艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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新年最初の投稿となります。

モチベーションがリアルでかなり低調状態の為、投稿頻度はかなり低下すると思います。


では本編をどうぞ。


第三一話 受け入れ難き現実

戦いを終え帰投する艦隊に先立ち、大破負傷した愛鷹を搬送して来たHH60Kがトラック基地の医療センターのヘリパッドに着陸した。

着陸したHH60Kに向かって駆けだした大和は担架に固定され、ぐったりとした愛鷹を見て表情を凍り付かせた。

制帽は無く、制服はズタズタになり、右目を覆うように巻かれた頭の包帯を含め、左足と左肩、左脇腹に包帯に巻かれている。

近づく大和に衛生兵の一人が気付き、仲間に愛鷹を任せると大和に容態を説明した。

「見た目は御覧の通りですが、傷自体はそれほど深くありません。

脳震盪を起こしている為今は意識がありませんが、すぐに目を覚ますでしょう。

全治五日程度といったところです」

「彼女の艤装は?」

「もう一機が現在輸送中です。愛鷹中佐はおそらく艤装を丸々盾に使ったおかげで助かったのだと思います。

深雪中尉は軽傷で自力航行可能の為、載せませんでした」

「艤装を……」

そう呟く大和に衛生兵は撮影された艤装の画像を表示したパッド端末を見せた。

画像を見た大和は絶句した。愛鷹の艤装は艦橋を模した背中の部分が何とか原形を留めていたが、武装類は跡形もない。

修理にどれくらい時間がかかるか、技術肌ではない大和には想像もつかない。

いや、このトラックで修理が出来るかすら怪しい。愛鷹の艤装の予備部品の多くは日本本土にあるからだ。

「あの子……」

「あの、愛鷹中佐は大和大佐とは血縁者なのでしょうか?」

表情を曇らせた大和にちょっと気になった様に衛生兵が聞いてきた。

拙い、と大和は少し身を固くした。愛鷹の顔は搬送して来た隊員が見ているし、自分の顔は広く知られているからそっくりなのはすぐに気が付く。

艦娘には姉妹艦と言っても本当の血縁者同士はいないから、自分と愛鷹の容姿がそっくりな所は異様だろう。

かと言って、機密事項である愛鷹と自分の関係をこの隊員に教える訳にも行かない。

「ええ、実は双子なんです。でも、この事は内緒で」

「承知しました」

頷き、仕事に戻る衛生兵の背中を見ると、安堵のため息が漏れた。引き際をわきまえて居る衛生兵であったのが幸いだった。

 

一方で、諸手を上げて喜べる状況ではないことに変わりは無いだろう。

第三三戦隊は旗艦が事実上戦列外になったことで偵察部隊としての機能が失われている。

深海棲艦の機雷敷設潜水艦の補給部隊捜索は事実上頓挫したも同然だ。

しかし、第三三戦隊を攻撃する為に今回大規模な艦隊運動が確認されていた辺り、敵がこの地を襲うのはもはや時間の問題なのかもしれない。

機雷源による包囲網を敷く前にここを攻撃するのか……。

「もしかして……」

 

 

機雷原敷設自体が、そもそもここに自分たちを引き留める陽動だったとしたら?

深海棲艦は機雷源の敷設でここを包囲してからではなく、機雷源敷設と言うプレッシャーをこちらにかけて動きを封じている内にトラック攻撃の戦力を結集していた……。

つまり手間をかけて機雷を敷設して包囲網を敷いてからじっくりここを攻撃するのではなく、あの機雷敷設は大規模戦力結集中の陽動作戦の一巻だったとしたら?

それが終わったことで用済みの第三三戦隊を始末しに艦隊戦力の一部を動かした……。

戦艦を四隻も投入してきた辺り、深海棲艦の戦力の余裕はもしかしたら相当なものの可能性がある。

 

「……敵の攻撃はすぐに……!」

ゾッと悪寒が大和の背筋を走った。

自分達はまんまと踊らされてしまったという事か?

いや、ここまではあくまで自分の推測に過ぎない。

落ち着かないと、本当のことを判断する目が曇ってしまう。

愛鷹がやられて自分は今動転しているのだ、落ち着かないといけない。

溜息を吐きながら頭に手をやった。

「でも、備えは必要よね……」

 

 

司令官室に入ると毎度の酒臭さが香取の鼻を突いた。

臭い元を見てやれやれと頭を振りながら、その臭い元である三笠が座る机に封書を差し出した。

「司令宛の封緘書類をお持ちました」

パソコンに向かって書類仕事にいそしんでいた三笠は、キーボードの上に走らせていた手を止めて、封書を受け取った。

「ありがとう香取。ご苦労様ね」

「昼酒を止めて頂けたら、芳香剤の出費が抑えられて大助かりなのですが」

腕を組んでじろりと見て来る香取に三笠は苦笑を浮かべた。

「酒が入ってないと頭の回転が鈍るので無理ですね」

「そうでしょうね。シラフの司令官、私は見た事ありません」

「あら、そうなの? それは御免なさいね」

にこにこと笑う三笠にやれやれと香取は深く溜息を吐いた。

毎度のことだし、本人が修正する気が無いのはもう分かっている。

それに酒が入っていようがいまいが三笠は普通に仕事をこなすし、艦娘提督であるだけに現役の艦娘の気持ちも汲みやすい距離間の近さから人望は高いので、酒臭さくらいはまあ、我慢するべきだろう。

芳香剤の出費も実質三笠の給料引きだ。

封書を机の上に置くと三笠はデスクの引き出しから缶の薄いボトルを出し、キャップを開けた。

「あー、喉乾いた」

「喉を潤すなら、お水をお持ちしますよ。それくらいの雑用はいつでも致します」

「お酒の方が体も温まるからいいんですよ」

「もう夏になるのに、温めるも何もないでしょう」

呆れ気味に香取が言う前で三笠は一口煽る。

「うん、美味しい」

「ほどほどにお願いしますね、司令が肝臓がんになったら困りますから。

では、私はこれで」

「はーい。じゃ、業務頑張ってくださいね」

手を振りながらボトルを口に運ぶ三笠にもう一度溜息を吐き、香取は一礼して部屋を出た。

 

香取が部屋を出た後、彼女が置いていった封書を手に取り中から封緘書類を出す。

ボトルを時々口に付けながら文字を読んでいく三笠の目の動きは、酒が入っているとは思えない程速い。

ふーん、と軽く唸る三笠の目は先ほどのにこにこ顔の時の目とは全く違う鋭さのある目になっていた。

「有川さん、お忙しいのにありがたいですね……やっと、彼女の死の真実が分かった」

三笠に届いた封緘書は有川に以前頼んでいたモノだった。

随分骨を折って頼んだその内容は、親友アメリ・ロシニョールの死の真相だった。

自分と同様一線を退いたはずの彼女が戦闘で戦死したとは思っていなかった。

だから情報屋であり、面識も結構ある有川に死の真相である情報開示を求め続けていたのだ。

海軍一級軍機扱いの彼女の死の原因は、戦闘ではなく自身が発見した病気のワクチンテストで自ら実験台になった結果のモノだった。

アメリ自身が艦娘であるから、ロシニョール病のウイルスを自らの体に放ち、そこへワクチンを打つのは言わばやむを得ない臨床実験と言えた。

ワクチンは結局効果が無く、寧ろ彼女の命を奪う結末になった。

彼女の死は、しかし戦闘によるものと偽装された。わざと遺体を一部損傷させてまで偽るモノだ。

何故なのか。

有川の送って来た書類では、ウイルスを採取した艦娘の存在がそもそも海軍にとって不都合レベルの存在だったのだと言う。

ウイルスを採取した艦娘についての情報を見て、三笠は目を細めた。

 

 

《アメリ・ロシニョールがワクチン開発に当たってロシニョール病ウイルスを摂取する相手として選んだ艦娘は、CFGプランにて試作開発されたクローン艦娘第796号だ。

クローン艦娘開発計画の申し子である第796号のロシニョール病発症に関しては、当初秘匿されていたが後に何らかの形で知れ渡り、クローン艦娘開発計画中止に追い込まれた。

第796号のロシニョール病発症の事実が知れ渡ったのが、彼女がクローン艦娘開発計画の最終プログラムである「選別試験」後であったことは間違いなく悲劇としか言いようが無いだろう。

この「選別試験」は製造された六五体のクローンの殺し合いによる優劣の選定であり、第796号は合格者、つまり唯一生きる事を許された存在だったからだ。

 

真相発覚が「選別試験」後になった原因は、発症した第796号の担当官が「選別試験」終了までにロシニョール病を何とかできると思い、事実を隠蔽して独自に治療を試した為である。

担当官の腹積もりは自身が担当したクローンが生き残る事、及びロシニョール病完治と言う一石二鳥の功績を狙ったものであるが、その結果は後者の失敗で終わった。

この独断行動は担当官の手で記録の殆どが処分された為この独断行動における処分を受けた者は存在しない。

担当官が誰であるかの特定は残念ながら出来ずに終わった。

 

現在第796号は製造元である第666海軍基地から離れ、日本艦隊に超甲型巡洋艦愛鷹として第三三戦隊旗艦の任を与えられ、実戦配備されている。

彼女はラバウル基地での作戦行動中ロシニョール病を再発しており、医療鑑定結果では末期症状であるレベル5と診断された》

 

 

「……なるほど、確かに不都合な真実ね。自然界の摂理、神の領域に人が手を伸ばした事実か」

有川の送って来た書類に目を通しながら、クローンの艦娘である愛鷹の事にも少し興味が湧いてきた。

同封されている人事ファイルでは、遺伝子基の大和とそっくりの容姿である愛鷹の写真も添付されている。

普段は制帽を目深にかぶっている為素顔が伺いにくいと言うが。

会ってみたい……彼女の教え子であり、死の原因となった愛鷹に。

親友アメリが死ぬ原因である愛鷹には恨みは特になかった。ただ純粋に会いたいと言う気持ちが三笠にあった。

 

 

それまで真っ暗な世界を歩いていたような感覚が消えて、ゆっくりと瞼を開けると白い天井が目に入った。

「目が覚めた! 先生、愛鷹さんの目が覚めました」

嬉しそうな声、夕張の声だ。

直ぐに誰かが自分の元にやって来るのが分かった。

「心拍は落ち着いているな、血液ガスも正常」

口元に当てられていたモノが外される感覚がして、急に口周りが涼しくなる。

惚け気味の頭が酸素マスクをつけられていたのだと理解するまで少し時間が必要だった。

「中佐、失礼します」

その声の後両目に眩しい光が交互に入り、自然と目を細める。

何をされたのか、やはり頭が理解するのが追い付かない。

「どうですか?」

「瞳孔チェックも問題なし。ただ意識障害があるみたいだ、反応が少し鈍い。

重症ではないからすぐに元通りになる」

自分の容態を聞いているらしい夕張に医師が答えている。

ほっと溜息を吐く夕張に顔を向けると、夕張もこちらを見返して微笑んだ。

「大事に至らなくて良かったです」

「私は……」

何が原因で怪我をしたのか、思い出せず頭に右手をやると指が包帯に触れた。

「ル級の砲撃から身を挺して深雪を護ったんですよ。お陰で深雪はかすり傷です」

「ああ、そうでしたね……全治何週間ですか?」

「六日間は入院してもらいます。ただ退院しても戦列復帰は不能と聞いておりますが」

その言葉に愛鷹は困惑した。戦列復帰不能?

どういうことだ、と夕張に視線を向けると残念そうな顔が返された。

 

医師が個室から出て行った後、夕張は愛鷹の艤装の損傷状況を説明した。

「愛鷹さんの艤装なんですが、実は思った以上に破損していて。

修理工廠でX線を含めた精密検査をしたところ、ここでは修理不能レベルと診断されました……。

日本の修理工廠でなら可能ですが、トラック基地では残念ながら無理です」

「どうにもならない……のですか」

「主に武装系が……その言い方があれですが、再生不能レベルの鉄屑になりました。

機関部を含む中枢部は防護機能とヴァイタルパート(重要装甲部)に護られて辛うじて機能を維持出来ましたが、三一センチ主砲をはじめとした艤装の殆どがスクラップ状態です。

技術職の立場から言わせてもらうと修理するよりは新造する方が早いです。

でもトラック基地は艦娘の艤装を一から作れるほどの工場が無くて……」

その報告を聞いて深い溜息と共に愛鷹がうな垂れた。

酷いショックを受けているだけでなく、自分の行動をどこか悔やんでいる様だった。

深雪を護ること悔やんでいるのではなく、自分の艤装が事実上のスクラップになる事を見こせなかったのが悔しいのだ。

あの時ああでもしなければ二人揃って死んでいただろう。

命が助かっただけでもまだ何とかなるが、艦娘は艤装が無いと何も出来ない。

他の艤装を借りると言う非常手段も無くはないが、それは同型艦に限った話だ。

同型艦が存在しないどころか、ワンオフの存在である愛鷹には融通可能な艤装が無いのだ。

本来の超大和型として使われていたら、あの程度で全壊に追い込まれないはずだが、超甲巡にする際に色々デチューンされたところがあったのかもしれない。

見るからに活気がなくなってしまった愛鷹を見ていると、夕張の胸が痛んだ。

暫くして落ち込んだ表情を浮かべた頭を上げ、愛鷹は夕張に問うた。

「深雪さんの怪我は軽傷でしたね。他の皆さんは?」

「全員無傷です」

「そうですか……それは良かったです」

どこか疲れた顔に笑みを浮かべる愛鷹が、沈み込んでいる自分を抑えて無理に笑っているのが分かった。

「私は……大丈夫ですから……第三三戦隊は当面トラック基地の指揮下に入って別命あるまで待機していてください。

そう……少しだけ休憩です。私も、皆さんも」

「愛鷹さん……」

「心配しないでください夕張さん……何とかしますよ。私のことは心配なさらずに」

何と声をかけたらいいのか分からない夕張に力無く愛鷹は微笑んだ。

 

 

部屋を出た夕張がドアを閉め廊下を歩きだした時、何かを強く殴りつける音とすすり泣く声が今出て来た病室から聞こえた。

 

 

食堂のテーブルの一つで大和が紅茶を飲みながら読書していると、背後から誰かが自分を呼んだ。

深雪だった。神妙な顔持ちで自分を見ている。

「深雪さん、どうかしましたか」

尋ねる大和に深雪は深く頭を下げた。

「ごめん。あいつが戦えないレベルにやられたのは深雪様のせいだ。

こんなことしても始まらないけど、ごめん」

声を震わせる深雪の姿に、大和は本を閉じると深雪と向き直った。

「謝らなくていいんですよ。あの子が自分の意思で決めた事なんです。

その時下せる最良の判断をあの子は下しただけです」

頭を上げた深雪は赤くした顔を大和に向けた。悔し涙が溢れる寸前の状態だ。

「でも、愛鷹の艤装は修理不能なほどに壊れちまった……夕張から聞いたけど、愛鷹は滅茶苦茶悲しんでたって……。

でもあいつは夕張に健気に振舞ってた……アイツらしいと言えばアイツらしいけど……」

そう自分を責める深雪の姿に、大和は嬉しい気持になった。

自分にでは無い、愛鷹が深雪と言う誰かを強く想う心の持ち主を常に接する仲間として迎えられている事がとても嬉しかった。

軍の無計画さから生み出され、それに翻弄され続ける幼少期を送った愛鷹には、深雪の様な情の厚い人間と接する機会が殆どなかった。

首を垂れて小刻みに体を震わせ始める深雪の右手を取ると、大和は諭すように言った。

「過ぎた事を悔やみ倒しても、何も始まりません。

これから何をするべきか、どうするべきかを考えていきましょう。ね?」

「……そうだな。わりい、変なこと言って」

「謝らなくていいんですよ。

寧ろ私が深雪さんに感謝したいです。あの子の為にここまで思ってくれる深雪さんの様な人がいてくれる事が。

あの子にとって深雪さんは灯台ですよ」

赤くした目で見る深雪に大和は優しく微笑んだ。

 

 

艤装の再確認をし、機関部と靴裏の主機を起動させる。

体感した限りではこの間より調子が良くなっている気がした。

HUDとチェック項目を表示したタブレット端末を見ながら青葉は艤装のチェックを進める。

「電圧チェック、油圧チェック、コンバーターチェック、回転数よし。

艤装CCS確認、機関部、主機オールグリーン。

主砲セーフティチェック、マスターアーム及び戦闘OS……よし」

(行けるか?)

チェック項目を消化していく青葉に雲野が尋ねて来る。

青葉は親指を立てて頷いた。

左目のHUDは中々便利なモノだ。射撃補正をかけやすくなっている。

これなら新しい二〇・三センチ主砲(三号)の有効弾を正確かつ確実に敵に打ち込める。

左足にはかつて第三主砲を備えていたが、今は四連装魚雷発射管とその上に装着される形になった飛行甲板を備えている。

魚雷発射管は当初装備予定になかったものだが、低下した砲戦能力を補うべく追加されたものだ。

また万が一被弾しても飛行甲板が魚雷発射管を護る形にもなる。

他に背中の艦橋型艤装に四基、第二主砲の上に一基の計五基の二五ミリ三連装機銃が備えられて、近接防空火力も充実していた。

前使っていた艤装より若干重いものの、そこは完熟で慣らすことが出来るから大丈夫だろう。

(よし、青葉。教練対空戦闘用意だ。相手は飛龍と蒼龍が担当する。

一対二になるが、君ならやれるだろう)

「雲野さん、一対二の差を埋めるモノは何だと思います?」

(一度に二隻を相手にしない、かな?)

「違いますね……イメージです」

その言葉に雲野が面白そうだと言う様に笑うのが聞こえた。

うっすらと口元を緩める青葉に雲野は背中を押すように言った。

(行ってこい、青葉くん。パワーアップした青葉型重巡青葉の力を見せてやれ」

「了解! 青葉、出撃しまーす」

 

 

相手はパワーアップした重巡一隻。

その実技演習に自分たちのような空母を二隻も入れるなんて……。

「青葉一人に二航戦の私達じゃ、過剰戦力だと思うけどなあ」

腑に落ちない顔する蒼龍だが、相棒の飛龍はそんな事は無いだろうと思っていた。

二人とも青葉と一緒に戦ったことはあるから、青葉の射撃の腕前などは良く知っている。

が、それは改までの艤装での話だ。今の青葉は甲改二と言う新型艤装を使っている。

「いいじゃない蒼龍。二航戦の航空戦力で青葉を鍛えてあげるんだよ?

精鋭二航戦の航空戦力相手に青葉がどこまで対応出来るのか、面白い話だよ」

不敵な笑みを浮かべている飛龍は早くも攻撃隊の矢を構えている。

相棒が何の不安も感じていないのは頼もしい事なのか、多少見くびっているのか。

まあ、どちらでもいいか、と蒼龍は矢筒から攻撃機の矢を抜き、弓にかけた。

「二航戦、航空隊発艦はじめ」

飛龍の号令と共に二人は攻撃機の矢を次々に放った。

彗星一二機、流星改一二機、戦果確認の天山二機からなる攻撃隊が晴れ空で編隊を組み、青葉の元へと向かった。

「青葉単艦だからって手は抜いちゃだめだよ、二航戦の力で徹底的に鍛えてあげようね」

飛び去って行く攻撃隊に飛龍はヘッドセット越しに告げた。

 

 

「来ましたね」

HUDに表示される機影二四機を見て青葉は攻撃隊が来る方向に目を向けた。

機種は艦爆と艦攻が一二機ずつ。遅れて来る二機の艦攻は攻撃評価確認の機体だろう。

出し惜しみなしに練度の良い攻撃隊を向けて来たようだ。

「行きましょうかね、教練対空戦闘用意! 主砲一番二番は三式弾改二装填、対空機銃は自動交戦状態で待機」

二〇・三センチ主砲を構え、攻撃機が来る方向へ砲口を向ける。

「二手に分かれた……方位三-五-〇と三-〇-〇。

三-五-〇を目標《A》として、三-〇-〇を目標《B》としますかね」

主砲艤装を構えるグリップから手を離し、軽く舐めて風向きを確認する。

正確な急降下爆撃をするとしたら、目標《A》が良い方向に付いている。

「目標《A》は蒼龍さんですね。なら目標《B》は飛龍さんの機体だ」

あの二人なら、得意の雷爆同時攻撃を仕掛けるだろう。

息の合った同時攻撃であの二人は空母艦娘として共に修羅場を潜り抜けて来た。

航空隊の練度は相当なモノだ。

しかし、相手は自分がいつもの自分とはまた一味違うのは心得ているはず。

別の手段を取ってくるかもしれない。

HUDに表示される《A》が速度と高度を上げ始めた。

やはり急降下爆撃機隊。このままの速度で行けば、三分で《A》と交戦だ。

艦攻で構成される《B》とは同時攻撃しない形になる。

「波状攻撃ですね……」

接近する艦爆を迎撃するには青葉の主砲だと仰角が足りない。遠距離からの対空砲撃も蒼龍の艦爆なら当たらない。

まずは回避に専念だろう。

それにしても、HUDは便利な代物だ。

レーダー表示から、温度、湿度、方位色々表示してくれるので、大助かりだ。

「つまり、深海棲艦もパワーアップしつつあるって事ですね」

生き残りたければ、強くならないといけない。

自分だけでなく、大切な妹である衣笠や第三三戦隊仲間、そして来年にはこの世を去ってしまう愛鷹も……。

 

 

「回避運動を取らないまま、直進?」

天山からの報告に蒼龍は訝しんだ。

ジグザグ運動も取らないまま、直進する青葉が何を考えているのか蒼龍には窺えなかったが、何か策は講じているであろうことだけは分かる。

「まさか、馬鹿にしてるんじゃないわよねぇ、青葉」

飛龍も怪訝な表情を浮かべるが、やる事は変わらない。

「スペクター隊、ウェポンズフリー、エンゲージ。青葉に爆弾をぶつけてあげなさい。

『死なない程度に』の加減で」

(了解! スペクター1より各機、続け)

 

一二機の彗星は六機ずつの編隊に別れると、時間差を置いて青葉の直上から急降下を開始した。

ダイブブレーキの甲高い音が響き、一糸乱れぬ艦爆が高度を急激に落としていく。

先陣を切るスペクター1の航空妖精さんが照準器に青葉を捉える。

後背から爆撃する形だが、青葉は針路を変えず、艤装の対空機銃も無反応だ。

こちらに背を向けたまま、直進している。

意図を図りかねながら、スペクター1は爆弾倉を開いて最終爆撃コースに乗った。

この距離なら外さない、と思った直後には演習用爆弾を投下していた。

彗星六機が六発の爆弾を次々に投下する。

程なく、着弾の水柱が海上に突き上がった。

 

「アイボール1、スペクターの爆撃効果は?」

攻撃効果確認の天山、コールサイン・アイボール1に蒼龍は第一波の戦果を尋ねる。

(青葉の艦影を確認。損傷確認できず)

「うそ! 回避運動も取って無かったのに? 

スペクター、狙いはどうだったの!?」

(回避運動を取り始めても間に合わない高度から落としましたが……一発も当たっていないなんて)

どう言う事だ、と訳が分からないままだったが第二波攻撃を蒼龍は指示した。

「スペクター1、第二波攻撃の評価をそっちでも行って」

(了解)

(こちらスペクター7、爆撃を開始する)

スペクター7を先頭にした六機の彗星が青葉めがけて急降下爆撃を開始する。

六機分のダイブブレーキの音が海上に殷々と響き渡り始める。

スペクター7の航空妖精さんが照準器を見つめる先にいる青葉は、舵を切ることなく進んでいる。

これは当たるだろうと、六機の航空妖精さんが爆弾投下レバーを引き、乾いた音と共に六発の演習爆弾が彗星から投下される。

投下された爆弾が青葉を水柱で覆いつくす。

「どうかな……」

蒼龍が攻撃効果報告を待っていると、アイボール1から再び連絡が入った。

(爆弾前段の着弾を確認するも、青葉に損傷無し)

うそでしょ、と蒼龍は信じられない思いでアイボールの報告を聞いた。

回避機動も取っていないのに、青葉は爆弾をすべて躱した。

「どう言う魔法を使ったのよ、青葉は……」

困惑のあまり頭が状況に付いていけていない蒼龍の脇で、飛龍が青葉へのライバル心を燃やした目で流星改に攻撃指示を出した。

 

 

「魔法じゃないですよ……簡単なフットワークです」

うっすらと口元に笑みを浮かべて呟きながら、HUDに表示される流星改一二機の機影に青葉は気を向けた。

青葉がとった「フットワーク」は極めてシンプルだった。

左右の主機の出力を交互に上げたり、下げたりして微妙に針路を変えていたのだ。

蒼龍の艦爆隊は青葉の予測針路を正確に想定して、全機の爆弾が同じところに落ちるよう精密爆撃を行ったのだが、逆にそれが失敗だった。

ローファーの踵にオプション装備の舵を付けていたのも幸いだった。

「さて、お次は飛龍さんの艦攻隊ですね。青葉……ちょぉっと本気出させてもらいますよ」

主砲艤装を担ぎなおして、接近する艦攻に青葉は備えながら不敵な笑みを浮かべた。

対空電探の探知表示を見ていると、四機ずつの三個編隊に別れた流星改が青葉を三方から囲い込む様に布陣し始めた。

三方向からの同時雷撃ですか……。

「三式弾、時限信管設定に切り替え、信管作動距離四〇メートル。

交互撃ち方、方位二-五-〇に指向。仰角二〇度に固定。

面舵一杯」

主砲を左に向け青葉は右へと舵を切った。

右へと円を描き始め、頃合いよしと見た青葉は射撃を始めた。

「教練対空戦闘、主砲、撃ちー方ぁ始めぇッ!」

四門の二〇・三センチ主砲が左右交互に三式弾を撃ち出し始める。

設定された距離で次々に三式弾が爆発し、黒煙が立ち込める。

青葉がそのまま円を描く様に航行しながら三式弾の射撃を続けていくと、立ち込める黒煙で青葉の姿が隠れた。

 

 

円状航跡を描きながら三式弾の発砲煙で姿を隠した青葉のやり方に、飛龍は舌打ちをする。

「今の湿度じゃ、あの黒煙はそう簡単には晴れないな……」

一二機の流星改は展開された黒煙で青葉を視認できない。

三方から魚雷をばら撒く様な形で攻撃を行うしかないだろう。

「全機フォーメーション解除、全周方位から魚雷攻撃はじめ!」

母艦である飛龍の指示通り、流星改は編隊を解除すると青葉を包み込む様に布陣しなおし、魚雷投下コースを取った。

すると黒煙の向こうから砲声が轟いたかと思うと、三式弾が黒煙の中から飛び出してきた。

魚雷投下コースに乗っていた流星改が一機、至近距離で爆発した一発の破片で損傷し、高度を落として海に突っ込んだ。

海に突っ込んで大破する流星改に続き、その右側から攻めていた一機にも三式弾が襲い掛かる。

もろに直撃を受けた流星改から航空妖精さんがベイルアウトした直後爆散し、破壊され、燃え上がる破片が海にばらまかれる。

更にもう一機流星改が撃墜された時、飛龍は攻撃失敗を悟った。

三式弾の爆煙で身を隠した上で、全方位から攻撃を仕掛ける戦法に切り替えるこちらの手を先読みしていたのだ。

どこから流星改が突っ込んで来るかは電探で探知可能だし、自分の航空隊がどう攻撃して来るかも青葉は容易に予想出来ていたのだろう。

砲声が四回海上に響き渡り四機の流星改が撃墜された頃に、残る八機の流星改が魚雷を一斉に投下したが、事前に撃墜された結果穴が開いた流星改のカバー範囲に青葉は避退したので、一発も当たる事は無かった。

 

「やれやれ、完敗だな……」

悔しい反面、やるなあと感心する飛龍に、自分よりも感心しているらしい蒼龍が感心したように言う。

「青葉甲改二……結構いけるんじゃない?」

「うん、元々六戦隊でも結構なやり手だったとは言うけど……こっちももっと鍛えないとなあ」

堅実なやり方、セオリー通り過ぎた自分達の未熟さを二人は噛み締めた。

教練対空戦闘の終了と、用具収めが発令され、青葉の新艤装の演習は終了した。

 

 

ノックしてドアを開けると、上半身分起こしたベッドの上で愛鷹は窓の外を見ていた。

部屋に入って来た蒼月に顔を向けて「こんにちは」と挨拶を返しながら微笑む顔は活気が無かった。

戦えない状態になってしまって、結構落ち込んでいるのは容易に分かった。

何と言えばいいか分からない気分を抱えながら、蒼月はせめてもの気紛らわしにと持ってきたモノを渡した。

「愛鷹さん、ジャズが好きだって聞いたので」

ミュージックプレイヤーを差し出すと、愛鷹は少し嬉しそうにそれを受け取った。

「ありがとうございます、蒼月さん」

「一応基地にあったジャズ全部をインストールしておきました。病室なのでイヤホンはしておいてください」

「了解です……ふーん、良いですね。好きな曲が大体入ってますよ」

受け取ったプレイヤーの画面に表示される曲名をスクロールすると、普段聞いている曲以外のも多数出て来た。

基本ハイテンポ好みだが、それ以外のテンポも普通に好きなジャンルだ。

多少は今胸にぽっかりと開いている様な喪失感を、これらの曲で満たすことは出来るだろう。

「愛鷹さんは普段何をしているのが一番楽しいですか?」

不意に蒼月が尋ねて来たので、画面をスクロールする手を止めた愛鷹は「そうですね」と宙を見上げて考えた。

考えてみると、音楽鑑賞と読書、喫煙以外、特に何かこれが好き、と言うモノは無かった。

そんなに趣味の広いタイプではない自分だ。

ただ、蒼月をはじめとする艦娘達と触れ合うこと自体が、楽しみになっている気はしていた。

自分は生まれて、日本艦隊に配属されるまでの間、同じ顔の個体と過ごすか、競い合うか、殺し合うかだったし、誰も接してくれない孤独な時間を過ごす事も多かった。

「……皆さんと一緒にいる、それだけでも、私は楽しいですね」

「……こんな事を聞くのも何ですが、愛鷹さんは深海棲艦との戦いが終わった後、どうするかとか考えた事ありますか?」

その問いに、愛鷹はプレイヤーをサイドテーブルに置き、手を組んで考えた。

「正直、無いですね。私は長生きできない体ですし……でも、少しでも長生きしたいと思う間に戦争が終わるという事はありえますね」

戦争が終わっても、自分には帰るべき場所などない。

もう、海軍での艦娘と言う立場が自分の故郷だった。

「帰るべき故郷も家族も私にはありません……海軍が私の居場所です。どこにも行くところがない」

「そうですか……もし愛鷹さんが逝ってしまう前に戦争が終わったら、私の故郷に案内しますよ」

「艦娘は終身軍人で帰郷は出来ませんが……?」

「戦争が終わったら艦娘は……いらないんじゃないですか? 私達って対深海棲艦専門の軍人って言うところですよ。

深海棲艦がいなくなったら、もう戦う必要は無い。自由になってもいいんじゃないかなって、私は思うんです」

そう話す蒼月に愛鷹は何故か、自分の存在を否定されたような感情を覚えた。

 

深海棲艦の攻撃で命を落とした艦娘の穴埋めとして、クローン艦娘が補填される。

自分はその為の計画で作り出された。

しかし、深海棲艦との戦争が終わったらクローン達に残される道は何だったと言うのだろうか。

ヒトの倫理を無視して作られたクローン達に与えられた末路とは……。

 

「廃棄処分……」

 

思わず自分の口から洩れた言葉に愛鷹はぞっとした。

戦争が終わってしまえば、人ならざる自分たちはまとめて処分されてしまうのではないか?

いや、なにより「廃棄処分」と言う言葉が自分の「言ってはいけない言葉」の様な気がした。

 

廃棄処分……廃棄処分……はいきしょぶん……ハイキショブン……ハイキ……ショブン……。

 

急に胸が苦しくなるとと同時に頭が割れる様に痛みだした。

左手で頭を抑えた時、込み上げてくる何かを堪えようと歯を食いしばるが、堪え切れなかったものが歯の間から噴き出した。

思わず口元に右手を当てると、大きな血痰が口からこぼれた。

「愛鷹さん!」

血相を変えた蒼月が自分を呼ぶが、「廃棄処分」と言う言葉を耳元で大勢の人間の口から繰り返し囁かれる様な感覚が愛鷹を襲った。

 

「やめて……やめて……」

 

子供の様な声でぽつりぽつりと絞り出す愛鷹の目から涙が溢れた。

 

「やめて……廃棄処分しないで……やめて……廃棄処分しないで……」

頭の中で繰り返される「廃棄処分」と言う言葉に愛鷹は涙を流して震え始めた。

小さな子供の様に泣きじゃくり出す愛鷹の頭の中で、刷り込む様に「廃棄処分」と言う言葉が繰り返される。

両手で頭を抱え、脳内で繰り返される「廃棄処分」と言う言葉に抵抗するように「やめて……」繰り返す。

 

すると蒼月が震え、泣きじゃくる愛鷹を優しく抱きしめた。

「大丈夫ですよ、大丈夫。愛鷹さんは大丈夫……誰も愛鷹さんをそんな目にはしません。

大丈夫」

優しく言い聞かせるように蒼月は愛鷹の頭を撫でた。

 

昔、今亡き蒼月の母が辛い時、怖い思いをした時にしてくれたのと同じことを蒼月は愛鷹にしていた。

母がこうしてくれると自分はとても心が安らいだ。

きっと愛鷹にも通用すると思い、母がしてくれた感覚を再現できるように心がけた。

自分の胸の中で愛鷹はなお嗚咽を漏らしたが、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 

 

落ち着いた愛鷹を寝かしつけた蒼月は、なぜ愛鷹がああなったのか気になった。

元々壮絶な育ち方をしているから、不思議ではないのかもしれないが、どうも心に引っ掛かるモノがあった。

誰かに相談してみようと思ったが、考えてみると大和しかいなかった。

最近、食堂で読書をしている事が多い大和の姿を思い出し蒼月は部屋を出て食堂へ向かった。

がらんとした食堂の隅で詩集を読んでいる大和を見つけた蒼月は、今見て来た愛鷹の姿を話した。

全てを聞き終えた大和は軽く溜息を吐いた。

「多分それはブロークンワードですね」

「ブロークンワード?」

聞き返す蒼月に大和は説明した。

「あの子に限らずクローンには万が一、暴走した時に備えて一定の言葉をかけると思考停止、一時的な精神の退行状態に出来るブロークンワードと言うモノが設定されているんです。」

「つまり愛鷹さんのブロークンワードが『廃棄処分』であると」

「ええ。それにあの子はあの実験……選別試験の後、常に処分される可能性、恐怖とも戦う日々でしたから余計に反応しやすいんです。

でも一概に『廃棄処分』に反応するとは限らないんです。

機械などのモノを『廃棄処分』と言う身ではあの子は反応しませんが、生き物への『廃棄処分』と言う意味になるとあの子の頭の中でブロークンワードが発動するんです」

「そうだったんですか……自分でも口に出せないくらい……」

だから愛鷹自身がクローンであることを明かした時、語られなかった訳だ。

ふと気になった様に大和は蒼月に尋ねた。

「どうやってあの子を静かにさせられたんですか?」

「母が昔私にしてくれたのと同じことをやってみたんです。

そっと、優しく抱いて『大丈夫だよ』って……」

その言葉に大和は顎を摘まんで唸った。

ブロークンワードが発動してしまったクローンを宥めつかせるのはかなり大変だ。

狂乱状態になって射殺処分された個体も存在したから、蒼月がやったやり方で愛鷹が落ち着いたのは何だったのだろうか。

少し考えてみた結果を口に出す。

「母性的なモノがあの子の治療方法なのかもしれませんね」

「母性的な……」

その通りと大和は頷いた。

「あの子は人為的に生み出された、つまり親の愛情と言うモノを知らない。

生まれてすぐから孤児だった人とはまた別なんです。生まれてすぐの孤児でも母親の胎児から生まれた訳ですからほんの僅かでも、孤児にも母性反応は出るそうなんです。

でもあの子は人工子宮の中で生まれたから、母親と言う概念そのものが存在しない。

恐らく蒼月さんのやったことは、あの子にとって生まれる時から存在したことが無かった母性的な『優しさ』『愛情』と言うモノが、あの子の精神を落ち着かせることが出来た要因なのだと思います」

「母性的な……でも私は未成年なんですけど……あ」

ふと何かに気が付いたように蒼月は時計を見た。

どうかしたのかと大和が聞こうとした時、蒼月は微笑を浮かべた。

「私、三時間前に二十歳になっていました。今日は私の誕生日なんです」

「そうなんですか、お誕生日おめでとうございます」

優しく笑みを浮かべる大和に蒼月は「実感がわきませんけど、ね」と自分の手を見て返した。

 

 

それから数日の間、トラック基地は警戒監視を強化して深海棲艦からの攻撃に備え続けたが、第三三戦隊への集中攻撃の後の割には一機の偵察機も飛来しなかった。

トラックに展開する艦娘達はいつ来るのか分からない深海からの攻撃に備えを怠らない一方で、不気味なほど静かになっている深海棲艦の動きに不安も抱き始めていた。

 

 

その日、臨時編成の哨戒任務部隊を組まされた衣笠、由良、吹雪、白雪、初雪、叢雲の六人はトラック諸島北西部の海域に繰り出して警戒に当たっていた。

上空直掩は別働の五航戦の翔鶴艦載機、紫電改二が八機だった。

深海棲艦の大規模攻撃、結局来ないわね……胸の内で肩透かしを食らった気分を抱えながら、単従陣を組んだ哨戒部隊の先頭を衣笠は進んだ。

対潜警戒を行う吹雪以下第一一駆逐隊のメンバーは、海面とソナーからの反応を頼りに監視を行うが、海中は静かだった。

「静かすぎて、不気味ね……」

低い声で言う由良にその通りだと衣笠は頷く。

「嵐の前の静けさ、って言うのがあるけど……大荒れになりそうな予感」

「トラックにいる艦娘は三〇人、あー、でも一人は計算外か」

計算外と言う言い方に一瞬だがイラっと不快にさせて来るものを感じた。

確かに愛鷹は艤装を失って戦えない状態だ。それが原因か、かなり意気消沈している。

衣笠の前では健気に振舞ってはいるが、愛鷹が日々やりきれない不満を抱え込み続けているのは隠しようがなかった。

愛鷹さんだけ、先に帰国させちゃえばいいのに……。

実際に立石司令官に意見具申してみたのだが、「今トラックと本土との航空便は閉鎖状態だ」の一点張りだ。

海軍の上の人達は一体何を考えているんだろうか。

疑念と疑問、不信感が衣笠の胸に湧き出るばかりだった。

 

 

波の高さは凪ぎに近く、六人が航行するには何ら支障はない。

海上は静かで空も静かだ。

戦争をしている実感を思わず忘れさせそうなほど、穏やかだ。

「もう、戻りたい……」

退屈になって来たのか初雪が欠伸交じりに言う。

その初雪に振り返って白雪が返す。

「まだ哨戒任務コースの半分を消化した程度だよ。気を抜かないで頑張ろうよ」

「まあ、暇な気分になるのも分からなくもないけど」

二人の後ろから、普段はだらけている初雪に喝を入れる係の叢雲が珍しく同調した。

「撤退したのかな」

第三三戦隊と言う思わぬ程粘り強く抵抗した部隊に脅威を感じ、一時後退したのか。

そんな事は無いか。

軽く頭を振った時、青々とした変哲の無い海上に何か光るものが吹雪の目に入った。

「なんだろう」

ふと羅針盤の電探表示に目をやると艦影表示が出ていた。

艦影捕捉、と吹雪が言おうとした時、電探表示に強いノイズが現れ始めた。

 

羅針盤障害だ。

 

「対水上警戒発令! 羅針盤障害及び方位〇-九-〇に敵味方不明艦影を捕捉!

同時に羅針盤障害を確認、障害レベル1、なおも増大中!」

「深海棲艦の艦隊ね、全艦一斉回頭! トラックに緊急帰投するわ、新針路二-〇-〇、回頭発動!」

そう告げる衣笠の一声と共に六人はトラックに引き返した。

 

引き返す途中、あの光は何だったのだろうと吹雪が思った時、由良が叫んだ。

「三時の方向に深海棲艦の航空部隊を視認! かなりの数よ、対空電探は何やってたの⁉」

「羅針盤障害レベルが酷くて探知範囲が低下しています」

自身の電探表示を見て白雪が返す。

全員が由良の言う方向を見ると、大規模な深海棲艦の攻撃機編隊が空の遠くに見えた。

「トラック基地は、確認しているのかな?」

不安げに呟く吹雪に「あれだけの数よ、気が付くわ」と緊張感を高めている顔の叢雲が返した。

「こっちに来るかもしれないわ、全艦対空戦闘用意!」

主砲を構え直しながら衣笠が凛とはった声で告げる。

対空戦闘の構えを取る六人が見つめる攻撃隊は、一機も六人の方へ向かって来る事は無く、トラック基地の方へと飛び去って行った。

 

 

特にする事がないと言うのは、実に下らなく苦痛でしかなかった。

しかし特に書類仕事も無く、書庫の面白そうな本も大体読破してしまい暇で仕方なくなったので立石に許可を取って、愛鷹は武器庫に赴いた。

艦娘が銃器に触れるのは別に違法行為にならないし、許可さえとれば対人でない限り発砲も可能だ。

暇つぶしに銃器の解体と組み立てのタイムスコアでもやろうと、愛鷹はまずは狙撃銃のレミントンMSRに手を付けた。

海兵隊で今でも使われている狙撃銃で、アメリカ陸軍が採用したモノを国連海兵隊がそのまま使っているモノだ。

ボルトアクション式狙撃銃なので、再装填の度にスコープからいちいちボルト操作しないといけない、連射出来ない、目標との照準誤差が出ると言う欠点はあれど、精度と信頼性はセミオートマチック式の狙撃銃よりずっと高い。

施設時代にいろんな銃器の扱いやら何やらを叩き込まれているし、分解、組み立ても朝飯前だ。

勿論射撃もした。

何で艦娘なのにあの時いろんな銃器射撃の訓練まで受けたのだろう、と疑問に思ったが考えてみると国連軍直轄艦隊の艦娘を他の艦隊司令部での内偵、そして邪魔な海軍高官がいればその暗殺などにも用いる気があったのではないか、と考えてみれば納得がいった。

分解しながら国連海軍直轄艦隊にそもそも同僚となる艦娘はいたのだろうか、と言う疑念が湧いてきた。

一応、活動は報告されているが国連海軍直轄艦隊に配備される予定だった愛鷹自身、艦隊のメンバーと会ったことがないし顔を見たこともない。

本当に存在し、編成されているのか?

そんな疑念が頭を過った。

分解し終えたMSRを再び組み立てなおし、ストップウォッチを見ると思ったより二秒遅かった。

考え事をしてたら二秒遅れたか、と軽く溜息を吐き、もう一回とストップウォッチに修正をかけ始めた時だった。

 

武器庫にも聞こえる空襲警報が鳴り響いた。

ぎょっとして天井を見上げた時、スピーカーから管制官の叫び声が飛び出してきた。

 

(至急、至急! トラック基地北西部哨戒艦隊及びレーダーサイトがボギー多数、いや無数を探知!

到達まで一二分! 総員配置! 総員配置! 防空隊は全機スクランブル!

全対空部署は対空戦闘用意! 出撃が間に合わない艦娘並びに非戦闘員はバンカーへ緊急退避!)

 

ボギー多数、いや無数……深海棲艦の大規模航空攻撃。

「……北西部哨戒艦隊。衣笠さんが率いる艦隊か」

大丈夫だろうか、と不安になるが今はそれどころではない。

艤装が使用不能状態の自分はここでは何もできない。

今すぐバンカーに行って……。

と、思った時、目の前のMSR狙撃銃に目が行った。

 

 

続々と迎撃に出る紫電改二、雷電、P51の編隊が滑走路を駆け抜けて、空へと上がっていく。

しかし、四〇機ほどが上がった時には深海棲艦の大規模攻撃編隊が基地に到達していた。

「なんてこった、あれは棲姫級にしか積めない重攻撃機だぞ」

画面に映し出されるタコヤキの編隊でも、一回り大きな機体の群れを見た立石が歯噛みした。

まあ、この大規模基地を攻撃するにはあれだけの機体を投入しないと無理だろうが。

「迎撃隊、交戦開始します! フロッティ隊、シグルズ隊、ミミック隊、バイアス隊、グラムロック隊の航空管制はAWACSマジックに引き継ぎます」

(マジック了解、指揮を頂く)

管制官とAWACSマジックとのやり取りが指揮所に響くが、管制官の一人が上ずった声を上げた。

「アロー隊、ヴァラック隊、グレイモス隊は離陸が間に合いません!」

(こちらグレイモス1離陸する!)

(航空管制からグレイモス隊、離陸は中止、航空妖精は退避だ、おい待て!)

(タコヤキ複数、突っ込んで来るぞ!)

(高射隊は何をやってんだ!)

(グレイモス2が被弾! 駄目だ、落ちるぞ!)

(グレイモス2が墜落! A滑走路使用不能!)

(残骸の撤去は無理だ、全地上戦闘機の航空妖精は退避急げ!)

離陸を強行したグレイモス隊の二番機が撃墜されて滑走路がふさがれてしまったらしい。

しかし、滑走路は他にもあるしタキシングに時間がかかるが、F35や輸送機などが使う方の滑走路もある。

爆発音が地下の指令所にも響き始め、不気味に揺れた。

警報が鳴り響き、被害報告が上げられてくる。

(高射陣地B3-1沈黙!)

(北三二番燃料タンクファーム、爆撃により誘爆多発! 消火は諦めろ、退避するんだ!)

(東部の港湾施設に爆撃が集中、損害率三八パーセント)

広大なトラック基地への被害はまだ大したものとは言えない。

しかし、それは今のところの話だ。

被害状況が表示されるスクリーンを見る立石の脇の受話器が鳴った。

こんな時に誰だ? と思いながら受話器を取る。

「私だ」

(お忙しい中、申し訳ありません司令官。愛鷹です。

銃器使用許可を頂きたく、連絡させていただきました)

「目的は何だ、中佐」

(深海にラプア・マグナムを撃ち込んでみようかと)

「……許可する」

思わず口元に笑みを浮かべた立石は迷う事なく許可した。

艦娘が「趣味用途以外の銃器使用するのは禁止」だが、立石は後でそんなのこの混乱の中でもみ消せる、と気にしない事にした。

何より狙撃銃で深海の艦載機を撃ち落とせる、と言ってのけている愛鷹の戦果が見てみたくなった。

「中佐、一つ条件だ、全弾当てて来い。何かあったらこっちで話をつけておく」

(ありがとうございます)

 

 

「早くバンカーへ!」

出撃が間に合わない艦娘達の避難誘導を行っていた大和は最後の一人である初霜がバンカーに入るのを確認すると、中にいるメンバーに点呼を取らせて全員いる事を確認した。

「ちっくしょう、出撃が間に合ってれば……」

悔しそうに朝霜が拳を握りしめる。

残念ながら哨戒艦隊として出ていた六人以外の艦娘全員が、この時陸上にいた。

五航戦の翔鶴、瑞鶴、第二水雷戦隊の矢矧、初霜、朝霜、時雨が出撃準備中だったのだが、間に合わないと判断されてバンカー退避指示が下されていた。

悔しがる朝霜の気持ちはわかる、と大和も思いながらバンカーへの入り口に入ろうとした時、外を見ていた時雨が目を向いて叫んだ。

「大和! 背後から敵機が!」

その言葉に咄嗟に振り返ると、バンカーへの入り口に立っている大和に敵機が二機、爆弾を抱えて急降下してきていた。

拙い、と中へ飛び込もうとした時、一機が突然どこかから放たれた何かに射抜かれ、爆発した。

僚機が撃墜されたのに気が付いたもう一機が何事かと思った時には、既にまた何かに射抜かれて爆散していた。

どういう事、と大和が唖然として空を見ていると深海棲艦の攻撃機が一機、また一機と高射隊の弾幕が展開されていないにも拘らず撃墜されていくのが見えた。

まさか、と突然胸に湧き上がった衝動にかられた大和はバンカーの強化ハッチに手をかけると「じっとしててくださいね」と残して閉めた。

 

 

ボルトを操作し、次弾を薬室に装填し、再びスコープを覗き込んだ。

338ラプア・マグナム弾は、対人狙撃の為に開発されたものだから勿論対空射撃などを考慮していない。

近接信管などを仕込んでいないから、直接深海棲艦の攻撃機に当てる必要がある。

唇を舌で舐めて湿度を体感で測り、スコープで近くの国連軍旗で風向きを確認。

後は勘で何とかするだけと思いながら、MSRを構えて一〇発のラプア・マグナムを装填したマガジンをセットして空に銃口を向けた。

スコープに空一杯を飛び回っている深海棲艦の攻撃機の内、爆撃前の機体を捉えると軽く息を吸って止め、レティクルで大まかな予測針路を読み引き金を引いた。

今の所、立石との約束通り七発中七発命中だ。

バンカーへの入り口に向かう機体を見かけた時は、当たるかと一瞬不安にはなったが二発とも充てることに成功した。

対空狙撃と言う形で愛鷹が使っている338ラプア・マグナムの有効射程は大体一七〇〇メートル。

一〇〇〇メートル程度なら高性能な軍用ボディーアーマーをも撃ち抜く威力だ。

直撃すれば、まあダメージは与えられるだろうと踏んでいたが、案外落ちるものだ、と感心する。

再びスコープを覗き込んで爆撃コースに乗っている攻撃機に狙いを定める。

軽く息を吸い込んで止め、心臓の鼓動を感じながら、落ちろ! と引き金を引く。

直撃を受けた攻撃機が爆発して周囲の攻撃機の姿勢を崩す。

再びボルトを操作し、次弾を薬室に送り込んでいると自分を呼ぶ声がした。

「愛鷹、何しているの!」

大和だった。

「何って、対空狙撃だけど?」

「あ、当たってるの……?」

目を丸くする大和を見て、邪魔しないで欲しいなと思った時、大和が来た方向にさっき二機狙撃したバンカーがあるのを思い出した。

計らずもこいつを救ったことになったか? と内心偶然とはいえ腹立たしいものを感じながら再びスコープを覗き込む。

「そんなことしてないでバンカーに逃げないと!」

「どの道、私の艤装は使い物にならないから出撃は不能。狙撃は集中力がいるの。

邪魔しないで」

「でも……危ないわ」

しつこい、と大和を睨みつけた時、大和が自分の手を引いて走り出した。

字面に置いていた338ラプア・マグナムの予備マガジンを足でひかっけて、よろけながらも愛鷹は続きかけるが、大和の手を振りほどいた。

「……自分の命は自分で護るわよ」

余計なお世話だと大和の目を見て言うと、初めて大和は怒った顔になると自分を見て怒鳴った。

「だから、危ないことしてほしくないのよ! 狙撃で一機二機落としても、相手にはかすり傷程度の損害。

自分の艤装を失って戦えないからこうやって気分を発散したいのかもしれないけど、危険なことをして命を落としたらどうするのよ!

貴方はまだ死にたくないんでしょ⁉ 狙撃中に不意を突かれて撃たれて死にたいの⁉」

初めて自分を怒鳴りながら叱る大和に、珍しく愛鷹の顔が気圧されたような表情になる。

目に動揺を浮かべて自分を見る愛鷹の手を再び掴むと、大和は別のバンカーへと走り出した。

もう自分が手を引いて走るもう一人の自分は抵抗せず、素直について走って来た。

 

 

爆撃が終わったのはそれから一〇分もしない内の事だった。

 




愛鷹に唯一優しく接してくれていた恩師の死の真相を明らかにする回となりました。
三笠には特に愛鷹への恨みと言うモノは無く、純粋な興味がその心に渦巻いています。

艤装を事実上失ってしまった愛鷹は、自分のとった行動の結果だったとはいえかなり自棄を起こしかけていて、対空狙撃はある意味大和の言う通りその反動でもあります。

青葉甲改二の姿と、彼女の対空射撃能力と判断力のお披露目する回ともなりました。

ブロークンワードが発動した愛鷹が完全に思考停止状態になりますが、それが今後どう物語に関係するか、楽しみにししていて下さい。


次回からトラック基地を巡る国連軍と深海棲艦との激戦を描いていきます。

ではまた次回でお会いしましょう。

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