「Enemy contact」(敵発見!)
「What⁉ Where is it!?」(何!? どこ⁉)
「Oh no! Melvin is sinking! Repeat Melvin is gown!」(そんな、メルヴィンが被弾、轟沈! 繰り返すメルヴィンがやられた!)
「I,m hit! All guns offline. Datworth exiting the AO!」(被弾! 全砲門沈黙。ダットワースは作戦エリアから離脱します!)
「Enemy 9 O`clock Battleship 6 Destroyer6. All ships prepare surface fight! Fire at will Fire at will!」(敵九時方向、戦艦六、駆逐艦六、全艦対水上戦闘用意! 随意射撃、各個に撃て!)
「Indianapolis hit!」(インディアナポリスが被弾!)
「Come on!」(このー!)
「Caution! Torpedo incoming!」(魚雷接近! 注意して!)
「We`ll not Ok……!」(このままじゃ拙い……!)
「All station this is……」(全ステーション、こちら……)
「Northampton!? No no!」(ノーザンプトン⁉ ダメー!)
「Help……somebody help!」(助けて……誰か、誰かぁっ!)
「Help me!」(助けて!)
「Admiral!」(提督!)
砲声、悲鳴、絶叫、爆発音、崩れていく水柱が立てる土砂降りのような音、断末魔の言葉……。
音声を聞くだけでも絶望的な状況に陥ったことが分かる。
それだけでも充分なのだが、通信文に加えて映像も添付されていた。
とても見るに耐えられる物ではない。
「歴戦のインディアナポリスとノーザンプトンに加え、バルティモア級重巡スプリングフィールドにフレッチャー級のメルヴィン、ダットワース、マクドゥーガルまで……」
(艦娘と付き合いが長いお前には苦しい物だが、最前線の彼女達の状況はこれだ)
唇を噛む武本に映像を送って来た日本艦隊統合作戦司令部情報部部長の有川大翔(ありかわ・はると)中将は、画面越しの武本の心情を考えてやや間をおいてから言った。
「分かってるさ……この映像は?」
(スプリングフィールドのキングフィッシャー水偵がこのデータを持ち帰った。だが八日が経っても第九二・五任務部隊六人の消息は不明だ。
今第二五航空戦隊の秋津洲、千早の二式大艇を投入して捜索中だが、生きているかは……)
「……戦艦だが、三隻はル級で間違いないな。
だが……残る三つは見覚えがない……」
(映像証拠ではおそらくこれが唯一のモノかもな……分かるか?
一応俺のカンだが、二〇インチを超える主砲を装備している深海棲艦の最新鋭戦艦かもしれん。
この間信濃に重傷を負わせたあいつだ)
「……確かな証拠とは言えないが、水柱がル級のモノとは明らかに異なるものがあるからには奴と考えるべきかもしれないな。
だが……場所が沖ノ鳥島とはな」
(ああ。本土とは目と鼻の先だが、あの海域は航空優勢と制海権の確保ができていない。奴らは叩いても叩いてもあの海域にやって来る。
そこへ来て新型戦艦の登場だ)
「それで……俺に何をしろと?」
武本の問いかけに、高校時代からの付き合いである有川は深い溜息を吐いてから口を開いた。
(上は早期の索敵攻撃部隊の第三三戦隊投入を望んでいる)
「無理だな。艦隊演習を始める段階だ。
まだ戦線に投入できる段階じゃない」
(分かっている。俺がお前でも同じことを言うな。
だが上はどうも第三三の艦娘に対して着目していないようなところがある)
それを聞いて普段温厚な武本の目が変わった。
「どういうことだ? 着目していないなら投入なんて急かさないだろ」
(発展性が無い重巡、同型艦が無い運用しづらい軽巡、員数外扱いの特型駆逐艦、腰抜けの秋月型、それと愛鷹だ。
瑞鳳を編入させたお前の機転はよかったが……)
「口の悪さはまだ治らないのかよ」
(上の評価だ。俺は彼女達に暴言を吐く気はない。
口の利きはともかく、艦隊司令部どころか国連海軍上層部内での動きが何か妙だ。
蒼月と愛鷹以外は経験が豊富でそう容易に捨て艦扱いするとは思えないし、蒼月と愛鷹も問題らしいところは何も無い……にも拘らず上は第三三戦隊の連中の投入先にこの海域を予定している)
有川が第三三戦隊の投入予定海域を画面に送って来た。
「おいおい、上は本気か?」
どこも危険度では最高クラスだ。
敵の展開状況が不明瞭な場所で、過去に攻略作戦を行った艦隊の多くがここで辛酸を舐めさせられている。
完全に深海棲艦の勢力圏に落ちた北米西海岸への偵察予定まで盛り込まれている。
潜水艦ですら潜入が困難な所だ。
武本として到底派遣を容認できる海域ではない。
あまりにも危険すぎる。
第三三戦隊は偵察部隊だが特殊部隊ではない。
Navy sealsやグリーンベレー、フォースリーコンとは全く訳が違う。
「彼女たちを殺す気か……?
上はいったい何を考えている」
(分からん。俺の方で少し探りを入れてみるが……もしかしたら、上層部の手で妨害が入るかもしれない)
「……まさか、な」
(お前は首を突っ込むなよ。
この話は、ガキの頃からの付き合い、ダチとして伝えておくべきだと思ってだ。
お前としては部下も家族も失いたくはないだろう?)
「あいつのことは言うなよ。
もう何年前だと思っている……区切りは付けた、さ……」
(……ならいいが。
とにかく上が何で変なことを企んでいるのか、俺の方で調べる。
杞憂であることを願ってろ)
「お前こそ無茶するなよ、消されるかもしれないだろ?」
(心配するな。やる事はジェームス・ボンドみたいなことじゃない)
「分かった……健闘を祈る」
互いに画面越しで敬礼した後、武本は司令官室の奥にある個室の照明をつけた。
個室には色々な書類ファイルや本が納められた本棚、武本の私物、ベッドが置かれている他に秘話回線での会談にも使われる。
男性である武本が一人でいる事が出来る数少ない場所だ。
秘書艦の長門らですら滅多に入ったことが無い(一度、金剛や青葉が入ろうとして失敗したことがある)。
別に秘密の部屋ではないが、提督のプライベートルームだし艦娘抜きでの会議の時に使える唯一の空間だ。
デスクの椅子から立った武本は本棚に歩み寄ると一つのファイルを引き出した。
ファイルを開いてページを一つずつじっくりと見る。
「……このファイルにあの六人を足せと言うのか?
ふざけた事を抜かしやがって……」
艦娘は人間だぞ、消耗品じゃない。
まだ人の姿をした兵器だと思っている奴がいるのか?
ファイルを閉じて棚に戻していると、部屋のドアがノックされた。
「誰か?」
(私です。第三三戦隊の演習が始まりますが、行かれないのですか?)
長門だった。
そう言えば新編成第三三戦隊の演習視察をする予定だった。
演習視察も提督の務めだ。
「ああ、すぐに行くよ。心配しなくても大丈夫だ」
そう言ってデスクの上に置いていた制帽をとると部屋のドアに向かった。
「……心配は……ないさ……」
日本艦隊統合基地の演習場に第三三戦隊の面々が展開し、演習を始めたのは午前一〇時の事だった。
演習場には訓練監督名目で立ち会っている練習巡洋艦香取と、演習時によく実技指導に当たる利根、それに訓練支援科と言う部門の妖精さんが乗る演習支援艇が待機した。
少し遅れて視察のために武本が内火艇で演習内容を見に来た。
まず行われたのは陣形組み換えを含めた航海演習だった。
旗艦である愛鷹の後ろに青葉、夕張、蒼月、瑞鳳、深雪が続く対水上戦闘向きの単縦陣から、瑞鳳と愛鷹を中心にした対空戦闘陣形の輪形陣、対潜水艦戦に対応した単横陣への迅速な陣形組み換えが優先して行われた。
演習内容を組んでいた愛鷹の号令と共に、第三三戦隊の面々は単従陣から輪形陣、輪形陣から単横陣、単横陣から再び輪形陣、陣形変換時に応じて機関最大戦速、機関前進強速と速力の調整、被弾した艦をランダムに想定して援護態勢。
次席指揮官となる青葉からすると、久しぶりに激しく動いている気がした。
しばらく前線に出ていなかったブランクの大きさが自分でも信じられない。
少しでも陣形変換への時間が遅れれば、最初からやり直しだ。
速力も一人でも調節に乱れが出たら最初からやり直しだ。
指導役を務める愛鷹の指導は、怒鳴り声を上げる事もなければ、仲間のミスで振出しに戻ることに苛立ちを見せる事が無い。
ただ、静かに「これでは駄目だから最初からやり直し」と言って、途中で区切った場所にまで戻って、やり直した。
陣形変換だけが演習ではなかった。
之の字運動と言う回避機動も行っていく。
空爆を受けた時はこの回避機動をとらないと簡単に被弾してしまう。
重巡である青葉ならある程度耐えられる被弾でも、深雪と蒼月の二人からすれば非常に大きな脅威だ。
初めは全員の足並みが揃わなかった。
特に前線に出ないことが多い蒼月はたびたび足を引っ張ったが、深雪のフォローもあって少しずつ合わせられるようになった。
「輪形陣より単縦陣へ。
陣形変換後機関第三戦速へ。陣形変換は八秒以内に行きますよ」
愛鷹がそう言うと、青葉たちは頷いた。
「はじめ」の合図となる形で愛鷹が手を振ると、六人はすぐさま陣形変換に移る。
輪形陣の戦闘にいた青葉の前に愛鷹が出るとその後ろに輪形陣の時は最後尾についていた夕張がつき、左翼にいた深雪は最後尾に、右翼の蒼月は瑞鳳の前に出て、瑞鳳は深雪の前に出て六人は航跡が一本筋になる単縦陣に陣形を変換した。
ストップウォッチを見ていた愛鷹は「七秒六八。上出来です。皆さん」と告げる。
上手く出来れば愛鷹はきちんと褒めてくれる。
はじめは足を引っ張りがちだった蒼月も既に陣形変換にだいぶ慣れてきたようだ。
少し息が上がり気味なのが気になるが、何とかなるだろう。
「次は六秒で決めようぜ!」
やる気満々の深雪が言うと愛鷹は頷いた。
「では六秒で輪形陣に戻ります」
六秒か……二秒タイムが縮められた。
五人の顔が引き締まる。
「用意!」
彼女の手が振り上げられる。
「はじめ」
旗艦の手が振り下ろされるや、すぐさま一同は輪形陣に組み替える。
慣れてくれば一同の動きは素早い。
艤装の性能は全員バラバラだが、物覚えの速さは同じだ。
驚く事に艦娘としての配属が間もない新入りにもかかわらず、愛鷹の動きは熟練者並みの動きの素早さだった。
動きに無駄がない。
メンバー中一番背が高く、艤装として大きな三連装主砲塔を三基装備しているので動きは鈍重そうに見えるが、それは見た目であり機動性の良さは駆逐艦には及ばないが軽巡、重巡なみだ。
むしろ背丈が深雪よりやや小柄な瑞鳳の機動性が一番低かった。
その為陣形変換時は機動性が低い瑞鳳を中心に変換することになっていた。
陣形変換の「はじめ」の合図から変更終了の時間を図っていた愛鷹は、変更終了と共にストップウォッチを見て頷いた。
「六秒二一です。これだけでも十分上出来ですね」
「うーん、二一足りない…」
深雪が渋面を浮かべる。
当の深雪はけろりとしているが青葉、夕張、蒼月、瑞鳳は少し息が上がり気味だ。
演習開始からもう二時間が過ぎている。
そろそろ水分補給や昼食程度はとった方がいい。
勿論愛鷹はそれを無視するような鬼ではない。
疲労が些細なミスを招く。
ミスを防ぐには早めの手を打てば簡単だ。
「一旦休憩にしましょう」
ヘッドセットの通話スイッチを押すと、演習開始ポイントで待機している香取、利根に連絡を入れた。
「こちら愛鷹。
小休止とし、演習開始ポイントに戻ります」
(了解です)
(承知した)
「ではスタート地点に戻りましょう。
陣形を単縦陣に。ゆっくりでいいです。
瑞鳳さん、対潜哨戒機の稼働時間は?」
「まだ二時間は飛べますよ。
磁気探知機には反応はないし、電探にも敵の反応なし。安全圏です」
「小休止したら交代の第二陣を発艦。
第一陣は第二陣と任務を交代次第帰投とします」
「了解」
一同は単従陣に陣形を組み替えると前進強速まで速度を落として演習を始めた場所へと戻った。
肩の力を抜くメンバーをちらりと見ながら愛鷹は、今行っている演習内容の成果に満足していた。
完璧と言うのにはまだ時間が早すぎるが、不安要素は今のところない。
これを最低でも五日以上は続ければ呼吸はかなり合うだろう。
一週間もすれば阿吽の呼吸になれるかもしれない。
かなり期待できる仲間だ。
蒼月の呑み込みと成長の速さは聞いていたよりも良い。
「愛鷹さんはここに来る前、誰と組んでやっていたんですか?」
ふと、夕張が新入りながら愛鷹の無駄のない動きに驚かされた一同を代表して問いかけてきた。
「合同練習は今回が初めてです。
シミュレーションは何回もしましたが、実際にやるのとでは大きく違いますね」
「でも初めてでここまで動きがいいなんて、すごいですね。
流石です」
どこか自分と何か比べている節が見える蒼月が、初めて「艦娘同士で一緒に」訓練をしたばかりと言った愛鷹に目を輝かせた。
夕張、深雪、瑞鳳も「合同演習は初心者」の段階で高い技量を持つ愛鷹に目を丸くしていたが、青葉はまた別の視点で愛鷹を見ていた。
開始地点に戻ると一同は支援艇に上がって、昼食を摂った。
また昼食に加えて視察に来ていた武本が持ってきた差し入れのチョコレートも一同は頂く。
カロリーが高く、集中力の上がる糖分が詰まったチョコレートを食べている時に、冗談交じりに瑞鳳が「ホワイトデー早くない?」と言って一同の笑いを誘った。
昼食である「缶メシ」(時々艦メシと書かれたりする。お湯で温めないと不味い)とチョコレートを食べ、愛鷹は持参していた魔法瓶に入れたコーヒーをカップに移して飲んでいると、香取が指導方法と愛鷹の技量の高さを称賛してくれた。
「どこで教わったのです?
良い教官に指導してもらったようですが。
私もその方の教示を頂いてみたいです」
練習巡洋艦らしい問いかけだが、この問いには答えられない。
「それに関しては、残念がらノーコメントです」
なんで? と言う視線が来るのは予想していた。
しかし答えられないものには答えられない。
後ろめたさはあるがこれは仕方がない。
「何か隠し事でもあんの?
言っちゃっていいんだぜ、仲間なんだよあたしらはさ。
なんか悩み事とかあるんなら相談してくれって」
なあ、と深雪が同意を求めると皆は頷いた。
「悩み事……ね」
悩み事で済むのなら苦労はしないのだが。
カップのコーヒーを飲み干して深くため息を吐きながら、打ち明けられれば確かに息苦しさの少しは和らぐかもしれないと思い、最低限の事は明かしておくべきかと思い口を開きかけた。
しかし、言おうとした時急に呼吸が苦しくなった。
痛い。
胸が痛い。
心臓が何かに締め付けられるような、表現し辛い苦しみ。
嘔吐がこみ上げて来てたまらずに海に向かって吐く。
口からは何も出てこない。
だが胸から込み上げてくるものはまるで無理やり自分から出ていきたいかの様に口からあふれる。
拙い、発作だ。
かなり酷い。
激しく動いたので何か負荷でもかかったか?
しかし、この程度の運動は何度もしてきた。
それなのにこの苦しさ。
初めて仲間とともに演習をしたストレスのせいか。
しかし初日から中々満足できる結果が出ているのに?
慌てて駆け寄って来る一同が「大丈夫?」「何か喉につっかえた?」と聞いて来る。
瑞鳳らしい小さな手が背中をさすってくれる。
激しく咽込みながらコートのポケットからタブレットケースを出して数錠口に入れる。
「愛鷹、何か持病でもあるのか?」
不安そうな声で利根が聞いてくる。
持病か……。
「まあ、持病みたいなものですかね」
深呼吸すると苦しみと痛みが治まって来た。
なんでこんな時に発作が、と自分の体への恨めしさがこみあげて来る。
もう一度深呼吸していると、青葉がたずねて来た。
「これから射撃演習ですけど、出来ます?
無理はしない方がいいかもしれませんよ。
司令官はどう思います?」
「……愛鷹くんの判断に任せる。私は干渉しない」
え? と青葉は驚いた。
青葉だけではないだろう。
少しでも異常があれば帰投を命じるか提案してくる武本から、初めて「自身の判断に任せる、自分は口を挟まない」と責任を取らないかのような言葉を聞いた。
時々、説教時に口調を厳しくすることはあったが、普段は温厚そのものの武本だ。
その為ほんの一瞬だけ見せた冷淡な一面にも思えた。
武本自身は冷淡に言ったわけではない。
あくまで愛鷹の判断に任せる、と自分の命令を強制しないと言う意味で言っていた。
困惑する空気が船に立ちこみかける。
「青葉さん」
「はい?」
調子を戻したらしい愛鷹に呼ばれた青葉が旗艦を見ると、生気が戻っている目と共に「大丈夫ですよ。射撃演習を始めましょう」と言う言葉がかけられる。
大丈夫と言われても、本当に大丈夫だろうかと一抹の不安が第三三戦隊の面々によぎった。
訓練支援科の妖精さんたちが立てた射撃演習の的の解説は利根が行った。
もっとも彼女達には慣れっこの話なので、念の為のおさらいと言う形で簡単に行われると、まず愛鷹から射撃演習を始めることになった。
五つのステージに分けられたところで、対水上戦闘時の長距離砲戦と近接砲戦を想定したタイムトライアルだ。
すべてを五分以内にクリアすれば合格。
三分以内だと「大砲屋エース」と呼ばれる。
戦艦での最短記録は金剛型戦艦比叡の五分四九秒。
重巡洋艦だと羽黒の五分五〇秒、軽巡洋艦は川内の五分三七秒、駆逐艦は夕立、陽炎、霰、綾波が五分二八秒で同成績だ。
最初はだれでもやる目測射撃(光学照準とも)だ。
射撃時は艤装によるアシストが多少はあるが、そのアシストをうまく使っているかと言うところで一番艦娘の射撃の腕の良し悪しと艤装をどの程度使いこなせているかが分かる。
最近はレーダー(電探)とのリンクによる精密射撃が出来るが、機械に頼りきらない射撃演習を抜くことは無い。
愛鷹の兵装は大型艦艇クラスになると比較的オーソドックスな方のコの字型タイプだ。両腰からやや上のあたりに背中からコの時に挟み込むような太いアームに三連装三一センチ主砲が垂直にマウントされ、その先には長一〇センチ連装高角砲(秋月型のモノよりサイズはかなり小さい)が一基ずつ。
左右のアームの後部には後部を指向できる形で長一〇センチ連装高角砲が一基ずつ、背中には砲身を上にした形で二基の三連装機銃を載せたるようにマウントされた第三主砲がある。
その第三主砲に隠れる形で背中に背負われた機関部がある。
また第三主砲は右手で構える事もできる。
右腰の主砲は第一主砲、左腰は第二主砲で、第一主砲の前が第一高角砲、第二主砲の前が第二高角砲、後部の右側は第三、左側は第四高角砲だ。
左腕の前腕部には三連装機銃が二基ずつ装着され、両手には主砲と高角砲アームにコードで繋がれた照準器つき射撃トリガーを握っている。
右腰には水偵射出用の長銃身オートマチック拳銃の様なカタパルトがホルスターに入れられている。
どことなく大和型戦艦、長門型戦艦、伊勢型戦艦、白露型駆逐艦の時雨の砲配置(第一、第二主砲は長門型に、主砲と副砲の配置は大和型に、第三主砲の構え方は伊勢型、背中に背負うような第三主砲は白露型の時雨に)に、機銃配置は川内型の主砲配置に似ている。
右腕がフリーなのは恐らく左腰の刀を抜くときのためかもしれない。
あまり斬新さ、真新しさはなく、むしろ他の艦娘の兵装配置を組み合わせた保守的な色合いが強い。
第一、第二主砲は普段は垂直だが発砲時に水平状態に向きが変わる。
(準備はよいかー?)
演習ステージのスタートラインに立つ愛鷹に利根が無線で聞いて来る。
「いつでも」
そう言って、兵装の安全装置を解除し、第一、第二主砲を展開する。
揚弾機(ようだんき)が主砲と高角砲に演習弾を装填する。
(よし、教練対水上戦闘用意。スリーカウントでスタートじゃ)
やや体を屈めてスタート姿勢をとる。
(三、二、一、はじめ)
「機関前進全速」
そう言うと主機が一気に最大速力にまで加速した。
後ろに飛びそうな勢いを抑え、第一ステージの標的一〇個に向かう。
近距離砲戦想定のステージだ。
「全砲門撃ち方用意、照準」
主砲と高角砲の照準を各標的に合わせる。
全て一発で決めてみせる。
自動装填装置の再装填速度と速力、風向き、航行中の波の動揺などを頭の中で計算し、射撃トリガーの兵装射撃セレクターを主砲射撃モード二セットし照準器に標的を捉える。
主砲塔が標的に向き、砲身が射角を取り照準を固定。
「対水上戦闘、主砲撃ちー方始め。てぇーっ!」
両手のトリガーを引く。
主砲の砲口から轟音と共に真っ赤な火炎がほとばしる。
演習弾を撃ちだした砲身が勢い良く後退し、駐退機(ちゅうたいき)の水圧で元の位置に戻る。
砲声は六回。
一斉に六門の砲身を撃つのではなく、六門の砲身を交互に撃つ「交互撃ち方」だ。
砲声がやんだ時、六つの標的が消滅した。
「なに!?」
その射撃を見た利根は思わず驚愕した声を口に出した。
利根だけではない。
その場にいた全員が愛鷹の技を見て驚愕した。
「なるほど……。一門の砲門で標的一基を撃ったら、瞬時に別の標的に照準を合わせ発砲、三連装の主砲を生かした多目標同時射撃に近いな」
目を丸くしながらも、瞬時に愛鷹の射撃方法を見抜いた武本が呟く。
第一、第二主砲の砲身が自動冷却装置の水で冷却され、次弾が装填されるが愛鷹の速力で言うと再装填は間に合わない。
その代わりに愛鷹は射撃トリガーをアームのホルスターに掛けると、背中の第三主砲を右手に構え、狙いを定める。
今度狙う目標はやはり三つ。
第三主砲の右の砲身、右砲(みぎほう)をまず撃つと、すぐに真ん中の中砲(なかほう)を標的に向けて撃ち、左の砲身の左砲(ひだりほう)で最後の標的を撃つ。
三つの標的が消し飛ぶと、第三主砲を背中に戻し、再びトリガーを手に取り、高角砲に射撃システムを変更。
残る二つの標的を二基の標的で撃破し、第二ステージにそのまま突入。
第二ステージは長距離砲戦ステージ。
大型艦娘の場合水偵による弾着観測無しでここをクリアしなければならない。
このステージで手間取る艦娘が多い。
標的は四つ。
再装填が終わった第一主砲を最初の標的に指向する。
一発で決める必要がある。
別にタイムスコアを気にしてではない。
敵に照準を合わせすぐに先に手を撃たなければこちらがやられる、先手必勝のためだ。標的を敵だと思って撃つ勢いでいく。
照準器でとらえた標的に第一主砲の斉射を放つ。
発砲したらすぐに砲身を冷却し、第二主砲の発砲に備える。
第一主砲が放った三発の三一センチ弾は二発が逸れたものの、一発が命中し破砕した。
命中を確認するとすぐに第二主砲の照準を合わせてトリガーを引く。
第二主砲の三門の砲身から火炎と黒い発砲煙に送り出されて放たれた三発の演習弾は一発が風に流されて海に突っ込んで水柱を突き上げたが、一発が標的のすぐそばに着弾して至近弾となった。
姿勢を崩した標的をもう一発が捉え吹き飛ばす。
三つめは最初の二つと違い、別の方向だ。
「取り舵三〇、一二〇(ひゃくふたじゅう)度ヨーソロー」
左へと舵を切り標的に向け第三主砲を左手で構える。
第三主砲の狙いを定め、トリガーを引く。
第三は腕で直接狙って撃つので照準を合わせる時、息を吸って止めてからトリガーを引く。
狙撃の要領と同じだ。
撃ち放った三発の砲弾は二発が逸れて一発が直撃した。
標的が跡形もなく消し飛ぶ。
それを確認すると四つ目の目標に狙いをつける。
使用するのは砲身冷却と再装填が終わった第一主砲だ。
右手でトリガーを手に取ると狙いを定める。
波の動揺が狙いを若干狂わせたのでタイミングが一瞬ずれた。
狙いを付けなおし当たれ、とトリガーを引き絞る。
発射された三発は精度が上がった証拠に三発すべてが標的を捉えた。
「第二をクリア。第三へ。
面舵四〇、新針路一六〇度」
第三ステージは一二の密集した標的を近距離砲戦で撃破する。
射程距離が短く、回転速度が遅い主砲でのクリアは難しい。
高角砲に射撃システムを切り替えると、速射で一二基の標的を狙い打っていく。
長一〇センチ連装高角砲の発砲音は、主砲の三一センチより小さく、砲声も小さいが、主砲にはない速射能力と鋭さのある発砲音が特徴的だ。
弾幕撃ちの様に見えて、高角砲の二つの砲身から撃ち出された砲弾は全て標的を捉えている。
長一〇センチ高角砲の装填装置が次弾装填するのにかかる時間は長一〇センチ高角砲をメイン武器とする秋月型駆逐艦の艦娘よりやや短い。
ただ主砲と違い自動冷却装置は備わっていないので、速射を続けると砲身加熱で狙いが定まらなくなるし、摩耗も早い。
西部劇のガンマンの早撃ちさながらの速さで外れ無しに一二基の標的を破壊し、愛鷹はそのまま第四ステージに入る。
今度は再び長距離砲戦だが第二ステージの二倍の標的がいるだけでなく、単独、二つが並んで設置されている、位置がバラバラとランダムに組み合わせて配置されている。
最初の標的は二基。
第一、第二主砲を個別指向し、個別に照準を合わせて一斉射撃。
個別に照準を合わせるために発砲までやや時間がかかるが、これは手動照準の限界だから致し方ない。
トリガーを引くと六門の砲身から一斉に砲炎と黒煙が吹き出し、砲身が一斉に後退する。
放たれた六発の演習弾が二つの標的へと飛翔していく。
発砲後、弾着を待ちながら第三主砲を左手に構える。
再装填が済んでいることを確認した時、二つの標的が直撃を受け、水柱の中に消えた。
次は三つ。
位置はバラバラだが第一、第二主砲の再装填と冷却が間に合わないから三門の砲身で片付けるしかない。
交互撃ち方にセットし、軽く息を吸って照準を合わせ、砲身の仰角を微妙に調節しトリガーを引く。
三つの標的が次々に吹き飛んでいくのを確認すると、第三主砲を元に戻し、再装填と砲身冷却が終わった第一、第二主砲に切り替える。
斜め横隊のように配置された二つの標的の照準合わせは思ったより一秒遅れた。
同時撃破には成功したが、一秒遅れが悔やまれた。
一秒遅れれば敵には一秒の猶予が出来るのだ。
反撃の猶予に利用されたら撃たれるのは自分だ。
残る一つを第三主砲で即座に破壊し、最終ステージである第五ステージに突入した。
第五ステージは最終盤とあり難易度の高さは一番高い。
それまでのステージの要素をすべて組み合わせた標的配置となっている。
近距離、長距離砲戦を想定した総計三〇の標的。
「第一、第二主砲、第一から第四高角砲……」
兵装射撃セレクターを切り替えると静かにしかし力強く言った。
「一斉撃ち方、てぇーっ!」
愛鷹が切り替えた兵装射撃セレクターの位置は言葉通り「一斉撃ち方」で、第三主砲と機銃を除くすべての砲門をほぼ同時に撃つものだった。
それも個別射撃で行うので一番扱いが難しい射撃だ。
六基の砲塔の照準をすべて手動で、それも撃ったら即座に別目標に照準を合わせる。
動体視力と空間認識力、記憶力を鍛えなければ出来ない神業である。
艤装による最低限のアシストがあるとは言えこれをこなせるのはおそらく愛鷹だけだろう。
まず六門の主砲の砲身で遠距離の標的六基を破壊したら、すぐさま四基の高角砲で近距離の標的を撃っていく。左手は第三主砲を撃つため左トリガーを握れなくなるので、右トリガーで四基を管制する。右手で高角砲の射撃操作をしつつ、左手で第三主砲の三基の遠距離目標に狙いをつける。
休みなく撃ちながら進路変更も同時に行う。
第五ステージの標的の約六割を破壊した時、息が苦しくなってきた。
発作ではなく、息切れの様だ。
汗が止まらない。
呼吸が浅く速くなる。
残り四割……三割、もう少し……すべての敵(標的)を撃破するまで……。
体に鞭を打つわけではなく、宥める形で持たせる。
ところが近距離砲戦の標的を全て撃破し、最後の二つとなる遠距離の標的を第一、第二主砲の斉射で撃って終わり、と思った時、愛鷹が予想していなかったことが起きた。
何と第一主砲のトリガーを引こうとした時、ビーと言う警報音が第一主砲から発せられた。
故障警報だ、第一主砲の揚弾機が故障したのだ。
「ジャム(弾詰まり)……⁉」
こんな時に⁉
舌打ちして第一主砲の安全装置をかけ、第三主砲に切り替える。
発砲が遅れた隙に撃たれたと想定して回避機動をとりつつ第三主砲の再装填を待ち、今度こそは、と照準を慎重に定め斉射の引き金を引いた。
最後の標的に三発の三一センチ演習弾を命中させて、第五ステージが終わった。
カメラ、持ってきておけばよかったな……。
絶えず響いていた砲声が止み、少ししてから我に戻った利根が愛鷹に演習終了を告げた時に、青葉は常人離れした射撃の腕前を見せた愛鷹の射撃演習を撮影できなかったことを悔やんだ。
その場にいた全員が何を言えばいいか分からなかった。
凄いと言うだけで済ませていいのか分からない程だった。
試射、狭叉もなしに全標的を一回の射撃で撃破。
命中率は九〇以上、タイムは何と五分ジャスト。
「いやいや、チートクラスだろ。すげえな愛鷹は、惚れ込みそうだ!」
「深雪ちゃんの言う通り、チートでしょ……」
信じられないが、事実と言う事に深雪と瑞鳳は顔を見合わせ、夕張と蒼月はぽかんと口を開けて固まったまま何も言わない。
武本は顎に手を当てて面白い、と言う様に笑みを浮かべて、目の前の事が呑み込み切れない香取に状況を解説していた。
凄い、凄すぎますよ、愛鷹さん……。
青葉は憧れの念の様なものを感じた。
あれだけの腕がある人が旗艦を務めてくれる。
不安なんて無いも同然ではないか。
意地の悪い性格でもない。
付いていっても問題は無い。
「青葉よ、あ奴はいったい何もなんじゃ?
あの腕前をわしは生まれて初めて見たぞ」
凝然と立ち尽くす利根が青葉に聞く。
それに対しにっこりと笑った顔で青葉は返した。
「愛鷹さんは、愛鷹さんですよ。それ以上でもそれ以下でもない」
土壇場での主砲の故障珍しい事ではなかった。
何度か射撃訓練中に故障して動かなくなったこともある。
自動冷却装置やこの手の大口径砲では高い速射性、高い貫徹能力を求めた強装薬の爆圧に耐える砲身と試作品も同然だからいつ不具合・故障が起きるかは分からなかった。
しかし、その故障が実戦想定の演習中に起きると言う事には怒りと不甲斐なさがこみ上げてくる。
悔しい、ただ悔しい。
あの時、撃てていればこっちは助かった。
だが撃てなかった。
撃てていない間敵が待ってくれるわけがない。
反撃してくるタイミングを与えるだけでしかない。
悔しさで歯を砕かんばかりに噛み、拳を握り締めて、体を震わせた。
次は失敗しない、と第一主砲を睨みつけた。
帰ったら整備を……。
と、その時急に心臓に大きな衝撃が走った。
呻き声を上げ胸元に手を当てた時、吐き気がした。
手で口を覆う間もなく口から苦いものが出ると共に全身に激しい痺れが走り、そのまま愛鷹は崩れ落ちた。
激しく咽込む中、鼻をツンと鉄の臭いが突く。
電撃でも喰らっているかのような気分の中、口元を手の甲で拭った愛鷹は手が真っ赤になるのを見て背筋が凍り付いた。
吐血⁉ なぜ⁉ まさか、知らない内に撃たれた?
しかし、体に傷口は見当たらない。
また咽る。
動悸が止まらない。
口に当てた手に赤い血が吐き出される。
どうにかタブレットを一つまみ程口に入れて呑み込む。
しばし体が悲鳴を上げるのを堪えていると苦しみはどうに治まった。
まさか体が……と、愕然としながら自分の体を見下ろした時、第三三戦隊や香取、利根、内火艇が近づいて来る音が聞こえ、愛鷹は慌ててハンカチを出して赤い汚れを拭き取った。
「愛鷹、おい大丈夫か⁉」
武本が聞いて来る。
はい、と答えかけた時青葉と利根、夕張が引き起こしてそのまま支援艇に載せられた。
救急箱を持ってきた香取が簡単な検査をし、演習どころではなくなってしまった第三三戦隊は基地に緊急帰投する羽目になった。
検査結果がプリントされた診断書を見て江良が困惑するしかなかった。
突然の吐血などの体調不良を起こした愛鷹の検査は、奇襲による外傷もなければ、感染症などの症状もなかった。
なぜ、苦しみだしたかさっぱり分からない。
一応レントゲンなども撮ったが、臓器に特に異常も見られない。
出来れば、脳波やもっと大掛かりな血液検査もできればもっと詳しい事が分かるかもしれないのだが、愛鷹がそれを拒んでいるので出来ない。
アレルギー検査も陰性反応だ。
結論から言うと、ここで調べられる限りでは愛鷹の体には特に異常が見られない。
いくつか気になるような所はあるが、専門分野外のデータなので外部機関に依頼するしかない。
しかし艦娘の守秘義務の一つに抵触しかねないので本人の同意がいるのだが愛鷹の同意が得られない以上は無理だ。
もっとも、初めて会った時に脱いでくれなかった制帽を脱いで初めて見た彼女の素顔を見れば、納得できなくはない。
やむを得ないとは言え、素顔を見られた愛鷹は酷く不機嫌になっていた。
そしてしつこく自分の素顔について口外しない様に頼んでくる。
江良はその都度、分かったと返していた。
江良はこれまで多くの艦娘を診察してきたから、一人一人の悩みや知られたくない秘密についてはいくつか知っている。
そして、その艦娘の抱える悩み、秘密は提督相手でも艦娘からの頼み次第では明かしたことは無い。
ベッドに横になる愛鷹に点滴が終わったら、行っていいと伝え、医務室の外で待っていた武本と青葉、それに長門、陸奥に診断結果を伝えに行った。
医務室前で待っていた四人で最初に愛鷹の今の状態を聞いてきたのは武本だった。
「それで彼女は?」
「鎮静剤を投与しています。
しばらくは大事をとって安静と言う事になりますが……」
心配顔で問いかけてくる武本に江良が返すと一同は安堵の息を吐いた。
「でも一体愛鷹に何が起きたと言うんだ……?」
腕を組んで尋ねて来る長門に問いに江良は診断書を見ながら答えた。
「食あたりかと思いましたが、食物アレルギーの反応は無く、『持病』も確認できませんでした」
「そうか……」
「できればもっと調べておきたいのですが、本人の同意が……」
「え、なんで⁉」
頓狂な声を青葉があげたが江良も長門も陸奥も武本も答えようがない。
動揺する青葉に陸奥が肘鉄砲をくらわした。
「愛鷹さんの血液検査結果はほぼ白です。
いくつか気になる結果はありますが、専門外なので外部に依頼したいのですが、個人秘密のようで……」
「気になる結果?
江良さんの専門外って、何なんです?」
怪訝な顔で青葉が聞く。
「私は医師免許を持ってはいますが、スーパードクターではないので何でもわかるという訳でもないんです」
「そうなんですか……」
暗い表情になる青葉を見ると江良もいたまれない気分になる。
気まずい空気が立ち込みだした時、武本が重い口を開いた。
「……たった今から、この事については最高級軍機とし、一切の口外を禁止する。
この五人だけの秘密だ」
「提督⁉」
武本に一同の視線が集まる。
最高級軍機は提督にしか出せない軍事機密レベルだ。
艦娘が出せる最高軍機レベルは長門などの秘書艦級だけが出せる第一級でワンランク下である。
過去に最高級軍機が出た事はあるが、武本が着任する随分前に出てから今日まで一度も出た事は無い。
「最高級ですか?
なぜそれほどの厳重さを?」
納得がいかない顔で長門が尋ねる。
武本は答えない。
反論は聞かない、とでも言うような姿勢だ。
普段温和な武本も厳しい一面を見せる事はあるが、この時程厳しい事は全くなかった。なぜそこまで……?
「……知っているんですね?」
ふと青葉が静かに武本に問いかけた。
一同の目が武本から青葉に向く。
「司令官は愛鷹さんの事、実はよく知っているんではないですか?」
真剣な眼差しの青葉の目を武本はぶれない視線で見つめ返す。
しかし、答えない。
「本当はよく知っている関係ではないのですか?」
「青葉ちゃん」
それ以上はやめなさいと言う意味を込めて陸奥が言う。
しかし、珍しく青葉が食い下がる姿勢を見せた。
「司令官は一体何を隠しているんです?
分かりますよ、その態度から。司令官が愛鷹さんと繋がりが深い関係だってことが……」
「……」
長門、陸奥、江良の視線が武本に向けられるが、武本は沈黙したままだ。
武本を見つめる青葉には証拠こそないものの、武本と愛鷹が実は着任した時に知り合ったと言う関係ではないことが分かった。
やらかし屋、パパラッチなど随分とトラブルメーカーとしての一面も目立つが、これでもソロモン戦線で修羅場をかいくぐって来た実力者でもある。
四人から向けられる視線に対し、武本は無表情である。
何を考えているのか読み取れないポーカーフェイスを崩さない。
しばらくの沈黙の後、武本は無言で小脇の制帽を被ると一同に背を向け、廊下を歩きだした。
「提督」
長門が呼び止めると、武本は立ち止まり一言だけ答えた。
「オレには、言えない……」
そしてそのまま立ち去った。
廊下から武本の重い足音が聞こえなくなった時、陸奥が疑問を口にした。
「提督は何か隠しているのかしら」
「確実に隠してますね。
ただ、それが何なのか……江良さんも実は隠してませんか?」
不意に青葉に聞かれた江良が身を固くするのが分かった。
自分たちの旗艦に何が起きているのか、江良からなら聞き出せると思った青葉の問いかけに江良が狼狽える様な顔を一瞬見せた。
「江良さん」
長門も尋ねた。
しかし、その時医務室のドアが開いて愛鷹がコートを着なおしながら出てきた。
一同の視線を浴びながら愛鷹は四人に頭を下げた。
そして何も言わずに愛鷹も歩き去った。
それに合わせて江良も医務室に戻った。
翌日から愛鷹は演習を再開したが江良から初日の様な速射、高機動を制限するように言われた。
また明石が武本と江良からの要請で艤装にリミッターを付けたので、戦いにくさを感じながら射撃演習と航海演習を行った。
青葉、夕張、瑞鳳、深雪、蒼月らは心配したが愛鷹が問題ないと言って、昨日ほどの激しい動きをしないで演習を行うと体調不良が起きなかったのでひとまず安心した。
この演習では第三三戦隊の面々の特徴がよく出た。
青葉は火力で言うと愛鷹には劣るが、射撃精度、回避技量共に高い腕前だった。
昨日に引き続き随行した利根が主砲から撃った演習弾をすべて躱し、標的を次々に射抜いていった。
夕張の射撃は水上戦闘、対空戦闘とも安定した成果を出しているが、演習結果を見ていた愛鷹としては対潜戦闘が向いていると思った。
ハンター・キラー戦法を習熟している様で、瑞鳳の彩雲とのコンビネーションは上出来だった。
ハンター・キラー戦法は敵潜水艦探知を航空機が、水上艦艇が潜水艦へ攻撃を、とハンター(探知役)とキラー(攻撃役)に別れて攻撃することで、欧州方面艦隊では盛んに用いられている。
深雪は得意領域と豪語する通り、魚雷戦での命中率が非常に良かった。
目標との的針、的速の計算が確かで、六発の魚雷の斉射による命中率は雷撃戦可能な艦娘でも上位だ。
最大戦速からのヒットアンドウェイから反航戦でのスナップショットなど、かなり照準が正確だ。
蒼月は標的機が片っ端から消えてしまうだけでなく、一番脅威が高いのがどれかを冷静に見極めている点で一同をかなり驚かせた。
眼の良さも相当なものだ。
愛鷹として蒼月の視力が5.0以上はあるように見えた。
見た目に反し戦闘スキルは相当ある。
瑞鳳は個人的戦闘能力が空母ゆえに低いが、艦載機の練度で言うと非常に良好だ。
機動性はメンバーでも最低だが、読みが良く演習弾をギリギリ躱し続け直撃弾無しで済んでいた。
また蒼月ほどではないようだが目が良いようだ。
制限付きとは言え、愛鷹の戦闘力はやはり高水準である。
特に、レーダーを駆使した索敵と射撃は手慣れたもので、夜戦演習では遠距離の標的への砲撃の命中率が昼間と比べてほとんど落ちない。
対空戦闘は蒼月には一歩及ばないが、大型艦艇としては高水準である。
一番の問題は艤装故障だった。
愛鷹の三一センチ砲は新装備が多数組み込まれているだけにデリケートかつ整備が複雑で、愛鷹が自分でやっても主砲が発砲できない事が何度か起きた。
その為、愛鷹が前面に出るのは危険と言う事で極力愛鷹は近接砲戦を避ける事となった。
射撃演習だけでなく艦隊運動演習でも、陣形転換は五秒代にまで短くすることが出来、一糸乱れない艦隊航行も出来るようになっていた。
艦隊演習は初日の愛鷹の不調を除けば、順調に課題をクリアした。
演習開始から八日後、愛鷹の演習レポートを読んだ武本は、出張中で愛鷹とはこの日が初顔合わせとなる副官の谷田川史郎(やたがわ・しろう)大佐と共に協議した後、実戦配備承認の判を押した辞令を愛鷹に渡した。
神妙な顔で辞令の書類を受け取った愛鷹の顔はどこか安堵しているようだった。
部屋を辞した愛鷹を見送った武本は軽くため息を吐いてデスクの椅子に座り直した。
「不思議君ですね、愛鷹くんは」
谷田川が愛鷹の感想を言うと武本は微笑して「君のタイプじゃないのかい?」と茶化すように言った。
「自分は榛名くんが好きですよ、前に言ったじゃないですか」
「心変わりしないかな、と思ったんだがな。
それに谷田川は今のところ合コンには成功してないだろ?
女性を口説けた試しの無いのに、榛名くんが口説けるかい?」
にやっと笑う武本に谷田川は苦笑で返す。
女癖、好みのタイプなど別に谷田川には女性に嫌われそうな要素は思いつかないが、本人曰く、生まれてこっち女性にモテた試しなんかない、と言う。
「シャイなんですかね?
あんなに制帽深々と被って」
「艦娘にもいろいろな性格の子がいるから、別におかしくないさ」
「まあ、そうなりますね……」
そう言いつつも何か引っかかる所があるらしく、語尾が少し歯切れの悪さを感じさせる。
話題を変えようと武本はラップトップを立ち上げ、親友から送られてきた映像を呼び出した。
「谷田川くん、君にもこれ見て欲しいんだが」
「なんです?」
谷田川にラップトップの画面を見せて映像を再生させる。
阿鼻叫喚の中、深海棲艦の新型戦艦らしき影と遭遇し、成す術もなく蹂躙された第九二・五任務部隊を映した最後の映像を見て、谷田川の表情が険しくなる
「これはいつですか?」
さっきとは違う真顔と真剣な顔で谷田川がたずねて来た。
「八日前、沖ノ鳥島沖だ。
まだ消息不明のままだ」
「……出張先での話なのですが」
少しだけ間をおいてから谷田川が口を開いた。
「どうも、この深海棲艦戦艦のことはス級と言う名がつけられているようです。
噂話の類にも近いのですが……」
「ス級。ス……か。
いろは数えでは最後の文字……。
耳がいいんだな」
「ある程度の情報共有網を持っているんですよ。
その伝で少しだけ情報を耳に入れました。
奴の姿はこの動画でしか見た事はありませんが」
「ふむ」
厄介な奴が現れたと見るのが、妥当だ。
「ル級以上ですね。
改でもなければ後期型でもない。
タ級、レ級とは明らかにシルエットも違う」
「どこから、連中はやってくるのだ……」
武本のつぶやきは深海棲艦と戦う軍人の間で何度もつぶやかれた言葉だった。
愛鷹の事を心配する一方で、本来の性分が騒ぐあまり青葉は再び愛鷹の取材を試みようとしていた。
同じ巡洋艦寮なので、部屋さえ特定できれば行くのは簡単だった。
寮長担当の夕張から部屋の見取り図も見せてもらって、内部構造も把握していた。
別件で衣笠はいなかったので一人で行くことにし、抜き足差し足で愛鷹の部屋に向かった。
部屋で何をしているのか、聞き耳を立てる事だけでもあってみようと思い、聴診器代わりに使える咽喉マイクまで持ち出していた。
夜の埠頭で会った時は案外あっさり気づかれたのが少し悔しかったのもあるが、謎過ぎる愛鷹の事に、少しくらいは教えて欲しいと言う欲望とも願望ともつかないもの青葉を動かしていた。
所が、もうバレそうだと思うくらいにへヤの前に近づいても、何故か取材お断りのために出て来ることは無かった。
寝ているのかドアの前まで来ても出てきたりしない。
(耳がいいのに、気が付かないなんて……)
少しだけ気づかれたことはたまたまだったのかなと思いつつ、持ってきたマイクをそっとドアに近づけて音を拾い込んだ。
するとマイク越しに、トランペット、ピアノ、サックスが奏でる演奏会が聞こえてきて、青葉は少し驚いた。
フリージャズだ。
それもかなりのテンポの速さである。
演奏者がステージの上で、真顔で踊るように演奏していそうなジャズ。
意外な音楽、意外過ぎる音楽が聞こえて青葉は思わず吹き出しかけた。
あの物静かで冷静そうな愛鷹が、全く不釣り合いにも聞こえる音楽趣味の持ち主?
これはある意味青葉にとってはオイシイスクープだ。
音の大きさからヘッドフォンで聞いているのかもしれない。
愛鷹がヘッドフォンで音楽を聴いているところを想像すると、そのギャップでまた笑いがこみ上げてきそうだった。
面白い情報見つけたと思いつつ、愛鷹の部屋に背を向けて撤退した。
が、三歩と行かずに背後から肩を後ろからトントンと叩かれて青葉は観念した。
やっぱりバレてた、と苦笑いを浮かべて振り返った。
すこし、「取材はお断りと言ったはずです」と言いたげな顔の愛鷹がいた。
左手にはジャズ鑑賞で使っていたらしい、年代物のヘッドフォンを持っていた。
次回から第三三戦隊初実戦となる予定です。