艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

41 / 92
思った以上に速く投稿できたかもしれない……。

本編をどうぞ。


第三五話 勝利への代償

「くっそ、衣笠が吹っ飛ばされた! しかも魚雷だぞ」

爆発音が響いた直後、深雪の喚き声がヘッドセットから聞こえた。

直ぐに安否確認に向かいたくなったが、ス級の副砲の砲撃が停止したこのチャンスを逃すわけにはいかない。

「アークライト1-3、1-4、作戦続航します。1-3は爆撃準備」

(了解、照射を待つ)

レーザーポインターを構えた時、ス級に随伴するツ級が主砲の速射を行いながら愛鷹へ接近して来た。

近接戦闘用の刀を失っている愛鷹には分が悪い。左舷主機も使用不能だから尚更ツ級の存在は厄介だ。

「副砲くらい弾薬を入れておけばよかった……」

回避メインで行くことを選んだばかりに、一五・五センチ三連装副砲に弾薬を搭載していなかった事が今になって悔やまれた。

ツ級の攻撃が続く中では、砲弾が命中した左脇腹の傷に止血処置をする暇もない。

ズキズキと痛む脇腹から鮮血が溢れて制服の左側を赤く染めていく。

荒い息を吐きながら攻撃を回避し続けるが、ツ級の砲弾が更に直撃する。

殆ど艤装に当たって、その装甲によって弾かれるがまた一発、左腕に当たる。

防護機能で弾くが、その時の衝撃が脇腹に響く。。

これでは嬲り殺しだ。流石に焦りが愛鷹の表情に滲み出る。

仲間の奮戦でス級を撃沈できる絶好のチャンスをここで逃したくはないのに……。

「軽巡風情が……」

ツ級を睨みつけた愛鷹だが、攻撃できる武器が何もない。

一時後退するか、いや、ス級の機能停止が何時まで続くか分からない状況で後退は。

その時、砲声が遠くで響き砲弾が飛翔して来る音が頭上から迫って来た。

愛鷹に気を取られていたツ級に二発の五一センチ砲弾が直撃し、艤装が木っ端みじんに爆砕され、大爆発を起こしてツ級が轟沈した。

(ツ級の轟沈を確認! 愛鷹さん、今の内にス級へレーザー照射を)

「大和か……」

ヘッドセットから聞こえる大和の言葉に感謝よりも、あいつに窮地を救われるなんて、と言う悔しさが湧き上がる。

しかし、今は大和の言う通りに動くしかない。

ツ級と言う脅威がなくなった今の内にと、左脇腹の傷の応急処置をして、回避運動中に距離が離れてしまったス級へと向かった。

 

 

左足の魚雷発射管から三発の魚雷全弾をニ級に向けて発射し、更に連装主砲で牽制射撃を行いニ級の動きを封じる。

回避運動を取るニ級だったが、一発が直撃し轟音と共に艦体が砕け、爆発炎上した。

「これで邪魔する奴はもういないな。蒼月、衣笠の状況は?」

(意識はありませんが脈はあります。ただ至近距離での爆発だったので、怪我が)

「今そっちに行く。鳥海、ニ級は仕留めたか?」

(こちらも片付きました)

よし、と深い溜息を吐きながら深雪は蒼月と衣笠の元へ向かった。

「やつら動きが良かったな、とんだ厄介者だぜ……」

 

蒼月の応急処置を受ける衣笠の傷は深手ではあったが、深雪から言わせてみれば「この程度なら死ぬ事はない」のレベルだった。

両手持ちの主砲は吹き飛んだ際にどこかへ落としたらしく無くなっており、艤装も酷く損壊していた。

ただ幸い主機は右足のが爆発でサンダルごと吹き飛んだものの左足のは残っており、浮力が発生する程度の機能は維持出来ていた。

複数個所に爆発した魚雷の破片が刺さっているが、死ぬほどのものではない。

「衣笠は良く背中がお留守になるよな……ったく」

「右足の骨が折れています、何かで固定しないと」

考え込む蒼月に深雪は蒼月の太ももを指さした。

「長一〇センチ砲の予備砲身を添え木代わりにしよう。包帯で巻きつけるんだ」

その手があったか、と蒼月は太もものベルトに何本か装備している予備の長一〇センチ砲の砲身を一本引き抜き、骨折箇所に当てた。

深雪が救急キットから出した包帯でしっかりと巻き付ける。

そこへもう一隻のニ級を相手にして、撃沈した鳥海がやって来た。

「容体は?」

「気を失っているだけだ。衣笠の缶と主機が生きているから鳥海が曳航してくれ」

「分かりました」

頷き曳航準備に入る鳥海に後を任せ、深雪は愛鷹の元へと向かった。

 

 

(警告、ヌ級より艦載機が発艦。機数四、高度を上げアークライト隊へ向かう)

マジックからの緊急通達に愛鷹はこのタイミングで、と健在のヌ級に苛立ちを覚えた。夜間戦闘機を発艦させてアークライト隊を襲うつもりだ。

ジェット戦闘機とは速度で劣ってもミサイルロックが出来ないし、機体サイズが段違いに小さいので機動力で勝っている深海棲艦の夜間戦闘機はF35で撃墜するのは困難だ。

アークライト隊自体を迎え撃つ事は想定できたはずなのに、失念した感があって愛鷹は苦り切った気持ちになる。

「夜間戦闘機隊か、アークライト1-3爆撃用意爆弾投下後速やかに離脱を!」

上空にいるアークライト1-3に通知すると(ラジャー)と応答が返って来た。

(ヌ級は私が排除します)

そう告げて大和がヌ級へと向かう。対艦兵装がない愛鷹には任せるしかない。

「主砲があれば……」

悔しさから左手が握り拳を作るが、今それよりレーザー照射だと割り切り、レーザーポインターをス級に向けた。

照射スイッチを押し、緑のレーザーを沈黙しているス級へと当てた。

(レーザー照射確認、爆撃コースに乗った。LJDAMレディ……)

その時ヘッドセットからアークライト1-3が被弾する音が入った。

(こちらアークライト1-3、被弾した、被弾した! 深海棲艦の攻撃を食らった)

「1-3、一時離脱を!」

空を見上げてアークライト1-3の機影を探しながら愛鷹はヘッドセットに向かって叫んだ。

今アークライト1-3を喪ったら残るLJDAMは1-4の一発だけ。

深海棲艦相手には正確に当たると保証が出来ない誘導兵器なだけに、F35は一機も失う訳にはいかなかった。

一時退避を呼び掛けた愛鷹にアークライト1-3は(ネガティブ!) と拒否した。

(レーザー照射を続行してくれ! 刺し違えになってでも爆弾を落とす!)

ヘッドセット越しに機体損傷警告音が聞こえる。

例え撃墜されてでも、という覚悟のアークライト1-3の意思を愛鷹は尊重した。

(LJDAMレディ、ナウ! よーし投下した、1-3はこれより離脱する)

「了解、幸運を」

レーザーポインターの照射を続けながら愛鷹が返した時、遠くで大和の主砲の砲声とヌ級が爆沈する轟音が聞こえた。

これで夜間戦闘機は帰る所を喪った。

何としてでも、と思いながらス級にLJDAMが直撃するのを待った。

当たって、と祈りながら待っているとス級のすぐ傍に巨大な水柱が突き上がった。

「外れた……!」

右にもう一メートル、いや五〇センチでもずれていれば当たっていた位置だ。

残るLJDAMはアークライト1-4の一発だけだ。

「1-3の爆撃失敗、微妙に爆弾が逸れました」

(こちらマジック、コピー。アークライト1-4の最後の一発で決める)

(こちらアークライト1-4、爆撃用意よし。この一発に賭けよう)

(アークライト1-1、1-2は機関砲で敵機を牽制する。当たらなくても時間稼ぎ位は出来る)

最後の一発、今のところ沈黙を保つス級がいつ再稼働してくるか分からないだけに、爆撃をやるなら今しかなかった。

 

アークライト1-1、1-2はレーダーでとらえられない深海棲艦の夜間戦闘機を、暗視装置付きのHMD(ヘッドマウントディスプレイ)で探した。

レーダーで探知できなくても、人間の目で見えない訳ではない。

(1-1、こちら1-2。エネミータリホー、ベクター(方位)二-二-〇に機影二機を確認)

(深海棲艦の戦闘機は四機いるはずだぞ、残る二機は?)

(ネガティブ、確認できない)

(1-3、1-4、二機確認できたが残る二機が見当たらない。そっちに向かった可能性がある、注意しろ)

(1-3了解)

(1-4、コピー)

発見できた二機に向かってアークライト1-1と1-2は二五ミリ機関砲を撃ち放った。

他の二機がどこにいるのか分からないが、目の前の二機だけでもと二機のF35は小さな目標に向かて牽制射撃を続けた。

 

レーザーポインターでス級を照射するとアークライト1-4がレーザー照射を確認したと宣言する。

(LJDAM投下用意……レディ、ナウ! デンジャークロース、着弾まで一〇秒)

F35のウェポンベイから投下された最後の誘導爆弾が、愛鷹の照射するレーザーを頼りに落ちて行った。

 

その時愛鷹の背後から機関砲の射撃音が迫って来た。

「なに⁉」

夜間戦闘機二機が愛鷹に機銃掃射を仕掛けて来ていた。

躱し様がなかった。

咄嗟に展開した防護機能だったが、間に合わなかった箇所に機銃弾が着弾する。

左肩に衝撃と鋭い痛みが走り、苦悶のうめき声を上げるが、意地でも愛鷹は照射をそらさなかった。

激痛に屈しかける自分に鞭を振るい、レーザーポインターを構え続ける。

自分に機銃掃射を浴びせて離脱していく夜間戦闘機の飛行音を遠くに聞きながら、ス級へ照射を続けていると巨大な艤装に着弾の閃光が走った。

「命中! LJDAMの直撃を確認!」

やった、と安堵の息を吐きかけた時、ス級がなおも動くのが見えた。

大破は確実だが、撃沈にまでは至っていなかったか。

なんてしぶとい、と愛鷹の額に冷や汗が流れる。

 

「こちら愛鷹、ス級大破、しかしなおも航行可能の模様!」

 

一〇〇〇ポンド(約四五四キログラム)の爆弾二発の直撃に耐えるなんて、なんて耐久性……。

 

ヘッドセットに吹き込みながら戦慄に似たモノを感じていると、ス級が回頭して自分に向くのが見えた。

何をする気だ、と大破炎上するス級を見つめていると、ス級が愛鷹に向かって突撃し始めた。

 

体当たりするつもり⁉

 

愛鷹はレーザーポインターのスイッチを切ると右舷主機に出せるだけの速力を出させた。

逃げるが勝ち、の判断だったがス級の速度は思った以上に速かった。

いや機関部が無傷なのか、持ち前の高い速力で愛鷹を追いかけ始めて来た。

「私を道連れに沈む気なのね」

そうなってたまるか、と思うにも右舷主機のみではス級を振り切れるほどの速度が出ない。

(愛鷹さん、逃げて!)

悲鳴のような声で大和が叫ぶ。

「こっち向け、この野郎!」

自分に迫るス級の背後から深雪の声と共に一二・七センチ主砲の砲声が聞こえ、砲弾が直撃する。

全く意に介した様子がないス級が愛鷹との距離を詰めて来た時、再び機関砲の射撃音が聞こえた。

夜間戦闘機が損傷して離脱をはかるアークライト1-3にまた攻撃を行っていた。

アークライト1-3のコックピットに機体損傷の悲鳴のような警告音が鳴り響く。

(チクショウ、また喰らった。こちらアークライト1-3、機体が持たないベイルアウト……。

 

いや、まだ飛べる……なら最期に奴だけでも!)

(1-3、何をする気です!?)

(化け物に突っ込んでやる!)

黒煙を吐きながらも飛び続けるアークライト1-3は、愛鷹を追撃するス級に向かってエンジンスロットルを上げた。

 

「私に構わずベイルアウトして下さい!」

驚愕に満ちた顔を愛鷹は浮かべて、真正面からス級へと突っ込んで来るアークライト1-3に向かって叫ぶ。

 

「お願い! やめてぇーっ!」

 

絶叫する愛鷹の呼びかけに応じて、F35からパイロットが脱出する事は無かった。

コックピットで制御不能寸前のF35を操りながら、眼下で追われる艦娘に当たらない様に軌道を修正しながらアークライト1-3はス級を見据えた。

「ポール! 母さんとジェニファーを頼んだぞ!」

故郷に残した家族の長男の名前を叫んだアークライト1-3のF35は、ス級に正面から激突し爆散した。

 

(ポール! 母さんとジェニファーを頼んだぞ!)

恐らく自分の息子であろう名前に家族を託す言葉を叫んだ直後、ス級に体当たりを敢行したF35パイロットの無線は愛鷹も聞いていた。

戦闘機一機の体当たりを食らったス級がF35と共に大爆発を起こして木端微塵に砕け散った。

 

「どうして……」

 

なぜ、そんな事を……戦闘機だけぶつけて自分は脱出すればよかったのに、何故パイロットは脱出せず機体諸共に……。

 

「どうして……どうして……」

 

力なくへたり込んだ愛鷹は、炎上しながら沈んでいくス級とF35の残骸を見つめた。

炎が海水に使って上がる水蒸気の白い煙があがり、残骸を隠すように立ち込めていく。

(残存するワ級が戦域外へ離脱した。他に作戦海域に展開する敵影無し。

全艦娘へ通達、作戦終了だ、帰投せよ。

 

……アークライト1-3のアレックス・サトウ大尉は勇敢だった。彼は自身の命と引き換えに深海棲艦の巨大戦艦を沈め、艦娘や基地の仲間を救った。

大尉の自己犠牲無くして今回の勝利は無かっただろう……彼は最後まで模範的、いやサムライとして尊敬すべき行動をとった。

アレックス・サトウ大尉に敬礼)

そう告げるマジックの言葉に愛鷹は左肩に当てていた右手を離し、敬礼を送った。

しかし五秒と立たずに視界がぼやけ、目から涙が溢れ出た。

嗚咽を漏らしながら愛鷹は、自分と他の艦娘や基地を護るべくス級に体当たりしたサトウ大尉の死に静かに涙を流した。

 

右手で口元を抑えながら「貴方の事は忘れません……サトウ大尉」と愛鷹は呟き、波間に消えかけるF35とス級を凝視した。

残されたサトウ大尉の二人の子供と奥方の事を想うと、涙が止まらない。

 

「サトウ大尉は自分から望んで死を選んだんだ、愛鷹」

いつの間にか傍に来ていた深雪が泣いている愛鷹に淡々と告げた。

「簡単に命を捨てるようなことはやっちゃダメだ。絶対に許しちゃいけねえ。

でも、生き残るには相手の命を奪うしかないし、命を奪うからには自分の命を捨てる勢いでやるしかないんだ。

仲間の命を護る為に死を選ぶ……死んで来いって命令だったら到底許せねえよ。敵じゃなくて味方に殺されるなて死んでも死にきれない。

でも大尉は自分の意思で死んだ……どうしようもなかったんだ、愛鷹」

深雪自身込み上げてくるものがある口調だった。

すすり泣く愛鷹の左肩の傷を見た深雪は救急キットを出して手当てを始めた。

「幸い、銃弾が貫通してるな。すぐに治る」

応急処置を施し終えると、深雪は子供のように泣き続ける愛鷹の前で屈むと顔を見て言った。

「帰ろう、愛鷹」

「……はい」

 

 

衣笠大破、愛鷹中破の損害を出しつつもス級と護衛艦艇を撃沈した艦隊はトラックへと帰投した。

艦隊が帰投した頃には羅針盤障害が完全に消えており、深海棲艦の侵攻は退けられたと判断された。

侵攻を撃退するのに成功する事と引き換えに、トラック基地を護るべく戦った浦風とサトウ大尉と言う二人の人間が命を落とした。

 

 

トラック基地へ深海棲艦が侵攻し、撃退する事に成功したが浦風が戦死したと言う長門からの報告を武本は静かに聞いた。

「霞くんの死からまだ間もないタイミングで、浦風くんも死んだか……」

その前にはスプリングフィールドも戦死した。

半年以内に三人の艦娘を喪うのは初めてだった。

やはり戦争と言う状況下では、人の命と言うモノは脆いモノだと実感させられるところがあった。

容易く死んでしまう。

弾を撃てば誰かが死ぬ、残された者に出来るのは死者を弔い、死者の事を忘れない事だった。

ふと脳裏に「あきつかぜ」に乗り込んでいた時の仲間の顔がよぎった。

三〇〇名の乗員の名前と顔を武本はすべて覚えていた。

それが自分に出来る先に逝った仲間への手向けだった。

 

「あきつかぜ」他七隻の艦の乗員全員が死亡し、その後昇進して艦娘に関わる部署に配属され、日本艦隊を任される立場へと昇った。

その間に看取った艦娘は少なくない。

替えが効かない、世界に一人しかいない人間だった。

だから自分は替えが効くクローンの艦娘を提唱した。替えが効ない人間とは違って、死んだとしてもその分製造すればいい替えならいくらでも効く人造の艦娘。

今思えばクローン艦娘と言うモノを提唱した自分は、人として本当に最低、外道な事を考えてしまったものだ。

その時の自分はこれが人類、世界に良かれと思っての行動だった。

これで艦娘が死ぬのを防げるなら、と言う人命を重視した様で実際は軽視もいい所の考え。

作り出されたクローン艦娘達も自我があり、個性があった。人造人間でもやはり人間だった。

優秀なサンプルを選別する為に殺し合わせ、今の愛鷹が生き残った。

その愛鷹もクローンであるがゆえに短命だった。人並みの人生を享受出来なかった。

だから憎悪される。彼女と殺された分身達の無念。

この世に生を授かりながら、初めから人として生きる事など望まれていなかった。

単にいくらでも替えの効く消耗品としての存在を望まれた。

 

その罪滅ぼしと言う理由へのエゴを自覚しながら、日本艦隊の総指揮官の立場を選んだ。

死ぬまで総指揮官のつとめを果たす覚悟だった。

トラック基地への脅威がなくなった今、もう第三三戦隊を海外へ派遣し続ける必要は無い。

青葉の甲改二化は完了しているし、夕張が送って来ていた愛鷹の改装プランも承認済みだ。

第三三戦隊の帰国指令を出す時だった。

 

 

トラック基地に深海棲艦が侵攻し、防衛戦の結果勝利する事は出来たが、浦風が戦死した。

その一報は日本艦隊基地にも知れ渡っていた。

食堂で昼食を摂る青葉、鈴谷、熊野は浦風戦死の一報に沈んだ表情を浮かべていた。

「この間、霞が死んだばっかりじゃん……四十九日も経ってないよ」

悲しそうに言う鈴谷に青葉は呟くように返した。

「人間、死ぬ時は死ぬんですよ……この世に生まれた幸せ、喜び。それを享受する権利はあります。

でも艦娘は軍人です。深海棲艦との戦いの前では権利なんて意味を成しませんよ」

「ドライな物言いですわね、青葉にしては珍しい事」

少し驚いたように熊野がナイフとフォークを持つ手を止めて青葉を見る。

大尉である自分と鈴谷より一つ上の少佐に昇進し、更に甲改二化されてパワーアップしてからこっち青葉は前より落ち着いた感じがあった。

艦隊新聞の執筆はいつも通りだし、仲間への態度は基本変わらない。

しかし熊野と鈴谷が見る限り青葉は、最近前とはどこか変わっているようにも見えていた。

青葉自身は特に自覚していなかったが、自分を見る周囲の目が変わっているのには気が付いていた。

「そう言えば二人はこれから南部方面隊に行くんでしたっけ?」

ふと思い出したように尋ねて来る青葉に鈴谷が頷く。

「種子島基地に行くことになったよ。古鷹、加古も一緒にね」

「種子島基地? あそこは宇宙基地で海軍の作戦にはそんなに関与しないはず」

「重巡二隻と私と鈴谷の二隻を派遣する辺り、何か起きると見て間違いないでしょう」

淡々と語る熊野に青葉は種子島基地で何が行われるのか気になって来た。

調べてみる価値はありそうだ。

「ところで青葉。原隊の第三三戦隊っていつ帰って来るの?」

「三日後にはトラックを輸送機で発って帰ってきますよ。みんな元気かなあ」

「衣笠が派手にやられた、って聞いてるけど?」

そう問いかける鈴谷に青葉は少し不敵な笑みを浮かべる。

「ガサは簡単には死にませんよ。青葉の自慢の妹ですからね」

「だろうね」

微笑を浮かべる鈴谷に青葉も笑みを返した。

 

 

トラック基地での戦闘が終わって三日後。

日本に帰国指令が出た第三三戦隊は、四航戦を含む一部の艦娘を残して日本本土へ撤退する艦娘を乗せたC17輸送機に乗り込んだ。

負傷の傷がまだ癒えていない衣笠と愛鷹、それに戦死した浦風を収めた棺を載せたC17輸送機は、ス級の艦砲射撃や空爆で荒れたトラック基地を発った。

浦風を収めた棺を夕張と深雪は暗い表情を浮かべて見つめた。

「霞の事は好きにはなれなかったけど、艦娘として練度の高い重要な戦力だったし、デレた時のあいつの顔を見るとめっちゃくちゃ笑えた。

でも死んだあいつの遺体は回収できなかった……慰霊碑にも日本艦隊基地のあいつの墓に遺骨は存在しない。

浦風はその点、遺体が回収できて良かったのかもな。

でも深雪様の胸の内で渦巻くこの認めたくないこの気持ちは一体は何なんだろうな」

「艦娘は軍人だから、いつ死んでも文句は言えない。そう割り切りたいところはあるけど……」

そう返す夕張の表情は暗い。浦風の最期を看取っているばかりに精神的にダメージを負った感があった。

半年もたたない内に日本艦隊が二人もの艦娘を喪うのは久しぶりの事だ。

スプリングフィールドを入れると半年以内で三人も戦死した。

大勢の艦娘を短期間で失ったことは過去に例があるとは言え、再びそうならない様、皆生きて帰ることを目指して戦ってきた。

しかし死ぬ時はあっさり死んでしまうのだ。

勿論、今の深海棲艦との戦争で命を落としているのは艦娘に限った話ではない。

ただそう簡単に抜けてしまった戦力補填が出来ないと言う意味では、艦娘の死はかなり後に響くのだ。

ふと深雪の胸の内に愛鷹の様な別に死んでも、またその分作ればいい存在であるクローン艦娘はあながち間違った考えでは無かったのではないか? と言う疑問が湧いて出た。

自分みたいな人間は世界に一つしか咲かない花と同じだが、クローン艦娘なら壊れて使えなくなったらまた作ればいい、いくらでも替えが効く人工物と同じだ。

そう考えた時、思わず自分を殴りつけたい衝動にかられた。

今思ったことを愛鷹に面と向かって言ってみればどうなる?

愛鷹は大和のクローンだ。未成熟だったクローン技術で作り出された艦娘だ。

彼女には強い自我が存在する。

あまり自分の感情を積極的に出す方ではないが、一緒に死線をくぐって来た仲であるだけに、愛鷹の人柄は良く知っているつもりだ。

自分が来年には寿命を迎えてしまう事を自覚している。だから寿命を迎えるまで少しでも長く生きる事を望んでいる。

しかし長生きする事を望むなら、わざわざ危険と隣り合わせの前線部隊指揮官に等なる必要は無いのではないか? 後方で勤務すると言う選択肢もあったはずだ。

 

確かめたい。アイツは傷付くかもしれないが、なぜ戦うのか、その意志を確かめたい。

 

別キャビンにいる愛鷹の元へと向かった深雪だったが、当の愛鷹はシートに座ってすやすやと寝息を立てていた。

起こして聞こうか、と一瞬思ったが、その寝顔を見ると止めておいた方がいい、と言う結論に至った。

戦闘が終わり、帰国する輸送機に乗り込む直前までの三日間、愛鷹は酷く疲れた表情を浮かべていた。

寝顔を見る深雪の脳裏にふと、愛鷹は今何歳なんだ? と言う疑問が浮かび上がった。

生まれたのは四年程前だと言っているが、だから四歳と言う訳ではあるまい。

クローンの成長速度は一年で一五歳相当にまで行くと愛鷹自身が語っていた。

それを基にすると、愛鷹の肉体年齢は六〇歳前後になっている可能性もある。

六〇歳となればもう初老の域だ。疲れやすくなっても別におかしくない。

クローン故に老化の速度も常人より速いとも言っていたから、かなり無理をしている可能性はあった。

いや、無理をしていると言う自覚が実は愛鷹本人にはないのではないか? 

自覚がないまま体に容赦なく鞭を振るっているのではないか。

直ぐには起きそうにない寝顔を見ていると、そっとしておこうと言う気持ちになった。

日本に帰れば、また忙しくなるだろう。

第三三戦隊が次どこへ行くのかは深雪には分からないが、また戦場に出るまでの間くらいは愛鷹にゆっくりして欲しかった。

 

 

部屋で書類仕事をしていた武本のデスクに秘匿回線での通信が入った。

久しぶりに業務に復帰した大淀が繋いできた。まだ精神的に不安定の様ではあるが、比叡に無理をさせ続けたくないという大淀の意思をくみ取り、業務復帰を許可したのだ。

長門たちともしばしシャットアウトすると、秘匿回線をつないだ。

回線を繋いだデスクのモニターに有川が映った。

「有川か。今日は何の用だ」

(お前に頼みごとがあってな。重要な話だから秘匿で伝えに来た)

「傍受されたらまずい事のようだな」

(当然だ。さっそくだが頼みごとの本題に入るぞ)

前置きなどの面倒は割と省くタイプだ。いきなり本題に入って来る有川に驚きもせず武本は先を促した。

(地中海での深海の活動活発化が著しくなって来た。大規模な深海棲艦の侵攻が来る前兆と言ってもおかしくない。

だが情報が足りない。侵攻を行うと言うブラフで、別方面での大規模作戦行動の陽動の可能性もある)

「地中海の戦況は、それだけ拙いという事か?」

そう問いかける武本に有川は首を横に振った。

(小競り合い程度で艦娘には死者も負傷者も出ていない。戦闘はどちらかと言うと北海の方で盛んにやっている方だが、こちらでも死者が出るほどの激しさはない。

それだけに地中海における深海の行動が気になる。

一昔前なら偵察衛星で調べれば済む話だが、衛星とのデータリンクは深海が出てからこっち一度も復旧していない。

だが技術屋の連中が深海の迎撃を受けない衛星軌道を通って戻って来る偵察型SSTOの開発に成功した。

深海の航空攻撃を受けない空域に展開している無人通信中継飛行船や、地上基地からのレーザー通信で誘導管制が出来る優れものだ)

「偵察衛星に代わる情報入手手段が実現で来たって訳か」

(偵察衛星ほど長々と偵察を行えるわけじゃないがな。既に一号機が種子島基地で組み立てられて、打ち上げの準備に入っている。

南部方面隊に第六、第七戦隊の四人を派遣する指令はお前も聞いてるだろ?)

「ああ、古鷹くん、加古くん、鈴谷くん、熊野くんを送れってUNPACCOMからの指令は受けている。

つまり種子島基地からSSTOを打ち上げるから南部方面隊にもっと増援を送れって訳か」

(そうだ。深海の連中、それを察知したのかイリノイ旗艦のLRSRGの偵察情報から、相応の戦力を種子島基地近海に集結させているって報告を上げて来た。

トラック基地での戦闘で空母棲姫は結局攻撃できないまま取り逃がしたが、やつらが種子島基地に転進してくる可能性もある)

種子島基地は宇宙基地だ。これまで深海の攻撃を受けた事がない基地だったので対深海棲艦対策が充分な基地とは言い難い。

偵察型SSTO打ち上げに呼応して来るという事は、何らかの形で人類の新たな空中偵察手段を察知し、妨害しに入って来るという事だ。

「そのSSTOはどこへ向けて打ち上げるんだ?」

(地中海だ。主に島全体が深海の拠点になっちまったマルタ島を中心に深海の動きを偵察する。SSTO自体の帰着先はケープケネディの宇宙基地だ)

「よし、分かった。第二戦隊を中心とした増援艦隊を派遣するのを検討してみるよ」

(頼むぞ、地中海での侵攻作戦防止に役立つはずだ。海兵隊からも無人機の投入を打診して来た。

打ち上げまでの間、艦娘と基地防衛の時間稼ぎに使うと言ってる)

無人機か、と武本は思案顔になって顎を摘まんだ。海兵隊の無人攻撃機はMQ170だ。

(一個無人攻撃機航空団レベルを投入すると、海兵隊は申し出て来た)

「大体、五〇機くらいって事か。了解だ、準備に入る」

(俺から伝える事はこれだけだ。じゃあな。

……浦風は残念だった。あまり気に病みすぎるなよ)

 

そう残して有川は通信を切った。

 

 

「上手く行くと良いですね」

武本と有川の話を聞いていた大淀はヘッドセットから手を離し、独語するように呟いた。

外からの傍受の心配など無用だ。だが中からの傍受など流石の有川も想定していないだろう。

「そう……上手く行くと、ね」

 

 

暗い部屋の電灯のスイッチを入れる様に、意識が覚醒し愛鷹は目を覚ました。

ぐっと伸びをすると、大きく溜息を吐く。

久しぶりに何も考える事も、夢を見ることもなく、ぐっすりと眠れた気分だった。

基本寝る時は熟睡出来る方だが、今の気分はいつも以上によく眠れた感覚だ。

席の周りを見渡して誰も見ていない事を確認してから、制服の上着をめくって脇腹に巻かれた包帯の状態を確かめる。

傷口はしっかり縫合され、左肩の銃創も貫通していただけに手当も早かった。

少なくとも過去に負った負傷よりは、はるかにマシな怪我で済んだという事だ。

体は比較的軽い方の傷で済んだが、艤装や応急修理の限界から完全に破損した左足の主機は日本で完全修理する必要があった。

刀も実質新造しなおさないといけない。砲弾を切り落としたり弾き飛ばしたり、深海棲艦の艤装破壊に使っている内に刀に疲労がたまってしまった結果、折れた感があった。

定期的に刀を鍛え直す必要があるのだろうが、帯刀艦娘の刀の整備などが出来る拠点はかなり限られてくる。

戦闘に刀を使用する艦娘など日本艦隊か、欧州総軍所属の一部の艦娘程度と言う需要の少なさが関係しているし、刀を使う戦闘はおのずと艦娘自身の白兵戦能力、身体能力が大きく関係して来るから、向き不向きの個人差が如実に表れる。

それに刀を使ったとしても、敵砲弾を弾く、切り飛ばすにとどまる場合が多いから、愛鷹の様な近接戦闘に積極的に使用する艦娘自体かなり少ない。

一般で出回っている刀と使い方が違うだけに、艦娘が使う刀に用いられる材質は軽量かつ、耐久性が極めて高いレアメタルを複合精製しているものなので、おのずと製造コストも高くなっている。

艤装も同じだ。性能不足が否めなくなってきている特型駆逐艦である深雪の艤装ですら、軽装甲車輛一台分の開発・製造コストがかかっている。

戦艦クラスの艤装となれば国連海兵隊の主力戦車が一台作れるほどの予算がかかっている。

「艤装は消耗品、艦娘が助かればそれでも充分勝利である」とは言っても、そう簡単に壊されると修理予算もただでは済まない。

大破したら、損傷の程度によっては新造しなければならないくらいだ。

自分の艤装はどうなのだろうか、と考えると愛鷹がワンオフ的存在なだけに修理予算の額が何となく想像できた。

 

予定通りに行けば、あと四時間ほどで日本に着くはずだ。

腕時計でそれを確認すると、また瞼を閉じ、眠りに入った。

休める時は休んでおこう。日本に帰っても、また次の戦場が待っているはずだ。

そう考えている内に再び愛鷹は深い眠りに落ちた。

 

 

もうじき輸送機で仲間が帰って来る。

その事で少し心がうきうきとしていた青葉だが、何しないで待つのは性に合わない。

読書でもしようと書庫に行って読みたい本を借りる事にした。

新艤装のマニュアルは何回も目を通したし、部屋にある本も読み飽きた感があった。カメラでまた何か撮影しようかとも考えたが、良い被写体が思いつかない。

消去法で読書しかなかった

書庫から本を借りて自室へ戻る途中の廊下で、比叡とすれ違った。

軽く会釈を躱す程度だったが、比叡の顔が目に見えてやつれているのが少し心苦しい。

テンション自体はあまり大きく変わらないのだが、ロシニョール病の病魔の影響だろう。

手術治療は明日に控えているので、手術が成功すれば悪化は免れるはずだ。

愛鷹さんもロシニョール病患者、それも末期症状だったな、と思っていると後ろで比叡が荒い息を吐き始めるのが聞こえた。

振り返ると、壁にもたれて胸を抑えている。肩で息をしており、かなり辛そうだ。

「比叡さん、大丈夫ですか?」

心配になった青葉が尋ねるが、比叡が俯けている頭を振り向かす事は無い。辛そうに浅い呼吸をしている。

これはちょっと、いやちょっとどころではないだろう。

書庫から借りた本を入れた手提げ袋を肩に担ぐと、比叡の元へ駆け寄り自分より少し背が高い比叡の肩を担いだ。

「青葉の声、聞こえますか?」

荒い息を吐く比叡は軽く頭を縦に振る。

他人からの呼びかけに答えられる程度の余裕はあるみたいだ。

急いで病院へ、と思っても比叡自身の力が抜けかけているので、肩を貸して歩くスピードは思う様に上がらない。

無理をさせない程度に急いでいると、廊下の曲がり角から大井が現れた。

出撃時や普段の制服ではなく、香取型と同じ正装を着ている所からして教官職務の途中の様だ。

北上以外の艦娘と積極的にかかわる性格ではないが、青葉と比叡の姿を見ると驚いた顔になって駆け寄って来た。

「ちょ、どうしたのよ」

「見ての通り、比叡さんが急病ですよ」

「それは、見りゃ分るけど」

比叡の顔を覗き込んだ大井は症状の深刻さをすぐに捉えた。

「誰か呼んでくるから、一緒にいてあげて」

「はい」

大井が駆けだしていったのを見送っていると、比叡が遂に立つ事が出来なくなりへたり込んでしまった。

流石に肩を貸し続けるのも無理なので、座らせる事にした。

「……すいませんね、青葉さん」

辛そうに閉じていた目を開けて青葉を見た比叡の言葉に、青葉は首を振る。

「大井さんが人手を呼びに行ってくれました。ちょっとだけ頑張ってください」

「……明日……手術だった……のに。いち、にち……早くダメになっちゃいました」

「多分、緊急手術になると思いますけど……比叡さんなら大丈夫ですよ」

その言葉に比叡は力なく笑みを浮かべる。

「お、お姉さまも……頑張ったら……」

「喜んでくれますよ! 頼れる妹ネ、って言ってくれますよ。だからもう少しの我慢です」

「そうですね。そしたらまた……戦いに……」

一瞬だがそれよりは静養をと言いかけたが、頑張り屋の比叡にそれを言うのはどこか合わない気がした。

「ええ、またすぐに金剛さんと一緒に戦えますよ!」

その言葉に比叡は苦しそうな表情に精一杯の笑みを浮かべた。

座らせた比叡の傍で励まし続けていると、大井が呼んだらしい救急車のサイレンが聞こえて来た。

もう少しの我慢だ。

「青葉さん」

自分の腕を掴んだ比叡が呼びかけて来て、青葉は比叡を見返した。

「……甲改二と……少佐昇進……おめでとう、ございます」

そう絞り出すように言うと比叡は苦笑を浮かべた。

「言うの……ちょっと遅かったかな」

「恐縮です。良いんですよ、いつでも青葉は大丈夫ですから」

暫くして大井が救急隊員四人と金剛を連れて戻って来た。

掛け声と共に救急隊員の手で比叡はストレッチャーに載せられ、金剛が優しく呼びかける。

力なく笑う比叡に金剛は「頑張るデス」と笑顔で頷く。

「噂で聞いていたけど、やはりロシニョール病ね」

そう呟く大井に青葉は「ええ……」と返す。

比叡の額を撫でていた金剛が青葉に真顔を振り向けた。

「青葉、サンクス。比叡は任せてネ」

脈拍などを図った救急隊員の手で比叡はすぐに運ばれていき、金剛も付き添いとして一緒に行った。

「治るかしらね……」

「当たり前です」

少し不安そうに大井が運ばれていく比叡と付き添う金剛の背を見て言うと、強い口調で青葉が返した。

普段とは違う、少し荒げ気味の声の青葉に少し大井は驚きを感じた。

青葉ってこんなキャラだったかしら?

そう思えてくる程だった。

 

せめて比叡さんだけは助かって欲しい。

そう思う青葉の脳裏に愛鷹の姿が映った。

 

愛鷹さんは……比叡さんと違ってもう回復できない所にいる。

でも比叡さんは助かる見込みがちゃんとある。

助かる確率があるなら、その確率が例え一桁だったとしても、それに賭ける価値を青葉は感じていた。

 

 

輸送機が横田基地に着陸したのは日本時間の午後三時ちょうどだった。

浦風を納めた棺が運び出される間、一緒に輸送機に乗っていた艦娘達は横一列に並んで敬礼し、棺を見送った。

棺を載せた車が走り出すと解散、の号令がかかる。

「こんな光景は二度と御免だぞ……」

無念さと悲しさを滲ませた深雪の言葉が愛鷹の胸に刺さる。

「私のせいよ……気を抜いたりしていないければ……」

顔を追俯ける夕張にかける言葉が出ない。

そんな自分へのもどかしさを感じながら、愛鷹は「行きましょう」と夕張に促した。

 

日本艦隊統合基地に向かう列車の中で愛鷹は久しぶりに見る沿線の風景を眺めた。

第666海軍基地から空路で横田基地に降り、そこから列車で基地へと向かったのが昨日の事の様だった。

「今日で……いや、明日で三ヶ月か」

もう三ヶ月近くも経った事に軽い驚きを覚えた。

出撃、作戦行動、基地での負傷治療、息抜きを合わせたら明日で自分が着任して三ヶ月目になる。

想えば日本艦隊統合基地以外の日本の風景を、自分の目でちゃんと見た事が無かった。

着任する時は途中から車内で寝ていたから、沿線の風景を見ていなかった。

今日は起きてずっと眺めていよう、と窓の淵に頬杖をついて日本の風景を眺めた。

民間地などラバウルで第三三戦隊メンバーと外食した時程度しか見たことがない。

他の艦娘達の談笑には加わらず、一人沿線の風景を眺めていると、日本国内での人々の生活の営みと言うモノを所々で見る事が出来た。

車窓から見られる住宅やマンションに、人の生活風景が一つ一つ詰まっているのだと考えると、つい自分の生い立ちが気になってしまう。

自分は人工子宮から生まれ、同じ顔のクローン達と訓練や教育を送る日々だったから、家族と呼べる存在、概念が全くない。

知識でしか知らない世界なだけに、急に自分の生い立ちに劣等感を覚える。

別の客車に乗っている大和は「お姉ちゃん」を自称しているが、家族だと思った事は無い。もう一人の自分と言う存在だ。

いや、自分の方がもう一人の大和と言う存在か。

自分の知らない世界は本当に広いモノだ……と、車窓からの風景を眺めながら軽く溜息を吐いた。

深海棲艦の登場で、日本も少なからずの混乱に見舞われたし、海上交通路(シー・レーン)も一時期断たれたこともあって、沿線にスラムが形成された名残がある。

経済や産業、国力が低下すると、日本は国家としての体を為すのが精一杯だった。

原子力発電所や自然エネルギー発電以外の化石燃料発電所は多くが燃料難で稼働できず、深刻なエネルギー不足にも陥ったことで少なくない数の日本人が命を落とした。

艦娘の配備開始後は海上交通路の安全性も上がり、元通りの姿を取り戻しつつある。

それだけに艦娘は深海棲艦に対する切り札として見られるし、英雄視する動きも根強い。過剰に期待を寄せられることもしばしばだ。

 

「英雄、切り札……か」

 

ぽつりと何気なく呟く。

実際の所いくら持ち上げようが、艦娘はそこまで特別な存在と言う訳でもない。所詮は人間なのだから。

艦娘が人間ではなく、自分みたいなクローンか人造人間、アンドロイドだったら、世間からはどう映っただろうか。

考えると気に病みそうな予感がしたのでやめて、風景を眺める事を意識した。

ビルが立ち並ぶ都会が見えて来たが、眺めている内にトンネルに入ってしまい見る事が出来なくなった。

トンネルを抜ければまた別の風景が見られたが、程なく基地の近くまで続く長いトンネルに入った。

到着まで本でも読んでいよう、と私物を入れたカバンからペーパーバックを出して読書する事にした。

もう一時間もしない内に、日本艦隊の艦娘が我が家とする統合基地に帰り着く。

先に戻っている青葉はきっとホームで待っているだろう。

こちらの近況は聞いている筈だ。首を長くして帰りを待っているだろう。

 

 

書庫で借りた本を読んでいた時何気なく時計を見た青葉は、第三三戦隊メンバーを含む海外展開組を載せた列車が駅に着く頃になっているのに気が付き、本を閉じて駅へと向かった。

小走りで駅に向かい、プラットホームに付いた時すでに武本が来ていた。

艦娘が陸路で戻る時は必ず自ら出迎えに行くのが武本のスタイルだ。

青葉がホームに来たことに気が付いた武本が首を振り向けて来る。

「お、青葉くんも来たか」

「司令官もいつもの出迎えスタイルですね」

「久しぶりに帰って来るメンバー揃いだからね、浦風くんは……逝ってしまったけど。

生きて帰って来た艦娘を出迎えて、労をねぎらうのが私にできる事の一つだから」

そう返す武本はふと自分を見る青葉の目が普段とは違うのに気が付いた。

何か思うところでもあるのだろうか、思い当たるモノが思いつかないが。

「どうかしたかい」

そう問うと青葉は武本の目を見据えて静かに問い返してきた。

「もし、艦娘が別に生きて帰って来なくても問題の無い存在でも、司令官は出迎えていましたか?」

「と言うと?」

軽く目を細める武本に青葉は言い方を変えて再び問いかけた。

「艦娘が轟沈しても、失った艦娘はクローン技術でまた作って補充すればいい……文字通りの消耗品だったとしても、司令官は同じ事をしますか?」

「……その口ぶりからして、愛鷹くんの正体を知ったようだね」

そう告げる武本に青葉は「ええ」と短く返した。

「愛鷹さん本人が教えてくれましたよ。司令官が愛鷹さんを作り出す計画の提案者だったことも」

「いつかは知る事になるだろうと思っていたけど、彼女自身が教えてくれたんだね。

青葉くんの質問だが、私の答えはイエスだ」

真顔で自分の質問に対する回答を口にした武本の目を青葉は見つめる。

「例え、喪われたらまた作り出せばいいクローンだったとしても、私の部下であることに変わりはない」

「愛鷹さんから教えて貰った時の司令官への憎悪は、そう簡単には消せませんね」

その言葉に武本は滅多に見せない真顔と口調で応えた。

「彼女に許しを請う気は鼻から無い。この世に生を授かりながら、愛鷹くんや他のクローン達が迎える結末を作り出すきっかけ。

神の領域に手を出すきっかけを作ったその大罪。この十字架は一生背負っていく気だ。

 

人間である君達艦娘は世界に一つだけの存在だ。死んでしまったらその代わりなどどこにもない。

轟沈してしまったら戦力の維持が難しい。

 

だからクローン艦娘を量産し、戦力の維持を容易にする。

沈んだらその分をまたクローンで補填する。それが私の提唱したCFGプランだった」

「青葉は……嫌ですね。同じ容姿、同じ名前の自分が複数存在し、その存在が死んでも別に惜しくはない、また作ればいいと言う姿は。

深海棲艦に勝って海を取り戻す為なら、艦娘の一人や二人くらいは安い代償と言う扱い。

轟沈しても『ああ、やられちゃったか』程度にしか扱われない姿……青葉は、そんな姿は嫌です」

知らずと青葉の言葉に感情がこもり、両手が拳を作る。

初めて見る青葉の静かな激情を湛えた目を武本は受け止め続けた。

「戦いに勝つ為なら犠牲を厭わない……戦争で人間が勝つ為に取る手段は、時に人命軽視で強行する事だってある。

勝利は犠牲の上に成り立つ。その覚悟を持って軍服を着る事を志願した人間が軍人だ。

艦娘も同じ軍人だが、その存在は深海棲艦に唯一対抗できる切り札と言う面で、生存性をどこの兵科よりも優遇された軍人だ。

故に君たちをぞんざいに扱えば、人類に勝利は来ない。

それが分からなかった提督たちの手によって、艦娘は死んでいった」

そう語る武本に青葉は遅きに失した考えだとしか思えなかった。

確かに本名ではなく、艦の名前で呼ばれ、編成も艦隊と呼称される自分たちは人の姿をした兵器にも見える。

しかし中身はやはり人間だ。人間としての存在を望むのを捨て、「人間と同じ姿の兵器」の存在を望んだ訳では無い。

武本の「艦娘は替えが効かない人間」という見方は揺らぎがない。ただその揺らぎの無い見方が「替えが容易にきくクローン艦娘」というモノを思いつかせた。

「その認識が最初から海軍にあれば、例え轟沈してもまたクローンで替えを作れば済む、と言う『命を弄ぶ』司令官の発想が出る事も無かった。

でも、青葉は見ちゃいました。たとえクローンでも自我があり感情があり、『死にたくない』と望む愛鷹さんと言うクローンの思いを」

心なしか語尾が震えている青葉を見る武本は、どう言われるかは分かっているが、艦娘である青葉に確認するような形で聞いた。

「青葉くん。私への思いを、心の中で正直に思っていることを一言言ってくれ」

その言葉に若干迷いが青葉に出たが、「艦娘であり替えが存在しない青葉」に言って貰う事を望んでいる武本の目を見て、迷いを断ち切ると青葉は答えた。

 

「裏切られた、です」

 

自分達の生死をとても心配してくれる武本が、人間と同じように感情と自我を持つクローンの生死に関しては厭わない考えだった。

命を大事にしている様で、軽んじていた。

「いろんな艦娘の思いを聞いてきた。好意的なモノもあれば批判的なモノもあった。

青葉くんの『裏切られた』と言う思いの一言。今まで聞いてきた艦娘からの思いの中でも一番正直で真っすぐなモノだ」

「でも司令官が焼いてくれた世話は忘れません。だから青葉は司令官の事は好きですよ」

「ありがとう」

満足げに武本がほほ笑んだ時、列車が基地に入って来るのが聞こえて来た。

警笛を短く鳴らして、客車と艤装を載せている貨車を引く機関車が基地のプラットホームへと入り込んできた。

ブレーキの音を響かせながら列車が止まると、客車からトラックにいた艦娘達が降りて来た。

第五航空戦隊の翔鶴と瑞鶴。

第五特別混成艦隊の伊吹、鳥海、愛宕、天霧、白雪、負傷した左腕に包帯を巻いた初雪。

大和、矢矧、初霜、朝霜、涼月、時雨、雪風。

そして第三三戦隊の愛鷹、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳。

松葉杖を突く衣笠に青葉が心配顔を浮かべると、衣笠は大丈夫と言う様に笑った。

「皆、お帰り。そしてご苦労さま。

長旅で疲れただろう、ゆっくり休んでくれ」

労をねぎらう武本に艦娘達は「はい」と唱和した返事を返した。

 

「皆さん、お帰りなさいです」

笑顔を浮かべて第三三戦隊の仲間達を青葉は出迎えた。

「ただいま、青葉。衣笠さんがいなくて寂しくなかった?」

そう尋ねて来る衣笠に青葉は苦笑を浮かべた。

「ガサがいないとやっぱ部屋が寂しいよ」

「衣笠さんの、青葉がいない間頑張った土産話、後でたっぷり聞かせてあげるね」

「衣笠、一応青葉は上官だぜ?」

深雪が青葉の肩章を見てにやにや笑いながら突っ込む。

「姉妹艦ですから階級なんて気にする必要はありませんよ」

「でも昇任試験受けてたのね。近況報告なかったから知らなかったわ」

少し驚いたように言う夕張に少し得意気な笑みを青葉は向ける。

「青葉、甲改二化されてパワーアップしたんですよ。これからもっといい活躍が出来ますよ」

「へえ、どんな感じか気になるなぁ」

「夕張が気になるのは青葉の新艤装くらいだろ」

ツッコミを入れる深雪に夕張は「そんなことないわよ」と首を横に振る。

とは言え、具体的な改装内容を六人とも聞いていないだけに気になる所ではある。

「どんな感じなの、青葉のバージョンアップって?」

そう尋ねる瑞鳳に青葉は少し得意気な顔になる。

「航空巡洋艦ですよ、瑞雲一六機搭載出来ます」

「凄い搭載数ですね」

瑞雲一六機と言う数字に蒼月が驚く。

「まあ、詳しい話とかは談話室とかでしましょうよ。青葉の甲改二の内容を説明したいですし、青葉がいなかった間の皆さんのお話も聞きたいです」

「では、行きましょうか。我が家に」

黙っていた愛鷹が制帽の鍔を少し上げて、空を見上げる。

 

基地の外の世界は初めて見る風景ばかりだったが、我が家となった日本艦隊の基地は変わる所がない。

「愛鷹さんも元気そうで何よりですよ」

「相も変わらず負傷の連続でしたけど、生きて帰って来られましたよ」

「生きているって事はいいものですよね」

「全くです」

微笑を浮かべる愛鷹に青葉も微笑み返した。

 

 

基地の艦娘居住地へと歩いていく第三三戦隊メンバーを、別施設の窓から見る目があった。

「貴方を殺害すれば、仁淀は助かる……」

呟くように言う大淀は、第三三戦隊のメンバーでもひときわ背の高い愛鷹の姿を見て、持っているケースの重みを感じた。

書類ケースの中にはサプレッサーとP320拳銃が収まっている。

万が一、大淀自身の手で愛鷹を殺害せざるを得ない状況の時に備えて、用意された拳銃だった。

予備マガジン一個を含む二本のマガジンには.45ACP弾一〇発が装填されている。

最近射撃練習場で腕は磨いているから、ちゃんと当てられる自信はある。

まあ、そこまで予定の計画が失敗していくのは拙いのだが。

「生きていたのなら、後悔の無い程度に生きている事ね……」

 




トラックでの艦隊戦に終止符を打ち、日本に帰国した第三三戦隊のつかの間の休息の訪れです。

比叡が病を克服できるかは、今後の展開で明らかにします。

様々な人間模様が交錯し、青葉が武本へ初めて抱いた不信感を打ち明ける回にもなりました。

そして、第三三戦隊の深海棲艦との新たな戦いの舞台も近づいてきました。

更なる愛鷹と第三三戦隊の物語にご期待ください。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。