜息を吐いて瑞鶴が空を見上げた。

「これは嵐になるかも。大和さん達大丈夫かな。衣笠さんは凄く落ち込むかも」

「よく雨女ジンクスを嘆いてましたね」

「ジンクスなんて迷信よ。そう思っちゃうだけ」

そう瑞鶴は笑って言うが、海と言う人間の理解がまだ及ばないところが非常に大きい世界では、昔から船乗りは迷信でも警戒してきたものだ。

その最もたる例が「スケルトンクルー」だ。

「スケルトンクルー」とは新造艦には初めから優秀な人材を載せておかないと後々までその船は不幸に見舞われる、と言う事から最新鋭艦には他の船から引き抜いた熟練を最初に多く配置すると言うものだ。

それだけ大昔から海の驚異を人間は教え込まれてきたと言う事でもあった。

雨は次第に強さを増してきた。デッキは露天同然なので、いつづけたらびしょ濡れになるから二人は艦内に戻った。

「部屋に戻ってゲームでもしようよ」

「そうしますか。この体じゃ卵焼きも焼けそうにないし」

「そう言えば、最近食べてなかったなあ。今度作ってよ」

「はい」

二人の顔に知らずと笑みが浮かんだ。

その二人の近くへと誰かが走ってくる足音がした。「しだか」の乗員ではないのは足音で分かる。草履の足音だ。

赤城さんか加賀さんかな、と瑞鳳が思った時、二人が歩いている通路の先の別通路を加賀が険しい表情で走っていくのが見えた。

何があったのかと二人が顔を見合わせた時、加賀が戻って来た。どうやら二人を探していたらしい。

「何かあったの?」

急に神妙な顔つきで瑞鶴が加賀に聞くと、加賀は少し息を切らし気味に答えた。

「拙いわ、アメリカ艦隊の潜水艦トリガーがもう一隻ス級を見つけた、って報告して来た」

「えっ!?」

二人の頓狂な声が口から飛び出す。状況がすぐに呑み込めないながらも瑞鳳は加賀に聞く。

「いつですか?」

「今朝がたの事だそうよ。急いで知らせ様としたそうだけど、深海棲艦の追撃で長距離通信が出来なくなったって。

三時間ほど前に朝雲と山雲が回収した時にようやく報告出来た話」

「つまり、ス級は三隻じゃなくて四隻いるって事? 二隻は無力化して一隻は何処かにいるか分らないまま……そこへ私たちが知らなかったもう一隻が」

拙いことになったと言う険しい表情を浮かべる瑞鶴とは違い、瑞鳳は落ち着きを失った顔を浮かべた。

「すぐに、水上突入部隊に知らせないと」

「無理。羅針盤障害の影響で突入部隊とは交信不能よ……残念だけど、今の私たちに知らせる術がない」

「そんな……」

「何とかして知らせたいなあ。でもこの天候ともう一隻ス級がいるとなると、増援を送るのも危険ね。それにもう遅いかも」

悔しそうに瑞鶴が顔をゆがめた。

あの巨大艦。単独で愛鷹、夕張を一瞬で大破させ、青葉と深雪も戦闘不能に追い込んだ化け物。

一隻であのレベルだ。そして無傷のモノが二隻もこの海域にいる。

「となったら、この艦も危ないわね」

腕を組んだ瑞鶴が眉間に冷や汗を浮かべて言う。加賀はそうね、と頷く。

「谷田川副司令は『しだか』をしばらくはこの海域に留めるそうだけど、何かおかしな事があったら五〇キロほど後退するかもしれないと言ってるわ」

「……妥当ね。『しだか』の武装じゃ深海棲艦には太刀打ちできない。でもそしたら撤退する水上突入部隊とは邂逅できなくなるじゃない」

「後退するのはまだ決まった訳じゃないわ。瑞鳳?」

加賀は瑞鶴から視線を瑞鳳に向けた。

真っ青な顔をした瑞鳳は水密扉の方を向いて「みんな……」と呟き続けていた。

 

 

波が非常に高くなり風も強く、そして強い雨が水上突入部隊を襲っていた。

「ヒエー、凄い波です! 時化ていますよこれ!」

「これほど荒れるとはな。低気圧が思ったより早く北上してきていたか」

波を乗り切りながら比叡と武蔵が言う。

「目を細めてみると故郷にそっくりだ」

波を乗り切りながらシュペーが呟く。

水上部隊主力の駆逐艦涼月、冬月、花月、陽炎、不知火、黒潮は小柄なだけに荒浪に四苦八苦していた。軽巡矢矧も波を乗り越える際にかなり真剣な表情になっている。

「随分と荒れますネ。台風を思い出シマス」

「金剛が台風なら私はハリケーンね。アメリカじゃハリケーンは新兵教育の教官より怖かったわ」

「ハリケーンより私は竜巻が恐ろしかったです」

そう言いあっている金剛、アラバマ、スプリングフィールドの会話を聴きながら青葉はこの状況で砲撃戦は無理ですねえ、と焦りを滲ませていた。

時々試しに砲の照準を定めようとして見るが、波の動揺で正確に定めるのが難しい。

主砲の砲身も波の動揺に合わせ続けることが出来ていない。改艤装の限界だ。

改二になっている面々は照準の安定性が向上している。同じ改のアラバマ、スプリングフィールドは艤装世代が自分のより新しいから安定性はあるし、シュペーは故郷の海ならこれくらいの荒天は当たり前なので追随機能は高い。涼月、冬月、花月の三人の照準機能も自分よりは高い。

つまりここは砲戦になったらかなり経験と勘でないと有効弾が撃てない、という状況だ。それもほぼ自分だけが。

照準器を収容して構えを解き、高波を乗り越える。続航する衣笠は雨が降っていることをさっきから嘆いており、古鷹と加古が宥めていた。

どうにかして上げたいと言う気もしなくはないが、かといって何が出来るかと言うと何もなかった。

むしろ砲撃戦の時に何とかしてほしいのはこちらかもしれない。

波を乗り越えながら青葉は突入部隊主力の先頭を進む大和の背中を見て、誤算が起きましたね、大和さん、と胸中で言った。

あの時、進撃を続行するか協議した時愛鷹が主張する慎重論を受け入れていたら、と思ってしまうが、今更言っても始まらない。

「しだか」とは連絡が取れないまま。このまま天候がよくなるかは分からない。

今のところ大和は進撃停止を出すつもりはないらしい。沈黙したまま航行している。

この状態だと深海棲艦も攻撃しにくいはずだから奇襲は受けないはず。それでも青葉の頭の中には不安しかなかった。

今のところ先ほど前衛部隊が会敵した艦隊の他に敵影は無い。

このまま進めばあの一時間ほどで敵泊地に到達する。それまでにこの嵐が少しでも治まってくれていたらと願うばかりだ。

「青葉ー、波が凄く高いけど照準合わせられる?」

高波を越えた衣笠が聞いてきた。

「無理だねえ。多分、いや間違いなく撃ったらとんでもない所に飛んでいっちゃう。乱戦状況下で打ったら誤射しかねないよ」

「そっかあ。その時は衣笠さんがフォローするね」

「りょーかい」

悔しい気もしなくはないがそれが最善策だろう。

荒天は止む気配がないが、激しくなる様子もない。もしかしたらあと一〇分程で治まるかもしれない。

確証はなかったものの過去の経験からそんな気がしていた。この荒天が止んだら一旦、位置を確認しておくべきかもしれない。嵐で進路がそらされている可能性は充分にある。

時々、愛鷹と連絡を取ろうとするのだが嵐か羅針盤障害の影響でヘッドセットからは雑音しか聞こえてこない。

交信できないのが心配になるが砲声や爆発音などは聞こえないから前衛部隊は無事だろう。

その時、大和が小さく呻いた。

「拙い……」

「どうした?」

後ろから武蔵が効くと焦りを滲ませた顔を大和は振り向けた。

「前衛部隊の姿が見えなくなってしまいました」

「……うむ、この視界ではなあ。電探も機能不全状態か。交信をとってみよう」

武蔵はヘッドセットに手を当てて愛鷹を呼び出すが雑音しか入らない。

「ダメだ、羅針盤障害か交信できん。どうする?」

「まずはこの嵐を抜けましょう。嵐を抜けたら前衛部隊と交信を取って集結します」

「分かった」

その後一五分程主力部隊は嵐と格闘して切り抜けた。

雨が止み、風と波も穏やかになった時、戦わずして主力部隊の面々はわずかながら疲労を感じていた。

ただ洋上を航行するのとはまた違い荒天下の航行によってかかる艦娘への疲労は大きい。防護機能があると言っても攻撃によるダメージとはまた別の次元のダメージだから軽減できる事にも限界がある。

荒天を切り抜けたので電探を再稼働させても問題はないだろう。そう大和は思い対水上電探を起動させた。

するといきなり反応が出た。数は一二、エコーからして戦艦と重巡がいるのは確実だ。

「敵艦影を対水上電探が捕捉! 方位一-八-八、距離一〇五〇、艦影一二。エコーから戦艦及び重巡がいます!」

電探で得た情報を大和が全員に聞こえるように大声で言った時、一同の頭上が急に明るくなった。

夜間に目を慣らしていただけに、この明るさは瞳孔に痛みを感じる程だった。

照明弾⁉ それも私たちの直上に正確に? 大和が腕で目を覆いながら状況を頭の中で整理していると砲声が轟いた。

深海棲艦艦隊が先手を打ったのだ。

「夜間近接砲戦、各艦目標を定めて交戦を開始してください! 兵器使用自由!」

そう叫びながら大和は五一センチ主砲を前方へ向けて放った。正確に狙ったわけでないが牽制にはなるだろう。

目潰しが比較的少なかった陽炎や涼月たちが、目が見えない主力部隊の仲間を援護するべく前へ出る。

「応射、撃ちー方始め! 大和さん達を援護するわよ!」

「ほいな!」

「続きます!」

「標的にされている、撃ち返して!」

一二・七センチ主砲、長一〇センチ砲の砲声が深海棲艦艦隊への反撃の合図となるが、その数倍の砲声と共に砲弾が飛んでくる。

初弾命中とは行かないものの、照明弾で照らし出されてしまっている為主力部隊への砲撃の精度は高い。

このままだとすぐに被弾艦が出ると判断するや大和は陽炎たちに煙幕の展開を指示し、一旦反撃から回避優先に動く事にした。

しかし。逆探では敵艦隊からのレーダー波も探知しているから少しの時間稼ぎにしかならない。それでもその少しの時間が反撃の為の時間稼ぎにもなる。

陽炎と不知火、涼月、冬月が牽制射撃を行う中、黒潮と花月が煙幕を艤装から噴き出して主力部隊前方に展開した。

展開されたころにようやく目が慣れて来た主力部隊のメンバーは、衝突とまとめて撃破されるのを避けるために散開した。

青葉は衣笠、古鷹、加古と共に単縦陣を組むと敵艦隊へと前進して砲撃を開始した。

主砲を構えた青葉は照準器を覗き込むと砲撃してくるリ級に狙いを定めて主砲弾を撃ち放った。

続航する衣笠、古鷹、加古も主砲砲撃を開始する。

四人の二〇・三センチ連装主砲が砲口から砲炎をほとばしらせ、徹甲弾を敵艦へと放つ。

青葉の二〇・三センチ砲弾がリ級の前方に着弾し、二回目の砲撃がさらに近くへと落ちて水柱を上げる。

水柱に隠されたリ級に次は当てると斉射を行うが、水柱に隠れた間に進路変更を行っており命中しなかった。

すぐさま補正をかけて砲撃した時、リ級も自分に向かって砲撃した。

回避行動をとった時、古鷹の周りに彼女が相手をしていたリ級の主砲弾が相次いで着弾して水柱をいくつも突き立てた。やられたかと思わせる光景だがすぐに水柱を突き破るように古鷹が飛び出してくる。

最後尾の加古は右腕の第三主砲と左腕の第一第二主砲による交互射撃を繰り返してリ級に直撃弾を出した。

「へっへーん、ラッキー」

ニヤリと口元を緩めて斉射を放つ。手負いにリ級が再び被弾し速度を落とした。加古が戦闘・航行能力をほぼ失ったリ級に止めの一撃を放つと、リ級は苦し紛れの主砲砲撃を一発放った。

あんなの当たる訳がない、と自分の砲撃が直撃して沈没していくリ級を見て加古が思った時、第二主砲にリ級が断末魔にはなった砲弾が直撃した。

一瞬で第二主砲が全壊し、爆散した砲塔の破片とへし折れた砲身が吹き飛んでいく。防護機能で致命的なダメージは受けなかったものの無傷とは行かず破片が体を一部切り裂いた。

「砲塔が吹っ飛んだ!?」

破片で切り裂かれた右頬を抑えながら加古が呻き声を上げた。

後続の加古が被弾したことに気が付いた古鷹が前を行く青葉と衣笠に「加古が被弾、第二主砲損傷!」と伝える。

「大丈夫、加古?」

「大丈夫じゃないよ! 主砲を一基つぶされて破片であっちこっち切られた」

青葉の問いに加古が喚くように返してくる。喚き具合からして大丈夫の様だ。

ホッとしたのもつかの間、自分と交戦中のリ級が再び砲撃してきた。

舵を右に切り進路を変更して躱すと、必中の砲撃を行った。

それまで青葉の砲撃を躱していたリ級が被弾し、炎上し始める。だがまだ航行しながら応射してくる。

再装填が済むと主砲を再び撃ち、リ級に打撃を与えるが、リ級はまた持ちこたえた。

ただ全砲門が沈黙したようで進路を変更して離脱し始める。だがさらに青葉が行った砲撃でついに撃沈された。

リ級撃沈、と青葉が溜息を短くはいた時、大きな爆発音が聞こえた。

「お姉さま!」

「シット! 被弾した! 撃たれマシタ、主砲二基が大破、撃てマセン!」

ル級の砲撃が金剛の右側の第一第二主砲を直撃したのだ。ハンマーで叩き潰されたかのように金剛の主砲塔二基がひしゃげ、砲身がとんでもない角度に向いている。

すぐさま比叡とアラバマが援護に入り、金剛が速度を落として後退する。

数ではこちらが多いはず、敵も出来るのがいると青葉が思った時、「敵増援を確認しました」と言う大和の知らせにぎょっとした。

「数は一二、戦艦ル級四と重巡ネ級改三。雷巡六、駆逐艦二も確認」

「くそ、ここで戦力を消耗することになるぞ」

早くも焦りを見せる武蔵が顔をしかめた。

「やれるだけの事、やるだけです。がんばるの!」

比叡がそう言いながら主砲を撃ち、ル級に命中させる。

「雷巡は矢矧が引き受けます。駆逐艦各艦、我に続け」

一五・二センチ連装主砲でツ級を撃沈した矢矧は陽炎たちを呼んで吶喊し始めた。

敵の増援艦隊が発砲し、十数秒後に主力部隊各員の周囲に着弾の水柱を立ち上げた。

「大和型の力を舐めるなよ」

その言葉と共に武蔵が大和の顔を見て、大和が頷くと共に主砲斉射を放った。

今自分たちが交戦していたル級に直撃弾を与え、大損害を与える。姿勢が崩れたル級はすぐに立て直しを図ると主砲を大和と武蔵に向けて撃つ。

二人は巨体に似合わず素早くターンして躱すと、スナップショットの様な射撃でル級に止めの一撃を撃ち込み、撃沈した。

よし、と大和は頷き武蔵とも視線を合わせた。武蔵もこれなら行けると頷いた。

金剛と加古が被弾したものの主力部隊は立て直していた。最初の敵艦隊は殆どが沈み、増援艦隊が攻撃を開始してくる。

しかし数、そして各々の経験で行けると判断した一同は、乱れかけていた隊列を組みなおし、増援艦隊への攻撃を本格化した。

敵増援艦隊は主力部隊の攻勢を見ると、不利を悟ったのか後進し始め、牽制なのか散発的な砲撃を行う。

相手は戦意を失いつつある、そう見た主力部隊は砲撃をさらに浴びせた。ル級が一隻、金剛とアラバマの砲撃で討ち取られ、駆逐艦二隻が矢矧と駆逐艦の集中砲火で轟沈する。

すると苦し紛れか無傷の敵艦が顔を見合わせあって頷くと全艦一斉砲撃を行った。

しかし散布界は広く、照準も甘い。ほとんどあてずっぽうだと全員は思い、砲撃を続けた。

だから自分たちの前、左右で閃光が走り、視界が真っ白にされ耳が激しい耳鳴りに襲われて何も聞こえなくなった時、何が起きたのか誰も分からなかった。

「な、何ですか! いったい何が⁉」

耳を抑え、立ち眩みで体をふらふらと揺らしながら青葉が大声を上げて聞いた。耳の中でキーンと言う耳鳴りが止まない。

視界だけはどうにか戻って来た時、青葉の頭の中で何かが警告を発した。

「……この何か大きなものに狙われている様な感覚は……まさか!」

反射的に空を見上げた時、それは見えた。

一二個の巨大な隕石を思わせる巨大な砲弾の群れが見えた。こちらへとゆっくり、だが少しずつ加速してくるように落ちて来る。

見間違えようがない。ス級の砲撃だ。あの時の凄まじい恐怖が頭によみがえった。

「青葉から皆さん! ス級の砲撃が来ます、逃げて!」

悲鳴の様な声で青葉が叫んだ時、凄まじい爆発が主力部隊の周囲で炸裂した。

セコイアの様な巨大な水柱で主力部隊の面々の大半が隠されるのを見た衣笠が「みんな!」と悲鳴を上げた。

「これがス級の砲撃⁉」

右目を見開いて古鷹が愕然として呟いた。

水柱が晴れた時、人影が倒れているのが見え、その他のメンバーも膝を突いたり蹲っていた。

誰かがやられた、と思った時、白い着物を朱に染めて動かない茶髪の人影が見えた。

金剛だ。ピクリとも動く様子が無い。頭から血を流している比叡が血相を変えて駆け寄って名を呼ぶが返事が無い。

他に花月と黒潮、加古が倒れ伏して動かなくなっている。

「まさか、死んじゃったの……」

愕然とした顔の衣笠が気の抜けた声を上げた時、古鷹が「加古、加古!」と泣きながら倒れている加古に駆け寄った。

血まみれになり白目を剥いている加古の名前を呼びながら古鷹は助け起こし、首筋を探った。

はあ、と大きなため息を吐く。気を失っているだけで脈はしっかりある。しかし深い傷を負っているのは確かだ。

花月を涼月と冬月が助け起こし、黒潮は陽炎と不知火が起こしていた。二人とも意識はないが脈はあり呼吸もしていた。

しかし金剛は脈こそあったがその勢いは弱々しく、呼吸もかすれ気味だと言う。

被害を被った面々は誰一人直撃を受けていない。にも拘らず防御力の高い金剛が至近弾で撃破されて意識不明の重体だ。

大和と武蔵はあまり大きな被害はないようだが酷く痛むらしく腕を抑えている。

い、今のは、と思っていた時巨大な砲声が聞こえて来た。ス級の砲声、それも別の方向から。

「回り込まれましたか!」

咄嗟に主砲を構え直して言った時、衣笠が「あ、青葉……。なに、あれ……?」と震え声で聞いてきた。

砲声がした方ではなくさっき砲弾が飛んできた方向を衣笠は見ている。ス級がいる方向だ。だが、そうだとしたら今の巨大な砲声は?

一瞬、状況が呑み込めなかったが前方にス級が姿を現すを青葉は暗がりの中見つけた。随伴艦らしきネ級改を三隻伴っている。

一方巨大な砲声がした方を見た時、そらにあの一二発の巨大な砲弾の軌跡が見えた。

「そ、そんな、ス級はあそこにいるのにあの方位から砲弾が来るわけないですよ!」

ス級の機動性はその巨体に似合わず異常に高いと聞いている。と言う事は高速を生かして回り込んで砲撃してまたあそこに戻っている?

ありえませんよ、と青葉が思った時、空気を切り裂く甲高い音が極限まで大きくなってきた。

拙い、またス級の砲撃が、と思った時衣笠が自分にタックルして一緒に海へと倒れ込んだ。

直後、ス級のモノとはっきり言える砲撃がまた着弾した。

右側を下に倒れ込んだ青葉は左半身に熱い水飛沫が降りかかるのを感じて「あっちちちちッ!」と呻き声を上げた。

隣の衣笠も頭を抱えて悲鳴を上げている。

爆発が止み、二人が立ち上がった時、主力部隊の面々で動いているのは自分と衣笠以外いなかった。

やはり直撃を受けた者はいなかった。ついでに言えば大破・重傷を負った者もいない。

しかし無傷のモノもいなかった。皆中破してなかなかすぐには動けず呻いている。

「直撃じゃないのに……至近弾だっていうのに……」

うわ言の様に呟きながら衣笠がへたり込んだ。

「が、ガサ、しっかりしてよ。まだ負けたわけじゃないんだよ」

慌ててへたり込む衣笠の脇にしゃがんで肩を揺さぶるが、衣笠の目から生気が消えて虚ろな視線を動けない仲間に向けている。

その時に青葉は初めて今戦える状態なのは自分だけだと言う事に気が付いた。

しかし、何をしたらいいのか、どうしたらいいのか、すぐには思いつかない。こういう経験は初めてだからどうしたらいいのかすぐに思いつかない。

落ち着け、何か考えないと、何か、何か……必死に頭を回そうとして余計に混乱を起こす。

そこへ自分の周りに増援艦隊が砲撃を浴びせて来た。

周囲に立ち上がる水柱を見て、ようやく自分を殺しにかかっていると言う事が少しずつ頭に入って来る。

何をすればいいのか、水柱を見て、無気力状態で泣いている衣笠を見て頭の整理がついてきた。

とにかく仲間をやらせないために自分で少しでも食い止めるしかない。

主砲を担ぎなおして敵艦隊へ照準を合わせた。

「ここは青葉が通しませんよ!」

精一杯の勇気を振り絞って叫んだ時、別の方向からス級の砲撃が来た方にもう一隻ス級が随伴の軽巡ツ級三隻を伴って接近してくるのが見えた。

ス級が二隻? まさか一隻を修復したと? 

ありえなかった。ス級規模となれば修理には相当な時間が必要な筈だ。だとした一隻は健在だと言うはずのス級がなぜ二隻も……。

「増援が来ていた……」

その答えを呟くまでさほど時間は必要なかった。

流石に戦力差が喧嘩にならなさすぎる。やはり青葉たちはこれまでですか……諦めかけた時、ヘッドセットから聞きなれた声が聞こえた。

(青葉さん! 聞こえますか?)

「愛鷹さん⁉」

そう言えば、と嵐を出た時から姿が見られなかった愛鷹の前衛部隊がまだ残っていたことを思い出した。

今どこに、と聞こうとした時魚雷の航跡が敵増援艦隊に横合いから延びて来て次々に命中・炸裂した。

「よーし、全弾命中だぜぇ! 深雪さまの深雪魚雷スペシャルを見たか!」

歓喜を上げる深雪の声が聞こえた。

さらに愛鷹の三一センチ主砲、ガングートの三〇・五センチ主砲の砲声が聞こえ、奇襲を受け混乱している増援艦隊に砲弾の雨降らせた。

あっという間に二人の主砲砲撃を受けた雷巡チ級が二隻爆沈し、二隻が大破して戦闘能力を喪失する。

無傷のチ級二隻が前衛部隊を探し求めて辺りを見回す。

ル級は二隻が雷撃で大破して動けず、ネ級も一隻が大破しており、ル級一隻とネ級二隻は損傷した仲間を庇いながら後退し始める。

そこへユリシーズが最大戦速で突っ込んできたかと思うと、魚雷発射管を無傷のチ級二隻と大破した二隻に向けた。

祈りの言葉を呟きながらユリシーズが必中の魚雷を六発一斉発射する。

躱し様がない正確な射撃であり四隻の雷巡は相次いで被弾し、大破していた二隻はとどめを刺されて悲鳴を上げて轟沈し、無傷の二隻の内一隻も二発の魚雷が直撃して戦闘航行不能になる。一隻は何とか持ちこたえたが兵装を全損して戦えない。

ユリシーズはそのまま魚雷を撃つと離脱し、続いて夕張と蒼月が突入してきて残るチ級に砲撃を浴びせた。

戦闘不能のチ級に一四センチ、一〇センチの砲弾が撃ち込まれ、予備魚雷が誘爆したチ級が撃沈する。残る一隻は離脱を図ったが二人からの砲撃には逃れきれず被弾し、そのまま息の根を止められた。

そこへ愛鷹とガングートが追い付く。二人の主砲砲撃はル級とネ級改に浴びせ続ける。

無傷のル級が二人からの集中砲火に耐えきれず大破し、離脱を図るとガングートが追撃を行い、ネ級改二隻は愛鷹が相手をした。

すると青葉が愛鷹のフォローに入った。

「手伝います、愛鷹さん」

「了解、援護を」

そう言いながら主砲をネ級改に向け、トリガーを引く。

二基の三一センチ主砲がネ級改二隻を捕捉、主砲弾を発射した。

一隻が直撃弾で大破し、三連装主砲二基すべてを一瞬で破壊される。もう片方は当たり所が悪く弾薬庫をやられて大爆発を起こして沈んだ。

大破したネ級改はぼろぼろの体を引きずるように撤退を図るが青葉からの砲撃が立て続けに命中し、損傷した艤装から火災を起こして動かなくなった。

そこへ三一センチ主砲の仕上げが直撃してネ級が轟沈した。

ネ級改を沈めた二人はそのままガングートの援護に向かった。

「酷くやられましたね」

唇を噛んで動けない主力部隊を見る愛鷹に、青葉は頷いた。

「よく分かりませんが、深海棲艦は新兵器を使ってこちらを動けなくさせたんです」

「新兵器?」

「はい、爆発したかと思ったら、まぶしい閃光で目は見えなくさせられて、聴覚が一時的に麻痺するものでした。それ以外は被害を受けなかったんですが、目潰しをされたせいでこちらの動きが鈍らせられ、先手をうけてしまいました」

そう青葉から解説された愛鷹は、「新兵器」と青葉が呼ぶものの正体がすぐに分かった。

「新兵器ではないですね。十中八九それは音響閃光弾です」

「音響閃光弾? なんですかそれ?」

「マグネシウムを炸薬とする突発的な目の暗み、難聴、耳鳴りをはじめとする見当識失調を目的のとした非致死性兵器です。フラッシュバンとも言いますね。

立てこもり事件の際に突入する特殊部隊が内部制圧のために使う事がありますが……まさか深海棲艦が使うとは」

これは艦娘が人間であることを突いた奇策だ。これまで照明弾などでの目潰しは度々行われてきたが、音響閃光弾による例はない。

考えた物ですね、と深海棲艦のやり方に思わず愛鷹は下を巻いた。これを使うと耳まで一時的に聞こえなくなってしまうから目潰し以上に厄介だ。

流石に火力の差で中々ル級を沈められず苛立ちを見せていたガングートに愛鷹と青葉が加勢し、三人でル級に集中砲火を浴びせる。

これにはル級も耐え切れず、三人からの砲撃でハチの巣にされた艤装から激しく炎上して沈黙し、ゆっくりと沈み始めた。

「よし、これで増援はほぼ片付いたか」

ガングートがそう言った時、三人の右手を合流したらしい二隻のス級からなる深海棲艦艦隊が通過した。

そしてそのままようやく何人かが動けるようになった主力部隊に向かって行く。

「ああ、主力部隊が!」

「くそ、抜かれたか!」

三人は引き返すが深海棲艦艦隊はス級二隻と随伴のネ級改とツ級の六隻の二手に分かれた。

被害が比較的軽かったシュペー、矢矧、不知火、涼月、冬月、スプリングフィールドの七人が防衛線を張る。

二〇・三センチ三連装主砲を構えたスプリングフィールドは仲間と共に、中破ないし大破して動けない主力部隊の面々の後退の時間稼ぎをするべく前へ出るが、ス級の動きが恐ろしく速い。

あの時と同じだ、ノーザンプトンとメルヴィンを殺されたあの時と。

「速い、こちらの……」

「スプリングフィールド、警戒、後ろ!」

高速で動くス級を追っていて警戒がおろそかになっていたスプリングフィールドの背後に、ネ級改一隻が回り込んだのを見たアラバマが警告の声を上げた。

慌ててスプリングフィールドは振り返って主砲を向けた。

直後ネ級改の主砲が砲撃の火を噴き、非情な一撃がスプリングフィールドの胸と腹部に直撃した。

何が起きたのか、自分でも分からなかった。胸と腹を思いっきり殴られたような感覚がしたかと思うと、視界が空を向いていており自分が仰向けになっているのが分かった。

そして、そのまま視界が白くなっていく。

 

おかしいなあ、夜なのに。

空が黒いはずな……のに、見える……世界が白くなって……いくなんて……。

 

ドクン、ドクン……ドクン……と心臓の鼓動が弱まる。

 

何も……聞こえない……。

 

戦闘中なの……に……静かだなあ……。

 

ああ、そうか……死ぬ……んだ……私……。

 

ここ……で……オワ……ル……ン……ダ……。

 

コ……コ……デ……シ……ヌ……。

 

心臓の鼓動がドクン……ドクン……ド……クン……と立って止まった。

そのまま消えて行く意識の中で彼女が最期に見たのは故郷の農場と家、家族の顔だった。

「パパ……ママ……兄さん……」

 

 

血まみれになって動かないスプリングフィールドに寄ったアラバマは彼女を起こしたが、虚ろに開かれた目が自分を見返すことは無く、だらりと開かれた口からは血が溢れて筋を作っていた。

「そ、そんな……そんな……。ウソでしょ……ちょっと、スプリングフィールド? ねえ、起きてよ、ねえ、起きてよ! ねえ!」

ゆすっても叩いても名前を呼んでも、スプリングフィールドは何も言わなかった。

そして物言わぬ亡骸となったその体は冷たく、軽くなっていた。

「いや……いや……いや……いやあぁぁぁぁぁーッ!」

アラバマの絶叫が辺りに響いた。

 

 

アメリカ合衆国ミズーリ州の農家に生まれたスプリングフィールドは故郷から遠く離れたこの太平洋の海で、僅か二六年の生涯の幕を、故郷と両親と、戦死した海軍四等兵曹長だった兄の顔を思い浮かべながら降ろした。

 




本作では「艦娘は人間である」が設定の重要な要素となっています。
それだけに海と言う巨大な自然の前には小さい存在で、対人兵器にも脆いという実情が存在しています。

今回、架空のバルティモア級重巡洋艦艦娘スプリングフィールドの無念の戦死回となりました。
自分で書いておきながらやはりキャラの死は書きにくいモノがあります。

個人設定ではありますがスプリングフィールドは二六歳という設定にしております。

次回は大和らを含む強力な艦隊の多くを一瞬で戦闘不能に追い込んだス級に挑む、戦艦には敵わない火力の愛鷹の死力を尽くした戦いになる予定です
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