艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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本編は大変酷な描写が入っています。
注意してお読みください。


第二一話 自らの意思

「Fire!」

イリノイの号令と共に彼女がトリガーの射撃ボタンを押すと、一六インチ三連装主砲から徹甲弾が砲炎と轟音とともに撃ち出され、荒波の向こうのタ級へと飛んでいった。

九発の徹甲弾が暴風を突っ切って飛翔するが、不規則な風や激しい雨が弾道をそらし、タ級の右手に九つの水柱を突き上げた。

舌打ちしながら主砲の再装填を待つ。

射撃がずれるのは天候のせいだけではない。

アイオワ級は艤装の安定性がやや悪く、耐波性に問題があった。

いくらレーダー管制の射撃が出来ても、安定性自体が悪いと技量でのカバーにも限度がある。

命中精度を上げるには接近して距離を詰めるのが最適だが、それは艤装に燃料の余裕がある時。

もうタンクがかつかつのイリノイには、接近して砲戦を行う余裕がない。

燃料が切れると航行不能になるだけでなく、二時間で艤装の全動力を失ってしまう。

通信機器類など最低限の生命維持関連は、予備バッテリーが備わっているがそれにも限界がある。

「まずいな」

激しい嵐で艦隊の相互位置が、必要以上に広がりつつもある。

このままでは離れ離れになってしまいかねない。

「全艦へ、こちら旗艦イリノイ。

応戦を止め、牽制射撃に切り替え離脱を優先。

ポイント835に一時避退する」

サモア、カーペンターから了解と返事が返るが、スクラフトン、ウースターとジャイアットから返事が来ない。

「スクラフトン、ウースター、ジャイアット、応答しろ、どうした」

「レーダーのシグナルは確認できますが、シークラッタ―が酷く持続的捕捉が出来ません」

コンパスのレーダー表示を見るサモアの応えに、イリノイは危機感を募らせた。

「拙いな、荒天でアンテナが損傷したのかもしれん。

三人を見失うな、レーダーレンジを拡大し、出力を上げて捜索を続けろ。

こちらは避退する」

それにカーペンターが異論をはさんだ

「しかし、三人は……」

「燃料に余裕がない以上、こちらから探しに出れば、全員で燃料切れになって全滅だ。

やむを得ないが被害を抑える事を優先する。

心配するな、あいつらもLRSRGのメンバー。

そう簡単に沈みはせん」

「……了解」

三人は単従陣を組んで進路を変更した。

この事をAWACSにイリノイは伝えた。

(了解した。

現在特別混成支援隊から第三三戦隊を切り離して、そちらの援護に向かわせている)

「コピー、助かる。

部下の位置はマークできているか?」

(補足している。三人とも生きてはいる)

「よし、そちらの大きな目で見守っててくれ。

頼んだぞ、番犬」

 

 

高い波を乗り越えるたびに波しぶきが降りかかって来る。

防護機能で弾いているとは言え、この荒波で前進速度が大幅に落ちていた。

やはり、この自然に人は小さいモノです、と胸中で呟きながら青葉は正面を見据えた。

「この雨の中、射撃するのは流石に厳しいわねえ」

荒波にもまれそうになりながら夕張が言う。

「当てる必要はありません、追い払えば大丈夫です。

青葉たちの任務は、味方の援護と補給支援。

交戦による敵の撃滅は二の次で大丈夫です」

「この酷い嵐の中で、良く言うわね青葉」

苦笑を浮かべて衣笠は青葉の背中を見るが、青葉が冗談や楽観視して言っているとは思っていない。

今日はいつもと違うわね、青葉。

頑張って、私も頑張る。

「しっかし、この嵐じゃ魚雷攻撃は完全に無理だな。

深雪様の十八番が使えないのは辛いぜ、くそ」

悔し気に深雪が溜息を吐いた。

最後尾で先輩格の仲間を見ていた蒼月は、やはり実戦って大事なんですね……と胸中で呟き、特に青葉に頼もしさを感じつつあった。

普段はカメラを持ってやりたい放題をやるタイプだが、戦場では全く違う顔がある。

自分も実は盗撮されたことがあったが、恨みなどは別に無いし、寧ろあったらここまで何事もなくやって来られていない。

荒波に苦労している自分と比べたら、青葉、衣笠、夕張、深雪たちは慣れた動きで受け流している。

やはり何事も経験だ。

そう思いながら、コンパスのレーダー表示を見かけた時、右手に何か大きなものが盛り上がりのが見えた。

何だろうと見ると、大きな、自分の二倍、いや三倍はありそうな高波が第三三戦隊に向かって来るのが見えた。

「右舷より高波が! 大きいです!」

蒼月が飛ばした警告に青葉たちが右手を見た時、もう波はすぐそこに迫っていた。

「回避!」

「どっちへ逃げればいいの青葉⁉」

「波に向かって進むのよ!」

「拙い、衝撃に備えろ!」

直後、五人は大波の中に呑み込まれた。

 

 

酷い荒天が屋根に打ち付ける音を聞きながら、愛鷹は艤装とパソコンをコードで繋ぎ、管理プログラムを呼び出した。

キーボードに指を走らせて、表示をいくつも呼び出し、それぞれを確認していく。

「どこかに、あるはず……」

プログラムに問題が無ければ、流石にどうしようもない。

意図的にプログラムに細工をしたとしたら、そう簡単に見つかる範囲、いや見つかるように仕組むとは思えない。

怪しい気がした部分をいくつかをピックアップし、一つ一つ丁寧に解析していく。

ただ隠しているのではなく、別の場所に隠して遠隔操作でダウンさせている可能性もあるので、それを視野に入れて探す。

 

あれでもない、これでもない、と探してようやく見つける。

「これは……?」

表示されるコマンド内容を見て、愛鷹は眉間に皺を寄せた。

プログラムの中に、過剰に燃料を消費していると、エラー表示をするように仕込まれている。

燃料消費が酷く、残念量が大幅に減ってしまった場合、自分の艤装は自動的に機関部への注入量が絞られてしまう。

これが何故か、全く不足していない状態でも作動するようになっている。

これを解除してしまえば、これまでの制約がすべて消える。

何とか自力で解除を行う作業をしながら、あいつらの誰がこんな事をしたんだか、とイラっと頭に来るものを感じた。

解除が終わり、エンターを押す。

「これで良し……」

そう思った時、何故か警告表示が出て、解除したはずの操作全てが元に戻される。

なんで? と驚きながらももう一回。

 

エンター、警告表示、振り出しに戻る。

 

もう一回……もう一回……。

 

「そう簡単にはやらせないって事ね……」

にっちもさっちもいかなくなる。

こうなると、関係するコマンドをすべて消去しないと、解決しない。

しかし消去してしまうと、またプログラムを再構築しなおさなければいけない。

愛鷹には一応できるが、何時間かかるか、自分でも分からない。

だが事実上、解決策はこれしかない。

同型艦がいる艦娘なら、その艦娘の艤装からプログラムを移植すれば簡単に終わる。

三〇分から一時間程度はかかるが、再構築するよりははるかに短い。

愛鷹は同型艦がいないから、それが出来ない。

バックアップデータもまだ作成されていないから、移植も出来ない。

ゼロからやるしかないか……誰かのを基にできないか……。

でも誰のを基にしたら……。

 

「もしかして……」

愛鷹は以前、主砲の故障を修理した時のことを思い出した。

あの時、即効だったとはいえ、大和型戦艦の艤装の部品で何とか解決した。

部品の互換性が存在するのは正直思いもしなかったが、基はと言えば自分の艤装は超大和型戦艦の艤装を流用したモノ。

だとすれば、あるいは。

イチかバチかだった。

大和型の燃料管理プログラムをサーバーからコピーし、自分のは思い切りを付けて消去する。

そして消えた箇所に、パズルをはめる様に大和型のプログラムを合わせていく。

合致しない部分は、自分で微調整だ。

 

「上手くいって……いい子だから」

願う様に呟きながらキーボードを叩いた。

 

 

どうにか波を突き破った青葉が、辺りを見回した時、周りに誰もいなかった。

「あれ、みんな?

ガーサー、夕張さーん、深雪さーん、蒼月さーん、どーこでーすかー」

呼びかけても激しい風雨に阻まれて聞こえないのか、返事はない。

ヘッドセットに手を当てて呼びかけるが、応答がない。

「……まさかアンテナが波を被って、それで……かしら」

そう呟きながら、自分の艤装のアンテナを見て青葉は目を剥いた。

なんと通信アンテナがぐにゃりと折れ曲がってしまっているのだ。

電探のアンテナも歪んでいて、機能していない。

通信系が全滅しているとなると、これでは何もできない。

応急通信装置の組み立ても、復旧も、この波と雨の中ではとても無理だ。

とんでもないことになってしまった。

まず、どうすればいいのか、冷静にならないと。

取り敢えず、現在位置の把握だ。

羅針盤を確認しようとして、諦める。

アンテナが損傷していて羅針盤も使えない。

天測はこの天候ではやりようがない。

波にのまれて以降、しばらく自分の位置が分からなくなったから、どの程度流されたかすらわからない。

ただ、方位磁石は生きているし、腕時計で方位を確認するのも出来る。

それで何とかしなければならない。

まずはアンテナの応急修理が出来る場所を探さないといけない。

一番近い島は、波にのまれる前に確認を行った際の記憶と計算が正しければ、北に一六キロ行った先だ。

ただ、波にのまれて今の位置がどこなのかは分からないから、どの程度参考にできるかは分からない。

取り敢えずコンパスと腕時計で方位を確認して、針路を変更する。

しかし転舵を行う際、回頭速度が少し遅い。

「うーん、舵の利きが……」

波にのまれた時に、どこか駆動部分に異常が起きたのか?

確認したいが、今はそんな余裕はない。

舵の利きが悪いせいで、荒波を越えるのが厳しい。

防護機能のお陰でずぶ濡れになるのは防げているが、波にのまれた時にこちらにも一部異常が起きたのか、主砲艤装を持つ手や足の先には海水が容赦なく入り込んでくる。

主砲操作グリップを握る手はびしょ濡れで滑りやすく、ローファーの中は入り込んだ海水でタンクの様になっていて、重いだけでなく足先が冷えて仕方がない。

以前はこういうが起きた事は無かった。

やはり自分の艤装が重巡の中で世代が古いだけでなく、改修が進んでいないからなのか。

整備はマメに行っているのだが、流石にポンコツ化が酷くなってきたのか。

しかし、今は悩むより艤装の応急修理だ。

はやく何とかしないとLRSRGとの会合どころか、最悪こちらが遭難状態になりかねない。

早く、島を探さなくては。

不安定な海面を蹴って、荒波の中を青葉は航行した。

 

 

(第三三戦隊のシグナルが消失、波に呑み込まれたか。

旗艦青葉、応答しろ、全員無事か? くそ、ガード・ドックから特別混成支援隊へ。

第三三戦隊が高波にのまれて全艦の反応を見失った。

天候の悪化もひどい、ポイント477に一時避退せよ。

イリノイ以下二隻にもそこへ向かうよう指示をした)

「能代、了解しました!

なんてこと……二次被害が発生してしまったのね。

全員、第三三戦隊が高波に呑まれ、行方が分かりません。

被害拡大防止のため、第三三戦隊救援は行わず引き続きLRSRGとの会合地点に向かいます」

「し、しかし第三三戦隊の人達はどうするのですか!?」

避退指示を出した能代に、朝潮が尋ねる。

「放っておけばいいのよ、あんな奴ら。

馬鹿やった奴の助けに行って、こっちまで死ぬのはごめんよ」

「そうよ、腰抜けの馬鹿が移った奴らの助けなんて、今はやってる場合じゃないわよ」

切って捨てる言い方の霞と満潮に、「そんなこと言うものじゃありません、口の利き方に気を付けなさい」と朝潮が睨みつけた。

「ちょーっと、言い方悪すぎたわね」

責める様でもなく、勿論賛同するようでもなく荒潮が二人に言う。

「人を嫌う気持ちは、今はこらえて置いておいてください。

軍務に私情を挟んではいけませんよ」

そう能代も二人を窘めると、針路を変更した。

確かに言い方が悪すぎた、と思ってはいるがそれでもどこか怒りを抱えた顔の二人だったが、文句は言わず隊列を組んで能代、朝潮に続航した。

 

暫く航行すると嵐の勢いが弱まり始めた。

しかし、波が高い。

体格が総じて小柄な第八駆逐隊メンバーは、能代や風早、知床より実は耐波性が高いとは言えず、速度を落とした能代に続航するが次第に隊列維持が難しくなり始めた。

「左舷、また大波です!」

能代が警告を上げると、六人は大波に備えた機動を行う。

波を乗り切ると、乱れた隊列を組みなおす。

するとまた嵐が強くなってきた。

天候の変化が不規則だ、体力を消耗する天候である。

「満潮、霞、荒潮、大丈夫?」

後続の三人に朝潮が問うと、問題なしの返答が返って来る。

よし、まだ私たちは大丈夫ね。

そう朝潮が頷いた時、再び、今度は右側からさっきより大きな波が来た。

「右舷より高波、これは大きい!

全艦、回避機動を」

高波を見た能代の警告を受けて、六人が高波を乗り切ろうと機動を行う。

しかし、風に煽られた霞、荒潮が流された。

転覆は免れるも、隊列から大きく外れた二人は、風と波にもまれながら編成へと戻る。

 

その時だった。

ガード・ドックが緊急通告を入れて来た。

(まて……特別混成支援隊、いや第八駆逐隊霞、敵艦三が後方より急速接近!

特別混成支援隊、可能なものは霞を援護せよ!)

「た、助けなんか要らないわよ。

三隻くらい自分でしのげるわ!」

そう喚き返しながら主砲の安全装置を解除し、単独での対水上戦闘に入った。

単なる強がりではなく、風早、知床と言う戦闘能力の低い補給艦を含んだ本隊に敵を近づけさせない為、という霞なりの義務感からだ。

確かに、それは良い選択だった。

問題は敵がタ級一、リ級二隻からなるLRSRGが会敵した深海棲艦水上部隊とは、別の部隊だったことだ。

(霞、敵艦は戦艦タ級一、重巡リ級二だ。

お前に勝ち目は無いぞ、速やかに離脱しろ)

戦艦一と重巡二……!?

駆逐艦の自分で簡単に太刀打ちできる相手ではない。

だが退く気はなかった。本隊から引き剥がせられれば何とかなる。

敢えてガード・ドックの警告を無視した霞は、最大戦速で三隻の敵艦の誘引にかかった。

その様をレーダーでトレースしているガード・ドックが、霞の行動に強い口調で制止する。

(霞、交戦は禁止だ!)

「ダメよ、補給艦二隻連れた本隊が食いつかれるわ!

そんな事はさせない!」

怒鳴り返すようにヘッドセットに返すと、霞は主砲の射撃トリガーを引いた。

一二・七センチ徹甲弾二発が戦闘のタ級に向かって放たれる。

牽制射撃だから、命中は望んでいない。

「こっちを向きなさい!」

トリガーを引いて主砲弾を三隻に向かって浴びせる。

当たっても大した損害にはならないが、気を引ければ……。

「え?」

気が付くとリ級が一隻見えない。隊列から落伍したのか?

なら好都合かもしれない、このまま戦艦と重巡を……。

(霞、警戒! 左舷だ、回り込まれているぞ!)

ガード・ドックの警告の叫びがヘッドセットから飛び込んできた。

視線が左を向き、体を向けようとした時リ級が放った流れ弾が霞の左足の魚雷発射管を直撃した。

衝撃で霞は転倒するが、即座に置きあがった。

砲弾は不発だ、ダメージコントロールする必要は無い

(気を付けろ、目の前だ!)

荒々しい声で警告するガード・ドックの声にハッとした時、すぐそこに迫り、自分に主砲を向けているリ級がいた。

咄嗟に魚雷発射管の安全装置を解除し、右側の発射管に装填されている四発を発射した。

しまった、と追う顔をしたリ級が魚雷直撃の水柱の中に消え、爆発が起きる。

よし、と撃沈確認に一瞬気が緩んだ時、左足の魚雷発射管が激しい火花を散らし始めた。

(霞さん、今すぐ魚雷発射管を捨てて下さい! 誘爆します!)

悲鳴のような能代の警告がヘッドセットから耳に飛び込む。

安全装置を解除した際に左側の発射管もアクティブにしてしまったらしい。

「拙い! 緊急解除……」

直後、轟音とまばゆい閃光が走り、霞の視界が白く染まった。

何が起きたのか、霞が理解する前に彼女の意識は永遠の暗闇に消し飛んだ。

 

(くそ、霞が撃沈された!

呼びかけに応答なし、レーダーからも完全にロスト!

霞、轟沈! 繰り返す駆逐艦霞、轟沈!)

ガード・ドックの悲痛な喚き声が無線に響き渡った。

 

 

「よし、出来た」

エンターを押したところ、プログラムの再構築が完了した。

これで燃料の制限がかかる事は無い。

溜息を吐き、休もうと整備工廠の休憩室に向かった。

自動販売機で缶コーヒーを購入し、飲み口を開けて飲む。

ふう、と一息吐いてまた艤装のと事に戻ると、無線の点検がてら青葉たちが上手くやっているか盗み聞きする事にした。

ヘッドセットを耳にかけて無線のスイッチを入れると、悲鳴のような声が飛び交っている。

「な、何事?」

こちらからの通信は向こうでは受信できないので応答はない。

無線内容を聞いていた愛鷹は、混乱した無線の内容を知った。

 

LRSRGが荒天でバラバラになってしまったこと。

 

救援に出た第三三戦隊が、大波にのまれて全員行方不明状態であること。

 

そして、おそらく偶発的に深海棲艦の戦艦と重巡からなる三隻に遭遇した特別混成支援隊の霞が、単独交戦して撃沈された事。

 

床に缶コーヒーの缶が落ちて、跳ね返り、中身を愛鷹の靴と床にぶちまけた。

 

「霞さんが……撃沈された……」

 

嫌いになってしまい、霞と呼び捨てにしていたはずの愛鷹は、霞さん、と敬称で呼んでいた。

だがその敬称相手はもういない。

左足の魚雷発射管の誘爆で轟沈したと言う。

通信を発する間もなく轟沈……最期の言葉もなかったと言う。

 

恐らく、何が起きたのかを理解できないまま即死したのだろう。

 

途端に、ここでじっとしていられない衝動が沸き起こった。

今自分は出撃許可が出されていないが、だからと言ってこのまま静観している気分になれない。

しかし、自分だけ出撃して何が出来るか。

そう考えると、もどかしさだけが先走る。

ここで何もしないでいるのは我慢できないが、かといって独断出撃したとしても、自分だけで何が出来るか。

「もどかしい」

悪態気味に吐く。

せめて準備程度でも、と装備妖精さんに弾薬の積み込みを指示した。

「積み込みには、最低一時間はかかりますね」

妖精さんの飯田と呼ばれる補給班長が、搭載弾薬のリストを見て告げる。

「四五分で終わらせて下さい」

「えぇッ!? 

い、いや、積んだとしても出撃許可が無ければ……」

「許可は何とかしてきます。

お願いします」

「えー……」

困惑顔を飯田は他の妖精さん仲間と合わせた。

しかし、愛鷹は構っている気は無かった。

「やらなくて損をするよりは、やって損する方がまだマシです」

「……分かりました。

ただ、責任は取りかねますよ?」

諦め顔になった飯田は、早速仲間と共に弾薬庫に向かって駆けだした。

 

 

どうにかこうにか荒波を切り抜けた青葉の目に、目指していた島が見えた。

「あった……」

ホッとするあまり気が抜けそうになるが、気を引き締めなおし、島へと近づく。

浜辺のある所を探し、見つけると急いで上陸する。

靴裏の主機を解除し、両手に持って浜辺を歩く。

急いで近くの森の中へと入ると、ほっと息を吐く。

雨を凌げるような場所ではないが、防護機能で何とかなる。

他のみんなもここに上陸しているだろうか、と考えながら通信アンテナを修理に掛かる。

「うー、これは青葉じゃ無理かなあ」

簡易工具を片手に損傷状況を確認するが、青葉には少し手に負える状態とは言えない。

仕方なく、応急アンテナを組み上げて、それで通信コンタクトをとる。

 

「こちら第三三戦隊臨時旗艦青葉。

ガード・ドック、聞こえますか?」

(……青葉か? 

こちらガード・ドック、生きていたか)

「人聞き悪いですよ、青葉がそう簡単に死ぬ訳ないじゃないですか」

(そうだな、お前は死んでないようだな。

だが、お前たちが交信不能の間……一人殺られた)

 

一瞬、ガード・ドックが何を言っているのか分からず、青葉は立ち尽くした。

 

「すいません、青葉、嵐で疲れているみたいで。

最後のところをもう一回お願いします」

(第八駆逐隊の霞が深海棲艦と交戦し、魚雷発射管に被弾、魚雷誘爆で轟沈した。

残念だが、生存は絶望的だ)

「そ、え、いや、あ……」

(既に夕張、深雪のシグナルは確認済みだ。

そちらの位置から北に五キロのところにいる。

直ちに合流し、特別混成支援隊とLRSRGとの合流ポイントに向かえ)

「……はい。

あの、衣笠と蒼月さんは?」

(まだシグナルもビーコンの反応も確認できん。

大丈夫だ、お前の自慢の妹ならそう簡単にくたばらん。

蒼月がどうだかは分からんが……)

「……了解です」

 

通信を切ると、艤装を装備しなおして、指示された場所を目指した。

無人島らしく、道などないから浜辺を歩くしかない。

激しい風雨に身をさらしながら歩いている間、霞が戦死した事、衣笠と蒼月が行方不明のままであることで頭の中が一杯になった。

「いや、今はそれよりも夕張さんと深雪さんを探さないと」

頭を振って現実と目の前の事に切り替えようとするが、どうしてもあの二人、特に衣笠が気になる。

無事でいてくれたらいい、と思いながら雨で不安定な状態の浜辺を歩く。

 

しばらく歩き続けていると、赤いフレアが見えた。

位置マーキング用のフレアだ、あそこに深雪と夕張がいるのだろう。

「青葉です、深雪さん、夕張さん、聞こえますか?」

(……おばか? か……ど良好だ。

いや、良好になった)

ヘッドセットから深雪の声が、雑音交じりの状態から明瞭になって聞こえて来た。

「夕張さんは?」

(生きてるよ、いま深雪の艤装アンテナを直してる)

「では、二人とも無事ですね」

(どういう理屈でそうなるのよ)

「まあ、そちらに向かってます。

もうじき着きます」

(ああ、見えてるぜ。

双眼鏡で見える、『深雪、見ちゃいました』だ)

「今は……笑う気分にはなれませんね」

 

二人は浜辺近くの林の近くにコンパクトテントを立てて、そこで艤装のアンテナの応急修理をしていた。

テントに近づいてきた青葉を深雪が見つけ、手を振る。

「青葉ぁ、ここだ!」

手を上げて応えた青葉はようやく、深雪と対面した。

「深雪さん、けがは?」

「ない。

夕張も無傷だ」

「それは、良かったです」

「ああ。だが衣笠と蒼月はどこに行っちまったのか、まだ分からねえ。

……霞が殺られちまったってな……」

「はい……」

うつむき気味に青葉が頷く。

深雪はしばらく無言で立っていたが、しばしの無言の後「くそ」と罵声を吐き捨てた。

「あの馬鹿野郎、なんで一人だけで重巡と戦艦の三隻と喧嘩を売ったんだよ!

馬鹿野郎、馬鹿野郎、死んだら元も子もねえってのに!」

 

地団駄を踏んで深雪は悲しんだ。

険悪な仲だったとは言え、仲間が死んだと聞くと、無性に深雪は悲しくなり、目頭が熱くなった。

 

「畜生、なんであの大馬鹿野郎が死んだんだよ……あのツンデレ野郎が……。

蒼月のスゲエ所、何で見せつけられる前に死ぬんだよ……。

あたしだって、あいつといつまでも喧嘩状態じゃいたくなかったぜ、なのに……なんであいつが」

悔し涙を流し、両手で涙を拭う深雪を、そっと青葉は抱きしめた。

「わりい、青葉……」

「いいんですよ……。

今の内に泣いておいてください、まだ作戦中ですから……」

 

青葉の胸の中で深雪は嗚咽も漏らしながら、「くそ……畜生……」と繰り返し続けた。

その背中をそっと叩きながら、青葉は唇を噛み締めた。

こちらも早く嵐から抜け出て、特別混成支援隊と合流しないと。

LRSRGの誘導自体はガード・ドックからも出来なくはないが、ガード・ドックからは荒れる海の海面が見えないし、シークラッタ―の影響で常にモニターし続けられるわけでもない。

どうしても、生身の自分たちが何とかしないといけない。

だが、衣笠と蒼月の二人の行方の捜索もしなければならない。

だが、どこを探せば見つかるだろうか……。

「……青葉」

「はい?」

ひとしきり泣いた深雪が、拳で目元を拭って青葉を見据えた。

「衣笠と蒼月はどうすんだ……」

「……この天候では……探していては、青葉たちも遭難しかねません。

さっき遭難しかけましたからね……」

「助けないのか……」

「……無理です……ミイラ取りがミイラになっては目も当てられません……。

最悪、全滅しかねない」

「けどよ、お前の妹が助けを待ってるかも……」

「分かってますよ!」

 

荒々しい、いつもの青葉からは想像もつかない口調で、青葉は深雪に返した。

 

「青葉だって、ガサが心配です! 青葉の大切な、たった一人の妹です。

ガサは青葉にとって、血のつながりは無くても、青葉に残されたたった一人の家族なんです!

もう、青葉にはガサしか親族はいないんです。

でも、今は任務を優先しないといけないんです」

 

すると深雪が青葉の胸ぐらを掴み上げた。

 

「たった一人の、青葉にとって、たった一人の家族が嵐の中で迷子なんだぞ!?

独りぼっちで、漂流しているかもしれないんだぞ!?

青葉はそれでもいいのかよ!?」

「良い訳ないじゃ無いですか!

青葉が、ガサのことを心配していないと言った覚えはないですよ!」

「お前の衣笠だけじゃない、蒼月だって……。

あいつはここの海が初めてだ。

勝手の知らなねえ海で遭難しちまったんだぞ、あいつの方が一番ヤバいのかもしれない。

任務なんか知った事か! あたしらには、あたしらの護るべき仲間がいるだろうが!」

「犠牲を最小限に抑えないと、みんな死にます!」

「最小限に抑えるためにも、助けに行くんだろうが!

LRSRGの連中は、特別混成支援隊の面々に任せて、あたしらは……」

 

それ以上、深雪は言えなかった。

青葉の平手打ちが、深雪の左頬に炸裂し、深雪は浜辺に倒れた。

 

「いい加減にしてください! 

旗艦の指示に従えないのですか!?

敵は嵐だけじゃないんです、深海棲艦もいるんです」

「分かった! 埒が明かねえ、深雪様一人で探しに行く」

飛び起きた深雪はテントに駆け込むや、夕張が修理を終えた艤装を背負い込んで海へと駆けだした。

「深雪さん!」

「ちょ、深雪どこ行くの⁉」

「お前らは他の奴らと合流してろ、あたしは衣笠と蒼月を……」

しかし、深雪の前に青葉が両手を広げて立ちはだかった。

「行かせません!」

「どけよ」

「ダメです」

「ならば、こうだ!」

 

そう言うなり、深雪は青葉に殴りかかった。

青葉が反応する前に、深雪が繰り出した右ストレートが青葉の顔面に炸裂した。

もろに顔面パンチを食らってしまった青葉は、凄まじい衝撃のあまり砂浜に倒される。

じんと、鼻が痛み、生暖かいモノが鼻腔から流れ出した。

鼻を抑えて呻き声を上げる青葉に、一瞬深雪の動きが鈍った。

流石にやり過ぎた、と思った時、脳天に衝撃が走った。

「がッ……!」

眼から火花が飛び出し、凄まじい痛みが深雪の意識を霞めていく。

 

「く……くそぉ……」

 

頭を抱えて崩れ落ちた深雪の背後で、スパナを持った夕張が肩で荒い息を吐く。

「ごめん、深雪。

でも……こうするしかあんたを止めることが出来なかったのよ」

気を失ったらしく、浜辺に倒れたまま動かない深雪に夕張は言いながら、地面で鼻柱を押さえる青葉の元に歩み寄った。

「大丈夫、青葉?」

「ええ」

鼻血と口元が赤く汚れているが、血はほぼ止まっているようだ。

軽く咽込んだ後、青葉は夕張の差し出した手を掴んで立ち上がった。

「それで、どうするの?」

「深雪さんが目を覚ましたら、特別混成支援隊とLRSRGとの合流地点に向かいます」

「それで……いいのね?」

「……今はそれしかありません」

 

自分を見つめる夕張の目を見据えて、青葉は言い、夕張も無言で見返した。

心の底で青葉が衣笠と蒼月が心配で仕方が無く、激しく揺れているのが夕張にははっきりと分かった。

それでも、青葉は任務を優先する事にした。

たった一人の妹を失うかもしれないと言う恐怖と戦いながら下した、青葉の決断だった。

それが、貴方の自らの意思なのね……そう夕張は胸の中で呟いていた。

 

 

ラバウル基地の嵐が少し治まって来た時、出撃ドックに警報が鳴り響いた。

閉鎖されていたゲートハッチが開けられていく。

(波の高さは並の艦娘なら苦労するレベルだが、なに、お前なら出来るだろう。

だが、無理して死んでも知らんからな。

貴様は本来、出撃させられん身だ)

ヘッドセットから聞こえてくる磯口の淡々とした口調の語りかけに、愛鷹は感謝の念を隠せなかった。

「感謝します、磯口准将」

(何が感謝だ、貴様の無茶に付き合わされた私の軍歴がどうなるか、知らんだろう。

だが、一人では死なんぞ。貴様も道連れだ)

「ええ。責任は私も被りますよ。

……ありがとうございます、提督」

ヘッドセットの向こうから、特大の溜息を吐く声が聞こえた。

少し間をおいて磯口が言った。

 

(行って来い、愛鷹。

生き延びた奴らの全員を連れて帰って来い。

そして絶対に帰って来い、それ以外は許さん……死ぬなよ。

健闘を祈る!)

「はい、提督」

 

無断出撃しようとしていた愛鷹の元に来た磯口は、愛鷹と目を合わせると「行く気だな」と問うてきた。

「はい」

そう返すと、磯口はじっと愛鷹を見つめた。

「貴様は病み上がりだ、出撃は許可できん……と、言って引き下がる貴様でもあるまい。

それに、私が来ることは分かっていたのだろう。 

私が来るまでに、自分が今、何を為すべきかも熟慮していた、違うか?」

無言で頷く愛鷹の答えに、磯口は溜息を吐いた。

「私は大勢の部下を見て来た。

中には、とんだ大馬鹿野郎もかなりいた。

愛鷹、貴様は私が今まで見て来た中でも、特大の大馬鹿野郎だな。

馬鹿でなければこうも出来んが」

諦めムードの磯口は、磯口の独断で愛鷹を単独出撃させることを決めた。

初めから、愛鷹が止めても聞く人間だとは思っていなかったようだ。

 

ゲートの発進サインのグリーンライトが点灯した。

視線の先に見えるは、灰色の海と空。

高く荒れる波、激しい風雨。

だが、愛鷹の出撃する意思を止める壁ではない。

「全員連れて帰る……まずは、衣笠さんと蒼月さんを。

 

グリーンライト確認、第三三戦隊旗艦超甲巡愛鷹、出る!」

 

主機から前進強速へと加速する白波を上げて、愛鷹は嵐の海へと一人出撃した。

 

 

気を失ったままの蒼月の肩を嗅ぎながら、衣笠は荒波の中必死に航行していた。

方位磁石を頼りに、ラバウルの方向へと航行する。

途中運よく島にでも上陸できれば、と思うも、現実はそう簡単にはいかない。

今、衣笠は嵐だけでなく、凄まじい孤独感から来る恐怖とも戦っていた。

蒼月がいるが、気を失ったままで、目を覚ます気配がない。

話し相手が無く、実質一人ぼっちのような状態だ。

パニックを起こさずに済んでいるのは、衣笠の素の根性のお陰だが、正直いつまで続くかと思うと不安も増える。

それでも、何としてでも生き抜く、という覚悟で衣笠は航行を続けた。

激しい風雨と、動かない蒼月を抱えているだけに、体力がじりじりと削られていく。

高波で思う様に速度を上げられないが、それでも前へと進む。

 

頑張れば、道は開ける。

青葉に自慢してやることもできる。

天涯孤独の青葉には、自分だけが唯一の家族だ。

こんなところで死んでしまったら、青葉は独りぼっちだ。

 

そうはさせない、自分も蒼月も生きて帰るんだ、と何度も疲れで音を上げたくなる自分に喝を入れた。

 

「青葉……いや、みんなに衣笠さんの凄い所、見せてあげるんだから……」

高波を一つ乗り越えながら自分に言い聞かせる様に呟いた時、また高波が迫って来た。

拙いと思った時、衣笠は蒼月と共に高波に呑み込まれた。

受け身を摂る暇もなかった為、もろに波を受ける。

抱えていた蒼月と引き剥がされ、波の中で上下感覚を失う。

鼻から海水が入り、じたばたと海中内でもがいた。

何とか態勢を立て直して海上に出るが、蒼月の姿が無い。

「蒼月ちゃーん!」

呼びかけるが、返事は無い。

流石に防護機能ももう防ぎきれなかったようで、ずぶ濡れの状態で立ち上がるが、左足の浮力が無い。

どうしたんだろうと左足を見ると、サンダルが主機ごと流されて左足は裸足だ。

「片肺かぁ……」

唇を噛んで他に損害を確認する。

右手持ちの主砲一基も外れて流されており、水上機クレーンも折れ曲がってしまっている。

左の主機が履いていたサンダルごと無くなり、必然的に右足で体を維持し続ける必要があった。

片足立ちで航行するようなものだ、体力の消耗もさらに激しくなる。

ただ、主砲塔一基も流されて失っている分、その重量が減っているから、幾分はマシと考えるべきか。

 

「サンダルや主砲はともかく、蒼月ちゃんはどこ行っちゃったの……?」

片肺で思う様に速度が出ないながらも、はぐれた蒼月を探しに衣笠は動いた。

皆で帰るんだから……

 

 

途中で目を覚ました深雪に散々なじられながらも、青葉と夕張はガード・ドックに指定された島に向かい、なんとか特別混成支援隊とLRSRGとの合流を果たした。

風雨を凌げる洞窟内で丁度、風早、知床からLRSRGに補給作業中だった。

だがそこにいるのはイリノイ、サモア、カーペンターの三人だけ。

スクラフトン、ウースター、ジャイアットの姿が無い。

何があったのだろうと、青葉はイリノイに聞きに行った。

「USSイリノイさんですね。

第三三戦隊臨時旗艦の重巡青葉です」

敬礼して名乗ると、自分よりずっと背が高い、愛鷹程はあろうかという背丈のイリノイが青葉に向き直り、答礼した。

「LRSRGTF12.2旗艦、アイオワ級戦艦USSイリノイです。

お出迎えに感謝します」

「おい、三人いないけど、どうしたんだ?」

後ろから深雪がイリノイに聞いて来る。

その問いに、少し表情を暗くしたイリノイが答えた。

「途中ではぐれてしまった。

何とかシグナルは捕捉し続けられたが、捜索に向かう為の余裕が無くてな。

いったん三人の捜索を打ち切り、特別混成支援隊との合流を優先した」

 

その答えに深雪は目を剥き、憤怒の形相になった。

 

「おまえ、仲間をこの嵐の中に見捨てて来たってのか⁉

ふざけんなよ!

それじゃあ、霞が一体何のために死んだのか、分かんねえじゃねえか!

これじゃあ、あいつは犬死だぞ!」

「深雪さん、ちょっと落ち着いて……」

洞窟の壁の近くで休んでいた朝潮が制止の声を上げる。

その朝潮に向き直った深雪は、目を見据えて問いかけた。

「朝潮、お前は長女としてどうなんだ?

 

霞は死んだ、それは揺ぎ無い事実……お前の妹は死んだんだ、もうあいつは帰ってこない。

あたしと蒼月と喧嘩するのも、飯を食うのも、お前と笑う事も何も、二度と出来ないんだぞ?

 

この戦艦はあいつの犠牲を踏みにじったんだぞ、許せるのか」

「あの子は……イリノイさん、サモアさん、カーペンターさんが無事なだけでも、報われるはずです。

あの子の死は、決して無駄なんか……じゃ……ない……」

普段きりっとしている朝潮の顔が悲しみに歪み、両目から大粒の涙が溢れ出た。

長女として、健気にふるまう朝潮だが、深雪の言葉に妹の死を実感し、それに答える自分の言葉が追い打ちになったのだろう。

鼻をすすりながら泣いていたかと思うと、へたり込んで遂には子供の様に泣き出した。

その様子を満潮も壁に寄り掛かって見ていたが、何も言わず、俯いていた。

 

「仇は取る。

私たちのせいで彼女は死んだようなものだ。

だからこそ、私たちは彼女の死を無駄にしない」

静かにイリノイは深雪と朝潮に告げた。

深雪が睨みつけるその視線を、イリノイは逸らすことなく受け止める。

「部下は見捨てない。

私は仲間を見捨てたりはしない」

「その仲間に、あたしらの仲間も入ってるんだろうな?」

「勿論だ」

そう返すイリノイの目を深雪は尚睨みつけるが、もう喧嘩腰になる事は無かった。

一方、青葉は能代に補給完了時刻を尋ねた。

「それが燃料切れ寸前だった為、急いでも二時間、腹八分なら一時間半程度はかかるとの事です」

渋面を浮かべた能代の答えに、青葉は怪訝な表情を浮かべた。

「イリノイさんは戦艦だから、航続距離に余裕がると思っていたのですが?」

「途中で、他のメンバーの方にお裾分けしていたそうです。

イリノイさんの補給に、一番時間がかかりそうです」

「拙いですねえ……」

衣笠、蒼月、スクラフトン、ウースター、カーペンターの行方の捜索を早く行いたいところだが、補給に時間がかかるとなると。

その時、夕張がヘッドセットに手を当てた。

ガード・ドックから通知が来たのだ。

(ガード・ドックから特別混成支援隊、LRSRGへ。

ラバウルから増援が一隻、出撃したと連絡が入った)

一体誰? と夕張が聞き返そうと思った時、ガード・ドックが続報を入れた。

(司令部より続報、増援は第三三戦隊旗艦の超甲巡愛鷹だ)

「愛鷹さんが? 

随伴は無いのですか?」

(無しだ、単独出撃した。

既に、そちらのいる場所へと向かっている。

そちらで臨時編成の捜索隊を組んで、行方不明艦の捜索に当たれ)

「りょ、了解です」

ヘッドセットから手を離し、一同にガード・ドックが伝えてきたことを話す。

「あいつ、待機命令が出てたはずだぞ。

どうなってんだ?」

怪訝な声を上げる深雪だが、誰も理由は分からない。

ただ愛鷹が来ることには、多少の安心感は出る。

深海棲艦水上部隊との交戦時に、彼女の火力は期待できるところが大きい。

一同の胸の中に、状況の好転の兆しが見える気がした。

 

 

頬を叩かれる感じが、神経を覚醒させた。

はっと、蒼月が目を指すと、白人女性三人が自分を覗き込んでいた。

艤装を付けている所から、一目でLRSRGのメンバーだと分かった。

英語で話しかけられるが、何を言っているのか、少し混乱が残る頭では理解できなかったが、「You all right?」は聞き取れた。

「Yes I‘m OK」

そう返した時、蒼月は自分が洞窟の地面に横にされていたのに気が付いた。

身を起こすと、押しとどめられる。

「少し横になっていた方がいい」

「でも……ところで……」

「ああ、私はボルティモア級重巡のスクラフトンだ。

こっちは軽巡ウースターと駆逐艦ジャイアット」

「LRSRGの方々でしたか、私は秋月型駆逐艦の蒼月です」

「よろしく、蒼月。

迎えに出てくれた事、礼を言いたい」

「いいえ、大したことでは。

ところで、確か他に三人いる筈ですが?」

そう問いかける蒼月に、ジャイアットが返した。

「知らなかったか、高波で艦隊が分断されて、今ここにいるのは我々だけだ。

何とか移動したいが、こちらは燃料を使いきってもう動けん」

「燃料切れですか」

思わず気落ちした声で言ってしまう。

それにウースターが苦笑を浮かべ、「飛んだ迷惑をかけてしまい、申し訳ない限りだ」と返した。

「あ、いえ」

慌てて蒼月も謝罪する。

「しかし、一体なぜ一人で漂流していたのだ?

何かあったのか?」

そう問いかけて来るウースターに、蒼月ははっとした。

自分は大波に呑み込まれた後、気を失ったままだったから第三三戦隊仲間がどうなったか、全く分からない。

みんな無事だろうか、と心配になる。

その事を話すと、三人はそうか、と神妙な表情になった。

腕を組んで話を聞いていたスクラフトンが、少しして溜息を吐くと苦笑を浮かべた。

「お互い、遭難同士か。

だが、そう言う時こそ協力して脱出せんとな」

「はい」

「ただ、こっちはガス欠でもう動けん。

例え動けていたとしても、深海棲艦水上部隊がうろつくこの近辺で満足に動けない我々は、格好の的だ」

「と言うと……」

一瞬、意味を理解できなかった蒼月が聞き返すとスクラフトンは羅針盤を取り出し、レーダー表示を見せた。

「コンパスジャミングだ。

かなり酷い所からして、深海棲艦が近辺にいるのは確かだ。

恐らく、一〇キロ圏内にはいるだろう」

深海棲艦が近辺に……レーダー表示の乱れ具合からして、結構強力な戦力が展開しているかもしれない。

この具合だと、通信もダメだ。

しかし、万事休すと思ったら、それこそ終わりだ。

何か考えれば道があるはず……蒼月はそう思いながら、空腹で腹が鳴るのに気が付いた。

「腹が減っては何とやらだ、何か食べといた方がいいぞ」

ウースターの言葉にそうですね、と頷いた蒼月はレーションを艤装から出した。

クラッカーとゼリーを摂りながら、第三三戦隊仲間がどうなったのか、と心配になるが、まずは自分とここにいる三人の友軍艦娘の心配が先だった。

 

 

「ダメだぁ、もうどこがどこだかわかんないよぉ!」

蒼月とはぐれて一時間余り。

流石に衣笠の忍耐力も崩壊の兆しが見え始め、パニックを起こしかけていた。

嵐は一向に止まず、片肺航行はさらに体への疲労を増していた。

「青葉ぁ……どこぉ……深雪ちゃーん、蒼月ちゃーん、夕張ィ……みんな」

孤独感とともに訪れる恐怖が、衣笠を潰そうとしていた。

パニックを起こしそうで、強い無力感も感じ始める。

実は緊急時に危険なのはパニックなどよりも、無気力だったりする。

今、衣笠は後者に呑み込まれかけていた。

心なしか航行速度も落ち始めた。

しかし、その理由が自分ではわからない。

頭が働かない、疲れた、休みたい、と疲労が思考を麻痺させかける。

この程度……と何とか喝を入れるが、諦観ムードが増える一方だ。

「疲れた……」

もう、しゃがみ込んで休みたい気分になった。

しかし、ここは海の上であり、荒波の吹き荒れる嵐の中。

休める場所などない。

 

疲労でぼんやりしそうになった時、砲声が聞こえた。

あれは……リ級の……?

我に返った時、自分の近くに水柱がいくつか立ち上がる。

砲声のする方を見ると、二隻のリ級が自分に向かって来るのが見えた。

「拙い!」

慌てて右足の主機を最大戦速に加速かせ、離脱を図るが左足のが無い分、発揮可能な速力が思うように出ない。

そんな自分に、リ級は容赦ない砲撃を浴びせて来る。

ジグザグ航行を繰り返して直撃弾を避けるが、動きが鈍い事もあって、次第に近くに落ちる水柱との距離が狭まる。

このままじゃ、被弾しちゃう!

応戦したいが、狙いをつけるのは無理だし、照準を合わせている間はさらに動きが鈍るから、実質交戦は出来ない。

どうしよう、どうしよう、どうしよう、とその言葉しか頭に出ない。

リ級の砲弾が右舷側に着弾し、至近弾となった時、右の主機に過剰な水圧がかかったのか、舵の利きが悪くなった。

次来たら、もう避けられない……。

ざわりと背筋が粟立った。

 

その時、別方向から砲声が聞こえた。

リ級二隻が砲声のした方を向いた時、二隻が同時に爆炎に包まれ、被弾した主砲の弾薬の誘爆で轟沈した。

「え?」

何が起きたのか、分からず呆然とした時「衣笠さーん」と遠くから、自分を呼ぶ声が聞こえた。

ただ混乱した頭は誰の声なのかすぐに見当をつけられない。

ただ青葉じゃない、と言う事は分かる。

 

「衣笠さん、私です」

 

さっきよりはっきりと聞こえる声。

「この声、愛鷹さん……?」

そんなはずはない、と頭を振る。

愛鷹は今、基地で待機中の筈。

 

「衣笠さん」

 

ぼんやりとしかけていた衣笠の耳に、はっきりと愛鷹の声が入った。

「しっかりして下さい」

「愛鷹さん……?」

驚いて声のする方を見ると、制帽の顎ひもをかけた愛鷹が左側にいて、自分の肩に右腕を貸して航行を開始していた。

「え、愛鷹さん、出撃できなかったんじゃ……」

「磯口司令に無理を言い、出撃しました。

よかった、間に合って」

「体、大丈夫なんですか?」

「タブレットを事前に飲んできていますから、大丈夫ですよ」

そう返す愛鷹の言葉を聞き、安心感を覚えた。

みんな無事かと問うと、急に愛鷹の顔が曇った。

嫌な予感がした時、「一人、戦死しました」と呟くように愛鷹は答えた

脳天を一撃されたような衝撃を感じ、衣笠は誰が殺られたのか、聞けなかった。

 

「霞さんが深海棲艦の重巡二隻と戦艦一隻と交戦しました。

魚雷発射管に被弾し、誘爆で轟沈。

残念ながら、生存は望む方が無駄です」

「そ、そんな……」

 

霞が轟沈・戦死したと言う事実がにわかには信じられず、唖然とする衣笠だったが、愛鷹はそれに構ってはいられないようだ。

「既に青葉さん、夕張さん、深雪さんは、特別混成支援隊とLRSRGと合流しました。

皆、怪我無いそうですが、スクラフトン、ウースター、ジャイアットがはぐれてしまい行方が分からない状態です。

衣笠さんは、ひとまず私が皆さんのところに連れて行きます」

「その後どうするんですか?」

「動ける艦で捜索隊を編成して、残る三人と蒼月さんを探します」

「私は……」

「片肺では連れて行けません。

先に撤退させます」

「……はい」

悔しいが、主機が片方ないし、主砲も一基喪っているからついて行っても足手まといだ。

先に戻るしかない。

不甲斐なさが込み上げて来たが、衣笠にはどうする事も出来なかった。

 

 

第三三戦隊と特別混成支援隊、LRSRG残存艦が集結している島に着くと、青葉と深雪が出迎えてくれた。

青葉の鼻の周りに、うっすらと血の跡がついているのに気が付いた衣笠が「大丈夫、青葉?」と尋ねると、「大丈夫だよガサ」と問題なしの声で青葉は返した。

「でも、どうしてそうなったの……」

「まあ、いろいろ……」

「あたしと喧嘩した時、顔を殴っちまったらこうなった」

気まずそうに深雪が答えた。

何が原因で、と聞きかけたが、深雪が傷つくと思い触れない事にした。

どうにか、行方不明艦以外の全員が揃った。

イリノイと愛鷹はようやく対面し、あいさつを交わした。

「ようこそ、ラバウルへ……そう言いたいところですが、事情が複雑な状態で」

「承知しています。

補給が完了次第、私も捜索隊に加わりたいのですが。

仲間を置いてきた責任は、指揮官が負わねばなりません」

「良いでしょう。

編成は……青葉さん、深雪さん、イリノイさんで」

「私と満潮も行かせてください」

朝潮が愛鷹に参加を希望する。

随行を希望する二人の顔を見た愛鷹は、敵討ちの為だとすぐに分かった。

 

万が一会敵した場合、いやそれを恐らく望んでいる。

姉妹艦娘の霞を殺した深海棲艦に、一矢報いたい……朝潮と満潮はそう言いたげな顔で、自分を見ていた。

航行訓練を積んだ関係同士ではないから、艦隊運動に支障が出るかもしれないが、二人とも経験豊富だ。

技量でカバーしてくれることに期待するよりは無いだろう。

 

「良いでしょう。

ただし、一つ条件があります」

「なんでしょう?」

真顔で聞き返してくる朝潮と、隣の満潮の目を見据えて、愛鷹は言った。

「敵討ちの念は、心の底にしまっておいてください。

それしか考えてないなら、随伴は認められません。

敵討ちに囚われていたら、敵を見る目が曇り、次に水底に消えるのは朝潮さん、満潮さん……貴方たちかもしれません。

霞さんもきっとそれを望まないでしょう」

「その心配はありません」

「右に同じくです」

そう返す朝潮と満潮に、迷いは無いようだった。

 

 

補給完了後、衣笠、能代、夕張、荒潮、サモア、カーペンター、風早、知床に見送られ、愛鷹を旗艦とし青葉、深雪、朝潮、満潮、イリノイの六人は再び嵐の中へと乗り出した。

 

 




艦娘は人間であるのが本作の一番の特徴であり、実質生身の状態で海の上を航行します。
それだけに、暴風には弱い立場であります。

大変残念ですが、朝潮型駆逐艦霞くんの轟沈を今回描くに至りました。
既にエクセター、スプリングフィールドの二人のオリジナル艦娘が亡くなっていますが、今回は実装組初の戦死回となりました。

本作では好人物として描いてませんが、使命感は確かです。
好人物とは言い難いながらも、仕事の出来の良さは確かで、それを磯口は高く買って、自分の秘書艦的存在に置いていました。
それだけに実は内心、彼は霞の死を非常に悲しんでいます。

史実の霞は僚艦撃沈の責任を巡り、駆逐隊司令が自殺未遂を起こしたり、酷い陰口を叩かれたりしながらも、太平洋戦争開戦から、連合艦隊最後の勝利とも言われる礼号作戦、大和の最後の出撃にも随行して戦い続け、坊の岬沖にて最期を遂げ、日本海軍の終焉を見届けた歴戦の艦です。
出来れば反映させたい気もしましたが、その彼女の意思は姉妹に継いでもらおうと思っています。

冷静沈着な愛鷹に、彼女の性格に少しに合わない様な熱い所を書きましたが、これも彼女の過酷な過去の反映とも言えます。

深雪の人命第一主義は彼女の信念であり、曲げられない所でもあり、それがまた本作における深雪の大きな特徴になっています。
過去に誤射を受け、生死の淵を彷徨った彼女だからこそ、人命の重さを分かっていると言えます。
また喧嘩しても、やはり仲間である艦娘の死に涙する情の厚さは、過去に闇を抱えている登場人物の中では、消えない灯台的な存在となっています。

次回は捜索活動の後半戦となります。
なるべく早く、投稿するよう努力します。

ではまた次回でお会いしましょう。
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