翌朝。
愛鷹は初めての割には直ぐに慣れた新しい自室でしっかり睡眠をとった後、例のタブレット二錠を飲んで、身なりを手早く整えると制帽を被り、コートを羽織った。
愛鷹も人間だから空腹のサインを腹部が立てると、「自分が生きている感覚」を覚えた。
食堂は給糧艦の艦娘の間宮、伊良湖、野崎、鞍崎などが切り盛りしており、さらに食堂妖精さんがサポートしている。
極力目立たない様にバイキング式のカウンターから朝食をトレイに盛って、隅の席に座ってナイフとフォークをとった。
非番同士の艦娘では改や改二のための座学勉強のアドバイスを求める、応える、指導する他に、任務や出撃が無いのでゆっくりと食事をしている。
出撃や遠征となれば艦娘は一〇分以内に食べ終えるクセがある。
ただこれは珍しい話ではなく、艦娘登場以前の海軍(日本では自衛隊も含め)ではよくあることだ。
かなり気配消しがうまく行っており、愛鷹は誰からの視線を感じずに食事を摂ることが出来た。
ブラックコーヒーを飲み欲した後、トレイを戻して基地司令部のミーティングルームへ向かった。
今日は第三三戦隊の正式結成と艦隊所属の艦娘たちとの顔合わせだ。
青葉とは既に会っているが、ほかの艦娘とは顔を合わせていない。
第一九駆逐隊、第五航空戦隊(五航戦)、と各ミーティングルームではメンバーたちが早速話し合いを行っていた。
防音だが、愛鷹の靴型ソナーなら声程度は分かる。
自分たちがこれから使う部屋がどの様な部屋なのかと、ミーティングルームに入る。
部屋は和式とオフィス式があり、好きなところを事前予約しておけばどちらかを選べるし、冬には仲間と共にコタツに引き籠るために使う艦娘達で和式の事前予約は多くなる。
第三三戦隊に事前に用意されていたのは、ラップトップや椅子、水ボトルがテーブルに置かれたオフィス式だ。
手早く様子見をおえた愛鷹は、ここで読書でもしようと外へ出た時、五航戦のメンバーと出くわした。
見慣れない人物が部屋から出て来て五航戦の翔鶴型空母艦娘の翔鶴、瑞鶴、護衛の利根型重巡利根、筑摩、重雷装巡洋艦北上、大井らは「誰だっけ?」と顔を見合わせあったが、半ば無視するように愛鷹は去った。
「ねえ!」
「はい?」
ガン無視は酷いな、と思った瑞鶴が愛鷹を呼び止めた。
「あなた、新入り?」
頷きで返した愛鷹ににっこりと笑みを浮かべた瑞鶴が胸を張って名乗った。
「五航戦の翔鶴型空母の瑞鶴よ、よろしくね! 一航戦、二航戦といつでも肩並べられる練度持っているから」
勝気な性格で、時には喧嘩早いとも言われる一方、頭の回転が良く、改装を複数回受けている強者だ。
姉の翔鶴はおっとりした性格だが、その実力は瑞鶴に負けない。
「第三三戦隊所属の超甲型巡洋艦愛鷹です。以後お見知りおきを」
「愛鷹さんですね。翔鶴です。瑞鶴共々よろしくお願いします」
両手を前に合わせて翔鶴も自己紹介する。
それを見てから利根も翔鶴に続く形で名乗った。
「吾輩は利根型の利根だ。
こっちは妹の筑摩じゃ。緑制服の二人は重雷装艦北上と大井。魚雷攻撃の天才と言われとる」
「どーもー、重雷装艦の北上です。よろしくねー。
まー、天才とか言われてるけど、命中率は一〇〇パーセントじゃないから」
「大井です。北上さん以外の艦娘でも深海棲艦でも難なく倒して見せられます」
利根の紹介を受けた三人が軽く一礼する。
意外にも大井は依然聞いた時ほど北上に「べたべた」と呼ばれるほどの執着した所を見せていない。愛鷹が知らされていた大井の印象とは多少違う。
二人とも自覚は無いが、大井は「クレイジーサイコレズ」と言われる程北上にべたべたしており、大井の北上への思いは「同性愛の域を超えている」と言われるほどだが、当の北上はマイペース過ぎて大井のアタックに気づかない。
しかし、ここ最近は大井も「同性愛」超え気味のものは依然持っていても、ある程度の自立心が芽生えたようで、北上がいないと情緒不安定になりやすい性格から少し変わり、北上が不在の中でも松型駆逐艦娘らへの魚雷に関する座学や演習で鬼教官を務めている。
大井の鬼教官ぶりは「北上さん」と一緒にいられないストレスと、北上からの「大井っち、新しい駆逐艦の魚雷攻撃とかの講義頼む」と北上に頼まれてのことだが、大井の指導の甲斐あってか松型の竹は魚雷攻撃で戦艦タ級を撃沈、自身は無傷と訓練の成果を見せている。
魚雷を装備していない愛鷹には少し羨ましい気も無くはない。
とは言え三一センチ主砲慣れした今に増設する形で魚雷発射管など装備されても逆に困るだけだ。
利根に関しては、海軍入隊以前はプロフィール閲覧可能な海軍高官と愛鷹以外知っている。
かなり酷い過去を持っていたらしく、利根の生い立ちについて聞くのはタブー行為だ。筑摩ですら知らない。
だが愛鷹は知っている。
もっとも私の過去と比べたらはるかにマシな方だろう、と愛鷹は自身の今なお体を蝕む傷を思い出した。
自身への傷の酷さで言うなら利根に「周りの人間、そして自分自身に殺意を覚えた」ことがあるかと尋ねれば、「ない」と言える程度の過去の持ち主だ。
いつか彼女らと共同で戦う日が来る日があるだろう。
そう思いながら愛鷹は自己紹介が済むと足早にその場を去った。
自分自身に向けられる「どこかで見たような」の視線が忌々しい程背中を突く。
意識切り替えに何の本を持って行こうか、と私物の本を思い出すことにした。
持っている「クラシック・ジャズ」の本でも読むとしよう……。
後ろからマイペースな一方で勘がいい北上は愛鷹の背中を見ながら「うーん……」と何かに気が付いているような声を上げたのには、少し嫌な予感が脳裏をよぎったが、北上の性格を考えれば言いふらしたりするとは思えない。
問題は無い。
いちいちオドオドするな、と自分に喝を入れた。
自室からとってきた本を読んでいると、ミーティングルームに第三三戦隊の面々が集合の五分前に全員揃っていた。
「ども、恐縮です。青葉です」
「深雪だよ、よろしくな!」
「軽巡夕張よ」
「あ、秋月型防空駆逐艦の蒼月です」
「航空母艦の瑞鳳です」
引っ込み性格の蒼月以外は気さく、かつフレンドリーに自己紹介をしてきた。
自分にもあのような明るい笑顔を浮かべられたら、と羨ましさを感じながら愛鷹も名乗った。
事前に聞かされていたとはいえ、全員面識持ち同士であるので愛鷹はホッとするところがあった。
艦娘同士でのいざこざや確執はいつでもある。
日本に限った話ではない。部下が反目しあう、旗艦と部下が反発しあう艦隊程統率の取れた作戦の展開は出来ない。
「そんでさ、愛鷹。私たちの艦隊のお仕事って何だい?」
早速、深雪が砕けた口調で聞いてくる。
いきなり本題に踏み込んできた深雪の頭を夕張が窘めるように軽く叩く。
「まずは座って、お話ししましょう」
そう言って愛鷹は自分の席に座ってラップトップを開く。
他の五人も席について自分用のラップトップを立ち上げる。
愛鷹は素早いタイプで仲間(僚艦)の画面を遠隔操作で開けていった。
各々のラップトップを自身のモノから遠隔操作して、認証コード画面にまで動かす愛鷹に、五人は驚きながらも自分の認証コードを入力し第三三戦隊の主任務内容がアップロードされているファイルを開いた。
表示される自分たちの部隊の任務内容を見て、青葉、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳は今から出撃する訳ではないにもかかわらず表情がすぐに変わった。
蒼月の場合は素の白めの肌が、さらに白くなったようにも見えた。
「私たち第三三戦隊の主任務は『武装偵察』、つまりただ情報収集のためだけでなく、偵察時の対水上戦闘、対空戦闘、対潜水艦戦闘も考慮されています」
旗艦となる愛鷹が部下であり仲間となるメンバーに解説を始めた。
日本艦隊初の戦闘を視野に入れた「武装偵察」を主任務とする部隊と言うところを除けば、第三三戦隊は他の艦隊と大きく変わっている所はない。
状況に応じて武本からの追加指示、又は愛鷹に判断が任されている。
解説を聞く中、現場判断の自由度の高い独立部隊という訳か、と青葉、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳は新しい「任務」内容を頭に入れていく。
偵察部隊となる第三三戦隊内の役割としては愛鷹が旗艦及び、高い火力を生かした砲撃戦時の指揮だ。
火力では重巡の青葉が愛鷹に次いで高い。
また愛鷹に万一のことがあった場合は次席指揮権が青葉に任される。
夕張と深雪は対潜水艦戦と砲撃戦、雷撃戦、対空戦闘支援など担当内容は多い。
戦闘能力の汎用性の高さ、悪く言えば「便利屋扱い」ではあるが、夕張、深雪共に「便利屋」は得意分野だし、深雪は日本の駆逐艦の艦娘達の中では汎用性が一番高いと言っても過言ではない。
蒼月は部隊の対空戦闘がメインで砲撃戦、雷撃戦、対潜水艦戦はバックアップ側だ。
秋月型防空駆逐艦の艦娘としてだけでない、稀有な対空戦闘能力を高く買われた役割と言える。
蒼月の顔を見れば「こんな大役を私が⁉」と、画面を見つめながら心臓の鼓動が速射砲のように早くなっているのが分かった。
愛鷹はすぐには無理でもこの子は大丈夫、旗艦として自分が引っ張っていくし、仲間がいると思いつつ、自分が「やられた時」または「イクことになる時」を考えると自分の方が怪しかった。
「イクことになる時」はすぐには来ないだろう、と思いつつも自身の過去を振り返れば確信をもってそう言い切れるか? と自問自答した。
作戦中に「イクことになる時」が前触れもなしに起きた場合を考えると、いつまでも自分の秘密を隠し続けてはいられない事は分かっていた。
空母である瑞鳳は戦闘機部隊による対空戦闘と対潜哨戒機による対潜哨戒、そして高速偵察機を飛ばしての第三三戦隊の主任務である偵察の内の「長距離航空偵察」の大任を任されている。
航空機好きの瑞鳳の頭の中では早くも搭載機の事が頭に浮かんできていた。
「派遣される海域は主に『羅針盤障害』が確認された海域への深部偵察であり、私たちの偵察によって得た情報は重大です。
敵艦隊や泊地への攻略戦、侵攻艦隊迎撃戦を行う友軍艦隊の前に先立って、迎撃・侵攻のために展開していると思われる敵艦隊、泊地の防衛体制などとなります」
「『羅針盤障害』……か」
そう呟いた青葉が右胸部に手を当てた。
青葉と古鷹が重傷を負った時の傷跡はまだ右胸部に残っている。
砲弾が右肺を貫通した時の傷跡だ。
艦娘達にとって最大の悩みは、航行中の頼りである羅針盤が深海棲艦の艦隊が展開する海域に入った途端、羅針盤の方位表示が不安定になる「羅針盤障害」と言う一種の妨害だ。
対水上・対空電探(レーダー)にも障害が発生する上、羅針盤より妨害の度合いを多く受ける。
敵主力艦隊周囲に配備されている軽巡一隻と駆逐艦二隻のピケット艦隊が艦娘と会敵すれば、本隊の知る所になり、電波妨害が行われ始め、また「羅針盤」の表示もさらにおかしくなる。
因みに海外では電波妨害を「ECM」、「羅針盤障害」の事を「C・J」と呼んでいる。
電探は妨害の度合いで次第に機能しなくなり、羅針盤の方位表示も不安定さが増大し、完全に機能しない場合は索敵に水偵や偵察機を上げなければならない。
一方で敵艦隊のレーダーの波長を逆探知可能な逆探(ESMと海外でよく使われている)を利用して方位を計算すれば敵主力本隊との会敵に成功し、艦隊戦へもつれ込めることもある。
「羅針盤障害」は酷いときには電探射撃(レーダー測距射撃)が不可能になるだけでなく、羅針盤自体が「エラー」を起こして現在位置特定、通信不能と言う航法上の障害があり、最悪敵艦隊の展開位置へと行ってしまった結果、戦闘になり撃沈(戦死・M.I.A)を多く出している。
日本艦隊では「羅針盤障害」対策の技術力は高かったものの国力と資材が限定されていた為、艦娘への電探の普及率が悪く、「羅針盤」だけが頼りの艦娘ばかりだった。
その後、夕張の自作品が標準装備品として支給されたが、完全には「羅針盤障害」に耐えられない。
青葉と古鷹が重傷を負ったのも羅針盤が上手く働かなかったのが原因の一つだ。
「第三三戦隊は情報収集が前提ですが、状況によっては一撃を加えた後本隊や基地に連絡を入れる威力偵察も行います。
『羅針盤障害』下での戦闘を前提としているので、天測航法なども視野に入れています」
「私の任務は、索敵と対潜哨戒ね」
瑞鳳が自分の任務を口にすると愛鷹が瑞鳳以外の面々にも少し小さめのタグで瑞鳳の搭載機数を表示させた。
「ええ、瑞鳳さんの主な任務は索敵と防空それに対潜哨戒です。その為烈風改と彩雲がメインとなっています」
「最新鋭で物凄く足の速い新型の彩雲、しかも対潜哨戒機にもなれる」
新しく瑞鳳の航空隊に配備される偵察機彩雲を見て青葉は驚いた。対潜哨戒は今のところ艦上攻撃機の天山が主体だが、瑞鳳には偵察と対潜哨戒の両方をこなす新型機が配備される。戦闘機も烈風改と優れものだ。
「烈風改がこれだけいるなら私の出番はないのでは……?」
控えめに蒼月が愛鷹に聞く。
「いえ、烈風改だけでは防げない時に備える必要があります。
あなたの演習と基地の防空戦闘での記録は確認しています。大丈夫ですよ」
抑揚のない口調の愛鷹に言われても蒼月には大丈夫な気分になれない。
しかし蒼月は基地防衛艦隊所属艦と言っても、いつかは外洋作戦に組み込まれる事は分かっていた。
ついにその時が来たのだと受け入れなければならない。
「なお、状況に応じて第三三戦隊は二個分艦隊に別れます。
第一は私を旗艦として蒼月さんと夕張さん。
第二は青葉さんが旗艦として深雪さんと瑞鳳さんで編成します。
ただ、状況によって組み合わせは私か提督が判断します」
「青葉が旗艦ですか?」
「はい。次席指揮官も青葉さんを指定しています」
流石に分艦隊と言えど、旗艦となるだけに青葉の表情が緊張で硬くなる。
「装備は、ファイル・Bにある通り瑞鳳さんの航空隊編成及び、各自の主砲弾には三式弾改二の比率が少し多くなっているところなどを除けば、同じです。
夕張さんだけは、燃費を考え、通常主機の装備が指定されています」
「分かりました。まあ、長く海に出ていたら、給油が必要だからしょうがないですね」
夕張は速度が駆逐艦と比べやや遅いが、やむを得ない話だ。
まさか瑞鳳を高速給油艦にすれば、と言う冗談など言ってはいけない。
「しっかし、愛鷹の主砲ってなんていうーか、中途半端な口径じゃないか?」
深雪が愛鷹の主砲口径を見て不安そうに言う。
確かにと青葉、夕張、蒼月、瑞鳳は思った。
重巡相手には多分問題ないだろう。
むしろ改二装備の重巡を半年近くも戦線から離せざるを得ない程強力な深海棲艦の重巡ネ級改でも、愛鷹の主砲には耐えられないかもしれない。
むしろネ級改相手でも過剰火力ともいえる。
一方で戦艦相手では少し心もとない、微妙さがある。
「私たちの任務は、偵察が主体です。
戦艦を含む強力な水上戦闘部隊と砲戦、雷撃戦を行う事態は極力避け、艦隊戦を行うにしても機動部隊の防空支援などです。
機動部隊の護衛となる場合は対水上戦闘を担当する事にはなりますが」
不安と言った深雪に返す愛鷹の声は抑揚が無いから余計説得力に欠ける。
だいいち、まだ一同は愛鷹(プラス蒼月)と演習を行っていない。
それ以前にまだ第三三戦隊は艦隊としての航海演習をしていないから、陣形変換などの機動も不十分だ。
面識程度では艦隊を組んでも息を合わせられない。
まあ、これから演習を行って練度を積んでから出撃となるのは間違いないし、愛鷹もそのつもりだ。
艦娘でありながら愛鷹は艦娘と演習をしたことなど殆どない。
いや生まれてこっち演習など一人でやってばかりだ。
シミュレーションでは何度も艦娘と組んで艦隊演習を行う体験していても、実際に行うものとはわけが違う。
機動部隊の支援につく、と言うところに青葉が気なった。
空母である瑞鳳は勿論、対水上戦闘には向いていない。
「なお、瑞鳳さんを組み込まない編成も想定しており、その際は第六戦隊から衣笠さんを交代として編入することを想定しています」
「え、ガサを?」
驚きのあまり青葉の地が出た衣笠の呼び名を口にした。
愛鷹は軽く頷いて続ける。
「ええ、ただ交代要員の艦娘は衣笠さんには限ってはいません。
状況に応じて他の戦隊、駆逐隊から交代要員が組み込まれますが、交代要員に関しては提督が適宜都合をつけるため、私には事前指定の衣笠さん以外の予定は知らされていません。
その事もちゃんと艦隊編成のファイルに入れてあります。
任務の詳細に関しても皆さんのラップトップに送っています。後でコピーして自分のパソコンに入れておいてください」
「衣笠さんとは何度か組んだことがあるな。勿論青葉ともだな」
「勿論?」
何か深雪の言う言葉に引っ掛かるところ感じた青葉が首を傾げると、深雪が苦笑を浮かべた。
「ここ最近、青葉はお留守番になることもあるじゃん。あたしは青葉が抜けているところを埋める感じで編成されたりするんだ」
「へえ、深雪さんと組んだ話は聞いてなかったです」
まあ、ガサが特別話すことではないだろうけど。
そう思いはしたものの、基地防衛艦隊に編入中の自分が知らない話が何か心に引っ掛かった。何となく仲間外れにされている気がした。
もっとも艦娘が他の部隊、艦隊に原隊から出向することは珍しくない。
前に第八艦隊のメンバーとして重巡鳥海と軽巡天龍が原隊から派遣されて、第六戦隊と第八艦隊を構成し敵補給艦隊泊地への夜間奇襲をかけた。
あの後、鉄底海峡海戦と呼ばれる大規模艦隊戦では第一機動部隊が第一、第二航空戦隊からなっていた編成を第一航空戦隊と第二航空戦隊を二個部隊に分け、第一は第五航空戦隊と組んで航空戦を担当したし、その時の護衛に就いた艦娘も原隊を解いた形での編成であの時の艦隊は特別混成部隊の形だった。
日本では部隊を固定して組むことが多いが、他の国では状況に応じて編成を自由に組むことが多い。
所帯の狭いドイツ艦隊はよく駆逐艦、巡洋艦、装甲艦、戦艦、空母を自由編成しており、非公式に「戦闘団」(カンプグルッペ)と呼んでいることがある。
所帯の狭さ故に艦娘同士の顔見知りが多いのが強みだ。
北米艦隊の主力であるアメリカ艦は任務部隊としてドイツと同じような編成をする。
ただし所帯が非常に大きいので事前に訓練を積むか、以前部隊を組んだ経験のある艦娘同士で編制するのが基本だ。
指揮系統上は特に大きな問題はない。
海軍用語の多くが統一化されてはいるとは言え、お国柄が残っているところは少なくない。
その点では第三三戦隊も日本版の戦闘団、任務部隊と言えるかもしれない。
かき集め部隊に見えて、艦娘同士の長所を生かした編成と言える。
「じゃあ、私は機動部隊戦の時は……祥鳳さんとの航空戦隊に戻るという訳ね。成程」
艦隊編成のところを画面に呼び出した瑞鳳が頷く。
「……え、姉さんたちと駆逐隊を?」
蒼月が編成予定を調べると、第三三戦隊の状況によっては基地防衛艦隊だけでなく姉たちとの駆逐隊を組むことが書いてあった。
固定部隊が深雪同様無い夕張は第三三戦隊の基本構成艦艇を深雪と組んでいることを確認して深雪に微笑みかけた。
「私は深雪ちゃんと第三三戦隊にいる事が前提ね。よかったわね深雪ちゃん」
「ああ。固定部隊なんて久しぶりだな。電に言っといた方がいいかな。随分気にかけてくれたしな」
にっこりと深雪は夕張に笑い返した。
訓練の後、出撃する予定がある海域はあるのかと思い青葉は愛鷹に問うと、「仕事は沢山ありますよ」と言う返事が返ってきた。
他にラップトップの内容を見ながら確認をとる青葉を見て、夕張、深雪、瑞鳳、蒼月らは早くも青葉が次席指揮官として責任を感じて聞き込んでいるように見えた。
確認をとって来る青葉に愛鷹は細かく返していく。
別に交代要員として衣笠が来ることに心を踊らされて、ではないことは顔でわかる。
一通りのミーティング内容を終えると愛鷹はお開きにすることにした。
気が付くと二時間ほど時間が立っていた。
「では、今日はここでのミーティングは終わります。
私は巡洋艦寮にいますので何か質問があれば聞きに来てください。
いつでもという訳ではありませんが。明日から艦隊運動演習を含めた演習を行います。時刻、場所は覚えておいてください。
この場での質問は?」
「ない」と言う返事が返って来たので第三三戦隊のミーティングが終わった。
解散後、夕張はいつもの工廠に行き、深雪は蒼月に対空射撃指導を頼んで艤装保管庫へと向かい、青葉は自室に戻り、瑞鳳は先の艦隊戦で自分が所属する航空戦隊を護衛して負傷した艦娘を見舞いに病院へ行った。
朝、厨房で作った手製の卵焼きを振舞うつもりだ。
青葉は自筆の艦隊新聞の編集の事に頭を切り替えていた。
仲間を見送った後、ミーティングルームを閉めた愛鷹は鍵を返却し、その足で別の施設に向かった。
廊下を歩いている時、体に例の痛みが来て、ぐっと喉に何かがこみ上げてきた。
我慢できずに思わずむせる。
震える手で、持ち歩いているタブレットケースをポケットから出し、数錠飲んだ。
タブレットケースを戻す手を見て「大丈夫……」と呟いた愛鷹の目は少し曇っていた。
出撃中も手放さないべきかもしれないのが少々恨めしい気がした。
しかし、出撃中に痛みや何らかの発作症状で動けなくなったら一大事である。
ミーティング中にこのことを話しておくべきだったと遅い後悔が沸いてきた。
カンの良さそうな深雪は追求してきたかもしれない。
ミーティング中何か自分の正体が気になるようなそぶりがあったが聞いては来なかった。
いずれ明かす時は来るだろう。
ただそれは今ではない。
しかし、いつにするか。
考えれば逆に問題を先送りにした気分になりため息が出る。
「ホント、嫌になる」
そう呟くとケースをしまい歩き出した。
真新しいM17拳銃のマガジンに九ミリ弾を込めながら武本は「新しいハンドガンね」と少しため息交じりに呟いた。
「何かご不満でも?」
長門が尋ねると武本は。「護身用と言っても、深海棲艦に効果がある訳でもないしな。対人火器と言う物はあまり好きじゃないんでね。
まあ、軍人になるからには好き嫌いなんて言ってられないがな」と答えた。
基地には通常の銃火器の射撃場があり、武本は時々、護身用拳銃の訓練で使っている。艦娘でも拳銃射撃に来る者がおり、愛好会もある。
日本だと空母大鳳、重巡摩耶や駆逐艦を含めなどごく少数が参加しているが、愛好会には海外艦が多く、特にアメリカ、ドイツ、ロシアの艦娘が射撃大会を開くことが多い。日本の艦娘は射撃大会に出た事は殆どない。
朝潮が一度参加したことがあるが、大会での成績は低かった。
大会では以前ピストル射撃で空母グラーフ・ツェッペリンがGlock17を使って二〇メートル射撃で的の中央に全弾当てて一位をとっている。
またガングートは故郷のSVD狙撃ライフルで長距離狙撃部門では最優秀賞を獲得している。
海軍高官の護身用拳銃が海兵隊の拳銃(ただ使用するのは今のところ憲兵担当の隊員)と共に更新されたので、M17が支給された武本は前のP220より弾数の多いM17のマガジンに弾を込め、グリップに挿入した。
耳栓として使うヘッドセット型のモノを被る。
スライドを引き、チェンバーに初弾を装填し、セーフティを解いて両手で構える。
傍らには射撃経験のあるアラバマが指導役として本国からの「簡単な用事」と言う事でついている。
長門は立ち会う形で武本の射撃を見守った。
三人の後ろではロシア製のMP443を撃ちに来ていたガングートがイスに座ったまま、武本の射撃を見ていた。
パン、パンという乾いた銃声が射撃場に響き渡る。
反動制御は正しく、武本が撃つ銃弾は的に当たっていく。
人を模した的に。
武本の渋い表情を浮かべる気持ちが長門には分っていた。
規定数撃って、訓練がいったん終了する。
ヘッドセットを取ってスコアボードに表示される点数を見る。
悪くない、いや上出来だろう。
「流石ですね、提督」
「まあ、士官学校ではうまい方だったよ。同期の奴にはもっと腕の立つ奴がいたがな」
舌を巻くアラバマの誉め言葉に武本は苦笑いを浮かべた。
見たことが無かった日本人提督の銃の腕前に興味がわいたらしいガングートがMP443のマガジンに弾丸を装填しながら問いかけた。
「提督はロシア銃器の扱いは?」
「いや、ガンマニアではないからな。
日本艦隊となると基本P220を使うから、ロシアの銃器は使ったことが無い」
「そうか」
「それに海軍では担当が海だから陸戦訓練も陸軍や海兵隊より多くない」
確かにな、とガングートは頷く。
故郷では幼いころ銃を持って戦った経験があるからAKタイプのライフルを含めロシア・東欧諸国の銃火器の扱いには長けている。
因みに本人が持つ頬の傷は深海棲艦とではなく、幼いころ銃をとった時の傷とも言われているが、本人以外このことを知るものは日本艦隊にはいないし、祖国ロシア艦隊でも知るものはほとんどいない。
精々原隊のロシア太平洋艦隊司令とロシア艦隊総司令、海軍司令部の一部位だ。
時々、トカレフTT33の暴発説が同郷同士でささやかれる程度だが、銃器の扱いに長けているガングートがそんなヘマはしないと思うロシア艦娘は多い。
頬以外にも体に傷を持っているらしいが、互いの本名と同様本人が許す以外艦娘では過去を探らないことが暗黙のルールだ。
日本艦隊だけでなく、海軍内での地位が高い武本には聞く権限もあるが、武本には聞く気などさらさらない。
異性と言うところもあるが、何より古傷抉りは武本自身が嫌う話だ。
「他に扱ったことがあると言えば、慣れているP220と八九式小銃、M16、六四式小銃かな。
六四式だと狙撃仕様も使ったことはあるが、ガングートくん程の腕じゃない」
「M16を?」
意外だと言う顔でアラバマが武本を見た。
何型を使ったかを聞こうとしているかは顔を見ればわかるから「A1を少しだけな」と武本は答えると、穴の開いた的を交換し、ヘッドセットを被った。
人に向かって撃つのは経験したくない事だ、と武本は的に向かって引き金を引きながら思った。
しかし「軍人、それも部下を率いる上官が『引き金を引きたくない』と自らの手を汚さない事は、指揮官としてあるまじきことである」と恩師に言われた言葉が脳裏によみがえる。
「軍人は自身の手で『敵に引き金を引く覚悟』が無ければ何も守れない。
それは士官、下士官、兵を問わない。
自分で引き金を引けないのに、部下に引き金を引けと言う上官は上官として失格である」か。そう言った先生の言葉と俺は矛盾しているな……。
男女差別とも取れなくはないが、艦娘と言う女性に引き金を引かせることを命じる俺が銃を撃つことに抵抗を感じるのは、本末転倒もいい所だな。
思わず、武本の口に自嘲の笑みが浮かびかけた。
二回目は少し精度が上がっていた。
「少し点が上がった程度だな。まあ、相手を無力化すればいいだけだが」
軽くため息を吐きながら、武本はM17のセーフティをかけ、空になったマガジンを排出した。
と、その時別の銃声が射撃場に響いた。
誰だ? と武本と長門、アラバマ、ガングートが銃声のする射撃レーンを見た。
セミオートライフルを早撃ちしているかのような音だが、射撃の合間にボルトを操作する音がする。
誰だろう、と思ったアラバマとガングートが射撃レーンを見てみると、制帽を被った艦娘がM24狙撃銃をけっこうな速さで撃っていた。
当たる場所は殆どぶれなく的の中心に当たっている。
ボルトアクションの狙撃銃は精度が高いが、早撃ちに向いているわけではない。
しかしこの艦娘はボルトアクションでけっこう早く撃っている。
それでブレが少ないのが驚きだ。
しかし、驚きはそれだけではなかった。
装弾数を撃ち切ると、ためていた息を吐き、インナーボックスマガジンを再装填すると今度は右利き撃ちのM24を、左利きの様に構えてまた早撃ちをしたのだ。
命中精度は変わらない。「プライベート・ライアン」と言う映画に出て来る右利き向け狙撃銃を撃つ左利きの狙撃兵ジャクソンでも見せたことが無い程の命中精度だ。
艦娘は手先の器用さを考えて、自主練習で両利きになるものが多い。
それでも右利きなら右利き、左利きなら左利きのクセが出る。
しかしこの艦娘はもともと両利きなのか、クセが無い。
長い髪と制服からアラバマは大淀かと思った。
両利きでこの制服と思ったら彼女には大淀しか思い浮かばない。
明石型にはこの色の髪型はいない。
しかし違なとガングートは思った。
大淀は普段は制帽を被っていないし、これだけの精度の射撃を、普段鎮守府で通信士官の役割をしている時間が多いせいで、射撃の腕は普通の大淀が出せるとは思えない。
左右撃ちをそれぞれ一〇発やって、その艦娘は射撃をいったんやめた。
「なかなかの腕前だな、貴様」
「どうも」
「命中誤差は全弾コンマ〇〇一、なかなかうまくなったじゃないか、大淀」
まだ早撃ちを見せた艦娘が大淀だと思っていたアラバマは、そこで初めて別人だと気が付いた。
「君は誰?」
「謎の艦娘。愛鷹、だろう?」
「ダー・コムラード・ガングート(ええ、同志ガングート)」
振り返る愛鷹に目を丸くしているアラバマとは違い、ガングートは一発で名前を当てた。
自分の名前を当てたのはロシア太平洋艦隊旗艦なので、一応ロシア語で愛鷹は答える。
故郷の訛りが少し出る事があるガングートとは違い、愛鷹のロシア語発音は標準発音だ、訛りが無い。
別を言えば教科書的ともいえる。
昔、ロシアに文化留学を経験した事がある駆逐艦響、春月、桐、榧、初桜、椎と同じだ。
留学経験者の中でも、普段の日常会話でロシア語発言が抜けない響だが、留学時にガングートやタシュケントとはガングートや、家系にイタリア人がいると言う関係からイタリア訛りが僅かにあるタシュケントのお陰で発音に少し変化している。
春月はその響の独特な訛りに「太平洋艦隊訛り」と言う冗談を言って、そのまま非公式ながら定着している。
アメリカ訛りのあるロシア語しか話せないアラバマからすると、愛鷹のはかなりネイティブな発音だった。
「なかなかのロシア語だな」
「貴方も日本語が堪能そうで。武本提督に?」
「いや、日本に来る前に独学で身に着けた。礼儀と言う物は大事だからな」
「ロージナの誇りとして?」
「いや、人としての他者への礼儀だ」
まるで知り合いの様な話し方にアラバマは目を丸くするばかりだった。
聞こえていた長門も響並みのネイティブさに驚いた。
「ロシア語が堪能とはな。貴様のプロフィール欄には書いていなかったから知らなかった」
「語学には興味がありますので。訛りについても習ったことはありますよ。
太平洋艦隊訛りも話せます」
「ほお、誰にから?」
「教官に」
教官? 愛鷹の教官は誰が担当したのだろう?
少し長門はそこに興味が沸いた。
ガングートも興味を持ったようだがこちらは聞かないようだ。
一方、アラバマは長門より興味があるらしい。
「じゃあ、勿論英語も?」
「ええ。ネイティブアメリカン訛りの英語も一応習いました。
教官が教えてくれたのはクイーンズイングリッシュがメインですが、独自にアメリカンイングリッシュも」
「訛りが使い分けられることは、私も初耳だな」
武本も若干の驚きを込めて言う。
「趣味を極めるとその分野にかなり詳しいとよく言うが」
「射撃の腕前もかなり高いですよ、彼女。
右利き仕様のボルトアクションライフルを左利き構えで誤差コンマ〇〇一は凄い!
うん、本当に」
一同からの誉め言葉に愛鷹は顔が熱くなってきた。
これほど「すごい」と自分のことをほめてくれた人は初めてだった。
当たり前の事の様に様々なことを叩き込まれてきたから、そんなにすごい事なのかとむしろ不思議にすら思えてきた。
それがまた自分のこれまでの交流の乏しさを現してもいるが、この時はさほど気にならなかった。
「しかし、知らない間に愛鷹とガングートは仲良くなっていたのか?」
武本の問いに愛鷹は首を横に振った。
「いえ、ここが初対面です」
「彼女に、少し馬が合いそうなところを感じてな」
「生憎、酒自体が駄目なのでヴォトカは私飲めませんが」
「なんだ」
急に残念そうな顔になるガングートにアラバマがクスリと笑う。
「私だって、あの酒はきついよ。やっぱビールだな」
「そうか? 安物の缶ビールよりスミルノフやバルティスカヤは上物だぞ。
雲泥の差だ。フラグマンもいい。だがルースキイ・ブリリアントは最高だな」
故郷の味が急に恋しくなってきたらいいガングートの言うヴォトカの銘柄であるルースキイ・ブリリアントは、ヴォトカの中でもかなりの高級品だと言う事は酒そのものが苦手な愛鷹も知っている。
ビールや焼酎は飲めるが銘柄までは特に気にしない長門やアラバマには、ヴォトカの銘柄を言われても分からない。
スミルノフはロシアの三大ヴォトカの一つで帝政ロシア皇室御用達ものだ。
バルティスカヤは日本語で「バルト海の」と言う意味があり、フラグマンは日本語では「旗艦の」と言う意味になる。
バルティスカヤとフラグマン、それにスミルノフか。
武本はガングートの言った銘柄で思わず口元が緩んだ。
本人が知っているかは知らないが、艦娘のガングートの名前のルーツである帝政ロシア海軍の戦艦「ガングート」は元々バルト海艦隊所属だ。
スミルノフは帝政ロシアの皇室御用達だが、皮肉にも戦艦「ガングート」の所属するバルト海艦隊はロシア革命の時、革命政府側だったと言う。
フラグマンは意味からして、太平洋艦隊旗艦を務めている今の艦娘のガングートには似合ったものかもしれない。
「今度、上に掛け合って頼んでみるかね、ガングートくん」
それを聞きガングートが顔を輝かせる。
「その時はぜひ、ルースキイ・ブリリアントを頼みたい」
「購入は自腹だが」
「それは殺生な」
「掛け合ってもらえるだけでもありがたく思いなさいよ」
「アラバマの言う通りだ」
それを聞いて武本が笑うと長門とアラバマも笑い、ガングートは苦笑を浮かべ、「降参だ」と呟く。
愛鷹もうっすらと笑みを浮かべた。
射撃場で射撃の腕試しに着てみたら先客がおり、絡まれたときは正直なところいやだったが、無視することが何故かできず、とりあえず話してみれば何故か楽しさを感じる程盛り上がるとは。
生まれて初めて人の会話を聞いていて笑ったかもしれなかった。
「なーんか、気になんだよなあ」
ひゅん、と釣り竿の糸の先につけた撒き餌を海に投げながら深雪は姉妹艦である磯波と望月に言っていた。
「何がです?」
撒き餌につられて釣り上げた魚を丁寧に外しながら磯波が聞く。
望月はと言うといつもの生返事のような声で聞いてくる。
蒼月に急用ができたので対空射撃指導が出来ず、予定が特にない今日の暇つぶしに図書室で何か本でも読もうかと思っていた時、たまたま釣りに行こうとしていた磯波と会い、ここで二人一緒に釣りをしていた。
珍しく磯波の方から誘ってきたのと、深雪も今はこれと言って用事もないので付き合う事にし、自分の部屋から釣り座を持ってきて一緒に桟橋で釣り糸を垂らしていた。
そこへいつもけだるげな望月も加わって三人で釣りをしていたのだ。
「あたしさ、新編の第三三戦隊に編入されたんだけどな。
旗艦が新入りの愛鷹ってやつなんだ」
「ほー、それがどーしたんだ?」
「いや、もっちー。考えてみなよ。新入りがいきなり旗艦を命じられるって事、あるか?」
「あまり聞かないですね。吹雪ちゃんが転属間もなくに一時的に旗艦をしていたってことは聞いたことがあるけど……」
「でも、吹雪は何度か実戦やってからの抜擢だったけどねー。
まあ、新入りがいきなり旗艦は確かに珍しいんじゃない」
珍しい事ではある、という割には深雪の心配ごとにあまり気にしていない様にも見られる望月の態度だが、こういう態度に見えて実は望月は結構頭が切れる駆逐艦娘だ。
一見やる気がない、だらけた性格に見えるが、実際は努力家で、護衛・輸送任務で大きな戦果を挙げている第三〇駆逐隊の一員なだけに、小柄ながら精神・体力共にタフな艦娘だ。
「ま、司令官だって馬鹿じゃないんだし、なんか考えたうえで愛鷹を旗艦したんでしょ。
あのオッサンの判断で裏切られた事なんかないからだ丈夫だよ」
「司令官の事を疑ってはいないさ。
いろいろ世話になっているからね。ま、もっちーがそう言うなら多分大丈夫なんだろうな」
「いや、そこまで頼りにされてもねえ。あたしだって、ただの駆逐艦だから」
担ぎ上げるように言う深雪の言葉に望月は苦笑を浮かべた。
「深雪ちゃん、愛鷹さんって、どんな感じの人なの?」
釣り糸を海におろした磯波が聞いてきた。
深雪は少し腕を組んで今日あったばかりの愛鷹の感想を考えた後、答えた。
「短く言うと、冷静な切れ者風。ただし、どっか人間味が無い気がする、って感じかな。
よく分からないけど、何か足りないんだよね」
「何かが足りない?」
「ああ。会って話すには問題ないし、上手くやっていけそうなんだけど……。
どうも何かが引っかかるんだ、なんかこう、前にどこかで会った事があるような奴なんだ」
「デジャブみたいな?」
「そんな感じかな。まあ、デジャブは別として、うーん、何だろう……。
実際に会ってみればわかるかもしれないけど、何かが引っ掛るんだよね。何かが……」
ミーティングルームで愛鷹と言葉を交えた時の事を思い浮かべる。
愛鷹を見るとどこか心に引っ掛るモノを感じるが、それが何かが自分でも分からない。
そう言えば、顔を隠すかのように目深に制帽を被っていたな……と、恥ずかしがり屋なのかは分からないもののやけに目深に制帽を被るのが引っかかった。
誰も気にしていないのか、それとも気にはなったものの追求しない方がいいと思ったのか、仲間の青葉、夕張、瑞鳳、蒼月も何も言わなかった。
愛鷹は同じ艦娘のはずだが、どこか得体の知れないところがあるのに疑念がわく。
噂に聞く「D事案」関連のとかか? と思ったが、「D事案」と言う物は艦娘同士でもあまり知られていない用語だ。
知らない艦娘が寧ろ最近多い。
詳しく調べたことが無いから実を言うと「D事案」関連と結びつけたのは深雪には冗談の内でもあるが。
「愛鷹さんって、戦艦なの?」
「超甲巡、って言ってた。ネ級相手ならワンパン、ただ戦艦だと分が悪いと」
珍しく深く聞いてくる磯波に驚きながらも深雪は答えた。
「ネ級ね。あいつは結構厄介だな……」
重巡ネ級と聞き、望月が渋面を浮かべた。
望月は輸送船団護衛が主任務なだけに、様々な海域で護衛中の船団を襲撃してきたネ級にはたびたび辛酸を舐めさせられている。
深雪、磯波は以前ソロモン戦線に従軍中、目の前で仲間の朝霧、夕霧をネ級に撃破された暗い過去を持っている(夕霧は重傷を負い、搬送先で息を引きとった。朝霧は昏睡状態が今も続き、「植物人間」状態が続いている。またこの時、友軍で救援に来た北米艦隊所属のフレッチャー級駆逐艦スペンスも轟沈・戦死した)し、磯波はネ級に大破、重傷を負わされたこともある。
深雪はこの戦線での損傷・負傷経験は無いが、マラリアに罹患し生死の淵を彷徨った。
艦娘で最も数がいる駆逐艦は、火力・防御力が貧弱で重巡相手には主砲の速射で対抗するか、魚雷攻撃でないと対抗できない。
艤装の出力の関係上、駆逐艦の防壁機能も長時間持続するわけではないから深海棲艦の駆逐艦にすら撃ち負けることもある。
ただ駆逐艦は防壁機能が低すぎて防御力が皆無なのかと言うと、そうでもなく防壁機能を「航行能力より防壁機能に出力を回し、最大出力で一点集中させる」ことが出来ればタ級、ル級の砲弾一発、二発は防げなくはない。
ただし、一点集中技は高度な技量が必要で、フレッチャー級駆逐艦チャールズ・オースバーンは一発で成功したが、英国艦隊の駆逐艦ジャーヴィスは艤装をほぼ作り直すほどの損害を受けた(ただジャーヴィスは艤装の殆どを失うも体は無傷だった)。
日本だと駆逐艦雪風、初霜、響、時雨らがこの技をたびたび成功させている。
「ネ級キラーになってくれたら、あたしとしては船団護衛役任せて、ここでポテチでも食べながらゲームしていたいな」
「でも戦わないと、お給料が出ませんよ?」
「艦娘は終身軍人だから、死ぬまで軍人さ。給料くらい出るよ」
艦娘は死ぬまで軍人だ、と深雪は気にした様子もなく言った。
終身軍人として人生を終える事を気にする艦娘は殆どいない。
ただ磯波としては死ぬときは民間人の身に戻って故郷で終わりたいと思っていた。
仲間が一杯いるこの基地での生活に特に不満は無いが、時々実家が恋しくなることがある。
因みに艦娘でホームシックにかかるのがいないのは、艦娘としての適性試験で「ホームシックにかかるのでは適性が無い」と言う事で落とされている為である。
精神面で強くなければ才能があっても艦娘にはなれないし、軍にも入れない。
ここにいる三人の中では適性試験で深雪はメンタル試験をSランクで合格、望月は中の中、磯波は落第ぎりぎりだった。
「愛鷹って、プレッシャーにどれだけ強いんだろ……」
自分の上官となり、旗艦になる愛鷹の精神的強さも気になる。
深雪が見た感じでは落ち着きがあるようだが、いざという時にパニックで思考停止が起きてしまっては第三三戦隊に混乱が起き、その内に自分たちは殲滅されてしまう可能性もある。
一応、青葉と言う副指揮官の存在はあるが、命令系統の混乱が原因の敗北は過去を見ればたくさん存在する。
「まあ、深雪。不安だとか言い過ぎても始まんないっしょ。
愛鷹の事に少し期待した方が寧ろ気が落ち着くんじゃない?」
そう望月は深雪に言って、軽く笑った。
そうかもな、と深雪が頷こうとした時、撒き餌につられた魚に釣り竿が引かれて深雪は慌てて竿を手繰り寄せた。
次回辺りから、戦闘シーンが大幅に増えます。満足いただける描写を目指していこうと思います。
*大幅な加筆修正を加えました。