今回のお話はちょっと衝撃的な事ばかりです。
すっかり日が暮れた埠頭で、皆の帰還を瑞鳳は一人、待ち続けていた。
日が暮れても、愛鷹や青葉らは中々帰ってこない。
みんな無事かな……そう思いながら、待ち続けていると、救急車のサイレンが聞こえて来た。
埠頭に近づいて来る。
振り返ると、九台の救急車の青色灯(日本の救急車とは車種が違う)が見えた。
さらにハンヴィーなどの車輛も複数輌付いて来ている。
「無事じゃないんだ……」
表情を曇らせた瑞鳳が呟いた時、聞き覚えのある汽笛が聞こえた。
あれは、愛鷹の汽笛だ。
帰って来たのだ、皆が。
ホッとして溜息を吐いた瑞鳳は、汽笛の聞こえた方を見た。
暗闇の中で、艦隊の姿がうっすらと見える。
埠頭にあるサーチライトが点灯して、港を明るくした時、帰投するメンバーが見えた。
帰投する艦隊の姿を見た瑞鳳は、その惨状に声が出なかった。
イリノイに曳航される、腹部に短い棒状のモノが突き刺さった満潮。
悲しそうな表情の衣笠と夕張に曳航されている、血まみれの青葉。
見るからに生気を失った顔で、血まみれになった左肩を庇う愛鷹。
他のメンバーの顔に明るさは全くない。
そして、帰投する彼女たちの中に、霞の姿は無かった。
悲しみに暮れる朝潮が、霞のモノだったボロボロの赤いリボンを握りしめている。
六人の艦娘を助けるために、一人の艦娘が命を落とした。
立ち尽くす瑞鳳が見守る中、一七隻の艦隊は入港、上陸した。
直ぐに救急隊員がLRSRGの面々と負傷している愛鷹、青葉、満潮を救急車に載せて基地の病院へと搬送した。
サイレンを鳴らして走り出した救急車を沈んだ目で見送る他の艦娘達の元へ瑞鳳は走った。
消耗した顔の衣笠が、駆け寄って来た瑞鳳に気が付いた。
「衣笠」
「瑞鳳ちゃん……ただいま」
無理に笑う衣笠だが、その顔には泣きはらした跡があった。
「青葉は……」
「……重傷よ。
意識が……全然戻らない」
込み上げてくるものを堪えながら、衣笠は答えた。
「それに、霞ちゃんは……戻れなかった……」
「……霞」
瑞鳳もよく知る艦娘がまた一人、逝った。
麻酔を打たれ、意識が朦朧としているはずなのに、摘出された砲弾の破片がトレイに落とされる音が、耳に酷く障った。
気が付くと、手術は終わり左肩には包帯が巻かれていた。
三日間安静にしていれば直ぐに傷口が癒える、と手術を担当した医師は言った。
トレイに摘出された砲弾の破片を見るかと聞かれて、頷くと五センチ四方ほどはありそうな破片が二つ、それ以外に小さい破片が七個もあった。
「手術ありがとうございました。
助かります」
「礼を言わるほどのことじゃないさ。
医者として、当然の責務を果たしているだけだ」
看護師に手伝って貰いながら制服を着る。
「青葉さんの容態は?」
「まだ手術中だ。
応急処置が手早く行われていたのは幸いだった、少なくとも外への出血は抑えられていた。
詳細は聞いていないから、傷の具合は分からないが、今でも手術が続いているだけにただの傷ではないだろうな」
「そうですか」沈み込んだ声で愛鷹は返した。
「満潮さんの傷は?」
「ヲ級のステッキみたいなものを抜かなかったのは正解だったぞ。
少なくとも失血で死ぬ事は無い。
ただ、肝臓などの内臓がいくつかやられたから、再生治療で臓器を復元するしかない。
傷は深いが、死にはしないよ」
目を覚ました愛鷹が、満潮の腹から背に貫通したステッキ状のモノを短く切断して、引き抜かずそのままにしていたのだ。
止血処置をしても溢れる血で気が気でなかったが、失血死に至るほどではなかったのは幸いだった。
霞に続き、満潮まで失う事になるかと思ったが、大丈夫そうなのが今のところ愛鷹には唯一の慰めとなった。
風呂から上がった衣笠の耳に、肉を強く打ち据える音と、誰かが倒れる音が聞こえた。
何事かと音のする方へと向かと、拳をさする深雪が、頬をさすりながら床に座り込むイリノイの前に立っていた。
「ちょ、ちょっと深雪、何やってんの⁉」
「衣笠は引っ込んでろ」
「いや、でも……」
「衣笠、良いんだ。
彼女は悪くない」
手を上げて衣笠を制したイリノイが立ち上がる。
「一発でいいのか?」
「一発あれば充分さ。
……ワリい」
「いや、良いんだ。
気が済むまで殴ってくれても、私は別にいいんだ」
「なんで……なんで殴るの……」
震える声で衣笠は深雪に問うた。
険しい視線を返しながら深雪は答えた。
「ツケだ。
霞の死を危うくフイにしかけただけじゃない。
仲間を見捨てた己の傲慢さってやつを、あたしが教えてやってるのさ。
そんなことが出来る奴が、なんで艦隊旗艦になれたんだか、深雪様にはさっぱり理解できねえ」
ぎりりと歯を噛み締めて、イリノイを深雪は睨みつけた。
赤くはれた頬をさする事もせず、イリノイは深雪からの厳しい視線を受け止めていた。
「でも……でも……。
殴っても怒っても、もう始まらないじゃない!」
たまりかねたように衣笠が声を上げた。
急に発せられた怒声に、深雪とイリノイが一瞬圧倒された顔になる。
「霞ちゃんが死んじゃったのは、もうどうしようもないじゃない。
青葉も満潮ちゃんも、ここで騒いでも怪我がどうこうなる訳じゃないでしょ……」
自分でも分からず、目から涙が溢れた。
どうしてこうなっちゃったの?
ただ迎えに行くだけだったのに、簡単な筈の任務だったのに。
皆何事もなく帰って来るはずだったのに、霞ちゃんが戦死して青葉は意識不明の重傷、満潮ちゃんも重傷を負うなんて。
気まずそうな顔になった深雪が、「ごめんな」と詫びるが、衣笠は踵を返して去って行った。
整備工廠では瑞鳳と夕張が、損傷した青葉の艤装を診ていた。
「第一主砲弾薬庫注水は賢明な判断だったわね。
弾薬庫温度が危険域に達しかけていたわ」
データログを見る夕張の言葉に、瑞鳳は安堵の溜息を吐いた。
「深雪の判断は早いわね。
まあ、深雪らしい判断かもしれないけど」
「電ちゃんの誤射を受けた時、主砲が丸ごと爆発したし、ダメコンが上手くいかなかったから何度も死にかけたものだからねえ。
過去の教訓を絶対に忘れないって訳よ」
「あんまり深雪の昔は聞かないけど、誤射事故の時ってどんな感じだったの?」
あの頃、瑞鳳は補給部隊の高速給油艦高崎から艦種変更試験を受けて、軽空母になったばかりだったし、配属先も違ったので面識自体がまだなかった。
日本艦隊始まって以来最悪の艦隊演習事故とされる深雪の誤射事故は、艦娘達の悪天候下での限界や、思わぬ事態が起きる事を突き付ける出来事だった。
艤装をハンマーでたたいて、音を聞いていた夕張がハンマーを下ろし、手拭いで手汗を拭いながら目を細めた。
「天候は最悪だったわ。
今日と同じくらいの悪天候の中、対水上戦闘演習が行われたわ。
提督は『悪天候でも敵は容赦なく攻撃してくるから、その対応が出来るようにしておかなければならない』ってことで訓練を強行。
でも、高波で私たちは隊列を組むのもままならず、開始一時間もしない内に艦隊はバラバラになってしまったわ。
そんな時、深海棲艦艦隊出現の報が入ったの。
誤報だったけどね。
その報告が入った時、『深海棲艦艦隊がいる場所』に一番近かったのが、落伍していた深雪と電ちゃんだったの。
パニックに陥った電ちゃんは、魚雷を全弾発射して全速離脱……でも、そのうちの一本が、避退中の深雪を直撃したの。
捜索開始二時間後に深雪は見つかったわ。
心肺停止の状態で……。
主機と艤装の殆どは全滅。
機関部も虫の息で、深雪の体は殆ど沈みかけてたわ。
生への執念が、浮かべる力を機関部に与え続けていたのかもね。
二四時間近い大手術でひとまず、そのまま死ぬのは避けられたけど、昏睡状態のまま一〇回近くも山を迎えた。
そのたびに、覚悟して下さいってみんな言われたわ。
電ちゃんは査問を受けたけど、すぐに放免。
代わりに精神的に参って、精神病院に入院することになったわ。
病院から退院した後も、深雪はベッドの上で生命維持装置を繋がれたまま……。
罪悪感に苛まれた電ちゃんはある日、凶行に出た……自らの命を絶つ、って言う手に。
幸い、響ちゃんが間一髪のところで止めたけどね。
そして……電ちゃんが自殺しようとしたその日の夜、深雪は目を覚ました……」
夕張の脳裏に、自殺を図った電と止めに入った響の姿が蘇った。
駆け付けた艦娘達の見ている中で、響が錯乱する電に平手打ちをかまして「深雪はそんなことをしても浮かばれない」、と説教していた。
泣きじゃくる電に響はさらに「また……妹の君を失うのも嫌だ……深雪と、悲しみを噛み締めながら生きるのは……もう……」と震える声で言った。
実は響の言葉は、さかのぼる事四年前のセイロン方面での大規模作戦で、前衛部隊所属の第六駆逐隊が潜水艦の雷撃で暁、雷、電の三人を一挙に失ったことに起因していた。
稚拙な作戦、人命を軽視した艦娘の運用……。
多くの艦娘が命を落としたこの作戦では、響の姉妹艦娘である暁、雷、電も帰らぬ人となった。
第六駆逐隊で一人生き残った響は、目の前で三人の姉妹を失った心労で、暁似の色だった髪は一気に白へと変わり果てた。
抜け殻の様になった響を看護したのは、一緒に従軍していた深雪だった。
元々人命を重んじる性格だった深雪が、何にも増して人命を重視するようになったのも、この作戦からだった。
上からの指令であるなら従わざるを得ない、と言う考えはこの頃深雪にはまだあったが、第六駆逐隊が壊滅し、残された響の姿を見てから「例え上からの指示でも、人命を軽視した命令は聞けない」の考えに変わった。
暁、雷、電が帰還を果たしたのはそれから五か月後の事だった。
撃沈され、海の底へ沈んだはずの三人がどうやって帰って来たのか、艦隊ではちょっとした話題になったが、泣きながら帰ってきた三人を抱きしめる響を見たものは、「この事は口にしないでおこう」と言う暗黙の了解を誓った。
夕張と深雪は、三人がなぜ帰って来られたかを偶然知ることが出来た。
三人は別々のところで「深海棲艦化して艦娘と遭遇」していた。
深海棲艦化した三人は、海軍の特一級軍機事項に指定される「D事案」に指定され、別の国の艦隊(どこの国かは不明だった)の手で回収され、回収後は深海棲艦化を解くために「自沈処理」を施された。
そして、暁、雷、電は深海棲艦と化していた時の記憶の全てを失った状態で、人間の艦娘として復活を果たした。
深雪はこの「D事案」を懐疑的に見ていたが、思わぬ形で深雪は「D事案」を再び経験することになった。
第六駆逐隊が帰還した翌年の春。
ソロモン方面で深雪の長女、吹雪が撃沈され帰らぬ人となった。
しかし、二か月後には「D事案」指定の後、艦隊に復帰を果たしていた。
吹雪の場合は完全に記憶喪失に陥り、深海棲艦時代どころか、艦娘だった頃、それ以前の記憶も失っていた。
そんな長女の姿に深雪は強い衝撃を受けたが、吹雪との絆が薄れる事は無く、事故で除籍されるまで同じ部隊の同僚として戦い続けた。
「深雪は自分の過去を話すことで、電ちゃんに何かしらプレッシャーがかかることを懸念して、昔のことはあまり話さないようにしているのよ。
前に教えてくれたわ」
「そうだったんだ」
神妙な顔で聞いていた瑞鳳に、夕張は軽くため息を吐いた。
「ええ。
みんな何かしら、暗い過去を持っているものよ。
今なら笑って語れる子もいるでしょうけど、中には深い傷になっている子もいるようだから……」
「愛鷹さんの事?」
「ま、そうなるわね」
全く自身の過去を話そうとしない(別に話す義務はないが)愛鷹だが、普段のその言動や反応から、何かしら深い心の傷を負っている事は窺えた。
夕張は損傷した青葉の艤装の損傷の調査を終えると、溜息を吐いた。
これはかなり修理に時間がかかるわね……。
日本本土にあるスペアの艤装自体を持ってきた方が早いかも……どれくらい残っているかだけど。
自室に戻って休む事にした愛鷹は、病棟から宿舎に向か途中で、待合室で一人体育座りをして膝の中に顔をうずめている蒼月を見かけた。
自分のせいで満潮が重傷を負った、と思っているのは確かだ。
残念ながら、その通りだった。
何か声をかけてあげたい気もするが、何を言えばいいのか分からない。
貴方は悪くない、と言っても効果は無いし、多分逆効果になる恐れがある。
すると自分に気が付いたらしい蒼月が、顔を上げてこちらを見た。
無言で見返した愛鷹は、制帽の鍔をつまんで被りなおすとその場を離れた。
「ごめんなさい、蒼月さん。
……私は、貴方が思う程強い人間じゃないんです……」
独語するように呟いて、愛鷹は宿舎へと向かった。
静かな夜の宿舎内を歩いていると、何故か過去に見たあの光景が脳裏にぼんやりと浮かんでくる。
思い出してはいけないと、抑え込むが、目に入る景色が嫌でも思い起こそうとさせて来る。
タブレットを少し飲んで落ち着かせようとするが、落ち着かない。
さっき、待合室で蒼月さんと一緒にいてあげればよかった、と遅い後悔をする。
込み上げてくる胸のむかつきとも戦いながら部屋へ向かう。
が、視界が歪んだかと思うと、ぼんやりとしていた既視感が脳裏にはっきりと浮かび上がった。
思わず右手で頭を押さえた時、心臓に衝撃が走った。
激しく咽込み始めてしまい、拙いまた吐血してしまう、と思ったが予想に反して口から血が溢れる事は無かった。
ただ、ひたすらに胸が苦しい。
心臓が、表しようの無い苦痛に締め付けられ、息が荒くなる。
左手で胸を押さえた時、姿勢が崩れ右手の壁に体をぶつけた。
まるで蒼月を慰めてやれない自分を強く責める様に苦しい。
そう言えば、と壁に寄り掛かりながら、昔聞いた覚えがあった話を愛鷹は思い出した。
この反応を体が示したと言う事は、自分の体もかなり拙い状態になっているだろう、という事を。
普段服用しているタブレットの中身には体を維持する事と引き換えに、相応以上の対価を体に強いる成分が含まれている。
まだ、正規配備されて、半年も経っていないのに……。
予想以上にこの体は駄目になっているのか?
それとも、タブレットを過剰摂取しすぎたのだろうか。
荒い息のまま左手で胸を強く押さえ、右腕で壁を掻く様に体をすりつけながら歩く。
歩き方もおぼつかないが、とにかく、前へと歩いた。
しかし、五メートルと行かない内に力尽きた。
転倒した時の衝撃も加わってか、更に胸が苦しくなった。
もう、抑えるだけでは済まない。
掻きむしった。
倒れたまま苦悶の声を吐いていると、寄り掛かっていた壁の先のドアが開き、二人の人間が飛び出してきた。
「霧島!」
「だ、大丈夫ですか!?」
横倒しになっている愛鷹の視界に、二人の人間の足が映り込む。
非番の榛名と霧島だった。
壁に何かがぶつかり、ずりずりこすった後、大きな音がしたので何事とか二人が飛び出すと、見覚えのある女性が胸を掻きむしって倒れていた。
「大丈夫ですか、聞こえますか?」
「榛名、ここをお願い。
私は誰か呼んできます」
「はい」
霧島が人を呼びに走り出し、榛名は呼びかけながら、苦しむ女性の背中をさすった。
「頑張って下さい、すぐにお医者さんが来ますから。
名前は?」
「あ……あし、た……か」
「あしたか……以前、沖ノ鳥島に出た事は?」
頷いた愛鷹に、榛名は思い出した。
会って話したことは無かったが、愛鷹と言う新入りが作戦に参加していたことは覚えている。
あの時の……と思っていた時、愛鷹が身悶えした。
その時、榛名の脳裏に以前見た光景が蘇った。
昔、比叡がロシニョール病を発症した時も同じ様な苦しみ方をしていた。
もしや、愛鷹もロシニョール病に?
だが、苦しみ方は比叡の時より激しい。
末期症状なのか?
そう思うと榛名に慄然とするものが出る。
愛鷹はまだ着任して半年も経っていない。
もし、ロシニョール病で末期だとすれば、艦娘としての日々、いや人生そのものを一年もしない内に終えることになる。
確実な話ではない。
あくまで自分の想像だ。
しかし、苦しむ愛鷹を見ていると、全く無縁には見えなかった。
数分後、ストレッチャーに載せられた愛鷹は緊急病棟に搬送された。
(バーズアイ1から仁淀へ。
ディッピングソナーに感あり、信頼水準は低。
方位〇-六-七、距離一万七〇〇〇、深度一八メートル。
音紋照合中……敵潜カ級と識別)
搭載するオ号観測機(対潜哨戒ヘリ)、コールサイン・バーズアイ1からの報告に仁淀は、また出た、と胸中で呟いた。
「了解しました。
バーズアイ2、こちら仁淀。
ウェポンズフリー、カ級への爆雷攻撃を許可します」
(了解、目標位置確認
対潜弾、投下用意……てぇっ!)
しばしの沈黙後、バーズアイ2が「敵潜水艦撃沈」の報告を入れて来た。
「どうですか?」
後続の綾波に聞かれた仁淀は、振り返ると笑みを浮かべて右手の親指を立てた。
「やりましたね」
微笑を浮かべる綾波だが、その後ろの敷波は頭の後ろで手を組んで眉間に皺を寄せる。
「それにしても、今日だけでもう五隻目だよ。
やけに出すぎじゃないかな」
「それはそうかも」
「潜水艦、どこかに拠点を築いているのでは?」
横から入るように浦波が言うと、敷波と綾波が顔を見合わせる。
「長距離航海可能な潜水艦でも、補給とかを考えたら近海の小島に拠点を築いているとか」
浦波の後ろで腕を組んで聞いていた磯波が首を捻る。
「でも、潜水艦支援部隊が近辺に入り込んできたって言う話は聞かないけどなあ」
「確かに、哨戒報告ではまだ聞いていませんが……。
見落としたのかもしれませんね」
そう返しながら、仁淀はバーズアイ1、2に帰投指示を出し、補給が終わったバーズアイ3と4を交代として発艦させる。
「五分隊各員はバーズアイ3、4の発艦作業はじめ」
背中の艤装の格納庫の飛行甲板が展張され、中から妖精さんがオ号観測機二機をレールに沿って押し出してくる。
手早く係留を解除すると、LSO(発着艦指揮所)からの指示を確認した二機が次々に発艦していった。
二機のそれぞれの役割として、バーズアイ3が吊り下げ式のディッピングソナーで敵の潜水艦を探し、見つけ次第爆雷を抱えたバーズアイ4が攻撃する。
仁淀は今回、オ号観測機を八機搭載していた。
今はバーズアイ1、2、3、4、7、8が出撃中で、5と6は格納庫で補給中だ。
仁淀は第一九駆逐隊駆逐隊の磯波、浦波、綾波、敷波の四人と共に第八対潜警戒隊を編成して、日本の太平洋沿岸部の対潜哨戒任務についていた。
他に鹿島と第四駆逐隊の野分、嵐、萩風、舞風からなる第七対潜警戒隊が近辺で対潜哨戒についている。
時々、鹿島と連絡を取り合い、敵潜水艦の情報の共有も行う。
既に向こうも三隻の潜水艦を確認し、撃沈していた。
湧いて出て来る敵の潜水艦に何か、只ならぬものを仁淀は感じていた。
バーズアイ3、4が発艦して一〇分程した時だった。
「ソナー、今何か聞こえた……気を付けて」
敷波が眉間に皺を寄せ、ヘッドセットに手を当てた。
その反応に全員が表情を硬くする。
「方位一-九-〇、距離は約七〇〇メートル。
深度は二〇メートル前後」
「七〇〇? 近いですね」
「……私も聞こえました。
これは……ヨ級です」
目を閉じて、ヘッドセットからの音を聞いていた綾波が断定した。
「バーズアイ3、4は到着に時間がかかる……。
艦隊による直接対潜攻撃に出ます。
単横陣に陣形変換」
即座に仁淀を中央に置いた単横陣に五人は並び替えた。
さらに第三戦速に増速して爆雷戦準備。
「敵潜、捕捉しました。
方位変わらず、敵針二-三-五、深度二三、敵速八ノット」
外装型主機に接続されているソナーから聞こえてくる音を聞き、綾波が敵潜水艦の情報を報告する。
「待ってください……敵潜、ベントを開放、メインタンクに注水、速力を上げ急速潜航中」
「艦隊、最大戦速。
対潜爆雷投射用意!
射程に入り次第投射はじめ」
逃がさない、と仁淀は目を細める。
「敵潜水艦、深度二五メートル、速力一〇ノットへ。
尚も加速中」
「距離は?」
「あと三〇〇メートル」
「ま、間に合うかな」
「間に合わせるんだよ」
不安になる浦波に敷波が発破をかける。
「あと、一五〇メートル」
「爆雷投射用意、各艦弾数四発。
調定深度三〇メートルから三五メートル」
距離が縮まることを告げる綾波の声に続けて、仁淀が爆雷の設定深度を敵潜水艦の潜航速度を勘定して伝えた。
「まもなく敵潜直上」
「艦隊、減速赤。
第二戦速へ」
聴音を続ける綾波からの言葉に、仁淀が減速を指示し右腕を上げる。
そして綾波が「敵潜、直下」と告げた時、腕を下ろした。
「爆雷、攻撃はじめ」
「爆雷投射はじめます」
そう言って最初に爆雷を投じたのは磯波だった。
四人がそれぞれ四発投じた爆雷が海中内で爆発する前に、五人はその場から離脱する。
程なく、一六回の爆発音が海中で轟く。
くぐもった爆発音が海中でしたかと思うと、一六本の白い水柱が次々に海面に出現した。
「やったか?」
「それは死亡フラグだよ」
海面を見つめて言う浦波に敷波がツッコミを入れる。
仁淀はヘッドセットに手を当てて聴音するが、爆雷爆発時の残響で、海中内は滝の中の様な轟音に埋め尽くされている。
クリアになるまで少し時間がいる。
四人に第二波投射の準備をさせた時、ソナーで聴音を行っていた磯波が顔をほころばせた。
「敵潜水艦、艤装大破。
沈没します」
「よっし、一隻また追加だね」
「やりましたぁ」
「ふう……仕留めたね」
ガッツポーズをとる敷波に続き、綾波と浦波も笑みを浮かべた。
自室で一人寝ていたところを軍医に呼びだされた衣笠は、読んだ医師の診察室へ向かう途中、ベッドに載せられて移動する満潮を見かけた。
落ち着きを取り戻した蒼月が付き添っている所からして、手術と治療が終わったのだろう。
少し安心感を覚える一方で、まだ手術中の青葉の事も気になる。
まだ手術中でオペ室の中だ。
「青葉……頑張って」
姉へ胸中でエールを送りながら、自分も頑張らないと、と気合を入れるように頬を叩いた。
着いた診察室では、既に軍医が待っていた。
何かの情報をびっしり書き込んだノートを手にして、眉間に皺をよせていた。
挨拶してから「何かあったんですか」と聞く。
軍医は大きくため息を吐くと、衣笠を見据えた。
「青葉の手術はさっき終わったよ。
一命はとりとめた。
だが、諸手を上げて喜ぶことは出来そうにない」
「どういう事ですか」
聞きながら、言い知れぬ不安を感じ始める。
「さっき、榛名と霧島が廊下で倒れていた愛鷹を担ぎこんできた。
それでさっき診察を行ったんだ。
苦しみ方が尋常でなくてな、急遽精密検査を行った」
軍医はPCの画面表示を変えて、レントゲン写真を見せた。
「これは愛鷹の心臓のレントゲンだ。
この白い影、大体一円玉サイズだが、分かるね」
「はい」
「これは、癌だ。
ステージは3で、早期に治療しないと拙い。
それとこの黒い斑点が体中にいくつか不自然に出ているのが分かるね?」
「はい」
「これは、ロシニョール病のウイルスが暴れている跡だ。
レベルは5、残念だが愛鷹はもう何年も長生き出来ない。
希望的に見積もって……来年の冬まで持てばいい方だ」
脳天を一撃されたような衝撃。
レベル5のロシニョール病。
完全に末期だ。
「急いで本国の愛鷹のカルテを確認したんだが、ここに来るまでのデータでは異常は確認できてなくてな。
ただ、いくつか気になる数値は出て来ている。
なにか、愛鷹の行動から兆候とかは見られなかったかな?
どんなものでもいい」
「兆候って言われても……」
思いつくものがあっただろうかと、考えるが、突然の重病話で頭が混乱していてすぐには出そうにない。
「まあ、なんかよく薬を飲んでいる所を見た事はありますよ」
「薬?」
「はい」
眼の色を変えた軍医の視線に、少し圧倒されながら衣笠は頷いた。
「なるほど……。
もしかしたらその線……だが、何故だ……」
「何が……」
「いや、何でもない」
「教えてください」
食い下がった衣笠だが、軍医は申し訳なさそうな顔を向けた。
「本国からは、愛鷹の個人情報を教えるなと申し付けられていてな。
話せないんだ」
「どういうこと……」
「分からない。
武本司令に聞いてみたが、軍機事項と言う事で教えてもらえなかった」
それを聞くと、どうしてそこまで愛鷹さんの素性を隠すの? と疑問が浮かび上がってくる。
しかし、軍医はこれ以上言えないと言うよりは軍医自身も分からない様で、聞いても首を振るばかりだった。
変わって青葉の話になった。
主砲艤装の弾薬庫誘爆と、背中の艤装の被弾による傷は酷く、破片の一部が心臓や肺に達していたものの、どうにか破片御摘出を含めた治療は出来た。
後遺症等は恐らく心配なさそうだった。
それを聞いて少し心が落ち着いた。
ただやはり、愛鷹の重病が気になる。
もっとも、癌を治療出来たとしても、長い未来は無い。
「それだけの重症。
短期間でなるモノなんですか?」
「はっきり言ってしまうと、無いな。
短期間でここまで一気に末期化した事例は存在しないからな。
もっとも、ロシニョール病はその全容について、まだ詳しく解明しきれていない。
新症状の可能性も無くは無いだろうな」
「これからの生活に支障は」
「余命が何時になるかは分からんが、日常生活はいつも通り送られる。
だが、時が近づいたら身体機能の低下が起きるから、その時は……」
言葉を濁す軍医の言葉は、遠からず愛鷹が生涯を終える日が来る事を意味していた。
軍医の許可を得た衣笠は、青葉の病室に入った。
ベッドの上の青葉は体中に包帯を巻き、酸素マスクをつけた状態で静かに寝ていた。
脇の椅子に腰かけた衣笠は、愛鷹と青葉と言うリーダー、サブリーダー格がいない第三三戦隊をこれからどうしていけばいいのかと思うと、深いため息が漏れた。
「青葉……」
呼びかけたが、青葉の目は開かず、深い眠りについている。
「私は、私のやれることをやるだけなのかな……」
事実上それしかないのだが、何かもっと出来る事が無いのかと考え込んでしまう。
それに、もし愛鷹が病死するようなことがあったら、第三三戦隊はその後どうしたらいいのだろうか。
代わりの艦娘が旗艦として就任するのだろうか。
それとも青葉が旗艦になるのか。
第六戦隊から、完全に第三三戦隊に移籍してしまうのだろうか。
そうなるのだとしたら、物凄く悲しい気分だった。
勿論そうなると決まったわけではない。
ただ、想定しておかない事に越したことはない。
全く考慮していなかった、と言うよりはマシである。
「どうしたらいいんだろう……」
我ながら弱音めいた声が出てしまっていた。
そんな妹の脇で青葉は深く眠っていた。
(その思いに迷いは無いな)
画面の向こうから、念を押してくるように問う武本に、磯口は迷わず答えた。
「はい、微塵もございません」
ショートランド再攻略が終わり次第、私は退役させていただきます。
もう、これ以上、小官が海軍に止まる理由はありません」
(引き留める気はない。
君は提督として、今日まで艦娘を支えてくれた。
感謝している。
お世辞抜きで、君はいい提督だった)
「……いい提督だとか、ホワイト提督だとかの呼び名はいりません。
小官は自分の務めを、果たしてきただけです」
静かに磯口は武本の目を見て返した。
「小官は部下をこれ以上失わない為に、艦娘を指揮する提督として海軍に残りました。
ですが、もう、これ以上部下が死んでいくのを見ていることは出来ません。
臆病風に吹かれた姿勢かもしれませんが、ご理解いただけたら幸いです」
(磯口准将、貴官は軍を退いたらどうされるのか?)
そう聞いて来る武本の言葉に、磯口は軽くため息を吐いた。
「日本に帰って、孤児院の院長になります。
この戦争が終わった時、霞をはじめとする艦娘達が命と引き換えに掴んだ平和な世界には、新しい人材が必要です。
深海と我々大人の都合の戦いで、将来ある者たちを含めた何千万もの命が失われました。
これから新しくやり直す世界には、その世界を託すに足る人材が必要です。
あの海が、再び艦娘と言う存在を必要としなくなる海にする為にも、艦娘達が命を賭して求め続けて来た平和を託す為にも。
後世に送り出す人材を育て上げる事こそが、これからの私の務めだと思っています」
それを頷きながら聞いていた武本は、なるほどと最後呟いた。
少し間をおいて、武本は磯口の目を画面越しに見据えた。
「磯口准将。
やはり貴方は、提督として、いや一人の男としてよい決断をされた。
ショートランドを取り返す時まで、彼女たちの傍に付いていてください。
彼女達の、これ以上の犠牲を増やさない戦いの指揮を、お願いします」
階級は武本が上だったが、敬意を表する武本は磯口に改まった口調で頼んだ。
「はっ」
一礼した磯口を、武本は画面越しに無言で見つめていた。
昨日に引き続き、対潜警戒に出撃した第七、第八対潜警戒隊はいつもの様に日本首都近海での対潜警戒に当たった。
しかし仁淀が最初に送り出したバーズアイ5、6が補給のために着艦アプローチに入った時、綾波の警告が飛んだ。
「左舷より雷跡!
雷数四、仁淀さんに向かう!」
警告を聞いた仁淀が左側を見ると、白い四本の線が自分に向かって突っ込んで来るのが見えた。
「バーズアイ5、6、着艦中断。
仁淀は回避行動に入ります!
最大戦速、面舵一杯」
減速するよりは、むしろ加速する方が実は回りやすい。
車のターンと同じだ。
急ターンする仁淀の肩に見張り員妖精さんが乗って、雷跡の確認に当たる。
「雷跡視認。
方位一-九-七、敵針一-五-三、的速約四五ノット、急速に近づく!」
肩に乗っている妖精さんが、仁淀の耳に向かって叫ぶ。
航行中の風の音や妖精さん自身の声の大きさでは、叫ぶか怒鳴るくらいでないと聞き取りにくい。
妖精さんが報告して来る方向を見つつ、第一九駆逐隊の四人に潜水艦の捜索と撃退を指示する。
「アクティブソナーの発信を許可します。
敵潜の探知と撃退を優先」
「了解」
仁淀の許可を受け、磯波がアクティブソナーの単信音を打った。
「アクティブピンに反応あり!
感は二つ、二隻!?」
「もう一隻いるのですか!?」
爆雷を構えていた浦波が驚いた時、磯波が顔を青くして叫んだ。
「突発音、続いて魚雷航走音探知。
仁淀さんの右舷からです!」
「なんだって⁉」
ぎょっとした様に敷波が仁淀の右舷側を見た時、四本の魚雷が先の四本を躱したばかりの仁淀に向かって行くのが見えた。
最大戦速に加速した綾波が爆雷を構えて向かうが、援護に間に合いそうにない。
「回避、回避、仁淀さん、回避を!」
「ダメだ、間に合わない!」
悲痛な敷波の声がした時、仁淀の姿が魚雷爆発の水柱に隠れた。
「仁淀さん!」
悲鳴の様な浦波の声が響く。
爆発音は一回だから、直撃は一発。
だが魚雷一発でも艦娘には大きなダメージになる。
良くて中破、最悪大破だと四人が思った時、まだ崩れきれない水柱の中から仁淀が姿を現した。
咽込んでいるが、大したけがはないらしい。
「うそぉ!」
こんな事ってある、と言う様に敷波が目を丸くした。
激しく咽込む仁淀の元へ綾波が急行し、様子の確認に当たる。
「仁淀さん、怪我は?」
「大丈夫、まだ動けます。
それより潜水艦を」
「私がやります、浦波ちゃん」
「はい。磯波姉さん」
磯波、浦波の二人が直ちに爆雷を構えて潜水艦のいる所へ向かい、発見するや爆雷を投げ込んだ。
その間、綾波と敷波は仁淀の看護にあたる。
奇跡的に、仁淀は軽傷で艤装も小破と言って差し支えない。
「どうやって助かったの?」
信じられないと言う様に敷波が聞くと、仁淀は深呼吸を繰り返してから答えた。
「イチかバチか、海面を踏み込んで主機を空吹かしした上で防護機能を最大出力で展開させてみたら、防ぎきれました。
海面を踏み込んだ時の海水圧、空吹かしした衝撃、そして防護機能。
上手くやれました……失敗していたら大破でしたよ」
「なんとまあ、凄い博打だねえ」
呆れ半分、感心半分に敷波が言うと、仁淀は「大淀姉さんに後で大目玉を貰いそうですけどね」と苦笑した。
そこへ、磯波から敵潜水艦撃沈の報告が届く。
ほっと息を吐いた仁淀は、基地と鹿島に敵潜水艦からの攻撃を受けた事を知らせた。
(了解しました。
第八対潜警戒隊は帰投して下さい)
基地に報告を入れると香取が帰投の指示を送って来たので、五人は基地へと帰還する事にした。
何とも大胆な、と仁淀からの通信を聞いた鹿島は驚きを禁じえなかった。
魚雷を防いだ仁淀のやり方は、多分前例はないはずだ。
咄嗟に思いついた業だとしたら、運もそうだが、仁淀の頭の回転の良さも味方しての僥倖とも言えた。
「海面を踏み込んで、主機を空吹かしして、防護機能を……」
話を聞いていた嵐がぶつぶつと呟いている。
その嵐の肩に野分が手を置く。
「試したいのは分からないでもないけど、練習しないでやったら危ないからね」
「んな事は分かってる」
「ならいいけど」
「ジャンプでもして回避できないかなあ」
少し抜けたように舞風が言うので、「それが出来ていたら、回避運動の練習はしないって」と野分は少しため息を吐いた。
「それに仁淀さんは軽巡だし。
艤装は私たちより重いから無理よ」
萩風も口を挟むと、舞風は「そこまで本気でとらなくても」と口を尖らせた。
その四人に鹿島は手を叩いて注意する。
「はいはい、そこまでです。
任務中ですから、気を抜かずにやりましょうね」
了解と四人は返す。
気を抜いては、自分たちも仁淀と同じ目に遭いかねない。
今日だけでも、第七対潜警戒隊は五隻の敵潜を撃沈していただけに、潜水艦の攻撃は脅威であった。
自室で詩集を読んでいた大和は、自室のドアをノックする音に気が付き、顔を上げた。
「どうぞ」
「入るよ」
ドアを開けて入って来たのは武本だった。
「提督、何か御用で?」
「ああ、話しておかなければならない事があってね。
少し時間をもらってもいいかな」
「どうぞ、お茶を入れますか?」
「頂こうか」
紅茶を入れた自分用と来客用のカップを持って来た大和は、テーブルの椅子に座った武本の前に置くと、自分も武本と対面する形で椅子に座った。
「それで、話とは?」
紅茶を口に含んだ武本に、大和は彼の言う話の内容を尋ねた。
「うん、ラバウルの磯口提督から連絡があってね。
……愛鷹の余命が判明した」
「……どれくらいですか」
神妙になる顔に、僅かな影を見せた大和が尋ねる。
「診察した医師の話だと、もって来年の冬だそうだ」
「あと一年半程ですか……。
原因はやはり……」
「ああ、ロシニョール病だ。
それに心臓癌も見つかった、ステージ3。
こちらは手術すれば、まだ救いはある。
だがロシニョール病はもう手の施しようがなくなっていた」
その言葉だけで充分、大和には伝わった。
レベルは5、すでに手遅れだ。
「早い……以前はレベル2で、手術もちゃんとしているのに」
「この一年以内に急激に病が進行したのかもしれない。
残念だ……」
沈痛な表情を浮かべる武本に、大和は悲しみに沈んだ目を向けた。
答えは分かっていたが、一応尋ねる
「逆転は望めませんか」
「九九パーセント、無い」
そう告げる武本の声も沈んでいる。
「あの子はこの事を?」
「末期の発作が起きて意識を失ったらしく、今手当を受けている。
直ぐに知ることになるよ。
知った時、どう愛鷹は受け止めるだろうな……」
「あの子は逃げずに現実を受け止めますよ。
そうやってあの子は育ってきたのですから」
「そうだね。
愛鷹は君の……」
そこまで言って武本は口をつぐんだ。
この事は触れない事にしていた事だった。
話題を変える様に武本は第三三戦隊活動を伝えた。
「LRSRGの出迎えの時、霞が魚雷発射管に被弾、誘爆轟沈した。
青葉くんは被弾大破で重傷を負って緊急手術を受けたし、ヲ級のステッキの不意打ちから蒼月くんを護った満潮くんが腹部を負傷して手当てを受けた。
愛鷹も被弾小破して手当てを受けたが……六人を護る為に一人が命を落とし、二人が酷い傷を負った」
「霞さんが……」
「最期を見た能代くんの話では、補給艦を連れた自分たちと遭遇した深海棲艦を単身引き離そうとして、リ級の砲弾が左の発射管に当たってしまった。
直ぐには爆発しなかったが、霞くんが気付いた時には、もう手遅れだった」
壁を作りがちな強気姿勢だが、改二になっただけの経験と実力は霞だけのものだ。
何にも替え難い。
「霞くんの死を無駄にしない為にも、ショートランド泊地は何としてでも再確保しなければならない。
それが残された私達にできる、唯一の手向けだ」
「あの子には……何を手向ければいいのでしょうね」
俯いた顔から漏れる大和の言葉に、武本は返す言葉が無かった。
大和が「貴方の分も生きる」と言う常套句を使えば、愛鷹は間違いなく激昂するだろう。
もしかしたらどうせ死ぬくらいなら、とばかりに大和と共に自決を図る可能性もある。
「もしかしたら、私の大切な何かを失う事が、あの子への手向けかもしれませんね」
「それを望みつつ、望まない二律相反する感情を持つのが愛鷹だ。
君が想定する事とは、また違う事を望むかもしれない」
またカップに口をつける武本に、大和は顔を上げて目を見据え、口を開いた。
「あの子は……以前、自分の運命を知らされた時、自暴自棄を起こしかけました。
それから救った人は既に亡くなりましたが、その人の教えであの子には強い生への執着を持っています。
人は定め、運命の呪いから脱却できる力を持っていると、昔聞いたことがあります。
実際、吹雪さんはその力で赤城さんの運命や、自分の過去との定めの軛を断ち切ることが出来ました。
私はあの子にも、それが出来るのではないか、と思っています。
いつか、あの子にも……その時が来ると私は……」
静かに聞いていた武本はカップを置くと、溜息を吐いた。
「その力があれば、愛鷹に限らず、多くの子、いや皆がこの基地に生きて帰ってこられただろう。
世界を変えるのは、人を信じる力だ。
だが……世も人も、醜い存在の集合体だ。
それに例外は無いだろう。
この私も含めて、な……こう言うのもなんだが、君もだ」
「私の罪の深さは重々承知していますが、本当に例外は無いのですか?」
「例外は無い。
だが、その例外なく醜い人間にも、希望はあるだろう。
だが愛鷹にはその希望すら、もはや潰えた。
最初から彼女の運命は他の人間と違い、レールの上を走る事しか出来ないんだ。
希望を持つのは重要だけど、過度な希望は絶望を大きくする事にもなる」
重みのある口調で語る武本に、大和は無力感を覚えた。
「この世界に救いは無いのですか」
「あれば愛鷹はこんな運命を背負って生まれたりはしない。
世の中は、お花畑では覆われていないんだ。
だが、これから世界を良くしていくことは出来るだろう。
私はそんな未来を描く事イコール希望だと思うよ。
大きく描けば描くほど、希望は増える。
だが、愛鷹にはそれを大きく描くことは出来ない」
「提督は……変わりましたね。
昔はそんな弱気を見せる事は無かった。
常に優しく振舞って、私たちを元気づけ、励ましてくれた」
その大和の言葉に、武本はそうだな、とどこか疲れたように頷いた。
「昔の私はそうだったかもね。
しかし艦娘と言う、今までとは勝手の違う部下を指揮していると、感じ始める強い疲れはどうにも出来ないな。
替えが無い、世界に一つだけの存在の君らを、正体の解明が進まない深海との最前線に送り出し続ける毎日。
必ず帰って来るとは限らない君達。
私が着任した間に海外艦を含めて一〇名近くが戦死した。
仲間を失って悲しむ君達に寄り添って、助けるのは容易じゃない。
私だって悲しい。
その自分の感情を殺して、接し続けるのは簡単なものじゃない。
提督をやっていられる人間が、一年以上続かない理由はこれだ。
妙なものだ、本来なら君らはただの海軍軍人だ。
士官ばかりで構成された兵士と大して変わらないはずだ。
なのに、何かが違うんだ。
ただの兵士ではない……この違いを実は私はまだ分からないまま、君達の上についている。
艦娘って何なんだろうね。
本来艦娘って言うのは一種の兵科の様なものだ。
兵科であると知っていたはずなのに、理解したはずだったのに、傍にいているのに、目の前にいるのに、何故か理解がまだ追い付いていないところがある。
だから、犠牲が出続けるんだろうな」
何処か疲弊しきったような武本の姿に、何とも言えないものを大和は感じた。
確かに自分は艦娘と言う肩書が無ければ、ただの海軍兵士だ。
一人の人間でしかない。
素質と適正があると分かると、海軍からスカウトが来て、自分なりの正義感で艦娘となった。
世界最強の戦艦艦娘、大和型戦艦一番艦大和としてここにいる。
そんな艦娘となってもう一一年だ。
だが、この一一年の間、艦娘である自分自身ですら艦娘と言う存在が、いったいどういう物なのか、自分でもまだ理解しきれていなかった。
艦娘達にしか起きない外観の変化の停止が、何時しか「艦娘の呪い」とも「艦娘に掛けられた魔法」と呼ばれるようになったのを知り、考えた事はあったが、結局まだ答え出ていない。
自分ですら理解できていないところがあるのだ。
目の前にいる武本は、その理解できていない所を抱え、疑問や辛さを誰にも打ち開ける事も出来ずに、耐え続けている。
二年も提督を続けるのは、本当に容易な事ではない。
大体は一年、短くて半年で提督は交代している。
皆、疲れてしまうのだ。
何がどうという物ではなく、単純にひどく疲れてしまう。
それで一線を退く。
だが武本は引退したいとは一度も言った事は無い。
彼なりの信念と、自らに課した贖罪だと教えてくれたことはあった。
「提督は私たちに何を望みますか?」
思い切って大和は武本に尋ねた。
少し驚いたような顔を浮かべるが、すぐに思案顔になる。
「……そうだな。
回答になるかは分からないが、私としては『人間であれ』と言いたいな」
「人間」
「ああ。
自分たちは艦娘以前に、人間であると言う事を忘れるな、と言っておきたいな。
人間として生まれ、人間として生きていることを忘れず、その人間としての誇りを捨てるな、と」
「自分たちは人間ではなく、人間の弱さを捨てた艦娘だ、とユリシーズさんは言っていました」
「なら、私から彼女に言いたいことは一つだ。
『Be human』、つまり『人間になれ』だ。
彼女は艦娘と言う物として生まれたのではない、人間としてこの世に生を授かったんだ。
弱さこそが人間と言う物の証なのかもしれない」
「弱さが人間の証」
反芻するように大和は呟いた。
自分たちは艦娘と言う、自分たちも完全には理解しきれない存在。
ただの兵科とは違う何かを持つ存在。
蓋を開ければ、自分たちは一人の人間、弱さを持つ人間。
しかし、大和には何かまだあるような気がした。
一人の人間、弱さを持つ人間、それ以外に何かあるかもしれない。
私は今を生きている。
それを考えていく時間は、まだまだあるだろう。
答えが出るか今は分からない、だが考える事に意味があるだろう。
頭が理解していくのが追い付かなくなりそうな程忙しかった日から一夜が明けた。
自室で起床した衣笠は食堂で朝食をとると、青葉の看病をしに病棟に向かった。
病室には深雪、夕張、瑞鳳、蒼月がいた。
「みんな、おはよう」
「おはよう、衣笠」
「おはよう」
「おはよう」
「おはようございます」
かえってくる返事にどこか安心感を覚えながら、青葉の容態を聞く。
「目はまだ覚めない。
グースカ寝てるよ」
「つまり落ち着いてるって事」
この通りだよ、と返す深雪の言葉に夕張が付け加える。
「まだ目は覚めないのね」
「大手術だったらしいからね。
それだけの傷からはすぐには回復できないかも」
声のトーンを落とした瑞鳳の言葉に、多少の気の滅入りを感じた。
ふと思い出したように深雪が一同に聞いた。
「愛鷹はどうしたんだ。
今朝から見かけてないんだが」
「けがの程度はそんなに酷くなかった筈ですが」
そう言えばと蒼月も首を傾げた。
顔を見合わせ合う一同を見た衣笠は、事情を知っているのは自分だけであることに気が付いた。
重病どころではない、難病と余命宣告。
このことを話すべきかと一瞬思ったが、この事を愛鷹が知られる事を望まないのに自分がばらしてしまったら、自分の行いは裏切りにも等しい。
一方で、みんなには事実を知るべきではないかと思う自分もいる。
どうするべきか迷ったが、ここは敢えて黙っておくことにした。
知らないふりをしていると、病室のドアがノックされた。
「はい」
誰ともなく衣笠が答えると、ドア越しに川内が「衣笠、軍医が呼んでるよ。何かあったみたい」と返した。
なんだろう、と予想がつきそうなものを感じながら部屋の一同に「ちょっと行ってくるね」と告げて病室を出た。
病室の外では川内が待っており、読んでいると言う軍医の元に連れて行ってくれた。
川内が連れて来てくれたのは、昨日対談した軍医の部屋だった。
やはり何かあった、と思っていると川内が肩に手を置いた。
「青葉は大丈夫だよ。
アイツはしぶといし、ただの悪運の強い奴だから。
直ぐに元気になるって」
そう言うと衣笠からの返事を待たずに川内は歩み去った。
ありがたい気持ちを感じながら、衣笠は軍医の部屋に入った。
部屋で待っていた軍医は入ってきた衣笠の挨拶に応えると、愛鷹が目を覚ましたことを告げた。
「それで……あの……」
「例の話かい?」
「はい」
「ああ、話したよ」
「なんて言ってました?」
「それがな、妙に落ち着いていたんだ。
君の余命がもしかしたら来年の冬までしか持たないかもしれないってことを話すと、どこか納得している様な節があった。
いや、寧ろ自分でも分かっていたような感じだったな」
軍医の言葉に衣笠は驚いた。
事実上の余命宣告された愛鷹の反応は、どこか意外過ぎる気がした。
一体愛鷹は何を考えている?
実際に会って話を聞きたい。
その思いが込み上げて来た衣笠は愛鷹との面会許可を求めると、軍医はすんなり許可してくれた。
部屋を出る間際、軍医が「彼女は君が来るのを待っているかもしれないよ」と小さく教えてくれた。
個室病棟のベッドの上で詩集を読んでいた愛鷹は、部屋に招き入れた衣笠にベッド脇の椅子をすすめた。
すすめられた椅子に座った衣笠は、体の具合を尋ねた。
「体は大丈夫ですか?」
「ええ、今は大丈夫ですよ」
口元に微笑を浮かべて応える愛鷹だが、返事した言葉は笑えない。
この答え方は、自身が長生きできない事を知っていることを意味していた。
同時に、衣笠が自身の余命を知ってしまっている事を意味していた。
「怖くないんですか?」
そう尋ねる衣笠に、少し悲しそうな声である愛鷹は答えた。
「そう……ですね。
怖いです……余命宣告と言う物は。
ただ、いずれ来ることは分かっていましたから……少なくとも絶望はそれほど大きくはないです」
理解できないものを衣笠は感じた。
一年くらいしたら、愛鷹は死を迎えることになるのに、どうしてそんなに落ち着いていられるのか。
自分だったら、恐怖の余りに発狂してしまうかもしれない。
確実に訪れる死。
しかし、愛鷹は妙に落ち着いている。
軍医が言う通りだったが、この落ち着き具合は何だ?
いずれ来ることは分かっていたと。
人間いつかは死ぬとは言え、来年にはもう愛鷹は確実に死を迎えることになる。
そもそも愛鷹は、自らが死期を遠からず迎える事を既に予感していた?
何故わかるのだろうか、自分の体の事だから?
どんどん大きくなる愛鷹の正体への疑問。
「いずれ訪れるだろうって……」
絞り出すように言う衣笠に、愛鷹は顔を向けた。
「衣笠さん、私は確かに死と言う物が恐ろしいです。
こんなに早く死を迎えたくは無いと思います。
でも、分かっていたんです。
もうじき死期を迎えることになると」
声が出なかった。
一体愛鷹は何を言っている?
呑み込めない衣笠に愛鷹は続けた。
「私は、生れつき《ある物》が足りなくて、長生きできない事は、言ってしまうと最初から分かっていたんです。
私の死期は、約束された死なのです。
残念だし、悔しい気もしますが……そろそろ来るだろうと覚悟はしていました」
「愛鷹さんに足りないものって……?」
震える声で聞く衣笠に、愛鷹は被っていた制帽を脱いだ。
驚愕する衣笠に、愛鷹は静かに告げた。
「私の秘密を、あなたにも教える時が来てしまったようですね。
お話します、私がいったい何者なのか。
何故長生きできない体なのか。
私は……」
愛鷹から語られた真実は衣笠にとって衝撃であり、あまりにも残酷なモノだった。
今回、深雪と電の誤射事故の経緯について独自に考え出した物を書かせていただきました。
それと同時に第六駆逐隊と響の髪の色の白さについて、少し残酷な独自設定と解釈も含ませました。
またD事案についても、自分なりの解釈や考えを基に書いています。
吹雪の戦没と帰還、そしてD事案の登場は、結構劇場版の設定を基にしたところはありますが、何回も言う様に「本作はアニメ版、劇場版と同じようなことがあったパラレルワールド」が舞台です。
今回、大量の実装組が登場しましたが、これは前回架空艦が大量に登場してしまったことによる、薄れ気味になった原作艦これの色を調整する面もあります。
今回初めて描いた仁淀のヘリ(オ号)を使った対潜水艦戦などについては、ヘリ搭載護衛艦(DDH)風に書いてみました。
青葉がセリフ無しの登場回となった一方で、衣笠の登場が多くなってます。
彼女も第三三戦隊の一人であるので、いずれ秘密を知ることになる予定でした。
今回、愛鷹の持つ秘密の一部を公開するに至りました。
生に執着する愛鷹の意思の原点はここにあります。
そして武本と大和の話も絡んで、物語はかなり複雑化していきます。
では、次のお話でまた会いましょう。