デーン総司令官と九条参謀長に沖ノ鳥島海域における戦果報告をする武本の声は重かった。
戦果を報告する武本をデーンと九条の二人は画面越しに静かに見つめている。
自分の声が悲しみで重くなっているのは分かっているだろう、と時々思いながらも報告を続けた。
戦果はス級四隻撃沈、空母一六隻撃沈、三隻大破、戦艦四隻撃沈、重巡一七隻、軽巡一四隻、駆逐艦多数を撃沈。航空機約三五〇機を撃墜。
こちらの損害は空母二隻大破、一隻中破、戦艦三隻大破、四隻中破、超甲巡一隻大破、装甲艦一隻中破、重巡二隻大破、軽巡二隻大破、一隻中破、駆逐艦四隻大破、四隻中破、航空戦力は総数の三割を喪失。
そして重巡スプリングフィールド撃沈・戦死。
主目標の一つは達成できたものの、こちらが被った被害も甚大だ。
しかも戦艦六隻、超甲巡一隻、装甲艦一隻、重巡二隻、駆逐艦二隻は殆どス級一隻の攻撃で大損害を被っていた。
「……以上が今作戦における我が方の戦果及び損害です」
報告を聞いたデーンは沈痛な表情で頷いた。
(報告ご苦労。スプリングフィールドは戦死か……。残念だ……)
「申し訳ありません」
(自分を責めないでくれ、作戦展開の全てを読み通すのは我々人間には不可能な領域なのだ。戦術的誤算はどうにもならない)
九条が武本の送った報告書を見ながら宥める。
そう言ってくれるだけ多少はマシだろうか……と考えるが部下を失う事はやはり気が重い。
ス級を全艦撃破するのには成功し、敵大艦隊の多くを無力化することにも成功したが、敵前線展開泊地棲姫はまだ残ってしまっているし、残存艦艇も複数残されている。
つまり沖ノ鳥島海域の制空・制海権は事実上、まだ深海棲艦側にあると言っていいだろう。
ただ設備への被害は一定の成果を上げたと判定されたので、深海棲艦の復旧能力を持っても当面再建に時間がかかるだろう。
その為武本は既に潜水艦隊を派遣して海域の潜水艦封鎖網を敷き、再建を行う為の補給船団の監視と撃滅に当たらせていた。
(今回大破した金剛だが、改二丙への改装を行う事をこちらで決定した)
抑揚のある声でデーンが語る。
(劇的な艤装性能向上の改装という訳ではないが、現在の彼女の練度であればむしろ今以上の働きが期待できるだろう。ただ治療も含めて半年以上は艦隊から外すことになる)
(既にこちらでアメリカ艦隊太平洋艦隊の戦艦アイオワを旗艦とする任務部隊と欧州総軍などからの増援をそちらに派遣することを決めた。この後そちらに詳細を送る)
「了解しました。しばらくこちらは守勢に回り戦力再建に努めます」
(こちらも何とかできるよう方々に当たる。まずは皆を休ませてくれ)
「はっ」
報告が終わり遮光シャッターを開けると空は日が沈みかけていた。
深い溜息を吐きながら今やるべき仕事に取り掛かった。
武本が艦隊総司令部に報告を入れた日の深夜。
日本艦隊統合基地に「しだか」が帰港した。
荷物を持って下艦する艦娘達を武本はマイノット、長門と共に出迎えた。
負傷した艦娘達は待機していた救急車十数両に載せられて、先に基地の海軍病院へ送られる。
金剛を載せた救急車だけは、改修と治療を兼ねた別基地に搬送する為に基地のゲートを出て行った。
帰って来たんだ、と照明に照らされる夜の基地を見渡しながら青葉は胸中で呟いた。
「ちょっと疲れたなあ。部屋に戻って早く寝たいぜ」
深雪が欠伸を浮かべる。
ただ宿舎に帰る前に艦娘達はここでやることがあった。
「整列!」
普段は無帽の長門が制帽を被った状態で号令をかけると、艦娘達は私物を入れた荷物から各々の制帽を出して被ると、チョークで引かれた線に沿って一直線に整列した。並ぶ順番は自由だ。
制帽を被るのは「無帽での敬礼は敬礼にならない」からだ。もっとも普段から艦娘達は無帽の状態で敬礼は当たり間に行っているが、今回は無帽で敬礼していい事ではなかった。
「敬礼!」
再び長門が号令を出すと是認が一糸乱れぬ敬礼をした。
艦娘と武本、マイノットが敬礼を送る中、儀仗兵がトランペットで「夜空のトランペット」を演奏し、「しだか」から降りて来た海軍兵士八人が星条旗に包まれた棺を抱えて厳かに通る。
並ぶ艦娘達のたちの列から嗚咽を漏らす者や涙を流す者が次々に出る。それでも皆声を上げて泣き崩れたい衝動を抑えた。
演奏が終わるころにスプリングフィールドを収めた棺は迎えの車に乗せられた。
マイノットが乗り込むと警笛を長く鳴らして基地施設の方へと走り去った。
艦娘達の誰もが一度は見学で見て、その後二度と行ってはいけない場所と定められている場所、葬儀場だ。
「直れ、解散!」
そう告げる長門の言葉の語尾が震えていた。
直後、アメリカ艦隊を中心に多くの艦娘達が泣きだした。
「この光景はこれが最後だといいなあ……」
ぽつりと呟く青葉の顔を衣笠がちらりと見やった。
旗艦を何度か務めて、その際仲間を失った経験がある青葉と、旗艦を務めた経験はある物の死者ゼロで済んでいる自分とでは心理的プレッシャーはどうなのだろうと思ったが、今この場では考え付かなかった。
ただ、脳裏に愛鷹が言った言葉が蘇った。
(「でも、衣笠さんが気に病めば病むほど青葉さんもプレッシャーを強く感じるかもしれませんね」)
もしそうなのなら自分が普段している事は逆にお節介なのだろうか。世話好きの自分のすることに今まで文句を言ってきた人はいなかったが、今考えてみると自分のしたことが本当に相手にどう思われたか不安になって来た。
自分のする事は勿論自分なりに相手がどう思うか考えてからしているはずだが、果たしてその考えが相手に伝わっているか。
しかしそれを青葉に相談するのは少し気が引けた。それがさらに姉にプレッシャーになってしまったら逆効果だ。
誰に相談してみようかと考え、愛鷹にしてみようと衣笠は決めた。
その後武本が用意していたマイクロバスに乗った艦娘達はそれぞれの宿舎に戻った。
全治三週間。
そう告げられた愛鷹は江良に「本当に三週間、病院にいられるんですよね?」と念を押すように聞いた。
「修復剤の投与を強制されない限りは大丈夫よ」
「修復剤……自然の摂理に反する薬物……」
酷く嫌そうな口調で言う愛鷹に江良は、あなたならそう見えるわね、と胸中で頷いていた。
普段から感情をあまり表に出さない愛鷹だが、自分にだけは普段あまり出さない顔を見せ始めていた。
真実を知った関係上、気を許してもいいと思ったのかもしれない。
自分に見せ始めた姿から見るに愛鷹はとても感情が豊かで、照れ屋とも引っ込み思案とも取れる一面があった。
対人関係では心の踏ん切りがややつきにくいのは、彼女の育ちを聞けば分かる気もした。
意外だったのは料理経験が無い事だ。博識で色々と出来そうに見えて料理経験がゼロなのだ。
それだけに以前入院中に手作りの卵焼きを差し入れてくれた瑞鳳に感謝しており、料理を習いたいと言う意欲を見せていた。特に卵焼きには興味があるらしい。
あの美味しい卵焼きを食べたら誰もが病みつきになるのは江良も知っているが、愛鷹もそれの虜になってこだわりを見せている事には驚きであり、新鮮だった。
「貴方なら呑み込みも早そうだし、作り方は直ぐに分かるはずよ。真心を込めて作れば料理ってとても美味しいわ」
「そうですね」
「同時に作り手の気持ちや感情が現れるのも料理ね。だから料理店の人とかはそれで評判が分かれるのよ」
「なるほど……淀みのない気持ちなら美味しく作れ、その逆だと美味しくなくなると」
「そう。だから食事の時は嫌な思いをするようなことをしては駄目なのよ。よく言うでしょ『メシが不味くなる』って」
「ええ」
なら自分の心は淀みが多いからすぐには美味しい料理は無理ということか。
やはり何事も最初から完璧と言う事ではない訳だ。
「そう言えばあなた誕生日はいつだっけ?」
江良が尋ねると愛鷹は首をすくめた。
「忘れました。私は誕生日を祝うよりは生きていることを祝いたいです。毎日を元気に過ごしていける事を祝いたい。
いずれ老いて死するのが人間の定めならば、私には毎日が誕生日として祝ってもいいです」
「生を授かった事に無上の喜びを見せる子は貴女が初めてかもしれないわね」
「……今でも貧困にあえぐ子供の中には『自分を産んだ罪』で親を訴えたと言う話を聞きますからね。その子たちの境遇を知ればすごく分かりますけど」
「そうね。入院中に欲しいモノがあったら言って頂戴ね。葉巻以外ならオーケーよ」
医者として診断時に肺にも傷を負っていた愛鷹に今葉巻を吸わせるのは許可できなかった。
その事には愛鷹も従った。生きるためなら多少は我慢する事だと弁えてくれた。
代わりにジャズ鑑賞に使う音楽機器類と自室の本数冊を頼んできた。その程度なら江良にはお安い御用である。
「そう言えばあなた自身は音楽演奏できるの?」
「一通りできますよ。ピアノやバイオリンも弾けます」
「へえ、流石はインテリね」
凄いじゃない、と笑う江良に愛鷹は「インテリ……」と呟いて苦笑した。
二人が談笑していると遠くで三回の銃声がした。
銃声がしたのは、墓地の方だ。
「お葬式ね。スプリングフィールドちゃん……残念だったわ」
「死は生命全てに等しく訪れる末路ですから。永遠の命の方が寧ろ私からすれば残酷です」
「……愛鷹さん。あなたは生きられるとしたら、あと何年生きていたい?」
その問いに愛鷹は真顔で答えた。
「あいつと……ケリをつけるまでは死ねません」
ベッドに仰向けの姿勢で横になった瑞鳳は天井を見つめながら「しだか」で見たあの光景を考えていた。
(愛鷹さんが帽子を目深にかぶっていたのは大和さんと瓜二つの容姿だった……からか。でも何で……)
顔は瓜二つだが、愛鷹と大和は性格も異なるし体格も少し違う。
瓜二つと言っても、大和の顔が大人の余裕を持つ優雅な女性の顔立ちであれば、愛鷹はそれを抜いて険のある顔立ちだった。
考えられるモノは一つしかない。
双子、または姉妹だ。
本当の血縁関係を持つ姉妹艦はいないが愛鷹と大和がもし双子であれば、艦娘初の姉妹で艦娘になった女性と言う事になる。
着任系列で言えば大和が姉かも知れないが、愛鷹の方が姉と言う可能性も無くはない。
または愛鷹さんは別人で、大和さんの影武者だったり……と考えて苦笑が漏れた。
フィクションの見過ぎだろう。それになぜ艦娘に影武者を立てる必要がある、と言う事にもなる。
この事を誰かに相談してみたい気持ちも無くはない。ただそれをするのはかなり気後れするものがあった。
青葉とは違って他人の秘密をひけらかしたりばらしたりする趣味はない。
それに制帽を目深にかぶって隠したいことなのだから、知られたらと分かったらとても傷つくだろう。
人が傷つくことはしたくなかった。
でも誰かに事を話したい。自分で抱え込むには大きすぎる気がしてしょうがない。
口の堅そうな仲間なら……いや、その話した相手から漏れ出してしまう可能性もある。
「どうしよう」
ぽつりとつぶやいた時、部屋のドアを誰かがノックした。
「はーい」
(瑞鳳ちゃん? 明石です、お届け物でーす)
なんだろう? と思いながら自室のドアへと向かう。
ドアを開けると段ボール箱を明石が立っていた。
「お届け物? なんだろう、頼んだ覚えがないなあ」
「まあ、プレゼントね」
「明石さんが?」
首を傾げて聞くと明石はにやっと笑って段ボール箱を渡してきた。
「誰からかは瑞鳳さんの目で確認して」
「はあ……お代とかはあるの? 今手持ちがあんまりないんだけど」
「大丈夫、支払い済みだから。じゃあ私は次の仕事があるからバイバイ」
そう言って明石は手を振ると行ってしまった。
「まさか、明石さんの作った変な物じゃないよね?」
明石も明石で時々変な騒動を起こすことがあるので少し瑞鳳は心配になった。
時限爆弾なんか入ってないよねえ、と思い段ボール箱に耳を当てるがタイマーらしい音は聞こえない。
開けたら煙が出て御婆さんに……玉手箱じゃん、とツッコミを入れつつ床に置いた段ボール箱を開封した。
中からは驚いたことに前々から欲しいと思っていた航空機模型が出て来た。高額なうえに貯金のたまりが今一つなので手が出せず悔しい思いをしていた代物だ。
「誰が買ってくれたんだろう? 提督かな?」
段ボール箱の底に二つに畳んだ手紙が入っていた。
開いてみると達筆でプレゼントの送り主がコメント付きで名乗っていた。
(少し早いですがお誕生日プレゼントです。以前欲しいものの高額で買えないとの事だったので、私の方で購入させていただきました。お気に召されたら幸いです。
愛鷹より)
「嬉しいです!」
後でお礼を言いに行かねば、と思いながら卵焼きの焼き方も教える約束をしていたことを思い出した。
こっちも礼をするなら出来る限りの礼をしなくては。
浮かれそうになっているとまたドアがノックされた。
「はーい」
(瑞鳳ちゃん? あたしだよー)
秋津洲だ。航空機好きと言う事で趣味や嗜好が合う関係で友人である。
これを嗅ぎつけて来たのかもね……苦笑交じりに瑞鳳は航空機模型の包装を見直した。
二式対大艇のプラモデルだからだ。秋津洲は搭載機でもある二式大艇を非常に大切にしており、マニアの域を超えている程だ。
ドアを開けて秋津洲を中へ入れた。
目ざとく中へ入った秋津洲は瑞鳳の誕生日プレゼントを見つける。
「おー、二式大艇のプラモデルじゃない! すごい、貯金切り崩したんだ」
「誕生日プレゼントだよ。買ってもらったの」
「提督に?」
「ううん。今の部隊の旗艦の人で超甲巡の愛鷹さん」
「愛鷹? 聞かない名前だね」
「まだ知らない人は多いよね。秋津洲の方も最近見なかったけど?」
「あたしは、西方海域での長距離航空偵察に駆り出されてたから。今日帰ったばかり。千早、口には出さないけど凄く疲れてたよ」
航空偵察……瑞鳳の脳裏に秋津洲の所属する部隊と自分の所属する部隊が連携で仕事をする機会があるような気がしてきた。
「……誰か死んじゃったんだね。悲しいかも。誰が死んじゃったの?」
「アメリカの子。今所属している部隊で始めて出撃した時助けた子だったんだけどね。助けた海域と最期を遂げた海域は同じ」
「……運命って皮肉だし、残酷よね」
「まあ……ね」
運命か……愛鷹さんの運命もどういうものだったんだろう。
桟橋で釣り糸を垂らしていた深雪は、一緒に釣りをする望月から沖ノ鳥島海域でのス級との戦いに参加したか、と聞かれた。
「ああ、あたしも参加したよ。あいつも見た」
「羅針盤障害に嵐。それでも突入しようとしたんだろ。大和も大馬鹿野郎だなあ」
「そう思ったね、ま、今じゃあ結果論だけどな。その上、あの巨大艦だ。今までにない奴の砲撃だけで主力は殆どが行動不能。セコイアみたいに馬鹿でっかい着弾の水柱、そいつに呑み込まれたら大破しない奴はまずいない」
「でも深雪はそうならなかったんだろ。あんたは遠巻きに見物してたのかい?」
「まさかな。まあ、あたしもあのデカ物に最終的に挑むことが出来るとは思ってなかったよ」
「ほーん。気分は?」
「マジで相手にするにはヤバすぎる」
「でも、あんたの上官、愛鷹は撤退する仲間の為に踏みとどまって二隻も相手したんだろ。あいつも大馬鹿野郎だなあ」
「ほんと無茶苦茶するぜ、愛鷹もよ。不死身なんじゃねえのって思っちまう」
苦笑を浮かべて言う深雪に望月はいつものけだるそうな視線を向けただけだった。
平常運行だな、もっちーは。あまり変わらない望月の姿勢に深雪はどこか安心感が沸いた。
「まー、あたしじゃあ太刀打ちできないのは確かだな」
「言っちゃ悪いけど、もっちーじゃ絶対無理だな」
「いや、その言葉はむしろありがたいよ。艦隊戦向きじゃないからね、あたしは」
向いていない事は無理に挑まないタイプの望月らしい考え方だと深雪は思った。
特型の自分は性能で言うと陽炎型や秋月型、フレッチャー級と比べて劣る所がある。
望月は自分以前の世代の睦月型だ。艤装の燃料消費や製造コスト、整備のしやすさには定評があるがその分性能は新型駆逐艦には及ばない。
改二になれば多少は強くなれるが望月には改二になる予定は今のところない。
「んで、あんたはしばらくどーすんの」
「さあ、どうすっかな。後で考えるよ、愛鷹は行動不能で入院しなきゃならないしな」
「青葉が次席指揮官なら青葉が臨時旗艦になって活動するんじゃないの? まあ、あたしは別に知らないけどさ」
「そう言うもっちーはこの先なんかする予定あるの?」
「明日から南方に護衛遠征任務。はあ、ダリい、しんどー」
「ごろごろしてると体なまるぜ。たまには給料分仕事しろって」
「あいよ」
談笑しながら釣りをしていると「あのー」と二人の背後から声がかけられてきた。
深雪が振り返るとバケツと釣竿を持った蒼月がいた。
「私もやっていいですか?」
「いいぜ」
「あん? あー、蒼月か。あんた釣り出来たっけ?」
「蒼月なら父島であたしが教えたら結構できる奴だったよ」
それに対し始めて望月がそりゃあ意外だな、という反応を示した。
蒼月が二人の横で竿を垂らして釣りを始めると、五分ほどで魚が引っかかった。
「もうかかった?」
ローテンションの望月が目を見開くほどの驚きを見せ、深雪が「行けるだろう?」とにやにやと笑う顔を向けて来た。
竿から魚を外す蒼月の手つきも慣れた物になっている。
「なー、蒼月もあいつ見たのか?」
「あいつ?」
「ス級」
ボソりとした口調で察しろよと言う様に望月が返す。
ああ、と溜息を吐きながら蒼月は頷いた。
「見ました。あれは……恐ろしいです。あんなのと一体どうやって戦って沈めればいいのか。たまたま私は愛鷹さんが注意を引いている間に深雪さんと一緒に魚雷を撃ったので沈められましたが」
「ふーん」
またローテンションに戻った口調で望月が返す。
前の蒼月なら何か自分が悪い事でも言ったかと気にしたかもしれないが、そう言う素振りはなくそのまま釣りに戻った。
出撃をしているうちに蒼月のメンタルが強くなったのかもしれない。深雪にはそんな気がした。
実際その通りで蒼月自身出撃を何度かしただけでかなり自分が前より変わったことに気がついていた。
第三三戦隊配属前にも何度か出撃はしたがここまで変わった事は無かった。
前々から秋月型姉妹からは「やればできる子」と言われて来たからその通りだったのかもしれない。しかし過信は禁物だ。
「蒼月の成長ぶりを見たら霞と満潮の奴何て思うかな、今度会ったら蒼月、ぎゃふんと言わせてやれよ」
「負け惜しみすんじゃないの。あの二人の事だしさ」
「まあ、ありえなくはないか」
「別にそう言うのはいいですよ。私はそう言うのは好きじゃないです」
そう辞退する蒼月だが深雪は首を振った。
「いやいや、信頼を得るには自分の実力を少しは見せる事も大事だぜ」
「まー、あの二人の事だから素直に誉めないよ。調子乗んじゃないって突き放すかもね」
「ま、それはそうだな。ツンデレって難しい人種だなあ。壁作る得意だよアイツら」
やれやれと深雪は溜息を吐いた。
その時、望月の竿がしなった。
「おお、来たかな。いよっ、おお引いてるなあ」
小柄な望月が立ち上がって竿と格闘し始める。
「支えるかい?」
「いらねー」
体格が小さいだけに蒼月とは力の入れ方にも差が出やすい。
それでも積んだ経験を生かしてなおの引き加減を望月はうまく調節する。
そして数分で撒き餌にかかった魚を釣り上げた。
「やったぜ」
初めてにこりと望月が笑う。
「やっと二匹目だ」
「へー、あたしは三匹だぜ」
「サバを読むな、まだ二匹だろ」
「冗談だよ」
「二匹、釣れました」
撒き餌にかかった魚を見せる蒼月に望月はやるじゃん、と頷いた。
すると今度は深雪の竿がしなった。
来たぞ、と深雪は竿の引き具合を調節する。逃がしたくない。
「デカいかな?」
「さーねー」
ぐいぐいと竿がしなる。
「潜水艦でも釣ったか?」
「父島で鮎島さんがつってましたね」
「深海の潜水艦を釣ったのかよ。すげえじゃん」
望月が目を丸くした時、深雪が「うおぉぉぉ!?」と喚いた。
「行けますか?」
「こりゃデカいんじゃないの」
「負けるかよ!」
ところが不意に竿が静かになった。
気まずい空気が三人に立ち込め始めた。特に深雪は固まってしまっていた。
「やべ……逃げられた……」
作り笑いを受かべた深雪に蒼月はどう言えばいいかわからない顔になり、望月は小さく「ドジ」と呟いた。
コーヒーを飲みながら江良が部屋から持って来てくれた私物の本を読んでいると、病室のドアを誰かがノックした。
「はい」
答えながら愛鷹はドアをノックしたのが江良ではないのに気が付いた。
ノックする前に近づいてきた足音が江良の足音ではなかった。江良の靴は確か病院内ではナースシューズ。聞こえたのはカツカツと音の立つ足音。
聞いたことはあるような気がして思い出しにくい。
(愛鷹さん、いますか。衣笠です、ちょっとお話してもいいですか?)
衣笠さん? 何の用だろう、と眉間に皺を寄せたものの制帽を被ってから「どうぞ」と招き入れた。
差し入れか花束を持って来てくれていた。
「差し入れですけど、良かったら」
「ありがとうございます。どうぞ、そこへ」
ベッドの上から椅子をすすめる。
椅子に衣笠が座ると愛鷹は何の話できたかについて切り出した。
「それでお話とは?」
「んー、なんか、その相談みたいなものなんですけど」
「相談ですか。私が出来る範囲で」
「……愛鷹さんって、他の人と接している時に心がけている事ってなんです?」
自分が他人と接している時に心がけている事……か。
衣笠は世話好きな性格だとここに来る前に聞いていたから少しこの問いかけは意外だった。何かあったのだろうか。
ただ質問に質問で返すのは無礼なのは知っているから、少し考えて普段他人と接するとき心がけていることとやらを考えてみた。
が、特に思いつくものはない。他人と接する時心がける程の事と言えば、素顔を見られない事や身の上を不必要に探られないようにする事程度だ。
言ってしまうと個人情報が漏れない事を心がけているというべきか。
「私の場合は他の人には知られたくないことを言わない、くらいですかね。正直それ以外に心がける程の事はしていません。私は私のやり方で接してますよ」
「そう、ですか」
「何かあったのですか?」
今度はこっちから質問をする。
「うん、まあ、ちょっと。色々と……」
「青葉さんと喧嘩でもしましたか」
コーヒーカップのコーヒーを飲みながら少し茶化したように愛鷹が言うと衣笠が頬を膨らませた。
「そ、そんなことないですよ。青葉とは喧嘩してません」
「それは、良かったです」
ふう、と飲み欲したコーヒーカップをサイドテーブルに置く。
その愛鷹の横顔を見ながら衣笠は結局、愛鷹のところには来たモノの何を聞くか、何を相談するかよく分からないままだったことに今更ながらに後悔していた。
治療に専念しなければいけない愛鷹の邪魔をした気がした。
するとそれを見透かしているかのように愛鷹は「何かお話でもしていきますか? コミュニケーションは必要でしょう」と言って微笑した。
その提案に衣笠は甘える事にした。
「怪我は大丈夫なんですか?」
「ええ。肺に一部傷を負う、肋骨数本骨折と右腕の粉砕骨折、右わき腹などを何針も縫うと軽くはありませんが」
包帯まみれの愛鷹を見ていると自分は戦う気をなくしてへたり込んでいただけだったのを思い出した。
「衣笠さんは大丈夫でしたか?」
「ええ。絆創膏をいくつか貼る程度で済みました」
「それは良かったです」
「あの、愛鷹さん。私の事は青葉からどう聞いています?」
「元気のいい妹でライバルであり相棒だと聞いてますよ。私の方からも出来ればお会いに行ければと思っていましたが。あなたも第三三戦隊の補充艦予定なので親睦を深めておきたいと思っていましたので」
すると衣笠が目を丸くした。
「私も愛鷹さんの艦隊に?」
「ええ。聞いていませんでしたか、青葉さんにはすでに話してあったので」
「なにも聞いてなかったなあ。ずるい」
「青葉さんも青葉さんで忙しいのでしょう。忙しいを理由に大切な人との時間をなくしてはいけない、とも言いますが」
確か青葉は今、溜め込んでいたネタを基に艦隊新聞を製作中だったはずだ。またいつものやりたい放題な性格に戻るだろう。
「青葉は愛鷹さんに迷惑とかかけてないですか?」
「取材お断りを破ってきたことがあったので二回ほど制裁したことはありますが、別に大したことはありません」
「良かったあ」
軽くため息を吐く衣笠を見て、まるで青葉の保護者のような印象が愛鷹に浮かぶ。
(青葉型の二人は確か同じ西暦二〇二二年生まれの二六歳同士。青葉さんの方が衣笠さんより一カ月早く生まれているから誕生日で姉御ぶるという例にも当てはまらない。やはり衣笠さんの生れつきの性格所以か)
そう考えてみたところで何となく衣笠の「相談」したいという内容が分かった気がした。
世話好きな自分のしている事が、他の人からどう思われているのか不安になったものの相談相手が思いつかず、自分のところに来た、差し当たりこれで間違いないだろう。青葉に相談しなかったのは分からないが何か理由があるのだろう。
「……あなたの相談したいこと、という物が今何となくわかりましたよ」
「え? なんで」
「あくまで推測です。自分の世話好きの性格が周りに迷惑がられていないか心配になって相談しようにも思いつかず、私のところに来た、そう言ったところでは?」
「はい……そうです」
顔を赤らめる衣笠に愛鷹はサイドテーブルに置いているポットからカップにコーヒーを注いだ。
「私には自分の行動・言動の全ては自分の責任であるから、行動をする、話す、の前によく考える。と言う事しか残念ながら助言できませんね。
誰かがこのことを言ったら、されたら自分はどう思うかと言う事をアクションの前によく考える事ですね。
例えばちょっと軽いノリでのふざけでも相手には深く傷つくかもしれない。実際学校でのいじめでいじめっ子の主張は軽いふざけのつもりだったというのが理由の一つですからね。
人間、自分の発言が相手の人生を大きく変えてしまうかもしれない力を持っています。自分の発言で相手がより良き道を歩むことがあれば、死に至るまでの道を選ばせられる事もある。周りから称賛されるきっかけとなる事もあれば、バッシングの嵐に遭うこともある。機嫌を良くすることがあれば、悪くもする。
人の言葉と言うのは諸刃の剣の様なものなのでしょう。
だからこそ、その全てに自分が責任を負わなければならない。自らの言葉で相手が不幸にあった時、その相手を不幸にした罪を未来永劫背負って償いの道を歩む。
罪は共犯でない限りは関係のない人と共有していくことは出来ませんし、してはいけない。
ちょっと訳が分からなくなりましたけど衣笠さんは、自分が相手にした事がどうなるかを考えてみるといいかもしれませんよ。
もう相手が傷ついてしまったのは既成概念ですから取り消すことは不可能ですし、その事実を取り消してはいけない。認め、受け入れるだけです。
そしてその結果からどうやり直していくかを考えていく。私のアドバイスはこの程度です」
「すごく、難しいこと考えられるんですね。でも何だか分かる気がしました」
「生きると言う事は知ると言う事です。あなたは自分の行動の問題点に気が付いた、自覚した、それだけで充分素晴らしいですよ」
「ありがとう。ちょっと気が楽になったかも」
そう礼を述べる衣笠の顔がさっきより明るくなっているのが分かった。
自分の言う事にすべての責任を持て、か。柄にもないようなことを言ったかもしれない。しかしこれで相手がより良き道を歩むことが出来るのだとしたら、それは良い事だろう。
「私の持論ですから参考程度にしてください。あれ」
飲み干してしまっていたコーヒーをまた足そうとしてポットのコーヒーがもうない事に気が付いた。作らないといけないが右腕が使い物にならない状態なのでやりにくい。
するとそれを察した衣笠が「おかわり……淹れて来ます?」と尋ねる。前だったら「おかわり、淹れて来る?」とほとんど間をおかないで聞いてきたはずだ。
私の言ったことを参考にしてくれているのか、とどこか嬉しい気分を感じながら頷いた。
「お願いします。ブラックの砂糖なし、牛乳入りでいいです」
「お安い御用」
渡されたポットを持って衣笠は病室のドアへと歩み寄った。
出る際に一旦立ち止まって愛鷹に聞いた。
「そう言えば、愛鷹さんってコーヒー好きなんですか?」
「大好きですね。お酒は体質上飲めないので」
「お酒が飲めなくて、コーヒー好みなのは青葉と同じですね。私と青葉は微糖派なんですけど、愛鷹さんは?」
「どちらも飲めます。カフェインは頭にいいし、甘い物も頭にいいです」
「へえ。じゃ、淹れてきます」
ポットを持って病室を出た衣笠は廊下を歩きながら、コーヒー好きな愛鷹の言った言葉と、青葉が前に自分に言った言葉を思い出して口元に笑み浮かべた。
「前に青葉も同じこと言ってたかも」
軽く伸びをした青葉は艦隊新聞を書くのをいったん休み、気分転換に食堂へ行くことにした。
衣笠がちょっと散歩してくると言って何処かへ行っているので静かに新聞を作れるのではかどったが、やはり妹がいると賑やかでいい。
自分は一人っ子であり、寂しい思いを長く強いられる人生も経験したから、艦娘になった時衣笠というお転婆娘と姉妹艦になった時はとても嬉しかったものだ。
それだけに自分も姉として元気で陽気でいないといけないのだ、と言う使命感も出る。
食堂に入って給湯器からお茶を入れて飲む。
一息入れていると夕張が食堂へ入って来た。
「あら青葉。一服中?」
「そうですよ」
ツナギではなくいつもの制服だが油の匂いがかすかにした。きっと先ほどまで工廠作業していたのだろう。
ただ怪我した様子はないのに血の匂いもする。
自販機で炭酸飲料を購入して缶の栓を開けて飲む。
「あー、炭酸がきくぅ!」
溜息を盛大に吐きながら夕張は笑顔を浮かべた。
「工廠で作業していたんですよね、ご苦労様です」
「ん、何で分かったの?」
「油の匂いがしますよ」
青葉の言葉に夕張は慌てて腕のにおいを嗅いだ。
「ホントだ、大変。後でお風呂入らなくちゃ」
「修理作業はどうですか」
「金剛さんと不知火ちゃんの艤装はガラクタも同然の修復不能でスクラップよ。スプリングフィールドの艤装も使える備品を外して廃棄処分ね……」
「スプリングフィールドさんの艤装の掃除もしたんですか? かすかですけど臭います」
「ええ、血糊落としをしたわ。付いたままじゃ処分できないから……『狼』なだけに鼻が利いたの?」
「どうでしょうねえ」
自分が「ソロモンの狼」と言われる事にちなんで夕張は「狼」と呼んだのだろう。
「まあ、大体の子の艤装の修理は終わったわ。愛鷹さんの艤装だけはまだだけど。そうそう、面白いことがあの人の艤装を修理してて分かった」
「なんですか?」
興味が出てきた青葉は夕張に聞いた。愛鷹から直接聞く事は出来ない情報が入るかもしれない。
「愛鷹さんの艤装、今のところ改や改二への改装予定とか何も聞かないけど、それを見こしている様な造りなの。主砲が特にそうね。
今は三一センチ三連装主砲だけど、強度を計算したら三五・六センチ主砲の発砲の衝撃に耐えられる数値が出たわ。それもギリギリじゃなくて余裕で耐えられる数値が」
初耳だった。それはつまり三一センチ主砲より火力を強化できる余裕が愛鷹の艤装にはあると言う事だ。
「今の状態で火力の強化可能な数値はどれくらいなんですか?」
「言っちゃうとね、信濃さんの主砲を乗っけてもなおお釣りがくるくらい。今信濃さんは四五口径五一センチ三連装主砲だけど、多分愛鷹さんの主砲なら五〇口径でも大丈夫よ。
凄いのは防護機能のマージンね。こっちは艤装自体の強度強化改造をしないといけないけど、艤装が発生可能な防護機能の耐久値、装甲値は大和型以上よ。
ぶっちゃけちょっと改造すればそのまま戦艦にできるかも。艤装だけならね」
「拡張性が非常に高いんですね。それが可能ならなぜ戦艦以下の超甲巡に……」
「さあね。まあ愛鷹さんの艤装から言って私と同じ実験艦的な要素が多いから。艤装にはうっすらだけどその刻印があったわ」
「刻印?」
「ええ。青葉なら重巡だから分類はCAでしょ。私の場合は軽巡だから大抵CLで書かれるけど書類上の正式な艤装の分類は『兵装実験運用艦』の意味のWTVと書くの。
愛鷹さんの艤装には『SYALGTV01』の文字があったわ。なんの意味かはよく分からないけどTVが最後につくから実験運用艦の意味かも。まあそことは別に巡洋戦艦の意味のCBの刻印があったから、愛鷹さんは世界的な分類上は巡洋戦艦扱いなのかもしれないわね」
つまり愛鷹の艤装は本来、実験運用に使われていたものをそのまま実戦配備に回した流用品と言う事になる。まるで何かのロボットアニメの主人公機体の扱いのような代物だ。
しかし「SYALG」とはどういう意味だろうか。青葉にはさっぱりわからない。
だがそれだけの拡張性がありながら超甲巡と言うスペック的に中途半端な艦種におさまったのか。そこが大きな謎だ。
一応考え突くものとしては何らかの形で実験運用が終わった艤装を超甲巡仕様に改装して愛鷹に与えた事だが、なぜ超甲巡の艤装を一から新造しないかという疑問が残る。
愛鷹が今のところ唯一の超甲巡と言うところからすると、この艦種のプロトタイプと言う事になるのかもしれない。もしそうならその内愛鷹に姉妹艦が現れると言う事を暗示しているのだろうか。
だがこれはあくまで青葉による推測に過ぎなかった。
「……謎ですねえ」
腕を組んで呟く青葉の顔が調査をする時によくする顔になっていることに夕張は気が付いた。この顔になったら大体青葉が辿る未来はいらぬパパラッチ行為の果ての自爆か、真実追及の末の情報入手だ。
良からぬことを企み、自爆した人間を夕張は過去に何人か見て来ているし、それを自分には関係ない事だと放っておく趣味もない。
青葉の場合は放っておくと笑いごとになる事もあるが、ここは自制を求めた方が無難な予感がした。
「変な探りは入れない方がいいんじゃないの?」
「索敵も調査も解析も青葉にお任せ、ですよ」
「知らないわよ、消されても」
結局この調子か、と夕張は頭に右手をやって溜息を吐く。その夕張に青葉はいつもの悪巧みをしている時の笑みを返した。
「作戦を延期する、ですか?」
驚きの籠った長門の声が提督執務室に上がった。その通りと対面している武本が無言で頷いた。
「なぜですか、ショートランド泊地奪還作戦は」
「先の海戦で航空水上兵力が大きく損耗している上に前線展開泊地棲姫は損害こそ与えたものの壊滅には至っていない。今潜水艦の子達が海上封鎖を行っているが、いつまでそれが続くかは分からない。
ス級を全艦破壊したことで長期戦略的、戦術的にはこちらの勝利ではあるが、海域の安定化という戦略的ではこちらの敗北も同然なんだ。
現在日本にいる艦隊は沖ノ鳥島海域での戦闘で戦力を損耗してしまっている。他のところから回そうにも、そこでも必要な戦力だから今は無理だ。
つまり今深海棲艦が日本本土に大規模戦力で攻撃してきたら、こちらとして迎撃は出来ても敵の侵攻を完全に防ぐことが出来るかは正直微妙だ。
そこで現在海外展開中の第二、第四航空戦隊は日本本土防衛の為引き上げる事にした。すでに支援艦『とわだ』と『レーニア』に乗ってこちらに帰投中だ。
海外から増援を呼ぶにも今はどこも余裕があまりない。アイオワを旗艦とした任務部隊の派遣は確定しているけど現状それだけだ。
ロシア太平洋艦隊はガングートの戦線離脱中は戦艦抜きでなって行かないといけないからここからはまず無理だ。
当面こちらの太平洋上の各拠点の守りに入らないといけない。不十分な戦力で出撃しても君らの犠牲を増やすだけだ」
「良いのですか?」
「こんなことを言うのも何なんだけどね、もう、これ以上部下を死なせるのは嫌なんだ。私のすることは極端に言うと戦場と言う死地に部下を送る事だが、不完全な状態で送ってそこで死んで来い、という物じゃない」
部下=艦娘の命を重んじる武本らしい言葉である。同じことを言う海軍提督は他にもいるが、中には「艦娘と言う資質が無ければなれず容易には補充が効かない戦力で、養成に莫大な時間と予算、労力がかかり、なったとしても疲労回復も含めた維持管理もシビア」という人間と見ないで兵器としての一面のみで言う提督も存在する。
「承知しました、提督のご意向を尊重します」
「ありがとう。それと君を呼んだもう一つの理由があるんだ」
「というと?」
何のことだろうかと長門は聞いた。
「君を秘書艦職から外す話が海軍上層部内で持ち上がっている。理由は戦艦戦力の少ない日本艦隊の長門型を秘書艦として温存しておくのは如何なものか、と言う事だ」
「その場合、私の後任は?」
「まだ決定事項じゃないから何とも言えないけど、舞鶴基地司令官のあいつか鳳翔さんを押す声がある」
「鳳翔さんはともかく、三笠さんをですか?」
「ああ。予備役と言えども艦娘としての籍は健在だし、基地司令官を勤めているから能力的にも問題はない。勤務態度も悪いわけではないからね。君と比べたら悪いけど……」
以前、日本海での作戦で舞鶴基地に行った時、司令官室で一升瓶を抱えてソファで寝ていた三笠の姿を見たのを長門は思い出した。
あの時不幸にも青葉が基地におり、だらしなくて寝ていた三笠をカメラで激写してその写真をばらまき、翌日涙目の三笠が刀を振り回して青葉を追いかけまわすという笑えない話になった事があった。
この事で三笠は後日減俸処分を食らっているが、二週間前に舞鶴基地に基地業務の手伝いの為に出張した香椎の話では、ビール缶の山が積まれたデスクでいびきをかいて寝ていたという。
「優秀な方ですが酒癖が悪いんですよね……脱いだりしないだけまだましですけど」
「全くだ。上司の私の身にもなってほしいよ」
武本は苦笑交じりに言った。
「まあ、君も決して人のことを言えた訳じゃないよ?」
「駆逐艦寮にはしばらく行っていませんが?」
頬を赤くした長門が取り繕うように返すと武本はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「まあ、あんなかわいい子たちが戦場で命を落とす様な事はさせたくない。それを分かってくれ」
「はっ」
久しぶりの戦闘シーン無しのお話となりました。
今回は衣笠くんの登場シーンが多くなり、愛鷹くんとの絡みを多く盛り込んでいます。
大切な姉の上官であり、青葉くんとも仲の良い愛鷹くんとは今後一緒に仕事をする機会もある衣笠くん。
彼女が第三三戦隊でどう活躍するかは今後のお楽しみです。
なお今回独自設定として青葉型の二人が二〇二二年生まれの二六歳という設定にしているので、本作は西暦二〇四八年の世界となっています。
かなりの近未来化で、艦これの世界とはずいぶん反りが合わないかもしれませんが二次創作と言う事で……。
本作における時系列は実は劇場版と同じような出来事があった約五年後の設定となっています。
あくまでも「アニメ版、劇場版と同じようなことがあった世界の物語」であるパラレルワールド的な世界の為、アニメ版、劇場版と直結した物語ではありません。
五年ほどの歳月が流れている理由は後々本編にて説明いたします。
今後の展開予告を一部ですが明かしますと第三三戦隊は愛鷹と瑞鳳の復帰後、南方に向かう予定です。
どんな展開になるかはお楽しみです。
では、また次回でお会いしましょう。