艦隊これくしょん この世に生を授かった代償   作:岩波命自

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書きたいと思っていたエピソードです。

本編をどうぞ。


謀略編
第三六話 戦う理由


第三三戦隊の七人は艦娘居住区でそれぞれ艦種ごとの寮に入っていった。

「じゃ、晩飯の時にでも会おうぜ」

私物を入れた頭陀袋を担いだ深雪は蒼月と一緒に駆逐艦寮へと入っていった。

瑞鳳も欠伸を漏らしながら別れる。

「ちょっとだけ昼寝してきます」

「ゆっくり休んできてください。次の仕事が来るまでしっかり休みましょう」

三人がそれぞれの寮への通路に消えると、愛鷹、青葉、衣笠、夕張は巡洋艦寮に入った。

懐かしさすら感じる日本艦隊基地の巡洋艦寮に戻る際中、青葉と衣笠は仲良く談笑し続けており、特に衣笠は青葉が不在の間の自分の活躍を自慢していた。

自慢する衣笠に青葉が凄いと褒めると、夕張が茶々を入れたり、訂正をかけたりして衣笠がむくれる一幕もあった。

二人の話を聞きながら、楽しそうだとほほえましい気分になる一方、衣笠の相手をする青葉の面構えが少し変わっているように見えて、甲改二化と少佐昇進は青葉にかなり変化を与えているのでは、と驚きを感じていた。

にこやかで朗ら、お調子者、その性格は初めて会った時から変わっていないが、少しばかり目に鋭さが宿っているようにも見えた。

頼りになる仲間で嬉しいモノだ、と思う一方新しい甲改二艤装の能力と言うモノを見てみたい気分でもあった。

今度演習を行う際に見られるかもしれない。

自分の艤装の修理が終われば、の話ではあるが。

 

青葉、衣笠、夕張と別れた愛鷹は久しぶりの自室に戻った。

日本を発つ前と変わらない部屋の風景だが、雨戸を閉めたままだ。

空気の入れ替えでもしようと、窓を開けて、雨戸を開けた。

すると窓の外にあるプランターで何かが動いた。

何だ、と思わず身構えると鳴き声が聞こえた。

 

鳥だ。

軽く驚きを覚えて鳥を見ると、鳥の方も見返してきた。

向こうにとっては、いきなり現れた愛鷹に驚いているのだろう。

灰色の背中、翼の上面と尻尾が青みかかった灰色、目は黄色い。

驚いたことにタカ科の一種のハイタカだった。外観的特徴から雄だ。

「雄のハイタカ……」

これが鳩やカラスなら大して驚きはしないが、まさか雄のハイタカがここにいるとは。

プランターの様子を見る限り、寝床にしていたらしい。

見た感じでは多分巣立って間もない、若い雄だ。

猛禽類のタカ目タカ科のハイタカは、割と日本での人間との関係は深い方だ。

タカ使いも存在する。

しかし、まさか愛鷹の部屋のプランターを若い雄が寝床に使っていたとは。

まだメスと結ばれていないようだ。

猛禽類なだけに鋭さのある外観だが、どこか可愛いようにも見える。

威嚇するように翼を広げることもなく、ハイタカは愛鷹を見つめている。

「……しばらく出て行く気はなさそうね」

軽く溜息を吐く。プランターには特に植木鉢を置く気も無いし、他の艦娘に迷惑をかけないのならそこにいてもいいだろう。

追い出す必要もない。

しかし、体長三〇センチほどのハイタカを見ていると、どこか愛嬌を感じて来る。

自分を見る愛鷹を真っすぐ見つめ返して来る。

「他のみんなに迷惑をかけないなら、そこにいてもいいわよ」

借り家みたいな場所のつもりだろうから、どうせすぐ出てくだろう。

窓を開けたまま私物を入れたバックを開けていると、急にハイタカが部屋に飛び込んできて愛鷹の右肩に乗っかった。

「ちょ、ちょっと……」

驚く愛鷹に対して意に介した様子もなく、ハイタカは肩に乗っかったまま降りようとしない。

やれやれ、と溜息を吐いてハイタカにそっと手を伸ばして掴むと、デスクの上に置いた。

再びバックに戻って入れていた私物をすべて出し、収納スペースに収めていると、またハイタカが右肩に飛び移って来た。

「……私の肩は止まり木じゃないんだけど」

少し困った顔をハイタカに向けると、ハイタカも愛鷹の顔を見た。

妙に興味深そうな目つきをハイタカから感じる。

愛鷹に懐いているのか、それとも元々人懐っこいモノがあるのか。

良く分からないが少なくとも悪気はなさそうだ。

「一緒にこの部屋で寝起きしたいのなら、私の生活の邪魔程度はしないでね」

左手で本棚に本を立てながら言うと、返事するかのようにハイタカは鳴き声を上げ、自分からデスクに移った。

 

 

派手に破損してしまってはいる愛鷹の艤装と、夕張の送って来ていた図面をノート端末で見ながら、明石は愛鷹の艤装の改装作業の準備を進めていた。

艤装技官数名と工廠妖精等も加わって、破損が酷い三一センチ三連装主砲を取り外している。

武装類はすべて廃棄処分だ。修理のしようがない。

超甲巡とは言え、そのバイタルパートがル級二隻の砲撃に耐えたのは驚きである。

中枢機能や艤装本体の破損は許容レベルだ。

武本から改装のGOサインは出ていたので、とりあえず愛鷹の意思確認ができ次第、改装か修理に留める予定だ。

改装する場合は予備装備として保管されている長門型の改艤装から外した四一センチ主砲二基を右舷、カタパルト二基、エレベーター二基装備のアングルドデッキ型飛行甲板を左舷にそれぞれ装備する。

他に背中の艤装には二五ミリ三連装機銃二基、一二センチ三〇連装噴進砲改二二基を備える。

また青葉甲改二化に合わせて採用されたHUDの標準装備、射撃管制などにコード式トリガーグリップではなく、スティック型射撃管制桿に変更と一新レベルの改装規模だ。

航空艤装には烈風改二を一六機、天山六機搭載する。夕張の改装案では烈風改だったが頭数の少なさを補うために烈風改二へ変更されていた。

他に電探も対水上、対空、射撃管制のどれも高性能モノ揃いだ。

超甲巡の時よりも火力や対空戦闘能力が大幅に向上しており、戦艦との砲撃戦も可能だ。

ただし装甲に関しては速力維持の面から改修による向上は余り望めそうにない。

一方で耐久性は四一センチ主砲を装備するだけに、その発砲の衝撃吸収などの面や航空艤装の重量維持の面から上がっている。

あくまでも巡洋艦扱いだった愛鷹が、この改装で航空巡洋戦艦に変更されることになる。つまり戦艦になるのだ。

図面や艤装の改修可能数値の上限の高さは正直、「戦艦として使っていても不思議ではないレベル」だ。

なぜ敵の巡洋艦は圧倒できるが戦艦には脆い中途半端な超甲型巡洋艦にしたのか。

自分の知らない所でそうしたのだろうが、明石に言わせてみれば「勿体ない」扱いだ。

取り敢えず修理する場所は、改装する、しないに関係なく共通する場所から始まった。

愛鷹が履いている主機も本格的修理をしなければならない。特に左足の主機は減速機とシャフト機能を破損して使いものにならない。

クレーンで持ち上げられた愛鷹の艤装から、三一センチ三連装主砲のアームを切断する作業が始まった時、工廠へ左手に何かを入れた袋を下げた愛鷹がやって来た。

「こんにちは」

「あ、愛鷹さん。いらっしゃいです……ってなんですかそれ?」

愛鷹の右肩に乗っかったままのハイタカを見て、明石は目を丸くした。

制帽の鍔を摘まんで軽く溜息を吐くと愛鷹は右肩に乗ったまま離れない、共同生活者を紹介した。

「留守中、部屋のプランターを寝床にしていたハイタカです。なんだか私のこの場所がお気に入りらしくて……」

「ハイタカ、え、タカですか⁉」

驚く明石に多少困った様に愛鷹は頷いた。

「基地の中にハイタカが入り込んでいたなんて……」

「何だか懐かれているのか、良い止まり木的な所だと思っているのか……良く分かりません……」

はっきりと困惑している愛鷹に、明石は初めて愛鷹から人間味を感じた。

 

初めて会った時と比べて、結構人間味が感じられるようになった感じだ。

氷のハートの持ち主に見えていたが、海外展開中にいろんな艦娘と触れ合ってきている内に氷が解けたようだ。

 

「あ、そうだ、話変わりますが愛鷹さんは改装案を受けますか? それとも元の超甲巡艤装に修理しますか?」

問いかけて来た明石に愛鷹はクレーンで釣りあげられている自分の艤装を見上げ、目を閉じる。

数秒程度何か考える様に目を閉じた愛鷹は、目を開けると明石に答えを口にした。

「改装をお願いします。改装された艤装運用のマニュアルや訓練期間、カリキュラムなどは?」

「用意済みですよ。主砲がパワーアップしていますよぉ? 

四一センチ連装主砲二基、これで戦艦とも渡り合えますよ」

「長門型からの流用品でしたね」

「はい、陸奥さんの連装主砲を二基移植します。結構拡張性が高い艤装で驚きましたよ。

超甲巡なんて何だか中途半端さがある艦種より、戦艦として新造すればよかったのに。

改装案では装甲強化も一応可能ではあるんですけど、三五・六センチ主砲の砲撃には何とか耐えられる程度の位までしか上げられませんね」

「装甲は大して変わらないと……」

少しがっかりした様な声の愛鷹に、明石は端末に表示される数値を見て返す。

「航空艤装がそれなりに重量あるので、艤装のバランス維持面で言うと、あまり装甲強化を行うと機動力が大きく落ちるんです。

機動力は愛鷹さんの最大のアドバンテージでしょうから、工作艦としてそれを尊重するとなると『被弾しない事』を前提に動いてもらうしか」

「やむを得ませんね。主機の修理も頼みますよ」

「暫く主機を修理に出しますけど、替えの靴はあるんですか?」

そう尋ねる明石に愛鷹は左手に持っていた袋から黒のローファーを出した。

「ちゃんと用意済みですよ」

「じゃ、主機の修理をするので靴は脱いでください」

頷いて大和型似の主機を脱ぐ愛鷹を見ながら、その主機の破損ぶりに明石は少しばかり緊張するものを感じた。

かなり傷だらけだ。夕張が応急修理をして使えるようにしたとは言え、主機自体の大規模修理も必要だろう。

主機を脱いで持って来ていたローファーに履き替えながら、愛鷹自身良くこんな状態になりながらも動いてくれたものだと自分でも驚いた。

「改装に関する訓練や教育課程は鹿島さんが資料を用意してくれているはずなので、後で行ってみてください」

「分かりました。因みに私の改装後の艦種は?」

「航空巡洋戦艦です。戦艦としてカウントされますよ」

「戦艦……ですか」

戦艦と言う言葉に反応する愛鷹の声が少し嬉しそうに聞こえる。

 

艤装には不釣り合いな程の火力かつ巡洋艦扱いから、相応の火力を持つ戦艦になれるのだから、気分が昂るのも無理はないかも知れない。

清霜が聞いたら羨ましがりそうだが、彼女の適性は駆逐艦だったからどんなに改修をしても、戦艦にはなれない。

 

「では改装作業の旨、よろしくお願いします」

「了解です」

一礼する愛鷹の肩の向きに合わせて、右肩のハイタカも位置をずらした。

 

愛鷹が工廠を後にし、早速作業だと手袋を嵌めながら「愛鷹と言う鷹の字が入った艦娘が本物のタカを飼う」と言う展開に、クスリと明石は笑みをこぼした。

もっとも愛鷹自身は飼うと言うよりは、共同生活と言っているあたりハイタカは居候者扱いなのだろうが。

 

 

右肩に止まったまま離れないハイタカに少しばかり図々しいモノを感じる一方で、常に一緒にいてくれる存在が出来た事への喜びの様なものもあり、無下に肩から降りてと言う気持ちにもなれず、結局ハイタカを右肩に載せたまま愛鷹は艦娘宿舎の談話室に行った。

ハイタカを肩に載せた愛鷹の入室に驚く目線に、やっぱり目立つなあ、と嘆息しながら自動販売機で缶コーヒーを購入した。

「あの……すみません」

ふと自分を呼ぶ声に愛鷹が振り返ると、護衛空母艦娘の神鷹が自分とハイタカを見ている。

「何か?」

「そのハイタカ……どこで?」

不思議そうな顔をする神鷹に、自室のプランターに住み着いていた下りを話すと、興味深そうな目になり右手で顎を摘まんでハイタカを見る。

「初対面でここまで人に懐いているハイタカは見たことがないですね」

そう語る神鷹を見返しつつ、確か着任前に読んだ艦娘の人事ファイルで、神鷹は艦娘になる前は鷹使いに長けた一族の生まれだったと言う事を思い出した。

彼女が鷹使いの技術を持っているかまでは分からないが、少なくとも素人よりは頼りになるかもしれない。

「鷹の使い手として、アドバイスいただけたら幸いなんですが……」

「そうですね、とても……えっと」

「愛鷹と申します」

「愛鷹さんにとても懐いている様に見受けられるので、可愛がってあげたらいい事があると思いますよ」

笑顔でそう告げる神鷹に、可愛がってあげるって……、と困惑しながらも肩に止まるハイタカに悪気は全くないのは一応わかるので、しばらく世話を焼くか、と割り切る事にした。

ご飯は何がいいのか、プランターではなく室内で一緒に生活するか、考えると改装を行うと言う忙しくなる時に、また別の忙しいオーダーが一つ増えた気分になり、再び溜息を吐いた。

「何か分からないことがあったら、私に聞いてください。

私、鷹使いの一族生まれなので、艦娘になる前、鷹使いの色々な事を教え込まれているので」

「では、何か困った時は頼みますよ」

缶コーヒーを飲みながら愛鷹は神鷹に頼んだ。

ハイタカも「よろしく」とでも言う様に神鷹に鳴き声を上げた。

 

 

各々の羅針盤からレーダーコンタクトの警報が鳴った。

日本艦隊統合基地東部哨戒線を哨戒中のユリシーズ、モントローズ、第六駆逐隊の暁、響、雷、電の六人は羅針盤からの警報に表情を硬くした。

羅針盤のレーダー表示を見たユリシーズが、レーダーで確認した深海棲艦の艦隊の数を告げる。

「レーダーコンタクト、敵艦影六を捕捉。重巡リ級二、駆逐艦ロ級四!

針路はこちらに取っているな……一戦交える気だ」

「重巡二隻と駆逐艦四隻、苦労はしなくて済みそうね」

特に気負った様子もなく言う暁に雷も得意気に頷く。

「場数を踏んでいる私達なら大丈夫ね」

「油断は禁物ですよ。まあ、この海域にelite級が出た事は無いから、緊張しすぎることもないとは思いますが」

そう返しながらモントローズは自身のMark Ⅷ 二〇・三センチ連装主砲の安全装置を外した。

既に主砲の安全装置は外し済みのユリシーズは、第六駆逐隊メンバーに「elite級が出た事は無い」と言うモントローズに、胸中で「だが化け物は出たがな」と付け加えていた。

ユリシーズの言う「化け物」とは勿論ス級だ。エクセターを殺害し、先に散った仲間との約束を踏みにじった巨大戦艦。

絶対に自らの手で地獄に送りたい戦艦だが、日本近海の哨戒活動を日本艦隊の艦娘と統合運用で行う様に原隊の本国艦隊から命令が入れられていたので、ス級の方から出てこない限りは会敵できそうにない。

そして今日もまた、いつもと大体同じ編成の深海棲艦艦隊を相手にする。

 

まあ、例え相手が輸送艦であろうと自分の務めは変わらない。

自分に課せられているのは極めてシンプルだ。命令を受け、引き金を引き、敵を沈める。

 

「全艦戦闘配置、対水上戦闘用意」

深海棲艦への殺意を込めた声で、ユリシーズは五人に命令を下した。

仲間と共に主砲と魚雷発射管での水上戦闘に備える電は、こんな戦いが一体いつまで続くのだろう、と素朴な思いを頭に浮かべていた。

深海棲艦を屠るのが艦娘の仕事とはいえ、時には捕虜にして何か情報を聞き出したり、そこから深海棲艦との対話の可能性を探れないのか、と思うことがある。

ここ最近、沖ノ鳥島やショートランド奪還、トラック基地侵攻阻止以外、世界各地での人類と深海棲艦との前線には大きな変化がない。

事実上の膠着状態で、北海で小競り合いか起こっている事以外、人類も深海棲艦も前線を上げる気配がない。

この機に深海棲艦と戦闘ではなく、対話と言う形での状況転換は望めないか?

そう思いながら電は徹甲弾を装填した主砲を構えた。

 

単従陣を組む深海棲艦の五隻はelite級やflagship級も無い、ごく普通の艦隊だった。

リ級を先頭に四隻のロ級が続航している。進路は変わる事は無く、六人とは反航戦を挑む形だ。

自分を含めた六人全員が主砲射程に捉えた時、ユリシーズの号令が下った。

「シュート!」

その指示通りに六人は主砲を撃ち放った。ユリシーズの五・二五インチ主砲、モントローズの二〇・三センチ主砲、第六駆逐隊の一二・七センチ主砲の砲声が同時に海上に響き渡る。

飛翔中に空気との摩擦で赤く光る砲弾が深海棲艦に向かって飛翔していく。

ユリシーズたちの砲撃開始とほぼ同時に深海棲艦も砲撃を開始した。

飛来する砲弾を各自の回避運動で躱しながら、外れた射撃に修正をかけて再び砲撃を行う。

一〇斉射以内に仕留めてやる、とリ級に第二斉射を放ったユリシーズの砲撃はリ級の回避運動で躱されたが、即座に送り込まれた第三斉射の二発が直撃する。

艤装から何かの部品の様なものが吹き飛ぶが、射撃能力自体は衰えず、自分を撃ったユリシーズへ反撃の砲火を放つ。

後ろのモントローズはまだ命中弾を出せていないが、狙い自体は正確で、第六駆逐隊の射撃の精度も悪くない。

深海棲艦からの砲撃は六人の周囲に至近弾の水柱を突き立てるが、場数を踏んできた六人のとる回避運動の前に当たる事は無い。

一方で第五斉射目でユリシーズ以外の全員が深海棲艦に命中弾を出していた。

第四斉射目で狙っていた先頭のリ級へ更に三発の五・二五インチ弾を当てると、リ級の艤装が破損して速度が低下するのが見えた。

追い詰める時だ、とユリシーズはリ級に再装填した徹甲弾を撃ち込む。

五・二五インチ主砲の砲身から砲炎が噴き出すと、後退し反動を制御する。

更に直撃を受けるリ級がユリシーズの方を見ながら生き残っている全火器で応戦するが、顔色一つ変える事無いユリシーズから慈悲無き砲弾の洗礼をさらに受ける。

砲撃を行うユリシーズの頭の中でそろそろ、敵駆逐艦からの魚雷が来るかもしれん、と魚雷への警戒心を強める。

しかし第六駆逐隊が砲撃を浴びせるロ級を見ると、既に中破した艦だらけになっており、魚雷発射どころではなさそうだ。

それでもロ級は主砲を第六駆逐隊に向け、射撃を続ける。

モントローズの砲撃を食らったリ級が艤装から黒煙を上げて射撃の構えを解くと、反転し戦線離脱を図りだした。

それを期に形勢不利を認めた深海棲艦は先に離脱するリ級を、比較的被害の少ない艦でカバーしながら後退を図るが、ユリシーズが「ストップ・ファイア」をかける事は無かった。

自身の第九斉射を受けたリ級が艤装から炎上しながら海上に倒れ伏し、モントローズの狙うリ級も背中から更に直撃を受けて、動きを止めた。

リ級離脱援護を行っていたロ級も、第六駆逐隊からの砲撃を前に次々に機能停止して行き、動かぬ残骸と果てた。

全艦が戦闘不能になると、ようやくユリシーズから「ストップ・ファイア」がかけられた。

六隻とも航行不能になっており、ロ級は既に沈没し始めている。

二隻のリ級はまだ海上にあり大破漂流中だが、放っておいてもどの道沈むだろう。

 

完全に瀕死と言えるリ級を見ながら電はふと、さっきの捕虜にする事は出来ないか?と言う思いが勃然と湧き上がって来た。

「何だか、敵とは言え可哀想ね……」

ボロボロになった瀕死のリ級を見て呟く雷に電が頷く。

敵艦隊の掃討完了報告を入れるユリシーズに寄った電は、ユリシーズが報告を終えると意見具申した。

「ユリシーズさん、意見具申いいですか?」

「何だ?」

自分に顔を振り向けるユリシーズに、電は正直な思いを口にした。

「リ級を……助けてあげてみませんか?」

「助ける? ……フム、では助けるか」

あっさりとユリシーズが意見具申を聞き入れてくれた、と電が喜びかけた時、五・二五インチ主砲の砲声が轟き、海上を漂うリ級に突き刺さった。

 

「え……?」

 

放っておいても沈没は免れない瀕死のリ級はユリシーズからの砲撃を受けると、爆発を起こして轟沈した。

二隻目のリ級にも同様に、まるで「死体蹴り」をするかのようにユリシーズは止めを刺した。

驚愕する目で電が見る中、二隻のリ級は苦悶に満ちた目でユリシーズ、モントローズ、暁、響、雷、電を見てそのまま波間に消え、水底へと沈んでいった。

 

「これが、敵を助ける、だ」

さも当たり前の様に言い放つユリシーズの涼しさすら感じる横顔に、電は唖然とした表情を向ける事しかできなかった。

傍らの雷も「そう言うのじゃないと思うけど……」と、完全に沈んだリ級二隻の艤装の残骸が上げる黒煙を凝然と見つめながら呟いた。

 

 

夕食時になり、腹が空腹を訴える音を立てた。

書類仕事の為に自室のパソコンのキーボードを叩いていた愛鷹は、一旦作業を中断し、制帽を被ると部屋を出て食堂へと向かった。

同居人となったハイタカには取り敢えずソーセージをご飯として与え、しばらく様子見だ。

何故ここまで懐かれるのかさっぱりではあるが、動物に懐かれるのも案外悪くない。

何か分からないことがあったら神鷹に聞けば大丈夫だ。

 

食堂では既に艦娘達が夕食を摂っていた。

いつものサンドイッチを買おうと思ったが、トレイに盛られた食事を摂る艦娘達を見ていると考えが変わった。

「たまには……何か定食でも食べようか」

食券を購入し、割烹着を着た鳳翔に渡した。

珍しく定食を注文して来た愛鷹に軽い驚きを見せつつも、鳳翔は焼肉定食を作って持ってきた。

「珍しいですね、いつもはサンドイッチばかりでしたのに」

白米をよそった茶碗を一緒に載せたトレイを渡しながら言う鳳翔に、愛鷹は少し笑みを浮かべて応えた。

「たまにはこういう食事もいいかな、と」

焼肉定食が盛られたトレイを持って空いている席に着くと、「頂きます」と言ってから箸と茶碗を手に取った。

本当にいつもサンドイッチばかりだったから、焼肉定食の美味しさはある意味新鮮だった。

おいしい、と思いながら箸を進める。

そこへ自分の食事のトレイを持って空席を探していた青葉が、愛鷹の向かい側が空いているのを見つけ歩み寄ってきた。

「ここいいですか?」

自分の向かい側の席の隣に立つ青葉に、頷くと青葉はトレイを置いて、愛鷹の向かい側の席に座った。

普段とは違う食事を摂っている愛鷹に、青葉は軽い驚きを覚えた。

「今日は焼肉定食ですか」

「たまには、サンドイッチじゃない食事もいいかなと思いまして」

キャベツを呑み下した愛鷹の言葉に、青葉は笑みを浮かべた。

「食べられるうちに美味しいものは食べておくものですよ」

「そうですね」

うっすらと笑みを浮かべながら応える愛鷹に、愛鷹さんも大分変って来たなぁ、と思いながら青葉は自分のネギトロ丼に手を付けた。

茶碗の白米をかき集めていると、青葉がふと思い出したように口を開いた。

「愛鷹さん、実は青葉この間怪奇現象じみた事体験したんですよ」

「怪奇現象?」

不思議そうな顔になる愛鷹に青葉は頷く。

「少佐への昇任試験を終えて、ほっと一息ついていたら、記憶がいきなり消えてて、気が付いたら基地の古い倉庫群で倒れていたんですよ。

若葉さんがタバコ吸いにやってきたら青葉を見つけてくれたんですが」

「瞬間移動でもしたのですかね」

思わず箸を止めて聞く愛鷹に、青葉は難しい顔になる。

「それが時計見たら結構時間過ぎてて、思い出そうとしても全く思い出せないんですよ。

まるで切り取られたように記憶が無いんです」

「摩訶不思議ですね。怪奇現象の類の存在は否定しませんが、青葉さんが体験するとは」

「自分でも思ってもみないタイミングでしたよ」

切り取られたように記憶が消える、か。

怪奇現象の類は結構知っているが、これは初耳だ。神隠しの類とも違う。

不思議なことが身近な関係の人間に起きたものだ。

「そう言えば愛鷹さんの艤装は結構派手に壊れちゃたらしいですが、大丈夫ですか?」

「航空巡洋戦艦として艤装は大規模改修を受けることになりましたよ。火力も陸奥さんの改までの艤装で使われていた主砲二基を移植します」

「お、パワーアップするっていう事ですね!」

「ええ。なので実は瑞鳳さんを編成から外して、原隊の第三航空戦隊に戻すことも考えています」

「瑞鳳さん抜きで航空優勢確保ですか?」

「烈風改二を一六機搭載するので、航空戦力による艦隊防空能力はそれほど落ちないはずですし、三航戦は稼働空母艦娘が減っているので」

確かに今三航戦には祥鳳のみしかいない。龍驤はまだ治療中で復帰にはまだ時間が必要だ。

「瑞鳳さん、受け入れてくれますかね」

「一応、第三三戦隊から除籍自体はしないつもりです。いざと言う時は助っ人として手伝って貰います。

でも、私と青葉さんの航空戦力だけでも防空戦闘は可能でしょう」

「まあ、そうですね……」

正直、瑞鳳は水上戦闘が出来ない分、足手まといになりがちな局面は何回かあった。

愛鷹が航空巡洋戦艦になるのであれば、瑞鳳を外した状態でも艦隊の航空優勢は確保出来る。

合理性を見れば瑞鳳を第三三戦隊の固定メンバーから外しても問題はない。

創設時からずっと戦ってきた瑞鳳がいなくなるのは寂しいが。

先に食べていただけに愛鷹が定食を完食するのは、青葉より先だった。

「ごちそうさまでした。私は書類仕事が少し残っているので先に戻りますよ」

「はい」

 

 

夕食を食べに深雪が駆逐艦寮から食堂へと歩いていると、晴れない顔の電が角を曲がって表れた。

今日は何食おうかな、と久しぶりの日本での我が家の夕食を考えると笑みが止まらない深雪は、元気のない電の姿を見て真顔になった。

「お、電。どうしたんだ、浮かない顔して」

急に声をかけられた電が少し驚いた様な顔をする。

やはりどこか普段と様子が違う気がした深雪は、電に問いかけた。

「何かあったのか?」

心配そうに尋ねて来る深雪に、電は今日あった出来事を話そうかと思ったが、話してどうにかなるモノか、と言う迷いから言葉を濁すような返事しか返せない。

落ち着きがどうもない電が心配な深雪は、食堂で聞こうと思うと、電の手を引いて歩き出した。

「飯でも食おうぜ。その時に話してくれよ。きっと肩の荷が下りた気分になれるって」

「はい……」

これだけ沈んだ顔になっている電は久しぶりだった。何かあったに違いない。

 

食堂で色々と注文した深雪とは対照的に、小食な量しか頼まない電の落ち込み具合に相当酷いことがあったらしいのは分かった。

何があったんだ、とただ事ではない気がしながら、一気に聞き出すことなく、少しずつ深雪は電から落ち込み気味の理由を聞き取っていった。

 

瀕死のリ級を助けたいと言う電に、ユリシーズのとった行動。

 

頭の中で纏め上げた、今日電が見てショックを受けた光景には確かに考えさせられるものがあった

今まで深海棲艦の生死についていちいち気にした事が無かっただけに、電の考えは彼女らしいものがあった。

確かに深海棲艦の事について分かっていることなど殆どない。

だから根本的な対応策がないまま、艦娘が命を張って戦闘を繰り返している。

そう言うところを見れば電の言う通り捕虜として連れて帰るのもアリだろう。

打開策がそれで見つかれば自分たちと深海棲艦との戦争に、何らかの転換点を見いだせるかもしれない。

ただ、それよりも深雪が引っかかったのは「瀕死の状態でどのみち沈むのは見えているリ級に、死体撃ちのごとく砲弾を撃ち込んだユリシーズ」のとった判断だった。

深海棲艦にそこまで徹底的になる必要など、無い。ただの弾の無駄打ちにも等しい。

一歳の躊躇もなく、「敵を助けるとは完全に殺す事」と主張するようなユリシーズの行動には、深雪も疑念がわく。

確かに深海棲艦は敵だ。だが、やり過ぎではないだろうか? 彼女のやり方は私怨からの私刑じみてもいる。

「助ける」とは死にかける命を死から守る事であって、敢えて早く死を迎えさせることではないはずだ。

 

後でユリシーズ本人に聞いてみよう。

 

深雪はから揚げを口に入れながら、そこまで情け容赦のないやり方に徹するユリシーズに聞く事にした。

 

 

書類仕事を終えた愛鷹はこれで一息つける、と達成感を感じながら軽く伸びをする。

「終わった……」

ご苦労様とでも言う様にハイタカの鳴き声が背中から聞こえる。

ひとまず吹きっさらしのプランターではなく、ちゃんとした寝床でも、と止まり木やらトイレやらを明石に頼んで分けて貰った木材でハイタカの為の寝床を作り上げるとハイタカは気に入ったのかそこにおさまる様になった。

「ちゃんとつがい作りなさいよ。あくまで借家だから」

振り返らずにハイタカに言うと、止まり木から肩に乗り移って来た。

ふざけているのか、結構真面目にこの場所が気に入ったのか。

迷惑な感じもあるが、どこか愛嬌がある気がしてくるハイタカに愛鷹は溜息を吐く。

まさか私がつがい相手だと思っているんじゃ……そりゃ「愛鷹」と「鷹」の字が入った名前とは言え。

ハイタカは肩に止まっている時は、耳や髪を齧って来る。痛くはない程度で気にはならないのだが、おもちゃにされている様でもありどう対応すればいいのか。

 

後で神鷹さんに聞いてみるか。

 

ふと葉巻を吸いたくなり、ライターと葉巻ケースに手を伸ばす。ケースを振ると一本しか入っていない。

別にタバコでも平気だが、ある程度の拘りはあるので市販品のタバコよりは葉巻がいい。

ポケットに入れて立ち上がると、肩に止まっているハイタカはぽん、とまた止まり木に戻った。

一服する時程度は肩から降りてくれるのはありがたい。

鍵を持つと、ローファーを履き、ドアノブに手を伸ばした時、「ちょっと出かけるね」とハイタカに振り向いて告げる。

ノブを回してドアを開けると、気をつけてとでも言う様にハイタカが鳴いた。

静かにしててね、と胸中で付け加えながらドアを閉め、鍵をかけると愛鷹は寮から出た。

 

禁煙場所が増えているのでどこで一服入れようかと考えている時、青葉が記憶の無いまま倒れていた倉庫群を思いついた。

気になった愛鷹はそこで何か青葉の身に何が起きたのか、葉巻を吸いながら探索でもしようと思い至った。

若葉が喫煙する所として選んでいるから、禁煙場所でもないだろう。

行く前にPX(酒保)に立ち寄ると、店員に葉巻の在庫を訪ねた。

「中佐が良く吸う銘柄を暫く切らしていたんですが、今日一個だけ在庫が確保できましたよ」

そう言いながら店員が残り一個になっていた葉巻の箱を渡してきた。

代金を払っていると、喫煙もほどほどにと店員に釘を刺された。

 

 

青葉が目を覚ましたと言う倉庫群に来てみると人気がなく、灯りも殆どない。

時間帯が時間帯なだけに僅かな電灯に照らされた場所で、葉巻を吸う。

静かな場所で、喫煙には持って来いな場所と言えた。

吸う時にちりちりと音を立てる先っぽと自身の靴音以外、本当に何の音もしないで少しばかり不気味さもある。

取り敢えず倉庫群を歩き回って見るが、特に何かあると言う様子はない。

殆ど扉が閉まっている倉庫ばかりで、中に入れない。扉が一応空いている倉庫の中に入って見ても、特段何かある訳でもない。

空いている倉庫には貨物コンテナが何個かおいてはあったが、閉じられて開けられないコンテナ以外、とりあえず開けてみても中は空っぽだ。

手持ちのハンドライトで中を照らして見ても何もない。

特に何か証拠や手掛かりと言えるものは無さそうだ。

余り深入りすると迷子になりそうな気がしてきたので、切り上げ、倉庫群を出る事にした。

もっと明るい時にまた来てみよう。

そう思いながらも、もう一つだけ、と開いていた倉庫の一つに入ってみる。

倉庫の中に入った途端、愛鷹は違和感を覚えた。

妙に中が暗い。密閉タイプの倉庫の様だ。窓は壁の高い場所に小さいあるものが殆どで、恐らく月灯りが良い時でもここは暗さを維持できそうなくらい真っ暗だ。

深入りすると良くない気がしてきて、愛鷹は踵を返した。

かかとでくるりと向きを変えた時、比較的低い位置にある窓の向こうの暗闇の奥に赤い光点が一つ見えた。

「ん、なんだろ」

目を凝らしてみた時、何かが頬を掠めとんだ。

背後で地面がえぐられる音がして、ぎょっとした愛鷹は思わず咥えていた葉巻を落とした。

「な、なに今の⁉」

どう言う状況だ、と警戒心が上がった時、遠くで小さな銃声が聞こえた。

 

狙撃。

 

それ以外思いつかなかった。

誰が、何のために、なぜ自分を、と言うのはここでは考えない事にして、ひとまず物陰に隠れる。

あの赤い光……レーザーポインター?

銃声が後から聞こえて来たという事は、距離が結構ある。

そしてこの暗さで掠れるほどの正確さ。暗視装置でも使っているのか?

指を舌で軽く撫でて、風向、風速、湿度を図る。

使用している弾薬が何かは分からないが、多分それなりに装薬は多い方だ。

走ってここから逃げるしかなかった。

今頃暗視装置でどこに消えたか探っているはずだ。

新しい葉巻の箱から一本出して、火をつけると適当に放り投げ、倉庫から出ると全力で走った。

小さい熱源だが次の弾への囮にはなるだろう。

全速力で走っている間、また銃弾が飛んで来る事は無かった。

 

 

艦娘全員で共有する談話室で一人、紅茶をすすっていたユリシーズは自分を呼ぶ声に気が付き振り返った。

真顔の深雪が自分の目を見ながら立っていた。

「何だ、深雪」

「お前に聞きたいことがあるんだ」

「私にか?」

何の話を聞く気だ。紅茶のカップをテーブルに置いてユリシーズは深雪に向き直る。

自分と正対するユリシーズに深雪は単刀直入に聞いてきた。

「お前はどう言う目的で深海棲艦と戦う?」

「……どういう目的……だと」

「もっと簡単に聞くと、『何故戦う』かな」

軽く腕を組むと、深雪の目を見据える。適当な答えを深雪が求めているとは思えない。

言葉を選びながら応える必要がありそうだ。

「単純に艦娘と言う軍人だから、だ」

「もし、目の前に瀕死でどの道沈む深海がいるとして、お前はそいつを見たらどうする?」

「それは簡単だ。止めを刺す」

「捕虜にして、そこから新しい深海棲艦との戦略を練るって考えもあるぞ。

分からないことだらけの奴らの情報が断片的でも何かしら分かる事があるかしれない」

なるほど、とユリシーズは深雪がなぜ自分に質問しに来たのかが分かった。

電から自分がした事を聞いたのだろう。

命の大切さを重んじる深雪には、自分のしたことが理解できない所があるのだろう。

「深雪よ、我々艦娘がなぜ必要とされる存在か分かるな? 深海棲艦と唯一対抗できる存在、それが艦娘。

今人類にとって深海棲艦を滅ぼし、海の自由を取り戻せるのは我々しかいない。

奴らに関する情報はたかが知れているのは事実だ。情報を集める必要もある。

 

だがな、お前と電が考えた事は既に実行され済みだ」

「何だって」

目を少し見開く深雪に、ユリシーズは静かに告げた。

「セイレーンキャッチ作戦。

私の母国が国連海軍の勅命で本国艦隊の一部を投入して行った深海棲艦の鹵獲作戦で、艦隊旗艦デューク・オブ・カンバーランド以下の六隻の艦隊で実行された作戦だ。

TF(タスクフォース)141と呼称されたカンバーランド以下の艦隊は、この作戦でネ級改を一隻捕らえる事に成功した。

捕らえること自体は難しくは無かった。

だが、深海はその後大量の戦力を動員して来た。ネ級改から情報を取られるのを防ぐ為として、もっともと言える反応だ。

TF141は捕らえたネ級改を輸送中に波状攻撃を受ける事になった。

ネ級改を奪い返される、又は沈められては払った苦労は無に帰する。だが折しもの悪天候で国連海軍は充分な支援が出来なかった。

 

作戦はカンバーランド以下全艦の撃沈・戦死、ネ級改自爆で失敗に終わった。

 

国連海軍はその後、北米艦隊、欧州総軍の一部を動員して再度の深海棲艦鹵獲作戦を実行したが、投入された艦娘はことごとく戦死し、鹵獲作戦も失敗に終わった。

分かるか? 全員死んだのだ」

「全員……」

 

愕然とした表情になる深雪を見るユリシーズの視界の端に、電が映った。

知らない内に電も来ていたようだ。

 

一人として帰って来る事が無かった鹵獲作戦。

デューク・オブ・カンバーランド……船団護衛中に重傷を負った自分を救助してくれた恩人。

彼女が命を落とした作戦は特殊作戦故に非公開部分も多く、ユリシーズが全容を知るまでずいぶん時間がかかったものだ。

 

「私も電の深海棲艦への思いは聞いたことはある。私から言わせてみれば甘い考えだとしか言えないな。

電よ、もしあの時奴を助けたら、どうなったと思う?」

「……みんな、沈められてしまっていた、ですか」

多少恐怖を滲ませている電の顔を見ながら、ユリシーズは頷いた。

「その通りだ。奴らは絶対捕虜を捕らせることはしない。

リ級を捕えたら何かしらの形でそれを察知し、総力を挙げて私達を殺しにかかって来ただろう」

「でも、日本のすぐそばの海ですよ。増援を要請したら」

道はそんな簡単にないはずがない、道はあると信じる電の言葉を押しかぶせる様に続けた。

「その増援の命まで奴らは潰しにかかっただろう。奴らは絶対仲間を捕虜にさせない」

「だから、殺した。けどな、お前のしたことは余計な事だったんじゃないか?」

そう言い放つ深雪に、軽く溜息を吐いた。

「深海棲艦に確実な死を与えただけだ」

「でも、やり過ぎではないのですか?」

そう尋ねて来る電の顔は知らない内に電なりの真顔になっていた。

「そうだな、放っておいてもどの道沈んだかもしれん。

だが、味方に回収される可能性がゼロであったとも言い切れん。回収された深海が修理を受けてまた戻って来た時、奴は再び私達を撃ちに、命を奪いに来る」

「深海棲艦と穏便に済ませる事は絶対できない、という事ですか?」

如何にも電らしい問いかけだったが、自分からしてみればやはり甘い見方だとしか言えない。

「電、お前は瀕死の深海棲艦を見た時、助けられるなら助けたいと思うようだな。

だが、深海棲艦の中には、お前が撃った弾で深手を負い、沈んだ奴は少なからずいるだろう。

 

深海棲艦を沈めた時、お前は『やった』『よし』と仲間と共に深海棲艦を沈めた時に思ったことが無いと言い切れるか?

仲間を傷付ける深海棲艦を沈めて、自らに課せられている任務を成し遂げた事への達成感を覚えた事が一度も無い、と言い切れるか?」

 

その言葉に電はぞっとした様な表情になった。

当然だ、そう思った事は何度もあったのだから……。

 

「私はただの一介の艦娘と言う軍人の立場でしかない。だが敢えて言わせてもらえるなら、電の考える事に残念だが私は賛同できん。

 

戦場はそもそも敵の命を奪うのが目的で行われる……それはすなわち自分も殺される可能性は何時だってあると言う意味。

 

その覚悟も無いまま、お前は艦娘となったのか? 適性を見出されて『海を護る為』と言う単純な考えでその制服を着る事を決めたのか?」

「おい」

静かに怒りを目に浮かべた深雪が自分を睨みつけて来るが、ユリシーズは構わず続けた。

「和平の道はない。人外の存在たる深海棲艦との戦いに生き残るには、深海棲艦の命を奪うしかない。

 

だが自分が沈めた深海棲艦を忘れるな。自分の手で沈めた奴らが沈むその姿を見据え、忘れるな。

 

何故なら……奴らは水底へ消え、その魂が地獄に落ちても自分の命を殺めた艦娘の事を忘れないからだ。

艦娘の攻撃を逃れた深海棲艦も、仲間を地獄へ送った我々の姿を絶対に忘れる事は無い。

 

次出会った時、奴らは仲間の仇を取りに来るだろう。我々の命を求めて仇を打ちに来るだろう」

「だから皆殺しにする。地球から一つとして残さず殲滅する。

それがお前の戦う理由なんだな?」

静かに聞く深雪の言葉に、深く頷いて肯定する。

「ああ、そうだ」

 

分かり合えない敵ならば、分かり合う事を諦め、どちらかが滅びるまで戦い続ける。

先に水底へ、墓地に、あの世に送られた仲間達の無念を晴らし、海の平和を取り戻す。

 

「悲しいな。他に道が無いと思う事しか出来なくなった奴って。

どんな時でも、必ず道はあるって考え続ける事が出来るのが人間じゃないのか」

一途の望みにかける表情を浮かべる深雪を見返しながら、自分も昔はそう思っていたことはある、とFR77船団が壊滅する前の自分を思い出した。

「私の考えを分かれ、理解しろ、受け入れろと強制する気はない。

一介の軍人、一個人の信念、戯言だと思ってくれても構わん。

 

だがな、これだけは理解して欲しい。

敵は自分を殺した相手を忘れない。だから私達も沈めた敵を忘れてはいけない、という事を」

 

 

誰もいない巡洋艦寮の談話室で工学雑誌を読みふけっていた夕張は、ふと誰かが走って来る音に気が付いた。

こんな時間に全力疾走してるの誰? と思った時、寮の玄関口ドアが開いて誰かが飛び込んでくるのが談話室からでも聞こえた。

眉間にしわを寄せて何事かと首をかしげていると、談話室へのドアが開き、愛鷹が荒い息を吐きながら入って来た。

「愛鷹さん、どうしたんですか」

工学雑誌から顔を上げて聞くが、ソファに座り込んで見たこともない程荒い息をしている愛鷹は答える余裕がないようだ。

ちょっと何事? と軽い驚き覚える夕張に、愛鷹は息を整えて応えようとするが、呼吸が追い付いていないのか、口からは苦しそうな息遣いしか出てこない。

落ち着くのを待ってから、改めて聞く。

「狙撃されました」

「は?」

どういう事、と夕張がぽかんとしていると、愛鷹は事の顛末を話した。

「銃声が後から聞こえる程の長距離から狙撃されたって、なんで愛鷹さんが」

意味が分からない。何故艦娘を銃で撃つのか。それも確実に殺しに来ている照準で。

愛鷹自身も分からないとしか言いようがない。

しかし狙いはかなり正確だった。

もう少しずれていたら、自分は死んでいただろう。

「提督に知らせないと」

工学雑誌をテーブルに放って、立ち上がると愛鷹は「待ってください」と制止をかけた。

なんで止めると言う顔になる夕張に、理由を話そうとするが、何故かという言葉が出ない。

ただ、武本に知らせるのは本能的に危ない気がしたのだ。

 

自分と言う存在を作り出した罪は自覚している武本が関与しているとは思えないが、全くないとは言い切れない。

愛鷹と言う歩く軍事機密の塊みたいな存在である事は当然自分の事だから分かっている。

そして自分の口から、軍内部の一部にとっては不都合な情報が漏れる可能性も充分あり得る。

クローン艦娘の愛鷹を暗殺しにかかる者が現れたという事は、むしろ起こり得る状況だったのかもしれない。

 

「愛鷹さんという艦娘を疎む輩が、暗殺を企んでいる。

これじゃ、ゆっくり寝る事も出来ませんね」

緊張で張り詰めた顔になる夕張に頷く。

暗い時間帯に一人で出歩くのは殺される可能性が高くなるだけに、暫くやめた方がよさそうだ。

寝ている間に襲われたら、と思うと本当にゆっくり寝ている事が出来ない。

どうすればいいのか……考えても対応策がすぐには出てこない。

「窓は雨戸で何とかなるとはいっても……あ、でももしかしたら」

ふと何か思いついた顔になる夕張は、愛鷹にちょっと待っててくださいと残して談話室を飛び出していった。

 

「私の敵は一体……」

自分に問うと答えはすぐに出た。

 

深海棲艦、それと同胞であるはずの人間。

戦慄を覚えると同時に、殺されてたまるか、と言う意地が湧き上がって来た。

思い通りに殺される気はない。かかって来い、来るなら来い……。

半分怒りも湧いてくる一方で、自分を暗殺する輩の攻撃に、周囲の誰かが巻き込まれたら……と言う不安も出る。

自分のせいで誰かが死ぬ。自分と言う存在がいる事で周りの仲間にまで危害が及ぶ。

 

「冗談じゃない……」

そう呟いていると夕張が何かのケースを抱えて戻ってきた。

「工廠に行ってみたら一個だけ使えるのがありました」

ケースを床に置くと、ふたを開けて夕張は愛鷹に中身を見せた。

「赤外線ジャマーです。これならサーマルスコープを使ってもジャマーの影響で狙う事は出来ません。

窓は明日防弾コーティング作業しましょう。今日はちょっと夜遅いので雨戸を閉めて寝るしかないですが」

「なるほど。この手があったか……」

「まずはこれで防御です。敵が分かったら」

「カウンターパンチです。ジャマー、お借りしますよ」

「バッテリーは連続稼働可能な時間は七二時間ですけど、ケーブルで電力を供給し続けられれば、稼働の上限は無視できます。

でも、なんで愛鷹さんを殺しにかかる輩が出るんですか……」

困惑する夕張に、愛鷹は静かに答えた。

 

「人間界に適応される摂理に、適応されない存在が出来た……。

 

計画が失敗に終わった以上、不完全な複製品は不要な存在です。

 

摂理に適応されない存在を作り出したばかりに、自らの立場を危うくした連中にとって、私は存在する必要なんてない……。

寧ろ消えて貰わないといけない。

 

その結果が深海棲艦に加えて、人間と言う新たな敵となって、私の前に現れた」

「深海棲艦以上に厄介な敵ですね」

そう呟く様に言う夕張に、愛鷹はその通りだと思った。

 

 

翌日、夕張に部屋の窓に防弾コーティング作業を施してもらった愛鷹は、自身の命が狙われている事を青葉、衣笠、深雪、蒼月、瑞鳳にも一人一人の場で打ち明けた。

どこに潜んでいるのか、分からないだけに暗殺者が現れた事を知った第三三戦隊メンバーの緊張感は並のモノでは無かった。

 

「なあ、愛鷹。お前は何故戦うんだ」

自身の暗殺者が現れた事を深雪に打ち明けると、深雪は自分の目を見据えて聞いてきた。

「僅かな余命を全うするなら、命の保証はない戦場に何でお前は行くんだ?

後方で秘書艦をやる事の方が、寧ろ安全じゃないか?」

 

その問いかけは、考えてみればもっともだった。

余命一年余りの自分が何故、戦死する可能性が非常に高い前線に赴いて戦うのか。

生きる事が出来る限り生きていたい、と願う自分の思いとは矛盾しているように見えるだろう。

 

「いつ戦死するか分からない戦場に、何故赴き戦うのか。

それが、艦娘に与えられた任務だからです。

命の保証はない戦場へ、可能な限り生き続けたいと願いながら何故出撃するのか。

それを全うする事が艦娘に与えられた使命だから……使命を全うする事を前提に作られた私には尚更それを果たす義務がある」

「自分が生み出された使命を果たす為、義務、だと?」

静かに返す深雪に愛鷹は続けた。

 

「私は海の平和を取り戻すための存在たる艦娘です。

それも艦娘であることを大前提に作り出された人造の艦娘。

 

生きるからには私は戦わなければならない。そうでなくして私には生まれた意味を見いだせない」

「戦わずに見いだせる道はないのかよ? 戦場で戦う事だけが『生きる為の戦い』とは限らないだろ」

別の道がある筈だと説く深雪に、愛鷹は生まれて初めて自分でも分かる弱音を吐いた。

 

「私だってそう思いたい! 

 

でも、私には見えないんです! 戦場以外に、作り出された自分の存在意義を見出せる場所が。

この矛盾に対する答えが私には分からない。

 

怖い……とても怖いです。

 

戦場で死ぬかもしれないと言う現実。

 

ただそれだけでも、本当は怖いのにそれから逃れられる所でも命の保証がない……。

 

他に道も、方法も……もう私には分からないんです……」

 

初めて見る、恐怖に震え、弱音を吐く愛鷹の姿を深雪は無言で見つめる事しかできなかった。

 

胸の奥深くに封じ込めていたモノ、いつか口封じされる日が来ると言う事への恐怖が愛鷹を襲う。

 

凄まじい恐怖に堪えきれない自分の心の叫びが、涙となって溢れ出た。

 

「私は……怖い……」

 

愛鷹にとって、陸は深海棲艦の恐怖から逃れられる安息の場所だった。

深海棲艦だけでなく、人間にも敵が現れた事は、もはや愛鷹には安息の場所が無い事を意味していた。

 

恐怖に震える愛鷹を見つめながら、深雪は静かに告げた。

「やらせねぇよ……この深雪様が……理不尽から守ってみせるってな」

 

立ち向かっていくしかない。逃げ込める場所なんてどこにも無いのだから。

 




ハイタカの登場は単なる「鷹が鷹を飼う」の様なギャグではなく、愛鷹の生きる姿を見つめる新しい目線が現れたと言う意味で、ハイタカを登場させました。

艦娘達が「何故戦うのか」というテーマは「自分達しか対抗できる存在がない」と言う単純な理由以外に何があるのか。
考えれば考える程奥が深いモノです。

ユリシーズはただ単純に深海棲艦を滅ぼす存在としかみなしている訳でなく、彼女なりの現実を見据えた結果から考え出した信念に従っているまでです。

余談ながら今回のエピソードには「鋼の錬金術師」の登場キャラ、ゾルフ・J・キンブリーの「戦争に対する彼の見方」に結構影響を受けてます。


存在を疎む勢力の魔の手の一発目を躱した愛鷹ですが、これは始まりにすぎません。
深海棲艦と人類と言う二つの敵に、逃げる場所がない彼女がどう立ち向かっていくのか。
次回以降、新たに改装された姿で戦場へ赴く事になる愛鷹の「自分が生みだされた理由を確かめる」物語を描いていくところです。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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