艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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宇宙戦艦ヤマトの小説も並行して執筆を開始したため投稿が遅れました。
言い訳です。

エースコンバット7、バトルフィールド4をプレイしたことのある方には聞き覚えのある言葉が入っています。


南洋編
第一七話 南洋の異変


「AWACSから入電、敵大規模攻撃機編隊を確認。三航戦は対空迎撃態勢に入れ、です」

ヘッドセットに手当てて聞いていた軽巡五十鈴が全員に聞こえるように伝えて来る。

それを聞いた三航戦旗艦龍驤は巻物型飛行甲板を展開して答えた。

「了解や。みんな輪形陣に陣形転換、最大戦速。対空戦闘用意や!」

了解、と三航戦に編入されている龍鳳と駆逐艦夕雲、巻雲、風雲と答える。

艦載する戦闘機紫電改を次々に発艦させながら、何でこんなところに敵の航空戦力が出たんや、と首を傾げた。

この海域は敵との前線からは離れた味方の制海権内だ。陸上基地航空戦力では航続距離が足りない。

「五十鈴、敵は何機や?」

「約八〇機です。戦爆連合だとの事。おおよそ六一七秒後にコンタクト。現在ラバウルの第二三三航空団の疾風とP51がスクランブルしています」

「は、八〇⁉ こちらの搭載機数では防ぎきれませんよ、龍驤さん」

泡を食った顔をする龍鳳に「落ち着くんや、龍鳳。味方の航空支援が来れば切り抜けられるって」と宥める。

だが龍鳳が慌てても無理はない。味方の勢力圏だったため今二人合わせても三六機しか戦闘機がないのだ。

しかも即時発艦出来る機体はその半分程度しかいない。

ラバウルからのスクランブルが到着するには最低でも一二分は必要だ。

「六〇〇秒……一〇分か。ギリギリやな。艦載機のみんな、時間稼ぎでええよ。艦隊が味方の制空県内に離脱できればうちらの勝ちやで」

了解、と発艦した紫電改二の航空妖精さんの返事が返される。

龍驤と龍鳳から発艦した紫電改二戦闘機一六機が空の方へと消え、一同は最大戦速で離脱を図る。

程なくしてAWACSが紫電改二と深海棲艦の航空部隊が交戦を開始したことを知らせて来る。

(敵はタコヤキ! エンゲージ)

味方の航空部隊が艦隊に到着するまでまだ七分もかかる。紫電改二の航空妖精さん達は腹を決めていた。

数に押される紫電改二が一機、また一機と撃墜される。一機撃墜されたら二機撃墜し返す紫電改二だったが、数の差から来る不利が否めない。

(操縦不能!)

(もう駄目だ、落ちる!)

(数が多すぎる、手に負えな……)

(被弾、駄目だ、機体が……)

(制御不能、制御不能、イジェクト……)

(こちらフリッパー2、被弾した! エンジン……)

こらアカン、ちょっちピンチすぎや……。龍驤の眉間に冷や汗が流れる。

戦闘開始から二分と立たずに半分の機体が撃墜されている。深海棲艦の航空部隊の損害は全体から言うと大した出血とは言い難い。

(バジリスク1から龍驤、我が方被害甚大! 二個小隊が全滅、戦線を維持できません!)

「……可能な限り食い止めてくれや……すまん」

(……了解。幸運を!)

その時、龍驤のヘッドセットに爆発音が響き、雑音が耳に流れ込んできた。

艦載機のみんな……ごめんな。

溢れだしそうな感情を堪え、拳を握りしめた龍驤は「殿軍のみんなの奮闘を無断にするでないで!」と一同に呼び掛けた。

しかしその時艦隊の右側を警戒していた風雲が叫んだ。

「右から超低空をタコヤキが来ます!」

何⁉ 目を剥いた龍驤が風雲の指さす方を見ると魚雷を抱いたタコヤキ三機がまるで海上を走行しているかのような低空を高速飛行して突っ込んで来る。

「右対空戦闘、旗艦指示の目標。主砲撃ちー方始め!」

五十鈴の号令と共に彼女と風雲、夕雲が三機のタコヤキに対空射撃を開始する。

三式弾改二の弾幕の雨が三機に浴びせられるが、海面に突き立てられる水柱も、至近弾の破片も無視してタコヤキは突撃を止めない。

「落ちなさい!」

そう叫びながら夕雲が放った対空弾がタコヤキを捉え、姿勢の崩れたタコヤキが海面に叩きつけられる。

一機撃墜や、と龍驤が頷いた時巻雲が「ひ、左からも三機突入して来るよ! は、速すぎる!」と悲鳴のような声を上げた。

「挟撃かいな!」

呻き声を上げた時「敵機魚雷投下、回避、回避!」と五十鈴から警告が飛ぶ。

巻雲が左からの敵に射撃を行うが一人では対応しきれない。彼女だけでは展開できる弾幕に限界がある。

「雷跡二、方位〇-五-八から急速接近します!」

「わあ、駄目だ! 左から魚雷六発が来ます、逃げて!」

「どこから来るのか報告しなさい!」

風雲、巻雲、夕雲の喚き声が響きわたる。

「落ち着くんや、回避運動と衝突に注意!」

三人に一喝する声を上げた龍驤は瞬間的に危険を感じた。

「こらあ、アカンな……」

一本の白い航跡が自分と五メートルと離れていないのを見て龍驤が呟いた直後、爆発音と共に小柄な彼女の体が水柱の中に消え、龍驤の意識も轟音と共に消し飛んだ。

 

 

フライパンから皿に盛った卵焼きを口に入れてみると、初めて作る割には美味しかった。

「こんな感じですかね」

皿に盛った自分の卵焼きを瑞鳳に差し出しながら愛鷹は聞いた。

受け取った皿に鼻を近づけ、軽く嗅いでから瑞鳳も箸で愛鷹の卵焼きを口に入れた。

神妙な顔になる瑞鳳はよく噛んで飲み下してから評価を出した。

「美味しいですよ。初めてですよね?」

「ええ。上手く出来た様で何よりです」

「うん。美味しいよ。そう、美味しいんだけど……なんだろう。何かが変なの、味もいいし、弾力もいいんだけど……」

そう言葉を濁し、真剣な表情で考え込む瑞鳳の顔を見て、ああ、やっぱり自分の淀みが出てしまっているんだ、と気落ちするものを感じた。

退院して直ぐに瑞鳳の元を訪れて卵焼きの焼き方を教えてもらった愛鷹は、一緒に食堂の調理室で実際に作り、瑞鳳に評価してもらう事にしていたのだが、卵焼きの焼き方のプロらしい瑞鳳の評価はかなり精神的に来るものを感じた。

ただ、この違和感は初めての事であり、瑞鳳は愛鷹の卵焼きのどこがおかしいのか自分でも分からなかった。

味も触感も初めて作るにしては上出来だ。そう、文句はないはずなのに、何かがおかしい。

腕組をして唸りながら考える瑞鳳は、ふと三週間前に見たあの光景を思い出した。

あれとこの違和感に直結するものが無くもないが、確たる証拠らしいものが無い。

「瑞鳳さん?」

窺う目線で愛鷹が声をかけて来て瑞鳳は我に返った。

「え、ああ。うん、大丈夫。愛鷹さんの卵焼きは充分美味しいですよ。私が変にこだわってしまうだけだから」

「……そう、ですか……」

言葉からして愛鷹が自分の反応で多少なりとも傷ついているのが分かった。

何が過去にあったかは自分には推し量れないものの、かなり訳ありの過去でありそうなことは分かる。

何か話題でも変えようと思った瑞鳳は他にも料理作りを教えようと思いついた。

「そうだ、せっかくだから他の料理の作り方も教えてあげますよ」

「お願いします」

少し寂しさを感じさせるものではあったものの微笑を浮かべて愛鷹は頼んだ。

その後、チャーハンやカレーの作り方などを瑞鳳は愛鷹にレクチャーし、実際に作らせてみたところ自分が作るモノより明らかに美味しく出来ていた。

卵焼きの時の様な違和感は湧いて来ず、結局さっきのは何だったのだろうと首をひねる思いだった。

一通り作った二人は鍋やフライパンなどの調理器具を手早く片付けた。

愛鷹が鍋を洗っていると調理室に鳳翔が入って来た。

「あら、いい匂いですね」

「鳳翔さん。まだご飯の時間じゃないですよ?」

入ってきた鳳翔に気が付いた瑞鳳が首を傾げると「いい匂いがしたので、つられて来てしまいました」と年長者の余裕がある笑みを鳳翔は浮かべた。

瑞鳳と愛鷹、特にまだ着任して半年も経っていない愛鷹からすれば鳳翔は大先輩である。

かつては日本空母艦隊のエースだった彼女だが、着物の袖から稀に見える傷から分かる通り腕を負傷して弓が引けなくなってしまった結果、空母艦娘として「二度と戦えない身」となってしまい、今は基地で艦娘や海軍基地関係者の食を賄う仕事をしている。

セイロン方面での作戦で過度な連続出撃、無謀な作戦、修復剤の過剰使用が鳳翔の艦娘としての運命を変えた。

愚痴一つこぼさずに黙々と過酷な任務をこなした鳳翔だったが、ある出撃で一瞬の隙を突かれて被弾・重傷を負い「二度と戦えない身」へと成り果ててしまった。

更にこの戦いでは彼女の古くからの親友ハーミーズを含む多くの艦娘が命を落としてしまい、多くの戦力を失ったことでセイロン方面での作戦は完敗に終わった。

敗北後に開かれた査問会で艦娘への理解度が無いばかりに過酷な戦いを指導した関係者全員が軍法会議送りとなり、当時の日本艦隊隊司令官を含む三人の提督と数名が死刑、他も残りの一生を塀の中で過ごすこととなった。

実はこの時軍事法廷審議官を務めていた海軍軍人の中に有川がいる。

一方、「二度と戦えない身」となった鳳翔は、後任の日本艦隊司令官の計らいで今の仕事についていた。

そんな凄惨な過去があるにもかかわらず、この余裕のある姿勢はどこから来るのだろう。愛鷹には不思議で仕方が無かった。

その自分に気が付いた鳳翔が顔を向けて来る。

「愛鷹さんですね。お料理をお習いに?」

「はい。瑞鳳さんにご教授頂きました」

「教授だなんて、やだぁ」

恥ずかしそうに瑞鳳が顔を赤らめた。

「私も頂いてもいいですか?」

「ええ。どうぞ」

「はぁー、腹減ったぁー。頂きまーす」

いきなり深雪の声がしたかと思うと皿に盛ってあった卵焼きを一つ摘まみ食いした。

「おー、旨いなあ、ごっそさん」

「コラァッ! 深雪。あんた、また卵焼きつまみ食いしたわね! 今日と言う今日はもう許さないわよ!」

フライパンを持った瑞鳳が深雪に飛び掛かる。

慌てて逃げ惑う深雪の後を逆上した瑞鳳が追い回した。

「もう、深雪さんったら……」

やれやれ、と困った様な笑みを鳳翔は浮かべた。

「でも、あの子ほど性格がぶれない子はそういないわね」

「深雪さんは心がまっすぐですから。人命第一の深雪さんの姿勢は敬服するところがありますよ」

「そうですね。愛鷹さんはどうですか?」

「え?」

不意に自分に話が振られた愛鷹が鳳翔を見返した時、鳳翔が自分の制帽を持ち上げて顔を見ていた。

「な、何を……⁉」

「やっぱりそうでしたか……」

微笑を浮かべて愛鷹の制帽を被せなおした鳳翔に、まさか、見抜かれていた⁉ と愛鷹は驚愕していた。

「帽子を被っていても分かりましたよ」

「……いつからです?」

拳を握りしめ、鋭い視線と声で訪ねた愛鷹に、いつもの余裕のある表情を崩さず「初めてお会いした時からです」と鳳翔は返した。

初めて自分を見た時から? 鳳翔さんはいつ自分の事を知ったと言うのだ?

「そんなに怖い顔をしなくても大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」

余裕のある表情を崩さず言った鳳翔に愛鷹は睨む視線を返す事しかできなかった。

自分が知る限りでは鳳翔はまだ三〇代の筈だが、この姿勢は一体どう表現したら良いのだろう。

いわゆる母性と言う物だろうか。母親と言う概念を全く知らない愛鷹にはその母性とやらがどう言うものかこれまで分からなかった。

知識でしか知る事が無かったものだ。

この人は一体……。

警戒心の籠った愛鷹からの視線をよそに鳳翔は追いかけっこをする深雪と瑞鳳に向かって手を叩いた。

「はい、はい、二人とも。喧嘩はそこまで。ご飯にしましょう」

呼ばれた深雪と瑞鳳は追いかけっこを止め、自分たちは何をしていたんだっけと言う様にきょとんとした目を合わせあった。

 

 

「なんだと! 龍驤がやられた?」

驚愕した長門の声が秘書艦室に響いた。

報告に着た大淀は頷いて報告を続けた。

「ラバウル基地から緊急暗号通信で報告が入りました。魚雷一発と爆弾三発の直撃を受けた模様で本人の意思確認、というよりは希望ですが、左足を切断しました」

「どういう事だ?」

「肉片だけの状態になってしまったとの事です。緊急離脱時に少しでも軽くすべきだと龍驤自らの意思で。『罠にかかった狼は足を噛み切ってでも敵から逃げるんや』と言っていたとか」

「容体は?」

「出血がひどく昏睡状態に陥ったそうで、二日は山だそうです……」

「あの大馬鹿野郎……だが、敵はどこから。他の艦娘は」

「無傷です。龍驤一隻に攻撃が集中したようです。なお、敵は艦載機だったとの事です」

その言葉に長門は眉間に皺を寄せた。航空機だと?

あの海域はこちらの勢力圏内で深海棲艦の航空機が進出するにはかなりリスクがいる。二重三重の対空レーダー網が張られているし、陸上基地から飛ばすにもタコヤキですら航続距離に限界が生じる。

「つまり敵は空母機動部隊と言う事か」

「恐らく。しかし、その機動部隊がどこから侵入し、また進出して来たのか、現在情報が無く不明のままです」

「提督に報告して来る。引き続き、ラバウル基地との連絡調整を頼む」

「了解」

急いで提督執務室に行き、武本の「入れ」の許可を得て部屋に入る。

長門が部屋に入るなり武本は鋭い視線で「ラバウルからだね?」と問いかけて来た。どうやらすでに別ルートで情報を聞いたらしい。

「はい。左足を切断したと」

「龍驤くんらしいな、その犠牲精神は。必ずしも褒められたものでもないけどな」

「敵は航空攻撃だとの事でしたが、あの海域の島々に敵が進出したと言う話は」

「ないな。これは恐らく敵の空母機動部隊だろう。だがいったいどこから進出し、こちらの哨戒網を潜り抜けて来たかだ。外周部哨戒ラインの報告をまとめた限りでは深海棲艦の空母機動部隊の目撃情報はない」

「と言う事は敵がこちらの警戒網の隙をくぐった可能性が?」

「そうなるね。向こうには潜水空母の類は確認できていないし、機数から言うと潜水空母の可能性はかなり怪しい。あの海域には未確認の空母機動部隊が展開しているはずだ」

「そうとなると探し出して撃滅しなければなりませんが……」

セオリー通りの事を長門は言うが、現状あの海域に展開している戦力はショートランド泊地奪還作戦のために極力温存しておかなければならない為、索敵で損耗するわけにもいかない。

北米艦隊太平洋艦隊やオセアニア連合方面隊の戦力もあるにはあるが、それらも基地の哨戒、船団護衛、休息などのローテーションの関係上余裕がある状態とも言い難い。

また、あの海域は無人島が多数点在しており、隠れる場所が多く存在している。

大規模戦力を動員すればすぐに発見できるが、龍驤の戦線離脱の結果部隊運用の見直しが行われているから余裕がない。

「ただ、索敵に限るならこちらから増援部隊を出すのは可能だ」

「第三三戦隊ですね」

「ああ。愛鷹くんの戦列復帰もなったからね。艤装の修理も完了。瑞鳳くんの航空団も再編・補充も終わっているな。

第三三戦隊をラバウル基地に派遣しよう。目標は同海域に潜んでいる敵空母機動部隊の捜索だ。向こうは必ずしも余裕がある訳じゃないが可能な限りの支援体制は提供できるはずだ。

だが、あの方面では雨期も近いし、台風も最近多く発生し始めているから瑞鳳くんの航空機偵察が出来ない可能性もあるな。

よし、瑞鳳くんが出撃出来ない時に備えて衣笠くんを補充要員として付けよう。天候が優れない時は衣笠くんを編入して出撃だ。ちょっと彼女には悪い事をするようだけどね」

「派遣するにあたり、どうやって現地に向かわせますか?」

日本からラバウルまでは当然ながら生身の艦娘のみで行くには不可能に近い程遠い。

しかし支援艦で行くには日数がかかり過ぎてしまう。

「鹿屋基地からC2輸送機で向かわせる。台北、マニラ、ダヴァオ、マッカサル、ポートモレスビーなどを経由して行き、スラウェシ島上空で海兵隊の戦闘機隊の護衛を付けさせよう」

「何故です?」

長門は戦闘機の護衛と言う事に疑問を浮かべた。深海棲艦の航空機に海兵隊が保有する戦闘機では対抗できないはずだ。弾除けにしかならない。

「この間、タルシア国で内戦が再発しただろ? そのせいであの空域近辺ではタルシア政府軍と反政府軍が散発的に衝突しているんだ。海兵隊東南アジア方面軍の報告では予定空路の制空権には問題はないけど、念の為だ」

「なるほど。ではなるべく早くに鹿屋へ第三三戦隊を送り空路でラバウルに向かわせる事を伝えておきます」

「ああ。お願いするよ。私は各方面と海兵隊に話を付けておく」

 

 

その日の夜七時半。

第三三戦隊のメンバーは長門によりミーティングルームへ召集された。

部屋に集められた愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳に長門は作戦要綱についてパソコンを使って説明した。

「ラバウル海域で龍驤率いる三航戦が攻撃を受け、龍驤が撃破され長期の戦線離脱を余儀なくされた。

敵は状況から察するに空母機動部隊だ。連中はこちらの哨戒ラインを出た形跡が無いからまだラバウル基地周辺海域に潜んでいる可能性がある。

同地には友軍も展開しているが、来たるショートランド泊地奪還作戦に向けて戦力の温存が必要だ。そこで皆の出番と言う事だ」

「偵察作戦ですか」

腕を組んで聞いている愛鷹が問う。

「ああ。現地では雨期が近づいており、台風の発生も頻度が上がっている。その為、瑞鳳による航空偵察が出来る日が限られる可能性がある。

よって今回は補充艦となる衣笠を瑞鳳の出撃出来ない場合に艦隊に編入し、水上部隊のみでの偵察出撃を行う」

「雨が近づいている時に私が行くことになるなんて」

雨が降ったら瑞鳳の代わりに出ることになる「雨嫌い」の衣笠がぼやいた。

表情を曇らせる妹に苦笑交じりに青葉は慰めた。

「これも仕事だから、ガサ」

「うーん」

パソコンの画面に表示された海図を見る深雪が険しい表情を浮かべている。

「めっちゃくちゃ島が多い海域だな。隠れるには持って来いだぜ。おまけに今はスコール、台風、酷暑、マラリアエトセトラ。環境は最悪だな」

「暑いのは……苦手ねえ」

「雨がともかく、私も暑いのは……」

「病気も怖いわねえ。やるしかないけど」

南方に従軍した経験のある夕張、瑞鳳が渋い表情を浮かべる。蒼月と愛鷹は勿論初めての海域だ。

キーボードを叩いて地図を切り替えた愛鷹は長門に顔を向けた。

「それで何で向こうまで行くのですか?」

「輸送機だ。鹿屋基地から台北、マニラ、ダヴァオ、マッカサル、ポートモレスビーを経由していくことになる。飛行機で長旅だ」

「ファーストクラスに乗れるかな」

「そんな訳ないでしょ」

にやけながら言う深雪に瑞鳳がツッコミを入れた。

「海兵隊航空機動軍団の第三輸送航空隊所属C2輸送機だ。艦娘の空中輸送もきちんと考慮してあるから、ファーストクラス程ではなくても乗り心地は悪くない」

「知ってるって」

「蒼月に、だ」

あ、そっか、と深雪は苦笑を浮かべた。

一方パソコンの情報を見ていた青葉が怪訝な顔を浮かべた。

「何で途中戦闘機が護衛につくんですか?」

「そうよねえ。深海棲艦の航空機にはF35じゃ対抗できないんじゃ」

すると愛鷹が二人に教えた。

「あの空域近辺では、タルシア国の内戦が再発していて一応安全な空路と言えど、近くでは対空ミサイルや戦闘機が飛び交っているからです」

「内戦が?」

「ええ。かつてタルシア国は王政国家で元々治安は別に悪くはなかったんですが、深海棲艦の出現後の海洋封鎖や物資不足が原因で政情が悪化したお陰で治安も悪化。

これに対応しきられない王室に国民の不満が膨らみ、現状を憂いたタルシア王国国防軍がクーデターを敢行。今のタルシア国になりました。

しかし、旧体制派が政権を奪還しようと何度も反乱を起こしていて、海兵隊の平和維持部隊が派遣されたんですが。結局、また人間同士で殺し合いをする事になった様です。

また国の北方艦隊はロシアからの中古艦とはいっても空母『グル・ネヘラ』とミサイル巡洋戦艦『ヴィーラ』を含む艦隊の殆どが反政府軍に寝返っています。国連軍の輸送機に手を出すかは分かりませんが念の為と言う事です」

「へえ、詳しいんですね愛鷹さんは」

感嘆する蒼月に深雪が「インテリだから」と囁いた。

興味が出たらしい蒼月は「『グル・ネヘラ』とか『ヴィーラ』ってどういう意味なんですか?」と聞いた。

「サンスクリット語で『グル』は『指導者・教師・尊師・尊敬すべき人物』で、『ネヘラ』は英国の植民地から独立した際のタルシア王国初代首相で海軍整備にも尽力したネヘラ首相からとっているので、日本語に訳すと『指導者ネヘラ』と言う意味になります。あの国はインドや他の南アジア、東南アジア諸国と同じサンスクリット語圏なので。

『ヴィーラ』は同じくサンスクリット語で、日本語に訳すと『戦士』と意味です」

「へえ。語学に詳しいんですね」

「ホント、良く知ってるな。流石インテリな愛鷹だ」

解説した愛鷹に蒼月だけでなく深雪も感嘆した。

すると瑞鳳が曇った表情で呟く。

「深海棲艦って言う人類共通の敵が現れても、まだ人類同士で争わなければいけないなんて」

「良くも悪くも、それが人類の変わらぬ、いえ変わる事のない定めと言う事ですよ。もしかしたら変わってはいけないことかもしれませんね」

「人間は戦争するのを止めたらいけない、ってのか?」

やや険のある目で深雪が愛鷹を見た。

その問いに頭を振った愛鷹は深雪の目を見る。

「戦争をこの世から淘汰することが、世界中の人々の望みでしょう。しかしたとえ平和になっても常に敵を求める人間の根本的心理自体を淘汰しない限り、この惑星から戦争が消える事は無いでしょう。

それを淘汰しない内に宇宙へと進出すれば、争いの火種を人類は宇宙にも持ち込み、無限に広げていたでしょうね」

「宇宙ねえ……深海棲艦との戦いが始まってからISS(国際宇宙ステーション)はどうなっちゃったのかしらね」

見えないと分かりながらも夕張はミーティングルームの天井を見上げた。

「きっと、眼下の青い星を眺めながら六つの星になったでしょう……」

「詩人みたいなことを言うなあ、愛鷹」

凄いのだか、変なことを言うのか分からないと言う様に深雪が溜息を吐いた。

「愛鷹は一体どう言う訓練課程を受けて来たんだ?」

不思議だと言う顔で長門が聞くと、肩をすくめて「教えられません」と愛鷹は返した。

「まあ、語学研究が趣味でもありますから」

「へえ、語学研究が趣味なんですか」

青葉が今にもメモ帳とペンを取り出しそうな顔と姿勢になるが、それを先読みした愛鷹は「上官権限で一か月給与停止や艦隊新聞発刊停止の措置もとれますが? 私の趣味ではありませんが、中佐の階級なら独自の制裁権限も発動できます」と牽制を入れた。

慌てて引っ込む青葉に衣笠が軽くゲンコツを食わらせた。

一方、海域の海図を見ていた夕張がある問題を指摘した。

「広大な海域だけど、艤装性能にばらつきが出ている私たち、特に深雪ちゃんと蒼月ちゃんは行動中に艤装の燃料が危うくなるかもしれないわね。

私たちの艤装って、暑い所だと燃料の消費が上がりやすい欠点があるのよねえ。特に深雪ちゃんや蒼月ちゃんの艤装は暑い所での燃料消費が上がりやすい傾向にあるわ。整備・燃料の管理をきちんとやれば消費量が多少は抑えられるけど」

「確かに日本と比べて向こうは暑いからな。前向こうで仕事やってた時ちょいちょい燃料に気を遣ってたぜ」

渋面を浮かべた深雪が腕を組んだ。

艦娘の艤装は環境によって艤装を動かす燃料の消費に変化が起きると言う欠点を抱えていた。つまり航続距離に変化が出るのだ。

前回の日本近海での戦いでは大きな問題に発展しなかったが、第三三戦隊の派遣先の南方は日本とは比べ物にならない高温多湿地帯だ。

世代的に新しい艦娘や最新の改二改装艦であれば環境への影響は低下するが、改に止まっている深雪や蒼月の艤装は燃料消費対策が実は充分とは言い難く、近代化改修による修正にも限界があった。

実は夕張と青葉の艤装もまた同じだ。ただ二人の艤装は深雪や蒼月より燃料の搭載量が多めで多少余裕はある方だ。

衣笠の艤装も重巡なので航続距離は長めだが、改二への改装時に以前より燃費が悪化していた。

腕を組んで唸る深雪に愛鷹が向き直る。

「燃料不足と言う緊急時は、私から燃料補給を行いましょう。私の艤装は最新世代ですから環境による燃料消費量の変化が少ないので。それに燃料搭載量も多く航続距離も長いですから」

「因みに私の場合は航空機の燃料に転用できるから、分けられないからね」

念の為と言う形で瑞鳳が言った。

「まあ、燃料はいざという時は愛鷹から分けるとして、弾薬の管理もしっかりするんだぞ。南方では高温多湿だと装薬や炸薬に影響が出るからな」

長門も全員知っていると分かりながらも念の為言い聞かせるように言う。

時代が進んでも弾薬類が環境による影響を受けるのは今も昔も変わらない。きちんと弾薬類は冷却管理しないと本来の力を出せなくなる。

「事前確認はこれくらいだ。他に質問は?」

「向こうのご飯は美味しいですか?」

南方に行ったことが無い蒼月が彼女らしい質問をした。

「お前、食い意地はってんのかよ」

苦笑交じりに深雪が蒼月を見るが「まあ、昔行ったときはシーフードカレーも出た事あるし、悪くねーよ」と教えた。

「腹が減っては何とやらですからねえ」

にこにこと笑いながら青葉も続けた。

更に蒼月は長門に別の事を訪ねた。

「基地司令と言うより日本ラバウル方面艦隊司令官だがな。まあそれは置いておき、そうだな……多少変人だな。艦娘の運用は分かっているがあの提督には少し振り回されることになるかも知れん」

「磯口っていう。男性提督で階級は准将。中々インパクトの強い提督よ」

苦笑交じりに衣笠も教えた。

「初めて会った人は戸惑って、次は呆れて、結局もう苦笑いしかできない変な人。でも悪い人じゃないわよ」

「そう……ですか」

大丈夫ですかそれ、と言いたげな顔をする蒼月だったがここは先輩である仲間に任せる事にした。

でも愛鷹さんは大丈夫なのかな。少し不安に思った蒼月は愛鷹を見るがパソコンの情報確認をするその目が蒼月を見返すことは無かった。

 

 

翌日の正午。荷物をまとめた一同は基地から鹿屋基地まで列車で移動した。一同の艤装は専用の大型コンテナに搭載、コンテナ車に載せられて客車の後ろに連結された。

在来線のダイヤを縫う形で移動した一同は途中、深雪、瑞鳳、青葉、蒼月の故郷を通って鹿児島に入り、鹿屋基地に二日かけて到着した。

列車から降り、鹿屋基地の兵士が運転する高機動車でエプロンに向かう。

「私、飛行機に乗るの久しぶりです」

少しうきうきした顔で蒼月はエプロンに駐機されているC2を見て言うと、「旅客機とはまた乗り心地は違うからね」と夕張が苦笑交じりに教えた。

一方衣笠は少し緊張気味の顔だ。

無理もないねえ、と青葉は衣笠の顔を見た。

あまり知られていないが衣笠は幼い時、旅行先から帰る飛行機が深海棲艦の攻撃で損傷し不時着する事を経験していた。

幸い機長と副機長のベテランの腕のお陰で、火花を散らしながらも飛行機は無事胴体着陸を成功させ怪我人一人出さなかったのだが、衣笠には一種のトラウマ化していた。艦娘になるまでにある程度苦手意識は減ったとはいえ、飛行機への苦手意識が全く無くなった訳ではない。

青葉は瑞鳳と共に艤装を積んだコンテナをC2に搭載する作業をしている愛鷹を見やった。過去の経歴が全く分からない愛鷹は飛行機に乗った経験があるかどうかも分からない。

実は同じことを思っていた瑞鳳はコンテナの搭載作業を見守りながら愛鷹に聞いていた。

「……まあ、ありますよ」

「え、ホント? いつ?」

「……」

その質問に表情が暗くなり瑞鳳は聞いちゃいけなかったんだ、と後悔した。

「ここは私がやりますから、瑞鳳さんは離陸まで飛行機でも見学されては?」

「いいんですか?」

「すぐに戻って来られる所まででしたら、大丈夫ですよ」

「やったあ」

顔をほころばせた瑞鳳は他のハンガーに置かれている航空機を見に行った。

鹿屋基地にはC2輸送機以外に海兵隊のF35A戦闘機ライトニングⅡやF22戦闘機ラプター、Su57戦闘機、国連海兵隊の主力戦闘爆撃機J20、An178輸送機、MV22オスプレイ輸送機などが複数駐機されていた。

日本、アメリカ、中国、ロシアの軍用機が一緒になって運用されている所が国連軍らしい面である。

どの機体にも開発国、配備国の国旗は無く国連旗が書き込まれている。また各機の垂直尾翼には鹿屋基地所属を意味するテイルコード「KA」が書き込まれている。

それらに目を輝かせて眺める瑞鳳に、青葉がカメラを持って行き写真として撮って欲しい機体を聞くと瑞鳳は全部と答えた。

 

 

一時間後C2は鹿屋基地を離陸し、事前の航空路を経由して飛行した。

台北上空を通過した時、窓の外を見ていた蒼月は眼下の都市が荒廃しているのに気が付いた。

「愛鷹さん、あれって深海棲艦の攻撃によるものですか?」

気になった蒼月が読書中の愛鷹に聞くと、淡々としている様でどこか翳りのある口調で愛鷹は答えた。

「深海棲艦の攻撃を受けた人類の最初期の混乱時、台湾と中国の間で限定戦争が起きて台北はその時壊滅的被害を受けたんです。人類同士の戦いがあったことを示す爪痕ですよ」

C2は台北を通過し、南シナ海を南下してその日のうちにフィリピンに入った。

マニラの航空基地に給油のため着陸した時には真っ暗だった。第三三戦隊のメンバーは機内で眠っていたが愛鷹だけマニラに着陸したのに気がついていた。

「……どんな街なのかしら。死ぬまでに見てみたい……」

ぽつりとつぶやく愛鷹の言葉を、たまたま目が覚めた青葉は聞いていたが、そのまま目を閉じて眠りについた。

C2は給油を行うと離陸し、ダヴァオを経由しマッカサルで護衛のF35八機と合流した。

キャビンで朝を迎え、朝食を摂っていた時に愛鷹はコックピットに呼び出された。

なんだろうと思いながらコックピットに入ると機長が「AWACSからの情報です。タルシアがこの近くで戦闘を行っているらしいです」と告げて来た。

「政府軍と反政府軍が?」

「ええ。ほとんどが反政府軍になった北方艦隊の空母『グル・ネヘラ』を含む九隻が政府軍の戦闘機隊と交戦中との事。流れ弾が飛んでこないといいが……」

「連中、深海棲艦に襲われたら大変ですよ」

副機長が脇から口を挟む。

「通常兵器じゃ、深海には誘導システムが機能しないんですからね」

「このあたりの海域は人類が制海権を確保しているので、タルシアには昔と違って深海棲艦の脅威が日常ではなくなっていますから。今のタルシアの日常はかつての同胞と骨肉相食む内戦です」

静かに愛鷹は言った。その声には悲しみがこもっていた。

そこへ機長と副機長のヘッドセットにE10B早期警戒管制機AWACSから通信が入った。

(コンボイ1-0、こちらウィッチワッチ2-0-2。タルシア軍の戦闘は貴機に及ぶことはなさそうだが警戒は怠るな)

「ウィルコ」

「と言っても、ミサイル巡洋戦艦『ヴィーラ』やミサイル駆逐艦、フリゲートの3K96リドゥート艦対空ミサイルやMiG35のR37ME空対空ミサイルの射程のすぐ近くなだけに心配です。やれやれなんでこっちが飛んでいる時に」

「そのためにアウトローとゲイターの二個小隊が付いているんだろ」

その時、AWACSから(コーション、『グル・ネヘラ』艦載機と思しき機影四機がそちらに向かう。ゲイター隊、対応せよ。コンボイ1-0とアウトロー隊は万が一の事態に備えよ)と警告が入った。

護衛のF35四機が編隊を離れ「グル・ネヘラ」艦載機らしい機影の要撃に向かう。

キャビンに戻った愛鷹は食事を終えてくつろぐ第三三戦隊のメンバーにコックピットで聞いたことを話した。

「この近くでタルシアが内戦おっぱじめたのか? なんてタイミングだよ」

天を扇いで深雪が嘆いた。

「ねえ、ミサイルとか飛んでこないよね?」

酷く怯えた顔の衣笠が誰となく聞く。

「タルシア反政府軍とて、国連軍の航空機を攻撃する愚は侵さないでしょう。国際的に孤立するだけです。

それに万が一撃たれてもC2にはチャフ・フレアが装備されていますから」

そう愛鷹が説明するが衣笠の顔は晴れない。夕張、蒼月、瑞鳳も不安顔だ。

海の上ならともかく空にいる時の艦娘程全く無力なものはない。彼女らに空で戦う力を持つものなど一人も存在しない。

ゲイター隊が確認したのはMiG35四機で艦載機型だった。幸い警告を行うとあっさり引き返した為交戦は起きず緊張は出たものの第三三戦隊のメンバーを載せたC2はマッカサルの国連軍基地に無事到着し、最後の給油を行うとポートモレスビーを目指した。

高度一万メートルからは南海の青い海が広がっているのを見下ろすことが出来た。

「これが南海の海……。綺麗……」

キャビンの窓から眼下の海を見下ろす愛鷹は感嘆するばかりだった。

観光で来た訳では無いとは言え、愛鷹と蒼月、特に蒼月ははしゃぐ気持ちを抑えられなかった。

愛鷹にもはしゃぎたい様な気持ちはあったが表には出さなかった。

ニューギニア島上空に差し掛かると海は見えなくなり、緑の島が眼下に見えるようになる。

「あれ、森の中に街がありますよ」

キャビンの窓から下を見ていた蒼月が誰となく言うと深雪が隣から覗き込んだ。

「ああ。ありゃ最近建設された都市さ」

「ジャングルに街を作ったのですか? 環境破壊じゃないですか」

「その環境破壊が原因の海面上昇に、深海の攻撃で海岸部の住む場所を追われた結果がこれって事だ。先代の環境破壊のツケをあたしらの世代が払おうって時に深海の出現さ」

「……」

深雪の言葉で一同に微妙な空気が流れた時、機体が揺れた。

小さい悲鳴を上げた衣笠が反射的に青葉にしがみつく。

「気流の荒れだよ、ガサ」

「そ、そうよね……」

そう返しながらも冷や汗を浮かべている衣笠に愛鷹が言った。

「この季節は空も荒れますから。低気圧の生まれ故郷でもありますしね」

「そう言えばラバウルの天候は?」

夕張の問いに「曇りだって」と瑞鳳が返した。

C2の機体の揺れが落ち着いた時、今度は深雪が訝しむ声を上げた。

「なあ、下に何か変な白い線があるぞ。ありゃあ何だ?」

「壁ですよ」

本を読んでいた愛鷹が答えた。

「少数民族の建国した国が国境沿いに建設したものです」

「何でそんなもの建てたんだ?」

「周囲の誰からも望まれない建国をしたと言う事です」

淡々と語る口調から深雪は愛鷹がどこか諦観したようなものを感じているような気がした。

ポートモレスビー上空を通過した時、眼下を飽くことなく見続ける蒼月の目に荒廃した都市が見えた。

海岸部にあるその都市は高高度からなので蒼月の目でもはっきりとは分からないが自然災害で荒廃したようには見えなかった。

確かこの辺りでは深海棲艦の攻撃が行われた際に人類同士で起きた紛争とは無縁の筈だから、深海棲艦の攻撃で壊滅したのだろう。災厄の爪痕がほぼそのままになっているのかもしれない。

やがてC2はラバウルの航空管制の指揮下に入った。

目的地のラバウルの天候は予報通り曇り。ただ急変するかもしれないとの事で気流もやや悪いらしい。

当然と言えば当然ながらそれを聞いた衣笠の顔が青くなった。

暫くしてキャビンの外に雲が出始め、早々に雲で外が見えなくなった。視界は悪いもののラバウルに間もなく到着するのでこれ以上高度を高くして飛ぶことは出来ない。

雲の中を飛んでいる間、第三三戦隊のメンバーは座席に座ってシートベルトを締めた。気流の荒れ具合は大したことは無いと言う物の、カタカタと震える度に衣笠の顔から血の気が引く。

やがて雲を抜けるとC2は二日近くの日数をかけてラバウルの国連軍航空基地に着陸した。

 

 

第三三戦隊のメンバーがC2から降りた時、ラバウルは雨が降っておりアスファルトの地面は濡れていた。

そんな雨の中でも基地の航空機は稼働しており、妖精さんが操縦する航空機が多数見えた。

ラバウルは艦娘を運用する国では日本、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの四か国がかけ持つ戦域であり、国連軍が方面軍司令部を設けている。

方面軍司令部は固有の国家の管轄下には無く、国連軍太平洋方面軍司令部ことUNPACCOM(ユーエヌパックコム)が管轄しており、艦娘運用国や海兵隊派兵国の統合運用を行っていた。

ラバウルにも相当数の日本艦娘が展開しており、先の沖ノ鳥島海域での艦隊戦から転戦した戦艦榛名、霧島や飛鷹型軽空母の飛鷹、隼鷹などが進出している。

「暑い……」

C2から最初に降りた衣笠の最初の言葉通り、湿度も気温も日本より高いラバウルは蒸し暑い。

青葉はコートを着たまま輸送機から降りた愛鷹を見て暑くないのか、と不思議になりそのまま口に出して聞いていた。

「コート着たままで暑くないんですか?」

「大丈夫です」

そう返す愛鷹の言葉には確かに暑さをあまり気にしていない様なものを感じさせた。それどころか長時間の空路の疲れも感じさせない。

結構タフな人なのかもしれない、と青葉が思っていると一同の近くにハンヴィー四台が止まり、先頭の一台から海軍准将の階級章を付けた男が降りて来た。

「よく来たな第三三戦隊の諸君。磯口だ。雨があれだからさっさと司令部にでも行って話そう」

向こうから自己紹介をするとそのままハンヴィーに戻って磯口は行ってしまった。

「相変わらず自分ペースねえ。まあ、自己中じゃないけど」

苦笑交じりに夕張が言った。

三台のハンヴィーに分乗した第三三戦隊のメンバーはラバウル基地の司令部に向かい、磯口のオフィスに向かった。

第三三戦隊のメンバーが磯口のオフィスに着き、愛鷹が代表して名乗ってから中へ入ると大量の書類に隠れるように磯口が仕事をしながら待っていた。

部屋に籠って仕事をするタイプなのか、カップラーメンの空カップや缶コーヒーの空き缶が積まれており、将官のものには思えない仕事部屋の姿だ。

「来たか。あー、君が蒼月で、そっちが愛鷹だな?」

顔を向けて聞かれた蒼月と愛鷹は「はい」と答えた。

「うん、わかった。顔は覚えた。悪いな最近忙しいもんでな。龍驤がやられてからこっち仕事の数がこのザマだ。ろくすっぽ部屋も片付けられん」

「司令官の部屋がキレイだったところ見たことないよ」

苦笑交じりに深雪がツッコミを入れると、夕張がブーツの踵で深雪の短靴を踏み潰した。

「龍驤さんはどうですか?」

深雪と夕張をよそに瑞鳳が聞く。

「大丈夫だ、ちゃんと生きている。悪運の強い野郎だからな、龍驤は。あいつなら簡単にはくたばらん」

言い方が粗野ではあるが、何故か心配しなくてもいい気がする口調で磯口は答えた。それだけでも瑞鳳はホッと胸をなで降ろすことが出来た。

一方磯口の視線は愛鷹に向けられた。

「見かけない見ない顔だったな?」

「着任して半年も経っていませんから」

「ふむ、そうかい。まあ、関係ない。仕事が出来るなら新人でも構わん。知っているとは思うが今ここは忙しくてな。深海の奴らを探すために戦力を消耗するのは拙いてことでお前さんらの手を借りることになった。

お前さん他の面倒は私が見る。飯と寝床は保証するから心配する必要は無いからな」

磯口がそう言った時、部屋のドアをノックする音がした。

「入れ」

「入るわよ」

つっけどんな口調で書類の束を抱えて入って来たのは朝潮型駆逐艦娘の満潮だ。

入るなり満潮は「なによこれ、まだ片付けてないの」と散らかった部屋を見て磯口を一喝した。

「私も忙しいんだぞ?」

「言い訳しないでよ、片付けも出来ない奴に指揮取られちゃたまったもんじゃないわ」

「はいはい」

「はいは一回でしょ」

ガミガミと磯口を叱る光景が、一体どちらが上官なのか分からなくなるさせるが、これが満潮の日常的な性格だ。

あれこれ細かく口出しした満潮はひとしきり磯口を叱ると蒼月にじろりと視線を向けた。

「腰抜けが何でここにいるの?」

開口一番のきつい一言だ。最近あまり満潮と蒼月は顔を合わせていないから、蒼月が活躍するようになったことを知らないのかも知れないが。

「第三三戦隊の一員としてここに来ました」

「はあ、あんたみたいな腰抜けが? って言うかよく今まで生きてたわね。基地に引きこもってばかりのくせに」

朝潮型と秋月型の関係を一時的に拗らせる要因にもなった言い方を改めた様子が無いような満潮の態度だが、以前と違い蒼月は動じなかった

「威勢でも張ってんの? こんな奴がいるクセによくこの艦隊全滅しなかったわね」

「おい、満潮。いい加減にしろよ」

苛立った声で深雪が満潮に言うと「うるさいわね、あんたは関係ないでしょ」と返される。

しかし深雪も黙っていない。

「お前こそ、第三三戦隊で一緒に戦って蒼月の活躍見てたわけでもないのにデカい口叩くんじゃねえよ。外野は黙ってろ」

「黙ってどーすんの? え」

「蒼月なら結構対空戦闘でいい戦いしてたんだからな。改二のお前でもできないような離れ業をな。蒼月は全然足なんか引っ張ってねーよ。分かったんなら蒼月に謝れよ」

「なんで私が謝らなくちゃいけないのよ」

睨み合い、喧嘩も同然の言い合いの深雪と満潮だったが「それくらいにしろ二人とも。仕事する場所で喧嘩はやめてくれ」と磯口が言うと満潮はおとなしく引き下がった。

そして深雪と蒼月を睨んで「まあ、精々頑張る事ね」と捨て台詞を吐いて部屋を出て行った。

「私の事で満潮さんとけんかしなくても」

「蒼月、お前は言われっぱなしでいいのかよ」

「言ってもすぐには信じてもらえないかと思うので、ここで戦って実際に活躍したところを見せて行けばその内認めてくれるだろうと思ったので」

返された言葉にやれやれと深雪は眉間に手を当てた。

まるで海兵隊の教官だな、と小さいながらも気の強い満潮を見た時の感想を愛鷹は思い浮かべていた。

もっとも本物の海兵隊の教官はもっとひどい罵声で新兵教育を行うから満潮のモノは大したレベルではないが。

「目覚ましにはいいよ。あのガキの声は」

さも当たり前だと言う口調で磯口は言った。

確かにあの罵声を聞いていたら眠気も消えるでしょうね、とあのがみがみと説教してくる声を思い出しながら愛鷹は胸中で苦笑した。

「まあ、この部屋が汚いのはその通りだ。否定することは出来ん」

「片付け、私が手伝いますか?」

衣笠が聞くと「甘やかさんな、とか言って衣笠まで噛みつかれるって」と深雪が止めておけ、と制した。

「でも、この書類の山の手伝いなら青葉も手助けしたくなりますねえ」

腕を組んで書類の山を見る青葉が言うと、磯口は軽く

頭を振った。

「いや、青葉の心配ならいらんぞ。満潮が書類仕事のサポートをしてくれているからな」

「え、あいつが司令官の仕事を?」

驚く深雪に磯口は「あいつが私のここでの補佐役だ。確かにうるさい奴で霞と揃ってちょいちょい生意気叩くガキだが仕事が出来るならまあ、別に構わん。それにチビのくせによく働くから中々使えるぞアイツ」と変わらない口調で返した。

「霞もいるのかよ」

ややげんなりした顔になる深雪に磯口は勿論、と頷いた。

満潮と並んで罵声が普通の霞がいると言う事は場合によってはがみがみと言う声が二乗する事にも等しい。

「あいつは第一八駆逐隊所属だから内地だと思ってたけど」

「沖ノ鳥島海域で陽炎さん、不知火さんが負傷して戦線離脱したので、同じく沖ノ鳥島海域での負傷で戦線から離れざるを得ない大潮さんが抜けた第八駆逐隊に戦力充当の為に、臨時編入した上でここに派遣されているんですよ」

情報集めが速い青葉が解説すると「流石早いな。毎度毎度どっからそんだけの情報を仕入れてんだか」と深雪は苦笑した。

確かに青葉さんの情報入手網は興味がわくな、と愛鷹は思っていた。以前読んだ艦隊新聞の情報量はそれを裏付けるものがあるからだ。

「まあ、まずは体を休めてくれ。君らの宿舎はB棟の個室だ。自分のベッドで寝られるから寝心地はいいはずだ」

「ありがとうございます。ご厚意に感謝します」

「ん。では私は仕事が見ての通りだから出て行ってくれ」

 

 

磯口のオフィスを辞した七人は宿舎に向かいそれぞれどの個室で寝るかを決めて部屋に入った。

持ってきた荷物、肩掛けカバン一つにおさまる少量を整理した愛鷹は改めて部屋を見渡した。

一八〇センチ以上もある自分には手狭感も無くはないが、寝るには申し分はない。

ベッドではなく畳に布団を敷いて寝る宿舎で、エアコンはついているが電源を入れると騒音が大きかったがこれは特に問題はない。

気候に合わせた造りなので寝心地に関しては問題なさそうだ。

さて、と明日から本格的にここで深海棲艦の空母部隊捜索の作戦を展開することになるから準備をしないと、と愛鷹は座卓に持って来ていた海図を広げ、デバイダー、コンパスなどの器具を出した。

島の多さがやはり作戦上大きな問題になるだろう。

「それと、艤装の航続距離に高温高湿の気候……慣れない気候でこの体は持つかしら……」

慣れない地で体が駄目にならないか、愛鷹にとってはそれがかなり不安だった。

 

 




今回は第三三戦隊初の海外派遣任務となります。

龍驤くんが非常にエグい怪我を負いましたが、磯口司令の言う通り「生きています」。

今回、この艦これ小説の外では「艦これ要素が無い世界」が広がっており、その為大量の実在兵器が登場しました。
西暦2048年の世界でF35、Su57、J20、MiG35、An178、MV22、C2、タルシア国の「ロシアからの中古艦」が実在兵器です。
架空国家タルシア国は映画「空母いぶき」での敵国、カレドルフがモチーフになっております。
因みに空母「グル・ネヘラ」は特に作中には絡まないので劇中では描写しませんでしたが、個人設定では「新型空母の就役で退役したアドミラル・クヅネツォフ」、ミサイル巡洋戦艦「ヴィーラ」は退役したキーロフ級重原子力ミサイル巡洋艦「キーロフ」という事にしています。

鳳翔さんが今回少しだけ登場し、その過去も多少描いております。
愚痴一つこぼさず黙々と戦うと言う描写は、私の鳳翔さんの戦い方のイメージでもあり、ハーミーズと友達だったと言うのは共に世界最初期の空母同士というところから来ております。
鳳翔さんも実は何らかの形で活躍してもらう予定となっています。

また衣笠くんの過去も少し触れましたが、雨が苦手と言うのは梅雨ボイス、飛行機が苦手は図鑑(史実の衣笠はヘンダーソン飛行場の海兵隊機及びUSSエンタープライズの艦上機の攻撃で撃沈)でも触れられており、そこから私が勝手に作り上げました。悪しからず。

人間同士の争い、特に劇中では台湾と中国が戦争をした事について触れましたが、決して台湾にも中国にも悪意があっての描写ではない事をお断りしておきます。



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