艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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添削も進まず、第一八話投稿も予定の三日遅れ。
イベントもほとんど進んでません。
フレッチャー? コロラド? ナニソレオイシイノ?


第一八話 誤算

翌朝、スコールの雨音で愛鷹は目を覚ました。

伸びをして時計を見る。

時計の針は朝の七時を指している。

大体六時間は寝たはずだ。

布団から出て手早く身支度を整えると、コートは着ないで部屋を出た。

 

基地の規模が大きいだけに食堂の規模は大きく、人でごった返していた。

サンドイッチ四個とコーヒー一杯と言ういつもの簡素な食事をトレイに載せて空いている席を探していると、自分を呼ぶ声がした。

深雪だ。蒼月と瑞鳳と一緒に丸いテーブルを囲んでいる。

「おはようさん。一緒に朝飯食おうぜ」

「愛鷹さんもどうぞ」

他に座る席を探すよりここで食べる方が手っ取り早い気がしたので、深雪と蒼月の誘いに乗る事にした。。

本当は一人で食べる方が性に合うのだが。

トレイをテーブルに置き、席につくと瑞鳳が愛鷹のトレイを見て軽くため息を吐いた。

「また、それだけですか?」

「ええ」

「いつも思うんですけど、足りているんですか?」

「食えるうちに食っとかねえと、動けなくなるぜ」

そう言って深雪は白米を盛った茶碗の中身を掻き込む。

「私はこれで充分動けますよ」

サンドイッチを一個手に取って食べながら答えると、蒼月が自分の食事と愛鷹自身の食事量を見比べて少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。

確実に蒼月は愛鷹の三倍は食べている。

口の中で食していた焼き魚を飲み下した瑞鳳は、窓の外の天気を見て表情を曇らせた。

「明日、出撃しますか?」

「明日は衣笠さんと組んだ艦隊運動の演習をおこないますよ」

「そう。

出来れば、明日は晴れたらいいなぁ。

雨だと航空機飛ばせないし」

「スコールとかはマジで気分だからな。何時止んで何時降るか分んねえから厄介だ」

「対空射撃も目視では難しいですね。電探頼りです」

「雨が続くようなら、瑞鳳さんはお留守番です。衣笠さんが代わりに出撃することになります」

「ですよね」

「衣笠と言えば、青葉と衣笠はどうしたんだ? 夕張は艤装のチェックしに行くって言ってたけど」

牛乳を入れたコップを飲み欲した深雪の問いに、今日まだ二人には会っていない事に愛鷹は気づいた。

「私はまだ会って無いので」

「私もまだ見てないです」

「私も」

蒼月と瑞鳳も首を振った。

「それじゃ、寝坊かあ? まあ、あの二人だしな。取材でもやってたのか」

大体そうだろうな、と深雪が言うと、丁度通りかかった朝潮型駆逐艦娘の霞が教えてくれた。

「青葉と衣笠なら、もう起きているわよ」

「へー、何してんだ?」

「知らないわ。どーせ下らない取材事でしょ。あんたの想像通り」

昨日の満潮さん並のつっけどんな口調だ、と愛鷹は思い蒼月さんと事を立てないでと願ったが、霞が蒼月を見て眉間に皺を寄せた。

「相変わらず、腰抜けのクセに食うわね。よく豚にならないわ、不思議」

「ったく、満潮と言いお前と言いちと蒼月には言いすぎだろ」

ぎろりと深雪が霞を睨みつける。

「あら、当たり前のこと言って何かおかしいとでも言うの? それに何で満潮が言ったから私は駄目なのよ」

「そんな姿勢だから朝潮型と秋月型の関係こじらせたんだろーが。改二になれたおつむがあるんあらそれくらい考え付けよ」

「ま、失敬な事言うわね」

「そりゃ、こっちのセリフだっての」

「はい、そこまで。仲間同士で荒浪立てないでください」

ため息交じりに愛鷹が割って入ると霞が愛鷹を見た。

「見ない顔ね。あんた誰? あたしは朝潮型の霞」

「超甲型巡洋艦愛鷹です。第三三戦隊旗艦で蒼月さんの上官です」

最後は少し霞への牽制を込めていた。

愛鷹としても満潮と言い霞と言い、蒼月への態度は虐めじみたものを感じるし、正直昔の自分も似たことを散々受けただけに自分の事でなくても不愉快だった。

しかし、霞にはそう言うものは関係ないらしい。

「あ、そ。蒼月みたいな役立たずのお荷物抱えて苦労するでしょうね。同情するわ」

「いえ、蒼月さんは見どころがありますよ」

務めて平静な声を保ちながら愛鷹が返すと霞の眉間にまた皺が寄った。

「こいつに見どころがある? そんな曇った眼で旗艦になれたの? にわかじゃないの」

「おい」

本当に怒る寸前の深雪が霞にいい加減にしろ、という意味合いで呼ぶ。

「なによ。当然の事じゃない。

まあ、有能でも部下が馬鹿じゃ、上官にも馬鹿が移って当然よね」

霞がしれっと返すと深雪が立ち上がった。

「この野郎! あたしも堪忍袋の緒が切れたぞ、表に出やがれ!」

「へえ、やる気? 上等じゃない」

すると愛鷹が二人に向かって一喝した。

「いい加減にしなさい」

流石に朝からこの具合では愛鷹自身やっていられない。

大声という訳でもなかったが、有無を言わせない厳しい口調だったので流石の霞も身を固くした。

とは言えこれで怖気づく様な性格ではない霞は愛鷹を睨みつけようとした。

しかし、制帽の下から送られてくる愛鷹の視線に思わずたじろいだ。

この顔は見たことがある。

誰だかはすぐに思付かないが、その前に向けらてくる視線の剣幕が物凄い。

悔しいがここは退いておくべきだろう。

「まあ、精々頑張る事ね」

それだけ残して霞は歩み去った。

「んなんだよアイツ。朝っぱらからよお」

「荒浪立てないで、って愛鷹さんに言われときながら結局立てちゃったあんたも同罪でしょ」

やれやれと言う風に瑞鳳が溜息を吐いた。

一方、事の発端になってしまった蒼月は困惑顔を泳がせている。

艦娘として配属される前よりはずっとマシとは言え、初日からこの調子で上手くやれるのか。

そう思うと文字通り頭が痛くなる思いの愛鷹だった。

幸い体はこの事で脆さを見せないが、艦娘同士の不仲で調子を拗らせられてはたまったものではない。

はあ、と溜息を吐くとぬるいコーヒーを飲んだ。

 

 

電卓と計算用紙のメモとと何度も睨めっこして結局答えは一つしか出なかった。

「盲点だったぁ……」

頭を抱えたくなる事実に夕張は盛大に溜息を吐いた。

「何々、何の話ですかぁ?」

軽いノリの青葉の声が背後からかけられてきた。

軽いノリで聞かれたら、そのノリを一発で破壊できる答えだ。

「私たちの燃費のお話」

「へ、どういう事?」

一緒にいたのか衣笠の声もした。

「これ見て」

夕張が振り返らずにテーブルの上の計算用紙の数字を見せると青葉と衣笠が覗き込んだ。

燃料消費の計算結果を見ていつもの軽いノリだった二人の顔が真顔になった。

一度衣笠と同時に顔を見合わせた青葉は、「計算間違いは……ないですよねえ」と答えは分かりながらも聞く。

「コーヒーなしで目がぱっちり開くくらい何回も計算したわ。

計算外だったわよ。燃料は燃料でもその『質』のお話についてはね」

 

実はラバウル基地の燃料の質が、日本の基地と比べて若干落ちているのだ。

管理には注意を払っているとは言え、どうしても高温多湿地帯故の劣化・変質が多少は起きてしまうのだ。

通常兵器とはまた違う複雑なメカニズムなだけに、実は艤装は燃料の質によって影響を少なからず受けるのだ。

特に愛鷹の艤装は燃料の質が多少落ちるだけで、航続距離が通常より八パーセントも減少してしまうと言う致命的な問題点を抱えていた。

この事について愛鷹は言及したことが無いから、もしかしたら本人すら知らない事なのかもしれない。

 

「日本とラバウルとでは質の低下数値はマイナス三・二。

この場合、私たちの艤装はカタログスペック上では平均一〇パーセントは航続距離が低下するわ。

でも愛鷹さんの場合、二六パーセント近くも航続距離が低下してしまうの」

「わ、私はその次なのね」

数字を見た衣笠が厳しい現実に目元をひきつらせた。

「まあ、衣笠は一八パーセントだからまだずっとマシよ。その点で言うと青葉はエコね」

「重巡では一番低燃費艤装なのが、青葉の売りでもありますからねえ」

青葉は苦笑を浮かべて自分の艤装の低下数値を見た。

「つまるところ、愛鷹さんの艤装はハイオクタン価の燃料なら凄い性能を出せるけど、質が落ちると性能が落ちてしまうちょっとデリケートな内燃機関と同じと言う事ですか」

「その通り」

これはつまり深雪や蒼月など燃料が不足した仲間に自分の燃料をお裾分けする、というのは簡単な話ではないと言う事だ。

下手をすれば愛鷹自身がガス欠で動けなくなってしまいかねない。

しかも捜索範囲がこの海域は非常に広く、島が多い。

つまり少しでも行動範囲が広くなりすぎてしまうと、敵が深海棲艦より艤装に残された燃料の方が恐ろしいことになる。

「こりゃあ、万が一の時に備えての補給艦がいるわねえ」

「一応、風早、知床がいるけど、風早は中破していて治療中だから余裕がないわねえ。

アメリカにはミシシネワ、ネオショー、ナンタハラ、サヴァーンの四人がいるけど、向こうで必要だろうし」

「でもここの艦隊司令部に話を付ければ大丈夫でしょう。愛鷹さんは勿論、英語は青葉も話せますからコミュニケーションの問題も大丈夫でしょう」

「私も片言にはなるだろうけど話せるわ」

「じゃあ、大丈夫かなあ」

自分も英語は理工系なので、技術書を読むために英語は猛勉強したから話せる。

ただ当然ながら戦闘力が非常に低い補給艦だから護衛が必要になる。

大規模作戦前なのであまり戦力を損耗させたくないここの艦隊なだけに、すぐに補給部隊を派遣してくれるかどうか、というところも不安な所だった。

そこのところも愛鷹が計算に入れた作戦を練ってもらうしかなかった。

 

 

夕張が弾き出した計算結果を聞かされた愛鷹は耳を疑った。

そんな問題点は全く知らなかった。

自分の艤装にそんな欠点があるなんて、支給時に聞かされた覚えなどない。

性能が高い事は知らされていたし、メカニズムも教えられていた。

しかし、一つ心当たりがある。

自分が「なぜ、戦艦ではなく超甲巡の身に甘んじているか」と言う事からだ。

 

超甲巡と言うやや中途半端気味の艦種に当てられたことに愛鷹が疑問に思わなかった事は無い。

確かにネ級改などには強力だが、実は強力を通り越した「過剰火力」でもある。

しかし戦艦相手となると、装甲・耐久力が深海棲艦の戦艦では一番低い部類のタ級にすら決定的なダメージを与えられない。

その為、北米艦隊のアラスカ級は三〇・五センチ三連装主砲から急遽軽量一六インチ連装主砲に設計変更されている。

メカニズムを教え込まれているから、勿論自分の艤装にはあらかじめ発展性が多めにある事も知っていた。

だからわざわざ三一センチと言う口径にする必要性など最初からないはずなのだが。

質問したことは何度かあるが、そのたびに「軍機」を盾に教えてもらえず、腑に落ちないまま超甲巡としてデビューすることを余儀なくされたのだ。

結局は超甲巡として生きていくと言う事に割り切って、考えない事にしたのだが……。

(まさか、意図的にダウングレードされている?)

あり得る話だった。

冷や飯食いの自分に贅沢な装備を与えるのはもったいない。

しかし、新造するのには予算も資材も多く必要とするので、既存の装備をダウングレードして自分に支給した。

証拠はないが、確実にそうとしか思えない事だった。

 

(どこまで私は冷や飯ぐらいを余儀なくされるの……!)

流石に悔しさと憤りを隠しきれなかった。

それでも平静さを保って夕張に「分かりました。ありがとうございました。その点を考慮して計画を練り直します」と礼を述べて自室へ戻った。

 

平静さを振舞っていたとはいえ、悔しさで拳を強く握りしめる愛鷹の姿を見ているのが辛かった。

しかし、夕張にはどうする事も出来ない。

暗雲が立ち込めている気が夕張にしていた。

 

 

偵察作戦計画を練り直せざるを得ない羽目になった愛鷹は、せっかく作った作戦計画書をごみ箱に捨てて一から立て直しにかかった。

夕張から貰った計算結果を照らし合わせながら、作戦計画を練り直す。

結果的に行動半径を維持するには、最大戦速の発揮可能時間に大幅な制限を課すことしかない事となった。

最大戦速を出せば当然燃料の消費は大きい。

それを発揮する時間に制限をかければ、ギリギリガス欠にはならないだろう。

しかし制限を課すと言う事は、万が一発生した場合の戦闘への大きな足かせになると言う事と同義だ。

航空偵察を頻繁に行えるならこの問題は軽減されるが、この季節、雨が降る回数は多い。

流石に現在の技術力では妖精さんサイズの航空機の全天候飛行能力にも限りがある。

夜間飛行が可能になっただけでも随分進歩したものなのだ。

航空偵察が行えないとなったら五隻(五人)編成で出なければならず、艦隊戦力が落ちてしまう。

その為に衣笠を今回編入することになったのだが、衣笠の艤装も燃費が悪い。

ならば全員で出撃すると言うのもアリだが、深海棲艦には六隻以上で出撃すると察知されやすいと言う事実が存在する。

原因は分かっておらず六隻以上を組むときは相互支援が可能な強力な編成で出ることが決まりだ。

しかし、第三三戦隊の戦力は正直な所決して強力とは言い難い所がある。

全員の艤装性能がバラバラなのが最大の問題点だ。

青葉型と言う本来なら規格が同じはずの青葉と衣笠も、青葉が改のままで実質旧式化しつつある一方、改二になった衣笠は格段に艤装性能が上がっている。

深雪は特型の初期型と言う事もあり改二になった吹雪や叢雲と比べやはり性能が低い。

夕張は自分と同様ワンオフの存在で同型艦すら存在しない。

頭の痛い問題である。

ならば、ここの艦隊から相互支援可能な艦娘を補充すると言う手も無くはない。

しかし、当然ながら補充するにしても、その艦娘たちと第三三戦隊は艦隊運動の演習をした事が無い。

沖ノ鳥島海域での艦隊編成はありったけの戦力投入と言うやむを得ない状況とは言え、もし慣らしが作戦前に入念に行えていたら鈴谷、瑞鳳が被弾することはもしかしたらなかったら起きなかったかもしれない。

あの時は愛鷹が最高責任者ではなかったから、結果的に深刻な問題にならなかった様なものだ。

だが、今は愛鷹が最高責任者だ。

共同の艦隊運動訓練が出来ていない他の艦娘を編入しても、すぐに愛鷹の指揮通りに動けるわけではない。

衣笠とですらまともにやっていないので、ここで間に合わせと言うような訓練をする予定だったのだが。

もっとも編入以前に戦力をこちらに割いてくれるか、と言う事が問題だが。

となるとやはり解決策は燃料不足になる事が見込まれたら、洋上補給を手配すると言う事だ。

通信を逆探されて、潜伏中の敵機動部隊に攻撃される危険性はある。

しかし潜伏している側が積極的に出て攻撃してくるだろうか。

敵機動部隊がどんな編制なのか、現状全く情報が無い。

その為に自分たちが情報収集のために派遣されてきたわけなのだが。

機動部隊に攻撃される側が仮にこちらだったら可能な限り全速で走って攻撃を凌げるかもしれない。

一方で補給部隊はそうもいかない。

補給艦は自衛火器程度しかなく戦闘能力は頼りない、の一言に尽きるから当然護衛がいる。

しかしその機動性も戦闘力も低い補給艦を護衛するには強力な護衛艦隊が必要だ。

戦力の温存を図りたいここが、敵からの攻撃を受けないとも限らない中、貴重な補給艦娘を出すか。

そこは磯口に掛け合って何とかしてもらうしかないだろう。

 

 

作戦計画書をまとめた愛鷹が磯口に提出しに行くと、丁度満潮と霞が磯口と書類の山を相手に仕事中だった。

計画書を持った愛鷹が入ると磯口は満潮と霞に仕事を続けるよう頼み、愛鷹の計画書を読み、説明を聞いた。

「補給部隊の編制か」

「はい」

「私は別に構わんが、他のお偉いさんたちが『おう、いいぞ』とすんなり頷くかは分からんがな。

君も知っての通りうちは補給艦娘をこの間一隻損傷させられて入院中だ。あと三週間ほどは病院に閉じ込めておかなければならんから補給部隊も決して余裕がない。

まあ、偵察して機動部隊を見つけられないまま、ここで遊んでいても始まらんからな。

何とか説き伏せてみよう。

その為の私だからな」

「お願いします」

「派遣するとしたら、そうだな。

やはり知床だな。日本人だから話が速いだろう

護衛は……フム、能代と第八駆逐隊をつけるか」

その言葉に満潮と霞が反応しない訳がない。

書類に向けていた目を磯口に同時に向ける。

この判断に愛鷹は、今度は別問題発生か? と頭が痛くなる気がした。

二人とも深雪と蒼月とは仲が悪いし、恐らく霞は自分の事に好印象を抱いているとはあまり思えない。

「なんでそいつらの面倒を見なきゃいけないのよ」

満潮が不満げに言う。

しかし磯口は取り合う素振りを見せなかった。

「許可が下りたら、いや強引にでも降ろさんとな。

ガス欠になる事が分かったら、すぐに連絡しろ。

こっちから補給部隊を送る」

「何であたしたちが他人の尻拭いをしないといけないのよ」

不満げに霞も言うがやはり磯口は取り合う様子はなかった。

「お前らも、自分の尻拭いが出来るようになってから文句を言えよ」

「はぁッ!?」

目を剥いた満潮と霞が同時に声を上げて立ち上がった。

顔を赤くしている所から怒っているのは確かだ。

聞いている通りの人だ、と愛鷹は磯口の人柄が変人と言われる理由が分かる気がした。

協力的ではあるが、どこか自由奔放で口がやや悪い。

考えている様で考えていない様な司令官だ。

 

ここで上手くやっていけるの……?

愛鷹の頭の中で頭痛の種が一つ、また一つと増えていく気がした。

 

 

磯口の部屋を辞した時はすでに昼食時で、雨が止んでいた。

空腹を覚えた愛鷹は食堂へ行くと、いつもと変わらないサンドイッチとコーヒーと言うメニューを摂った。

第三三戦隊メンバーには夕張経由で明日まで移動時の疲れ取りも兼ねて休暇を出しているから、食堂にメンバーの姿はない。

今頃各々の自由時間を過ごしているのだろう。

愛鷹はと言うと可能な範囲でこのラバウルを散策しようと思っていた。

生まれて初めてのラバウルだし、またこの地に来ることが出来るかを考えると恐らく無いだろうから、少しでも脳裏に風景を焼きつけておこうと考えていた。

 

昼食を終えるとその足で早速散策に出た。

流石は赤道に近い地域だ。

日差しは強く、まとわりつくような暑さだ。

あまり好きなやり方ではないが、制服の袖を少したくし上げた。

基地の敷地内ではあるが、散歩コースのある森や浜辺も近くにあり、ラバウルの自然を体感することが出来る。

浜辺を散策するコースを歩くことにし、自分としてはちょっとした贅沢な気分を満喫した。

自然の豊かさはやはり日本の比ではない。

長年の環境破壊で温暖化も進んでいるが、まだまだ健全な場所は多い。

自然保護活動はこのラバウルでも行われていると聞いていた。

内陸部の都市を放棄した代わりに自然を破壊して居住地を確保したのだ。

その埋め合わせをしなければならない。

一方で深海棲艦の出現で大きな被害を受けた海洋生態系の再生は、そう簡単には進んでいない。

特に六年前の鉄底海峡海戦時に初めて確認された「変色海域」と呼ばれる海域での海洋生態系は軒並み死滅している。

ただ、変色海域をもとの海に戻すとすぐに元の生態系が戻る事が確認されているので、永久に死の海になる訳ではない。。

これは世界各地の海域で「変色海域」が発生し、元に戻ると回復している事からも鉄底海峡に限ったものではないことが分かる。

以前聞いた「自然の自己回復能力」と言う物かもしれない。

「変色海域」以外の海域で壊滅した生態系もやがては元の姿に戻るのだろう。

 

森が深くなり、少し景色が薄暗くなる。

じめじめとしており道もぬかるみが多くなっている。

額に滲む汗を手の甲で拭いながら歩く。

軍事基地の敷地内と言う割には動物の鳴き声は聞こえる。

「生態系は維持されているのね」

水溜りを飛び越えながら呟き、何の動物の鳴き声だろうと時々耳を澄ませたりする。

しばらく歩いていると潮風の匂いがした。

海が近いのだろう。

そのまま道なりに沿って歩き続けていると、子供の遊ぶ声が聞こえた。

基地に民間人の子供が入れるわけがないから艦娘だろう。

誰がいるのだろう、と思っている時、踏みだした左足が触れた地面が何かおかしい事に気が付いた。

何だろう、と思い足を引っ込めて屈むと右手で地面に触れた。

手から伝わる地面の感触に愛鷹は怪訝な表情を浮かべた。

「落とし穴?」

何でこんなところに……首を捻りながら大体の大きさを想定して飛び越えた。

もしかして誰か遊びかいたずらで掘ったのだろうか。

「巻き込みは……勘弁ですね」

ため息交じりに呟いた時、踏みだした右足の感覚が消えた。

なんだ、と思った時愛鷹の体が地面に消えた。

 

 

「やったぜ、引っかかった!」

「ばっちりだね」

「川内さんだよね、今の」

自分たちの掘った落とし穴に誰かがハマった音が聞こえた江風、涼風、海風は藪から飛び出して掘った穴の元へと駆け寄った

用心深い川内型軽巡の川内と知らずと始まった、ラバウルでの川内対駆逐艦勢の落とし穴合戦。

今のところ勝負は四勝六敗で駆逐艦勢が多数、巧妙に作られた川内の落とし穴にはまって負けていた。

この三人も同じであり、今回卯月に話を付けてここへ誘い出すことにしたのだ。

誘い出し役の卯月も川内にはよくやられており、二つ返事で引き受けてくれた。

「偽の穴を掘ったのは正解だったね」

ニタニタと笑う涼風に江風が頷く。

「足がずぼる程度で油断させて、その次が本物」

「少しシンプルに戦術を変えてホント正解だったかもね」

海風の言葉に江風と涼風がしたり顔で頷いた。

ところが、三人が穴に近づいた時穴底から明らかに川内とは違うため息が聞こえて三人の表情が固まった。

同時に顔を見合わせた三人は恐る恐る穴へと近づく。

「違う人が落ちたか?」

「そう、っぽいな」

「あ……」

これは穴に落ちて負けた時よりも拙いパターンである。

かと言って関係ない人を巻き込んで置いて、逃げだしたらかえって状況を悪くするだけだ。

見るのも怖い気分で三人が穴を覗こうとした時、制帽を被った長身の女性が穴から出て来た。

海軍制服を着ているが泥まみれになっている。

その制服と長髪で一瞬三人は心臓が止まった気がした。

この制服は大淀と仁淀くらいしか着ていないし、仁淀にしては髪が長いから大淀に違いない。

怒らせたらどんなに恐ろしい相手だかを思い出した三人だったが、よく見ると大淀ではなく、見かけない人影だ。

「あれ?」

三人揃って間抜けた声を上げた時、長身の女性がため息交じりに制帽を直し、制服の泥をぱっぱと払った。

「やれやれ……帰ったら洗濯ね……」

泥で茶色い染みだらけになった制服とスカートを見て愛鷹は溜息を吐いた。

「あのー、大丈夫っすか?」

赤毛の艦娘に聞かれた愛鷹は「生きていますよ」と低い声で返した。

「す、すみませんでした!」

今にも泣きそうな目で海風が謝ると「御免」と涼風と江風も続けて頭を下げて謝った。

「許してくれ、頼むよぉ」

「あんたたちを許すかは私が決める」

三人の背後に立つ怒り顔の川内の言葉に江風、涼風、海風の顔から生気が消えた。

 

 

泥まみれになった愛鷹が、川内の鉄拳制裁で頭にたんこぶを作り涙目の江風、涼風、海風と川内と戻ってくるのを見た青葉は「何事ですか⁉」と仰天した。

「チビ助たちが変なとこに掘った落とし穴に、この人がはまっちゃったって事」

全くと三人に呆れたように溜息を吐きながら青葉に説明した川内は愛鷹に向き直ると、「チビ助たちのふざけに巻き込んでゴメンね。あたしからよく言っておくから」と頭を下げた。

「もういいですよ。洗濯すればいいですから」

「まあ、そうかもしれないけど。そう言えば見ない顔だけど誰だっけ? あたしは川内、川内型軽巡よ」

「愛鷹型超甲型巡洋艦の愛鷹です。昨日こちらに第三三戦隊と共に派遣されました」

「愛鷹さんね。

何かわかんない事あったらいつでも聞いて。相談相手になるよ」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ、私はこいつらをちょっと絞って来るから。

なーに、ちょっと一緒に筋トレするだけだから」

そのちょっと筋トレするがまた地獄なんですけどねえ、と青葉は川内のする「筋トレ」の内容を思い出して苦笑を浮かべた。

案の定、江風、涼風、海風は今にも白目を剥きそうな顔になっていた。

 

三人を連行する様に連れて行った川内と別れた愛鷹は、とりあえず宿舎の愛鷹の部屋に戻って汚れた制服を脱いだ。

着替えから予備の制服を出しかけてこれも汚れたらもう替えが無いと思い、思い付きで持って来ていた灰色の上着と白いズボンと言うスポーツウェアに着替えた。

制帽も少し洗わなくてはならないがこれは替えが無いので無地の白い野球帽を被った。

靴も泥落としが必要なのでこちらも白いテニスシューズに替える。

汚れた制服を抱えて部屋を出て洗濯所へ向かう途中青葉とまた会った。

見たこともない愛鷹の私服にぽかんとした目で見て来るので「似合わないですか?」と聞いていた。

「そんなことないですよ。

ただ珍しいモノでしたので」

首を振る青葉に「そうですか」と返しながら、まあこの格好で他の艦娘の前に出るのは初めてだからなあ、と思い返して洗濯所へと向かった。

制服と制帽を預けた愛鷹はその足で散策に出かけた。

今度は足元に気を付けよう、と心がけながら。

 

 

その日の夜、昼間に自然を充分満喫した愛鷹は磯口に呼び出された。

部屋には満潮も霞もいなかったのがどこかホッとする思いだった。

そんな愛鷹の思いはどうでもいいと言う様に磯口は呼び出した理由を語った。

「貴様らだけだと、途中でガス欠になると言う事で上層部は索敵部隊を増強することを決定した。

明後日、このラバウルにLRSRG(長距離戦略偵察群)の第一二・二偵察任務部隊、TF12.2が派遣されてくる。

少しは仕事がやりやすくなるはずだ」

第一二・二偵察任務部隊ことTF12.2の所属艦は確かアイオワ級戦艦イリノイ、アラスカ級大型巡洋艦サモア、ボルティモア級重巡スクラフトン、ウースター級軽巡ウースター、ギアリング級ジャイアット、カーペンターで構成される部隊だ。

艤装世代が古い第三三戦隊と違い最新鋭艦娘ばかりで構成されている精鋭部隊だ。

長距離航海に耐えられるように訓練を受けている為、支援艦なしでもかなりの広範囲を移動できる。

LRSRGはTF12.2、12.4、12.6の三個部隊が存在し、TF12・2は水上打撃戦力中心の部隊だ。

「UNPACCOMも太っ腹を見せたと言う事ですか」

「お前がそんな言い方をするとは思わなかったな、面白い野郎だ」

「TF12.2は今どこに?」

「オーストラリアのダウンズヴィルだ。既に出港しているだろう」

「早いですね」

「上の馬鹿どもの首を縦に振らせ、先送りと言う誤魔化しをさせないためにケツを蹴り上げるためにどれだけ私が骨を折る羽目になったか、後で思い知らせてやる。

覚えておけ」

「了解です」

「よし、これで終わりだ。

さっさと出て行け。たんまり飯でも食って最低七時間は寝てろ。

チェック項目すべてを確認した艤装点検報告書は明日必ず出せ。

艤装がイカれて仕事の出来ん奴は出撃させられんし、体調崩しでサメの餌になってもらっては困るからな」

「はっ」

言葉遣いは悪いが、その裏から感じられる磯口の気遣いには感謝しかなかった。

 

食堂で夕食、と言っても毎度のサンドイッチとコーヒーだけの食事を摂ると、洗濯所で選択された制服と制帽を取りに行った。

たまたまそこで蒼月と深雪にも会った。

予想は着いたが自分の私服に二人とも随分と驚いていた。

「イメージが変わったな。

オフの時のスポーツ選手みたいじゃないか」

「似合っていますよ」

「どうも」

礼を述べた愛鷹は洗濯された制服を持って部屋に戻り、泥のついた靴の掃除をした。

艦娘は出撃前に靴を良く綺麗にしておくようにと言われるが、これは靴に付着した泥などで航行中の水中抵抗の増大や航行時のノイズ(キャビテーションノイズ)を起こさない為だ。

愛鷹のモノはつま先にソナーが仕込まれているだけに少しでも泥が付いているとパッシブソナーの感度が落ちるから入念にしておく必要があった。

一時間ほどかけて靴の泥を落とし、ヒールの舵を指で動かして動きが鈍くないか、軋む音がしないかなどの確認もする。

主機と靴が一体化した内装型は外装型と比べて、自力での上陸が容易な反面手入れに手間がいると言う欠点があった。

手入れを終えるとタブレットを口に入れて呑み下すと、今度は工廠に向かった。

艤装の点検報告書作成の為だ。

落とし穴に落ちたりしていなければもう終わらせられていたことだったが、過ぎてしまった事なのでどうこう言う気は起きなかった。

それより、どうすればなるべく手早くやれるか、について考えていた。

艤装点検報告書は、第三三戦隊メンバー全員分のモノを纏めなくてはならないからこれもまた忙しい仕事だ。

報告書はすでにそれぞれが仕上げており工廠で受け取れる。

艤装点検報告書は点検項目一つ省くこともできない重要な書類仕事でもある。

工廠では妖精さんや作業員数名がいたが夕張は休んでいるのかいなかった。

「夕張さんがいたら、ちょっと助かったけど」

そう呟きながら詰め所に提出されていた第三三戦隊メンバーの艤装点検報告書を受け取り、部屋に戻った。

報告書に目を通し、七人分の艤装の点検報告をノートパソコンで一つの報告書に纏め上げる。

キーボードを叩く小さな音が部屋に響く中、外で雷の音が聞こえた。

「雨……」

窓の外を座卓から窓の素を窺うと雨が降って来た。

天候の急変がこの地域の特徴だ。

急変次第では瑞鳳の航空偵察機の収容が出来なくなってしまう。

天候の予測は慎重に行わなければならない。

念のため気象予報のページにアクセスして情報をダウンロードしておき、報告書作成を続けた。

雨足が強くなる深夜まで愛鷹は仕事をし、書類作成が終わると布団を敷いて横になった。

「明日は衣笠さんを組み入れた艦隊運動演習をして、明後日からね」

LRSRGとの共同作戦で敵機動部隊捜索を行うのは、少し肩の荷が下りる思いがし、その安堵感を感じた愛鷹はすぐに眠りに落ちた。

 

 

目を覚ました愛鷹は制服に着替え、刀を脇に差して身支度を整えた。

朝食後はブリーフィングを行った後、衣笠を加えた艦隊運動演習を行うことになっていた。

ただ朝食をとる前に、作成した書類を携えて磯口のところへと向かった。

磯口の部屋のドアをノックすると「誰?」と霞が返してきた。

磯口提督の手伝いをしているのかな、と思いつつ、「愛鷹です。艤装点検報告歩を提出に来ました」と告げた。

「入っていいわよ」

「失礼します」

ドアを開けて部屋に入ると、テーブルの上に突っ伏して寝ている磯口の肩に毛布を掛け直している霞がいた。

「ご苦労様です」

「言ってくれるわね。

役立たずのこいつのためにどれだけ私たちが骨を折っているのか分かってんかしら。

よくも呑気に寝てるわよ」

「報告書はここに置いておきますよ。

私も仕事があるので」

「分かったわ。

じゃ、蒼月の子守をよろしくね。

精々あいつのせいで死なないように頑張るの……」

そこまで言った霞は、いきなり愛鷹に右手で胸ぐらをつかみあげられ、壁に叩きつけられた。

なに!? と驚きの目で愛鷹を見ると静かな怒りを浮かべた鋭い愛鷹の目が見返してきた。

精一杯の意地で睨み返すと、愛鷹はさらに霞を壁に押し付けた。

「それ以上、蒼月さんの悪口を言うような事は上官として看過できません」

「な、なによ。逆切れ……」

「黙りなさい!」

有無を言わせない言い方に霞も流石に黙った。

「満潮にも伝えなさい……私は仲間を侮辱する者、傷つける者は、例え同じ艦娘であろうと『容赦はしない』と」

そう言った愛鷹は左手を刀の柄に置いて僅かに引き抜いた。

「……分かったわよ」

さらに少し愛鷹は刀を引き抜いた。

「ちょっと何やってんのよ!?」

満潮の仰天した声が背中から聞こえた。

振り向くとドアの入り口に満潮が立っている。

「制裁です」

「それが制裁だとでも言うの⁉」

怒りに燃える満潮に睨まれた愛鷹は少しして霞を手放した。

刀を鞘に収めながら愛鷹はドアへと歩き、出る前に満潮の横で足を止めた。

「霞にも言いましたが、あなたにもお伝えしておきます。

私は仲間を侮辱する者、傷つける者は、例え同じ艦娘であろうと『容赦はしない』。

肝に銘じておきなさい、霞中尉、満潮中尉」

捨て台詞の様に残して愛鷹は部屋を出て行った。

 

正直な所、艦娘に対してあそこまで激昂したのは大和を除けば一度も無かった。

誰かに対して怒りを見せるのはともかく、喧嘩するのは性に合わない。

だが、大切な部下を侮辱するのは蒼月の上官としてもう我慢できなかった。

我慢強さが自分の取柄でもあったが、これはこれでまた別問題だ。

階級を盾にもの言うのもやはり好きではないが、ああでも言わなければ二人が黙った気がしないし、自分も気が済まない。

勿論、刀を抜いたのは威嚇に過ぎない。

あの二人が編成に入っている第八駆逐隊が、自分たちの補給部隊の護衛とは。

表には出さないつもりだが、愛鷹は艦娘で初めて霞と満潮が嫌いになった

特定の人間のことを本当に嫌いだと思ったのは久しぶりだった。

 

 

青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳は一緒にテーブルを囲んで朝食を摂っていた

「愛鷹さん、遅いですね」

オムライスを口に運びながら蒼月はそう言って食堂の入り口を見た。

卵焼きを飲み下した瑞鳳が同じ食堂の入り口を見て首を傾げる。

「寝坊かな」

「それは無いんじゃない?」

言葉通りそれは無いでしょと言う顔で夕張は笑った。

その通りだ、と深雪は白米を盛っていた茶碗を下ろして頷く。

「あいつが寝坊するなんてありえねーよ」

「でも、遅いと気になっちゃうわね。

深雪ちゃん、ほっぺ」

「やべ」

右頬に着いた米粒を衣笠に指摘され、深雪は慌てて取った。

「愛鷹さんは青葉たちの旗艦ですから、仕事が他にもあるのでしょう。

大丈夫いですよ」

不安顔になる蒼月、瑞鳳に青葉が心配ないと笑みを浮かべた。

ふと思い出したように瑞鳳が五人に聞いた。

「今日は晴れだよね?」

「それ、私も気になってた」

そうだ、と衣笠も頷く。

「気象班の予報じゃ、今日は久しぶりに晴れるかもしれねえって言ってたぜ」

「いいニュースじゃない」

晴れると聞いて衣笠は顔を輝かせた。

「でも、明後日は天気が不安定だていうけどな」

「それは言わなくてもいんじゃないの?」

苦笑交じりに脇から夕張が口を挟んだ。

「一応知っておいても問題はないだろ」

「まあ、そうね」

そう返す衣笠の顔は少し曇っていた。

「まあ、天気がどうであろうとしっかり食べておきましょう。

動くとお腹減りますし、広い海域を偵察するわけですから体力も使いますし」

「そうね。あ、深雪、あとで靴キレイにしときなさいよ」

「は?」

何のことだ、という顔になりながらも深雪は自分の短靴を見た。

昨日基地にいた駆逐艦仲間と走り回ったので結構汚れている。

「ここは日本と違って舗装してないところが多いから靴に泥が付きやすいわ。

綺麗にしておかないとただでさえ航続距離が落ちるのに、余計落ちるわよ」

言われてみれば、と夕張に指摘された一同は自分の靴の汚れ具合を見た。

「防げるミスは事前に防いでおかないと拙いわよ」

「防護機能で何とかできないのかなあ」

「流石にそこまで便利屋じゃないよガサ」

「でも手間は省きたいですね」

「うんうん」

そこへトレイを持った愛鷹がやって来た。

「おはようございます、皆さん」

「あ、愛鷹さん、おはようございます。

少し遅めでしたけど、どうかしました?」

「艤装報告書を出しに行っていたのですよ、蒼月さん」

そう返しながら愛鷹は席に着き、サンドイッチを手に取った。

「今日は多くね?」

いつもよりトレイ上のサンドイッチの数が多い事に気が付いた深雪に聞かれた愛鷹は、食べる前に応えた。

「食べると気が落ち着くからです。

昨日は忙しくて葉巻もやれなかったので」

そう返すとサンドイッチを齧った。

そう言えば愛鷹さんが好きなサンドイッチ、熊野も好きな食べ物だったなあ。

同期生で友人の熊野の好きな食べ物と、愛鷹の何時も食べている物を青葉は重ねていた。

沖ノ鳥島海域での艦隊戦後、負傷から復帰した相棒の鈴谷と組んだ熊野は北方海域に進出していた。

北方海域では深海棲艦の活動が活発化しており、哨戒艦隊との小競り合いが多発していた。

日本艦隊は北方海域を軽巡洋艦や駆逐艦中心の北方海域担当の北部方面隊に任せているが、深海棲艦には重巡や少数の戦艦部隊が含まれている様で対応しきれない

そこで熊野、鈴谷、利根、筑摩の四人が増援として送られたと言う。

霧が出やすく航空機の運用が容易ではない事から熊野と鈴谷は軽空母艤装ではなく、対水上火力重視の航巡艤装で出撃していると言う。

航空機を使えるのって、どんな感じなのかなあ……。

もし自分が改二になれたら航巡になるのも悪くないかもしれない。

恐らく搭載機は瑞雲になるだろう。

そうしたら日向によく絡まれるかもしれない。

日向の瑞雲への愛着ぶりには青葉も苦笑しか浮かべられなかった。

瑞雲教に加入しろと言うのかな、取材ネタになるなら悪くないですけど。

まんざらでもない気がした青葉は思わずニヤけていた。

「どうかしました?」

怪訝な顔で愛鷹に見られた青葉が我に返ると一同から気味が悪い、という目で自分を見られており恥ずかしさで顔が火照るのが分かった。

衣笠は愛鷹に顔を近づけると、耳打ちするように言った。

「なにかよからぬことを企んでいると、あんな顔になるんですよ」

「なるほど」

「ちょ、ガサぁ!」

恥ずかしいことを言われた青葉は余計に顔が火照るのが分かった。

あたふたとする青葉にくすくすと笑う衣笠につられて、愛鷹も口元を緩めていた。

 

 

部屋の整理をしていた時、ファイルを一冊本棚から落としてしまった。

おっと、と大和が拾うために屈みこむとファイルの端から一枚の写真がはみ出ていた。

何だろう、と引き出してみると写真の隅に「2043/1/22」の文字が入っている。

日付から五年前の写真だ。

五年前と言うと、自分が改二へ昇進を果たした頃の写真だ。

余り着ていない海軍礼服を着込み、制帽を被った自分が立っている場所には見覚えがあった。

「あそこで撮った写真ね」

と言う事は、と写真が挟まっていたページを開くと「あそこで撮った」写真が何枚か出て来た。

手に取ってみていた時、一枚の写真で手が止まった。

証明写真として撮られたものだ。

「第七九六号」の数字が書かれた名札付きの海軍の略装を着た眼付の険しい自分が写っている。

だが、これは自分ではない。

「あの子のね……」

あの子……愛鷹だ。

支援艦「しだか」の病室で、二人だけで話が出来ないかと思って訪れたわけだったが、結局は愛鷹に激しく拒絶されるに終わった。

無理もないだろう。

自分のせいで愛鷹は冷や飯食いの道をずっと歩まされることになったのだ。

今更許す気など持っていないだろう。

「許す……か」

それでも愛鷹が自分を許す気が無くても、自分にできる範囲で彼女を支えたかった。

余計なことをするなと言うかもしれない。

憐れんでいるのか、と受け取られるかもしれない。

それでも自分の気持ちを伝えたかった。

愛鷹がこの世に生を授かった際の代償は自分も共有していく定めなのだ。

定めの軛から逃げてはいけない、目を背けてはいけない。

向き合わなければならないのだ。

それが大和にできる愛鷹への贖罪だった。

 

愛鷹は名前自体もある意味不遇だった。

かつての大日本帝国海軍が進めていた八八艦隊計画で建造予定だった天城型巡洋戦艦。

その三番艦は高雄と言う名前だが、実は当初は「愛鷹」と名付けられる予定だったのだ。

愛鷹の名前は富士山のすぐそばにある愛鷹山が由来だ。

その名前を冠したのだが、「富士の前衛であり、標高も低い」と言う理由で高雄に変更されたと言ういきさつが存在する。

その後、愛鷹の名前は海上自衛隊のミサイル護衛艦の艦名として候補に挙がったことが何度かあったが結局、旧日本海軍から自衛隊に至るまで愛鷹の名を冠した艦が登場する事は無かった。

その為、日本では愛鷹山の名前を冠した艦は必ず他の候補に敗れる、という噂が定着してしまった。

艦娘としての愛鷹にその名をつける経緯を知っている大和には、中途半端な性能である超甲巡に落とされた挙句に不採用続きの名前を与えられた愛鷹の無念さを感じるところがあった。

 

(名前なんてどうでもいい。

私は愛鷹と言う名の「人間」です。

それ以上でもなければそれ以下でもない、一人の人間です。

誰がなんと言おうと、どんなに否定されても、私は意思を持つ人間です。

髪の毛だけでも、死して自然界にミクロの存在にまで分解されたそれが私の全てだとしても、私は人間です。

 

だからこそ……私は貴方を心底憎む。

大和型戦艦一番艦大和を絶対に認めない!)

 

二年前の冬、写真を撮った地で最後に別れた時に自分にそう告げた愛鷹の言葉を大和は思い出した。

あれが、彼女との決別だった。

そして、あの時別れてから愛鷹とはそれっきりだった。

手紙のやり取りもした事が無い。

もっとも送ったとしても愛鷹自身が受け付けないだろう。

それだけに長い事消息が分からなかった。

だから艦娘として日本艦隊に配属されたと聞いた時は、驚きと同時に嬉しさを感じていた。

 

「たとえ許すことが無くても、私はあなたを思い続ける。

あなたの『お姉ちゃん』として……」

きっと自分が姉を語れば愛鷹は「お前は私の姉ではない」と拒絶するだろう。

それでも自分は愛鷹の「お姉ちゃん」でありたいと思っていた。

「必ず、生きて帰って来て……。

私は信じてるわ」




今回は戦闘シーン無しの艦娘同士の人間関係が主体となっています。

霞くんと満潮くんがちょっと悪役に見えるのはご勘弁を。
この二人はなんだかんだ言っても磯口司令官が重宝する有能な人材です。
ツンデレですから(反面私は全くなじめないのですが……)

旗艦の愛鷹くんは指揮官としての中間管理職の悩みを今回描いています。
変人な磯口の指示に悩み、部下の人間関係にも悩まされる上司。
それだけにラバウルでの彼女の小さな息抜きは貴重なものです。

愛鷹くんも感情を持つ人間なだけに仲間を傷つける者への憤りを感じます。
今回はそんな彼女の人なりを描いています。

落とし穴に見事にハマってしまう愛鷹くんにはご愛嬌を。

史実の天城型三番艦の艦名のエピソードは実話で、当時の新聞でも愛鷹の艦名は発表されていました。
自衛艦の艦名エピソードについては私の創作になりますが。
この艦名の因縁関係が基で、本作で高雄くん、赤城さん(主要航空戦力でもあることもありますが)が登場する経緯になっています。
ただ愛鷹くんとの人間関係上での因縁は存在しません。
(あくまでもネタとしてです)

実は本作を起案するに至ったキャラが実はもう出ていたりします。
誰とは言えませんが後々明かします。

なお大和くんが見つけた写真と回想シーンでの愛鷹くんですが、これにはなぜそうなっているかについてはまだ明かせません。
ただ大和くんの言った言葉が、愛鷹くんと大和くんにはその言葉通りと言う簡単な話ではない複雑な事情があると言う事だけは言えます。

因みに愛鷹くんが大和くんに言った台詞については「ヘルシング」の少佐のセリフが一部ネタになっています
(元ネタを見たことがある人は台詞のメッセージ性の強さが分かるかしれません)。
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