艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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夏イベントの情報が全く来ませんね。

本編をどうぞ。


第二四話 次の戦場へ

艦娘として日本艦隊の統合基地に配備されて、早くも二ヶ月以上が過ぎた。

癌の治療手術を行った愛鷹は、夜の浜辺で葉巻を吸いながら海を見ていた。

日本とはまた違う景色の海。

心地よい潮風が吹いており、月灯りが海を青く光らせている。

 

「二か月……か……。

私の人生が始まって、もうじき三ヶ月みたいなものね」

煙を吹きながら独語する。

この二カ月の間に多くの事を経験した。

信頼できる仲間を得て、何回もの出撃を行い、多くの深海棲艦を撃沈した。

ス級相手に二回も死にかけた。

何回か入院を余儀なくされたが、しぶとく回復して復帰している。

部下であり仲間の第三三戦隊メンバーに、死者は出ていない。

みんなの力を合わせて、ここまでやって来ている。

 

一方で今、問題も発生していた。

先のラバウル近海での海戦で大破・重傷を負った青葉の傷が思いのほか重く、あと二週間以上は入院している必要があった。

まだ青葉は目を覚ましておらず、衣笠が看病していた。

日本からはまだ帰国命令が来ない。

恐らく、ここに暫くとどまって、間もなく発令されるショートランド泊地奪還作戦に参加させられるのだろう。

作戦開始の時期によっては青葉を編成から外し、衣笠を代わりに編入する事になる。

苦手気味の対空射撃は、蒼月の指導で少し上達し始めており、改二艤装も相まって青葉に代わる有力な戦力になりえた。

 

ここに来てから、この地に集まっている艦娘と愛鷹は多少の交流をし始めていた。

倒れた自分を助けてくれた榛名と霧島や、ラバウル基地の日本艦隊の空母部隊の中核となっている飛鷹型空母艦娘の飛鷹と隼鷹、雲龍型空母雲龍と葛城、一度会ったことがある重雷装巡洋艦の北上と大井などだ。

我ながらこの三カ月で随分変わったものだ。

昔は必要以上に人との交流を持たないタイプだったのに、今では密接とは行かないが、多少の交流と話をするようになっている。

どんな風の吹き回しだろう、と考えると、やはり余命が判明したからだと思い浮かぶ。

自分が何者であるかを明かさない限りは、特に問題ないだろうと言う判断あってだ。

勿論必要以上に動きはしないが、慣れると多少は大胆にやることもあった。

ラバウルでの戦い以降、急によく会う様になっている艦娘がいた。

朝潮と満潮だ。

何を考えているのかと警戒をしつつも、交流を増やしつつあった。

先の海戦で腹部を負傷した満潮は、戦闘こそ無理だが日常生活を送れるレベルにまでは回復してきていた。

蒼月への態度も多少は軟化しており、否定形の言葉は鳴りを潜め始めていたのが幸いだった。

対人関係が落ち着きつつあるのは気が楽になるモノだ。

 

 

ふと背後の森から誰かが出てくる音が聞こえた。

「やっぱりここにいましたか」

夕張だった。

頭を回し、横目で後ろの彼女を見ると、何やら封書を持っている。

「どうかしましたか?」

そう問いかける愛鷹に夕張が微笑を浮かべた。

「実は愛鷹さんの艤装の改装計画書を持ってきたんです」

「改装計画書……私に『改』になれと?」

意外そうに聞く愛鷹に、夕張は笑みを浮かべて頷いた。

自分の艤装は特に改装を行う予定は無かったはずだが。

もしや、夕張のオリジナル改装計画?

ひとまず夕張が渡してきた改装計画書を受け取り、中に目を通す。

中身を見た愛鷹は、「なるほど」と顎をつまんで軽く唸った。

改装計画書によると、愛鷹は超甲型巡洋艦から超甲型航空巡洋艦とも、航空巡洋戦艦ともいえるモノへ改装するほどの大掛かりなものだ。

それでいてかかる費用や予算、手間は抑えられている。

 

仕様計画書では、

 

・三一センチ三連装主砲を全基撤去

・新たに四一センチ連装主砲二基を右舷側に装備

・水上機運用艤装をすべて撤去

・左舷側にカタパルト装備のアングルドデッキ付き装甲飛行甲板を装備

・飛行甲板にはカタパルト二基、エレベーター二基を装備

・新編の第一一八特別航空団を搭載

 航空団編成

 烈風改艦上戦闘機一六機(防空)

 天山艦上攻撃機六機(対潜哨戒)

 

と言う物だった。

装甲飛行甲板は対弾性に優れており、重巡の砲弾程度なら防御可能だ。

また火器管制などの操作を行うグリップも、今のコード接続トリガーから、戦闘機のサイドスティック操縦桿のようなグリップに換装する事にもなっている。

コード接続は可動範囲が広い反面、被弾時にコードが切れてしまう可能性があった。

グリップなら可動範囲には限定は出るが、艤装を操作するボタンの数が増えており、より細かい操作が出来る。

面白いのは右耳に掛けるヘッドセット式HUD(ヘッドアップディスプレイ)の装備だ。

これなら、いちいち羅針盤を手に取って確認する必要は無いし、砲撃の照準をHUDで合わせるから射撃の精度も上がる。

随分便利になる改装だ。

もっとも、防御の方は今まで通りなのだが。

 

「HUDは今開発中のモノですけど、中々使えますよ」

「私はテストベッドかモルモット扱いですか……」

気落ちした声で返す愛鷹に、夕張は苦笑を浮かべる。

「私の自主開発品なので、実際に戦闘で使ったことが無くて。

演習で何度か使ったので、信頼性はあります。

愛鷹さんが使って、上手くいけばみんなに装備させて貰う事を目指してるんです」

「なるほど……」

悪くない様で、心の奥で嫌がる自分もいた。

しかし、わがままを言う訳にもいくまい。

日本に帰ったら色々と夕張の発明に付き合うのもいいだろう。

 

葉巻を吸いながら計画書を読む愛鷹を見ていると、妙な光景に見えて夕張は笑いそうになった。

艦娘と言うよりは、制服、制帽も相まって一般女性将校みたいだ。

笑いを堪えていると、愛鷹が葉巻を手に取って煙を軽くふきながら夕張を見やる。

「青葉さんの容態はどうですか?

まだ目が覚めない状態で?」

「ええ、まだ意識は戻らない状態です。

軍医の話だと、『ぐっすり眠っている様なもの』で心配する程ではないって、言ってましてたけど」

「そう言うのを聞くと、心配になりますね。

青葉さんの艤装は?」

「予備部品を作成して修理中です。

もっとも、今回の損傷で少々ガタが発生してしまったところがあるので、時間がかかりますね」

「ガタ……老朽化ですか」

 

無理もない。

青葉は日本艦隊の重巡では旧世代の域だし、今のところ改止まりだから、おのずと艤装の時代遅れが起き始める。

装備さえまともなら、もっと青葉は活躍出来る可能性があるのだが。

すると夕張が驚くことを教えてくれた。

「武本提督から青葉の新艤装の青写真が決まったと連絡がありましたよ」

「新艤装?」

「ええ、甲改二仕様だと言ってます。

つまり、ただの改二という訳ではないそうです」

「甲改二……ね」

どういう艤装になるのだろうと首を捻りたくなるが、夕張はまだ詳しい内容は知らないようだ。

ただ、青葉がその改装を受けると言う事は、その艤装の扱いの訓練や研修を受ける必要があるから、第三三戦隊からしばらく離れることになってしまう。

その場合青葉抜きでやっていくことになる。

勿論、補充艦の衣笠を当てればいいのだが、今度は瑞鳳を編成に組み入れた作戦が出来ない任務の時の空き枠を埋める艦娘が必要になる。

そのあたりを考慮して貰えていればいいのだが。

吸っていた葉巻が短くなったのでシガーレットケースに入れると、腕時計を見た。

大分遅くなってきた。

もう寝た方がいいだろう。

「部屋に戻りますか」

「そうですね、戻ってもっと線を引いてみます」

「明日にして、早めに寝て下さい。

考える時間はまだありますよ」

そう窘められた夕張は、「はあ」と少し不満そうな顔で頷いた。

 

 

翌日、起床し朝食をとった愛鷹が図書室に借りた詩集を返し終えた時、アナウンスで出頭を命じられた。

複数の艦娘にも同じ出頭命令が出ていた。

いよいよ、やるのか。

ショートランド泊地奪還作戦の発動準備が始まるようだ。

自分にも召集をかけられたと言う事は、前衛か、泊地偵察部隊として送り込まれると言うところだろう。

今回も生きて帰ることが出来るように、誰一人失わない戦いをする為に。

 

出頭を命じられた場所はブリーフィングルームだった。

戦艦艦娘の榛名、霧島、空母艦娘の飛鷹、雲龍、重巡艦娘の妙高と羽黒、軽巡艦娘の能代と川内がいた。

全員顔は知っているし、話も何回かしたことがある。

手近な椅子に腰かけ足を組むと、制服のポケットからペーパーバックを出して読む。

暫くして、召集がかけられた艦娘がブリーフィングルームに集まって来た。

第三三戦隊のメンバーは、深雪を先頭に全員一緒に入って来た。

全員と朝の挨拶を交わした愛鷹は、全員に体調の具合などを聞いた。

「深雪様はいつでも元気だよ」

「それは良かった.

ちゃんと寝ましたか、夕張さん」

「はい、六時間は最低でも寝ましたよ」

そう答える夕張に「もう少しは寝て下さい」と、改装案を考えるために夜更かしした夕張を苦笑交じりにたしなめる。

瑞鳳、蒼月の体調も問題はないようだ。

まだ目が覚めない青葉の看病をしていたらしい衣笠が少し心配だが、休める時に休んでいる様だった。

 

三〇名の艦娘が揃ってから一〇分後、磯口と二人の将校がブリーフィングルームに入って来た。

二人のうち一人は、ここにいる艦娘全員分の作戦計画書の束を携えている。

磯口が作戦計画の説明を始めると告げると、参謀は全員に計画書を渡した。

全員に生き渡ったのを確認した磯口は、作戦説明を始めた。

 

「今回、我々日本艦隊はラバウル基地に展開する全艦をもって、ショートランド泊地奪還作戦を展開する事となった。

五年前に深海棲艦の攻勢を受けて一時放棄した当泊地を、我が日本艦隊の力で奪還する。

 

投入予定戦力は二個艦隊だ。

戦艦榛名、霧島、空母飛鷹、隼鷹、雲龍、葛城、重巡妙高、羽黒、軽巡能代、川内、北上、大井、第四駆逐隊夕立、村雨、五月雨、春雨、第二四駆逐隊海風、山風、涼風、江風の二四名で構成する。

また前衛・偵察部隊として第三三戦隊も参加する。

 

艦隊の主目的は、ショートランド泊地一帯の制海権及び航空優勢確保だ。

主目的達成後、北米艦隊の第六七任務部隊が護衛する強襲揚陸艦『ディエップ』に乗り込んだ海兵隊一個大隊一五〇〇名がショートランド泊地近くのビーチに上陸し、基地施設制圧の任に当たる。

第三三戦隊は艦隊前衛及び、要撃に出るであろう敵艦隊の索敵を担当してもらう」

 

攻略艦隊は第一攻略艦隊が榛名、飛鷹、隼鷹、妙高、能代、川内、第二四駆逐隊からなり、第二攻略艦隊は霧島、雲龍、葛城、羽黒、北上、大井、第四駆逐隊で編成されていた。

これに前衛・警戒部隊として第三三戦隊の愛鷹、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳が加わっている。

ショートランド泊地近海に展開するとされる深海棲艦の規模は、攻略艦隊とほぼ同等と推測されていた。

また棲鬼級は確認されてないと言う。

勿論、この情報の後増援が送られている可能性はある。

その増援の有無を含めた警戒・索敵担当が第三三戦隊の任務だ。

自分たちに与えられた任務に、愛鷹は眉間に皺を寄せた。

(まさか私たちは弾除け扱いではないでしょうね?)

聞いてみたくなったが、邪推かもしれない、と思い直し触れない事にした。

揚陸艦「ディエップ」を護衛する第六七任務部隊は戦艦サウスダコタ、ワシントン、護衛空母ガンビア・ベイ、駆逐艦フレッチャー、ジョンストン、ホーエルからなっていた。

そう言えば、サウスダコタとワシントンの間には確執があると聞いているが、大丈夫だろうか……昔聞いた話を思い出した愛鷹は気がかりになった。

 

「各艦は明後日、支援艦『アルバトロス』に乗艦しショートランド泊地奪還作戦に出撃する。

先に撃沈され、この海に散った霞の敵討ちだ。

各員は出撃準備に取り掛かれ。

以上だ、質問は?

無いか、よし解散だ、わかれ」

 

 

ブリーフィングルームを出た愛鷹を深雪が呼び止めた。

「何か?」

「なあ、愛鷹は今回の作戦、どう思った?」

「どう……と言われても」

「率直に思ったことを言って欲しいんだ」

真顔で聞く深雪に、溜息を軽く吐くと愛鷹は答えた。

「弾除け、という感じはしなくもなかったですね。

でも、前衛・警戒部隊の任務は大体そうでしょう」

「やっぱり、愛鷹もそう感じてたか……」

少し思案顔になる深雪に、何か知っていそうな口ぶりに見えた。

聞いてみようかと思ったが、その前に深雪が思案顔を解いて欠伸をした。

「まあ、いいや。

あたしは二度寝して来る、まだ眠い」

「やるべき仕事はしておいて下さいね」

「愛鷹は深雪様のおふくろかよ」

苦笑を浮かべながらも深雪は頷き、宿舎に戻っていった。

 

 

病室に戻った衣笠が花瓶の花の水を入れ替えていると、青葉が小さく唸るのが聞こえた。

「ガサ……」

「青葉」

ようやく目が覚めた青葉が衣笠を見ていた。

安堵のため息を吐いた衣笠に青葉はうっすらと口元に笑みを浮かべた。

「ガサは何とも無かったみたいでよかったよ」

「人の心配より、自分の心配をしなさいよ」

「そうかもね。

何日くらい青葉は寝てたの?」

「今日で四日目よ。

ぐーすか寝ててちょっと心配しちゃった」

「四日もずっと寝てたのかぁ……久しぶりかな、それだけ寝てたの」

 

もっと寝ていたことはある。

七年前の深海棲艦の攻撃で古鷹と共に死にかけた時だ。

あの時の事は青葉の心の大きな傷なので、触れない事にしている。

最近は見なくなったが、あの時の事を引き摺っていることがまだある。

今の青葉も頭と右腕に包帯を巻き、右頬に大きな絆創膏を貼っていて痛々しいが、あの時はもっとひどい姿だった。

 

「気分はどう?

お腹空かない?」

「うーん、そんなにお腹は空いてないよ。

まあ、今の青葉には病院食しか食べられないけどね」

「そうね。

ま、ショートランド泊地奪還作戦が終わる頃には、青葉は退院出来たりして」

衣笠のショートランド泊地奪還作戦の言葉に青葉が反応した。

「やるの?」

「うん、明後日出撃よ。

青葉はここでお留守番」

「……まあ、そうだよね」

「行きたいなら、修復剤でも……」

「それはやめて」

急に鋭い視線と表情で青葉は衣笠を見た。

不注意だった、と反省しながら衣笠は謝った。

「ご、ごめん」

「青葉の前ならまだいいけど、愛鷹さんの前では言わないでよ」

念を押すような声で言う青葉に衣笠は無言で頷いた。

「実はね、私も愛鷹さんから教えてもらったの。

愛鷹さんの正体ってのを」

少し怒られそうな気もしながら衣笠が打ち明けると、意外にも青葉は「そっか」と理解してくれた。

「それが結果的に愛鷹さんの抱える辛さの軽減につながるなら、いいと思うよ。

でも、言いふらしたりはしないでね」

「分かってるよ、私だって口は堅いよ」

「そーだったかな?」

悪戯っぽい笑みを浮かべて自分を見る青葉に、衣笠も笑い返した。

「青葉抜きでガサはやってられるかな?」

「私だって重巡だよ、大丈夫だから。

蒼月ちゃんのお陰で対空射撃も少しずつ上達して来たし、青葉の代役は出来るよ。

だから……早く元気になってよ」

「うん、愛鷹さんのサポートよろしくね」

「そこは衣笠さんにお任せ」

言葉通り任せろと衣笠はガッツポーズをとった。

頼もしい気がする一方で、心配もしなくはない。

自分に負けずノリがいいが、それが時に仇になることもある。

「ただ、無理はしないでね。

青葉、ガサがいないとやっぱり寂しいから」

「皆がいるから大丈夫だって。

私も結構、強いからね。

でも油断しない様に気を付けるよ」

「偉い偉い、お姉ちゃん嬉しいな」

「ちびっこ扱いしないでよ」

頬を膨らませる衣笠に青葉はにっこり笑った。

 

 

手術をしてからと言う物、体が時々酷く疲れを訴えるようになってきた。

癌の手術は成功しているし、軍医曰く自分の体に自分で作り出した血が生き渡るまでは少し疲れやすくなる、と言っていたから仕方ないだろう。

無理をせず部屋で音楽を聴くか、読書をするかだ。

部屋の畳に仰向けに横になって目を閉じ、イヤホンでクラシック音楽いていると心が落ち着いて来る。

右腕を顔に載せた状態で曲を聞いていると、ウトウトして来る。

少し……肩の力を抜ききった生活を今日だけしようかな。

思うと、音楽鑑賞や読書以外、娯楽らしい娯楽はあまりしていない。

特に娯楽にこだわるという訳ではないと言うよりは、オタクと呼ばれる世界やファンと呼ばれる域に行ったことが無い「可でもなければ否でもない」だ。

中途半端な自分だが、そもそも自分の存在自体にも中途半端なものも感じる。

過去を振り返ると、自分とは何だろうと考えることがある。

この間戦場でよみがえった光景も思い出したが、今は不思議と何の感慨もなく思い出せる。

今ある自分がここにいる理由、始まり、エトセトラ。

自分にとっての始まりはやはり五年前。

五年前なのに、何故か一〇年も二〇年も昔のように思える。

余命があと一年程度と判明したから?

その内に解明進まぬロシニョール病が完治できるようになれば、自分も生きられる時間は伸びるだろう。

せっかくこの世に生を授かったのだ、生きていたいと言う望みは強くある。

しかし、しかれたレールの上でしか走る事の出来ない自分に、一体どの程度わがままを言う事が許されるのだろう。

 

人はいつか死ぬ……でも魂は死なない。

そして、その人が存在した事実も変わる事は無い。

自分はここにいる、自分は生きている、自分はここにいた。

「もっと世界を見たい……」

死ぬまでにもっとこの世界を見てみたい……叶わない夢を愛鷹は噛み締めた。

 

「人はみんな、自分の意思で生きている。

だから自分で生きる道を選ぶ権利がある。

貴方も『自分がなりたい自分』になりなさい。

でも、他人を傷つける自分になる事だけは、止めておきなさい。

いつか、他人を傷つけた自分にその罪が返って来るわ」

 

かつてロシニョール博士が愛鷹に語った言葉だ。

「他人を傷つけた罪が、自らに返る……か」

そうだとしたら、自分が憎む大和と武本が傷付いているのだとしたら、その痛みがいつか自分に跳ね返ってくると?

だが、他人を傷付けた罪が自分に返るのなら、永遠のループ、無限に行われるキャッチボールのようにも思えて来る。

どこかで終着点、着地点を見つけるべきなのだろう。

でなければ、終わりなき憎しみが続くことになる。

今、この瞬間も世界のどこかで起きている戦争の原因も、「終わりの無い憎しみ」の延長線上にある物だ。

では、今の人類と深海棲艦での戦争は?

人類だけが被害者面をしている様で、実は深海棲艦も何かしら傷付いているのではないか?

一体深海棲艦がどういう存在なのか、誰も詳細を知らないから何とも言えない。

どのみち、どちらかが滅ぶまでが戦争なのだ。

まるで、生存競争だ……。

この戦争は人類が生きて行く為なのか、深海棲艦が新たに生きて行く為なのか。

「分からないな……私にはわからない。

それを知り、考えていくだけの時間がないから」

思わず口に出して呟くと、妙にもの寂しいもの感じた。

 

「やっぱり……私はもっと、もっと……」

 

生きていたい。

 

 

(バーズアイ3、コンタクト。

MADにて敵潜水艦を探知。

艦影二、深度一九、艦種識別……敵艦はカ級。

推進音、水切り音からelite級と思われる。

バーズアイ4、攻撃開始)

(ウィルコ、バーズアイ4、攻撃する。

爆雷投下、てぇっ!)

ヘッドセットからカ級をMAD(磁気探知機)で補足したとバーズアイ3が報告し、僚機バーズアイ4に攻撃指示を下すのが入って来た。

仁淀のヘッドセットに投下された爆雷が爆発する轟音が耳に入って来る。

「仁淀よりバーズアイ3、戦果を報告してください」

(現在、戦果評価中……敵潜水艦一の撃沈を確認。

一隻は大破し撤退していきます)

「了解、爆雷は?」

(残弾無し、帰投許可を願う)

「了解、バーズアイ3、4、RTB(帰投指示)」

(ラジャー。

バーズアイ3、アウト)

通信を終えた仁淀は続行する綾波、敷波、磯波、浦波にカ級エリートの撃沈を知らせた。

「eliteが二隻だけで?

大体一隻と随伴艦で行動するeliteが、二隻だけで行動するのは珍しいですね」

意外そうな顔する浦波の言葉に、他の三人も頷く。

それを聞きながら仁淀も「そうですね」と相槌を打つ。

「引き続き、対潜警戒を厳に。

どこから魚雷が来るか、どこに敵潜水艦がいるか分かりませんからね」

「了解」

四人の声が揃って返って来る。

梯形陣を組んだ五人は予定の哨戒ルートの変針点を曲がり、西に進路を変えた。

昨日と同じルートだ。

このルートですでに六隻を撃沈している。

敵潜水艦が一番出やすい所と言える。

一瞬の気のゆるみで、海底に亡骸を送られるのはこちらになる。

一方で、先ほどの潜水艦の編成を思い出しながら、仁淀は深海棲艦がどういう戦法を繰り出してくるだろう、と気になった。

深海棲艦も損害に対応すべく、戦術を変更してきていると言う事だろう。

それに順次対応していかないと面倒なことになる。

対策を練らなければ、拮抗状態にある今の戦況もいつ崩れるか分からない。

「慢心ダメ、絶対」

と言う言葉が艦娘達にはある。

どんな状況下でも、常に気を配り油断するな、と言う意味だ。

気を抜いた時が自分の最期だ。

 

しかし、奇襲と言う物まで完全に備える事は出来ない。

いや奇襲は備えていない敵を襲うものだから、防ぎようが無いのが殆どだ。

だから突然の轟音と共に体が跳ね飛ばされた時、仁淀は自分の身に何が起きたのか理解できなかった。

気が付いた時、左目は視界を失い、右目には青空が映っていた。

体はピクリとも動かず、血相を変えた敷波と綾波が手を赤く汚して自分の体に何かをしている。

何か話そうとして、喘ぎとも呻きともつかない声が出た時、綾波が気付き自分の顔を覗き込んで何か叫んでいる。

何か大声で自分に話している様だが、何を言っているのか分からない。

いや、そもそも何も聞こえない。

口から何かが溢れている様だが、それが何のかすら分からない。

馬鹿になった頭が考えようと必死に回転をするが、何も考えられない。

 

なんだろう、何が起きているんだろう。

 

駄目だ、分からない。

 

簡単な事の筈なのに分からない。

 

眠くなってきたなあ、ちょっと寝よう。

 

「おやすみ……」

それだけ自分でも聞こえる声で言うと、仁淀は目を閉じ暗闇の世界に落ちて行った。

 

 

ラバウル基地の中の墓地を、花束を持って訪れた深雪は一つの墓の前に立った。

 

「駆逐艦娘 霞 慰霊碑」

 

墓石にはそう書かれていた。

先日の海戦で戦死した霞の墓だ。

しかしその墓の中に、遺骨は存在しない。

墓石がそこにあるだけの霞の墓だ。

「霞、ツンデレ野郎……今日も来たぜ」

花束を備え、静かに手を合わせる。

合掌を解くと、手近な場所に座り、墓石に語り掛けた。

「霞、お前が逝ってから満潮は随分苦労してるぜ。

今度ショートランド泊地にあたしら行くんだ。

その前の書類仕事がたんまりだよ……まあ、満潮は負傷で出撃出来ないから、まんざら悪くないみたいだけどな。

あの量はあたしには裁き切れねえよ……。

磯口司令官がお前を重宝する理由が、何だかわかる気がするな。

朝潮は元気にやってるぜ、お前の死を無駄にしない事を誓っていつもの調子で仕事してる。

何となく、危なっかしい気もするけどな。

 

何でだろうな、お前のあの罵声は滅茶苦茶頭に来るものだったよ。

けど、今はそれが何故か懐かし様な、恋しい様な……。

 

今は花しか手向けられないけど、今度ショートランド泊地を取りもどした土産話を手向けとして持ってくるよ。

あの世で待っててくれ」

遺体も遺骨もない墓だが、今では霞がいると言う事を示すのはここだけだ。

盆の季節になったら、帰ることは出来るだろう。

しかし、霞の墓はこの遠い異国の地にある。

もし、霞が死を実感することが出来る死を迎えた時、何を言い残していただろうか。

今となっては、知る術はない。

いつも霞は「絶対沈まない主義」と語っていたので、遺書すら書いてなかった。

だが、霞は沈み、死んだ。

 

「戦争の中で、命ってのはちっぽけなもんだ。

簡単に死ぬし、簡単に殺せる。

安いもんだよなぁ、戦争の中でのあたしら艦娘の命って。

替えなんか効かない人間の命なのにさ……」

 

以前吹雪が沈んだ時、自分はどうしたか。

周囲の制止を振り切ってでも、探しに行こうとしていたのを思い出す。

結局出撃は出来ず、吹雪を探すことはかなわなかった。

その後記憶を失った状態でひょっこり帰って来たが……目の前の墓の主の霞は帰ってくる事はない。

ただの被弾による撃沈ではないのだ。

木っ端微塵になった艤装のパーツが見つかっている所からして、霞の遺体は回収できそうにない。

「あたしら駆逐艦の命ってのは軽いモノも同然。

決まって未帰還・戦死するのはあたしら駆逐艦だ。

替えがきかない人間の筈が、まるで消耗品の様に沈んでいく。

この矛盾、お前は考えた事あるか?」

 

墓石から答えが返って来る事は無い。

 

深雪の言う通り日本艦隊では戦死し、失われた艦娘はみんな駆逐艦以下だ。

巡洋艦以上で失われた艦娘はいない。

他の国とはまた違う被害を受けているのが日本艦隊だった。

沈むのは決まって小型艦艇。

自分たちは人間だ。

替わりになる人間など存在しない。

なのに、多くの艦娘が戦死した。

不公平だ。

失われた艦娘の中には、撤退する艦隊の殿軍を命じられ、追撃して来る敵艦隊の足止めとして送り出された。

圧倒的、いや勝ち目などない戦力差。

成す術もなく撃沈された仲間たち。

いわゆる「捨て艦」だ。

深雪の姉妹艦にかつて白雲と言う艦娘がいた。

彼女もまた「捨て艦」の犠牲者だ。

今亡き白雲の事を思い浮かべた深雪の脳裏に、彼女との最後の交信が蘇った。

 

 

(敵艦隊視認、ル級三、ヘ級一、イ級二。

遅滞戦闘開始します!)

(白雲、戦闘はよせ!

回避専念できりきり舞いさせてやれ、戦艦相手にお前じゃ無理だ!)

(ありがとう、深雪姉さん。

撤退する皆さんをお願いします)

(頼む、白雲。

生きて帰れよ)

 

(艤装機関部に被弾!

う、動かない、走れない!

こちら白雲、我航行不能! 

我航行不能!

救援を請う、救援を請う!)

(くそ、こちら深雪。

司令官、あたしは白雲の援護に向かう、許可してくれ)

(ダメだ、深雪は撤退する主力部隊の護衛を続行せよ)

(なんだって、白雲を見殺しにする気か!?)

(繰り返す、深雪は護衛を続行せよ)

(ふ、ふざけるな!)

(痛ッ! 

被弾した、主砲損傷、魚雷発射管使用不能。

全砲門沈黙、総員退艦!

妖精さん各員、離艦部署発令! 早く!)

(白雲!)

(深雪姉さん、行って下さい!

私はもう駄目です、殿軍指示は最期まで果たして見せます。

今までありがとうございました)

(元気に喋れるなら、生き延びる努力をしろよ!)

(組みつかれた

うわっ!?

 

……4・4・3……)

(何言ってんだよ……おい、やめろよ……)

(……5・3・8……)

(何やってやがんるだよ……何考えてんだ!?)

(うっ……6・6・4……)

(やめろって言ってるだろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ)

(……3・9・7。

 

うぁっ!

 

……ラストコマンド入力……)

 

(やめろおぉぉぉーッ!)

(アイ……アム……ヒューマン……)

 

絶叫した深雪のヘッドセットにかすれそうな声で「皆……さようなら!」と白雲の最期の言葉が入った直後、無線が切れノイズだけになった。

そして同時に水平線の彼方で爆発音が響き、黒煙が上がった。

「白雲ォォォォーッ!」

声の限りに叫んだ深雪の頬を、両目から溢れ出る涙が筋を作った。

 

 

駆逐艦白雲は、刀折れ矢尽きた自身の任務を最後までやり遂げるために、艤装と主機を手動で自爆させたのだ。

自らの命と引き換えに味方の撤退を成功させた白雲の行動は、英雄的行動と称えられた。

追叙として国連軍名誉勲章、国連海軍殊勲十字章、シルバースターが贈られた。

この時ほど深雪は、人間が憎いと思った事は無かった。

白雲は仲間の為ではなく、勲章のために死んだのか?

そんな考えしか出なかった。

艦娘の中でも、消耗品の様な扱いの駆逐艦。

「捨て艦」として使うなら、駆逐艦の一隻位と言う風潮がこの時あった。

消耗品の艦娘として、人扱いをされない様な最期を遂げた白雲。

しかし、深雪は決して白雲は消耗品の艦娘だとは思わなかった。

何故なら白雲自身が最後に言ったのだから。

「アイ・アム・ヒューマン」。

そう、「私は人間だ」と。

自爆を行う最終ボイスコマンドが、偶然「私は人間だ」になったのかもしれない。

深雪は、違う、と思った。

あれは白雲の「私は艦娘ではない、一人の人間なんだ」と言う心の叫びが具現化したものなんだ、と。

 

無情にも見殺しにされた白雲の一件は、撤退支援の為に絶望的戦力差の中、孤立無援の状況で殿を務め抜いた、と喧伝された。

しかし、それは一時的なモノだった。

告発状が艦娘側から出されたのだ。

撤退の為に白雲を殿とせざるを得なかった、艦隊のメンバーの一人だった深雪と、同じ艦隊でその時大破して戦闘不能だった比叡らが自らの立場と引き換えに告発状を出したのだ。

本来なら上官不服従や抗命、反逆などの罪状が付く行為だ。

しかし、これが「捨て艦」の問題提起に繋がり、以後「捨て艦」行為は禁止となった。

比叡はこの件で中心人物として、大佐から少佐へと降格処分させられた。

本当は深雪も中心人物だったのだが、比叡は深雪に代わって全責任を負った。

この事を金剛は大きく比叡を讃えたりはせず、「よくやりましたネ」と普段の調子で比叡をねぎらった。

 

 

白雲がこの世を去って、何年になるだろうか……。

「あいつ……最後に見た空は何色だったんだろう……」

立ち上る黒煙が、白雲の墓標となったあの時を思い出す。

快晴だった。

雲は少しだけだった。

しかし、集中砲火を浴び、瀕死の重傷を負っていたであろう白雲がその空を見る事は、果たしてできたのだろうか。

ふと、深雪が空を見上げると、白雲が最期を遂げた時と同じような青空が広がっている。

「白雲……そこにいるのか?」

そう問いかけた深雪に返される返事はない。

 

 

ジャズを聴きながらコーヒーを飲んでいた愛鷹の部屋のドアを誰かがノックした。

ヘッドセットを外して愛鷹が「どうぞ」と言うと夕張と瑞鳳、蒼月が入って来た。

「暇だと思って、遊びに来ました」

先に入って来た夕張の言葉に、何をして遊ぶのだろうと思っていると、夕張はポケットから何かのチケットを出した。

「ラバウル基地特製カレーの無料券です。

お一人様だけ貰えたので、せっかくだからこれを景品にしたポーカーやりません?」

「ポーカーですか」

この間、霞が戦死したばかりで、それに大規模作戦の前なのに賭けポーカーで遊ぼうとは。

まあ、それとこれとでは切り離したこと、と考えてやるべきだろう。

思うとカードゲームは久しぶりだ。

こう見えて実は結構ポーカーには強い。

たまにはやるのもいいだろう。

「良いでしょう。

やりますか」

「良いですね。

愛鷹さん、ポーカーは?」

「ルールは知っていますよ。

やったこともあります」

「え、やった事あるの」

間抜けた、地の出た声で瑞鳳が聞き返す。

無言で頷く愛鷹に、瑞鳳は意外だと言う顔をした。

畳の上に座布団四枚と座卓を置き、夕張がトランプカードを切った。

自信のある顔をしている所からして、夕張はポーカーに強いのだろうか。

そう愛鷹が思った時、瑞鳳が愛鷹に耳打ちした。

「夕張さん、ポーカーは結構強いんですよ。

私、何回か食券巻き上げられたことが……」

「なるほど」

夕張の事だから何かずるでもしそうな気がしてくるが、素の腕で勝負して勝ってみようと愛鷹は夕張のカードの切る手を見た。

大丈夫そうだ。

 

五枚ずつ配られたカードを手に取る。

じゃんけんの結果、蒼月が親となった。

自分の手札を愛鷹は見た。

スペードの6、ダイヤの3、5、ハートの10、クラブの2。

出だしはこんな感じか。

ポーカーフェイスは得意だから、手札で表情が変わる事はない自信がある。

順番は蒼月、瑞鳳、夕張、愛鷹だ。

全員が手札のカードを睨めっこする。

クラブの2を捨てて、一枚引く。

ハートのエース。

手札を見つめていると、瑞鳳と夕張が場に一枚ずつ捨てて、捨てた分だけ台札から引く。

 

暫く部屋にトランプカードを引く音と、捨てる音だけが響く。

カードを交換し、五枚手札を揃える。

それの繰り返し。

愛鷹が全員の手や目を見た限りでは、イカサマ行為はしていないようだ。

皆表情を変えない。

しかし、愛鷹は夕張の表情から滲む優位感を感じていた。

勝った気でいるらしい。

(慢心ダメ、絶対って言葉があるけど……夕張さんにはポーカーでのそれを教える必要があるのかも)

そう思いながらカードを一枚引く。

瑞鳳が手札を全部捨てて、五枚引きなおした。

気に入らない手札だったようだ。

夕張なら嬉しがる状況か?

蒼月はあまりポーカーをやるイメージが無いが、顔の無表情っぷりは結構よく出来ている。

意外と蒼月も手馴れているのかもしれない。

(こう見えて、ポーカー運だけは強いんだよなあ……)

いい事なのかそうでもない事のなのか、と不思議な気持ちになりながら手札を揃える。

それから暫くやって、なるほどね、と愛鷹が胸中で頷いた時、瑞鳳がストップをかけた。

続いて夕張がストップをかけ、愛鷹もストップをかけた。

蒼月だけ、最後まで残り四人の手札が揃った。

 

「じゃ、見せ合いましょう」

そう言うと夕張は手札を見せた。

ハートの4、6、7、9、ジャックでフラッシュ。

瑞鳳はダイヤのクイーン、ジャック、10、9、8でストレート。

それを見た蒼月は「え」と言って手札を見せた。

数字はストレートで瑞鳳と同じだが、マークがクラブなので負けだ。

「私が一番!

愛鷹さんの手札は?」

にっこり笑った顔で言う夕張に、瑞鳳が「ちぇ」と口を尖らせた。

自分の手札を見た愛鷹は、三人のせがむような視線を受けて、無言で五枚のカードを放って腕を組んだ。

スペードの5、ダイヤの5、ハートの5、クラブの5、クラブの4。

「えーっ! フォーカード⁉」

三人の仰天する声が重なる。

目を剥く夕張に愛鷹は「瑞鳳さんと瞬きモールスで手札を教え合っていたでしょう?」と、夕張と瑞鳳があらかじめ手を組んでいたのに気が付いたことを告げると、蒼月が「ヒドイ……」と悔しそうな目で二人を見た。

「あ、愛鷹さんポーカー強いんですね」

少し引き気味に夕張が愛鷹を褒めると、制帽の下からぎろりと睨みつけられた。

その視線に瑞鳳がたじろぐ。

「お、怖わ」

テーブルの真ん中に置かれた無料券を手に取った愛鷹は、それを蒼月に渡した。

「え」

「大損したわけですから」

「……ありがとうございます。

嬉しい」

「あー、もう!

夕張、あんたのせいで大損よ、覚えてといてね!」

「うげえ……」

うな垂れる夕張の頭に止めのゲンコツを軽く卸す瑞鳳を見ていると、愛鷹の口元に軽い笑みが浮かんだ。

イカサマをされたとはいえ、勝ててよかった。

久しぶりにやるポーカーは楽しいものだ。

 

 

ラバウルで愛鷹がささやかな楽しみを味わっている時、何千キロも離れた日本の統合基地は、楽しみという物を味わう状況ではなくなっていた。

「患者の容体は!」

「心肺停止、瞳孔の反応なし。

非常に危険です!」

「他の艦娘の応急処置を急げ、AED用意」

「クリア」

「いくぞ!」

工廠近くの「応急処置所」では、五人もの艦娘が血にまみれた状態で担ぎ込まれ、手当てを受けていた。

ここで力尽きかけている艦娘の傷に応急処置を施して、集中治療室に搬送するのだ。

「仁淀! 

ねえ、仁淀!

目を覚まして、ねえ、目を覚ましてよ!」

もっとも危険な状態の仁淀に縋り付き、涙を流しながら叫ぶ大淀の叫び声が、その場にいる者たちの心に突き刺さる。

錯乱しかける大淀を駆け付けた武本が引き離す。

「提督! 

離してください、仁淀が、仁淀が」

「落ち着くんだ、大淀。

仁淀を、君の妹を信じろ」

「この傍にいさせてください、お願いです」

「君はここでは他のみんなの手当ての邪魔になる、一旦席を外すんだ。

さあ、行こう」

「嫌です、仁淀の傍にいさせてください!」

「ダメだ」

「でも」

「ダメだ!」

有無を言わせない厳しい口調で言うと嫌がる大淀の身を、体格差を生かして抱き上げ、そのまま武本は「応急処置所」の待合室へと連れ出した。

その様子を見ていた長門と陸奥は、痛まれない気持ちで見つめていた。

「しかし、深海棲艦め。

機雷原の敷設で対抗し始めたか」

「仁淀ちゃんに、萩風、舞風、それに帰投中の最上、鬼怒まで」

手当てを受ける艦娘達に戻した陸奥の目に、傷の痛みに呻いたり、苦しそうに酸素マスクの内側を白く結露させる萩風、舞風、最上、鬼怒の姿が映る。

触雷なだけに、みんな足をひどくやられている。

四人は機雷の近接信管の爆発の被害だったので、重傷とは言え意識のある状態で済んでいる。

しかし、仁淀は不幸にも直下の至近距離で機雷が爆発しただけに、傷は深かった。

足や足の指の欠損には至っていないが、出血が止まらず、食い込む破片の傷もひどい。

当面は山場を迎え、予断を許さない状況になるだろう。

仁淀触雷の瞬間を見た第一九駆逐隊の話では、三メートル近く放り上げられたと言う。

確かにそれだけの爆発を受けたら、ただでは済まない。

戦艦の自分でも深手を負うだろう。

それに耐え抜き、五体満足で帰って来られたのは奇跡としか言いようがない。

もし、駆逐艦だったらと思うと陸奥は背筋がぞっとした。

軽巡の仁淀も大して防御力は高い訳では無いが、少なくとも駆逐艦よりはある。

被弾に脆い駆逐艦の場合、仁淀が巻き込まれた爆発の被害はただでは済まない。

足を片方確実に失うし、最悪、両足を失いかねない。

それに足を失うだけで済めばいい時もある。

触雷で命を落とした艦娘は複数存在する。

深海棲艦の敷設する機雷は二種類に分類できる。

対艦娘向けのモノと、船舶攻撃用の大型のモノだ。

船舶攻撃用の機雷は、艦娘には反応しない為後者で艦娘に被害が出た事は無い。

地雷と似たようなものだ。

対艦娘のモノが対人地雷なら、船舶攻撃用は対戦車地雷と言ったところだ。

「掃海部隊の出動だな」

静かに言う長門の言葉に陸奥は頷く。

「船舶攻撃用の除去の掃海艇、掃海艦の出動も必要ね」

「ああ。

ただ、深海棲艦はその部隊、艦も狙ってくる可能性があるな。

これ以上の被害は、艦隊の士気に関わる」

「そうね。

……霞、亡くなったそうね」

「ああ……何人目だろうな」

独語するように言う長門の言葉に、陸奥は敢えて答えなかった。

答える必要なはない。

これまで戦死した艦娘の数も名前も、顔も、長門はすべて覚えている。

秘書艦だからという事もあるが、かつて長門の撤退支援で散った者も存在する。

それだけに長門としても、罪を感じるところがある。

 

「どうして、いつも死ぬのは決まって駆逐艦なんだろうな」

ふと、寂しげに言う長門の顔を陸奥は見る。

視線だけ返して長門は続けた。

「時々思うんだ、何故私じゃなかったのか、と。

 

捨て艦や盾となって散った仲間の中には、私みたいな大型艦を逃がすために逝った者も少なくない。

その様を見るたび、思い出すたび、何故、あの時沈んだのが私でなかったのだろう、と考える。

今となっては、遠い日の様で、昨日のように思える事もある。

 

長いな……この戦争は。

平和はいつ来るんだろうな、遠い存在に思えて来る」

その長門の呟きに、陸奥は遠い目で言った。

「平和は……今となっては遠いわね……。

確かに」

 

 

本を読んでいた青葉は、病室のドアをノックする音に気が付いて「どうぞ」と本を閉じて来訪者を招いた。

入って来たのは愛鷹だった。

「作戦前に顔出しをしておこうと思いまして。

目が覚めた事は衣笠さんから聞きました」

「どうもです。

作戦、頑張ってくださいよ。

不肖の妹、衣笠をお願いします」

「了解です、みんなで帰ってきますよ。

青葉さんも早く元気になってください」

「はい、でも青葉は……実はすこーし不安が」

不安? 何がだろうか。

「私でよければ、話してもらえますか」

聞いてくれる愛鷹に青葉は不安を滲ませた顔を向けて、自身の胸の内を打ち明けた。

「実は衣笠から聞いたんです。

艤装がもう耐用年数を迎えつつあるって。

でも、青葉は改二になれる音沙汰もないし、今ある艤装を新しく作ってくれる予定も無くて。

予備は大切に保管しているんですけど、それもそのうち古くなっちゃうだろうし。

このまま、予備役に編入されちゃうんじゃないかなって、最近思うようになったんです。

 

思うと、青葉は六戦隊の中で、全然改二にしてもらえなくて。

一生懸命頑張っても、やっぱり古い艤装だから……前と比べて深海棲艦を倒すのにも少し苦労するようになってきた気がするんです。

このまま、古くなった青葉はそのまま除籍されて、予備役に入れられちゃうんじゃないの?

 

そんな不安が最近多くなって来ているんです。

六戦隊のみんなと戦えなくなっちゃうかもしれないのが怖いんです。

皆が改二にどんどんなっていく中で青葉だけは改のまま。

高雄さんや愛宕さんとか、改のままの人はいますけど、青葉は高雄型と比べて艤装性能が低くて。

気にしていなかった筈なのに、ここ最近、第三三戦隊に入ってから、少しずつ自分が旧式化してしまっている事を噛み締めることが多くなってきたんです。

そう考えると、なんだか胸の中でしまっていた、封印していた悔しさが溢れそうで」

「大丈夫ですよ。

昨日夕張さんから聞いたのですが、武本提督は青葉さんの新艤装の甲改二の青写真が決まった、と言っていたそうです。

きっと、日本に帰ったら青葉さんはその甲改二仕様になるでしょうね」

その話に青葉が驚きの顔を見せる。

「青葉がですか?」

「ええ。

提督も青葉さんのような人材を飼殺す気はないでしょう。

私は……長期的に見た場合、どうなるかわかりませんが」

「愛鷹さん……」

「まあ、私も夕張さんが立てた改装案が認可されたら、改になれるかもしれませんけどね」

愛鷹の改装案と言う物に青葉は興味が出た。

どんな内容なのか、興味が湧いて来る。

「航空巡洋戦艦と言ったところです。

戦闘機一六機搭載、四一センチ連装主砲二基に変更するそうです。

火力が上がるのはいいんですが、三一センチ主砲は使い慣れ始めてきている気もするので、少し惜しい気もしなくはないですね」

「カッコいいですね、改になったら記念写真でも撮りますか?」

カメラを構えるしぐさをする青葉に、苦笑を返す。

「記念写真に限ってくれるなら……いいでしょう」

「勿論ですよ。

青葉、約束は守りますから」

「前に人事ファイルを見た所では、約束破りを繰り返した、とありましたが?」

少し揶揄う様に言うと今度は青葉が苦笑を浮かべた。

「護るべきものは守りますよ」

「分かっていますよ、ちょっとしたからかいです」

微笑を浮かべて語る愛鷹に、青葉も笑みを浮かべた。

 

 

手術室のドアの前で「手術中」の赤い電灯を見つめながら、大淀は仁淀の手術の終わりを待っていた。

既に手術開始から六時間が過ぎようとしている。

しかし、中々終わる気配がない。

時々仁淀は駄目なのか、と考えてしまう自分がいて、そんな事は無い、あの子は大丈夫だ、と自分に喝を入れた。

でも、もしダメだったら?

どうしてもそう思ってしまう自分がいて、悔しさと腹立たしさが込み上げてくる。

爪が食い込むほど拳を握りしめ、大淀は待ち続けた。

自分は長い間、同型艦なしのぼっち艦だった。

艦隊に組み込まれての出撃よりは、基地でコンソールと向かい合った状態で、仲間たちの戦いをモニターし続けることが多かった。

四六時中の基地業務。

苦楽を共にする仲間がいても、姉妹艦と戯れている姿を見ると羨ましいと思ったことは何度もある。

それだけに七つ下の仁淀が来た時は、人知れない所で歓喜の涙を流すほどうれしかった。

大切な妹として、そして仁淀も大事にしてくれる大淀を慕ってくれた。

シスコンと言うつもりはないが、色々と世話を焼いたのは確かだ。

その大切な妹が、今死にかけていた。

長い手術の経過は大淀の耳には入らず、危篤なのか治療が上手く言っているのかさえ、分からない。

立ち続けるのにも疲れたので、手近な椅子に座って待つ事にした。

 

暫くして急に眠気が来た大淀は、起きていなければならないと言う力の抵抗虚しく、そのまま眠ってしまった。

どれくらい眠ってしまったのだろうか。

仁淀が自分の名を呼びながら、真っ黒な海に消えていく夢を見て思わず「仁淀」と名前を呼ぶと目が覚めた。

「いけない、私寝ちゃってた」

メガネを取って鼻柱をつまんでいると、手術室のドアが開いて外科医が出て来た。

即座にメガネをかけた大淀は、出て来た外科医に駆け寄った。

「先生、仁淀は」

「……申し訳ないが、仁淀は当面君に会う事は出来ない。

ありとあらゆる手を尽くして、彼女の命が零れ落ちるのは防げた。

だが、予断を許す事の出来る状態ではない。

関係者以外立ち入り禁止の隔離病棟の集中治療室で、目が覚めるまで過ごしてもらう。

医者として、君の大切な妹を何としても救うためには、この手しかない」

外科医の言う病棟は大淀すら入れてもらえない所だ。

そこから回復して出て来たものは少ないと言われている。

「た、助かる確率は……」

震える声で聴く大淀に外科医は静かに告げた。

「気を抜けば一発でレッドカードだ」

「そ、そんな……」

力が抜けた大淀は、その場にすとんとへたり込んでしまった。

死ぬと決まったわけではないが、確実に助かるとは言えない。

どちらに転ぶか全く分からない状況の世界に、仁淀は連れていかれてしまった。

大粒の涙が大淀の頬を伝った。

 

 

港に停泊する支援艦「アルバトロス」は、沖ノ鳥島海域での戦いで使った支援艦「しだか」より小柄だが、それでも一万トン以上はある。

ベースはドック型揚陸艦であり、後部のヘリ甲板にはHH60KレスキューナイトホークやHV22Dオスプレイが駐機されている。

「前に乗った『しだか』よりショボいな」

港に夕張と一緒に来ていた深雪は、支援艦「アルバトロス」を見た感想を呟いた。

「一回り以上小さいけど、揚陸艦に仮設のモノを立てるのと比べたら雲泥の差よ。

この種の艦がある無しで大違いだから」

「わかってらい。

この手の艦にはいろいろ世話になってるからな。

そういやあ、今回は磯口司令官も乗り込むんだってな?」

「ええ。最後のご奉公だって」

「最後?」

怪訝な顔をする深雪に、夕張は聞き入れた話を教えた。

「もう、自分も潮時なんだって。

霞ちゃんを失ってから、大分疲れやすくなり始めたらしくて。

退役したら孤児医院の院長になるって」

「そうか、あいつ面白い奴だったからちょっと残念だな。

ま、司令官ってのは疲れる仕事だろうから、しょうがないか」

そう言いながら、やはり寂しそうな表情を深雪は浮かべた。

二人が見る中、補給物資を積んだトラックの最後の一台が艦内からランプを通って降りて来た。

暫くすると三々五々艦娘達が「アルバトロス」に乗り込んでいった。

深雪と夕張も、着替えと洗面具程度の荷物を持って乗り込んだ。

 

 

宿舎の部屋から着替えと洗面具と、タブレットケースと言う荷物を持って愛鷹は出ると、「アルバトロス」へ向かうショートカットの為にハンヴィーを一台借りた。

荷物を助手席にいれてエンジンをかけていると、自分を呼ぶ声がした。

榛名と霧島、小走りにこちらへと駆けて来る。。

「乗せてくれます?」

「いいですよ」

霧島の頼みに頷いた愛鷹は、エンジンをかけると二人が乗るのを待った。

後部座席に二人が乗り込むと、ギアをローにいれ、ハンドルを握りアクセルを踏んだ。

「愛鷹さん、お体は大丈夫ですか?」

港に行く途中聞いて来る榛名に、愛鷹は頷いた。

「ええ、調子は戻りました。

また戦えますよ」

「無理はしないでくださいね」

「何かあったら、私と榛名で支援しますよ」

フォローを申し出る霧島にありがたみを感じる。

二人のお陰で、自分は治療を受けられたようなものだ。

「かたじけないです」

礼を言う愛鷹に二人は笑みを返した。

「愛鷹さんって、髪綺麗ですね。

とても長くて、綺麗に整えてる」

「何かケアとかされているんですか?」

「特に何も。

普通に髪を洗い、乾かし、時々ブラシかける。

それだけです。

綺麗に見えるだけですよ、きっと」

美容に気を使ったことは一度も無い。

化粧の経験もない。

「でも綺麗ですよ。

大和さんとか、矢矧さんを思い出します」

「どちらかと言うと、大和さん似じゃないかしら」

自分が忌み嫌う大和の名前を普通に口にする榛名と、それに相槌を打つ霧島の言葉に鬱陶しさを感じるが、事情を知らないのだから仕方が無い。

込み上げる不快感を堪え、愛鷹はハンヴィーを港へと走らせた。

 

「アルバトロス」の近くにハンヴィーを止める際、少しだけ乱暴にブレーキを踏んだのは、ささやかな二人への口にしなかった意思表示だ。

それに気が付いた様子もなく、礼を言った二人はタラップを渡って行った。

近くの海軍兵士にハンヴィーの回送を頼むと、荷物を持って愛鷹はタラップへと向かった。

タラップを渡ろうとして不意に足が止まる。

何か嫌な予感が頭を過ったのだ。

一体何が、と思ったが思いつかない。

ただ、今回も一筋縄では行かない気がした。

少し無言で立っていた愛鷹は、程なくタラップに足を踏み出した。

 

「でも、戦うしかないのよね。

それしか……私には生きて行く道なんてない。

私に、どこにも行くところなんて残されていないのだから……」

 

今ある世界の中で、来年に迫る死を迎えるまで。

自分は精一杯の生を享受し続けるのだ。

 




今回、愛鷹の隠れ得意分野のポーカー強者の腕前を描きました。
このエピソードは番外編でも用いる予定のネタでもあります。

青葉の改二が全く来る気配がないので、とうとう勝手に改二仕様を作り出してしまいました。
気にしていないと言っていた青葉も、ついに内面の悩みを愛鷹に打ち明けていますが、これで青葉の悩みも報われます。
甲改二の姿がどういうものになるか、楽しみにしていて下さい。

同時に愛鷹の改装案、いわば愛鷹改と言えるプランも公開しています。
愛鷹改は「覇者の戦塵」という小説に出て来る、超甲巡を元ネタにした荒島型防空巡洋艦を基にした実験艦大峰をヒントにしています。
第一一八特別航空団やその航空団の部隊コールサインは後々公開します。
趣味ネタがここでも詰みこまれてます。

前回霞を死なせてしまいましたが、どうしてもこの作品展開上誰か亡くなるのは避けがたいものです。
彼女の死はみんなの心に大きく響いていると共に、深雪の描写を見て分かっていただけるように、自分たちの命の軽さ、脆さ描いています。

深雪の回想で白雲と言う子を出しました。
既に故人ですが、この子で「捨て艦」と言うこの世界での「捨て艦」行為がどのようなものかを描写しています。
この世界では艦娘は人間であるので、「捨て艦」は捨て駒、弾除け扱いも同然となっています。

仁淀が機雷に触雷して瀕死の重傷を負っていますが、実は機雷と言うのは実際かなり厄介な代物であり、太平洋戦争ではアメリカ軍が日本を封じ込めるために投下した機雷によって日本は首を絞められました。
この仁淀と大淀の関係が果たしてこの後どうなるかは、これからの展開に期待して下さい。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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