「ほらガサ、フラフラしないで。
青葉の後ろに付いて走るんだよ」
続航する衣笠に発破をかける青葉だが、疲労の色をにじませる衣笠は珍しく弱気だった。
「……はあ。この雨が降ったりやんだりの海域じゃ、簡単にくっついていけないよ」
ガサらしくないなあ、と青葉は思いつつも無理もないと言えば無理もないですけどねえ、と内心頷いていた。
偵察作戦を初めて一週間余り。
敵機動部隊の捜索は早くも暗礁に乗り上げていた。
度重なる豪雨は瑞鳳の航空偵察の回数を大きく制限してしまっており、必然的に第三三戦隊の足で確認するものになっていた。
しかし、豪雨に加えて過去最大級の低気圧の影響で高温多湿の環境はさらにひどくなっており、艤装の航続距離が酷く不安定になっていた。
雨が強くなると防壁機能による防水対策機能にもさらにエネルギーが必要になるので、燃料消費の増大はさらに大きくなっている。
つまりかなり索敵の為の範囲がシビアになっていると言う事だ。
戦闘は全く起きていないが、敵艦隊の発見も出来ていない。
青葉、衣笠、夕張、深雪、瑞鳳もこれほど過酷になって来ている南方海域は初めてだった。
もっとも過去にここまで酷くは無くても、南方海域での消耗戦は経験しているから全く不慣れという訳ではない。
蒼月も意外とタフであり、初めての南方海域での活動の割にはよく頑張っている方だ。
問題は愛鷹だった。
一度もつかれたと言う言葉も表情も見せないが、青葉の前を行く背中から滲み出る疲労はかなりのモノを窺わせた。
普段来ているコートは流石に暑いらしく出撃時は脱いでおり、制服の脇に刀を差していた。
我慢強さ、タフさは確かだがかなり無茶をして動いているのは確かだった。
燃料消費が増加している為補給が必要になり、その回数から愛鷹はラバウル基地司令部に呼び出されて事情説明をさせられたと言う。
連日の報告書作成、第三三戦隊メンバーの健康管理、特殊な自分の艤装の整備に時間を割いている様であまり休めていないらしい。
作戦中にタブレットを服用する回数も以前より増しつつあり、かなり体に負担がかかっていることが分かった。
「瑞鳳の航空偵察が使えないとかな。あいつにとっちゃあシャレになんねえぜ」
額の汗を拭いながら深雪がぼやく。
そうねえ、と夕張も頷いた。
雨で出撃できなくなった瑞鳳は基地で一人過ごすしかなくなる。
仲間の艦娘がいるから独りぼっちという訳ではないが、自分だけ出撃しないで無為な日々を送っている無力感が瑞鳳を悩ませているのだ。
単従陣で進む艦隊の最後尾で羅針盤の電探表示機能を見ていた蒼月は眉間に皺を寄せた。
「電探の乱反射が酷くなっている所を探知しました。
方位一-七-九、スコールですね」
「ああ、見りゃ分るよ」
渋い表情で返す深雪の視線の先には大きな雨雲が浮かんでいる。
「……艦隊、取り舵四五度、旗艦に続いて回頭はじめ。
雨雲を避けて進みます」
そう告げる愛鷹も雨雲を見て眉間に皺をよせていた。
暑さと雨、高温多湿の環境は自分でも思いもしない程に体にストレスをかけていた。
以前これくらい過酷な環境で厳しい訓練を行わされた経験はあるし、そこでの成績はトップだった。
いや、そもそも過去の訓練で過酷な環境下で自分が音を上げた事は一度も無かった。
これくらいの環境は別にどうって事は無いはずだった。
体がなまってしまったのか、それとも体力が衰えているのか。
(馬鹿馬鹿しい……『老齢』には程遠い私が体力の衰えなど……)
あり得ない……そう思いたかった。
そう、自分はまだお婆さんではない……そのはずだ。
愛鷹の艤装の電探は非常に探知範囲が広く、出力も高いので雨くらいではそう簡単には精度は落ちない。
多少は雨雲を迂回しても探知することには問題ない。
しかし、敵は一体どこに展開していると言うのだろうか……それが愛鷹には謎だった。
龍驤率いる三航戦が襲撃を受け、龍驤が重傷を負わされて二週間近く経つが敵機動部隊は確認できない。
一応索敵範囲はまだあるとは言え、そこを捜索中に別海域に移動されては探すのもまた大変だ。
増援のLRSRGは悪天候続きで到着が遅れてしまっており、当面は第三三戦隊だけで何とかするしかない状態だ。
司令部に呼び出されて成果が出ない一方で、燃料ばかりが減っていくことを随分と責められた。
(貴様らは燃料を無駄にするために派遣されたのか?)
ある将官が愛鷹に放った言葉が心に刺さる。
遊んでいるわけではない、と言いたいが全力を尽くしますとしか言えない。
幸いなのは磯口が常にフォローに回ってくれる事だった。
毒を交えた言葉を投げつけては来るが、決して批判も責めたりもしない。
それがプレッシャーを軽減してくれていた。
決して好人物ではないが悪人ではない、それが磯口だ。
はあ、と溜息を吐きながら電探を見ると別の乱反射が表示されている。
また雨雲だ。
出現がランダム、というよりは天候の変異が読みにくいのが悩みだ。
地球温暖化の影響で天候の代わり方は昔とはずいぶん変わっていると言う。
体に堪えるようになった天候による消耗にもろもろの報告書作成、作戦計画書の修正と作成などの書類仕事。
若干忌々しさを覚えて来た艤装の精密点検、深雪さんと満潮と霞の喧嘩の仲裁、青葉さんと衣笠さんのやらかし行為の後始末……完全に消耗戦ね、疲れたわ。
ガラになく弱音が出そうになった。
結局、第三三戦隊は敵機動部隊を発見できないまま撤退した。
ドックに入港した一同は艤装と主機を外して上陸した。
「疲れたぜ、腹減ったぁ」
「ちょっと、疲れましたね」
腹をさする深雪に蒼月も同感と頷いた。
靴裏の主機を外した夕張がクレーンを操作して自分の艤装を整備工廠へ移動させていると、愛鷹の足取りがおぼつかないのが見えた。
あれは、拙いかも……。
夕張の不安は的中した。
ばたん、と愛鷹は急に倒れ込んでしまったのだ。
「愛鷹さん!?」
衣笠の驚きに満ちた声が上がった。
即座に瑞鳳が駆け寄って愛鷹を起こし、額に手を当てる。
「すっごい熱、汗びっしょりだわ!」
「大丈夫ですか愛鷹さん」
「私は、大丈夫……ですよ、青葉さん、瑞鳳さん。少し疲れただけです……」
「ばっきゃろう。無理しやがって」
駆け寄った深雪が愛鷹の肩に手を回すが、体格で勝る上にぐったりとしてしまっている愛鷹は深雪には重すぎた。
ドック内の作業員が担架を持って来て愛鷹を載せると医務室へと運び込んだ。
医務室に運び込まれた愛鷹を診た軍医は、その容姿に驚いたがなぜなのか探らなかった。
軍医も艦娘の個人情報を遵守した。
容体を聞きに来た青葉に軍医は症状を書いたクリップボードを手に説明した。
「手短に言えば、短期間に大量にかかったストレスによる過労ですな」
「過労ですか」
「ああ。なに、丸一日は養生すれば元気になるよ。
医者としてはきちんと食べて、きちんと寝て、きちんと休む、それを大事にするように、だな。
彼女が望むなら自室で静養してもいい」
「そうですか。お見舞いは出来ますか?」
「ああ。構わんよ」
承諾を得られた青葉は愛鷹の病室へと入った。
点滴を受けている愛鷹はすうすうと寝息を立てており、青葉が入ってきたことに気づいた様子が全く感じられなかった。
ありゃ、寝てましたか……。
起きている時に出直をそうと思った時、青葉の目に愛鷹の素顔が映った。
「……愛鷹さん……」
制帽の下に隠されていた愛鷹の素顔は大和とほぼ同じだ。
髪型など僅かに違いはあるが瓜二つと言っていい。
「やっぱり、そうでしたか。
……まあ、分かっていましたけどね、愛鷹さんの正体は。
青葉に隠し事をしても、簡単には隠しきれませんからね」
そう静かに語る青葉の声すら愛鷹は聞こえていない様に眠っていた。
きっかけは以前夕張から教えてもらっていた愛鷹の艤装の番号だった。
あれを基に自分なりに色々と考え付く要素をメモして、色々と調べまわしたのだ。
機密情報のサーバーなら大体は自力でこじ開けられる。
最近は使わないやり方だったが、こう見えても青葉にはハッカーの腕はある。
その技術を駆使して少しずつ情報を引き出し、パスワードを手に入れてアクセスしていった結果色々と分かった。
まず愛鷹は軍籍登録、つまり海軍には少なくとも五年前に入隊していたことが分かった。
どこの生まれかは特定できなかったが、二〇二一年生まれを示唆する情報がいくつか存在していた。
つまり愛鷹は情報が正しければ二七歳だ。
証明写真では大和とほぼ同じ顔立ちで傍目にはそっくりだ。
経歴では国連海軍国際士官学校(青葉の記憶ではエリート中のエリートでも受験が難しい難関)を首席で卒業。
去年の春まで国連海軍直轄艦隊に所属しており、配属基地は「第666海軍基地」だったと言う。
だがこの基地がどこにあり、どのような部隊が展開しているかまでは把握できなかった。
愛鷹が在籍していたと言う国連直轄艦隊は、別名エスペラント艦隊と言う名前通りどこの国の指揮系統にも入らない独立艦隊だ。
国内事情で艦娘を保有できない国々の沿岸防衛から艦隊戦も行う部隊だが、秘密のベールに包まれている所も多く規模の程度は不明だ。
その艦隊にかつて愛鷹は配備されていたらしい。
当初は超甲巡ではなく実験艦であったようで、正式名称は「超大和型大口径主砲実験運用艦リプロダクト」と言う名前だったようだ。
成る程、と青葉は思ったものだ。
「SYALGTV」は「Supper YAmato Large Gun Test Vessel」の意味だったのだ。
ただ「リプロダクト」が愛鷹の本名なのか、そこでの呼称、コードネームなのかはさっぱりだった。
そもそも「リプロダクト」がどう言う意味なのか、さっぱり分からない。
そして青葉の力で探り込めたのはそこまでだった。
かなりの大発見だったが、青葉には気がかりなところが多かった。
それは情報の信憑性だ。
自分が引き出せた情報が果たしてどの程度正確か、裏付けが充分に取れなかったのだ。
その為自分でも納得のいく信頼性のある情報とは言い難い。
自分のしたことが重大な違法行為なのは分かっているから、下手に欲張るとどうなるか分かったものではない。
ただ青葉としては「超大和型大口径主砲実験運用艦」の経歴だけはほぼ真実だと思っている。
超大和型は大和型戦艦を超える超弩級戦艦として開発が行われていた大艦巨砲主義の究極体型で、二〇四三年には「超大和型開発プロジェクト」が立ち上げられていたらしい。
プロジェクト自体は大和型改二が実現している事から必要性が無いと判断され、「先進主砲技術実証プロジェクト」と名前を変えた末に二〇四六年に解体されている。
かつて愛鷹はそこで実験運用に携わっていたと言う事だ。
そのころの詳細な経歴は抹消されておりそれ以上はつかめなかった。
もっとも愛鷹の個人情報は大雑把なモノしか見つからず、恐らくこれは氷山の一角程度の情報だろう。
あとは精々、身長、体重、スリーサイズ(グラマーではないが青葉より体格のいい衣笠とほぼ同じ)を引き出せたことだ。
身長と体重から算出されるボディマス指数が、愛鷹の場合標準値を下回っているのが少々気がかりだったが、それを除けばいたって健康ではあるようだ。
健康な体なのに吐血する理由については、残念ながら医学の知識が殆どない(他の艦娘同様に一般的な応急手当程度しか医療知識はない)青葉には分らなかった。
これらの情報は一切メモもプリントアウトもしていない。
パスワードのメモも衣笠に隠れてこっそり焼却処分し、アクセス記録も巧妙に消している。
青葉が調べられた限りで分かった愛鷹の情報は、
・西暦二〇二一年生まれの二七歳
・海軍入隊・軍籍登録は二〇四三年
・国連海軍国際士官学校を首席で卒業
・国連直轄艦隊第666海軍基地に配備
・当初は「超大和型大口径主砲実験運用艦」と言う艦種
・身長は一八九センチ
・体重は五八キロ
と言う事だ。
因みに愛鷹のボディマス指数は約一六・二五でWHOの基準で言うと「痩せている」に入る。
この数値の体で、あれだけの戦闘と負傷を耐えるなんて、愛鷹さんは何者なんだろ、と青葉は試しに自分の指数も計算してはじき出した数値と見比べながら思った。
因みに青葉は「普通体重」で問題なしで衣笠も同じ(青葉より数値が少し上)だった。
二七歳で大和とほぼ同じ顔がすべて一致する条件だとしたら誕生日は大和と同じ日の筈だ。
「一二月一六日生まれですか……」
大和との関係性が判明するまではもっと年上かと思っていたが、実は一歳違いだったのには驚かされた。
もっとも艦娘はあまり互いの実年齢を公表しあわないところがあるから、実は普段ため口を叩いている妹が年上だったと言う事はざらにある。
衣笠は同い年だが誕生日では青葉が早かったので、実年齢でも青葉が姉になる。
「あれ、と言う事は、青葉は三番目の年長者と言う事ですか」
パパラッチ行為などやりたい放題の事をして入手した個人情報から、青葉は第三三戦隊メンバーの実年齢は知っていた。
それによると夕張が一つ上の二七歳で、実は愛鷹とは同い年だ。
衣笠は自分より約一ヶ月遅れの二六歳、瑞鳳は二二歳、蒼月は一九歳、深雪は一八歳だ。
ここまで考えていた時、ふと自分ももう二六なのか……と感慨深いものを感じた。
一〇年前の高校一年生の頃に成長停止が起きて艦娘の素質が分かった。
学校になじめていなかったことや二年前に両親が他界して天涯孤独だったこともあり、生活のためもあって海軍に入った。
本名を捨て、艦船の名前になると言う時は、亡き両親から貰った名前をこれから先名乗ることが出来ない事に残念な気持ちだったが、そのまま艦名となったのは幸いだった。
民間人時代の自分を捨てれば両親から貰ったものなど名前しかない様なものだからだ。
海軍に入り、艦娘となってからは持ち前のスキルを活かし、着任一年目で中尉に昇進し、更に改になるなどスピード出世していく活躍を見せた。
大尉にまで昇進して以降は大した賞罰は無い。
実は少佐へ昇進することが可能になっていたのだが、自分のやらかしが原因で昇進試験取り消しを食らっていた。
宿舎の会議室の一つを借りていた愛鷹以外の第三三戦隊メンバーの元に戻った青葉は、愛鷹の容体を伝えた。
「過労だったのか。
なんだ、心配して損した気分だなあ」
苦笑を浮かべる深雪に瑞鳳がじろりと目を向けた。
「深雪がゴタゴタ起こす後始末が結構ストレスになってかも知れないわよ」
「うげっ……それはあるかもな」
「私も同罪ですね。
トラブルの原因ばかりを作って」
気落ちした声を出す蒼月の肩に夕張が手を置いた。
「蒼月ちゃんのせいじゃないわよ」
「まあ、私と青葉もやっちゃって愛鷹さんの迷惑になってるから、私も同罪かな」
「要は青葉たちが愛鷹さんに頼り過ぎていた、と言う事ですね」
ため息交じりに青葉が言うと、五人はその通りだ、と表情を沈み込ませた。
色々と根回しは愛鷹がすべてやってしまうから自分たちがする幕が無かったと言う理由はあるにはあるが、それなら自分達でももっとできる事を探すべきだったかもしれない。
「愛鷹は頑張り過ぎたんだよ。
馬鹿真面目な奴だし、我慢強すぎるから抱え込みがちな体質になっちまう」
「そうね」
瑞鳳が頷く。
脳裏に誰にも話していない愛鷹の素顔を瑞鳳は思い出し、これまでの愛鷹との付き合いも重ねてみると、過労になってもおかしくはない毎日を過ごしている気がしてきた。
「愛鷹さんが動けないから出撃しないという訳にも行かないでしょうから、青葉が次席旗艦として指揮しようと思っていますが、異論はありますか」
「まあ、最初から青葉がそうなるって決まってたから、それでいいわよ」
問題は無いと夕張が頷いた。
「青葉なら出来るわよ」
「今度は魚雷が当たんねえようあたしも頑張るよ」
「愛鷹さん抜きでも私も頑張ります」
笑顔で衣笠、深雪、蒼月も頷いた。
一人考え事をしていた瑞鳳も遅れて賛同した。
「まあ、もっと早く青葉もお助けしていればよかったですけど」
「今更言ってもしたないわよ。
それよりはこれからどうするかを考えていきましょ」
助け舟を出す夕張に「そうですね」と青葉は返した。
まずすべきは愛鷹から作戦計画書を引き継ぐ事だ。
どこにあるかは磯口に聞けば分かるはず。
考えれば考える程、自分にかかる仕事の量に身震いするものを感じて来るが、同時に意気込むものを感じて来ていた。
見ていて下さいよ、愛鷹さん。
「ソロモンの狼」の実力をお見せしますよ。
「そうか、分かった。引き続き頼むぞ」
受話器を置いた有川はパソコンに表示しているデータを見て顎をつまんだ。
「やはり、あいつが動いているか……」
画面に表示しているのは通信記録だ。
固有の国連軍高級将官の通信記録から、有川が「怪しくないから怪しい」者達をリストアップしそれを常時傍受・監視しているのだ。
情報部が好かれないのは、この内偵や監視活動を同じ国連軍にも行う事だ。
国連軍は深海棲艦のお陰で登場した常設世界連合軍だが、取り除ききれない不和を抱えたまま統合してもいるから、国連軍内での主導権を握ろうとする一派も存在する。
そのような存在が台頭すれば国連軍の存在が崩壊しかねないものがある。
それを防ぐために情報部は身内の監視活動を行っているのだ。
今、有川が見ているのはある将官の秘密回線記録だ。
「『こいつ』、しつこくNo.796の身辺を探ってやがるな……。
そうはいかねえな、あいつの……だからな」
旧友の顔を思い浮かべながら不敵な笑みを浮かべる。
しかし、こいつは上手い事アクセスしてきやがったもんだ。
足跡消しは上手いから解り難かったが、箱を開ければこいつだったか……。
有本は特定されたID「JFFG2022CA03」の文字を見て苦笑いを浮かべた。
気が付いたのが俺だったことに感謝しろよ、パパラッチ……。
不信なアクセス形跡がある、報告が入り確認を取ったところ、有川も舌を巻く手段で軍の機密サーバーにアクセスして引き出せる情報を引き出していた。
「お前には毎度驚かされっぱなしだぜ、青葉よ」
あの青葉の事だから知りたがるのも無理はない、と有川は思い遊び心半分で青葉に知られても、というよりは青葉が知ってしまっても問題ない程度に情報をリークした。
勿論、青葉に気づかれない様にだ。
「お前の好奇心は買うが……敵は『身内にもいる』からな……」
まあ、その程度は俺が何とかしてやるさ。
青葉のハッキング記録をしまい、元の画面に戻す。
「やはりこのタイミングで動き出しているか……」
傍受された怪しい通信記録の初まりの部分を見て、厄介なことになったもんだ、と顔をゆがめた。
「まあ、あいつにはまだ知らせておかないとして……気になるのはこれだな」
有本は何者なのか分からない交信先のIDを見た。
このIDは全く見たことが無かった。
あらゆる組織、政府関係機関から武装組織(有川は武装チンピラと呼んでいる)のIDの全てにも一致しない。
ハッカーやクラッカーの使うIDでもない。
全くの未確認で出所すらまだ特定できていない。
そのIDの持ち主と「こいつ」は一体何を話している?
「こいつ」の以前所属していた部署は多いが一時期基地司令を務めていたことが分かっている。
その時のIDにBaseNo666の文字が入っているからだ。
今は変更しているが有川の手にかかれば隠蔽しても見つけられる。
情報漏洩の可能性も視野に入れて探りを入れるべきだろう。
しかし、「こいつ」はシンパが多く、独自の大規模秘密組織めいたものを持っているから迂闊には近寄れないだろう。
「何考えてんだ、こいつらは……」
有川のつぶやきの答えはまだ出ない。
自室で昼食を摂っていた時、ドアがノックされた。
箸をおいた武本は「入れ」、とノックした相手に返しながら金剛が入れてくれた紅茶をすすった。
「失礼するぞ」
ドアを開けて入って来たのはガングートだった。
「ガングートくんか。ああ、今日だったな」
「ああ。忙しい時の帰国命令である事、申し訳ない」
「いや、君には君の所属する本国部隊があるからね。
また遊びに来なさい」
ロシア艦隊司令部から、沖ノ鳥島での傷が癒えたガングートの帰国命令が出たのは昨日の事。
荷造りを終えたガングートは、出発前に武本に別れの挨拶を入れに来たのだ。
「あいつは上手くやっているのか?」
「愛鷹くんかい?
過労が祟って倒れたそうだよ。青葉くんが後を引き継いで第三三戦隊は活動を続行するけどね」
「大丈夫か?」
心配顔になるガングートに武本は大丈夫と笑みを浮かべた。
「一日休めば元気になるとの事だ」
「そうか、それは良かったな。
だが、忠告したのだがな……無理はするなと」
「仕事が違うし、慣れない気候だ。
君もここに始めて来た時は熱中症にかかったろう?」
「ああ、あれはキツかったな」
初来日時の記憶にガングートは苦笑を浮かべた。
クリミア半島での夏よりも暑い事は知っていたが、ここまで暑いとは知らず、熱中症で寝込む羽目になったのは苦い経験だ。
「あいつにはよろしくと、言ってもらいたいが、頼めるか?」
「了解した。伝えておくよ。
ところで、君は愛鷹くんを随分と気にかけているようだけど、何か見どころがあるのかな」
武本の問いにガングートは傷のあるほおを緩めて頷いた。
「あいつは誰にも見せない所で苦しんでいる。
私の推測だが、その苦しみは死ぬまで癒えないだろうな。
その苦しみの中で自分と向き合い、仲間を共に戦場で生きていく術を常に探している。
昔の私も同じことをしていた……今の場所に落ち着くまでな」
彼女が語るモノ……ロシアとエストニアが深海棲艦の攻撃の混乱下で偶発的に起こしてしまった紛争の事だろう。
ガングートはその紛争ですべてを失い戦災孤児となった。
その後、二年ほど「少年兵」となって戦場を家とした後、ロシアに渡り艦娘になった。
故郷を焼いたのがロシア連邦でありながら、ロシアの民になった経緯や彼女の心境は分からない。
「……そろそろ、列車が出るころだろう。
もう行きなさい」
「ああ。食事中失礼した。
必要があればいつでも呼んでくれ、本国が許可すれば応援に来る」
「ああ。その時はよろしく頼むよ」
そうして二人はどちらともなく手を出して握手を交わした。
病室から宿舎の自室へ移動した愛鷹は、安静を言い渡されているだけにする事が無く、仕方なくジャズ鑑賞で暇つぶしをすることにした。
布団に横になりながら音楽鑑賞をしていると、部屋のドアがノックされた。
イヤホンを外し、制帽を被ると「どうぞ」と返す。
入って来たのは青葉だった。
左手にビニール袋を提げていた。
「どうも青葉です。
差し入れを持ってきましたよ」
「あら、どうも」
布団から出て寝間着のパジャマのまま青葉を迎えに行こうとすると、「ああ、そのまま布団にいてください」と押しとどめられた。
「瑞鳳さんが卵焼きを焼いてくれましてねえ、愛鷹さんにどうぞと」
「嬉しいですね、大好きですよこの卵焼は」
「ほお、それは初耳ですねえ。
あ、これは青葉が焼いたお好み焼きです」
ビニール袋からタッパーに入った手料理を出す青葉に、愛鷹は感謝した。
「ありがとうございます。
瑞鳳さんにもお礼を言っておかないと」
「食べておいた方がいいですよ。
皆、心配していますから」
「すいません。
旗艦の私が、病気で動けなくなるとは恥ずかしい限りで……」
「大丈夫ですよ。その分青葉にお任せです」
「では明日の出撃指揮は、青葉さんにお願いします。
ただ、私が抜けている分戦力は落ちますから気を付けてください」
念を押す愛鷹に青葉は「了解です」と答える。
作戦計画書を渡しておかないといけないので愛鷹はパソコンからUSBを抜いて青葉に渡した。
「必要な情報は入れてありますが、適宜状況に応じて変更してください」
「分かりました。
今暇なら少しお話でもしませんか?」
「いいですよ」
音楽を聴く以外に特にすることもない。
部屋に上がった青葉は愛鷹の座る布団の脇に体育ず座りした。
「愛鷹さん、もう青葉には素顔を見せてくれてもいいんじゃないですか?
別に記事にする気はありません。
でも信頼する間なら、もう見せてくれてもいいんじゃないかなって思うんですが」
「何か、知ってそうな口ぶりですね」
そう返しながらも愛鷹は、青葉がもう自分の素顔に気が付いていることが分かっていた。
微笑を浮かべたまま無言の青葉に、あなたみたいな勘のいい艦娘は好きですよ、と胸中で呟きながら制帽を脱いだ。
「想像通りですか?」
「ええ。
青葉個人の率直な疑問なんですが、何故制帽を被って隠すのです?
どの様な理由があるのか、次席旗艦として知っておきたい気持ちがあります。
勿論、記事にする気はありませんよ」
「……青葉さんにも教える時が来てしまったようですね」
溜息を吐きながら愛鷹は返す。
自分を見る青葉の目と声は本気だ。
次席旗艦の青葉にはいずれ話さなければいけない事だとは分かっていた。
今がその時なのだろう。
「見ての通り、私は大和と同じ容姿です。
海軍はこの容姿が他方に混乱を起こすことを危惧していたので、私は制帽の常時着用が義務づけられました。
長い事、私はこの容姿がコンプレックスでした。
望んでこの姿として生まれたわけではなかったのに……自分を否定される思いでした。
でも大和がいる限り、私は制帽と言う仮面で素顔を隠さないといけない。
私は……あいつ、大和が嫌いです。憎んでいると言っていい。
同様に私は提督、武本生男中将も……。
心の底ではこの二人を『この手で殺したい』と思う程に憎悪しています。
青葉さん、あなたにすべてをお話しします。
私、超甲型巡洋艦愛鷹の本当の姿を」
手製の卵焼きを入れたバスケットを持った瑞鳳は病院の個室病棟に行き、ある部屋の前に来ると、軽く深呼吸をしてからドアをノックした。
「誰や?」
「瑞鳳です」
「瑞鳳か、入ってや」
嬉しそうな声が瑞鳳を迎え入れる。
ドアを開けて入ると小柄な龍驤が、ベッドの上で満面の笑みを浮かべて待っていた。
「よー、来たな。
皆遠慮しちゃって暇だったんや。
元気にやっとるか?」
「はい」
そう返しつつも瑞鳳は、今の龍驤の姿を見ると目を合わせづらいモノを感じた。
かけ布団の下の龍驤の左足がある所が平らになっている。
龍驤自ら意思で切断した為に、今はそこに彼女の左足は存在しない。
「そう辛気臭い顔すんなって。
心配あらへんよ、ちょっち入院すればまた足は元通りになるって。
命そのものが助かるんなら、足の一本くれたる」
足が無いにも関わらず、龍驤は朗らかに言った。
その笑みに瑞鳳は幾分か気持ちが和らぐ思いだった。
「元気そうで何よりです」
「そっちもな。上手くやっとるんか、新しい部隊で?」
「ええ。ただこっちに来てからは悪天候続きであまり出撃できていません」
「あー、そやな……。
こんなこと言うのもなんやけど、タイミングが悪かったのかもな」
「そうなっちゃいますね」
「まー、気にすんなって。
お天道様にはお天道様の生活があるから」
「どうも、あ、そうだ私卵焼き焼いたので龍驤さんにも、と」
瑞鳳はバスケットからタッパーに入れた卵焼きを出した。
それを見た龍驤の目が歓喜の色に代わる。
「おぉ、ありがとう。
ホンマいつも済まんなあ、ウチ、これが食えんと禁断症状起こしそうや」
「ありがとうございます」
顔を輝かせる龍驤は、一緒に入れられていた箸を取るとタッパーの中の卵焼きを取って口に入れた。
「あー、旨い! 最高やこの味。
たまらんで」
感極まったような顔で食べる龍驤を見ていると、瑞鳳も元気が出てくる気がした。
戦闘で仲間に感謝されるのも良いが、自分の作った卵焼きで感謝されるのはもっと気持ちがよかった。
今も昔も軍隊では、食事が兵士たちの士気を維持する為には重要なものだ。
あっという間にタッパーの中の卵焼きを食べた龍驤は、「ふう、旨かったなあ。ごちそうさん」と満足そうな表情を浮かべた。
「食べたかったら、また作ってあげますね」
「じゃあ、今すぐ」
「えー」
「冗談や」
卵焼きを食べた龍驤と瑞鳳はしばらく他愛の無い話に花を咲かせた。
瑞鳳にとって龍驤は先輩である。
少なくとも空母艦娘としては先輩格だ。
背丈では同じほどでも、瑞鳳には大きな背中に見えることがある龍驤は、軽空母勢では実力者の一人だ。
新人時代の瑞鳳も色々と世話になっている。
「なあ、瑞鳳。
キミの上官の愛鷹っちゅうの、ウチはあんま知らんのやけどどんな奴なん?」
「そうですね、一言で言うと……カッコいい人かな」
「カッコイイやつな。
瑞鳳が言うなら、そらあ凄い奴なんやろな。
空母? 戦艦?」
「超甲型巡洋艦て言う艦種で……うーん、重巡よりすごい巡洋艦です」
「超甲型巡洋艦な、高雄や妙高らより強そうやな」
「火力がケタ違いですよ。
二〇・三センチより大きい三一センチ砲が主砲ですから」
「ふーん、三一センチやと確かにネ級改当たりなら簡単にひねりつぶせるな。
でも戦艦相手だと厳しいやろな」
「でも機動性が高いので、懐に潜り込んで刀で近接攻撃してそれを補っているから、航空支援が充分にあれば強いですよ」
「それが逆に短所になるかもしれへんな。
しかし刀って、天龍、木曽、皐月みたいなことすんなア。
伊勢や日向とかも持ってるけど、使ったとこ見たことないわ」
「手合わせしたら愛鷹さんが絶対強いですよ」
言い切る瑞鳳に龍驤は「実力者っちゅうことやな」と頷いた。
「いっぺん、会ってみたいな」
「愛鷹さんもちょっと熱を出して寝ていますけど、すぐに良くなりそうなので、元気になったら連れてきますよ」
「ありがとな、瑞鳳が頼りにするんなら、中々の艦娘なんやろうな」
一瞬だが瑞鳳は龍驤に愛鷹の素顔を話したくなる衝動にかられた。
龍驤先輩なら話してもいいような気がする、そんな気がしたのだが、そう簡単に口に出していい事ではないと言う気がすることだ。
しかし頼りになる先輩に話すと気が楽になる気もした。
そんな奇妙に沈黙した瑞鳳に龍驤は違和感を覚えた。
「どないしたん?」
「あ、いえ、別に」
「かまわへんで。悩み事があったら、ウチが相談に乗ったるよ。
話したら気が楽になるやろ。
ウチは口が堅いから安心せい」
気遣ってくれる龍驤に言われると安心感が出た。
少し戸惑いはあったものの、瑞鳳は「しだか」で見た光景を話した。
神妙な表情で聞く龍驤は瑞鳳が話し終えると、深く頷いた。
「よう話してくれたな、これでキミも少しは気が楽になったやろ。
確かに不思議な話やな……顔がそっくりな艦娘なあ。
扶桑型姉妹はよう似てるけど、本当の姉妹やないって山城自身が言うてるからな。
姉妹の愛に、血のつながりは関係ないやったかな。
たまげた事を抜かしたわ」
「ずっと気になってたんですけど、話す相手がいなくて」
「もう一人で抱え込まんでええよ。
内と共有したんや、もう心配あらへん。
この事は内緒やで」
「お願いします」
「任しとき。口の堅さは保証するで」
にっこりと笑う龍驤に瑞鳳は励まされる思いだった。
整備工廠で作業員と工廠妖精さんと夕張が、第三三戦隊メンバーの艤装点検を行っていると、衣笠がやって来た。
「お疲れー」
「どうも。自分のを点検に来たの?」
「そんなところ。調子は?」
「まあまあかな。燃料の質の維持は苦労するわ。
燃料設備自体のメンテも多分必要ね」
「私が頼んでこようか?」
その提案に夕張は頭を振った。
「もう私がしたけど、『予算不足』で一蹴されたわ。
じゃあ、追加補正予算で何とかしてよ、よ」
「お金ねえ。何事もお金次第」
「全くよ」
妖精さんが組んだ足場に囲まれている自分の艤装の点検を始めた衣笠は、ふと隣に置かれている青葉の艤装を見て、青葉もちゃんと点検をしているのか気になった。
「ねえ、青葉は今日点検やった?」
「まだよ。というか、デブリーフィングからずっと見かけてないわね。
どこに行ってるの?」
「さあ。でも多分愛鷹さんのところかも」
「ああ、確かに。青葉は次席指揮官だものね」
作戦計画書とか取りに行って、説明してもらってるのかも」
「説明されなくても、青葉ならわかると思うけど」
旗艦経験は多いし、頭も切れる姉であるのはよく知っているから不思議になる衣笠は、首を傾げながらも艤装点検を行う。
「配線コード一三番が要交換ね……。
機関部回転数は大丈夫……主砲火器管制装置は……問題なし……」
艦娘などの人間では確認しづらい艤装の細部は、妖精さんが潜り込んで確認してくれるので、整備の際は手間がかなり省ける。
「防護機能のコンバーターが……数値が揺ら付いてるわね、重点的に整備お願い」
防護機能の出力にブレが出ると、防げる攻撃も防げない。
調整を頼まれた妖精さんは敬礼すると、即座に作業にかかった。
右手持ちの主砲の調整をしていると、青葉の艤装を整備中の妖精さんがチェックリストを纏めているのが目に入った。
「あら、ご苦労さん」
どうも、と言う様に妖精さん達が手を振る。
せっかくなので青葉に代わって見ておこうと、衣笠はチェックリストを手に取って見た。
改二の自分とは仕様が違うところが多いとは言え、同じ青葉型なだけに基礎的な所は共通している。
部品の互換性も三割は残されている。逆を言うと七割は新設計されたものだが。
艤装の改装を受けていない青葉は、実は性能上重巡洋艦艦娘では旧式艦の部類に入りつつある。
艤装が旧式化すると近代化改修、大規模近代化改修(フラム)を行って戦闘能力の維持や向上を行う。
しかし青葉の艤装はそろそろその改修で補えるのにも限界が出てきており、いずれは青葉自身も改二にならないとネ級改への対応が難しくなる。
深海棲艦もマイナーチェンジアップを行っている為、人類と深海棲艦との間でも、果てしなき性能強化競争が起きている。
砲身寿命や機関部の損耗も日増しに早まっている。
このままずっと放置していれば、強みの低燃費も長所で無くなり、最新鋭の阿賀野型にすら劣ってしまう。
つまり青葉は低性能の艤装を技量で補って戦い、戦果を上げているのだ。
ここまで頑張っているのに、改二艤装にしてもらえない姉が衣笠には不憫に思えてならない。
姉の艤装を見て憂いた表情の衣笠に気づいた夕張は、「青葉の艤装はこれでも結構長持ちしているわよ」とタオルで手を拭きながら言った。
「結構物持ちがいいのね、青葉は。
被弾しない方だし、案外艤装を壊さないから長持ちしやすいのかも。
お陰で仕事が楽よ」
「念入りに整備するのは見た事あるよ。
改二になれない自分をどう思ってるのかしら……」
「改二になれない事を嘆いたところは私も見たことが無いから、分からないけど……内心不満は抱えているんじゃないの」
そう言われてみると、一度も青葉は改二を羨んだこともなければ改止まりの自分を嘆いたこともない。
別に艦娘で改止まりの者は少なからずいるし、高雄型の高雄、愛宕、最上、三隈も現状改以上の改装は受けていない。
しかし、艤装の性能が四人とも素で高い上に、最上と三隈は航空巡洋艦だから重巡としては多用途性が高い。
結局、旧式化、ポンコツになりかけているのは青葉だけだ。
「改二にしないまま、使い続けたらこの艤装はどうなるの?」
「新造しないと、耐用年数が来てガタが起きるわね。
まず機関部からよ。最大速力を発揮できなくなるわ。
試算だと、第四戦速が関の山になって来るわね。
主砲は砲身交換頻度が上がって整備性は悪くなるし、射撃管制装置も反応速度が低下して青葉への負担が増大。
防護機能は何とか維持できるでしょうけど。
もし旧式艤装だと新造するかは怪しいわねえ。
睦月型の子達と違って青葉は重巡だから新造するには予算も資材も結構必要。
それなら長持ちする改二を新しく配備するのが、むしろ安上がり。
そこのところは提督もちゃんとわかっているはずだから、近い内青葉も改二になれるわよ」
「そうだよね……」
青葉が改二になれず旧式化して、そのまま予備役に入れられて第六戦隊から外される、そんな酷い結末が一瞬脳裏に浮かんだ。
いや、そんな事は無い。提督は絶対青葉を改二にしてくれる。
青葉がいないと六戦隊じゃない。
青葉と自分、古鷹、加古の四人がいてこそ六戦隊だ。
一人として欠けたらいけないのだ。
自分のやや沈み込み気味の表情に気が付いた夕張が、そっと聞いて来る。
「気になるの?」
「うん……」
「大丈夫よ、そう簡単に青葉は外されないわよ。
私たちは消耗品じゃない、艦娘よ、人間なんだから」
聞き終えた青葉は、その壮絶な半生に声が出なかった。
「そうだったんですか……」
「笑えますよね。
私は何度も考えましたよ。
この世に生まれて、艦娘として生を得て、ここにいるのは何の為か。
私は何のために生まれたのか。
刻みたい、この世に、この時に、私が生きていたことを遺したい。
その為に私は生きる事を選んだのだろう、と。
そう、私が生きている事には意味がある。
それは死に物狂いな程の困難な事だけど、やり遂げてみせる。
私は、それを『復讐』、と考えています」
「『復讐』……」
「ええ。私を見放した者たちへの『復讐』です。
この五年間、私が運命に抗い続け、明日訪れるかもしれない死と日々戦っているのを示すことを。
本当に度し難いですよ、この世が。
こんな戦争さえなければ、こんな運命を辿らない形で私は生まれたかもしれない。
だから嬉しかったんです、貴方が私を慕ってくれていることが。
長い事、私は人間不信に陥っていたから、着任した時はまだ心に角があった。
それを丸くしてくれたのは第三三戦隊メンバーの皆さんのお陰でした。
それに……」
「それに?」
先を促した青葉に愛鷹は涙を浮かべた目を向けた。
「貴方と衣笠さんと言う姉妹の姿が、私には羨ましい。
あんなに仲のいい姉妹が私には……狂おしい程に羨ましい。
私は……大和を憎んでいます。
でも、きっと私の心の中には、あいつを許してあげたいと思う自分がいる。
その自分が、大和からの輸血を受け入れたのかもしれない。
確証はありません。
何が何でも生きてやると言う執念だったのかもしれない。
でも、これ程にまで大和を憎みながら、何度もあったはずの機会にあいつを手にかけなかったのには何か理由があるはず。
そう考えてみたら、私には大和を許してあげたいと思う自分が、心の中にいるんじゃないかって」
青葉にはそこまで人を憎いと思った事は一度も無かったから、愛鷹の心情がどれほどのものなのかは推し量り切れないものがあった。
しかし愛鷹はその生い立ちから言えば、人を憎まない穏やかな人柄になれと言われたら、そう簡単に出来るものではないと言えた。
「青葉さん、これは私からの頼み、いえ、お願いです。
例え血は繋がっていなくても、姉妹の誓いをたてたのなら衣笠さんの姉として生きてください。
艦娘がこの世から必要とされなくなる日が来たら、貴方と衣笠さんの姉妹関係は用をなさなくなる。
それでも衣笠さんを妹として愛してください。
大和を愛すると言う事が出来ない私の代わりに」
「分かりました」
力強く頷く青葉の目頭も熱かった。
はじめて会った時、愛鷹が物珍しい新人、と言う認識だった青葉。
第三三戦隊結成後、数カ月近く共に戦い、生活して来るうちに友情を深め、互いを上官と部下と言う関係に変えた。
そしてこうして愛鷹の身の上を知ってまた一つ、変わった。
今では単なる上官と部下と言う関係以上の信頼関係が二人にはこの時出来ていた。
戦艦イリノイはコンパスに表示される天気予報図を見て表情を曇らせた。
彼女率いるTF12.2のサモア、スクラフトン、ウースター、ジャイアット、カーペンターはラバウル到着まであと二日にまで迫っていたが、予報通りならラバウルに到着するころには低気圧に遭遇するはずだ。
当然海は荒れるだろうから、航行は簡単なモノではなくなるはずだ。
「各艦、ラバウルに着くときは低気圧の歓迎を受けることになりそうだ」
「はあ。この辺りでの低気圧発生はいつもより多いですね」
ため息交じりにサモアが返すと、ウースターも心配顔になって言った。
「悪天候下で空爆を受けたら、牽制の弾幕が関の山です。
対空射撃時の安定性が保てず、命中率が落ちて威嚇になるかどうかも分かりません」
「それでも当てるしかないですがね」
対空防衛担当のジャイアットが呟いた。
自身のコンパスを見ているスクラフトンが溜息を吐いた。
「なるべくなら着くときくらいは晴れて欲しかったんですが」
「そう上手くはいかないさ」
だが、その時に敵襲を受けたら少々拙いがな、とイリノイは自分たちの燃料残量を気にしながら思った。
この時すでに六人の前方には、不吉な予感を思い起こさせる黒い雲が遠くに見えていた。
作戦計画書を読み終えた青葉は、夕食後も計画書と睨めっこして、明日の出撃の予習を行っていた。
腕を組んで唸っていると、部屋のドアを誰かがノックした。
「はい?」
「霞よ。クズ司令が呼んでるわ、すぐにあいつの部屋に出頭しなさい」
「了解です」
何の用だろう、と思いながら計画書を入れているパソコンを閉じた。
部屋を出た時にはすでに霞はいなかった。
いちいち待っている気はないのだろう。
青葉が磯口の部屋に出頭すると、いつもの表情に若干険しさを浮かべた磯口がパソコンを前に待っていた。
「青葉です」
「貴様らに面倒な事が起きそうだぞ。
LRSRGの連中が明後日到着するが、明後日は低気圧がここを通過する上に天候は最悪になる予定だ。
雷雲まで近づいているという予報も出ている。
そのLRSRGの連中を貴様らが出迎えに行けと、上は言っている。
運が無いなお前ら」
「出迎えですか」
「ああ。理由は『他はショートランド奪還の為に温存する』だ。
くそ、面倒なことになった。
だが私だけでは死なんぞ。貴様らも道連れだ」
「勘弁して下さいよ」
「それが出来たらお前にこんなこと言ったりはせん。
貴様らだって連日の出撃で疲弊し始めているというのにな。
便利屋扱いじゃないか、いい身分だな」
言い方は悪いが、声には同情が混じっている。
しかし、悪天候の中味方艦隊の出迎えとはどういう事だろうか。
「連中、悪天候の中を何回か航行して燃料がそろそろ拙いことになっている。
正確な誘導をしないと連中はガス欠で動けなくなるって事だ。
お前らには、そのガイドを頼むという事になる」
「明後日なら、愛鷹さんも復帰できますから青葉としては問題ない気がしますが」
「そう思うから、死人が出るんだ。
過労でぶっ倒れた奴を、療養したから即効投入したら、またすぐにぶっ倒れる。
何度も見て来た光景だ」
「つまり、明後日も青葉が第三三戦隊の臨時旗艦を?」
「そう言う事だ。
給料分仕事をしろよ、行ってよし」
一礼して磯口の部屋を出た青葉は、ドアの前に立っていた満潮と会った。
腕を組んでこちらを見る満潮は挑戦的な眼差しを青葉に向けていた。
「嵐の中で、あいつと一緒に動くのね。
お手並み拝見させてもらうわよ」
「青葉だって、重巡です。
やってみせますよ」
にやっと笑って青葉は返すと、満潮の返事を待たずに踵を返した。
やる事が沢山ある。
満潮さんとここで口喧嘩する、喧嘩は性に合わないが、している暇は無い。
「索敵も出迎えも旗艦代行も、青葉にお任せ!」
今回のお話の流れ通り、青葉くんが第三三戦隊の旗艦代行を愛鷹くんから委譲され、次回辺りは少し青葉くんが流れのメインになると思います。
今回、青葉くんの性懲りもなくやっていた愛鷹くんの素性調べの結果ですが、身長と体重、艦種以外は、どれかが本当でどれかがうそ、または全部本当で全部嘘かもしれないのが真相です。
久々の有川の登場となりました。
裏の手を回して、国連軍内部の秩序維持が情報部の任務の一つであり、武本とはまた違う非情さを持ち合わせている、有川ならではの役職でもあります。
ガングートくんも久々に登場しましたが、本作では元々ロシアの艦隊艦娘なのでいつまでも日本にいる訳にもいかず、今回帰国となっています。
龍驤くんに今回、左足を失いつつも元気な姿で登場してもらいましたが、個人的にエセ関西弁になっていないか少し不安でもあります。
劇中愛鷹くんが青葉くんに語った台詞にデジャブを強く感じた方もいると思います。
これが愛鷹くんと大和くんの因果関係のある意味鍵の様な感じです。
どうなるかは、また後のお話で。
なるべく早く次回を投稿します。