艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

34 / 121
秋の秋刀魚イベント、もし愛鷹が本当に実装されていたら?

そんな想定も脳内でしています。

本編をどうぞ。


第二九話 敵潜水艦隊捜索

白刃が混じり合い、金属が激しくぶつかった時の音、二人の少女の激しい息遣い。

相手は刀を構え直すとフェイントをかけて切り込んでくる。

切り込みを受け止め、蹴りを入れて反撃の一振りを払うが、相手は辛くも避け切る。

二人とも疲れていた。

しかし、休むこともなく、ひたすら戦い続けた。

休むことは許されない。この消耗戦で最初に音を上げた方が勝者だ。

敗者には死しかない。どちらかが死に、どちらかが生き延びる。

互いに動けなくなる重傷を負う相討ちになっても、助けは来ない。先に力尽きた者が敗者だ。

生き残れるのは一人だけ。

だから、どちらも情けも手加減も一切なしに、この戦いで相手を殺す事、自分が生き残る事だけを考えていた。

彼女は疲れていた。息は苦しく、汗も止まらない。

刀の柄を握る手にはマメが出来ていて、いくつかは破れて血が滲んでいる。

一部割けている制服の下の肌には一筋の赤い切り傷が刻まれている。

何故同じ顔の自分と戦うのか、もう分からなくなって来ていた。

ただ生きる為に相手を殺す。生き延びるために。

自らが生き残るために。

逃げ場などない、生き延びるには相手の命を奪うしかない。

自分も相手も疲れている。疲れ切っている。

先に疲れに屈したものが、相手に屈した事と同義となり、命を捨てた事と同義となる。

死にたくは無かった。

ここで死んでも悲しんでくれる人はここにはいない。

刀を交え合い、ぶつけ合い、紙一重の差でよけながら二人の少女は死闘を続けた。

 

何故戦うのか。

簡単だ、死にたくないから。殺される前に殺す。

この戦いを生き延びれば、これまでの全ての苦闘、苦行から解放される。

もう、人を殺す必要もない。

自由が待っているのだ。

だから、その邪魔をする自分と同じ顔の相手を殺す。

二人にとって、自由への最後の関門だった。

 

激しい鍔り合いを払いのけ、互いに繰り出す刀を何度も受け止め合い、攻めては守り、守っては攻める。

その繰り返し。

どうすれば相手を倒せるか。スペックはほとんど同じだから、勝つ秘訣は生き残るための頭の使い方次第。

(絶対に生き延びる)

彼女はその思いを強くしながら、疲れ切った体に鞭を振るい、刀を構える。

相手がまたかかって来た。

自分を殺す明確な殺意と共に。

 

その相手が見せた一瞬の構えの乱れを突いた彼女は、自分に行われるであろう斬撃の予測を行い、回避しながら相手の急所に刀を繰り出した。

 

自分の左太ももに焼けつくような痛みが走った時、相手の心臓に自分の刀が突き刺さった。

余りの痛さに転倒した時、心臓を貫かれて崩れ落ちる相手が見えた。

相手の一撃が左足の太ももの肉を切り裂いていた。出血は酷いが、動脈は大丈夫だ。

一方で、血だまりの海を広げていく相手はすすり泣きながら掠れるような言葉を吐いた。

 

「死にたくない……生きたい……死にたくない……生きたい……死にたくない……」

 

あの傷ではもう長くない。自分も同じ目に遭っていたら、同じことを言っていただろう。

もっとも息があったらだ。

今の相手はまだ息がある。止めを刺せば相手は楽になるだろう。

しかし、相手がそれを望むだろうか。

せっかくこの世に生を授かったのだ。どんなに苦しくても、一秒でも長く生きていたはずだ。

 

(殺せ)

 

無情な声がその場に響く。

この死闘を観戦していた者達内の一人の声だ。

(止めを刺せ)

「嫌だ……死にたくない……嫌だ……死にたくない……」

非情な命令に反抗するように、相手から繰り返される呟きが胸に刺さる。

(どのみち長くない。そいつを生かせば、お前はいつまでたっても自由を手に入れられん。

自由が欲しければ奪え、相手の命は自由の代償だ)

「了解……しました」

太ももの傷を左手で抑えながら、強引に立ち上がると、倒れる相手に歩み寄る。

恐怖、死に怯えきった相手、自分と同じ顔の少女が「やめて」と繰り返し呟く。

(やめて! もうやめて! お願い!)

観戦している者達の席から泣き叫ぶような声が制止を図るが、自分には関係のない声だ。

眼前の少女は「やめて」と白くなっていく顔で涙ながらに命乞いをする。

少女の体からは更に血が流れ出しており、もう自分の足元も彼女の血の海の中だ。

刀を持ち上げて、相手の頸動脈に狙いを定めた。

そこを切れば、出血多量で相手はすぐに死ねる。

楽になれる……苦しみから解放される。

 

「ごめんね」

 

その一言と頬を伝った涙と共に、少女は刀を相手の少女の首に突き立てた。

 

 

咽込む自分の勢いで愛鷹は目を覚ました。

暗い部屋の天井が視界に入る。見慣れない天井、今いるトラック基地の宿舎の個室の天井だ。

「今のは……あの時のか……」

身を起こして寝床の脇に置いていたミネラルウォーターのペットボトルを取る。

蓋を開けて水を飲んで一息を付けた後、額に触れると、クーラーを聞かせて涼しいはずの部屋にもかからわず汗がじっとりと滲んでいた。

溜息を深々と吐きながら、ふと寝間着のパジャマの裾をめくって太ももに触れた。

 

夢で見た光景、自分が施設でやらされた、同じクローン同士の生き残りをかけてやらされた殺し合い。

あれは自分と六〇番目の自分が繰り広げたクローン同士の最後の戦いだった。

あの戦いの傷は今でも太ももに残っている。

名を与えられる事もなく、番号で呼ばれるだけで終わった自分と同じ個体が、生きていたことを忘れない為に、自らの意思で傷を残したのだ。

自分が大和のクローンであることを含めた出生から着任に至るまでの経歴を話したのは昨日の、いや数時間前の事だ。

既に知っている大和、衣笠を除く夕張、深雪、蒼月、瑞鳳、吹雪の反応は予想以上に自分に肯定的だった。

むしろ、自分をクローンではなく一人の人間だとまで言ってくれた。

自分の存在をあれだけ強く肯定してくれた時は今までなかった。

ここに来たのは正解だったと言えるだろう。来たと言うよりは送られたのだが。

ただ大和とのわだかまりは消えていない。

これはそう簡単には消すことが出来ない。大和だけに罪がある訳ではないのは承知しているが、自分を作り出す元凶の一人である事には変わりがない。

ここで考えても始まらない。今は明日に備えて寝ておく必要がある。

「寝よう」

もう一度毛布をかぶり、目を閉じると愛鷹は眠りに落ちた。

 

 

残業が終わった古鷹は欠伸をしながら伸びを思いっきりした。

日本近海での対潜哨戒作戦は膠着状態だが、シーレーンの断絶にまでは至っていないので、日本の物流経済への影響は最小限に抑えられている。

一方で駆逐艦、海防艦を中心に被害が拡大し始めている。

今日も第七駆逐隊の朧が魚雷攻撃で負傷し、三週間の戦線離脱を余儀なくされてしまっている。

また日本艦隊南部方面隊所属の掃海艇「あただ」「はしら」が深海棲艦の潜水艦の魚雷攻撃で撃沈され、二隻合わせて九名の乗員が戦死している。

「何とかしないとね……」

そうは言っても自分は対潜攻撃能力がない重巡だ。爆雷を投げる程度は出来ても、対潜戦闘の訓練は受けていない。

専門外の事をやらされても、ただ被害を増すだけにしかならない。

「でも、青葉なら」

そう呟いた古鷹は今日青葉の部屋に行った時の事を思い出した。

 

分厚い資料やら教本を手に、いつにも増して真剣な表情の青葉が自身に行われる新型艤装である甲改二への勉強を行っていた。

部屋を訪れた古鷹に対し、普段とは違って構う素振りはあまりなく、自身の新型艤装の座学に関する予習復習に没頭していた。

古鷹が驚いたのは青葉の机にあった甲改二改装についての資料、教本以外に、昇任試験勉強の道具まであった事だ。

 

何故また受けられるようになったのかと疑問に思うが、ここ最近青葉が懲罰を受けた話は全く聞かない所からして、第三三戦隊での勤務態度の良さが評価されたのだろう。

しかし甲改二になるだけでもハードなのに、昇任試験も受けるのだから青葉の生活はかなり忙しいものになっていた。

寮はおろか食堂でもあまり姿を見かけない。

誰か知っていないかと思って鹿島に聞いてみると、明日からもう甲改二艤装の実技を始めるのだと言う。

 

改二への改装に関する教育期間は艦娘によって異なりはするが、青葉程短期間で実技に移行するのは古鷹が知る限りでは前例がない。

艤装性能が大幅に向上するだけに教育期間を充分にとって、時間をかけてやるのが一般的な改二への改装カリキュラムだが、青葉はそれをかなりの短期間で終える勢いだ。

やらかし、騒動起こしの前科は多いが、六戦隊でも最初に改になっただけの努力家、実力家でもある。

本気を出した時の青葉の姿は何度も見ているから、寧ろあの姿は想像できてもおかしくはないはずだ。

何か自分がのめり込めるほどの居場所を、自分が戦場にいるべき場所を青葉は見つけている気がした。

青葉の甲改二は瑞雲を搭載運用する航空巡洋艦への改装だと聞いている。

今までの艤装とはかなり勝手が違うモノだろうから、苦労する所も多いはず

今の古鷹に出来るのはその青葉の背中に「がんばれ」、とエールを送る事だった。

 

水を飲みに古鷹が食堂に立ち寄ると、がらんとした食堂のテーブルの一つで青葉が勉強していた。

部屋でしているんじゃなかったのかな、と少し不思議に思った古鷹は水を注いだコップを持って青葉のテーブルに歩み寄った。

近づく古鷹の足音で気が付いた青葉が顔を上げた。少し疲れている様だった。

「こんばんは、青葉」

「こんばんわです」

疲れた顔に笑みを浮かべて青葉が挨拶を返す。

その青葉に笑みを返しながら、古鷹はテーブルの上に広げられている勉強道具の量に軽く唸る。

「凄い量だね。これ全部勉強するの?」

「全部頭に入れないといけません。大変ですけど、青葉は頑張りますよ」

「無茶しないでよ青葉。休まないと訓練が上手く出来ないから。

と言うか、休めてる?」

そう問いかける古鷹に、ノートの上に走らせていたペンの手を止めた青葉がため息交じりに返した。

「休めていません。寂しいんですよ一人だから……。

部屋にいるのは青葉だけ。

第三三戦隊のみんなはトラックにいますし、ガサもそうです。

部屋にいてもガサがいないからがらんとしていて、一人じゃ寂しいんですよ。

だからここで勉強しているんです」

時に意外な程メンタルの強さを見せる時があれば、その逆もある青葉だが、今は後者の状態だ。

妹の衣笠と同じく寂しがり屋な一面もある。

今の青葉はハードスケジュールを自分に課しているから、若干情緒が不安定なのだろう。

「寂しいのね。じゃあさ、今日、いや暫く私の部屋で寝て行かない?

「でも古鷹の部屋は二人部屋ですし」

「布団をギリギリまでくっつければ、三人は寝られるよ。三人だったら寂しくないでしょ?」

「……そうですね。青葉お言葉に甘えさせてもらいます」

「じゃあ、もう寝ようよ。布団は運んでおいてあげるから」

「お願いします」

 

 

日本とは時差があるトラックに朝が来た。

早朝のブリーフィングルームには第三三戦隊メンバーが集結して、愛鷹と立石と共にブリーフィングを始めていた。

ブリーフィングルームの壁面モニターに表示されたトラック諸島の地図に、立石がレーザーポインターを使って説明する。

「敵潜水艦が対潜哨戒機によって確認されたのはトラック環礁内から外海へ至る水道全てだ。

特にエバリッテ水道、北東水道、南水道は物資搬入可能な大型船舶の航行が可能なだけに確認された潜水艦はここに集中にしている。

艦娘の君らなら水道の大きさなどは大して問題ではないだろうが、船舶はそうもいかない。

水道を封鎖されたらこの基地の補給体制は大打撃を受けてしまう。空輸では補給可能量に限界があるからな。

またこの丑島と花島水道では水道出口に対艦娘機雷源が敷設されたことがある。

機雷源については既に海軍掃海潜水チームが除去したが、機雷源が敷設されたと言う事実は大きい。

敵の機雷敷設潜水艦が進出しているという事だからな。

ただこれだけの大規模環礁を封鎖するとなれば、深海棲艦もそれ相応の規模の潜水艦支援部隊を近海に派遣しているはずだ。

そいつを探し出すのが貴官らの任務という事になる」

一区切りをつけた立石に夕張が挙手をして質問を求めた。

「なんだ?」

「敵がどこにいるのかと言うあてはあるのですか?」

「それを探るのが貴官らの仕事だろ? 

まあ、SOSUS(音響監視システム)の反応では、デコイでない限り環礁北部から東部にかけて比較的多くの潜水艦の推進音を拾っている。

これが現状提供可能な手掛かりだな」

今度は蒼月が挙手をした。

「基地からの航空支援はあるのでしょうか? 捜索中に航空攻撃などを受けたりする可能性もあるかもしれません……」

「可能な限りの航空支援を展開する事を約束する。勿論F35ではないがな」

「対潜哨戒機は?」

そう問いかける深雪に立石は「P8ポセイドン対潜哨戒機に出来るのは今までに集まった情報収集が限界だ」と返した。

話を聞いていた愛鷹は瑞鳳に振り向き、航空団編成を指示する。

「まず重点的に行う捜索範囲は、環礁の北部から東部ですね。

瑞鳳さんの航空隊は直掩隊を二個小隊、AEW彩雲一個小隊に止め、他は対潜哨戒機に乗せ換えておいてください。

出来れば交戦しないに越したことはありませんが、対水上対空対潜警戒に細心の注意を。

私達には地の利がありますから、今までより分のいい作戦展開が出来るでしょう」

「そうそう上手くいくと良いけどなあ」

腕を組んだ深雪が軽く唸りながら言う。

「やるっきゃないでしょ。これが私たちの仕事なんだから」

特に帰した様子もない瑞鳳の言葉に、そうだなと深雪は頷き、膝を叩いて立ち上がった。

「よし、早速取っかかろうぜ」

その勢いに頷いた愛鷹は出撃時刻を告げた。

「出撃は〇九:〇〇です。各自艤装の整備状況と弾薬補給のチェックをお願いします。

解散」

 

 

午前中の仕事をしている時に、パソコンの画面にメッセージ着信表示が出た。

極秘回線だ。一体誰からだ、と思いながら武本は回線を開いた。

画面に出て来たのは有川だった。

(久しいな、武本。元気にやってるか?)

「日増しに日本近海での対潜戦闘頻度は上がる一方だ。駆逐艦や海防艦の子達の身が心配だよ。

それで、何の用だ?」

(まだ耳に入っていないかもしれんが、地中海で深海の活動が活発化しつつある。

つまり大規模な作戦展開を連中が仕掛けてくる可能性が出て来た。

欧州総軍は今の所自力対応の構えだが、状況によってはそっちに派遣部隊を要請するかもしれん)

その話に武本は目を細めた。深海棲艦の大規模侵攻……。

「マルタか」

(LRSRG二個部隊が偵察行動に入って情報収集に当たっているが、侵攻を行う確率は上がっていると言っていい。

どこに押し寄せて来るかは、まだ不明だ)

「マルタの戦力を総動員するか、スエズを通してアラビアの艦隊を回してくるか」

(どちらもかもしれん。アラビア防衛の英国艦隊と北米艦隊の第五艦隊の戦況は一進一退だ。

正直割ける戦力の余裕が向こうにはあるのかもしれん)

「来るとしたらイタリアかジブラルタル、アドリア海か。欧州総軍の戦力展開状況は?」

(北海での作戦の為にドイツ、英国、オランダ、ポーランド艦隊の主力は動かせんから、主にイタリア、フランス艦隊と北米艦隊地中海派遣任務群が対応に出ている。

海兵隊の沿岸警備も強化はしているよ)

「なるほど。一応留意はしておくよ。

それで、本題は?」

真顔で問いかけて来た武本に有川は満足げに笑みを浮かべた。

(相変わらず、察しが良いな。まあ、今それはどうでもいい。

お前の基地の中にここ直近で外部から将官クラスが来たことは?)

「ないな」

(なら、話は簡単だ。妙なモグラ野郎がお前の基地に忍び込んだ可能性がある)

 

モグラ野郎、外部からの侵入者。テロリストか? 活動家か?

 

ざわりと肌が粟立つのを感じながら武本は無言で有川の話を聞く。

(艦娘に誰か不審者を見かけた、不審なことがあったか、誰かの調子が悪くなった、とかの反応はあるか?)

「ない。警衛からも何も報告は無い」

(なるほど。それは大した話だ。

敵は足跡をほとんど残していない上に、基地で何をしたのかさえ分かっていない。

直ぐに基地のセントラルコンピューターから売店のレジまで調べておけ。何かあるぞ)

「敵は深海棲艦か?」

(いや、俺の予感ではもっと恐ろしく、質の悪い奴だ。

 

人間だな)

 

 

出撃プランを入れているタブレット端末を見ながら歩いていた愛鷹は、数歩先の会議室の一つのドアが開き、中から自分と同じシルエットが出てくるのが目に入った。

 

大和……。

 

向こうもこちらに気が付いたのか、うっすらと笑みを送って来る。

その顔に鋭い睨みを叩き返しながら歩く。

すれ違い様、大和が愛鷹を呼び止めた。

「愛鷹」

「……」

「絶対……帰って来てね」

顔を向け合って話しているわけではないが、大和の言葉は目の前で自分に言っているのと同じようにも感じられた。

「死にはしない。

艦隊の帰還率一〇〇パーセントが私の勝利の信念。お前に死ぬなと言われる筋合いはない。

お前が他人に死ぬなと説くのであれば、死んだ六四人の『私達』を生き返らせて見せろ。

昨日はああでも、そう簡単に私がお前を許すことは無い。

 

生まれながらに短命なモノたちの気持ちになって見ろ。

何故死ぬのか、なぜ殺されるのか。

 

楽しみたかった、

 

笑いたかった、

 

謳歌したかった、

 

死にたくなかった、

 

生きていたかった、

 

運命(さだめ)だった、

 

復讐なんだ。

 

お前にはこれらすべてを持つ事が出来ない、持っていない。

 

でも、私にはある」

 

最後は捨て台詞の様に吐いて愛鷹は歩き出した。

 

名声に溺れ、愛鷹達を作り出す元凶の一人となった大和。

せっかく生まれた自分の意味を艤装性能向上と言う形で奪った大和。

短命なクローンの愛鷹の母体となった大和。

愛鷹と大和の間にはそう簡単には埋められそうにない、深い溝が線を引いたままだった。

 

大和……お前と私が逝き付く果てが同じであると思えるのなら、それは大間違いだ。

 

 

最大戦速をかけると主機が加速の白波を立て上げた。

今までにない程の滑り出しと共に、以前とは全く違う増速の勢いに青葉は爽快感を感じていた。

「これが甲改二艤装の出力」

頬で感じる潮風に心地よさ。久しぶりに感じる気がした。

(主砲艤装や飛行甲板を装備していないヌード重量だからな)

ヘッドセットから雲野の青葉の感想に満足げな声が入って来る。

左目に付けているHUD(ヘッドアップディスプレイ)には早くも速力が二七ノット、第四戦速を越えているのが表示されている。

機関始動から三〇秒も経ていない内にここまで加速できるとは。

HUDには速力以外にも、方位、湿度、気温、緯度経度表示が出ている。

これは航行モード表示で戦闘時は更に主砲照準レティクルと敵予測位置表示、敵ターゲットコンテナなどが表示される。

対空戦闘表示の時は、敵機の高度表示、ピッチスケールも表示され、電探、対潜ソナー表示も切り替えで投影する事が可能だ。

暗視表示も可能なので夜戦では大助かりになる。

(機関部、主機のパラメーターは安定しているな……第五戦速を越えたか)

「現在三二ノット。機関部、主機、青葉共に快調です!」

少し弾んだ声で青葉が言うと、雲野は少し唸ってから青葉に提案を入れた。

(艤装CCSリミッター解除レベル1を試してみないか)

「レベル1なら試してみる価値ありですね、やりましょう」

(よし、ただ何か少しでもおかしいと思ったら止めるんだよ)

「はい。よーし、艤装CCSリミッター解除レベル1、増速黒二〇」

青葉のボイスコマンドを受け機関部が出力を上げると、さらに速力が上がり始め、HUDの速度表示もどんどん上がる。

レベル1に時点で三五ノットに達する。

機関部からは異常振動などは無く、極めて安定した状態だ。

頬に当たる潮風や波しぶきが強くなるが、別に苦にならない。

(凄い! 装備を積んでいないとはいえ、これが甲改二の機関出力)

前使っていた艤装では軽装状態でもここまで加速出来た事は無い。

もしかしたら、自分は日本艦隊一の足自慢の重巡洋艦になれるのかもしれない。

このままなら四〇ノットも余裕で行けるのでは? 島風ちゃんもびっくりするだろうなあと思った時、HUDに「ERROR」が表示された。

「ふぇッ!? エラー? 減速、赤二〇!」

(ダメか。もう少し慣れが必要だったか)

舌打ちする雲野の言葉に青葉は返事を返せなかった。減速できないのだ。

「艤装CCS、状況を」

ボイスコマンドで異常を確認すると、HUDに「減速システム故障」と表示された。

な、慣れないとやっぱりこういう事が起きる……いや、機械故障は流石に青葉のせいには……。

(青葉、何やってるんだ。早く減速するんだ)

雲野の指示に青葉はHUDに表示される表示に、恐怖に震える声で返した。

「げ、減速システムにエラー発生! わぁー、止まれませーん!」

青葉の悲鳴が演習海域に響いた。

HUDの速力表示は四〇ノットを遂に超えたが、青葉はとても喜べる状態ではなかった。

機関部を強制シャットダウンすれば、いやそうしたら機関部に何が起きるか分からない。

両足の主機の舵を左右九〇度に向けてブレーキにするか。しかしそしたら舵が折れてしまう可能性もある。

艤装燃料が尽きるまで、このまま演習海域をぐるぐる走っていれば、その内止まれるだろう。

しかし、その思惑とは裏腹に事実上制御不能になった青葉は演習海域を飛び出してしまっていた。

「うわーん! ガサー、助けてー!」

 

輸送船団を護衛し、日本に帰投を果たした第三〇駆逐隊は味方の安全勢力圏ともあり皆ホッと一息ついていた。

あと一〇分もすれば基地へ入港できる、と望月は肩をもみながら軽くため息を吐いていた。

「今回の遠征は何事も無かったし、ま、遠征ボーナスは普通ってところかな」

睦月型は船団護衛によく付くため一番船団護衛系の遠征ボーナス収入を得ている駆逐艦だ。

被害を受けやすい、割を食いやすい駆逐艦だがその分給料はそれ見合って支払われるから、手当て面ではどの艦種にも負けていない。

眠気が来て欠伸をしていると、同様に伸びをしていた弥生が何かに気が付いた。

「どうした?」

「何か……来る」

「敵⁉」

「やだ、気を抜きすぎちゃったかしら」

即座に構えを取る睦月と如月だったが、何か喚く声が四人の耳に入った。

「後ろだな」

望月が振り返ると、物凄い速度で航行する青葉が四人に急接近していた。

見たこともない程の速度を出している青葉に四人が驚いていると、青葉が四人に気が付いた。

「よおー、青葉、何にそんなに猛ダッシュしてんだ?」

「どいて、どいてー! 止まれないんですー!」

「こっちに突っ込んできた!」

「退避、退避!」

慌てて望月、弥生、睦月、如月が避けると青葉は四人の空けたところを突っ切って行った。

今のはなんだったんだろう、と四人が顔を合わせた時、青葉の悲鳴が聞こえ、直後派手に転倒する音が聞こえた。

「な、何が」

「どーせ、またしょうもないことして逃げてたんだろ」

ぽかんとしている弥生に望月は腰に手を当てて、派手に転倒した後海に沈んだ青葉の元に向かった。

自業自得の自爆行為だが、目の前で放っておいて後でこっちが始末書を書かされるのは御免だ。

望月が近づいていくと、青葉が自力で浮上して来た。

「あ、なんだ生きてたか」

「死んでいるかもしれませんね」

「笑えないね」

そう返しながらも望月はずぶ濡れの青葉の横にしゃがんでにやにやと笑いながら見ていた。

情けない顔になっている青葉は中々笑えるものだった。

「見てないで助けて下さいよ」

「どうしよっか」

振り返って後ろの三人に尋ねる。

「前、盗撮された時のカシが返されてないわねえ」

「如月ちゃん、また盗撮されてたんだ……」

悪戯っぽく笑う如月に睦月が苦笑いを浮かべる中、弥生はいつもの淡々とした口調で望月を見て言った。

「一応、拾っていこう」

「そうだな。青葉、後で間宮四人分奢ってくれよ」

「奢ります、奢りますから! 如月さんもう許して下さい、何でもしますから!」

 

 

定刻通り第三三戦隊はトラック基地から出撃し、安全性が確保されている北水道を抜け、愛鷹が定めた捜索エリアへ進出した。

瑞鳳から彩雲が一六機発艦し、電探搭載機とMAD(磁気探知機)搭載機の二機でエレメントを作って八方向へ展開を開始した。

深海棲艦の潜水艦の行動範囲能力のデータなどは存在しないが、愛鷹としては補給を行った後に再度トラック諸島周辺の海域に機雷敷設を行うとなれば、何百キロも離れないだろうと踏んでいた。

あまり離れすぎると、補給に必要な物資の量も増えるだろうからおおよそ五〇キロを目安にしていた。

展開している潜水艦隊の数は今のところ不明ではあるものの、数を把握する事で近海に展開しているであろう補給部隊の規模も推測できる。

トラック諸島は広いので機雷源で封鎖するとなれば機雷敷設潜水艦はそれなりに数が必要だし、当然その補給量も多くなる。

補給艦だけで派遣する程深海棲艦は馬鹿ではないだろうから、巡洋艦や駆逐艦などの護衛はいるはずだ。

もっとも、広域をカバーすると言う点では愛鷹達も同じである。

トラック諸島はかなりの規模があるので、当然その周辺海域の範囲もかなり広いものになる。

ただ、基地のSOSUSである程度の支援が受けられるし、万が一敵からの攻撃があったとしてもトラック諸島から航空支援が来るから、バックアップに関してはそれほど問題ない。

第三三戦隊も北部エリアから東部エリアへ、トラック諸島から一〇キロの位置を維持しつつ、移動する。

靴の爪先のバウソナー感度を維持する為、愛鷹は前進強速を維持させた。

水道が多い事もあり潮流は比較的複雑になっていて、変温層も変化が大きい。

浮遊機雷にも警戒が必要だった。

 

今回の出撃では愛鷹はメンバーそれぞれに役割分担を行わせる事にした。

まず発艦した航空部隊の管制と入ってくる情報の管理は、瑞鳳ではなく愛鷹自身が引き受けた。

夕張の艤装はユニット換装可能なように夕張自身が手を加えていたので、その特徴を生かし一四センチ砲を一基撤去する一方で強力な対水上、対空電探に換装する事で夕張をレーダーピケット艦役にあてた。

基地には様々な装備の備蓄があったので、夕張はその中から愛鷹の要求に似合うモノを選び、旨い具合に組み上げていた。

航空管制と偵察情報の記録を旗艦である愛鷹自身が担当する事でフリーになった瑞鳳は、比較的目がいいので対潜警戒に当たらせている蒼月の代わりに目視での対空監視を行わせている。

深雪と蒼月は対潜爆雷を準備し、自分たちのソナーと愛鷹の靴の爪先のバウソナーの情報を基に対潜警戒に当たっていた。

魚雷接近音や敵潜水艦の音が聞こえたら、愛鷹の指示で即座に対応できる態勢だ。

対水上・対空戦闘に関しては衣笠が即応待機している。

 

 

(フロッティ1-3から旗艦愛鷹へ。MAD及び僚機1-4のレーダーには現在反応は無し。

捜索エリアの飛行を続けるアウト)

「了解、フロッティ1-3」

彩雲二機編隊の二組目との二回目の定期通信を終えると、捜索エリアを描き込んでいる防水パッド端末にタッチペンで報告のあった情報を書き込む。

報告された時間、海図とコンパスなどの航法器具と睨めっこして計算で割り出された互いの位置など。

計算が苦手と言う訳ではないが、こう言う手間が省ける装備が欲しいところでもある。

一応、艦娘の艤装にも装備する事が出来るTACAN(戦術航法装置・タカンと読む)の開発は行われているが、まだ実戦配備化は行われていない。

パッドに情報を書き込むと、ソナーによる聴音情報も併せて一旦整理してみる。

補給部隊が発見を恐れて移動する可能性も無くはないが、その補給部隊自体が補給を必要としたら本末転倒。

見つからない様に息をひそめつつ、静かに、そして最低限の場所移動は行っているだろう。

機関をあまり動かすことなく移動するとしたら潮流に身を載せる事だろう。

トラック諸島周辺の潮流は温暖化などで昔より次第に複雑に変化しているので、最新の潮流情報を基に推測を立てて動く必要がある。

着信音がヘッドセットから発せられ、通話スイッチを押す。

(フロッティ1-5から愛鷹へ。1-6のMAD及びレーダーに感なし。定時報告は以上)

「了解、アウト。夕張さん、広海域電探に反応は?」

「今のところはこちらにも反応は無いです。スコープは静かです」

振り返らずに尋ねられた夕張は、スコープに落とした顔を上げずに答えた。

それに続く様に深雪も自発的に報告を上げる。

「今の所、海面も静かだよ。雷跡一本見えねえ」

「見えていたら大変なのですが、それは」

少し呆れたように蒼月が小声で返す

「お空も綺麗、海上も綺麗。

少なくともここは平和な状態よ」

双眼鏡を下ろした瑞鳳が誰となく海上、空の状況を知らせる。

確かに今は静かだ。静かすぎる気もしなくはないが、トラック諸島からまだそれほど離れていないから当然かもしれない。

「なんか、張り合いないわねえ」

少し不満そうに衣笠が口をとがらせる。

「偵察・索敵部隊の仕事は戦闘より情報収集です。

戦闘に入る状況はなるべく避けて、味方を勝利に導く情報を集め持ち帰る。

下手に戦果や手柄など欲張ったことを考えず、与えられた仕事をこなして帰る。

私達が集めた情報で味方が優位な戦闘を行い、深海棲艦に勝利を果たすのは私達の勝利でもありますよ」

「妙に理屈っぽいこと言いだすな」

ヘッドセットを正しながら深雪が愛鷹に振り返って言った。

特に愛鷹が何も返さないので軽く息を吐き、聴音と対潜警戒に戻る。

右耳に付けているヘッドセットから聞こえる音に変化が生じたのを聞き取った深雪は、手をヘッドセットにやって耳を澄ました。

潮流の変化の音だ。

「愛鷹、聞こえているだろうけど潮流が変わったぞ」

「こちらでも捉えました。おかしい、事前情報とはちょっと違っている」

「深海棲艦の補給部隊が近くにいると言う証拠ですか?」

そう尋ねて来る衣笠に愛鷹は頭を振った。

「近くにいると言うよりは、深海棲艦が近海にいるせいでトラック諸島周辺海域の状況に多少、変化が出ているのでしょう。

珍しい話ではないです。深海泊地の天気が変わりやすいのと同じです。

それに本当に近づいているなら、羅針盤障害が発生していますよ」

「あー、確かに。今は海の方から変わってるわけか……。

また、主機壊したら始末書書かなきゃなあ」

「何やって壊したんです?」

不思議そうな顔で蒼月が聞くと、少し考えこむように唸ってから衣笠は答えた。

「前に第八艦隊の皆で深海棲艦の輸送船団の攻撃に出て、攻撃が終わった後何もしてないのに主機が破損したの。

航行自体は出来たから、そのまま帰って来れたんだけどね」

「何もしてないのに、壊れたんですか」

「そう。まあ、海の色が……そう、血みたいな赤に変わっていたけど」

「赤潮では?」

「変色海域で起きる固有現象ですね。

どういう原理で起きるのか、科学的な説明がついていませんが、変色海域では不可思議な事が良く起きます。

海洋生態系の死滅、艦娘の艤装の破損、航空機の燃料消費量増大などが上げられています。

人体に直接的な影響はないそうですが」

「……初めて聞きました。なんだか怖いですね」

「別に海が赤くなっている程度で、変な臭いがするわけでもないし、海面に直に触れたら肌が壊死するわけでもないよ」

表情を暗くする蒼月をフォローするように衣笠は笑って返すが、実際はとても笑えない話である事を愛鷹は知っている。

 

艤装が破損するという事は、武装も砲身が歪んで弾道が悪くなる、炸薬と装薬の質が悪くなると言う意味でもある。

戦艦棲姫三隻と交戦した大和は、既に自身が大破していたこともあるが、砲身が筒内爆発で全損し戦闘不能に陥っている。

 

仮にここで変色海域化した場合、自分の艤装はどこまで耐えられるのか、と言う疑問が勃然と上がって来た。

自分の艤装の開発が始まったのは確実に変色海域が初めて確認された後だから、何かしら対策の一つはしているかもしれないが。

余りそこまで考えた事が無かっただけに、少し心配にもなるが、今考えても始まらないと割り切るしかない。

 

 

一時間後、航空偵察隊全機がRTBを宣言した。

「収穫は無しか。まあ、そうすぐには見つかる敵ではないでしょうが。

瑞鳳さん、航空偵察隊第二陣を発艦させて下さい」

「了解です」

瑞鳳が第二陣の航空偵察隊八機を弓から放った矢で出現発艦させ終わるまで、第三三戦隊は風上に一時針路をとった。

航空偵察隊が発艦し、再び針路を予定コースに戻した時、愛鷹のパッシブソナーに何かが聞こえた。

目を閉じて聴音していた愛鷹は、なんだ、と目をいったん開けて、海面を見ながら聴音に集中する。

何か、漂流物の水切り音……海中に漂流物?

今の時代でも海洋ゴミは少なからず出ているが、これは違う。

 

(深度……一メートル、移動速度約二ノット。

潮流に乗って、東から接近中、数は二つ……静かすぎる。

距離は……約三〇〇メートル。機関音無しで潮流に任せて接近)

 

まさか、と思い耳を澄ませる。音を確かめてやはりそうだ、と確信する。

「浮遊機雷探知、数二。方位一-一-〇、速度二ノット。

距離約三〇〇メートル」

「浮遊機雷? 潮流に任せてこっちに来ているって事は……」

「狙われているって事?」

夕張と瑞鳳が顔を合わせた時、ヘッドセットに手を当てていた深雪が愛鷹を呼んだ。

「愛鷹」

「ええ、こちらでも捉えました。

敵潜探知、数は一、方位一-三-二、速力三ノット、的針〇-一-五。

深度一二メートルを潜航中、艦種はヨ級機雷敷設型」

「早々に機雷敷設潜水艦とご対面ですか」

緊張を滲ませる蒼月だが、その手にはすでに爆雷が握られている。

「対潜攻撃用意よし、だ愛鷹」

「……攻撃は待ってください」

「は?」

怪訝な表情を浮かべて深雪は愛鷹を見た。

沈めておかないのか? と思っていると愛鷹はパッド端末に何かを書き込み始めた。

何やってるんだ、と聞きたいのを我慢していると作業を終えた愛鷹は衣笠に顔を向けた。

「衣笠さん、方位一-一-〇、距離三〇〇メートルの海面に対水上射撃。

通常装薬、信管は触発ではなく遅延信管でセットタイムは一秒。

機雷を破壊します」

「りょ、了解」

「おい、潜水艦はほっといていいのかよ」

少し驚いたように尋ねて来る深雪に愛鷹は頷く。

「このまま泳がせておきます。

私達の任務は情報収集です、対潜戦闘を積極的に行う訳ではありません。

あの機雷敷設潜水艦の音紋データは確保できました。

他にも機雷敷設潜水艦がいるのなら、その音紋をすべて取っておけば補給部隊の規模を推し量れます。

音紋さえ分かれば、あとは味方の対潜哨戒機でも何とかできます」

「ちぇ、ドンパチやれると思ったのに」

残念そうに口を尖らせながら深雪は爆雷を仕舞った。

一方、射撃指示を受けた衣笠は言われた通りの射角、諸元を主砲に入力すると、一見何の変哲もない海面に砲口を向けた。

「射撃用意よし」

そう告げた衣笠に愛鷹は頷いた。

「旗艦指示の目標。対水上射撃、主砲撃ちー方始め」

「撃ちー方始め、てぇーっ!」

砲声と発砲炎が衣笠の二番主砲の砲口から吐き出され、二発の砲弾が海面に向かって撃ち出される。

直ぐに着弾の水柱が海面に立ち上がり、その直ぐ後、轟音と共に灰色の水柱が二つ上がった。

中々の威力があったらしく、軽く衝撃波が六人に当たった。

「見たかよ、今の爆発と衝撃波」

「たまげたわね。対艦娘向けの機雷だろうけど、相当な威力のモノね」

口笛を吹く深雪に夕張も相槌を打った。

同様に水柱の大きさに圧倒される衣笠と瑞鳳、蒼月だが愛鷹だけ、ソナーの反応に耳を澄ましていた。

とは言え、あれだけの大爆発が起きた直後なだけに海中内は大瀑布の中の様になっていて、聴音が困難だ。

「皆さん、見とれていないで海面警戒を厳に……」

そこまで言った時、物凄い轟音しか聞こえないソナーにかすかに別の音が混じった。

 

これは……高速推進音……魚雷!

 

「警戒! 魚雷馳走音探知、雷数と正確な方位は不明!」

「魚雷ですか!?」

顔を青くした蒼月が海面に目を凝らす一方、深雪はヘッドセットに手を当てて聴音を試みるが、愛鷹の物ほど高性能なソナーではないので聴音は無理だった。

「どっから撃って来たんだ、ソナーからは何も聞こえないぞ」

「発射地点は特定中。恐らく、水中爆発の向こう側です。

爆発音で身を隠してる」

「ヨ級機雷敷設型って、魚雷撃てたっけ?」

海面を睨む瑞鳳の言葉に夕張が答えた。

「撃てるっちゃ撃てるけど、敷設型が魚雷で積極攻撃してくると思う?」

「護衛の潜水艦が身を潜めていたのかもしれません……来た、コンタクト!

方位一-〇-〇、雷数四、的速四五ノット、的針一-五-四。

距離二一〇、散開斉射来ます! 回避運動はじめ!」

ようやく聞こえた魚雷の音に愛鷹が回避を命じると、五人は海面と互いの距離に気を配りながら回避運動に入った。

回避運動を取りながら愛鷹が自分の左側を見ていると、扇状に伸びる四本の白い雷跡が高速で向かって来るのが見えた。

幸い、直撃コースに乗っている仲間はいない。

しかし、あと少し気が付くのが遅かったら回避が間に合っていたか、と思うと不安になる。

回避に成功すると、再び聴音を試みる。

爪先のバウソナー感度を上げられるだけ上げて、耳を澄ます。

酷いノイズの向こうに潜水艦は必ずいるはずだ。

流石に無理かな、と思っていると、かすかに機関音がした。

酷い騒音が落ち着いてきた事もあってか、はっきりではないが深海棲艦潜水艦の機関音が耳に入る。

艦種は……ヨ級……おそらく通常型で種類は不明……。

瑞鳳の艦載機のMAD探知が出来れば楽だが、一番近い編隊を呼び戻しても最低一〇分はかかる。

今は自分らでやるしかないし、航空偵察のプランを崩すわけにもいかなかった。

「聴音探知、方位一-一-〇から一-一-五にかけての範囲、深度は推定五メートル。

距離は……三〇〇メートル程。ヨ級一隻、種別は不明」

「やるか?」

「ウェポンズフリー、深雪さん、蒼月さん。対潜戦闘用意」

「了解です」

「はいよ」

爆雷を構えた二人が愛鷹の指示する方向に向かう。

ノイズが落ち着きを取り戻し始め、潜水艦の機関音がさらに聞き取れるようになってくる。

しかし、その聞こえる音にふと違和感を覚えた。

音が軽いのである。機関音にしては微かに重みが無い。

それに水切り音がヨ級にしては静かである。機関音から推測できる速力から考えれば静かすぎる。

「……そういう事か。二人とも、追撃を中止です。

各員海面警戒を厳に! 発見した潜水艦は恐らくデコイです」

「囮ですか」

緊張を滲ませた声で瑞鳳が聞いて来る。

「デコイで気を引かせている間に、ハンターが有意な位置に占位しているはずです。

魚雷に警戒を」

「気が付いたらドカンは勘弁してよ……」

緊張と恐怖を少しちらつかせながら衣笠が海面を凝視する。

敵の潜水艦は、デコイで気を引かせている間に移動しているはず。

機関音がしないのは既に移動を終えているか、潮流に任せて移動しているか。

恐らく後者だろう。海中の騒音は深海棲艦側にも等しく訪れる。

ソナーの聞き耳を立てていると、再び微かな音が聞こえた。

気泡が漏れ出す音だ。

「聴音探知、方位〇-七-五、静止中。推定距離は三二〇メートル。

発射管注水音らしきモノを感知。

深雪さん、蒼月さん、爆雷攻撃用意。蒼月さんは深雪さんをバックアップ」

「任せろ」

「はい」

二人が愛鷹の指示した位置に向かうと、ベントを開き、バラストタンクに注水する音が聞こえた。

この音はヨ級通常型、種別はelite級だ。

「敵潜、急速潜航開始! 相手はヨ級elite」

「めんどくせえ敵だな」

無印の潜水艦より戦闘力が高めなだけでなく、運動性もいいので割と逃しやすい。

深雪の言う通り、面倒な相手である

しかし、相手は今狩られる側であり、深雪と蒼月の対応が早かった。

「行くぞ、爆雷攻撃開始! 深雪様から逃げられると思うなよ」

海中に投げ込まれる爆雷八発が海中に沈んでいく間に、深雪と蒼月は爆雷が投げ込まれた場所から距離を取る。

炸裂音が再び海中の音の世界を掻き乱し、轟音で覆いつくす。

海上に炸裂した爆雷の突き上げる灰色が混じった水柱が八本、突き立った。

八発の爆雷が全弾爆発し、ソナー感度がクリアになるまで最低三〇秒は気が抜けない。

それにあまり考えられないが、自身の護衛に付いている通常型の援護に機雷敷設型が機雷を流して来るかもしれない。

アクティブソナーを使えば簡単ではあるが、それだと他に展開している潜水艦に位置をばらす事にもなってしまうから控えておかないといけなかった。

姿の見えない敵と戦うのは容易じゃない、と思っているとクリアになりきらない内に爆発音が響いた。

特徴のある爆発音、燃料弾薬と艤装が破損し爆発する音。

ヨ級が爆雷の攻撃で撃沈されたことを示す証拠だ。

「海中で二次を含む爆発を探知。敵潜撃沈を確認」

「っしゃあ」

「やりましたね」

顔をほころばせる蒼月とガッツポーズをとる深雪の嬉しそうな声がヘッドセット越しに聞こえて来た。

ひとまず降りかかった火の粉は振り払えた。

軽く愛鷹も溜息を吐くと、仲間に集合をかけた。

隊列を組むために集まる衣笠、夕張、瑞鳳、深雪、蒼月が揃うまでもう一回聴音を試みる。

機雷敷設型潜水艦の位置確認だったが、もう愛鷹のソナーでも確認できない所に逃げおおせたのか何も聞こえなかった。

全員が揃った時、爆雷が爆発した海に艤装の残骸がいくつか浮かんできた。

「浮かび上がる艤装が敵の残滓ですね」

「言葉遊び好きなんですね」

少し面白そうに言う夕張に愛鷹は少し首を傾げた。

「そう言うつもりはないですが。仕事に戻りましょう

手早く済ませられれば、今夜の夕食は全員で囲めますよ。

トラックのご飯は美味しいですしね」

そう告げる愛鷹に五人は少し愛鷹が変わった気がしていた。

愛を注がれることなく育った愛鷹が、少しずつ気遣いを意識した様子も無く、自然に出来るようになっていることに。

 

 

トラックとは地球の反対側近い距離のある地中海。

温暖な気候の地中海も、緊張が高まりつつある戦線だった。

マルタ島全島を制圧下に置いている深海棲艦の動きは日増しに増大しており、欧州総軍は警戒レベルを上げ各部隊に即応待機を命じていた。

国連海軍地中海艦隊の重要拠点の一つ、アンツィオ基地も防衛体制を強化していた。

戦艦ネルソンと軽巡洋艦アブルッツィ、駆逐艦ジャーヴィス、ジェーナス、グレカーレ、リベッチオの六人はアンツィオ基地南の哨戒についていた。

英国艦隊本国艦隊所属のネルソン、ジャーヴィス、ジェーナスとイタリア艦隊のアブルッツィ、グレカーレ、リベッチオと言う二つの国の艦隊の艦娘からなる統合任務部隊だ。

「HQ、こちらネルソン。現在、我が隊は哨戒エリアS5を航行中。

現時点では敵とのコンタクト無し、海域は静かである。

定時報告は以上」

(了解ネルソン。引き続き哨戒任務を継続せよ)

「了解した、アウト」

ヘッドセットに当てていた手を下ろすと、双眼鏡を手に取り水上監視に当たる。

レンズの向こうには水色の快晴の空と、水平線を境に紺碧の海面が広がっている。

それだけだ。深海棲艦の陰一つ見えない。

「静かなモノだ、敵の活動が盛んだと耳に挟んでいるが。嘘のようにも思える」

「今日はまだ見かけてないだけでは?」

そう返して来るアブルッツィにネルソンは口元を緩めて頷く。

「大方その通りであろうな。とは言え、すぐに賑やかになるであろう。

悪い意味でな」

「賑やかなのは好きだけど、ドンパチは嫌いだよー」

生意気じみたため口でグレカーレが聞くと、ネルソンは苦笑を浮かべた。

「そうだな。だが案ずるな、余に続けば生き残れる」

「頼もしいお言葉ですよ」

胸を張って言うネルソンにアブルッツィが上品な笑みを浮かべて返した。

ただネルソンも場数を踏んでいるだけに、そう簡単にはいかないのが戦争であることは身をもって知っているし、今ここにいる仲間も心得ている。

着任が比較的最近であるグレカーレの経験の浅さが、ネルソンには少し心配であった。

その分、先輩である自分たちがカバーしなければならない。

自身の三連装一六インチ砲は強力無比だが、泣き所は燃費の悪さと低速であるところだ。

足の遅さは流石にネルソン自身も悩みの種でもあるが、艤装の改修での速力向上もこれ以上は望めない。

まあ、なんとかするさ、と割り切りをつけて、任務に当たる日々だ。

「深海棲艦に例の巨大艦、いると思う?」

ふと思い出したようにジャーヴィスが誰となく聞いた。

その問いに相棒のジェーナスが軽く唸りながら首をかしげる。

「どうだろ、太平洋じゃ結構出てきているらしいし、こっちにもそろそろ来るんじゃないの?」

「ジャーヴィス、怖かったよ。あの巨大艦に襲われた時……」

表情を暗くする姉にジェーナスは何とも言えない気分でその顔を見る。

エクセターが身を挺して守った二人の姉妹艦ジュピターは、まだ海軍病院に長期入院を余儀なくされている。

戦友が血まみれになって息絶えた光景を目の当たりにした精神的なショックも大きいから、怪我が治っても早期の戦列復帰は容易ではないだろう。

艦娘が人間である以上、怪我だけが戦列復帰を遅らせる要因ではない。

巨大艦の話はネルソンも知っている。

大和型の火力でも倒しにくい事が報告されているので、大和型より劣る自分の主砲ではかなり厳しい相手と言わざるを得ないだろう。

ただ、近接戦闘で撃破した記録がすでに上がっているあたり、倒せない相手と言う訳ではないのは確かだ。

過去に深海棲艦と近接戦闘で撃破した艦娘はいるから、前例がない訳でもないのだ。

もっとも巨大艦並のサイズの深海棲艦に挑んで勝利した話は無い。

情報で聞く限りの巨大艦のサイズから考えれば、傍目には無謀なやり方と言える。

それほどの巨大艦の内懐に潜り込む自体が至難の業だ。

 

だが、ネルソンはその巨大艦撃破の為に近接戦闘を挑んだ艦娘に興味が湧くものがあった。

どの様な輩か、この目で見てみたいものだ。

 

 

その日の出撃でさらに二隻の機雷敷設潜水艦を航空偵察で、一隻を自分たちで確認した第三三戦隊は予定通りトラック基地に帰投した。

帰投後に装備を返却し、デブリーフィングを終えた後、自室に引き上げた愛鷹はパソコンを立ち上げて報告書作成と情報の整理に当たった。

今日だけで確認できた機雷敷設潜水艦は四隻。

これだけの戦力があれば、トラック諸島に機雷源を敷設すること自体は可能だ。

ただ、敷設しても撤去されてしまえば意味がないし、もっと効果的に敷設を行うにはこれの二倍の敷設潜水艦がいる。

補給や整備を行う必要もあるし、その分のローテンションを考慮してみると機雷敷設潜水艦は恐らく一〇隻以上一六隻未満。

それに今日交戦した通常型潜水艦の存在から考えると、護衛につく潜水艦も相応数展開しているはずだ。

だとしたら後方支援の補給部隊の規模もおのずと大きくなってくる。

「ワ級が一〇隻……一二隻は最低でも展開しているはず……。これに護衛の艦隊がいるとしたら……」

そこそこ規模の大きい補給部隊だろう。

発見できた機雷敷設潜水艦の位置を勘定して、行動範囲や発見した新たな機雷源から推測できる機雷搭載量を含めて考えてみると、少しずつ更なる捜索エリアが狭められた。

明日辺り、もう一回航空偵察で辺りをつけた場所に行えば、もっと詳しい情報が入るかもしれない。

SOSUSにはすでに潜水艦の音紋データは提供済みで、潮流情報もすでに基地のデータサーバーに共有済み。

次からSOSUSによる支援も受けられるだろう。

人類側が潜水艦隊への対抗策を練ってきたことには深海棲艦側も気が付いているだろから、明日は明日でまた別の作戦展開になるかもしれない。

「やるしかない」

そう小さな決意の言葉を呟きながら愛鷹はキーボートに指を走らせた。

 




今回は戦闘ありながら若干地味な展開の話になりました。
展開自体は地味な方ですが、いくつかの先の展開への付箋はそこそこばら撒いているつもりです。

妙に前回から投稿が伸びたのは言い訳をすると、リアルに時間が取れなかったり、慢性的なモチベーション低下などです。
ただ、打ち切りにする予定はありませんし、シングル作戦イベントの経験を基にした地中海でのエピソード構想はちゃんと固めているので、首を少し長くしてお待ちいただけると幸いです。

次回からは戦闘シーンを多めに入れていく予定です。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。


私事ながら2019年10/31に当小説メインキャラの青葉とカッコカリを果たしました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。