戦闘がある回は二万字超えていないか……?
本編をどうぞ。
再編した艦隊が嵐の中へ乗り出して、三〇分程。
嵐の勢いが弱まり始めていた。
波の高さは落ち着きを見せ、風も少しやわらいで来ていた。
「嵐が弱まって来た……」
空を見上げ、後ろを振り返る。
青葉、深雪、朝潮、満潮、イリノイの五人全員が自分に続航している。
落伍はいない。
皆、高波と格闘しつつも周囲の警戒を続けていた。
ガード・ドックが言うには、今いる海域から南東に一八キロ先の羅針盤障害が発生している所から、断続的にLRSRGの三人のビーコンが確認できると言う。
ただ、呼びかけには応答が無く、しかもその海域には多数の無人島が存在していた。
その島々のどれかに避退しているはずだ。
愛鷹には、彼女の勘に過ぎないとは言えLRSRGのメンバーと蒼月はそこにいるのではないか、と考えていた。
根拠はない、ただの本能的なものだ。
「コンパスジャミングの範囲が全く動かない所からして、連中はあそこに陣取ったか……。
いや、連中もあそこに避退しているか」
「深海棲艦と言えど、嵐には勝てませんからね。
青葉たちと同じ人間サイズですから」
羅針盤を見ながら言ったイリノイに返した青葉は、問題はそこにどの程度の艦隊がいるか、と考えていた。
愛鷹も同じことを考えていた。
向こうは重巡一隻を失っているが、まだ戦艦や巡洋艦多数が健在だ。
こちらは戦艦一、超甲巡一、重巡一、駆逐艦三のみ。
戦力差は言うまでもない状態。
しかし、任務は敵の撃滅ではなく、味方の捜索。
探して、連れて帰るのが優先事項だ。
戦闘は二の次と言う、自分の部隊の得意分野。
嵐と言えど、この任務は放り出すわけにはいかない。
仲間の命がかかっている。
(警告、敵艦隊コンタクト。
参照点より方位二-八-九、艦影は六。
中型以上の艦艇四、駆逐艦二を確認。
後方から接近しつつあるが、そちらを認識した動きは今のところ確認できない)
「中型以上の艦が四隻……軽巡以上ってことですか」
思案顔になる朝潮に、満潮が何か言いたげな顔をするが、何も言わなかった。
ガード・ドックの言う「中型以上の艦」は軽巡以上の艦艇。
軽巡から戦艦、空母を含むことになる。
「多分、警戒部隊……巡洋艦主体でしょうね」
腕を組み、右手で顎をつまんだ青葉が推測を口にすると、「差し当たり、そんな感じだろうな」と深雪が相槌を打った。
ただ嵐と羅針盤障害の影響で、完全に特定できているわけではない。
もしかしたら、戦艦が含まれているかもしれなかった。
救助が優先だから、不要な交戦は避けて行きたかった。
「交戦は避けていきます。
面舵三〇、新針路〇-七-五。
旗艦に続き回頭はじめ」
そう告げると、タイミングを計らって愛鷹は右へと舵を切った。
続航する仲間たちが、愛鷹の曳く航跡の跡を追う。
シークラッターは相変わらず酷いから、愛鷹のレーダーでも表示には酷いノイズが走っている。
長距離索敵は、強力なレーダーを持つAWACSのガード・ドック頼りだ。
針路を変えて一〇分程して、小島が見えて来た。
この辺りにある無人島群の一つだ。
敵が潜んでいる可能性もある。
嵐の中ではレーダー表示があやふやになりやすく、島の陰に隠れられると判別が付けにくい。
「島から距離を取ります。
取り舵五〇度、新針路〇-二-五へ転進。
旗艦に続き回頭はじめ」
そう後続の仲間に伝えた時だった。
(なんだ!?
くそ、警告。敵艦影六、出現。
方位一-六-二、距離五七〇〇、重巡一、軽巡二、駆逐艦三。
すぐにコンタクトするぞ、ただちに応戦準備。
敵を確認次第、攻撃開始)
島の陰に隠れていた……か。
交戦は避けて行きたかったが、やむを得ない。
「愛鷹より各艦。
深海棲艦艦隊が出現、艦影六。
方位一-六-二、距離五七〇〇。
合戦準備、対水上戦闘用意」
了解、の応答が返って来た時、砲声が聞こえた。
「見えました、右手に発砲炎を視認。
先手を打たれました」
主砲の射撃グリップを展開した青葉が警告を上げた時、砲弾が飛来する口笛の様な音が聞こえた。
波の高さはまだあるが、それでもかなり艦隊の近くに着弾する。
「全艦、右主砲戦。
各艦、主砲砲撃はじめ」
交戦を指示した愛鷹はトリガーグリップを握ると、重巡リ級の照準を合わせた。
徹甲弾装填よし、測的よし、仰角調整よし。
「主砲一番二番、撃ちー方始め。
てぇっ!」
砲炎が六門の主砲の砲口から迸り、六発の三一センチ主砲弾が波間の向こうのリ級へと飛翔していく。
続航する青葉も軽巡への主砲砲撃を開始し、深雪、朝潮、満潮、イリノイも目標を定めて射撃を始めた。
二〇・三センチ砲弾、一二・七センチ砲弾、五インチ砲弾が深海棲艦艦隊へと撃ち返されてゆく。
愛鷹に狙われたリ級は青葉に照準を合わせて、主砲弾を放ったが直後に愛鷹の放った主砲弾三発が直撃した。
主砲を構える右腕、本体、右脚部に直撃の閃光が走り、爆炎と黒煙にリ級が包まれた。
それが晴れた時、リ級は艤装のわずかな残骸を遺して海上から消えていた。
リ級が放っていた主砲弾は、主砲射撃を行っていた青葉の僅か五メートル左に着弾していたが、青葉にはかすり傷一つ出なかった。
一方、青葉の放った二〇・三センチ主砲弾は軽巡ヘ級の一隻の進路前方に着弾した。
着弾修正を行い、照準器を見て慎重に狙いを定めると引き金を引く。
四門の主砲から砲弾が放たれ、狙いはよかったものの、今度は飛び越えてしまう。
自分が狙われている事に気が付いたヘ級が青葉に向かって撃ち返した時、青葉の左足にマウントしている第三主砲の二門の砲門が火を噴いた。
今度は直撃弾が出た。
二発の砲弾がヘ級を捉え、本体に直撃の閃光と爆発の炎を上げた。
もう、あのヘ級は脅威ではないと判断して、青葉はもう一隻のヘ級に狙いを定める。
しかし、青葉が狙うまでもなくイリノイの五インチ両用砲の砲撃がヘ級に次々に炸裂し、成す術もなく軽巡が着弾の爆炎の中に消え、轟沈の火柱を黒煙越しに上げた。
三隻の駆逐艦に対し、深雪、朝潮、満潮の三人は、それぞれ一隻ずつを選び交戦していた。
深雪の砲撃はイ級に三回目の斉射で直撃弾を得ており、イ級からの砲撃を躱しながらさらに砲弾を撃ち込んでいく。
朝潮と満潮はややてこずり気味で、朝潮は五斉射、満潮は六斉射目で直撃弾を得ていた。
至近弾を何発か受けつつも、二人の砲撃でイ級が一気に大破に追い込まれる。
二人の主砲は深雪のモノより世代や造りが新しい為、攻撃力がまた違った。
直撃弾を得るのが遅れた二人だったが、揃って三斉射でイ級を沈めた。
「やるじゃねえか、満潮」
自分もイ級を沈めたばかりの深雪が、直撃弾を出すのに遅れた満潮に称賛の言葉を送った。
それに対する満潮の返事は、少し困惑を滲ませながらも鼻を鳴らしてそっぽを向く事だった。
素直じゃない人だ、と愛鷹はその様子を見る一方、仲は悪くても素直に称賛する深雪に感心しつつ、ガード・ドックに敵艦隊全滅の報告を入れた。
(了解した。
こちらのレーダーには今のところ敵影は確認できない。
早めに敵の目を掻い潜って、仲間を連れて脱出しろ)
「愛鷹、了解」
ヘッドセットにあてていた手を放すと、後続の仲間の異常の有無を確認する。
幸い、朝潮、満潮から至近弾を受けたと言う報告以外に損害は無かった。
「よし、引き続き、捜索を続行します。
対水上警戒を厳に」
そう指示すると、愛鷹はトリガーグリップを戻し、少し考えてタブレットを口に入れた。
旗艦の愛鷹が錠剤を服用しているのに気が付いた朝潮は、何の薬だろうと気になった。
「深雪さん、愛鷹さんは何か持病でも抱えているのですか?」
「多分な。
どう言うものかは、あたしも知らねえけどな。
ま、別に知らなくてもいい事さ」
「……そうですか」
けろっと返す深雪に疑問を払しょくできない朝潮だったが、今気にすることでもないか、と割り切った。
隊列を組みなおした一同は、無人島群への捜索を始めた。
羅針盤障害が酷くなりはじめ、ガード・ドックとの交信はおろか、羅針盤の方位表示がおかしくなり始めた。
こうなると、旧来の方位磁石と航路の逆計算で、位置確認を行う必要が出て来た。
ガード・ドックとの交信は、青葉、深雪、朝潮、満潮の通信能力では無理だが、愛鷹とイリノイの艤装の通信能力で維持出来た。
特に愛鷹の艤装は、イリノイも驚くほど強力な通信能力を持っていた。
随分と高い通信能力だな、とイリノイに言われると、まあ、そうですねと胸の内で呟いた。
自分の艤装は長距離航海も可能だし、艦隊旗艦として使う事が初めから盛り込まれている関係上、通信能力は高水準だ。
棲鬼、棲姫級は無理でも、深海の通常艦艇の羅針盤障害や、ECM(電波妨害)で簡単には通信不能にならない自信もあった。
自分みたいな人間が第三三戦隊以外、特に大規模艦隊旗艦を務める機会が他に来るのかという疑問はあったが。
他にも火器と装甲には物足りないながらも、電装系でなら他の艦娘には負けないと言う、愛鷹なりの誇りもあった。
誇りと言えば、以前、この誇りをある人物に話したらこう言い放たれたことがあった。
「誇りなど、下らないものだよ。
任務を成し遂げ、帰られればいい。
手柄も要らない。
ただ生きて帰られればいいんだ」
そうですね、と返しながらも愛鷹はこう返したものだった。
「でも、ご存知の通り、誇りは海軍の信念なので。
私も、愛鷹と言う名と、中佐の階級を持つ事になる艦娘と言う海軍士官なので」
返された相手はそうだな、とほほ笑んでくれた。
二年前の冬の話だ。
そう……大和と決別したあの日、あの地……。
通信機器の周波帯を調整している時、羅針盤がバイブレーションを立てた。
何だろう、と思い確認すると微弱ながら友軍艦娘のビーコンの反応が出た。
識別信号は行方不明艦のジャイアットのモノだ。
信号が安定しないのは、艤装の出力が安定していないからか、羅針盤障害がかなり酷い所にいるからか。
何とも言えないが、反応が確認できた方向へ行く価値はあるだろう。
ヘッドセットの通話ボタンを押し、探知したことを知らせる。
「旗艦愛鷹より各艦。
ジャイアットさんの識別信号を確認しました。
方位二-五-〇から発信されている様です」
「南西に変針することになりますね。
羅針盤障害がかなり酷い海域ですよ。
有力な深海棲艦艦隊がいるんじゃないですか?」
自分の羅針盤を見ながら青葉が言う。
恐らくそうでしょう、と愛鷹は頷いて答える。
「既に重巡一、軽巡二、駆逐艦三は撃沈済みでも、まだ戦艦二隻、重巡一、駆逐艦三隻が健在ですし、空母と補給艦もいますから。
先に霞さんが撃沈した重巡を合わせて七隻は無力化済みでも、まだ一一隻。
脅威になるのはその内の六隻。
恐らく警戒レベルはかなり上げているでしょうね」
「楽しそうだな」
深雪がニヤリと口元を緩めた。
「交戦はなるべくやらないで行くのが今回の任務ですよ、深雪さん」
釘をさすように青葉が深雪に告げると、深雪は苦笑を浮かべた。。
「わーってるって」
二人のやり取りを背中で聞きながら、もう一つ問題が発生しつつあることも愛鷹は気がかかりだった。
日没だ。
数時間後には日が暮れてしまい、周囲を目視で確認するには辛い状態になる。
天候は少し落ち着いてきたとはいえ、空は雲に覆われたままで、今でも薄暗い。
これでまた天候が悪化しようものなら、救助も厳しい状況になりかねない。
あまり時間はかけられない。
ジャイアットさんの信号は受信できているでしょうか……。
そんな不安を抱えながら、蒼月は自分の艤装から移送した燃料で、通信機器のみ再稼働させて通信を試みるジャイアットの背中を見つめた。
「どうだ?」
スクラフトンの問いにジャイアットは首を横に振った。
「応答が無いと言うか、ノイズが酷くて味方が拾っているかさえあやふやです。
神にでも祈るしかないですね」
「ここで一夜を明かすしかないか。
レーションの残りも少ない……何とかしないとな」
顎をもみながら考え込むスクラフトンだが、今のところ策は思いつかない。
通信アンテナが破損している蒼月の艤装から、ジャイアットの艤装に燃料を移送し、通信機器のみ再稼働させて味方とコンタクトを取ると言う作戦が今のところ関の山だ。
それから何度もコンタクトを行うが、結果は出ないままだった。
「焦っても仕方ないでしょう、スクラフトン。
今は交代で仮眠を取りましょう、私も流石に疲れました」
洞窟の壁際に座り込んだウースターが、疲労を滲ませた声をスクラフトンに向けた。
「そうだな。
よし、私は起きているから皆は少し休め」
了解とウースター、ジャイアットは頷いて艤装のサバイバルキットから簡易枕を出して、洞窟の地面に直接横になった。
まだ体力には充分余裕がある蒼月は、スクラフトンと共に起きていることにした。
「私は起きて、スクラフトンさんと一緒にいますよ」
「いや、君も少しは休んでおかないとダメだ。
少しでも休んでおかないと後々に響くぞ、休むのも戦いの一つだ」
「ですが、スクラフトンさんは」
「私は私の務めを果たさなければならん。
心配するな、私もちゃんと休む」
心配する蒼月の右肩に手を置いて、微笑を浮かべるスクラフトンの顔にも疲労は滲んでいる。
「私が起きて……」
「いいから、寝ろ。
命令だ」
諭すように言われると、もう反論する気が起きなくなった。
「お言葉に甘えて。
ちゃんと休んでくださいよ」
釘を刺しながら、蒼月もサバイバルキットの簡易枕を出して、雑魚寝する形にはなるが地面に枕を敷いて横になった。
雨の音はほとんどしなくなったが、風は強い。
燃料切れの上に、近くには敵艦隊の展開。
羅針盤障害からの推測ではあっても、この海域に深海棲艦の艦隊が展開しているのは確かだ。
この深海棲艦艦隊を何とかしないと、自分たちへの補給は無理だ。
動きの鈍い補給艦を連れたまま戦闘を行うのは自殺行為だ。
何か手は無いかと考えるが、出来ることが思いつかない。
お手上げなのだろうか。
諦め悪く考えようとするが、やはり思い付かない。
疲れているからだろう。
そう言えば、空腹なのにも気が付いた。
レーションにも余裕がある訳ではないが、クラッカーを少し食べて彼女なりの休息をとった。
あと数時間で日没だ。
薪でも集めて火を起こす準備でもしないと、洞窟の中は真っ暗になる。
勿論、外部に光が漏れないよう、遮光になるモノも探さないといけない。
今自分がするべきなのは、ここでの野宿に備える事だろう。
クラッカーを齧りながら、スクラフトンは三人の寝顔を見てそう思った。
この重苦しい気持ちのままで、事実を二人に告げるのは自分にも酷でもある。
だが、知らない幸せと知る幸せと秤にかけた時、磯口には知る幸せが最善に思えた。
宿舎の会議室の一つで呼び出した二人を待っていると、ドアが開き榛名と霧島が入って来た。
敬礼しようとした二人を手で制した磯口は、「かけたまえ」と会議室のテーブルにある椅子をすすめた。
「お言葉に甘えさせていただきます」
「ありがとうございます、提督」
「オレは提督じゃない……ただの司令官だ」
礼を言う榛名と霧島にぼそりと返す。
いつもと少し違う磯口に、榛名と霧島は様子が変だ、と思った。
向かい側の椅子に磯口は座ると、両手をテーブルの上で組んで、暫し瞑想するように目を閉じた。
明らかに違う雰囲気の磯口に、榛名と霧島は何か嫌な予感が胸に湧き上がるのを感じていた。
黙って待っていると、目を閉じたまま磯口が口を開いた。
「二人に、伝えておかなければならないことがある。
いいニュースではない」
「何があったんですか?」
神妙な表情の霧島がメガネを正しながら聞く。
はあ、と軽くため息を吐いて目を開けると、二人の目を見据えた。
「比叡が、急性ロシニョール病を再発した。
レベル4だ……」
「ひ、比叡が……」
眼を見開き、口に手を当てた榛名が震える声を出す。
その横で、目に激しい動揺を浮かべながらも平静さを装う霧島は、努めて平静な声で訪ねた。
「助かりますか、助かる確率は?」
「分からん。
治療してみない限り何とも言えんが、レベル4では……五分五分だ。
武本司令なら勿論治療を行ってくれるだろう、あの人なら諦めん。
だが病魔と闘うのはあくまでも比叡だ……」
「そんな、どうして……どうしてあの子が……」
「惨いことを言うようだが、事実なんだ。
……すまんな」
「……いえ、提督こそ。
榛名は……」
顔を伏せる榛名が、鼻をすすりながら嗚咽を漏らし始めた。
霧島も力無くうな垂れている。
「比叡……どうして……」
「あいつを信じろ。
比叡に、『何が何でも生きて行きたい』と言う、生への執念があれば逆転はあり得る」
「でも、レベル4で助かったと言う話は聞きませんが……」
小さく返す霧島の声も震え始めている。
「だからこそ、お前たちの姉を信じるんだ。
信じれば絶望は生まれない」
そう語りながらも、それは自分にとっての慰めめいたものにも聞こえた。
榛名はすすり泣く声を上げたまま顔を上げず、涙目の霧島がその肩に手を置いていた。
気休めにしかならんだろう、と思いながらも磯口は二人を見て続けた。
「助からないと決まった訳ではない。
泣いても変わらん。
あいつの無事を信じるなら、あいつの前で笑え。
笑顔が元気だ、笑顔が心を、世界を明るく出来る。
お前らがその顔をしたまま比叡に会えば、あいつは生への執着を失いかねん。
姉が生きて欲しいなら笑うんだ。
悲嘆の顔が悲劇を招く、悲嘆の顔が死を招く。
そんな認められない結末が嫌なら、笑え。
笑って変えろ、笑って倒せ、笑って克服しろ。
比叡を呑み込もうとする死の運命をな」
ガラにもないことを言っている様だったが、自分にこの二人の心を励ましてやれるのはこれが関の山だ。
こんな事を言うことが出来たのは……アイツ、霞のお陰かもしれなかった。
(俺も、霞が死んで悲しいんだ。
あいつは……俺にとっては娘みたいなもんだった。
娘をまた失った気分なんだ……あいつは、深海に殺された俺の娘に似すぎていた。
ロリコンと嗤いたきゃ嗤え、蔑みたければ蔑んでも別に構わない様なもんだ。
だが、あいつは見た目ほどガキじゃない……俺の娘が生きていたら同じ年になっていただろうな。
俺には大切な部下だった……あいつも身よりは無い。
……戦いが終わったら、引き取ってやりたかった。
もう、叶わんがな。
人の命は呆気ないモノだ……ラバウルの海に消えた霞も、娘も、先に散った艦娘や戦友たちも。
自然の無慈悲な摂理って奴かもしれんが……そんな簡単に受け入れられるもんじゃない)
だからこそ、目の前の二人には笑っていて欲しかった。
お前らはもっと笑え。
笑みが人の顔に一番似合う表情だ。
笑みを消した時が、悲しみの始まりなんだ。
俺は、娘を亡くしてからもう笑うと言う事が出来ない……だからお前らには笑っていて欲しい。
笑いが、お前らの比叡を助けてくれる。
だから……笑え。
嵐がさらに落ち着いて来た時、羅針盤のレーダー表示機能が警告を発した。
何だ、と見てみると、急に右手に深海棲艦艦隊が出現していた。
電探のノイズが酷くて探知できない隙を突いて、接近されたか。
「対水上電探に感あり。
艦影一一、右舷に見ゆ。
全艦、対水上戦闘用意!」
即座に号令を出し、自分も主砲の射撃体勢に入った。
主砲を構える青葉が照準合わせの為に右舷側を見た時、波間の向こうに深海棲艦艦隊の姿を見つけた。
空母ヲ級二隻がワ級から補給作業中だ。
しめた、深海棲艦は補給中。
今なら一気に撃滅できるはずです、やれますよ。
思わず口元が緩みかけた時、別の艦影も見えた。
あれはタ級?
二隻の戦艦タ級が重巡リ級一隻と駆逐艦三隻を引き連れて向かって来る。
「青葉から艦隊の皆さんへ。
深海棲艦を捕捉しました、空母ヲ級が補給作業中ですが、タ級二隻、リ級一隻、駆逐艦三隻がこちらに向かってきます」
「見えたぜ、畜生。
こいつは向こうさんもアクシデントなんだろな。
どうすんだ、愛鷹?」
主砲を構えながら深雪は愛鷹に聞いた。
戦闘は避けられそうにない、となれば交戦するしかない。
出来れば戦わずに済めばよかったが、こちらに向かってきていると言う事は、向こう側は既にこちらを捕捉している。
仕方がない。
「対水上戦闘、右砲戦開始。
私とイリノイさんでタ級、青葉さんはリ級、駆逐艦は深雪さん、朝潮さん、満潮さんでお願いします」
「了解した」
「了解です」
「分かったぜ」
「了解」
「了解」
敵のタ級はflagshipではない。
自分の主砲でも、上手くやれば戦闘不能には追い込めるはずだ。
「各主砲、徹甲弾装填」
トリガーグリップを握り、安全装置を解除。
程なく主砲から装填完了のブザーが鳴る。
「各艦、目標を射程内に捉え次第随時撃ち方始め」
そう指示を出した愛鷹は、タ級二隻が発砲するのを見た。
この距離から撃ってもそう当たるモノではない。
先手を打ってイニシアティブを握るつもりか、それとも何か考えでもあるのか。
タ級の砲撃は艦隊の手前に落ち、被害は全くなかった。
しかし、着弾するや海上に濃密な煙が立ち込め始めた。
「スモークか……いや……」
電探表示機能を見たイリノイは、表示画面がホワイトアウトするのを見て唇を噛んだ。
煙幕にチャフ(電波妨害用のアルミ箔、又は裁断されたグラスファイバー)を仕込んでいたようだ。
目視はおろか、電探による精密照準射撃もこれで出来ない。
どちらかが晴れるのを待つしかないが、生憎風は深海棲艦に味方しており、そう簡単には晴れそうにない。
「主導権を先に取られたか……」
しかし、視界が遮られて、レーダーが使えないのは向こうも同じ。
深海棲艦もこちらを確認する事が出来ない。
しかし、無策で煙幕とチャフを展開したとは思えない。
恐らく、煙幕を利用して距離を詰めて来るはずだ。
必中を狙って距離を詰め、短期決戦を挑んで来るはず。
レーダー表示機能を対水上、対空の両方で確認するが、このノイズは簡単には消えそうにない。
ただ、何故か対空レーダーのノイズが酷い。
「どういう事……」
疑問を呟いた時、砲声が轟いた。
タ級の一六inch砲の砲声だ。
「こっちは見えてないはずですよね?
電探だって使えないはず……」
怪訝な表情を浮かべた青葉が聞いて来る。
「そのはずですが……」
そう返した時、煙幕の向こう側から砲弾が一二発飛んできた。
咄嗟に愛鷹は刀を引き抜き、自分に突っ込んで来る一発を両断したが、他の砲弾は仲間たちのところに落ちて着弾の水柱を上げた。
ぎょっとして後ろを振り返るが、幸い直撃を受けた者はいなかった。
全員至近弾で済んでいる。
「狙いが正確……まぐれにしては弾着地点が良すぎる。
愛鷹より各員へ。
各艦距離を取り、回避機動を優先。
朝潮さん、満潮さん、イリノイさんは互いの間隔と位置に特に注意を。
各艦、之字運動始め」
漢字の之に似たジグザグ航行を行う之字運動を発令し、六人はチャフと煙幕が晴れるまで、まずは回避機動優先に出た。
愛鷹、青葉、深雪、朝潮、満潮、イリノイがジグザグの航跡を描きながら海上を進む。
このうち、朝潮、満潮、イリノイは互いに航行運動演習の経験が無い為、予期せぬ衝突もあり得るから互いの間隔を多めにとっていた。
回避運動に専念する一同の耳に再び、タ級の砲声が遠くから轟く。
どんな手段で狙っているの……愛鷹が疑念を抱きながらジグザグに航行していると、再び六発の砲弾が飛来し、再び六人の元に落ちた。
大きな金属音がしたかと思うと、イリノイの体が大きく揺れた。
主砲塔の天蓋に一発直撃を受けたらしい。
幸い、装甲によってタ級の主砲弾は弾かれ、イリノイにも怪我は無かった。
至近弾の水柱から顔を護りながら、おかしい、と愛鷹はこの命中率にまぐれではない事に気が付いた。
何らかの手段で向こうはこちらの位置を捉えている。
ソナーだろうか?
いや、天候は落ち着いてきているが、海はまだ荒れ気味で聴音しても雑音しか取れない。
別のところに敵がいるのか?
そうとしか考えられないが、水平線上には敵艦影が見当たらない。
だが、水平線上ではなく、空だとしたら?
近くにはヲ級など三隻の空母がいる。
弾着観測機を複数出せば、そこから位置情報を解析し、こちらを砲撃する事は可能だ。
上空の気流は荒れているはずだが、練度の高い全天候観測機さえいれば、出来なくはない。
「愛鷹より各艦、敵は弾着観測機を使っているはずです。
各自、目で探してください」
「空にスポッターかよ、狡い手を使ってくれるな」
舌打ち交じりに深雪が返してくる。
こっちもガード・ドックがいたら、同じ条件です、と内心で返しながら愛鷹は空を見回した。
鈍色の空、いや少し暗くなってきた空を見回すが、風でエンジン音は聞こえず、機影も見当たらない。
雲の上から見ているとは思えない。
とすれば、こちらからは簡単に見つからない様な雲の下ギリギリから、煙幕から少し上の御所にいる筈。
早く見つけられれば、主導権を奪い返すことが出来るかもしれない。
再びタ級の砲声が聞こえ、さらにリ級の砲声まで聞こえた。
「この忙しい時に」
舌打ち交じりに呟くと、早くも砲弾の飛翔音が聞こえてくる。
もう聞こえてくると言う事は、向こうも距離を詰めていると言う事だ。
拙い。
眉間に冷や汗が流れた時だった。
「雷跡視認、数六発。
右舷側だ!
まずい、朝潮、満潮、イリノイに向かっているぞ!
三人とも回避しろ!」
鋭い深雪の魚雷接近の警告に、愛鷹が二人の方に振り向いた時、朝潮と満潮の小柄な姿が大急ぎで回避にかかっていた。
だが、発見するのが遅れていたのか二人の回避行動もむなしく、一発が朝潮の直撃コースに乗ってしまっていた。
「朝潮さん、魚雷、直撃コース!
衝撃に備え!」
警告の叫びを愛鷹が上げた時、白い雷跡一本を凍り付いて見つめる朝潮の前に、最大戦速で追い上げて来たイリノイが割り込んだ。
何をする気⁉ と思った時にはイリノイに魚雷が一発直撃していた。
爆発音と水柱、そして爆炎が二人をかき消す。
「イリノイ!
馬鹿野郎ーッ!」
「朝潮姉さん!」
深雪と満潮の悲鳴が上がる。
こんな時に、と唇を噛む。
深海棲艦は煙幕に紛れて距離を詰め、観測機からのデータを基に諸元を算出し、魚雷を放ったのだ。
早く、観測機を排除しないとまた雷撃が来る。
「イリノイさん、状況を」
程なく晴れた黒煙越しに、右足を押さえてしゃがみ込むイリノイと、その右足を診る朝潮が見えた。
「イリノイさん、返事を」
「大丈夫だ、防護機能で何とか致命傷は免れた。
朝潮も無事だ。
だが……私の右足の主機が損傷した。
動くには動くが……発揮できる速力が、精々第一戦速が関の山だ」
激しく咽込みながらイリノイは返してきた。
「了解です。
朝潮さんと満潮さんはイリノイさんに付いて、一旦海域から離脱してください」
「だが、相手は戦艦二隻だ。
私無しではお前には対抗し辛いぞ」
「何とかします、一時避退してください」
「速度が出ないだけだ、私が抜けては拙い」
「ダメです、そう言って無理をすれば更なる損害を出しかねません。
離脱してください」
ダメ出しをする愛鷹に、イリノイは悔しそうな表情を浮かべながら逡巡したものの、「了解した」と頷いた。
被弾した右足の主機から黒煙を上げるイリノイは、朝潮と満潮に付き添われて、戦闘海域から離れる針路をとった。
離脱間際に満潮が深雪に顔を向け、深雪を呼んだ。
「なんだ」
「失敗するんじゃないわよ、深雪。
死んだら許さないから」
「あいよ」
ニヤリと笑った深雪の答えに、満潮は答えずにイリノイと朝潮と共に離れて行った。
離れていく三人を見送った青葉は、愛鷹の判断は当たり前だと思う一方で、状況が悪くなっている事に危険を覚えていた。
イリノイさんの離脱は痛いですね、これでこちらは三隻ですよ……。
おまけに相手は愛鷹では倒しがたい戦艦タ級が二隻。
どうやって相手を無力化するのですか……そう思った時、また砲声が聞こえた。
近い、と青葉が思った時にはもう砲弾が着弾していた。
右肩に主砲艤装を担いでいたせいで、右側が死角になっていた隙を狙われた。
青葉の背中の艤装と右肩の主砲艤装に、深海棲艦艦隊から放たれた砲弾が一発ずつ直撃した。
背中と右肩で炸裂した凄まじい爆発と衝撃で、青葉は反対側へとなぎ倒され、何が起きたか分からないまま彼女の意識は暗転した。
二発の直撃を受けた青葉が大破して海に倒れるのが見えた。
「青葉被弾!
おい、青葉大丈夫か⁉」
「……戦列に戻ってください深雪さん。
青葉さんの救護は後です」
「なんだって⁉
大破した青葉を放ってドンパチしてろって言うのか!?」
「今は戦闘に集中してください、でなければ、次はあなたがやられます」
愛鷹が有無を言わせない口調で言った時、煙幕が晴れて来た。
そしてそのすぐ向こうからタ級二隻、リ級一隻、イ級後期型三隻が姿を現した。
更に上空に三機の観測機がちらりと見えた。
あの三機を落とせていたら……。
歯ぎしりしながら、深雪は近づく深海棲艦艦隊を睨んだ。
「畜生、青葉は動けねえってのに。
あたしは青葉の防衛に着くぞ」
「援護します。
青葉さんを連れて、一旦後退します」
「わかった、くそ」
ぐったりと力無く倒れる青葉の元へと深雪が駆け寄る一方、愛鷹は主砲を構え援護と足止めに入った。
「目標、先頭のタ級。
正面対水上戦闘、第一、第二主砲砲撃はじめ。
撃ちー方始め、てぇーっ!」
トリガーグリップを握ると、照準を合わせて引き金を引いた。
六門の三一センチ主砲の砲口から砲炎がほとばしり、砲身が勢い良く後退する。
轟音と共に徹甲弾が叩き出されると、愛鷹の周りの海面が衝撃波でへこんだ。
飛翔中の空気の摩擦で赤く光りながら、六発の砲弾はタ級へと飛んでいき、飛翔中の相互干渉を受けながらも四発が直撃する。
直撃したのはタ級の本体だった。
距離が近かったこともあってか、愛鷹の主砲弾の直撃もただでは済まなかったようで、大きく姿勢を崩すと動きが止まった。
当たり所が悪かったか、と思っていると、リ級と駆逐艦一隻が前に出て来て愛鷹に挑みかかって来た。
主砲の砲口を愛鷹に向けると、一斉に砲撃の火ぶたを切る。
咄嗟に右トリガーグリップを戻すと、刀を引き抜き直撃コースの砲弾を切り裂き、残りはぎりぎりの差で避ける。
左のトリガーグリップだけで、右側で行う射撃管制を行えるようにセットすると、右手で刀を持ったまま愛鷹は主砲をリ級に向けて放った。
近距離で放たれた三一センチ主砲弾が、リ級を捉え、艤装を吹き飛ばし、爆発の炎の中に消し飛ばす。
一撃でリ級が轟沈する一方、駆逐艦二隻は距離を詰めずに、主砲砲撃を行う。
リ級をやられ、愛鷹が只者じゃない事に気が付き、積極的に攻めるべきではないと考えたのだろう。
中破したらしいタ級の元へと向かう。
そこへ、まだ攻撃して来なかったタ級が砲撃を浴びせて来た。
即座に刀で砲弾を斬り落としたが、タ級はさらに副砲弾の斉射を浴びせて来た。
何発かは切り落とし、防護機能で弾くが、刀で弾ききれなかった一発が左肩に当たった。
左肩に鋭い痛みと衝撃が走り、思わずのけぞりながら苦悶の声を上げる。
痛みを堪えながら被弾した所を見て、大丈夫だと確認する。
防護機能で、被弾時の威力を可能な限り抑えられていた。
制服の左肩の肩章周りをごっそりと吹き飛ばされたものの、血まみれの肩と腕自体には見た目ほど問題はない。
ただ、妙に痛むので刀を持つにも、トリガーグリップを持つのも少し辛い。
副砲弾の射程外に一旦離れると刀をしまい、右トリガーグリップで射撃管制を行う様にリセット。
タ級の主砲再装填前に、主砲弾を撃ち込んで時間稼ぎ狙うが、左肩被弾時にこちらの再装填が一瞬遅れていた。
舌打ちをしながら再装填完了を待ち、その間に照準を合わせる。
愛鷹の主砲砲撃と、タ級の主砲斉射はほぼ同時だった。
三一センチ主砲弾と16inch砲弾が空中で轟音を立てながらすれ違い、ほぼ同時に着弾した。
六発の砲弾の直撃を受けたタ級は、本体と頭部に全弾を食らっていた。
被弾の衝撃でのけぞるタ級が、黒煙を上げて動きを止める。
被弾した頭部を両手で抑えている。
一方愛鷹は、主砲弾一発が左側の艤装前部に当たったが、幸いにも跳弾となり、前部がひしゃげはしたものの大きな被害は出なかった。
他の砲弾は辛うじて躱したが、一発が左頬を掠めて行ったので、流石に愛鷹も肝を冷やした。
頬を掠めた一発の衝撃波で制帽が吹き飛んだので、急いで拾うと、動けないタ級に向き直った。
その時、左側の海面からいきなりイ級後期型が飛び出してきた。
「なに⁉」
躱す余裕もなく、イ級後期型の体当たりを食らう。
ちょっとした小型車並みのサイズのイ級後期型の体当たりで、愛鷹は海面に押し倒されたが、即座に第三主砲を構え、空砲を放った。
イ級後期型が轟音と共に吹き飛び、海面に転がる。
主砲弾を撃ち込まなかったのは、発砲すれば撃破した時の爆発で、自分まで被害を受けかねなかったからだ。
空砲も空砲で危ないが、少なくともイ級後期型の爆発よりはましだ。
吹き飛ばされたイ級後期型はかなりダメージを受けたらしく、じたばたともがいている。
時間稼ぎにはなったはずだ、と判断し、深雪が救護中の青葉の元へ向かった。
艦橋を模した艤装の上部が殆ど原形をとどめない程破壊され、激しく炎上している。
主砲艤装も第二主砲の付け根辺りが激しく損傷しており、主砲塔自体が跡形もなくなっている。
弾薬庫が誘爆したらしい。
延焼による更なる被害防止に、手動で第一主砲の弾薬庫注水を行った深雪は、血まみれの青葉を抱え起こした。
「しっかりしろ青葉」
首筋を触ると、幸い脈はあった。
しかし、呼びかけには全く応じる気配がない。
破片が体中に刺さっており、かなりの深手だ。
止血剤の注射を打ち、防疫処置をすると応急処置の絆創膏を貼る。
戦場の前線における応急処置技術も随分と進歩しているお陰で、衛生兵のような存在抜きでも随分応急処置が出来るのは幸いだった。
「酷い傷だな……半日かかりそうな手術がいるんじゃないか、これ」
絆創膏だらけになった青葉を見ながら呟いた時、愛鷹がやって来た。
荒い息をしながら寄ってくるのが聞こえたので振り返ると、愛鷹の左肩が血で真っ赤になっていた。
左肩周りの制服がごっそりなくなって、初めて見る愛鷹の肩回りが見えた。
「愛鷹」
「私は大丈夫です。
かすり傷みたいなものですよ」
「どう見てもそれはかすり傷のレベルじゃねえだろ」
「青葉さんの傷よりはマシです」
ぐったりとして動かない青葉を見ながら言う愛鷹に、深雪も、まあ、その通りだなと頷く。
「早めに私たちも離脱し……」
急に心臓に電撃が走ったかのような衝撃が走った。
胸が苦しくなり、苦痛に顔をゆがめながら右腕で胸を掴んだ時、咳と共に口から鮮血が溢れた。
こんな時に……と思った時、また口から鮮血が吐き出された。
「おい、愛鷹」
「ちょっと、苦しい……です」
大丈夫ではないのは明らかなので、正直に言った。
タブレットを呑み下して落ち着かせるが、久々の吐血に気持ちが沈んだ。
「口の周り程度は拭いておけ。
制服についちまった血は、肩の血でごまかせるはずだ」
「はい……」
肩で息をしながら頷くと、ハンカチで口周りを拭いた。
胸がまだ苦しいが、さっきよりはマシだ。
青葉を右肩で担ぐと、深雪に警戒につかせてその場を離れた。
イリノイと連絡を取ったところ、偶然に近い形で避退した島でスクラフトン、ウースター、ジャイアット、蒼月と合流したと言う報告が入った。
ほっと安堵の息を吐くが、また別の問題が入る。
スクラフトン、ウースター、ジャイアットが燃料切れで動けないのだ。
「一難去ってまた一難ですか……」
流石にため息が漏れる。
まだ羅針盤障害が治まらず、ガード・ドックと通信できない。
それどころか、現在地の特定すら難しい。
ひとまず愛鷹と深雪は、意識の無い青葉と共に六人と合流しに島へと向かった。
上陸した島の洞窟では焚火が炊かれており、スクラフトンらが休んでいた。
愛鷹が青葉を抱えて現れると、蒼月が駆け寄って来た。
「青葉さん」
「止血と応急処置は深雪さんが行いました。
恐らく眠っているだけです」
「そうですか。
でも愛鷹さん、その傷は」
「青葉さんの傷と比べれば、まだマシです」
そう言って愛鷹は微笑んだ。
安堵の息を吐く蒼月を見ていた満潮は、スクラフトンとイリノイがささやく声を聞いた。
「スクラフトン、あの血」
「ええ。
外傷とは色が少し違いますね……吐血の色です。
断定しきれませんが、ロシニョールの症例の一つにある吐血の色に、どことなく似ている所があります……」
「すると、彼女も……」
「分かりませんが……彼女も何か持病があるかもしれません」
ロシニョール……艦娘にしか発症しないと言う難病。
罹患し、重症化してしまうと死は免れない。
艦娘がひそかに恐れている不治の病。
愛鷹は、その病に侵されている?
そう言えば、と満潮は愛鷹が何かの錠剤を服用する所を見たのを思い出した。
その錠剤が何のためのモノかは、同僚の深雪も知らないようだった。
だが、もし盗み聞きになる形で聞こえたイリノイとスクラフトンの話が本当だとしたら……愛鷹は不治の病に侵されていると言うのか?
確証はない。
スクラフトンはロシニョール病だ、とは言わなかった。
断定されていない。
だが、満潮には愛鷹がただの病に侵された人間には見えなかった。
それにしても、何故か見ていると愛鷹は誰かに似ている気がする。
誰だかは思い出せないが、どこかで見た顔だ。
制帽を目深にかぶっているせいで判別しにくいが……見覚えがある。
満潮が見つめていることに愛鷹は気が付かなかった。
被弾した左肩が酷く痛むのだ。
止血剤の効果が薄れたらしい。
艤装をいったん洞窟の地面に降ろすと、それに腰掛けて肩の傷の手当てを始めた。
蒼月と深雪が手伝いに入った。
「体の中に、変な破片でもめり込んじまったかな」
「どうでしょうね、アッ!」
患部が痛んだらしい愛鷹が顔をしかめた。
「堪えて下さい。
今鎮静剤を打ちますから」
鎮静剤の注射器を持った蒼月が、愛鷹の肩に注射器を当てようとするが、愛鷹はそれを拒んだ。
「鎮静剤……打たないでください」
「え、どうしてです」
驚いた蒼月が聞くと、愛鷹は顔をしかめながら答えた。
「鎮静剤を打つと、頭が回らないんです。
痛みで精密照準や、刀を振るうのは無理ですが、それ以外の事でならまだ左腕も使えます」
「けど、痛みで頭がイカれるぞ」
深雪が困惑顔で言うと、スクラフトンが助言を入れた。
「鎮静剤を一目盛り分だけ打つ程度なら、頭の周りが鈍るほどの副作用は出ない」
「蒼月さん、スクラフトンさんの言う通りに」
少し蒼月は迷った顔をしたものの、言われたとおりにした。
手当が終わると、これからどうするかの協議が始まった。
通信が回復しない内には、補給艦を呼ぶことは出来ない。
燃料の融通で何とかなると言う状況でもない。
レーションなどの物資も残り少ない。
それに、このまま何もしないでいると、日が完全に暮れて視界はゼロだ。
日没まであと二時間程度。
それまでに、決着をつける必要がある。
「羅針盤障害さえ、何とかできればな」
腕を組むイリノイに、愛鷹が向き直った。
「敵艦隊を完全に排除するのはどうです?
奴らがいるから羅針盤障害が晴れない。
ならば、奴らを完全に撃滅すれば、羅針盤障害が晴れて、ガード・ドックとの通信が回復するかもしれません」
「敵にはまだ手負いとは言え戦艦と駆逐艦が二隻ずつ、空母三隻と補給艦二隻がいる。
あとお前が駆逐艦一隻に損傷を負わせたが、奴がどうなったかは分からん。
後者と駆逐艦は一応大丈夫だろうが、気を抜けん。
お前はその状態では、打って出る時に連れて行くわけには」
「右腕がまだ使えます。
駆逐艦程度なら相手は出来ます。
使えるものは親でも使え、そうしなければこちらはジリ貧です」
「止めた方がいいぞ、愛鷹。
そう言う奴ほど早死にするもんだ」
厳しい表情の深雪が反対するが、愛鷹は頭を振った。
「完全に敵の残存艦艇を無力化するには、今動ける艦だけでは戦力が足りるとは思えません」
実際、動けるのはイリノイ、深雪、蒼月、朝潮、満潮のみだ。
一方、愛鷹が手傷を負わせたタ級は、完全に無力化されたわけではない。
応急修理で復帰してくる可能性が高い。
そうだとすれば、イリノイだけでは二隻のタ級を相手にするのは容易ではない。
だが、愛鷹なら何とか行動能力を奪えなくはないからサポートする事は出来る。
深雪、蒼月、朝潮、満潮の四人には駆逐艦の相手と空母、補給艦攻撃の為にも弾薬を損耗させるわけにはいかない。
そもそもイリノイは右足の主機が損傷していて、充分な速力が発揮できない状態だ。
「……やむを得んな。
よし、私と愛鷹、深雪、蒼月、朝潮、満潮で敵残存艦艇撃滅に出る。
スクラフトン、悪いがここでウースター、ジャイアットと待機していてくれ。
青葉の看病を頼む」
「了解」
「ケリをつけるのですね」
闘志をみなぎらせた目で朝潮が言う。
「私も戦い続けるわよ。
生きて帰んなきゃ、霞が浮かばれない」
満潮も頷いた。
「よし、日没まで時間が無い。
レーダーをフル稼働させて敵を捜索、捕捉次第、全艦を撃滅だ。
奴らはすぐそこにいるはずだ」
やろうと言う事になると、すぐに六人は艤装を簡単に点検して再装備した。
自分の艤装の点検にかかった愛鷹は、対空レーダーが左肩を直撃した砲弾で損傷している以外は問題ない事を確認し、主砲弾、高角砲弾の残弾を確認する。
弾薬はまだたくさんあるから問題は無い。
準備が終わると、タブレットを数錠飲んで艤装を装着した。
「ねえ、体は大丈夫なの?」
いつの間に隣に立っていた満潮が聞いてきた。
「どこか、病気なんじゃないの?」
「……」
「どうなのよ」
思い込むような顔になった愛鷹だったが、問いかけには答えず、「行きましょう」と返すと、先に洞窟の入口へと向かうイリノイ達の後を追った。
無言の返事に、困惑気味に満潮は呟いた。
「なんなの、アイツ……」
気味の悪さを感じたのは気のせいだろうか……?
イリノイが主機を応急修理した結果、どうにか第三戦速まで発揮できるようになったとは言え、行動力に制限がかかっていることには変わりない。
当然、愛鷹を含む他のメンバーも同じ速度で動かざるを得ない。
動きにくさはあるが、バラバラに動いても、各個撃破されかねないからやむを得ない。
機動力低下を補うため、イリノイと愛鷹の水上レーダーは最大出力で深海棲艦艦隊を捜索に出た。
嵐は大分治まってきており、波も穏やかになりつつある。激しい上下は大分マシになったと言っていい。
「各艦、警戒を怠るな」
旗艦を務めるイリノイの指示通り、一同は周囲警戒に神経を研ぎ澄ませた。
右腕で双眼鏡を構え、周囲監視に当たる愛鷹は時々左腕を動かして、調子を見る。
やはり、肩のダメージが響いて、反応がやや悪い。
射撃の照準合わせがこれでは難しい。
刀を持っても、砲弾弾きの為の反射神経を生かしきれそうにない。
実質戦力外状態だ。
手に届く距離にありながら、それが使えないもどかしさ、みたいな物ね。
軽くため息を吐いて双眼鏡を覗き込む。
日が暮れるまで一時間以上はあると言っても、空の明るさは落ちている。
うかうかしてはいられない。
羅針盤障害の酷い発生地点を何とか割り出し、その海域を重点的に探しているとは言え、そう簡単に見つかるモノでもない。
羅針盤障害でレーダー表示にノイズも走ることもあるから、レーダーだけを当てにするわけにもいかない。
やはり最終的にモノを言うのは、生身の人間の力だ。
つま先のソナーからは潜水艦の反応はおろか、気配も感じられないので海中は大丈夫だろう。
駆逐艦は潜水艦の様に静かに航行できないし、完全に潜航するのはごく短時間で、大抵は半没状態が多い。
完全に潜航するのは奇襲を仕掛ける時程度だ。
今、戦闘時に脅威となりえるは二隻の戦艦と二隻の駆逐艦。
さらに駆逐艦が一隻いるがその後どうなったかは分からないので、こちらも警戒が必要だ。
空母と補給艦は対水上戦闘能力が殆どないから、砲戦には使えない。
脅威となるは二隻のタ級の修理具合だろう。
短時間でどの程度復活できているかは分からない。
ただ、大破には至っていないからある程度は復旧しているだろう。
小破程度には回復しているかもしれない。
後は二隻の駆逐艦だが、こちらは深雪、蒼月、朝潮、満潮の四人で対処できる。
とにかく、やれるだけやるだ。
日没まで一時間を切った時、愛鷹の羅針盤がバイブレーションを立てた。
対水上レーダーに反応が出たのだ。
確認すると、反応が個左舷側に出ている。
「敵艦隊と思しき反応を対水上レーダーが捕捉。
方位一-九-〇、距離八五〇〇。
数一〇」
「こちらでも捉えた。
接近して確認する。
各員、対水上戦闘用意。
両舷前進全速」
自信の羅針盤を見たイリノイの指示で、艦隊のメンバーは砲戦、雷撃戦に備える。
「決着をつけて、帰りましょう」
独語するように愛鷹が呟いた時、レーダーの表示が二手に分かれた。
五つの反応が二手に分かれる。
一つは避退する針路を、もう一つはこちらに向かって来る。
向かって来る反応五つは恐らく、自分が空砲で吹き飛ばした駆逐艦を含めたタ級二隻込みの艦隊だ。
空母と補給艦を護る為だろう。
五隻の敵艦隊はすぐに六人の視界に入った。
「私と愛鷹がタ級の相手をする。
深雪、蒼月、朝潮、満潮は駆逐艦に向かへ」
「了解」
イリノイの指示に従って、四人が戦列から分離し、駆逐艦へ向かう。
「愛鷹は後衛を頼む。
私は前衛だ、援護を頼む」
「了解です」
「OK.
Prepare anti surface warfare (対水上戦闘用意).
Surface target kill truck 0-5-2-4(対水上目標、キル・トラック0524).
Open Fire! (撃ち方始め)」
射撃開始を命じるイリノイの号令と共に、彼女の16inch三連装主砲二基が火を噴いた。
「対水上戦闘、左砲戦。
第二、第三主砲、撃ちー方始め。
てぇーっ!」
愛鷹の三一センチ主砲も砲撃を開始する。
六発の16inch主砲弾と、六発の三一センチ主砲弾が空中を飛翔し、オレンジ色に輝きながら二隻のタ級の元に着弾する。
回避機動を行ったタ級は二人の初弾をかわし、反撃の砲撃を放つ。
一二個の発砲炎を確認した二人は回避機動を取るが、タ級の砲撃は狙いが荒く、それほど大きく動く必要もなかった。
初弾にしては狙いが粗い、と思いつつ愛鷹はイリノイと共に第二射を放った。
六門の主砲が真っ赤な砲炎を砲口から吐き出し、徹甲弾を撃ち出す。
空気を切り裂く甲高い音を立てながら、三一センチ主砲弾がタ級の右舷至近距離に着弾する。
イリノイの砲撃も挟叉を得ており、次を撃てば有効弾が送り込めるだろう。
二人が主砲の再装填中にタ級が再び砲撃を行う。
間もなく一二本の水柱が二人の周囲に立ち上がるが、先ほどと同様精度のばらつきが大きい。
むしろ下手に動き回り過ぎると、逆に当たりそうだ。
恐らく、愛鷹が負わせた手傷の影響かもしれない。
「これなら行けるかもしれない」
そう呟きながら愛鷹は主砲の第三射を放った。
隣のイリノイは自分より主砲が大口径だから、まだ再装填が済んでいない。
先に放った愛鷹の攻撃は、タ級を捉えていた。
本体に四つ、艤装に一発直撃の閃光が走る。
大きく震えたタ級は身悶えしながらも、主砲を構えて応射した。
再び飛んできた砲撃を余裕の表情で躱した愛鷹は、再装填が済んだ主砲を向けてトリガーを引いた。
六発の砲弾が反動で後退する砲身から撃ち出され、一〇秒程度で狙いを定めたタ級に、六個の直撃の閃光と炎を上げる。
黒煙を上げるタ級は速度も落ちている。
しかし、その黒煙を突き破って、三発の砲弾が愛鷹に向かって来る。
「大した執念ですね」
砲撃を躱しながら、ちょっとした感嘆の念を抱くが、容赦なく愛鷹は次の砲撃を撃ち込んだ。
動きの鈍っているタ級に再び六個の直撃弾が出て、タ級が苦悶の表情を浮かべた。
一瞬、何かが頭の中でフラッシュバックしたが、頭を振って気を取り直す。
確実に大破したタ級は戦闘能力を喪失したらしく、針路を変えて離脱を図る。
そのタ級に止めの一撃を愛鷹は撃ち込んだ。
六発の三一センチ主砲弾が炸裂した時、タ級は力尽きたように海上に倒れ、黒煙を上げてゆっくりと沈んでいった。
「初めて……戦艦を撃沈した……」
我ながら信じられない気持ちで、愛鷹は沈みゆくタ級を見つめた。
相手になったタ級がflagshipでもeliteでもなかったからかもしれないが、それでも「戦艦とは太刀打ちできん」と言い放たれていた自分が、初めて戦艦を単独で撃破し、沈める事に成功した。
主砲発射の引き金を引いていた右手を見つめると、軽い達成感が湧き上がって来て、嬉しさで顔が少しほころんだ。
直後殺気の様なものを感じた。
「くそ、抜かれた!
愛鷹、注意しろ、そっちにタ級が向かった。
こちらの速力を上回る機動力だ」
鋭いイリノイの警告の声に振り返った時、目の前にタ級が何かを振りかざして飛び掛かって来るのが見えた。
速度が出ないイリノイの攻撃で、武装の多くが無力化されたものの、機関部はまだ被害が少なかったらしい。
速度を生かしてイリノイの攻撃をかわしたタ級は、僚艦の仇討ちだけでも、と使い物にならなくなった主砲の砲身を構えて愛鷹に襲い掛かった。
咄嗟に刀を引き抜いた愛鷹は、振り下ろされた主砲の砲身を受け止めた。
全重量をかけて来るタ級に、右腕だけでは押し返しきれず、後ろに押し出される。
しかし、手負いのタ級の腕力も長続きしないし、愛鷹には一発で白兵戦の知識は無いのが分かる。
ただしゃにむに殴りかかってきた程度だ。
左足でタ級の腹部に蹴りを入れ込むと、タ級は呻いて砲身を離す。
そして対応できないタ級の胸に、意図せず愛鷹は刀を突き刺した。
タ級が悲鳴を上げた時、愛鷹の脳裏にこれと同じ光景がよみがえった。
悲鳴を上げ、鮮血を流す相手……返り血と突き刺した相手の血で真っ赤になった手と刀……。
信じられない気持ちで、愛鷹はタ級から刀を引き抜いた。
崩れ落ちて、足元で痙攣するタ級を見下ろしながら、何故艤装にしか使わないはずの刀で、深海棲艦を直接攻撃したのだ、と自問自答した。
あの光景を思い出したくないから、艤装にしか使わないはずだったのに。
なぜ……。
まさか、過去の記憶が本能的に……?
急に眩暈がして来て頭を押さえる。
なぜ、やってしまった……もう二度と、こんな事はやらないって決めていたのに……。
「あ、あ、あああ……」
「大丈夫か……愛鷹?」
いつの間にかそばに来ていたイリノイが心配そうに顔を見ている。
その向こうで息絶えて、波間に静かに消えてゆくタ級が見えた。
海面下に沈もうとするタ級の苦悶に満ちた目と目があった時、愛鷹の精神が破綻した。
「ああぁぁぁぁぁぁぁーッ!」
声の限りに絶叫した愛鷹は、視界が暗転し、気を失った。
四人の主砲砲撃で撃破され、沈んでいく三隻の駆逐艦、魚雷を撃ち込まれ爆沈する空母三隻と補給艦二隻。
それらが上げる黒煙の中で深雪は、片腕で額の汗を拭った。
「ふう、ざっとこんなもんかな。
愛鷹達の手も借りる間もなく片付いちまったな」
「これで、羅針盤障害も晴れたようですね」
自分の羅針盤を見て、朝潮が顔をほころばせた。
深雪、蒼月、朝潮、満潮の四人だけで三隻の駆逐艦、空母に補給艦全てを無力化する事に成功した一同は、軽く一息付けていた。
「長かったですね……今日は」
「ああ。
ひでえだけでなく、長すぎる一日だったぜ。
仕事は終わったし、はやいとこずらかろうか」
撃破され沈むのは時間の問題となったヲ級を見つめる蒼月に、満潮が近づいてきた。
動かないヲ級を少し複雑そうな顔をして見る蒼月に、満潮は無言でその肩に手を置いた。
「あんたさ……意外と……やるじゃない……誉めてあげるわ」
「満潮さんも、凄かったです。
やはり経験の差ですね」
微笑を浮かべて返す蒼月に、満潮は頬を赤らめた。
妙に素直なコイツの性格が、どうも気に食わない。
他人に素直になれない自分が、少し憧れるモノだったからだ。
頬を赤らめているところを見られるのが恥ずかしく、鼻を鳴らしてそっぽ向く。
「別に、あんたに褒められても嬉しくもなんともないわよ」
「それは失礼しました」
珍しくおどけたように蒼月が言うのが、癪に障った。
調子に乗ってくれて、まぐれのくせに……。
知らない内に、ずうずうしい程の図太さを身につけたとでも言うのか。
ふざけるんなじゃいわよ、と悔し紛れに睨みつけると、蒼月は苦笑を浮かべた。
「おーい、二人とも集合だ。
ちょいとまた愛鷹がやべえ状態になったってよ」
深雪が蒼月と満潮に手を振りながら、大声で知らせて来た。
「何があったんですか」
聞き返しながら蒼月が向きを変えた。
その時、満潮の視界内で何かが動いた。
撃破したはずのヲ級がステッキ状の棒を構えて、蒼月に突き立てようとしていた。
蒼月は全く気が付いていなかった。
「危ない!」
咄嗟に叫んで満潮が蒼月を突き飛ばした時、ヲ級のステッキ状の棒が満潮の腹部を貫いた。
今回は戦闘メインのお話となりました。
架空艦娘の艦隊の出迎えから捜索救難、それが二次遭難で状況悪化。
直ぐに終わるはずの任務が丸一日かかる作戦に。
ちょっと映画「ブラックホークダウン」で描かれた「モガディシュの戦い」に展開が似ているかもしれません。
イリノイが魚雷の直撃に耐えれたのは、「アイオワ級戦艦」ならではの耐久力を描写して見た結果です。
過去に青葉、ガングート、瑞鳳などが魚雷攻撃で被害を受けていますが、イリノイは彼女らよりも耐久力の高い新型戦艦と言う意味での差別化を図りました。
言ってしまうと、ガングートがイリノイより防御力で随分劣るポンコツ戦艦である訳になってしまいますが(ガングートは艦これ実装艦では厳に最古参艦ではあります)
劇中でタ級を刺殺してしまった際に、何かを思い出して発狂した愛鷹ですが、これは彼女の謎と過去に繋がるモノになっています。
ラストの満潮ですが、彼女が次の話でどう登場するかは既に決まっています。
一命をとりとめる負傷で済んだのか、刺創が原因で命を落としたか……ここでは言えません。
ではまた次回でお会いしましょう。