艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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冗談抜きの真面目な第二八話です。

本編をどうぞ。


運命編
第二八話 再会と真実


輸送機から降りると、眩しい太陽の光が目に染みた。

自分たちを載せた輸送機を出迎えに来たF35戦闘機が、滑走路に進入する轟音がする。

「ついたかー、トラック諸島基地。

久しぶりだぜ」

思いっきり伸びをする深雪がトラック諸島基地を見渡す。

「暑いねえ、相も変わらずトラックは」

手で顔を扇ぎながら夕張が言う。

トラック諸島の気温はかなり高い。季節は既に夏だ。

流石の厚さに、愛鷹もコートを着ているわけにはいかなかった。

「暑いよー、溶けちゃうよー」

手袋で扇ぐ衣笠だが、大して体感温度は変わらない。

瑞鳳と蒼月はしきりにタオルで汗を拭っていた。

迎えの車輛などは来なさそうなので、着陸した輸送機から第三三戦隊メンバーは徒歩で基地施設に向かった。

エプロンを渡り、開放状態のハンガーを抜け、広い基地の基地施設へと歩く。

じりじりと太陽の光が六人を焼く。

気温が高すぎるせいか、出歩く艦娘の姿一人見えない。

外にいるのは作業する港湾作業員か、トレーニングに励む上半身裸の海兵隊員程度だ。

「マッチョだなあ、海兵隊員って」

カッコイイ、と言いたげな目で深雪が海兵隊員を見る。

基地の埠頭には古びた軍艦が数隻係留されている。

軍艦を見た蒼月が夕張の肩を叩いて指さす。

「あの艦、まだ動きそうですが、何に使うんでしょう」

「私たちの盾艦役や、陽動に使うのよ。無線操縦でね。

最期のご奉公よ、ミサイルは深海棲艦には使えないから」

それを聞き、蒼月は少し悲しそうに軍艦に目を戻す。

「そんな目で見なくてもいいのよ。

どの道老朽化したアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦と、ハンター級ミサイルフリゲートだから。

ガタも来てるし、スクラップするよりは沈めちゃった方が手間暇もお金もかからないの」

諭す夕張に向かって頷きながら、艦尾に書かれた艦名を蒼月は小声で読む。

「『ニコラス・バロー』『エドワード・バンス』『リチャード・レイヒ』『ゴスフォード』『ウロゴン』……」

マストに翻る国連旗のはためき方を見ていると、老朽艦でもまだ使い道はあるんだ、と艦が言っているように見えた。

 

通気性は考慮されていない靴の中にこもる熱気の不快感を堪え、愛鷹は仲間と共に基地施設の扉をくぐった。

空調が効いている施設内は六人にとって天国だった。

六人は酷暑からの解放感に溜息を吐きながら、守衛室に身分照会をして基地司令官室への取次ぎを頼む。

「立石少将がお待ちです、ご案内いたしますか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

守衛に礼を言うと六人はトラック諸島基地司令官執務室に向かった。

基地施設内では何人かの基地職員とすれ違い、向こうから挨拶を送ってくれた。

それら一つ一つに応え、司令官執務室のある二階へ上がる階段を上る。

木製の床は防火対策の為もあって絨毯系は無いので、六人の足音が階段内に響く。

二階の廊下を歩き、角を曲がった先にある司令官執務室を前にした時、執務室のドアが開いた。

立石少将かな、と思った愛鷹は、出て来た人物に一瞬目を疑った。

 

(大和……⁉)

 

向こうもこちらに気が付き、一瞬その顔に驚きを見せるが、すぐに普段の顔に戻った。

「皆さん、到着されてたんですね。

立石少将は中におられますよ」

「久しぶりですね、大和さん」

「久しぶり、大和」

夕張と深雪が挨拶すると大和も「お二人とも、お久しぶりです」と笑顔で答える。

二人に続いて蒼月も挨拶しようとした際、ふと愛鷹を見ると、敵意も露わに大和を睨みつけているのが制帽の鍔越しに見えた。

どうして、そんな目で大和さんを?

不思議と言うよりは訳が分からないが、もしかしたら沖ノ鳥島での一件でわだかまりが愛鷹にはあるのもしれない。

今はそう解釈する事にして置く事にした。

(でも、あれほど……まるで殺意のこもった目は……)

 

自分は他に仕事があると言って大和は去り、六人は司令官執務室へ入った。

入出許可を求めた愛鷹に「入れ」と返した立石少将は六人の入室を見ると、仕事の手を止めて立ち上がった。

愛鷹に負けず劣らず、いや愛鷹はハイヒール履きだから素での愛鷹と比べたら一〇センチ程度は高そうな巨漢だ。

二重の目が特徴的で、どことなく厳しい人格の人間に見える。

六人が並ぶと愛鷹が代表して名乗る。

「第三三戦隊超甲巡愛鷹以下六名、武本提督指令の元トラックへ着任しました。

着任許可願います」

「許可する、トラックへようこそ。

酷暑の中、よく来てくれた。出迎えを出せなくて済まない、基地にはあまり車が無くてな。

君らの部屋は宿舎B棟に用意済みだ。

明日から仕事が始まるから今日は休んでいてくれ」

「ありがとうございます」

「武本提督が召集をかけた通り、最近、深海の連中の出没が多くなっている。

敵を探るのが得意な部隊、と聞いている。頼りにさせてもらうぞ」

「は」

「私からは挨拶はこの程度だ、行ってよし。

ただ愛鷹は残れ」

その言葉に愛鷹は軽く首を捻る。

「小官が?」

「ここでの仕事の話だ」

そういう事か。

「衣笠さん、皆さんと一緒に先に行っててください」

「はい、じゃ、みんな行こ」

衣笠を先頭に五人が部屋を出て行く。

司令官執務室のドアが閉まった後、立石は愛鷹に向き直った。

「さて、ここでの仕事の話だ。来てくれ」

愛鷹を手招きすると、立石はデスク脇にある海図ディスプレイのスイッチを入れた。

海図にはいくつかのバツ印が書き込まれている。

「このバツ印だが、潜水艦が確認された場所だ。

対潜哨戒機が発見したものだが、どれもP8ポセイドンが見つけた奴に過ぎない」

「つまり、艦娘の手で直接発見した者はまだないと」

「その通りだ。

これらはこの三日間で見つかった奴だ、いくつあるか分かるな」

海図に書き込まれているバツ印を数えると、一三個もある。

「一三隻」

「重複はあるだろうが、少なくとも六隻ないし七隻はこの海域に同時展開している。

そして、ソナーで確認された奴がこれだ」

キーボードを叩いて新しい表示を出す。

赤い表示がトラック諸島の一部を囲む様に表示された。

「機雷源だ、連中は潜水艦を使ってこちらを機雷で封鎖しにかかっている」

「封鎖されたら、移動手段は空からのみ。

しかし、封鎖後は空母部隊の航空戦力を大量投入で航空優勢を奪いにかかる」

自信の推論を述べる愛鷹に立石は頷いた。

「その通りだ。この基地の航空戦力は強力だが、トラックは絶海の孤島だ。補給線が長い。

消耗戦になれば、こちらが不利だ。

まだここへの空襲は無いが、空母部隊の艦影はいくつか確認されている」

「それで、私達の任務は」

「君たちの任務は航空偵察による機雷敷設潜水艦補給部隊の特定だ。

これだけの機雷を配置するとなれば、深海の潜水艦に機雷を補給する補給部隊が必要だ。

機雷敷設だけでなく、護衛の攻撃型もいる筈。

そいつらを排除すれば、こちらは掃海作業を行いやすいし、艦隊の行動の制約も無くなる」

「補給部隊の捜索が第三三戦隊任務ですね」

「そうだ。その後来るであろう敵艦隊への迎撃戦にも参加してもらうがな。

捜索中の君らのエアカバーはこちらからも可能な限り行う。

あまり時間はかけらんぞ、今日は長旅の疲れをいやしてもらわんといかんから出撃させられんが、明日からは休む間もないくらい忙しくなるだろう。

今の内にじっくり休んで備えてくれ」

「了解です、司令官」

「私からは以上だ、行ってよし。

トラックは初めてかい? 何もない所だが、散策してみるのもアリだぞ。

クソ暑いがな」

「ご配慮感謝します。日が暮れたら一服がてら散策してみます」

「ほお、お前は喫煙艦娘か。珍しい奴が来たモノだ」

初めて好奇心に光る眼を立石は見せた。

部屋を出る際に、吸い過ぎには気をつけろよ、と言う立石の言葉に愛鷹は胸中で苦笑した。

自分も確かにヘビースモーカー一歩手前だ。

 

 

司令官執務室を出ると宿舎へと向かう。行先は廊下に貼ってある地図で確認できた。

艦娘用の宿舎は二人部屋か個室だが、愛鷹は佐官用艦娘が使える個室にした。

艦娘の階級で階級特権が使える数少ない例が、宿舎で利用できる部屋の種類でもあった。

中佐である愛鷹なら佐官用の個室が利用できる。

尉官クラスの艦娘の場合は基地にもよるが、大抵は二人部屋から四人部屋だ。

自分には一緒に寝たい艦娘はいないから個室で充分だ。

 

寂しくはない……そう、寂しくは……。

 

宿舎に向かう途中、外に出て行く艦娘がいた。

深雪と第一一駆逐隊の吹雪、白雪、初雪、叢雲だ。

バレーボールを持つ深雪がいる辺り、五人でバレーボールでもするのだろう。

「深雪さん、元々は第一一駆逐隊の子か」

演習中の事故で重傷を負い、復帰するまで時間が長かったため臨時編入だった叢雲をそのまま第一一駆逐隊に編入し、深雪は駆逐隊から除籍された。

艦隊に復帰した後、今の第三三戦隊所属になるまで深雪は野良状態だった。

しかし、かつての同僚との絆は健在のようだ。

どことなくホッとするものを感じる。

第一一駆逐隊の吹雪、叢雲は戦功や功績が認められて改二へ昇進している。

「吹雪、か……」

 

笑顔で深雪を追いかける吹雪の背中を見つめながら、愛鷹はかつて読んだ吹雪に関するレポートを思い出した。

(かつて海の藻屑となり、消えた艦娘の一人。

生への執着、執念……いや、『現実を受け入れられない自分』が起こした『運命を変える力』で帰還を果たす。

代償として現実を受け入れてしまった自分とは生き別れ、その生き別れた自分は深海化した……。

その結果が、ポイントレコリス一帯の深海棲艦の大拠点化へ繋がった)

最高級軍機として記録された「深海吹雪に関するレポート」を以前目にする事が出来たから知りえる事だ。

この事実を知る者は、ポイントレコリスを巡る戦いに参加した艦娘の中でもごく一部に過ぎない。

レポートを読んだ時、その生への執着、執念に敬服したモノだった。

「現実を受け入れられない気持ち……すごく分かりますよ。

 

でも、長生きできないこと知った時の絶望とどう違うのかな」

吹雪は運命を変える力で、抗い、復活を果たした。

しかし、自分にはそんな力などない。

どの道、体が持たない。抗うだけの力など最初から備わっていない。

溜息を吐きながら宿舎への入り口を前にする。

部屋の割札を見ると、個室の一つに「大和」の名があった。

その名前を睨みつけながら、別の個室に愛鷹は入った。

部屋のクーラーをつけ、風通しにネクタイを緩める。

使われていなかっただけに流石に暑い。

制帽を脱ぎ、頭にも風を通す。

「海はいいわ、こんな暑さを体感しなくて済むから」

溜息を深々と吐きながら、ベッドに腰掛けた。

一服入れようと葉巻を出し口に咥えてから、思い直す。

煙検知器が天井に付いていた。一服やって誤作動を起こしたら大事だ。

 

 

新型艤装を説明しに来たのは、艤装設計局から派遣されたと言う雲野正一(うんの・しょういち)技術中佐だった。

「君の新しい艤装、甲改二だが、ぶっちゃけこれは航改二のダブルネーミングでもあるんだ」

「おっしゃる通りですね」

甲改二と言うタイトル付きで、タブレット端末に表示される新艤装の設計図を見つつ青葉は相槌を返した。

自分の新艤装は甲改二のダブルネーミングである航改二の名の通り、航空巡洋艦への改装だった。

主砲は今衣笠が使用している二〇・三センチ(三号)連装砲に換装され、電探として二二号改改四対水上電探、対空電探は以前使っていた二一号から二二号改四とパワーアップしている。

対空射撃用に背中に背負う艦橋を模した艤装に二五ミリ三連装機銃二基が付く。

かつて第三主砲を装備していたところには飛行甲板がマウントされる。

セミオートマチック狙撃銃のマガジンに似たモノをセットすると、エレベーターで瑞雲が飛行甲板に上げられ、カタパルトで発艦する。

ただし、発艦時は左手に持ち替えて射出する必要がある。収容は着水した瑞雲を拾ってエレベーターに戻せば完了だ。

搭載する瑞雲の数は一六機で、主に偵察、対潜哨戒が任務だが限定的な制空戦闘も可能になっている。

タコヤキは相手にできないが、瑞雲を操縦する妖精さんパイロットの腕次第なら通常艦載機ぐらいは相手にできるだろう。

強風改も載せられなくもないが、基本青葉の航空団には瑞雲を載せる。

「青葉も瑞雲教の一人になる訳ですねえ」

「まあ、そうなるな。

主砲艤装の構造自体はそう大きくは変わらないが、精密射撃をしやすくするHUD(ヘッドアップディスプレイ)を新たに装備する。

電探と合わせた射撃も可能だし、夜戦時のナイトビジョン機能もあるぞ」

少し自慢げに語る雲野の顔とタブレット端末の設計図を交互に見て、高スペックな反面開発コストの値段が気になる。

主砲の照準が目視でやるのが多かった以前と比べ、かなりデジタル化しているイメージが強い。

「た、高そうな装備じゃないですか?」

「まあ安くはないけど、基礎的な所は海兵隊のHUDの技術を流用できるから、案外コストは結構抑えられている。

君の給料の何倍も金がかかっているのは確かだけどね」

被弾して壊した時、修理費を自前で払えと言われた時、どうしたらいいだろう、と不安になる。

艦娘が艤装を破損させても、自費で修理代を払う事はまずない。

自費で修繕費を払う事と言ったら、精々破けた衣類くらいだし、それくらいなら自分で出来る者も多い。

「機関部だが新型に換装しているから、増えた艤装重量分速力が低下する事は無い。

艤装CCSのリミッター解除で三八ノットは叩き出せるだろう。

主機に関してだが、大体前と同じローファーの裏にくっつける外装型だ。

ただ踵に白露型の子が使っている舵をオプションで装備できる。装備したら旋回性能が一〇パーセント上がるぞ」

「舵をつけた場合のデメリットは?」

「つける手間、外す手間、自分で整備する手間が増える」

「なるほど」

「一方で、改装に関しての君の艤装の悪いところがある」

「な、なんですか」

冷や汗が滲むのを感じながら雲野に向き直る。

「機関部の燃料消費が衣笠のよりまあ少しはマシ、なレベルに悪化した。まあ、それでも重巡の中では省エネだけどな」

「まあ、これだけ高性能化すれば機関部の燃料消費量も悪くはなりますよね」

「いずれ君の艤装で試した奴を他の重巡艦娘のモノにフィードバックすれば、みんなの燃費もよくなる。

君はその恩恵を最初に受けられるって事だ」

「確かにそうですね。

それで、この航改二改装の実習期間は?」

「大体二週間程度を見込んでいる。

でも、君の頑張り次第なら短縮できるかもしれんな。

それと以前見送られた君の昇任試験だが、勤務態度の改善が評価されたって事で認可が下りたよ。

改装中にも試験を受けられる。合格すりゃ、君は少佐だ。

給料も上がるぞ」

「昇任試験勉強までする必要があるじゃないですか」

忙しすぎですと苦笑する青葉だったが、まんざらでもない話だ。

ふと視界の向こうに見慣れた人影が見えた。

金剛だ。

「金剛さん」

思わず読んだ青葉に気が付いた金剛は振り返ると、にっこり笑った。

「ハイ、青葉、お久しぶりデース。

でも青葉が何故ここにいるデス?」

「ラバウルで被弾大破して、治療がてら改装を受けるために日本に先に帰ったんです。

金剛さんはいつこちらへ?」

「さっきダヨ、やっと帰って来れマシタ。

パワーアップしたワタシの力みせてアゲルネー」

相も変わらずのテンションに戻れた金剛を見ると、頼もしさと安堵感が出て来た。

沖ノ鳥島で大破し瀕死の重傷を負って後送されて以来、どうしているのかと思っていたが。

「青葉もパワーアップできてよかったネ」

「金剛さんはどんな改装を受けたんですか?」

「丙改二って言うモノだヨ。ナイトファイト(夜戦)に強くなれました。

でもチョット、火力が下がっちゃった」

苦笑交じりに説明する金剛は改装を受けたと言う割には、見た目はそれほど大きくは変わっていない。

精々靴の形が変わったくらいだ。

「青葉はどんな改装受けるデス?」

「瑞雲一六機搭載の航空巡洋艦ですよ。火力も電探もパワーアップします。

もしかしたら金剛さんより強くなれるかもしれませんねえ」

悪戯っぽい笑みを浮かべて言う青葉に、金剛は満足げに頷いた。

「ワタシを抜くそのスピリットこそ最高ネ。青葉のカムバック待ってるヨ」

「ありがとうございます、金剛さん。

もしよければ、今度改二丙についての取材いいですか?」

「ノー・プロブレム、いつでもオーケーだヨ」

親指を立てて白い歯を見せる金剛は、改二丙となってから随分調子が良いみたいだ。

そこへ雲野の咳払いが割り込んだ。

「金剛大佐、お取込み中申し訳ないですが、青葉くんには別要件が」

「おっと、失礼。じゃあ、青葉、また後でネ」

「はい、青葉こそ失礼いたしました」

手を振って金剛が去ると、青葉は雲野に向き直った。

「金剛さん、調子がいいみたいですね」

「そうとも限らないんだ。あれは芝居だ」

「え?」

何のことか分からず首をかしげる青葉に、雲野は真顔で答えた。

「比叡くんが難病を再発してしまってね。ほら、今大淀くんの仕事の代行をしているだろう?

あれは治療を行うまで体への負担を減らす為なんだ。

ロシニョール病って聞いたことあるだろ。

比叡くんはレベル4、少々拙い段階だ。今はぴんぴんしてるが、いつ悪化してしまうかは分からない。

この事は金剛から箝口令が敷かれているんだ。

でも、君ぐらいは知っておいても問題は無いだろう」

「ロシニョール病ですか……」

比叡がそこまで酷い症状を抱えてしまっていたとは。

確かにレベル4は気を抜けばいつ手の施しようがない程重症化するか、なんとも言えいない段階だ。

そんな状態の比叡を見て金剛がなんとも思わない訳がない。

自分が留守の間に妹の病が悪化していると聞けば、受けるショックは大きいだろう。

(明るく振舞っている、という事ですか、金剛さん……)

以前の自分と同じだ、と青葉は昔自分がしていた行為と、金剛の今の心境を重ねていた。

そう言えば、愛鷹のロシニョール病はレベル5である事を思い出した。

もう助ける事は出来ない。

それと比べれば、比叡にはまだ希望がある。

「希望が残る人と、希望無き人……ですか」

 

 

トラックの夜は日中と比べて気温が下がるのが幸いだった。

月夜が綺麗で、せっかくのチャンスと思い、愛鷹は夜の浜辺の散策に出る事にした。

宿舎を出るとムッとする熱気は来るが、昼間と比べたらマシだ。

葉巻を一本だして、ジッポで火をつける。

そのまま葉巻を吹かしながら、浜辺へと繰り出した。

月灯りが綺麗な浜辺は、トラック諸島全体が基地だとは思えない程静かで、心が落ち着く場所だった。

波の音が耳に心地よく入って来る。

最前線の地ありながら、今のトラックはそれを感じさせない穏やかさに包まれていた。

雲一つない夜空なので、月だけでなく、星々も見える。

日本の夜空では建物の明かりで見えなくなる星も、今は視界一杯に見渡せる。

これほど見えるのはトラック基地がある程度の灯火管制を敷いている事と、やはり日本と比べて建物の発する灯りが少ない事だ。

夏の夜空にしか見られない、星や星座を小さい頃教わった知識を基に探していく。

「ヴェガ、デネヴ、アルタイル……夏の大三角形……本物ってこんなに美しいのね……」

感慨深さが胸に込み上げてくる。

夜空の美しさにうっとり見とれてしまう愛鷹は、気持ちが安らかだった。

「護りたい、この夜空を」

葉巻の煙を吐きながら呟くと、また歩き出した。

別の場所からなら、また別の星空が見えるのではないか。

そう思って歩を進めていると、前方の暗がりに人影が見えた。

丁度,木が数本立っている傍なので陰でこちらからは見えにくい。

一応、座っている様なのは分かった。

「誰だろう、こんな時間に」

こんな時間は自分も同じ、とツッコミを入れる。

気になり、近づいていくと急に胸がドキドキし始めた

この感覚は覚えがある。もしかして……。

 

「あれ、誰か来たみたいですよ」

暗がりの向こうで立ち上がった少女の声が、一緒にいる人間を呼ぶ。

あれは、吹雪だ。

「吹雪さん、か」

もう一人は誰だ? と思った時、少女の向こうで立ち上がった人影に、愛鷹は目を見開いた。

(大和)

「どなたでしょうか?」

まだ自分とは面識がない吹雪が、歩み寄って来ると大和も後に続いて来る。

向こうはまだ気が付いていないらしい。

大和だけだったら、とっとと去ることが出来たが、吹雪がいると無暗に立ち去れば不審者扱いだ。

少し間をおいて、溜息を吐きたいのを堪えて名乗った。

「こんばんわ吹雪さん。超甲巡、愛鷹と申します」

暗がりから吹雪の姿がはっきり見える様になると、吹雪は軽く首を傾げながら自分も名乗った。

「初めまして、特型駆逐艦一番艦吹雪です。愛鷹さん、ですか。

初めて聞くお名前です」

「吹雪さんとは、初めてお会いします」

「どこの艦隊に所属されているんですか?」

好奇心からか詮索して来る吹雪に若干、面倒くささを感じながらも答える。

「特定艦隊には所属していない第三三戦隊に。旗艦を務めております。

深雪さんが今所属している部隊の上官です」

「深雪ちゃんのですか! 深雪ちゃん、何でここに来たのかまだ話してくれてなかったので、ちょっと不思議だったんですが。

そうかぁ」

嬉しそうな顔をする吹雪に対し、愛鷹は暗がりの向こうでこちらを見ながら立ち尽くす大和からの視線に、忌々しさを感じていた。

さっさと場所を移したい気持ちだったが、吹雪と言う存在がそうはさせてくれなさそうだった。

「大和さんと、星を見ていたんです。ここから見える星空は綺麗なんですよ。

三人で見ていましょうよ」

「いや、私は、もう戻らないと……」

 

愛鷹がそう返した時、少し強めの海風がその場に吹いてきた。

 

反射的に片手で顔を軽くガードした吹雪は、同じようにガードした愛鷹の制帽が風に飛ばされ、目深にかぶっているがゆえに分かりにくい素顔が目に入った。

「え……」

後ろで大和が軽く息を呑むのが聞こえた。

その大和と容姿が瓜二つの愛鷹は舌打ちをしながら吹雪に背を向けて、制帽を拾ったが、被らなかった。

「見ていない訳がないですよね」

意図せずさっきとは違う声になる。

「え、ええっと、愛鷹さん……?」

確かにはっきりと見たものの、頭の理解が追い付かず、むしろ背を向ける愛鷹の声が変わっていることに、吹雪は若干恐怖感を覚えていた。

「これって、えっと、どういう事なんですか」

そう尋ねる吹雪に愛鷹は向き直った。

「貴方が、初めてですね。この素顔をこれほど早く見ることになるのは」

「大和さんと、そっくり」

「ええ」

隠しようがない事に諦めたのか、愛鷹は素直に頷いた。

一見するとそっくりに見えるが、吹雪は微妙に大和との差異を見つけていた。

まず大和は優しい大人の女性、と言う容姿だ。性格も容姿と同じくらい物腰が丁寧だ。

しかし、愛鷹は大和と比べてつり目であり、冷徹さを思い起こさせる。

とはいえ、その他に大和とは殆ど違いがない顔立ちだ。

「でも、どうして顔がそっくりなんです」

うっかり思った疑問をそのまま口にすると、愛鷹は居心地が悪そうに顔をそむけた。

聞いちゃいけない事だったんだ、と吹雪が慌てて謝ろうとした時、

 

「私が、説明します」

 

それまで黙っていた大和が口を開いた。

「大和さん」

何時にもまして真剣な表情の大和が二人を見ていた。

「吹雪さんにまで、私とお前の秘密をバラして、一体どんな益がお前にあると?」

突然変わった愛鷹の口調に吹雪は背筋がぞっとした。

憎悪に満ちた声。

似たモノを自分は聞いたことがある。ポイントレコリスで、生き別れた深海化してしまった自分自身と声に込められた気持ちがそっくりだ。

「益などありません。

でも、貴方がこの世に存在したと言う事実を、出生の秘密を知った上で覚えていてくれる人が一人でも多くいる事が、貴方にとって最大級の幸せ……」

「お前に、私の幸せを語るなど」

「愛鷹、私の妹……いえ、もう一人の『私』。

貴方がここに来るように指示したのは武本提督です。でもその武本提督に掛け合い、トラックに向かうよう頼んだのは私です。

貴方と話をしたかったからなんです」

「お前が……」

目を細める愛鷹に大和は吹雪を見やってから、もう一人の「私」に提案した。

「この際です。第三三戦隊の皆さんにも、お話ししましょう。

貴方は、もう長くない。

長くない命だからこそ、多くの人に貴方が生きていたこと、どんな半生を歩んでいたかを覚えていてもらう事。

とても大事な事の筈です。

愛鷹、貴方の口から語るのが苦しいのなら、私が皆さんに説明します」

「いえ、自分のことぐらい、自分で話すわ。

自分の事を知っているのは、自分だから……味わった苦しみを知っているのは、誰よりもほかならぬ自分」

どことなく、諦めたような声で返すと、愛鷹は宿舎へと足を向けた。

一歩踏み出しかけて、一度吹雪に向き直る。

「貴方も、真実を知りたいですか? 

いきなり初対面の人間の人生語りに、無理に付き合わなくてもいいですが」

「聞かせて下さい、私にも」

迷った素振りも無く、吹雪は答えた。

「私も分かります。

どんなに苦しくても、忘れちゃいけない記憶がある、過去があるという事を」

「それはポイントレコリスで再会した、自分自身との事ですか」

そう尋ねる愛鷹に吹雪は一瞬動揺の色を顔に浮かべたが、すぐに取り直して頷いた。

初対面の人間と、大和との因縁に突然巻き込まれた吹雪さん、哀れね……。

胸中で呟きながら、愛鷹は宿舎へと歩き出し、大和、吹雪がそれに続いた。

 

 

宿舎のミーティングルームに集められた第三三戦隊メンバー五人は、明日の出撃の事かと思いきや、そうではない事に戸惑いを感じている様だった。

すすめられた席に座った一同と向かいあう椅子に座った愛鷹に、時計を見た夕張が尋ねた。

「こんな時間に、どうかしたんですか?」

「明日は早いんじゃねえのか?」

続く様に深雪も聞いて来る。

それには答えず、愛鷹は第三三戦隊の仲間達の目を一人ずつ見て、話を始めた。

「集まっていただいたのは、ずっと私が秘密にしていた私の出生を含めた過去の経歴をすべて告白する為です。

既にこの事を知っているのは、青葉さん、衣笠さん、大和、武本提督、江良さんの五人の他には、海軍でもごく一部です。

私の秘密については、海軍から最高級軍機として箝口令が敷かれており、口外にする事は固く禁じられています。

ですが、今夜、皆さんには、私がロシニョール病の末期患者であり、余命一年程度であることを鑑み、秘密を告白する事にしました」

神妙な顔持ちで見る仲間、吹雪、そして大和を見て、愛鷹は軽く深呼吸すると制帽を脱ぎ、自身の正体を告白した。

 

 

「私は、大和の遺伝子を基にして生まれた六五体目の……クローン(複製人間)です」

 

 

その言葉に夕張、瑞鳳、深雪、蒼月が頓狂な声を上げた。

「く、クローン⁉」

「大和さんのクローン⁉」

「おいおいおい、冗談だろ!」

「でも、顔はそっくり……で、でも六五体目って……」

驚愕する四人と、痛まれない表情を浮かべる衣笠の顔を見て、落ち着くのを待ってから続ける。

「大和の遺伝子を使って生み出されたクローンは全部で六五体。

大和と同じ顔の化け物が他に六四人もいたって事です」

そう告げる愛鷹の言葉に吹雪は違和感を覚えた。

「六四人もいた、って?」

「皆、死にました。いえ……一部は私が殺しました」

「どういうことですか」

尋ねる吹雪に愛鷹は自分の出生の詳しい経歴を語り始めた。

 

 

全ての始まりは艦娘が戦力化され、戦闘を行っていくうちにどうしても出てしまった結果、「戦死」だった。

素質ある女性でしか艦娘になる事が出来ない、つまり替えが効きにくいと言う戦力の補充の効かなさは、そもそも艦娘が抱える最大の欠点だった。

兵器であれば、失われてもまた作ればいいし、人員も長い期間を経てまた育てる事で、永遠に失われた兵士の後を継ぐことは可能だ。

 

しかし、艦娘はそう簡単にはいかない。

素質があっても、艦娘になるのは基本志願制だから、かならず素質があってもなってくれるわけではない。

もし艦娘となっても、戦力化に至るまでにかかる養成の期間や手間、予算は莫大なモノである。

言ってしまえば、誰でもなれる訳ではない狭き門である戦闘機パイロット、それも教官職に付ける程腕の立つ熟練パイロットを短期間で育て上げる事にも等しい。

その艦娘も、そもそもが人間故に被弾による負傷には脆く、人間故に病気にもなる。

そして、人間であるが故に死ぬ時がある。

戦場で兵士が死ぬのはごく当たり前であるが、艦娘の場合、あまりにも補填が効きにくい為、一人でも戦死してしまうとそれによる戦略的な損失も大きい。

とりわけ、空母や戦艦などの艦種の艦娘は、素質のある艦娘の中でも誰でもなれる訳ではない艦種だ。

二〇三六年に艦娘が戦線に投入され、深海棲艦の攻撃を防ぎ、更に失われた制海権の奪還が進む一方で、不遇にも戦死してしまった艦娘も増えて行った。

セイロン方面での作戦失敗で多くの艦娘が戦死してしまっただけで、国連海軍は戦線の大幅な後退を余儀なくされていた。

国連海軍で一番頼りになる戦力が、一番補充の効きにくい戦力であることは、前々から指摘されていたことだった。

この弱点をどうにかするべく、無人攻撃機の性能向上や、従来艦艇の深海棲艦への対応能力強化など、様々な案が提案され、実験も行われた。

 

しかしその全てが失敗に終わっていた。

 

そんなとき、ある日本人海軍将官が一つの解決策を提案した。

素質ある艦娘を志願で採用し、養成していくのではなく、最初から艦娘を人為的に製造し、量産してしまえばいいのではないか?

 

そう提案した人物は日本艦隊所属の海軍少将、武本生男だった……。

 

この提案は少数の反対を押し切って決行され、「CFGプラン」と名付けられてスタートした。

CFGとは「Cloning Fleet Girl」、つまり「クローン艦娘」のことだ。

 

このクローン艦娘の製造に当たり、最もポテンシャルが優れた艦娘の遺伝子を基に作り出すことが決まった。

 

ヒトのクローンの製造は「生命倫理上の問題」から世界中で禁止されている、いわば「禁忌の行為」だった。

しかし国連海軍はこれを事実上無視する形で、計画を進めた。

このクローン艦娘製造にあたり、遺伝子基として選びだされたのが、改二へ昇進した大和だった。

大和は、クローンと言うモノがどのようなモノか承知していた。

SFフィクションでよく見るものだったから、名前もそのクローンと言うモノがどういう姿で生まれるかも知っていた。

この頃の大和は、改二へ昇進した自分に一種の自惚れを起こしていた。

艤装の燃費の悪さから中々出撃させてもらえず、鬱屈した日々。

出撃が叶い、各地の戦場で戦功を立てていく自分。それがいつしか、自分に強い自信が持てるようになっていた。

数々の戦場での功績が認められて改二となり、更に自身が仲間に貢献できる事に大和は、人知れず慢心に浸かっていた。

自分は自分が思う程弱くない。自分が本気を出せば、仲間を救い、人類の手に海の自由を取り戻していくことが可能だ。

自分にはそれが出来る。

そこへ持ち込まれたのが、自身の遺伝子を基に、艦娘をクローニング技術で量産していく、と言うモノだった。

二つ返事で了承したわけではなかったが、自身の力で更に人類に貢献し、それが将来に禍根を残すことなく平和へとつながる。

仲間をこれ以上傷つけることなく、深海棲艦をすべて無くし、海を取りもどすことが出来る。

 

遺伝子提供を受け入れた大和は自らの遺伝子を、国連海軍「CFGプラン」実行組織に提供した。

 

それが、取り返しのつかない過ちであることに気が付くのに時間はかからなかった。

 

「生命倫理上の問題」からヒトのクローンの研究は長い事行われておらず、実質過去の基礎研究や、他の動植物で得られた成果、データを基に行う事となった。

つまり、クローン技術自体はそもそも未成熟だったのだ。

提供された大和の遺伝子は、そのクローン技術を熟成させつつクローン艦娘、つまり大和のクローンを生み出した。

研究段階で作られたクローンは全部で一五〇体、その内胎児になる前に半数の七五体が失敗し、誕生したのは七五体。その後一〇体がすぐに死亡し、最終的に六五体のクローンが誕生した。

このクローン達は、ある改良が遺伝子に組み込まれていた。

普通の人間だと、成人化するまで二〇年はかかる。しかし、一刻を争う戦況で二〇年もの歳月を待つのは不可能。

その為、クローンには通常の人間の数倍の速度で成人年齢にまで成長するように遺伝子に改良が行われていた。

六五体のクローンは生まれて一年後には、人間換算で一五歳以上の年齢にまで成長した。

しかし、国連海軍は「六五体も実験体はいる必要は無い。サンプルは一人で充分である」と判断を下した。

もっとも性能が良いクローンはどれか、選別は容易ではない。

 

そこで行われたのが、クローン同士を戦わせて、勝ったものを絞り込んでいくと言うモノ。

つまり、クローン同士を殺し合わせて、最終的に生き残ったクローンが最優秀の個体である、と言う判断が下されたのだ。

 

銃と刃物、教え込まれた技術を基にクローン達は一対一で死闘を繰り広げた。

どちらか片方しか生き残る事が出来ないだけに、死に物狂いで戦った。

殺すまで、どちらかが死ぬまで、そして、一人になるまで繰り返された。

六五体目のクローンはこの死闘を生き延びた。

彼女はエスペラントの言葉でリプロダクト、「複製の」と言う意味の仮の名を与えられ、開発中だった超大和型戦艦の艤装を与えられることになった。

計画が終わった暁には「ベレーガモンド」、エスペラントで「素晴らしき世界」と言う意味の名の戦艦として、国連海軍直轄艦隊に配備されることになっていた。

 

しかし、彼女にも「クローン故に逃れられない運命」が待っていた。

 

クローンはテロメアと呼ばれる遺伝子の細胞分裂に関わるモノが生れつき短くなると言う欠点がある。

これはクローンが多数生み出されれば生み出される程短くなって行く為、細胞の劣化が早くなり、結果として老化が常人よりも早く訪れる。

六五体目は一五〇体の実験体でも最後に生まれただけにテロメアが最も短かった。

しかも、成長速度の促進改良がこれに拍車をかけてしまう副作用が発生しており、彼女のテロメアは急激な速度でその長さを短くしていた。

この事実が発覚するや、「CFGプラン」は事実上失敗に終わったも同然だった。

勿論、このテロメアの分裂速度の速さは既にクローン技術が実用化された時点で判明している為、それを抑える処置も行っていた。

しかし、ヒトのクローンに対する処置能力に関しては経験もデータも手探り状態だった為、結果的に効果は殆どなく、辛うじて薬剤投与で老化をわずかに遅らせる事が出来る程度だった。

六五体目のポテンシャル、クローンとしてのスペックそのものは基になった大和を上回るモノだった。

しかし、その体の寿命ははるかに劣っており、そもそも量産には全く不向きだった。

諦めきれない「CFGプラン」のスタッフはその他にもいろいろな手段を試した。

 

それが祟ったのか、それとも偶然だったのかは分からない。

 

確かなのは、六五体目が急性ロシニョール病を発症してしまった事だった。

 

そこへ追い打ちをかけたのが、超大和型の技術をフィードバックさせた大和型改二仕様の性能向上と言うモノだった。

つまり、超大和型戦艦の艤装の性能は大和型戦艦改二艤装にその技術を応用してしまう事で解決できてしまう為、最初から新造する必要がなくなってしまったのだ。

 

これを期に「CFGプラン」は瓦解し、スタッフも解散を余儀なくされた。

提案者であり、その仕事柄から各方面との調整役としてスタッフを務めていた武本も「CFGプラン」の終了と共に日本に帰国した。

 

そして、残されたのは「欠陥品」「不良品」「出来損ない」の烙印を押され、生まれた国連海軍直轄艦隊第666海軍基地施設に捨てられたも同然になった六五体目だった。

国連海軍直轄艦隊に配属されるという事から、世界中の礼儀作法、文化、言語に精通し、その他ありとあらゆる知識を教え込まれる訓練や教育を六五体目は受けた。

そして、同じ顔と生き残りをかけたバトルロワイヤルも繰り広げ、同じ顔の個体を何人も殺して自分だけ生き永らえた。

全ての、血の滲むような努力も働きも、その全てが「CFGプラン」の終了と共に無に帰した。

後は基地施設内で与えられた薬剤を呑んで、少しでも長生きする悪足掻きをする日々を送った。

しかし、その薬剤には効果が切れる、薄れてしまうとそれは耐えがたい禁断症状が体を蝕み、更に吐血を伴うあまりにも苦しい副作用が起きるものだった。

吐血自体は施設生活時代おきる事は無かったが、それでも耐え難い苦しみを味わう日々は続いた。

それでも彼女が薬剤を呑んだのは、決してその痛みに快感を覚える、望んだからではない。

 

この世に生を授かったのに、むざむざ早死にしたくないと言う六五体目の懸命な運命への抵抗行為だった。

 

スタッフの殆どがいなくなった基地施設で、残っている者から白い目で見られる日々。

 

ある日、六五体目は基地のある島の小高い丘に登ると、自身の無念と悔しさを空に向かって声の限りに叫んだ。

 

「私だって人間として生まれたかった!」

 

 

だが、六五体目には「この世に生を授かった代償」として、短命の体を得て厳しく辛い訓練や教育の日々、殺し合いの日々を切り抜けた後、ボロ雑巾の様に捨てられても、そのまま絶望して早期に命を絶つと言う道を選ぶ意思は初めから無かった。

 

それよりは苦しくても薬を飲んで一日、一時間、一分、一秒でも長生きをしたかった。

せっかくこの世界に生まれた命を、自らの手で無にするのはまるで「自分を作り出した者達」の望む末路にしか思えなかった。

 

 

自身のクローン達の運命、そして行われる仕打ちに大和は絶望した。

しかし、もう手遅れだった。自分にはもうどうする事も出来ない。

毎日、殺し合いで死んだ血まみれの自分の分身を抱いて、涙を流して謝り続けた。

朱に染まり冷たくなった物言わぬ骸をきつく抱きしめ、何度も何度も詫び続け、悔恨の涙を流した。

自分の分身の死体に悔恨の涙を流す姿を常に無言で見る分身が一人だけいた。六五体目だった。

クローンの中でもひときわ個性が強かった六五体目だからこそ、生き残れたのかもしれない。

そしてその個性と、生き残れたからこそ、自分を作り出した者達と自分を作り出す基となった大和に激しい憎悪を膨らませていた。

基地施設で親身になってくれた者は殆どいなかった。

皆、六五体目を人と見なさず、人形、物を見る目で接した。

唯一、スタッフの中にいたアメリ・ロシニョール博士だけが、自身も携わる「CFGプラン」によって作り出されたクローン達に優しく接し、一部の教育を担当した。

彼女の教えが六五体目を後の自身の運命を知った後の自害を思いとどまらせ、悪足掻きする人生を選ばせたと言っても過言ではない。

ロシニョール博士は、しかしクローンの知らない間に自身が発見した難病治療の研究中にその病に倒れ、帰らぬ人となった。

 

 

施設で運命に抗う日々を送っていた六五体目に、新しい世界への道が現れたのは自分が生まれて四年後の二〇四七年。

自身の素性と言う素性、身分と言う身分を隠したうえで、超大和型戦艦の艤装を流用した超甲型巡洋艦「愛鷹」として日本艦隊へ正規配属されることになったのだ。

この手配をしたのが一体誰なのか、どういう風の吹き回しなのか、この際六五体目にはどうでもよかった。

複製と言う名の「リプロダクト」と言う仮の名前を捨て、「愛鷹」と言う新しい名前を授かって、自分は生まれ変わるのだ。

六五体目は愛鷹という新しい名前を得て、日本艦隊へ配属された。

 

生まれて初めて、自分とは違う顔の、赤の他人と友情を、絆を築くことが出来るようになった。

 

 

そして今、愛鷹はここにいる。

 

 

それは余りにも壮絶であり、悲しい過去だった。

衣笠以外の第三三戦隊メンバーと吹雪には作り話の様にも聞こえる程だった。

しかし、自身の過去を語る愛鷹の顔に、嘘を言う素振りは全くなく、すべてを包み隠さず明かしていた。

「これが私の、生まれと正体、そしてこれまでの約四年の人生です」

「クソッタレどもめ……なんでこんな惨い事を。

何で愛鷹がこんな……」

怒りに肩を震わせる深雪が拳を握りしめ、俯いたまま呟く。

「こんなの、残酷すぎる。どうして、こんな惨い事が人にできるの……」

深雪とは反対に悲しみに暮れた顔に涙を浮かべる夕張に、愛鷹は非情に告げた。

「惨い事を平気で出来るのが、人間なのです」

そう返しながら、ふと右手を持ち上げて、手の平を見る。

まだその手は綺麗そのものだ。

 

しかし、

 

「この手に、老化の皺が刻まれるのも、遠くはないでしょう」

 

独語するように呟くと、手の平を強く握りしめた。

 

「皆さん、一つ私に教えてください。

 

私は……

 

私は……」

 

胸いっぱいに込み上げてきた激情が目頭を熱くさせ、堪え切れない涙を流す。

 

「私は……

 

人間ですよね?」

 

 

するといきなり深雪が愛鷹に飛び掛かると、渾身の力を込めて愛鷹を殴り飛ばした。

もろに拳を受けた長身の愛鷹が、受け身を取る暇もなく椅子ごと後ろへひっくり返る。

「深雪さん、何をするんですか!」

珍しく語気が荒めになった蒼月が殴り飛ばした深雪の背中に一喝する。

それには答えず。深雪は殴り飛ばした拳を抑えた。

「あったりまえだろ! 愛鷹は誰が何と言おうと、深雪様が人間だって言い切ってやる!

クローンが何だって言うんだ。

愛鷹は今ここにいるじゃないか。深雪様の目の前でぶっ倒れてるじゃないか。

愛鷹を殴り飛ばした深雪様の拳はとても痛え!

これって、愛鷹がここにいるって事を深雪様がはっきり痛みと一緒に感じたって事だろ?」

殴り飛ばされ、床に倒れていた愛鷹が、じんと痛む頬に触れると深雪は続けた。

「痛いだろ? 痛いって感じるんだろ?

死んだら痛いって思う事なんかできないんだよ。痛みが分かるって事は、愛鷹は生きているって事じゃないか。

人間だから痛みも、流す涙の悲しみも、楽しくて笑った時も、嬉しくてこぼれる笑顔の意味も共感できるし共有できる。

愛鷹はクローンじゃない、愛鷹って言う一人の人間だよ。

世界に一つだけ花を咲かせた、一輪の花と同じなんだよ。

お前が人間かクローンかなんて複雑に思い悩むことなんてねえんだ。

 

愛鷹はこの世に一人しかいない人間だよ」

 

涙で濡れた顔一杯に笑顔を浮かべる深雪は愛鷹を見降ろしながら、人間であると強く肯定した。

「私も深雪ちゃんと同じ思いです」

涙を拭って吹雪は立ち上がって頷く。

「どんな姿であっても、愛鷹さんは世界に一人しか存在しない一人の人間です」

「瑞鳳もそう思います」

「私も」

「衣笠さんも絶対そうだって言い切れるわ」

「愛鷹さんは愛鷹さんです」

仲間達が次々に自分を見つめて声を上げる。

感動と言うよりは、何か一つ気持ちの整理が付いた気持がした。

自分は作り物でもなく、人間なんだ。みんながそう認めてくれているんだ。

身を起こした愛鷹の脇に誰かが歩み寄ると、肩を掴んで立ち上がらせてくれた。

「良かったわね、愛鷹」

「大和……」

微笑む大和に愛鷹は、笑顔を返すことが出来なかった。

人間だと認めても貰えたが、大和への今の感情はまだ強い。

大和を憎んでも憎み切れないと言う、強い負の感情が。

目の前にいる大和は自分を作り出す元凶の一人であることには変わりないのだ。

今ここで、これまでのわだかまりを忘れて大和を許すことはまだ出来そうになかった。

「大和」

「言わなくていいのよ。私はあなたの運命を、生まれた意味まで滅茶苦茶にしてしまった。

自分の傲慢と奢りが、貴方をこんな形で生を授けさせてしまった。

でも、貴方が生まれた事にはきっと意味があるはずよ。

私の遺伝子から生まれた子だとか、細かい事は無しに貴方がこの世に生まれた事にはきっと何か意味がある。

許さなくていいわ、でも私はあなたの為なら、この身を捧げてもいい。

貴方のお姉ちゃんとして、貴方を支えたい。貴方が精一杯生きて行くことが出来るようにしたい。

それが私の望み、私の願い、私の夢」

優しさを込めた目で見る大和の思いは、すべて受け入れ切る事は出来ない。

大和を姉として見ることなど、出来そうにはない。

保護者面されるのも厚かましさを感じる。

 

しかし、何故か大和の言葉には安心感を覚えさせるものがあった。

 

全員に向き直った愛鷹は何を言えばいいのか、戸惑いを覚えた。

単にありがとうでは済ましきれないものを感じていた。

だから、今浮かべられる精一杯の笑みを浮かべ、一同に言った。

 

「ちょっとだけ、気持ちが軽くなりました」

 

「素直じゃないなあ」

苦笑を浮かべる深雪はふと何かに気が付いたような顔になると、愛鷹に尋ねた。

「なあ、ちょっと気になったんだけどさ。

なんで愛鷹と大和ってそんなに胸のサイズが違うんだ?」

その言葉に愛鷹と大和の顔が赤く染まった。

「大和は馬鹿でけえのに、愛鷹は大してでっかいって訳じゃないぞ?」

顔を俯ける大和に変わり、愛鷹が少し考える。

「クローンと言っても、完全に同一個体が作れるとは限りませんし……私の遺伝子は随分弄っていますから、胸の部分の遺伝か何かがおかしくなっただけかと」

半分適当そうに応える愛鷹の背後に回った衣笠が、両手で愛鷹の胸部を触った。

「ふーん、サイズはそこそこ……」

直後衣笠の顔面に愛鷹の肘鉄砲が炸裂した。

ほぼ同時に夕張と瑞鳳のゲンコツが深雪の頭に振り下ろされ、蒼月と吹雪も見比べ合っていた。

 

 

腹心の部下だけを集めたテーブルの席に座った有川は、部下一人一人の顔を見ると切り出した。

「諸君。今日の招集内容は聞いているな」

全員が無言で頷く。

「よし。連中がいよいよ動き始めたらしい。

地中海で深海棲艦の不穏な動向が確認され始めた。

中々面倒なことになる兆候と踏んで間違いは無いだろう。

この情報を精査し、さらに詳しく分析する必要がある」

「深海棲艦の地中海方面の動きは沈静化していたはずでしたが、再編成が進んでいるという事でしょうかね」

部下の一人が尋ねると、有川は「さあな」と返す。

「現在、地中海での深海拠点はスエズ運河のポートサイド一帯と旧マルタ共和国のマルタ島のみです。

マルタ島全島が深海棲艦の制圧下にある為、あそこが深海の一大拠点化していることは周知の事実です。

かの地で奴らが艦隊の大規模再編成を進めているとしたら、イタリアへの大規模攻勢は避けられないでしょう」

「欧州総軍地中海方面軍各艦隊には現在デフコン3が発令されており、臨戦態勢が強化されていますが、北海方面軍への深海棲艦の攻勢が増加しており割ける戦力にも限界があるのが現状です」

「海兵隊は地中海沿岸部の警戒監視活動を強化し、深海からの陸上攻撃への備えを行っているとの事です」

部下達の報告や情報共有を聞いていた有川はひと段落すると、自分からも切り出した。

「砲台棲鬼なら海兵隊の戦車でもぶっ倒せる。

陸の事は連中に任せても心配は無いだろう。

もう一つ、この場で対策を考えておくことがある。

 

さて問題だ、諸君。どうしたら愛鷹を死なせずに済む?」

 




愛鷹の正体を今回、明かすお話となりました。
彼女の正体には中々ショッキングだったと思います。

艦娘が複数ドロップする、は艦これでは当たり前です。
私が艦これ改をプレイしている時、黒潮を偶然重複ドロップした時に「まるでクローンだな」と何気なく呟いたのが本作の発端でした。

クローンについては現在も人以外の分野で研究が行われているようです。
また、劇中テロメア云々で夭折する下りも書きましたが、テロメアが短い=すぐに病気にかかって死ぬと言う訳ではないとの事です。
ただ、長生きしにくいと言う検証結果もあり、クローン技術は不確定要素が大きいです。

艦娘の複数ドロップとクローン、この二つのネタが今回の小説構成の発想に至りました。
愛鷹と大和、武本の関係の謎はここで一端全解明です。

ですが、まだまだ本編は続いていきます。
この物語はクローンとして生み出された愛鷹の軌跡を綴る物語構成です。
この後も、愛鷹の命の炎を燃やし尽くすまでの戦いの人生・運命を描かかせていただきます。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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