艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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前回の続きです。
愛鷹とス級以下の深海棲艦艦隊との戦闘から始めります。

本編をどうぞ。


第二六話 単騎

何をするかは分かっている。

時間を稼ぐことが出来ればいいだけだ。

艤装のリミッター、沖ノ鳥島沖で一度解除したモノを解除する。

「艤装CCS(指揮統制システム)、機関部リミッター解放レベル1、出力上限値上げ。

可能な限り回転数を上げて下さい」

ヘッドセットに吹き込むだけで、リミッターが解除された。

LRSRGの救援任務の際、単独出撃前にこっそりボイスコマンドで解除できるように改造していたのだ。

「後で明石さんに怒られるかな」

そう呟くと、思わず苦笑が漏れた。

軽く深呼吸し、前方に見えるス級を含む艦隊を見据えた。

距離はまだあるが、ス級の主砲なら余裕で補足可能だ。

しかし、どう立ち回ればいいかはもう学んでいる。

 

「機関、前進一杯」

 

その言葉の直後、機関部が上限値を解除された出力で主機に動力を起こり込んだ。

一〇秒余りで三〇ノットを越え、そのまま四〇ノットを越えた。

ポニーテイルをなびかせながら刀を両手で構える。

「主砲、射撃管制頭部連動照準、射撃は半自動モードにセット。

弾種徹甲弾、交互撃ち方」

ヘッドセットに吹き込むと、第一第二主砲が動き、愛鷹が顔を向けている方向に砲口を向けた。

艦娘のヘッドセットには、頭部の向きに反応して主砲を指向できる機能、頭部連動照準機能を組み込んでいるモノもあり、愛鷹にはそれがあった。

愛鷹の射撃は普段は使い慣れているトリガーグリップなので、頭部連動照準機能はあくまで予備的なモノだった。

「鈍っていないと良いけど」

そう呟きながら敵艦隊を見据えなおした。

発砲炎が瞬くのが見えた。

見慣れた光、随伴の軽巡二隻と駆逐艦三隻のモノだ。

レーダーで弾道を確認し、右へ舵を切る。

体を右に倒しながらの回頭だったが、それでも遠心力で体が左に引かれた。

五隻は砲撃が見当違いの場所に落ちるだけでなく、狙っている艦娘の想定以上の速力にかなり驚いている様だった。

直ぐに照準を付けなおして、砲撃を開始するが、高速航行する上に、ジグザグに動く愛鷹を捉える事が出来ない。

五隻から放たれた砲弾は、虚しく愛鷹が引いた航跡の跡に着弾し、水柱を突き上げた。

高速航行中に注意しなければいけないのは、体を傾けた時に一緒に傾いた艤装が海面に触れない様にすることだ。

触れた瞬間に抵抗を受けるし、角度が深いとスピンしかねない。

しかし速度は落とせられないし、直線航行するわけにもいかない。

ス級との距離が詰まるが、同時に随伴艦隊との距離も縮まっている。

 

「そろそろ、反撃ね。

第一、 第二主砲、右砲敵巡洋艦一番艦へ指向。

左舷対水上戦闘、指標一番、主砲撃ちー方始め。

てぇーっ!」

ヘッドセットに吹き込んだだけで二基の主砲が火を噴く。

愛鷹自身の手で照準をつけるのよりは精度がやや落ちるので、当然初弾命中の確率は落ちる。

二門の主砲が三一センチ砲弾を轟音と、砲炎と共に叩き出し、反動で砲身を後退させる。

撃ち放たれた二発の砲弾は初弾命中とはならなかったが、狙いは悪くなかった。

向こうはあれだけの速度と、転舵を繰り返しながら近距離に砲弾を落とす愛鷹に驚いている様だった。

 

心理効果あり。

 

そのまま中砲を撃ちたい衝動に駆られるが、抑えて舵を切る。

右に転進して距離を取った時、ス級が主砲塔を一基向けて来るのが分かった。

砲撃が来る。

距離が比較的近いから、着弾までの時間はあまりないだろう。

弾道を見極めるチャンスは一回。

「来る」

愛鷹が言った直後、砲声とス級の艦体から巨大な砲炎と黒煙が噴出した。

衝撃波がス級の周囲の海面をへこませる。

三発の砲弾を撃ち放った、轟音のような砲声が海上に殷々と響き渡った。

「取り舵一杯、急速転舵。

左舷前進三分の二」

左へと舵を切る間に体にかかる重力と、アシストされていても体にのしかかる艤装の重量に耐えるために歯を軽く食いしばる。

ス級の砲撃は躱せばいいだけでない、着弾時の衝撃波や破片も破壊的だ。

危険範囲は大体検討は付けている。

「衝撃に備え」

迫る砲弾の飛翔音で着弾の瞬間を悟ると、愛鷹は呟き、舌を噛まないように気をつけた。

轟音と共に水柱が三本、海面に突き上がり、ビル並みの高さにまで吹きあがった。

一番近くに落ちた砲弾の衝撃波はやはり凄まじい。

着弾時の津波の様な大波に吞まれない様注意しながらも、速度を緩めることなく愛鷹は航行を続けた。

副砲が自分に砲口を指向し始めた。

回頭や再装填に時間のかかる主砲をカバーする為だ。

「全主砲、敵副砲に砲撃始め。

髙脅威度の副砲に順次照準、目標を破壊せよ!

Batteries release (撃ち方始め)!」

最後、何故英語で指示を出したのか愛鷹も分からなかった。

三基の三一センチ主砲の全門が火を噴き、九発の砲弾を副砲に叩きつけた。

直撃と爆発の閃光が九回走り、爆発の炎が上がる。

引き剥がされ、吹き飛ばされた副砲のシールドや砲身が宙を舞い、火災の炎がス級の艦体を舐める。

随意射撃を開始した主砲の砲撃で副砲が次々に沈黙するが、それ以外から激しい砲撃が愛鷹へと行われ始めた。

「当たるものですか!」

歯を食い縛り、速度を維持しながらランダムに回避運動。

凄まじい集中砲火の立てる水柱が、林の木々の様に愛鷹の周りに突き上がり、視界が悪くなる。

一旦射撃を中断し、回避に専念する。

「艤装CCS、リミッター全面解除。

機関部回転数を焼き付く寸前まで上げて」

機関部に鞭を打つと機関部の妖精さんが悲鳴を上げた。

「これ以上は上げられない、機関部が逝かれる!」

舌打ちを返して、回避運動を行う。

副砲の手数が多い。すでに潰したものを含めて三〇基ほどはあるか。

そろそろ、砲弾の一発は当たるだろう。

当たったら、愛鷹のダメージは計り知れない。

被弾しない事を大前提にやらなければ。

 

その時、艤装の艦橋から監視を行っていた妖精さんが警告を発した。

「雷跡視認、方位〇-一-〇」

魚雷!?

おそらく随伴の駆逐艦からの雷撃だ。

ス級を援護する為に放たれたものだろう。

こんな時に、と接近する魚雷の方向を見て躱し様がない距離なのに気が付いた。

「総員、衝撃に備え」

そう叫びながら防護機能を最大出力で足元に展開。

轟音と衝撃が走り、魚雷一発の爆発が愛鷹を包み込む。

歯を食い縛って耐えると、爆発と衝撃は大きかったものの、転倒する程ではなく、怪我もなく済んだ。

防護機能が辛うじて防ぎきれていた。

しかし、ガラスが砕ける様な音、防護機能が飽和状態になり、消失してしまった。

さらに見るからに速力が低下し始めた。

「ダメコン、状況知らせ」

「左舷主機、爆発により故障。

出力、速力が低下」

応急班の妖精さんの報告に再び舌打ちをする。

左足の主機が爆発で故障した以上は、最高速力が発揮できない。

回避運動能力も落ちてしまう。

魚雷爆発の水柱と黒煙で一時的に姿を隠せるが、すぐにス級に捕捉されるだろう。

速度が低下し、引っ掻き回しによる時間稼ぎが出来なくなった以上はもう作戦継続は出来ない。

 

「プランBね」

 

主砲を随伴艦艇に向ける。

「レーダー射撃開始。

照準を射撃管制レーダーに移行、射撃モードは自動。

高脅威目標を捕捉次第、砲撃開始」

射撃レーダーと主砲の射撃管制が連動し、完全自動で主砲が軽巡、駆逐艦に対し砲撃を始めた。

主砲の射撃を自動にすると、自分は刀を構え直してス級を睨む。

動く右足の主機で可能な限り高速航行し、砲撃を躱す。

そこへ随伴艦艇からの砲撃も飛来し始めた。

当たると見た砲弾を刀で弾き、切り落としていく。

副砲と随伴艦の集中砲火だ。

防護機能が再度展開可能になると、再び展開し回避運動を続行。

随伴艦への主砲砲撃は初弾命中とは行かなかったものの、二斉射目でホ級を捉えた。

三発の直撃を受けたホ級は強烈なフックを受けた様に吹き飛んで横倒しとなり、炎上しながら沈み始める。

イ級一隻が主砲弾一発の直撃を受けると、弾薬類が誘爆したのか木っ端微塵になるほどの大爆発を起こして轟沈する。

残るホ級とイ級二隻は尚も砲撃を行うが、愛鷹がス級に接近すると砲撃を止めた。

このまま撃てばス級を誤射しかねなかったからだ。

とは言え、愛鷹が近づく事にはス級も気が付いている。

副砲の多くを破壊されて、指向できる砲塔が少なくなっているが使える砲台を向けて砲撃して来る。

一方随伴艦からの砲撃を気にしなくてすみようになった愛鷹は、副砲を潰しに砲撃するが、ス級が速度を上げるのに気が付くと、不利になりつつある状況悟った。

自分は左足の主機が故障で速力を出せず、発揮可能な速力が低下している。

ス級が全速を出せば、追いかける事は不可能だ。

そこで咄嗟に思いついたことをイチかバチかでやってみる事にした。

「右舷、錨降ろせ」

そう指示するや、右舷の艤装の先端についている錨を掴む。

錨を繋ぐ錨鎖が錨鎖孔から繰り出され始める。

家庭コンセントケーブル程度の太さの錨鎖だが、強度は普通の船舶のモノと引けを取らないし、長さもそれなりにある。。

完全に繰り出されると、愛鷹はカウボーイの首輪投げの要領で錨をス級へと投げた。

「届け」

ス級へと伸びていく錨と錨鎖を祈るような思いで見つめた。

艤装に錨が引っかったのが見えた時、錨鎖がぴんと張り、衝撃が走った。

ス級に牽引されるような形になった愛鷹は、体にかかる衝撃を堪えながら指示を口から絞り出す。

「錨、巻き取れ!」

錨鎖モーターが火花を散らしたが、構わず巻き取らせた。

体に激しい衝撃を与えながらの強引な接近だった。

流石に体に堪える、と思いつつも主砲を構え、副砲やス級の艦尾に砲撃を行う。

「近接砲撃、安全距離ギリギリまで砲撃」

こちらが撃てなくなるギリギリまで行けば、副砲も撃てないはずだ。

案の定、副砲からの射撃は一回だけだった。

砲撃が来なくなるや、愛鷹は砲撃をス級の艦尾に向けた。

「全主砲、いやもっとね。

全火器、主砲、高角砲、機銃、目標敵艦艦尾に指向し照準。

主砲、強制冷却装置リミッター解除、バースト射撃用意。

全砲門、目標に対し一〇斉射、てぇーっ!」

愛鷹の主砲、高角砲、機銃までもがス級の艦尾に向けて砲撃の雨を撃ち込み始めた。

主砲が装填装置や冷却装置の安全性を無視した速射砲撃を開始した。

冷却を待たずに撃つと、すぐに精度が落ちるが二の後の言ってはいられない。

流石に全門斉射の衝撃波は愛鷹にもきついものだったが、一〇回我慢すれば大丈夫と言い聞かせる。

雨の様に叩き込まれる砲弾、銃弾の爆発炎にス級の艦尾が包まれ、目視出来なくなる。

 

八斉射を撃ち込んだ時、愛鷹は手ごたえを感じた

「やったか」

そう呟いた時、ス級の速力がみるみる低下し始めた。

この機を逃す手はない。

完全にス級にとりつくと、そのまま巨大な艦体に乗り移り、主砲の砲塔に乗り上がった。

ス級は回頭して振り落としにかかるが、その前に愛鷹は左舷艤装の錨をス級の艦体に引っ掛けて、体を固定していた。

刀を主砲の砲身に振るい、次々に切り落とした。

更に副砲のいくつかに刀を突き立てて破壊し、砲搭を回して来る副砲は思い切って足を踏み下ろしてみる。

あっさり、副砲が踏みつぶされた。

主砲塔の一基に刀を突き立てて、切り裂くと第一主砲の砲身を突っ込んだ。

「時限信管、三〇秒セット。

弱装薬、接射。

てぇーっ!」

三発の三一センチ砲弾が切れ目からス級の砲塔内に撃ち込まれると、愛鷹は即座に錨を巻き取り、ス級から飛び降りた。

「機関前進一杯、全速離脱」

可能な限り出せる速力で離脱にかかる。

が、突然飛び出してきたイ級が右足に噛みつき愛鷹は顔面から転倒した。

イ級は愛鷹の主機にがっちり噛みついていて離そうとしない。

 

このままだとス級の爆発に巻き込まれてしまう。

 

おそらくイ級は自分もろともス級の爆発で沈む気だ。

自分を道連れにして。

左足でイ級を蹴りつけるが、イ級はがっちりと噛みついていて離れそうにない。

時間がない、右足の主機を解除、つまり脱いでしまえば逃げられるかもしれない。

しかし、左足の主機はまだ故障していて、速力が発揮できない。

つまり仮に脱いでも、安全圏まで離脱できるか。

「離しなさい!」

もう一遍蹴りつけた時、どこからか砲弾が飛んできたかと思うとイ級に直撃した。

被弾した衝撃でイ級が右足を離した。

「今だ、走れ!」

そう叫ぶ深雪の言葉に、反射的に立ち上がると、背部に防護機能を展開して全速力で離脱した。

更に砲声が響き、随伴艦のホ級、イ級が被弾する爆発音がした。

砲声からして夕張の一四センチ砲だ。

夕張さんと深雪さんが援護に、と思った時、背後で大爆発が起こり愛鷹はその凄まじい爆風になぎ倒された。

 

 

病室で読書をして暇つぶしをする青葉は、時々目を海の方へと向けていた。

出撃した仲間達、特に第三三戦隊仲間たちの安否が気になって仕方が無かった。

自分はあまりじっとしているのが好きなタイプではないから、ベッドの上で過ごすのは正直退屈だ。

一応、歩けるが静養しろと医師からは念を押されているので従わざるを得ない。

「青葉……じっとしてられないな……」

何度目か分からない呟きをした時、病室のドアがノックされた。

どうぞ、と許可すると基地要員の女性隊員が入って来た。

「青葉大尉、日本本土から一足先に帰還するよう命令が届きました。

今夕輸送機で日本艦隊基地にお戻りいただきます」

「え、青葉だけ先に帰るのですか?

三三戦隊のみんなは」

「後日別便で帰ることになっています。

基地司令から自分は青葉大尉の支度を手伝うよう申し使っています」

「支度と言っても、特に大きな荷物は無いですよ。

でも、何故青葉だけ先に帰らなければならないんですか」

訝しむ青葉の問いに女性隊員は「さあ」と首をかしげる。

「自分は教えられておりませんので。

武本提督からの指示と言う程度しか聞いておりません」

「司令官から……。

分かりました、第三三戦隊のみんなには伝えておいてください」

 

そう言った時、青葉は第三三戦隊の戦況が知りたくなった。

知っているかは分からないが女性隊員に尋ねた。

「作戦進行中に付き詳細は不明ですが、巨大艦ス級が確認されたため、『アルバトロス』で対策を練っているとの事です。

司令部でも対応策を緊急協議中との事です」

「ス級が!」

忘れようもないあの巨大艦ス級。

こちらの砲撃が全く通用しない戦艦。

撃沈は不可能ではないが、随伴艦隊は強力で接近は困難だ。

あれが一隻いるだけで、艦隊には大きな脅威である。

「大丈夫かな……愛鷹さん、ガサ、深雪さん、夕張さん、蒼月さん、瑞鳳さん」

「きっと大丈夫ですよ。

三〇隻もの艦娘でかかれば、必ず沈められるでしょう」

「そうだと良いですが」

伏せ目で青葉は返しつつ、ベッドから出て身支度を始めた。

日本に帰ったら自分は何をするのだろうか、と考えた時、愛鷹から自分の新たな姿の構想案を聞かされたのを思い出した。

治療がてら甲改二と言う姿に変わるのだろう。

自分がいなくても衣笠は寂しくないだろうか、第三三戦隊は大丈夫だろうかと心配はあるが、なんとか自分たちでしてくれると思う他ない。

甲改二、どんな姿になるのだろうか。

 

 

轟沈したス級の大爆発の爆炎に愛鷹が呑み込まれた時、深雪は凝然と愛鷹が最後に見えたところを見つめていた。

爆炎は黒煙に変わり、辺り一面に立ち込めている。

深雪と夕張の周りには、既にホ級とイ級の姿はない。

全て撃沈し、海の底だ。

「愛鷹!」

「愛鷹さん!」

二人が大声で黒煙の中へと呼び掛けた時、激しく咽込む声が聞こえた。

生きてる、と二人が顔を合わせた時、よろよろと口に当てた手を赤く染めた愛鷹が黒煙の中から姿を現した。

「愛鷹」

顔を輝かせた深雪が愛鷹に近づくと、ハンカチを出して手と口元を拭う愛鷹が答えるように手を振った。

所々制服や艤装が黒くなっているが、体は無傷らしい。

無理したらしく、吐血したようだがそれ程酷くはないようだ。

「大丈夫か?」

「はい、生きてますよ」

弱々しいながらも微笑んだ愛鷹を見た深雪は、飛びつくと感極まって嬉し涙を流した。

「良くやったぜ、この大馬鹿野郎!

深雪様すげえ心配したんだぜ、生きててよかった」

がっちりと自分を抱きしめる深雪に少し戸惑いながらも、深雪の頭に手を置いて短く返した。

「戻りましたよ、ちゃんと」

 

 

その一報はガード・ドック経由で「アルバトロス」にも知らされた。

「信じられん、超甲巡単独で撃破だと⁉」

「しかも、損害は損傷した主機のみで、修理は自力で可能な範囲」

「完全勝利だ」

FIC(旗艦用作戦指令室)内は愛鷹のス級単独撃破に一気に湧き上がっていた。

脅威の的だったス級をほとんど無傷も同然で撃沈したのだ。

否応なく士気が上がった。

愛鷹のお陰で蒼月は無事ヘリで「アルバトロス」に搬送されて、医療チームの手で治療が行われている。

安堵したように軽くため息を吐いた磯口は、沸き立つFICの要員に大声で告げた。

「諸君、戦はこれからだ、気を引き締めなおせ」

了解、の返答が返って来る。

「第三三戦隊は一時後退。

愛鷹と深雪は第一攻略艦隊に編入し、榛名と涼風の穴埋めとする。

愛鷹に主機の復旧を急がせろ」

指示を出すと司令官席の背もたれにもたれて目を閉じた。

アイツ、やってのけたか。

流石は刀の使い手艦娘だ。

脇で参謀たちが話す声が聞こえた。

「愛鷹、前に深手を負いながら一隻撃破してなかったか」

「確かに、沖ノ鳥島で一隻沈めたと聞いている」

「これで二隻目か……流石は『巨大艦殺し』だな」

 

「巨大艦殺し」か……

もう少し響の言い二つ名はないものだろうか。

 

語彙力のない参謀にやれやれと思いながら目を開け、モニターに目を移した。

第三三戦隊のマーカーは、指示通りに反転して第一攻略艦隊のマーカーへと近づいている。

今の所、攻略艦隊の深海棲艦への攻撃は順調に進んでいる。

確認された敵艦隊の内、空母部隊はその大半が無力化され、水上部隊も大きな損害を受けている。

まだまだ、出てくる可能性はあるが、作戦自体は大きな狂いもなく進行していると言っていい。

海兵隊を載せた揚陸艦「ディエップ」も既に護衛の艦隊を連れて出港しており、こちらとは六時間遅れで就く予定だ。

深海棲艦艦隊を無力化し、地上施設にも損害を一定のダメージを与えれば海兵隊で後は攻略できる。

LZ(上陸地点)を確保すれば、あとは命知らずの猛者揃い達の出番だ。

あとは未発見の敵がまだいるか、だ。

 

 

戦線離脱した蒼月以外の第三三戦隊メンバーが第一攻略艦隊と合流すると、榛名、涼風が抜けた分の補充に愛鷹と深雪が編入され、衣笠、夕張、瑞鳳は「アルバトロス」に戻ることになった。

「『アルバトロス』を頼みましたよ」

「衣笠さんにお任せです!」

ガッツポーズで応える衣笠に、愛鷹は頼もしいものだと軽く頷いた。

艦隊運動の混乱防止に愛鷹は旗艦権限を継承せず、第一攻略艦隊の指揮は妙高が取り仕切ることになった。

喉が渇いた愛鷹が経口補水液のボトルに口をつけていると、深雪が寄って来た。

「大丈夫か?」

「やれますよ。

主機の損傷は夕張さんも手伝ってくれたので問題ないですし」

「お前の体調だよ。

かなり無理をしたんじゃないのか?」

心配そうに聞く深雪に、愛鷹は口元に微笑を浮かべて応えた。

「まだまだ、この体が終わる事はありませんよ。

天寿を全うしきるまで生きるのがモットーですから。

もう無理はしませんよ」

「そうか。

でも、マジで無理しないでくれよな」

「はい」

そう答える愛鷹に深雪は拳を軽く出す。

やった事が無かったので、とりあえず聞いたことがある要領で愛鷹も拳を出して、深雪の拳と軽くぶつけた。

 

愛鷹と深雪を加えて再編成した艦隊は、その後索敵を続行したが、敵艦隊が見つかる事は無かった。

敵艦隊は全艦を撃沈してはいないのは確認済みだ。

撃ち漏らしの艦艇は重巡や戦艦を合わせて六隻程度、軽巡以下の艦艇もほぼ同数だ。

恐らくショートランドに一旦退いて戦力を再編成するか、撤退するかもしれない。

「意外と何とかなるんじゃないか?」

江風の言葉に全員がその通りだ、という表情をする。

気はまだ抜くわけにはいかないが、腑抜けするほどに大きな狂いもなく作戦は進んでいた。

事実上の制海権確保と見た「アルバトロス」の磯口提督が、「アルバトロス」と「ディエップ」と共に、艦隊全艦でのショートランド進撃を発令したのは、第一攻略艦隊が再編されて二時間後のことだった。

ショートランドに近づくにつれて、群島が増えて来た。

どれも小さな無人島だ。

島が多いという事は、深海棲艦艦隊の不意打ちを受ける可能性も上がってきているという事にもなる。

航空偵察で探しきるのにも限界があるから、一番気を使う時だ。

「そろそろ、航空攻撃も無理になるだろうな」

深雪が西の空の太陽を見て呟いた。

日本と違い、ラバウルを含む南洋では日没時間が違う。

時差も勿論ある。

敵地上施設への空爆は早めに行わないと、攻撃隊が出撃している間に日が暮れてしまい、夜間の着艦作業を行うことになる。

夜間着艦作業は不可能ではないが、危険性が高いのであまり推奨されていない。

どうするのだろう、と愛鷹が思っていた時、ガード・ドックから警告が入った。

(敵艦隊コンタクト、重巡洋艦主体の艦隊を確認した。

数は一二隻。

戦艦タ級一隻を含む、重巡ネ級改と見られる艦影六、リ級三、駆逐艦六。

第一攻略艦隊に向かう。

奴らめ、群島に潜んでいたか。

第一攻略艦隊は水上部隊と空母部隊を分離し、インターセプトしろ。

愛鷹、水上迎撃部隊の指揮をとれ)

「了解」

答えつつも、艦隊運動演習を充分行った関係ではないメンバーと上手くやれるのか、と多少不安になった。

飛鷹と隼鷹を第二攻略艦隊の元へ護衛しつつ後退させるために、能代と山風、江風が付き、妙高、川内、深雪、海風が愛鷹と共に迎撃に出ると言う編成が組まれた。

二手に分離した艦隊が分かれる時、飛鷹が五人に向き直って念を押すように告げた。

「無理しないでよ、みんな。

戻って来てね」

「そ、戻ったら祝杯だぜ。

用意しとくよ」

「隼鷹」

何でもかんでも酒を引き合いに出す隼鷹に、飛鷹が苛立ちと呆れの両方が混じった声で睨むが、隼鷹はそんな顔をするなと笑顔を返す。

溜息を吐きつつも飛鷹は愛鷹に向き直った。

「頼みますね」

「了解です。

ちゃんと戻りますよ」

「まだまだ、戦いはありますからね。

誰も欠ける訳には行かないんです」

そう返す飛鷹に愛鷹は頷いて答えた。

 

飛鷹達と別れた愛鷹達は、愛鷹を先頭にした単従陣を組んで、接近する深海棲艦水上部隊の元へ向かった。

対水上レーダーを作動させて捜査を行う。

羅針盤をレーダー画面表示に切り替えて確認していると、ノイズが走り始めた。

ECM(電波妨害)とは異なるノイズ、羅針盤障害だ。

「敵の拠点が近いからかな」

そう呟いた時、レーダー画面のノイズがさらに激しくなった。

「羅針盤が駄目になりました。

羅針盤障害レベルが高すぎて表示できません」

自分の羅針盤を見ていた海風が困り果てた様に言った。

それを聞いて川内も自分の羅針盤を見て溜息を吐くと、首を横に振った。

「私のもダメだ、天測航法で自分の位置を確認しないとね」

「電探もノイズが酷くて見られませんね」

妙高も羅針盤を見て、表情を険しくする。

自分の羅針盤の電探表示を見た深雪は、三秒と立たずに羅針盤を仕舞った。

特型の電探は旧式化しつつあるから、強力な羅針盤障害には脆い。

羅針盤の表示自体も、ノイズが酷過ぎた。

これだけのノイズが出ているという事は、ショートランドの深海棲艦の拠点は意外と近いのかもしれない。

深海棲艦の拠点の近くではその障害の酷さで、羅針盤が完全に用をなさなくなることもある。

通信系が特に脆弱なのは沖ノ鳥島での事例通りだ。

しかし、愛鷹のなら大丈夫な筈だ。

「愛鷹、お前の羅針盤と電探は?」

そう尋ねると、「使えますよ」と答えが返って来る。

「ノイズはありますが、ある程度は使えます。

探知範囲が若干低下していますが、電探も機能しています」

「さっすが最新鋭艦」

頼もしいぜ、と笑みを浮かべる深雪に対し、妙高、川内、海風は愛鷹の電測機器の性能に驚いている様だった。

羅針盤障害の度合いにもよるが、今の所最新の対策が施されている愛鷹のレーダーや羅針盤はある程度機能を維持できていた。

電探の出力を上げて捜査すれば、狭まった範囲の内半分程度は元に戻せる。

勿論、限界もあるがこの程度ならまだ自分の艤装の電測危機は耐えられる自信があった。

着信音を立てて、自分のレーダーよりさらに探知範囲と出力のあるレーダーで監視しているガード・ドックが警告を入れて来た。

(全艦警戒しろ、深海が近くの群島の一つに消えた。

参照点より方位〇-四-三。

羅針盤障害のレベルが上がっている、もうじきこちらの管制にも限界が出始めるだろう)

「了解です、ガード・ドック」

(愛鷹、お前のことは『アルバトロス』で随分話題になっている様だぞ。

帰ったら覚悟しておいた方がいい)

今のはどう覚悟しろと? そう返したくなった。

それより方位〇-四-三、今自分が見ている方向からして左手前方の群島に消えた深海棲艦が、どこから再び姿を現すかが問題だ。

海図を取り出して確認をする。

深海棲艦の出現後、この辺りの海流と潮流は幾分変わっているので、それに合わせて敵の出現タイミングを図る必要があった。

潮流と海流次第では敵艦隊の速度がいくらか変わって来る。

大きな島は無いが、一二隻もの艦隊が姿を隠すには十分な広さの島がいつくもある。

「どう思います、妙高さん」

「海図を確認してみましたが、この島が一番近いですし、ガード・ドックがロストした位置から隠れながら移動して来るには充分な位置です」

自分のか海図を見る妙高が島の一つを指で刺した。

「こちらの二つの島の間から出てくる可能性もありますが、ここからだと一二隻もの艦隊が動くには狭いですし」

「ただ、潮流が速い。

明日の速い艦で組んだ分艦隊でこちらの側面から奇襲攻撃を行い、混乱させている間に本隊で一気に殲滅を行う可能性もありますね。

ただ……」

「ただ?」

聞き返してくる妙高に愛鷹は別の島、深海棲艦の隠れた島とは反対の位置の島を指で叩いた。

「駆逐艦が潜航状態で回り込んでくる可能性もありますね」

「なるほど」

「ソナーで確認します」

そう言うと愛鷹はバウソナーを起動させて耳を澄ました。

駆逐艦は潜水艦と違って静粛性が高いとは言えないから、推進音を聞き取るのはそれほど難しくはない。

「思った通り」

四隻の航行音が聞こえた。

「聴音探知、方位一-六-七、的針一-九-五、速力二一ノット。

推進音から駆逐艦イ級後期型四隻。

水上、海面監視警戒を厳に」

了解の返事が返る。

さらにソナーで他の深海棲艦艦隊の動向も探ってみる。

羅針盤障害も海中の音までは妨害しきれない。

島からのエコーが多いので、探知は難しかったが、推進音らしきものは時々聞こえた。

敵が正面から攻撃を仕掛けて来るとしたら二方向から。

奇襲を仕掛ける際は駆逐艦がいた位置の近くから。

同時攻撃をかける可能性が高いと判断した愛鷹は、主砲の安全装置を解除した。

「敵は近いです、対水上戦闘用意。

近接砲戦に備え」

相手の数はこちらの三倍だ。

しかし、こちらを三方から攻めるとしたら向こうは戦力を分散している。

各個撃破で反撃するチャンスだ。

しかし、発見したら即叩かないと、もう一方からの別働隊からの集中攻撃を受ける。

そうはいかない、と思っていた時、四つの高速推進音が聞こえた。

「高速推進音探知、方位一-七-〇、的針一-六-五、敵速四七ノット」

「魚雷だ!」

それを聞いた川内が海面に目を向けながら叫ぶ。

「駆逐艦を片付けないと」

「それが敵の狙いです。

こちらが駆逐艦を排除に当たっている後背から攻撃してきます。

魚雷攻撃に留意しつつ、右舷を警戒」

そう指示した時、電探に艦影が映った。

重巡洋艦ネ級改三隻、リ級一隻、駆逐艦二隻。

潮流の速い出現予想場所からだ。

「対水上戦闘、方位〇-〇-五から来る敵艦隊と交戦します。

各個撃破のチャンスです、迅速かつ冷静に。

ウェポンズフリー、誤射に注意しつつ各自判断で目標を定め撃ち方始め」

そう指示を下すと愛鷹は第一、第二主砲を敵艦隊の来る方向へと向けた。

重巡四隻と駆逐艦二隻がこちらを捉えているのが見えた。

脅威の高い重巡を速攻撃破で次に繋げられれば……。

 

「主砲一番二番、方位〇-〇-五の指標一番二番の重巡に照準。

左対水上砲戦、主砲撃ちー方始め。

てぇーっ!」

三一センチ三連装主砲が轟音と共に六発の徹甲弾を撃ち出した。

砲身から噴き出す砲炎と黒煙の中から砲弾が飛び出していき、二隻の重巡に三発ずつの砲弾が向かう。

こちらを捉えている重巡四隻も主砲を向け、照準を合わせると砲撃を始める。

ネ級改が速射性を生かして砲撃の雨を降らせ始めた時、一挙に二隻が被弾し爆発した。

二基の三連装主砲が跡形もなく吹き飛び、本体も爆炎の中へと消える。

一瞬で二隻の重巡が撃沈されるのを見ていたネ級改に、妙高からの二〇・三センチ主砲弾が着弾する。

直撃を受けて姿勢を崩すネ級改に、妙高からさらに砲撃が浴びせられる。

直撃のたびにネ級改が攻撃と航行の自由を奪われていく。

「下がりなさい」

静かに告げながら砲撃を行う妙高が見る中、ネ級改は炎上しながら動きを止めた。

主砲は損壊しており、炎に包まれてもがくネ級改は助かりそうにない。

撃沈確実だ。

残るリ級は攻撃を行わず、二隻の駆逐艦と共に離脱を図る。

しかし、そこへ川内、海風、深雪からの砲撃が飛来し、動きを止める。

リ級は即座に主砲を構え、反撃の砲火を放ち、駆逐艦も援護射撃を開始した。

三隻からの砲撃に川内、海風、深雪は回避行動をとりつつ、攻撃を続けた。

海風と深雪からの主砲砲撃を受けたイ級後期型が被弾し、爆発炎上すると、もう一隻のイ級後期型は魚雷三発を発射した。

「敵駆逐艦、魚雷発射。

雷跡確認方位〇-一-一」

「回避!」

妙高、川内、海風、深雪が迫る魚雷を躱しにかかる。

射線上にいなかった愛鷹は四人が回避運動中に、駆逐艦に対し主砲を発射した。

第二主砲の右砲から撃ち放たれた三一センチ砲弾が命中するや、イ級後期型は木端微塵に吹き飛び、残骸を撒き散らして消滅した。

 

そこへ、再びレーダーに反応が出る。

戦艦タ級一隻とネ級改三隻、リ級二隻。

流石に正面から立ち向かうには荷が重い、

「新たな敵艦隊を確認、方位〇-七-五。

戦艦一、重巡五隻」

「流石に、それは私たちの手に余るね」

眉間に冷や汗浮かべた川内が敵の来る方位を見る。

単従陣を組んだ六隻が主砲を右舷に向けて砲撃を開始する。

「一旦群島に隠れて、こちらはこの海域の地形を生かして反撃します。

面舵一杯、機関最大戦速」

指示する愛鷹に四人が続いた時、砲弾の雨が周囲に落ちた。

直撃弾が出る前に五人は一旦、近くの岩礁を含む群島に向かった。

先頭を行く愛鷹が島の一つを回り込んだ時、四隻の駆逐艦が出合い頭に出て来た。

移動中の所と出くわしてしまったか……舌打ちをしながらも、思わぬ遭遇だったらしい深海の駆逐艦に主砲を向けると、トリガーグリップの引き金を引いた。

第一第二主砲の砲撃によって撃ち込まれた砲弾が瞬時にイ級後期型二隻を粉砕し、海に破片をばら撒く。

残る二隻が再装填中の愛鷹の隙を突こうと、回頭して主砲を向けようとするが、続航する妙高からの砲撃が直撃して一隻が瞬く間に轟沈する。

さらにその後ろから川内が右腕の一四センチ単装砲の射撃を行い、イ級後期型に砲弾を次々に命中させる。

黒煙を上げてイ級後期型が波間へと沈み始める間に、五人は別の島へと移動した。

今の交戦で深海棲艦艦隊に位置が知られている可能性は充分にある。

立ち上がる黒煙から位置を割り出すのは簡単だ。

「それで、どこから奇襲をかけるの?」

島の一つの陰に隠れて一旦、止まると川内が聞いてきた。

「相手は戦艦が一隻に重巡が五隻。

いくら愛鷹さんが重巡に強くても、流石に荷が重いでしょ。

戦艦は得意な相手じゃないって言ってたしさ」

「確かに。

正面から挑んでは、こちらに負傷者が出ますからね。

最悪、誰かが沈むことにもつながりかねない」

険しい表情で妙高が言うと、海図を見る愛鷹が急に咳き込んだ。

「愛鷹さん?」

どうしたの、という様に海風が聞いた時、愛鷹は無言でティッシュを口に当てて何かを吐いた。

発作か、と深雪は思ったが、重度の発作ではない様だ。

ティッシュに赤い染みが出来ているのが一瞬見えたが、吐血と言うよりは血痰の様だ。

戦いの度に、愛鷹は心身を削っている。

そう思うと深雪は、遠からず愛鷹が体力的に持たなくなる未来が見えた。

 

何か、治療でもできないのかな。

 

大丈夫かと聞く妙高に問題なしと答える愛鷹の表情は、いつも通りの表情に見えて、深雪にはどこか老けて見えた。

 

不安そうに見て来る深雪の視線をよそに、愛鷹は海図を見ながら策を練る。

戦艦一隻に重巡五隻。

数ではこちらと拮抗しているが、火力では向こうが勝っている。

タ級は川内、深雪、海風の魚雷、重巡は自分と妙高で何とかできるが、そう簡単に向こうもやられる訳がない。

魚雷を躱されたら砲撃で対抗するしかない。

一応、自分の主砲でも対抗は出来なくはないが、重巡が邪魔になる。

あまり時間をかけられる余裕はない。

比較的、大きめの島を挟んだ向かい側に深海棲艦艦隊はいるはずだ。

敵を巻くことが出来ているとしたら、今自分たちがいる場所の反対側を航行しているはず。

もし振り切っておらず、追撃をしているならあと三分後にレーダーで捕捉できる。

しかし、待ち伏せを簡単に食らうような追撃をするとは思えない。

回り込んできて、火力の差で一気にカタをつけに来るだろう。

海図を見ているとある物が目に入った。

 

敵艦隊が島を回り込んでこちらの前面に出るとしたらその手前辺りに、小さな小島を回り込むことになる。

島と島の間には水道があるが、艦隊で動くには狭いし、潮流が早く、航行の難所でもある。

戦艦を含む深海棲艦艦隊は通れない所だ。

 

これを使おう。

「よし、作戦を説明します」

「どんな作戦?」

尋ねて来る川内や視線を向けて来る妙高、深雪、海風に愛鷹は海図を指さして説明した。

「敵艦隊は恐らく、島を回り込んで私たちの前面に出ようと航行中の筈です。

敵の速力と潮流、時間からして推定できる位置はここ、私達が今いる島の反対側のはず。

そこへ、後背から奇襲をかけます。

川内さん、海風さん、深雪さんはこの細い水道を通って敵艦隊の背後に回り込み、魚雷攻撃。

敵の単従陣は振り切る前、戦艦を殿にしていました。

戦艦に一発でも魚雷が当たれば、戦闘に支障が出て行動にも制約を産むことが出来ます。

敵に混乱を誘っている間に私と妙高さんで重巡を片付け、最後全員でタ級を叩きます」

「かなり早い潮流ですね、座礁の危険性も考慮しないと」

示された水道を見て海風が不安そうな顔をする。

一方、面白そうだと、にやけ顔の川内は腕を組んで頷いた。

「でも、そこを使えば潮流に合わせて速度アップが出来て一気に回り込めるし、魚雷のスピードも多少は上げられるね」

「敵が待ち構えている可能性はないよな?」

「こちらが全艦で向かうと予想していれば、航行の難しさもあるので待ち伏せの可能性は低いでしょう。

でも、三人の小型艦艦娘なら機動力を生かして、ここを突破するのは可能。

違いますか?」

「私なら簡単だよ。

深雪と海風にも朝飯前の場所だよ」

「海風はビビってるけどな」

「ビビッてませんよ」

深雪にからかわれるように言われた海風が頬を膨らませる。

「では、私と愛鷹さんでこの辺りで伏撃(待ち伏せ)ですね」

妙高が指す場所に愛鷹は頷いた。

「ここで迎え撃ちます。

よし、すぐにかかりましょう」

 

 

そのころ、「アルバトロス」では羅針盤障害で一向に入らない愛鷹達の戦況に苛立ちが出ていた。

FIC内では要員が苛立たし気に行きかい、確認の声を飛ばし合っていた。

「愛鷹達との通信はまだとれんのか?」

「リンクをいろいろと試していますが、ガード・ドックのレーダーでも捕捉できないそうです」

「拠点が近いだけに、妨害レベルもかなりのモノだな」

「生きてるのか、死んでるのかもわからんとは」

苛立つ空気があるが、一方で愛鷹達が戦闘中に飛鷹、隼鷹、雲龍、葛城で空母部隊を再編成し、ショートランド空爆を敢行していた。

既に攻撃隊第一波が爆撃を行っており、第二波も遅れて出撃済みだ。

「ガード・ドックより攻撃隊の無線が中継されてきました」

通信士官の報告に磯口は繋ぐよう指示をする。

(ウルトラ3-1からガード・ドック、敵施設への空爆を終了セリ。

目標へのBDA(爆撃評価)は不十分、再攻撃の要を認む。

こちらの損害、彗星六機ロスト、紫電改二二機ロスト、オーバー)

(了解した。

第二次攻撃隊が現在向かっている、そちらはRTB、帰投せよ)

(了解)

 

八機を失ったか。

そう呟きながら司令官席に座りなおす磯口に別の報告が入る。

「ウェルデッキより重巡衣笠が意見具申しています。

愛鷹隊の増援の要ありと認む、夕張と共に出撃許可願う、です」

「ダメだ、衣笠及び夕張は本艦の護衛任務に付かせろ。

反論は聞かんと返せ」

「了解」

気持ちはわからんでもないが、状況が不明である以上は無駄に動く訳にも行かない。

ミイラ取りがミイラになっては目も当てられない。

案の定、抗議してきたが取り合う気は無かった。

「待つのだ、待てばアイツらは必ず結果を出す」

独語するように呟きながら磯口は戦況画面に目に視線を戻した。

現在出撃している空母部隊は空母艦娘以外に北上と大井が随行している。

更に「アルバトロス」周囲に対潜警戒の為、第四駆逐隊が展開していた。

他のメンバーは一旦ウェルドックのあるウェルデッキで小休止と艤装の補給作業中だ。

準備完了次第、再び出撃になる。

「休憩は無いぞ、出来る者には仕事が回って来るからな」

ここから聞こえないと分かりつつ、衣笠と夕張に向けて磯口は言った。

 

 

かなりの潮流の速さの分、移動時間が確かに速くなった。

その分、気を抜くとコースを逸れて座礁する恐れもあった。

川内を先頭に海風と深雪が続行して、狭い水道を抜けた。

「結構な潮流だね。

時間帯にもよるとはいっても、確かに航行の難所だ」

舵を微調整して進路を維持しながら川内は正面を見据える。

想定している攻撃位置への到着予定時刻(ETA)はあと三分。

水道を抜け、敵戦艦を後背から魚雷攻撃で無力化し、そのまま愛鷹と妙高で挟撃する作戦。

上手くいけば、深海棲艦は有力な水上部隊を失う事になるはずだ。

だからこちらがしくじる訳には行かない。

自分は夜戦ばかり強い訳では無い。

やってみせるさ、と自分にも言い聞かせるようにして川内は航行した。

「水道のウェイポイント3を通過しました、出口まであと一分」

「よし、対水上戦闘、雷撃戦用意。

確実に当てていくよ」

「了解です」

「はいよ」

そう返しながらも深雪は少し不安もあった。

すでに魚雷発射管の片方は使い切っている。

残る三発の魚雷で何とかするしかない。

空の魚雷発射管を見て、補充する余裕があったらよかったんだけどな、と遅い後悔を噛み締める。

「あ、そうだ深雪」

ふと川内が呼んで来たのでそちらを向くと、自分の発射管から魚雷を一本抜いた川内が放って寄こしてきた。

「あんた、三発使い切ってるでしょ。

切り札に一発使えるよう分けてあげるよ」

「サンキューな、川内」

ニヤっと笑って礼を言うと、川内も笑みを返した。

貰った魚雷は空の発射管に手動で再装填し、いつでも撃てるように安全装置を解除する。

いざという時の切り札として使うつもりだった。

それでも、そのようなシチュエーションにならない事を願うばかりだ。

 

程なく海図を見ていた海風が海図から顔を上げた。

「ウェイポイント4を間もなく通過します」

「よし、魚雷攻撃で袋叩きにするよ」

「おう」

「はい」

水道の出口に出ると、舵を面舵に切った。

読み通り、深海棲艦艦隊の艦隊が単従陣を組んで航行している。

最後尾は戦艦タ級だ。

不意打ちを行うべく、ハンドサインで確認を取りあうと三人は魚雷発射管を構えた。

深雪が呟くように魚雷発射管に諸元を入力する。

川内が右腕を立てて、三本の指を立てた。

三つ数えたら魚雷発射だ。

夜戦での魚雷命中率は深雪が舌を巻くほどの腕前なだけに、確実に当たる魚雷発射タイミングを川内は図っていた。

タ級の背中がはっきり見えるようになった時、川内が指を折り始めた。

 

三、二、一……。

 

右腕が振り下ろされた、魚雷発射の合図だ。

三人は無言で魚雷を発射し、急いで取り舵に舵を切って離脱した。

圧搾空気で撃ち出された魚雷が戦艦タ級に向かって行くのを、深雪は「当たれ」と念じながら見送った。

 

 

前方で爆発音が複数回し、愛鷹は顔を上げた。

「あれは成功ですね」

傍らの妙高の言葉に愛鷹は「ええ」と相槌を返した。

あの爆発は艦娘が使う魚雷の爆発音。

誘爆などとは別の音だから、魚雷攻撃成功の合図だ。

「行きましょう」

「はい」

二人は最大戦速をかけて一気に深海棲艦艦隊の前へ出た。

それと同時に砲声が響き出す。

砲声からして愛鷹と妙高に向けての砲撃ではない。

魚雷の奇襲攻撃をかけた川内、海風、深雪への砲撃だ。

二人が深海棲艦艦隊との会敵予想場所に出ると、前方でタ級が黒煙を上げて停止しリ級一隻が寄り添い、ネ級改二隻が三人に砲撃を行っていた。

海面には二つの黒煙と残骸が浮かんでいる。

すでにリ級とネ級改一隻ずつが、魚雷の直撃を受けて轟沈したようだ。

「妙高さんは三人の援護を、私はタ級と無傷のリ級に止めを刺します」

「分かりました、お気をつけて」

主砲を構えた妙高が針路を変えて、川内、海風、深雪の援護に向かう。

一方タ級とリ級に向き直った愛鷹は刀を引き抜き、主砲管制を左腕で行えるようセットした。

接近する愛鷹に気が付いたリ級が主砲を構えて突撃して来た。

何が何でも大破しているタ級を護る気だ。

申し訳ないようだけど、と同情はしないものの、そうせざるを得ない深海棲艦の気持ちは分かった。

主砲を構え、第一主砲だけ発射する。

リ級は即座に回避機動を取り、三発の三一センチ砲弾を避け切ると主砲を構え直し、二発の砲弾を撃ち放った。

しかし、そこへ愛鷹の第二主砲の砲弾が命中し、爆発の炎と黒煙の中にリ級はあえなく包み隠された。

弾薬が誘爆する爆発音が炎の向こうから聞こえる一方、愛鷹はトリガーグリップから手を離した左手で防護機能を展開指示し、リ級の砲弾を弾いた。

弾かれて爆発するリ級の砲弾の黒煙が晴れると、タ級が主砲を構えてこちらを狙っているのに初めて気が付いた。

最後の悪足掻き、と思った時タ級が三連装主砲の一基で砲撃を行った。

回避機動が間に合わないと即座に判断した愛鷹が、刀で砲弾を弾く。

悔しさと恨めしさを浮かべた表情で睨んでくるタ級に、愛鷹は主砲を向けるとためらいなく射撃トリガーを引いた。

満足な戦闘も航行も出来ないタ級には成す術がなかった。

次々に撃ち込まれる三一センチ砲弾が破損している艤装の傷をさらに広げ、武装を叩き潰し、本体にも被害与えていく。

特に浮かべる表情もなく主砲弾を撃ち込んで行く。

嬲り殺しの様だが、タ級の耐久性を考えれば愛鷹からの砲撃は普通だった。

見ていて決して気のいいものではなかったが、愛鷹が一二斉射を撃ち込むとタ級は既に虫の息になっていた。

炎上し、波間に沈み始めるタ級に踵を返し、妙高、川内、海風、深雪の元へと向かった。

やり手らしく一隻だけ巧みに回避機動をとって四人からの砲撃を躱しているネ級改だったが、接近する愛鷹には気が付いていなかった。

何かを察してネ級改が振り向いた時、愛鷹が撃った砲弾三発が命中していた。

轟音を立てて吹き飛んだネ級改が海面下に消えた後、一同は集結した。

誰一人、怪我を負っていなかった。

完勝だった。

「作戦は大成功だね」

「やりましたわね」

「魚雷撃ち尽くしちゃいましたけど、でも怪我人が無くて良かった」

ホッと胸をなでおろす川内、妙高、海風の外でぼんやりと燃える海を見つめている愛鷹に深雪は寄った。

「大丈夫か、愛鷹」

「ええ、深雪さんは?」

「あたしは大丈夫さ、そっちも怪我無さそうで何より……

 

何で泣いてんだ?」

「え?」

怪訝な顔で聞く深雪の言葉に驚いた愛鷹が頬と目を軽く触れると、知らない内に流れ出していた涙が筋を作っていた。

硝煙が目に染みたのかと思ったが、そんな感覚はない。

体は何ともなく、気分も落ち着いている。

では、なぜ涙が流れている?

分からない、ただ胸の内で悲しさを感じる自分がいる気がしていた。

手の甲で涙を拭っても、また溢れ出た。

「戦場の風が目に沁みます……涙が止まらない……」

そう返す愛鷹を深雪は無言で見つめていた。

 

 

(こちらコンボイ1-0、こちらラバウルATC(航空交通管制)。

滑走路02への進入を許可、離陸許可を待て)

「コンボイ1-0、了解」

コックピットでのやり取りを聞きながら、キャビンの席に座る青葉は窓の外を見た。

雲の少ない日が沈みかけている空に照らされるラバウル基地が、小さな窓から見えた。

自分だけ先に日本へ帰るのは、なんとも心苦しいものだ。

傍らには青葉の看病をする医師と看護師二名の三人が席に座って離陸の時を待っている。

自分とこの三人以外誰も乗っていないC2輸送機は酷く物寂しさをキャビンに漂わせていた。

また第三三戦隊の仲間たちと再会できるのが何時になるのか、自分の治療がてらに受けられる甲改二が一体どんな姿なのか。

興味と共に不安が胸の内で渦巻いていた。

置いていくことになる妹が心配だし、タフに見えて余命僅かな脆い体の愛鷹も心配だ。

速度が微妙だし、水上火力や対空火力も平均的で突出した所の少ない夕張も心配だし、メンタルも強くなってきているがまだまだ未熟さがある蒼月も心配。

人命を優先するあまり視野狭窄に陥りやすい深雪も心配だ。

航空戦力しか使用出来ない空母である以上、水上戦闘には脆い瑞鳳も心配。

心配ばかりしているのもまたいいとは言えないが、今は楽観的に見ている気分にはなれなかった。

大丈夫だろうか、心配だな、と保護者のような気分で考えているとコックピットからまたやり取りが聞こえて来た。

(コンボイ1-0、こちらラバウルATC。

クリアード・フォア・テイクオフ、離陸を許可する)

「了解した、コンボイ1-0、離陸する」

エンジンスロットルが上げられると、キャビンの外からエンジンの轟音が高まり、輸送機が滑走を開始した。

程なく宙に上がったC2輸送機は高度を上げて、ラバウル基地を後にした。

「グッドラック、皆さん」

小さくなる眼下の基地と海に向かって青葉は呟いた。

 

 

「ガード・ドックより入電。

愛鷹隊は敵の水上部隊を全艦撃沈、我が方の損害ゼロ。

弾薬損耗の為、帰投後の補給を求む」

その報告にFICではホッと溜息を吐くものと、小さくガッツポーズをとるものと喜びを示す動きが出た。

とは言え、諸手を上げて喜べる状況と言う訳でもない。

航空攻撃は第二波を送って、日没となったため撃ち切られた。

爆撃効果は基地施設に相応のダメージを与えるも、停泊していた深海棲艦艦隊への攻撃は上陸作戦を行うには危険度が高い、という不完全な結果に終わっている。

こうなれば、海兵隊の上陸前に水上部隊による敵の艦隊への警戒が必要だ。

交戦する時間帯は確実に夜間。

夜戦になるだろう。

愛鷹隊を収容後、警戒部隊を再編して敵襲に備える必要があった。

「とは言え、ひとまずは目の前の脅威が過ぎたな。

さて、ここからが第二ステージだ」

司令官席に座って戦況モニターを見つめる磯口の言葉は、誰かに言うつもりで言ったわけでもなかったので、返される言葉は無かった。

 




今回は戦闘がメインのお話となりました。
愛鷹のス級との戦闘シーンに何かしらのデジャヴを感じる人がいるかもしれません。

本作における最大級の脅威であり、愛鷹の深海棲艦の敵であるス級を愛鷹が単独で撃破する事に成功する記念すべき回となりました。
これを愛鷹が続けられるのか、再び怪我を負いながらも成し遂げるのか。
今後の展開に期待ください。

前回登場できなかった青葉を出しましたが、しばらくは青葉は第三三戦隊とは戦わず、自分のパワーアップに取り組むことになります。
甲改二として帰って来る青葉の活躍にも期待して下さい。

では、また次回のお話でお会いしましょう。
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